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2006/07/22

いわゆる「富田メモ」について

昭和天皇が崩御される前年の1988年に書かれたとされる、75年11月を最後に靖国神社をご参拝されていない理由を記したメモが発見された。当時の富田朝彦宮内庁長官(故人)が天皇のご発言をメモに記し、家族が保管していたのである。

このメモの内容が今、メディアを賑わし政界を揺らしている。
が、本当のところは、どうなのか?メモは本物なのか?メモに記されている、昭和天皇のものとされるご発言は、天皇ご自身が仰せられたお言葉なのか?

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昭和天皇は戦後、連合国による占領中は靖国神社に参拝されなかったが、1952年の主権回復後は75年までに8回参拝されている。が、1976年以降は、崩御されるまでの13年間、一度も参拝されなかった。
そのことについては、「三木武夫元首相が75年に私人の立場を明確にして参拝した
ため、天皇が参拝しにくくなった」という説が有力だったが、「A級戦犯合祀に不快感を抱いていた」との宮内庁関係者の証言も伝えられていたようだ。
今回のメモは、その宮内庁関係者の証言を裏付ける内容になっている。

以下に、新聞で報じられたメモの内容を記す。日付は1988年4月28。

私は 或る時に、A級が合祀され その上 松岡、白取までもが 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と 松平は平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている だから私あれ以来参拝していない それが私の心だ

「松岡」はA級戦犯として合祀された松岡洋右・元外相、「白取」は白鳥敏夫・元駐伊
大使、「筑波」は1966年に旧厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取ったが合祀していなかった筑波藤麿・靖国神社宮司を指しているとみられる。
「松平」は敗戦直後当時の松平慶民・宮内大臣を、「松平の子」は、その長男の松平
永芳・靖国神社宮司のことと推察される。

富田氏は1974年に宮内庁次長に就任。78年からは戦後3代目の同庁長官を10年間
務め、2003年11月に死去した。

【富田・元宮内庁長官のメモMemo














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京都産業大学の所功教授(日本法制史)は、「メモが昭和天皇の発言を正確に記録したものだとすれば、慎重な検討が必要だ。
例えば、松岡、白鳥までもが、との趣旨の記述は、いわゆるA級戦犯の合祀に批判的だったのか、一部の合祀が不快だったのか、にわかに判断できない。昭和天皇が開戦の決定を認めたことについて申し訳ない気持ちを持たれていた可能性もある。
短絡的に不快感ととらえるのではなく、すでに公刊されている故・徳川義寛侍従長の
回想記と合わせ、再考する必要がある
」との見方を示している。

私も、この見方に概ね賛成である。
特に、「松岡、白鳥までもが」という箇所は、すごく引っかかる。
2人は、ドイツ、イタリアとの三国同盟を推進するなど、日本が米・英と対立を深めていく過程で重大な役割を果たした。加えて、松岡氏は判決前に病死、終身刑の判決を受けた白鳥氏は獄死。
東京裁判を肯定する立場から見ても、処刑された広田弘毅氏(元首相)や松井石根氏(元陸軍大将)と比較して受けた罰(結果)が軽すぎる。
したがって、開戦に反対だった昭和天皇が、戦争指導者、特に松岡、白鳥の両氏を快く思われておられなかったとしても不思議ではない。
が、だからといって、そのような感情を以ってして、昭和天皇が靖国神社参拝の是非にまで言及するだろうか?
「A級が合祀され、その上、松岡、白取までもが・・・・・・だから私あれ以来参拝していない。それが私の心だ」
と・・・

マッカーサー回想録」によると、昭和天皇は「私は、国民が戦争遂行するにあたって、政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負うものとして、私自身を、あなたの代表する諸国の採決に委ねるため、お訪ねした」と仰せられた。
それ以前に天皇は、自分の臣下だった者が、戦争犯罪人として裁かれることを心配し、木戸幸一内大臣に対し「自分が一人引き受けて、退位でもして収めるわけには、いかないだろうか」とも仰せられている。

確かに、自らのご意思に反して戦争へと突き進んだ者に対しては、不快の念は抱かれていたかもしれない。が、それがそのまま「だから私あれ以来参拝していない。それが私の心だ」に結びつくだろうか?
私は極めて疑問に思う。
やはり、所教授が指摘するように、「短絡的に不快感(が理由)ととらえるのではなく、
すでに公刊されている故・徳川義寛侍従長の回想記と合わせ、再考する必要がある
」と思う。

(なお、私は「東京裁判」を正当なものと思っていないし、特に、当時の「裁判所条例」に則っても、広田、松井の両氏は無罪だったと確信している)

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所教授は、メモの内容に「正確に記録したものだとすれば」という「前提条件」を付けている。私も同じ立場である。メモそのものは本物であろう。が、内容が真実であるかどうかとなると、それはまた別問題である。
「メモは手帳にびっしり張ってあった」そうである。もちろん天皇の前でメモなど取れない。後から書いたものであることは間違いない。また、メモの日付が富田氏が職を辞した年であり、天皇が崩御される前年というのも気になる。
つまり、退職直前の富田氏が、崩御前年の天皇から「なぜ靖国に参拝しないかの
理由」を聞かされ、後でメモに書いて手帳に貼り付けた。

10年間も宮内庁長官を務めていながら、なぜ退職直前にそんな話を天皇から聞かされるのか?しかも、天皇の崩御前年に。このあたりにもクサイものを感じるのである。

岩見隆夫氏の著書「陛下の御質問―昭和天皇と戦後政治」に以下の一節がある。

まもなく、富田朝彦宮内庁長官から中曽根のもとに、天皇の伝言がもたらされた。
「靖国の問題などの処置はきわめて適切であった、よくやった、そういう気持ちを伝え
なさい、と陛下から言われております」

これは、中国などの抗議を受けて当時の中曽根首相が「靖国参拝中止」を決めた1986 年のことである。つまり、当時から昭和天皇は、首相の靖国参拝を快く思っておらず、
そのご意向を富田氏も熟知していたということを示している。
であれば、もっと早く(1988年以前)に、その理由を聞かされる機会はたくさんあった
はずだ。

「A級戦犯」14人が靖国神社に合祀されたのは1978年。一般に周知されたのは、事実が新聞で報道された翌79年である。
が、それ以降も当時の太平首相は3回、鈴木首相は8回、中曽根首相にいたっては10回も参拝している。それが、85年の中曽根首相の参拝に限って中国が抗議してきた。その結果、中曽根氏は86年から参拝を中止するのである。
そして、富田氏から「靖国の問題などの処置はきわめて適切であった、よくやった、そういう気持ちを伝えなさい、と陛下から言われております」という天皇陛下の「ご伝言」が中曽根氏に届けられた。

ここに、大きな疑問がある。
昭和天皇が「A級戦犯」合祀後の、首相による靖国参拝を快く思っておられなかったと
すれば、なぜ78年から85年までは沈黙していたのか?
なぜ、憲法上の制約もあり、「政治的意思表示」と受け取られかねない発言を極端な
までに避けられる天皇が、極めて明確な「政治的メッセージ」を、この時にだけ、しかも当時現職の首相に送ったのか?
天皇を政治的に補佐する立場にある宮内庁長官を経由して、なぜ、あえてそのタブーが破られたのか!

