台湾独立と米中衝突
米政府が在日米軍基地再編協議などで、中国軍の特殊部隊が台湾を急襲する事態を「中台有事の現実的なシナリオ」と説明したうえ、「在沖縄海兵隊の戦闘部隊は、中台有事の抑止力として不可欠であり、削減や本土移転は困難だ」と伝えてきたことが29日、明らかになった。
(中略)
米側の説明は今春、日米の外務・防衛当局の審議官級協議などで伝えられた。
それによると、中台有事のシナリオとして、中国軍が特殊部隊だけを派遣して台湾の
政権中枢を制圧し、親中政権を樹立して台湾を支配下に収めることを想定。親中政権が台湾全土を完全に掌握するまでの数日間に、在沖縄海兵隊を台湾に急派し、中国による支配の既成事実化を防ぐ必要があるとしている。
数日以内に米軍を台湾に派遣できない場合、親中政権が支配力を強め、米軍派遣の機会を失う可能性が強いと見ているという。
中国は、台湾に対する軍事的優位を確立するため、地対地の短距離弾道ミサイルや
ロシア製の最新鋭戦闘機を増強したり、大規模な上陸訓練を行ったりしている。ただ、
こうした大規模な陸軍や空軍の軍事力を使う場合には、米国との本格的な戦争に発展するリスクが大きい。これに対し、特殊部隊を派遣するシナリオは、大規模な戦闘を避けることで米軍の対応を困難にし、短期間で台湾の実効支配を実現する狙いがあると、米側は分析しているという。
米政府が中台有事の際に米軍を派遣するのは、台湾に対する武力行使などの危機に対抗する能力を維持し、「適切な行動」を取るとした「台湾関係法」に基づくものだ。
(後略)
沖縄海兵隊の戦闘部隊、米「移転困難」
(2005年6月30日 読売新聞)
上記記事により、ブッシュ政権が、台湾独立とそれに伴う米中武力衝突を現実のシナリオとして考えていることがはっきりした。
中国は最近、「反国家分裂法」(注-1)を制定した。これは、台湾が独立を宣言した
場合、台湾独立派に対して「非平和的手段」を取ることを合法化したものである。
これに対し米国には、「台湾関係法」(注-2)がある。こちらも、台湾の安全が脅威を
受けた場合、米国大統領と議会は「適切な行動を決定する」とし、台湾防衛の意思を
明確に表明している。
米国と台湾は、実質的には通常の国家関係に近く、米国は、実質的に「二つの中国政策」をとっているのである。最新鋭の兵器もたくさん供与している。対中弱腰外交を長年にわたって続けてきた日本とは、認識も姿勢もまったく違うのだ。
もう一方の当事者である台湾はどうか?台湾は、「反国家分裂法」の制定に対し、「台湾は一度も中華人民共和国の一部であったことはなく、台湾が独立したところで国家が分裂するはずもない」と反発を強めている。この法律に反対する「100万人デモ」も生まれた。
また、台湾人アイデンティティーの確立を目指す「正名運動」も活発化している。「正名運動」とは、台湾内の「中国」「中華」と名のつくもの(中国石油や中華航空)を「台湾」に改めようという運動であり、最近は、国名そのものを「台湾国」に改め、「台湾国」として国連加盟を目指そうというところまで発展している。
学校教育においても「中国史」を「台湾史」に置き換え、「中国史」は「外国史」とする
動きも強まっている。
もちろん、台湾独立に反対する世論も根強い。中国本土から来た外省人だけではなく、
現状を好み大陸との争いを望まない内省人も多い。陳水扁総統率いる民進党が、04年12月の立法院選挙で敗北したことがそれを示している。国民党の連戦主席が訪中するなど、対中融和派の動きも急である。
「台湾は中国の一部」であり、台湾は「地方政府でしかない」という北京寄りの主張も、少数とはいえ存在する。中国の「反国家分裂法」の狙いは、まさにこの層に照準を合わせている。そして、米国の懸念も、中国が強引に介入して、この層を押し立てて親中政権を樹立することにある。
