解同と人権擁護法(案)- part2
読売新聞によると、
自民党内では、週内にも、調整役の与謝野馨政調会長が(人権擁護法案の)政府案の推進派、反対派双方の代表と三者会談を開き、法案の国会提出に向けて最終的な
結論を出す意向だという。
[人権擁護法案]「国会提出には抜本修正が必要だ」
6月7日 読売新聞:社説
この法案は、様々な問題点が指摘されている。
問題点については、私も、人権擁護法(案)について考えるの中で取り上げ、何が
問題なのかを分析してみた。
その中で、私は、部落解放同盟(中央本部派、以下「解同」と略す)の関わりを、数ある問題点の中の一つとしてしか取り上げなかった。
しかし、このところの動きを見ると、解同の関わりが、より以上に懸念すべき問題なのではないか、と思うようになった。
なぜなら、一旦は今国会では見送りになりそうだった人権擁護法案が完全に息を吹き返したからである。その背後には、公明党とともに解同の強い働きかけがあったと云われる。なぜ、解同は、そこまでこの法案に固執するのか?
私の懸念が杞憂なのか、もう一度検証してみたい。
部落解放運動団体の人権擁護法案に対する対応が分かれている。
解同は賛成であり、陰に陽に、その成立に向けて動いている。
一方、新左翼系の部落解放同盟全国連合会も共産党系の全国地域人権運動総連合も、そろって人権擁護法案に反対している。
部落解放同盟全国連合会はの主張は、以下のとおりである。
>最後に、全国連は「人権擁護法案」に断固反対します。「国が差別を取り締まれ。
国が差別された人間を救済してくれ」と、本部派が中心となって要求しています。
しかし、自主解放の精神、自らの力で差別を撤廃する運動をなげすて、差別の張本人である国に差別を取り締まれというのは、盗人に縄をあえといっているのもです。
>全国連は、解放運動の手足をしばり、糾弾闘争を弾圧する「人権擁護法案」を絶対に許さない!5月22日、狭山闘争を全国結集でたたかい、そして翌日は、「人権擁護法案上程阻止」の国会闘争をたたかおう。
人権擁護法案反対!(下線は筆者)
要は、お上のお墨付きをもらった人権擁護法なんて、解放運動の手足をしばり、糾弾闘争を弾圧するためのものでしかないと云うわけである。
全国地域人権運動総連合の主張は、以下のとおりである。
>「差別」を口実とした市民生活への介入といえば、かつて「解同」(部落解放同盟)が一方的に「差別的表現」と断定し、集団的につるし上げる「確認・糾弾闘争」が問題に
なりました。「糾弾」は学校教育や地方自治体、出版・報道機関、宗教者などにも
および、校長の自殺など痛ましい事件が起きました(今日でも後を断ちません)。
>「糾弾闘争」は現在でも後を絶っておらず、今回の法案は「解同」の運動に悪用されかねません。人権擁護法案どころか逆に、人権侵害法案となることが心配されます。
(しんぶん赤旗、2005年3月17日)
各紙で懸念が表明/市民の言動まで規制する危険!(下線は筆者)
こちらは逆に、人権擁護法が解同に悪用される、つまり糾弾闘争の法制化であると
批判しているわけである。
これに対して解同の主張はどうか。
>部落解放同盟は、先の全国大会で、『部落解放運動にとっての歴史的な「節目の年」は、日本社会全体にとっても大きな分水嶺にさしかかってきている』との時代認識のもとに、「平和と人権」を軸にした熾烈なせめぎ合いの闘いが必要であり、すでに国権主義的な差別勢力が公然と台頭して、部落解放運動や人権運動にたいする露骨な
攻撃が開始されている事態への警戒と反撃を喚起してきた。
>この状況が、「人権侵害救済法」制定をめぐる闘いのなかで、具体的に噴出してきていると捉えておく必要がある。とりわけ、3月11日からの産経新開の「正論」欄での
「人権擁護法案」にかかわる悪意と捏造に満ちた一連の反「人権擁護法案」キャンペーンは、そのことを端的に示している。これらの論調に符合するように、インターネット上ではおびただしい数の露骨な差別排外主義的な書き込みがなされており、国権主義的な差別勢力が公然と組織的に台頭してきていることを物語っている。
