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2005/08/06

残忍な人たち

60年前の今日、広島に原爆が投下された。死者は約14万~15万人とされる。
私は米国を、日本のかけがえのない同盟国だと思っている。しかし、毎年8月がくると
怒りがこみ上げてくる。
これは、もう理性を超越した、日本人としての血がなせる業だと思う。やはり、今日は、原爆と米軍の話を書かずにはいられない。

私は、広島の平和記念公園を二度訪れたことがある。もちろん、原爆死没者慰霊碑に首(こうべ)を垂れ、祈りを捧げた。そのときは、「過ちは繰り返しませぬから」という碑文の文言には、何の抵抗もなかった。しかし、今日、その碑文を読み直して強い違和感を覚えた。
原爆投下という過ちを犯したのは米国である。なのに「過ちは繰り返しませぬから」とは・・・・・・おそらく、この慰霊碑が建立された頃は、日本の誤った戦争が原爆の悲劇をもたらしたという認識が、我が国民に強かったということであろう。当時の私も、何の
抵抗も感じなかったのだから・・・

広島に原爆が投下されたことに対して、我が国及び我が国民に非は一切ない。史上
最大級の戦争犯罪を犯したのは米国である。したがって、原爆被害に遭われた方々に対して、「過ちは繰り返しませぬから」などと言うのはもう止めにしたい。
「原爆の悲惨さは永遠に忘れません。皆様の筆舌に尽くしがたい苦痛と無念を心の
奥底に深く刻み込みます」と誓いたい。

読者の皆さんの中には、米軍は紳士的だったと思われている方もおられるかもしれないが、とんでもない。
以下の記事は、週刊新潮8月11・18日夏季特大号に掲載された帝京大学教授・高山正之氏の連載コラム「変見自在」に、私の持つ知識を加味したものである。

映画「パールハーバー」の中の、日本の艦載機が病院を銃爆撃し、患者や看護婦が
ばたばた殺されていく場面を見て、石原東京都知事は「嘘が多すぎる」と言って怒った
そうである。これは、明らかに米国の捏造である。
元JAL機長で、真珠湾攻撃にも参加した藤田怡与蔵氏は、「米軍のパイロットならいざ知らず、日本軍はそんなことを思いつきもしない」と言っている。

「米軍のパイロットならいざ知らず」とは、つまり米軍機は、非戦闘員や非軍事施設を
狙うのが常だったということだ。石原知事自身が「麦畑を走っていると米軍のP51がきて機銃掃射された」という。
また、知事は、二子玉川(東京)の床屋で、「橋を渡って東京側に逃げる若い女性を
米軍機が低空飛行で追跡し撃ち殺した。パイロットの顔が地上からも見えた」という話を聞いたとも語っている。
1942年東京に飛来したB25は、超低空で飛行し、必死で校舎に逃げ込もうとする国民学校高等科の14歳の少年を撃ち殺している。
高山正之氏によれば、米軍機が女子供を狙い撃ちした事例は数え切れないほどあるという。要するに、彼らは狩猟感覚で日本の市民を撃ち殺していたということである。

米軍が最初に進駐した神奈川県では、一ヶ月に2千件もの「大きい男」による婦女暴行事件が起きた。「大きい男」とは米兵のことである。GHQが、新聞検閲で米兵をそう表記するように命令したのだ。

米国は、日本の文化財に敬意を表して京都を爆撃しなかったというが、これも真っ赤な嘘である。
原爆の投下候補地は、
①直径3マイルを超える都市
②有効な損害を与えられる地形を持つ都市
③通常爆弾による爆撃を実施していない都市
であった。
これに適うのが京都、小倉、新潟、広島、長崎で、中でも盆地状の京都市街は申し分なかった。したがって、本土爆撃が始まってからも京都爆撃は一切行われなかった。
最終段階で、京都は第一候補からはずされたが、「日本の文化財に敬意を表したから京都を爆撃しなかった」というのは嘘なのである。
広島も爆撃されなかったし、小倉、新潟、長崎も、他の大都市に比べればほとんど無傷だった。ちなみに、長崎は第二候補だった。広島とともに第一候補にされた小倉上空が曇りであったために、長崎が標的になったのである。

一方において、東京や大阪は、一面焼け野原となるほどの爆撃を受けた。
特に、1945年(昭和20年)3月の東京大空襲は、1日で死者10万人以上を出す地獄を生み出した。1機平均6トン以上の焼夷弾を搭載した344機のB29が、低空飛行で東京の下町を襲ったのである。約100万発(2000トン)もの焼夷弾が無差別に投下されたのだ!
しかも、先発部隊が江東区・墨田区・台東区にまたがる40k㎡の周囲にナパーム製
高性能焼夷弾を投下して火の壁を作っていた。火の壁で市民の逃げ道を断ち、猛火の中に閉じ込めた状態での凶行だった。(怒りで頭痛がしてきた・・・)
要は、ジェノサイドだったのだ!!!!!!
逃げ惑う市民には超低空飛行のB29から機銃掃射が浴びせられ、なんとか隅田川に
逃げ延びた人たちも、川面をなめるように駆け抜けた焼夷弾の炎で焼き殺された。

幼子を背負ったまま焼かれた母親の背は白い、そして子供は・・・/浅草・花川戸
Ikaritonamida
涙が止まらない・・・私だけだろうか?





