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2006年7月

2006/07/31

アリラン祝祭を取りやめた北朝鮮

北朝鮮が、今月の中旬ごろに、集中豪雨による洪水に見舞われていることは、18日
あたりから韓国メディア経由で伝えられていた。
これに対し、21日の朝鮮中央通信が明らかにした被害内容は、「数百人規模が死亡、家屋数万棟が損壊を受け、道路、鉄道網が被害を受けた」という、かなりのものだった。
しかし被害の実態は、それをさらに上回るもののようだ。

昨日の聯合ニュースによると、北朝鮮は9月14日から10月中旬まで、平壌の綾羅島
5.1競技場で大マスゲームとアリラン公演(アリラン祝祭)を行う予定だったが、これの中止を決定したという。
ニューヨークの北朝鮮国連代表部から28日、在米韓国・朝鮮人団体に、「今年のアリラン祝祭計画は洪水被害のため中止し、2007年春の祝典から再度公演する計画」との連絡があった。

アリラン祝祭は、北朝鮮にとっては国威発揚の場であるとともに、貴重な外貨獲得源でもある。昨年のアリラン祝祭で、北朝鮮は約350万ドル(約4億250万円)の利益を得た。
偽ドルや覚醒剤、偽タバコなどが主たる「輸出品」である北朝鮮にとって、この外貨獲得源と金正日の威厳を誇示する場でもあるアリラン祝祭を中止することは、よほど甚大な被害を被ったとしか考えられない。

北朝鮮は、今でも世界食糧計画(WFP)や韓国、中国の食糧支援によって食いつないでいる国である。そこに、アリラン祝祭を中止せざるをえないほどの打撃が加われば、
この国は一体どうなるのであろうか?

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実は、北朝鮮は10年前(1996年)にも同様の被害を被っている。それまで自給自足を原則にしていた北朝鮮は、このとき初めて国際社会に食糧支援を要請した。
しかし、このときの支援は軍などが優先され、本当に支援が必要な住民には食料が
届かなかった。脱北者の多数の証言によれば、首都以外の地域では、翌97年ごろは道路にも餓死者の死体が大量に転がっていたとされる。

今回、WFPは、被災者への支援の準備があるとしている。が、被害の詳細な把握や、支援が本当に必要な住民に届くことの確認作業を、その前提条件としている。
つまり、軍などへの横流しを警戒しているのだ。しかし、WFPのスタッフは、北朝鮮当局により被災地の自由な視察を規制されたままだ。

今回の降雨量そのものは、10年前に比べればかなり少ない。
が、10年前の被害が完全復旧しておらず、当時より少ない降雨量でも大きな被害が
生じる可能性があるという。

最近、北朝鮮を訪問した韓国農村経済研究院の權泰進博士は、次のように語っている。
「当時の洪水で山から流れ落ちた土砂が川底にそのまま残っており、川の所々で土が積み重なり、排水が正常に行われていない」としたうえで、「北朝鮮の河川は川底が
高くて川幅が狭く、200ミリほどの集中豪雨でも大きな被害が予想される」と・・・

つまり、カネもないのに、ミサイルや核開発などの軍事力強化を優先する「先軍政治」のツケが回ってきたということだ。

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北朝鮮は、元々農業に適した土地が少ない代わりに、石炭や鉄などの鉱物資源に
恵まれていたため、我が国は南は農業中心、北は鉱工業中心の植民地政策を採っていた。そのせいもあって、1970年代前半までは北朝鮮の国力の方が韓国を上回っていた。
ところが金日成は、あくまでも南の武力解放にこだわリ軍事を優先した。そのため設備投資は後回しにされ、鉱工業の設備は老朽化したまま放置された。
その結果、品質が劣悪な石炭の供給や電力不足が慢性化し、生産資材も不足がちになった。それが鉱工業生産力の低迷と低下をもたらしたのである。

農業も、そのような鉱工業の不振に歩調を合わせて悪化していく。
北朝鮮は、前述したように、農業に適した土地が少ないため、化学肥料や農薬を大量に利用して食料の自給を維持していた。
が、工業生産力の低下により、化学肥料や農薬が不足するようになった。また、大量の化学肥料の投与による増産は、農地を疲弊させた。そのため、農耕地を拡大することによって収穫量を増やすという政策が展開されることになる。
農耕地の拡大、それは山地を大規模に開墾することであった。つまり、広範囲にわたって樹木の大量伐採が行われ、自然の持つ治水力が破壊されていくのである。
10年前の集中豪雨による洪水被害は、その必然的結末であった。

そして、1991年のソ連崩壊による廉価な(タダ同然の)重油の供給ストップが決定的な打撃となる。
元々外貨準備が極端に少ない北朝鮮は、ソ連以外から重油を調達することなどできない。そのため、経済全体が、1990年代半ばには世界の最低水準に落ち込んでしまうのである。
だから10年前の洪水被害も完全復旧できなかった。国内の食糧事情も極度に悪化し、300万人以上の国民が餓死したと言われるまでになった。

北朝鮮は、食糧危機の原因を水害や干ばつなどの天災のせいだと言うが、そうではない。
深刻なエネルギー不足や生産効率の低さにより、化学肥料や農薬の生産が大幅に
落ち込んだこと。その限られた化学肥料や農薬の運搬さえも、エネルギー不足により
困難をきたすようになったこと。
さらに、気候や農作条件も地域によって異なるのに、平壌から画一的なチュチェ農法を全国に押し付けたこと。軍や党の幹部が優先的に食料を確保したこと。
これらが重なり合って、食糧事情を最悪の状態=飢餓状態に落とし入れたのである。
それに、水害も天災というより人災であると言ってもよい。

それでも10年前は、北朝鮮の食糧支援要請に国際社会が応えてくれた。それで何とか生き延びた。が、今回はそうはいかない。国際社会も、前回の支援が、軍や党の幹部に横流しされたことを知っている。
だから今回は、WFPも慎重に構えているのである。
また、国連安保理の決議も可決されたばかりである。つまり、人道支援がミサイルや
核開発に転化したのではたまらない、国際社会はそう思っている。
前回の人道支援がもたらした結果は、結局、偽ドル、覚醒剤、偽タバコの輸出、そして
最終的にはノドンやテポドンの発射であった。

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今回の洪水被害がどの程度のものかは、まだよく分らない。が、アリラン祝祭が取り
やめになったということは、かなり深刻な事態であることは間違いない。
金正日は、「こんなことになるのなら、ミサイルなんて発射するんじゃなかった」と本心では悔やんでいるかもしれない。が、意地でも弱気なところを見せたりはしないであろう。
が、いくら突っ張って見せても、また一歩苦しい状況に追い込まれたことは間違いない。しかも、その状況は、自らの「先軍政治」と「チュチェ農法」がもたらした結果であるから、もう、どうしようもない。

自爆覚悟で暴発するのか、それとも自滅するまでじっと我慢を続けるのか、中国に頭を下げて助けてもらうのか、ますます北朝鮮の先行きが読めなくなってきた。

が、我が国は、北朝鮮の内部事情などには無視を装うことだ。そして粛々と制裁手続きを進め、圧力をより強化する。

今回は、人道支援などやるべきではない!!!

(参照記事)
【集中豪雨】北朝鮮でも洪水被害 (2006/07/18 朝鮮日報)
北朝鮮・アリラン公演、洪水被害のため中止 (2006/07/30 聯合ニュース
数百人死亡と初報道、北朝鮮の洪水禍で公式メディア ( 2006/07/21 CNN)
【社説】アリラン公演行って、開城工団資金拡大して (2006/07/21 中央日報)

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「富田メモ」無節操極まる政治利用!

昨日のエントリー「谷垣!Who? 」で書いたように、谷垣禎一財務相が、靖国参拝の是非を自民等総裁選の争点として持ち出してきた。

私は、いわゆる「富田メモ」に関しては、推測で記事を書くのはもうやめると書いた。
私は、あのメモは徳川義寛侍従長の発言だと確信しているが、それは状況証拠の集積の結果であり、結局は水掛け論に陥るからだ。
が、谷垣氏が靖国問題を争点として持ち出してきた以上、少しばかり言っておかねば
ならない事がある。

谷垣氏が、総裁選に靖国問題を争点として持ち出してきたのは、不出馬を表明した
福田康夫支持勢力を取り込むという狙いがある。
が、それだけではない。
世論の靖国問題に対する風向きが変わったと判断したことも大きいと思う。その世論の風向きとは、2006年7月25日付朝日新聞の「全国世論調査(電話)記事」の内容である。

朝日新聞の世論調査は、次のように書いている。

①次の首相の靖国神社参拝の賛否を尋ねたところ、反対が60%を占め、賛成の20%を大きく上回った。
②今年1月の調査では反対46%、賛成28%で、今回、反対が大幅に増えた。
③小泉首相が9月末までの任期中に参拝することについても反対が57%にのぼり、
賛成29%のほぼ2倍だった。
④昭和天皇が靖国神社へのA級戦犯合祀(ごうし)に不快感を示していた発言メモが
明らかになり、首相参拝の是非を考える上で、この発言を「重視する」と答えた人は6割を超えた。

この世論の結果は、完全にメディアによる「ねつ造報道」がもたらしたものである。それに谷垣氏が乗った。まさに「富田メモ」の政治利用である。

朝日新聞は22日の天声人語で、「昭和天皇が、靖国神社にA級戦犯が合祀(ごうし)
されたことに不快感を示した発言のメモ
」について次のように書いている。

(前略)「気をつけたいのは、このメモの扱い方だ」(中略)「宮内庁長官を介して間接的にもたらされた幾つかの言葉から、その像が一気にくっきりと見えてくるものではあるまい。メモは一つの史料として冷静に受け止めたい。政治などの場で過大に扱うのも控えた方がいい」(後略)と・・・

にもかかわらず、その直後(22、23の両日)に上記の世論調査を行い、政治に影響を
与えているのだ。

この「富田メモ」の信憑性に関しては、いわゆる「識者」と言われる者たちの見解も割れている。

■肯定派の意見。

「あり合わせのメモが張り付けられていて、昭和天皇の言葉をその場で何かに書き付けた臨場感が感じられた。内容はかなり信頼できると思う(作家の半藤一利氏)」
(毎日新聞)

「前々から富田元長官は律義な人と承知しており、実際に読んだ日記やメモは信頼性が高く、昭和天皇の言葉を書き留めたものと考えていい(秦郁彦・日大講師)」
(讀賣新聞)

■慎重派の意見

「メモが昭和天皇の発言を正確に記録したものだとすれば、慎重な検討が必要だ。例えば、松岡、白鳥までもが、との趣旨の記述は、いわゆるA級戦犯の合祀に批判的だったのか、一部の合祀が不快だったのか、にわかに判断できない。
昭和天皇が開戦の決定を認めたことについて申し訳ない気持ちを持たれていた可能性もある。短絡的に不快感(が原因)ととらえるのではなく、すでに公刊されている故・
徳川義寛侍従長の回想記と合わせ、再考する必要がある(所功・京都産業大教授)」
(讀賣新聞)

■懐疑派の意見

「『米国より見れば犯罪人ならんも、我が国にとりては功労者なり』と語っておられた
昭和天皇が、たとえ私的な会話であれ、果たして『A級』などといった乱暴ないい方を
されるであろうかとの疑念は拭いきれない(百地章・日大教授)」
(産経新聞【正論】)

お読みになればお分かりのとおり、肯定派、慎重派、懐疑派ともに「思う」「考えていい」「判断できない」「拭いきれない」という言い回しであり、誰もが個人的な「感想」、もしくは「思い」の域を出ていない。
要するに、いずれの発言も、それを裏付けるだけの確証がないのだ。

にもかかわらず朝日新聞は、「メモは、天皇が闘病中の88年、最後の誕生日会見直後の天皇とのやりとりだった」と断定し、写真付きで大々的に報じた(2006/07/21 昭和天皇の苦い思い、浮き彫りに)。
根拠は、今は亡き徳川元侍従長の昔話だけである。
だから、私も状況証拠を集積して「メモはねつ造である」と断じた。確証もないのに、
「メモは天皇発言である」と断定的に報道するメディアに、反証を挙げて対抗するためだ。

東条元首相の孫である由布子さんは、23日のテレビで次のように証言している。
「処刑後、毎年お使いの方がお見えくださって、ご下賜の品を頂戴していた。『東條の
家族は元気にしているだろうか』というお伺いを持って来てくださっている。そういう陛下が、あのようなことを仰るとはとても思えない」
これはナマの証言である。

この証言以外にも、、メモが昭和天皇の発言とは思えないという状況証拠は、過去の
エントリーで書いたようにたくさんあるのだ。

要するに「(故・富田朝彦宮内庁長官のメモだけでは)昭和天皇が本当に不快感を示すご発言をしたかどうかは、誰も分からないだろう」という政府筋の判断が、今のところもっとも正しいのである。

にもかかわらず、メディアの「ねつ造」報道によって、「公になった言葉ではなく、非公式な会話メモで判断するのは、昭和天皇の『政治利用』につながりかねない」(百地章・
日大教授)」(産経新聞)という危惧が現実のものになっていく。

しかも、朝日新聞が煽っている。「気をつけたいのは、このメモの扱い方だ」「メモは一つの史料として冷静に受け止めたい。政治などの場で過大に扱うのも控えた方がいい」と天下の(?)「天声人語」で主張していながらだ!!!

①「昭和天皇は本当に偉い方だったんだなあ。大御心(おおみこころ)だなあ」。民主党の小沢代表は20日、記者団にこう語った。小沢氏は最近でも「戦死ではない人たちが靖国神社にまつられること自体が間違いだ。天皇も堂々と参拝できるような本来の靖国神社にすべきだ」との持論を繰り返していた。

②超党派の国会議員でつくる「国立追悼施設を考える会」の呼びかけ人でもある民主党の鳩山由紀夫幹事長も「A級戦犯合祀(ごうし)が理由で天皇陛下が参拝されていないことが、証拠として示された意義は大きい」と語った。小泉首相に対しては「自分だけの意思で軽々に(参拝する)というのは許されない。この事実を重く受け止めて頂きたい」とくぎを刺した。

③共産党の志位委員長は「『靖国史観』派のシナリオが破綻(はたん)し、参拝を繰り
返してきた小泉首相の主張に道理がないことを浮き彫りにするものだ。首相の参拝中止を改めて強く求める」との談話を発表した。

④社民党の又市征治幹事長も「昭和天皇の意思が資料で裏付けられた。戦争の反省と平和の希求という気持ちが表れた言葉だと思う。政府・与党がどう受け止めるのか
注視したい」との談話を出した。

以上は、「民主・小沢代表「昭和天皇は偉い方」 靖国発言メモで」という朝日新聞の
記事(2006/07/21)からの引用である。

⑤日本遺族会会長である自民党の古賀誠元幹事長は25日、東京都内で講演し、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に昭和天皇が不快感を示した発言メモについて「お言葉に涙の出る思いがした。この思いを、私たち遺族は最も大切にし、最も重いものとして
受け止めたい」と述べ、靖国神社にA級戦犯の自発的な分祀(ぶんし)を促す決意を
改めて表明した。

古賀氏は講演で「戦没者ではない英霊が合祀されたことで、皇族がお参りを遠慮され、日中の問題がここまで先鋭化してくる。そういうことを無念の死を遂げた英霊がどう見ているだろうか」と指摘。「遺族会の原点に返って、国民がわだかまりなくお参りし、皇室もお参りできる、英霊に思いを寄せた対応こそしていかなければならない」と強調した。

これも「古賀氏、A級戦犯の分祀に強い意欲」(2006/07/25)という朝日新聞の記事である。

一方で「政治などの場で過大に扱うのも控えた方がいい」と言いながら、他方で首相の靖国参拝反対派の政治的発言を次々に報道し、世論調査まで行って「紙上の世論作り」をする。しかも、すべてが「メモは昭和天皇の発言」という前提に立ったものだ。
本当に、この新聞は「偽善のかたまり」だ。

メディアや野党の諸君に訊きたい。昭和48年の増原恵吉防衛庁長官の辞任は何だったのかと???

増原防衛長官は、あるとき内奏をした。
内奏とは、天皇に対して、非公式に経過報告や進捗状況を申し上げることをいう。現憲法の下では、国務大臣は天皇に対して責任を負わないから、この内奏はしなくてもよい。
が、歴代閣僚はそれほど頻度は多くないにしても、この内奏を行っていた。いわば慣例として行われていたのである。

ところが、この増原防衛長官は、内奏の際に昭和天皇から受けたお言葉を、ついうっかりして漏らしてしまったのである。
「防衛問題はむずかしいだろうが、国の守りは大事なので、旧軍の悪いことは真似せず、いいところは取入れてしっかりやってほしい」という激励に感激して、記者団の前でこのお言葉を明らかにしてしまったのだ。
これに噛みついたのが野党の社会党(現・社民党)や共産党、及び朝日新聞を始めと
するメディアであった。

増原防衛長官の発言は「天皇を政治利用するもの」というのが、その理由だった。この問題は、一大政治問題と化し、当時の田中角栄内閣は、天皇の激励はなかったことにして、増原防衛長官は一身上の都合で辞職ということにした。

当時の野党やメディアが増原批判の根拠にしたのは憲法第4条である。
憲法第4条1項は、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と定めている。
国事に関する行為は第7条で定められているが、これも条文の冒頭に「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ」と書かれている。
つまり、天皇が政治に関与できるのは「国事行為」のみであり、それさえ「内閣の助言と承認」がなければ許されない。

要するに天皇は政治に関与してはならないのに、閣僚が天皇から聞いた政治に絡む
発言を公表して、利用しようとしたとして増原防衛長官は猛烈なバッシングを受けたのである。
そして結果は閣僚辞任。

今回の「冨田メモ」を口にする政治家たちよ!その政治家たちを煽り、逐一報道するメディアたちよ!君らのやっていることは「意図的」である分だけ、かつての増原防衛長官の発言よりず~っと罪が重いのではないか???
もし、「富田メモ」が本当に昭和天皇の発言であるのならば、小泉純一郎首相の靖国
参拝や「A級戦犯」の分祀論に言及するのではなく、昭和天皇の発言をそういう問題に絡めるのは「天皇の政治利用」であり、憲法違反であると主張するのが「筋」というものではないのか???

あるときは、天皇の個人的発言を「政治利用」したと非難して閣僚辞任にまで追い込みあるときは、確たる証拠もないのに「天皇の発言である」と断定して、今度は逆の立場から「政治利用」する。
こんな無節操が許されるのか???しかも、昭和天皇が絡んでいるのである。
小沢!鳩山!古賀!君たちは天皇制を肯定する政治家ではないのか???
なぜ、共産党の志位や社民党の又市のような天皇制否定論者と同じレベルに立つのだ???
もう、こういう連中は理解できない!!!

なお、増原防衛長官の件についての昭和天皇の落胆は大きく、宮内庁長官と入江
相政侍従長に対して、「もう『はりぼて』にでもならなければ」と語っていたという。

参照:第六十六代:第二次田中角栄内閣

【追記】
もう朝日新聞、反靖国でフル・スロットル、暴走中です。

A級戦犯、広田元首相の遺族 「靖国合祀合意してない」 (2006/07/27)
靖国合祀、国主導の原案 「神社が決定」に変更 (2006/07/29)
靖国「遊就館」の戦犯遺書、旧厚生省が収集依頼 (2006/07/30)

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2006/07/30

谷垣!Who?

谷垣禎一。
谷垣派(宏池会・所属議員15名)の領袖。
今回の自民党総裁選候補の中で、もっとも支持率が低い政治家。
最新の世論調査でも2%(7月10日 讀賣新聞)。ちなみに安倍晋三は46%。
おそらく、世間の認知度もイチバン低いのではないか。
しかし、立候補の手は真っ先に挙げた。この時期に出馬を表明したのは、おそらく不出馬を決めた福田康夫の支持勢力の取り込みを図る戦略なのだろう。

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まず、今日のエントリーに対するご理解を深めていただくために、この政治家のヒストリーを簡単に紹介する。

Tanigaki 1945年(昭和20年)3月生まれの61歳。東京大学法学部卒、弁護士。
父親は元文部大臣の谷垣専一。
選挙区は京都だが、生まれは東京。麻布中学-高校-東大という、学歴的には典型的なエリートコースを歩んでいる。

政治家としての経歴は以下のとおり。

1983年 衆議院議員に初当選。
1997年 科学技術庁長官に就任
2000年 金融再生委員会委員長に就任
2002年 国家公安委員長に就任
2003年 財務大臣に就任(現在に至る)
2005年 宏池会会長に就任(旧・小里派)

政治的経歴は、財務大臣という、重要閣僚を3年近く務めていること以外に、これといって目立つものはない。

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この谷垣、皆さんも余りよく知らないと思う。
印象に残っているとすれば、2000年11月の「加藤の乱」の時のシーンくらいだろう。
当時、所属派閥の会長だった加藤紘一が、野党の森内閣不信任決議案に賛成票を
投じに行こうとするのを、「だめですよ、あんたが大将なんだから」と、涙を流しながら
体を張って止めた。
このときの谷垣を捉えてマイナスに評価する人もいるが、私は感銘を受けた。

政治生命を絶たれる可能性がある行動を取ろうとする親分を、体を張ってでも止める。それまで軟弱にしか見えなかった谷垣に、私は「男」を感じたのだ。
加藤派の内実は、既に古賀誠や池田行彦、丹羽雄哉、堀内光雄などの幹部を中心に半数以上が加藤から離反しており、加藤があのまま突っ走れば、自滅するだけという
状況だった。
このとき私は、「ああ、これで加藤は終わったなあ・・・」と思ったものだ。「いざ合戦」と
いう時に、家来の半数以上が戦線から離脱する派閥の大将なんて、首相になれる器ではない。

ところで皆さんは、谷垣が「官僚が選ぶ次期総理になって欲しい政治家ランキング」で
1位に選ばれたことをご存知だろうか?
確か、朝日新聞の各省庁の幹部クラスを対象にした調査だったと思う。時期は1997~98年の科学技術庁長官のころだったような。が、これも正確な記憶ではない。
ただ、ダントツの1位だったことと、理由が「政策に明るい」「頭の回転が早い」「温和で誠実な人柄」などであったことは間違いない。これだけは強く記憶に残っている。
なぜなら、無名に近い谷垣がダントツの1位だったことに、びっくり仰天したからだ。

もっとも当時は、野中広務や亀井静香、鈴木宗男などのコワモテが永田町や霞ヶ関を闊歩していた時代だったから、「政策に明るい」「温和で誠実な人柄」の谷垣に官僚の期待が集まったのも無理はないと思う。
ただ、官僚に人気があるということは、官僚から「御しやすい政治家」と思われている
ことの裏返しでもある。

人柄は「あの顔」に表れている。「政策通」に関しては、我が国が金融危機で揺らいでいた時に、金融再生委員長に指名されたくらいであるから、政策、特に金融・財政に
強いことは間違いない。

ここまでだと、「次期首相は谷垣でもいいじゃないか」ということになりそうだが、そうではない。
まず、権力闘争を勝ち抜くだけのパワーが感じられない。「温和で誠実な人柄」というのは、政治家としては欠点になる時もあるのだ。
権力闘争は、駆け引きと騙し合いの世界である。特に外交は、もっとすさまじい。頭の回転が早いのも必要だが、ズルさも要求される。
それが谷垣には欠けている、今までの彼の政治的言動を振り返って見ると、そう思えてならない。

ただ、消費税率の引き上げを明言したことは評価できる。
来年の参院選を考慮して、自民党内には消費税引き上げに関する論議は先送りすべきだとの声も根強い。
その点、谷垣の「政治に大事なことは、国民と正面から向き合い、正直に語ることだ」という姿勢は正しい。
今の我が国の財政事情を考慮すれば、歳出の削減や国有資産の売却だけで財政再建が可能とは、責任ある政治家であれば誰も考えていないはずだ。

しかし、中国や韓国との関係を悪化させないよう「総裁(首相)になった時は靖国参拝を控える」と言う発言はいただけない。
不出馬を決めた福田の支持勢力の取り込みや安倍との対立軸を鮮明にする狙いもあるのだろうが、外国が干渉を繰り返している問題を、実質的に首相を決める選挙の争点に持ち出すべきではない。

福田が出馬を断念したのは、公式には70歳という年齢にあるとされる。本人も、「この年になって首相をやれるか」と語っている。
が、福田の父である赳夫が首相になったのは71歳の時だ。年齢だけの問題ではない、と誰もが思う。
そこで聞こえてくるのが「自らの出馬によって、靖国参拝問題が総裁選の争点となり、国論が二分されている印象を内外に与えるのは国益上、好ましくない」というのが理由の一つであるとする声だ。

それに対し谷垣は、中・韓との外交関係や、それに絡んで靖国参拝の是非を総裁選の争点として提起した。つまり、扱いを誤ると国益を損ねかねない問題を権力闘争に利用しようとしている。
それだけで谷垣には、総理総裁の資格がないと断言してもよいだろう。
ただ、総理総裁の器ではないがテクノクラートとしては極めて有能である。次期首相は、谷垣を排除すべきではない。適材適所で使えば、大いに力を発揮するはずだ。
私はそう思う。

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今回の自民党総裁選は、このままだと、安倍の一人勝ちで終わりそうな雰囲気もある。まさに「消化試合」と言ってもよい感じである。が、それは、自民党にとっても、日本の
政治にとっても良くないことだ。
非正社員の増加と正社員との格差是正、少子高齢化対策、地方経済の活性化、荒廃した教育現場の改革、治安悪化に対する具体的対応策、財政再建への道筋、等々、
国民生活に直結する問題が山積している。自民党総裁選は、こういう問題を争点の軸に据え、大いに盛り上げるべきだ。
世代交代を進めることによって大臣に早くたどり着けるようにしようとか、勝ち馬に乗って甘い汁を吸おうとか、そういう邪念で選挙に臨んではならない。
それは、自民党を衰退させるだけだ。

候補者によるディスカッションが予定されている自民党のブロック大会は、まだ9箇所が残っている(東京は28日終了)。テレビでの候補者同士の討論会も、8月中旬以降からは各局で放映されるであろう。
特に、テレビでの言動、印象は世論に大きな影響を与える。各候補とも、信念を曲げることなく、国民に向かって真正面から歯切れよく自らを訴えることだ。
それが自民党総裁選を盛り上げることに通じる。
私は安倍支持だが、自民党のため、日本の保守のため、各候補にはもっと奮闘して
もらいたい。

※なお、谷垣を加藤の亜流のように見る向きもあるが、それは違う。加藤は、60年安保闘争の時に、左翼伝染病に罹患している。
が、谷垣は、安中派(60年安保と70年安保の中間)の世代であり、加藤のような「赤い
尻尾」は付いていない。

(文中・敬称略)

最後に、谷垣の出馬会見要旨と政権構想要旨を記しておく。

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■谷垣財務相・記者会見の要旨

(1)出馬の理由
国民のために何が出来るかを問いかけ、総裁選に立候補しようと決断した。これからは私の考えを正直に訴えたい。

(2)今後の取り組み
これからは、「谷垣色」を出さないといけない。(旧宮沢派の流れをくむ各派は)発想、
政策的センスは似通っている。同じ政策、方向を目指して頑張ろうという可能性はある。
(20人の推薦人確保は)同志の努力で出来ると思う。総裁選は小泉政治を総括し、
引き継ぐべきものは引き継ぐが、足りないものは付け加えるという議論をすべきだ。

(3)外交・靖国問題
小泉内閣の外交は日米関係を中心に大きな成果を上げた。ただ、日中で首脳外交が滞っているのが問題だ。「政経分離」でいける分野はかなり限定されている。
(靖国神社参拝問題については)A級戦犯の分祀(ぶんし)論にかなり近い考えを持っている。強制する考えはないが、ボールは靖国神社に行っているのではないか。

(4)消費税
まず歳出削減を徹底的にやっていくことは必要だ。(引き上げ幅を)5%としたのは、
債務残高のGDP(国内総生産)比を安定的に下げるためにそれくらい必要だろうという
ことだ。(財政再建の道筋を)明確に示す必要がある。

■政権構想の要旨

【アジア外交】
日本と中国、韓国とは現在、首脳同士が会うことすらままならない異常な関係だ。早急に関係を改善し、北朝鮮問題や地震、津波、感染症対策などのため、必要あれば、
すぐ意見を交わせる「アジアホットライン」を構築する必要がある。
障害が靖国参拝問題であることは否定できない。この問題は、日本が主体的に判断
すべきだが、相手国の政治や国民感情に配慮することは外交上必要。
首相の立場にあると、心の問題と行動の区別は海外で理解されにくい。首相として
行動することで対中・対韓関係を悪化させたままでは国益を損なう。首相になった時は靖国参拝を控える。

【地域の活力回復】
地域が滅びれば、国の荒廃につながる。私が最も心配しているのは「シャッター通り」だ。改革が目指す社会は、弱肉強食の冷たい社会であってはならない。
競い合いつつ、本来日本人が持つ「家族、地域社会の絆(きずな)」で支え合う社会、
国民と国家が信頼の絆で結ばれる社会を築くべきだ。
地方自治体間での税収偏在の是正に取り組む。法人住民税、法人事業税の配分などの見直しに取り組む。

【財政再建】
2011年の基礎的財政収支の黒字化に加え、10年代半ばまでに対国内総生産(GDP)比での債務残高を安定的に引き下げる必要がある。
消費税を社会保障の財源と位置づけ、10年代半ばまでのできるだけ早い時期に少なくとも10%の税率とする必要がある。

参照:自民総裁選 谷垣氏が正式出馬表明 政権構想 (2006年7月28日 讀賣新聞)

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2006/07/29

盧武鉉くんは「真性のバカ」だった

私は、これまで、このブログで政治家を厳しく批判してきた。加藤紘一氏や野中広務氏など、個人名を挙げたこともめずらしくない。が、彼らを「バカ」呼ばわりしたことはない。
ただ、唯一例外がいる。それは、韓国の大統領である盧武鉉くんである。なぜなら、
彼の場合、そう表現する以外にないからだ。

このことは、過去のエントリーでも何度か書いた。たとえ書き手(私)の人間性が疑われてもと・・・

ところで、盧武鉉くんが就任当初、「日韓関係重視」を表明していたことはご存知だろうか?彼は、2003年6月に初来日する直前、次のように述べているのだ。
「これまでの韓国の強硬発言が日本の世論を柔軟にしたことはなく、いつも日本の強硬派の立場を強めた」と述べて、「未来志向の日韓関係」をアピールしたのである。

しかし、7月28日付の朝鮮日報の記事を読むと、これは単に日本の世論を意識した
パフォーマンスであったことが解る。
そういう認識は、本質的な部分では、この大統領にはない。要は、イイカッコをしたい
だけの田舎役者であるにすぎないのだ。

28日付の朝鮮日報には、盧武鉉くんが大統領選で当選した直後(就任する前)の発言まで掲載されていて、彼の正体を知るうえで非常に興味深い記事になっている。
ただ、朝鮮日報の日本語訳は読みづらいし、補足したいところもあるので、解説を兼ねて要約したい。

-------------------------------------------------------------------

韓国の李鐘奭統一相が、今回の北朝鮮のミサイル発射に関して「北朝鮮の説得に最も失敗したのはアメリカ」という「たわ言」を吐いたこと。
そして、その李発言を盧武鉉くんが擁護したというニュースは、26日の「北朝鮮に対する国際的有志連合を構築せよ!!!」の中で紹介した。

28日付の朝鮮日報によると、そんな発言をする統一相と、それを擁護する盧武鉉くんに、さすがの与党・ヨルリン・ウリ党からも批判の声が上がっているという。

李統一相にもイライラするし、盧武鉉くんにも不満がある。しかし与党だから非難ばかりはしていられない。盧武鉉くんとともに歩むのは負担が大きすぎる。が、だからといって簡単に決別するのも難しい…
ウリ党の政治家たちは今、そんな鬱屈した気分に陥っているらしい。

前回のエントリーでは触れなかったが、実は盧武鉉くんは、李統一相を擁護する際に、「北朝鮮の首を締めろとでも言うのか」「アメリカが成功しなかったと言ってはいけないのか」という物言いをしたのだ。
それで、与党の議員たちも、さすがに「もう付いていけない」と思い始めたようだ。が、
まだ大統領の任期は1年半も残っている。そこで、「さて、どうしたものか」と頭を抱え
込んでしまった。ウリ党の議員たちは、そんな感じなのだ(笑)

しかし盧武鉉くんは、2002年12月の大統領選でも同じような発言している。
曰く「それなら妻を捨てろと言うのか」「反米だからどうだと言うのだ」
当時の側近たちは、この発言と、その中に込められた盧武鉉くんの識見を誇りに思ったという。やはり、盧武鉉くんも、それを支持したウリ党の議員たちも、最初から程度が
知れていたということだ。

「大統領の政治顧問と呼ばれた金元基・前国会議長も、『(政権が)発言の高い代償を払っている』と嘆く。しかし、まさに大統領のその言葉を『たった一言で攻守の立場を
逆転させてしまう、持って生まれた話術』『口では金大中前大統領より一枚上』と絶賛した3年半前の与党を振り返れば、まさに隔世の感がする」と、朝鮮日報も強烈に皮肉っている。

盧武鉉くんは大統領に当選してから、外交や安全保障の専門家と次々と会談。その席で、一貫して「反米ではいけない理由とは何ですか?どんな不利益があるのですか?」と尋ねたという。
そして会談した後、側近たちに向かって、「私の疑問にきちんと答えられた専門家は1人もいなかった」と話し、次のように言い放った。

「弟はいつも兄のカバン持ちをしていた。ところがある日、弟が兄に向かって“自分の
カバンなんだから自分で持てよ”と言った。すると、兄はしばらくボーっとしていたが、
弟の顔を見て何も言わずにカバンを持ったそうだ。みんな長い間、“反米は損をする”と考えていただけに過ぎないのだ」(爆笑)

以上の内容は、朝鮮日報の記事に書かれていることだから、多少の誇張はあっても
ウソではなかろう。
何といっても韓国は、我が国より政権のメディアに対する圧力がず~っと強い国だから、中傷記事を書くわけにはいかない。批判も事実に基づいていなければ、とんでもない
報復を喰らう。
しかし、盧武鉉くんは「真性のバカ」だね。発想も例え話も高校生以下だろう。

政権初期に盧武鉉くんの側近だったというあるベテラン議員は「アメリカに対してあんなに意気揚々としていた盧大統領が、渡米すると、すぐにアメリカのご機嫌を取るような
言葉を口にし、帰国するとまた“反米だからどうだと言うのだ”派を意識して、言葉を変えるのを黙って見ていた」と語り、苦笑いしたという。
つまり、訪米した時は米国にオベンチャラを言い、帰国すると尊大な態度に豹変し「反米だからどうだと言うのだ」を口にする、それが盧武鉉くんなのだ。

最近のウリ党は、「盧大統領の外交はアマチュアリズムの極致」という野党の非難に
反発するどころか、国会で野党と一緒になって政府を責め立てる。
もう盧武鉉くんを見捨て、我が身を守ることに必死なのだ、ウリ党の「機を見るに敏」な連中は。

「政権初期の中心人物と話してみると、“彼らはアメリカに渡すものは仕方ないから渡すとしても、簡単に渡さずに苦痛を感じさせてから渡すようにすべき”という認識だった。
これでは、アメリカ人の口から“これが同盟といえるのか”という言葉が出ないわけは
ない。韓米関係がこれだから、この体たらくになるのは当然だ」
この辛らつな批判は、盧武鉉政権の外交安保チームに身を置いた元官僚の発言で
ある。

同盟国の米国が求めるものは仕方がないから渡す。が、渡すのは苦痛を感じさせて
からだ!
つまり盧武鉉くんの政権は、出発した時から、「同盟国・米国に対しては、まず苦痛を
与える。話を先に進めるのはそれからだ」そんな心構えだったのだ。
このような「心構え」から出てきた発想が「北東アジアのバランサー論」である。もう、
その外交政策の結末がどうなるかは、最初から見えていたということだ。
今の韓国の立場は「北東アジアのバランサー」ではなく「北東アジアの孤児」。

だから、あの、けっして利口とは思えないブッシュ大統領から「an easy man」と軽く扱われ、ローレス国防次官補からも「北東アジアのバランサー論は米韓同盟と両立できない概念だ。もし同盟を変えたければいつでも言ってくれ。希望通りしてやる」と恫喝されたわけだ。

韓国は今、経済の3大指標である成長率・物価・経常収支が同時に悪化している。韓国銀行(中央銀行)によると「今年上半期の経常収支は2億7000万ドル(約315億円)の
赤字」(2006/07/27)だそうである。
これが、すべて盧武鉉くんのせいだとは、誰も言わないであろう。が、暴力事件やストライキが頻発する労使関係を放置(容認)し、高額所得者を敵視する盧武鉉くんの姿勢が少なからず影響を与えているのは間違いないだろう。

韓国人は、盧武鉉の時代を「失われた5年」と呼ぶことになるのだろうか???

参照:「帯に短したすきに長し」…任期1年半残した盧大統領 (朝鮮日報)

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2006/07/28

中国の「平和的発展」の実態とは?

●「海外での事故例」 (JI保険「海外での事故例」より一部抜粋)

=2004年度=
中国  バス搭乗中に悪路のためバウンドし、腰椎圧迫骨折。
(保険金支払額6,326,607円)
中国  転倒して左大腿骨骨折。手術を行い入院。
(保険金支払額4,319,430円)

=2003年度=
中国  腹痛・胃潰瘍となり現地で入院・手術。日本から家族が駆けつける。
(保険金支払額4,519,436円)

《[7.11]海外旅行保険への加入のお願い》 2005-7-14 中国留学.COM

上記の記事は、中国留学専門サイトに掲載されていた「日中文化交流センター」からの、中国留学生向けの「お願い文」からの抜粋である。

「お願い文」は、「ご出発まで間近となり、皆様ご留学へ向け着々とご準備を進めて
いらっしゃる事と思います。この度、センターではご留学の皆様に、海外旅行保険へのご加入を強くお願い申し上げます」という書き出しで始まる。
そして、上記のような例を挙げて、「海外では、日本と異なり自由診療となるため治療費は医療機関、病気・ケガの程度によって異なります。一覧は目安として下さい」と、強く注意を促している。

JI保険は、JTBとAIGの合弁会社であるから、このデータの内容は信用できる。
つまり中国では、骨折の治療で430万円~630万円、胃潰瘍の手術で450万円の医療費を要するということだ。
中国では元々医療費が高いうえ、不必要な検査や投薬が日常茶飯事に行われているという。上記の金額は、保険会社が精査した結果のものであるから、不必要な検査や薬は含まれていないものと思われる。

では、保険会社が絡まない場合は、どのくらい医療費がかかるのか?


黒竜江省のハルビン医科大学付属病院に皮膚がんで入院し、治療を受けた末、死亡した老人(74)のケース。かかった医療費は、2カ月の入院・検査費140万元と治療に使用するという名目で病院が家族に薬局で買うように指示した医薬費410万元の計550万元(約8千万円)
カルテでは1日170キロの点滴など常識では考えられない治療が行われたことになっている。患者が買わされた医薬品は、医者が裏金を受け取っていた製薬会社の製品で、患者の治療には使われないものだった。

深セン市の病院でも、必要のない高額医療を患者に説明なく行い、120万元(約1千750万円)も請求したことが問題視され、世論の圧力に院長が辞職に追い込まれた。

北京駅で吐血した男性が救急車で病院に運ばれたものの、金がないことを理由に十分な治療が受けられず、痛みでのた打ち回りながら死亡した

(2005年12月30日 産経新聞 「中国の医療機関ずさん 皮膚がん治療費8000万円、
点滴1日170キロ」より抜粋)

癌の治療費約8千万円。
入院・検査費だけで約2千万円。常識では考えられない量の点滴と、治療には不必要な大量の薬で約6千万円。こんなことが、医科大学の付属病院でまかり通るのである。
そして、カネがなければ、のた打ち回りながら死ぬしかない。

ところで中国では今、次のような狂歌がはやっている。
「病院の門は大きく開いている。だけどお金がないから入れない」
「病気になったら焦る。焦る。病気になったら、計画経済が懐かしい」


中国ではやっている中国式狂歌である。最近、医療への不満をぶちまける歌が増えている。

計画経済が中心だったころは、職場が医療費を負担した。だが、市場経済化に伴って、国有企業が次々に解体し、多くの人たちが医療費を自分で工面しなければならなくなった。おまけに、病院は金もうけに走り、検査費だけで月給を上回ることも珍しくない。
貧しい人は病院に行けない
のだ。

中国の経済発展はめざましいが、国民の収入の差は大きい。国家統計局が都市住民の収入を調べたところ、上位10%の人たちに富の45%が集まっていた。下位の10%の人たちは2%も得ていない。

医療だけでなく、福祉や年金の制度もくずれたため、貧しい人たちの生活は悲惨だ。
このままでは5年後に社会がもたなくなる
、と政府系の賃金研究所でさえ警告している。

(2005年10月14日 朝日新聞【社説】より抜粋)

メディアは、中国の華々しい成長面ばかりを取りあげる。上記のような、中国の「負の
部分」を取りあげる記事も、最近はいくらかは増えてきているが、まだまだ少なすぎる。
だから、私は「負の部分」を中心に取り上げる(苦笑)

しかし、中国13億人のうち、医療保険に加入しているのは34%にすぎない。残りの3分の2は、医療費を全額自己負担しなければならないのである。
かつては、農村では人民公社が面倒を見てくれたし、者は朝日新聞の社説にも
あるように、国有企業が医療費を負担した。
が、今は人民公社は活動を停止し、国有企業も次々に解体され、残っている企業も
民営化を迫られている。

都市部の者の平均的月収は1万円程度とされるから、今の医療と保険の実態では、風邪をひいたくらいでは医者にはかかれない。
ましてや、無保険で収入の少ない人たちは、重症を負えば、それこそ産経新聞の記事にあるように「痛みでのた打ち回りながら」死ぬしかないのである。

中国には、1日の収入が1ドル未満(月収約3,500円未満)の貧困人口が1億7千3百万人もいる(アジア開発銀行報告)。その内、月収にして1,000円以下の人たちが8600万人を占める(国務院扶貧弁公室)。
こういう人たちにとって、今の中国は「絶望の大国」である。

以下は、今年1月16日の讀賣新聞朝刊に掲載された「中国『開発独裁』の代償」という、藤野彰中国総局長の署名入り記事の要約である。

記事は、「庶民は共産党を憎んでいる。心底憎んでいる。共産党以外の政党が許されたら、俺も参加するよ」という共産党員歴30数年の中国人の激烈な発言で始まる。

この藤野彰氏の知人である中国人は、「今の中国は社会主義ではなく、官僚資本主義。高級幹部は病気になっても国が全部面倒をみてくれる。金のない庶民は癌にでもなったら、死ぬのを待つだけだ」「社会の不公正は許し難い」と怒りを爆発させている。
つまり、一般の党員レベルでも中国共産党に対して抑えがたい怒りを抱いているということだ。

藤野氏は書く。
「彼に限らず、庶民レベルでは党を腐(くさ)す声は耳にしても、ほめ言葉などまず聞かれない。党を取り巻く、冷え冷えとした空気を実感する」
と・・・

そして藤野氏は、中国の「真の脅威」は、「驚異的な経済成長」や「急速な軍備増強」
ではなく、「共産党の威信が地に落ちるなか、独裁体制がシロアリが巣くう家のように、内側から溶解していくのではないか、その過程でどれだけの混乱が生じるか、という
不透明感にこそ内在している」

と指摘する。

この藤野氏の指摘は正鵠を射ている。
世界一貯めこんでいる外貨を、世界一稼いでいる貿易黒字を、貧困対策や極端な格差是正に回せない。

2004年の中国の軍事費は、実に843億ドル(約9兆5,000億円:ミリタリー・バランス2006)にのぼる。
一方において、巨額の費用をつぎ込まざるをえない有人宇宙船を飛ばす。このプロジェクトは「嫦娥工程」と呼ばれ、2024年までに有人月面着陸を実行する計画である。
米国でさえ、その費用対効果に耐えられず、「アポロ計画」を中断した。その「アポロ
計画」と同じか、それ以上のことを中国はこれからやるのだ、という。

人民の意志が反映されず、人民の生活実態を省みない政治を執行するしかない今の中国。
こういう全体主義的独裁国家にとっては、その体制を維持するために、軍事力の強化や国威発揚のためのプロパガンダ(「嫦娥工程」)が必要不可欠なのである。
そして、そのような巨額の国家予算の浪費が、さらに人民の生活を圧迫する。もう悪循環を繰り返すだけなのだ。

今の中国は「張子の虎」のようなものだ。藤野氏の言にあるように、シロアリが巣くう家のように、内側から溶解していくのではないか。
そこで、もっとも重要な問題は、その過程である。どのような混乱が起きるのか想像がつかない。

中央政府が、いくら警告を発しても言うことを聞かない地方政府や国有商業銀行。中央による統制が取れておらず、地方幹部の影響力が強いとされる人民解放軍。一方で、痛みでのた打ち回りながら死んでいく大勢の人民大衆。

李肇星・外相は「中国の発展の最大の特徴は平和的発展であり、植民地政策や帝国主義を行った以前の列強のような、他者からの略奪・他者への侮蔑・他者からの搾取といった方法は取らない」と述べている。(2004年3月8日「人民網日本語版」)
これは、中共指導部の常套句である。
が、内なる略奪、内なる搾取が続く限り、「平和的発展」などというのは「たわ言」にすぎない。本当に「平和的発展」を志向するのなら、軍備の拡張や宇宙開発計画などは
やめ、もっと民生面に資金を投入するべきである。
でなければ、中国は内側から溶解する。

今の中国を待っているのは「反平和的崩壊」だ!!!

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2006/07/27

加藤紘一の嫉妬と妄執

【はじめに】

皆さんは、権力闘争の根底にあるものは何だとお思いだろうか?

