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2006/07/24

いわゆる「富田メモ」について(最終)

もう、これで最後にしますが、前回のエントリーに対して次のような疑問が寄せられて
います。したがって、私の見解をこの場で述べておきたいと思います。

昭和63年(1998年)4月28日付の富田メモにある発言は、3日前の25日に行われた
昭和天皇の記者会見に関するものではないか。
つまり、25日の会見でお述べになったことの真意を、後日(28日)になって天皇ご自身が補足され、それを富田・元宮内庁長官がメモしたものであると。

朝日新聞も同じことを書いている。
「メモは、天皇が闘病中の88年、最後の誕生日会見直後の天皇とのやりとりだった」と。

しかし朝日新聞は、同じ記事の中で、会見中の天皇のご発言について「何といっても
大戦のことが一番いやな思い出」としか書いていない。
讀賣新聞も、「(日本が戦争に進んだ原因をめぐる質問に)人物の批判とかそういうものが加わりますから」として、言葉を濁されたと書いている。
産経新聞も讀賣と同様で、「(戦争に進んだ最大の原因は、の質問に)人物の批判とか加わりますから」と口を閉ざされたとしている。

ネット(もちろん新聞の過去記事も)で調べたが、昭和63年(1998年)4月25日の昭和
天皇会見の記事が見つからない。したがって、会見内容の全容は分らない。
が、「何といっても大戦のことが一番いやな思い出」とは語っているが、「人物の批判とかそういうものが加わりますから」として個人に言及されるのを避けられたことだけは
間違いない。

しかるに、明らかにされた「富田メモ」では、奥野、中曽根、藤尾、松岡、白取、筑波、
松平と、固有名詞が連発されている。また「松平の子の今の宮司」という表現まで出てくる。
昭和天皇が、「25日の会見で述べたことの真意を補足したもの」とすれば、ここまで
固有名詞が出てくるであろうか?しかも「松平の子の今の宮司」にまで言及している。
松岡や白取(白鳥)という名前が出てくるのはよく解る。が、「松平の子の今の宮司」
まで出てくるに至っては、私は、極めて疑問に思う。

そして、次の発言である。

戦争の感想を問われ 嫌な気持を表現したが それは後で云いたい
そして戦後国民が努力して 平和の確立につとめてくれた ことを云いたかった
"嫌だ"と云ったのは 奥野国土庁長の靖国発言中国への言及にひっかけて云った積りである

これは、本人ではなく、まったくの「第三者の解説」に聞こえる。昭和天皇のお話しぶりをご存知の方は、皆そう感じるのではないか!

「筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」という言い回しについても、第三者である
ことが分る。
読者の方のコメントにもあったように、テレビ朝日の「サンデープロジェクト」で、櫻井よし子氏が、ソースを示したうえで「筑波宮司が上奏文の形で、何度も陛下にご説明申し
上げていた」と述べていた。

つまり、昭和天皇と筑波宮司の間柄は、「聞いたが」という第三者的関係ではないのだ。「聞いたが」ではなく「知っていたが」の関係なのである。

また、侍従長は戦前の「内大臣」(戦後に廃止)に相当する。要するに天皇の側近で
あり、家柄に由緒ある方が多い。一方の宮内庁長官は、しょせん官僚。富田・元長官も警察官僚上がりである。
したがって、宮内庁長官が天皇陛下に、「ご発言の真意を訊く」という構図は考えられないのだ。ましてや、朝日新聞も書いているように、当時の昭和天皇は「闘病中」の御身であられた。
したがって、宮内庁長官としては、誰よりも天皇陛下に近い侍従長に訊く、これがもっとも自然なのである(というか、そうするしかない)。

「富田メモ」にある「Pressの会見」を「28日の記者会見」と読むのではなく、「25日の
昭和天皇の記者会見」と解釈する意見は、そうかもしれないと思わせるところもある。
が、仮に「富田メモ」の内容が、その「25日の昭和天皇記者会見」の真意を補足した
ものであるとしても、富田・元長官の相手は、故・徳川義寛侍従長であったと確信する。

そもそもメモは、写真をご覧になればお分かりのように、後でゆっくりと書いたものではない。話を聞きながら、その場で速記したものと見える。
宮内庁長官が、天皇陛下の御前で、そのお言葉をメモするなど考えられない。
やはり、「25日の昭和天皇記者会見」の真意を、徳川・元侍従長から28日に聞き、メモに取った。そして、徳川・元侍従長の解説には、徳川氏個人の主観が大いに含まれていた
そう解釈するのが自然だと思う。

なお、徳川義寛氏は、1988年(昭和63年)4月13日にその職を辞している。したがって「富田メモ」の日付(4月28日)のころは現職ではない。
が、徳川氏は2.26事件の起きた1936年(昭和11年)11月に侍従になり、以来52年の長きにわたって昭和天皇の側近を務めた、側近中の側近である。「昭和史の【奥】の
生き字引」とも言われた人物だ。

昭和天皇の「ご真意」を知るには、当時は、この人物に訊くしかなかった。

【追記】
昨日までとは打って変わって、今日はメディアも政治家もこの問題には沈黙。なんか、「遠い過去の話」のような感じです。
山崎拓氏や加藤紘一氏も、福田不出馬のショックに打ちのめされた感じの話題ばかり。やはり、もう「富田メモ」に言及しても「政治的効果」がないと悟ったのでしょう。
私も、今回で終わりにします。

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靖国」カテゴリの記事

コメント

徳川侍従長は4月末日までおり(カレンダーでは4/28ですね)、その後は参与として宮内庁に勤めていたそうです。

--
> 昭和63年(1998年)6月25日の昭和天皇会見の記事が見つからない。(←4月ですね)

読売のですが書き起こしがありました。

--
891 名前:(´・ω・`)(`ハ´  )さん 投稿日:2006/07/21(金) 16:56:43 ID:B8ulHPiq
天皇誕生日 「大戦が一番いやな思い出」 87歳の陛下、ほお伝う涙/記者会見
1988.04.29 (1)