本土空襲の指揮を取っていたカーティス・E・ルメイ少将は、明かに非戦闘員を狙ったと
する批判に対して、戦後の回想録のなかで次の様に述べている。
「私は日本の民間人を殺したのではない。日本の軍需工場を破壊していたのだ。日本の都市の民家は全て軍需工場だった。ある家がボルトを作り、隣の家がナットを作り、向かいの家がワッシャを作っていた。木と紙でできた民家の一軒一軒が、全て我々を
攻撃する武器の工場になっていたのだ。これをやっつけて何が悪いのか…」

我が国と米国は今、政治、経済、軍事において密接な関係にある。冒頭で述べたように、米国は、かけがえのない同盟国でもある。
しかし、米国が我が国に対して犯した過去の戦争犯罪を忘れてはならない。いまさら
米国を声高に非難するつもりはないし、反米を煽る気もない(何のプラスもない)。が、
歴史の事実や相手を知った上で、初めて真の友好・同盟関係が生まれるのである。
エノラ・ゲイの機長は、90歳になった今も相変わらず、「連合軍が本土上陸作戦を決行していたら、日本人や連合軍の多くが犠牲になっていた」として原爆投下を正当化している。

しかし、ジョン・F・ケネディ政権で国防長官だったマクナマラ氏は、「勝ったから許されるのか?私もルメイも戦争犯罪を行ったんだ」と告白している。
マクナマラ氏は経営管理の理論を戦争に応用した。攻撃効率を高めるために統計を取り分析した。彼の報告書を基にして日本に無差別絨毯爆撃が行われた。彼の上司は、後に広島・長崎に原爆を落としたカーティス・E・ルメイ少将だった。
建前はともかく、本音の部分でそういう反省があればそれで許そう。

しかし、我々日本人は、間違っても「過ちは繰り返しませぬから」と言ってはならない。過ちもあれば、やむを得ないこともあれば、正当なこともある。加害者の面もあれば被害者の面もある。
「過ちは繰り返しませぬから」と言って懺悔しても、得るものは何もない。当時の国際情勢、極東情勢、国内事情等を総合的に勘案して反省するべきである。

(注):「小倉」は、現在の北九州市小倉北区・南区である。

参考資料:東京大空襲

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米国」カテゴリの記事

コメント

広島にはそんな変な碑文があるのですか?
なんか行きたくなくなりましたね。
私は小さいときから、この時期に報道される原爆番組をみて、「アメリカってひどいよな日本に原爆はおとすわ、ベトナムでは枯葉剤を蒔くわ・・」とおもいつつ「なんでTVはアメリカを非難しないんだ」と不思議に思っていました。
それどころか、そんな碑文があるなんてびっくりしました。どうみたって米が悪じゃないですか。GHQの戦後自虐教育のたまものとはいえ、当時の人が上手く洗脳されちゃって。
無知な私さえでも、「いかなる理由があろうとも、原爆を落とす行為はもう人として正当化できない。悪は米だ」くらいは気付きます。洗脳される感覚がわかりません。まあ、私がむしろ珍しいのかもしれません。
その碑文は直したほうがいいですね。「アメリカは二度と過ちを犯すな」と。

投稿: ふふふ | 2005/08/06 21:29

こんにちは。
いつも楽しみに読ませていただいております。

「過ちは繰り返しませぬから」は違和感はありながらも、
人類としての観点に立っているのだろうと、私自身はむりやり納得していました。
でも、やはりみなさん、疑問はお持ちだったんですね。


>石原知事自身が「麦畑を走っていると米軍のP51がきて機銃掃射された」という。

これはうちの母もやられたと言っておりました。
まだ小学生の頃、弟を背負った祖母と共に海岸でわかめを拾っていると、飛行機が飛んできて、機関銃を撃たれたそうです。砂浜で隠れる所がなくて、大変に怖い思いをしたとか。
命が助かったのは、相手にはただの遊びだったからだとも考えられますよね。
でも、当てるつもりではいたのでしょうから、米軍は残酷です。
女子供だと判っていてやるのですから。