政治だから「主義・主張」があるのは当たり前である。もちろん「欲」もある。が、「嫉妬」もかなり大きな比重を占めるのである。その「嫉妬」は、時として「怨念」に転化することさえある。

この「嫉妬」が「怨念」にまで転化し、権力闘争の軸になったことは何度もある。有名な「角福戦争」などは、その典型だろう。
そして、「嫉妬」と「怨念」が、「主義・主張」の違いを超越した政権を生み出したことも
ある。いわゆる「自・社・さ」連立政権である。
小沢一郎に対する「嫉妬」と「怨念」が、何と自民党と社会党に「連立」を選択させたのである。

「憲法改正」を綱領に掲げ、「日米安保条約の護持」を党是とする政党と、「護憲と非武装中立」を党是とし、「日米安保条約の破棄」を主張する政党が連立しする。しかも、「護憲・安保破棄」の少数派から総理大臣を選ぶ。
日本の憲政史上でも稀有な出来事だが、権力闘争においては、こういうこともありうるのだ。

もちろん、自民党の場合は政権復帰願望も大きな動機であった。権力を奪回するためには、「主義・主張」になんかかまってはいられない。
が、社会党の場合は、小沢と、彼に追従した山花貞夫などの社会党右派に対する怨念が動機であったと言ってもよい。
それは、自民党との連立を主導したのが、反自民の急先鋒だったはずの社会党左派
だったことが証明している。

(注-1)「角福戦争」
ポスト佐藤(栄作)の座を争った田中角栄と福田赳夫による、政治権力をめぐる激しい
闘いを「戦争」に例えて呼んだもの。1970年ごろから田中が倒れる1985年まで続いた。
1979年の、いわゆる「四十日抗争」が、その頂点だった。

(注-2)「自・社・さ」連立政権
自民党、社会党、新党さきがけの三党による連立政権(1994年 ~1998年)。
この政権は、理念がまったく解らない。まさに、欲と嫉妬と怨念が生み出した政権だったとしか思えない。村山 富市(首相)と河野洋平(外相) と武村正義(大蔵相)の
三党首がテレビに出て、「私たちはリベラルです」と連立の意義を強調していたが、そのうさん臭さは噴飯ものだった。

結果は、野党に転落していた自民党の復権を社会党が助けた。それだけである。

-------------------------------------------------------------------

なぜ、権力闘争の根底に「主義・主張」の違いや「欲」だけではなく、「嫉妬」や「怨念」があると「前書」で書いたのか。
それは、最近の加藤紘一の言動を見聞きしていると、そのことを痛感するからである。
したがって、そのことを書くことで、「政治の醜悪さ」と「政治家の憐れ」を皆さんに解ってもらいたい、そう思ったのである。

最初に、加藤のヒストリーを書いておこう。

加藤紘一。
昭和14年(1939年)生、67歳。山形県鶴岡市出身。東京大学法学部卒。大学時代は「60年安保闘争」に参加。卒業後は外務省のキャリア官僚(チャイナスクール組)に
なる。
父は衆議院議員の加藤精三だが、1965年に急逝した父の後継になることを、このときは断り、7年後の1972年に初出馬し当選。大平派(宏池会)に加入。

政治の表舞台に登場するのは、1978年の大平内閣で官房副長官を務めた時からである。1984年には45歳の若さで中曽根内閣の防衛庁長官に就任。
1987年のポスト中曽根をめぐる権力闘争では、宮澤派(宏池会)の事務総長として陣頭指揮をとる。が、派閥領袖の宮澤喜一は竹下登(経世会)に敗北。
このころから加藤は、「宏池会のプリンス」と呼ばれるようになる。

1991年に宮澤内閣の内閣官房長官に就任。
1992年に、いわゆる「従軍慰安婦」問題について、官房長官として「当時の政府の
関与」があったことが認め、「お詫びと反省の気持ち」を表明した。
朝鮮半島出身者のいわゆる従軍慰安婦問題に関する加藤内閣官房長官発表
この談話が、翌1993年の河野洋平官房長官による「当時の軍が関与した強制連行」を認める「全面的謝罪」の伏線になるのである。
慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話

1994年の村山「自・社・さ」連立政権下では自民党政調会長に就任。
この政権を樹立する時、河野(当時自民党総裁)や野中広務、亀井静香らとともに、
重要な役割を果たす。その結果、野中は自治大臣・国家公安委員長として、亀井は
運輸大臣として初入閣。
つまり、全員がうまい汁を吸ったわけだ。ちなみに、その時の自民党幹事長は森喜朗(前首相)。

この年の8月、自民党政調会長として中国人民抗日戦争記念館を訪れた加藤は、「ここに来るのは長年の願望だった」「来年は終戦から50年。日本では、どう50年を迎えればよいか議論しており、日中戦争が本格的に始まるきっかけとなった盧溝橋を訪れることができたことは意義深い」と述べている。
この「日本では、どう50年を迎えればよいか(の)議論」が、1995年8月15日の「村山談話」として結実するのである。 

1995年の自民党総裁選では、現職の総裁であり、同じ宮澤派に属する河野ではなく、竹下派(経世会)の橋本龍太郎を総裁に擁立する。これは、河野が、派閥内の最大のライバルだったからである。
このことが99年の宏池会分裂(河野派の独立)の遠因になる。
橋本内閣の下では、3期連続して幹事長を務める。このとき、幹事長代理の野中氏と
コンビを組んで自民党の実権を握り、野中をして「魂の触れ合う 仲」と言わしめるようになった。

1998年に宮澤派を禅譲され、宏池会第6代会長(加藤派)に就任。派閥の後継争いに敗れた河野は、翌99年1月に麻生太郎(現外相)らとともに宏池会を離脱する。(宏池会の第一次分裂)

この年、自民党総裁選に盟友の小泉純一郎(現首相)が出馬する。
このころの加藤は、山崎拓(前副総裁)とともに小泉とは盟友関係にあった。いわゆる「YKK」であり、経世会(竹下派=竹下-金丸信-小沢)による自民党支配を打破することを目的に90年代初頭に結成された。
にもかかわらず、加藤は山崎とともに、盟友の小泉ではなく経世会の小渕恵三を全面的に支持、主流派を選択する。
結果は小泉84票。225票を獲得した小渕に惨敗した。

なお、このころの経世会は、既に金丸は議員辞職(1992年)し、小沢は離党(1993年)。実質的には、衆院は野中、参院は青木幹雄(現参院自民党議員会長)が仕切っていた。

このころから、「YKK」と呼ばれた山崎、加藤と、小泉の盟友関係に亀裂が生じ始める。

ところが1999年の自民党総裁選では、加藤は態度を一変させ、前回支持した小渕に
対抗して山崎とともに出馬する。結果は加藤、山崎の敗北。小渕が再選される。
このときから、加藤には逆風が吹き始める。

この総裁選に際し、小泉は積極的な動きを見せなかった。もちろん加藤支持も山崎支持も表明しない。そして次のように言った。
「YKKは友情と打算の多重構造だ。権力闘争を勝ち抜くには友情だけではダメだが、
打算だけでもむなしい」(1999年6月)。これに対して山崎は、「権力闘争が打算で何が悪い」と言い返した。
まさに権力闘争が、いかに非情なものであるかを物語るエピソードである。

-------------------------------------------------------------------

ここまでに書いた加藤の政治歴を見れば、このころ彼が、最有力の自民党総裁候補であったことがお分かりいただけたと思う。
45歳で国務大臣(防衛庁長官)に就任。その後は内閣官房長官、自民党政調会長、同幹事長(3期)を歴任した。しかも党内第二派閥(宏池会)の領袖である。加えて、政策に強く、外交にも通じている。
このころの加藤を評して、側近だった古賀誠(元幹事長)は次のように語っている。
「自民党の数多い有能な人材の中でピカ一。 宝と思っている」と・・・

この加藤が、なぜ失敗したのか?
世間も、永田町(自民党)も、加藤を自民党総裁の最有力候補とみなしていた。加藤
自身も、自分が最有力候補だと思い込んでいた。実は、そこに一番の問題があった。
よく言えば「プライド」、率直に書けば「うぬぼれと自信過剰」。
加藤は「自分は近い将来絶対に総理になれる。それなら、自分の美学を通して総理になろう」、そう考えたのである。

橋本総裁時代、幹事長-幹事長代理として加藤とコンビを組み、「魂の触れ合う仲」と公言した野中や加藤の側近であった古賀らは、加藤が総理総裁になるための「線路」を敷いていた。
1998年の参院選敗北を受けて、任期途中で引責辞任した橋本の跡を継いだ小渕は、まだ1年余りしか総理・総裁を務めていない。ここは、あと一期(2年)だけ小渕にやらせるべきだ。そうしなければ、最大派閥である小渕派(経世会)が納得しない。
小渕が正規の総裁任期をまっとうしたのち、その跡を加藤に継がせる。そして経世会と宏池会で自民党を牛耳る。
これが野中や古賀が考えていた「線路」であった。

そこで野中と古賀は、「多少、あなたの美学からすれば外れるかもしれないが、この
線路に乗れ」と勧めた。
ところが、加藤は、「いや、プロセスが大事だ」と拒否したのである。
野中たちは、「しかし、美学を通しても(総理に)なれなかったらどうするのか。総理に
なるプロセスは、多少見栄えが悪くても、総理になれば美学を通すことができる。まず、総理になることが大事なのだ」と説得した。が、当然、総理になれると思い込んでいた加藤は、そのプロセスを重要視して説得を拒んだ。
そして小渕に挑んだ加藤は惨敗、結果的に総理の座を棒に振ることになる。

加藤は、当時、米ニューヨーク・タイムズから「冷めた ピザ」と評され、国内でも「鈍牛」、「ボキャ貧」、「真空総理」などと揶揄されていた小渕に我慢がならなかったのであろう。
しかも国内では、バブル崩壊後の金融危機が表面化し、我が国は「国難」に直面して
いた。こういう状況を「真空総理」には任せておけない、加藤はそう思ったに違いない。
だが、当時、自民党の最大の実力者で、「魂の触れ合う仲」だった野中は、加藤に真正面から敵対した。

加藤はこのとき、「金丸さんが小沢さんを寵愛したように、野中さんも古賀さんを寵愛している」と述べて、自民党総裁選における自分の敗北が、まるで側近の古賀の裏切りであったかのような発言をしている。
が、加藤派の議員は、「加藤さんが113票も獲得できたのは、古賀さんのおかげだ」と、加藤の邪推を否定した。

加藤と山崎は、この総裁選の後、完全に干される。
が、事態はすぐに急変する。小渕が2000年4月2日に、脳梗塞で倒れたのだ。そこで
急遽、後継の総理を選択する作業に自民党幹部は取り掛からざるをえない事態に追い込まれた。
まず名前が挙がったのが、自民党総裁経験者で唯一総理大臣に就任していない
河野。宮澤や後藤田正晴などの重鎮が推薦した。が、最終的に選ばれたのは森だった。

内閣官房長官として小渕を支えていた青木は、「(小渕が意識不明の状態なのに)何かあれば万事よろしく頼むとの指示をいただいた」として首相臨時代理に就任。
赤坂プリンスホテルの一室に森幹事長、村上正邦参院自民党議員会長、野中幹事長代理、亀井政調会長(肩書はいずれも当時)を召集して、談合で森を後継総裁にする
ことに決めたのだ(いわゆる五人組による談合)。
加藤派の池田行彦総務会長(当時)にはお声がかからず、加藤もこの動きをまったく
知らなかった。つまり、この時点で、加藤は完全に「番外地」とみなされていたのである。

ところが、この森首相が、誕生の経緯もあってか、国民から不評を買う。首相番記者
からも「サメの脳ミソとノミ の心臓」と揶揄されるほどだった。メディアは、「森喜朗」の
音読みにかけて「蜃気楼内閣」とまで呼んだ。
ここでまた、加藤の「うぬぼれと自信過剰」が頭をもたげてくる。
そして加藤は、山崎を連れ立って、野党が提出した森内閣に対する不信任決議案に
賛成しようとするのだ。加藤派と山崎派が野党に同調すれば不信任決議案が可決される。つまり、内閣総辞職か解散しかない。

これが、いわゆる「加藤の乱」である。
が、野中幹事長(当時)の切り崩しや小泉(当時森派会長・現首相)の頑強な抵抗に
あって、この反乱は鎮圧される。
特に加藤派は、側近と言われていた古賀を始め、宮澤喜一、池田行彦、丹羽雄哉、
堀内光雄などの幹部を中心に半数以上が加藤から離反。(宏池会の第二次分裂)
これを機に、加藤は急速に党内影響力を失くす。

2002年には、加藤の金庫番と言われた佐藤三郎元秘書が、2億8,000万円の所得隠しと約1億円を脱税した疑いで逮捕され、加藤自身も政治資金の私的流用などが暴かれて3月に宏池会会長を辞任し、自民党を離党した。
が、国民の批判は収まらず、4月には衆院議員辞職に追い込まれる。

ところが加藤は、翌2003年11月の衆院総選挙に無所属で出馬、11期目の当選を果たす。そして、その後、自民党に復党。旧加藤派を引き継いだ小里派(現谷垣派)にも
復帰。
しかし、2005年9月には、谷垣禎一(現財務大臣)が派閥の後継に決まると小里派を
離脱する。

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ここまで読んで、皆さんは加藤のことを、どう思われたであろうか?

エリート、プライドが高い、うぬぼれ屋、政局音痴、ケンカの仕方を知らない、中道左派的思想、親中派、などは確実に読み取れる。
が、私はプライドやうぬぼれの裏に、小泉首相に対する嫉妬と怨念を感じるのである。
加藤が総裁選で小泉を支持しなかったのは1998年だけではない。95年に小泉が初出馬した時も、対立候補である経世会(竹下派)の橋本擁立の核になっている。

なぜか?
加藤の中では、YKKにおいて「総理総裁になる資格があるのは自分だけ」と思っていたからである。小泉は、それこそ論外。
山崎はそれを承知していて、まず加藤を総理総裁にする、そして自分は党幹事長として加藤を支える、と公言していた。
(当然、総理の座を加藤から禅譲してもらう、という前提付きだが)

ところが、「プライド」と「うぬぼれ」が裏目に出たうえ、元々が政局音痴でケンカべたと
きているからどうしようもない。
田中角栄元首相は「自分の努力で幹事長まではなれる。だが、総理総裁は努力だけではなれない。巡り合わせだよ」と初当選の挨拶に伺った額賀福志郎(現防衛長官)に語ったという。
が、加藤の場合は「巡り合わせ」ではなく、自業自得だと思う。

そんな加藤にとって、よりによって「格」がず~っと下のはずの小泉が総理大臣になった。しかも、自分のアドバイスには耳を傾けない。それどころかアドバイスと逆のことを
やる。
にもかかわらず国民的人気が高い。
もう、小泉は許せない。後継総理は絶対に「反小泉」でなければならない。そう加藤は思っているのではないか。

加藤は、6月20日のテレビ番組で、自らの総裁選への出馬の意思を聞かれ、こんな
“本音”をのぞかせている。
「私自身は過去5年間いろいろあり、傷も癒えていないので、今回は、そういうことは
しません」
この「今回は、そういうことはしません」という発言を聞いて、加藤の元側近だった谷垣派議員は「『次回がある』と思っているのかなあ……あの人もギラギラ感が抜けないね」と苦笑した、という。

加藤が「非安倍」にこだわるのは、安倍晋三官房長官のアジア外交に対する姿勢を
懸念するからだけではない。政界の急速な世代交代に待ったをかけ、もう一度、自らの活躍の場を確保したいという思惑もあるのだ。
もう1回だけ総理になる(もしくは総理に影響力を及ぼすことのできる)チャンスをくれ!本気でそう思っているのである。

加藤は今、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という心境にまで陥っている。
福田康夫不出馬が確定した今、加藤に政策が近い「ポスト小泉」候補は、かつての
派閥の弟分、谷垣禎一財務相である。
が、加藤は谷垣について、「閣内にいて、小泉さんの庇護の下にいるイメージがある。靖国問題やアジア外交でも谷垣さんは(安倍や麻生と)ちょっと違うがはっきりしない」と評価する姿勢をまったく見せない。(06/07/24 讀賣新聞)
加藤は、谷垣が小泉内閣にいる=小泉に協力していることが、まず気に食わない。そして谷垣派は、本来は自分の派閥だ。谷垣は自分よりも格下だという思いをぬぐい切れないのである。

私は、加藤を「政界のはぐれ鴉」だと思っている。そして彼を見ていると、権力に対する妄執は、ここまで人間を醜悪な存在にさせるのか、と思うと同時に、「政治家の憐れ」を感じずにはいられない。

かつて、政界の策士と呼ばれ、今年5月に死去した松野頼三は、小泉首相の「政治の師」でもあった。
その小泉首相は、松野が亡くなった際に「政局の動き、権力闘争、自らやってきた人だから。派閥間の争い、派閥内の争い、人間の嫉妬。そういう点を実に詳しく教えてくれた」と語っている。

加藤にも松野のような「政治の師」がいれば、少しは彼の政治家人生も変わったものになったのであろうか???

(文中・敬称略)

(注)
「経世会」は、現在は「平成研究会」に改称されています。が、今でも「経世会」の方が
メディア、永田町とも通りがよい。

参照1:異才作家 『大下英治』 が書き下ろす迫真の政治ドラマ
参照2:第147回国会 決算行政監視委員会 第3号
参照3:佐藤三郎・加藤紘一議員元秘書の逮捕について
参照4:「ポスト小泉」への道(11)未練断ち切れぬ「YK」

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2006/07/26

北朝鮮に対する国際的有志連合を構築せよ!!!

どうやら中国も北朝鮮に対してキレたようだ。

24日付の聯合ニュースによると、中国4大国有銀行の一つである中国銀行(BOC.UL)が、北朝鮮の米ドル紙幣偽造事件との関連で北朝鮮の口座を凍結したという。

ハンナラ党の朴振議員が24日、明らかにした。朴議員は、今月の15日から米国ワシントンで開かれていた米・韓議員外交協議会に出席した際、米国の前職及び現職高官の双方からこの話を聞いたという。

朴議員は、口座凍結は中国が北朝鮮との取引において、事実上の制裁を発動したものであるとしている。

米財務省は、昨年9月に北朝鮮の米ドル紙幣偽造に関する一斉調査を実施し、マネーロンダリング(資金洗浄)の容疑でマカオのバンコ・デルタ・アジア(BDA)の北朝鮮口座を凍結させた。
この時、同時にマカオ内の中国銀行支店に対しても調査を行っていたが、中国銀行の情報については外交上の配慮により公表しなかったとされる。

BDAで凍結された北朝鮮の資金は2,400万ドル(約28億円)という(サウス・チャイナ・モーニング・ポスト)。現在BDAは、マカオ金融管理局の管理下にあり、売却も視野に
入れた改革を行っている。

北朝鮮はBDAの口座凍結を受けて、近隣の中国国有銀行などに口座を移したが、米国の調査拡大に伴ない、中国銀行も北朝鮮の口座を凍結する事態に至ったわけだ。

なお、讀賣新聞(07/25)によると、北朝鮮は中国の人民元紙幣の偽造も行っている
ようだ。今回の国有・中国銀行による北朝鮮口座の凍結は、このあたりも影響していると見て間違いない。

いかに中国とはいえ、自国の紙幣を偽造されたのではたまらない。朝鮮族が多く住む東北地区(吉林省や黒竜江省)では、偽造人民元がまかり通っていると言われる。
今後も中国当局は、北朝鮮によるマネーロンダリングの摘発を強化せざるをえないはずだ。それは、米国の圧力をかわすことにも通じる。

-------------------------------------------------------------------

中央日報によると、金正日は今月初め、平壌を訪問した米国人に「中国は信じられない国」と話していたという。
(米国人とは、米カリフォルニア大バークリー校のロバート・スカラピーノ名誉教授の
ことか?そのころ、北朝鮮の招きで平壌を訪れていたからだ)

ちょうどミサイル発射事件で北朝鮮に世界の耳目が集まっている時だった。極秘で行われた長時間の面談で、金正日は「中国は決定的な瞬間、我々を助けてくれない」と中国指導部に対する不信感を露わにした。
17日、ソウルの外交消息筋が明らかにしたものだ。

この金正日の中国に対する不満は、中国の回良玉副首相と武大偉外務次官が、10日に平壌を訪問した時に明らさまになった。
回副首相とと武外務次官は、国連安保理の制裁決議を避けるために平壌を訪問した。が、ミサイル発射を事前に中国に伝えなかった北朝鮮は、この時も中国の説得を聞こうとしなかった。金正日は面談することさえ断ったそうだ。

そこで中国は、それまでこだわっていた「議長声明」から一転して、「安保理決議案」を逆提案するという態度に変わった。
それでも「決議案」から国連憲章7章を削除することを条件にしたのは、北朝鮮への
配慮ではなく、イランを始めとする中国の友好国のためだったようだ。
何しろ、米国が「圧政の前線基地」として名指しで非難した6カ国の内、5カ国(北朝鮮を含む)が中国の友好国なのである。
北朝鮮の件で、経済的・軍事的制裁を可能にする「7章」を容認すれば、他の国、特に
イランが危ないと中国が懸念したのは無理もない。

聯合ニュースと中央日報の情報を併せ読むと、どうやら中国と北朝鮮の仲たがいは
間違いないようだ。

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我が国も、着々と北朝鮮に対する圧力を強めている。

北朝鮮がミサイルを発射した即日に、北朝鮮籍の貨客船「万景峰92」号の半年間入港禁止を決定した。また翌6日には、全国の自治体に、朝鮮総連関連施設への課税厳格化の徹底を指示している。

政府はこの18日に、北朝鮮への送金停止や北朝鮮関連資産の凍結などの金融制裁を、8月上旬にも発動する方針を固めた。
23日には、北朝鮮と取引関係がある一部の国内企業に対し、大型トラック、チタン
合金、炭素繊維などミサイル・大量破壊兵器の開発につながる恐れのある約40品目に関して、輸出先などの報告を義務づけるため、外国為替・外国貿易法の政令改正の
検討に入った。

そして24日、ミサイル発射に対する制裁措置として、北朝鮮人の入国拒否が初めて
発動された。拒否の対象になった北朝鮮人5人は、我が国の市民団体が開く、戦時中死亡した朝鮮半島出身者の遺骨返還に関する集会に参加するため、市民団体関係者を通じて法務省入国管理局に申し込みをしていた。
3人が遺族で、2人は北朝鮮の対外機関「朝鮮対外文化連絡協会」の職員とされている。

この件に関して安倍晋三官房長官は、25日午後の記者会見で、「北朝鮮のミサイル
発射に伴い決定した9項目の制裁措置に該当する。人道上も人権上も問題はない」と強調した。
また政府筋は、「5人の中には対日工作に深くかかわる者がいるという情報を得ている」と指摘している。

このように、我が国も北朝鮮に対する制裁措置を順を追って強化しているのである。
安保理決議が、国連加盟国に、北朝鮮のミサイル及び大量破壊兵器開発への資金、
物資、技術の提供阻止を「要求」している以上、決議の採択に重要な役割を果たした
我が国が率先するのは当たり前ではあるが。

政府は、さらに、当初の「7章」を含む決議案の共同提案国になった英仏を始めとする
7カ国や豪州などにも共同歩調を取るように呼びかけている。おそらくドイツやカナダ
などの欧米諸国、そして対パキスタンの関係からインドも同調するであろう。

日・米を始めとする主要国が北朝鮮制裁に動き、中国とまで仲たがいした。BDAに続き中国銀行までも北朝鮮の口座を凍結した。
こうなると、北朝鮮が次に何をやらかすのか予想がつかない。ヤケになってさらに暴走するのか、あるいは「ポーズとしての話し合い」に転じるのか、今のところは何とも判断がつかない。

ただ、2,400万ドル(約28億円)を凍結されただけで、米・朝による直接対話を求め、
米国が応じないとみるやミサイルを発射した国である。逆にみれば、それだけ行き詰っているということだ。
暴発するのか、ギブアップするのか、それは分らない。が、たとえ暴発する危険性が
あっても、さらに追い詰めるしかない。それしか、この国から「拉致被害者」を取り戻す
手段は、もうない。

ところで、安保理決議が忠実に履行されるよう国際的圧力が強まる中で、相変わらず
ノー天気な人たちがいる。

-------------------------------------------------------------------

聯合ニュースによると、韓国の李鍾ソク(イ・ジョンソク)統一相は23日、同日放映された SBSのテレビ番組に出演。そこで「(北朝鮮のミサイル発射について)韓国政府の主導的役割が限界に達しているのではないか」との問いかけに対し、「中国と韓国の失敗を認めると同時に、国際社会のほかの国にも北朝鮮の説得は難しかった」と述べた。
そして、あろうことか、国際社会のほかの国の内、「米国に最も多くの失敗があった」との見方を明らかにしたのである。

で、盧武鉉くんは、その李統一相の発言に対してどう反応したか?25日、盧武鉉くんは、「客観的に失敗であってもそうでなくても、韓国の閣僚が『その政策は米国が成功したものではないと考える』と発言してはいけないのか」と述べたのである。
「米国に最も多くの失敗があった」と「その政策は米国が成功したものではないと考える」は表現が違うといえ、意味するところは同じである。北朝鮮のミサイル発射について、盧武鉉くんも「米国のせい」と思っているということだ。

今月12日の南北閣僚級会談(韓国・釜山)で、「韓国を守ってやっているのは金正日の『先軍政治(ミサイルや核開発)』だ。その代償としてコメ50万トンと軽工業の原材料を寄こせ」と恫喝され、反論すると、席をけって北へ帰ってしまった北朝鮮の代表。
ここまでコケにされても北朝鮮を擁護し、責任は米国にあると言う。
盧武鉉くんとその政権は、己が正しいと思っているのだろうが、それが、韓国までもが北朝鮮とともに国際社会から孤立する道である、ということが解らないのであろうか?

安保理決議について、日・米はもちろん、同じ立場だったはずの中・露からも何の情報ももらえなかったという。かかってきた電話は、「中・露案に賛成してくれ」という、ただ
それだけだった。
「北東アジアのバランサー」は、既に「北東アジアの孤児」になりつつあるんだよ!盧武鉉くん!!!
いい加減、目覚めたらどうだ!言うだけムダか???

-------------------------------------------------------------------

韓国は今、6カ国協議に復帰するまで、北朝鮮に対する食糧支援を停止するとして
いる。が、この調子では、いずれ再開するだろう。中国は、北朝鮮の体制崩壊を望んで
いないから、食料などの支援は続けるはずだ。
が、中国が金融制裁に、部分的にしろ踏み切ったのは影響が大きい。マネーロンダリングしたカネは、金正日ファミリーや軍の経費に当てられていると見られているからだ。
我が国も、予定どおりに制裁措置を進めていくとともに、国際社会に同調を求めていかなければならない。

北朝鮮に対する国際的有志連合を構築せよ!!!

参照1:中国も事実上の制裁、中国銀行の北朝鮮口座を凍結 (07/24 聯合)
参照2:「中国信じられない」金正日総書記が不満を吐露 (07/18 中央日報)
参照3:北朝鮮への金融制裁、8月上旬に発動へ (07/19 読売新聞)
参照4:北朝鮮への兵器転用物資輸出、報告義務づけへ (04/24 讀賣新聞)
参照5:安倍氏「入国拒否問題ない」 対北制裁措置に該当 (07/25 産経新聞)
参照6:李統一部長官「ミサイル問題では米国が多くの失敗」 (07/23 聯合)
参照7:盧大統領、李統一部長官の「米失敗発言」擁護 (07/25 聯合)
参照8:北側代表「北の先軍政治が南の安全を守る」 (07/12 中央日報)

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2006/07/25

崩壊に向けて過熱する中国経済

アルビン・トフラー(Alvin Toffler・1928年10月3日 )の名前は、ご存知の方も多いと
思う。米国の評論家、作家、未来学者で、「第三の波(The Third Wave )」(1980年)は、我が国でもベストセラーになった。
このトフラー氏が中国に関して興味深い指摘をしている。

以下は、讀賣新聞の7月23日付朝刊に掲載された寄稿文からの引用である。

いまや世界中の人々が、中国の街路は黄金か純銀で覆われていると思っているようである。だが、中国の輸出品の一つに対して、冷笑とまでは言えなくとも、少なくとも疑いの目がますます強まっている。実際この製品は、莫大な金額の負担を中国に迫るとともに、ひょっとしたら世界経済を危機に陥れかけているのかもしれない。

その製品とは、車でもコンピューターでも、その部品でもない。それは情報である。とりわけ、金融と経済に関する統計数字である。(引用終わり)

その典型としてトフラー氏は、次の二つを例として挙げている。

一つは、2005年12月20日に中国・国家統計局から発表された、2004年のGDP(国内総生産)に対する修正である。修正後は、GDP総額が何と約2,800億ドルも増えた。
これによって中国は、イタリアと英国、フランスを抜き世界第4位の経済大国になったのである。が、2,800億ドルと言えば、石油大国・サウジアラビア一国分(2005年)にまるまる匹敵する。
つまり、統計上の修正で、サウジアラビア一国分に相当するGDPが突然に増加したのである。

もう一つは、2006年 1月12日付の朝日新聞が報じた、中国の05年の貿易黒字額が
前年の3倍に膨らみ、過去最高の1,019億ドル(約12兆円)に達したという発表である。
この黒字額は、05年の日本の貿易黒字額を上回り、中国が世界最大級の「貿易黒字大国」に躍り出たことを意味する。

これらの統計数字に対し、米Business WeekはGDPは「偽物」であり、貿易黒字は
「幻影」ではないか、という記事を掲載したとトフラー氏は書いている。

まだある。

中国の公式統計では、金融機関が抱える不良債権額は今年3月末時点で1兆3,100億元(約1,640億ドル)、不良債権比率は8%(中国銀行業監督管理委員会)。
ところが、英Financial Timesによると、世界4大会計事務所のひとつ、アーンスト・アンド・(E&Y)は、5月に発表した「世界の不良債権(NPL)に関するリポート」の中で「中国の不良債権は控えめに見積もっても9,000億ドル以上で外貨準備を上回る規模」との見込みを示した。
実に公式統計の5.5倍。不良債権比率は40%を超えることになる。

E&Yは中国でもかなりの実績があり、この数字は信頼できるものと思われる。が、E&Yは5月12日付声明で、この中国の不良債権に関する数値を「誤りだった」として撤回した。裏で、中国当局の「中国からE&Yを締め出す」という強烈な恫喝があったという。

つまり、世界は、中国のプラス面であるGDPも貿易黒字額も、そしてマイナス面である不良債権額も、すべて信用していないということだ。

-------------------------------------------------------------------

なぜ、こういうことが起きるのか。

それは、このブログで何度も指摘してきたように、中国は中央集権的独裁国家ではなく地方分権型の独裁国家であるからだ。人民解放軍でさえ、必ずしも中央の統制が効いているとは言えず、各地方の共産党幹部が強い影響力を持っているとされる。
したがって、各地方政府が自らに都合のよい数字を中央に報告する。中国全体の融資総額の約60%を占める4大国有銀行(形の上では民営化されつつある)や多くの国有企業も、不良債権隠しを図る。

つまり、今の中国は「巨大なブラックボックス」と化しているのである。

このブラックボックスの経済をトフラー氏は、次のような三つの側面を持つと分析している。

①依然として巨大な農民経済である。
②低技術の廉価な力の経済である。
③知識集約型経済である。

つまり中国は、後進的な農業経済が依然として大きな比重を占め、一方で集約型の低レベルな経済と高度な知識集約型経済が共存している。

そしてトフラー氏は、さらに次のような説明を加えている。

このそれぞれが、極めて異なる経済的な前提の下に活動している。しかも、さらにまずいことに、少なくとも経済の一部は、共産主義時代に作られたルールに沿って動き、
残りの部分は擬似的な市場制度の中で活動しているのである。
(抜粋)

解りやすく言うと、農業は共産党官僚による収奪の対象にされ、廉価製品を大量生産する経済は低賃金の民工(人間扱いされない出稼ぎ農民)によって支えられ、先進的な知識集約型経済は国家の保護下にある。
相変わらず赤字を垂れ流す国有企業が存在する一方で、ルールの整備されていない市場経済下で経済はバブルの様相を呈している。
トフラー氏の説明を解説すると、こうなるのである。

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胡錦濤率いる中央政府は、科学的発展観に基づく第11次5か年計画(2006~10年)において、以下の点を中国が抱える重大な問題として指摘している。

①経済構造が不合理で、自主的革新の能力が低く
②経済成長方式の転換も遅れており
③エネルギー資源消費量が過大で、環境汚染が深刻化していること
④雇用における矛盾がかなり突出していること
⑤投資と消費の関係がアンバランスであること
⑥都市部と農村部、地域間の発展のギャップ及び一部の人たちの間における所得
  格差が引き続き拡大していること

この問題意識は正しい。
さすがの中国政府も、このままでは立ち行かないと自覚しているのだ。

同計画は、上記の問題点を解決するために次のような課題を掲げた。

①エネルギーの消費効率を改善する
②リサイクル経済を発展させる
③環境問題を解決する
④農村部の所得を引き上げ、三農問題(農業・農村・農民)を解決する
⑤地域間・階層間における不均衡を是正する
⑥経済成長の牽引役を投資から消費へシフトさせる

要するに、「調和の取れた文明型経済モデル」への大胆な転換を提起したのだ。そして、そのために望ましいGDPの年平均成長率を7.5%に設定した。
にもかかわらず、全国各レベルの地方政府は、中央政府の指標を30~60%も上回る
目標値を策定したのである。(中国政府の「秘密」扱い情報誌「改革内参」:2006年5月第110号)
この「改革内参」の調査・報告は、経済専門家の房維中・中国マクロ経済学会会長が執筆した。
報告は、成長率を競い合う地方政府の暴走により中央の大方針が空洞化している実態を指摘し、「このままでは全国が混乱に陥り、収拾不能になる」と警告している。

つまり中央政府が問題点を正確に掌握し、正しい処方箋を示しても、特権階級と化し、己の私利私欲で頭が一杯の地方政府の幹部にとっては、「馬の耳に念仏」なのだ。

そこで、最新の経済情報である。

-------------------------------------------------------------------

中国国家統計局が18日発表した06年第2四半期(4~6月)の国内総生産(GDP)の
速報で、前年同期比の成長率が実質11.3%の高い伸びとなった。上半期(1~6月)の実質成長率は10.9%。03年から続く10%前後の高成長は、固定資産投資と貿易黒字に依存しており、投資の過熱に対する懸念がくすぶり続けている。

上半期のGDPの内訳は、公共投資と設備投資を合わせた固定資産投資の総額が、
前年同期比29.8%増。上海や広東省など沿海部だけでなく投資熱は内陸を含む中国全土に広がっている。

一方、上半期の輸出は同25.2%増で前年同期の伸び(32.7%増)に及ばなかった。
輸入は同32.3%増と、14%増だった前年の伸びを上回ったが、上半期の貿易黒字は
同約55%増の約614億ドル。輸出依存の経済成長と減らない黒字は、対中貿易赤字を抱える米国との摩擦を激化させる可能性がある。

外資による直接投資は同2.7%増と微増にとどまった。一方、通貨供給量は6月末段階で同18.4%増、銀行融資は上半期で約5割増で、中央銀行の中国人民銀行は過剰融資にたびたび警鐘を鳴らしている。

中国のGDP伸び率、実質11.3% 06年4~6月期 (07/18 朝日新聞)

トフラー氏の指摘を待つまでもなく、この数字を鵜呑みにするわけにはいかない。が、GDPの伸び率が、中央政府が望ましいとする年平均成長率7.5%を大幅に上回っていることは間違いない(もちろん、これは不合理な経済運営の結果であり、内実は数字に表れたほどの実態はないと思われる)。
固定資産投資も3割近く伸び、相変わらずバブルは収まりそうもない。上半期の貿易
黒字は何と約55%増。銀行融資は上半期で約5割も増えている。融資の約60%を国有銀行(元を含む)が占めているにもかかわらず、このザマだ。
まさに「秘密」扱い情報誌「改革内参」の報告が指摘した「このままでは全国が混乱に陥り、収拾不能になる」という道を「まっしぐら」なのである。

それもこれも、中央政府が地方政府を制御できない、国有銀行さえ抑えられないという、今の中国の体制的欠陥が原因なのである。
ルールなき「擬似的な市場制度」の上に、共産党独裁という「政治的制度」が乗っかっている。そして共産党は分権化され、富が社会的に極端に偏っている。

経済を運営する上で欠かせない経済的統計数字さえ正確に掌握できない中央政府。その政府を無視して暴走する地方。国有銀行でさえ中央銀行(中国人民銀行)の言う
ことを聞かない。誰も経済の正確な実態がつかめない。
過剰投資、過剰融資、過剰黒字、過剰成長、この「四つの(見せかけの)過剰」が、
トフラー氏が言うところの「 実際この製品は、莫大な金額の負担を中国に迫るとともに、ひょっとしたら世界経済を危機に陥れかけているのかもしれない」のである。

不良債権額を始め、経済的統計数字もあてにならない国に投資するべきではない。

日本企業は、今後の中国投資を自粛せよ!!!

それが、国家及び国民のためである。

関連エントリー:崩壊に向けて一歩進んだ中国

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2006/07/24

いわゆる「富田メモ」について(最終)

もう、これで最後にしますが、前回のエントリーに対して次のような疑問が寄せられて
います。したがって、私の見解をこの場で述べておきたいと思います。

昭和63年(1998年)4月28日付の富田メモにある発言は、3日前の25日に行われた
昭和天皇の記者会見に関するものではないか。
つまり、25日の会見でお述べになったことの真意を、後日(28日)になって天皇ご自身が補足され、それを富田・元宮内庁長官がメモしたものであると。

朝日新聞も同じことを書いている。
「メモは、天皇が闘病中の88年、最後の誕生日会見直後の天皇とのやりとりだった」と。

しかし朝日新聞は、同じ記事の中で、会見中の天皇のご発言について「何といっても
大戦のことが一番いやな思い出」としか書いていない。
讀賣新聞も、「(日本が戦争に進んだ原因をめぐる質問に)人物の批判とかそういうものが加わりますから」として、言葉を濁されたと書いている。
産経新聞も讀賣と同様で、「(戦争に進んだ最大の原因は、の質問に)人物の批判とか加わりますから」と口を閉ざされたとしている。

ネット(もちろん新聞の過去記事も)で調べたが、昭和63年(1998年)4月25日の昭和
天皇会見の記事が見つからない。したがって、会見内容の全容は分らない。
が、「何といっても大戦のことが一番いやな思い出」とは語っているが、「人物の批判とかそういうものが加わりますから」として個人に言及されるのを避けられたことだけは
間違いない。

しかるに、明らかにされた「富田メモ」では、奥野、中曽根、藤尾、松岡、白取、筑波、
松平と、固有名詞が連発されている。また「松平の子の今の宮司」という表現まで出てくる。
昭和天皇が、「25日の会見で述べたことの真意を補足したもの」とすれば、ここまで
固有名詞が出てくるであろうか?しかも「松平の子の今の宮司」にまで言及している。
松岡や白取(白鳥)という名前が出てくるのはよく解る。が、「松平の子の今の宮司」
まで出てくるに至っては、私は、極めて疑問に思う。

そして、次の発言である。

戦争の感想を問われ 嫌な気持を表現したが それは後で云いたい
そして戦後国民が努力して 平和の確立につとめてくれた ことを云いたかった
"嫌だ"と云ったのは 奥野国土庁長の靖国発言中国への言及にひっかけて云った積りである

これは、本人ではなく、まったくの「第三者の解説」に聞こえる。昭和天皇のお話しぶりをご存知の方は、皆そう感じるのではないか!

「筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」という言い回しについても、第三者である
ことが分る。
読者の方のコメントにもあったように、テレビ朝日の「サンデープロジェクト」で、櫻井よし子氏が、ソースを示したうえで「筑波宮司が上奏文の形で、何度も陛下にご説明申し
上げていた」と述べていた。

つまり、昭和天皇と筑波宮司の間柄は、「聞いたが」という第三者的関係ではないのだ。「聞いたが」ではなく「知っていたが」の関係なのである。

また、侍従長は戦前の「内大臣」(戦後に廃止)に相当する。要するに天皇の側近で
あり、家柄に由緒ある方が多い。一方の宮内庁長官は、しょせん官僚。富田・元長官も警察官僚上がりである。
したがって、宮内庁長官が天皇陛下に、「ご発言の真意を訊く」という構図は考えられないのだ。ましてや、朝日新聞も書いているように、当時の昭和天皇は「闘病中」の御身であられた。
したがって、宮内庁長官としては、誰よりも天皇陛下に近い侍従長に訊く、これがもっとも自然なのである(というか、そうするしかない)。

「富田メモ」にある「Pressの会見」を「28日の記者会見」と読むのではなく、「25日の
昭和天皇の記者会見」と解釈する意見は、そうかもしれないと思わせるところもある。
が、仮に「富田メモ」の内容が、その「25日の昭和天皇記者会見」の真意を補足した
ものであるとしても、富田・元長官の相手は、故・徳川義寛侍従長であったと確信する。

そもそもメモは、写真をご覧になればお分かりのように、後でゆっくりと書いたものではない。話を聞きながら、その場で速記したものと見える。
宮内庁長官が、天皇陛下の御前で、そのお言葉をメモするなど考えられない。
やはり、「25日の昭和天皇記者会見」の真意を、徳川・元侍従長から28日に聞き、メモに取った。そして、徳川・元侍従長の解説には、徳川氏個人の主観が大いに含まれていた
そう解釈するのが自然だと思う。

なお、徳川義寛氏は、1988年(昭和63年)4月13日にその職を辞している。したがって「富田メモ」の日付(4月28日)のころは現職ではない。
が、徳川氏は2.26事件の起きた1936年(昭和11年)11月に侍従になり、以来52年の長きにわたって昭和天皇の側近を務めた、側近中の側近である。「昭和史の【奥】の
生き字引」とも言われた人物だ。

昭和天皇の「ご真意」を知るには、当時は、この人物に訊くしかなかった。

【追記】
昨日までとは打って変わって、今日はメディアも政治家もこの問題には沈黙。なんか、「遠い過去の話」のような感じです。
山崎拓氏や加藤紘一氏も、福田不出馬のショックに打ちのめされた感じの話題ばかり。やはり、もう「富田メモ」に言及しても「政治的効果」がないと悟ったのでしょう。
私も、今回で終わりにします。

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やはりねつ造だった「天皇発言」

富田朝彦・元宮内庁長官(故人)が残していたとされる、「昭和天皇のご発言メモ」に
関しては、どうやら「故・徳川義寛侍従長のメモだった」というのが真相のようだ。
この情報は、昨日の午前3時の時点で、「正成」と名乗る読者の方がカキコされていたのだが、ソースが明記されていなかったので取り上げなかった。
が、別の方から、午後になってソースが明示された情報が送られてきた。

このソースは、証拠写真付きだから間違いないと思う。
朝のサンデープロジェクトで、加藤紘一氏や菅直人氏が、メモが真実であるという前提で「天皇のご意向を無視できない」とか、あれこれ言っていたが、どう釈明するのだろう。
以下に、証拠写真を掲載する。日本経済新聞で公表されたメモの裏面である。

富田・元宮内庁長官のメモ裏面Memo2_5              
             63.4.28 [■]
☆Pressの会見                            
[1]   昨年は
  (1) 高松薨去間もないときで
    心も重かった
  (2) メモで返答したのでつく
  していたと思う
  (3) 4.29に吐瀉したが その前で
    やはり体調が充分でなかった
  それで長官に今年はの記者
  印象があったのであろう
    =(2)については記者も申して
    おりました
 
[2]  戦争の感想を問われ
  嫌な気持を表現したが
  それは後で云いたい
  そして戦後国民が努力して
  平和の確立につとめてくれた
  ことを云いたかった
  "嫌だ"と云ったのは 奥野国土庁長
の靖国発言中国への言及にひっかけて
云った積りである


富田・元宮内庁長官のメモ表面Memo3_3        
               4.28 [4]
  前にあったね どうしたのだろう
  中曽根の靖国参拝もあったか
  藤尾(文相)の発言。
 =奧野は藤尾と違うと思うが
  バランス感覚のことと思う
  単純な復古ではないとも。

  私は 或る時に、A級が
  合祀され その上松岡、白取
  までもが、
   筑波は慎重に対処して
  くれたと聞いたが

                      
〇       松平の子の今の宮司がどう考
余そ  えたのか 易々と
り う    松平は平和に強い考が
閣で  あったと思うのに 親の心子知
僚す  らずと思っている
も が    だから 私あれ以来参拝
知か  していない。それが私の心だ
ら多
すい

     ・ 関連質問 関係者もおり批判になるの意

-------------------------------------------------------------------

もう、お読みになればお解りだと思う。
日本経済新聞がスクープしたメモには、前段があったのである。それは公表されたメモの裏側に書かれていた。
なぜ、[1][2]と来て[4]に飛んでいるのかは分らない。ただ、文意は[1][2][4]と連続して
いるので、[3]を抜かしただけだろう。

まず言えるのは、これは昭和天皇の発言を記したメモではない。記者会見を開き、記者から「戦争の感想を問われ」るような身分の人物のものである。
そしてメモは、そのときの記者会見の内容を控えたものだ。

以下は、私のエントリーに最初に情報をカキコしてくれた「正成」さんの分析である。

1.メモはプレスの会見を筆記したものである。
2.昭和63(1988)年4月28日の記述である。
3.質問に対する答えは率直な感想を述べているように読み取れる。発言内容を事前にチェックされる立場の人間ではない事が判る。
4.高松宮様に対して薨去という言葉を使っている事から宮家ではなく 、仕える立場の
人物の発言と読み取れる。
5.「(3) 4:29に吐瀉したが」のくだりは客観的な表現で自身の事ではない。
6.戦争の感想を問われた時「嫌な気持を表現」している人物である。
7.あまり閣僚を知らない人物である。
8.会見時の発言に「そうですか」が多かった。
9.靖国神社の松平永芳宮司を松平の子と呼ぶ事から近親者で年配者である事が
判る。

以上の事から考えて、このメモの発言者として最も適当な人物は徳川侍従長である
事は明白です。
理由は以下の通りです。
a.徳川侍従長のが勇退日は昭和63(1988)年4月末日。(会見の有無は確認できず)
b.徳川侍従長の以前からの発言と相似している。
c.前出の1~9の指摘事項に全てあてはまる。

では昭和天皇陛下の発言とした場合、以下の矛盾点が生じます。
イ.この日に昭和天皇陛下の会見は報道されていない。翌29日の天皇誕生日での会見は記録に残っている。
ロ.記者が天皇陛下に対してこのような質問をするとは思えない。又、質問する機会もない。

-------------------------------------------------------------------

まさに的確な指摘だと思う。付け加えるとすれば、富田氏を「長官」と呼ぶ立場の人物でもある。

やはり、「ある政治的な意図を持った陰謀」だったのである。
この陰謀が、安倍晋三官房長官を狙ったものかどうかは分らない。が、少なくとも、靖国神社参拝を肯定する政治家、特に総理大臣か、それ以上に「次の総理大臣」を牽制する意図を持ったものであることは間違いない。

一体、誰が仕掛けたのか?
煙たい政治家のスキャンダルをデッチあげてメディアに流すのは、北朝鮮=朝鮮総連の常套手段だが、さすがに今回は関係がない。
考えられるのは、富田・元宮内庁長官のメモ(手帳)が手に入る立場にあり、首相の
靖国参拝反対派で、かつ親中国派の人物である。

富田氏の経歴と人脈を考えれば、そのような立場にありうる人物は、大体の想像は
つく。が、確証がないので、ここでは明らかにできない。

ところで私は、前回のエントリーの【追記】で以下のように書いた。


今日の昼の報道番組(テレビ朝日だったと思う)に、東条英機元首相の孫と皇室記者としての経歴が長い神田秀一氏が出演していた。(録画だと思う)

東条元首相の孫である由布子さんは、メモはねつ造だとして上で、「処刑後、毎年
お遣いの方が来られて『ご下賜』をいただいていた。『遺族の者たちは皆、元気にしているだろうか』と、ご心配をいただいた。そんな陛下が、ああいうことを仰るとは思えない」と述べていた。(以下略)
と・・・

やはり、事実を前にすれば、ねつ造はすぐに破綻するのである。

なお、この糊付けされた、もう一方の面の解読が達成されたのは、オーマイニュース
編集長の鳥越俊太郎氏によれば、「ゴミ貯の2ch有志による地を這うようなローラー
作戦の結果」だそうである。
改めて、ネットの威力に感服した。

「富田メモ」を、検証することなく仰々しく取りあげたメディアや政治利用した政治家は、頭をまるめろ!!!
天皇陛下の発言をねつ造した、不敬の輩を激しく糾弾する!!!