 「体調はよく回復したし、疲れることもなく、だいぶ余裕があると思います」--
天皇陛下は、八十七歳の誕生日を前にした記者会見で、太平洋戦争についてや、
病気のため中止となった沖縄訪問への意欲を、一つひとつ言葉を選ぶように語られた。
「大戦のことが一番いやな思い出」と語りつつ、ほおに一筋、涙も見せられた。
昨秋の手術から七か月。「健康時の八、九分まで体調が戻られた」と側近も驚くほどの
めざましい回復ぶりを示されている陛下は、暖かくなった今月から、ほぼ連日、宮殿や
生物学御研究所に通われている。お住まいの吹上御所では、出版を予定している
「皇居の植物」の執筆にお忙しい毎日。ご進講も多方面のテーマを希望され、
公務にも強い意欲を燃やされている。

 二十五日に行われた記者会見での陛下の主なご発言は次の通り。

 --昨年の手術から半年余りたちましたが、最近のご体調はいかがでしょうか。

 「体調はよく回復したし、四月に入ってから、ほとんど毎日宮殿や生研(生物学
御研究所)に出かけています。いっこう疲れる様子もなく、だいぶ余裕があると
思いますが、侍医の意見を尊重して無理のないように努めています」

 --手術が決定した時、どのようにお思いになりましたか。

 「医者を信用して、何ともそういうことは感じませんでした」

 --皇后陛下のご体調はいかがですか。

 「皇后は腰の痛みは安定したようでありますが、まだ、ひざの故障があるので
歩くのが不自由でありますから、女官の介添えが必要なのであります。
そのほかのことについては、落ち着いたようであります」

 --生物学の研究も再開されましたが、「皇居の植物」の執筆などで苦心された
点をお話し下さい。

 「普通の学者は研究に専念できますが、私の立場では、公務の余暇にしなければ
ならないので、研究がどうしても断続的になります。だから、成果をまとめるためには、
長い年月が必要であります。植物の場合は、林道等の開発のために消失することもあります。
動物の方は動くことが多いので観察はなかなか困難でありますし、天候のために、
イソ採集や海底の観察ができないこともあります」

 --先日、五十年以上にわたり陛下にお仕えした徳川義寛侍従長が退任しましたが。

 「徳川侍従長に対しては、思い出も深いのでありますが、特に終戦の時に玉音盤をよく
守ってくれたこと、戦後、全国を巡遊した時に岐阜の付近で歓迎の人波にもまれてロッ骨を
折ったことがあります。裏方の勤務に精励してくれたことを感謝しています。
また、ヨーロッパやアメリカの親善訪問の準備をよくしてくれたので、訪問はだいたい
成功したように思われます。年齢のためにこのたび辞めることになりましたが、
非常に残念に思います」


913 名前:(´・ω・`)(`ハ´  )さん 投稿日:2006/07/21(金) 16:59:24 ID:B8ulHPiq
天皇誕生日 「大戦が一番いやな思い出」 87歳の陛下、ほお伝う涙/記者会見
1988.04.29(2)

 --陛下が即位式(昭和三年十一月)をされてから六十年になりますが、
第二次世界大戦について、改めてお考えをお聞かせ下さい。

 「何と言っても、大戦のことが、一番いやな思い出であります。戦後、国民が相協力して
平和のために努めてくれたことをうれしく思っています。どうか今後とも、そのことを国民が
忘れずに、平和を守ってくれることを期待しています」

 --日本が戦争に進んだ最大の原因は何だと思われますか。

 「そのことは、人物の批判とかそういうものが加わりますから、今ここで述べることは
避けたいと思います」

 --沖縄訪問について、お気持ちをお聞かせ下さい。

 「病気のため、沖縄の旅行を中止したことを今も残念に思っています。
その時に、健康が回復したら、なるべく早い時に旅行したいと考えを述べましたが、
今日も、その精神につきましては何も変わっていません」

読売新聞社

投稿: どうなることやらwktk | 2006/07/24 20:36

どうなることやらwktkさん、ありがとう。

6月、誤植でした。
訂正しました。
讀賣の記事、参考になりました。
メディアが引用したところ以外は、今回は余り関係がない内容だったということですね。

投稿: 坂 眞 | 2006/07/24 21:45

不謹慎ですが、御伽噺の「さとり」を思い浮かべます。
さとりは相手の気持ちが読めるので、なんでも先回りしますが、最後は何も考えてない相手から、やり込められるという物語です。日経も小賢しい手を使い、自ら自滅しました。又、尻馬にのった人達も沈黙してしまいました。やっぱり、悪事はばれるという事ですね。しかし、マスコミはどう責任を取るのでしょうか?いつも馬鹿にしている2ちゃんねるでさえ検証をしているのに、都合の悪い部分は出さずにテレビで話すとは、もう末期症状ですね。

投稿: ねねこ | 2006/07/24 21:46

>今回で終わりにします。

 それが正解と思います。あらゆる資料を調べることができる条件が整っているならともかく、推論対推論の議論ではただの水掛論争にしかなりません。それに真贋問題にとらわれている限り“黒幕の○○○○”の思うつぼです。今、問題なのは国民が靖国云々にとらわれて、連中にいいように振り回されてしまうことではないでしょうか?

 昔読んだ中国人日本研究家の論文の中に「日本の政治勢力の中にはアメリカからの独立を果たすために中国に近づいている人たちが一定数いる云々」という内容のものがあったのを覚えています。誰のどんな題の論文だったか資料が探し出せないのですが、今回の騒動はそういう日本の政治勢力と中共が呼応するような形で仕掛けられた陰謀のような気がします。
 幸いなことに今回は失敗に終わったようですが、今後もどんな“テロ”を仕掛けてくるかわかりません。“黒幕の○○○○”とその関係者が、できるだけ早く“吊し上げ”を食らう日が来ることを期待してやみません。

投稿: duzhe | 2006/07/24 21:56

坂眞様、

メモについては最終としているところ失礼ですが、

コチラにTBされてる半休眠ぶろぐの真実一郎氏も鋭い分析をされているように思います。もし、ご存知無かったら一度目を通してはいかがでしょうか?