現行憲法下の天皇制のあり方と、戦後の昭和天皇及び皇室を知っている者にとっては、まさに信じがたい出来事である。
この「信じがたい出来事」の答えは一つしかない。昭和天皇の「ご伝言」は、宮内庁長官の富田氏の「意図」だったのである。それ以外に理解のしようがない。

※(注)
それまで何の問題にもならなかった日本国総理大臣の靖国神社参拝が、1985年になって急に問題にされたのは、中曽根氏が「公式参拝」と宣言し、8月15日の「終戦記念日」に参拝したからである。しかも、安倍晋太郎外務大臣と竹下登大蔵大臣を引き連れていた。(肩書は当時)
また中曽根氏は、「戦後政治の総決算」や「(日本は)不沈空母」などの、当時としては極めて右よりの路線を鮮明にした。
これに対し野党が猛反発し、当時の野党第一党であった社会党は、田辺誠書記長まで派遣して中国をけしかけたのである。

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この当時から富田氏は個人的に、日本の首相による靖国参拝を苦々しく思っていた。
そして昭和天皇が、先の大戦の戦争指導者たちを快く思っておられず、特に、松岡氏と白鳥氏には特別の感情を抱かれていたことを知っていた。
そこで、天皇の思いを「政治的に利用」する。その第一弾が、1986年の中曽根氏に対する「お褒めのご伝言」なのである。

そう考えれば、つじつまが合う。

おそらく、1976年以降、崩御されるまでの13年間、天皇が一度も参拝されなかった
理由について、「(天皇が)A級戦犯合祀に不快感を抱いている」との「宮内庁関係者の証言」も、発信源は富田氏ではないか。
これも典型的な「天皇の政治利用」である。
そして、2003年11月に死去する前に、小泉首相の姿勢に危機感を抱いていた富田氏は、今回のメモを作成し手帳に貼り付けて「時限爆弾」として用意した。

もし、昭和天皇のご発言を本当に聞いたのであれば、メモに控えた走り書きを手帳に、もっと日本語らしく書き直して転記するはずである。
それが、時間が経ちすぎたために、当時の天皇のつぶやきを(年齢のせいもあって)
正確に思い出せないものだから、記憶にある部分だけを走り書きして、最後に「A級
戦犯が合祀された状態の靖国には参拝したくないのが私(天皇)の心だ」と(勝手に)「自らの思い」を書き加えたのである。

そう考えれば、納得がいく。

もう、昭和天皇も崩御されて久しく、己もこの世にいないから、発表されても何の責任も問われない。真偽の確かめようもない。
まさに時限爆弾だったのだ。

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富田氏が宮内庁に入る前の前職は、警察庁警備局長である。
当時の警備局長は刑事警察と違い、極めて政治との関わりが深い職である。公安警察も指揮下にあった。当然、政治家とも密接な関係になる。

そして、当時の中曽根内閣の官房長官は、富田氏と同じ警察庁警備局長を務めた後、警務局長、警察庁次長を経て警察庁長官(1969年)にまで昇りつめた元・警察のドン・後藤田正晴氏である。
後藤田氏は、警察官僚出身でありながら、リベラルで護憲派、河野洋平氏を寵愛し、
親中派で首相の靖国参拝には反対であった。
富田氏が、警察官僚の大先輩であり、当時「警察のドン」と呼ばれ、「カミソリ後藤田」と恐れられた後藤田氏の影響を強く受けていたことは想像に難くない。

中曽根内閣当時、後藤田氏の官僚に対する影響力は絶大なものがあった。
その結果、富田氏は、リベラル・護憲派・首相の靖国参拝反対の立場に立ち、昭和
天皇を「政治的に利用した」と思われる。こんな人物のメモなんか一文の価値もない。

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そのころ、後藤田と言えば中曽根、中曽根と言えば渡辺恒雄(当時・讀賣新聞主筆
論説委員長)、そういう関係ができあがっていた。
(なお、後藤田氏は、渡辺氏の前の讀賣新聞会長で、当時社長であった小林與三次氏-元・自治事務次官-とも懇意だった)

私は、昨日のエントリーで次のように書いた。

昨日の夜、自民党の派閥会長である津島雄二、丹羽雄哉、山崎拓、高村正彦の各氏と加藤紘一元幹事長らが東京都内で会談した際も、「福田氏は立候補しない」との見方で一致した、と。
産経新聞によれば、その会談において、安倍晋三官房長官が圧勝する可能性が出ていることに対して「総裁選が消化試合になるのはよくない」とする意見も出たという。
おそらく、この派閥による合従連衡の動きは、安倍氏に対する対抗馬擁立に連動して
いると見て間違いない。

ところで私が、この産経新聞の記事で注目したいのは、非安倍の派閥の領袖に集合をかけたのが、何と読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長と日本テレビの氏家斉一郎取締役会議長の二人であるということだ。
ここに、富田(03年死去)-後藤田(05年死去)-中曽根-渡辺恒雄-反安倍・反小泉派=靖国参拝否定=親中国というラインがくっきりと浮き上がってくる。

今回の件に関しては、朝日新聞に負けじと、讀賣新聞も力を入れている。20日の夕刊ごときは、第一面の半分以上が富田氏のメモ関連の記事で占められていた。

これに呼応して加藤氏は、さっそく「天皇発言のメモがきっかけになり、総裁選に向けて靖国問題をめぐる議論が改めて呼び起こされる」との見通しを示した。
山崎氏も「靖国参拝は外交上の問題として扱ってはならないとの議論が一部の政治家によって強調されてきたが、内政上の問題であることが明確になった」と述べている。

が、私は以下の麻生太郎外相の見解が正しいと思う

麻生氏は記者会見で、昭和天皇の発言メモが明らかになったことについて質問されると「天皇陛下のお話を政治に巻き込みたいという意図が感じられることについてお答えすることはない」と斬り帰した。
また、麻生氏はこれまで、天皇の参拝が中断した理由について、1975年に当時の三木首相が「私人としての参拝」を強調したことを理由として挙げてきたが、この日の会見でも「基本的に今もそう思っている」と断じた。

今回の一件は、総裁選の争点に、何が何でも「靖国問題」を据えたい勢力の陰謀という側面が強い。なぜなら、今の時期にこのメモが表に出てくる必然性は、まったくないからである。
おそらく黒幕は○○○○であろう。

権力闘争に「天皇の思い」まで利用する。私は激しい怒りを感じる!!!

参照1:昭和天皇「私はあれ以来参拝していない」 A級戦犯合祀 (朝日新聞)
参照2:自民4派会長らが会談 福田氏不出馬の見方が大勢 (産経新聞)
参照3:昭和天皇とマッカーサー会見の時
参照4:マッカーサー回想録 4.天皇との会見
参照5:靖国神社にA級戦犯 昭和天皇「合祀」に不快感 (讀賣新聞)

【特記】
コメント及びTBを許可制にさせていただきました。
カキコやTBがすぐには表示されませんが、勘違いして何度も送信することのないよう
ご注意ください。

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↑「富田メモ」は親中派の政治的陰謀だ
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【追記】
福田康夫氏が21日夜、自宅前で記者団に対し「総裁選不出馬」を明らかにした。

これで、本命の安倍氏が、ますます有利になったことは間違いない。また、麻生氏は「富田メモ」の内容を否定している。
したがって、この「富田メモ」が自民党総裁選に与える影響は少ないだろうし、「靖国問題」が争点として浮上することもないと思う。

ただ、谷垣禎一財務相は、「古賀先生は靖国神社が今後、国民的支持を得ていくため、どうしたらいいか真剣に考えており、その点は大変共感する」(讀賣新聞)と述べている。
おそらく、丹羽・古賀派からの支持を期待しているのであろう。が、その後「陛下の発言が政治にどう影響を与えるかは発言を慎みたい。むしろ学問的に冷静な検討をしたら
どうか」(日本経済新聞)と発言を変えている。
やはり、「天皇の政治利用」は反発が大きいのである。
黒幕どもの陰謀は完全に失敗した!!!

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靖国」カテゴリの記事

コメント

菊の御簾内の捏造発言を引っ張り出さなければならないほど、水面下での権力闘争が凄まじいという証拠ですな。次期首相が誰になるかで極東アジアの構図が変わると思っている特定アジア勢力およびそのシンパが暗躍したということでしょう。

この情報戦、どうやら特定アジアシンパの敗けのようですね。今回は「永田メール」の後だったので、国民はそうそう簡単には騙されなかったようです。同じ手で2回攻めるのは愚者の行為。政府が「皇室の政治利用禁止」という正論で無視したことに加え、福田氏が立候補断念し、この危険なカードを持ち続けると、かえって火達磨になる可能性も出てきました。よりによって昭和天皇をオモチャにすることの危険性を、さしもの厚顔無恥連中も思い知ったということでしょうか。反日マスコミが昨日の昼以来、このネタを急に引っ込めたのがいかにも怪しい。

このような陰謀を跳ね除けることによって、また一つ日本が普通の国に接近するわけです。ただし靖国&A級戦犯は今後も火種になりそうな存在であり、いつまでもグレーゾーンというわけにもいかないでしょうね。

投稿: Alchemy | 2006/07/22 14:12

メモが出てきて、新聞なんかかなり飛びついてます。
テレ朝なんかはキターとか思ってるのでしょう。

しかし昭和天皇がA級戦犯に嫌悪を抱いていたのかは実際には
わからないような気もします。天皇も統帥権を持っていた以上は自分と東条らをまったく関係ない存在だとは思っていなかったでしょうし。

天皇は責任を負わないことが大日本帝国憲法に明記してあります。いまだに天皇の戦争責任をいってるやつは少し日本史を勉強しろといいたいですね。靖国に行くいかないはそれぞれが決めること。行きたいと思えばいく。それでいいと思います。

SPや公用車がつくと公式訪問ではないかといっている馬鹿マスコミ。SPはどこにいってもつくんです。国務大臣ですよ、当たり前なのに。もうそろそろ大人な議論をしたいですね。せめて。


投稿: ちなみつ | 2006/07/22 14:16

>権力闘争に「天皇の思い」まで利用する。私は激しい怒りを感じる!!!

