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2005/04/24

2千万人餓死への「大躍進」

wildswanワイルド・スワン〈上〉
ユン チアン(Jung Chang)著
講談社文庫
価格:¥800 (税込)

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3000万人の餓死者を出したといわれる毛沢東の大躍進政策については、このブログでも触れたことがあるが、それについて解りやすく述べた記事があったので、その全文をここに転載する。

1.100人の右派を告発せよ

『右派分子』が共産党と中国の社会主義を傍若無人に攻撃した。右派は知識人全体の1%から10%ほどにあたり、これらの者たちを粉砕しなければならない。

小説「ワイルド・スワン」の作者ユン・チアンの母は、四川省成都東城区の宣伝部長を
していたが、1957年6月にこのような毛沢東の講話が、その母の所まで伝わってきた。

この命令を実行するために、毛沢東のあげた数字の中間をとって、5%の知識人を右派として告発することになった。この「割り当て」を満たすためには、ユンの母は自分の
監督下にある組織から、合計100人の右派を告発しなければならなかった。

ある部下は、国民党将校だった夫を内戦で亡くした小学校教師で、「今の中国は昔より貧しくなった」と発言した女性を見つけ出してきた。しかし、こうして頑張っても10人足らずにしかならない。

上司は、「右派分子を見つけ出せないのは、君自身が右傾化している証拠だ」と脅した。ユンの母は、自分が右派のレッテルを貼られて夫や子供たちの将来を犠牲にするのか、自分と家族を守るために、100人以上の無実の人を犠牲にするのか、二律背反の窮地に陥った。

しかし危機一髪の所で、窮地から救われた。担当地域にある師範学校で、学生130人が奨学金増額を求めてデモを行い、上司がこれらの学生全員を右派として告発し、なんとか、割当てを満たせたのである。学生たちは、工場や農村で肉体をさせられるか、強制収容所に送られる。

しかし、これは「大躍進」「文化大革命」と20年も続く苦難のほんの始まりに過ぎなかった。中国は10月1日に建国50周年を迎えたが、これを機に、そのうちの「失われた20年」と呼 ばれる時期をたどってみよう。

2.知識人55万人以上が犠牲に

1957年春、毛沢東は知識人階級に対し、自由に共産党批判をするよう求めた。「百花斉放」政策である。しかし毛沢東は同時に 「引蛇出洞」(ヘビをねぐらからおびき出す)と
言う秘密発言も していた。前年の秋、ハンガリー暴動が起こり、中国でも知識人たちが同様な穏健・自由主義路線を望んでいることが分かってい たので、毛沢東が先手で
罠を仕掛けたのである。

57年から58年にかけての右派闘争で、全国で55万人以上が右派とされた。北京大学では、700人が「右派分子」のレッテルを貼られ、800人が何らかの処分を受けた。これは学生・教員総数の20%にあたる。無事だった知識人たちも、これ以降、表立って政治的発言はしなくなる。

国家建設と経済発展の両方に鍛えられた知性が欠かせなかった。「原理主義」のために中国の知識人エリートのそんなにも多くの人々を退けてしまったことは愚かなことで
あり、大きな被害をもたらすことであった。

アメリカの中国史研究の権威フェアバンク教授の評価である。この「大きな被害」について、教授は次のように述べている。

1958年から1960年に、中国共産党が強要した政策のために約2千~3千万の人々が
栄養失調と飢餓で命を失った。・・
これは人類の災害の最大級のものの一つであった。その原因は完全に毛主席に帰すべきである・・・

3.中国は15年以内にイギリスを追い越す

1957年、ソ連共産党第一書記フルシチョフは、ソ連が15年以内に鉄鋼、石油などの生産高の面でアメリカを上回るだろう、と宣言した。当時モスクワに滞在していた毛沢東は、兄貴分であるソ連の後について、中国は15年以内にイギリスを追い越すだろうと語った。この発言は、世界各国共産党首脳たちの熱烈な拍手を浴び、中国国内でも盛んに宣伝された。

そこで毛沢東は1957年に約535万トンであった中国の鉄鋼生産高を翌年には倍の1070万トンにするよう命じた。ここから全人民製鉄・製鋼運動が展開されることになった。

しかし本格的な製鉄コンビナートを作るだけの資本も、時間もない。いらだった毛沢東は、産業革命以前の「土法高炉」を全国 に展開し、人海戦術で鉄鋼生産を行うことを
命じた。

4.308万トンの「牛の糞」のような鉄

「ワイルド・スワン」の作者ユン・チアンは、この年、小学校に入ったばかりであったが、その校庭にかまどと「るつぼ」の形をした大きな鉄の桶が据えられた。先生たちが24時間休みなしで薪をくべ、生徒たちが拾い集めてきた鉄くずをその桶に入れる。
先生たちが製鉄に動員されているので、授業もなく、ユンは先生の家で掃除や子守りもした。