投稿: とんとん | 2005/08/06 22:01

 世界ではヒトラーがこの上も無い悪魔ということになっています。しかし、それは、アメリカやソ連のスターリン、中共の毛沢東ら、それ以上の悪逆を為した悪魔たちのカモフラージュのためにされていると思っています。
 日本はいつまでこの悪魔の国々にへつらっていなければならないのか?
 だまされていなければならないのか?
 この欺瞞が正されない限り、世界に真の平和は来ないと思います。
 
 

投稿: くえひこ | 2005/08/06 22:48

文章の全てに、全く同感です。広島の碑文に関しては、前から嫌な感じを持っていました。あのパール博士がこれを見て、「この文には主語がない」と言ったそうです。主語がないというより、わざと主語をあいまいにしていると思います。もしも主語が日本人だとすれば、日本人が悔い改めれば世界は平和になる、という典型的な左翼的発想に思えます。(もともとそういう趣旨だったのでしょう。) そして、もしも主語が人類全体だとしたら、アメリカ、中国、ロシアなど、世界中の国々の同意を取り付けた上でなければ、勝手にこういう文を書くのはおかしいでしょう。勿論そんなことはしていません。
「原爆の悲惨さは永遠に忘れません。皆様の筆舌に尽くしがたい苦痛と無念を心の
奥底に深く刻み込みます」
私もこうあるべきだと思います。

投稿: masa | 2005/08/07 00:10

初めまして。yoshiと言います。いつも勉強させていただいております。
何分、ブログにコメントを寄せることが初めてでして、ご無礼等ございましたらご指摘ください。

私は、大都市を狙った大空襲・原爆、日本がどこに軍を送ったのかなど先の戦争でのことは、全て教科書もしくは当時満州で暮らしていた祖父母の語る話だけを知るのみでした。
つまり、先の大戦は歴史の1ページ(正確には、教科書の一つの章、といった認識)であり、戦争に関する日本が舞台の映画やドキュメンタリーなどを観ても、同じように「そっか、そんなことがあったのか」としか感じていませんでした。
一方で、湾岸戦争やテロあるいはイラク戦争のニュースで「民間人××人負傷の模様」といったものを見聞きしては、ひどい!そんなことってあっちゃいけない!と、過剰に腹を立てておりました。
大空襲・原爆が今では考えられないような民間人を狙った攻撃であったこと、焼夷弾とは日本家屋を内側から効果的に燃やすよう設計されたものだということ、東京は真に火の海になったことを、初めて恐怖と怒りという情動を持って、再認識したのはつい最近のことです。
今、先の大戦について肯定・否定、様々な意見・事実を学んでいるところです。
正直に言えば、日本人としての誇りを持ちたいと思う一方で、自分が過去疑問に思うこともなく感じていた「戦争を起こした日本が悪い」という考えの間で、様々な事実や考え方に触れるたびに動揺している自分がいます。
「幼子を背負ったまま焼かれた母親の背は白い、そして子供は・・・/浅草・花川戸」は、本当に日本で起こったことなのだろうか?とさえ口走ってしまったほど、動揺させられました。

これからも先の大戦を含めて日本について学んでいこうと思っていますが、記事に書かれていたように、
> 当時の国際情勢、極東情勢、国内事情等を総合的に勘案して反省するべきである
視野を広く持ち、バランスよく学ぶことが大切だと激しく共感いたしました。
長文失礼致しました。

投稿: yoshi | 2005/08/07 02:09

こんばんは。寝苦しい夜が続きますね。

つい最近、その慰霊碑の碑文が傷つけられる事件がおきましたね。
犯人は右翼の男性らしいのですが、過ちは二度とおこしませんから、の過ちの部分を傷つけた、日本が過ちを犯したわけじゃないと語ったそうです。報道は犯人を非難していたけど、行為はともかく、犯人の思いはとてもよく分くわかります。原爆を落としたのは日本じゃないから・・・。

管理人様同様、以前は違和感を覚えなかった碑文に最近は私もおかしいと感じておりました。そう感じ始めている人が増えてきているのだと思います。

祖母・母から聞いた話です。
私の家も東京大空襲で被災し、あたり一面すべてが焼け野原になりました。それでもその近所では死者はでませんでした。
つい最近まで私はそれが不思議だったのですが、今年NHKが米軍の資料をもとにして大空襲を検証した番組を見て、その謎が解けました。
米軍は範囲を決めて、その中にいる人間が逃げ出せないように退路を断ってから(火で囲ってから)爆撃を始めたのです。当夜の強風も手伝って史上類を見ない大虐殺になりました。
私の家があった付近は明け方(3月11日早朝)に一機の爆撃機によって爆撃されました。米軍の当初の計画の区域外であり、残った爆弾を置き土産とばかりに落としていったのです。退路がたたれなかったため、業火に焼かれても死者がでなかったのだと思います。