投稿: 貴彬 | 2006/07/24 22:03

貴彬さん、こんばんわ。

「半休眠ぶろぐ」さんのエントリー、とっくに拝見しましたよ。
私は、TBいただいたエントリーはすべて読んでいます。
「鋭い分析」は?ですね。
見識は感じましたが…

>結果、翌年は公式参拝を中止し、この一連の件に関して昭和天皇は富田宮内庁長官(当時)を通じ中曽根首相に「適切な処置でよくやった」と伝言したと伝えられています。

「半休眠ぶろぐ」さんの、この部分、私は、
>なぜ、憲法上の制約もあり、「政治的意思表示」と受け取られかねない発言を極端なまでに避けられる天皇が、極めて明確な「政治的メッセージ」を、この時にだけ、しかも当時現職の首相に送ったのか?
天皇を政治的に補佐する立場にある宮内庁長官を経由して、なぜ、あえてそのタブーが破られたのか!

現行憲法下の天皇制のあり方と、戦後の昭和天皇及び皇室を知っている者にとっては、まさに信じがたい出来事である。
この「信じがたい出来事」の答えは一つしかない。昭和天皇の「ご伝言」は、宮内庁長官の富田氏の「意図」だったのである。それ以外に理解のしようがない。<
と22日のエントリーで書いています。

こんなことは、絶対にありえないことです。
富田長官という、「特殊な存在」なくしては

まさに天皇による「政治介入」です。
戦後を知っている人間には、信じがたい、あってはならないことです。
これこそ、警察庁の、しかも警備畑上がりの富田氏の党派性を如実に示す出来事である、といってよいでしょう。

ここまで読むべきです。


投稿: 坂 眞 | 2006/07/24 22:12

私は本業が忙しいのでブログは出来ませんが、このようなブログにめぐり合えてうれしく思います。今後ともいろいろ掘り下げていただけることを切に期待しております。

投稿: 正成 | 2006/07/24 22:26

坂眞様、

はい、「鋭い分析」と言うのは適切でな表現ではなかったです。「ランキング上位の方達とちょっと違う見方をしているかな」と感じたのです。

22日のエントリー>そうでした。
エントリーはほぼ毎日2回以上は読んでいるのですが、読解、理解が足りないですね。お恥ずかしい…。

返答をありがとうございました。

投稿: 貴彬 | 2006/07/24 22:54

私は、真贋は別にしても、今回の騒動で各種報道機関と野党党首の手のひらを返したような発言や態度、そして天皇陛下を政治利用しようとした行動は許せません。ただそれだけです。
特に朝日新聞には国論を二分して国益を損なおうとする明らかな悪意が感じられました。
関係者各位がお亡くなりになっている以上、これ以上議論したところで推論の域を出ることはないでしょうし、それは、昭和天皇のお望みとするところではないと思います。

投稿: takayuu | 2006/07/24 23:21

24日の朝日放送系ムーブでも、この話題を扱っていました。
http://up.nm78.com/data/up094992.jpg

これ以外に、勝谷が「右翼ゴッコしている連中は信じたくないだろうが、メモは本物だ」と、言っていました。
それと、小林よしのりのコメントも寄せられていました。
最後に宮崎の哲っちゃんが、
「このメモは、昭和天皇が靖国神社に対し、重いボールを投げたのだ。靖国側はこれから一年以内に答えを出さねばならない」とか、言ってましたね。

投稿: kazu | 2006/07/25 00:34

>特に朝日新聞には国論を二分して国益を損なおうとする明らかな悪意が感じられました。

 国論二分は朝日=中共お得意の手口です。

投稿: 中凶殲滅 | 2006/07/25 00:38

 いつも興味深くブログ拝見してをります。
 今回も見事な推論、敬服します。余り我々が騒ぐことは無いでせうが、サンゴ事件と同じことだとしたら、全くマスコミ、うんざりを越えますね。小生、時間が取れなかつたので自分のブログではごく簡単に書きました。やはり日経、朝日、NHKには是非「検証」をお願ひしたいところ。
 これからも記事を楽しみにしてゐます。

投稿: dokudankoji | 2006/07/25 01:01

坂眞様

最終とは残念ですが、これ以上新しい情報が出てこないのであれば仕方ないかもしれません。
いろいろな意見を読ませて頂きました。メモの真贋や発言者が誰かはさておき、マスコミの報道を鵜呑みにしない事や、個々で検証し考え、他の意見を認めたりあるいは反駁する事は、民主主義として健全だと思います。(少し大げさですが)

この報道が一昔前だったらこのような状況になっていたでしょうか。ネットの力を改めて感じました。とりわけ3ページ目を解読した2ちゃんねるや、あなたのようなブログでの反論は敬服致します。

しかしながらマスコミはネットからの反論に聞く耳を持たないようです。おそらく我こそが本流とでも思っているのでしょう。富田メモ3ページ目の解読について「ゴミ貯の2ch有志による地を這うようなローラー作戦の結果」と評されるくらいです。
しかし実際は違います。3ページ目の解読は無名の識者がたった一人で解読してしまったのです。しかも最初から完璧な解読でした。このようなネットの住民がいる以上、名も無き一人の意見として無視し続ける訳にはいかなくなります。

既に日経と朝日はこの件から逃げ腰になっています。
マスコミへの静かな闘争はやがて実を結ぶのではないでしょうか。


投稿: スリーパー | 2006/07/25 02:19

「鋭い分析」という評価は結局いただけなかったようですね、うーん残念(笑)。

「最後」と念押しされているところに無粋かと思いましたが、「鋭い分析は?」と言われてしまった以上は簡単な反論程度はお許しいただけるのではないかと思い、蛮勇を奮って一筆取らせていただきます。