しかし、陳水扁政権の独立への意欲は衰えていない。07年12月の立法院選挙で多数を占め、国民投票で「台湾独立」を決める「公民投票法」の成立を図るという野望を捨てていない。
昨年、パウエル国務長官(当時)は、「米国は”一つの中国”政策を変更する意図はない」と述べた。この発言からすると、米国は「台湾独立」に反対と思われる。
しかし、台湾で抗議デモが起こると、CNBCのインタビューで、「台中の平和的”統一”」の発言は、「台中問題の平和的”解決”」の意味だったと話し、事実上、発言を撤回、
修正した。
米国外交の実権は、中道派パウエルから強硬派ライスに移行した。ブッシュ政権の
主体は、「軍事力を積極的に行使し、自由や人権、民主主義、資本主義といった米国的価値観を世界に普及させる」のが目的のネオコンである。
米国の本音が、「台湾の自陣営への完全なる取り込み」=「台湾独立」であることは
間違いない。米台国交断絶後も「台湾関係法」を制定して事実上の同盟関係を維持した米国が、台湾を中国に渡すことなど地政学上ありえない。
それは、ロシアのプーチン政権に友好姿勢を見せながら、プーチン・ロシアが自国の
勢力圏とみなしていたウクライナを米国の傘下に引き込んだことを見ても解る。後は
時機の問題である。
では、台湾が「独立」を宣言するのはいつか?それは2008年である。07年12月の台湾立法院選挙に米国は介入する。ウクライナでそうであったように、NGOによる支援、世論操作、CIAの暗躍など、陰に陽に陳水扁政権に肩入れするであろう。
米国が介入しても、世論が反米に傾くことはない。台湾には、韓国や日本と違って反米主義者がほとんどいない。米国から見放されたら一巻の終わりであることを全員が認識しているからである。
立法院選挙に勝利した陳水扁政権は、「公民投票」を経て「台湾独立」を宣言する。08年8月の北京五輪を目の前に控えた中国は、すぐには手出しができない。そのころには、イラク問題も解決している。米国は、喜んで台湾を承認し、名実ともに台湾を自陣営に引き込むことになる。
以上が、考えうるシナリオではないか。冒頭に掲載した読売新聞の記事も、それが
米国の考えている「現実的なシナリオ」であることを暗示している。
集団的自衛権さえ否定したままの日本国は、どう対処したらよいのであろうか?
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(追記)
台湾独立運動の源流 228革命
なぜ台湾人が、リスクを侵してまで「独立」を追い求めるのか?それは、228革命まで
さかのぼる。
“祖国”復帰の虚実
<同朋という名の異民族>
大東亜戦争での敗戦により、日本は台湾の統治権を放棄した。
連合国司令マッカーサーは、台湾の接収作業を国民党政権に委託したが、蒋介石は
これを「統治の委託」とは考えず、台湾が中華民国に「返還」されたものと曲解し、行政長官として陸軍大将陳儀を派遣した。
台湾人は中華民国による接収を「祖国復帰」「光復」として受け入れ、歓迎したが、実際にやってきた国民党軍の規律一つないだらしなさ、汚さを見て、一糸乱れぬ規律を誇る皇軍を見なれていた人々は幻滅した。
中国人たちは日本人が築き上げたすべてを私物化し、社会は乱れ撲滅されていたコレラ等伝染病までも復活してしまい、汚職がはびこり近代社会として発展したはずの台湾はたちまち前近代的な中国社会に貶められてしまった。
日本時代にはなかった中国式の賄賂文化が持ち込まれたのもこの時で、例えば、無実の人が突然わけもなく逮捕・拘留される。しかし取調べをされることもなく、本人も理解不能のままでいると第三者が現れ、保釈金を払えば解放してもらえるようにしてやるともちかける。しかたなく保釈金を支払うと、実はその第三者も警察とぐるで、分け前を
せしめていた。とか、役所になにか申請しても書類は積まれたまま、それでしかたなく
袖の下を渡すとやっと処理してもらえた。等々。