あれは通常の空襲などではありません。
あれだけの死傷者をだしたのは、以前言われていたように、人口密集地だから、夜だったから、木造建築だったから、などの理由ではありませんでした。
あれは予め区域内にいる人間全てを焼き殺すように綿密に計画された無差別大量虐殺です。
これこそ法廷で裁かれる罪ではないでしょうか。


水道などのインフラが破壊されない爆弾も不思議でしたが、あれは人を焼き殺す目的のために開発された爆弾であった事もテレビで知りました。

妹や赤ちゃんを殺されたご遺族の方々がテレビに出演されておられましたが、みな一様に米軍への恨みを口にせず、守ってやれなかった自分を責め続けておられたのが哀しい。

祖母は、戦争だから、戦争というものはそういうものなのだと言っています。どんなにきれいな言葉で飾っても戦争と言うのは惨く汚いものなのだと当時の日本人はみな知っていたのだと思います。

戦争ので亡くなられた全ての方に合掌いたします。

投稿: くらりす | 2005/08/07 02:27

この件に関して、「文言をいちいち気にして問題視するのはおかしい」なんて
言ってる人もいるんですが、そうであれば「我々」の部分は「地球上の
すべての人類がこの過ちを」とハッキリ述べるべきです。
中途半端な文言にしてしまったから(ここに意図的なものを感じますが)、
アメリカにも右翼にも左翼にも都合のいいように使われてしまってる。
そこを問題視すべき。管理人さんのようにこうしてハッキリ周りでも
この文言のおかしさを述べていこうと思います。

投稿: 流浪の名無し | 2005/08/07 03:23

戦争とは言え、公平な視点は必要ですね。
米国人は原爆投下を一種の虐殺であると自覚すべき
です。そうで無ければ驕れる者共とされるでしょう。

ウサマ・ビンラディン率いるアルカイダの行為を正当化
する訳では有りませんが、あの米国同時多発テロも
或る意味米国の驕りが生み出したもので有ると言う
見方も出来るのかも知れません。それは故意的な
人災と言う名の災いが米国に降りかかってきたと。

投稿: abusan | 2005/08/07 06:54

ギリシャに住んでいます。ギリシャのどこのチャンネルでも広島と長崎のニュースです。
この原子爆弾に関するのドキュメンタリーも作っていました。こちらの国では毎年やっています。
やっぱり英米以外の第三者的国々から見たら、原爆投下は相当ショックなことなのです。
私は毎年今ごろ必ず日本いたとき感じたよりも深い恐怖を感じます。
私は日本人が衆人環視の中で英米に虐められたような悲しい気持ちになります。
この日はテレビも見たくなくなります。それは原爆投下の映像を何度も見てしまうからです。
この原爆投下の日は日本だけではなく世界中の国々で取り上げています。
ものすごい反核運動にはキャンペーンです。


投稿: lemonodasos | 2005/08/07 07:06

友人のアメリカ人
彼は本当に良い奴だ。そもそも日本に興味を持つアメリカ人は少ない。彼はなぜだか知らぬが、日本人留学生を受け入れるホストファミリーになり、そこから日本に興味を持ったらしい。

私がアメリカに行ったときも3ヶ月彼の家に居たのだが、嫌な顔ひとつせず、様々な事を討論した。

特に戦争の話について、お前、知ってるか、
日本軍はここカリフォルニアに来て、確かに爆弾を撃った。(映画1941のような事が確かに有った)俺は爺さんに聞いてな、お前らは確かにアメリカ本土を攻撃したんだぞ!がはっは!

ある日、零戦か何かの爆弾を落とした日本人も居たらしい。終戦後、アメリカはその日本人を捜したらしい。その日本人は復讐を恐れ、逃げていたらしいのだが、結局アメリカはその日本人を見つけ、表彰したという。
一人でアメリカ本土に攻撃しに来た勇気に対してらしい。(たいした被害も無かった)

私達二人共、戦後生まれ。
インターネットで知り合い、お互いの家に行き来する関係になり、心の底では尊敬しあっている。かつての敵国同士の人間だ。

彼の言葉の重みはベトナムの話だった。
そいつはベトナムの話をしない。
しかし、確実にベトナムに行っている。

日本の戦争は第二次世界大戦を意味する。
アメリカの戦争は、その後も継続しているのだ。

アメリカ国民も又、政府のプロパガンダ、又、
政府の政策に従っている。好き嫌いにかかわらず。

ベトナムはそれこそ悲惨だったのだと推測している。なんで戦うか分からないなか、いきなり東洋の湿地帯に送り込まれ、ゲリラとの戦いに放り出される。

その現実感を私達戦後生まれの日本人は持っていない。
戦争には反対だ。しかし、その現実を請け負っている人間が確実に地球上に居る。
家族と一緒に居たいだろう。子供と一緒に遊びたいだろう。しかし、それをじっと押し殺し、
ジャングルの中で潜み、敵と戦うという事実。