字数を取りたくないので二点ほどに絞ってコメントさせていただきます。

第一点目。

「私=昭和天皇」と結論したのは、状況証拠との整合性もありますが、もっとも重要なのは、

>"嫌だ"と云ったのは 奥野国土庁長の靖国発言中国への言及にひっかけて云った積りである

という部分です。「依存症の独り言」さまによると、「まったくの「第三者の解説」に聞こえる」とありますが、これは無理な解釈です。例えば、私が「依存症の独り言のAという部分は、Bにひっかけて云った積もりである」といったら、非常に僭越に聞こえるでしょう。というか、明らかにエントリを書いた人間の発言としか聞こえないはずです。第三者ならせめて「にひっかけて云ったと思う」とか「にひっかけて云ったのであろう」くらいなものです。つまり、発言者は「"嫌だ"」と発言した方、つまり昭和天皇以外にはありえません。

第二点目。

>昭和天皇の「ご伝言」は、宮内庁長官の富田氏の「意図」だったのである

という解釈については、

>現行憲法下の天皇制のあり方と、戦後の昭和天皇及び皇室を知っている者にとっては、まさに信じがたい出来事である。

が根拠であるように読めます。さしずめ「信じがたい=>富田氏は政治的意図を持っている」でしょうか。今回の御高説も「信じがたい=>メモは贋物である」というロジックに陥っているように危惧されます。結論を先に決めて証拠を選別しているのなら、それには同意すべきではないと愚考します。

「最後」とのことで、再反論の類は特に期待していませんが。。。
窮寇勿迫。

投稿: 真実一郎 | 2006/07/25 03:02

 朝っぱらからすみません。朝日も来ました。

http://blog.livedoor.jp/mumur/archives/50573360.html#comments(mumurさんのとこから)

 そう言えば、うちの親父も朝日の購読をやめたなぁ。

投稿: duzhe | 2006/07/25 08:13

朝日新聞とかもメモ自体が怪しいものだと解り露骨に「昭和天皇のご発言」を振りかざして政治利用することは無くなったみたいですが こんどはその時速攻でやったらしい世論調査の結果とやらで「靖国行くな」をやっています もうなんとかしてください。

投稿: ころ | 2006/07/25 08:57

7月23日付人民日報
「靖国神社は日本の「軍国主義者」が大衆を洗脳するために使う「アヘン」だ」
「(富田メモは昭和天皇が)A級戦犯の合祀に強烈な不満を示したものだ」
「メモが明らかになったこの機会に、日本は天皇の真意を真剣に受け止め、軍国主義の芽を摘み取るべきだ」

共産党の口とノドの機能を持つ人民日報の報道が
ピタリと日経の捏造報道に連動している。
日本マスゴミは中共の走狗か。

こんな不合理に自由民主政治国家の国民が
黙っているはずが無い。

7月20日富田メモ報道以来、
ネット参加者は不眠不休の大活躍をした。
そしてとうとうネット参加者は
富田メモ報道が捏造であると断定した。

富田メモ捏造報道は
国民が自分たちで大新聞の情報を精査し
それが誤報であることを証明し得た
画期的かつ記念すべき機会を提供した。

投稿: docdoc | 2006/07/25 11:08

 毛沢東の伝記を読んだことのある人は思い出して欲しいのです。確か、権威主義的で横暴な父親に反抗する時、父親が依拠した権威を使って反論すると効果的であるということを少年期に学んだ、という部分があったのではないでしょうか。
 今回の富田メモ騒動で、連中は日本国民に対して“天皇”という権威を利用したわけだけれども、これと全く関係がないことなんでしょうか?中共が必ず一枚噛んでると私は思います。
 あっちこっちの情報を探ってみると、連中は今回公表された部分以外にも“天皇の意志”情報を握っているらしい、ということです。とすると、まるで“後出し”が認められている相手とジャンケンをしているようなもので、とても勝ち目がありません。勝ち目がないだけでなく、やればやるほど傷つくのはこちらの方ということにもなりかねません。

 この現状を打破できるのは、実際のところあの小泉純一郎氏しかいないような気がします。8月15日にきちんと参拝して「えっ、何か問題ですか?」とやるしかないでしょう。私も実は分祀にそれほど拒否感はないのですが(できるか、できなかはよく解りません)、中共に成功体験をさせては絶対にいけません。これだけはゆずれません。
 この件については、これで私も最後にします。

投稿: duzhe | 2006/07/25 15:16

昭和天皇が、戦前の国家指導者の一部を必ずしも快く思っていなかったであろうことは、よく知られた事実でした。また、一部の者が靖国に合祀されることに疑問を持っておられたことも事実でしょう。
ただ、このようなことは、いくつかの史料や周囲の者の発言から推測されることで、昭和天皇御自身の発言は今まで存在しなかったのです。
今回の「日経のスクープ?」が重要だったのは、初めて昭和天皇御自身の発言の発見か?という点にあり、内容的にはほとんど目新しさが無いものです。
私が、少なからず真贋論争に興味があるのは、今回のメモがもし徳川侍従長(?)の発言だったとしたら、そもそも記事にした意味がまったく無くなるからです。しかも、「昭和天皇が靖国合祀に疑問を持っていた者=いわゆるA級戦犯」では無いにも拘らず、「昭和天皇がA級戦犯合祀に反対していた」というような報道の仕方は、A級戦犯分祀論者(国内の一部政治勢力及び中共)等の側に立った、二重の意味での捏造?(ないし政治利用)だと言わざるを得ないと思うのです。
新しい史料が出てこない(日経が当該メモを公表しない)段階で、これ以上真贋論争をする意味がないとする管理人さんの判断は正しいと思いますが、真贋論争にこだわることが今回の報道を仕掛けた者の術中に嵌ること、あるいは天皇の政治利用に加担すること、になるとは私は思えません。

