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2006/03/01

重信被告の判決に思う

少し前のニュースで恐縮だが、どうしても避けて通れない問題なので、あえて本日の
エントリーにしたい。


1970年代に多くのテロ事件を起こした日本赤軍の元最高幹部・重信房子被告(60)に対し、東京地裁は23日、懲役20年を言い渡した。その半生を中東の地で生き、かつて世界を震撼(しんかん)させた国際テロ組織のリーダーは、傍聴席に向けて笑みさえ
浮かべた。

重信被告は茶色のジャケットを着て入廷。判決主文を言い渡され、村上博信裁判長から「わかりましたね」と聞かれると小さくうなずいた後、満員の傍聴席に向かい、笑顔でガッツポーズを見せた。言い渡しが終わると、「がんばります」などと傍聴席に何度も声をかけた。

判決後、重信被告は弁護団を通じ、「事実を事実として検証せず、権力に迎合する不当な判決だ」とのコメントを出した。
(以下略)

ハーグ事件は否認、「有罪」に笑み…重信被告
(2006年2月23日 読売新聞)

実は、私は重信被告の所属した党派の流れを引く組織に所属していた。ブント=共産主義者同盟という組織である。ブント(Bund)はドイツ語で、日本語に直すと同盟。これは日本共産党の『党』=パルタイ(Partei・ドイツ語)に対抗する意味があった。

オリジナルの共産主義者同盟(ブント) は、マルクスの思想に影響を受けた社会主義者たちが1847年にロンドンで結成した国際組織(秘密結社)。このときに、マルクスとエンゲルスが同盟の綱領的文書として起草したのが、あの有名な『共産党宣言』である。
この同盟には、マルクスの盟友、エンゲルスも代表として参加しており、共産主義政党の源流とされる。

朝鮮戦争の休戦後、世界情勢の変化を受けた日本共産党は、武装闘争路線を放棄する。これに学生党員を中心とした勢力が激しく反発。
当時の日本共産党指導部は、この学生党員を中心とした勢力に「トロツキスト」「敵の
挑発者」などのレッテルを貼り、容赦なく除名する。

除名された学生党員たちは、武装闘争継続を確認し、共産主義政党の源流とされる
共産主義者同盟(ブント))を名乗る組織を結成した(1958年)。
なお、このときのブントの指導部には、当時東大生で、全学連の最高幹部だった、あの森田実氏(現・政治評論家)もいた。

ブントは、1960年の安保闘争を経て四分五裂。主要幹部の多くが、黒田寛一氏が指導する革命的共産主義者同盟(革共同)に移行。そして、この革共同が、その後、中核派(全国委員会派)と革マル派(革命的マルクス主義派)に分裂し、1970年代以降、血で血を洗う 『内ゲバ』を繰り広げる。

この革共同に移行できなかった部分、言い換えれば『革共同』的、『クロカン(黒田寛一)』的体質を忌避する活動家たちが、共産主義者同盟を再建する。これが、いわゆる第二次ブントと呼ばれる党派である。

この第二次ブントは、「一人一党」と言われるほど個性的で、どこを切っても同じ顔が
出てくる『金太郎飴』的な組織である革共同とは対照的だった。
なにしろ吉本隆明氏の影響を受けた叛旗派(中大ブント)から最過激派の赤軍派
(京大・同志社大中心)まで、様々な思想潮流が同居していた。
私は、この中で、赤軍派に行きそびれた人たちが作った組織に所属していた。

重信被告や、あの『連合赤軍事件』を引き起こした森恒夫(自殺)は、『明大ブント』だが、右派主導の明大にも最過激派である赤軍派支持者はいた。

赤軍派の指導者であった塩見孝也氏は、当時、組織内で『日本のレーニン』と呼ばれており、その理論は『一向一揆論』と名づけられて高い評価を受けていた(塩見氏のペンネームは『一向健』)。
要は、様々な思想潮流が同居する『第二次ブント』の中で、塩見氏は全国区の人気を誇っていたのである。

第二次ブントは、1969年の『4.28沖縄闘争』の総括をめぐって深刻な組織内対立を起こす。『前段階武装蜂起』を唱える最過激派と、それを「時期尚早」として反対する主流派。
結局、最過激派は主流派が開いていた幹部会を武装襲撃(内ゲバ)し、その直後(1969年8月)、『共産主義者同盟・赤軍派』の結成を宣言して分派する。