お前、金だしてすむならそれが一番良いだろう。お前、何のために戦うか分からないのに、
いきなり生きるか、死ぬかの状況に放り出されてみろ。

返事も出来なかった自分がいた。
その言葉はずーーっと心に残る。

全ての国に、右派と左派がいる。
過ちを認める、認めないという人間が居る。
人間として生きようという人と、自己の利益を
追い求める人々がいる。

善悪という単純な二局で物事は分けられない。

今、思うとアメリカも原爆使用の誘惑に負けたのだろう。それは戦争の狂気だ。

ブッシュの再選がアメリカの意志であり、
江沢民の登場は歴史の事実である。

私達が思いこんでいた歴史観が実は違った。
それは中国に有る意味感謝せねばならぬ。

その戦争の狂気が中国によりもたらされようと
している。
多くの日本人はまだ観念的な平和論しかもっていないのだ。もし、多くの日本人の子供達がレイプされ、女性は陰部に棒を突っ込まれ殺され、頭を切られサッカーボールの如く、蹴られ、最後には食われるような状態になっても、
まだ、核は反対。戦争は反対。と言えるのだろうか?
しかも相手は13億人。日本人は老人だけだ。

そのアメリカの友人の言葉が、より現実的に
なってきている。これは日本人が机上でしか
考える必要が無かったことが、現実論になってきている事の表れだ。

郵政民営化、解散で世間は騒いでいる。
しかし、多分まだ時間が掛かるだろうが、日本の未来を託せる人を私達は選出せねばならない事を肝に銘じよう。

投稿: Jaco Pastories | 2005/08/07 10:28

ふふふさん
とんとんさん
くえひこさん
masaさん
yoshiさん
くらりすさん
流浪の名無しさん
abusanさん
emonodasosさん
Jaco Pastoriesさん
みなさん、コメントありがとうございます。
みなさんの意識、スタンス非常にうれしく、安心いたしました。

「過ちは繰り返しませぬから」には主語がない。つまり主体がない。
だれが過ちを犯したのか。過ちとは何を指すのか。誰が何を繰り返さないのか。
この1センテンスに、戦後の日本と日本国民の姿が凝縮されています。
総ての国民が世界に対して懺悔する。
いわゆる「一億総懺悔」というやつです。
一方的な懺悔に何の意味があるのでしょう?
反省すべき点は率直に反省する。
相手に非があれば、毅然としてそれを指摘する。
正当な行為であれば、堂々と正当性を主張する。
これが「当たり前の国」であり、「当たり前の国民」です。
「戦争は悪である」という考えは、もう止めましょう。
生きている限り、闘わなければならないときはあります。
それは我が国土や家族、隣人が蹂躙されかねない危機に直面したときです。

我々の前途には難題が山積しております。
より毅然とした態度で、正々堂々と生きていきましょう。

投稿: 坂 眞 | 2005/08/07 16:18

>私は米国を、日本のかけがえのない同盟国だと思っている。しかし、毎年8月がくると
怒りがこみ上げてくる。

御意! 私が米国旅行した感じでは庶民レベルでは結構親日で、「日本のようなな慎み深い米国の友人と戦争したのが信じられない!」みたいな感じで、まぁ、ベトナムと911のテロを経て彼らの意識もかなり変化してきたのでしょう。
米国としては「あれは正しかったのだ」という突っ張りをしなければならないという側面もあるのでしょうが、謝罪しろ、賠償しろとかは言わないから、純粋に平和を祈る思いで大統領に広島・長崎を訪れて欲しいと思います。
中韓等がしんねり絡んでくるのの対極として、「60年経ったんだから、どうだい?」と提案したいですね。


投稿: tsubamerailstar | 2005/08/07 21:05

tsubamerailstarさん、こんばんわ。
>謝罪しろ、賠償しろとかは言わないから、純粋に平和を祈る思いで大統領に広島・長崎を訪れて欲しいと思います。

これに尽きますね。謝罪はしなくてもいい。ただ、祈りを捧げてほしい。
そこから、日米の真の友好が始まる、そんな気がします。

投稿: 坂 眞 | 2005/08/07 22:32

大統領が来たら来たで、サヨクやウヨクの方々がコレ幸いと大統領を口汚く罵りに来るのではないかってのは心配。

今、日本は(世界と比較すればたぶん一番)平和なのに、一番平和を乱しているのは彼ら自身であることに気づかない。連中のやってることは自分のワガママを通すための戦争に違いない。彼らにとって一体何が平和なのだろうか。