-------------------------------------------------------------------

「奥野国土庁長の靖国発言」とは、1983年の奥野誠亮氏による「国家社会の代表が、代表として(靖国神社を)お参りできないようでは、将来、事があった場合どうなるのか」という発言を指すと思われる。
この奥野氏、87年(竹下内閣)の国土庁長官時代には「私は侵略という言葉を使うのは、たいへん嫌いだ。あの当時、日本にはそういう意図はなかった」とも発言しており、なかなかの硬骨漢だった。
従軍慰安婦問題でも「従軍慰安婦は商行為」と発言し、積極的に反対論を展開した。

「中曽根の靖国参拝」とは、当時の中曽根康弘首相による、1985年8月15日の靖国
神社公式参拝を指すと思われる。
このとき、野党や中国が猛反発した。その結果、中曽根氏は86年から参拝を中止。
以後、首相による靖国参拝を自粛するのが、当たり前になった。

「藤尾(文相)の発言」とは、1986年(中曽根内閣)の藤尾正行文部大臣によるの「日韓併合は当時の両国代表の合意に基づいて行われた。韓国側にもいくらかの責任は
ある」を指すと思われる。
藤尾氏は、韓国の猛抗議を受けた中曽根首相の辞職要求を拒否し、結局罷免された。

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【追記】
これは、「うひゃ、こんなことになっておるのか」からの引用だが、「昭和天皇独白録・寺崎英成御用掛日記」には、以下のくだりがあるという。


昭和の最後の2年間、私は宮内庁を担当していました。昭和天皇について知りたいことはたくさんありましたが、その一つは、なぜ1975年11月を最後に靖国神社へ行かなく
なったのか、ということです。この問いに答えられる人は天皇の側近である徳川義寛・侍従長しかいません。何日も朝駆けし、出勤途中を待ちかまえて尋ねました。徳川侍従長は口が堅く、ほとんど無言の行でしたが、A級戦犯合祀と関係があるらしいこと、徳川侍従長も合祀に批判的だったことは分かりました。

後に侍従長を退いてから同僚の記者が取材した証言録によると、以下のような経緯でした。――靖国神社の合祀者名簿は例年、10月に神社が出してくるが、1978年は遅れて11月に出してきて、A級戦犯を合祀したいという。その10年ほど前に総代会はA級戦犯を合祀する方針を決めていたが、旧皇族である宮司の筑波藤麿さんが先延ばししてきたのに、宮司が代わると間もなく合祀を実施した。徳川氏は「松岡洋右さんのように軍人でもなく病死した人も合祀するのはおかしい」などと問いただしたが、押し切られた。

「靖国神社は元来、国を安らかにするために奮戦して亡くなった人をまつるはずなのであって、国を危うきに至らしめたとされた人も一緒に合祀するのは異論も出るでしょう」「筑波さんのように、慎重な扱いをしておくべきだったと思いますね」と、徳川氏は語っています。

-------------------------------------------------------------------

「富田メモ」とほぼ同じ内容が書かれている。

【追記2】
「松平の子」と記者会見で名指しされた松平永芳氏が、靖国神社宮司をお辞めになったのは1992年(平成4年)のことです。

1988年に天皇陛下から

「松平の子の今の宮司がどう考
えたのか 易々と
松平は平和に強い考が
あったと思うのに 親の心子知
らずと思っている」

と記者会見で非難されたら、即刻辞職するでしょう。

また、陛下が記者会見で「だから私あれ以来参拝していない。それが私の心だ」と仰せになられたとしたら、それこそ当時のメディアが、今以上に大騒ぎしたことでしょう。

これを見ても、「私は=昭和天皇」でないことは明らかです。

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2006/07/23

日本とは対決しなければならない

皆さん、弁護士というと「頭がいい」と思っておられる方が多いと思う。でも、現実はそうではない。

論理的思考能力と表現力、弁護士にはこれが欠かせないが、中には思考能力はあるが表現力が拙い、ひどい場合は、思考能力さえ疑わしい者もいる。
論理ではなく、パターンでしか考えられない。要するに、思考が類型化されてしまって
いて柔軟性に欠ける。
こういう弁護士、依頼者からすればサイテーだが、けっこういるんだね、こういう方。

なぜ、こういうことを最初に書いたかというと、例の盧武鉉くんが弁護士だからである。盧武鉉くん、「思考能力さえ疑わしい弁護士」の典型。
(なお、韓国の司法試験も、かなりの難関だと聞いている)

とりあえず、以下の発言を読んでほしい。


盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が今月11日に行われた与党ヨルリン・ウリ党の指導部および国会の統一外交通商委員会に所属する議員らとの晩さん懇談会で行った発言が
波紋を呼んでいる。

一部新聞は懇談会出席者の証言を引用し、盧大統領は「ブッシュ米大統領が北朝鮮問題を善と悪の対立概念で見ているため、説得が難しくなっている。米国は友邦なので厳しく責めることは出来ないが、日本とは対決しなければならない」と語ったと伝えた。

盧大統領「日本とは対決しなければならない」 (2006/07/17 朝鮮日報)

少し古いニュースだが、これを読んだ時から一度は紹介したいと思っていた。なぜなら、盧武鉉くんの思考パターンの典型的な例であり、彼の本音が如実に表れているからだ。

「米国は友邦なので厳しく責めることは出来ないが、日本とは対決しなければならない」

この発言を読まれて、どう思われたであろうか?

「盧武鉉だから、こんなことを言うのも不思議ではない」、それが最も多い感想かもしれない。が、それでは済まされないのである。
これは、昨年3月の「外交戦争」発言から、さらに進化(?)したと捉えて間違いない。
つまり、「日本は国家の敵」と宣言したに等しい。

このような、盧武鉉くんの考え方を受けて、韓国大統領府や政府高官がどのような発言をしているのか?

一連の報道された発言を読んでほしい。
すべて、今回の「国連安保理決議」に絡んだものである。

何となくしょぼくれた?盧武鉉くんNo



















-------------------------------------------------------------------

「(日本のように)早朝に会議を招集したからといって何が変わるのか」 (2006/07/07)

「東海(日本海)に向けて発射したので、韓国の安全保障上直接の脅威にはならないと思う」 (2006/07/07)

「(北朝鮮のミサイルは)どこの国も標的とせず」 (2006/07/10)

「今回の局面で一番得をしているのはどこだろうか。日本ではないか。そして次は米国の強硬派ではないか」 (2006/07/10)

「いまだに北朝鮮の問題が出れば習慣的に過剰に反応する人々がいるが、もう変わらなければならない」「安保独裁時代の亡霊を追い払わねばならない」 (2006/07/10)

「(国連安保理決議について)韓国は日本と行動を共にすることはないだろう」 (2006/07/11)

「われわれは(日本が主導している国連の対北朝鮮決議案に対し)中国が拒否権を
行使してくれることを期待する」 (2006/07/11)

「北朝鮮のミサイル発射を口実に“先制攻撃”のような危険かつ挑発的な妄言で韓半島の危機をさらに増幅させ、軍事大国化の名分にしようとする日本の政治家のリーダー
たちのごう慢さと妄動に対し、強く対応していく」」 (2006/07/12)

「韓国政府も、ミサイル発射に対して懸念を表明し再発防止に努めるべきだという点では同意しているが、第7章の適用には反対している」 (2006/07/13)

「日本主導による国連の対北制裁決議案は明白な侵略主義」 (2006/07/14)

「日本が露骨に軍事大国化を試みている。膨張戦略を中断せよ」 (2006/07/14)

参照:
http://japanese.chosun.com/servlet/japan.ArticleList.ArticleList?code=FAA

つまり、韓国の現政権の高官たちは、北朝鮮より我が日本国の方が脅威とみなして
いるのである。
「(北朝鮮のミサイル発射は)韓国の安全保障上、直接の脅威にはならないと」とみなす一方で、日・米が主導する「安保理決議案」に対しては、「韓国は日本と行動を共にすることはない」「中国が拒否権を行使してくれることを期待する」などと寝ぼけたことを言う。
挙句は、「(北朝鮮制裁決議案は)明白な侵略主義」「(日本の敵基地攻撃能力の保有論は)軍事大国化、膨張戦略」と過激なまでに非難する。

もう、「アホ」とか「バカ」というレベルを超えている。あえて言えば「大ボケ」かな(笑)

-------------------------------------------------------------------

以上のような発言を、政府高官たちにさせた後で口を開いた盧武鉉くんが何と言ったか!

「(米国は)明白な証拠もなしに北朝鮮を斬ろうとしている」 (2006/07/17 朝鮮日報

この発言は、米国の「イラク攻撃」を意識したものだ。「結局、大量破壊兵器なんてなかったではないか。にもかかわらず米国はイラクを斬った」と・・・
つまり盧武鉉くんは、「北朝鮮の偽ドルだって明白な証拠はない。にもかかわらず米国は金融制裁を課し、さらに圧力を強めようとしている」と文句を言っているわけだ。
んっ!明白な証拠もなしに!!!だって???
米国は、そこまで韓国を情報から疎外しているのか?それとも米国の言うことはウソで、北朝鮮の方が信用できるってか?じゃあ、韓国で摘発された大量の偽ドルは誰が作ったんだ?

「米国は友邦なので厳しく責めることは出来ない」とは、こういうことか。
でも、これって、事実をねじ曲げた「米国非難」、裏返せば「北朝鮮擁護」じゃないのか?

また、盧武鉉くんは、次のようにも発言している

「(日・米の北朝鮮への追加制裁動きに対し)過度に対応し不必要な緊張と対決局面を作り出す一部の動きは問題解決の役に立たない。特に留意しなければならない部分だ」とし、事実上反対の立場を表明した。(2006/07/20 朝鮮日報

これらの発言に対する日本政府の反応は、「いちいちコメントしない」、「あまり関係ない」 という、極めてそっけないものである。
「韓国の現政権とは何をしてもだめだ」ということらしい。

まあ、北朝鮮による「日本人拉致事件」に対して、「強制徴用から日本軍慰安婦問題に至るまで、日帝36年間、数千、数万倍の苦痛を受けたわが国民の憤りを理解せよ」(2005/03/01 中央日報)と、北朝鮮とそっくりな反応を示す大統領だから、それも当然か。
今回の事件に対する野党・ハンナラ党の言動を観察すると、「ハンナラ党政権に代われば少しは変わる」と日本政府が期待するのも無理はない。が、まだ盧武鉉政権はあと
1年半近く続く。

やはり、今後とも米国との連携を強化し、北朝鮮に対する国際的包囲網を強化していくしかない。当然、我が国を「敵」とみなしている盧武鉉くんの政権は相手にしない。

なお、韓国は今回、日・米はもちろん、同じ「国連憲章7章を含む安保理決議案」に反対する立場にあった中・露からも何の情報も得られなかったという。
つまり、「北東アジアのバランサー」は「北東アジアの孤児」になってしまった、ということだ。

我が国も、同じ轍を踏まないよう心がけなければならない。間違っても、民主党代表のような「日・米・中の関係を正三角形にし、等距離外交を行う」などという「たわ言」に
惑わされてはならない。

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【追記】
今日の昼の報道番組(テレビ朝日だったと思う)に、東条英機元首相の孫と皇室記者としての経歴が長い神田秀一氏が出演していた。(録画だと思う)

東条元首相の孫である由布子さんは、メモはねつ造だとして上で、「処刑後、毎年
お遣いの方が来られて『ご下賜』をいただいていた。『遺族の者たちは皆、元気にしているだろうか』と、ご心配をいただいた。そんな陛下が、ああいうことを仰るとは思えない」と述べていた。

一方、神田秀一氏は、メモが本物であるという前提で、「松岡氏や白鳥氏は国際連盟脱退や三国同盟推進の立役者で、昭和天皇が不快感を抱いていたという話は以前から聞いていた。メモは、『松岡や白鳥までも東條らと同じように合祀されるとはどういう
ことだ』というお気持ちではないか」という解釈を披瀝していた。

メモが本物か否かは別にして、昭和天皇は、いわゆる「A級戦犯」ではなく、その中の
ごく一部の人間に不快感を抱いていたということではないか。
この番組を視て、そう思った次第である。

【追記2】
メモの裏面が解読されたようです。


オーマイニュース編集長・鳥越俊太郎氏曰く、ゴミ貯の2ch有志による地を這うような
ローラー作戦の結果、糊付けされた、もう一方の面の解読が達成されたようである。

で、今の所

「私」=「徳川侍従長」説

が最有力のようである


【謎メモ】 日経ついに積みか?

読者の方、情報ありがとうございます。

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2006/07/22

いわゆる「富田メモ」について

昭和天皇が崩御される前年の1988年に書かれたとされる、75年11月を最後に靖国神社をご参拝されていない理由を記したメモが発見された。当時の富田朝彦宮内庁長官(故人)が天皇のご発言をメモに記し、家族が保管していたのである。

このメモの内容が今、メディアを賑わし政界を揺らしている。
が、本当のところは、どうなのか?メモは本物なのか?メモに記されている、昭和天皇のものとされるご発言は、天皇ご自身が仰せられたお言葉なのか?

------------------------------------------------------------------

昭和天皇は戦後、連合国による占領中は靖国神社に参拝されなかったが、1952年の主権回復後は75年までに8回参拝されている。が、1976年以降は、崩御されるまでの13年間、一度も参拝されなかった。
そのことについては、「三木武夫元首相が75年に私人の立場を明確にして参拝した
ため、天皇が参拝しにくくなった」という説が有力だったが、「A級戦犯合祀に不快感を抱いていた」との宮内庁関係者の証言も伝えられていたようだ。
今回のメモは、その宮内庁関係者の証言を裏付ける内容になっている。

以下に、新聞で報じられたメモの内容を記す。日付は1988年4月28。

私は 或る時に、A級が合祀され その上 松岡、白取までもが 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と 松平は平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている だから私あれ以来参拝していない それが私の心だ

「松岡」はA級戦犯として合祀された松岡洋右・元外相、「白取」は白鳥敏夫・元駐伊
大使、「筑波」は1966年に旧厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取ったが合祀していなかった筑波藤麿・靖国神社宮司を指しているとみられる。
「松平」は敗戦直後当時の松平慶民・宮内大臣を、「松平の子」は、その長男の松平
永芳・靖国神社宮司のことと推察される。

富田氏は1974年に宮内庁次長に就任。78年からは戦後3代目の同庁長官を10年間
務め、2003年11月に死去した。

【富田・元宮内庁長官のメモMemo














------------------------------------------------------------------

京都産業大学の所功教授(日本法制史)は、「メモが昭和天皇の発言を正確に記録したものだとすれば、慎重な検討が必要だ。
例えば、松岡、白鳥までもが、との趣旨の記述は、いわゆるA級戦犯の合祀に批判的だったのか、一部の合祀が不快だったのか、にわかに判断できない。昭和天皇が開戦の決定を認めたことについて申し訳ない気持ちを持たれていた可能性もある。
短絡的に不快感ととらえるのではなく、すでに公刊されている故・徳川義寛侍従長の
回想記と合わせ、再考する必要がある
」との見方を示している。

私も、この見方に概ね賛成である。
特に、「松岡、白鳥までもが」という箇所は、すごく引っかかる。
2人は、ドイツ、イタリアとの三国同盟を推進するなど、日本が米・英と対立を深めていく過程で重大な役割を果たした。加えて、松岡氏は判決前に病死、終身刑の判決を受けた白鳥氏は獄死。
東京裁判を肯定する立場から見ても、処刑された広田弘毅氏(元首相)や松井石根氏(元陸軍大将)と比較して受けた罰(結果)が軽すぎる。
したがって、開戦に反対だった昭和天皇が、戦争指導者、特に松岡、白鳥の両氏を快く思われておられなかったとしても不思議ではない。
が、だからといって、そのような感情を以ってして、昭和天皇が靖国神社参拝の是非にまで言及するだろうか?
「A級が合祀され、その上、松岡、白取までもが・・・・・・だから私あれ以来参拝していない。それが私の心だ」
と・・・

マッカーサー回想録」によると、昭和天皇は「私は、国民が戦争遂行するにあたって、政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負うものとして、私自身を、あなたの代表する諸国の採決に委ねるため、お訪ねした」と仰せられた。
それ以前に天皇は、自分の臣下だった者が、戦争犯罪人として裁かれることを心配し、木戸幸一内大臣に対し「自分が一人引き受けて、退位でもして収めるわけには、いかないだろうか」とも仰せられている。

確かに、自らのご意思に反して戦争へと突き進んだ者に対しては、不快の念は抱かれていたかもしれない。が、それがそのまま「だから私あれ以来参拝していない。それが私の心だ」に結びつくだろうか?
私は極めて疑問に思う。
やはり、所教授が指摘するように、「短絡的に不快感(が理由)ととらえるのではなく、
すでに公刊されている故・徳川義寛侍従長の回想記と合わせ、再考する必要がある
」と思う。

(なお、私は「東京裁判」を正当なものと思っていないし、特に、当時の「裁判所条例」に則っても、広田、松井の両氏は無罪だったと確信している)

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所教授は、メモの内容に「正確に記録したものだとすれば」という「前提条件」を付けている。私も同じ立場である。メモそのものは本物であろう。が、内容が真実であるかどうかとなると、それはまた別問題である。
「メモは手帳にびっしり張ってあった」そうである。もちろん天皇の前でメモなど取れない。後から書いたものであることは間違いない。また、メモの日付が富田氏が職を辞した年であり、天皇が崩御される前年というのも気になる。
つまり、退職直前の富田氏が、崩御前年の天皇から「なぜ靖国に参拝しないかの
理由」を聞かされ、後でメモに書いて手帳に貼り付けた。

10年間も宮内庁長官を務めていながら、なぜ退職直前にそんな話を天皇から聞かされるのか?しかも、天皇の崩御前年に。このあたりにもクサイものを感じるのである。

岩見隆夫氏の著書「陛下の御質問―昭和天皇と戦後政治」に以下の一節がある。

まもなく、富田朝彦宮内庁長官から中曽根のもとに、天皇の伝言がもたらされた。
「靖国の問題などの処置はきわめて適切であった、よくやった、そういう気持ちを伝え
なさい、と陛下から言われております」

これは、中国などの抗議を受けて当時の中曽根首相が「靖国参拝中止」を決めた1986 年のことである。つまり、当時から昭和天皇は、首相の靖国参拝を快く思っておらず、
そのご意向を富田氏も熟知していたということを示している。
であれば、もっと早く(1988年以前)に、その理由を聞かされる機会はたくさんあった
はずだ。

「A級戦犯」14人が靖国神社に合祀されたのは1978年。一般に周知されたのは、事実が新聞で報道された翌79年である。
が、それ以降も当時の太平首相は3回、鈴木首相は8回、中曽根首相にいたっては10回も参拝している。それが、85年の中曽根首相の参拝に限って中国が抗議してきた。その結果、中曽根氏は86年から参拝を中止するのである。
そして、富田氏から「靖国の問題などの処置はきわめて適切であった、よくやった、そういう気持ちを伝えなさい、と陛下から言われております」という天皇陛下の「ご伝言」が中曽根氏に届けられた。

ここに、大きな疑問がある。
昭和天皇が「A級戦犯」合祀後の、首相による靖国参拝を快く思っておられなかったと
すれば、なぜ78年から85年までは沈黙していたのか?
なぜ、憲法上の制約もあり、「政治的意思表示」と受け取られかねない発言を極端な
までに避けられる天皇が、極めて明確な「政治的メッセージ」を、この時にだけ、しかも当時現職の首相に送ったのか?
天皇を政治的に補佐する立場にある宮内庁長官を経由して、なぜ、あえてそのタブーが破られたのか!

現行憲法下の天皇制のあり方と、戦後の昭和天皇及び皇室を知っている者にとっては、まさに信じがたい出来事である。
この「信じがたい出来事」の答えは一つしかない。昭和天皇の「ご伝言」は、宮内庁長官の富田氏の「意図」だったのである。それ以外に理解のしようがない。

※(注)
それまで何の問題にもならなかった日本国総理大臣の靖国神社参拝が、1985年になって急に問題にされたのは、中曽根氏が「公式参拝」と宣言し、8月15日の「終戦記念日」に参拝したからである。しかも、安倍晋太郎外務大臣と竹下登大蔵大臣を引き連れていた。(肩書は当時)
また中曽根氏は、「戦後政治の総決算」や「(日本は)不沈空母」などの、当時としては極めて右よりの路線を鮮明にした。
これに対し野党が猛反発し、当時の野党第一党であった社会党は、田辺誠書記長まで派遣して中国をけしかけたのである。

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この当時から富田氏は個人的に、日本の首相による靖国参拝を苦々しく思っていた。
そして昭和天皇が、先の大戦の戦争指導者たちを快く思っておられず、特に、松岡氏と白鳥氏には特別の感情を抱かれていたことを知っていた。
そこで、天皇の思いを「政治的に利用」する。その第一弾が、1986年の中曽根氏に対する「お褒めのご伝言」なのである。

そう考えれば、つじつまが合う。

おそらく、1976年以降、崩御されるまでの13年間、天皇が一度も参拝されなかった
理由について、「(天皇が)A級戦犯合祀に不快感を抱いている」との「宮内庁関係者の証言」も、発信源は富田氏ではないか。
これも典型的な「天皇の政治利用」である。
そして、2003年11月に死去する前に、小泉首相の姿勢に危機感を抱いていた富田氏は、今回のメモを作成し手帳に貼り付けて「時限爆弾」として用意した。

もし、昭和天皇のご発言を本当に聞いたのであれば、メモに控えた走り書きを手帳に、もっと日本語らしく書き直して転記するはずである。
それが、時間が経ちすぎたために、当時の天皇のつぶやきを(年齢のせいもあって)
正確に思い出せないものだから、記憶にある部分だけを走り書きして、最後に「A級
戦犯が合祀された状態の靖国には参拝したくないのが私(天皇)の心だ」と(勝手に)「自らの思い」を書き加えたのである。

そう考えれば、納得がいく。

もう、昭和天皇も崩御されて久しく、己もこの世にいないから、発表されても何の責任も問われない。真偽の確かめようもない。
まさに時限爆弾だったのだ。

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富田氏が宮内庁に入る前の前職は、警察庁警備局長である。
当時の警備局長は刑事警察と違い、極めて政治との関わりが深い職である。公安警察も指揮下にあった。当然、政治家とも密接な関係になる。

そして、当時の中曽根内閣の官房長官は、富田氏と同じ警察庁警備局長を務めた後、警務局長、警察庁次長を経て警察庁長官(1969年)にまで昇りつめた元・警察のドン・後藤田正晴氏である。
後藤田氏は、警察官僚出身でありながら、リベラルで護憲派、河野洋平氏を寵愛し、
親中派で首相の靖国参拝には反対であった。
富田氏が、警察官僚の大先輩であり、当時「警察のドン」と呼ばれ、「カミソリ後藤田」と恐れられた後藤田氏の影響を強く受けていたことは想像に難くない。

中曽根内閣当時、後藤田氏の官僚に対する影響力は絶大なものがあった。
その結果、富田氏は、リベラル・護憲派・首相の靖国参拝反対の立場に立ち、昭和
天皇を「政治的に利用した」と思われる。こんな人物のメモなんか一文の価値もない。

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そのころ、後藤田と言えば中曽根、中曽根と言えば渡辺恒雄(当時・讀賣新聞主筆
論説委員長)、そういう関係ができあがっていた。
(なお、後藤田氏は、渡辺氏の前の讀賣新聞会長で、当時社長であった小林與三次氏-元・自治事務次官-とも懇意だった)

私は、昨日のエントリーで次のように書いた。

昨日の夜、自民党の派閥会長である津島雄二、丹羽雄哉、山崎拓、高村正彦の各氏と加藤紘一元幹事長らが東京都内で会談した際も、「福田氏は立候補しない」との見方で一致した、と。
産経新聞によれば、その会談において、安倍晋三官房長官が圧勝する可能性が出ていることに対して「総裁選が消化試合になるのはよくない」とする意見も出たという。
おそらく、この派閥による合従連衡の動きは、安倍氏に対する対抗馬擁立に連動して
いると見て間違いない。

ところで私が、この産経新聞の記事で注目したいのは、非安倍の派閥の領袖に集合をかけたのが、何と読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長と日本テレビの氏家斉一郎取締役会議長の二人であるということだ。
ここに、富田(03年死去)-後藤田(05年死去)-中曽根-渡辺恒雄-反安倍・反小泉派=靖国参拝否定=親中国というラインがくっきりと浮き上がってくる。

今回の件に関しては、朝日新聞に負けじと、讀賣新聞も力を入れている。20日の夕刊ごときは、第一面の半分以上が富田氏のメモ関連の記事で占められていた。

これに呼応して加藤氏は、さっそく「天皇発言のメモがきっかけになり、総裁選に向けて靖国問題をめぐる議論が改めて呼び起こされる」との見通しを示した。
山崎氏も「靖国参拝は外交上の問題として扱ってはならないとの議論が一部の政治家によって強調されてきたが、内政上の問題であることが明確になった」と述べている。

が、私は以下の麻生太郎外相の見解が正しいと思う

麻生氏は記者会見で、昭和天皇の発言メモが明らかになったことについて質問されると「天皇陛下のお話を政治に巻き込みたいという意図が感じられることについてお答えすることはない」と斬り帰した。
また、麻生氏はこれまで、天皇の参拝が中断した理由について、1975年に当時の三木首相が「私人としての参拝」を強調したことを理由として挙げてきたが、この日の会見でも「基本的に今もそう思っている」と断じた。

今回の一件は、総裁選の争点に、何が何でも「靖国問題」を据えたい勢力の陰謀という側面が強い。なぜなら、今の時期にこのメモが表に出てくる必然性は、まったくないからである。
おそらく黒幕は○○○○であろう。

権力闘争に「天皇の思い」まで利用する。私は激しい怒りを感じる!!!

参照1:昭和天皇「私はあれ以来参拝していない」 A級戦犯合祀 (朝日新聞)
参照2:自民4派会長らが会談 福田氏不出馬の見方が大勢 (産経新聞)
参照3:昭和天皇とマッカーサー会見の時
参照4:マッカーサー回想録 4.天皇との会見
参照5:靖国神社にA級戦犯 昭和天皇「合祀」に不快感 (讀賣新聞)

【特記】
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【追記】
福田康夫氏が21日夜、自宅前で記者団に対し「総裁選不出馬」を明らかにした。

これで、本命の安倍氏が、ますます有利になったことは間違いない。また、麻生氏は「富田メモ」の内容を否定している。
したがって、この「富田メモ」が自民党総裁選に与える影響は少ないだろうし、「靖国問題」が争点として浮上することもないと思う。

ただ、谷垣禎一財務相は、「古賀先生は靖国神社が今後、国民的支持を得ていくため、どうしたらいいか真剣に考えており、その点は大変共感する」(讀賣新聞)と述べている。
おそらく、丹羽・古賀派からの支持を期待しているのであろう。が、その後「陛下の発言が政治にどう影響を与えるかは発言を慎みたい。むしろ学問的に冷静な検討をしたら
どうか」(日本経済新聞)と発言を変えている。
やはり、「天皇の政治利用」は反発が大きいのである。
黒幕どもの陰謀は完全に失敗した!!!

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2006/07/21

福田不出馬:A・A体制を構築せよ!

自民党の福田康夫元官房長官が、9月の自民党総裁選に出馬しない可能性が高くなってきた。

自民党東京都連は、今月28日に都内で自民党・東京ブロック大会を開催する。この
大会には、次期総裁候補とみなされている安倍晋三官房長官、谷垣禎一財務相、
与謝野馨経済財政相の3氏が出席を決めており、マレーシアなどに出張する麻生太郎
外相もビデオ出演する予定である。
ところが、この大会に招待されていた福田氏は、自民党・東京都連の石原伸晃会長
(衆院議員)に対して、「出席は遠慮しようと思う。ちょうどそのころ、夏休みを取ろうと
思っているんだ」と欠席を伝えたという。
そのことが昨日、明らかになった。

これを受けて党内には、福田不出馬の観測が急速に広がってきた。なぜなら都連の
東京ブロック大会は、「ポスト小泉候補を招いて政策を聞く場」と位置づけられている
からだ。その大会を「夏休みだから」という理由で欠席する。
常識的に考えれば、福田不出馬と見る方が妥当である。福田出馬を期待していた山崎拓前副総裁も、出馬に否定的な見方を示した。
そこで、昨日開かれた森派の総会が注目を浴びたわけだが、会場を出てきた森喜朗
前首相の表情は硬いままで完全黙秘。
ところが、安倍氏に近い下村博文衆院議員が、「(東京ブロック大会への参加を)遠慮したいという返事が来ているということを今日、正式に聞きましたので出馬されないのではないか」とテレビカメラの前で発言。
それを受けて夕方のFNNスーパーニュースが、「福田氏が、ついにフェードアウト」と報じたわけだ。

が、日テレNEWS24によると、福田支持を公言している山本拓衆院議員(高市早苗衆院議員の夫)は、「まあ、これは本人に聞いてもらわなきゃ分らないですよ」と言葉を濁しただけだった。
自民党内からも、「福田氏本人は、水面下で依然として出馬するかどうか調整を続けている。小泉首相が、8月15日に靖国参拝した場合の影響などを見極めた上で最終判断を下す考えだ」という声も、まだ聞こえてくる。

しかし、福田氏自身が昨日、周辺(衛藤征士郎元防衛庁長官か)に不出馬の意向を
強く示唆したと言われる。
また、昨日の夜、自民党の派閥会長である津島雄二、丹羽雄哉、山崎拓、高村正彦の
各氏と加藤紘一元幹事長らが東京都内で会談した際も、「福田氏は立候補しない」との見方で一致した。

もし、下村氏が言うように福田不出馬であれば、「総裁選での安倍と福田の対立なんて、森派のできレースみたいなものだ。昨年の干からびたチーズ以上の芝居じゃないのか」と言った、古賀誠元幹事長の見立てが正しかったということだ。
「森派のできレース」かどうかは別だが。

スーパーニュースでは、顔を隠し声も変えた森派幹部が、「出るわけがないだろう。最初から負けると分っているのに。もう安倍で決まりだよ!」と語っていた。
確かに麻生氏や谷垣氏は、たとえ負けても「負け方」によっては大きなメリットがある。来年の参院選挙を考えれば、相対的に支持数の多かった相手候補を、安倍氏も無下に扱うわけにはいかないからだ。
が、安倍氏と同じ森派に属する福田氏にとって、敗北の「マイナス」はあっても「プラス」はまったくない。
結局、16日のエントリーで書いた、「(福田氏は)70%出馬する」という私の見方は、
「外れ」の可能性が強くなったわけだ。

一方で、古賀氏がこだわっていた「福田擁立」の目途が限りなく薄くなっていく中で、
旧宮沢派の流れを汲む丹羽・古賀派、谷垣派、河野派による「大宏池会」構想が現実味を帯びてきたようだ。
昨日行われた三派の幹部による会合で、「(自民党総裁選で)トップを独走する安倍氏に対しては、あくまでも対立候補を立てる必要がある」との認識で一致」した。
ANNニュースによると、今後は、麻生氏と谷垣氏を一本化する可能性も含めて情報交換を進めていく方針だという。

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昨日の讀賣新聞朝刊で、麻生氏の側近である参院議員・浅野勝人氏は、次のように
語っている。
「5年前は弱かったから生き残れた。小泉首相にとって危険度ゼロと思われたから、
麻生さんは人事で引き立てられた。でも、5年たってもこうか、と思われたらだめだ。
圧倒的な存在感をアピールすることが生き残る道だ」
(2001年4月に実施された自民党総裁選で、小泉純一郎氏は298票を獲得。麻生氏は、わずか31票だった)

同じ特集記事で、別の側近(私は衆院議員の松本純氏だと思う)は、このようにも語っている。
「我々だってバカではない。世論調査の支持率が4~5%の人(麻生)が、40%の人
(安倍)に勝てるわけがない。だが、それなりの得票をすれば、安倍も麻生を無視でき
なくなる。『A・A体制』で次期政権でも働ける」

つまり、今回は「参加することに意義がある」というわけにはいかない。あくまでも総理・総裁を目指す。が、たとえ負けても「善戦した」と評価されるところまで闘い抜く。それによって、また明日が拓ける。次期政権にも影響力を及ぼすことができるし、「次の次」の目も残る。
これが麻生陣営が描く戦略なのである。

麻生氏はこれまで、あくまでも福田氏にこだわる古賀氏とは疎遠だったが、丹羽・古賀派のもう一方の領袖である丹羽雄哉氏とは比較的に近い。丹羽氏は「大宏池会」構想にも積極的である。
麻生氏は、毛筆でしたためた手紙を丹羽氏に送り、「ぜひ二人きりで会いたい」と誘った。そして国会近くの料亭(瓢亭)で、丹羽氏を前に「大宏池会」構想に賛意を表し、
推薦人の協力を要請したという。
麻生氏は、丹羽派の鈴木俊一衆院議員などが名前を連ねることで20名の推薦人を
確保できた。ちなみに、5年前の推薦人のうち2人は離党し、2人は早々と安倍支持を
表明。
自分を除くと10人しか所属議員がいない河野派の麻生氏は、推薦人集めに苦労した
ようだ。が、丹羽派(古賀派ではない)の協力で、第一関門は突破できたわけだ。

できれば、「大宏池会」の統一候補として立候補し、圧倒的存在感をアピールして
「A・A」体制を築いてほしい。ただし、「靖国参拝の是非」や「中・韓との関係改善」は、
争点にしてほしくない。
「地方経済の活性化」や「正社員と非正社員との格差是正」「少子高齢化対策」
「財政再建」などで「総理・総裁の資格」を競ってもらいたい。
なぜなら、「靖国」「外交」「安全保障」「憲法」などにおいては、両氏の間には大きな
開きがないからである。無理に違いをアピールしようとすると、お互いの政治理念が
おかしくなる。

はっきり言って、キャリアだけではなく、政策力や交渉力能力でも麻生氏の方が安倍氏より上である。が、いかんせん人気で安倍氏に勝てない。それも圧倒的な差をつけられている。
今回の安保理決議の件でも、麻生氏は安倍氏と共に「タフな外交交渉」を指揮した。
安倍氏をして、「外相が麻生さんでよかった」と言わしめたほどである。にもかかわらず、世間の注目は安倍氏ばかりに集まる。
こればかりは仕方がない。世間が安倍氏のような雰囲気の政治家を好むのだから。

政治家は国民的に人気のある総理・総裁を望む。山崎派幹部で山崎氏の忠臣とされる甘利明政調会長代理(元労相)クラスの政治家でさえ、自身のブログで「国民的人気を醸成できる指導者を選出したいと思います」と書いて、安倍支持を表明している。
そういう時代なのだ。

福田不出馬となれば、事態はまた流動化し始めるであろう。麻生氏が「大宏池会」の
統一候補になれば、山崎氏や二階俊博経産相が「アジア外交の建て直し」を掲げて
立候補するかもしれない。
(私は、山崎氏の出馬は常識的に考えて99%ないと書いたが、状況が変わってきた)
また、古賀氏を尖兵として、外交を中心にした政治姿勢を変更するよう、麻生氏に圧力をかけてくるだろう。「大宏池会」の統一候補にしてやる、あるいは山崎氏や二階氏の立候補を取りやめさせるとかを交換条件に。
が、その辺は、政治家としてうまく立ち回るしかない。
何と言っても、自民党の総理・総裁選は、最高の権力闘争なのだから。

安倍、麻生のどちらが勝利を収めるにせよ、「A・A」体制を築き上げてほしい。
これが私の希望である。

-------------------------------------------------------------------

そうでなくとも、ここに来て突如、「昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を示し、靖国神社参拝を中止した」とする当時の宮内庁長官のメモが見つかった。
加藤氏は、さっそく「天皇発言のメモがきっかけになり、総裁選に向けて靖国問題をめぐる議論が改めて呼び起こされる」との見通しを示した。
山崎氏も「靖国参拝は外交上の問題として扱ってはならないとの議論が一部の政治家によって強調されてきたが、内政上の問題であることが明確になった」と述べている。

今後も、「なぜ、この時期に」というような問題が諸々と表出してくるかもしれない。しかし、「靖国参拝の是非」を総裁選の争点にするような愚かなまねをしてはならない。
福田氏は、総裁選不出馬の理由に「首相による靖国参拝の是非を安倍氏と争う場合、靖国問題そのものが争点になり、国論が割れ、国益をそこなう」こともその一つに挙げているとされる。これは、政治家として当たり前の見識である。
ところが、加藤氏や山崎氏のような政治家は国論を分裂させようとする。古賀氏も同列であろう。が、「靖国問題」で国論を分裂させることが「誰を利する」ことになるのか?
その点をよく考えなければならない。

安倍氏と麻生氏が組む「A・A」体制。今、望みうる自民党政権の中では最良ではないか。そのためには、麻生氏が「推薦人をやっと集めた」というレベルでは困るのである。
古賀氏とある程度は妥協して「大宏池会」の統一候補になる。元々政策は安倍氏よりも強いのだから、自民党が予定している街頭演説会(東京、鹿児島、北海道、大阪)や
テレビ討論で「政策に強い麻生」をアピールする。
そうすれば、側近の浅野氏が言うところの「圧倒的な存在感をアピールすることが生き残る道」が拓かれ、「A・A」体制も現実のものになるであろう。

福田不出馬が、ほぼ確定的になった以上、安倍-麻生で正々堂々と真正面から闘ってほしい。
そして、そのあとは「A・A」体制だ!!!

参照1:総裁選、福田氏は不出馬との見方が大勢 (朝日新聞)
参照2:自民総裁選:福田氏、不出馬強まる 安倍氏優位で展開か (毎日新聞)
参照3:福田氏 自民党東京都連の大会に欠席へ (日テレNEWS24)
参照4:「ポスト小泉」への道(8)麻生氏、狙いは「存在感」 (讀賣新聞)

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2006/07/20

左右の売国政治家を糾弾せよ!

「9月8日告示、同20日投開票」という日程が内定した自民党総裁選をめぐる動きが、
再び活発化している。特に反安倍の動きである。
世論調査によれば、自民党総裁選(投開票)まで余すところ2ヶ月となった時点でも、
相変わらず安倍氏がダントツのトップである。反安倍派にとっては「居ても立っても居られない」といった心境であろう。

讀賣新聞の最新の全国世論調査(7月8日~9日:面接方式)によると、「小泉首相の
後継に最もふさわしいと思う人」を自民党の5人から選んでもらったところ、安倍晋三
官房長官が46%で5割に迫る勢い。
次が福田康夫元官房長官の18%。麻生太郎外相と谷垣禎一財務相は大きく引き離されて、それぞれ4%と2%。ちなみに、残りの一人は不明(1%以下?)。

安倍、福田両氏の差は、先月の讀賣調査よりさらに3%開いている。讀賣は「北朝鮮のミサイル発射により、官房長官の安倍氏の記者会見が連日、テレビなどで放映されたことなどが影響しているとみられる」と書いている。
が、放映されたことよりも、毅然とした態度と物言いが好感度を増したと見る方が正確なのではないか。

では、自民党の地方組織はどうか。
共同通信が6月17日までに実施した、各都道府県連の3役(幹事長、政調会長、総務会長)を対象にした「次の総裁にふさわしい人」の調査では安倍氏50%、福田氏38%。

つまり人気ダントツの安倍が「本命」、「対抗」は福田という構図が、ますますはっきり
してきたわけである。
ただ、6月時点での調査とはいえ、地方組織における「福田支持」がけっこう高い。
また、この先の2ヶ月で何が起きるか分らない。何しろ、「政治の世界は一寸先が闇」
なので、必ずしも「本命・安倍で決まり」とは、現時点では断定できない。

やはり今後とも、安倍・福田を軸に、自民党総裁選レースという「熱い闘い」が、ギリギリまで展開されていくのではないか。

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ところで、「福田担ぎ出し」の中心になっているのは、所属派閥の森派ではなく他派閥の、しかもベテラン議員連中である。森派を除く各派閥の領袖クラスは、全員が非安倍だ(森派会長の森喜朗前首相は心情・福田支持)。
森派内で、福田支持を鮮明にしている有力政治家は、元防衛庁長官の衛藤征士郎氏
くらいなもの。若手を中心に、派内の大勢は安倍支持である。

若手の安倍支持は、森派に限らず派閥横断的な動きを見せている。この、安倍支持という派閥横断的な動きは、自民党内の世代交代をめぐる争いという側面も強い。
実際、反安倍の高村派幹部である山本有二自民党経理局長(当選6回)は、再チャレンジ支援政策議員連盟の会長、同じく山崎派の幹部で、山崎拓元副総裁に対する忠誠心が厚いとされる甘利明自民党政調会長代理(当選8回)も安倍支持である。

では、他派閥のベテラン議員連中の誰が「福田担ぎ出し」の中心になっているのか?それは、古賀誠元幹事長、山崎拓前副総裁、加藤紘一元幹事長の三人である。
特に活発に動いているのが古賀氏と山崎氏だ。古賀氏は水面下で、山崎氏は表舞台で「福田出馬」を促している。

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古賀氏は、かつて麻生氏のほか、平沼赳夫元経産相、高村正彦元外相を誘い、「士志の会」を結成した。これは、最初はポスト森、次はポスト小泉の総裁候補として麻生、
平沼、高村のいずれかを擁立しようという古賀氏の深慮遠謀に基づく「会」だった。
また、古賀氏と麻生氏は、丹羽・古賀派、谷垣派、河野派によって画策されている
「大宏池会」に属している。したがって、古賀氏が麻生氏を推してもおかしくない条件は
そろっているのだ。

にもかかわらず、古賀氏は福田氏にこだわる。
その理由は、外交、特に「対中関係」にある、と私は見ている。麻生氏は、最近こそ
総裁選を意識し、中国に対して柔軟な姿勢を見せているところもあるが、本来は親米派で非媚中派の典型である。

古賀氏はこの17日、侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館(南京大虐殺記念館)を
訪問した。記念碑前に献花し、館内の史料を見学したほか、南京大虐殺の生存者
(とされる)倪翠萍さんとも面会。
そして古賀氏は、記者団に向かって「平和な時代に生きているからこそ、国を超えて
先の大戦の被害者の霊に追悼の誠をささげたかった。複雑な気持ちだが、今後はこの記念館に日中友好の証しが積み重なってほしい」と記者団に強調した。

なぜ、この時期の訪中なのか?なぜ、南京大虐殺記念館を訪れ、記者団に向かって「日中友好の証し」を強調するのか?
好意的に受け止めれば、国連安保理を舞台に展開された、いわゆる「10日間の攻防」で生じた日中間の軋轢を癒すため。が、正直に言えば、「攻防に勝利した、などと思い上がるな」というメッセージを小泉内閣、特に安倍、麻生の両氏に向かって発することが目的なのではないか。
つまり、日本国は外交において「日中友好」を(対米国と同じくらい)優先しなければならないという、次期首相に対する提言(信念)を自ら行動で示したということだ。

これは、福田氏に決起を促すためのものとも受け取れる。
古賀氏は「福田先生は立派な政治家だ。最終的には決断してくれるだろうと、個人的な願望も含めて思っている」と語っている。
6月の、通常国会の閉会が近づいた衆院本会議場において、衛藤氏に対し、福田政権の公約に入れてほしい政策を記した「走り書き」まで手渡している。
ただ最近は、決断を遅らせる福田氏に焦れて「総裁選での安倍と福田の対立なんて、
森派のできレースみたいなものだ。昨年の干からびたチーズ以上の芝居じゃないのか」などと(出馬を促すための?)嫌味とも受け取れる発言をしているらしいが・・・

古賀氏には福田支持に走る理由がもう一つある。安倍氏に対する「遺恨」である。
昨年の通常国会中、自民党人権問題等調査会長だった古賀氏は、必死の思いで
「人権擁護法案」を取りまとめた。が、安倍氏を中心にした勢力から猛反対を受け、
結局、法案は提出断念に追い込まれたのだった。
古賀氏の「福田支持」には、対中外交以外に、「安倍だけは絶対に総理・総裁にしたくない」という個人的感情も絡んでいるのである。

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山崎氏も動きを活発化している。山崎派は18日、自民党総裁選に向けた「政権ビジョン」を発表した。

内容は、①山崎氏の持論である特定宗教によらない国立追悼施設の建設、②A級戦犯分祀も念頭においた、「靖国神社のあり方」の検討、③日・米・韓・中・ロを中心とした
アジアの多極的安全保障協力構想などである。
つまり、「アジア外交(親中外交)を軸とした非安倍勢力の結集」を目指す山崎氏の狙いを、色濃く反映したものだ。

山崎氏は、「政権ビジョンをどの候補者が採択してくれるか分からない。誰も採用しないなら、私自身が実行に移す」とも述べ、自らの立候補に含みをもたせている。
が、山崎氏の6月時点での世論調査の支持率は1%(讀賣新聞)だった。7月の讀賣の調査では、山崎氏の名前も数字も記事に出てこない。おそらく5人中の5番目で、1%に満たなかったためではないか。

しかも前述したように、山崎氏に忠誠心が厚いとされる甘利明氏を始め、保岡興治元
法相(当選11回)などの幹部連中までが「安倍支持」で走り始めている。もはや山崎氏が立候補する可能性は、世間的常識だけではなく永田町的常識から見ても99%ありえない(はずだ)。
つまり、山崎氏の「誰も採用しないなら、私自身が実行に移す」というのは、福田氏に「早く決起せよ!」と訴えているに等しいのである。

ところで山崎氏は、北朝鮮のミサイル発射に対する国連安保理決議から国連憲章7章が削除された点に触れ、「中国ときちんと話ができない限り、やむを得なかった。政冷
経熱状態はポスト小泉政権で必ず解消しなければならない」とも語っている。
要は、小泉首相が靖国神社に参拝せず、日中関係がこじれていなければ、「中国が
国連憲章7章を含む安保理決議案に賛成していた」と言いたいのだ。

古賀氏の、安保理決議直後の南京大虐殺記念館訪問といい、この山崎氏の発言と
いい、彼らにとっては、「親中国」、「反安倍」のためなら何でもあり、プロパガンダなど
当たり前なのである。

山崎氏の忠臣・甘利氏が、世代交代を求めて「安倍支持に走る」気持もよく解る。
また、福田氏が迷っているのは、安倍氏と同じ森派に所属しながら、他派閥から「反
小泉派」の象徴として、安倍氏の対抗馬に担ぎ上げられることを警戒しているからだという。
古賀氏や山崎氏が担ぎ手なら、そう思うのも無理もない。
利権と打算と個人的遺恨。福田支持陣営は、ほんとうに「古い自民党」を象徴するような勢力の野合そのものである。

やはり、福田氏は、どこまで行っても「対抗」で終わるのだろう。そして、今のところ、80%の確率で安倍氏が総理・総裁に就任すると私は思っている。

個人的希望を言わせてもらえれば、安倍首相-麻生外相のラインで、さらなる「東アジア外交」の改善を図ってもらいたい。
人間、プライドもあるし相性もあるが、そう願う。

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最後に、話は変わるが、昨日のエントリーで民主党の小沢一郎代表の、今回の「安保理決議」に関する見解に言及した。記事の引用元は讀賣新聞だった。
同じような内容だが、今日は朝日新聞と産経新聞から引用して、小沢氏の異常ぶりを改めて明らかにしたい。


民主党の小沢代表は17日、国連安全保障理事会で採択された北朝鮮ミサイル発射の非難決議について「強硬論を日本が言う役割をさせられ、裏では米中、米ロの談合が
できていた。日本の最初の勢いはどこへやら、国連憲章7章(の文言)は削除せざるを
えなかった」と批判した。東京都内の講演で述べた。

小沢氏は「珍しく日本が先頭に立って決議案を提案し、国民は小泉首相のリーダーシップの表れと受け止めたと思うが、(首相は)米国の本音は聞かされていなかったのだろう」と分析した。

小沢代表が国連決議を批判「米中、米ロが裏で談合」 (朝日新聞)


共産党の志位和夫委員長は18日午後、北朝鮮に対する国連安全保障理事会の非難決議採択に関連し、「米中両国が実際はコンセンサスの方向で動いている時に、日本だけこぶしを振り上げ、最後はやむなく従った格好だ。(日本政府が)まともに近隣諸国と外交関係を持っていない弱点が露呈した」と批判した。CS放送朝日ニュースターの
番組収録で語った。

決議については「全会一致での可決は非常に重要なことだ。北朝鮮は正面から受け止め、従うべきだ」と述べた。

「日本外交の弱点を露呈」 対北決議で共産委員長 (産経新聞)

読み比べればお解りだと思うが、民主党の小沢代表と共産党の志位委員長は、ほとんど同じ見解を述べている。すなわち「米・中(・露)で談合(コンセンサス)ができており、日本は強硬論を言う(こぶしを振り上げる)役割をさせられただけ」
と・・・

また、山崎氏の発言も志位委員長と変わらない。
山崎氏は、国連憲章7章が削除された点に触れ、「中国ときちんと話ができない限り、やむを得なかった」と述べている。これは、志位委員長の「(日本政府が)まともに近隣諸国と外交関係を持っていない弱点が露呈した」という批判と同じに聞こえる。

つまり、「親中・売国」に右・左は関係がないということだ。ある者は利権、ある者は
打算、ある者は権力欲、ある者はイデオロギー、各々理由は異なるが、日本国を貶め、敵性国家を有利に導く行為には、何の変わりもない。
ここが、右・左に関係なく、まず国益を優先させる欧米先進諸国と我が日本国との大きな違いなのである。

我々は、これらの日本国を貶める政治家たちを絶対に許してはならない!!!

