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2005/07/23

中華思想と阿Q正伝

最近の中国の自己中心的、覇権主義的動きを「中華思想」に結びつける論調が多い。
私は、拙記事「中国の呆れた本音」の中で、
①「中国が、日本の常任理事国入りに反対するのは、日本が過去の歴史を反省して
いないからではない」
②「中国は、歴史的に東アジアにおける超大国は中国一国であり、19世紀末以降その
立場を失ったのは、例外的・変則事態であると考えている。これが、日本の常任理事国入りに反対する中国の本音である」
という船橋洋一氏の見解を紹介した。

私は、この見方を肯定した。そして、まさに「中華思想」の発露であると考えた。しかし、そうではなく、最近の中国の動きは、「中華思想」より、むしろ先進国に対するコンプレックスを表しているという見方もある。
この見方を検討する前に、「中華思想」とは何かを簡単に整理してみよう。

「中華思想」の「中華」は「中」と「華」からなっており、「中」は「世界の中心」を意味し、「華」は「夏」-中国史上初の世襲王朝「夏王朝」を表し-転じて「中国」自体を意味している。つまり、「中華」とは、世界の中心である夏(華=中国)という意味である。
「中華思想」では、中国の周辺諸国は「蛮夷」・「夷狄」(いてき)等と呼ばれる「野蛮な異民族」とされ、その地理的(方位的)所在に合わせて、「東夷」・「西戎」(せいじゅう)・「南蛮」・「北狄」に分類される。これからすると、我々日本人は中国(中華思想)から
見れば、「東夷」(東に住む野蛮人)ということになる。
以上が「中華思想」の概略である。

では、中国の最近の動きが、「中華思想」より、むしろ先進国に対するコンプレックスによるものであるという見方を紹介しよう。

(以下引用)
日本では、しばしば「中国人は中華思想を持っている」と聞かれる。その意味は唐、宋の時代に中国は興隆をきわめ、世界の中心になった一時期があった。近世になって
辛酸を味わった中国人が、いつかかつての「中華帝国」の夢を再現するのではないかということだろう。また改革・開放後の急速な経済成長が周辺国の脅威となるだろうという意見もその根拠の一つとなっているようだ。

本当にそうであろうか?答えは、かならずしもそうではないようだ。このような考え方は日本風の中華料理みたいなもので、誰が言い出したか知らないが日本人の好みに合うようにつくった中国のステレオタイプイメージの一つではなかろうか。
中国では「中華思想」のような考えがまったくないとは言えないが、実際には、「中華思想」より、「阿Q精神」が人々のこころに深く潜んでいる。

阿Q(アキュー)という人物は、前世紀30年代中国の著名な作家魯迅の小説「阿Q正伝」の中で虚構化された主人公だ。
無知ゆえ、負けても理由をつけて自己を慰め、無闘争心、いつも自己満足(悪くなければ良いこと)している阿Qがもつ人格的特徴は20世紀初頭の中国人そのものだ。魯迅が阿Qのどうしょうもない生活態度を通して、当時の中国人の精神状態を余すことなく
表現した。中国の近代化が遅れた原因は「阿Q精神」によるものだと多くの中国人が
認めている。

中国では唐の時代に政治・経済・文化の隆盛を極めた。やがて宋の時代に入り、北方遊牧民族の脅威の前に団結することなく内争を繰り広げた結果敗北してしまった。中国が自分で国を滅ぼしたと言って良い。
ヨーロッパの産業革命が100年、日本の明治維新が30年でかつての大清帝国を追い越したのと比較して、清朝は滅亡の道をたどった。
清朝の最盛期に君臨した乾隆皇帝はヨーロッパの宣教師から数学や天文学を学んだが、趣味の領域に留まりヨーロッパの科学や思想が宮廷の壁を超えることはなかった。

約100年前に中国近代史を切開いたとも言える青年運動である「五・四運動」は、弱体化した死亡同然の中国を救うために「科学、民主」のスローガンを提言した。それから100年経過した今日、未だにその目標は成就されていないのではなかろうか?
魯迅の時代から半世紀も過ぎ去ったが、「阿Q精神」の遺伝子を受け継ぐ人々が少なくない。簡単にいうと、明日仕事がなくても今日満腹できれば満足できるという精神構造だ。