なお、今回の問題では小泉政権側の対応がほとんど注目を集めませんでしたが、以下で指摘されている問題の方が、今後の影響が大きいかもしれません。

富田朝彦メモのあとの祭  メルマガ頂門の一針より
http://www.melma.com/backnumber_108241_3287101/

投稿: FFS | 2006/07/25 15:20

投稿: dianoia | 2006/07/25 15:38

>今日はメディアも政治家もこの問題には沈黙

天皇陛下のご発言や靖国参拝を政治問題化しないように気を付けなくてはいけないのは当然ですが、陛下のご発言とされたメモのことは真贋や意味をはっきりさせなければならないのではないでしょうか。
実際、アンケート調査の結果にも影響を与えています。
政治利用しようとしただけでも許せないのに、具合が悪くなってきたからと頬かむりは絶対に許せません。

投稿: P | 2006/07/25 16:09

たかが「メモ」しかも後日に貼り付けられた「メモ」を元に陛下のお言葉と「超飛躍」、「メモ」が大きな波紋を呼んでしまいました。
現憲法下で何を陛下に期待したのか、陛下に普段は敬語を使うのも嫌がる一部マスコミが「重い言葉」と神格化を図ろうとする記事には日本のマスコミ人材の低下と組織の弛緩が原因と考えています。
戦後60年この辺りが最低線で有って欲しいと願う次第です、今回の出来事も普段マスコミ人が軽く見たネット人が論破し、新しい日本の門出を仕組んで呉れたのでは無いかと期待を大きく持った次第です、隔世が世を変えてくれる。日本人の過去の姿ナアナアは今回の出来事では決して許容してはいけないと思います。土下座、謝罪、責任の所在、今後の対応迄を公器で有るマスコミに求める権利は有ると考えています。
「依存症の独り言」に大きな期待を寄せる次第です。

投稿: 猪 | 2006/07/25 16:54

 このエントリーが関わる議論の政治利用を怖れられているのは
わかりますが、『天皇が靖国にA級戦犯の一部も
合祀することについて、どう考えていたのか』
これを知ることは日本国民にとって貴重と私は思います。

もう1度冷静になり、一つ一つの情報を検証していくという
方向が大切なのでは?

 見たくもないでしょうが、日経では富田メモの連載を
しており、今後も検証して行くと言っています。
連載を読めば、政治利用を怖れて
発言は慎重にならざるをえない天皇御自身の
人間的で心温まる会話がちりばめられていて、
富田氏との個人的な信頼関係さえ感じます。
闘病中の会話も含めてです。

そこに第三者の侍従長の言葉などは出てきません。 

>「富田メモ」では、奥野、中曽根、藤尾、松岡、白取、筑波、
>松平と、固有名詞が連発されている。また「松平の子の今の宮
>司」という表現まで出てくる。

侍従長が、天皇に成り代わり、個人的な推測で
天皇による批判とも取れる固有名詞を呼び捨てで連発されたと
考えてるのですか? 

記者相手の会見ではなく信頼を寄せていた
富田氏との直接の会話だからこそ、自分の本意を
会話の流れの中で富田氏には伝えたと考えるのと、
どちらが自然でしょう。

「第三者の解説」に聞こえる云々については
その理由が私には理解できません。
聞こえるのなら仕方ないですね。むしろ
『天皇本人の言葉』を要約したようには聞こえますが。

 捏造と早々と断定している方々の発言を見ていると、
ネットの限界をむしろ感じてしまいました。

情報を基に真実を探る事は貴重ですが、
情報を整理はされない。
だから、侍従長会見などが飛びだし、
その会見での発言のメモがあったということになり
一斉に事実と一緒に流される。ソースは明らかにされない。

今度は、直接富田氏が侍従長に聞いたのだと言う。
富田氏は朝日の記者ではないでしょう。
天皇の本意を探る任務を与えられていたわけでもない。
だけど、富田氏をまるで記者のように扱っていますね。

そもそも侍従長説が飛び出したのは、
朝日の記者がコラムで、発言に慎重な天皇から
なかなか真意を探れないので、侍従長からコメントを取った
だが、その内容の一部が今回の富田メモと一致する部分があった
これが発端ですね。

それが何年の何日であるとかは明示されていなかったし
正確な当時のやりとりが記録されていたわけでもない。
ちなみにコラムでは人物の部分は、
今回出てきたメモのような強い上の立場からの口調は
ありませんよね。

複数存在すると言われていたメモは
いったいどこにあるのでしょう?

侍従長の普段の言葉遣いまではわかりませんが、
むしろ、侍従長の言葉とするほうが違和感を
感じますけど。

侍従長も天皇の真意を聞かされていたのなら、
天皇の真意であると報道された富田メモと
朝日の貴社による侍従長から引き出したコメントと
内容が重複してもおかしな所は全くないと感じますが。
そもそも朝日の記者(しかも本人の直接取材ではなく
又聞き)のコラムをどこまで信頼すべきかとも思います。

>櫻井よし子氏が、ソースを示したうえで「筑波宮司が上奏文の
>形で、何度も陛下にご説明申し上げていた」と述べていた。

まさしく上奏文としてでしょう?一方通行の。
また、何度もと言うのは、何度も上奏文を提出
しなければならなかったのでしょうか。

ということは、天皇は上奏文に対して無反応だったか
反対だったとなりませんか?

だからこそ、何度も説明する必要があったのでは?

