現・ポスの凋落と私の基本姿勢
去年の9月ごろだったか、讀賣新聞に、「週刊誌はどこへ」という連載記事が載っていた。週刊ポストや週刊現代といった、週刊誌の発行部数がここ数年激減しているという現象を取りあげたものだった。
もうずいぶん前のことなので、正確には覚えていないが、各週刊誌とも大幅に読者を
減らしている。特に、ポストや現代といった、ヘアヌードなどの女性の裸を掲載している
(いた)週刊誌の部数減が著しいというものだったような気がする。
それは、日本ABC協会の『実売部数』に関する調査データを見ても明らかである。
( )は、日本雑誌協会の公表した『発行部数』。
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週刊文春 文藝春秋 59万部 (80万部)
週刊新潮 新潮社 54万部 (76万部)
週刊ポスト 小学館 52万部 (68万部)
週刊現代 講談社 51万部 (70万部)
------------------------------------------------------------------
このとき、讀賣新聞はその原因として、①若者の活字離れ、②インターネットの普及、
などを上げていたように思う。
そして、識者の言葉を引用して、「(ポストや現代は)記事の見出しと中身の落差が激しい」ことが読者の信頼性を落としている、ことも本質的な原因の一つと指摘していた。
確かに、週刊文春や新潮、新聞社系の週刊誌も部数を減らしているが、ポストや現代の減り方は極端である。
私が知っている時代のポストや現代は、80万から100万部近くを売り上げ、文春や新潮に大きな差をつけていた。
もう10年以上前になるが、当時、東京都心で働いていた私は、自宅で讀賣、会社で
朝日と日経の各紙を読んでいた。
そして帰宅途上の電車の中では日刊ゲンダイ、週末は家で週刊ポストと現代を読むという生活だった(文春と新潮は、面白そうな記事が掲載されているときだけ読む)。
当時、私のようなサラリーマンは、『現・ポス族』と呼ばれ、潜在的な反自民層とみなされていたものだ。
この『現・ポス族』の典型だった私が、今はこの両誌をまったく読まない。文春や新潮は、たまには読むが・・・
そうなった理由は、讀賣新聞が指摘するように、「記事の見出しと中身の落差が激しい」こともある。が、もっとも大きな理由は、記事そのものが信憑性に欠けることが分かったからである。
それは、ネットの影響もあるが、昔の政治仲間との縁が復活して、政界の実情やメディアの実態がナマの情報として入ってくるようになったことも大きい。
そのような環境の変化を受けてポストや現代を読むと、「関係者」とか「事情通」という、極めてあやふやな人物がやたらと登場して、それらが記事のソースになっていることに気付く。
要は、「与太記事」や「品性のない中傷記事」のオンパレードなのだ。そのことを痛感して、私はきっぱりと『現・ポス族』から足を洗った。
文春や新潮も、ある種の政治的意図を持った記事をセンセーショナルに報じることも
多い。とくに文春は、昨年までは野中広務氏との関係を疑わざるをえない記事も多かった。
が、ポストや現代と比べれば、まだ読み応えのある記事があるだけマシである。
特に、新潮の『学会関連記事』は参考になる。
なぜ、突然、私がこんな週刊誌の報道内容を批評するようなエントリーを書いたのか?
それは、人気取りのための「与太記事」や「品性のない中傷記事」を書いてはならないという、私自身に対する戒めの意味もある。
事実の断片を取り上げ、それに憶測やソースの怪しい記事を付け加えてエントリーを
構成しても、一時的には受けるかもしれないが、やがて良識ある読者からは見放される。それを、週刊ポストや現代が証明した。
私自身が、元『現・ポス族』であっただけに、なおさらそれを痛感する。
特に、ネットの普及によって読者は日々賢くなっている。読者に負けないように私も成長し続けなければならない、そう思う今日この頃である。
以下の記事を読んでつくづくそう思った次第。
↓
ライブドア事件をめぐる週刊誌「FRIDAY」の記事で名誉を傷つけられたとして、自民党の武部勤幹事長の二男が講談社(東京都)と同誌編集長らを相手に、謝罪広告の掲載と損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こしていたことが18日、分かった。
訴えによると、同誌は2月24日号で、「発見ホリエモンと『武部の息子』結ぶ“疑惑ライン”」との見出しの記事を掲載。二男が証券取引法違反罪で起訴されたライブドア前社長の堀江貴文被告(33)のマネーロンダリング疑惑に関与したと推察できる内容。
18日に開かれた第1回口頭弁論で講談社側は「記事は読者への情報提供のひとつで、名誉棄損には当たらない」などと主張し、全面的に争う構えを見せた。
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コメント
最近思いますが、「新聞記者」や「雑誌記者」の仕事ぶりが
昔と違っているのではないでしょうか。何の問題意識もなく、適当な記事をでっちあげて自分の時間を使い、趣味やトレンディードラマの主人公のように個人の生活をエンジョイする。もちろん新聞は「記者クラブ」から定型文が振ってきますから頭も要らない。ネットの優れたブロガーさんたちのように鋭い問題意識を持てば上司、先輩、編集デスクと対立するばかり。その上司も高度成長の波に乗り、何の苦労も無く上司になり、ソーレン、ミンダン、ガッカイ、コウアン、ウヨク、サヨクとのトラブルだけは必死に回避し、やはり楽しく使い放題のタクシーチケットで銀座に行き、ワインなんかを飲んで生活を楽しみたいわけです。もちろんそうでない方々もたくさんいらっしゃるでしょうが、組織に属している以上、生活があるでしょう。