参照1:後継首相、安倍氏46%・福田氏18%…差開 (讀賣新聞)
参照2:安倍氏50%、福田氏38% 自民総裁選で県連調査 (共同通信)
参照3:古賀誠氏ら日本の議員、南京大虐殺記念館を訪問 (人民網)
参照4:自民党の古賀・元幹事長、南京大虐殺記念館で献花 (讀賣新聞)
参照5;山崎派、追悼施設盛る提言発表 「日中関係の改善を」(西日本新聞)
参照6:「ポスト小泉」への道(6)待つ福田氏、待てぬ周囲 (讀賣新聞)

【特記】
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【追記】
もう一人、反安倍・媚中派の大物(?)を忘れていた(笑)
読者の方のコメントで思い出したのだが、二階俊博経産相である。
実際、実質的な安倍応援団と言われる再チャレンジ支援議員連盟に所属議員が参加していない派閥は、候補者を抱える谷垣派、河野(麻生)派を除けば二階派だけである。

二階氏は、沈黙を貫いているので何を考えているのか解らない。が、幸い、二階派の
松浪健四郎衆院議員のブログを見つけた。
新進党-自由党-保守党-保守新党-自民党、二階氏と常に政治行動を共にし、
今は二階派の事務総長代理を務めている松浪氏は、自らのブログで次のように述べている。
(抜粋)

安倍官房長官は総裁候補として独走中だが、ちょっとスピードの上げすぎではないかと心配する。また、社会に迎合しすぎる点も気になるばかりか、対中国には強く出すぎる。最近、対中国問題で「眉中派」とか「親中派」なる呼び方が定着しつつあるがバカげている。隣国と仲良くしようとする人たちが批判されるのだ。

安倍官房長官は、その現状を利用しつつある。私は失敗しそうな気がする。「再チャレンジ支援」が安倍さん自身に適用されなければいいが、と心配する。冷静であって欲しい。
(06年6月5日)

http://www.kenshirou.com/nikki/nikki/0606/060605.htm

そして、何と9月の総裁選には二階氏を擁立するというのだ。

しかし、派閥である以上、その長を総裁選に送り出すのは当然である。しかも20名の
推薦議員を確保している限り、独自の路線で9月を迎える。私たちは二階会長を押し
出すべく、いま策を練っている。それも水面下で静かに、である。

(06年6月8日)

http://www.kenshirou.com/nikki/nikki/0606/060608.htm

松浪氏の言っていることを丸まる信用するわけにはいかない。が、二階氏が何を考えているか、以心伝心で解るという松浪氏の言葉である。立候補も含めて、二階氏自身と
二階派を高く売りつけるために、カネと欲が絡んだ策謀をめぐらしていることであろう。

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2006/07/19

中央日報にかなわない小沢の分析力

今回の「北朝鮮ミサイル発射事件」に対する国連安保理決議、及び同決議に至るまでの日本の果たした役割を外国メディアがどう見ているのか、皆さんも気になるところだと思う。特に韓国のメディアが・・・
かくいう私も、やはり気になる(笑)

そう思っていたところ、韓国の中央日報に格好の記事が掲載されていた。まるで私が
記者になって書いたような記事が・・・いや、冗談ではないのである。
けっこうリアルに捉えている。

ところで、中央日報ってどんな新聞なのだろう?

韓国の日刊紙・中央日報は、発行部数2,084,782部(韓国ABC協会の認証部数:2003年)で、朝鮮日報、東亜日報とともに韓国の三大紙と称される。
論調としては、旧三星財閥系列ということもあり、実利主義的な面が色濃く、盧武鉉
大統領の新対日ドクトリンなど現政権の対日外交に批判的な立場を取っている。
論説委員の中でも金永煕(キム・ヨンヒ)氏を始め、日本語が堪能なベテラン記者が
多いことも同社の対日論調に大きな影響を与えている。
時事通信社、日本経済新聞と友好関係を持ち、日本総局を東京都中央区銀座の時事通信ビルに置く。
「ウィキペディア(Wikipedia)」より抜粋。

韓国の人口は約4千860万人(2004年)。日本の人口が約1億2千780万人(2005年)であるから、その38%にあたる。人口比からすると発行部数が約200万部というのは、
かなり大きな新聞であることが分る。

盧武鉉の新対日ドクトリンに批判的で、時事通信社や日本経済新聞と友好関係。
う~ん、どうだろう。
韓国の新聞は、反・盧武鉉、反・北朝鮮でも、対日本となると偏向するからなあ・・・
が、「ウィキペディア」の解説にもあるように、「知日派」も多いようだから、「論調」はともかく「事実関係」はそれなりに正確に書くのではないか。

以下に、記事の全文を掲載するので、とりあえず読んで見てほしい。


中国人の友人は手を横に振った。 「議長声明ならまだしも、安保理決議案に中国が手をあげることは絶対にない」。日本が国連安全保障理事会に提出した対北朝鮮決議案をめぐり、日本と中国が対立していた先週初めのことだ。 中国共産党系メディアの東京特派員である彼の予想は数日後に外れてしまった。 中国・ロシア案を反映した折衷案ではあったが。

日本が対北朝鮮決議案の提出を主導したことについては、日本国内でも懐疑論が多かった。 明らかに中国の拒否権発動が予想されるうえ、銃を腰にぶら下げるのは中日
関係を悪化させるだけだという批判だった。

しかし日本政府は断固たる態度を見せた。 ニューヨークの国連本部で外交戦が繰り
広げられる間、東京の首相官邸では「(拒否権行使を)やれるならやってみろ。誰が損をするのか…」という言葉まで出てきたという。 指令塔の安倍晋三官房長官は現場の
外交官らに「最後に引いても先に譲歩してはならない」という指針を出すほどだった。

北朝鮮のミサイル発射後、日本の外交は以前とは全く違う姿を見せた。 国際社会の
懸案処理に日本が主導権を握り、一貫した姿勢で意志を貫徹した前例はあまり記憶にない。

その間、日本外交の武器は経済力だった。 開発途上国に莫大な援助を提供し、紛争・災難地域に対してはいつも最多寄付国だった。 しかし国際舞台で発言権を高めるにはお金だけでは不十分だった。 40億ドルの戦費を出しながらも「何をしたのか」と国際社会から非難を受けた湾岸戦争は、いまだに日本には悪夢として残っている。

その日本が変化した姿を見せた。 米国との蜜月関係がその背景とみられるが、それよりも日本自ら「いまや声を高める時」という判断を下して行動したという点に注目しなければならない。

日本外交の変化は韓日関係にも変化を予告している。 これまでは韓国がトーンを高めると、侵略と植民支配という“原罪”を抱いた日本が適当に譲歩するという場面が少なくなかった。 しかし最近、日本との交渉に参加した外交実務者らは「これまでの日本とは違う」と話している。 昨日の日本ではなく、今日の日本に対応する方法を研究する時だ。

<取材日記>声を高めた日本外交
(2006/07/18 中央日報)

上記の記事内容を、箇条書きにしてまとめてみると、以下のとおり。

①「議長声明ならまだしも、安保理決議案に中国が手をあげることは絶対にない」中国共産党系メディアの東京特派員の予想は数日後に外れてしまった。
②日本が対北朝鮮決議案の提出を主導したことについては、日本国内でも懐疑論が
多かった。
③しかし、日本政府は断固たる態度を見せた。
④東京の首相官邸では「(拒否権行使を)やれるならやってみろ。誰が損をするのか」という言葉まで出てきた。
⑤指令塔の安倍晋三官房長官は現場の外交官らに「最後に引いても先に譲歩してはならない」という指針を出すほどだった。
⑥北朝鮮のミサイル発射後、日本の外交は以前とは全く違う姿を見せた。
⑦国際社会の懸案処理に日本が主導権を握り、一貫した姿勢で意志を貫徹した前例はあまり記憶にない。
⑧日本外交の武器は経済力だった。 開発途上国に莫大な援助を提供し、紛争・災難地域に対してはいつも最多寄付国だった。
⑨しかし、国際舞台で発言権を高めるにはお金だけでは不十分だった。
⑩そのことを自覚した日本が変化した姿を見せた。
⑪日本自らが「いまや声を高める時」という判断を下して行動したという点に注目しなければならない。
⑫日本外交の変化は韓日関係にも変化を予告している。
⑬ これまでは韓国がトーンを高めると、侵略と植民支配という“原罪”を抱いた日本が適当に譲歩するという場面が少なくなかった。
⑭しかし最近、日本との交渉に参加した外交実務者らは「これまでの日本とは違う」と話している。
⑮昨日の日本ではなく、今日の日本に対応する方法を研究する時だ。

どうです。
なかなかの取材力と分析力でしょう、韓国のメディアとしては。
ただ、「最後に引いても先に譲歩してはならない」と現場の外交官らに指示を飛ばしていたのは、安倍官房長官だけではなく麻生太郎外相もそうだった、という点を付け加えるべきかな、正確には。

おそらく中国も、今回の日本に対しては同様の見方をしていると思う。
「日本は変わった」「手ごわい国になった」
「今までの姿勢では対応できない」「特に安倍が首相になったらなおさらだ」
と・・・

やはり、中東~欧州へ出発する直前に小泉純一郎首相が安倍、麻生両氏に対して
言った、「最後まで突っ張れ。決して引くな!」が効いたんだね。
民主党が批判する「小泉政権5年で破綻した近隣外交」が、今回の原動力になったんだよ。
「思い上がるな!中国!!!」「ふざけるな!韓国!!!」、これが国連当局者もビックリするほどの中国の譲歩につながった。
そして、「日本の国家としての意思を問われている。中国の拒否権行使もいとわない」と考える「官邸の安倍-外務省の麻生」ラインの存在も大きかった
と私は思う。

今回の結果は、中・韓の「靖国参拝批判」を「内政干渉」であると指摘し、断固として
はねつけた小泉首相の姿勢が「正しかった」ということを示している。
民主党や媚中派が批判する「小泉政権5年で破綻した近隣外交」が、実は「小泉政権
5年で正常化されつつある近隣外交」であったということでもある。

逆に言えば、小泉外交を否定し、「近隣外交の正常化」を主張する民主党や自民党
媚中派の姿勢は、中央日報が指摘する「これまでは韓国(や中国)がトーンを高めると、侵略と植民支配という“原罪”を抱いた日本が適当に譲歩する」という旧来の姿に戻る
こと以外の何ものでもない。

民主党の諸君に訊きたい!どうやって「北東アジアの平和と安定のために強力なリーダーシップを発揮する」のかね?と・・・
小沢一郎代表が言う「米・中を正三角形になぞらえて等距離外交を行うべきだ」というのがその道だ、と言いたいのだろうが、そんなことはありえない。
日本の安全を担保してくれているのは米国のみである。中国が、未だかつて一度でも、日本の頼りになった時があったか???
日本の安全保障を米・中に二分してお願いするのか???それとも、自主独立で自前の
防衛力を飛躍的に高めるとでもいうのか???
まったくの「空理空論」にすぎない。

自民党の媚中派連中にも同じことを言いたい。特に、小泉外交の姿勢を「これは最低ですよ」と批判するような人物(福田康夫氏)にはご退場願わねばならない。

ところで、その福田氏よりもっと愚かな者がいる。それは、「北東アジアの平和と安定のために強力なリーダーシップを発揮する」と主張する民主党の代表である。


民主党の小沢代表は17日、都内で講演し、北朝鮮のミサイル発射を非難する国連
安全保障理事会の決議採択について、「結局、(強制力を伴う)国連憲章7章を削除
せざるを得なくなった。日本は『解釈によっては(強制力を持つ)』と後講釈、負け惜しみを言っているが、強硬論を言う役割をさせられただけで、裏では米中、米露の『談合』ができ上がっていた」と述べ、政府の対応を批判した。

安保理採択強硬論「言わされただけ」 民主・小沢氏が批判
(2006年7月18日 讀賣新聞)

「負け惜しみを言っている」のはどちらかな???
中央日報の記者に訊いてみるか(笑)
しかし、いかに野党の指導者とはいえ、政権交代を目指している身のはず。
上記の発言は、政治家としての見識を疑うとともに、この嫉妬深さには人格にすら疑問を抱かせる。
こんな人物を代表に担いで盛り上がっているようでは、民主党の前途は真っ暗である。

小沢くん!君は、もう引退した方がよい。
それが民主党のためであり、わが日本国のためだ。
進言申し上げる!!!!

【追記】
ちなみに、韓国の今回の「安保理決議」に対する評価は、次のとおり。

与党ヨルリン・ウリ党の禹相虎(ウ・サンホ)スポークスマンは「国際社会が満場一致で適切な措置を下したことを高く評価し、国際的な協調のもとに問題を解決していかねばならない」と述べた。
野党ハンナラ党も決議を歓迎し、「原則を欠いた対北朝鮮支援をしてきた政府の外交・安全保障政策の責任者を交代させよ」と述べた。
民主党は「北朝鮮の挑発的な行為に対する国際社会の一致したメッセージであり、
政府も北朝鮮に対して毅然(きぜん)とした対応をとってほしい」と述べた。
一方、民主党は「決議は北朝鮮を孤立させ、事態をより悪化させるものだ」として遺憾の意を表した。

参照:【ミサイル発射】韓国与野党も安保理決議を支持

これに対し、盧武鉉大統領は、
「北朝鮮のミサイル発射は朝鮮半島の平和と安定を脅かし緊張を高めただけでなく、
誰のためにもならない軍備競争を触発する誤った行動だった」
と指摘したうえで、今後の対策として、
「状況の実体以上の行き過ぎた対応で不必要な緊張と対決局面を生み出す動きは、
問題の解決には役立たない」
との考えを示ししている。

参照:盧大統領、「不必要な対決局面」回避方針示す

つまり、「制裁には反対」である、ということだ。

【特記】
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2006/07/18

抵抗政党から脱皮できない民主党

民主党が、政調会長名で、今回の国連安全保障理事会(安保理)の決議に対する
【談話】を発表している。

私は、この【談話】から、この党に「まともな部分」と「どうしようもない部分」が混在し、
両者の妥協の産物として、結局は国益を損ねる「抵抗野党」でしかありえないという
「限界」を感じる。

以下、政調会長談話を全文引用する。なお、タイトルをクリックすれば、原文にアクセスできる。

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2006年07月16日

【談話】対北朝鮮国連安保理決議の採択について

民主党政策調査会長
松本 剛明

本日、国連安全保障理事会で、北朝鮮の弾道ミサイル発射を非難し、北朝鮮へのミサイル関連物資・技術の移転阻止に必要な措置をとるよう加盟国に求める決議が、全会一致で採択された。安保理では過去、北朝鮮のミサイル発射に対し、1993年のノドン
ミサイル発射の際には何らの姿勢も示せず、98年のテポドン1号発射では記録にも
残らない報道声明を出すのみであったことに鑑みれば、理事国が一致協力して決議
採決を行ったことは、北朝鮮に対する強いメッセージを示したものと認識している。

北朝鮮は、この国際社会の意向を無視し、決議を全面的に拒否した。極めて遺憾なことである。北朝鮮は安保理決議に従い、地域の平和と安定を脅かす言動を直ちに止め、
6カ国協議への即時無条件復帰、拉致事件の早期解決、資金洗浄対策等への協力などを速やかに実施し、冷静な話し合いによって問題の解決を図るべきである。

決議では、政府が当初効果的として主張していた国連憲章第7条に基づく内容が削除された。今後の北朝鮮側の出方を含め、どのような影響を与えるのかも推移を見極めたい。

また、決議採択の過程からは交渉・妥結の実質を相当に米国に委ねていることが窺える。日本外交が、米国を通じてしか国際社会にアプローチできないことを、世界に露呈してしまった。

政府は、サンクトペテルブルグ・サミットでの協議も含め、国際社会と緊密な連携を図りつつ、北朝鮮に対し、6カ国協議への復帰を効果的に促す外交努力を推進し、あわせて小泉政権5年で破綻した近隣外交を立て直し、今夏のアセアン地域フォーラムなどの
場を通じ、朝鮮半島をはじめ北東アジアの平和と安定のために強力なリーダーシップを発揮するべきである。

以 上

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まず、今回の安保理決議を評価し、北朝鮮を非難した上で決議を履行するように促している点については異論はない。
特に、「1993年のノドンミサイル発射の際には何らの姿勢も示せず、98年のテポドン1号発射では記録にも残らない報道声明を出すのみであったことに鑑みれば、理事国が
一致協力して決議採決を行ったことは、北朝鮮に対する強いメッセージを示したものと認識している」というくだりは、高く評価できる。
この部分は、明らかに、我が国の過去の軟弱外交、特に中国に配慮した外交を批判しているとも読める。

ただ、前半が極めてまともであるのに、後半に移ると途端におかしくなる。
「決議採択の過程からは交渉・妥結の実質を相当に米国に委ねていることが窺える。日本外交が、米国を通じてしか国際社会にアプローチできないことを、世界に露呈してしまった」
何なんだ!これは!!!

これは、批判のための批判、言わば「難癖」でしかない。
安保理で、「北朝鮮制裁決議案」をめぐるせめぎ合いが、日・米対中・露の間で繰り
広げられていた時の世界情勢や米国の動きをまったく見ていない。
いや、意図的に無視しているのであろう。どうせウソをついても国民には分りはしないと・・・
本当に「国民を舐めるな!!!」と言いたい。

安保理でのせめぎ合いが最高潮に達していた13日夜(日本時間14日未明)、ブッシュ米大統領に同行してドイツ訪問中だったコンドリーザ・ライス国務長官とスティーブン・
ハドリー大統領補佐官(国家安全保障担当)は緊急記者会見を開いた。
「きわめて懸念すべき事態が起きた」、こう口火を切ったライス国務長官が30分間の
会見で言及したのは、イスラエルによるレバノン侵攻と、それに関連するイラン問題での米国の立場だった。
安保理での「北朝鮮制裁決議案」への言及は一切なく、記者団からの質問もなかった。

イスラエルによるレバノン侵攻は、レバノンを拠点とするイスラム教シーア派原理主義
組織・ヒズボラによるイスラエル攻撃とイスラエル兵の拉致に端を発している。
イスラエルは、パレスチナ政府のハマス(イスラム教スンニ派の原理主義組織)と戦闘状態にあった。ヒズボラはそのイスラエルを背後から攻撃したのである。つまり、米国が「防衛義務」を負うイスラエルが、二正面作戦を強いられる事態が発生したのだ。
しかも、大した武器を有していないハマスに比べ、イランの全面支援を受けるヒズボラは、射程距離70キロの旧ソ連製ロケット砲やイラン製ミサイルまで所有している。アラブの大国(イスラエルの隣国)シリアも、ヒズボラ全面支援の構えを見せている。

朝鮮半島とイスラエルでは、米国の関心度には天地の開きがある。この時点で、米国の関心は対ヒズボラ、対イランに移ったと言える。
しかも、北朝鮮問題の次に、安保理の関心がイランの核問題に移るのをそらすために、イランがヒズボラに「イスラエル攻撃命令を出した」となれば、ライス国務長官やハドリー大統領補佐官の意識が「イスラエルによるレバノン侵攻とイラン問題」に移ったのも無理はない。
我が国に「中国の拒否権行使を恐れない」という発言を任せたあたりから、米国の関心の半分以上を「イスラエルによるレバノン侵攻」が占めたと思われる。

にもかかわらず、民主党は「決議採択の過程からは交渉・妥結の実質を相当に米国に委ねていることが窺える」「日本外交が、米国を通じてしか国際社会にアプローチできないことを、世界に露呈してしまった」と言う。
これを「誹謗中傷」と世間は呼ぶ。

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「安保理決議」をめぐるせめぎ合いが続く中、小泉純一郎首相が中東~欧州へ出発する直前に、安倍、麻生両氏に発した指示はただ一つだった。
「最後まで突っ張れ。決して引くな!」

麻生太郎外相は外務官僚の手綱を緩めず、時には激しく叱責した。
「こちらが突っ張ったから、中露は議長声明から非難決議に譲歩したんだろ。あんたらは優秀かもしれないが、けんかの仕方を知らないんじゃないか。成功するまで報告は
いらない」と・・・
安保理理事国の外相や駐日大使とも、昼夜を問わず会談を行った。外国とは時間差があるため、各国外相との(電話)会談は未明になることも多い。おかげで曜日の感覚がなくなったという。

また安倍晋三官房長官も、小泉首相がG8サミットで不在のため、実質的なヘッドクォーターとして日本国の立場と方針を発信し続けた。
15日午後、英・仏両国が示した、「7章を削除した妥協案」に同意を求める国連代表部の北岡伸一次席大使に対しては、不快感を露わにして電話を切った。
そして「日本が降りるにしても最後の最後。ギリギリまで妥協に応じるそぶりすら見せては駄目なのに、なぜ分からない」とつぶやく・・・

16日未明、ハドリー大統領補佐官から電話がかかってきた。
「これなら全会一致で採択できる。日本の勝利だ」「十分に法的拘束力はある。米国は採決の際、拘束力があることを明言する考えだ」、ハドリー大統領補佐官は「7章を削除した決議案」への賛同を求めた。
ハドリー大統領補佐官との電話会談を終えた安倍官房長官は、即座に麻生外相に
連絡を取った。
そして、「厳しい選択ですが、よくここまでこられたとも言えます。最後は麻生さんの判断にお任せします」と…最終判断を託した。

小泉首相の指示に従い、「日本の国家としての意思を問われている。中国の拒否権
行使もいとわない」と考える「官邸の安倍-外務省の麻生」ラインが、国連安保理を引っ張ってきたと言ってもよい。そして、最後の最後、ギリギリのところで妥協した。
これが事実である。

確かに大島賢三国連大使が、ジョン・ボルトン米国連大使と密接に連携し、巧妙な役割分担を果たしていたのは間違いない。が、これをもってして、「交渉・妥結の実質を相当に米国に委ねていることが窺える」というのは的外れもいいところだ。
実際、麻生外相及び安倍官房長官の、それぞれのカウンターパートであるライス国務
長官とハドリー大統領補佐官は、そのころは欧州にいて、イスラエル問題で手一杯だったのだ。

むしろ、「日本の大島-米国のボルトン」ラインが連携して、我が国が振り上げたコブシの効果的な落としどころを探り、ハドリー大統領補佐官をして「これなら全会一致で採択できる。日本の勝利だ」と言わしめるところを用意したと見るのが適切ではないか。

-------------------------------------------------------------------

【談話】の最後の「小泉政権5年で破綻した近隣外交を立て直し、今夏のアセアン地域フォーラムなどの場を通じ、朝鮮半島をはじめ北東アジアの平和と安定のために強力なリーダーシップを発揮するべきである」という締めくくりもひどい。
「北東アジアの平和と安定のために強力なリーダーシップを発揮するべきである」と言うのはそのとおりである。が、「小泉政権5年で破綻した近隣外交を立て直し」は、その
ことの前提にはならない。
むしろ、今回の「安保理決議」は、「小泉政権5年で破綻した近隣外交」の賜物であろう。
中国におもねることなく、原則的で厳しい態度を崩さなかったからこそ、1998年のような、記録にも残らない「プレス(報道)声明」ではなく「安保理決議」にまで持ち込めたのだ。

民主党は、我が国政府をあげつらう前にやるべきことがある。
中国が最初は「プレス(報道)声明」を主張し、国際世論の予想外の反発に驚いてそれを「議長声明」に格上げした。そして最後は、国際的孤立を恐れて、自ら「国連憲章7章を削除した安保理決議案」を持ち出してきた。
この中国の行動をどう評価するのか???
「北東アジアの平和と安定のために強力なリーダーシップを発揮するべきである」などと、えらそうに言う前に、このことに対する見解を明らかにしろ!!!。
そうでなければ、民主党が政権を取っても、絶対に「北東アジアの平和と安定のために強力なリーダーシップを発揮する」ことなんかできない。
断言する。

まさか、日・米・中による「正三角形」の関係を構築することが、「北東アジアにおける
強力なリーダーシップ」と言うわけではないだろうな?
いや、きっとそうだろう。
が、「正三角形」論は韓国の盧武鉉大統領が唱えた「北東アジアのバランサー」論と
どこが違うのだ???

「北東アジアのバランサー」論は、韓米同盟は維持しつつ、対北朝鮮や対中国において自主自立の立場からアプローチし、韓国が、北朝鮮と米国、中国と米国の間のバランスを取る役割を果たすというものだった。
今回の【談話】にある、「日本外交が、米国を通じてしか国際社会にアプローチできないことを、世界に露呈してしまった」という主張と「北東アジアの平和と安定のために強力なリーダーシップを発揮するべきである」という締めくくりを併せ読むと、盧武鉉の「北東アジアのバランサー」論と寸歩も変わらないように思えるのは私だけか。

今回の北朝鮮の「暴走」を生み出した原因の一つが、盧武鉉の「北東アジアのバランサー」論だったことを考えれば、民主党の日・米・中による「正三角形」論が、傲慢な中国をさらに増長させ、日・米関係を危うくするのは間違いない。

-------------------------------------------------------------------

繰り返しになるが、中国におもねることなく、原則的で厳しい態度を崩さなかったから
こそ、1998年のような、記録にも残らない「プレス(報道)声明」ではなく「安保理決議」にまで持ち込めたのだ。
それこそ今回は、「非常任理事国であるにもかかわらず、我が国が強力なリーダーシップを発揮した」と言ってもよいのである。

やはり、選挙区事情で民主党に入らざるをえなかった「保守」と、社民党の看板では
選挙を戦えない「社会党崩れ」と、極左が尻尾にくっ付いている「リベラル」が同居している民主党では、政権政党にはなれないのである。
今回の政調会長【談話】の内容が、そのことを如実に示している。

日本の安全保障を確立するためにも、政界再編が早急に行われることを願う!

【追記】
※産経新聞の興味深い記事を見つけましたので、「7章を削除した決議案」を我が国が受け入れる過程を加筆しました。

参照1:[北ミサイル]ドキュメント=7月14日
     (2006/07/14 讀賣新聞)
参照2:対北決議採択10日間の攻防 中国譲歩させた日米の絆
     (2006/07/17 産経新聞)

【特記】
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2006/07/17

ギャング国家は中国の説得に応じるか?

記者会見するジョン・R.ボルトン米国国連大使John_r_bolton_1




















【ニューヨーク=白川義和】北朝鮮の朴吉淵(パク・キルヨン)・国連大使は15日、国連安全保障理事会で、北朝鮮のミサイル発射に対する安保理決議採択を受けて演説し、「決議を全面的に拒否する」と述べ、履行する意思が全くないことを表明した。

今回のミサイル発射を「通常の軍事演習の一環」と主張し、この問題を協議した安保理については「不当でギャングのようだ」と非難。その上で、「抑止力強化のためにミサイル発射演習を今後も継続する」とした。

ボルトン米国連大使は、朴大使退席後、「北朝鮮は採択後45分以内に決議を拒否するという世界記録を樹立した」と発言した。

北朝鮮、安保理決議を全面拒否…国連大使が表明
(2006年7月16日 読売新聞)

この「世界記録」発言は、深刻な話題の中にもユーモアを込める米国人一流のトークである。
が、ジョン・ボルトン米国連大使は、実は、この「世界記録」発言に続けて、「北朝鮮が安保理の要求に応じない場合、安保理が追加措置をとることになるだろうと警告」しているのである。(2006/07/16 朝鮮日報
今回のボルトン発言の意味は、「北朝鮮は採択後45分以内に決議を拒否するという
世界記録を樹立した」ということではなく、その後に続いた警告の方にはるかに大きな
ウェートが置かれている。
(※それにしても、北朝鮮から「不当でギャングのようだ」という言葉が吐かれるとは
「お笑い」である。自分こそ、まさに「ギャング」ではないか!!!)

新聞記事は、複数を読み比べないと、中には話題性の高い部分だけを取りあげて、
本質的なところを脱している場合が多い。
まあ、新聞社の体質や、現場記者のセンスにもよるから、同じテーマでも、できれば
複数のソースに当たることをお奨めする。

ところで、「北朝鮮が安保理の要求に応じない場合、安保理が追加措置をとることになるだろう」という警告は、直接的には北朝鮮に向けられているが、実質の標的は中国であると見て差し支えない。

今回の「北朝鮮制裁決議案」をめぐって中国は、拒否権を前面に出して日・米と対抗した。結果、経済制裁や軍事制裁を可能にさせる国連憲章7章を削除させることには成功した。
が、逆に言えば、採択された国連安全保障理事会(安保理)の決議を北朝鮮が守らなければ、次は、経済制裁や軍事制裁を可能にさせる国連憲章7章を含んだ決議案に
賛成しなければならないという立場に立たされた。

中国は、日・米と中・露、特に日・中が激しく対立する中、何とか「安保理決議」ではなく、拘束力のない「議長声明」にとどめたかった。
そこで中国は、回良玉・副首相(共産党政治局員)率いる代表団が10日、平壌入りし、「ミサイル発射の凍結や6か国協議への早期復帰」を説得する工作に入った。
が、北朝鮮の答えは「No!」。

そこで、「議長声明」をあきらめ、独自の「安保理決議案」を逆提案するのだが、そこでは7章だけは頑固なまでに拒み続けた。これは、北朝鮮のためというより、日・米、特に日本に追い詰められた中国の沽券に関わる問題だったのだと思う。
加えて、経済制裁や軍事行動を認める国連憲章7章が「安保理決議」に盛り込まれれば、イランを始めとする反米的な国に対する同様の決議を、今後阻止できなくなる。
それらは、ほとんどが中国にとっては友好国である。

中国は、北朝鮮を半分あきらめているのではないか。必死で、国家としてのプライドも
かなぐり捨てて、国連憲章7章を「安保理決議」から削除した。にもかかわらず、北朝鮮は「安保理決議」採択後、何と45分以内という世界記録で決議を拒否した。
挙句に「ギャング」発言である。
罪を犯した被告人が、裁判官を「ギャング」と呼んで居直り退廷する。「我々のミサイル訓練に圧力をかける国があるならば、形を変えて、さらに強い物理的行動を取らざるを得ない」と恫喝する。
目の前にいた、兄であるはずの中国の面子は丸つぶれである。

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しょせん、中国と北朝鮮は異質の国である。似ているのは一党による強権独裁体制だけ。

中国共産党の創立時の幹部は、大半がモスクワに留学し、マルクス主義の亜流であるスターリン主義を学んだ。が、朝鮮党(共産党)の幹部の実態は匪賊同然で、マルクスはおろか、スターリン主義も勉強していない。
一党独裁と、個人崇拝と、指導者の神格化という外形的手法を学んだだけだけで中身(思想)は空っぽ。だからマルクス主義(共産主義)ではありえない権力の世襲が行われ、チュチェ思想というカルトで国民を洗脳している。

今の中国も、下部構造が市場経済で、上部構造が共産党独裁という、史上例のない国だが、北朝鮮も21世紀に存在する中世型の絶対専制支配による半奴隷制国家という、この世に二つと存在しない国である。
世界の珍種という点では共通しているが、その体質は余りにも違いすぎる。

中国は集団指導体制であり、胡錦濤が「右向け」と言っても斜めを向いてしまう者も
いる。が、北朝鮮は、金正日による個人独裁であり、彼が「右向け」と言えば全員が
右を向く(向かざるを得ない)。
権力の基盤は、どちらも「軍」であるが、中国の人民解放軍が、政治同様、必ずしも
中央の統制が取れていないのに対し、北朝鮮の「軍」は金正日と表裏一体である。

中国は、曲がりなりにも政治が軍を指導しているが、北朝鮮においては軍の方が政治より優位にある。これを証明したのが次のような出来事である。

南北朝鮮は、5月に南北連結鉄道(京義線・東海線)の連結・試験運転を行なう予定だった。この鉄道を利用して金大中・前韓国大統領が北朝鮮を訪問し、南北の和解・友好ムードを盛り上げる算段だった。
が、北朝鮮側からの通告で、これが一方的に中止された。
南北連結鉄道の連結も金大中訪朝も、朝・韓の政府高官レベルで合意したものだ。
にもかかわらず、これを一方的に反故にする。
実は、両政府間の約束を反故にしたのは、北朝鮮の「軍部(軍人)」だったのである。
そして北朝鮮の軍部は以下のような暴言を吐く。

「(試験運転中止の責任は)韓国側の政略的に利用しようという愚かな企てにもある。列車での平壌訪問は誰であろうと例外なく、南北の協力・交流を口実とした政略的な
企てであることをわが軍は前から看破していた」
「(韓国が北朝鮮の経済開発のモデルとみなしている開城工業団地についても)韓国側からいろいろな意見が出ていたが、敷地造成工事をしてモデル団地を開設しただけに
とどまっている。開城工業団地の建設を始めとしたすべての南北協力・交流事業が、
短命に終わった軽水炉建設事業のようにならないか、動向を注視している」

今回のミサイル発射に対しても、北朝鮮の外務省は、その正当性を主張しつつも、「我々外交官は軍のやることは関知していないし、分からない」と本音を吐露している。(2006年7月5日 産経新聞
要するに、政府や党の意向とは関係なしに、北朝鮮軍部が暴走したということだ。それは、「このままでは米国につぶされる」という危機感である。

危機感の直接的原因は、6月19日から26日までグアム島近海で行なわれた“ヴァリアント・シールド(勇敢な盾)2006”と呼ばれる、純軍事的かつ実戦的な性格を持つ空海合同の大演習であり、22日からハワイ沖で実施された米海軍のMD(ミサイル防衛)実験の成功である。

このMD実験の標的は、北朝鮮のノドンだった。また、MD実験には、海上自衛隊のイージス艦「きりしま」が初参加し、SPY1レーダーによる追尾演習を行なった。
そして、MD実験を成功させた米海軍のイージス艦・シャイローは、8月には神奈川県
横須賀を母港として配備が予定されている。

シャイローが配備されれば、1隻で搭載するミサイルに限りはあるとしても、とりあえずは我が国にノドンに対するミサイル防衛の盾がかざされることになる。
つまりノドンは、もう絶対的な脅威ではなくなるのである。

そこで、北朝鮮の軍部は、弾道ミサイル迎撃の実戦的能力を持つイージス艦が我が国に配備されても、無数のミサイル、つまりイージス艦の迎撃能力を超えるだけのミサイルを発射できる実力があることを誇示したかったのである。
要するに「ノドンは、まだまだ日米両国にとって脅威の存在である」「舐めていたら痛い目にあわせるぞ!」、そう言いたかった。
ノドンは射程1300kmと推定され、日本列島全体を射程に収める。北朝鮮はそのノドンを 200発実戦配備していると言われる。
そして、今回、テポドン2号を除く、スカッドとノドンのすべてが飛距離、着地点の両方に
成功した。

-------------------------------------------------------------------

金正日は今年1月中国を訪問し、南部の深圳などを訪問した後、北京の人民大会堂で行われた演説で注目すべき発言を行っている。

①「今回、胡錦涛主席の提案と関心により、以前から願っていた中国大陸の南部訪問が実現した」
②「中国が高度技術分野で達成した輝くような成果に深い感銘を受けた」
③「急速に変貌する南部地域の発展の姿と躍動する中国の現実は忘れ難い印象を
残した」
④「今から5年前、天地開闢の上海を見て回った記憶がまだ新しいのに、今回は経済
特区を見ながら中国人民の進取的で頑強な努力、それに相応しい実りを目の当たりにし、大きな感動を受けた」
⑤「(6カ国協議を楽観し)会談進展のための方図を探すため、中国と努力していく」
⑥「韓半島(朝鮮半島)の非核化目標を堅持し、第4回6カ国協議の共同声明を履行するとともに、対話による平和的解決を促す北朝鮮の基本立場には変化がない」

つまり、今年1月の時点までは、経済の近代化と中・朝友好を重視し、そのためには
「6カ国協議による北朝鮮問題の解決」を目指すという考え方を金正日はしていたのである。
もちろん、以上の発言を額面どおりには受け取れない。が、金正日が北朝鮮の「経済改革」と、そのためには中国及び韓国の協力が欠かせないと思っていたことは間違いない。
にもかかわらず、今回、それをぶち壊すミサイル発射に踏み切り、中国による説得を
拒否し、挙句の果てに「安保理決議採択後、45分以内に決議を拒否する」という態度に出て中国の面子も踏み潰した。

今月12日から韓国・釜山で開催されている南北閣僚級会談でも、北朝鮮は「(金正日総書記の)先軍政治は南の安全も図ってくださり、南の広範囲な大衆は先軍の恩恵を被っている」と主張した(「先軍政治」とは、あらゆる物事を軍事力優先で行うべきという金正日の政治スローガン)。
そして「来年からの韓米合同軍事演習中止と国家保安法撤廃」を要求する一方で、
「コメ50万トンの提供と軽工業の原材料提供」を要求した。
これに対し、さすがに、親北朝鮮で知られる韓国の李鍾ソク統一部長官も「韓国の誰がそちら側に安全を守ってほしいと言ったのか。韓国の安全を守るのは、北がミサイル
発射や核開発をしないことだ。道理も合わず受け入れられない」と強く反論している。
北朝鮮は南北閣僚級会談を途中で打ち切り、さっさと帰国した。ここにおいて韓国とも決裂したのである。

親北朝鮮であった中国や韓国とも仲たがいし、日・米を完全に敵に回した。もう「狂った」としか言いようがないが、一概にそうもとも思えない。
あらゆる物事を軍事力優先で行うべきという「先軍政治」を実行することで、事態を打開できるとでも思っているのだろうか?

米国による金融制裁は、金正日ファミリーや特権階級である軍幹部を直撃していると
言われる。
ミサイル関連物資や偽札、覚醒剤、偽タバコが北朝鮮の主たる外貨獲得源である。
その蛇口を米国によって締められた。このままではジリ貧である。
加えて、米国は純軍事的、実戦的大演習を行い、MD実験にも成功した。そのMDシステムを装備したイージス艦が8月には日本に配備される。
もう「背に腹は変えられない」、それが今回のミサイル発射の真の理由ではないか。

米国による「金融制裁」と「大規模な軍事演習」が、今回のミサイル発射の直接的原因であることを北朝鮮も認めている。
「米国は(6カ国協議の)共同声明が採択されすぐにわれわれに対する金融制裁を実施し、これを通じた圧迫をさまざまな面から加えており、われわれを標的とした大規模な
軍事演習のような脅威で共同声明の履行過程を全面的に妨げている。
こうした中で、われわれだけが一方的にミサイル発射を保留する必要がないというのは、だれにとっても明白だ」

-------------------------------------------------------------------

しかし、今回のミサイル発射は、ますます北朝鮮を追い詰める結果になった。韓国も
コメ支援凍結を表明したし、中国も北朝鮮が「安保理決議を公然と拒否する」以上、
今までのような支援はできないであろう。
「安保理決議」も7章が削除されたとはいえ、各国の北朝鮮との「交際」を確実に束縛する。

もう北朝鮮が生き延びる道は、中国の説得に応じる=安保理決議を(非公式であっても)受け入れる以外にない。中国は、今後とも北朝鮮に対する説得を続けると表明している。
果たして、北朝鮮は中国の説得に応じるであろうか?それとも「抑止力強化のために
ミサイル発射演習を今後も継続する」のであろうか?

いずれにしても、北東アジアの緊迫した事態が今後とも続くのは間違いない。
我が国は、真剣に「国家の安全保障のためには何をなすべきか」を考えなければならない。

参照1:北朝鮮軍部「金大中前大統領の訪朝は政略」
参照2:【金総書記訪中】「中国経済特区の発展に深い感銘」
参照3:「北朝鮮の先軍政治が韓国の安全守っている」
参照4:ミサイルめぐる北朝鮮外務省報道官発言全文

【特記】
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2006/07/16

今後も主権外交を貫け!

北朝鮮のミサイル発射問題について日本は、14日夜(日本時間15日朝)に開催された国連安全保障理事会(安保理)の非公開協議に、国連憲章7章に言及した「北朝鮮制裁決議案」の修正案を提出した。

今回の修正案は、昨日のエントリーでも指摘したように、原案に含まれていた7章の
第41条(非軍事的措置=経済制裁など)と第42条(軍事的措置)を除外し、第40条のみに限定した案である。
第40条は、「強制措置は義務付けない」ものの、「強制措置」の前段階である「暫定措置に従うよう関係当事者に要請することができる」と規定している。
つまり第40条は、経済制裁を謳った第41条、軍事行動を可能とする第42条の前段階にあたる。

日本の修正案に対して中国は、それでも「拒否権を行使する」と譲らなかった。
7章への言及が第40条に限定されたとしても、「第40条は第41条や第42条などへ移行しうる」という点を拒否権行使の理由にしているのである。
その中国の反発を承知の上で、この7章第40条を明記した修正案を日本が出したのは、「どんな内容であれ、決議を採択すればそれでよし」という無原則な妥協はしない(外務省幹部)とする、日本の世界に対するメッセージなのである。

安倍晋三官房長官は、同日、スティーブン・ハドリー米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)と電話で会談し、「拘束力のある、制裁を含む決議を行う」との考えで一致している。
小泉純一郎首相が中東~ロシア(サミット)に出かけていることもあって、首相官邸に
おけるヘッドクォーターは安倍官房長官であると見て間違いない。
(ところで、安倍官房長官のライバルと目される福田康夫元官房長官は、「安倍氏の
お手並み拝見」とばかりに、冷ややかに見ているという)

結局、北朝鮮に対する安保理決議案は、中国の「拒否権発動」を誘発するより「全会
一致にした方が北朝鮮に対して効果がある」という考えの英・仏両国が、「7章に言及しない折衷案」を提案。中国もこれを受け入れる考えを示し、日・米も英・仏案の受け入れ検討に入った。
そして15日午後(日本時間16日午前)、「北朝鮮制裁決議案」はようやく採決された。

今回の決議には、国連憲章7章を削除する代わりに、「国際平和と安全の維持の下で行動する」「安保理が特別な責任を持って行動する」という文言が盛り込まれた。
つまり、安保理が「国際平和と安全の維持」=「北朝鮮の核放棄やミサイル発射凍結、関連物資・技術の移転及び調達阻止」に「特別な責任を持って行動する」という縛りを
かけたのである。
これが、米国のジョン・ボルトン国連大使が「7章の文言がなくても法的拘束力のある
決議にするやり方はある」と語っていたことになるのではないか。

採決の場には北朝鮮の朴吉淵・国連大使も出席し、採決後に「国連でミサイルのことを話し合うのは不公平だ」「決議を全面的に拒否する」としたうえで、「我々のミサイル
訓練に圧力をかける国があるならば、形を変えて、さらに強い物理的行動を取らざるを得ない」と、相変わらずの恫喝まがいの捨て台詞を吐いた。

今回の決議採択について、「安保理の原則とも言える全会一致を優先したことで、
(日本が)大きな譲歩を余儀なくされた」という報道が一部に見られるが、そうではない。

昨日のエントリーでも書いたように、たとえ7章が盛り込まれなくても、今回の安保理
決議には、①北朝鮮のミサイル発射非難、②北朝鮮の核放棄やミサイル発射凍結、
③関連物資・技術の移転・調達阻止、④北朝鮮の6カ国協議への無条件即時復帰、
⑤昨年9月の6カ国協議共同声明の迅速な実行などが含まれている。
そして、7章削除の代わりに、「国際平和と安全の維持の下で、安保理が特別な責任を持って行動する」という文言が盛り込まれた。

つまり今回の安保理決議は、北朝鮮に拘束をかけただけではない。中国も①北朝鮮が次にミサイル発射などを強行した場合、7章の第41条や第42条を含む制裁決議に反対できなくなり、②北朝鮮を今回の決議に従わせる実質的な義務を負うことになったのである。

昨日のエントリーで書いた、米国のジョン・ボルトン国連大使の「7章の文言がなくても法的拘束力のある決議にするやり方はある」という発言は、このことだったのかもしれない。

中には、「最も望ましいかたちは、中国だけが拒否権を発動して制裁決議を葬るという決着だろう。中国が北朝鮮をあくまで擁護し、国際社会で中・朝が孤立するというイメージを固めることになる」と主張する者もいる。
が、これは完全に間違った考え方だ。政治も外交も「まず現実ありき」という、当たり前の常識を無視している。

中国は6カ国協議の議長国である。中国を孤立させることは、「6カ国協議はもう放棄する」と日・米の側から言うに等しい。また、今でも北朝鮮は、中国と韓国の支援で生き
延びている。その中国の支援を野放しにすることになる。
むしろ今回は、北朝鮮が中国の説得に応じず、それが国連当局者も驚くほどの中国の譲歩につながった。何しろ中国は最初、「プレス声明」を主張していたのだ。それが
日・米、特に日本の強硬姿勢と国際世論に押されて「議長声明」になり、最後は「安保理決議」に応じるまでになったのである。

外交は、武力による戦争ではない。外交の要諦は、「両者が勝者でなければならない」ということだ。その中で、どれだけの実を取るかである。相手を一方的にやっつけても、手に入れた中身に実効性がなければ意味がない。
その点、今回、日本は北朝鮮と中国の両者に、安保理決議による「拘束」をかけることができた。一方の中国は、表向きは国連憲章7章の削除という大きな譲歩を引き出したように見える。が、これは一時しのぎの利益(時間稼ぎ)を得たにすぎない。

また、我が国は最後まで突っ張ったことで、今までの日本と違うということを世界に
(特に中国に)印象付けることができた。見た目は「引き分け」ながらも、日本は「大きな実を取った」と言えるのではないか。

私は、日本をほめてやりたい!
また、安倍官房長官には「よくやった」と言ってやってもよいと思う。
(なお、米国は、イスラエルによるレバノン侵攻など、パレスチナ情勢が緊迫したことにより手が一杯になって、今回は日本を前面に出さざるをえなかったらしい)

-------------------------------------------------------------------

ところで、こういう「勘違い野郎」もいるんだね。
何というか、「大物」ぶりを見せつけたいというか、妬み癖があるというか・・・
私だったら、恥ずかしくてとても口にできない。


民主党の小沢代表は15日、那覇市内で記者団に対し、北朝鮮のミサイル発射に対する国連安全保障理事会の議論について、「米国は、日本には北朝鮮への強硬論を
言わせながら、中国やロシアと何とか着地点を探ろうとしているのではないか。日本は、米国からも本当のところの話は全然、聞かされないまま、議論が進んでいるのではないか」との見方を示した。
2006/07/15 読売新聞)

こういうのを「下衆の勘ぐり」と言う。
私が嫌う「日刊ゲンダイ」や「週刊ポスト」と、まったく同じレベルの発想である。

韓国の盧武鉉政権が米国離れの傾向を強める中、今のブッシュ政権にとっての日本は、欧州における英国と同じ存在なのである。そんなことは、少しでも今の日米関係に理解のある政治家であれば当たり前のことだ。
要は、この際、外交問題まで利用して政府・自民党を貶めようという魂胆なのだろうが、己の政治家としての見識を疑われるだけだ。

かつては、野中広務氏(元自民党幹事長)から「売国奴」呼ばわりされるほどの「親米派」だったのに、今は「親中派」で「北朝鮮擁護派」に転向した???

いくら「政治とは権力闘争である」と言っても、日本国を貶めるような発言をしてはならない。それは「天に唾する」がごとく己に跳ね返ってくる

こういう政治家が野党第一党の代表。民主党云々の前に、一人の国民として情けなくなる。

で、この男の、今回の「北朝鮮ミサイル発射」に対する第一声がこれだ!


北朝鮮への対応について、「(中国訪問中の小沢氏は)制裁は軍事力を使うところまでいってしまう。どのような反作用が起きるのか、心構えが必要だ」と記者団に語った
小沢氏の発言は、日本国内で波紋を呼んだ。経済制裁などに消極的と受け止められた
ためだ。「厳しい制裁が必要だ」とする党の若手議員の間では、「小沢氏は肝心な時に日本を留守にしているために、日本の世論が分かっていない」と不満の声も出た。

(抜粋)

2006/07/08 讀賣新聞)

そもそも、代表(小沢一郎)、代表代行(菅直人)、幹事長(鳩山由紀夫)のトップ3人が、雁首をそろえて北京詣でをし、日本を留守にするなんて、いくら野党とはいえ危機
管理意識が完全に欠落している。

本来であれば、抗議の意思表明くらいはあって当然じゃないのか???
常識のある人なら、怒りの言葉を発する場面だが、君にとっては「一文の得にもならない」状況に見えたんだろうな。
小沢くんらしいよ(笑)

-------------------------------------------------------------------

ところで最後に、今後の日本の北東アジア外交を大きく左右する自民党総裁選に触れてみる。

今回の安倍官房長官を、「お手並み拝見」とばかりに、冷ややかに見ていると言われた福田康夫元官房長官は自民党総裁選に出馬するのだろうか?

