中国:農村から起こる地殻変動
中国に対する米国の姿勢の中で注目すべき動きがあった。以下は、ともすれば見過ごされがちな記事だが、極めて重要な意味合いを含んでいる。
↓
【ワシントン=秋田浩之】米政府は中国広東省太石村で起きた農民の抗議デモが地元自治体によって鎮圧された問題を巡り、中国政府に懸念を伝えた。
中国では農地転用問題などを引き金とする農民の抗議運動が相次いでいるとされ、
米国は人権問題の視点から中国当局の対応を注視する構えだ。
エレリ国務省副報道官が11日の記者会見で明らかにした。太石村のデモは今夏、
村長が農地の使用権を売却し、農民から不正に農地を奪ったとして、村民約2000人がリコール運動を展開したことが発端。村側は暴力を使って強硬に運動を押さえつけたとされる。
エレリ副報道官は「我々は太石村での暴力行為に懸念を抱いており、中国政府にも
そうした懸念を伝えた。農村の民主活動家が暴力を受けたほか、外国人記者も脅迫された」と語り、重ねて懸念を表明した。
米政府は引き続き、抗議デモを指揮した農村の民主活動グループと連絡を取り合っていくと言明。中国政府が太石村の関係者を徹底的に捜査し、加害者を摘発するよう求める姿勢を示した。
農民デモの鎮圧、中国政府に懸念を伝達・米政府
(2005年10月12日 日本経済新聞)
以上のような農地を巡る農民と行政当局の争いは、今の中国では珍しくない。が、今回だけは様相が違う。農民の抗議行動が、これまでのような「実力行使」や「中央政府への直訴」ではなく、「リコール運動」という法的手段を通じて行われたからだ。
これは、農村における民主化運動の萌芽とも言える。この動きは、「民主化の小崗」(注-1)と知識人らに注目され、民主化の「星火」になるのではと期待された。
つまり、民主活動家(知識人)が農村に入り込んで農民を啓蒙し指導している。そして米国政府に、「抗議デモを指揮した農村の民主活動グループと連絡を取り合っていく」と言明させるところまで波紋を広げたのである。
この人口2000人余の広東省太石村で何が起きているのか?以下に産経新聞の詳細な記事(一部割愛)を転載する。
↓
(前略)
この夏、人口二千人余の南部の村で、「民主化の小崗」と知識人らに注目された動きが起こった。広州市南郊にある番禺区太石村。その行政組織である村民委員会の
主任(村長)に対する村民の罷免活動が、民主化の「星火」になるのではとの期待を
生んだのだ。
中国に高度成長をもたらした改革・開放は多くの矛盾も生んだ。近年、突出した矛盾に、地方当局による土地収用の拡大がある。太石村もご多分に漏れず、90年代から、工場・住宅用地として大量の農地を収用してきた。
わずかな補償金で収用された土地は、開発業者に転売され、地方政府の有力な財源になる。工場ができれば、村の経済発展を促し、農民も雇用されて収入が増えるはず、だった。が、太石村ではそうはならなかった。土地の多くは投機目的の業者によって
放置されたままになった。
大量の土地売却にもかかわらず、村の財政は赤字のまま、経済発展も幻だった。村民たちは村長が不正をしていると疑(うたぐ)る。中国各地で暴動事件頻発を招く土地トラブルと同じく、開発業者と結託した官への不信である。が、太石村の村民は暴力には訴えず、法律を武器に闘いを挑んだ。
7月末、村民側は四百人が署名した「村長罷免動議」を番禺区当局に提出。18歳以上の村民五分の一(同村では三百人)の署名で、村民会議を招集、動議を採決するとの村民委員会組織法に基づく行為だ。村民側は、村に財務公開を要求。村側の帳簿改竄(かいざん)を防ぐため財務室を封鎖した。
8月末、当局側は書類不備を理由に動議を却下、村民側は座り込み抗議に入る一方、約六百人署名の動議を再提出した。この間、当局側は数百人の警官を動員して村民
多数の身柄を拘束。8月中旬から香港メディアやネットを通じ、全国の注目を浴び始めた。
大学教授や弁護士らが声援する中、当局側は動議を有効と認め、10月7日に村民会議招集を決定。9月12日付の大手紙「南方都市報」が詳報、村民の行動を高く評価したことで、一件落着と見えた途端、当局は警官千人を動員、村民への弾圧に転じる。
14日付の「人民日報」華南版が村民支持の社説を掲げた翌日、当局側は突然、村民委員会(七人)の改選を翌16日に実施すると告示。ところが官選候補は全員落選し、
村民側候補が完勝した。これで終わらないのが中国式民主政治だ。
当局側は当選した村民に脅しをかけ、次々に辞退させ、一週間後には落選した七人の官選候補が繰り上げ当選してしまう。当局側は身柄拘束者を人質に、10月7日の村民会議でも村長罷免に反対するよう圧力をかけているという。
事件がヤマ場にあった9月9~13日、温家宝首相はたまたま広東省を視察中だった。
中山大学の艾暁明教授は首相に、「太石村の状況を調査し、村民を救ってください」と直訴状を送った。弱者救済を掲げ、農村の民主改革を唱える首相に期待してのことだ。