投稿: RARTY | 2005/08/08 02:22

おはようございます。TB頂き、ありがとうございました。

色々とあっちメディアを探った結果、はっきりとわかったのですが、下衆ガイジン記者のインタビューに答える人々は全て、あの碑文の主語は「日本」だとしています。

彼等の論理は、原爆を落とされたのは日本が戦争を始めたからだ。だから、日本が二度と過ちを犯さぬ事を祈って、あの碑文を刻んだのだ、と。

米国は勿論、連合軍側は皆、大歓迎ですよ。大戦後、連合軍のほとんどの国と対立した共産主義側も大歓迎ですよ。素晴らしい!これで日本の理知は死んだ、絶好調!と。

全く間違っているではありませんか。何故、かのインタビューに答えた、実際に苦しみ、今も苦しみ続けている人々は、同じ白人ならやれないが黄色い猿なら良心の呵責はございません、と原爆を落っことした残忍な連中への恨みの言葉を言えないのか?

いや、それは日本人の「赦しの心」が成せる業だとわかりますが、無差別殺人の被害者になったからといって、これからも黙って虫けらのように殺されろ、というサヨクの論理は、あの時死ななかった日本人と、戦後に生まれ平和を享受できている日本人への、呪いの言葉ではありませんか。

今、日本人の思考も再びまともな方向へ動き始めましたが、まだ遅い。まだ少ない。少しでも早くフェアな思考、ロジカルな思考が広まり、思考停止人口が激減する事を願って止みません。

投稿: 喜多龍之介 | 2005/08/08 07:16

RARTYさん、こんにちわ。
>彼らにとって一体何が平和なのだろうか。

アメリカの世界支配による平和(パクス・アメリカーナ)です。
日本は同盟国ですが、これには付き合いきれません。
あくまでも朝鮮半島~台湾~マラッカ海峡に同盟を限定するべきであると考えます。


喜多龍之介さん、まいどです。
>米国は勿論、連合軍側は皆、大歓迎ですよ。大戦後、連合軍のほとんどの国と対立した共産主義側も大歓迎ですよ。素晴らしい!これで日本の理知は死んだ、絶好調!と。
>今、日本人の思考も再びまともな方向へ動き始めましたが、まだ遅い。まだ少ない。少しでも早くフェアな思考、ロジカルな思考が広まり、思考停止人口が激減する事を願って止みません。

まったく同感です。
「フェアな思考、ロジカルな思考」これが当たり前の国民です。
妙な加害者意識、国家に対する被害者意識は、いい加減払拭されるべきときに来ています。

投稿: 坂 眞 | 2005/08/08 12:35

原子爆弾投下に関していえば投与後に、ホワイトハウスではプライベートに模擬裁判が行われ、原子爆弾投下は戦争犯罪ではないという結論になりましたが、そのとき同席していたチャーチルはやはり戦争犯罪だと主張したらしいです。ともかく第2次世界大戦後、(神がつくった地球上の唯一の人類である)白人が、(猿からやっと進化して類人猿Apesまできた)日本人や有色人種への支配を取り戻そうとして植民地支配を再びするために無理な極東軍事裁判をしたのは明白です。(そこでも無理と判断された山下大将と本間中将はその前に暗殺されています。罪は白人を敗走させた罪です。)過ちは繰り返しません?、(猿からやっと進化して類人猿Apesまできた)日本人は、(神がつくった地球上の唯一の人類である)白人に逆らうようなことは2度といたしませんという意味かもしれません。冷戦の時代に公開された猿の惑星(Planet of the Apes)には人類である白人同士が核戦争で滅んだ後の世界が表現されています。ニクソンとブレジネフはそうなることを恐れて実際の熱い戦争に突入しなかったのかも知れません。アメリカの学校では進化論の授業をするのを禁じている学校もあるくらいです。

投稿: TS | 2005/08/08 14:20

SATURDAY, AUGUST 06, 2005 09:57:14 PM
Was the bombing of Hiroshima inevitable?
by K SUBRAHMANYAM

