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2006/08/07

無党派に愛想を尽かされた田中康夫

あの田中康夫が落選した。
結果は以下のとおり。

村井 仁  (69)当 612,725 無新
田中康夫 (50)   534,229 無現

投票率:65.98%

現職が8万票近い大差を付けられて敗れた。しかも相手は、昨年の郵政民営化法案に反対票を投じ、引退に追い込まれた政治家である。

なぜ、敗れたのか?
理由は色々ある。

例えば、「田中支持」を表明した政党が共産党だけ(参照1)で、自民、公明両党はもちろん、民主党も実質的には「反田中」だった。労組(連合長野)も村井を推薦していた。

また、県の経済界の田中離れも顕著だった。
元々、建設業界は公共事業を減らす田中に反対だったが、県全体の活性化を願う経済界の主流派は田中支持だった。県内最大の金融機関である八十二銀行頭取(当時)の茅野実や長野商工会議所会頭の仁科恵敏は、田中初当選の原動力の一つだった。
が、今回、茅野は7月20日の告示日朝、村井候補の後にマイクを握り、「私は、田中氏を応援した張本人です」と第一声を発した。仁科も村井陣営の選対幹部の一人に名を連ねた。

このように今回は、政党、経済界、組合(連合長野)も、そのほとんどが「反田中」だった。
が、元来、田中を知事に押し上げたのは無党派層の力であった。ところが、今回、その肝腎の無党派層の半数近くが「村井支持」に走ってしまった。
朝日新聞は、無党派層の「田中離れ」を次のように報じている。


選挙戦最終日の5日午後。夏祭りでにぎわうJR長野駅前の繁華街で、村井仁氏(69)は、握手攻めにあっていた。商店主らが駆け寄り、「がんばって」と声をかけた。
1時間後、同じコースを田中氏が歩いた。だが、駆け寄る人は少ない。田中氏は自ら、浴衣姿の若者に「明日は選挙に行ってください」と声をかけて回った。(参照2
また、7月末の中日新聞(世論調査)も、「前回は田中氏が強みをみせた無党派層は、両者拮抗(きっこう)している」と報じている。(参照3

投票率が前回より8%近く下がったことも併せて考えると、無党派層のかなりの部分が「田中離れ」を起こしたことは間違いない。
要するに、今回の田中の敗北は、無党派層から見放された結果であるということだ。

無駄な公共事業見直しの象徴でもあった「脱ダム宣言」。県の借金を5年連続で減らした「財政改革」。県の職員(公務員)にも甘えを許さなかった(ちなみに県職員労組の
組合員の田中支持率は、わずか3.6%)。(参照4
このような実績は、本来であれば、無党派層を惹きつける大きな要素になるはずである。ところが、結果は違った。

田中の以下の発言に、その理由が凝縮されている。田中は、かつて、こう言い放った。知事就任後8ヶ月目のことである。

「強権的、手法が間違っている、『田中康夫がおかしい』と言っている人がいるが、(そう言っている人は)違う国、惑星に住んだ方がいいと思います」(2001/06/07日 産経新聞 田中知事ダイアリー

ここまで来ると、その発想は、もはや「独善」を通り越して「独裁」であると言ってもよい。すべてが自分を中心に回っていると勘違いしているのだ。
そこにおいては、自分を支えてくれているはずの無党派層(県民)でさえ「愚民」でしかない。それは、彼の次のような政治行動にもよく表れている。

田中自身は「ウルトラ無党派」を自称している。が、2003年に民主党からネクスト内閣の地方分権大臣に指名されると、大喜びで飛びついた。一方で、2002年の出直し知事選挙で支持を受けた日本共産党と近い距離にある。
極め付きは、2005年の郵政選挙直前に結成された「新党日本」の党首に就任したことであろう。この党は、郵政民営化に反対したために自民党の公認を得られなかった議員たちの寄せ集めだった。
これといった理念もなく、所属議員の選挙区が都市型であったため、無党派に強いと
された田中を看板として担いだのである。
いわゆる典型的な選挙互助会だが、田中はそれを否定するどころか、「靖国神社参拝
や国家観で隔たりのある自民党と公明党が政権を維持してきたことも選挙互助会 、
数合わせだ。さまざまな考えの方が政権を獲得するという一点で集まっている民主党
だって選挙互助会だ」(2005/08/27 毎日新聞)と開き直った。