私の見方は70%出馬するである。
その理由は次のとおり。

①アジア外交、特に対中国重視派である自分が、初代官房長官を務めた小泉内閣の下で、日・中の関係が悪化したことに対する自責の念。
②年齢が20歳近く違う安倍氏の言動に、危うさや経験不足を感じていること。
③その安倍氏が、小泉首相以上に、対中国、対韓国外交で原則派(強硬派)であること。

最近の福田氏は、この5月の講演で小泉外交に対して「(日中関係は)感情的な対立になってしまった。これは最低ですよ、こういう状況は」と述べている。
小泉批判を慎重に避けてきて福田氏にしては、めずらしく感情をむき出しにしている。
普段は「最低」などという言葉を公衆の面前で使うような人物ではない。
小泉外交に対して、よほど頭にきているということだ。

「福田氏は、官房長官だった自分には、小泉首相の下でうまくいかなくなった日中外交を何とかする責任がある」「黙っていたら、今のままでいいと認めたことになってしまう」という強い思いがある。(福田氏を知る政界関係者)

また、福田氏は、年明け以降、韓国、中東、米国、インドネシアなどを次々と訪問、外国要人と会談を重ね、「日・中の政治緊張は今や国際社会の懸念を招いている、という
心証を深めた」という。
そして、安倍氏に対しては「安倍が首相になり、対中外交を強硬姿勢でやったら政権は持たない。軌道修正しないなら、来年の通常国会は民主党の攻撃で立ち往生し、
(来年夏の)参院選も敗北だ」と語っている。

つまり、極めて常識人なのだ。
今、目の前にある現状からしか近未来が予測できない。安倍氏が首相になったら対中関係がどうなるか、それを複眼的に考察できない。

これは、政治家に聞いたのかメディアで耳にしたのかは覚えていないが、サラリーマン時代の福田氏の同僚が、福田氏を指して「我々と同じ普通の人ですよ」「感覚はサラリーマンでしょう」「変人・小泉とは異質の人です」と語ったのを聞いたことがある。つまり、本来は政治家になるべき人ではなかったのだ。

ここで、ちょっと福田氏の経歴を見てみよう

福田氏は今日でちょうど70歳(古希)。
早稲田大学卒業後、1959年 から1976年まで17年間丸善石油(現・コスモ石油)に
勤務。課長にまで昇進。
1976年からは父・福田赳夫の秘書を務め、1990年、引退した父の跡を継いで衆院議員になる。
小泉内閣で官房長官になるまで、閣僚経験なし。まったくの無名。

なるほど、政治家生活よりもサラリーマン生活の方が長い。これなら、元同僚が「我々と同じ普通の人ですよ」「感覚はサラリーマンでしょう」「変人・小泉とは異質の人です」と語ったのもうなづける。
見た感じも言動も、いかにもそつがないサラリーマンといった感じがする。

確かに、政治家には庶民の目線が必要である。そういう価値観を持った政治家は、むしろ貴重である。が、「庶民感覚をもった政治家」と「庶民」は違う。ましてや自民党の総裁は、わが国の総理大臣である。

おそらく、福田氏は権力闘争の経験がない。父親(赳夫)を傍から見ていたであろうが、自らが渦中の人になったことはない。つまり素人なのである。
そういう人物では一国の総理はとても務まらない。
断言する!

福田氏は外交が得意だそうだ。これは安倍氏も同様だ。今回の北朝鮮に対する一連の対応は、安倍氏の真骨頂だろう。少なくとも、今回は合格点である。
が、福田氏は手法が安倍氏とはまったく違う。リスクを負わない。それが基本的スタンスである。

安倍氏が、今までの外務省を、「事なかれ主義に陥って、自国の国益を主張する姿勢を欠いてきた」と批判するのに対し、福田氏は「戦後の外務省の国際協調路線」を評価している。
それが、如実に出たのが、官房長官在任中の、台湾の李登輝前総統の来日問題
(森内閣)と帰国した拉致被害者の北朝鮮送還問題(小泉内閣)である。

福田氏は2001年、外務大臣の河野洋平氏と組んで、李登輝氏のビザ発給に反対し、
病気治療が目的であるという主張を退けて来日を拒んだ。何の法的根拠もなく、ただ
中国(中共)におもねっただけである。

また、小泉内閣においては、2002年10月に、拉致被害者5人が帰国したとき、北朝鮮との約束だからと、何と5人を北朝鮮に送り返そうとした。
それに猛然と反発したのが、当時、官房副長官であった安倍氏である。安倍氏は小泉首相と掛け合い、メディアも動員して、福田氏の愚かとしか言いようがない行為を阻止した。
もし、安倍氏がいなければ、今ごろ5人は北朝鮮にいると思う。
これは「人道に反する罪」である。
この時から、二人の間には深い溝ができたという。が、当たり前だ!!!

今の福田・安倍の関係を如実に示す福田氏の発言がある。
昨年秋の内閣改造で安倍氏が官房長官として初入閣したあとで、福田氏は周辺にこう漏らした。
「彼(安倍)もよく考えなきゃいけない。総理と官房長官が(靖国問題や対中外交で)
同じことを言っていたらどうしようもない」
まさに、「安倍には国政を任せられない」と言っているのだ。

福田氏が、迷っているのは、安倍氏と同じ森派に所属しながら、他派閥から「反小泉派」の象徴として、安倍氏の対抗馬に担ぎ上げられることだという。
が、私に言わせれば、笑わせるな!!!と言いたい。
やっと故郷の土を踏んだ拉致被害者を「北朝鮮との約束だから」と送り返そうとしたヤツなんか首相にできるか!
憲法改正だって、「周辺国の理解が必要」と言ってはばからない。自国の憲法を考えるのに、なぜ周りの国にお伺いを立てなければならないのか???

できれば、政治家を辞めてもらいたいね、福田くん!!!

今回、国連安保理で頑張ったからといって安心できない。
もし、福田氏が官房長官だったら、おそらく「議長声明」で手打ちである。前回は「プレス声明」だったから一歩前進であると・・・

こんな人物を、総理総裁に担ごうとしている有象無象の輩が掃いて捨てるほどいる。

我々国民は、もっと政治家を見る眼のレベルを上げなければならない!

参照1:折衷案への賛成、米中の動向見極めつつ検討
    (2006年7月15日 読売新聞)
参照2:英仏が折衷案、中国「支持できる」…日米受け入れ検討
    (2006年7月15日 読売新聞)
参照3:7章言及の部分は削除 対北朝鮮決議案を採択
    (2006/07/16 11:55 ANNニュース)
参照4:国連憲章第7章を削除した決議案を全会一致で採択
    (2006/07/16 06:21 FNN NEWS)
参照5:北朝鮮決議採択、全会一致優先し譲歩
    (2006/07/16 12:10 TBS News i )
参照6:「ポスト小泉」への道(5)“靖国選挙”福田氏の困惑
    (2006年7月15日 讀賣新聞)

【特記】
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2006/07/15

日本外交は中国に勝利できるのか?

北朝鮮のミサイル発射問題は、戦後、初めて日本が国連の舞台で主役を演じる契機となった。

今回の問題に対する日本の対応は、従来の姿勢からすれば、考えられないほど迅速なものであった。
ミサイル発射翌日の今月6日には、国連安全保障理事会(安保理)に「北朝鮮制裁決議案」を提示、米・英・仏の3常任理事国と非常任理事国9カ国(日本を入れると10カ国)の支持を直ちに取り付けたのである。
この時点で、安保理常任・非常任理事国15カ国のうち、反対は中国のみでロシアは
沈黙。が、その後、ロシアも反対に転じたので、安保理15カ国のうち13カ国が決議案に賛成、反対は2カ国のみという情勢になった。

日本が安保理に、米英などの7カ国と共同提案した「北朝鮮制裁決議案」の骨子は
次のとおりである。

①今回のミサイル発射は国際の平和と安全への脅威
②安保理は(経済制裁や軍事行動を認める)国連憲章7章のもとに行動
③今回のミサイル発射を非難
④北朝鮮は弾道ミサイルの開発、試験、配備、拡散を即時停止
⑤北朝鮮のミサイル及び大量破壊兵器開発への資金、物資、技術の提供阻止
⑥北朝鮮からのミサイル及び関連物資・技術の調達阻止
⑦北朝鮮に6カ国協議への無条件即時復帰を求める
⑧北朝鮮に昨年9月の6カ国協議共同声明の迅速な実行を要求

このうち、中・露が特に問題にしているのは、②の経済制裁や軍事行動を認める国連憲章7章が決議案に盛り込まれていることだ。これを認めれば、イランを始めとする反米的な国に対する同様の決議を、今後阻止できなくなる。
中・露、特に中国の友好国には、反米的で人権を抑圧している国が多い。
米国のコンドリーザ・ライス国務長官 が、昨年1月に「圧政の前線基地 」と名指しした
6カ国のうち、中国はキューバ、ミャンマー、北朝鮮、イラン、ジンバブエの5カ国と友好・協力関係にある(ちなみに、残りのベラルーシはロシアと兄弟関係)。
したがって、国連憲章7章を盛り込むことは、中国の国益を大いに損ねるのである。

中国は当初、1998年のテポドン1号発射時の前例にならい、最も効力の弱い「プレス
声明」で対応すべきだと主張していた。が、日・米の予想外の強硬姿勢に押される形でそれを「議長声明」に格上げした。その後、「議長声明」の内容をさらに強めた案を提示するまでになった。
が、それでも日本は強硬姿勢を貫いた。

すると、中国は「北朝鮮カード」を持ち出し、引き延ばしにかかる。
中国の回良玉・副首相(共産党政治局員)率いる代表団が10日、平壌入りし、「ミサイル発射の凍結や6か国協議への早期復帰」を説得する工作に入った。
また、李肇星外相は9日、安保理理事国のうち日・米・英・仏を除く11カ国や韓国と電話で外相会談を行い、安保理に提出された「北朝鮮制裁決議案」を支持しないよう協力を求めた。
が、「北朝鮮カード」は効果がなかった。回・副首相に同行した武大偉・外務次官は、「平壌からは何の反応もない。1回や2回の訪朝では解決できない」と述べ、王光亜・
国連大使も12日の安保理協議で、北朝鮮との交渉難航を率直に認めた。
また、李外相が協力を求めた12カ国のうち、中国を支持したのは安保理理事国ではない韓国のみであった。

今回、米国は背後に回り、日本を後押しする役に回ったように見える。「北朝鮮制裁決議案」も日本主導で作成。「中国の拒否権行使を恐れない」という発言も、米国ではなく日本から発信された。
中国が本気で北朝鮮の説得に乗り出さざるをえない状況を作ったことで、米国は既に相応の成果を得ている。自ら前面に出て中国と対決するより、「日本カード」を使った方が、今後再開される可能性のある「6カ国協議」を考慮すると有利と判断したのだろう。

※(注)
「国連憲章7章」とは、平和を維持するための安保理の権限などを定めている。
7章の冒頭にある39条では、安保理が「平和に対する脅威」などの存在を認定した上で、41条(非軍事的措置=経済制裁など)と42条(軍事的措置)に従っていかなる措置を取るか決定すると規定されている。
多国籍軍による武力行使については憲章に明文規定がなく、7章全体が根拠とされることが通例となっている。

-------------------------------------------------------------------

北朝鮮を説得できず、ロシアの反対姿勢にも100%の信頼を置けない(ロシアは15日から開催されるG8サミットのホスト国である)中国は、12日、「議長声明」をあきらめてロシアとともに独自の安保理決議案を提示してきた。
独自案の内容は、強制力を伴う国連憲章7章には言及していないものの、北朝鮮の核放棄やミサイル発射凍結、関連物資・技術の移転・調達阻止を求めるなど、日米などの「北朝鮮制裁決議案」と重なる点が多い(北朝鮮の核放棄やミサイル発射凍結は中国の国益にかなう)。

国連では、「追いつめられているのは中国ではないか」という声もあがっっているほどだ。
国連当局者も驚いた譲歩を中国が重ねたのは、日・米などが提案した「北朝鮮制裁決議案」が採決に持ち込まれ、単独で拒否権を行使して孤立する、というシナリオを避けたいからだ。
決議案に単独で拒否権を行使する事態になれば、「北朝鮮の行為を擁護した」と国際社会から非難されるのは必至である。が、制裁や武力行使を可能にする国連憲章7章を盛り込んだ決議を、(たとえ欠席という形であれ)容認することは、朝鮮半島情勢の
さらなる混乱を招きかねないという点でも容認できない。
つまり、今回の中国によるロシアを伴なった形の独自の安保理決議案提示は、苦渋の選択だったと言える。

この中・露の独自案提出を受けて、安保理は14日(日本時間15日)から非公式協議を開いた、日・米なども中・露の譲歩を受けて制裁決議案の修正案を正式に提出した。
国連憲章第7章は残すものの、第41条(非軍事的措置=経済制裁など)や第42条
(軍事的措置)は含まず、第40条に限定して制裁色をより薄めるというものだ。
さらに、中国が求めていた「朝鮮半島と北東アジアの平和と安定の維持への配慮」を
前文に加え、北朝鮮のミサイル発射が「国際平和と安全への脅威」とした表現を「地域の平和、安定、安全保障を危うくする」に改めた。

が、中国はなお拒否権行使を明言している。
第40条は、「強制措置」は義務付けないものの、「強制措置」の前段階である「暫定措置に従うよう関係当事者に要請することができる」と規定しているからである。関係当事者が「暫定措置の要請」に従わない場合は、安保理は「妥当な配慮」を払うことになる。

安保理議長のドラサブリエール・フランス国連大使は「まだひとつの条項をめぐる問題が残っている」と述べ、7章問題以外では合意が図られていることを示唆している。
中国の王・国連大使は、7章への言及が第40条に限定されたとしても、「第40条は第41条(非軍事的措置=経済制裁など)や第42条(軍事的措置)などへ移行しうる」という点を拒否権行使の理由として挙げている。そして、「1~2カ国が自分たちの立場に固執している」と日・米を批判した。

一方、米国のジョン・ボルトン国連大使は「7章の文言がなくても法的拘束力のある決議にするやり方はある」と指摘しており、日本もまた、7章が削除されても、安保理決議
そのものに拘束力があると考えているようだ。
たとえ、7章が決議案に盛り込まれなくても、日・米案、中・露案ともに、①北朝鮮のミサイル発射非難、②北朝鮮の核放棄やミサイル発射凍結、③関連物資・技術の移転・
調達阻止、④北朝鮮の6カ国協議への無条件即時復帰、⑤昨年9月の6カ国協議共同声明の迅速な実行などが含まれており、安保理決議案が採択されれば、①北朝鮮が次にミサイル発射などを強行した場合、中国は制裁決議に反対できなくなる②中国は北朝鮮を決議に従わせる実質的な義務を負う、と日本は判断しているからである。

今回の攻防のキープレーヤーは、日本、中国、米国の3カ国だった。途中から米国が
日本の背後に回り、事実上、日・中の対決だった。
日本は中国に勝利できるのか?
「今回、中国外交は失敗したと考えていいのか」という国連本部での記者団の質問に、ボルトン米国連大使は満足そうな笑みを浮かべた後、隣の大島賢三・国連大使に回答を譲った、そうだ。

北朝鮮がテポドン1号を発射した1998年は、議論に2週間を費やしたあげく、「プレス
声明」だけで終わった。
これを考えれば、たとえ国連憲章7章が盛り込まれなくても、実質的に北朝鮮を拘束し、その拘束を守らせる義務を中国に負わせることができる「北朝鮮非難決議案」が安保理で採択されれば、日本の勝利と言えるのではないか。

なお、今回の問題で、中国共産党機関紙・人民日報は13日、「日本の過激な反応には多くの狙いがある」と題する論文を掲載し、「北朝鮮に対する優位を占め、外向型軍事システムを構築し、米国に媚び、安保理常任理事国入りで巻き返すことこそ日本の
狙いだ」と断定、日本を非難している。

つまり、日・中関係がうまく行っていないのは、小泉純一郎首相の「靖国神社参拝」が理由ではない。
日本が中国を前にして「膝を折らない」からだ。
日本が当たり前の「国益を主張する」ようになったからだ。
日本が自ら「安全保障を考える」ようになったからだ。

加藤紘一自民党元幹事長は昨年、「小泉首相が靖国参拝をやめれば日・中間の問題の7割は解決する」と言った。加藤氏は、今回の中国の言動を、どう説明するのだろう???
こういう人物は、政治家としての「見識」以前に、その「資質」を疑わざるをえない。加藤氏や古賀誠元幹事長のような政治家が推す人物を、総理・総裁にするようなことは絶対に許されない。

また、今回、韓国は中国と足並みをそろえて日本を非難。「北朝鮮制裁決議案」に
真っ向から反対した。今年の末には、国連事務総長と日本の安保理非常任理事国の任期が切れる。
韓国は今、その両方の後釜を狙っている。そして、臆面もなく日本に協力を要請して
きている。
もし、今回、「日本が安保理にいなかったら」、そして「韓国が非常任理事国だったら」と考えるとゾッとする。ましてや「国連事務総長に現在の韓国外相がなる」なんて、もう
悪夢でしかない。
北東アジアの平和と安定を損ねるだけだ。

日本政府も、そこまで「お人好し」とは思わないが、韓国には絶対に協力してはならない!!!

参照1:[北ミサイル]ドキュメント 日中の新たな火種に
     (2006年7月14日 讀賣新聞)
参照2:対北安保理決議案 「7章」削除容認へ
     (2006年7月14日 讀賣新聞)
参照3:北ミサイル中露決議案 日米中、着地点探る
     (2006年7月14日 讀賣新聞)
参照4:日米、修正案を提示 第7章はそのまま
     (2006年7月15日 朝日新聞)

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2006/07/14

共産主義はなぜ破綻したのか?(2)

今日は約束どおり、「なぜ社会主義(共産主義)の思想から、中国や、それ以上に残酷な北朝鮮のような非人間的社会体制が生み出されたのか?」に言及する。

昨日のエントリーで書いた「ソ連的社会主義体制」の崩壊をお読みいただければ、理由の半分以上は既にお解りいただけると思う。

-------------------------------------------------------------------

私は、昨日のエントリーで次のように書いた。

①共産主義社会とは、社会主義社会がさらに発展した人類の理想社会。
②搾取も抑圧も差別もない、真に自由で平等な社会。
③人間が疎外から解放され、もっとも人間らしく生きることのできる社会。
④「一人は万人のために、万人は一人のために生きる」社会。
⑤「各人はその能力に応じて働き、必要に応じて与えられる」社会。
以上の社会が共産主義社会であり、その理想社会を目指す思想が共産主義である
と・・・・・・

そして、その思想が生まれた社会的、歴史的土壌にも言及した。

①あらゆる人間が「共通の理性」を持っており、世界には何らかの「根本法則」があるという思想が知識人を中心に普及し、
②キリスト教的「倫理観」が社会及び人々の規範になっている。
③そして既に資本主義が高度に発展しており、
④自由、平等、人権という価値観が社会的土壌として存在している。
⑤にもかかわらず、ユダヤ人は「自由、平等、人権」からは疎外されていた。
そういう世界で生まれた「科学に裏付けられたユートピア思想」がマルクス主義なのである
と・・・・・・

また、以下のようにも指摘した。

マルクスは、資本主義そのものは社会の生産力が高まる時代と捉えている。
その資本主義がより成熟し、拡大した生産力に資本主義の体制が耐えられなくなった時、つまり、生産力の拡大に伴なって、資本主義の抱える諸矛盾もよりいっそう深刻化して解決不能になった時に革命が起こり、社会主義に移行すると考えていた。
したがって、革命が起こる可能性があるのは、祖国ドイツか英国、あるいはフランスで
あると想定していた
と・・・・・・

つまり、ヨーロッパの後進国・ロシアで社会主義革命が起きるなんて、マルクスにとってはまったくの想定外であった。

やはり、色々な理由があったとはいえ、ロシア(ソ連)共産党やソ連型社会主義がマルクスのイメージとはかけ離れたものになってしまったのも、そのロシアの後進性による
ところが大きい。
結局、「搾取も抑圧も差別もない、真に自由で平等な社会」を目指したはずの共産主義思想が、世界で最初に実現したのは「搾取も抑圧も差別もあり、まったく不自由で不平等な社会」だった。
近代史上、これ以上の、イデオロギーとそれが実践された結果の乖離が大きい例を
私は知らない。

-------------------------------------------------------------------

中国の場合は、もっとひどい。中華人民共和国が建国した1949年の4年前までは、
中国のほぼ全土(主要部)が日本との戦場だった。 
そして、日本が1945年に敗北した後、一時的に平和が訪れたが、1946年6月には国民党と共産党との内戦(国共内戦)が再び始まる。

日本との戦争前及び戦争中の中国はというと、まったく国としての体をなしていなかった。

1911年に孫文が率いる中国革命同盟会が中心になって辛亥革命を起こし、清朝を
打倒した。革命派は中華民国の建国を宣言した。が、基盤の弱かった革命派は、いくつかの交換条件を結んだ上で、何と清朝の将軍であった袁世凱に実権を譲る。

実権を握った袁世凱は、一時は皇帝になるなど反民主的・専制的な政治を行った。そして袁世凱の死後は、中国全土に軍閥が割拠する時代となる。
孫文の後を継いだ蒋介石が率いる国民党政府も、広東(広州)を中心とする南方軍閥の一つにすぎなかった。

まさに、満州事変(1931年)のころ、酒井隆・支那駐屯軍参謀長が述べた「支那は一つの社会ではあるが国家ではない。あるいはむしろ支那は匪賊の社会であるといった
方が適評」という評価は正鵠を射ていたのである。

1926年、蒋介石は、共産党の協力を得て「国民革命軍」を組織し、相対的に豊かな
華中~華北の10省あまりを支配する北方軍閥に対する討伐戦争を起こした。いわゆる
「北伐」である。
1928年に、蒋介石が率いる「国民革命軍」は、一応は北伐を完了させ、南京を首都にする。
が、前年の1927年には早くも共産党が戦線を離脱し、「国共内戦」が始まっていた。
そして、「国共内戦」開始に伴ない、「国民革命軍」に参加していた旧・軍閥も離脱し
独立。
蒋介石と国民党が目指した中国の統一は事実上、失敗に終わった。

そして1931年には満州事変が起こる。
1937年には日中戦争(支那事変)が開始され、この戦争は1945年まで続く。国民党
政府は、戦争開始から4ヵ月後の11月には南京から奥地の重慶に政府を移し(逃亡)、中国のごく一部を支配するのみになった。

つまり近代中国の歴史は、清朝時代の後半は、日・欧・米の半植民地。清朝崩壊後は、戦乱に明け暮れ、一時も国としての体を成したことがなかったのである。
資本主義も未発達で、買弁資本家が中心だった。もちろん、民主主義の価値観など
カケラもなく、革命以前のロシアよりひどい前近代的な封建的・分立国家であったと
言ってよい。
こんな国で、いきなり社会主義革命が起こった。しかも、当時の中国共産党の指導者は「政権は銃口から生まれる」という「唯武器論者」の毛沢東だったから中国人民はたまらない。

※(注)
「買弁資本家」とは、植民地・半植民地または開発途上国で、外国の資本と結びつき、利害をともにする資本家のこと。本来は「貿易商」の意味。

-------------------------------------------------------------------

私は、毛沢東はマルクスの思想を理解していなかった(理解できなかった)と思っている。
彼は、レーニンから「暴力革命の戦略・戦術」を学び、スターリンから「共産党による独裁の手法」を学んだだけで、マルクスの思想の核心にあるのものは理解していない。
彼が理解した共産主義思想は、ソ連共産党によってゆがめられたドグマ(教理・教条)にすぎなかった。
そう断言できる。

毛沢東の「人民戦線論」や「統一戦線論」、そして「農村から都市を包囲する」という
有名な戦略も、レーニンの革命論を、資本主義が未発達で農民が社会のほとんどを
占めていた中国の実情に合わせて焼き直したものである。

毛沢東は、日中戦争末期の1945年に開催した中国共産党大会における政治報告で、「一部の人は、共産党が権力を得たのち、ロシアにならってプロレタリア独裁、一党制度を打ち立てるのではないか、と疑っている。しかし、我々の、いくつかの民主的階級の
同盟による新民主主義国家は、プロレタリア独裁の社会主義国家とは原則的に違ったものである」と述べている。

「新民主主義国家」、美しい響きを持った言葉である。
が、これはまったくのウソだった。
その「新民主主義国家」は「プロレタリア独裁の社会主義国家とは原則的に違ったものである」どころか、もっとひどい「共産党による強権的独裁国家」であった。
この手法も、ロマノフ朝を打倒するまでは社会革命党(メンシェビキ=少数派の意味だが実は多数派)や無政府主義者と共闘しながら、革命が成功すると、彼らを排除し、
ロシア共産党(ボリシェビキ=本当は少数派)による一党独裁体制を確立したレーニンのやり方にそっくりである。

-------------------------------------------------------------------

1957年、ソ連共産党第一書記フルシチョフは、ソ連が15年以内に鉄鋼、石油などの
生産高の面で米国を上回るだろう、と宣言した。
当時モスクワに滞在していた毛沢東は、兄貴分であるソ連に負けじと、中国は15年
以内に英l国を追い越すだろうと語った。この発言は、世界各国共産党首脳たちの熱烈な拍手を浴び、中国国内でも盛んに宣伝された。

これに気をよくした毛沢東は、1957年に約535万トンであった中国の鉄鋼生産高を翌年には倍の1,070万トンにするよう命じた。ここから全人民製鉄・製鋼運動が展開される
ことになった。
しかし、本格的な製鉄コンビナートを作るだけの資本も時間もない。いらだった毛沢東は、産業革命以前の「土法高炉」を全国に展開し、人海戦術で鉄鋼生産を行うことを命じた。
しかし、素人が薪をくべて作った鉄は、農機具用にすらならなかった。何と、6千万人もの力を投入したのに、308万トンの何の役にも立たない「牛の糞」のような鉄が作られただけに終わったのである。

鉄鋼増産と並んで、毛沢東の念願であったのが、人民公社(労・農・学・兵が結合した自治組織)による農村の共産化である。これは、パリコミューンやソ連のソビエト(者・兵士による評議会)を意識したものだった。
「共産主義は天国だ。人民公社はその掛け橋だ」というスローガンが、1958年以降、
中国全土に響き渡った。

人民公社は地方の共産党官僚の管理化におかれ、やがて各公社 が、毛沢東の歓心を得ようと、食糧増産の大ボラ吹き競争を始め る。

ある公社が、今まで1畝(6.7アール)あたり200斤(100k g)程度しか小麦がとれなかったのに、2千105斤もの増産に成功したとのニュースを人民日報で流した。毛沢東が
提唱した、畑に隙間なくびっしりと作物を植える「密植」により出来高が10倍にもなったというのである。
すると、他の公社も負けじと、水稲7千斤、1万斤などという数字を発表し始めた。8月には湖北省麻城県で、1畝あたり稲の生産高3万6千956斤というニュースが報道された時、人民日報は四人の子供が密植された稲穂の上に立っている写真まで掲載した。

出来高の水増し報告により、農民が上納すべき食料の量も増やされ、農民自身の取り分は大きく減らされた。こうして、農民たちの製鉄運動への駆り立てと人民公社化(農地の共有化)による効率低下、さらに上納分の大幅増加により食糧備蓄も底をつき、1960年から61年にかけて、中国全土を猛烈な飢饉が襲った。
これが、毛沢東が煽った「大躍進」政策の実態である。

その「大躍進」政策で中国人民が得たものは、308万トンの何の役にも立たない「牛の糞」のような鉄と3千万人に及ぶといわれる餓死者であった。

このような事態の深刻さは、地方からの水増しされた食糧増産報告のため党中央には届かなかった。その結果、飢饉の最中である1960年に、270万トンに及ぶ食料の強制徴発と、それを輸出に回すという信じがたい行為が実行されたのである。
270万トンの食料は、3千万人が半年間食いつなぐのに十分な量だった。

-------------------------------------------------------------------

1961年初めには、さすがの毛沢東も「大躍進」政策を続けることができなくなり、劉少奇や鄧小平などの実務派に政治運営を譲った。鉄鋼増産運動は中止され、農民の収入も働きに応じて分配されるようになった。
鄧小平が「白猫でも黒猫でもネズミをとるのが良い猫だ」という発言をしたのは、この頃だ。「ネズミをとる」とは、「国民を食わせる」という事なのである。

が、毛沢東がおとなしく黙っているはずがない。マルクスの思想など理解せず(できず)、とにかくソ連にならって中国を東アジアの大国に、いずれは世界の強国にしたいと念願していた彼は、1965年に「文化大革命(文革)」を発動する。
そして、尊敬していたスターリンと同様に、個人崇拝・神格化に成功した(これは、昨日も述べたが、マルクスがもっとも忌避するものである)。

事情をよく知らないそのころの私は、これは「者(プロレタリア)独裁」を進めるための「永続革命」の一環であるとして最初は支持した。
が、実態は、林彪を「軍の足場」に江青や張春橋らの「四人組」を「政治の足場」にして実権派とされた当時の中共指導部である劉少奇や鄧小平らを追い落とすための権力闘争であった。

この混乱は、約10年間続き、内戦や虐殺及び強制などで、6百万人とも3千万人とも、果ては5千万人が犠牲になったとも言われている。
文革以降の歴代政権が、これに触れることを「タブー」にしているため、正確なところはよく解らないのが実情であるが、数千万人が犠牲になったのは間違いないようだ。

※(注)
「四人組」とは、1960年代半ばから約10年間にわたり、毛沢東が発動したプロレタリア文化大革命(文革)によって浮上した江青(中央文革小組副組長、毛沢東夫人)、張春橋(副首相、政治局常務委員)、姚文元(政治局委員)、王洪文(党副主席)の新権力グループを指す。文革では様々なグループが登場したが、林彪グループと並ぶ一大勢力を形成、主に上海を拠点にして活動した。

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1970年代半ばごろ、大躍進の失敗とそれに続く文革による大混乱で、中国は疲弊し、まさに存亡の機にあった。これを救ったのが鄧小平である。毛沢東亡き後、四人組
を打倒し実権を握った鄧小平は、「永続革命」路線から「改革開放」路線へとコペルニクス的転換を図った。

1978年12月の11期3中全会において決定されたこの路線の本質は、「白猫でも黒猫でもネズミをとるのが良い猫だ」という鄧小平の有名な言葉が総てを言い表している。
この言葉は、「資本主義でも社会主義でも、どちらでもよい。要は、中国が豊かになり、民衆がメシを食えるようになるのが先決だ」と読み替えることができる。

この時点で中国は、政治的制度としての共産主義を維持ししつも、イデオロギーとしての共産主義は捨て去り、経済成長至上主義に転換したといってよい。
実際のところ、1983年から88年の平均成長率は11.4%で、驚くべき急成長を遂げた。
ところがこの「改革開放」路線の延長線上に、1989年6月「天安門事件」が発生する。
中国共産党指導部は、この「事件」を戦車を動員して強権的に制圧した。

この人民の党と、その指図を受けた人民の軍が人民を虐殺した事件は、中国社会に
動揺をもたらした。
「強権的制圧」を指示した者にお咎めはなく、逆に、「改革開放」の旗手であり、「強権的制圧」に反対した趙紫陽・総書記が解任されたからである。加えて、人権に敏感な欧米諸国が中国に対して経済制裁を実行した。
その結果、「改革開放」の雲行きが怪しくなってしまった。

これに対して鄧小平は、1992年1~2月、広東省や上海市などの南方視察を行い、そこで華南地区の発展ぶりを称え、「改革開放は100年流行る」と言明、「てん足女のようなヨチヨチ歩きではダメだ。改革開放をさらに加速させなければならない」(南巡講話)と
全国に檄を飛ばしたのである。
元々、鄧小平の「改革開放」路線は、「先に豊かになれるものから豊かになれ」と、一時的な経済格差を容認する「先富論」であり「先に豊かになった地区(沿海部、都市部)が後発地区(内陸部、農村部)を支援すればよい」というものだった。
したがって、この鄧小平の「激」を受けた地方の党幹部たちは、我先にと、こぞって市場経済へ向けて走り出したのである。

※(注)
「天安門事件」とは、中国北京の天安門広場において起きた民衆の抗議運動。
文化大革命が否定される中、1981年に中国共産党主席に就任した胡耀邦は、思想解放を掲げ、改革を推進したが、反発を受け、1987年に失脚した。
その後、1989年4月に死去した胡耀邦の追悼行事が天安門広場で行われ、これを非難する当局に対して、学生や市民の抗議運動が広がっていった。
1989年6月4日、天安門広場において、民主化を求める学生や市民に対して人民解放軍が武力弾圧する事態となった。

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この鄧小平が唱えた「改革開放」には致命的欠点が、いくつかあった。 
その一つは、社会が市場経済に向けて走り出したにもかかわらず、もっとも重要な
「そのルール」を定めなかったことである。
また、市場経済化に不可欠な「政治の民主化」を先送り(弾圧)したために、下部構造(経済)は資本主義(市場経済)なのに、上部構造(政治や国家)は共産党による一党独裁という、極めてゆがんだ形の国家・社会を生み出してしまった。

つまり、マルクスの思想に基づいているはずの国家が、マルクスの「下部構造としての経済が政治や国家さらには人間意識といった上部構造を決定する」という理論とは逆になってしまったのである。
そして、共産主義から市場経済に転換したにもかかわらず、共産主義イデオロギーに
取って代わる社会的規範作りを怠った。

以上をまとめてみる。

①市場経済にルールがない。
②共産党による一党独裁のため、党官僚の恣意的判断でどうにでもできる。
③民主化を弾圧したため、言論の自由がまったくない。
④市場経済化によって共産主義イデオロギーが「規範」としての機能を喪失した。
⑤共産主義イデオロギーに代わる政治的・社会的「規範」が作れなかった。

これらに次のことが加わる。

①宗教を弾圧してきたために、宗教的道徳心や倫理観が社会から欠如している。
②社会に共通する価値観が、「カネ」と「モノ」しかなくなった。
  (まさに、下部構造としての資本主義が人間意識だけは決定したのである)
③民主主義の経験がまったくないため、社会全体に「人権」というものの認識がない。
④歴史的に「人の命は紙よりも軽く、欲望は底なし沼より深い」という国民気質がある。

その結果が以下のような社会を生み出したのである。

①業者と結託して当局(地方の党・政府)が、涙ガネで農民の土地を取り上げる。
  (失地農民は全国で4千万人以上。毎年200万人以上のペースで増加中)
②農耕が不可能になるほどの工場による汚染が頻発する。
③業者と当局が結託して石炭の違法採掘を行うため、人身事故が頻発する。
  (2005年の労災事故は69万1,057件で労災死者は11万9,827人)
④国民の3分の2(66%)が無保険な上、医療費が高額なため医者にかかれない。
⑤外貨準備高世界一だが、1日の収入1ドル未満の貧困人口も1億7千3百万人いる。
⑥警察官が住民(特に出稼ぎ者=民工)に対して恐喝を平然と行う。
  (1億人を超える民工は都市戸籍がないので人間扱いされない)
⑦裁判官までが賄賂次第なので、不公平な裁判がまかり通る。
⑧医療関係者まで絡んだ誘拐・人身売買が跡を絶たない。
  (人身売買は、摘発されただけでも2001~03年の3年間で2万360件、4万2,215人)
⑨模倣品の市場総額は1,600億~2,000億元(2兆2,400億~2兆8,000億円。
  (2001年・国務院推計)
⑩密輸品は6年間で9万件以上、2兆6,000億円(1998~03年摘発分)。
⑪党や政府の幹部が、収賄や公金横領を平然と行う。

書き始めると切がないので以上で止めるが、それにしても凄まじい社会である。
人間の「真の自由と平等」を目指す思想に基づいて作り上げた国が、もっとも不自由で不平等な社会になる。
その原因は、まず第一にマルクスの思想にある。第二にレーニンによってゆがめられたロシア革命にある。そして、中国の場合は、マルクスの思想が持つ欠陥+レーニンと
スターリンによる歪曲、そこに中国的特殊事情がプラスされた。

毛沢東時代は、共産主義というドグマが何千万人もの人民の命を奪った。毛沢東の後は、共産党による独裁体制が、人民を抑圧し搾取することを合目的化した化け物のようなシステムに進化した。
要は、そういうことではないか。

ソ連は、その体制の劣化に耐え切れず崩壊したが、それを後押ししたのがミハイル・
ゴルバチョフ書記長による情報公開(グラスノスチ)であった。
中共は今、言論統制にやっきになっている。ソ連の二の舞いを恐れているのであろう。
が、今の、下部構造が「市場経済」で上部構造は「共産党独裁」という歴史上例のない体制が長続きするとは思えない。

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北朝鮮に関して書く時間がなくなってしまったので、簡潔に言及する。

マルクスの思想をゆがめた形で現実化したのがロシア革命(レーニン及び後継者のスターリン)だった。そのロシア(ソ連)の共産主義を模倣し、さらに中国的にアレンジしたのが毛沢東である。
なぜなら、革命当時の中国はロシアよりさらに遅れており、しかもアジア的特殊性もあったので、アレンジするしかなかったのである。

北朝鮮の場合は、ロシアより遅れていた中国より、さらに遅れていた。中世から近代にかけて政治的・文化的・経済的に完全に独立したことが一度もない。
近代までは一貫して中国の属国であったし、20世紀に入ってからは日本の植民地になった。しかも、植民地時代の日本が残した遺産のかなりの部分は朝鮮戦争で喪失している。
それでも1960年代前半までは、日本が残した遺産のおかげで韓国よりは経済的には上だった。が、それもソ連や毛沢東時代の中国と同じで、時代の変化に体制がついて行けず、急速に劣化・陳腐化していくのである。

また、北朝鮮を赤化した当時の朝鮮党(共産党)の幹部は、首領の金日成を
始め、モスクワに留学していない。この点も、毛沢東を除いては、幹部の多くがモスクワ留学組だった中国共産党との大きな違いである。
要するに、朝鮮党(共産党)の幹部は、金日成を始め、マルクスの思想の核心は
おろか、ソ連型の共産主義思想(スターリン主義)さえ満足に理解していなかったのではないか!

だから、一党独裁、計画経済、個人崇拝という、スターリンや毛沢東がやったことの
外形だけを真似た。中身(思想)はまったくなし。
思想がまったくないから、スターリンも毛沢東も考えなかった「権力の世襲」を実行し、
チュチェ思想などという、訳のわからない教義を打ち立てる。
北朝鮮は、マルクス主義ともスターリン主義とも毛沢東主義とも無縁な、中世の封建的・半奴隷制国家であると理解してもらいたい。

北朝鮮については、チュチェ思想も含めて、改めて言及したい。

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※データ等で、出所が明らかにされていないものは、すべて過去のエントリーから引用したものです。

【特記】
コメント及びTBを許可制にさせていただきました。
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2006/07/13

共産主義はなぜ破綻したのか?(1)

今日(11日)は、午後2時半にエントリーを書き上げ、ココログにアップしようとしたところ、何とメンテナンス中で不可。
メンテナンスは13日(木)の午後2時まで続くというからガッカリ、というかウンザリ。
皆さんにも、コメントやTBでご迷惑をおかけすることになると思うので、この場を借りて
お詫び申し上げる。

ただ、ガッカリ&ウンザリしていても仕方がないので、今日から明日(12日)にかけて、普段は時間がなくて書くことがなかなかできないテーマのエントリーを書くことにする。

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皆さんの中には、なぜソ連のような社会主義(共産主義)体制が破綻したのだろう?
なぜ社会主義(共産主義)の思想から、中国や、それ以上に残酷な北朝鮮のような
非人間的社会体制が生み出されたのだろう?と思われている方もおられると思う。
今回は、そのことに言及したい。

このことを明らかにするには、20世紀の世界に最大の影響を及ぼした共産主義思想とは何だったのか、人間とは何なのかまで踏み込まざるをえない。
したがって、限られた時間とスペースの中では書きつくすことは不可能に近い。が、できる限りのエネルギーと、持ちうる限りの知識、経験を費やしてチャレンジしてみようと
思う。

長いエントリーになるし、中には難解な言葉も出てくるので、途中で投げ出したくなる
かもしれないが、世界や人間を知るうえで必ず参考になると思うので、できれば読み
通してほしい。

なお、ここでは、社会主義という言葉は共産主義に通じると理解してもらいたい。なぜなら西欧では、社会主義というと、一般的に社会民主主義(社民主義)のことを指すからだ。
また、よくマルクス主義とも言われるが、それは、ドイツ人のカール・マルクスが共産主義思想の始祖であるためで、共産主義と同義である。

これから述べることは、少々むつかしいかも知れないが、高校のころの世界史を復習するつもりで読んでほしい。

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歴史上、最初に社会主義革命を成功させたロシアのウジミール・レーニンによれば、
マルクス主義の基本的源泉はドイツの哲学、イギリスの経済学、フランスの社会主義の三つとされる。(「マルクス主義の三つの源泉」)
ただ、この捉え方は、「ステレオタイプすぎる」という批判も強く、実際のところ、マルクスが洞察した内容はもっと奥行きが深いと思う。
が、だからと言って、レーニンの捉え方が間違っているわけではない。

マルクスが、
①ゲオルク・ヘーゲルやルートヴィヒ・フォイエルバッハなどのドイツ観念論、
②アダム・スミスやデヴィッド・リカード、ロバート・マルサスなどのイギリス古典学派
経済学、
③サン・シモンやシャルル・フーリエ、ロバート・オーエンなどの、いわゆる「空想的社会主義」
を批判的に摂取し、「科学的社会主義」へと発展させたことは事実である。
「科学的社会主義」を具体的に言うと、「弁証法的唯物論」と「史的唯物論」と「資本論」である。

「弁証法的唯物論」や「史的唯物論」などと言うと、文字を見ただけで「嫌になりそう」という声が聞こえてきそうなので、今回はそういうところまでは、できるだけ言及しないようにしたい。

ところで、レーニンの唱えた「マルクス主義の三つの源泉」が、なぜ「ステレオタイプ」と批判されるのか?
それは、マルクス自身及びマルクスが自らの思想をまとめ上げていった当時の時代
背景に対する考察が不足しているからである。
もっとも、マルクスが哲学者であり、経済学者であり、そして革命家であったのに対し、レーニンは純粋な革命家であったから、理解が単純化されたのは必然であったのかもしれない。

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マルクスはユダヤ人である。マルクスが生きた1818年~1883年のころは、まだゲットー(都市の中でユダヤ人が強制的に住まわされた居住区)が存在していた時代である。
特に、マルクスの祖国・ドイツでのユダヤ人差別はひどいものがあった。

そのような時代にあって、父はユダヤ教からキリスト教(プロテスタント)に改宗した。
職業は弁護士。母はオランダ生れのユダヤ人だが、父よりユダヤ性向が強く、日常生活ではイディッシュ語(ユダヤ語)を話していた。マルクス自身も6歳の時、プロテスタントとして洗礼を受けている。
マルクスの思想を理解する上で、彼の出自が被差別民族であったという事実は見逃せない。

また若かりし日には、啓蒙思想にも大きな影響を受けている。
啓蒙思想は、あらゆる人間が「共通の理性」を持っているとの「肯定的命題」を立て、
世界に何らかの「根本法則」があり、それは「理性」によって認知可能であるとする考え方である。方法論としては自然科学的方法を重視した。
マルクスは高校生時代に、教師を通じて、フランスの啓蒙思想家・ジャン-ジャック・
ルソーが唱えた社会契約説の影響を受けた。ルソーの考えは、「社会や国家は自由で平等な諸個人の契約によって成立する。主権は人民にあり、政治体制は主体の意志に従う」というものである。
この啓蒙思想は、フランス大革命にも大きな影響を与えた。

私は、
①この啓蒙思想の、あらゆる人間が「共通の理性」を持っており、世界に何らかの「根本法則」が存在するという考え方、
②特に「主権は人民にあり、政治体制は主体の意志に従う」というルソーの主張、
③そしてキリスト教(ユダヤ教)の「唯一神信仰(神=真理は一つ)」と、
④出自が被差別民族(ユダヤ人)であるという潜在意識が、
マルクスの思想の「根っこ」にあると思っている。

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マルクスにとって、というか、マルクスの生きた時代においては、ヨーロッパと北米が
「世界」であった。それ以外は、「未開の地」か「未知の地」であり、マルクスの「世界」には、アラブもインドも中国も存在しない。
ここでいう「アラブもインドも中国も存在しない」というのは、「知識」としてではなく、
「認識」としての意味である。

ヨーロッパ(英国)が清(中国)を最初に侵略した阿片戦争は1840年、ヨーロッパ諸国がアラブ(イスラム)世界の覇権をめぐって戦ったクリミア戦争が1853年。ムガール帝国
(インド)が完全に英国の植民地になったのは1858年。
マルクスが生きた時代を考えれば、アラブやインド及び中国は、マルクス的世界においては「外界の存在」にすぎず、アフリカや南米は「未開の地」であったと言ってもよい。

つまり、「白人」及び「キリスト教(ユダヤ教)文化圏」がマルクスの「世界」なのである。
その「世界」には既に、資本主義が高度に発展した国々が存在し、自由や平等、人権といった民主主義の基本的価値観が社会的土壌としてあった。

アメリカ独立革命やフランス大革命が起きたのは、マルクスが生まれるよりずっと前だった。
アメリカ独立革命(1775~1783年)は、独立宣言で「全ての人間は平等に造られている」と謳い「(自然権としての)生命、自由、幸福を追求する権利」を掲げた。
フランス大革命も、人権宣言で「自由の保障・人民主権・法の下の平等」という近代
民主主義の基本的価値観を謳いあげた。

要するに、
①あらゆる人間が「共通の理性」を持っており、世界には何らかの「根本法則」があるという思想が知識人を中心に普及し、
②キリスト教的「倫理観」が社会及び人々の規範になっている。
③そして既に資本主義が高度に発展しており、
④自由、平等、人権という価値観が社会的土壌として存在している。
⑤にもかかわらず、ユダヤ人は「自由、平等、人権」からは疎外されていた。
そういう世界で生まれた「科学に裏付けられたユートピア思想」がマルクス主義なのである。
そしてマルクス自身は、その世界においては被抑圧民族であるユダヤ人だった。

------------------------------------------------------------------

ここまで読んだだけで、なぜソ連が破綻したのか、なぜマルクスの思想(共産主義)から中国や、それ以上に残酷な北朝鮮のような非人間的社会体制が生み出されたのかが、ある程度は解った方もいると思う。

もちろん、もっと様々な問題が「なぜ?」を解明するうえで存在する。
その様々な問題に言及する前に、ここで共産主義について簡単に説明しておこう。
以下は、カール・マルクスが定義した共産主義社会についての私なりのまとめである。

①共産主義社会とは、社会主義社会がさらに発展した人類の理想社会。
②搾取も抑圧も差別もない、真に自由で平等な社会。
③人間が疎外から解放され、もっとも人間らしく生きることのできる社会。
④「一人は万人のために、万人は一人のために生きる」社会。
⑤「各人はその能力に応じて働き、必要に応じて与えられる」社会。

以上の社会が共産主義社会であり、その理想社会を目指す思想が共産主義である。

ここで、共産主義社会とは、社会主義社会がさらに発展したものと書いた。
マルクスによれば、社会主義社会とは「各人はその能力に応じて働き、に応じて
与えられる」社会である。そして、社会主義社会において、生産力が最大限に発達しきった段階でようやく共産主義社会に到達する。

※(注)
ここにおける「」は、資本主義下における「」とは違う。

なお、社会主義社会の前段として、「者(プロレタリア)独裁社会」が不可避とされる。
なぜなら革命が成功しても、者階級(プロレタリアート)が司法・立法・行政の三権及び軍を独占し、資本家階級(ブルジョアジー)を駆逐しない限り、常に資本家階級
(ブルジョアジー)による「反革命」の危険にさらされるからである。マルクスは、これを、1871年のパリ・コミューン(世界初の者階級による民主国家)の失敗から学んだと思われる。

資本家階級(ブルジョアジー)を駆逐し、「者(プロレタリア)による独裁」が実現して初めて社会主義社会への扉が開かれる。
者(プロレタリア)独裁下では、資本家階級(ブルジョアジー)の駆逐と共に、生産手段の社会的共有と富の平等な(に応じた)分配が進められる。
そして、資本家階級(ブルジョアジー)がなくなり、生産手段の社会的共有と富の平等な(に応じた)分配が完全に実現したときから社会主義社会が始まる。

社会主義の初期段階では、まだ国家も貨幣も残存している。が、社会主義がさらに
発展すると、国家は死滅し貨幣も廃棄され、富も「各人はその能力に応じて働き、に応じて与えられる」社会から「各人はその能力に応じて働き、必要に応じて与えられる」社会になる。
これが、共産主義社会だが、なぜ、そんなことが可能になるのか?