歴史の重圧は自分で簡単に下ろせるものではないかもしれない。私は、中国も一度「脱亜入欧」を経験したらよいと思う。勿論アジアの諸国と反目して、覇権国家を目指すものではなく、ここでいう「脱亜」とは、中国人自身の保守的態度と決別することを意味する。つまり「非科学的考え方、盲目的な権威崇拝、非効率的行動」という「阿Q精神」を一掃することだ。
科学的思考と民主精神で新たな国づくりを目指す(岳光)

(以下引用)
中国の庶民に至っては、外国の意図に対して、常に疑心暗鬼になっている。数年前
ベストセラーになった「ノーと言える中国」や、現在、人民網の強国論壇や日中論壇で交わされている排外的言論は、中国人の中華思想より、むしろ先進国に対するコンプレックスを表している。
自暴自棄に陥った中国人のこの姿を、中国の著名な作家である魯迅は、1921年に
発表した「阿Q正伝」の主人公を通じて見事に描いている。
阿Qという人物は、無知である上に、闘争心に欠け、負けても「精神勝利法」によって
自分を慰める。実際、多くの中国人は、近代中国の不振の原因をもっぱら列強による
侵略に求め、自らの内部の争いに関して反省しようともせず、自己改善を怠ったので
ある。

中国は列強に対する被害意識があまりにも根深いため、日本をはじめ、諸外国が中国に対して採る政策や行動を、陰謀だと見なしがちである。「日本の軍国主義の復活」に対する警戒心はもちろんのこと、香港や台湾、チベットなど主権にかかわる問題に関しても異常といっていいほどのこだわりを見せている。これは、中国の「中華思想」に基づく覇権主義よりも、むしろその自信のなさの表れであると理解すべきであろう。
実際、現在の米国のように、本当の覇権国は、自分が他国の主権を侵害することが
あっても自国の主権が侵害されることはまずないため、主権を強調する必要は全くない。
対イラク戦争をはじめ、ブッシュ政権が押し進めている独善的一国主義こそ、一種の中華思想であると言えよう。
「中華思想」それとも「被害妄想」(関志雄)
※この記事は、前出「科学的思考と民主精神で新たな国づくりを目指す」を下敷きにして書かれている印象も受ける。
したがって、記事の一部しか引用しなかった。(筆者)

なかなか面白い分析である。しかし、中国人の深層にあるのは「中華思想」ではなく、「コンプレックス」あるいは「阿Q精神」であるという見方も一面的すぎる。
やはり、「コンプレックス」あるいは「阿Q精神」の裏返しとして「中華思想」がある、と
捉えるのが正しい認識ではないか。
もちろん、

歴史の重圧は自分で簡単に下ろせるものではないかもしれない。
私は、中国も一度「脱亜入欧」を経験したらよいと思う。勿論アジアの
諸国と反目して、覇権国家を目指すものではなく、ここでいう「脱亜」とは、中国人自身の保守的態度と決別することを意味する。
つまり「非科学的考え方、盲目的な権威崇拝、非効率的行動」という
「阿Q精神」を一掃することだ。

という指摘は、まったく同感である。

ここで「阿Q正伝」の要約を紹介する。

阿Qは正式な呼び名も「阿キュウ」としか判らず、小さな村で麦狩りや
米つきや船こぎなどの臨時の手伝いをして、その日その日を暮らす最下層の貧民だった。住まいも村の社(やしろ)をねぐらにしていた。だが、
プライドは高かった。そして、いつの日か、偉くなって、自分を馬鹿にする連中を見返してやろうという野心を抱いてもいた。

「おいらは昔は……お前なんかよりずっと偉かったんだぞ! お前がなんだってんだ!」

「阿Q正伝」

なお、「ブッシュ政権が押し進めている独善的一国主義こそ、一種の中華思想である」という見方は、ネオコンの思想を考えれば正しいといえる。
但し、米国は我が国の同盟国であり、中国は敵性国家である。そこが決定的な違いである。