赤軍派は、69年11月の『佐藤(栄作)首相訪米阻止闘争』に照準を合わせて武装蜂起の準備に入る。その内容は、日本刀や猟銃で武装した50~100人の部隊が、ダンプカーに分乗して首相官邸に突入、占拠するというものであった。
当然、首都東京の主要拠点では、他の過激派(中核派やML派)が鉄パイプや火炎瓶を用いた従来型の武装闘争を繰り広げている、というのがその前提だった。

ところが、11月5日、首相官邸を襲撃するための軍事訓練を行うため大菩薩峠に結集していた主力部隊が公安警察に摘発され、政治局員数人を含む53人が逮捕される。これが、いわゆる『大菩薩峠事件』である。翌年の1970年3月には赤軍派議長の塩見氏が逮捕され、続いて、No.2の高原浩之氏も逮捕される。
ここにおいて、赤軍派は、指揮命令系統の中枢と、実力部隊の大半を失い、実質的に壊滅した。
ちなみに、大菩薩峠に公安警察を導いたのは、赤軍派内のスパイだった。

政治局員や実力部隊を失くした赤軍派は、1969年12月から1970年1月にかけて、『国際根拠地論』なるものを打ち出す。
これは、『者国家(北朝鮮やベトナム、キューバなど)』に武装根拠地を建設して
世界革命の根拠地にし、後進国における革命戦争と日米の革命戦争を結合して単一の世界革命戦争を展開する、という内容だった。
今、考えれば、まったくの『漫画』だが、当時はそれなりに説得力があり、影響を受ける左翼もかなりいた。

この『国際根拠地論』に基づき、田宮高麿(赤軍派軍事委員長・1995年11月30日病死)に率いられた部隊が1970年3月、日航機『よど号』を乗っ取り、北朝鮮に向かったのである。
が、この『国際根拠地論』はすぐに挫折する。肝腎の北朝鮮が『者国家』でも『革命国家』でもなく、単なる『個人崇拝の独裁国家』であることが暴露されたからである。

最高指導者が逮捕され、主だった幹部も逮捕や北朝鮮行きで不在になる。そのような絶望的な状況下で、残された部分の一部がパレスチナに渡った。重信被告や奥平剛士、安田安之、岡本公三などである。彼らは、当地で『日本赤軍』を結成した(正式に『日本赤軍』を名乗るのは1974年)。そして、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)の庇護を受け、軍事訓練に励む。
1972年5月30日、奥平剛士、安田安之、岡本公三の3名は、イスラエル・ロッド空港の到着ロビーで自動小銃を乱射。イスラエル警察と銃撃戦を展開する。結果、旅行客ら26人が死亡、70数人が重軽傷を負った。奥平、安田の両名も死亡(自決)。
3人は、事件を決行するに際し、「パレスチナの大儀のために命をささげ、死んだらオリオンの三ツ星になろう」と誓い合ったという。そして自決する。いかにも『日本人的』である(岡本のみ死に損なう)。この3人は、今でもアラブ民衆の間では、英雄以上の『特別な存在』になっている。

パレスチナに根拠地を持った『日本赤軍』は、その後、数々のハイジャック事件を起こし、アラブではその存在を認知されるが、国際的には『テロ組織』とみなされるようになった。
1990年代以降は、幹部が相次いで逮捕され、また、パレスチナ内部でも左派で、『日本赤軍』の庇護者だったPFLPが勢力を失い、イスラム原理主義のハマスが勢力を大幅に伸張させるという状況変化があった。
そして重信被告は日本に帰国。2000年11月に公安警察に逮捕される。重信被告は、2001年4月、獄中から『日本赤軍』の解散宣言を行なった。

重信被告らがパレスチナに渡ったのは1971年である。
実はこの時期、国内の過激派の間で、重大なできごとが進行していた。
主要幹部が逮捕されるか、北朝鮮やパレスチナに渡ってしまった中、取り残された赤軍派の軍事組織である中央軍の残党が、京浜安保共闘(日本共産党革命左派神奈川県委員会・毛沢東派)の軍事組織である人民革命軍と合体したのである。
これが、いわゆる『連合赤軍』。委員長は森恒夫(赤軍派)、副委員長は永田洋子(京浜安保共闘)、書記長は坂口弘(京浜安保共闘)。