近代法治国家としての社会生活を送ってきた台湾人には理解できない真の「祖国」のありようを目の当たりにして、幻滅はやがて絶望へと変わっていった。それとともに、
「祖国」「同朋」と唱える彼らが、実はまったくの異民族であり、日本より遥かに遅れた。つまりは自分たちよりはるかに遅れた者たちからふたたび殖民統治をされているにすぎないことに気づかされることになった。
228事件
<発端>
中華民国と中国人たちに私物化された台湾では、社会のあらゆるポストが中国人に
奪われ、物価はでたらめに上昇し、台湾人たちの生活は困窮した。
台湾人の中にはしかたなく大陸産のタバコや酒の密売に手を染める人々も現れた。
そうした中、密売タバコを販売していた女性が官憲に闇タバコを没収されるということが起こった。この没収は一応法に照らしたものではあったが、しかし没収されたタバコは、中国人官憲が転売し、その懐に入れてしまうということがまかり通っていた。
売上金までもうばわれた女性は、せめてお金だけでも返してくれるように懇願したが、官憲はその願いを聞くどころか、女性を殴りつけた。
一部始終を見ていた台湾人はこれに憤慨し、官憲を取り囲んだが、官憲はこれに恐れをなし、群集に向けて発砲した。運悪く一人青年に命中し、青年は死亡した。
台湾人の怒りは頂点に達し、警察署に逃亡した警官を追って警察署を取り囲み、犯人の引渡しを要求したが、警察はこれを拒否した。
1947年2月27日、事件勃発の前日のことだ。
<点火>
接収後の台湾では、酒・タバコといった嗜好品は専売制にされていた。これは物価を
安定させ商品を管理するというためではなく、外省人たちが暴利をむさぼるためだ。
その実態はすでに台湾人たちも知っていた。専売制などなければ事件の発端となった女性も密売などに手を染めずに済んだと考えられてもしかたがない。
女性への殴打と群集への発砲が起きた翌日、そのうわさは台北中に広まり、まずその怒りの矛先は専売局に向けられ、包囲された。
その後さらに増えた群集は、当時長官公署とされていた総督府前広場に殺到し、デモを行った。それに対する答えは、機銃掃射だった。
<拡大>
正当な抗議に、機銃掃射で応じられた台湾人にもはや選択の余地はなかった。
台湾人の商店は全て閉店し、学生は授業をボイコットし者たちは仕事を放棄した。
そして、現在「228紀念館」となっている当時の放送局を占拠し、全島に事件のあらましを伝えるとともに決起をうながした。
台北から南下していった台湾人たちの外省人への反撃は一周間を待たずして全島に
広まり、始めは、あきらかに汚職等を行っていた外省人にのみ行われていた攻撃は、
やがて外省人全てが対象となった。
台湾人の中でも過激な一派は、一人一人に日本語で話し掛け理解できない者は外省人であるとして粛清した。
<奸計>
事件の発端となった台北では、台湾人が自主的に事態を収拾すべく、調査委員会を
結成して代表を行政長官陳儀のもとに派遣して、「228事件処理委員会」の設置等を
要求。陳儀はそれらの要求をすべて受け入れた。
台湾人はここで大きなあやまちを犯していた。それは、為政者は一度要求を受け入れたのならば必ずそれを実行するという日本時代の常識を、彼ら中国人に当てはめてしまったことだ。
しかし、陳儀は台湾人の要求を受け入れるように装いつつ、大陸の蒋介石に援軍を
要請していた。
やがて大陸からの増援が到着すると、陳儀は掌をかえしてそれまで約束していた要求受け入れを全て破棄し、台湾人を無差別に殺戮するとともに、あらかじめ作成していた決起に関与した危険人物リストに従って、次々と台湾人を逮捕していった。
<収束と始まり>
台湾人がいくら多数であったとしても、ろくな軍備をもたずに大陸からの増援に対抗できようはずがなかった。
圧倒的な兵力の差によって、台湾人の反乱は沈静化した。
陳儀はさらにそれに乗じて国民党にとって都合が悪い知識人層などを中心に粛清を
行い、本来ならば台湾人の指導者となるべき人物たちが多数殺害された。