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コメント

こんばんわ。
>「コンプレックス」あるいは「阿Q精神」の裏返しとして「中華思想」がある
非常に解りやすい例えだと思います。
特に在欧米華僑の言動などを見ると、例え「脱亜入欧」しても、中華が実現しない限り(自分達の民族・国家が世界のリーダーとして認められ、賞賛される立場にならないと)、この自尊自大な被害妄想を治癒することは困難ではないかと思います。
私が小学生の頃、「阿Q正伝」以外にも「三国志演義」や「水滸伝」等の中国文学を読みました。子供向けの文学全集だったのでかなり編集してあったはずですが、例え主人公の行為でも「裏切り」・「残虐さ」・「卑屈さ」等が強調されており(「阿Q正伝」は風刺小説だからでしょうが)、子供心に「他国の文学に無い、強い違和感」を感じた記憶があります。

投稿: 靖彦 | 2005/07/24 00:45

こんばんわです。
自分も、板氏の説におおむね賛成です。
魯迅先生の描いた阿Qはまさにコンプレックスの塊である中国人の姿そのものであり、阿Qが自尊心を死守するために使う「精神勝利法」こそが「中華思想」ということですね。
しかしこう考えると「中国人にあるのは中華思想ではない」という意見はなにやら自己弁護の匂いがします。「アメリカこそ中華思想」という論理展開も、「だれより悪いのはアメリカだ」というすりかえで、「中国人こそが世界の帝王たるべきなのに!!」という下心が見え見えです。中華思想は異民族に首都を追われ亡命政権に成り果ててから「あるべき世界の姿はこうなのに!!」という朱子学として燃え上がりましたからね。現在の世界にも我慢がならんのでしょう。
また、二次大戦以前の帝国主義・植民地政策の中心にあったのは「西欧をこそ唯一の文明」とする徹底した人種差別意識ですから、「中原の唯一の国」の周辺はすべて野蛮人の住む土地(国ですらない)という「中華思想」と共通する部分は確かに多いと思います。
しかし、欧米では人権意識の高まりから昔ほどは差別がなくなってきているのに対して、お隣りの国ではいまだ民主主義も知らず人権などないに等しい20世紀以前の状態です。
友人としてどちらが付き合いやすいかというと考えてしまいますね。

投稿: セト・ウオナ | 2005/07/24 02:44

>対イラク戦争をはじめ、ブッシュ政権が押し進めている
>独善的一国主義こそ、一種の中華思想であると言えよう。

板様らしい見方だと思いました。
どうも保守を自認する言論人は米国に甘く成りがち
ですのでこういった切り口も新鮮に見えますね。
私も米国に何かと甘く成りがちですので
日本がどういった方向で進むべきか良く考える
必要がありますね。

但し、中共政府に屈服する事を意味しないのは
言うまでも無いことですね。

投稿: abusan | 2005/07/24 05:50

その阿Q論そのものは目新しいものではありませんが、結局のところ国づくりに失敗した中共と、その人民が自己崩壊を防ぐ手段として、つまり「自身のなさ」或いは「自分たちの存在の根拠の無さ」をなんとかして正当化させようと口裏を合わせたものが、昨今の排外的で激しい民族主義の台頭であり、中華復古の願望であると見るのは、おそらく正しいでしょう。

問題なのは、それを自覚的(と、私は見るのですが)に外に向けて放出して自己弁護としての「己よりも低い者を生み出そう」という心理が中華思想という覇権主義に転生している事でしょうね。
あるいは仮面を被っているといいますか。

そうすると殊更過去を持ち出す傾向、なりふりかまわず既成事実を積み上げる侵略志向というものが解る気がします。

ただ実際のところ彼らがそうするのは己の至らなさを止揚昇華できない心因性のものというよりは、もっと根源的な処に実があるのかもしれません。

南北朝鮮もそうですが「宗主国願望」を持っています。
しかしそれは「嘘」の歴史に裏打ちされたものなのですね。
私としては、その「嘘」をばらされたくない為だけに周囲に犠牲を強いているようにしか見えないのです。
そこでまた「阿Q論」に戻ってしまいます。
どうも私が考えるよりずっと根は深いようですね。(笑)

投稿: 日課で拝見しております | 2005/07/24 09:24

靖彦さん、こんにちわ。
>特に在欧米華僑の言動などを見ると、例え「脱亜入欧」しても、中華が実現しない限り(自分達の民族・国家が世界のリーダーとして認められ、賞賛される立場にならないと)、この自尊自大な被害妄想を治癒することは困難ではないかと思います。