私が学んだ範囲では、その「なぜ?」に対する確信的な答えは見出せなかった。
だから私は、次のように勝手に解釈した。

計画経済により供給と需要が均衡するので、資本主義のような好況-不況-恐慌という景気の極端な変動がなくなり、安定的な経済成長が可能になる。投資や資源の配分も効率的かつ効果的に行われるから、さらなる成長を促す。
つまり、効率的かつ効果的な投資と資源の配分が、安定した高い経済成長をもたらす。高い経済成長が新たな投資と資源を生み出し、その効率的かつ効果的な再配分が、
さらなる成長の基盤になる。
そういう「無限の成長サイクル」ができ上がる。

また、生産手段が社会的に共有されているので、働く主体(人間)が搾取されることもなく、抑圧からも解放される。失業の恐れもなくなり、働く主体(人間)の意欲も向上する。
したがって、「無限の成長サイクル」+「意欲の向上」が、相乗効果も伴なって
「生産能力の飛躍的拡大」を可能にする。
だから、やがて「必要に応じて与えられる」ような社会が実現する。

経済(下部構造)が政治や国家(上部構造)を決定するから、そういう理想社会(生産力が極限まで発展し、司法・立法・行政の三権と生産手段のすべてを人民が共有する
社会)になれば、上部構造としての国家は死滅する。
生産手段が社会的に共有され、かつ供給と需要が均衡しており、「各人は必要に応じて与えられる」から、価値交換の媒介としての貨幣(交換価値)も必要なくなる。

以上が私なりの勝手な解釈だった。

※(注)
「生産手段の社会的共有」は、資本主義社会において「私有財産の廃止」と理解されている場合が多い。が、これは、(悪意の込められた)誤解である。
「生産手段の社会的共有」とは、工場や土地などの「生産手段の私的所有廃止」が
その核心であり、個人的生活を営む上での必需品まで否定されるわけではない。

------------------------------------------------------------------

かつてマルクスの教えを信じていた私は、今は、このような考えを完全に否定するようになった。
それは、極めて単純な理由からである。
「必要に応じて与えられる社会」が可能であるためには、その社会が「無限に近い生産力を持っている」か、全ての人間が「必要限度をわきまえている」かの、いずれかが
必要である。
社会が「無限に近い生産力を持てるようになる」とは、現実の世界を踏まえれば考えられないし、また全ての人間が「必要限度=節度と中庸をわきまえる」ことができるとは
絶対に思わない。
もう、この時点で、マルクスが夢見た理想郷は、私にとっては科学とは無縁の「願望」としか思えないようになったのである。

私の50数年の人生経験から言えば、人間の原点は「欲望」である。その「欲望」をどこまでコントロールできるのかが「理性」である。
が、「理性」は人によって千差万別である。中には「理性とは無縁」と思える人間もたくさんいる。だから、あらゆる人間が「共通の理性」を持っているなんて、とても信じられない。
「下部構造としての経済が人間意識までも決定する」「人間の社会的存在がその社会的意識を規定するのであって、その逆ではない」とマルクスは言う。
この捉え方はある面では正しいと思う。ただ、「現実の人間」を見れば、あまりにも一面的にすぎる。

※(注)
ここで言う「理性」とは、自己の内にある矛盾(葛藤)を止揚して、より高い次元へ至る
「具体的な思考能力」を意味する。

力を商品として資本家に売らなければ生きていけない社会から、自分の生命活動(生きること)を意欲や意識の対象にし、人間に特有の活動的機能であるに自由や生きがいを感じることのできる社会に変わったからといって、人間の本質というか、根源的な部分は変えようがない。
私は、そう思う。

マルクスは、弱冠26歳で書いた「経済学・哲学手稿」の中で、次のように書いている。

疎外されたは、人間から(1)自然を疎外し、(2)自己自身を、人間に特有の活動的機能を、人間の生命活動を、疎外することによって、それは人間から“類”を疎外する。疎外されたは、(3)人間の“類的存在”を、すなわち自然をも人間の精神的な“類的能力”をも、人間にとって疎遠な本質として、人間の個人的生存の手段としてしまう。疎外されたは、人間からそれ自身の身体を、同様に人間の外にある自然を、また人間の精神的本質を、要するに人間の人間的本質を疎外する

これは、それなりに有名な一節である。が、ちょっと難解で、理解できない方も多いと
思う。私は次のように理解している。

人間は本来、社会的生き物である。個体としての存在ではなく、自分と同じ存在である他人との関わりの中での自分である。
つまり人間は“類的存在”なのである。
その“類”としての生活から、資本の下で賃に従事する人間は疎外されている。
賃によって、人間に特有の活動的機能であるが、「個人の生存を維持する
手段」に貶められている。
本来の人間は、自分の生命活動(生きること)を意欲や意識の対象にしており、社会的生き物=“類的存在”であろうとする。そこに自由や生きがいを感じるのであり、動物の生命活動が「生きることそのものである」のとは明らかに違う、と・・・・・・

が、私は思う。人間も動物であると。
まず「生きることそのもの」が「生命活動」の第一義的目的であり、それは本能の領域に存する。自分の「生命活動(生きること)」を意欲や意識の対象にできるのは、その第一義的目的が満たされた後の話である。
そして、世界中のすべての人々が、その第一義的目的を満たされる日は、未来永劫にわたってありえない。

人間は弱い。常に「欲望」に負けそうになる。「理性」だけでは対応できない。
ここにおける人間は、「下部構造としての経済が云々」や「人間の社会的存在が云々」では理解できない。もっと奥深い、「人間存在」そのものが抱える根源的な問題なのではないか。
だから強制的規範としての法律がある。倫理や道徳がある。宗教心も、倫理や道徳を涵養する上で欠かすことができない。
そもそも、「人間存在」を「科学できる」と思うことそのものが、大きな間違いなのである。

※(注)
ところで、マルクスは宗教を「アヘン(痛み止め)」として否定している。
ただマルクスの言いたいことは、宗教の全否定というより「(宗教は)痛み止めのアヘンだけを与えて病気の原因治療をしないのと同じだ」という意味であるから、宗教の持つネガティブな部分を射ているとも言える。

------------------------------------------------------------------

ここで、なぜソ連のような社会主義(共産主義)体制が破綻したのか?なぜ社会主義(共産主義)の思想から、中国や、それ以上に残酷な北朝鮮のような非人間的社会
体制が生み出されたのか?という本題に入ろう。

私はマルクスの思想が、以下の条件の下で生まれたと前述した。

①あらゆる人間が「共通の理性」を持っており、世界には何らかの「根本法則」があるという思想が知識人を中心に普及し、
②キリスト教的「倫理観」が社会を及び人々の規範になっている。
③そして既に資本主義が高度に発展しており、
④自由、平等、人権という価値観が社会的土壌として存在している
と・・・・・・

マルクスは、資本主義そのものは社会の生産力が高まる時代と捉えている。
その資本主義がより成熟し、拡大した生産力に資本主義の体制が耐えられなくなった時、つまり、生産力の拡大に伴なって、資本主義の抱える諸矛盾もよりいっそう深刻化して解決不能になった時に革命が起こり、社会主義に移行すると考えていた。
したがって、革命が起こる可能性があるのは、祖国ドイツか英国、あるいはフランスで
あると想定していた。

ところが、実際に革命が起きたのはロシアであった。
当時のロシアは、マルクスの思想が生まれた土壌とはあまりにも違いすぎた。
1861年に農奴解放令が出されたものの、農民の生活は一向に向上しなかった(ミールと呼ばれる、司法・行政権力を有した村落共同体の小作農に変わっただけ)。19世紀末に産業革命が起こったものの、ヨーロッパの大国の中では、資本主義はもっとも遅れていた。
政治体制も、ロマノフ朝による絶対専制(ツァーリズム)支配が貫徹されており、自由、平等、人権という価値観からは、ほど遠い社会だった。
つまり、もっとも社会主義革命にふさわしくない国で革命が起きてしまった。これが不幸の序章になるのである。

ロシア革命では、マルクスが考えていた革命を指導する「前衛(共産主義者)」が、
「前衛党(共産党)」になってしまった。
このロシアの共産党はボリシェビキ(多数派という意味だが、実際は少数派だった)を
名乗り、者・農民を覚醒させるためには「前衛党(共産党)」による指導が必須と
考えた。

マルクスがイメージした「者(プロレタリア)独裁」はパリコミューンのイメージがあった。そして、ロシアでも同様に者や兵士を中心にしたソビエト(評議会)が地域ごとに組織され、これが司法・立法・行政の三権及び軍を独占し、永続革命の推進母体になるはずであった。
が、民主主義的価値観とはほど遠い社会だったロシアでは、「前衛党(共産党)」が
司法・立法・行政の三権及び軍のすべてを独占し、ソビエト(評議会)は名のみの存在となり、「者(プロレタリア)独裁」は「共産党独裁」に変質した。

※(注)
「ソ連」とは、「ソビエト(評議会)によって構成された国家の連邦体」という意味である。

ロシア共産党は、ロマノフ朝による絶対専制(ツァーリズム)から厳しい弾圧を受け、
革命後は、常に反革命派(白軍)やそれを支援する欧米列強(日本を含む)に脅かされた。
そこで、この党は、「下部組織は上部組織に従う」という「民主集中制」を組織原則にし、「鉄の規律」を保ち、社会のあらゆる部門に党委員会や党細胞を張り巡らせて社会を
統制していった。
この体制は、本来は「戦時体制」のはずであったが、ロシアの後進性と指導者に都合のよいシステムでもあったため、その後も継続されて行くことになる。

このようにして共産党による強権的支配体制が確立され、しかも共産党は、「下部組織は上部組織に従う」という組織原則によって貫かれたため、社会はもちろん「前衛(共産主義者)」の組織であるはずの共産党内でも自由な言論は完全に封殺された。

そのような中で、前近代的社会から一気に社会主義社会に導くために、強引な農業の集団化や重工業偏重の政策が推進された。
また、強引な政策を貫徹するためには、強力な指導力が必要とされたため、指導者
(ヨシフ・スターリン)は、その政敵(レフ・トロツキーやニコライ・ブハーリン)を追放し、
粛清した。また、党内の反対派もほとんどが強制収容所送りか処刑になった。
スターリンによる独裁は、彼の個性にもよるが、以上のようなロシア的特殊性も大きく
影響している。

共産党の政策により、ウクライナを中心に、農地の収用に反対する農民たちは数十万人単位で殺害された。反革命派(白軍など)だけではなく、元貴族や資本家、富農たちも同様の運命をたどった。中には、反革命派や資本家、富農に仕立て上げられて強制収容所送りや処刑になった者もたくさんいた。
そして残ったのは、マルクスがもっとも忌避した「スターリンの個人崇拝と神格化」及び数千万人とも言われる犠牲者たちである。

※(注)
ヨシフ・スターリンは、ロシア革命の指導者であったウジミール・レーニンの後継者で
ある。

------------------------------------------------------------------

初期のソ連は、1930年代に資本主義諸国を襲った大恐慌とは無縁であり、かなり高い経済成長を遂げた。
またノルマと呼ばれた計画生産数値の設定は、生産物の質より量が重視されたこの
時代では一定の効果があり、ソ連の鉱工業生産を大いに高めた。
このような、資本主義諸国の没落(大恐慌)とソ連の躍進を見て、ソ連型社会主義(スターリン主義)を礼讃する論調が世界的に数多く見られたのも事実である。

が、急速な工業化推進の原資は、農業から余剰を絞り出す形で行われたので、その分、農業部門が立ち遅れた。1933年には、そのツケが回って大飢饉が起きた。
ところがヴャチェスラフ・モロトフ書記は、ノルマ達成のために農民が次年度用に貯蔵
している種子までも取り上げるように地方幹部を叱責した。その結果、32年から33年にかけて500万人~700万人とも言われる餓死者が発生したのである。

順調に見えた工業部門も、第2次大戦後、量と共に質が重視されるようになると、ノルマを重視する計画経済では質の問題を解決できなくなってくる。
また、重工業の偏重は軽工業の軽視をもたらし、サービス部門にはコスト意識やサービス精神がまったくなかった。そのため一般国民には劣悪な消費財と質の低いサービスしか提供されなかった。
共産党官僚は、ノルマの達成が立身出世や保身を左右するため、虚偽の数値や報告が横行した。そのために、党中央や政府は経済の実態を正確に把握できず、有効な
政策を実行することはおろか、その立案さえできなかった。
そういう体制の劣化・堕落が、1970年代以降になると、日用品や食料さえ事欠く事態を
もたらすのである。

ノルマ重視の経済は、自然環境も大きく破壊した。例えば、かつては世界第4位の面積を誇ったアラル海は、旧・ソ連による無計画な灌漑事業のため、面積が62%、水量が84%も減少、塩分濃度が6倍以上になるという完全なる「死の海」になった。
チェルノブイリ原発事故も、旧・ソ連の隠蔽体質のため、公表と対策が遅れ、結果として約16万人が移住を余儀なくされた。死者は9,000人(世界保健機関=WHO)とされるが、40,000人(ロシア科学アカデミー)という説もある。

また、情報統制社会であったため、情報工学は、軍需部門などの一部にしか導入されず、民生部門における「情報革命(IT革命)」はまったく進展しなかった。

このような数多くの問題点も、共産党官僚の強権支配と言論の封殺により批判される
ことがなく、したがって改革も常に後手に回った。

これに対し、資本主義諸国は、第2次大戦後は資本主義が抱える諸矛盾を解決する
ための社会政策や経済政策を次々に打ち出し、「弱肉強食社会」ではなく「福祉社会」を目指す動きを強める。
これは資本主義の「本丸」である米国も例外ではなかった。
また、「関税および貿易に関する一般協定(GATT)」により、国際的自由貿易体制が
保証されたため市場が大きく拡大した。そして、市場の自由化と拡大に伴ない競争が激化し、量のみならず、質の向上とコストダウンが並行して求められた。
このような条件下で、第2次大戦後の資本主義諸国の経済は大きく発展し、社会も国民も豊かになったのである(もっとも恩恵を受けたのは日本であろう)。
IT革命も、各国の垣根が低くなり、人、モノ、カネの世界的流通が急速に活発化する中で一気に進んだ。

こうして、旧・ソ連と西側先進諸国との格差は、絶望的なまでに大きくなったのである。
確かに冷戦下における「軍拡競争」も旧・ソ連にとっては負担であったけれども、その
体制そのものが劣化・堕落し、完全に時代にそぐわなくなっていたことが旧・ソ連崩壊の最大の原因なのである。

ミハイル・ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長は、1980年代後半からペレストロイカ(改革・再構築の意味)によって、この時代にそぐわなくなった体制を立て直そうとしたが、皮肉にもそれは、ソ連型社会主義体制の崩壊を後押しする結果になってしまった。
それは、ペレストロイカの重要な核であったグラスノスチ(情報公開)が逆作用を呼び
起こしたからである。
グラスノスチにより、1930年代の大飢饉(餓死者500万人~700万人)などの「不の
部分」が明るみに出されるようになった。また、困窮を極めていた民衆の生活とはまるで別世界のような共産党幹部の豪華絢爛な暮らしぶり、その汚職体質なども暴かれ、
国民の反共産党感情を一気に高めたからである。

明日に続く。
明日は、「なぜ社会主義(共産主義)の思想から、中国や、それ以上に残酷な北朝鮮のような非人間的社会体制が生み出されたのか?」に言及する予定です。
期待(笑)して下さい。
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※(注)
この記事は、論争をするために書いたものではありません。したがって、批判はけっこうですが、論議や、論議を促すご質問には対応いたしかねます。

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2006/07/10

意識が変わった日本と無自覚なままの韓国

今回の「北朝鮮ミサイル発射事件」をめぐる我が国政府の対応を見ていると、「日本も
変わったなあ・・・」という感慨にとらわれる。
これは小泉内閣であればこそだが、同時に、政治家の質がいかに重要であるかも痛感する。

このことは、過去のエントリーでも何度か述べた。
例えば、韓国の「竹島周辺海流調査」や中国の「東シナ海ガス田問題」に対し、同じ
小泉内閣でも、川口(外相)-平沼(経産相)-扇(国交相)トリオでは何もできなかったのに、町村(外相)-中川(経産相)-石原(国交相)に担当大臣が代わると、毅然と
した態度が取れるようになった。

今回も同じである。
政府は、北朝鮮の貨客船・万景峰号の入港禁止や北朝鮮当局者の入国原則禁止
(朝鮮総連幹部を含む)、人的交流の制限、等々の9項目の制裁措置を直ちに決定。
6日午前には、首相官邸の「拉致問題特命チーム(議長・鈴木政二官房副長官)」が
緊急会合を開き、現行法の下で実行可能な「北朝鮮に対する制裁措置」を今月中に
開く次回会合までにまとめるよう各省庁に指示した。
また、ミサイル発射翌日の6日には、国連安保理に「対北朝鮮制裁決議案」を提示、米・英・仏の常任理事国と非常任理事国9カ国(日本を入れると10カ国)の支持を直ちに取り付けた。

このような、我が国としては異例とも言える迅速な対応が可能になったのは、首相官邸に、安倍晋三官房長官の肝いりで作られた、「拉致問題特命チーム」が存在したからである。

-------------------------------------------------------------------

一方、麻生太郎外相も獅子奮迅とも言うべき働きぶりである。

麻生外相は7日夜、独・伊・米・露4カ国の外相と電話で会談した。
この4カ国中で、我が国などが国連安保理に共同提案した「対北朝鮮制裁決議案」に
難色を示しているのはロシアだけである。しかも、ロシアは常任理事国。
麻生外相の電話に対して、ロシアのラブロフ外相は「日本の懸念に同感で、協力して
いきたい」と述べたが、決議への対応は明確にしなかったという。

麻生外相はロシア外相との電話会談の前に、アレクサンドル・ロシュコフ駐日大使とも外務省で会談している。
外相はこの席で、「ミサイルはロシアのナホトカ沖に着弾しており、日露両国の安全保障の問題だ。安保理決議採択は両国の共通の利益につながる」と述べて協力を求めた。
やはり、常任理事国であるロシアを我が国の側に引き付けることが決定的に重要で
ある、と政府は考えているということだ。

これに対し、ロシュコフ大使は「本国に伝える」と答えるにとどめた。が、今月15日~18日に予定されている自国のサンクトペテルブルグにおけるG8サミットでの議長総括に、「ミサイル発射問題」を盛り込む意向は明言した。

我が国は、事件2日後の7日午後には、米国、英国、フランスと共同で、国連安保理に「対北朝鮮制裁決議案」を、一部修正したうえで正式に提出した。
これには、デンマーク、スロバキア、ギリシャも加わり、計7か国が共同提案国となる
予定である。

ロシアは、「決議案」が提出されたこの日の協議では全く発言しなかったという。「棄権する意思を暗黙のうちに示した」との見方も出ている。
これはロシアが、もうすぐ開催されるG8サミットのホスト国であることが大きく影響して
いると思う。「拉致問題」を含む「北朝鮮問題」が、サミットの主要議題で取りあげられることが決まっているからだ。
が、やはり、国連における我が国の迅速かつ強力な働きかけと、麻生外相の精力的な動きも「功を奏している」と見るのが妥当ではないか。

麻生外相はこのほか、日本に大使館のないコンゴ共和国を除く安保理非常任理事国
8か国の駐日大使とも7日に外務省で会い、支持を要請した。
結果、今現在、安保理の15常任・非常任理事国の中で、「決議案」に賛成13カ国、
態度未定1カ国(ロシア)、反対1カ国(中国)の状況になっている。

要するに、ルールを守らない国(ドイツ・メルケル首相)・中国が、最後に残る壁なのである。


北朝鮮のミサイル問題で、麻生外務大臣は中国の李肇星外相と電話で会談し、北朝鮮への制裁を含む、安保理決議の採択に向けて支持を求めました。

麻生外務大臣:「日本の出している決議案に対して、賛成してもらいたい。この一点です」

会談はおよそ30分間行われ、麻生大臣は「法的拘束力がある決議案を取り下げるつもりはない」として、決議案に賛成するよう求めました。
これに対し、李外相は「日本の立場は、事態を複雑にする」と述べ、決議案には同調
できないという考えを示しました。

中国側は、拘束力がない議長声明にこだわる姿勢を変えていないため、決議案の採択に向けて、中国の対応が鍵を握っています。

Asou2







日本案は事態を複雑にする…中国側の同調難しい?
( 2006/07/09/17:33 ANNニュース)

ロシアの動向が、今後どうなるのかは、今のところ分からない。反対の意思を明確に
しているのは中国だけである。

我が国は、けっして中国と妥協してはならない。
もし、中国が「拒否権」を発動すれば、「北朝鮮のミサイル発射を支持した」と、国際世論から非難されるのは必至である。
最低限、「無法者国家」の味方をしたと看做されるのは間違いない。

つまり、中国が「拒否権」を発動しても、外交的には我が国の勝利になる。
国内の親中派も、さすがに「中国の行動を擁護できない」であろう。

いずれにしても、原則を貫くことが我が国の立場を強くするのである。。

-------------------------------------------------------------------

ところで、我が国の世論も完全に風向きが変わった。

今月6日、7日の両日、読売新聞が実施した緊急全国世論調査(電話方式)によると、北朝鮮の貨客船・万景峰号の入港禁止や人的交流の制限など、政府が決定した北朝鮮に対する制裁措置を「支持する」は92%に達し、「支持しない」はわずか5%だった。

政府が国連安保理で、北朝鮮を非難し、制裁を盛り込んだ決議案の採択を目指していることも、「支持する」が90%で、「支持しない」は4%。

政府が検討している北朝鮮への送金や貿易を停止・制限する、さらなる経済制裁措置については、「早急に行うべきだ」が68%と多数を占め、「段階的に行うべきだ」28%を大きく上回った。

今回のミサイル発射により、「北朝鮮が脅威だとの認識が強まった」は計77%。「強まらなかった」は計20%。

米国と協力して、敵のミサイルを撃ち落とす「ミサイル防衛システム」の整備を急ぐべきかについては、何と63%が「そう思う」と答え、「そうは思わない」は24%と少数だった。

日朝国交正常化交渉については、「正常化すべきだが急ぐ必要はない」が43%、「正常化する必要はない」は21%。
計64%が北朝鮮との国交正常化に消極的であることも分った。

-------------------------------------------------------------------

排外主義を利用するのは、私は断固反対である。
が、この国民感情(世論)は排外主義ではない。むしろ、国民の安全保障に対する意識が、やっと「普通の国」に近づきつつあるということである。
北朝鮮の脅威は現実的存在である。が、今までは、そういう認識が社会一般に浸透していなかった。
今回、ここまで国民世論が盛り上がってきたということは、「北朝鮮のミサイル発射」は、むしろ我が国にとっては歓迎するべきことかもしれない(不謹慎かも知れないが)。

「非武装・中立」とか「非同盟・自主外交」とか、「言葉」は確かに美しい。が、政治も
外交も、「まず現実ありき」なのである。
イラクがクウェートを侵略し、武力併合した時は、多くの国民が「遠い世界の話」としか
受けとめなかったかもしれない。が、今回だけは、そういう凶悪犯が隣にいることを明確に認識できたのではないか。
(我々は、この国民意識の変化を、一過性に終わらせてはならない)

戦後、米国GHQに洗脳されたり、共産中国に感化された左翼知識人に騙され続けて
きた国民が、北朝鮮という凶悪犯に喉元に刃を突きつけられて、戦後初めて目覚め
つつある、そう言えるのではないか。

-------------------------------------------------------------------

このような我が国の状況に対して、相変わらず「ノー天気」なのが、北朝鮮と軍事境界線を挟んで対峙しているはずの韓国・盧武鉉政権である。

韓国大統領府は9日、李百万・広報首席が書いたといわれる「広報首席室」名義の
文で、韓国政府の対応が遅れたことに対する非難について「日本のように無理に未明から大騒ぎする必要はない」と述べている。
そして、「(韓国政府は)政治的な計算をすることもないし、このことを軍備強化の名分に利用することもない」とした。

大統領府の、ある中心的な関係者も「今回の局面でもっとも得をしているのはどこだろうか。日本ではないか。そして次は米国の強硬派ではないか」と話している。
特に、この関係者は日本について、「1990年代以降ずっと“普通の国化”を推進している日本が、今回の事態を“安全保障の危機”と規定、軍備増強への道を急速に進もうとしているように見え、心配だ」と述べている。

以上は、朝鮮日報の記事を抜粋・要約したものだが、「ノー天気」と言うより、もう「狂っている」と言ってよい。
「日本が得をしている」とか「(日本が)軍備増強への道を急速に進もうとしているように見え、心配だ」とか・・・「真の敵」は誰だか解っているのか???
韓国は、未だに北朝鮮とは戦争状態にあるのだ。今のところ「休戦」しているにすぎない。そんなことすら理解できていないのか???
「休戦」以降、韓国が北朝鮮から武力侵攻を受けなかったのは、在韓米軍の存在であり、日米安保条約が背後に控えていたからである。
そんなことは、よほど頭が歪んでいない限り、自明の理である。

にもかかわらず、上記のような発言が「大統領府の中心的な関係者」から飛び出す。
スカッド・ミサイルは射程距離が300~500キロで、明確に韓国を標的にした破壊兵器である。北朝鮮は、今回、そのスカッドを3発も発射している。
なのに、こういう発言が政権中枢部から出てくる。

産経新聞によると、「李百万・韓国大統領府広報首席が書いたといわれる『広報首席室』名義の文」には、「盧大統領の意思によるもの」との説明がついている。
つまり、私が「もう狂っている」と表現した韓国大統領府の声明は、「盧大統領の意思」であるということだ。
また声明は、「(ミサイル発射は)政治的な事件にすぎず、安保上の非常事態に至る
ものではない」とも主張しているとされる。

朝鮮日報と産経新聞の記事を併せ読むと、盧大統領自身が、北朝鮮のミサイル発射は「政治的な事件」にすぎず、「安保上の非常事態」ではないと考えていることは間違いない。

こんな大統領だから、「『驚かない韓国人』に世界が驚いた」と朝鮮日報が嘆くのだ!!!

過去にも書いたが、韓国を「他山の石」とし、我が国に「売国政権」が出現することの
ないよう心せねばならない。

そして、北朝鮮が「敵」であることは明らかだが、中国、韓国も我が国の「敵性国家」であることを明確に認識しなければならない。

参照1:麻生外相、安保理決議採択に協力要請 露外相、対応明確にせず
    (2006年7月8日 讀賣新聞)
参照2:北朝鮮ミサイル発射 制裁「支持」92%/読売新聞社世論調査
    (2006年7月8日 讀賣新聞)
参照3:韓国大統領府、日本の対応を批判
    (2006年7月10日 朝鮮日報)
参照3:韓国「日本は騒ぎ過ぎ」 大統領官邸が声明
    (2006年7月10日 産経新聞)
参照4:「驚かない韓国人」に世界が驚いた
    (2006年7月9日 朝鮮日報)

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2006/07/09

またアホぶりをさらした森前首相

私は、先日のエントリーでこう書いた。
このブログでは政治家を厳しく批判することはあるが、「無能」呼ばわりするのは韓国の盧武鉉くんだけであると。
しかし、実はもう一人、そう呼ばざるをえない政治家がいるのである。もちろん、他人を「無能」呼ばわりするのはよいことではない。まず、私の人間性が疑われる。
が、それでも、そう表現する以外にない政治家もいるのだ。

その政治家の名前は森喜朗 。
そう、我が国の前総理大臣である。
自分の国の前総理大臣を「無能」呼ばわりするのは、「天に唾する」ようなもので、自分自身が情けなくなる。が、それを承知で今日は書く。

森氏は、昭和12年(1937年)7月14日、石川県能美郡根上町(現・能美市)の生まれ。もうすぐ69歳になる。
この方、まず驚かされるのが、人生の節目となるべき関門を、ほとんど裏から通り抜けているのである。

大学は、ラグビー部のスポーツ推薦を受け早稲田大学第二商学部(夜間部)に無試験で入学。しかし、入学してわずか4ヶ月後には胃カタルを患い退部。
大学卒業後は、水野成夫氏(元産経新聞社長)の紹介で産経新聞社に事実上無試験(コネ)で入社。
これらのことを、「自伝で自慢げに書いている」のだから、その無神経ぶりを疑う(私は、このことを当時のラジオ番組で聴いた)。

政治家を志していた森氏は、産経新聞を退社後、自民党の今松治郎衆院議員の秘書を務め、1969年に今松氏の地盤とカバン(カネ)を引き継いで衆議院選挙で初当選を
果たした。
そして、2000年(平成12年)には、何と総理大臣に就任。
これも、当時の自民党の五人組(森喜朗本人、青木幹雄、村上正邦、野中広務、亀井静香)が赤坂プリンスホテルの一室で談合して決めた。

五人組の1人である村上正邦・元自民党参議員会長は、今年5月(だったと思う)の
「週刊新潮」誌上で、「自民党両院議員総会にかけて総裁を選出したので、密室で
決めたたわけではない」と反論している。
が、森派、小渕派、亀井派の(圧倒的過半数を占める)三大派閥の領袖が集まって
総裁候補を(しかも候補者も同席して)一人に絞れば、「両院議員総会」なんて単なる
「儀式」に過ぎない。

小渕恵三首相(当時)が、突然に回復不能な病に倒れた結果だったとはいえ、この方は、自民党総裁の椅子も無試験(総裁選挙なし)で掌中にしたのである。
選ばれた理由は、当時の最大派閥で、自民党の実権を握っていた小渕派(経世会)の「総理・総裁基準」に、森氏がもっとも近かったからである。
「基準」とは、「総理は軽くてパーがいい」というものだ(これを最初に言ったのは、海部俊樹氏を総理・総裁にした当時の小沢一郎幹事長=現・民主党代表)。

「サメの脳みそ、ノミの心臓」と、首相番記者たちから揶揄されていた(これは有名な話)ほどであるから、その無能力ぶりと小心者であることがよく解る。

うまくイメージできない方は、昨年夏の総選挙前に起きた、「乾びたチーズと缶ビール
事件」を思い起こしてほしい。
解散を思いとどまるよう小泉首相を訪ね、拒絶された後に、ビールの空き缶を握りつぶしながらTVカメラの前で嘆いていたあの姿を!
あの映像を見て、森氏の無能ぶりを伝え聞いていた私でさえ、「こんなヤツが我が国の総理大臣だったのか!」とあきれ返ったものだ。
おそらく、ほとんどの方が、私と同じ印象を持たれたのではないか。

この森氏、実は小泉純一郎首相と仲が悪い。一時は、お互いにまったく行き来がなかったそうだ。
理由?
政治家として先輩であり、小泉首相の出身派閥(森派)の領袖であり、かつ前総理大臣でもある森氏の進言(?)に、首相がまったく耳を貸さないからである。

で、その「ノミの心臓」の持ち主である森氏も、さすがに小泉首相に対してキレたらしい。

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自民党の森前首相は7日、名古屋市で開かれた同党衆院議員のパーティーであいさつし、北朝鮮の弾道ミサイル発射後の各国の対応について、「中国、ロシア、韓国が協力して、北朝鮮に『こうしなければ』という空気が出て来ない。日本の外交とは何だったのか」と小泉首相のこれまでの外交姿勢を批判した。

さらに、「ブッシュ(米大統領)さんとプレスリーの所に行くのもいいが、胡錦濤(中国
国家主席)や盧武鉉(韓国大統領)にすぐ電話をかけたりしなければ、日本はアジアの大国と言えない」と指摘した。

森前首相、ミサイル発射後の「小泉外交」を批判
(2006年7月8日 読売新聞)

この森氏の発言で、まず狂っているのは、今回の「北朝鮮ミサイル発射事件」で、「我が国の首相の方から胡錦濤主席や盧武鉉大統領に電話をかけるべきである」という前提に立って発言しているということだ。
今回の件で、もっとも衝撃を受けたのは韓国のはずである。国家の基本政策である
「太陽政策」を真正面から否定されたのだから。
したがって常識的には、盧武鉉が「米国や日本や中国に善後策の相談を持ちかける」のが普通である。

スカッド(射程300~500キロ)は韓国、ノドン(射程1300キロ)は日本、テポドン(射程3500~6000キロ)は米国を標的にしている。
そして今回は、スカッド3発、ノドン3発、テポドン1発の計7発が発射されたと見られて
いる。このうち失敗したのはテポドン2号だけで、スカッドやノドンは飛距離、着地点ともほぼ狙いどおりに成功した。

つまり、主として韓国を標的に開発されたスカッドも発射されているのだ。盧武鉉政権が危機感を抱かない方がおかしい。
にもかかわらず、李鍾ソク統一相は「対話を通じて解決しようと言っているのに、対話をしないと言うのはいかがなものか」などと、国会でノー天気な答弁をしている。
これでは、電話をかけたくても、まともに取り合ってくれそうな関係国の首脳が、盧武鉉くんにはいない(笑)

森氏の発言で次におかしいのは、「近隣の関係国首脳に電話をかけてこそ大国である」とも受け取れる主張である。
であれば、日ごろ大国づらをし、北朝鮮の後見人を自認している中国の首脳の方から電話をかけてくるべきではないのか?
アジア唯一の安保理常任理事国であり、東アジアの大国を自負する中国こそ、極東で起きた「危機的状態」のイニシアチブを取るべきではないのか?
森氏の言い分に従えば、我が国の首相に電話をかけてこない胡錦濤率いる中国は、「大国でも何でもない」ということなのだろう。

森氏は、小泉首相が靖国に参拝していなければ、中国は、我が国の国連安保理常任理事国入りに反対しなかったのではないか。
あるいは、今回、我が国が米・英・仏などと共同提案した「対北朝鮮制裁決議案」に
賛同するのではないか、と本気で思っているのかもしれない。
が、そこが、頭の血のめぐりが悪い政治家故の「大きな勘違い」なのである。

胡錦濤と盧武鉉と小泉純一郎が、あるいは三国の政府が、お互いに連絡を取り合わない(水面下では分らないが)のは、北朝鮮に対する政治的立場と利害関係が、三者ともあまりにも違い過ぎるからだ。
小泉首相が靖国参拝を自粛し、中国に「恭順の意」を表したからといって、そして電話をかけて懇願したからといって、あの中共(中国)が安保理の「対北朝鮮制裁決議案」に賛成するわけがない。
中国は、北朝鮮の「体制崩壊」を望んでいないし、経済的には、既に傘下に収めている。余計なことはやってほしくないのである。

ところで、以上で森氏という政治家は、外交や、近隣諸国に対する認識において、ほとんどと言ってよいくらい「見識を持ち合わせていない」ということが解ったと思う。
が、この森氏、頭は「サメの脳みそ」しか持ち合わせていなくても、寝業や駆け引きは、長年にわたる権力闘争で鍛えられてきたので、多少の政治的パフォーマンスやプロパガンダを放つことはできるのである。

今回の発言の裏に隠されている本音は、ずばり「福田康夫擁立」に舵を切ったという
ことではないか。

------------------------------------------------------------------

森氏は今まで、安倍晋三官房長官の自民党総裁選への出馬に反対してきた。

一つは「安倍温存論」。
つまり来年の参議院選挙は負ける公算が高い。なぜなら、今回改選になるのは「小泉ブーム」で当選した議員が多い。が、もう「ブーム」はない。また、昨年の衆議院選挙での自民党大勝に対する反動も出る。
だから負ける=安倍退陣につながる=超短命内閣で終わる、という論法である。

実はこれ、とんでもない暴論である。国民を無視して、「派利派略で自民党総裁=総理大臣を考えている」と公言しているようなものだ。そこには、政治家は「選良」であると
いう意識など微塵もない。
また、これは、「別の人物であれば『短命』でもかまわない」と言っているに等しい。こんな失礼な話はない。

森氏の本音は「福田擁立」である。
理由は色々ある。

まず、森派から複数の候補を出して派を分裂させたくない。だから、派内候補一本化を主張した。

次が、古き良き自民党に帰りたい=①派閥中心・年功序列の人事&②「内閣主導」ではなく「党主導」の政治&③地方重視の公共事業の復活。

そして3番目が中・韓との「関係改善」である。
が、森氏は、社会政策や経済政策に疎いだけではなく、外交や安全保障についても
それほど知識はなく理念もない。
中・韓との「関係改善」は、せいぜい「近隣諸国との間に波風を立てても得はない」と
いうレベルの発想である。

最後に「世代交代の阻止」。これが、もっとも大きな理由ではないか。

安倍晋三は51歳、福田康夫は、もうすぐ70歳。
福田氏が首相になれば、森氏を始めとするベテラン勢が政治の主導権を握れる。しかし、安倍氏がなれば一気に世代交代が進む可能性が高い。
ベテランといっても、与謝野馨氏レベルの「知的・政治的」レベルの高い政治家であれば、まだ出番はあるだろう。
が、寝業・駆け引き・妥協を得意として成り上がってきた政治家、例えば山崎拓氏や
二階俊博氏、あるいは古賀誠氏のような連中は「一丁あがり」にされてしまう。
もちろん、森氏もその中に入る。

そういう事態になることが、この連中はもっとも怖いのである。

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実は先月の26日、次期総裁候補を持たない自民党の派閥の領袖たちが都内のホテルで会合を開いた。
出席者は、津島派会長の津島雄二元厚相、丹羽・古賀派代表の丹羽雄哉元厚相、
伊吹派会長の伊吹文明元労相、高村派会長の高村正彦元外相及び山崎派事務総長の保岡興治元法相の5人である。

話の中心は、もちろん9月の総裁選。
会合では、「来年の参院選は大変厳しい。誰が総裁になっても全員野球ができる体制をつくらなければならない」(津島氏)として、挙党体制の構築が必要との認識で一致したという。

このニュースは、讀賣新聞では小さな扱いだったが、すごく重要な意味合いを含んでいる。
キーワードは、「全員野球」、「挙党体制」の二つである。
この二つの言葉に、「小泉政治の否定」という強い意思が込められている(保岡興治氏は違うかも)。

「全員野球」、「挙党体制」を「永田町」的に翻訳すると、派閥均衡、年功序列(当選回数優先)ということになる。

ご存知の方も多いと思うが、小泉内閣発足までは、閣僚(大臣)は「各派閥の領袖の
推薦」に基づいて行われていた。
「推薦基準」は、まず当選回数。5~6回が適齢期だった。(ちなみに政務次官は3~4回。各省庁では「盲腸のようなもの」と呼ばれていた)

首相は、各派閥から上がってきた推薦リストを眺めながら、派閥の員数(勢力)によってまず数の割り当てを決める。そして次に、経歴を見て担当ポストに誰を当てはめるかを考えた。
これなら、誰からも不満は出ない。当選回数さえ重ねれば必ず大臣になれる。例え
小派閥に属していても、所属議員の数によって割り当数が決まるから不平等にはならない。
小派閥の悲哀は、「総裁派閥としての恩恵」に与れないことくらいである。

これなら、確かに組織はまとまる。派閥の領袖も威厳が保てる。が、順番待ちが増え
過ぎるのを防ぐために、在任期間は長くて1年半、わずか半年という大臣もザラだった。
だから国会答弁は、官僚が書いたペーパーの棒読み。時には「滞貨一掃内閣」と呼ばれるものもあった。

私は、数日前のエントリーで、小泉内閣発足までは、各省庁の事務次官会議がすべてを決め、閣議はその「追認機関」に過ぎなかった、と書いた。
が、「半年や1年で各省庁を去っていく大臣に、責任ある判断を任せるわけには行かない」、官僚がそう考えるのは当たり前であるとも言える。

もう一つ、「全員野球」、「挙党体制」には「族議員復活」の意味も込められている。つまり、官邸主導ではなく、官僚と結びついた「族議員」が政策を決める。

小泉内閣の特徴は、「官邸主導」、「族議員の排除」である。
これも、行政(予算)から利権を得ることができなくなった議員たちにとって、大きな不満になっていた。
したがって次期政権では、政府ではなく、自民党の各部会が政策を検討し、それを政務調査会(政調会)を通して内閣に上げる。もちろん、そこでは、各省庁との事前の根回しは完了している。
「全員野球」、「挙党体制」のもう一方の「輪」は、これなのである。

「派閥均衡、年功序列人事」と「族議員の復活」、これがアンチ小泉の両輪であり、小泉政治を否定する各派閥の領袖たちの悲願である。
なぜなら、これは自らと自らの派閥の盛衰に直結するからである。

7日の森前首相の発言も、先月26日の各派閥の領袖たちの合意も、突き詰めれば
そういうことだ。
「アジア外交の建て直し」「首相の靖国神社参拝見直し」「格差社会の是正」、これらの小泉政治批判の火元は、このような、1980年代的政治感覚から抜け出せない政治家たちの思惑にある。

もちろん、小泉批判勢力の中には、加藤紘一氏や河野洋平氏のような信条に基づく
政治家もいる。福田氏も、おそらくそうであろう(善し悪しは別)。
が、福田氏に言いたい。
「あなたの信条がどうであれ、あなたを担ごうとしているのは、時代に取り残されたカビ臭い連中ばかりですよ」と。
そして、あなたは使い捨てられる。
なぜなら自民党が、小泉内閣発足以前に戻ったら、来年の参議院選挙は確実に民主党に負けるから。

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皆さんに申し上げたい。

小泉政治が100%正しいとは誰も思っていない(小泉本人だって思っていない)。
人間としての深み、大きさにおいても、かつての偉人たちから見れば見劣りする。
が、小泉内閣発足以前よりも、政治・外交ともに、はるかにマトモになったことだけは
間違いない。
(なお、これを否定する人とは、私は議論する気はない。水掛け論をするほどヒマじゃ
ない)

今、この小泉政治を否定し、昔に戻そうとする動きが自民党内で活発化している。
それが今月7日の森発言であり、先月26日の各派領袖の合意である。

私たちは、こういう時代錯誤というか、逆戻りというか、せっかくプラス思考になりつつ
ある我が国を、元の木阿弥にするような動きをけっして許してはならない!!!

参照1:北朝鮮ミサイル発射 ノドン、スカッド3発ずつ 額賀長官が指摘
    (2006年7月8日 讀賣新聞)
参照2:自民党総裁選にらみ、5派会長ら会談
    (2006年6月27日)

※相変わらず、TBがうまくお返しできません。ココログのせいですかね。申し訳ない。

【特記】
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2006/07/08

安保理決議で、中・露と安易に妥協してはならない!

「国連安全保障理事会(安保理)決議」には拘束力がある。
安保理は、紛争や核拡散などの危機に直面した際、(1)決議採択(2)議長声明採択(3)プレス声明発表、などの措置を取る。
このうち「決議」は最も重大な決定で、国連の全加盟国が従う義務を負う。法的拘束力のない「議長声明」や「プレス声明」とは重みが決定的に違う。

98年のテポドン1号発射の際、日本は安保理に厳しい対応を求めた。が、中国が拒否権を発動し、約半月後、最も弱い「プレス声明」で、「事前通報がなく、船舶を危険にさらしたことに懸念と遺憾の意」を示しただけだった。
北朝鮮は痛くもかゆくもなかった。

その二の舞いを避けたい我が国は今回、「北朝鮮のミサイル発射」後、わずか1日にして「決議案」を安保理に提示し、早期採択に動いた。
その内容もかつてなく厳しい。
一連のミサイル発射を「非難」したうえで、安保理は「制裁」を可能にする「国連憲章7章(平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動)の下に動く」としているからである。

しかし、ここで難関が我が国の前に立ちふさがっている。巨大な壁が。
「国連決議」には、安保理5常任理事国のすべての賛成が必要である。米・英は日本案に賛成。フランスは、中・露と妥協して「決議」の中身が薄くなるくらいなら、拘束力が
なくても、「議長声明」にできるだけ「強く非難を盛り込む」方がよいという立場。
ところが中国とロシアは、「決議案」に断固反対なのである。

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なぜ、中・露両国は、国際社会から非難されている北朝鮮に対する「安保理決議」に
反対するのか?
それは、両国の「人権蹂躙国家」としての体質がまず挙げられる。

ロシアのプーチン政権は、メディアの報道の自由を抑圧したり、政敵を弾圧したりしているだけではない。ご存知ない方も多いかもしれないが、カフカス地方のチェチェン共和国において、一般市民を拘束・拷問・虐殺している。

50年におよぶカフカス戦争で、チェチェンはロシアに武力併合されるに至った。この戦いで、全民族の約半数が犠牲になった。
また第二次大戦中の1944年には、ナチス・ドイツへ協力したというレッテルを貼られ、
民族まるごと貨車に詰め込まれて中央アジアのカザフスタンに強制移住させられた。
12年後に故郷への帰還を許されるも、生きて故郷の土を踏めたものは、3分の1しか
いなかったという。
つまり、過去に人口の半分以上を失うほどの大弾圧を2回も受けていることになる。

そして、1991年にチェチェンが独立宣言したことに端を発する現在の戦争(94年にロシア軍が侵攻)は、 3回目の「ジェノサイド=大量虐殺」にあたる。
人口100万人に満たない小国で、すでに犠牲者は20万人を超えたと言われる。10人に2人以上が犠牲になっているのだ。

ロシア軍は特定の村を包囲し、一斉に民家に押し入る。金目の物を略奪し、たとえば80歳以上の老人を刺し殺したこともある。女性を強姦する事件が後を絶たない。
さらに、たいした理由もなく住民を拉致し、収容所に連行。ここでさまざまな拷問が行なわれる。

これが、日本の岩手県くらいの面積の国で起きていることを想像してもらいたい。それがチェチェン「紛争」の現状なのである。
プーチン政権の言う「対テロ戦争」は、チェチェン市民を狙った「対市民大虐殺戦争」である。

(詳しくは、「対テロ戦争」を声高に叫ぶものこそをご覧ください)

中国も負けてはいない。というよりロシア以上である。
中共国家建国以来、共産体制下で犠牲になった国民の数は5千~8千万人とも言われている。

今でも法輪功の信奉者に対する弾圧は苛烈を極め、かつては拘束・拷問であったのが、最近は生きたまま臓器を摘出され、中国の誇る「臓器移植世界No.1」に貢献させられているとされる。
(ただ、「生きたまま臓器を摘出され」というのは、法輪功側の主張であり、「大紀元」
以外のメディアでは読んだことがない。
ただ、窃盗常習犯(ドロボー)などにも死刑を執行し、本人や家族の同意のないまま
臓器を摘出しているのは事実である)

また、元々は独立国であったチベットや新彊・ウイグルを武力併合し、中国がチベットに侵略を開始した1950年から1983年までの間に、中国による支配が原因で「不自然な死」を遂げたチベット人の数は、120万人を超えている。

この、中・露両国は、最悪の人権弾圧国家を支援していることでも共通している。

ロシアは、欧州最後の強権独裁国家とされるベラルーシの「兄のような存在」である。
また、独立国家共同体(CIS)に、旧ソ連の一部であった中央アジアの複数の強権独裁国家を取り込んでいる。

中国はさらにひどい。
スーダン西部のダルフール地方で大規模な「民族浄化」を行い、国際的非難にさらされているスーダンのアラブ人政権に対し、軍事・経済援助を行っている。
米国のライス国務長官が、昨年1月に「圧政の前線基地 」と名指しした、6カ国のうち、キューバ、ミャンマー、北朝鮮、イラン、ジンバブエの5カ国と友好・協力関係にある。
ちなみに、残りのベラルーシは、前述したようにロシアと兄弟関係。

つまり、中国もロシアも、我が国を始めとする民主主義の価値観を有する国家とは、
国内的にも国際的にも対極に位置しているということだ。

このような国家とは、「ステークホルダー(stakeholder)」=「利害関係者」にはなれても、友好関係になんか絶対になれない。
断言する。
お互いに、利用価値があるときにだけ協調すればよいのである。

したがって、「日中関係は改善するべきである」という「論」に異存はないが、それは
「友好関係」などではない。両国の利害関係を調整し、我が国が損害を被らないための関係であり、対話・交渉でなければならない。

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以上述べたように、中・露両国は、「正義」とか「遵法意識」とはかけ離れた国なので
ある。自分の利益しか考えない。というか、自分の『政権』の利益しか眼中にない。
だから、我が国が提案した「安保理決議案」に反対する。

もちろん、どんな国であっても「国益」を優先する。米国なんて、その典型である(国益を無意味に譲ってきたのは、かつての我が国くらい)。
が、国際社会には犯してはならない一線というものがある。その一線を越えたのが、
今回の北朝鮮である。
その言い分には「一分の理」もない。
特に、我が国にとっての北朝鮮の存在は、「凶器を振りかざした恐喝犯」と同じである。当然、北朝鮮は、その報いを受けなければならない。

ところが、この北朝鮮を、実質的に擁護しようとしているのが中・露両国なのである。

中・露両国は、前述したように、自国が「人権問題」や「紛争」を抱えているうえに、
「人権問題」や「紛争」を抱える発展途上国とも密接な関係がある。どの国に対しても、安保理が「制裁」を含む強硬措置を取ることに原則的に反対せざるをえない。
例えば、イランの核兵器開発問題では、イランの地政学的かつ経済的存在の大きさを無視できないロシアが圧力強化反対の先頭に立ち、中国が追随。北朝鮮問題では、中・露の位置が対イランの場合と逆になる。

中・露とも、北朝鮮のミサイル発射は、「百害あって一利なし」で容認できない点では
一致している。が、ここで「制裁を含む決議案」をすんなり通せば、イランの核問題を始めとする「問題途上国」=「両国の友好国」に対する「悪しき前例」になるのである。

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我が国が提案している「安保理決議案」のポイントは、「ミサイル発射に対する非難」を基本に、①「核開発への言及」と②「国連憲章7章に基づく決議」や③「制裁措置」を
加えたところにある。
この「3点セット」が我が国の、この問題に対する固い決意の表れであると同時に、
中・露両国との取引材料にもなる。
すべてを譲ってしまえば、単なる「北朝鮮非難決議」に過ぎなくなる。それでは、「議長声明」でも変わらない。

どこで、中・露両国との妥協を図るのか。
「この状況では中国は拒否権を発動しにくい」(国連外交筋)という見方もある。
最低限、「実質的に北朝鮮に対して制裁効果のある内容」でなければ妥協するべきではない、と私は考える。

米国のボルトン国連大使は、「98年とは状況が全く違う。北朝鮮は核拡散防止条約(NPT)を脱退し、秘密裏の核開発も判明した。98年のミサイル発射は1発だったが、
今回は7発だ」と中・露両国に反論した。
安保理の協議終了後、日・米・英の国連大使は並んで記者団の前に立ち、結束を誇示した。

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北朝鮮の韓成烈・国連次席大使は6日、ミサイル発射は「軍事訓練だ」と強弁し、「米国が我々の体制崩壊を求めなければ、こうした強力な訓練はしない」と米国を非難した。

文字どおり居直ったわけである。

そのうえで、「マカオの銀行にある北朝鮮口座の凍結解除が、6者協議復帰の最低条件だ」と改めて強調。ヒル米国務次官補に対する先月の訪朝要請については「有効だ。米国の立場を知り、我々の立場を正確に伝えるのによい」と対話の意思も示した。

7日には、宋日昊・日朝交渉担当大使が「日朝平壌宣言は、過去の清算と国交正常化に向けた信頼醸成の精神が守られる限りという前提でミサイル発射のモラトリアム
(凍結)を2003年以降も継続すると約束したもので、対話がなされていない現状での
ミサイル訓練は何ら宣言に違反しない」との見解を明らかにしている。

やはり、我が国に対しては「拉致問題の封印」を迫る。米国に対しては「直接交渉の場」に引き出す。そのために、「言うことを聞かないと、俺は何をしでかすか分らないぞ!!!」という脅しをかける。
これが、追い詰められ、なす術(すべ)を失くした金正日(軍)によるミサイル発射の理由(暴走)だったのである。

「マカオの銀行にある北朝鮮口座の凍結解除が、6者協議復帰の最低条件だ」という
ことは、つまり米国の金融制裁は、我々の予想以上に、北朝鮮を追い詰めているということだ。
まるで、ボディーブローのように。
この影響をもっとも受けるのが金正日であり、特権階級の「軍幹部」である。

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我が国は7日午後、米国、英国、フランスと共同で、国連安保理に「北朝鮮のミサイル発射を非難し、制裁措置も盛り込んだ決議案」を、一部修正したうえで正式に提出した。
これには、デンマーク、スロバキア、ギリシャも加わり、計7か国が共同提案国となる
予定である。中国は強硬に反対し、拒否権行使も辞さない構えだが、常任・非常任
理事国15カ国のうち、中・露を除く13カ国が決議案に「原則支持」を表明している。

我が国は、米・英・仏、その他の非常任理事国と団結し、中・露に対してできる限り突っ張るべきであると思う。そしてASEAN諸国などが、中・露に愛想を尽かすような状況を
作り出さねばならない。
そうでなければ、国際社会から「しょせん、中国には対抗できない」とみなされてしまうし、北朝鮮からも舐められる。

我が国は、今、国際社会から試されていると言ってもよい。

中・露には今後、(1)拒否権行使(2)棄権(3)決議案の修正要求という、三つの選択肢がある。
「拒否権行使」の場合、国際社会から「ミサイル発射を支持するのか」と非難されるのは必至である。
「棄権」は決議案の黙認であり、その姿勢の消極性ゆえ、自国の影響力低下につながりかねない。
「決議案の大幅修正」も、日・米・英・仏は「応じない」としており、少数派の中・露が
完全に包囲された形になった。

安保理筋によると、中国と同様に「議長声明」を主張してきたロシアは、「決議案」が
提出されたこの日の協議では全く発言しなかったという。「棄権する意思を暗黙のうちに示した」との見方も出ている。
こういう見方が出るのは、「拒否権」を発動すれば、プーチン大統領は、今年7月15日~18日に予定されている自国のサンクトペテルブルグにおけるG8サミットで完全に面目を失する。
なぜなら、「拉致問題」も含めた「北朝鮮問題」が「主要な議題」に浮上してきたからである。

残るは中国だけである。
もし、中国が「拒否権」を行使して「決議案」を葬れば、「北朝鮮のミサイル発射を支持した」という声を高々に上げなければならない。
そして、完全な「敵性国家」であることを、広く国民に知らしめなければならない。

中・露と、安易な妥協は絶対にしてはならない!!!