この『連合赤軍』は、1972年2月に『あさま山荘事件』を起こし、警官隊との間で壮絶な銃撃戦を展開した。このときの私は、『連合赤軍』に熱い連帯感を抱いたものだ。
ところが、この『連合赤軍』はとんでもないことをやっていた。
『あさま山荘事件』が勃発する前に『連合赤軍』が引き起こした事件で、『山岳ベース事件』と呼ばれているものがある。逮捕者の自供で、後日になって明らかになったこの
事件は、史上まれに見る大量殺人事件であった。

森と永田は、『総括』と称して、榛名山中にあったアジトで『連合赤軍』の同志を情け
容赦なく粛清した。集団リンチを加えて12名を殺害、死体を雪の中に遺棄した。殺害の手口は、あまりにも残忍で、冷酷無比。私は、ここで詳述できない。
この事件を知ったとき、私は森恒夫や永田洋子に殺意さえ抱いた。後日、森が拘置所内で自殺したとき、その身勝手さに憤り、体が震えた。
私は、しばらくの間、食事も満足にできなくなり、毎日のように酒をあおった。

スターリン主義を、憎しみを込めて否定していたはずの元ブントのメンバーが、スターリンがやったことと同じ行為を犯した(このときは、毛沢東の残虐性は未だ誰も知らなかった)。
ここから、私の共産主義思想に対する懐疑は急速に膨らんでいった。これは、スターリン主義の問題ではなく、共産主義思想そのものが持つ本質的な問題ではないのか???と・・・。
そして革共同両派(中核派と革マル派)の、血で血を洗う 『内ゲバ』を眼前にして、私の絶望は確信に変わった。なにしろ、革共同の根本は『反帝国主義・反スターリン主義』、いわゆる『反帝・反スタ』なのである。
にもかかわらず、お互いに相手を『反革命』『権力の手先』と罵り、個人を肉体的に殲滅する。その独善性、偏狭さ、残酷さ、スターリンと一体どこが違うのだ!!!

重信被告は、『よど号事件』で北朝鮮に対する幻想が崩れ、『連合赤軍事件』で共産主義に対する懐疑が芽生えたと思う。
だから、彼女の指導した一連の事件は、共産同・赤軍派が唱えた『(革命の)国際根拠地論』ではなく、純粋に『パレスチナ人民の解放』と『連帯』を意識したものだったのではないか?

もちろん、今の私から見れば、『日本赤軍』が起こした一連の事件は受け入れられない。厳罰に処されるのはやむを得ないと思う。
ただ、数多くの若者が、共産主義という『妖怪』に取り憑かれ、命を落とす、あるいは
人生を破綻させた。
私は、重信被告もその中の一人であるような気がしてならない。

このエントリーを書くべきかどうか、ずい分考えた。が、私の若かりし時代の、ヒーロー(ヒロイン)の一人であった人物について、今、私がどう思っているか書いておくべきで
ある、と思い直した。

なお、このエントリーは、私の記憶と経験に頼っている部分が多い。不正確な点があるかもしれないが、ご容赦願いたい。

【追記】
>「親に授業料や生活費払ってもらって、ろくに勉強もしないで運動するなら学生をやめるべきだった」というコメントが寄せられた。

こういう誤解は、けっこうあるように思う(笑)
もちろん、活動家は「親に授業料や生活費払ってもらっていない」し、「学生である」なんて思ってもいない。
でも、なぜか、当時の大学は、逮捕されても起訴されても有罪になっても、まったく処分しなかった。今の感覚からすれば、不思議と言えば不思議。
私は『自主退学』だった。

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個人」カテゴリの記事

コメント

若い時に一種の正義感(社会的平等と言う言葉への憧憬など)から共産主義に傾倒するのは自然なことだと思います。
ただ、年を経ると共に単純な憧れみたいなものでは世の中は割り切れないし、またそうした単純な幻想が必ずしも社会に正義を体現できるものではないと気付いて行くものだとも思います。

”平等より自由を”
この方が正しいのではと思うようになるのでは。
もっともいまの共産主義国家には平等すらありませんけど(笑)

投稿: yuki | 2006/03/01 15:56

なんともすさまじい、しかし心に触れる話であります。 
 私を含めた、今の若い世代にそのような熱い血が流れているのかどうか、不安になります。

投稿: hide | 2006/03/01 17:11

革命の言葉に酔いしれただけでしょ。こんなやつらが政権取ったら、反対する人間は殺しまくっていたろうね。親に授業料や生活費払ってもらって、ろくに勉強もしないで運動するなら学生をやめるべきだった。
犯罪を犯しても反省しない、平気でいられるのは精神的におかしんじゃないの。