これが、田中の言う「ウルトラ無党派」の実態なのである。これでは「ウルトラ無節操派」と名乗りかえた方が、しっくりくる。辞書で「自己顕示欲」と引くと「田中康夫の代名詞」と出てくるのではないか(笑)

ちなみに、今回の知事選で、田中は無所属となっているが、公職選挙法及び政治資金規正法上の政党要件を満たす「新党日本」の現役党首であることに変わりはない。にもかかわらず無所属を名乗る。
このあたりにも私は、田中のご都合主義、有権者をバカにした思い上がりを感じる。
なお、2006年(平成18年)現在、「新党日本」は1億6,000万円の政党交付金を受けている。

田中は、長野県議会では、「言い逃れの天才、独裁者、脱ダム宣言のワンフレーズ男」と恐れられてる。また、彼が小泉批判をするとき、「自分に向けられた批判の言葉を
そのまま小泉に対して使う」と揶揄されている。(参照5
私は、このような男が落選して長野県民は救われたと思う。それは、今回当選した村井が、けっこうまともな政治家だからである。

村井は通産省官僚を経て、1986年に自民党公認で衆議院議員に初当選する。以来、
長野県政に大きな影響力を持つ羽田孜(現民主党最高顧問)の側近となり、1993年に羽田と共に自民党を離党。が、1997年、新進党解党に伴い自民党に復党する。

なぜ私が、村井を「けっこうまともな政治家」と評するのか。
実は、この村井、郵政民営化の賛成派だった。だから復党間もないのに、2001年の
第一次小泉内閣で国務大臣(国家公安委員長・防災担当大臣)に抜擢された。その後は、自民党郵政事業改革特命委員会の委員長として郵政民営化の「旗振り役」を務めていた。
にもかかわらず村井は、2005年7月の衆議院本会議採決では郵政民営化法案に反対票を投じる。理由は、「郵貯、簡保の縮小」と「郵便事業と金融事業の遮断」が持論で
あったにもかかわらず、法案ではその両方が担保されていなかったからだ。
そして、9月の郵政選挙では、自民党造反派の(小選挙区選出)議員としては真っ先に不出馬を表明した。

つまり、村井は「筋を通す」政治家なのである。しかも、メディアに登場して「みっともない姿」をさらしたりしない。田中とはえらい違いである。
私は、長野県民の選択は「正解」だったと思う。

なお、民主党代表の小沢一郎は「田中支持」を明言。理由は「自公政権ではいけないという人は、どなたでも力を合わせる」ということらしい。また、幹事長の鳩山由紀夫も4日の記者会見で「田中氏の『脱ダム宣言』などの主張は民主党と共通するところがある」と支持を表明している(参照6)。
いかにも小沢らしいと言えるし、鳩山の政治音痴ぶりもよく解る。が、、この小沢の発言も鳩山の支持表明も、効果はほとんどなかったと思われる。つまり、相変わらずのアホぶりをさらしただけだった。

(文中・敬称略)

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政治(国内)」カテゴリの記事

コメント

坂さん、こんばんは。
全く同感であります。
今回の結果を受けて民主党内に少なからず波紋が広がることと思います。小沢が何時もで猫を被っていられるか、そろそろボロが出てくる時でもあるでしょうね。またリンクさせて頂きます。
http://blog.goo.ne.jp/sakuragaokanogen/e/095cebe3f2d093d3a7c143b9c703fc89

投稿: ヨン様 | 2006/08/07 18:48

田中康夫は神戸に縁があるのに神戸の派手なところだけを見なかった気がする。神戸の方、あるいは治水や砂防に詳しい方ならご存知だと思いますが、六甲山系は明治までは木すらロクに生えていない裸の山だったのです。ということは、鉄砲水など水系統の災害が頻発して起こるわけです。そこで、裸の山に木を植えて保水能力を高めたり、砂防ダムを築いて少しでも被害を抑えようと努力しつつ、実は今でも工事が続いているのです(富山でも、常願寺川上流の立山の方で大規模な工事が続いている。そこで見られる軽便鉄道(宇奈月の方のじゃないですよ)はその工事用のもの)。
田中は前者の木を植える主張はいくらでもしました。嫌と言うほどしました。しかし、木を植えるだけじゃ保水にはならないのです、実は。砂防ダムなどを組み合わせて初めて効果が出るものなのです(土壌の流出があるから、幼木が押し流されると意味を成さなくなる)。田中の「脱ダム宣言」は、そういう砂防ダムすら否定したわけです。何度も神戸に行きつつ、そういう地味なところは全く無視したわけです。ダムとは、黒四とかみたいな壮大なものばかりじゃないわけです。しかし田中はダムを一くくりにしてしまった。そして凍結してしまった。それが、先日の岡谷の災害の遠因なんじゃないかと思うのです。
治水や砂防に関する文章で勘違い見当違いがあるかもしれませんが、素人の文章なので大目に見てくださいまし。