参照1:北朝鮮ミサイル発射 安保理どこまで圧力 制裁決議めぐり激しい応酬
    (2006年7月7日 讀賣新聞)
参照2:「制裁決議なら強力措置」 北朝鮮高官
    (2006年7月8日 朝日新聞)
参照3:日本の制裁「言語道断」…北朝鮮大使が非難
    (2006年7月7日 読売新聞)
参照4:北制裁決議案、7か国が共同提案…10日採決の方針
    (2006年7月8日 読売新聞)

【追記】
この3日ほど、何故かTBがほとんどお返しできません。
TBいただいた方にお詫び申し上げます。
なお、いただいた記事は、すべて拝見いたしております。

【特記】
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「火事場泥棒」盧武鉉は相手にしない!

韓国政府は、今月の3日から、日韓両国が領有権を主張する竹島(韓国名・独島)周辺を含めた海域での海流調査を開始した。調査は3日から17日ま実施する予定だった。

当初、係争中の竹島周辺の調査は、今月中旬ごろになると見られていた。これは、
日韓両国のメディアが共に報じていたことだから、実際の予定はそうだったと思う。
ところが、韓国の調査船「海洋2000号」は、5日午前6時41分から竹島周辺の日本の
排他的経済水域(EEZ)~領海内に侵入した。
そして、同日午後2時3分に領海から、同日午後9時8分に日本のEEZから退去した。

北朝鮮が日本海に向けてミサイルを発射したのは、5日午前3時20分ごろから同8時20分ごろまでだった。北朝鮮のミサイル発射に合わせたかのように、我が国から「中止」を強く要求されていた「竹島周辺の海流調査」を急遽実施する。

まさに「火事場泥棒」とは、このような行為を指すのではないのか。
しかも韓国は、当初に発表していた「警備艇」ではなく、1ランク上の「警備艦」を護衛のために同行させていた。
海上保安庁の巡視船は、「海洋2000号」に対し、無線などで調査の中止と、領海とEEZ内からの退去を求め続けたが、相手は応じなかった。

要するに韓国は、我が国の足下を見ていたわけである。「対北朝鮮を考えると、今、
韓国ともめるのはマズイ」という我が国の立場を。

「大辞泉」によると、「火事場泥棒」とは「ごたごたにつけこんで不正な利益を得ること。また、その人」との意味である。まさに、韓国の行為は、これに当たる。

韓国国会議員らの追及に対し、尹光雄国防長官は「北朝鮮のミサイル発射を想定したタイム・スケジュールを事前に準備しており、発射が行われた際の対応についてすべて準備を整えていた」と説明したという。
この「北朝鮮のミサイル発射を想定したタイム・スケジュール」の中に、「竹島周辺の
調査日変更」が含まれていた可能性は高い。

なにせ、「政府の対応が遅れた」との批判に対して、「北朝鮮のミサイル発射」に対して、「早朝に会議を招集したからといって何が変わるのか」と、公式の席上でメディアに反論する政権だからね。
「北朝鮮のミサイル発射」より「竹島周辺の海流調査」の方が優先度が高い(笑)

韓国政府は、調査開始にあたって、「今回は、海上保安庁の巡視船の『退去命令』に
したがって引き下がった2004年とは違う」と言い放った。
そして、「日本の巡視船が出動しても引き返さない」、なぜなら「独島(竹島)について
“静かな外交”を放棄した以上、韓国の領有権を守るという意志を反映させた行動を
取らざるを得ないからだ」と述べていた。

で、実際に取った行動は「火事場泥棒」。
しょせん、自国の立場をわきまえない盧武鉉が考えるのは、この程度のものだ。

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Kougikankoku












ところで、北朝鮮のミサイル発射に対し、韓国世論は保守、左翼を問わず、共に北朝鮮を非難し、遺憾の意を表明している。
左右を問わず北朝鮮を非難するのは「実に異例のことだ」と朝鮮日報は書いている。

6日の讀賣新聞には、バカでかい金正日の似顔絵や北朝鮮国旗に、ソウルの中心部で市民が火を放って燃やしている写真がデカデカと掲載されていた。

が、左翼は「北朝鮮の態度に強い遺憾を表する」としながらも、「北朝鮮に強硬措置を
もって真っ向から対応するのは、問題解決の役に立たない。こういう時こそ対話を通じ問題解決策を講じなければならない」と主張している。
やはり、韓国の国論は完全に左右に分裂しているのである。

以下は、韓国の保守派最大野党ハンナラ党議員と李鍾ソク統一相のやり取りである。

ハンナラ党議員:「今後の対応策は」
李統一相:「(コメや肥料の)追加支援の留保を検討している」

ハンナラ党議員:「「11~14日に釜山で予定されている南北閣僚級会談は中止すべきだ」
李統一相:「対話を通じて解決しようと言っているのに、対話をしないと言うのはいかがなものか」

ハンナラ党議員:「「北朝鮮が挑発を続けるなら、開城工業団地や金剛山開発などの
南北経済協力は中止すべきでは」
李統一相:「それらの事業は北朝鮮の生存にかかわる問題だ。中止は適切ではない」
(2006/07/07 讀賣新聞)

この李鍾ソク統一相、完全なる「容共(親北朝鮮)派」である。

「南北閣僚級会談」の実施の可否については、さすがに閣内で深刻な対立があったと
される。

李鍾ソク統一相は、盧武鉉大統領も出席した「安全保障関係閣僚会議」において「状況が悪化しているときこそ南北対話のチャンネルは用意しておくべきだ。北朝鮮には6カ国協議で対話を通じ解決するよう促しておきながら、南北間の対話は避けるというのは
論理的にも間違っている」と述べた。

一方、潘基文外交通商相や尹光雄国防長官らは「今回は断固とした対応が必要で、
会談の延期も検討すべきだ」と主張し、激しく対立したという。

この中で、盧大統領の見解は李統一相の考え方に近く、会談開催に重点を置いていたとされる。
で、会議後の、同日夜に出された大統領府ブリーフィングは、「北朝鮮を対話の場に
導き出すため、対話を止めるようなことはしない方針」という内容だった。

もう、盧武鉉くんの頭の中は「真っ赤に染まっている」のである。

私は6日のエントリーで、「米国経由で韓国に圧力をかけてもらい、盧武鉉政権の『太陽政策』を変更させる努力も怠ってはならない」と書いたが、これは撤回する。
むしろ、ハンナラ党を始めとする、韓国保守派の「反北」世論の盛り上がりをバックアップするべきであると考える。

頭が「真っ赤」に染まった「火事場泥棒」・盧武鉉は、もう相手にしない!!!

参照1:韓国船、EEZ退去確認…竹島周辺
     (2006年7月6日 読売新聞)
参照2:韓国の市民団体、北を一斉に非難
     (2006年7月7日 朝鮮日報)
参照3:南北会談開催めぐり閣僚間で対立
     (2006年7月7日 朝鮮日報)
参照4:国情院「予測・準備していた」
     (2006年7月7日 朝鮮日報)

【特記】
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2006/07/07

国民の生命と安全を守るために欠けているもの

政府は6日、北朝鮮が発射した弾道ミサイルの種類や性能、発射の意図などについて分析に着手した。
日本海で警戒していたイージス艦「こんごう」は、5日に北朝鮮が発射した「テポドン2号」などの7発のミサイルの内、ほぼ半分の弾道を捕捉したという。
早ければ、週内にも日本側のデータ解析が終わる見通しであり、近く米軍が収集した
データと合わせて日米合同で総合的な解析作業を行う予定である。

「こんごう」が、「テポドン2号」を含めて、残りの半数のミサイルを捕捉できなかったのは、北朝鮮のミサイルが高度、飛距離とも足りなかったからとされる。
一方、米国のMD(ミサイル防衛)システムは、5日早朝に発射されたミサイル全6発の発射や失敗をすべて探知していた。ハドリー米大統領補佐官(国家安全保障問題
担当)は同日、「テポドン2号は発射から40秒後に失敗した」と言明している。
つまり、我が国のMDシステムは半人前にも達していないということだ。やはり、いま
進めているMDシステムのさらなる整備と、米国との連携強化を、もっと急ぐ必要がある。

なお、 ロシア軍は、北朝鮮のミサイル発射を全く探知できなかった。1発は、極東ロシアのナホトカ市の近海に着弾したにもかかわらず。
ナホトカでは、市民が現地の北朝鮮総領事館に、抗議の突入を図るほどの騒ぎになっているらしい。
北朝鮮は、自業自得とはいえ、友好国ロシアにおいてさえ、自国に対する厳しい国民感情を呼び起こす結果を招いてしまったのである。

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政府は6日、万景峰92号の入港を半年間禁止する制裁措置以外に、現行法の下で
実行可能な北朝鮮に対する制裁措置を今月中に開く次回会合までにまとめるよう各省庁に指示した。
既に、総務省は、朝鮮総連の中央本部・地方本部・支部がある全国の自治体に対し、関連施設の固定資産税減免措置の撤廃を、改めて徹底するよう求める通達を6日付で出すことを決めた。

また、政府は同日午後、国連の安保理理事国に対し、制裁も視野に入れた「北朝鮮
非難決議案」の具体的内容を提示する。
安保理協議で、米国や英国は日本の立場に賛意を示した。しかし、中国とロシアは、
我が国が求めている「決議案」に反対する姿勢を明確にした。
1998年の北朝鮮のミサイル発射の際は、安保理による「プレス声明」であったため、
今回は拘束力のある「非難決議」ではなく、「プレス声明」より一段階高い「議長声明」で対応するよう主張しているのである。
が、どのメディアを見ても、中国もロシアも困惑を隠しきれない状態であることは間違いない。韓国でも、バカでかい金正日の似顔絵や北朝鮮国旗に、ソウルの中心部で市民が火を放って燃やすなど、急速に「反北感情」が盛り上がっている。

北朝鮮は、なぜこんな無鉄砲なことをしたのか。ミサイルを発射すれば、米国や我が国がビビルとでも思ったのであろうか。逆に制裁が強化されるとは考えなかったのであろうか。
米国や我が国だけではなく、欧州やASEAN諸国からも非難の声が一斉に上がっている。
ここまで、読んだ上での行動だったのだろうか?

実は、昨日の夜の産経新聞の中に、興味深い記事があった。
北朝鮮外務省の李炳徳日本担当研究員は5日午前、平壌市内のホテルで共同通信
など日本メディアと会見し、「ミサイル問題はわが国の自主権に関する問題で、だれも是非を問う権利はない」としながらも、ミサイルの発射については「我々外交官は軍の
やることは関知していないし、分からない」と述べ、事実関係の確認を避けて(逃げて)
いる。
この外務官僚の発言は、私が昨日のエントリーで主張した「党官僚(行政官)と軍の間に齟齬が生じている」「軍が独走(暴走)している」という指摘を裏付けるものだ。

では、なぜ北朝鮮の軍は暴走したのか。
軍事評論家の岡部いさく氏が、今回の北朝鮮によるミサイル発射に関して興味深い
分析をしている。
興味のある方は、末尾に掲げた日本経済新聞の参照記事を読んでほしい。
以下は、岡部の分析を参考にしながら、私なりの知識も加えた記事である。

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6月下旬に、太平洋では米軍の大がかりな演習が行なわれた。19日から26日まで、
グアム島近海で行なわれた演習には、空母キティホーク、ロナルド・レーガン、エイブラハム・リンカーンの3隻を中心とする艦艇30隻と、空軍のB-2爆撃機など航空機280機、海兵隊や沿岸警備隊なども含めた将兵22000人が参加した。
これは、“ヴァリアント・シールド(勇敢な盾)2006”と呼ばれる空海合同の大演習だった。

米海軍が保有する空母は12隻。1隻は順番に長期整備や近代化改修工事で艦隊を
離れる。だから実質11隻なのだが、そのうち5隻が太平洋艦隊に配属されており、それらが、インド洋からペルシャ湾、西太平洋から南シナ海方面に展開している。

その5隻の中から“ヴァリアント・シールド”に3隻を振り当てるというのは、岡部氏に言わせれば異例中の異例であるらしい。ちなみに空母3隻が太平洋で展開するという事態は、ベトナム戦争以来だという。

6月22日からハワイ沖で実施された米海軍のMD(ミサイル防衛)実験には、海上自衛隊のイージス艦「きりしま」が初参加し、SPY1レーダーによる追尾演習を行なった。

こうした一連の動きに神経を尖らせていたのが、北朝鮮だったのである。
北朝鮮の祖国平和統一委員会は、これらの演習や実験に対して「北朝鮮を狙った
挑発」と非難を繰り返しているが、実際にかなりの危機感を抱いているという。
それは、“ヴァリアント・シールド”が純軍事的、実戦的な性格を持つ演習であることが
大きく影響している。が、より北朝鮮にショックを与えたのは、22日からハワイ沖で実施された米海軍のMD実験の成功である。

6月23日に行なわれたこの実験は、ハワイ・カウアイ島の太平洋ミサイル試射場から、「弾頭分離型の中距離弾道ミサイル」に見立てた標的ロケットを発射。それを、沖合を
航行中の米海軍イージス艦・シャイローがSM-3ブロック1A型迎撃ミサイルで撃墜するというものだった。
で、これが見事に成功したのである。

標的ロケットが想定した「弾頭分離型の中距離弾道ミサイル」といえば、真っ先に想定されるのが北朝鮮のノドンである。
この実験では、イージス艦シャイローは標的の発射時刻を知らされておらず、早期警戒衛星などからの発射警報を受けてから自艦のレーダーで標的を捕捉。標的発射から
4分後にSM-3を発射、2分後に標的弾頭を破壊するという、極めて実戦的な状況が
設定されていた。
つまり、米国のイージス艦によるMDシステムが、北朝鮮のノドンを撃墜する実戦能力を持っていることが証明されたわけだ。

ノドンは射程1300kmと推定され、日本列島全体を射程に収める。北朝鮮はそのノドンを 200発実戦配備していると言われる。日本を飛びこす射程を持つテポドン1号や今回
空中分解したとも言われる長距離弾道ミサイル・テポドン2号よりも、このノドンの方が
日本にとっては直接の脅威となる。

シャイローは、8月には神奈川県横須賀を母港として配備が予定されている。弾道ミサイル迎撃の実戦的能力を持つイージス艦の配備第1号である。
シャイローが配備されれば、1隻で搭載するミサイルに限りはあるとしても、とりあえずは我が国に、ノドンに対するミサイル防衛の盾がかざされることになる。
つまりノドンは、もう絶対的な脅威ではなくなるのである。
しかも、海自のイージス艦「きりしま」が、実験の中でSPY1レーダーによる追尾演習を行なっている。その気になれば、海自のイージス艦が、弾道ミサイル迎撃の実戦的
能力を有することも可能なのである。

そこで、北朝鮮の軍は、弾道ミサイル迎撃の実戦的能力を持つイージス艦が我が国に配備されても、無数のミサイル、つまりイージス艦の迎撃能力を超えるだけのミサイルを発射できる実力があることを誇示したかったのではないか。
要は、「ノドンは、まだまだ日米両国にとって脅威の存在である」「舐めていたら痛い目にあわせるぞ!」、そう言いたかった。そういうことだと思う。
しかし、その結果、北朝鮮は国際世論を敵に回してしまった。中国やロシアでさえ、
一歩距離を置こうとしている。韓国でも反発が噴出している。

北朝鮮では、業績をあげれば、それはすべて金将軍様のもの。金将軍様には失敗も
誤りも錯誤もない。問題が生じたときは、他の誰かが責任を取る。経済がうまく行かなければ、「北朝鮮が悪いのではない=外に責任がある」と責任を外国に押し付ける。
また金正日は、「わが人民だけではなく、全世界の絶対的な尊敬と称賛を受けられ、
世界革命の公認された首領、二十一世紀の偉大な太陽であられる」故、その神様が
侮辱されることが許せない。
そういう北朝鮮の体質が、今回の暴走に繋がったのか、それとも常人の国にはうかがい知れない深慮遠謀があるのか、今の段階ではよく分からない。
が、北朝鮮が、また一歩、追い込まれたことだけは間違いない。

自民党内では、強硬論が噴出していると言う。
閣僚でも、中川昭一農水相が「北朝鮮のやっていることは狂気の沙汰だ」と吐き捨てたのは驚かないが、安倍晋三官房長官も「厳しい態度で臨む」と記者会見のたび(4回)に繰り返し、外交の責任者である麻生太郎外相も「国際社会で厳しく糾弾されるべきものだ」と断言した。

まずは、政府が決めた、万景峰92号の入港を半年間禁止する制裁措置以外に、現行法の下で実行可能な北朝鮮に対する制裁措置を今月中にまとめ、粛々と実行してほしい。

エイブラハム・リンカーンAbraham_lincoln_1
















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ところで、今回の事態を受けて、我が国には、「万景峰92号の入港禁止や現行法の下で実行可能な北朝鮮に対する制裁措置」以外に、早急に検討しなければならない課題がある。
北朝鮮が自暴自棄になって、我が国や我が国内の米軍基地を攻撃しようという意図が明確に認められた場合に、どう対処するかである。

まず、1999年に成立した「周辺事態法」を適用できるのかどうか。
これは同法の第一条(目的)で
「この法律は、そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれの
ある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態(以下「周辺事態」という。)に対応して我が国が実施する措置、その実施の手続
その他の必要な事項を定め、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障
条約(以下「日米安保条約」という。)の効果的な運用に寄与し、我が国の平和及び
安全の確保に資することを目的とする」
とされている以上適用可能であろう。

が、もう一つ結論を出さなければならない問題がある。それは、「先制攻撃」ができるかどうかということである。
「予防攻撃」は国際法上、認められていない(私は米国のイラク攻撃は「先制攻撃」ではなく、「予防攻撃」であったと思っている)。が、「先制攻撃」は国際法上、「自衛権の
範囲内」として認められている。
我が国でも、敵国によるミサイル攻撃が差し迫っている場合に「ミサイル発射基地を叩くことは日本国憲法の下でも法理上は可能であり、座して死を待つことが憲法の意図していることとは思われない」という、有名な鳩山一郎首相(当時)の答弁が、かつてあった(1956年の国会答弁)。

我が国は今、飛来する弾道ミサイルを迎撃するだけの防衛能力は整備されつつある。もちろん米国との協力が前提だが。これは、早急に完成させなければならない。
が、攻撃を受ける前に火元を叩くという抑止能力も必要だと思う。
国際法上は弾道ミサイルが日本の領海に落ちて、引き続き発射準備が行われているということが明白なときには、発射基地を通常戦力で破壊することは、前述したように
「自衛権の範囲内」と解釈される。そして鳩山答弁は、我が国の現行憲法下でもそれが可能であるということを示したものだ。
が、問題は、それを許すだけの世論が未だ醸成されていないこと、及びその有効な
手段を持っていないということだ。

敵地といえども、自国の安全のために目標を破壊する必要がある場合、最も有効な
手段は巡航ミサイルによる攻撃である。ただ、我が国には、現行憲法下では「巡航ミサイルを持つことは防御兵器ではないので不可能」という解釈が行われている。
まずこのような解釈を、世論も巻き込んで変えなければならない。そして、巡航ミサイルを運用するには極めて精密な人工衛星がいる。そういう総合的な防衛システムを早急に考えなければならないことを、今回の「北朝鮮のミサイル大量発射事件」は示唆している。

憲法改正も重要だが、現行憲法下でも実行できることを、勇気を持って実行するべきではないか。それが、国民の生命と財産を守り、国家の安全と平和を維持しなければならない政府の義務であると私は考える。

参照1:米本土防衛システム、全6発の発射や失敗を探知
    (2006年7月5日 読売新聞)
参照2:安保理が北ミサイル緊急協議…日本、非難決議案提示へ
    (2006年7月6日 読売新聞)
参照3:「ミサイル発射は軍。外交官は関知せず」 北朝鮮当局者
    (2006年7月5日 産経新聞)
参照4:「『テポドン発射』と『弾道ミサイル迎撃』を結ぶ糸」
    (2006年7月5日 日本経済新聞)
参照5:国の安全、再考の時 動かぬ米、計算済み
    (2006年7月6日 産経新聞)
参照6:政府、データ解析に着手…制裁措置検討も各省に指示
    (2006年7月6日 読売新聞)
参照7:周辺事態法

【特記】
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2006/07/06

北の挑発にあえて乗るべきである

5日朝、北朝鮮が遂にミサイルを発射した。
先月から警戒状態が続く中、予告なしに日本海に着弾したテポドン2号。
くしくも、この日は北朝鮮の貨客船、万景峰92号の入港予定日。、岸壁では拉致被害者家族らが「経済制裁発動を」とシュプレヒコールを上げていた。

政府は、万景峰92号の入港を5日から半年間、禁止する制裁措置を決めた。万景峰92号は5日午前、新潟港沖合に船影を現したが新潟県は港内には誘導せず、沖合で待機するよう指示。午前10時半現在、同船は沖合約2キロに停泊している。
(【追記】 5日午後、新潟県は、人道的な配慮から、修学旅行から帰る大阪朝鮮高級学校(大阪府東大阪市)の生徒ら乗客209人を下船させるために、万景峰92号の寄港を一時的に許可した)

情報によると、北朝鮮が5日未明から朝にかけて6発のミサイルを発射。いずれも日本の国土から500~700キロ離れた日本海に落下した。
政府は、うち1発は、米国の一部も射程に入る長距離弾道ミサイル「テポドン2号」と
見ている。被害は確認されていない。

政府は早朝(午前7時半)から小泉純一郎首相を議長とする安全保障会議(安保会議)を開き、今後の対応を検討した。その後、記者会見した安倍晋三官房長官は「北朝鮮に対して厳重に抗議し、遺憾の意を表明する」との官房長官声明を発表。
政府は初の経済制裁発動に踏み切った。万景峰92号の入港禁止措置だけではなく、北朝鮮への日本からの送金や現金などの持ち出しを、これまでの届け出制から許可制にすることで事実上、送金を停止する。

テポドン2号とみられるのは3発目のもので、北朝鮮北東部の舞水端里から発射された模様。額賀福志郎防衛庁長官は,、安保会議後の会見で「失敗した可能性がある」との見方を示した(空中分解して日本海に落下したとの情報もある)。
残りの5発は南東部からの発射とみられ、比較的射程の短い弾道ミサイル「スカッド」や「ノドン」とみられる。
小泉首相は、北朝鮮の弾道ミサイル発射が今後も続く可能性について「否定できない」と述べ、安倍官房長官も「可能性は排除できない」と語り、警戒を強めていく考えを強調した。

午前6時半過ぎには米国のシーファー駐日大使が官邸を訪れ、安倍官房長官らと
会談。会談後、シーファー氏は記者団に「米国は世界中の同盟国とともに、国連での
話し合いを進めていく」と語った。

Tepodon





















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北朝鮮は、2002年9月の日朝平壌宣言で「ミサイル発射のモラトリアム(凍結)の継続」を表明している。今回の発射は、完全に同宣言に違反した行為であり、日本の平和と安全を侵す恐れがあるばかりではなく、「船舶・航空機の航行の安全に関する国際法」に違反する疑いもある(なお、ミサイル発射自体は国際法違反ではない)。

ミサイルを発射した北朝鮮の意図について、日米両政府内には「行き詰まりをみせる
米朝協議の打開をはかったのではないか」との見方が出ている。
米国のマイケル・グリーン前国家安全保障会議(NSC)上級アジア部長は「米国や日本を挑発しようとしている。危機感を作り出し、米国との直接対話などを実現できると考えたのだろう」と語った。
外務省からも「最近はイラン問題に焦点が当たっていたので、米国の目を引く意図が
あるのではないか」(幹部)との声が出ている。
ともにミサイル発射で緊張感を高めることで、米側から譲歩を引き出す意図があった
との見方である。

が、私は、「米国との直接対話」を狙った、あるいは「イラン問題に焦点が当たっていたので、米国の目を引く」などの見方は一面的にすぎないと思う。
実際は「軍部の独走」、それを金正日が抑え切れなかった。と言うより、打つ手が
なくなった金正日が「軍部の独走」にあえて乗った。それが真相ではないか。

南北朝鮮は、5月に南北連結鉄道(京義線・東海線)の連結・試験運転を行なう予定だった。が、北朝鮮の側からの通告で、一方的に中止された。
実は、金大中前大統領がこの鉄道を利用して訪朝し、金正日と会談する。そして、そこで盧武鉉大統領と金正日の南北首脳会談の実現を合意する。
これが、韓国の目的であり、南の「取り込み」を加速させる北朝鮮の思惑とも合致していた。

ところが、5月28日、北朝鮮側の代表団(軍部)スポークスマンは、「金大中前大統領の列車での北朝鮮訪問は政略的な企てだ」と連結・試験運転中止の理由述べた。
そして、「試験運行中止は韓国側の責任だ」と主張し、強く批判した。

南北連結鉄道の連結も金大中訪朝も、朝・韓の政府高官レベルで合意したものだ。
これを一方的に反故にする。
ここで注目したいのが、両政府間の約束を反故にした北朝鮮側の代表が「軍部(軍人)であった」という事実である。
つまり党官僚(行政官)と軍の間に齟齬が生じている、ということを、この事実は示している。

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皆さんの中には、「北朝鮮も中共も同じ体制」と考えておられる方もいるかもしれないが、実はまったく違う。
軍隊は、どちらも国家の軍ではなく、共産党(党)の軍であることは共通している。が、北朝鮮が徴兵制なのに対して、中国人民解放軍は恒常的な予算不足のせいも
あって、現在は徴兵制ではない。
また、北朝鮮軍は統制が取れている(とされる)が、人民解放軍は、必ずしも中央政府の指示に従わず、各地方の共産党実力者の指示の下に独自の行動をとる傾向が
あり、近代的な軍としての統制がとれていない部分もあると言われる(文化大革命時の内戦や林彪一派とよ四人組の抗争などを想起してほしい)。

そして、政治・経済的側面から見ると、北朝鮮が金(日成・正日)親子の個人崇拝を
中心にした一党独裁の中央集権体制なのに対して、中国は、このブログで何度も明らかにしてきたように、地方分権=分立型の独裁体制なのである(軍隊と同じ)。
中国は、曲がりなりにも「マルクス・レーニン主義」が国家の指導理念になっており、
思想レベルはともかく、一応は共産党(金権党)が支配を貫いている。が、北朝鮮は
チュチェ思想が国家の指導理念であり、「軍の実力」を背景にした金正日による「軍事独裁国家」であると言ってよい。

中国では中共官僚がもっとも優遇されるが、北朝鮮では軍幹部が特権を有している。
金正日は、国防委員長と朝鮮党の総書記を兼務し、名実ともに北朝鮮のナンバーワンである。その金正日は、実権を確立するために各部隊の軍人と直接に接し、師団長クラス以上の人事は自らが面通しをしてから行った。そして、軍に対して優遇措置を取ることによって、父親(日成)を上回るほどの絶対的権力を確立したのである。
中共の胡錦濤総書記も国家中央軍事委員会主席を兼ねているが、金正日とは、軍との結びつきの密度がはるかに違うのだ。

北朝鮮において金正日は、「わが人民だけではなく、全世界の絶対的な尊敬と称賛を受けられ、世界革命の公認された首領、二十一世紀の偉大な太陽であられる」と言われている。神のように崇め奉られているのだ。

そんな北朝鮮では、業績をあげれば、それはすべて金将軍様のもの。金将軍様には
失敗も誤りも錯誤もない。
問題が生じたときは、他の誰かが責任を取る。経済がうまく行かなければ、「北朝鮮が悪いのではない=外に責任がある」と責任を外国に押し付ける。
今回の一見、無鉄砲にも思える「テポドン発射」も、このような北朝鮮の実態を考えれば不思議なことではない。

北朝鮮が苦しんでいるのは「帝国主義者=米国」のせいである。その「帝国主義者に追随する日本」のせいである。金将軍様が統治する崇高なる国家を苦しめる悪党どもには鉄槌を下さねばならない!!!
これが、北朝鮮=軍の論理ではないか。

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仮に、マイケル・グリーン前NSC上級アジア部長が言うように、米国や日本を挑発し、
危機感を煽って米国との直接対話を実現できたとしても、米国が譲歩するとは、とうてい考えられない。
米国が本気になれば、3日で北朝鮮を制圧するであろう。それは北朝鮮だって解っている(北朝鮮よりはるかに優れた装備を誇っていたイラクとの戦争を見れば自明の理)。

要するに、北朝鮮は、もう打つ手がなくなって、成否がまったく不明の「賭け」に出た。
今回の「テポドン発射」は、そう理解するべきではないのか。だから、せっかく南鮮
(韓国)をさらに取り込むチャンスだった「金大中訪朝」もぶち壊し、テポドンを発射した。

金正日は、先月の22日平壌を離れた。特別列車が、北朝鮮東北部のロシア国境に
向かっているという情報が韓国経由で伝えられた。が、その後は行方が知れない。

実は、昨年も同じことがあった。
金正日は昨年の6月から7月にかけても居場所を転々と変えたことがある。6月上旬にF117ステルス戦闘機が在韓米軍に配備されたからである。ステルス戦闘機はレーダーで感知されにくく、北朝鮮は探知できない。
金正日は、米軍のステルス戦闘機が自分を狙っているという不安に駆られ、逃げ回っていたわけだ(爆笑)

私は、先月の「金正日行方不明」という情報を聞いて昨年のこの話を思い出した。そして、「北朝鮮は本気でテポドンを発射する気なんだな」と思った。
その報復を、米国から受けるのを恐れて金正日は行方知れずになった(笑)
それが正解ではないか。

要するに、先が読めない中で打つ手がなくなり、やむを得ずテポドンを発射した。米国や日本が歩み寄ってくれればそれに越したことはないが、逆効果になったとしても、このまま「座して死を待つ」よりマシだ。それが、北朝鮮(軍部)の本音だと思う。

であれば、今後も北朝鮮の挑発は続くと見なければならない。日米が歩調を合わせて制裁をさらに強化すればなおさらである。
小泉首相や安倍官房長官が「今後も弾道ミサイルが発射される可能性は否定できない」と発言したのも、これを見越したものではないか。

なお、私は、どうしようもないほどに行き詰ってしまった北朝鮮の軍部が、金正日体制の崩壊を意図して、自滅の道を選んだのではないかという気もする。
それは、この先5~6ヶ月の北朝鮮の動きを見なければ何とも言えないが、あながち
外れているとは思わない。そして、中国が後見人になって、まず経済の安定(再建)
から再出発する。

いずれにしても、もう北朝鮮には未来はない。今の体制のままでは、中国も持て余す
だけであろう。案外、早い時期に、中国による北朝鮮支配が実現するのではないか。

------------------------------------------------------------------

我々は、金正日や軍部の意図がどうであれ、この国の今回の行為を許してはならないし、拉致被害者もより早く奪回しなければならない。
今、我が国にできるのは経済制裁の強化しかない。また、米国経由で韓国に圧力を
かけてもらい、盧武鉉政権の「太陽政策」を変更させる努力も怠ってはならない。

さすがの韓国も、国防部(国防省)の権顔都政策広報本部長が5日午前、「韓国政府の数回に渡る警告にもかかわらず、北朝鮮が同日未明、数発のミサイルを発射した。これは北東アジアと韓半島(朝鮮半島)の地域情勢を不安定にする行為として極めて遺憾であり、憂慮される行為」「軍は連合防衛態勢をもとに、北朝鮮のミサイル発射など、
どんな挑発行為にも対処できる万全の準備態勢を整えている。北朝鮮のミサイル発射により起こり得るすべての安全保障上の憂慮に強力に対応していく」と強調した。

アホな盧武鉉が大統領とはいえ、韓国が変化する可能性はなくはない。
京義線・東海線の連結・試験運転の一方的拒否、長距離弾道ミサイル「テポドン2号」の発射。ここまでやられれば・・・

我が国は、今回は、北朝鮮の挑発に乗らなければならない!!!

【追記】
北朝鮮の貨客船万景峰92号の入港禁止措置について、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部は5日、「まことに遺憾。禁止措置を速やかに撤回し正常な運航を望む」とのコメントを発表した。

コメントでは、ミサイル発射の事実には一切触れていない。一方で、万景峰92号号が「お年寄りの親族訪問や、修学旅行で利用する船で、厳しい情勢の中でも運航されてきた」として人道目的の船と強調している。

「ふざけるな!!!」の一言である。
この主張に同調する日本人がいたとしたら、その人物は北朝鮮に送り届けるべきである。

なお、韓国の朝鮮日報(電子版)は、北朝鮮が同日、弾道ミサイル6発に加え、地対艦ミサイルなど6発も発射した可能性が高いと報じた。
また、NHKによると、北朝鮮は本日午後5時22分、7発目のミサイルを発射したとという。
もう、実質的な戦争だな。

【追記2】
政府は5日、北朝鮮への経済制裁で、改正外為法に基づく措置については今後の動向を見極めながら追加措置として検討するにとどめた。

同法を適用すれば、北朝鮮への送金停止、資産凍結、貿易の停止などの措置が可能になるが、第三国を経由した送金や貿易による抜け道があり、日本単独での制裁は
実効性が未知数。このため、まずは国連安全保障理事会での非難決議の採択などを求め、国際的な連携を優先させる考えだ。
毎日新聞 2006年7月5日23時22分)

米国の圧力だか何だか知らないが、すぐにこれだもんなあ・・・
こういうのを「朝令暮改」と言うんだよ(怒)
実効性も確かにあるが、姿勢が大事なんだよ、姿勢が!!!

参照1:北朝鮮ミサイル:6発を発射、日本海に落下
参照2:北朝鮮のミサイル、「日米を挑発」の見方
参照3:ミサイル発射の事実、一切触れず 朝鮮総連がコメント
参照4:北、地対艦ミサイル6発も発射と韓国紙が報道
参照5:北への送金、事実上停止へ…ミサイルで経済制裁
参照6:「新・世界学講座」「個人崇拝と国家-金正日の政治スタイル」
参照7:【ミサイル発射】国防部「どんな挑発行為にも万全に対処」

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2006/07/04

ドミニカ移民の悲劇救済に感じること

今日は、ドミニカ移民について書きたい。

私は、この「事件」に、2000年7月から強い関心を抱き続けていた。このとき、移住者
たちが「政府にだまされ棄民扱いされた」などとして国に約25億円の賠償を求めて提訴したからである。

私は最初、「自ら好んで移民に応じたくせに、うまく行かないと、また国の責任にするのか???」くらいにしか受けとめなかった。
が、その後、真実を知るにつれ、そのあまりの酷さに憤りを感じ、この裁判の行方を
見守ってきた。
「何か力になれることがあれば」とも考えたが、当時は私自身が人生を立て直すのに
必死の状態で、何もできなかった。

だから、今回(3日)、小泉純一郎首相が、来日中のドミニカ共和国のフェルナンデス大統領と首相官邸で会談した際、移民政策を巡る国の不法行為責任を認めた(説明した)うえで、「見舞金」のを支給を検討していることを明らかにしたというニュースを知ったときは、我がことのように嬉しかった。
政府は、裁判の原告に限らず、日本人移住者らに「見舞金」を個別に支給するという。

私が、今回のエントリーで訴えたいことは以下のとおりである。

・当時の我が国がいかに貧しかったかを若い人たちに知ってほしいこと。
・政治の目線が国民の方向に向いていなかったこと。
・官僚が、いかに無責任で、事なかれ主義であるかということ。
・裁判官次第で、被害者が救済されることもあるということ。
・政治が、やっと国民の方に目を向け始めたということ。

以上のの5点である。

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6月7日の東京地裁判決では、
「海外移住は、移住者や家族の人生に多大な影響を及ぼすもので、国は政策として
企画、推進しようとする以上、農業に適した農地を備えた移住先を確保するよう配慮することが求められる」
とした上で、
①「外務省や農水省の当時の担当職員は、現地の農業適性について調査を尽くさなかった」
②「ドミニカ共和国政府との間で、受け入れ条件についての細部の詰めを十分にしないまま検討を進めた」
と述べ、国の調査義務違反を認めた。

また、
「移住者は営農や土地取得について制約を課される立場にあり、移住の根幹にかかわる重要事項なのに、募集要項には具体的な記載が一切なかったり、不十分だったりした」
と指摘して情報提供義務違反を認定、
「(外相、農相についても)同様に職務上の法的義務違反があった」
と判断した。

つまり、東京地裁は「国の不法行為責任」を明確に認めたのである。

が、「違法行為から20年が経過したら賠償請求権が消える」とする民法上の除斥期間(賠償請求は20年)の考え方を適用、ドミニカに入植した時点から20年以上が経って
いるとして、賠償請求を認めず、原告の請求を棄却した。

裁判が、原告側の主張をほぼ認めながらも、請求を棄却したときはがっかりした。が、私は、裁判がここまで「国の不法行為責任」を認めた以上、政府も「何の手も打たない」というわけにはいかないだろうと思っていた。

すると、その日のうちに麻生太郎外相は、ドミニカ移民訴訟の判決について「賠償請求の棄却という判断については、国側の主張が認められたものと考える。同時に、当時の状況について厳しい指摘があったことに十分留意し、判決内容を精査する必要があると考える」との談話を発表した。
そして13日には、「ドミニカ共和国移民訴訟原告団」の嶽釜(たけがま)徹事務局長と
国会内で面会し、「(移住者の)要望に応えるべく努力したい」と述べ、移住者に対する追加支援を行う考えを表明した。
また、外相は、謝罪には応じなかったものの、「首相とも十分検討の上、国の責任を
果たしたい」とも述べた。

今回の首相の発言は、このような流れを受けてのものである。

政府は、ドミニカで7月29日に開催される「日本人移住50周年」の記念式典までに
「和解案」をまとめる方針だという。裁判が「賠償請求」を棄却した以上、「見舞金」に
するしかない。また、まだ一審判決にすぎない故、「謝罪に応じない」というのも仕方
がない。
この点は政府の判断を理解したい。

ドミニカには現在、2世、3世含め日系人が約900人いる。「見舞金」は1人あたり200万~300万円前後で調整しているというから、総額で、18億から27億円の間になると思われる。

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戦後、海外からの引き揚げ者などで急増した人口を減らすため、日本政府は中南米への移住を「国策」として推進した。地球の裏側にある島国(九州に高知県を併せた広さ)のドミニカへの移住もその一環だった。

日本における第2次世界大戦後の海外移住者数は1981年までに累計23万9千679人となっている。年次別の推移は、51年以後増加し始め、1957年には年間で1万6千620人とピークに達した。
しかし、以後は減少して4,000人台となった。
そして、1970年代後半以降は、我が国の経済的繁栄を背景に、さらに減少している。

1957年といえば、私が小学校に入学した年である。確かに我が国は貧しかった。だから、年間に1万6千人以上もの人が海外に夢を求めたのであろう。
私の生れ故郷の近くにある政令指定都市では、川の上に建てたバラックや防空壕跡の洞窟で生活している人もけっこういた。
大きな祭りがあれば、傷痍軍人の風体をした人たちがアコーデオンを弾きながら物乞いをしている。祭りには付き物の光景だった。

農家の生まれで、比較的恵まれていた当時の私には、そういう人たちの存在が理解
できなかった。
「何で穴倉に住んでいるのだろう?どうやって生活しているのだろう?」と思ったものだ。生活保護制度なんて、なきに等しい時代である。おまけに、川の上のバラックや穴倉には電気も通じていない。

そんな時代に、海外に夢をかけた、気持ちはすごくよく解る。

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しかし、1956年に始まったドミニカ移民は、戦後移民史上「最悪」のケースだった。
日本海外協会連合会(現・独立法人国際協力機構)は、1956年から59年にかけて
「カリブの楽園」をキャッチフレーズにして、日本政府の募集要領に基づいてドミニカ
共和国への移住者を募集、249家族計1,319人が移住した。
募集要項では、一家族あたり約18ヘクタールの肥沃な土地を無償譲渡するとされた。が、実際の配分されたのは約束の3割にも満たない広さの荒れ地だった。また、農業に必要な水利設備がなく、地面は石ころだらけで、塩が吹いているところもあった。
その上、土地の所有権も認められなかった。

ドミニカの国内法や日本政府とドミニカ政府間の取り決めでは、日本人の移住者には
土地の所有権は与えられず、耕作権だけだった。だが、こうした重要なことが日本政府の募集要領には掲載されていなかったし、教えもしなかった。
政府は重大な事実を意図的に隠蔽、自国民を騙して国外に送り出したのである。
(南米への移民では、所有権を認められることがほとんどだったので、移住者たちも
気にかけなかったのだと思う)

実際のところ、当時のドミニカ駐在大使は、現地の水利設備が不十分で、土地に塩分が含まれていることを知っており、現にドミニカ側も水不足のため日本人の入植拒否する地区もあったほどである。この事実も、隠された。
これは、まさに国家による詐欺であると言ってよい。

最初、「自ら好んで移民に応じたくせに、うまく行かないと、また国の責任にするのか???」くらいにしか受けとめなかった私が、その後、激しい憤りを感じるようになったのは、こういう真実を知ったからである。
当時、私はまだパソコンを使ったことがなく、インターネットも普及していなかったから、
この事実を知ったのは新聞の特集記事だったと思う。

たまりかねた移住者たちは、1961年から63年にかけて約130家族が国費で集団帰国し、それ以外に、南米へ再移住した者たちもいた。
が、祖国や南米に受け入れてくれる親戚や知人の当てがない50数家族、約250人は
その後も残留した。
そして、外務省に実情を訴え、事態の改善を求めたが、外務官僚は責任逃れの対応を繰り返すばかりだった。

で、最後の手段として、現地に残って辛酸をなめた人たちを中心に、移住者126人が、2000年7月国に約25億円の賠償を求めて国を提訴したのである。

そのとき、たまたまと言うか、タイミングよくと言うか、2000年12月に公開された外務省の当時の外交文書で、「事前の調査が極めて『ずさん』であった」ことが暴露されたのである。

このような事情もあって、小泉首相は2004年3月、政策の不手際を認める国会答弁をした。
が、これを受けて外務省が打ち出した対策は、06年4月までに、

①現地の地域交流センター建設に1000万円の助成費を出す
②国際協力機構が所有する学生寮をドミニカ日系人協会に無償譲渡する
③移住50周年記念行事を外務省が後援する

などという、お粗末極まりない支援策だった。

小泉首相が国会で、「外務省の対応は、ほかの役所と比べるとなっていないという声はよく聞く」と苦言を呈し、「謝罪と適切な対応」を指示したにもかかわらず、外務省は解決に向けて積極的に動かなかったのである。

「サハリン残留韓国人」や「朝鮮人従軍慰安婦」に対する「誠意」と比べて、何という
格差だろう(怒)

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2001年5月11日には、熊本地裁が、「らい病予防法」について、国(厚生省)及び国会の責任を認める判決を下した。国は控訴を断念し元患者や遺族に補償金が支払われることになり、「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」が制定された。
また国は、全国の新聞に二度にわたって謝罪広告を掲載した。

つまり、司法や行政(内閣)が国民の目線に立てば、国策による被害者は救済されるということだ。以前であれば、裁判で賠償請求が棄却された以上、国はほんのはした金
しか出さないか、裁判での争いを続けたであろう。また、「らい病予防法」についても、
上告したに違いない。
こういう面でも、「官僚主導」から「政治主導」に我が国の政治が変わりつつあることを
実感する。

なお、「ドミニカ移民の悲劇」も「らい病予防法の悲劇」も、我が国が貧しく、情報手段が未発達、あるいは医療体制が不十分な中で起こった悲劇であり、国(行政)を一概には責められない。
が、誤りが明らかになった時点で迅速に対応していれば、悲劇は小さくて済んだはずだ。が、官僚組織の「事なかれ主義」「責任回避」「現実から目をそむける不作為」、これらが被害者の苦しみを引き延ばし、拡大した。

私は聞いて、心底ビックリしたのだが、小泉内閣が発足するまでは、閣議は官僚が
決めたことの「追認機関」だったと言う。
事前の、各省庁事務次官会議ですべてが決められていた。だから首相も閣僚も、国会答弁は官僚が用意したペーパーの棒読み。
そういう意味では、我が国の政治も、ほんの少し進歩したのかもしれない。

今後も、「政治主導」をもっと強めていかなくてはならない。
特に、外交及び国益問題で、それを痛感する。

参照1:ドミニカ移民訴訟 麻生外相「厳しい指摘、十分留意したい
     (2006/06/07  讀賣新聞)
参照2:ドミニカ移住者に追加支援表明 謝罪には応じず/麻生外相
     (2006/06/14 讀賣新聞)
参照3:ドミニカ移民に見舞金、政府が検討
     (2006年7月4日 読売新聞)
参照4:☆ドミニカ移民☆

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思い上がるな韓国!!!