投稿: 学生 | 2006/03/01 17:17

今日の過激なサヨクの歴史を読むと、この頃のサヨクは穏健と言えるんでしょうかね。
以下の「マガジン9条」を開設しているのは、”なんちゃってサヨク”派の生き残り? 社民党系列かな?
護憲派が読者であろうサイトですが、改憲・護憲のアンケートをとったところ、改憲支持が81%でした。
http://www.magazine9.jp/vote/why.html
投票数25792
護憲支持4756票(18%)
改憲支持21026票(81%)
意外?に護憲派が多いですね。直感的に護憲支持率5%以下だと思っていたんですが。
(私は改憲支持に投票しておきました。)
まあ、護憲派サイトですから、頑張ってこれだけということですね。国会での改憲議論も進みやすくなるでしょう。

NHKの日の丸嫌いの騒ぎも”なんちゃってサヨク”の浸透力のセイなのかどうか、どういう風に決着つくのか注目してます。ある意味象徴的ですからね。
この問題を扱っている記事をまとめたサイトが登場してました。
http://arakawasizuka.seesaa.net/

投稿: 岩手の田舎人 | 2006/03/01 18:21

共産主義者とアラブ人て思想的には水と油のような気がします。

投稿: 蔵信芳樹 | 2006/03/01 18:37

自分が小学校低学年だったころ浅間山荘事件や各地での内ゲバ事件等が盛んだった。しかしよく判らない事件だった。多少の小異はあれ同じような思想を持った「仲間たち」が何故殺しあうのか?子供ごころに単純にそう感じていたし、40歳すぎて今でもよく判らないというのが本音です。
重信房子なんて単なるテロリストであるし、未だに支援しつづける人がいることも理解不能でした。
このブログを読んで、何となく当時の学生達の気運というのが少し感じられました。

当時の日本としては「共産主義の本質」を体験することも必要悪だったのかもしれません。
真の共産主義に走った国の国民はあまりにも惨めで、その点日本はチョットやけどしてその危険性に気付いたということでしょうか。

共産主義思想の影の本質 私なりに解釈すると、「思想の正当化のために他を排除し続ける」ということでしょうか  
共産主義思想と虐殺が切っても切り離せない関係なのはその後の歴史が証明しています。

投稿: tom | 2006/03/01 18:50

狂信的共産主義者・全体主義者にとって、平和・平等・人権・解放などと言った文言は、その運動者、活動家が帰省すべき「宗主国」の覇権主義、国家の掌握、人民の掌握を実現させる為のスパイ工作、プロパガンダでしかないのですよ。結局、大使館へのテロ攻撃や旅客機へのハイジャックが一般世論の知るところとなり、「赤軍派」への警戒心をある程度、喚起することになったのでしょうが、「北朝鮮は地上の楽園」「中国の核はキレイな核」と、あちら体制側の、チョーニチ新聞によって扇動される一部の人々が存在する限り、冥道を歩むこととなるのです。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/S47/4708/470801Bchina.html
中国共産党「日本解放第二期要領」では、共産主義政府、全体主義政権がいかなる思考錯誤のもと、民主共和制国家日本への宣伝工作、プロパガンダ工作に意気込むか、見て取れます

第1.群衆掌握の心理戦
 
 駐日大使館開設と同時になされなければならないのは、全日本人に中国への好感、親近感を抱かせるという、群衆掌握の心理戦である。好感、親近感を抱かせる目的は、我が党、我が国への警戒心を無意識の内に捨て去らせることにある。
これは日本解放工作成功の絶好の温床となると共に、一部の日本人反動極右分子が発する「中共を警戒せよ!日本支配の謀略をやっている」との呼び掛けを一笑に付し、反動極右はますます孤立するという、二重の効果を生むものである。
この為に、以下の各項を速やかに、且つ継続的に実施する。