No. Japan had already decided to surrender

The A-bomb was dropped on Hiroshima on August 6, 1945 destroying that city. But the real target for the bomb was the Soviet Union, which was implicitly warned by the US that it would have no part in the occupation of Japan as it had in Germany. Secondly, the US with its possession of the bomb was militarily unchallengeable.
To convey this message clearly, the US President rejected the advice to demonstrate the capability of the bomb without dropping it on a crowded city but exploding it in a sparsely populated area after due warning.
The bomb did not bring the war to an earlier end as the US folklore has it. The Japanese emperor had already directed his cabinet to offer unconditional surrender to the Allies and convey it to them through USSR. Moscow was not prompt in conveying it since it had promised to enter the war against Japan 90 days after the VE day in Europe — August 9, 1945.
Moscow intended to gain as much out of the war as possible. This deal was struck at Yalta in February, 1945. Once the Almagarodo nuclear test (TRINITY) was successful on July 16, 1945, the US decided to compel the Japanese to surrender only to them and carry out the occupation of Japan all by themselves.
Therefore, the need to carry out the spectacular destruction of the two Japanese cities and accept the Japanese surrender on board USS Missouri. The bombs on Hiroshima and Nagasaki were in fact opening shots in the Cold War about to commence. Though the Japanese had already decided to surrender the Americans were keen to demonstrate their bomb prowess before the Soviet entry into the war. Therefore, August 6 was chosen ahead of August 9, the date of
Soviet entry into the war against Japan.
Hiroshima and Nagasaki in spite of the casualties they inflicted and destructions they wrought were not the worst cases of city destruction. The fire raids on Tokyo caused more fatalities. By the end of the Second World War the leaderships of the Allies had become totally insensitive to consequences of city-destruction through the thousand bomber raids. Systematic genocidal killing through city-bombing became acceptable war strategy.
According to present day norms they would constitute, war crimes. Those who planned to win wars through systematic elimination of city populations, including children, women and the old and infirm were only a few steps behind those
who planned 'final solution' by gassing people in gas chambers.

以上参考迄。

”腐臭ただよう中国共産党と傲慢かつ醜悪な「ブッシュのアメリカ」に吐気をもよおす今日この頃” という私もその一人、コカコーラ、マクドナルド、レヴィスのジーパン等長年ボイコット、 ささやかな抵抗を続けています。

日本人として知っておきたい真実ふたつ、手伝って下さい:
1. ww II. における昭和天皇の真実の役柄、行動、発言権/決定力 そして何処迄現状を把握し、関与していたのかetc.etc.etc.
2.占領下におけるマッカーサーの検閲/隠匿した戦中戦後(東京裁判をも含む)の事実そしてどれ程我々日本人が知るべき真実を抹消し、どの様に日本の心、精神を遠ざけアメリカナイズに成功していったのかest.etc.etc.
PS. ついでに、、、中国文化革命前後には中国赤軍は多くの同胞中国人を殺戮していたのでしょうか...

投稿: 眞理 | 2005/08/11 08:43

TSさん、こんにちわ。
>ともかく第2次世界大戦後、(神がつくった地球上の唯一の人類である)白人が、(猿からやっと進化して類人猿Apesまできた)日本人や有色人種への支配を取り戻そうとして植民地支配を再びするために無理な極東軍事裁判をしたのは明白です。
>過ちは繰り返しません?、(猿からやっと進化して類人猿Apesまできた)日本人は、(神がつくった地球上の唯一の人類である)白人に逆らうようなことは2度といたしませんという意味かもしれません。

以上の認識、まったく同感です。
米国人の実に48%が、「神様が、聖書に書いてあるとおり、1週間で宇宙を創造した。われわれ人間はサルから進化したのではない。最初から特別な存在として神様が創造したのだ」と信じています。
ここまでくると、ちょっと異常です。


眞理さん初めまして。

①1941年9月6日の御前会議で、太平洋戦争は避けられないものとして決定された。
御前会議では天皇は発言しないことが通例となっていた。
しかし、昭和天皇はこの席で敢えて発言をし、明治天皇御製の
「四方の海 みな同朋(はらから)と 思う世になど波風の 立ちさわぐらん」
(四方の海はみな兄弟と思うこの世になぜ波風が立ち、騒ぎが起こるのであろう。)
という短歌を詠みあげた。
これは立憲君主として、政策は民意によって形成されるべきであるという考えに立ちつつ、それでも戦争を望まないという最終的な意思表明をされたものである。
つまり昭和天皇は戦争に反対でした。
また、日本の軍国化に道を開いた2.26事件でも
「朕が最も信頼せる老臣を悉く倒すは、真綿にして、朕が首を絞むるに等しき行為なり」と激怒し、「朕自ら近衛師団を率い、此れが鎮定に当らん」と発言したとされています。
中国大陸における関東軍の暴走にも批判的でした。
実際に天皇の意を受けて、若槻内閣は戦線不拡大の方針を打ち出しましたが、関東軍に無視された。
結局、天皇は軍部の暴走を止められなかったわけです。
これは、天皇自身が、「立憲君主として、政策は民意によって形成されるべきである」という考えに立っていたことが大きいと思います。
つまり、米英との開戦が「民意」であると受け止めたわけです。
天皇は、常に能動形ではなく受動形で関与しているのです。