そもそも天皇の目にその上奏文が入ったかどうか
大いに疑問です。

投稿: 普通人 | 2006/07/25 18:12

皆さん、こんばんわ。
コメント、ありがとうございます。

まあ、異論や反論も色々あるようですが、現時点で、この件に関するこれ以上の言及はやめようと思います。

①当事者がすべてお亡くなりになっており、真贋を争ってもエンドレスになるだけ。
②このメモに対する大きな懸念であった「政治的影響」が今のところほとんどない。
(世論調査は一過性のもので、靖国参拝の正当性は必ず国民的理解が得られると思うし、小泉首相も必ず参拝されると思う)
③昭和天皇が、松岡、白鳥両氏に不快感を抱いていたが、東條元首相以下の「戦犯」には、むしろ「すまない」という情を抱かれていたことを改めて確認できたこと。
④個人の「メモ」であり、歴史的価値があるとは思わないこと。
⑤私には、他に関心を抱く事柄がたくさんあり、にもかかわらず、時間が限られていること。

特に②が大きいですね。

私は、異論、反論を頭から否定するものではありません。
だから、24日の最初のエントリーに対するコメントで「中には、鋭い『疑問』の提起もあり、逆に勉強させられました」と書き、このエントリーで「『富田メモ』にある『Pressの会見』を『28日の記者会見』と読むのではなく、『25日の昭和天皇の記者会見』と解釈する意見は、そうかもしれないと思わせるところもある」と書いたのです。
それでも出した結論は、「メモの相手は徳川・元侍従長である」というものです。
これは、それを覆すだけの「確証」が提示されない限り変わりません。
これ以上、推論で「疑問」を提起されても相手にする気はない。
書きたいのであれば、ご自身でブログを立ち上げてください。

なお、
>>"嫌だ"と云ったのは 奥野国土庁長の靖国発言中国への言及にひっかけて云った積りである<<
については、元々が「極」の付く左翼だったので、メディアや録音テープ等で、ずいぶん昭和天皇のご発言に接してきました(公式発言だけではない)。
それからすると、こんな「気の利いた言い回し」ができる御方ではないと判断したわけです(ちょっと失礼な言い方になるので、余り書きたくなかった)。

>「信じがたい=>富田氏は政治的意図を持っている」でしょうか。

「信じがたい」というより「ありえない」ことです。
天皇陛下が、特定の政治的事件に関して、「自分の思い」を総理大臣に伝えるよう指示することがありうると思いますか。
憲法上の制約もあり、極端なまでに政治的発言を避けられる御方が。

この出来事は、岩見隆夫氏の著書「陛下の御質問―昭和天皇と戦後政治」に書かれていることですが、そんなことをすればすぐに漏れてしまうのです。
漏れると分っていて、やっては(言っては)いけないことをやる。
富田氏の党派性がまる出しです。
彼の前職は、警察庁の警備局長、つまり当時の配下には「公安警察」もいた立場の人間です。
この職に就く人間は押しなべて政治性が強い。
そういうことです。

投稿: 坂 眞 | 2006/07/25 20:03

了解しました。意見の相違はそのままという形ですが
現時点では個人がそれぞれ判断すると言うしかないでしょうし。

今後メディア等により(ネットでも)新しい
事実が出揃うまでは、推測に頼りがちな議論になると
私も思います。

ただ、今後もしもメモがより検証され
その結果天皇陛下の考えが明らかになるというのは、
私のような昭和生まれかつ、戦争をしらない世代には
色々新しい発見があり、これは日本人が自分達の
天皇制についてより近くに感じ、その価値などを考えるための
貴重な資料となると思っております

最後に飛び入りで(メモで検索していてたまたま
こちらのblogが目に入り書き手を信頼して
参加させていただきましたが)批判的な長文を投稿したにも
関わらず、こちらのblogの書き手さん
(HNが小さくて正確に書く自信がないのです)
はもとより皆さん変な決めつけもせず、
冷静に対応して下さり感謝しています。

個人的にネットの議論こそ、より正確性も情報源の
明確な提示も、そして1つ1つの情報の時間をかけた検証も
必要だと思っています。なぜなら、誰も責任を問われないから。

新事実が出てくると同時に、仮定の情報から持ち出された
個人的結論までもが、既成事実として
本人の意思を離れて、一人歩きし、広がる危険性も
今回の騒動で強く感じております。

これが頻繁に行われると、ネットその物の発言力、
信憑性を全体的に弱める事になりかねない。
そして反対に政治利用される危険性も高いとだけ
注意喚起させて頂きます。

投稿: 普通の人 | 2006/07/25 20:26

確かに今のところ政治的な動きとしては「静観」というところでしょう。しかし世論はどうも大きな動きを見せそうです。意外に日本人は皇室のことについては、政治のこと以上に敏感に反応するようですね。これが政界にどう影響するか、予断を許さない気もいたします。

なにはともあれ、ありがとうございました。

投稿: ピースケ | 2006/07/25 21:03

普通人様

あなたの意見に反論するつもりは全く有りません。

ただひとつ申し上げたいのは、
>捏造と早々と断定している方々の発言を見ていると、
>ネットの限界をむしろ感じてしまいました。

との考えには賛同できかねます。「捏造と断定」が、なぜ「ネットの限界」と帰結されてしまうのでしょうか。

「捏造と断定」と「ネットの限界」は全く次元の違う話です。
もとよりネットは匿名性があるという性質から、有象無象の書込みがあり、荒らし目的や印象操作を目的とした書込みさえあります。その中で個々で情報を選択していけばいいのです。捏造と断定するのも一つの意見です。根拠が薄弱ならば信じなければいいのです。

あなたは自分と違う意見に対してネットの限界と言っているのです。上からものをいう言い方は感心しません。ネットの限界と言ってしまうとあなた自身の意見も意味を持ちませんよ。

P.S.富田メモに対する考えは一つの意見として参考になりました。

投稿: スリーパー | 2006/07/25 21:04

スリーパーさん。

片方ではネット人の手柄として
ネットの有益性と未来に肯定的な方がいる。
片方では私のように、匿名性の有用さを感じはしても
真偽不明の事実が真実と一緒にごちゃまぜに広がる速度に
危険性を感じ、丁寧に多数で順番にチェックしていけないことに
限界を感じ批判する人間もいる。

対象となる情報が多くなればなるほど
精査に時間がかかり、間違いがあった場合
訂正も難しくなりますよね。

伝達方向が無限で無期限の伝言ゲームのように感じてならない。

あまりに多くの人が、それぞれ同時に匿名で
参加できるから多くの情報が集まる。
しかし一つ一つを順番に皆で精査するわけではない。
間違った情報の記録が訂正されて消去されるわけでもない。