1-1.展覧会・演劇・スポーツ

 中国の書画、美術品、民芸品等の展覧会、舞劇団、民族舞踊団、民謡団、雑技団、京劇団の公演、各種スポーツ選手団の派遣を行う。
第一歩は、日本人大衆が中国大陸に対し、今なお持っている「輝かしい伝統文化を持っている国」「日本文化の来源」「文を重んじ、平和を愛する民族の国」というイメージを掻き立て、更に高まらせることである。我が国の社会主義改造の誇るべき成果についての宣伝は、初期においては少ない方がよく、全然触れなくても構わない。スポーツ選手団の派遣は、ピンポンの如く、試合に勝ちうるものに限定してはならず、技術的に劣っている分野の選手団をも数多く派遣し、日本選手に学ぶという率直な態度を示して、好感を勝ち取るべきである。

第2.マスコミ工作

大衆の中から自然発生的に沸き上がってきた声を世論と読んだのは、遠い昔のことである。次の時代には、新聞、雑誌が世論を作った。今日では、新聞、雑誌を含め所謂「マスコミ」は、世論造成の不可欠の道具に過ぎない。マスコミを支配する集団の意思が世論を作り上げるのである。

C.強調せしむべき論調の方向

③政府の内外政策には常に攻撃を加えて反対し、在野諸党の反政府活動を一貫して支持する。特に在野党の反政府共闘には無条件で賛意を表明し、その成果を高く評価して鼓舞すべきである。
大衆が異なる政党の共闘を怪しまず、これに馴染むことは、在野諸党の連合政府樹立を許容する最大の温床となることを銘記し、共闘賛美を強力になさしめるべきである。

④人間の尊重、自由、民主、平和、独立の強調
ここに言う「人間の尊重」とは、個の尊重、全の否定を言う。
「自由」とは、旧道徳からの解放、本能の開放を言う。
「民主」とは、国家権力の排除を言う。
「平和」とは、反戦、不戦、思想の定着促進を言う。
「独立」とは、米帝との提携の排除、社帝ソ連への接近阻止をいう。

2-3.出版(単行本)

A.我が国への好感、親近感を抱かせるものを、第一に取り上げさせる。風物写真集、随筆、家庭の主婦が興味を抱く料理、育児所の紹介など、受け入れられ易いものを多面に亘って出版せしめる。

B.社会主義、毛沢東思想などに関する理論的著作も好ましい。しかし、我が国の社会主義建設の成果、現況については、極右分子の誹謗を困難ならしめるよう配慮させねばならない。

C.マスコミの主流から締め出された反動極右の反中国の言動は、単行本に出路を求めているが、これは手段を尽くして粉砕せねばならない。

E.単行本の出版についての今一つの利用法は「中間層文筆業者」の獲得である。「中間層」とは思想的に純正左派、または右派に属しない、中間の動揺分子を言い、「文筆業者」とは、凡そ文筆を以て世論作りにいささかでも影響を与え得る者全てを言う。
彼等に対しては或いは原稿料を与え、或いは出版の支援をなして接近し、まず「政治的・思想的立場の明快さを欠く」中間的著作をなさしめ、徐々に我が陣営へと誘導する。

投稿: JSF | 2006/03/01 18:53

(↑JSFさん
少し長すぎやしませんか?新しいエントリーかと思ってしまいましたよ。ブログ主に迷惑なのでは?)

すごい歴史ですね。私の薄っぺらい学生時代

とは雲泥の差です。共産主義に限らず「自

分は常に正しい」という独善性は非常に怖ろし

い、という気がします。いわば思想のダークサ

イド。私もアナキンやパルパティンにならない

よう、気をつけて生きていきます(笑)。

投稿: ミスターボールド | 2006/03/01 20:23

迷われた末のエントリだそうですが、ご自分および過去の同志の過ちを、公開で「総括」なされた勇気に敬意を表します。私はブログ主さんより下の世代で、当時の情勢を断片的に理解はしていても、このように時系列で俯瞰した流れで説明できないので、参照資料としても大変ありがたいものです。

連合赤軍の狂気の「内ゲバ」については、在日本朝鮮総連の元幹部であったハン・グアンヒ氏が著作の中で、「我々総連の活動家は、(連合赤軍のアジトの)中で何が起こっていたのか、直ちに理解することができた」と書いておられたのが、強く印象に残っています。ハン氏も北朝鮮による活動家養成過程で、閉鎖的な思考言論空間に投げ込まれ、発狂寸前まで徹底的に自己批判・相互批判をしあう、ということを経験したからです。(ワイルド・スワンに描かれた中国の文革の実態もそうですね。)
やはり、特定集団だけの閉じられた空間、単一イデオロギーの崇拝と強制、自由言論と報道の欠如、といった点に、問題の根源があるように思います。これは共産思想そのものの問題というよりは、単一イデオロギ崇拝や独裁的な体制の問題であり、宗教独裁国家や西側におけるファシズム国家なども、多様な思想と自由な言論を失った場合は、常に同種の過ちに陥る危険性をひめていると思います。