ある先生は、とけた鉄を浴びて、両腕に大やけどを負い、病院に見舞いに行ったユンは、そこでも医師や看護婦が、土法炉の火を絶やさないように、走り回っている姿を
見る。

しかし、素人が薪をくべて作った鉄は、農機具用にすらならなかった。ユンの家の鍋や釜も、ベッドのスプリングもすべて、溶かさてしまった。6000万人の力を投入して、308万トンの何の役にも立たない「牛の糞」のような鉄が作られたのである。

5.全人民樹木伐採運動へ

無駄になったのは、膨大な力だけではない。土法炉の燃料として、大量の石炭が使われた。そのために、逆に正規の製鉄所が燃料不足に陥り、操業停止に追い込まれる所が出てきた。

さらに石炭を買えない農民は、樹木を伐採して、薪とした。全人民製鉄・製鋼運動は
たちまち、全人民樹木伐採運動へと一変した。この環境破壊は、数十年後にも続く
悪影響を残す。

20余年後の1980年に、解放軍の李貞将軍が故郷の湖西省に戻ると、村人たちは貧窮のどん底にあえいでおり、将軍に訴えた。

昔、裏山には、数人がかりでも抱えきれないほどの大きな樹木が数え切れないほど
生い茂っていました。・・・でも大製鉄・製鋼運動以後には、すべて切り倒されてしまいました。

山はハゲ山になり、土地もやせてしまいました。一度大雨が降れば土砂が田畑に流れ込み、肥えた土地も荒れ地になってしまいました。これでどうして豊かになることができるでしょうか。

また、かまどを作るには、レンガが必要だ。そのために古代からの城壁を破壊して、
そのレンガが用いられた。前漢時代に国都長安を守る東の関門として、2千年の歴史を持つ河南省の函谷関の2層の楼閣、甘粛省威武県の唐代からの城壁など、いくつもの由緒ある建造物がこうして破壊された。

6.保身のために、誰も真実を語れない

毛沢東の一言で、なぜ全人民がこれほど、愚かな運動に全力をあげて取り組んだのか? 共産党の幹部たちは、鉄鋼生産のノルマを課され、毎日生産高を報告することが求められた。

上級幹部の関心は、毛沢東の命じた「1070万トン」という数字のみであった。その鉄を
使うあてがあるわけでもなく、品質もどうでも良い。当然、下からの報告は水増しされる。

水増し報告に反対した良心的な幹部は、統計局長を含め、「右派」のレッテルを貼られ、改造所か、牢獄に送り込まれていた。残る党幹部、官僚も、専門技術者たちも、この運動がいかに人民を苦しめ、経済発展を阻害しているか、分かってはいても
保身のためには、口を閉ざすしかなかったのである。

7.人民公社で奇跡的な増産!?

鉄鋼増産と並んで、毛沢東の念願であった人民公社による農村の共産化が進められた。「共産主義は天国だ。人民公社はその掛け橋だ。」というスローガンが、1958年
以降、中国全土に響き渡った。

2千から2万戸を一つの単位として、人民公社を作り、その中では、人々は田畑や森林、家畜、農機具などすべの私有財産を提供し、共有化する。自宅での食事は禁止され、農民は農作業が終わると、公共食堂で食事をとる。収穫はすべて国のものとされるので、誰も農作業の能率など気にしない。農村にも鉄鋼生産のノルマがあるので、農耕作業は二の次にされた。そして食べたい だけ食べるので、食料備蓄はまたたく間に底をついた。

人民公社は地方の共産党官僚の管理化におかれ、やがて各公社 が、毛沢東の歓心を得ようと、食糧増産の大ボラ吹き競争を始め る。ある公社が、今まで1畝(6.7アール)あたり200斤(100k g)程度しか小麦がとれなかったのに、2105斤もの増産に成功し た、とのニュースを人民日報で流した。毛沢東が提唱した畑に隙間なくびっしりと作物を
植える「密植」により、出来高が10倍にもなったというのである。

すると、他の公社も負けじと、水稲7000斤、1万斤などという数字を発表し始めた。8月には湖北省麻城県で、1畝あたり稲の生産高3万6956斤というニュースが報道された時、人民日報は四人の子供が密植された稲穂の上に立っている写真まで掲載した。

これらは完全なでっちあげであった。農民に徹夜作業で何畝かの田畑の稲や麦を1畝に移し変えさせたものだ。しかしこれだけ密植すると、風が通らず、蒸れてすぐに作物がだめになってしまうので、農民は四六時中、風を送っていなければならなかった。

出来高の水増し報告により、上納すべき量も増やされ、農民たち自身の食料がさらに減らされた。こうして、農民たちの製鉄運動への駆り立て、人民公社化による効率低下、さらに上納分の増加により、食糧備蓄も底をつき、1960年から61年にかけて、中国全土を猛烈な飢饉が襲った。

8.子供たちがどんどん飢えて死んでいる

ユン・チアンも、小さな饅頭をかじりながら学校へと歩いていく途中、パンツ一枚で痩せこけた少年から、饅頭を奪われた体験をしている。ユンの父母は共産党幹部で、食事には困らなかったが、父から「おまえは、幸せなんだよ。お前と同じ位の子供たちが、どんどん飢えて死んでいるんだ。」と聞かされた。