そのシステムに批判的な目を向けるのも、
正常なバランス感覚ではないでしょうか。

自分と違う結論だったからネットの限界だと言っている
わけではないですよ。多くのblogで見られた
模造という結論の広がる速度と、結論への過程となるべき
情報精査に曖昧さを感じたからこそです。
あくまで個人的な感想です。

根拠となった真偽不明の情報までもが、
既存の事実として広がってしまうことに
大きな危険性を感じます。

ネットや匿名掲示板の有益性を述べられる方は、
危険性には個人で情報を選択しろと言いますが、
それならば、マスコミも全く同じです。

しかも相手は明確で責任論も当然出て来る。
一つ一つの記事を精査でき批判できるわけです。
電突も可能ですよね。

 ネットでは無責任な立場から発せられる匿名の情報を元に匿名の結論が出て、それが情報原となり結論が出る。
議論の過程で、誹謗中傷もあれば集団リンチのような攻撃や
意図的な誘導もありますね。
やはり情報の発信者や議論の参加者にはネットであっても
何らかの責任が担保されるべきではないでしょうか?

皆がこちらのblogの書き手のような方ではないのです。
私は今回は運がよかったとすらおもっています。
自分が書きこんだ場所が、議論の可能な所で。

でもこれは今回のエントリとは根本的に違う話題であり
ゲスト同士がここで議論しても迷惑でしょう。

上から批判的にものを言うべきでないというのは
その通りだと反省しました。マナー不足ですね。
失礼をお詫びします。

投稿: 普通人 | 2006/07/25 23:33

御丁寧な御返答ありがとうございました。見解の差異はむしろより鮮明になった感もありますが、お気持ちは了解しましたので再反論等の類は差し控えさせていただきます。ただし、

>警察庁の警備局長、つまり当時の配下には「公安警察」もいた立場の人間です。
この職に就く人間は押しなべて政治性が強い。

という部分は、この分野に詳しくない読者に誤解を与える懸念があると指摘させていただきます。

警備局長はそのポストの性質上「政治性が強い」のは事実でしょうが、常識的に言って「ガチの保守の人間がつくポスト」です。警備局長の最大のお仕事は対極左です。お書きいただいた文脈では「警備局長は(ラフに言って)左より」であったかのような印象を与えトリッキーであると言わざるを得ません。警備局長であった事実は富田メモの信憑性を補強することはあっても、その逆は考えにくいです。

投稿: 真実一郎 | 2006/07/25 23:35

普通人様

わざわざ私の僭越な問いかけに回答を頂きまして有難うございます。

本質的には同じ事を考えているように感じました。
ネットの有益性と無秩序な情報の拡散は表裏一体と云う事ですね。私もそう思います。

あなた程の文章構成と論理展開をする方はそれ程いません。これからもネットでの書き込みを続けて下さい。声無きROM専の良識派もいるのですから。

投稿: スリーパー | 2006/07/26 02:37

トラックバックさせて頂きました。

私も25日会見説はおかしいと思います。
といいますのも、内容ではなくビジネススタイルの問題でして、後で見て時系列がごっちゃになるような書き方は普通しないだろうと思うからです。

実は個人的に日付を軽視した結果、後で読んで訳の分からないことになった経験があるからですが。

投稿: WATERMAN | 2006/07/26 23:37

1988年4月29日の毎日新聞に興味深い記事がありました。
私は正直、徳川説は説得力があると思っていたのですが、これを読んで揺らいでしまっています。

『天皇陛下の記者会見を前に、宮内庁と宮内記者会の間で“綱引き”があった。
 日本人記者が初めて陛下と会い、言葉をかわしたのは敗戦後間もない二十年末。その後、宮内記者会と陛下の会見は数回あり、三十六年からほぼ年一回が定例化、六十年からは誕生日前に約三十分間行われてきた。
 今回は宮内庁側から、会見は十分間程度で、質問も五項目ぐらいに、と要望があり、関連質問も遠慮して欲しいと非公式に意向が記者会に伝えられた。記者会では質問事項を取りまとめ、各記者から出された二十二の希望質問の中から、総意で六問を選んだ。手術、沖縄のほか、天皇陛下が米軍の沖縄占領継続を望んだのではないか、と国会でも取り上げられたいわゆる「天皇メッセージ」問題、戦争責任や広島への原爆投下についてもお考えをお尋ねしようという内容。二・二六事件についてなど五項目は文書で回答を頂きたい、と申し入れた。
 しかし、宮内庁は「これでは会見は実現できない」と、変更を求めた。記者会見は論議を重ね、結局、会見を実現するため質問を作り直すことを決めた。会員の一部には「会見実現のために譲歩した方が良い」との意見もあったが、表現を変え戦争についても質問することになった。
 最終的に同庁もこれを受け入れ、会見が実現したが、手術の際のお気持ち、皇后さまのご体調、戦争の最大の原因についての質問は事前に文書提出していない関連質問だった。
 会見場で陛下は「先の大戦」について「いやな思い出」と述べられた。内部の事前打ち合わせでは「つらい思い出」とお答えになる予定だったという。会見が終わったのは十七分後だった。』

つまり、

(1) 事前に記者会見に関する打ち合わせがあった
(2) 「戦争の最大の原因について」の質問は事前に文書提出されていなかった
(3) 「先の大戦について」は事前に文書提出がされていた
(4) 「つらい思い出」と語ることになっていた打ち合わせに反して、昭和天皇は「いやな思い出」と語った

のです。昭和天皇には「”嫌だ”と云ったのは」という理由を特に語る動機があったのではないでしょうか?事前の打ち合わせと違ったことを語ったのですから。

どうでしょう?