前述のハン氏にしろブログ主さんにしろ、過ちを認識した後で、きちんとそれを公に反省なさる姿に、人間としての誠実さを感じます。後輩の若者たちが、そこから何らかの教訓を得ることができるからです。
追記:私も長文ですみません。

投稿: 拝 | 2006/03/01 20:27

私は極左の経験はないが、元極左と云う方はたくさん知っています。長く刑を努めてこられた人などは、正直見ていて辛いほど、人生を悔やんでいらっしゃる。そのような中で元極左として堂々とブログで発言をしていることに、改めて凄さを感じます。今後も愛読させて頂きます。

投稿: 瀬戸弘幸 | 2006/03/01 21:16

大変興味深く拝見致しました。

私は当時のいわゆる学生運動や共産思想とはあまり縁が無く、内ゲバ等の意味や発生の原因・背景が全く理解できなかった。
「まあ閉鎖的な集団で起こる事なのか?」
と、首を傾げていました。

共産という全体主義は人間性を否定していると思います。
人間よりも思想を絶対視する姿勢はカルト教団との共通性、恐ろしさを感じます。
そして今現在も共産勢力のの脅威は続いています。

過去を振り返り反省して改める姿勢に敬服いたし、また貴重な資料として大勢の方の教訓になる、大変有意義なものと感じました。
有り難うございました。

投稿: MultiSync | 2006/03/01 21:37

キリスト教の勃興期にもこんな雰囲気があったのかな、と思います。
キリスト教やイスラームは勝利・成功した宗教で、共産主義は失敗した宗教と言えるのでしょう。

投稿: 煬帝 | 2006/03/01 21:49

>ミスターボールドさん
ちょっと長すぎましたかね?でしたら申し訳ないと言いたいです。私自身「第二期工作要領」が、日本のマスコミの特定の国に対する寡黙具合を直に物語っていると感じましたので、書かずにはいられなかったもので。。

しかし、結局、売国サヨク系問わず中国共産党管轄下の政治団体の結論は以下に要約されているのではないでしょうか?

A-1.基本戦略

 「我が党は日本解放の当面の基本戦略は、日本が現在保有している国力の全てを、我が党の支配下に置き、我が党の世界解放戦に奉仕せしめることにある」

投稿: JSF | 2006/03/01 22:13

すごい人生ですね。「革命」という言葉に踊らされた多くの人々。。。。

ところで、もし、共産主義者が「革命」ではなく、次のような戦略を取っていたら、随分違っていたような気がするのですが、どうでしょうか?

1、宗教を是認、というより積極的に利用する。
共産主義こそ神が望む社会の姿であると主張し、あのガチガチの共産主義理論も「これが神の見えない手の導き」と説明する。

2、わが日本においては、「これは日本古来の助け合いのシステム」と説明する。もちろん象徴としての天皇はそのまま。

妄想ですが、どうですかね。

投稿: 三等水兵 | 2006/03/02 01:42

昔の高名な禅僧が彼の人生を総括して「夢」としたそうです。人生、「何を残した」かではなく「何をした」かですね。
『男は優しくなければ生きている資格がない、
が、たくましくなければ生きていけないからね、
つらいよ・・・ホント』
共感いたします。

投稿: 飛行機雲 | 2006/03/02 05:36

素晴しい記事ですね。内容・質とも、実経験から書かれたものであるから説得力がある。
欧米では、共産思想は禁止され政治活動も出来ない国が多い(対ソビエトの関係もあった)のも肯けます。
私は、ハーグ事件もあさま山荘事件もライブでは知りませんが、学生時代に共産(社会)主義思想には考えさせられるものはありました。しかし、思想自体は素晴しいが現実はそうではない、が私の感想です。力で奪った主義思想は、いつかまた力で奪い去られる、歴史の事実かもしれません。隣国の中国(旧ソビエトも)の様な素晴しい?例があるのに。