首相の答えは一週間後に間接的な形であった。政府新聞弁公室当局が、太石村村民の活動を伝え支持する投稿を掲載してきた北京大学系学術サイト「燕南」に、投稿記録の抹消を命じたのだ。同時に、太石村取材は封鎖され、中国メディアも沈黙した。国民の民主化要求が高まる中、共産党の支配体制崩壊への「星火」になるのを恐れたと
みられる。
万里氏らの支持で小崗村の改革は、保守派の壁を突破したが、太石村の「民主化の
星火」はか細く見える。しかし情報統制をよそに、各種サイトには村民支持の投稿が
あふれ、党の口先の民主や法治に異議を唱える。ネットを通じた「星火」の広がりは
止まらない。
北京・伊藤正 「民主化の火」は消せない
(2005年10月1日 産経新聞【緯度経度】)
胡錦濤指導部は、昨日閉幕した第16期中央委員会第5回総会で「三農問題(農業、
農村、農民)」の解決に力を入れることを強調している。
↓
(前略)
声明は特に、農民、失業者など発展から取り残され、広がる一方の所得格差に強い
不満を抱く経済的弱者層への手当てを強調した。「あらゆる手段を講じて」、農民収入増、就業者増を図るとしたほか、都市に流入する者の社会保障問題を解決し、
地域、個人間の所得格差緩和に努力するとした。
背景には、中国の経済・社会状況が、「黄金の発展期であると同時に、矛盾が最も
先鋭化する時期を迎える」(中国紙)との判断がある。農地の強制収用で土地を失った
「失地農民」は4000万人以上。経済的、社会的に弱い立場の民工(出稼ぎ者)は約1億5000万人に上る。一方で、役人の腐敗は深刻化している。民衆暴動は、過去
10年で7倍以上に激増、昨年は約7万4000件に達し、共産党の政権基盤が揺らぎかねない状況だ。
声明はまた、リサイクル経済の発展、環境破壊への対応強化も明記し、「資源節約と、健康で文明的な消費モデル」の確立を目指すとした。資源枯渇に対する懸念を反映したものだ。
中国共産党、5か年計画基本方針を採択…GDP倍増
(2005年10月12日 読売新聞)
筆者には、上記の声明は「中共指導部の悲鳴」のように聞こえる。「あらゆる手段を講じて」も、太石村村民の活動を伝え支持する投稿の抹消を命じるようでは、その心意気とは裏腹の結果になるのは目に見えている。
中国社会の深部で頭をもたげ始めた民主化への胎動。それが、農民の死活的利益と結びついているだけに容易に押さえ込むことはできない。
当局の強権と業者との癒着によって生み出された四千万人の失地農民が、民主活動家(知識人)に啓蒙され政治的に目覚め始めている。
情報統制をよそに、各種サイトには村民支持の投稿があふれ、党の口先の民主や法治に異議を唱える。ネットを通じた「星火」の広がりは止まらない。
米国までもが、農村の民主活動グループ支援を表明した。
さあ、どうする胡錦濤!高いハードルは「人民元の切り上げ」だけじゃないぞ。
(注-1)「民主化の小崗」
安徽省は1978年、百年ぶりの大干魃(かんばつ)に見舞われ穀物生産は壊滅。農民たちは続々と上海などに物ごいに出た。被害を大きくしたのは、農民の意欲を奪った人民公社という集団経済制度だった。
同省鳳陽県の小崗村。村の二十戸からなる生産隊(人民公社の末端単位)の二十一人は同年暮れ、死中に活を求め密約を結ぶ。生産隊の田畑を各戸に分割、それぞれが生産に責任を持つ請負制の取り決めだ。人民公社制への反逆だった。
当時の華国鋒政権は通達で請負制を禁じ、党機関紙「人民日報」が批判キャンペーンを展開。これに対し、安徽省の万里・党第一書記(当時)は「人民日報は農民を食わせられるのか」と小崗農民を支持した。
79年、小崗生産隊は平年の四倍という穀物大増産を達成。80年5月、既に政権の実権を掌握していた鄧小平氏が高く評価したのを機に請負制は全国に広がり、やがて人民公社は崩壊する。
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コメント
中国が民主化されて、人権や平等が確立され、報道の自由などもきちんとなったら、
もっと日本と共通理解が持てるかもしれません。
また一方暴動が膨れ上がる恐れもあります。
現在のように押さえつけているのにもかかわらず
おびただしい数の中国人がヨーロッパに流入しています。
ヨーロッパの中に中国人が溢れています。
私が懸念するのは、地殻活動の果てに、世界へ中国人が飛び散ったら怖いと思うことです。
あの中国の人口は世界の脅威です。
もしそうなったら、中国人が国際化されるのではなく、
世界が中国化されてしまうような、恐怖もあります。
投稿: madoka(tachibana) | 2005/10/13 00:40
はじめまして。 いつも色々と勉強させてもらってます。 私もmadokaさんと同意権です! オセアニア地域にも中国人がいっぱいいますが、とにかく恐ろしいです。 マナーは悪いし、人のことなんてお構いなし、そして威張るのなんのって。。。 なぜなんでしょうね? 他の移民の人達ってそんな感じじゃないんですが。。。