 同感です。怒りこみ上げてきて仕事に手がつきません。
 個人的には、昭和天皇がA級戦犯とされた人々を快く思っていなかったとしても何とも思いません。また、首相の靖国参拝も合祀・分祀の問題も日本国民が充分に議論して決めればよいと思っています(ただし外国の介入は排除すること、特に特ア三国は)。おそらくこの“議論がある”という状態が中共への有力な社会的対抗力を作り出していくでしょう。中共の設定したカゴの中だけの議論しかできない中国の社会的思考能力は退化していく一方ですから。
 今回の富田メモ問題の恐ろしいところは、すでに故人である昭和天皇の言葉を、充分に検証もしないまま“政治利用”しようとする、腐りきった最悪の政治屋根性が堂々と社会の表通りでまかり通っているということに尽きます。日本の自由と民主主義を愚弄し破壊するこのような行為を、我々は断じて許してはいけない。坂眞さんの言う“黒幕の○○○○”は必ず社会の表に引きずり出し、徹底的につるし上げなければならない。
 あーちょとダメです。興奮しすぎで手が震えています。ここでやめますが、こんな事は絶対に許してはいけない。こんな悪質で幼稚な世論操作が糾弾もされずに“今日のトップニュースです・・・”なんてシラッと報道されるようでは・・・。

投稿: duzhe | 2006/07/22 14:39

もうご存知かもしれませんが、これは誤報の可能性が大です。

メモの上部を見てみると「藤尾(文相)の発言」としっかり書いてあります。

日経新聞世紀の大誤報と思われます。

投稿: グリフィス | 2006/07/22 14:50

ご無沙汰しています
私もblogに書いてみたりしまいましたが
http://nfc.at.webry.info/200607/article_2.html

昭和天皇のお言葉ではないようです

まあ、この画像見てください
http://vista.xii.jp/img/vi5347868330.jpg

投稿: まさむね | 2006/07/22 14:55

昭和天皇や今上天皇は毎年靖国の例大祭に勅使を出しています。マスコミは何故か報道しません。代わりに参拝してもらっていますので昭和天皇の発言とは思えません。メモの上には藤尾って書いてあるんですけどね。
明日のサンプロではこの件について加藤・管対岡崎・桜井です。楽しみです。

投稿: 学生」 | 2006/07/22 15:50

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&page=4&nid=2391217

依存症さんの貼り付けておられるメモの画像のトリミングされてしまって見えない上の部分に「藤尾
(文相)の発言」とあるのですが、これはこの記述の上の部分のことを指しているのか、昭和天皇のご発言として日経がスクープした部分を指しているのか、実物で検証した人がいるのでしょうか。

http://vortex.milkcafe.to/nikkei.html
ここに簡潔に疑問点がまとめてあります。

投稿: YoHi | 2006/07/22 16:34

まあ、メモですからどうでも良いのでは無いでしょうか?陛下も富田氏も居られないところで、たかがメモ資料でも何でもないでしょう。
50年で靖国神社にお出掛けに成る事を止められた、53年に合祀されただけでこの話は只の報道だけの与太話。
日径を追いかけ朝日、読売の戦犯問題に興味を持ってるマスコミが政治問題に天皇を巻き込みたい。普段と違う意見をここでは大きく曲げた自殺行為を「又又」やったと云う事です。
普段「人権」を云々するマスコミが亡き人の人権を無残にも踏みにじる行為、人間としての品格もマスコミとしての資格も喪失した事も理解出来ないほど「下品」に成っている証明です。
この事に対しての小泉首相、安倍、麻生氏の答弁は正論でした答弁する価値の無いものでしょう。
戦後の憲法、気には食いませんが~
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」。
マスコミの諸君も偶には憲法を参考にし、戦後60年も経過しているのに基本的な事を忘れている恥さらし。
保守と言われる人達が天皇陛下の神格化を言ってると思うと間違いを起す、2千年に亘る天皇の伝統、日本の文化として未来永劫守れと云うのが理解出来ない様じゃ街宣車でガナリ散らしている輩と変りはしない。

投稿: 猪 | 2006/07/22 17:10

仮にメモも内容も本物であるとしても、
大勢に影響なしと思いますが、いかがなものでしょう。
やはり首相は公式参拝するべきであるし、
天皇陛下にも足をお運び願いたい、
むしろそうあるべきと思っています。
(昭和天皇)陛下がたとえ松岡洋右を気に入らなかったとしても、です。

投稿: BBC | 2006/07/22 17:42

麻生氏は、別のTVのインタビューで、「個人のメモに対してコメントする立場にはない」とも言っていました。
全くその通りと思います。

投稿: るな | 2006/07/22 17:56

毎度毎度の卓越した洞察力、真に敬服の至りです。私も、この件は少々くさいと思っております。何人もの方々が既にご指摘ではありますが、このページだけ不自然な張り込みになっており、しかもインクの色が違います。また、88年の手帳だけは、他の連続する年の手帳とデザインが違っていますね。

日経は実はこの情報をかなり前からつかんでいたのではないかと推測します。日経としては反安部、反小泉路線ですので、総裁選のしかるべき次期に、安部氏に靖国問題で発言させてから、これを発表したかったのではなかったのではないでしょうか? しかし、福田が降りることもあり、また、前日日経の記者によるインサイダー取引の件が持ち上がりました。

このことは非常に重要です。日経は金融、株式といった経済の専門誌という位置づけです。Wall Street JournalやFinancial Timesの日本版と言っても良いでしょう。当然、様々なインサイダー取引ぎりぎりの情報を握っている所です。そこがインサイダー取引をしたとすると、言ってみれば、警察が泥棒をしたのと同じことになります。会社存続の危機といっても過言ではありません。

つまり、本来は後でびっくりさせたかった情報を、上の件をもみ消すため出したのではないでしょうか?

今後は、このメモの信用性について調査してもらいたいものです。手帳が出版された日、紙、インクの年代の同定、指紋などの検出や、手帳の管理者に対する質問などを徹底し、情報が十分信頼できるものかどうかを検討することが重要だと感じます。

投稿: ジョバンニ24世 | 2006/07/22 18:06

A級戦犯が合祀された78年以降、昭和天皇は靖国参拝されていない。これは事実である。一方で、ご高齢にもかかわらず、毎年8月15日の全国戦没者追悼式には必ず出席し、哀悼の念と平和への思いをお言葉に託されていた。これも事実である。天皇のお心を受けとめるのにそれ以上の「物証」が何か必要であろうか。我々国民は昭和天皇が背中で示された無言のシグナルを謙虚に受け止めるべきなのである。媚中とか総裁選挙とか、つまらぬことに絡めて詮索する必要など全くない。

投稿: KappNets | 2006/07/22 18:26

>A級戦犯が合祀された78年以降、昭和天皇は靖国参拝されていない。
正確にはそれ以前で、1975年11月が最後です。
政治問題化する輩がいるから代理を立てた参拝として避けていると
推察します。人間として昭和天皇もいろいろ心の葛藤はあったであろう
ことは想像できます。

そもそも「戦犯だから」という理由で反対する人は東京裁判という不当な
リンチ劇を認めていると解釈できますから論外ですね。
昭和27年4月の第16特別国会で、戦争犯罪裁判の殉難者たち、世に「A級戦犯」と
呼ばれる14人を含めたすべての殉難者たちを、靖國神社に合祀することが決議
されたということを忘れているのでしょうか。この法改正は、自由党、改進党、
右派・左派の社会党の与野党が、「主権たる国民によって選ばれた」国会議員が
「全会一致」で可決したという経緯を重くみる必要があると思いますね。