はじめに

私は、中国や韓国、北朝鮮の不法、無法、あるいは在日の工作員組織や在日系暴力団の存在を根拠に、中国人や韓国・朝鮮人一般を差別してはならないというエントリーを書きました。
6月28日のことです。
これに対して、不法滞在(入国)の中国人や韓国人の犯罪の多さを例に挙げて、差別を正当化する意見がいくつかありました。

これは、筋違いというか、論理のすり替えというか、まともな反論(議論)になっていません。
不法滞在(入国)の中国人や韓国人の犯罪が多いということと、民族差別はまったく
別の問題です。
が、往々にしてそういう感情に人間は流されやすい。だから、あのエントリーを書いた。にもかかわらず、まったく理解できない方が少数ながらおられたことを残念に思います。

私は、こういう方たちに問いたい!
「あなたは、美空ひばりや都はるみや山口百恵が嫌いですか?」と
「つかこうへいや伊集院静香は評価に値しないと思いますか?」と
「孫正義の方が、ホリエモンより、ず~っとまともだと思いませんか?」と
「スタジオ ジブリの宮崎駿の作品には、イデオロギーを超えた感動を覚えたのではありませんか?」と
彼は、元々が左翼ですから、左がかっているのは事実ですが・・・

それとも、彼らは、やはり朝鮮人の血を引いているから、全員が蔑視の対象ですか???

私は、李登輝や王貞治は尊敬に値する人物だと思っています。邸永漢や陳舜臣には、ずいぶんと勉強させらました。彼らは皆んな中国人です。
私には、彼らに対して差別感情など、微塵も湧いてきません。

私は差別自体は「悪」だとは思っておりません。
要は、私たちが嫌悪し、蔑視すべき対象は、人種や民族ではなく、その人個人の人格であり、人間性なのだと私は思うのです。
蔑視すべき日本人は、身近にもいっぱいいるではないですか???

もちろん、中国や韓国は社会全体としての民度が低く、一つの括りとして蔑視したくなる気持ちは理解できます。が、やはり単位は個人なのです。
特に、在日に関しては、それを痛感します。

私の経験から言うと、「民族」で差別する人は、あまり事実を検証しない人が多い。なぜなら、まず「差別意識」が先にあるからです。
で、その「差別意識」を裏付ける事象があると、「そら見たことか!」と自らの「思い込み」をますます強くする(そういう点では左翼に似ている、というか裏返しである)。
そういう人に何を言ってもムダ!「馬の耳に念仏」、そう実感した次第です。
(すべての人が「事実を検証しない」「まず差別意識ありき」と言っている訳ではありません。念のため)

ただ、そういう人たちが増えることは、国家にとって極めて危険なことです。国家が誤った方向に走る原因になる。

皆さんも、そうならないように気をつけてほしいと希望します。

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今日のエントリー

ところで、真の国益を守るということは、中国人や韓国・朝鮮人を差別したり蔑視したりすることではない。中国や韓国、北朝鮮の不法、無法に対して、国家・国民が一体と
なって毅然とした対応を取ることである。

もちろん、在日の工作員組織(朝鮮総連)や在日系暴力団の不法行為や犯罪を厳しく取り締まり、摘発することも、国益を守ることに通じる。
これは差別ではない。

で、ここに来て、また韓国がふざけた真似を始めようとしている。

韓国海洋調査船「海洋2000号」Chousasen2_1














韓国海洋水産省の発表にによると、韓国政府は、この3日、日韓両国が領有権を主張する竹島(韓国名・独島)周辺を含めた海域での海流調査を開始した。調査は3日から17日まで国立海洋調査院が実施するという。

朝鮮日報によると、海洋調査船「海洋2000号」は2日午後10時30分に釜山を出港、
現在は海上で待機中とのことだ。が、朝日新聞によると、3日午前、南東部・蔚山沖で作業に入った模様だ。
係争中の竹島周辺の調査は、今月中旬ごろになると見られる。が、我が国はは中止を求めており、両国間で緊張が再び高まるのは間違いない。

韓国政府は、自国の排他的経済水域(EEZ)内で海水の温度や塩分、海流の動きを
調べる「科学目的」の調査だとしている。韓国は2000年から毎年、海洋調査を実施してきた。竹島周辺海域が含まれていたことも何度かあった。

これに対して我が国は、ただ黙っていただけではない。
2004年7月に、韓国が、「探海2号」という調査船で竹島北西海域(我が国のEEZ)での地質探査を行おうとした際、我が国は海上保安庁の巡視船を警告のために派遣した。そして、「日本側EEZ水域での地質探査に対する日本政府の許可がないので退去せよ」と命令した。
結果、韓国の地質探査船は引き上げた。「外交紛争になるのを懸念した」というのが、韓国側の理由である。

この時の外相は町村信孝氏で、経産相は中川昭一氏、国交相は石原伸晃氏である。
同じ小泉内閣でも、川口順子氏が外相で、平沼赳夫氏が経産相、国土交通相は扇千景氏だったときは「だんまり」だった。2002年に今回と同じ「海洋2000号」が竹島の北西13マイルの海域で海洋調査を行ったとき、海上保安庁の航空機が空から監視
(観察?)しただけである。
つまり、町村-中川(昭)-石原のトリオだったからこそ、2004年の時は巡視船を派遣し、「退去命令」を発することができたということだ。

本題からは外れるが、平沼氏は、昨年4月の中国の反日デモの最中にも、「日中関係は双方にとって非常に重要な2国間関係であり、日本は中国と共に各分野の交流を
強化し、友好、平和の日中関係を共に築くことを願っている」(北京4月17日発 新華社)と発言している。
この政治家を「真性保守」として評価し、ましてや総理大臣に期待する向きがあるが、
そういう人たちの見識を疑う。

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Abe2_1
















今年4月に、我が国の海洋調査をめぐり日韓が激しく対立した。これを受け、我が国政府は海流調査中止を求めていたが、韓国は「我が水域内での海流調査は我々の正当な権利」(潘基文外交通商相)として頑として応じなかった。

で、今回の「海流調査実施」となったわけだ。
韓国海洋警察庁は、周辺海域での日本側の動きを監視・警戒しており、調査船が竹島周辺に入れば、警備艇を出して護衛する方針だという。

これに対して我が国はどうか?
安倍晋三官房長官は3日午前の記者会見で、韓国による竹島周辺の海流調査について、「調査を実施する事態が発生した場合、国連海洋法条約と関連国内法に基づき、適切に対処していく」と述べ、対抗措置として日本も何らかの海洋調査を行う可能性を示唆した。(2006/07/03 毎日新聞

これは韓国メディアからの情報だが、韓国の調査船が、係争中の竹島周辺海域(我が国のEEZ)に侵入した場合、我が国は「巡視船を出動させる」ことを決定していると言う。
これに対し、韓国政府当局者は「今回は以前(2004年)と違うだろう」と言い、「日本の巡視船が出動しても引き返さない」方針だと言われる。
「独島(竹島)について“静かな外交”を放棄した以上、韓国の領有権を守るという意志」を反映させた行動を取らざるを得ないからだ。

韓国は、今回「海流調査は領有権にかかわる特殊任務ではなく、海洋観察のための
通常業務だ」と主張している。
我が国が、今年4月に「日韓共同管理水域」で実施しようとした海洋調査も、国際法上は何の問題もなかった。これを、実力行使をしてでも阻止するという態度に出たのは
韓国ではないか!!!
なのに、自国の場合は、「海洋観察のための通常業務(だから何の問題もない)」と
言い張る。で、我が国の「通常業務」は海洋警察を総動員してでも断固阻止。自国の
「通常業務」に我が国が警告を発すれば、「日本の巡視船が出動しても引き返さない」と突っ張る。

こんな、道理をわきまえない我が儘な国に、今の時点で一歩でも譲歩したら、永遠に
舐められる。韓国は完全に己を誤解している=要はバカ!!!
我が国は、巡視船を出動させ、韓国の調査船を身動きできなくさせるくらいの対応が
求められる。韓国が警備艇ではなく、警備艦を出動させても怯んではならない。
幸い、安倍氏が官房長官で、麻生太郎氏が外相。国交相が北側 一雄氏(公明党)で、経産相が二階俊博氏というのがネックだが、海上保安庁自身が「強気だ」というから
心強い。いずれにしても、安倍氏や麻生氏のリーダーとしての器が問われる事態になることは間違いない。

我が国は、粛々と原則的立場を貫くべきである。
結果として、不測の事態が生じたとしても、それはそれで、国民世論を正しい方向に
喚起することになる。

今回は、今年の4月とは立場が逆である。
我が国の国家としての性根が問われている。心してかかってほしい。

韓国の思い上がりを、これ以上許してはならない!!!

参照1:【独島】「日本の巡視船が出動しても引き返さない」
     (2006年7月3日 朝鮮日報)
参照2:韓国が海流調査開始へ 調査船が出発 竹島
     (2006年7月3日 朝日新聞)
参照3:安倍官房長官:韓国の竹島周辺の海流調査に対抗措置も
     (2006年7月3日 毎日新聞)
参照4:「日本、韓国側独島近海調査、過去数回妨害」
     (2006年4月21日 中央日報)

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2006/07/03

愛情のない鉄拳教育は虐待である

奈良県田原本町の医師(47)方が全焼し、妻子3人が死亡した放火殺人事件。犯人が、有名私立高校1年の長男(16)だったことには衝撃を受けた。

母(38)も医師で後妻である。次男(7)と長女(5)は、異母兄弟ということになる。父親が再婚したのは10年前だというから、犯人の少年が6歳のときだ。

メディアでは、当初、「常々家族4人を殺そうと思っていた」と供述していると伝えられたことから、「義母との確執があったのでは?」という見方も強かった。
が、私は極めて疑問に思っていた。義母との確執が、幼い弟(7)や妹(5)を巻き添えにするところまで発展するとは思えなかったからである。

案の定、少年は弟や妹を、すごく可愛がっていたという。
亡くなった義母も、少年が勉強を強制される部屋を集中治療室(ICU)になぞらえて
「集中勉強室」と呼び、「もう少し自由にさせてあげたい」などと周囲に漏らしていたらしい。

では、何が原因だったのか?
その前に、少年が逮捕されたときの状況に言及したい。

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京都市左京区で6月22日午前7時45分ごろに見つかった少年は、一人暮らしの女性(60)宅に無断で侵入し、そのときは居間でテレビを見ていた。
この女性とは何の面識もなく、以前からその家を知っていた訳でもなかった。侵入した理由は、W杯の「日本対ブラジル戦を見たいと思った」からだという。
が、試合日を1日間違えていて放送していなかったので、朝方まで眠り込んでしまったらしい。

自宅に放火して逃亡しておきながら、「日本対ブラジル戦を見たい」と思い、勝手に見ず知らずの他人の家に侵入する。ちょっと信じがたい感覚である。
さらに、この民家でテレビニュースを見るまで、「火事で母親らが死亡したことについては知らなかった」という。
つまり、自分のしでかしたことの結果を、まったく予測できない。で、サッカーの試合を
見るために他人の家に忍び込む。
まったく16歳とは思えない思考能力のレベルである。そのくせ、民家の電話線は切断していたというから、そのあたりはしっかりしている。

中高一貫の有名私立高校の生徒だというから、頭脳は悪くない。が、人間としてのあるべき精神的バランス感覚が欠落している。この記事を読んで、私は率直にそう思った。

------------------------------------------------------------------

ここに来て、父子の関係が報じられるようになった。

実は少年は、中学2年だった2年前、家庭訪問した担任教師に、父親から暴力を受けており、やめさせるように訴えていた。しかし、その後も父親の暴力は続いていた。少年は、学校にも怪我をした顔のまま登校することもあったという。
父親の暴力の理由は、「少年の成績が振るわないから」、ただそれだけだった。そして、「集中勉強室」と義母が名づけた部屋に閉じ込めて勉強を強制した。

この件について、父親は弁護士に次のように語っている。

「(長男に対する)自分の接し方が根本的に間違っていた。責任を痛感している」
「長男の気持ちを考えずに、医師にしたいという思いだけで、厳しくしてしまい、それが裏目に出たという印象だ。長男にとって家庭は息抜きの場なのに、追い詰められたのではないかと思う」

今さら何を言っているのだ!!!
子供といっても独立した一個の人格である。親の思い通りに育てようなんていうのは、根本的に間違っている。16歳にもなれば、自我もあれば夢もある。それを暴力で自らの意思を強制するなんて、これは虐待である。
私は、この父親に怒りを禁じえない。

凶行の“引き金”は父親との確執だったことは間違いない。少年は、犯行の数日前の
深夜に、「凶器を持って父親の寝室まで行ったが、気づかれてあきらめた」と警察の
取調室で吐露している。
要は、この父親は、息子にとっては“憎悪”の対象でしかなかったわけだ。

父親にとって、医者であることが最大のプライドだった。それが社会的存在価値のすべてだった。で、その価値観を長男に強要しようとした。
そういうことだと思う。私にはよく解る。

そこには、「生きる価値とは何か?」、もっと突き詰めれば、「人間存在とは何か?」と
いうものが、すっぽりと欠落している。

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私も二人の娘に暴力を振るったことが何度かある。それは他人に迷惑をかけたり、身勝手な考えから私に反発したときだ。
あるとき、自ら娘を警察署に連れて行ったこともある。非行行為を反省しなかったからだ。が、私は心から娘たちを愛している。だから暴力を振るっても、父の日には毎年、
プレゼントと「感謝の手紙」をくれる。

要は、この父親は、息子を人間として育てていなかった。父親としての愛情がなかった、というか通じていなかったのだ。
これは、少年が幼いころから「おばあちゃん子」で、近所の人の話では、最近は家族を避けるように、田原本町内の父親の実家で祖父母と過ごすことが多かったということにも示されている。
それでなくとも母親は義母である。父親が少年を愛情で包んでやらなければ、誰が
愛情を注ぐというのだ!!!

------------------------------------------------------------------

私の父親は、元軍人で、柔・剣道の有段者だった。幼いころ、不始末をしでかすと、
体が吹っ飛ぶくらいにぶん殴られたものだ。が、私は父を尊敬していた。
要は、真の愛情があるかどうか、一人前の人間になってほしいが故に鉄拳を振るうのか否かである。

今回の場合、少年を「人間」として育てる大人がいなかった。ただ「知識」を詰め込むことを要求するだけ。そして、おそらく祖父母は甘やかしただけだろう。
だから、自分のしでかしたことの結果をまったく予測できず、で、見たいと思っていた
「日本対ブラジル戦」のために見ず知らずの他人の家に忍び込む。
こういう普通の16歳の少年とは思えない、「超非常識」な行動を平然と行うのである。

動機も、「何もかも嫌になり、ゼロからやり直したかった」、つまり「人生をリセットしたかった」ということらしい。人生も、まったくのゲーム感覚なのである。
親が、「人間とは何か」、「人生とは何か」を、折にふれて子供に示してやらないと、今の子供たちは、バーチャルの世界と現実を混同してしまう。
別に言葉でなくてもいい。親の「生き様」で子供は解る。「子は親の背を見て育つ」と
言うではないか。

------------------------------------------------------------------

長男は、以前から父親に対しては憎しみを持っていたものの、母親や弟、妹に対してはなかったと言い、その後、「3人が死ぬとは思わなかった」と、殺意を否認する供述を
始めたという。
そして、差し入れられた「論語」を読み終え、「知識よりも、思いやりや人に対する優しさが一番大切だと思うようになった」との感想を弁護士に述べた。
やっと、自分が、自我を有する人間であることに目覚め始めたということである。

子供を放任するのは論外だが、自分の思い通りに育てようとするのも同様である。しかも暴力まで用いて強制しようとする。
はっきり言って、人倫に外れている。子供の我が儘はけっして許してはならないが、
自主性や創造力は伸ばしてやるべきである。これが当然であり、人間社会の進歩に
つながる。

なお、私は、「鉄拳制裁」そのものは否定していない。

※母と幼い次男と長女が犠牲になったことに、心より哀悼の意を表します。 坂 眞

参照1:高1「常々家族を殺そうと思っていた」 奈良放火事件
参照2:奈良放火殺人、「死ぬと思わず」…長男が殺意否認
参照3:担任に「父の暴力止めて」…奈良放火殺人
参照4:奈良の放火殺人、長男の父親「接し方間違っていた」
参照5:奈良放火殺人事件、長男「すべてなくしたかった」
参照6:奈良・放火殺人 数日前に父殺害も計画

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2006/07/02

中共が仕掛ける狡猾な統一戦線

今の、中国の対日戦略を考察するとき、共産党独特の「統一戦線論」を理解しなければならない。この理論こそ、中共の対日外交の核をなすものなのである。
この戦術論を理解せずに、中国(中共)の表向きのメッセージやパフォーマンスに目を
奪われていると、本質を見誤る。

以下は、1922年2月の第1回コミンテルン拡大執行委員会総会におけるレフ・トロツキーの報告の抜粋である。ロシア革命の立役者であるトロツキーは、以下のように述べている

参照:「フランス共産党問題に関する報告によせて」(抜粋)

-------------------------------------------------------------------


共産党の任務はプロレタリアートの革命を指導することである。共産党は、プロレタリアートに権力の獲得を呼びかけそれを実現するためには、者階級の圧倒的多数に依拠しなければならない。
は、この多数をつかむまでは、彼らを獲得するために闘わねばならない」


「問題は、者階級の一定の非常に重要な部分が改良主義的な組織に属しているか、あるいはこれを支持しているところから生じる。彼らの現在までの経験は、彼らを
改良主義組織から離脱させてわれわれの組織に参加させるにはまだ十分ではない。
こうした関係に重大な転換が生じるのは、おそらく、現在日程にのぼっている大衆行動に彼らが参加したのちのことであろう。まさにそれをめざしてわれわれは現在努力しているのである。だが、今はまだそうはなっていない。
現在、組織された者階級は3つのグループに分裂している」

「その1つである共産党は社会革命をめざしている。まさにそれゆえ、共産党は、搾取者ないしブルジョア国家に反対する勤労者のあらゆる運動を、たとえそれが部分的なものであっても、支持しているのだ。
もう1つのグループである改良主義組織はブルジョア階級との妥協をめざしている。
だが、者に対する影響を失わないために、この組織は、その指導者たちの内心の願望に反して、搾取者に反対する被搾取者の部分的運動を支特せざるをえない。
最後に、第3のグループとして中間主義者がいる。彼らはたえず先に挙げた2つのグループのあいだを動揺しており、独立した意義を有していない」

「したがって、フランスの状況は、これら3つの組織に結集している者と、これらの
組織に近い未組織大衆との――死活に関わるさまざまな問題をめぐる――共同行動を完全に可能にしているのである」


「すでに述べたように、共産主義者は、こうした統一行動に反対しないどころか、逆に
そのイニシアチブをとらなければならない

なぜなら、ますます多くの大衆が運動に引き入れられ、彼らの自信が高まれば高まるほど、大衆運動はますます自己への確信を強め、出発点での闘争スローガンがいかにささやかなものであろうと、ますます断固として前進することができるようになるからである。
そして、このことは、運動の大衆的側面の成長が、運動を急進化させることによって、
そのスローガン、闘争方法、および一般的には共産党の指導的役割にとって、ますます有利な条件をつくり出すことを意味する」

改良主義者は、大衆運動の潜在的な革命性を恐れている。彼らの好む活動の舞台は、議会の壇上や、組合の事務室、調停局や、大臣の玄関間である」

「反対にわれわれは、他のすべての考慮を別にしたとしても、改良主義者をその避難所から引きずり出して、彼らを闘争中の大衆の面前でわれわれと並び立たせることに利益を見出す。正しい戦術をもってすれば、それはわれわれの得になるだけである。
それを疑ったり恐れたりする共産主義者は、最良の泳法に関する命題を承認しながら、あえて水に飛びこもうとしない泳ぎ手のようなものだ」

「まさにフランス共産は、統一戦線に関して、きわめて有利な立場に立っている。
政治組織の枠内では、フランス共産主義は、旧社会党の多数派を獲得することに成功した。
その後、日和見主義者たちは、他のあらゆる政治的肩書きに加えて、さらに「ディシダン」――つまり分裂派という肩書きを背負うことになった。
わがフランス共産党はこの事実を利用して、社会改良主義の組織に「分裂派」という
レッテルを貼り、こうして、改良主義者たちが行動の統一と組織の統一を破壊するものであることを前面に押し出したのである」

-------------------------------------------------------------------

以上の文章は、左翼のものであり、しかもトロツキーの報告の訳であるから非常に解りにくいと思う。
だから、簡単にまとめてみる。
これは、当時のフランス共産党が、既に強大な勢力を持っていたにもかかわらず、統一戦線に消極的であったことに対する批判を基調にして述べられている。

・革命のためには者階級の圧倒的多数を獲得しなければならない。

・問題は、者階級の非常に重要な部分が改良主義的な組織(社民主義)に属しているか、あるいはこれを支持しているところにある。

・フランスの状況は共産党改良主義的な組織(社民主義)、両者の中間主義者
三者に分かれているが、共同行動をとることは完全に可能である。

共産主義者は、こうした共同行動に反対しないどころか、逆にそのイニシアチブをとらなければならない。


共産党は、統一戦線に関して、きわめて有利な立場に立っている。
したがって、統一戦線利用して、イニシアチブを奪い 、者階級の圧倒的多数
獲得につなげなければならない。
議会の壇上や、組合の事務室、調停局や、大臣の玄関間が主たる活動舞台である改良主義的な組織(社民主義)が相手であるから、それは十分可能である。

要は、こう言っているのである。

つまり、ブルジョア国家(資本主義国家)に反対する勤労者の多数は、改良主義的な
組織(社民主義)
の影響下にある。
これを、反ブルジョアジー(反資本家階級)で利害が一致する改良主義的な組織(社民主義)中間主義者との共同行動を積み重ねることにより、運動内におけるイニシアチブを確立し、共産党の側に勤労者の多数を獲得する。

これが、共産党統一戦線論の本質である。

------------------------------------------------------------------

毛沢東による、1945(昭和20)年の中国共産党大会における「政治報告」を見てみよう。

「中国が今、さし迫って必要としているのは、各党各派や、無党派の代表的人物を結集し、民主的な臨時の連合政府を樹立することである」

「その政府によって、当面の危機を克服し、全中国の抗日の力を動員統一し、中国を
独立、民主、統一、富強の新国家に、築き上げる
ことが急務である」

「一部の人は、共産党が権力を得たのち、ロシアに倣って、プロレタリア独裁、一党制度を打ち立てるのではないか、と疑っている。しかし、我々の、いくつかの民主的階級の同盟による新民主主義国家は、プロレタリア独裁の社会主義国家とは、原則的に違ったものである

「我々のこの新民主主義制度は、プロレタリア階級の指導、共産党の指導のもとに、
新民主主義の全期間を通じて、中には一階級の独裁、及び一党だけの政府機構独占の制度はとらない。共産党以外のどんな政党、どんな社会集団、あるいは個人でも、
共産党に対して、敵対的ではなく、協力的な態度をとる限り、我々はこれと協力しない理由は無い



毛沢東は、「民主的階級の同盟(統一戦線)による新民主主義国家は、プロレタリア
独裁の社会主義国家とは、原則的に違ったものである」と言明した。
が、これは「日本帝国主義」という共通の敵に対して蒋介石率いる国民党と統一戦線を組み、国民大衆を共産党の側に引き寄せるためのプロパガンダにすぎなかった。本音は、「政党、どんな社会集団、あるいは個人でも、共産党に対して、敵対的ではなく、協力的な態度をとる限り、我々はこれと協力しない理由は無い」に
あった。

つまり、表面上は「いくつかの民主的階級の同盟による新民主主義国家」という美辞麗句で飾りながら、「反共主義者は、革命が成功したら排除しますよ」ということを、この
時点でたくみに織り込んでいるのである。

対立する蒋介石は、いったんは、この毛の提案を受け入れた。
が、両者の不信感と対立はぬぐいがたく、日本の敗戦後、1946年7月には再び全面戦争に突入する。
当初は国民党が優勢だったがが、中共は、毛の「人民戦線論」(人民を戦争にまきこむ)、「統一戦線論」(中間層や敵側の一部を味方に引き入れる)、「根拠地論」(農村が
都市を包囲する)を展開し、中共軍は次第に国民政府軍を圧倒する。

要は、日中戦争中は共産主義とは無縁な人たちを「反日統一戦線」に、日本の敗戦後は「反資本家・反地主統一戦線」に取り込むことによって、毛は成功したのである。
なお、毛は「統一戦線」で勝利を収めたので、建国時の政権は共産党単独のものではなかった。
国民党からの「寝返り組」を半分程度抱えていたし、愛国的資本家もたくさんいた。
つまり、1949年の中華人民共和国樹立の時点では、中国はいわゆる共産党単独政権ではなかったと捉えるのが妥当なのである。

それが、1950年代半ばの「百家争鳴」による知識人の大弾圧、後半の「大躍進運動」、1960年代の「文化大革命」を経て、「狂気の共産党独裁国家」になってしまった。
この間に殺されたり自殺したりした「知識人」は、一千万人をくだらないのではないか。
国民総数では、共産体制下での犠牲者は5千~8千万人とも言われている。

参照:第8期補足2 「民主連合政府樹立運動について」

------------------------------------------------------------------

以上の、共産党の革命戦術の根幹をなす「統一戦線論」の実態をお読みになって、どう感じられたであろうか?
つまり、本当の敵を倒すために、同じような立場にいる異勢力に、いかにも「味方面」というか「仲間面」をして近づく。そして、実は、敵と戦いながらも、同じような立場にいる
異勢力を切り崩し、その勢力の党員や支持者を共産党に取り込む。
これが世界の共産党の常套戦術なのである。

1960年代から70年代にかけて、日本社会党(現・社民党)は、「(共産党に)庇(ひさし)を貸して母屋を取られた」と嘆いたが、これも日本共産党の「統一戦線 」の罠に見事にはまった例である。
だから、社民党は、未だに共産党との共闘を嫌がる。

まあ、社会党が共産党に母屋を取られたって国益に実害はない。が、対中共となると
話はまったく違ってくる。
最近の中共の動きを見てみよう。

中共は、昨年から今年にかけて、台湾の野党・国民党の指導者を相次いで中国に
招き、胡錦濤総書記(国家主席)との国共首脳会談を実現させた。敵である台湾の中の味方(独立反対派)の野党ルートを利用して、敵の中の真の敵(台湾独立派)に揺さぶりをかけたのである。
台湾産果物の非課税化や、台湾の大学学位や病院の共同開設を認めるなど、台湾住民が関心を寄せる経済、民生、教育面などの優遇策も国民党経由で打ち出している。
さすがに「パンダ贈呈」は陳水扁政権が断ったが・・・

中共の狙いは、「中国と対話もできない民進党政権よりも、国民党政権のほうが台湾に利益をもたらす」とのイメージを醸成する点にある。
台湾世論は今、国民党に一定の支持が集まり始めている。2008年春の次期総統選挙では、馬英九・国民党主席が当選し、8年ぶりに同党政権が復活する可能性が浮上して来た。
これまでのところ、中共の戦略は見事に奏功していると言ってもいいだろう。

歴史上、中共は国民党と80年近くにわたって対立してきた。それでも真の敵(台湾独立派)を倒すためには、国民党とも手を握る。国民党も台湾での衰退を前に「反共」が党是であるにもかかわらず、起死回生策として中共に歩み寄った。
まさに、中共の統一戦線という戦術に、国民党が見事にはまったのである。

中共は、こうしたやり方で政権を奪取している。旧・ソ連と激しい対立関係にあったとき、日米安保を積極的に評価したのもそうだし、対台湾政策に見られるとおり、現在でも
外交戦略の基軸として活用している。

小泉首相の靖国参拝では、日本国内の世論は賛否両論で真っ二つに割れている。
本来は小泉内閣の味方である筈の与党さえ修復不能なほどに割れている。中国にとっては、好都合であること極まりない。

昨年以来、中国は小泉首相との首脳会談を拒否している。一方で、今回、首相の靖国参拝を批判する民主党の小沢一郎代表には訪中を招請した。しかも、タイミングは自民党の次期総裁選を間近に控えた微妙な時期である。政治的効果も極めて大きい。
小沢代表と胡主席との会談が実現すれば、民主党は、小泉首相では会えなくても、「民主党代表なら可能」というメッセージを日本に送ることができる。と同時に、中共に
とっては、自民党の次期首相候補へも、「靖国を参拝しなければ首脳会談ができる」という政治的シグナルを示すことができる。
そこに民主党と中共の利害の一致点があるのである。

が、小沢代表は、中共の「統一戦線論」に基づく深慮遠謀を理解しているのであろうか?それとも、理解したうえで、「衰退を前に『反共』が党是であるにもかかわらず、
起死回生策として中共に歩み寄った」台湾・国民党と同じ戦術を採用したのであろうか?

いずれにしても、小沢訪中は、主観的にはともかく、客観的には中共の思惑に乗せられることになり、結果として我が国の国益を損なうことは間違いない。

既に、日中友好7団体の会長らと会談した胡主席は、「靖国参拝をやめれば、いつでも首脳会談に応じる」(3月30日)と発言し、宮本雄二・駐中国大使の信任状奉呈での
会見(6月10日)では、「条件が整えば、適当な時期に訪日することを願っている」と
話し、日中関係改善にかける熱意を大いにアピールしている。

小沢代表に限らず、自民党内の一部も、この胡主席の熱意を評価し、何としても中国との関係改善を図るべきだと意気込んでいる。
そのためには「靖国参拝なんてほっとけ」と・・・

しかし、彼らは、中共の真意をどこまで理解しているのであろうか?共産党の本質を
知っているのだろうか?「統一戦線論」がどういうものか学んだことがあるのだろうか?
まったく「疑問×10乗」である、私にとっては。

我が国と中国は、経済的、あるいは政治的影響力からして、アジアのリーダー的存在であると言ってもよい。
日中双方の間には、世界的に逼迫する資源や加速度的に進む中国の環境破壊など、首脳間で話し合うべき緊急の課題がある。東シナ海のガス田や尖閣諸島の問題も、
もう事務レベルでの折衝では、どうにもならないところまで来ている。
そういう意味では、日中間の首脳の対話は必要である。

が、「首相の靖国参拝中止」を首脳会談再開の条件にしては絶対にならない。
例えば、「中国は『反日教育をやめ、日中友好教育を義務教育レベルで徹底する』から、日本も中国国民を刺激するような行動は謹んでほしい」「靖国神社参拝の
意義は理解するが、当面は双方の国民感情の改善を優先してほしい」くらいは言わせるべきである。
で、「では、当面は靖国参拝を留保しましょう」と我が国は応じる。というのであれば、
靖国に祀られている英霊も少なからず理解してくれるのではないか。

私は、「首相の靖国参拝」は絶対に続けるべきである、という立場だ。が、政治レベルでどうしても妥協が必要というのであれば、これくらいの原則は貫くべきである。
そして、省エネや環境技術の供与に関しては、中国に頭を下げさせる。もちろん有償である。

これくらいのプライドと気概なくしては、一国の首相は務まらないし、なし崩し的に「靖国参拝」をやめ、「日中友好」にもって行ったとしても、「百害あって一利なし」である。

もし、小泉以前の対中、対韓外交に戻れば、将来的に、ほんとうに「国民同士が衝突する」。
それでなくとも、日本で中国を否定的に見ている人が71%、逆に中国で日本を否定的に見る人は70%に上っっている。(米国・ピュー・リサーチセンター 2006/06/15)
要は、10人のうち7人が、お互いに反感を持っているのである。ここで一方的に譲歩したら、日本人の中国否定は90%を超えるのではないか。

------------------------------------------------------------------

最近の小沢氏の持論は、「日米中の関係は形のいい三角形をつくるべきだ。米国とも
中国とも等距離の『正三角形』(小沢周辺)の外交を進めることが、日本の存在感を
示すことにつながり、ひいてはアアジア外交で主導権を握ることになる」というものだ
そうだ。
が、「バカも休み休み言え!!!」と言いたい。
外交は「現実」である。「夢」ではない。一歩誤れば、国難に直面する。
野党第一党の党首が、中学生が「作文」で書くようなことを臆面もなく言えるということが信じられない。
誰かが、「経済一流、政治は二流」というのが我が国に対する国際的評価だと言っていた。が、私に言わせれば、しょせん我が国の政治は「未だ三流」である。

靖国問題には、確かに歴史的な経緯がある。これを一方的に無視するのも、国策からして「得ばかり」とは限らない。一度、「首相の靖国参拝」を前提にしたうえで、冷徹に「自らの国家利益を貫く外交戦略」を考察するべきではないか。
何と言っても、隣国は「海千山千の中共」が率いる国である。我が国は、もはや、総合的な対中戦略が求められる時期に来ているのである。
外務省ごときに任せ切りでは絶対にダメだ!!!

次期首相は「主権外交」を貫くべきである!!!

【追記】
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※以下、6月27日追記

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2006/07/01

したたかな中共に操られる政治家たち

皆さんの中には、政治家というのは胡散臭い連中だと思っておられる方も多いと思う。特に、「比例は公明党に!」などと連呼している自民党の政治家を見ると、信念や信条はどこに行った?と感じられるであろう。「1票のために魂まで売るのか?」と・・・
この考えは、まったくそのとおりである。が、政治の現実を見ていると、「これも小選挙区制では、ある程度は仕方がないのかなあ・・・」と思ってしまう。

中には、私利私欲や名誉欲、あるいは権力欲のためだけで政治家を志す者も確かに
いる。が、国会議員に限って言えば、最初は「高い志」の下に政治家を目指したという者の方が圧倒的に多い。
これは事実である。
ところが、これが年を経るにつれて彼らは変質していく。「高い志」も権力がなければ
「絵に描いた餅」にすぎない。そこで政治家は権力を目指す。

その段階では、政治家にとって権力は、まだ「高い志」を実現するための手段にすぎ
ない。しかし、権力を志向する故に、妥協や談合を繰り返すうちに、権力を奪取することそのものが「自己目的化」する。
つまり、「手段」であったはずの「権力」が、「目的」になってしまうのである。だから、
できうる限りの権謀術数を駆使する。

小沢一郎が「政治は権力闘争である」と言ってはばからないのは、こういう「政治の
現実」を反映したものである。小泉純一郎の政治家としての軌跡を見ても同じことが
言える。

私は、麻生太郎の対中姿勢の変化を「転向」と言って批判した。が、本心は、心底から非難する気にはなれない。
安倍晋三も、最近は「靖国参拝」に関して、以前ほど歯切れがよくない。これは、「靖国参拝」を総裁選の争点にしたくないという思惑が働いているのは間違いがない。
が、背景に「(日中・日韓の関係改善は)後継首相が関心を払わなければならない問題だ」(マイケル・グリーン前NSCアジア上級部長)という米国の強い意向が働いている
ことは間違いない。
(注:NSC=米国国家安全保障会議)

もちろん、私は、政治家が権力を奪取するために変質することを肯定しているわけではない。棒を飲んだように突っ立っているだけでは政治家は務まらないということだ。
権力闘争に勝ち抜くには妥協も譲歩も時には必要だ。プロパガンダも欠かせない。これは外交も同様である。

が、これだけは言っておく。政治家としての「芯」まで溶解させてはならない。妥協も
譲歩も「手段」として割り切ればよい。が、「魂」まで売り渡すことは許されない。
そして、権力を掌中にした暁には、自らの「高い志」、つまり自らの理念や信条を実現
させることに全力を傾けなければならない。

私が1980年代以降の政権、特に「経世会」を批判するのは、権力を掌握することだけが目的で、その後はそれを維持するために腐心するだけだったからである(ここでは小泉政権だけは除く)。
そこには理念のカケラもない。あったのはカネだけ。
したがって、「経世会」の中枢を担った小沢の「政治は権力闘争である」という言葉は、小泉のそれと表現は似ているが、中身はまったく異質のものであると考える。

-------------------------------------------------------------------

ここで、「権力を掌握する」、あるいは「権力の恩恵に与る」ために変質した政治家を、
皆さんがよく知っている人物を例に挙げながら話を進めよう。
その人物とは、高村正彦・元外相である。

皆さんもご存知だと思うが、首相の靖国神社参拝に反対する人たちの中に、「反対は『中国の意向』を考慮したものではない。国益を考えた上でのことだ」と主張する人たちがいる。
が、今の日中関係を考えれば、主観的に「国益」を考えた上での「反対」であっても、
客観的には中国のお先棒を担いでいるのと同じことなのである。
例えば、以下の高村元外相の発言。


高村正彦・元外相は29日、自民党高村派の総会で、小泉首相がカナダでの記者団との懇談で、「首相の靖国神社参拝をやめろというのは中国の言い分に従えということと同じだ」との考えを示したことを批判した。

高村氏は「(靖国参拝への批判を)国益全体を考えて言っている人もいる。『靖国参拝する人は戦争を美化する人だ』と決めつけるのと同様に、言い過ぎだ。中国、韓国を
挑発し、両国に(首相を)非難させることで、日本国民の(首相に対する)支持を得ようとしているとさえ思える」と述べた。

首相が靖国問題は総裁選の争点にならないとの見方を示したことに関しても、「むしろここまで言うと、争点にならざるを得なくなる感じがする」と指摘した。

高村元外相、首相の靖国関連発言に「中韓を挑発」
(2006/06/29 読売新聞)

実は、高村とは直接の面識はないが、高村派とは何かと縁が深い。で、会長の高村、私は昔はけっこう評価していた。

2世議員の典型でプライドが高く、子分を作らない。料亭政治や寝業が不得手で、どちらかと言えば原則論者。こういうところは小泉首相と似ているが、首相よりも「インテリ(笑)」である。
高村、強烈な反共主義者でもある。
外相時代、共産党議員の質問に「木を鼻で括った」ような答弁を繰り返し、同僚の自民党議員からでさえ「閣僚の取る態度ではない」という声が上がったほどである。

対中ODAを最初に見直したのも高村。自民党のODA責任者として、ドンブリ勘定だった対中ODAを単年度主義に変更し、金額も2001年から03年にかけて半減させた。
「2008年の北京五輪か2010年の上海万博を一つの目安として対中ODAをやめよう」と最初に提起したのもこの人だ。

ところが、2003年の自民党総裁選挙を境に、高村はおかしくなった。高村はこの選挙に立候補し、54票を獲得したが、小泉首相の経済政策を批判したため、無役に封じ込められた形になった。
このころから高村は、反小泉の姿勢を鮮明にし始める。そして、2004年2月に日中友好議員連盟の会長に就任してからは、「親中国」の姿勢を強めていく。

それでも高村は、昨年の年初までは、まだ踏みとどまっていた。が、7月の「郵政国会」で勝負に出た。古賀誠や平沼赳夫らと組んで、完璧に「小泉内閣打倒派」になる。
結果、政局を見誤った高村は敗北、見事なまでに小泉首相から干し上げられる。

以下は、2005年1月18日の高村の講演の抜粋である。
対等で安定した日中関係を」と題した講演の中で、高村氏は次のようにも述べている。(週刊「世界と日本」1663号)

私は、日中両国やアジア、世界の平和のために、日中は友好関係になければならないと考えている。私の言う日中友好とは、対等な主権国家同士の関係を築くことだ

靖国問題で小泉総理は 『8月15日に参拝する』と言い切った。ところが8月13日に
参拝した。小泉さんは靖国問題の難しさを知らずに『8月15目に参拝する』と言ったのと、それを『13日に変えた』ということで、2度の間違いをした

中国には彼らの国民感情があるのだから、小泉さんは丁寧に説明しなければいけないと思う。『内政干渉』の一言で片付ければいいものではない。日本も中国に対して、
たとえ内政干渉と言われようとも、『反日教育は改めてくれ』と言っていかねばならない

以上を読むと、このころ(2005/01/18)までは、小泉首相を批判しながらも、中国に対しては、ぎりぎりのところで原則的な立場を堅持していることが解る。
ところが、昨夏の「郵政国会」で「反小泉」の旗幟を鮮明にした高村は、小泉首相の
総裁任期が切れる今年に入ると、3月30日に「売国セブン(日中友好7団体会長)」」の一員として中国を訪問。中共の胡錦涛主席と会談する。
そして、「日本の指導者が靖国参拝を繰り返しており、これが日中関係を損なった原因だ。一般の人の参拝と指導者の参拝は別だ。政府の代表者が行くのは政府の政策をあらわしていると考える」という胡主席の発言に対して、何の反論もせずに、翌日、北京での講演で「いかなる状況下であろうと、あらゆるレベルで交流がなされるべきだと」と述べただけで帰国した。

まさに、原則的だった政治家が、嫉妬と妬みに駆られて転んでしまう典型を、高村に
見ることができる。やはり、並みの政治家は、権力欲に目が眩み、国益を見失うのだ。
(まあ、「あらゆるレベルで交流」に首脳会談が含まれているのであれば、高村もいくらかは救われるが・・・)

こうして見ると、冒頭の読売新聞記事中の「(靖国参拝への批判を)国益全体を考えて言っている人もいる」という発言が白々しく思えるのは私だけだろうか。
高村や「首相の靖国参拝反対派」が、いかに格好を付けようと、結果的に中国の
お先棒を担いでいるのは間違いない。
そして、逆の見方をすれば、中国の「内政干渉」を国内の政局に利用しようとしていると言っても過言ではない。

以下の記事を読めば、それは一目瞭然である。


中国共産党の対外交流は、今年も引き続き活発に行われている。7月1日の党結成記念日を前に、中国共産党対外連絡部の王家瑞部長が人民日報の取材を受けた。

――中日両国の政党が、2国間関係が困難な局面にある中でも交流を維持している
ことに、われわれは注目している。これはどういった考えによるものか。

中日関係の現代史を振り返ると、政党外交はかつて、中日国交正常化や両国の友好協力関係の全面的発展のために、独特の役割を果たしてきた。現在、中日関係には
困難な局面が見られるが、原因は周知の通りだ。
しかし、困難な時期でこそなおさら、われわれは両国や地域、ひいては世界にとっての、中日関係の重要な意義を深く認識し、中日友好が人々の心や大局の向かうところであることを認識しなければならない。また、なおさら日本の政党、政治家、各界の人々と意思疎通を強化し、共通認識を深めなければならない。
今年初頭、われわれは北京で「中日与党交流協議会」を立ち上げ、初会合を開いた。
このほか、自民党、民主党、社民党、共産党の指導者による訪中を要請しており、彼らとともに、中日関係が早く健全な発展という軌道に乗るよう、絶えず蓄積を進めてきた。われわれはこうした積極的な努力が早期に効果を上げることを期待し、また信じている。

日本との政党交流について 共産党対外連絡部長
(2006/06/30 人民網日本語版)

「日本の政党、政治家、各界の人々と意思疎通を強化し、共通認識を深めなければならない。今年初頭、われわれは北京で『中日与党交流協議会』を立ち上げ、初会合を
開いた。このほか、自民党、民主党、社民党、共産党の指導者による訪中を要請して
おり、彼らとともに、中日関係が早く健全な発展という軌道に乗るよう、絶えず蓄積を
進めてきた」
ここまで公然と言うか???しかも人民日報にその発言を掲載させる!!!まさに「対日工作」を行っていますと宣言しているようなものだ。
このような中国の思惑に、権力欲や名誉欲から乗せられてしまったのが、3月に訪中した「売国セブン」である。が、これは、何も高村たちのような自民党の媚中派ばかりではない。やはり与野党逆転・権力奪取しか頭にない民主党代表の小沢も、喜び勇んで
乗っかかる。
まさに「欲に目が眩んだ」状態に陥ってしまったのである。

------------------------------------------------------------------

Ozawa


























外交部の姜瑜報道官は29日の記者会見で、日本・民主党の小沢一郎代表が7月に
訪中する件について質問を受け、次のように答えた。

日本の民主党の小沢一郎代表が近く訪中する。中国共産党中央対外連絡部が応接する。中国共産党と日本の民主党とは、長く友好的な交流関係が続いている。これまで、民主党の歴代代表はすべて、代表団を組織して中国を訪問している。われわれは小沢氏が近く訪中することを歓迎するとともに、この機に中日関係の安定と発展の促進について意見を交換したい。

中日関係について、われわれが思うことは、中日関係の正常な安定と発展を維持することは、両国と両国民の根本的な利益になるということだ。日本が中国と共に努力し、両国の政治的障害を乗り越え、両国の関係が早期に正常な発展軌道に乗るよう行動することを期待する。

「民主党・小沢代表の訪中を歓迎 外交部」
( 2006/06/30 人民網日本語版)

最近の小沢の持論は、「日米中の関係は形のいい三角形をつくるべきだ。米国とも
中国とも等距離の『正三角形』(小沢周辺)の外交を進めることが、日本の存在感を
示すことにつながり、ひいてはアアジア外交で主導権を握ることになる」というものだ
そうだ。
「米国とも中国とも等距離の『正三角形』」が、ほんとうにできると考えているとしたら、
もう小沢は狂っている。第一、日米安保条約はどうするのだ???米国の台湾政策とどう
整合させるのだ???「日・米・中の3国で、「相互不可侵・平和友好条約」を結ぶってか???

自由党党首時代に、新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)を反映した「周辺事態法」をめぐり、「(周辺事態の対象に)中国と台湾も入る」と発言したり、中国の軍拡を批判して、中国から猛反発を喰らったのを、もう忘れたのか???
「日本が核兵器をつくるのは簡単だ」という挑発的発言をしたのは、つい数年前の気がするが・・・

今回の小沢訪中は、「中国側からの度重なるラブコールがあった」(小沢周辺)からと言われる。菅直人副代表や鳩山幹事長も従えて、中国指導部と渡り合う姿を見せることができれば、小泉首相の今回の訪米に対抗できる最高のパフォーマンスになると考えているというから、もう理解に苦しむ。

参照:小沢氏、布石の訪中 自民へ外交で対立軸 (2006/06/30 朝日新聞)

------------------------------------------------------------------

自民党媚中派と小沢民主党を筆頭とする野党による「靖国参拝賛成派」に対する包囲網が着々と強化されている。
そして、それは、中国という「外敵」と完全に連携した形で進められている。自民党媚中派や野党は、中国を利用しようとしているのかも知れないが、実際は、完璧に中国に
操られているのである。

このような大バカ者どもをのさばらせてはならない!!!これを許せば、また元の「屈辱外交」に戻ってしまう。

今の「日中関係改善」の動きが、いかに胡散臭いものであるかを、少しでも多くの人に知らしめていこうではないか!

(文中「敬称」略)

【追記】
ナショナリズムについて考える」というエントリーを書いたとき、相当な反発を食らうかな、と思いましたが、皆さんけっこう冷静で、賛成論も多かったので安心しました。
2月に、「再び皇室典範改正について」というエントリーを書いたときは、反発すごかったですからね。「人気ブログランキング」のポイントが、一気に5000も下がりました。
私は男系維持派ですが、場合によっては「女系容認」もやむを得ないのではないか、と書いたらこの始末でした。このとき私も感情的になって、相手を問答無用式に切って
しまったので、反発がより強くなったのかもしれません。

ただ、私は、反発を食らおうと、自分が正しいと思うことを書くだけ。これを書いたらランキングのポイントが減るなんて考えるのは本末転倒というか、アホだと思います。なお、今回は、逆にポイントが増えました。感謝いたします。
「ナショナリズム・・・」のエントリーの最後に、唯一、中傷コメントというか、根拠のない「悪罵」を書いたカキコがあったので、これだけは削除しました。
こういう日本人がいる、ということが悲しいです。本人は正しいと思ってカキコしているのでしょうから救いようがない。

【追記2】
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※以下、6月27日追記

ブログをお持ちの方でこの運動の力になりたいと思われた方は、ご自身のブログを用いてこの現実を多くの方に知らせて下さい。私の日記内容を引用して下さっても結構です、と言うよりむしろ私の日記内容を引用して下さった方が病気に関する現実が伝わるかも知れないので、ぷるるんさんのように遠慮なく引用してください。


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