>われわれは、自民党内およびその周辺で生じている議論の本質をしっかりと見極めながら、今国会での人権侵害救済に関する法律の制定を実現するために、全力を傾注しなければならない。現時点でのわれわれの闘いの方向はつぎのとおりである。
第1に、「人権」・「人権侵害」などの定義を明確にして、法案内容に相応しい的確な
法律名称にすること。
第2に、創設される「人権委員会」の独立性を確保するために、法務省所管ではなく
内閣府に移管させること。
第3に、人権委員会委員や人権擁護委員の選考基準に国籍条項は必要なく、多元性やジェンダーバランスに配慮し、人権・差別問題に精通した人材を選出すること。
第4に、「人権委員会」の実効性を確保するために、日常生活圏域である都道府県ごとに「地方人権委員会」を暫時的に設置すること。
第5に、メディア規制条項を削除し、メディアの自主規制を求めるとともに、人権NGOの正当な活動(確認・糾弾等)への不当な公権力の妨害や介入を排除すること。
厳しい局面打開をはかり、今国会で「救済法」の制定実現をかちとろう
(下線は筆者)
一読すると、もっともな主張に見える。部落解放運動だけではなく、性差別や民族差別にも言及している。「人権」・「人権侵害」などの定義の明確化を求め、メディア規制条項の削除も要求している。
しかし、「衣の下から鎧」が見えている。
まず、「部落解放運動や人権運動にたいする露骨な攻撃」を「国権主義的な差別勢力が公然と組織的」に行っているという認識である。この認識と「インターネット上では
おびただしい数の露骨な差別排外主義的な書き込みがなされており」という主張を組み合わせると、解同や朝鮮総連、あるいは中国や北朝鮮や韓国に対する国民の素朴な反感や批判も、総て組織化された悪意に基づくものになる。
この論法からすれば、私のブログも、「国権主義的な差別勢力」の一員ということに
なる。
さらに、「正当な活動(確認・糾弾等)への不当な公権力の妨害や介入を排除すること」という主張には戦慄すら覚える。
要は、糾弾闘争を法的に正当化し、公権力を介入させないようにするのが解同の人権擁護法における目的なのだ、と宣言しているようなものである。
私は日本共産党とは対極にあるが、この点は、全国地域人権運動総連合の「今回の法案は『解同』の運動に悪用されかねません」という指摘が正しいと断言する。
なぜ、解同が人権擁護法案に固執するのか?それは、1989年8月4日の「『確認・
糾弾』についての法務省見解」にまでさかのぼる。
法務省見解の要旨は以下のとおりである。
(1)基本的な問題点
ア 確認・糾弾会は、いわゆる被害者集団型数の威力を背景に差別したとされる者に対して抗議等を行うものであるから、被糾弾者がこれに異議を述べ、事実の存否、内容を争うこともままならず、また、その性質上行き過ぎて被糾弾者の人権への配慮に欠けたものとなる可能性を本来持っている。
イ 確認・糾弾会においては、被糾弾者の人権擁護に対する手続的保障がない。
すなわち、被糾弾者の弁護人的役割を果たす者がいない上、被害者集団が検察官と裁判官の両方の役割を果たしており、差別の判定機関としての公正・中立性が望めず、何が差別かということの判断を始め、主観的な立場から、恣意的な判断がなされる
可能性が高い。
ウ 被糾弾者には、確認・糾弾会の完結時についての目途が与えられない。 反省文や決意表明書の提出、研修の実施、同和問題企業連絡会等への加入、賛助金等の
支払い等々確認・糾弾行為を終結させるための謝罪行為が恣意的に求められ、これに応じることを余儀なくされる。
(2)その他の問題点
ア 何が差別かということを主観的な立場から、恣意的に判断されて、確認・糾弾会の開催が決定され、それへの出席が求められる。
イ 確認・糾弾会に出席する法的義務はなく、その場に出るか否かはあくまでも本人の自由意思によるべきであり、解同もその出席は被糾弾者の自由意思に基づくもので