投稿: ミロ | 2006/08/07 19:16

この人は、在日の職員採用に非常に熱心だったんですね。

長野県の田中康夫知事は6月26日、記者会見で一定の条件を満たした定住外国人を対象に
県職員採用時の公務員国籍要件を撤廃するとの意向を明らかにした。
(2001.07.11 民団新聞)

http://society3.2ch.net/test/read.cgi/korea/1152899612/557

投稿: kazu | 2006/08/07 20:27

今回の選挙結果の報道で、今朝のニッポン放送で森永卓郎氏は「8万票の"僅差"で負けた・・」と何とも悔しそうな言い方をしていました。きっと 森卓さんの心情だったのでしょう。

投稿: bluenet | 2006/08/07 21:44

約175万人の有権者に約66%の投票率で8万の差は、全体に対してたったの5%の差。長野に存在する組織のほぼ殆どが反現職で、「筋の通った」対抗の割には、34%が投票権利を放棄していることも考え合わせれば、僅差であったと思います。

無党派層の現職離れとありますが、まだ50万を超える人が投票していたことの分析の方が、日本の将来を考える場合、興味深いように思えます。

長野のこれからの数年間を考えれば、よかったことなのでしょう。

敬具

投稿: 螺旋丸 | 2006/08/07 21:46

>現職が8万票近い大差を付けられて敗れた。

何故かコメント欄では「大差」、「僅差」と意見が分かれているようですが・・・3期目を目指した田中康夫氏が村井仁氏に8万票の差で敗北したことは間違いないわけで、それを「大差」、「僅差」だと言い合っても余り意味がなさそう・・
>約175万人の有権者に約66%の投票率で8万の差は、全体に対してたったの5%の差。
これなどは「僅差」と言わんがためのまさに「印象・情報操作」の類とも言える。票差8万票は、あくまで村井氏と田中氏の得票差であり、村井61.2万÷田中53.4万=1.146とするなら、村井氏の得票は田中氏のそれの約15%増しとも言える。いずれにしろ、直感的で恐縮だが、二人で争った長野県知事選で8万票の票差は大きいだろう・・・少なくとも、「惜しい!」と言えるほどの票差ではないですよね・・・田中康夫の大敗ですよ!まぁ、それとも長野県政では無理に?「僅差」と言って何か意味のある結論が導ける特殊事情でもあるのかな??

投稿: 疑問符 | 2006/08/08 01:21

長野県民の知的レベルは日本で最高レベルだと思います。それが田中県政を生み、またそれを否定したのだということでしょう。

後任の村井氏については、坂さんのおかげでプロフィールが分かりました。情緒的、かけ声だけの改革から本当の改革への実験が長野県で始まることを期待します。

村井知事はじめ県民の皆さん、苦難の道が続くと思いますが日本の真の明日の先駆けとして頑張って下さい。

投稿: H.H生 | 2006/08/08 08:22

はじめまして
たしかに田中知事には問題が多かったと思いますが
この件に関しては今後も継続してほしいなあ。


【日台】 田中康夫長野県知事、台湾で観光キャンペーン〔6/12〕

http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1150093854/l50

【長野】「田中知事の度重なる台湾への公式訪問は日中関係を損なう」日中友好協会が自粛要請〔06/28〕

http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1151424022/l50

投稿: TTT | 2006/08/08 10:34

田中さんは改革の意欲はあったが行政を進める手法が乱暴で、敵を多く作ってしまった。とりあえず村井さんでもやむを得ない、という苦渋の決断が票に表れたと思う。あれだけ問題の多い田中さんも得票の46.6%を取っている。人の上に立つ人ではなかったが、脱ダム宣言に込められた改革の意欲は前向きに受けとめられていたのだと思う。また投票率が伸びなかった点には村井県政に期待感を持てない有権者の複雑な思いがはっきり見て取れる。
村井さんは、県民が田中さんに託そうとした改革の夢をさらに前に進めることが出来る人なのか、あるいは昔に戻すだけの人で終わるのか、今は「お手並み拝見」状態である。冷たい官僚むきだしの論理で筋を通されるのでなければよいと思うのだが。