投稿: NZ life | 2006/03/02 08:22

若い時は自意識過剰で現実を知らないから、綺麗な言葉に酔い、自らの力でそれを実現しようと言う自己顕示欲に溺れる。
それの最たるモノが共産運動だったのでしょう。
共産主義国家がまともな結果を残せなかったのはしごく当たり前だったのでしょうね。
共産運動・共産社会に恋してたんでしょうな。恋愛のように痘痕も笑窪じゃ現実では通用しませんけど。

投稿: N | 2006/03/02 08:54

浅間山荘事件のテレビ放送を小学校の授業で見ていました。「今はわからないと思いますがとても重要な事件なので見てください」と担任教師から言われたことを思い出します。担任の真剣な態度、事件の異様さもあり全員が静かに見ていました。

共産主義というとドストエフスキーの「罪と罰」にでてくる大学生ラスコーリニコフを思い出します。主人公の独りよがりな考えが共産主義者の革命思想+独善性のように思えてなりませんでした。ちなみにソーニャが保守思想を表していると...
(読んでない方には何のことかわからないよね。w)

投稿: jp2090 | 2006/03/02 09:19

戦略面で見た場合、国家権力と反政府集団の情報力
と戦略面での大差を感じましたね。国家権力は何処でも
こういった集団を許さず、潰そうと画策するものですから。
尤も、理想とする外国の同志が居なかったことも挫折の
原因になったのかも知れません。但し、私はこれで
良かったと思います。北朝鮮人民の受難を考慮すれば。
(彼らが人民を正しく導けたとは決して思えない!)

理想を追い求めたのは良いが結果論として「頑迷」に
成ったわけで私の価値観では同情は出来ません。
共産主義思想そのものも大きな欠陥がある事が
今では判明してますし。独裁による新たな階級闘争
の危険性、とある悪平等の弊害などなど・・・・・・・

投稿: abusan | 2006/03/02 09:26

初めまして、少し前から立ち寄らせていただいてます。
今回のエントリー、大変興味深く読みました。

あさま山荘事件の数ヶ月後に生まれた私は、テレビで時々
見る『鉄球をぶつけられる浅間山荘』や『水をぶっかけ
られる東大』の映像と、あの重信のおばちゃんや よど号
ハイジャックがどう関係してるのかまるで知りませんでした。
今もほとんど分かってませんが、少しだけ繋がってきた気が
します。

以前、浅間山荘事件について母に聞いたところ、「さぁ、
なんかそんなんあったねー」とまったく無関心な様子。
当時22歳だった母は、同じ年頃の人たちが運動してることを
どう思っていたのだろうと思うのだけど、すでに結婚して
大きなお腹を抱え、家業を切り盛りしていた母にとっては
遠い世界だったようです。

当時のことについて、ちょっと勉強したくなってきました。
この週末に、図書館にでも行ってみようかと思います。

投稿: 猫あたま | 2006/03/02 11:07

非常に素晴らしい内容です。
私が知りたかったこと、探していた記事の多くが書かれています。
「共産主義思想そのものが持つ本質的な問題ではないのか???」との疑問は私もずーっと持っていました。現場に居合わせた方の言葉として重いと思います。山岳ベース事件』発覚後社会が急激に冷めていったのを肌感覚で覚えています。
重信の強がりも一寸可哀想ですね。ここで非を認めたら「私の一生は何だったんだ」との思いから逃げられないのでしょう。

投稿: ヒゲ親父 | 2006/03/02 12:04

当時はもう社会人、しかも(平たく言葉で言えば体制側)憎しみと、哀れさを持って彼らの行動を見ていました、私の仕事も命の掛かるもの同じ命を20を過ぎた大人が何で人間の役にも立たない処で人を傷つけるのか?
当時の私は共産主義自体「エゴ」集団と自分に言い聞かせて居ましたので、本当にやりたいのなら日本でやるな、外国から日本を攻めてみろと思って居ましたので、奥平、安田の行動には自然と尊敬の念を払って居たのを思い出します、命を掛けたのですから尊敬するのが当然と、私も若かったのですね。
しかし虐殺事件を見ると制約が無い中での人間の哀れさと、転向していく運動家達の将来どんな生き方をするのか?興味が有りました歌手の旦那に納まり鶏の世話をする人、分筆で生きる人、懲りずに反日運動を未だに続けて居る人、しかし中心に居た人たちは消えその他大勢の人間が幅を利かしている現状を見ると北朝鮮に居る人達の一生て何だったのだろうと~本人達は自己満足して居るのでしょうか?闘志の人が消え、ずるい奴が横道から政治の世界で生き延び国民の税金を食い、生き延びて来た奴を見ると、反面日本人て優しい人種、大きな人種?~と感じます。
当時の警察官の闘志には尊敬の念で一杯で有った事も付け加えて置きます。