投稿: Greg | 2006/07/22 20:08

始めて投稿します
まず、始めに私のスタンスなんですが、靖国への参拝には賛成です。中国あたりがナンクセつけてくるのは明確に内政干渉にあたりますし、そもそも戦死者を祀るという行為は、国としては当然のことで、首相としての立場でもって、強い意志力を持ち、次代の安部氏にも参拝を続けて欲しいと思います
しかし、一方でジレンマが私の中にあります
それは、A級戦犯の主立ったメンツが、あの愚かな戦争の指導者層であることにあります
太平洋戦争勃発直前の状態では、確かに「開戦やむなし」の状況ではありましたが、それ以前の段階で、国の舵取りを間違えた責任があります
特に強調されているのは日独伊三国同盟ですが、他にも、オランダが物資を売ってくれる交渉があったにもかかわらず、日本が要求した80%しかないと理由で交渉のテーブルを蹴っておりますし、結果
ベトナムへの進駐→米による経済制裁→開戦、の流れになっており、満州国建国についても、軍部指導者の独走が孤立を招いたといってさしつかえないと思います
(このあたり、国際的孤立への道が、現在の北朝鮮になんかダブるのが皮肉です)
私はもちろん、東京裁判は不法だったと考えております
しかし、200万以上の戦死者、100万の軍属や非戦闘員の犠牲者、させには、他国に侵攻して、負けたという事実は、この責任を誰もとらないというわけにはいきません
東京裁判は連合国によるリンチ的な側面もありますが、同時に、日本人に対する罪をおかした戦争・政治指導者を、結果的に選んだ裁判で、メンツの中にはいくらか気の毒な人もいますが、すくなくとも東条英機などは、責任をとらないわけにはいかなかったでしょう
もし、東京裁判がなければ、当時の日本の混乱状況の中では、日本人に対する罪をおかした人間がウヤムヤになっていた可能性もあります
A級戦犯の合祀問題ですが
これは分祀すべきだと思っています
それは、靖国神社という場所が、本来「戦死者」を祀る施設であり、戦後に責任をとった人間を祀った場所ではないということです
でなければ、東郷平八郎や乃木将軍も祀られていてもおかしくないのに、両名は祀られてはおりませんし、特攻隊設立の責任輪とって自決した大西中将なども、祀られてはいません
これは、当然だと思います
しかしながら、ではなぜA級戦犯が合祀されるに至ったか、という問題がありますが、これは、東条英機が圧力をかけて合祀させたという経緯があります(もっとも、ソースがNHKなので、ちょぃと弱いですが……)これが事実だとすれば、東条英機は、自らが戦犯として死刑になるのを察しておりながら、自分を祀るよう圧力をかけたことになります
つまり、本来戦死者を祀るという靖国神社のありかたは、一度、道を踏み外しているわけです
現在の靖国神社側の主張は
一端招魂した魂を分離することはできない、という論拠をとっていますが、そもそも合祀自体が靖国の原則から外れた行為だったとすれば、ここで今一度前例のない「分祀」を行っても、少なくとも対外的には言い訳がたち、首相の参拝のたびにやいのやいの言われる根拠がなくなります
それでも韓国あたりはやいのやいの言ってくるでしょうが、そのときは胸を張って「戦没者を祀って、国として慰霊を行ってにが悪い」と言えますし
私個人の感情をここで書き込むのは恐縮なのですが、私自身、ミリタリー趣味にどっぷりつかっていたおかげで、戦没者への慰霊の気持ちが強く、ぜひ参拝する機会があったらでかけていきたい、と思っているのですが、魂が、あのデタラメな戦争指導者も合祀されているとなると、同時に彼らに対しても慰霊行為をおこなうことになり、釈然としないのです

さて、問題のメモですが、こればっかりはもう作為を感じますね
天皇は、戦争指導者層ね特に軍部には不満を持っていましたが、自身が「軍の大元帥」という立場にあったため、苦悩していたようです
しかし、問題のメモがこの時期に出たというのは、たとえメモが本物であったとしても、国論を無理矢理分けたがる勢力の作為だと思います
メモ自体の内容にしきましては、本物であれ、ニセモノであれ、まあ、天皇の気持ちと近いものがあるとは思っていますが……

長文と、つたない論理構成で恐縮ですが、ブログを見ているものとして、靖国問題についての考えを書き込ませていただきました
この場を借りて、このような技労の場を提供されておられる管理者の方には、お礼を申し上げたいと思います

投稿: あめ | 2006/07/22 21:38

『マオ』を読まれた方ならご存知でしょうが、毛沢東時代の中共はカンボジアの王族のシアヌークと共産主義者ポルポトを巧みに利用してました。自国の勢力拡大には王族、共産主義者問わず徹底利用するのが中共です。

「富田メモ」とマスコミ報道から、カンボジアのケースを思い出しました。

投稿: mugi | 2006/07/22 22:05

読売の社説は、あのマリコ氏が編集した「昭和天皇独白録」をネタにして意味深な論説をしていますね。
グレーもかなり濃いですが・・・

投稿: MultiSync | 2006/07/22 22:11

あめさん
お気持ちはわからなくもないのですが、ポスト大東亜戦争が終わってからでもよいのではないでしょうか。中共が滅んで共存共栄のアジア共同体ができるころ。そんなの永遠にこないかもしれませんが..。
ともかく、今やると敵方を結果として喜ばせるだけかと思います。

投稿: Kawai Oyaji | 2006/07/22 22:40

正直言って「あまりに稚拙な工作」でしょう。
この文言は主語さえ明らかにならず、またその文面も先帝陛下のそれを追跡した者には「不自然だ」としか思えないでしょうな。

たとえ気に入らなくても「帝国の内閣」であり、お立場上拒否できないとはいえ親任したわけですからね。先帝陛下は決して、いわゆるA級戦犯が靖国に祀られた事を拒絶されないのではないでしょうか?
そもそも厚生省から名簿を送っているわけですから、慣例的には拒絶した宮司の方が問題だったと言えるのでは?

どだい東京裁判も終わったしまった話です。戦争責任? それは何でしょうか? 敗戦責任の事でしょうか? 第一弾を撃った事をさすのでしょうか? 敗戦責任以外はすべて東京裁判でケリがついた話です。 そして敗戦責任を国民が問うことはできないでしょう。なぜなら「有権者だった」からで、自明の事ですな。

投稿: ペパロニ | 2006/07/22 23:04

>自国の勢力拡大には王族、共産主義者問わず徹底利用するのが中共です。

 mugiさん。その通り。以前坂眞さんも詳しく説明してくれましたが連中は、明らかに日本に対して“統戦”を仕掛けてきています。中共は、生々しい現実社会への理解力に乏しい“良心派(日本では主としてサヨクの方々でしょうか)”に近づいて世論工作の手段として取り込み、彼らを通じて社会を混乱・分裂させるのです。そうやって相手を弱体化させて支配するのです。
 実際に“日中友好”の現場にいると、おそらくそういう意図を持って行動しているような中国人に出くわすことがあります。彼らは日本の自由や民主主義を最大限利用して、中共の日本支配実現のために日々熱心な活動をしているのです。
 よく考えてみてください。日本に来ている中共の“犬”には、集会結社、思想信条、出版報道などといったあらゆる人権が保障されているのです。それを悪用して中共の宣伝工作をしても誰も捕まえには来ません。一方で、日本人が中国に行って同じ事をすればたちまち捕まって国外退去でしょう。
 かといって日本は中共中国と同じ独裁国家になるわけには行きません。それは逆効果です。むしろ誠実で根拠のある議論を一層活発化させ、中共の宣伝など一瞬にして論破され、たたきのめされるような状況を作り上げなければなりません。
 今回の富田メモ報道は、何とも中共の宣伝のやり方に似ているような感じがして猛烈な嫌悪感を感じます。「こういう報道をすれば、世論はこう変わるんだよ・・」としたり顔でニヤニヤしている奴らが裏にいるようで本当に気色が悪い。ネットのお陰でこの騒動の胡散臭さが明らかになりつつあるので多少ホッとしていますが、とにかくこれを策謀した“○○○○”やその取り巻き連中を絶対に許してはならない・・・と言っても一庶民には何もできないのが実に辛い。

投稿: duzhe | 2006/07/23 01:04

裏のページのメモまで解析すると、・・・
1.メモはプレスの会見を筆記したものである。
2.昭和63(1988)年4月28日の記述である。
3.質問に対るす答えは率直な感想を述べているように読み取れる。
発言内容を事前にチェックされる立場の人間ではない事が判る。
4.高松宮様に対して薨去という言葉を使っている事から宮家ではなく
仕える立場の人物の発言と読み取れる。
5.「(3) 4:29に吐瀉したが」のくだりは客観的な表現で自身の事ではない。
6.戦争の感想を問われた時「嫌な気持を表現」している人物である。
7.あまり閣僚を知らない人物である。
8.会見時の発言に「そうですか」が多かった。
9.靖国神社の松平永芳宮司を松平の子と呼ぶ事から近親者で年配者である事が判る。