投稿: KappNets | 2006/08/08 11:30

県内マスコミ等は田中康夫の上辺をパーフォーマンスと書き立てて、彼の政策を時代の流れからは全く評価してきませんでした。今回の選挙は「木を見て森を見ざる如し」の観があります。地方行政は土建国家から産業構造を転換しなければ成らぬ産みの苦しみの時代であります。県民ひとり一人が、「艱難辛苦、汝を玉にす」の意識をもって地方自治の担い手にならねばなりませんが、まだまだ思考停止状態から抜け切れていなかったと思います。村井は土建行政の再来をうまく隠して選挙運動を展開しましたが、この偽装を見抜けなかった民主主義の弱さを3度目で味わいました。田中康夫が6年間知事でなかったならば、長野県は財政再建団体に陥っていたでしょうが、早く、財政再建団体に陥っていれば、徹底的な意識改革ができたのではないか、とも……。

投稿: ぷく | 2006/08/08 11:47

螺旋丸さん

>それとも長野県政では無理に?「僅差」と言って何か意味のある結論が導ける特殊事情でもあるのかな??

負けが確定した人をあんまり叩くと器が小さく見えるからじゃないですか?敗者を立てれば勝者はもっと輝く場合もあります。どちらにせよ穿ちすぎてみるような話でもないと思えますが。

田中氏が50万票を取ったのは少し驚きました。30万いかないかなと思っていました。根拠はなく直感ですが。

来年の参院戦に出馬するかどうかは気になります。


長野県にはおそらく永遠に関係ないので誰が知事になろうが知ったことではありません。長野県民が選んだ以上、責任を取るのは長野県民。未来という重大な責任を取るのは大変でしょうが頑張ってください。
(いつも思うのですが県議で改革派はあまり聞かないですね。ローカルすぎて情報が出回っていないのかな?)

投稿: ちなみつ | 2006/08/08 13:02

いつも興味深い記事を読ませていただいています。

僅差か大差か?
それは47対53と云う得票比率に表れています。
四捨五入してしまったら5対5です。
支持政党がどうだろうと、ダムがどうだろうと長野県民は「どっちでも良い」と思っているのです。

 砂防ダムについては旧計画でも被災地が優先されていた訳ではなく、80ヵ年かかる計画の一つに過ぎませんでした。“田中氏が被災者”を殺害したと宣伝した事もあったようですが、旧計画を遂行していても被災は免れなかったでしょう。

田中氏には問題ととられかねない風変わりな点が多かったとしても、民意は「どっちでもいい」であり、圧勝できなかった村井氏はその点に対して配慮が必要であろうと存じます。
しないでしょうけどね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

投稿: scopedog | 2006/08/08 13:43

>つまり、村井は「筋を通す」政治家なのである。しかも、メディアに登場して「みっともない姿」をさらしたりしない。田中とはえらい違いである。
私は、長野県民の選択は「正解」だったと思う。

 村井の国政選挙地盤で長年務めた元後援会長の話では、「村井に信念はない、ご都合主義の男だ」と述べていました。村井は「田中は借金を減らしたが、資産を作って来なかった」とトンでもない批判をしていました。「資産」とは箱物の行政の事であって、「子孫のために美田を残さず」の諺に反していますが、これを見抜けなかった有権者も多いのです。半年もすれば彼の馬脚が露になるでしょう。 

投稿: ぷく | 2006/08/08 15:34

ひと昔前のマドンナブームとやらに乗った土井さんのコメントに「山が動いた」というものがありましたが、本当は「投票権の放棄を繰り返していた、せんべいとワイドショーを一緒に食べてばかりいるおばさんや、金も無いのに女のケツばかり追っかけてる間抜けの兄ちゃん、のような消極的無党派層が急に動いたから、わたしゃびっくりして腰が抜けるところだった」と言ったとか、言わないとか。

今回の34%の棄権者とこの状況下での50万を越えた田中票を支えたのはどんな人で何を動機としたかの両方にしっかりと分析を加えることは、付和雷同的にちょっとしたことだけで靡き振れる日本国民(そのいい例が、先日のFNNや例の新聞の"調査アンケート"なるものでの結果で見たような辻褄の合わない回答を寄せるような国民)を結果的に守ることになると思っています。

まだ行間と文間と文中がスカスカで読みづらいかな?