あり強要はしていないとしている。 しかし、現実に解同は、出席を拒否する被糾弾者に対して、差別者は当然確認・糾弾会に出席するべきであるとし、あるいはこれを開き
直りであるとして、直接、間接に強い圧力をかけ、被糾弾者を結局、出席ざるを得ない状況に追い込むことが多く、その出席が被糾弾者の自由意思に基づくものであるとされても、真の自由意思によるものかに疑問がある場合が多い。
ウ 被糾弾者に対する確認・糾弾会の開催は、「同和問題はこわい問題である」との
意識を一般的に植え付け、人々が地域・職場などのあらゆる場面で同和問題についての自由な意見交換をすることを差し控えさせてしまったと言える。
エ 行政機関に対して確認・糾弾会への出席が強要されているが、これは行政の
公正・中立性を損ない適正な行政の推進の障害となっている。
以上のとおりの様々な問題点にかんがみると、確認・糾弾会は、同和問題の啓発には適さないといわざるをえない。このため、法務省の人権擁護機関は、差別をしたとされる者(被糾弾者)から確認・糾弾会への出席について相談を受けた場合は言うまでもなく、相談を受けない場合にも必要に応じて、「確認・糾弾会には出席すべきでない」、「出席する必要はない」等と指導してきている。
「確認・糾弾」についての法務省見解
この時点で、解同がほしいままにしてきた「糾弾闘争」が、国によって明確に否定されたのである。それまでは、部落差別解消を優先するというのが国の基本姿勢だった。
その結果、明らかに刑事事件に該当すると思われる事案でも、解同が絡んでいると、
検察や警察も腰が引けていた。行政は言わずもがなであった。
しかし、この法務省見解が出されて以降は、検察・警察及び行政の解同及び部落解放運動に対する姿勢が明らかに変わった。
解同は、これまでも、この法務省見解を撤廃するようたびたび要求してきた。しかし、
当然のことながら、その要求は受け入れられていない。
そして人権擁護法案である。
解同にとっては、この法律が、糾弾闘争の合法化を勝ち取る千載一遇のチャンスと思えるのであろう。しかし、国民はバカではない。解同のそのような意図を間違いなく打ち砕く。
解同が、「公然と組織的に台頭してきている」とする「国権主義的な差別勢力」が、実は市民社会で普通に暮らす、組織とは無縁の生活者たちであることを、解同自身が自覚するべきである。
そうしなければ、解同や部落解放運動に対する「偏見」は、いつまでたってもなくなる
ことはない。
なお、同和(解同)利権に関しては、娘通信♪さんの記事が詳しい。
関連記事1:解同と人権擁護法(案)
関連記事2:人権擁護法(案)について考える
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コメント
大変!なめ猫さんとこにヘンなトラバが・・・
応援しないといけない。
それから共同配信の記事が出たよ
自民反対派、与謝野裁定拒否(共同通信配信:熊本日日新聞)
http://kumanichi.com/news/kyodo/politics/200506/20050608000178.htm
投稿: 通行人 | 2005/06/08 13:54
こんにちは
ちびまる商会です
こちらのブログがわかりやすかったので
うちのブログに商会させていただいております
不都合がございましたらご連絡ください
ちびまる商会しゅがー
投稿: sugar | 2005/06/11 19:53
こんにちは。
お越しいただきありがとうございます。
トラックバックありがとうございます。
こちらのブログをお気に入りにいれさせてください。
不都合がございましたらご連絡ください。
ちびまる商会しゅがー
投稿: sugar | 2005/06/11 22:29
: sugar さんへ
はじめまして。
>こちらのブログをお気に入りにいれさせてください。
ありがとうございます。
今後とも、よろしくお願いします。
投稿: 坂 眞 | 2005/06/11 22:59