私も中国には色々な意味で興味がありますが、これ以上威張らせてはいけないと思います。 特に、政治、経済、歴史の話になると凄い剣幕ですよ。
世界が中国化されないことを祈ってます。
なんせ、人数が桁違いですからねー。
投稿: buddy | 2005/10/13 01:14
madokaさん、おはようございます。
>あの中国の人口は世界の脅威です。
もしそうなったら、中国人が国際化されるのではなく、
世界が中国化されてしまうような、恐怖もあります。
これって、日・米政府のみならず、韓国、ヴェトナム、タイあたりも心配しているようです。
現体制の崩壊に伴う大混乱に乗じて千万人単位の人口移動が起こる。
東シナ海を超えて、我が国にも数百万人が押し寄せてくる可能性はあります。
ちょっと予測がつきません。
buddyさん、初めまして。
中国人は自尊自大、中国が世界の中心だと思っている(大中華)。
そして韓国は小中華(笑)
よく似ています。
18世紀までは世界史において中国が最大最強の国だった。
21世紀は本来の姿に戻る、そう思っています。
本当に怖いですね。
投稿: 坂 眞 | 2005/10/13 09:52
>世界が中国化されてしまうような、恐怖もあります
いや、それこそが中国の狙いでしょう。
アメリカ、EU、豪州は中国からの移民を制限しないと将来は大変なことになるのではないでしょうか。
今年の反日デモはそういった危機意識を各国に持たせたという意味では良かったと言えます。
また反日感情の高まりから、日本への留学生は多少減っていると聞いていますが、本当なら良いことだと思いますね。
投稿: hana | 2005/10/13 12:27
hanaさん、こんにちわ。
>また反日感情の高まりから、日本への留学生は多少減っていると聞いていますが、本当なら良いことだと思いますね。
2~3日前の読売新聞だったと思いますが、東大が中国の優秀な頭脳をスカウトするために留学生の受け入れを強化するとか。
九州の九大なんかも早くから力を入れてやっています。
なかなか難しい問題です。
また中国の大学のレベルが低いので、優秀な人間ほど留学志向が強いそうです。
13億人もいるから防ぎようがない、あらゆる意味で・・・
投稿: 坂 眞 | 2005/10/13 15:33
ヨーロッパはイスラムの悪習に気分を害しています。もう疲れてへとへと。
そこへパキスタン・バングラディシュなどから、夜を縫って歩いてくる人たちが、すごい数です。
他にこの5・6年の中国人のヨーロッパない人口爆発。彼らも密入国者です。
「中国は中国製品より中国人を輸出する」とみんな言ってます。
差別はいけないけれども、私はすぐ日本人!と言っておきます。
相手に不快感または何か暴力を振るわれたら困ります。
ヨーロッパ各国は日本と同じですよ。顔には出さないけれども、国を心配している人たちが多いです。
これはトルコEU加盟問題も、顔で笑って、心で反対!
3人に1人がトルコ人になってしまいます。
トルコの真実と言うのがあって、8000万と言う人口が実は確かではなく、2億ほどいるらしいです。
その場合、2人に1人がトルコ人になってしまいます。
そしたらEUは崩壊。ヨーロッパトルコになってしまいます。
日本人の抱える問題と同じ問題もっと鼻先に突きつけられている状態かもしれません。
投稿: madoka | 2005/10/13 16:19
坂眞さん、どうも。
私は本当に優秀な人ならどんどん来てもかまいませんよ。
実際日本人など比べものにならないくらい一生懸命勉強する、中国人を始めとした留学生がいなければゼミが成り立たない、という記事を読んだこともあります。
増えては困るのは留学・就学の名目で金を稼ぐのが目的で来る有象無象ではないでしょうか。
ただ、たかが10万人くらいの知日派が増えたからと言って、両国の関係が良くなるわけじゃないことが今年の反日デモでわかったのですから、政府もそこのところをちゃんと分析して対策を考えて欲しいですね。
投稿: hana | 2005/10/13 16:43
madokaさん、ヨーロッパは旧植民地主義のしっぺ返しと言う面もあると思いますが、トルコ系やイスラム系アジア人に対する反発は強いようですね。
先日も不法入国を狙ったアフリカ系が、サハラ(モロッコ)のスペイン領に大量に押しかけて、大問題になっているようです。
やはり、宗教、文化、言語、そして歴史的背景の異なる人々を同一のコミュニティに受け入れるのは無理がある。
せめて生活水準が近ければ別ですが、それも違いすぎる。
hanaさん、こちらこそどうもです。
>増えては困るのは留学・就学の名目で金を稼ぐのが目的で来る有象無象ではないでしょうか。
ただ、たかが10万人くらいの知日派が増えたからと言って、両国の関係が良くなるわけじゃないことが今年の反日デモでわかったのですから、政府もそこのところをちゃんと分析して対策を考えて欲しいですね。
まったく同意です。
投稿: 坂 眞 | 2005/10/14 12:09