敬具

投稿: 螺旋丸 | 2006/08/08 15:59

村井さんが筋を通す政治家かといわれればそれは疑問に思う。

来年の参院戦はまちがいなく郵政解散の名残である。
関が原のあとの大坂の役のようなものだ。

筋を通すなら参院戦で戦えばいいと思う。国政において筋を通すなら国政選挙にでるべきである。

当時の発言
「異常な解散だ。何とも理解に苦しむが、信じるところを訴え、再びここに帰ってきたい」
「私は自民党で戦う。党の長野県連会長だからだ」

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
郵政民営化の旗振り役で、党郵政民営化推進委員会の役員をしていたが、「政府案では、民業圧迫になりかねない」との理由で2005年7月5日の郵政民営化法案の衆議院本会議採決で反対票を投じた。9月11日の第44回衆議院議員総選挙では自民党の公認を得られないため立候補せず。

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/news/20060807ddm001010071000c.html
自民党衆院議員だった村井氏は郵政民営化法案に反対して政界を離れたが、難航した候補選びの末、県議らの要請で告示直前に出馬表明。


どうも私には田中知事憎しの方々に担がれた人にしか見えない。まぁ、政治はあくまで結果なのでなった以上は頑張ればいいと思うが、筋を通す人には見えないですね。

投稿: ちなみつ | 2006/08/08 18:39

多くの県民が田中氏を支持した事実はあるが、村井氏の当選は一長野県民である私にとっては喜ばしい。選挙は一票差でも百万票差でも結果が全て。私は村井さんには老兵の気骨を感じる。健康には十分御留意され活躍されることを期待致します。
政治家の評価は意外と時間がかかる。小泉さんも辞めて何年か、何十年か後に彼以前の総理、彼以降の総理と比較の上で世間の評価が決まってくるのでしょう。田中氏もしかり。個々の評価は人それぞれ千差万別ですが世間の評価は時間が教えてくれます。でも半年はちょっと短いかもね。

投稿: 大熊猫 | 2006/08/08 18:53

>田中は借金を減らしたが、資産を作って来なかった

 借金が減ったように見えるのは、県の貯金を取り崩したからです。現在の長野県を見れば、「創る」作業が停滞しているのは事実。田中氏の落選で長野県民の民度云々言う輩は、是非自分の県に迎えてあげていただきたい。話はそれからだ。

投稿: leira | 2006/08/09 08:16

>借金が減ったように見えるのは、県の貯金を取り崩したからです。
 これは田中憎しの県議たちがよく使った論法である。事実、2005年には貯金を増やしていた。それ以前は財政再建団体に陥るか否かの危機的状況であったので、貯金を取り崩し、返済に当てていたが、ゼロ低金利時代で貯金の意味がなかったから、1日1億円以上の利子返済に当てていたのである。県内メディアはそれを県民に伝えなかった。田中氏のおかげで、やっと、これから加速度的に借金を減らせる時期になったのである。資産には有体資産のほか、無形資産がある。この目に見えない無形資産はカネをかけずに地道に積み上げることができ、地域文化として根付かせることができるものであったが、さて、……。

投稿: ぷく | 2006/08/09 09:38

長野県民が決めてその結果も受け止める訳ですから(滋賀もそうです)、
外野の私があまり言っても仕方ないことですが。。
塩野七生風に言えば、共和制ローマは非常の時には
独裁官を選び一切の権限を与えました。
今回はまだ道半ばで独裁官を引きずり降ろしたような気がします。
もちろん田中氏が終身独裁官カエサルのような器でないのは
言うまでもありませんが。

村井新知事が早速に田中県政のほとんど全否定から始めたのには
正直この先大丈夫かなと思いました。
かつての田中支持者の中には、田中氏の政策には今でも賛成だが
手法が問題だったという指摘をされた方も複数おられたように思います。