以上の事から考えて、このメモの発言者として最も適当な人物は徳川侍従長である事は明白です。
理由は以下の通りです。
a.徳川侍従長のが勇退日は昭和63(1988)年4月末日。(会見の有無は確認できず)
b.徳川侍従長の以前からの発言と相似している。
c.前出の1~9の指摘事項に全てあてはまる。

では昭和天皇陛下の発言とした場合、以下の矛盾点が生じます。
イ.この日に昭和天皇陛下の会見は報道されていない。翌29日の天皇誕生日での会見は記録に残っている。
ロ.記者が天皇陛下に対してこのような質問をするとは思えない。又、質問する機会もない。

投稿: 正成 | 2006/07/23 03:13

今朝、日曜日のニュースをいくつか見ているのですが、
メモの真偽について触れている番組は皆無でした。ちょっと
不思議です。 ジャーナリズムたるもの、まず情報の真偽を
十分に確かめてから報道してほしいものです。ましてや時期が
時期ですからね。

ところで、安倍晋三首相になってもらっては困る人々が本当に
多いようです。何が何でも安倍晋三首相を誕生させなければ
思った次第です。

投稿: 奈良の田舎者 | 2006/07/23 09:44

過去を遡れば、あの時、この時と見えてきます。今戦争後60年が経過しての歴史を振り返るのは良い時期が来たと思いますが、当時の為政者の行動と対策について現在の人間が批判をするのは如何なものかと思います。
この戦争過去に遡れば「日露戦勝利」からに遡ります、当時の日本には大学を出た「官僚」などは居ませんが情報、戦略共、今とは比べ物になら無い真剣さで取り組み勝利、之が黄色人種人種差別の大きい時代に白人社会の一員として日本人が受けられていた時代、当然一国のみ続く有色人種が居ない中のアメリカに拠る「日英同盟」の破壊、三国同盟に走るのも歴史の出来事、今次の戦争に対して出鱈目な戦争指導者?と云われる人は
東条内閣が何時出来たのか、東条大将が開戦時に偶々内閣総理大臣の職に有ったと云えるだけの事で戦争責任を問われて良いものでしょうか?
氏の戦中の仕事は国立競技場で学徒出陣を激励され、勤労学徒を激励に歩かれ、評判の悪い「戦陣訓」を作成した人、19年には退陣、之を独裁者と呼べますか?
戦争指導者と軍部に不平を持たれるのは結構でしょうが、政治が外国に居る中堅軍人を把握出来なかった責任は問われても、戦争責任を問われる事には成りません、戦争責任を問われたのはこの大戦が始めてです。
それと靖国神社の合祀は圧力など何も有りません。厚生省の役人が作成した名簿を元にお祭りするわけです、当時に東条大将が急に非難されたのは自殺未遂と、進駐軍の宣伝で極悪人と宣伝されただけでしょう。
天皇は東条首相に期待されていました。開戦を止める事が出来る唯一の人材としてです、開戦の詔勅をお読みになれば陛下自身の想いが伝わって来ると思いますから当時の詔勅と当時のマスコミの(特に朝日新聞の記事)をお読みになればお分かりに成ると思います。
本物、偽者と問われれば「偽者、がせねた」と云えますがそれ以前にマスコミの「報道の自由」と云う「独裁語」を「品」無く使い、間違いでも検証責任を放棄したまま放置し、同じ事を繰り返す。許せ無い事ですが日本人の甘さです。
日本人は戦争の悲劇と悲しみます、欧米の人の思考、開戦と同時に学生を始め社会人が軍に志願した欧米。赤紙、学徒出陣と義務化しないと軍に志願できない日本、戦争に対する外国との差を考えて見る方が将来の為には成ると思いますよ。
先ず、為政者もそうですが国を守るのは国民の義務である事も日本人は知るべき。

投稿: 猪 | 2006/07/23 10:24

このメモは、昭和天皇を利用したオレオレ詐欺です。

「朕の心は」だったなら発言主を特定していたのですが、「私の心は」では誰の事やらさっぱりわかりません。
こんなあやふやな物で昭和天皇の想いをあれこれ推測するのは、仕掛け人の策略にすっかりはまってしまう行為で行うべきではありません。
メモの真偽の判定だけにすべきです。

投稿: 愛子様の弟 | 2006/07/23 12:41

マッカーサー回顧録」の事に触れておられますが、この回顧録
で取り上げられている昭和天皇の仰せられた「全責任を負う..」の自体が、
疑問視されている事があるのをご存知でしょうか。
私の手元にある3冊の本を、ご参考に挙げておきます。
1)「天皇と東條英機の苦悩」(塩田道夫著、日本文芸社、
  昭和63年8月15日)
2)「天皇と戦争責任」(児島襄著、株式会社文藝春秋、
  1988年2月1日)
3)「法政平和大学マラソン講座 天皇問題を考える 」
 (オリジン出版センター、1989年3月1日)の中の「天皇・マッカーサー
 会見の真実  袖井林二郎」

投稿: 松木 | 2006/07/23 14:51

純ちゃんの掟破り。
小泉首相の最期の靖国神社参拝について、色々情報が乱れ飛ぶ昨今ですが最初のボタンの掛け違いは、就任当初の靖国参拝日の設定にあったように思います。
メディアにとって靖国問題は、かなりの力の入れた紙面つくりをしている夏のメインイベントのひとつであったのが、初年度参拝日を前倒ししてしまったため、かなりの時間をかけて準備してあったかなりの紙面がボツとなってしまったのでした。 そして初年度以降も、参拝日を特定しない純ちゃんのおかげで、それまでは8月15日から逆算して記事を順番に準備していればよかったのが、近年は、参拝日が何時になるかわからないのでタイムリーな記事が打てないのが問題となっています。
(8月に参拝しなかったなんて論外です。 記事をどうやって埋めるんだ)
靖国参拝反対メディアのなかには、純ちゃんが参拝日を事前に特定してくれるのであれば、内心 参拝賛成の方は結構いらっしゃいます。 だだしそれまでに書き溜めた資料や記事を効果的に利用しようとすると、純ちゃんは今年こそ、最期に参拝日を特定してあげるべきだと思います。 夏のイベントですからね。 夏休みを後ずらしにして記事の準備もしています。 くれぐれも前倒し日程で参拝されると困ります。 8月15日以降にずれ込むほうが良いです。 海外特派員も準備万端です。 また参拝してくれないと、書き溜めた記事がボツになるのでそれが一番困ります。 純ちゃん お願いね。 今年は昭和天皇発言の付録までついているのですよ。 くれぐれもお願い。

投稿: bajor | 2006/07/23 16:39

やぶ蛇、だが

その蛇も遁走した。

○○○○だが、朝日新聞とも小沢一郎か、、、

野中広務、加藤紘一、、、

管直人はもう信用を失ってしまっているし(

テレビ朝日も司会者を変えた方が視聴率が上がるんじゃないかな。
もう使い古した出し殻司会者じゃ客寄せには弱いと思うよ。
だからと言って、筑紫なんか持ってくるんじゃないぞ!!