そのとおりだと思います。だから「日本が常任理事国になる」なんて我慢ならない。
それから、「オランダ」の件、コメントをお返ししました。

セト・ウオナさん、初めまして。
>しかし、欧米では人権意識の高まりから昔ほどは差別がなくなってきているのに対して、お隣りの国ではいまだ民主主義も知らず人権などないに等しい20世紀以前の状態です。
友人としてどちらが付き合いやすいかというと考えてしまいますね。

私は前近代的社会に剥き出しの資本主義が移植された状態だと見ています。
人権はもちろん倫理観もない。とにかく「カネ、カネ」。まともに付き合ったらやられてしまいます。

abusanさん、どうもです。
米国は「パクスアメリカーナ(米国の世界支配による平和)」を本気で考えている国ですから怖いです。
敵に回すべきではありません。卑屈になる必要はもちろんありませんが、アジア・太平洋における唯一の同盟国だと思っています。

「日課で拝見しております」さん、ようこそ。
>南北朝鮮もそうですが「宗主国願望」を持っています。
しかしそれは「嘘」の歴史に裏打ちされたものなのですね。
私としては、その「嘘」をばらされたくない為だけに周囲に犠牲を強いているようにしか見えないのです。

確かに彼らの自国に対する歴史観は、屈折していて歪んでいます。
半植民地、あるいは植民地になった原因が自らにあるということを認めようとしない。
日本が支配してやらなかったら、半島は間違いなくロシアの手に落ちていたでしょう。
私の祖父は日清戦争に一兵卒として従軍しましたが、日本と戦争をしていることを知らない中国人もいたそうです。
また、支那兵は雨が降ったら傘を差していたとも。
信じがたい話ですが、祖父が私にウソを教える理由もないので本当だったと思います。

投稿: 坂 眞 | 2005/07/24 13:30

中華思想と阿Q精神をそれほど結び付けなくてもいいように思うのですが。下層階級の人々には、今でも阿Q的な所があるでしょう。でも、中国人(漢族)全体の民族性を表す言葉としては、やはり中華思想(意識)だと思います。中華思想というと、何か立派な思想のように聞こえますが、そんなことは全然なくて、要するに無根拠の民族的優越感であり、人種差別意識です。中華思想(意識)を持っている民族ほど発展できず、文明的ではなく野蛮なのだと私は思います。

投稿: masa | 2005/07/25 02:23

masa さん、こんばんわ。
>中華思想というと、何か立派な思想のように聞こえますが、そんなことは全然なくて、要するに無根拠の民族的優越感であり、人種差別意識です。中華思想(意識)を持っている民族ほど発展できず、文明的ではなく野蛮なのだと私は思います。

まったく同感です。私は「中国」=「世界の中心の国」という呼称を止めようかと思っています。
チャイナ=シナで十分ではないでしょうか。

投稿: 坂 眞 | 2005/07/25 21:11

masaさん、坂 眞さん:
中華思想について本当に知っているのかな?
日本文化、思想のもとは中国ですよ。中華思想を侮辱すれば、自分自身を侮辱することと同じではないか。
「チャイナ=シナ」と思ったら、「日本=倭寇」にも賛成しなければならないね!

投稿: 飛魚 | 2006/02/09 18:38

masaさん、坂 眞さん:
魯迅先生の作品はその時代の暗い面を提示することによって、一般民衆の目を覚ませます。「阿Q正伝」という小説の時代背景について理解できない人は中華思想を非難する資格はない。
もし、日本人はあQ精神をもっと勉強すれば、日本の自殺率が低くなるに違いない。

投稿: 飛魚 | 2006/02/09 18:47

飛魚さんの「日本人は阿Q精神をもっと勉強すれば、日本の自殺率が低くなるに違いない」というのには僕も共感できます。なぜなら阿Qの「精神的勝利法」は万人が持っていると思うからです。これは気づかないうちに自分の中に生じる自己を防衛する手段だからです。その自己防衛の仕方としては阿Qがそうだったように自尊心が壊れたときに言い訳をし、また自尊心が壊れたら言い訳をしの繰り返しの自分の弱さに気づけなくなる負のスパイラルだと思います。社会的に不利な境遇に置かれたとき{職を失う・引きこもり(ニート)…など自分が不幸だと感じる境遇の時}などでこのスパイラルに陥ります。そのスパイラルは自殺者が増えている原因の集合の一要素なのではないかと僕は考えます。

投稿: export | 2012/06/08 19:39

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