ネットでは「電凸」と言って電話で問題と思われる会社や役所の電話し、その内容をネットに公開することが行われていますが、その緊迫したやりとりこそ、本来雑誌や新聞の記事にあったものではないでしょうか。産経省のマーク問題、NHKの荒川選手ウイニングランすっぽかし事件など。ジャーナリズムとは何か、それが新聞や雑誌がゴミのように馬鹿にする十代の子供が組織を相手に渡り合う中に示されるのは皮肉な現象であると考えています。
管理人様、よければ参考にしてください。プロジャーナリストから見れば稚拙でしょうが、私には読ませるものでした。
電話突撃隊:日付別成果リスト
http://dentotsu.jp.land.to/200604.html
投稿: 普通の国民 | 2006/04/19 15:55
昔から不思議なのですが、ひたすら偏向していて偽善的で読むに耐えない朝日新聞と違い、週刊朝日は面白いのです。朝日新聞の記者が異動して週刊朝日の制作に携わっているはずなのですが、週刊朝日には特に偏向は見られず、スパイスの効いた面白い記事が、週刊新潮や週刊文春と比較しても多い印象です。
朝日新聞に金を払ったことは恐らく一度もないですが、週刊朝日は累計でかなり買いましたね。面白くて役に立つからです。
投稿: おやじ | 2006/04/19 16:24
何年前だったでしょうか。検索でひっかかった久本福子さんの葦レポートの内容に愕然としてしっかり記憶の底に刷り込んだことがあります。
文化ファシズム、創価学会と講談社の癒着、堤義明のこと、有名文化人の謎の死の列挙等、日本を侵食する隠れた犯罪を告発する衝撃的なレポートです。余りの被害者意識で妄想を起こした狂人と思われていると本人は言っています。しかし読んで見ればなるほどと頷くことも多いのです。週刊現代、日刊ゲンダイは講談社ですよね。私も信用しておりません。というか、最近ではどの新聞雑誌マスメディアのものでも、載った記事の裏の意図を読むようになりました。株主は誰か、社主は誰か、スポンサーは?幹部は?等々念頭に置きながら注意して読んでいます。
http://www1.ocn.ne.jp/~ashi/index.html#nissi-mokuzi
http://www1.ocn.ne.jp/~ashi/karataniron.htm
投稿: hanna | 2006/04/19 16:58
昔、私も「現・ポス」は結構、読みました。
先日、床屋での待ち時間に久しぶりに「現代」見ましたが、そのクオリティの下落ぶりにビックリしました。新聞や中吊りの広告では、面白そうな見出しが踊っていますが、中身はとてもとても。
骨太の記事があってこそ、ヌードグラビアも生きてくるというものです。そして、そのグラビアも昔の3流週刊誌なみ。「袋とじ」にする必要もまったくなし。(^^;
これだけ読者を裏切ってれば、部数も落ちるよなあ。
投稿: miekun | 2006/04/19 19:36
>講談社側は「記事は読者への情報提供のひとつで、名誉棄損には当たらない」などと主張し、全面的に争う構えを見せた。
「読者への情報提供のひとつで」あることが、何故に「名誉毀損には当たらない」に結びつくんですかね?「読者への情報提供」であることが名誉毀損の免罪符になると?、ん・・・?講談社は、まず、①記事の内容が事実であること、或いは事実であると推測するに足る十分な根拠があること、②記事の内容を公にすることが当該私人のプライバシーの保護よりも優先する事由があること等を立証する必要があるように思う。まぁ、いまどきの週刊誌にそのようなことを求めるのは無いものねだりの類かと思いますが・・・・
投稿: 疑問符 | 2006/04/19 20:11
TVのニュース番組。
今日、夕方のニュースをザッピングしてたらカワウ被害対策を同時刻に放送してた。
なぜカワウ?
カワウに限らず放送するニュースは各社ほとんど同じ。
CM入るときも大体同時刻横並びだ。
特集はさすがに違うが、たくさんあるニュースでなぜ取り上げるニュースで大差がないのか疑問だ。
投稿: くろ | 2006/04/19 20:51
自分は週刊誌は全く読みませんが、説得力も信憑性ものない、下品な言葉で他人を貶める記事なんてのは、読みたがらなくて当然です。週刊誌すべてがそうだとは言いませんが。
ネットの普及もあって、読者が賢くなってきたと思います。
投稿: mikage | 2006/04/19 21:49
私も以前ポストを読んでいました。先日、興味のある記事があったので、ポストを本屋で立ち読みしましたが、本当に内容が酷い。
私が読んだ記事は、ソースとして海外メディアの報道を引用しているものの、一部分だけ抜粋し原文全体の主旨を捻じ曲げ、ある人物を中傷していました。ポストに良識を求めても仕方ありませんが、この姑息な記事の書き方には本当に腹が立ちました。こんな記事を書いていては、部数が減少しても仕方ないですね。
ネットで色々な情報を得られるようになり、「現・ポス」などの週間誌に限らず、テレビ、新聞も最近では信用できません。
投稿: なつなつ | 2006/04/20 00:53
読者視聴者も賢くなり、週刊誌はおろか、TV、新聞離れ
と言う現象も起きてますね。勿論、それらにぶら下がっている
評論家とやらは半数以上は全く信用されなくなったと。
TVに出てくる者の中には聞くに耐えない反国民的な
発言をするものすら居る(ー_ーメ)つまり、未だに
情報の一方通行が通用すると言う発想で作られている
から視聴者読者の意識との乖離が目立つようになると。
昨日も産経新聞で西部邁の記事が出ていましたが
発言は大衆を見下した相変わらず高慢ちきな文章で
で私は心底怒りましたね。なんでこんな記事載せる
んやと。これでは新聞不信が増大するのは当然だと
私は思いました。
投稿: abusan | 2006/04/20 06:53