よけいにヒンシュクを買うぞ。。。。。


投稿: yattoko | 2006/07/23 20:37

大体、余り叩くと極端に走る民族性を理解していないようですな。
そういう事をやっていると、いずれ中国全土を日本の高レベル放射性廃棄物ペレットのロケットによるゴミ捨て場にされるぐらいの覚悟が
おありなら話は別でしょうが。
丁度H2Aって2段目の燃料を調整すれば1基25トンの高レベルガラス固化体が、そのまま搭載できるのですが。

投稿: 義侠 | 2006/07/23 22:57

歴史のとらえかた、についてなのですが、それが歴史上の出来事であるから批判することはできない、という論には、同意しかねます
それでは、歴史や戦史を学ぶ意味がなくなってしまいます
また、東条英機に選択肢がなかった、たまたま開戦時の首相だっただけだから責任無し、とは思いません
陸海軍問わず、知識、現状把握などの無能から判断を誤った指導者は、枚挙にいとまがありません
あとになってみればいくらでも批判できる、という意見もあると思いますが、当時は、正確な状況判断をもとに、現在の視点から見ても、妥当だと思える判断をした指導者もたくさんいます(井上成美、米内光政、山本五十六などが有名ですが、陸軍の牛島中将なども、判断力は正鵠を得ていたと思います)
同じ情勢下にあって、現在の視点から見ても妥当だと思える人々がいた、ということは、つまるところ、判断を誤らずにすむ可能性が、日本という国にあったということになります
また、そうでなければ歴史から教訓を得ることができません

もちろん、東条英機のみが悪いわけではありませんが、開戦を止める政治工作を行うことはできたはずなのです
もちろん、それを主張することで生命の危険すらあったかもしれませんが、生命の危険を顧みず開戦に反対する人々がいたこともまた、確かです

東条の発言で「戦死者とともに、自決者も祀るべきである 彼らを犬死にさせてはいけない」というものがあります
しかし、靖国神社はあくまで、戦死者を英霊として祀る施設であって、敗北した戦争の国家指導者を祀ることは、本来のありようから離れている、と思います

ただ、確かに現在の情勢で分祀、というのは、中国などをよろこばせるだけ、というのは、確かにそうですね
しかし、逆に、分祀という外交カードを持っている、と考えれば、今後日本が極東アジアにおいて外交戦略をたてていくなかで、有利になるとも思っています
具体的には、中国が靖国でまたぞろ反対の声をあげたタイミングで、中国から何らかの外向的譲歩(北朝鮮など)を要求するかわりに、分祀する、などです
もちろん、このカードで中国が譲歩するとも思えませんが、日本に対する態度は、これまでさんざんさわいだだけに、かえって軟化せざるをえない状況に追い込むことができるかもしれません
中国が日本に対して靖国反対を叫んでいるのは、どうも、外向的なポーズのような気がします。であればこそ、ポーズが自分の首を絞めるわけです
まあ、韓国は感情だけで言ってるだけなので、大中国様が靖国反対を言えなくなれば、あの大統領はともかく、一般レベルでは騒がないと予想します
(大統領だけは、もうなにがしたいのかわかりません^^;)

分祀しない、という選択肢のみに硬化するより、分祀もあり、というふうに考えれば、外向的な選択肢を増やすことが出来ると思うのです
もちろん、タダで応じてやる必要はありません
そして、分祀には、まったく論拠がないとも思わない、と、私は思います
この点は、私見なので、異論も多くあるとは思いますが……

戦犯というと、まったく東京裁判に直結しますが、少なくとも国を損ねた責任を、自国民に対して負わないことは許されないと思いますし、責任者の立場にいるものは、責任をとらなければならないと思います
また、東条英機が、首相の立場にあったとき、正常な判断をしていたとはとても思えません
余談ですが、彼は中国戦線についても、戦線拡大派に属しており、石原などとまっこうから対立していました
(もっとも、その石原も、軍部独走の前例を作ってしまい、素の゛の統制不可能な軍組織に至る道を造ってしまったわけでず)

このエントリーの主題は例のメモについてなので、分祀についての考えを書かせていただきました。重ねて書き込みますが、今回のメモはうさんくさく、作為的なものを感じるという点では、皆様と同じ思いを持っているつもりです

投稿: あめ | 2006/07/23 23:48

あめ様、分祀という言葉の意味が判ってますか?
それは例えば靖国神社が他の地に分社を作って、そこに靖国神社と同じ神様を祭ったりする行為を指します。

つまりこの場合、本社の神様はそのままなのでA級戦犯を祭る場所が増えるだけで、中国様、朝鮮様を余計怒らせる事は必定です。何の解決にもなりません。
だのに売国政治家は意味も知らずにこの言葉を乱発しています。とても選良の名に値しません。

しかもこの言葉自体アカ日のせいで最近出来たらしく、なにをかいわんやです。
http://blog.livedoor.jp/dexsam/archives/23136427.html

投稿: 愛子様の弟 | 2006/07/24 05:08

分祀、という意味を狭義にとらえればそうでしょうが、広義では、魂を分ける行為、として認知されていると思います。意味もわからず、とおっしゃいますが、現実には、分祀=魂を分ける、ということで定着しています。中国様や韓国様相手には、別のお社を造って、そこの人別調にA級戦犯とされた人の名前を書き、同時に、本殿の名簿から名前を削除すれば、それでいいと思います
神社の儀式なんて、けっきょく言ったもん勝ちですし、霊魂を分けたと対外的に言えば、いいと思うのです
現在の中国様の根拠は、首相が、A級戦犯におまいりする、ということなのですから、本殿にはいません、別の場所に祀りました、死んだらみんなホトケなのでお参りしたいひとはいきますが、公式に首相が参拝はしませんよ、というカードになればと思います
どうも、分祀派も反対派も、分詞という言葉の原則論にとらわれて思考の硬直化を招いているように思えます

もっとも、この問題は人それぞれなので、いずれ議論がさかんになるでしょう。左翼以外にも、分祀に賛成する人はいますし、左翼でも反対の人はいます。ただ、国論を分けることが決して望ましい状況ではありませんから、いずれ、平穏な状況になってから、時間をかけて議論すべきことだと思います。
小沢代表などが、国内の政治権力ゲームのカードとして分祀を突然いいだしたりしたことには、不快感を覚えますし、けっこう複雑な気分です

投稿: あめ | 2006/07/24 12:04

無茶苦茶な事を言っちゃいけません、戦勝の時の戦死者は祭る、敗戦時の戦争指導者は戦死者としてはならない。
東条首相に和平の選択肢があり、戦争が防げた?現在の人間が日本の現在の立場で平和を叫ぶ中で考えれば可能なのかも分かりませんね、当時の為政者に全ての誇りと国益を棄てなさいと云うのと同じ事です。
分祀を日本人が言うのが元々おかしい事なのです、同じ神社に祭られている人達を外国人が不愉快だから分祀して欲しい、外国の人の云う事を聞いておけば日本は平和で商売も上手く行く、と考える人達の意見で有り、独立国に対して外国が関与する事でも、外国の人が日本の葬祭行事の中身に意見を言える立場にも無いのが普通の国際関係なのですよ。
国の原則を破る事は、今後とも不満が有れば干渉すれば日本は必ず原則を曲げて跪いてくれる。
貴方の孫、ひ孫にそんな日本を引き継いで良いのでしょうか?
「名誉を損ない得たる利益は損失と呼ぶべきなり」と云う諺も有ります、中国には「敵国外患なきをもつは国恒に亡ぶ」、まさに今中国は日本を最大限必要としています、しかし「敵国」にして置き膝まずかせて置かないといけないから「靖国神社」で日本の国論を分け「利」をむさぶろうとしている訳です。
思考の硬直と言う人が居て、それにウカウカと乗る日本人が居る事が日本の将来を考えると問題なのです。
小沢民主党党首がその様な思考を御持ちです、それこそ日本の近代史を汚す事に成ります。

投稿: 猪 | 2006/07/24 18:41

あのう……
僕、分祀については明確に内政干渉にあたる、と言ってますよ?
それに、すぐさま分祀すべきではない、という意見にも同意してるんですが……
東条首相には、和平へ至る道がありました。ハル・ノートにしたところで、一般に信じられているようなものではありません。左の人だから、現代で和平を叫んでいるという書かれ方をされるのは、ちぃとしんどいです^^;
僕は、ただのミリタリーマニアですよ。それが高じて、第一次大戦終了以降の世界史、特に戦史、政治史についてふれる機会が多かったので、和平への道があったことを知っているだけです。ただのミリタリーマニアにその判断ができるのは、確かに後代の人間であればこそなのですが、優秀な人は、当時の空気の中にいても情勢判断を誤らずにいた、というのも事実なのです。東条首相が戦争回避に動けば全ての誇りと国益を奪う、なんて、それこそ無茶苦茶いっちゃいけません。結果戦争で国土を灰燼に帰して、なんの国益でしょうか。
ハル・ノートの内容は、公文書として残っていますから読んでみることをお勧めしますが、日本が中国から手を引けば、戦争目的である資源を日本に輸出するプランがある、という内容です。なぜか、現代においても中国から手を引くことのみがクローズアップされていますが……
国益とは、リーダーが責任をもって情勢判断を行ってこそ得られるものではないでしょうか? 決して、中国から手を引く=出兵推進した立場上メンツがなくなる、という思考回路で(そればかりでもないでしょうが、これは大きかったと思います)開戦やむなし、と短絡的な選択肢を選んだ首相が国益の意味を知っていたとは思えません。