投稿: まるほ | 2006/07/26 23:47

まるほ氏

その記事が正しく、内容は富田メモとイコールだったとした場合、これまでその内容が明らかにならなかったのはなぜか、という問題があるのです。
人の口に戸は立てられないの言葉通り、どんなに隠してももれ聞こえてくるもの。これまで隠し通したということ自体が不自然なのです。

また、
「関連質問 関係者もおり批判になるの意」というのは、関連質問については関係者もおり(個人の)批判になる、と読み取れますから、やはり「私は 或る時 A級が合祀され その上」というのは相当な省略が入っているのではないかと思います。
おそらくは
「私は 或る時に (いわゆる)A級が合祀され(たと知り) その上(で) 白鳥松岡までもが(両名が含まれていたと知ったので)」
などと繋がっているのではないかと思うのです。
結局、走り書きが全文を意味していると思うのがおかしく、同様の内容が別に出てこない限り、一考に価する以上の意味は持たないかと思います。
また、今のところ「4.29に吐瀉したが」の意味も分からない、素直に考えた場合、4月29日以降に行われた記者会見となるはずなので。
5月9日以降のメモである、という説もありますから。

投稿: WATERMAN | 2006/07/27 07:27

WATERMAN様、コメントありがとうございます。

順番を変えて答えさせていただきます。まず、「4.29の吐瀉」に関してですが、これはメモの文脈から、前年のことと見るのが妥当だと思います。そして実際、新聞縮刷版を調べると、1987年4月29日の式典で、そのような事件がありました。

朝日新聞 1987年4月30日朝刊26面
『宮内庁の発表によると、陛下は食事中に少し食べ物を戻されたため、予定より十五分早い午後一時十五分、歩いて退席された。
 侍医が診察したところ、血圧、体温、脈拍などに異常はなく、とくに手当ての必要はないと判断された。このあと陛下は平常通り一時間余り午睡をとられ、再び診察を受けられたが、全く異常はなかったという。陛下は過去にも風邪をひかれた際などに食べ物を戻されたことがあり、侍医は「お疲れがたまっておられたためではないか」としている。』

会見の具体的内容に関しては、詳しい記事が出ています。

朝日新聞 1988年4月29日朝刊31面
『−今年は陛下の即位礼(昭和三年)から六十年になります。この間、一番大きな出来事は先の大戦だったと思います(陛下、大きくうなずかれる)。陛下はこれまでも大戦についてお考えを示されていますが、あらためてお考えをお聞かせ下さい。
「いまの質問に対しては、なんといっても大戦、大戦のことが、一番いやな思い出であります。戦後、国民が相協力して平和のために努めてくれたことを、うれしく思っています。どうか今後とも、そのことを国民が忘れずに、平和を守ってくれることを期待しています」
−あのころの日本が戦争に突き進んでしまった最大の原因は何だとお考えですか。
「そのことは、人の、人物の批判とか、そういうものが加わりますから、いまここで述べることは避けたいと思います」』

A級戦犯云々はここに出てきておりません。私は「A級戦犯を合祀する際に、昭和天皇のお気に召さない人が入ってしまった」という意味で、A級戦犯云々が後の会話に出てくることは充分にあり得ることかと思います。もちろんこれは、昭和天皇が「A級戦犯の合祀に反対であった」ということを意味しません。この点ではWATERMAN様とあまり考えに違いはないものと思います。

ちなみに、この会見では徳川侍従長への言及もありました。「先日」退任された、と質問で明言されています。

朝日新聞 1988年4月29日朝刊31面
『−先日、五十年以上にわたりお仕えした徳川義寛侍従長が退任しましたが、徳川さんの思い出をお聞かせ下さい。
「いろいろ徳川侍従長に対して思い出も深いのですが、とくに終戦の時に(玉音放送の)録音盤をよく守ってくれたこと、戦後、全国を巡遊した時に、岐阜の付近で歓迎の人波にもまれ、ろっ骨を折ったことがあります。徳川侍従長はよく裏方の勤務に精励してくれたことを、私は感謝しています。年齢のために、このたび辞めることになりまして、私は非常に残念に思っています」』

前のコメントで問題の毎日新聞の記事の詳細データをつけ忘れました。「毎日新聞 1988年4月29日朝刊23面」です。

私はこのメモが偽物であってほしいと願っていますが、当時の新聞を調べた上での個人的な印象でいえば、残念ながら現在のところ本物であるという可能性の方が自然ではないかと考えています。

投稿: まるほ | 2006/07/27 11:37

WATERMANさん

日経新聞だけで見ると、88年4月29日の記者会見内容までは明らかにしていませんが、7月20日の日経朝刊一面で一応示唆している部分があります。

「同日付のメモの前半部分には、天皇誕生日(四月二十九日)に先立って行われた記者会見で、戦争に対する考えを質問されたことへの感想も記されていた」

当時の会見内容も詳細に掲載すれば誤解を招かなかったんでしょうが、意図的に隠していた、ということではなさそうです。同日の朝刊三面の関連記事の中にこのように書かれています。

「誕生日会見の記録を見よう。大戦についてのお考えを、との質問に「大戦のことが一番いやな思い出です」と述べるにとどめ、戦争になった最大の原因はとの問いには「そのことは人物の批判とかそういうものが加わりますから」と答えを避けている」

投稿: ピースケ | 2006/07/27 21:14

富田メモが本物かどうか、そんなに難しく考えないでも、常識的に考えるだけで、おかしいと思わんか。

1.自分を守る為に死んでいった人たちが、何万と眠る場所に、意にそぐわない人が数人祭られたからといって、そこに行きたくないなんて気持ちになる人が、いるのだろうか。(自分が天皇の気持ちになって考えたらすぐ解かりそうなものだが)

2.天皇陛下の自己意思により、靖国へ行ったり、行かなかったりできると思っているのか。それは政治的な意向により決定されているはずだと思わないのか。メモには、はっきりと自分の気持ちで行かないと書いてある、これによりメモの私は、自己意思で靖国に行く行かないを決めれる立場の人であるということ、つまり大した地位にいない人間だと推測できる。

これは永田メールぐらいくだらない、ガセメモです。おそらく、富田氏が書いたものではあるが、天皇とは別人の発言であるこのメモを偶然見つけ、富田氏の手帳に、貼り付けただけである。それを日経新聞がだまされて(あるいは、確信的に)買ってしまった。

投稿: 常識君 | 2006/08/04 01:34

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