台湾人の大量殺戮はアメリカにも知られるところになり陳儀は大陸に呼び戻されたが、知識人層に対する粛清はその後も継続され、やがてそれは「白色テロ」と呼ばれるようになった。
それから2年、大陸では国民党が共産党に敗北し、蒋介石は一族郎党を引き連れ台湾に落ち延び、それより、台湾は数十年に及ぶ蒋家圧政の時代に突入した。
台湾独立運動史-終戦直後篇 より全文引用
上記の出来事は一般的には「228事件」と呼ばれる。しかし、台湾独立建国聯盟の人たちは、それを「228革命」と呼ぶ。
武闘の主力は、台湾人の旧日本軍兵士たちで武器も旧日本軍のものであった。しかし、2年間も手入れされていなかった武器は、役に立たないことも多かった。
日本の教育を受けた(旧制)中学生たちも、旧日本軍の38式歩兵銃で武装して学校に立て篭もり戦った。武器のない市民たちは、天秤棒などで外省人の部隊に対抗した。
「僕は半年ばかり療養して新聞社に入りました。この後、台湾で有名な二・二八事件が起こりました。
結局、僕の観察においては、どうしてこんな事件がおこったかというと、日本統治時代においては台湾は文明国に入っていた。規律を守り公に立つ。
ところが落伍のシナ人が台湾人よりも相当遅れていた、文化的に。落伍の国家が文明の国家を統治するんだから必ず摩擦が出てくる。
シナ人にすれば強姦とか略奪は平常の平常。鉄砲を持って略奪している。政治的にも相当な腐敗。台湾人は辛抱に辛抱を重ねて最後において堪忍袋が切れたというわけです」「大きな通りでシナ兵が機関銃で掃射している。僕は野菜売りの女の子が虐殺されているのを見た。若い青年も倒れている。何の理由もなしに相当の虐殺をやった。
そこで、僕ら青年が立ち上がった。特に僕ら戦地帰りが。それから学生だね。台中一中、商業学校、それから大学生が集まって、台湾独立治安隊、警察隊、台中師専隊、台中商専隊とかをこしらえた。
学生隊と言えども日本軍より日本らしかった。日本の軍服を若い十七、十八の者が着ていました。私は二十一歳で隊長。それで、武器を奪い取ってシナ人のいる派出所などを攻撃しました」
ニ、ニ八事件で起き上がった戦地帰り
しかし、これでは正規軍には勝てない。
首謀者とみなされた市民や(旧制)中学生たちまでが、駅前広場で公開処刑に処された。犠牲者は約3万人にのぼる。
台湾人たちは、自らを近代化した存在と自負し、日本の支配時代に作られた議会を
発展させて自治政府を作りたいと考えた有力者もいた。「228事件」には、国民党一派の圧制から人民を解放し、民主政府を樹立するという熱い思いも込められていたので
ある。「228事件」は文字通りの「革命」だったのだ。
そして、そのときの熱い思いが「台湾独立の夢」として脈々と引き継がれているので
ある。
なお、台北には、外省人率いる国民党による白色テロと、多くの
無実の人々が投獄され処刑された事実を忘れないための「228
記念碑」と「228紀念館」がある。李登輝総統(当時)が建てた。
台湾独立建国聯盟の廖建龍氏によれば、「228紀念館」には、戦前の日本による台湾統治が実に素晴らしい善政であり、それに対して戦後の国民党の
支配がいかに残虐なものであったかが解るように、写真等によって対比させる形で展示されているそうだ。
廖氏は、植民地統治を「善政」として、元植民地だった国が展示しているのは、世界でもこの「228紀念館」だけだとも言っている。
日本による植民地支配は、「鶏卵を得るために、まずは鶏を育てる」という例えに象徴される戦略であった。日本は、台湾の交通網の整備、衛生環境の改善、教育の普及などの近代化政策を行った。創氏改名と皇民化教育を行い、台湾人を日本人にしようとした。
これが、現代の台湾の発展の基礎になり、大陸中国とは違う社会が実現したと台湾人は思っている。だから、植民地統治を「善政」として展示しているのである。
日本は朝鮮にも同じことをしたのに、彼らは日本を恨んでいる。不思議なことだ。