平和を平和をと一つ覚えのように叫ぶ左翼といっしょにされると、これもちょいとしんどいのですが、まぁ、ここの論調からすれば異端でしょうから、しかたないですね。

しかし、歴史を学ぶということは、当時の人間の行動に批判力を持って研究し直す行為なのではないでしょうか? でなければ、どうして人間は過去の教訓を糧にできるのでしょうか。その時代の人間の感情にシンクロして、「しかたなかった」では、それこそ死んでいった300万人に申し訳がたちませんし、子や孫に誇りを持ちえないと思っています。

判断ミスが重なる課程でかかわった人々にやるせない思いをし、無定見な戦争指導者たちが、何度も引き返すチャンスがあったのにみすみすそれをつぶして、犠牲者を増やしたこと。戦争は外交の延長戦である、というのは有名な言葉ですが、その外交でも欧米にやりこめられっぱなしで、終戦決定時には、あわやクーデターというところまでやった人々、それを黙認した人々、そして開戦を防げなかった人々。それらの人々に慰霊の気持ちはわかないけれど、戦没者には心から慰霊の気持ちをささげたい、なのにまとめて招魂されちゃったせいで、なんとなく釈然としないだけなのです。あと、繰り返しになりますが、靖国では戦死者を祀ることはあっても、それ以外を祀ることはないはずだった、というのがひっかかっているだけです。

なんだかなぁ……別に議論やなんくせつけたかつたわけではなくて、とりあえずミリオタの立場から一石を投じてみただけなのですが……
大筋のメモに関する見解はだいたい皆さんと同じ思いでしたし、よもやこれほどの反響があるとは思いませんでした。
一応、僕の名誉のために言っておきますが、僕はサヨクでも自虐史観育ちでもありません
どっちかというと、過去のドンパチ話が大好きな人だけの人です。

話が、エントリーの主題である「豊田メモ」から大きく外れてしまった原因を作ったことに関して、この場を借りてお詫びいたします。そいで、このへんでこの話題には参加しないことにします。荒らしたいわけではないので……
ただ、言いっぱなしってのもあれなんで、重ね、ご意見なりある方、もっと詰めて議論してみたいと思われる方は、メールか、ホームページへの書き込みかで、ご意見を受け取りたいと思います。
エントリーから外れた話題をひっぱりたくない、ということで、お許し下さい。

投稿: あめ | 2006/07/24 22:41

富田氏の党派性、政治信条がどうであるかは資料が少なくて伺い知ることはできませんが、その一点を通じて親中勢力による政治的陰謀説にまで発展させるというのにはかなり飛躍があるように思います。

富田氏は海軍大尉でしたから中曽根氏とも親交はあったでしょうし、警察庁時代は後藤田氏の部下にあたりますから、人脈としてかなり近い位置にあるのは確かです。しかしながらその人脈という背景から富田氏の政治的傾向を類推し、今回のメモ公表を権力闘争と結びつけて論考するのはどうでしょうか。

今回のメモは富田氏の死亡後に公開されました。メモの体裁を見る限り、生前から日記や手帳の類を公開する意図を持っていたようには感じ取れません。日常の昭和天皇との会話や様子を記録したに過ぎないものです。これを政治利用しようとすれば、どうしても天皇発言利用という批判は免れませんので、利用したくとも現実的には不可能だと感じます。

これを遺族の視点から考えてみましょう。遺族に政治的な意図があったのか。それは考えづらいでしょう。遺族としては、歴史的に貴重な記録でもあり、どうすべきかについていろいろ相談もしたでしょう。その際に利用価値に気づいた人間が介在した可能性はもちろん否定できませんが、その段階では少なくとも生前の富田氏の政治人脈とは無関係と考える必要も出てきます。もし人脈の中にナベツネが出てくるなら、スクープは読売新聞がいただくことになるのが自然でしょう。ですから、もし政治的陰謀を疑おうとすれば、記録を保管していた遺族の交友関係から明らかにしなくてはならないことになります。

次に、メモの中身から「第三者的表現」を指摘する部分について、いくつか反論したいと思います。結論から言えば、昭和天皇の言葉としても当然成立するということです。

まず「嫌な気持」の部分について、まず側近や皇族の方々でも綯い限り、日常の昭和天皇の言い回しなどは誰も聞いたことがないでしょう。公式行事や会見時の言い回しとは別と考えるべきで、そうであれば第三者の解説と断定できなくなります。

次に「筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」の言い回しで、筑波宮司が直接陛下に報告したような認識を示されましたが、上奏とはいえ直接ということではなく、侍従長を介してのことであれば、侍従長を通じて昭和天皇は『聞いた』ことになります。ですからここも第三者の解説とばかりは言えません。

更に、「宮内庁長官が天皇陛下に、「ご発言の真意を訊く」という構図は考えられない」の部分ですが、該当する合祀に関する発言の部分以外にも、富田長官と昭和天皇の会話を記録した部分は随所にあり、いろいろ思い出を語る部分があります。ですから、この合祀の部分に限って、富田長官が直接聞き取ったはずがないという断定はできないはずです。もし侍従長を通じてでなければ陛下の様子を知ることができないということだと、陛下と富田氏の関係は極めて劣悪だったということになるでしょう。それを裏付けるものは今のところないと思います。

そしてまた、徳川侍従長にしても、昭和天皇の真意についていくらなんでも「個人的主観」で話すなどということは考えられないと思います。そんな侍従長を長年信頼するはずがありません。徳川氏が語った昭和天皇の真意も、基本的には昭和天皇その人から発していると考えるべきです。

以上、結論めいたことは何も出てきませんけれども、所詮宮中からは縁遠い我々の推論ですから、このあたりが限界でしょう。

投稿: ピースケ | 2006/07/25 01:25

ピースケさん
>昭和天皇の言葉としても当然成立するということです。

こんな事言われてますが、この逆も成り立つと言うことでしょ?

>日常の昭和天皇の言い回しなどは誰も聞いたことがないでしょう。公式行事や会見時の言い回しとは別と考えるべきで、そうであれば第三者の解説と断定できなくなります。

ならば尚更このメモを昭和天皇の発言と決めるわけには行かなくなります。

問題はこんな時期にマスコミがそろって根拠も示さず昭和天皇の発言と決め付けて発表している事であり、明らかに妙な世論誘導になってる以上、メモそのもののチェックが必要で、
>もし政治的陰謀を疑おうとすれば、記録を保管していた遺族の交友関係から明らかにしなくてはならないことになります。

影響の甚大さを考えるとここまで遠慮せずに調査すべきだと思うのです。
実はこのメモに記されている思いが誰のものか類推などした時点で罠にはまったも同然で、メモの出所や背後関係のチェックの方が重要です。


投稿: 愛子様の弟 | 2006/07/26 05:08

あめ様、同意です。他に書いた意見ですが、陛下もしくは徳川氏の真意はこうだと想像します。
結局、軍人が戦死した場合に祀るべき神社ですから。

-----
おそらく天皇陛下ではなく徳川氏にとっての話ですが、A級戦犯だから問題なのではなく、
「軍属でもなく戦死でもないのに」合祀されたことが問題なのです。

つまり、戦争責任そのものが問題ではなく、靖国に祀るルールをあまりに曲げすぎた
ということ。

受刑死した人のうち、軍属ならまだ納得できる。軍属ではないが、実際には戦争回避に
動いたにもかかわらず刑死した人もなんとか納得できる。

名指しの2名に関しては、軍属でもなく、戦火を拡大させる方向へ動かした結果の刑死
(まあ、裁判の正当性は無いとしても)ですから、単に自業自得です。

戦争責任を問う・問わない・許す・許さないではなく、単に靖国に祀るルールには合致
しないだろ?って話なんです。

投稿: きんた | 2006/07/26 06:06

小泉首相の靖国参拝は、たぶん私と同様「戦没者の魂の追悼」。もうすでにサンフランシスコ講和条約で戦争責任はチャラにしたはず。総裁選挙を控えたこの時に、古賀議員が訪中していたこの時に、誰が指図して富田メモを新聞に載せたのか!?。親中派の加藤紘一議員は「まだ解決していない」などと言っているが国際法の常識も知らないようだ。
 神を信じない唯物史観で固まっていると思われる胡錦濤(鄧小平はまだ理性的だったが)は、小泉首相の靖国参拝は、自分たちの「毛沢東祈念堂」参拝(=「民族の英雄、マオ主席を拝謁することで自分たちの正当性を誇示する政治的行為」としか理解できないのではないか)と同じと思っているのではないか? とすれば日本としては、日本文化を今後も守り続けるために、中共の唯物史観(一般のCHINA国民はけっしてそうではないと思っていますが)に対しては毅然とした態度でのぞんでほしいと思います。その点小泉首相は武士だ!。山○、加○、古○、野○、小沢あたりとはかなり違いますね、異論はあるでしょうが。
 Google earth で中共の各都市を見てみましょう。夥しい数の空軍基地と戦闘機、爆撃機、おどろきです。この維持のためのODAですか!?血税を!。考えを改めなければなりません。