ユンの家のお手伝い・華嬢嬢(ホア・ニャン・ニャン)の家は革命前に地主だったせいで、食糧配給リストの最下位に置かれていた。ある日、華嬢嬢の老母が訪ねてきて、
ユンの母の顔を見るなり、ぺたんとすわり、額を床に打ちつけて言った。「あなた様は
娘の命の恩人でございます。」老母は華嬢嬢の父親と弟が亡くなったことを伝えに来たのだった。華嬢嬢が生きていられるのは まったくユンの家にいられるお蔭だというのである。

さらに一ヵ月後、その母親自身が亡くなったという知らせが来た。華嬢嬢がテラスの柱に寄りかかるようにして、ハンカチを口に押し当てて、声を殺して泣いていた、その嗚咽を忘れることはできないと、ユンは述べている。

9.彭徳懐元帥の涙

高級幹部の中には、保身のためにこうした事態を見て見ぬふりをする人ばかりではなかった。国防部部長だった彭徳懐元帥は、貧しい農民の出身で、その苦しみは人ごとではなかった。元帥が、58年末、まだ飢饉の初期の段階に郷里の湖南省湘譚県を訪れると、一人の老人が「天帝(毛沢東)に農民のひでえ暮らしを訴えて、何とかしてもらってくだせえ」と、ひざまづこうとした。

彭徳懐ははらはらと涙を流しながら、言った。「あなたは私の郷里の長老なのに、こんなみじめな暮らしをしている。ひざまづ いて詫びねばならないのは私の方だ。」
彭徳懐は毛沢東に婉曲に事態を訴える手紙を出した。毛沢東は彭の手紙を印刷して、党首脳部に回覧し、その反応を見た。これも、「引蛇出洞」(ヘビをねぐらからおびき
出す)の戦術である。

彭徳懐は最近、フルシチョフと会談をしていたことから、今回の毛沢東批判は、ソ連と
内通しているからではないか、と林彪が毛沢東の指示を受けて糾弾した。彭徳懐に
同調した者たちも、「反党集団」「右翼日和見主義者」などとレッテルを貼られて、次々と失脚し、自宅に軟禁されたり、自殺した。

10.餓死者2~3千万人

幹部の粛清の後、59年には毛沢東はさらに大々的な反右傾運動を展開した。農民や
人民公社の幹部・役人で、少しでも政策に不平不満をもらすものは、どしどし摘発された。その総数は中国全土で1000万人にのぼったと鄧小平は述べている。

彭徳懐の批判に耳を貸さず、引き続き鉄鋼増産や人民公社化を強行した結果、60年、61年にはさらにひどい飢饉が全土を襲った。
中国全土での餓死者は、2~3千万人と言われている。55年から58年までの平均人口増加率2.29%を適用すると、61年末の人口は7億632万人になるはずなのに、実際にはそれより4,638万人少なかった。このうち、飢饉による出生率低下が2,128万人あり、これを引くと、2,510万人が餓死で失われたと推定される。
毛沢東の「大躍進」政策によって、中国人民は近代史上、最大規模の大量餓死に駆られたのであった。

このような事態の深刻さは、地方からの水増しされた食糧増産報告のため、首脳部には届かなかった。60年にも、270万トン の食料が無理やり徴発され、輸出に回されていた。これは3千万人が半年間食いつなぐのに十分な量だった。

61年初めには、毛沢東も「大躍進」政策を続けることができなくなり、劉少奇や鄧小平などの実務派に政治運営を譲った。鉄鋼増産運動は中止され、農民の収入も働きに応じて分配されるようになった。鄧小平が「白猫でも黒猫でもネズミをとるのが良い猫だ」という発言をしたのは、この頃だ。「ネズミをとる」とは、「国民を食わせる」という事なのである。

実務派の市場主義的舵取りにより、2年ほどで中国経済はふたたび好調に動き始めた。しかし、一時後退した毛沢東は、権力奪還を狙って、逆襲に出る。中国人民の前には「文化大革命」という次の悲劇が待ち受けていた。
地球史探訪:中国の失われた20年(上)~2千万人餓死への「大躍進」

悲劇も、ここまでくると喜劇にしか思えない。が、喜劇というには、そこで流された人民の血と汗と涙は余りにも重過ぎる。そして、人間にとって、「真理」を大上段に振りかざすことの愚かさを痛感せずにはいられない。
共産主義の悲劇は、それが科学であり真理であったことに起因する。真理は相対的なものであり、絶対ではない。それを理解すれば、原理主義などありえない。
なぜ人間は真理を奉り、それにそぐわないものを排除したがるのであろうか?「アイツは敵だ、アイツを殺せ!」これこそが唯一絶対神の信仰から導き出される結論である。
(文責:坂眞)

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コメント

やっぱ中国はクオリティーたけえな

投稿: あ | 2007/04/21 10:12

共産主義はそもそも科学でも真理でもない。あんなの出鱈目の嘘っぱち。フォトンベルトやアセンションやゲーム脳や血液型占いと何も変わらない。マルクスとエンゲルスさえいなければ、世界はもっとマシになっていたかもな。

投稿: | 2009/04/05 20:11

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