②以下がGHQの検閲規則です。
1、報道は厳に真実に即するを旨とすべし。
2、直接又は間接に公安を害するが如きものは之を掲載すべからず。
3、聯合国に関し虚偽的又は破壊的批評を加ふべからず。
4、聯合国進駐軍に関し破壊的批評を為し又は軍に対し不信又は憤激を招来するが如き記事は一切之を掲載すべからず。
5、聯合軍軍隊の動向に関し、公式に記事解禁とならざる限り之を掲載し又は論議すべからず。
6、報道記事は事実に即して之を掲載し、何等筆者の意見を加ふべからず。
7、報道記事は宣伝の目的を以て之に色彩を施すべからず。
8、宣伝を強化拡大せんが為に報道記事中の些末的事項を強調すべからず。
9、報道記事は関係事項又は細目の省略に依つて之ヲ歪曲すべからず。
10、新聞の編輯に当り、何等かの宣伝方針を確立し、若しくは発展せしめんが為の目的を以て記事を不当に顕著ならしむべからず。

つまり、連合国及び進駐軍の批判、又はマイナスになるような報道は、まかりならぬ、というわけです。
それから、左右に偏向した報道も同様です。
このような規制の中で、戦前の日本の総否定、米国型民主主義の賛美が定着していくわけです。
私が子供の頃、左翼も含めて、「欧米ではこうなのに日本はまだまだダメ」というのが教師の口癖でした。

③文革では、少なくとも600万人が死んだといわれています(2000万人という説もある)。
これは、人民解放軍同士の内戦もありましたが、多くは四人組と紅衛兵による迫害、及び民衆レベルの武闘によるものです。

投稿: 坂 眞 | 2005/08/12 13:15

初めまして、カシールと申します。

 あなたのブログを読ませて頂き、非常に感じるものがありまして、失礼とは思いましたが3つ同時にをTBさせて頂きました。

 平和ボケしたブログがあまりに多い中、あなたのブログにはとても価値があると思いました。まさに、あなたの言うとおりのことがあったのです。それを忘れてはならないと思います。

僕もこうした事についての真実を、一人でも多くの人に知って欲しくてTBしました。

 今後も期待しています!

投稿: カシール | 2005/08/12 22:32

カシールさん、初めまして。
貴エントリー拝読しました。
米国=正、日本=悪という認識は絶対に改めなければならないと思います。
あなたの考え方に同感です。

投稿: 坂 眞 | 2005/08/13 18:29

アメリカが焼夷弾攻撃に戦術転換したおかげで、日本の重工業設備は大体残ったんだよ。
朝鮮戦争特需に即応できたのもそのおかげ。
何が幸いするかわかりませんね。
歴史はやはり過去から未来へ因果関係でつながっているということを感じさせます。

投稿: でもね | 2005/08/22 08:13

でもねさん、初めまして。
>何が幸いするかわかりませんね。

これは結果論ですね。
確かに米国は、途中から通常爆弾で生産設備を破壊するのではなく、焼夷弾で非戦闘員を焼殺する戦術に変更した。
しかし、これは、世界史に残る残虐行為であり、彼らが東京裁判で裁いた「人道に反する罪」以外の何ものでもありません。

投稿: 坂 眞 | 2005/08/22 10:48

初めてコメントさせていただきます。

今私はアメリカ(シアトル)に住んでおりまして、”直に”アメリカ人と接してますが、白人男性は潜在化で、白人至上主義がまだあるなぁと実感せざるを得ませんね。

あと、潜在化で日本人を恐れてるようにも見えます。(第二次世界大戦で、日本の魚雷の性能の高さの実証を”discovery"って番組でやってたらしいんですけど、その間日本人に対する差別用語バンバン出てたらしいです。)
(ちなみにケーブルなので、私は見れません。)

それに、アメリカは歴史が浅いので、アイデンティティの確立のためにも「強く」なくてはいけないんでしょうね?

それがなくなったら、彼らが信じるものないですから。

私はアメリカと日本は正反対な事が多いと思っているので、比較するのにはちょうどいいソースではないかと思います。

あと、長期視点で見ればアメリカは確実に衰退の道を辿ると思います。(ローマ帝国のように)

そういう意味では今後日本はアメリカ一辺倒ではなくて、リスクの分散をしとくべきだと思います。

政府もその事はわかってるはずです。

すいません長々と。しかも古いエントリーにコメントしてしまいまして。

投稿: hideyuki | 2006/01/08 18:15

日本軍は真珠湾攻撃で空母を破壊できずにノコノコと、帰って来た。アメリカ本土に進攻していたら、惨めな敗戦は避けられた

投稿: 愛国者 | 2010/07/24 00:24

アメリカ本土攻撃でアメリカの軍事施設、工場などを破壊したら日本に有利な条件で、停戦できたと思います。「アメリカ本土攻撃、空襲」という作戦を実施しなかった日本軍は「オマヌケ無能軍隊」です

投稿: 愛国者 | 2010/07/25 03:05

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