投稿: 申丸太夫 | 2006/08/05 01:41

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昭和天皇が靖国へのA級戦犯合祀に対して批判し、それ以降の参拝を行わなくなった・・・という記事が日本経済新聞のスク−プし、それを元に、国内外のマスコミが大々的に報道されている。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060720-04602612-jijp-pol.view-001 http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn/20060721/20060721-00000016-jnn-int.html さて、このメモが... [続きを読む]

受信: 2006/07/22 17:06

» 【ブログ探検】今日の気になる記事から [政治家の穴]
まずは栃木県那須塩原市議・山本はるひさんのブログより。 まだすっきりしない朝。破廉恥な行為をする公務員がいっぱいいるらしい。 でも名前が出ない。 最近は学校の先生が下着を盗んでも、市役所の職員が盗撮して... [続きを読む]

受信: 2006/07/22 19:08

» 昭和天皇:富田メモは謀略・ニセモノ!? [Empire of the Sun太陽の帝国 ]
 7月20日付けの日経新聞は元宮内庁長官の故富田朝彦氏(2003年11月13日死 [続きを読む]

受信: 2006/07/22 20:54

» 昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感? [ぼやきくっくり ]
 最初にこのニュース見た時は、「ふーん。……それで?」程度にしか感じなかったんですが、何だか新聞もテレビもネットも大騒ぎになってるみたいですね。 昨日、一昨日と番組起こしで疲れたし、今日は更新休むつ...... [続きを読む]

受信: 2006/07/23 02:55

» A級戦犯合祀に不快感: 天皇メモ。 [半休眠ぶろぐ]
一応、同時代にいた人間として感想を記録しておこうと思います。 富田メモから私が読み取ったのは、 A級戦犯分祀は東京裁判を是認することにはならない。 A級戦犯が「国のために命を捧げた人たち」と同列に扱われる... [続きを読む]

受信: 2006/07/23 06:23

» 富田元宮内庁長官のメモ問題1 [諸葛川]
元宮内庁長官の手帳と日記 富田朝彦元宮内庁長官が残した手帳のメモと日記(後方)。メモからは、昭和天皇がA級 戦犯合祀に強い不快感を示していたことが読み取れる(20日午後、東京・大手町の日本 経済新聞社)(時事通信社) 天皇発言とされる富田メモは様々な問題があります。 ・不自然な文章   言葉使い 徳川侍従長の考えとほぼ同じ 問題点多数あり ・こういう時に限っての昭和天皇のお言葉を利用するマスコミ、特定アジア   昭和初期に昭和天... [続きを読む]

受信: 2006/07/23 08:23

» 富田朝彦メモに思う [浦安タウンのオモシロ経済学]
7月23日 再掲示 すいません 夜中によっぱらって書いてましたら支離滅裂でした。 以下 書き直しましたので・・  富田朝彦メモについて、そもそもなんでメモするんだよと思うのは私だけだろうか。メモなら・・一切... [続きを読む]

受信: 2006/07/23 11:06

» 富田元長官「メモ」の一部しか報道しなかった日経 [草莽崛起 ーPRIDE OF JAPAN]
国民運動通信151号を転送します。富田元長官「メモ」に関する日本会議の見解です。 「戦犯」合祀に対する昭和天皇のご発言に関する宮内庁の富田元長官「メモ」について−安易な「A級戦犯分祀」論に反対する ●非公式「メ... [続きを読む]

受信: 2006/07/23 17:36

» メモメモ c⌒っ ´ロ`)φ [市川電蔵事務所(移転)]
↑北朝鮮工作員の「浸透ルート」だそうです。 ほんの数年前まで、「工作員」なんてのは映画やドラマの中だけ、いたとしても中東とかヤヴァい地域にしかいないと思ってました。まじめな顔で「中国や北朝鮮の策謀だ」などとの... [続きを読む]

受信: 2006/07/23 18:16

» 富田メモその後の推移>藤尾さんの言葉という説もあるが [佐藤 健の溶解する日本]
 日経が記事にした日の夜には既に当該メモの内容として紹介された部分が、藤尾元文部大臣の言葉ではないのかという指摘があちこちから流れて、一つ間違えば、民主党の偽メール事件同様に日本経済新聞炎上となりかねない情勢なんですが、これはネット内のこと。 ネットを覗かない人あるいはネットを覗いていても政治ブログを覗かない人の間ではまったく話題になってないですね。 その限りにおいて真犯人の目途はとりあえずは達せられている。 仮に、これが犯則技であることが後日あからさまになって騒ぎが起き、訂...... [続きを読む]

受信: 2006/07/23 18:58

» 日経の捏造ですか?? [Nanyasoreの日記]
↓手帳に紙を貼り付けている。?から見ると少なくとも4枚逆開きで。 ↓問題部分のア〜ップ! 手帳に張り付けた例の部分を書き起こしてみました 間違いがあればご指摘お願いします。 ↓              4.28? 前にあった奴(ね?) どうしたのだろう 中曽根の靖国参拝もあったか 藤尾(文相)の発言 = 奥野は(藤?)尾と違うと思うが バランス感覚のことと思う 単純な復古ではないとも 私は 或る時に A級が 合祀され その上 松岡 白取 ... [続きを読む]

受信: 2006/07/23 19:16

» あっぱれ櫻井さん [反日勢力を斬る ]
font size=5 color=blueあっぱれ櫻井さん font size=3 今朝のテレビ朝日番組サンデープロジェクトで天皇陛下ご発言メモをめぐって櫻井よしこさんと加藤紘一元幹事長が激しくやりあった。 というより、司会の田原総一朗・加藤紘・菅直人の3人が束になってかかっても、櫻井さんに敵わなかった。 櫻井さんが細かな史実を基に論旨を展開しようとすると、この3名は「ちょっとそんない細かいことを言われても・・・」と逃げの一手。 相変わらず..... [続きを読む]

受信: 2006/07/23 23:01

» 「あれ以来」とは昭和50年11月20のご親拝 [Let's Blow! 毒吐き@てっく]
と、うちのおやびんが申しております 以下、おやびんの主張 「あれ以来」の「あれ」... [続きを読む]

受信: 2006/07/24 00:43

» 富田メモは本物。 [半休眠ぶろぐ]
真贋はどうでもいいという声もある一方、未だに論争がくすぶっているようでもあるので、コメントします。 メモは本物であるし、「私」は昭和天皇を指していると結論します。 以下では、富田メモを順に読んでいきま... [続きを読む]

受信: 2006/07/24 08:27

» ウヨブロガー狂騒曲 [土佐高知の雑記帳]
「富田メモ」についてひきつづき書く。 ウヨブロガーたちが大騒ぎしていることは、きのう書いた。 そのうち「信憑性」論については、当ブログのエントリーにトラックバックされている2チャンネルの「検証」を念頭に... [続きを読む]

受信: 2006/07/24 13:29

» A級戦犯合祀に関する富田メモの真贋 [屋根の上のミケ]
html font size=3【写真は、報道された以外にも様々な書き込みが見える富田メモ】/font font size=5 A級戦犯合祀に関する富田メモの真贋/b/font font size=3  A級戦犯合祀に関する昭和天皇の「お心」とされるメモが日経新聞の特ダネとして報道された。 このメモの..... [続きを読む]

受信: 2006/07/25 00:05

» ニュースの背後にあるもの:時代は変わった [無関係な死]
少し前に、「富田メモ」(参照、Wikipedia)なるものの存在が発覚し、左右両翼から喧々諤々の議論が飛び出した。テレビや新聞の上でどのような報道が行われたのか知る由もない私だが、ネ [続きを読む]

受信: 2006/08/04 03:18

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