なお、李登輝元総統は京都帝国大学の出身であり、今でも同窓会に出席したり恩師の墓参をしたりしている。それを妨害していたのが、あの野中広務と河野洋平である。
参考資料1:統一か、独立か、緊張高まる中国-台湾関係
参考資料2:台湾正名運動
参考資料3:台湾独立運動史-終戦直後篇
参考資料4:台湾独立建国聯盟
参考資料5:台湾独立の胎動 No.④
参考資料6:台湾・第2の光復(1)親日の謎を解く紀念館
参考資料7:228紀念館/公園
参考資料8:228革命55周年講演会を聞いて
参考資料9:日本企業の対中戦略にも影響する混乱、団結、混沌と、激変する台湾
参考資料10:ウクライナと台湾
参考資料11:日本李登輝友の会
参考資料12:台湾の警察
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コメント
敬愛する”坂眞”さまに「TB」と「コメント」両方をいただき、これ以上の喜びはありません!本当にありがとうございました。
今回の記事も大変・感動を持って読ませていただきました。
私も多少は”軍事学”に通じているつもりでしたが、「中国・特殊部隊の台湾侵攻」までは予測できませんでした。
「台湾独立宣言は、2008年だ!」と断言するのは、並大抵の勇気と知識では出来ません。
改めて畏敬の念を禁じ得ません!
「台湾の228独立運動」には、更なる涙と感動を深くいたしました。
また今日も、印刷させていただき、後日の参考にさせていただきます。読み捨ててしまうにはあまりに惜しい素晴らしい文章ですので。
”坂眞”さまには、はるかに及ばない私ではありますが、”科学という別の視点から”共に祖国のために尽くすことが出来ますれば、「蜂の一刺し」ぐらいのことは出来るのではないかと、日々精進して参りたいと思います。
投稿: 紫藤ムサシ | 2005/07/01 19:52
トラックバックありがとうございます。
しかし、自分の無知には涙が出ます。
調べるツールは山ほどあるというのに。
これからも勉強したいと思っています。中国も数年のうちに瓦解すると思っています。そのとき日本はどう動くか。きちんと考えていてほしいです。
投稿: kinslot | 2005/07/02 00:12
紫藤ムサシさん、どうもです。
あなたの記事は、大変ユニークで参考になります。
文章もなかなかのものです。
今後ともよろしく。
kinslotさん、初めまして。
>そのとき日本はどう動くか。きちんと考えていてほしいです。
そうですね。日本は甘すぎる、政治家も国民も。
もっと危機意識を持つべきです。
投稿: 坂 眞 | 2005/07/02 10:24
こにちは、坂眞さん
いつも、有意義な記事、ありがとうごさいます。
稚拙な文章ですが、一言コメントさせいていただきます。
日本にとって経済・軍事上重要なのは、言うまでもなく、シーレーン確保であり、台湾&台湾海峡の重要性は説明するまでもありません。
また、台湾では、確かに反日勢力もありますが、親日家も多いとのこと。台湾独立時には、日本としてはそれを承認し、米・日・台湾の同盟、もしくはそれに順ずる約束をする必要があるように思えます(実際、中国・朝鮮寄りのK国より、台湾の方が重要だと思います)。
しかし、悲しいことに、いまだに寒流はありますが、台湾に関する興味は薄いように感じます。
今からでも遅くないですから、マスゴミを動かせないでしょうかね?(期待薄ですが)
投稿: Mars | 2005/07/02 12:26
Marsさん、どうもです。
>反日勢力もありますが、
反日は「外省人」です。
>台湾独立時には、日本としてはそれを承認し、米・日・台湾の同盟、もしくはそれに順ずる約束をする必要があるように思えます(実際、中国・朝鮮寄りのK国より、台湾の方が重要だと思います)。
激しく同意いたします。
投稿: 坂 眞 | 2005/07/02 19:46