投稿: 猪 | 2006/03/02 12:06

一言で言えば、私が共産主義を嫌いなのは美名をもって人間をたぶらかすからです。
そして私は偽善というものが嫌いなんです。
共産主義は自由な未来に向かって人間を唆す毒素だと思います。
三島由紀夫 昭和43年11月、茨城大学講堂

投稿: su-san | 2006/03/02 13:14

こんばんは。

重信房子は日本で逮捕される前に中国に9回も出入国を繰り返していたそうです。これだけで、中共の雌犬だったのが知れますね。結局あの女が中東に渡ってした事は、認知もされない子供を産んだだけ。

実は私の伯父も共産主義にかぶれて人生を棒に振りました。伯父の惨めな生涯について記事を書いたので、TB貼らせて頂きました。

投稿: mugi | 2006/03/02 20:46

共産主義から小泉構造改革主義へ。
まつたくいい加減な人生ですね。
どこが変わったの。
中身はぜんぜん変わっていないね。
時流に流されているだけ。
極左から極右へ。
アホちあうか。みんな。

投稿: 御徒町子 | 2006/03/03 14:47

大変に興味深い記事でした。猪瀬直樹氏も元信州大学全共闘のリーダーでしたが、全共闘の闘志だった方々が小泉構造改革に共鳴するのはな何となく分かる気がします。その「破壊精神」のラディカルさにおいて共鳴し合うものがあるのかと推察いたします。
 私は本来の構造改革論の立場から反小泉改革の論陣を張っています。
 たまたま私のブログ「代替案」でも、ブントと森田実氏や西部邁氏に触れた記事があるので、TBさせていただきました。「小田急高架裁判と構造改革」という記事です。ブントの人々は権力奪取を自己目的化していたが、ブントとの権力争いに敗れた構造改革派は、権力奪取ではなく権力をコントロールする民主的な手続きを大事にしていたという内容です。
 じつは私も学生時代はブントの方々とはお付き合いがあったのですが、運動論的についていけませんでした。
 また

投稿: | 2006/03/03 23:35

戦後マスコミはGHQ監視の下真実の歴史を隠蔽し、教育現場では捏造された歴史に基づく自虐史観で教育され入学した大学では左翼学生にオルグられました。70年安保当時平和憲法絶対主義の風潮の中で保守反動右翼=悪者というレッテル貼りが横行しておりましたね。

>ただ、数多くの若者が、共産主義という『妖怪』に取り憑かれ、命を落とす、あるいは人生を破綻させた。
私は、重信被告もその中の一人であるような気がしてならない。<

朝日新聞社内で自決した野村秋介氏も同じ見解だと思います。


<野村>金日成が30年ぐらい前、日教組大会にこういう祝電を送っているんですよ。
「日教組の職員諸君の仕事は学問を教えることではなく、どれだけの赤い戦士を作るかとうい使命を帯びている」。
 そのとき日教組は、満場割れるような拍手で採択したんだ。そして、赤い戦士を作るという教育を心から信じて、日教組の言うとおりに行動した人は誰だったか、知っているか。

<朝日編集長>思い当りません。

<野村>思い当たらないじゃ困るんだ。いま死刑台の前に立っている永田洋子や坂口弘だ。彼らはそういう日教組の教師に殉じたんだよ。殉教者なんだよ。彼らのために涙 を流してあげられるか、君たちは。僕たちは慙愧ざんきに耐えないよ・・・。   
  
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H15/1511/1511109nomura.html

投稿: hanna | 2006/03/04 11:00

 たびたびすいません。昨日のコメント、書きかけのまま誤って送信してしまっておりました。
 私のブログで、森恒夫被告や永田洋子被告を取り調べた亀井静香氏(当時は警察官僚)が、森・永田両氏を人間として非常に高く評価しており、時代状況の中で誤ったことをしてしまったという事実に大変に同情しているという事実を書いた記事があります。 

 坂さまの重信被告に対する評価と重なるものがあると思います。参考までに記しておきます。その記事は下記アドレスです。

http://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/739472309fb34190d4e7768d8e002ba6

投稿: | 2006/03/04 12:50

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