開票後のNHKラジオのインタビューで前宮城県知事の浅野史郎氏が
「これはある意味後退」と言っていたのが印象的です。

投稿: BBC | 2006/08/09 13:43

 なるほど。貯金として置いておくよりは繰上返済して将来の利子を減らそうという最近のマンションローン返済術と同じですね。
その考えは良く解りました。

>2005年には貯金を増やしていた。
 これはどういった経緯に拠るものですか? 
県がいわば「増収増益」になるよう、彼が有効な施策をとったのですか。違いますよね。
平成13~16年度まで570億だかの基金を取り崩し、平成17年度もガス事業の売却益がなければ 貯金どころか赤字ですよ。
で。これって田中康夫でなければ為し得なかった事なんですか?
それこそ 誰がやったって一度は使えるワイルドカードじゃないんですかね?真実を伝えないのはお互い様じゃないんですか。というか知事の方が有利ですよ。
 それにメディア大好きの田中康夫が、自分の功績を公表しない訳は無いと思うのですが。

>田中氏のおかげで、やっと、これから加速度的に借金を減らせる時期になったのである
 良く覚えていませんが、先月だったか借金の返済ピークが過ぎたみたいなことが報じられていましたね。就任以降必要な公共事業すら停止して(それこそ前の知事の事業を全否定して)公債発行を抑制したお陰でしょうか。
 ただ、実質公債費比率などの指標は最下位になってしまいました。田中康夫就任の際に言われていた再建団体転落の危機はまだ続いているようです。
 次の知事には、収入を増やす方策を考えて貰いたいですね。

投稿: leira | 2006/08/09 19:35

 選挙において県民は、候補者の実績と見通しを比べて選択を行います。当然長野県民はこの6年間、田中康夫を選択した結果責任を受け入れてきました。

・必要以上に煽られた議会との対立と空転による資源の浪費も
・たてついた職員が地方事務所で冷や飯を食わされても、
 自殺者が出ても
・市町村首長と全く意志の疎通が出来なくても
・国との調整役である副知事を追い出しても
・公約に反して、未だにその席が空席であっても
・オリンピック帳簿問題が一歩も進展しなくても
・脱ダム宣言の代替案が、結局巨大なコンクリートの
 河道内構造物であっても
・さらに迷走して未だに治水案がまとまらなくても
・お陰で北陸新幹線の開通が遅れるかもしれなくても
・県職員の支持率が3.6%になってしまうまで県庁が機能不全に
 なってしまっても
・週の半分は県外でアルバイトしていても
・災害の時に不在でも
・予算編成時期に彼女と海外旅行へ行っても
・ガラス張りの知事室でグラス片手に アイドルを膝に乗せた
 写真が掲載されたときも
・「お友達人事」で県外の門外漢を高給で要職に迎えたときも
・イメージ先行で外から見たら何をやっているのかちっとも解ら
 ない部署名がたくさんあっても
・何の県民益にもならない住民票問題を最高裁まで争って
敗訴しても
・住基ネットに不法侵入して「安全じゃない」って強弁しても
・不明朗な旅費問題が多発して訴訟を起こされても
・「信州(県)」に県名を変更しようと言いだしても
・車座集会が独演会になっても
・脱記者クラブが知事主催の講演会になっても
・政党の党首になって知事と両立できると嘯いたときも
・住民の意思を無視して山口村の越県合併に反対したときも
・木製ガードレールの製造元が知事シンパの議員の家業でも
・お話パケット号のデザイナーを勝手に安斉肇にされても
・確立していた「しなの牛」を無視して「信州牛」として
売り出そうとしても
・はとバスにのって県外のファンに愛嬌を振りまいても
・効果の定かでないスキー誘客キャンペーンを続けたときも
・ぺろぐり日記のような怪しい連載を知事就任後も続けていても
・県民が聞こえない時間帯に在京のラジオで県の悪口を言って
いても

 ・・・まだ何かありましたっけ。
とにかく長野県民は彼に6年間やらせてみた。
彼に投票した人も、そうでない人も。
そして今回、正当な手段で彼に退場願った訳です。
だから、田中康夫が落選したからって長野県民をバカにするような
物言いはやめていただきたい。
 長野県は「珍獣 田中康夫」と「無責任な外野」のための
実験農場では無いのです。

投稿: leira | 2006/08/09 19:39

 私は長野県民です。 
 9日の毎日新聞によると、田中支持者であるが、政治手法に問題があるとしてお灸をすえる意味で、村井氏に投票した人も多い、と報道していた。「角を矯めて牛を殺す」の結果になってしまった訳だ。
 県政改革を推し進めるために、6年前、長野県民の多くが彼に強権を与えた筈だったが、4年前、政治手法に問題があるとして守旧派多数の県議会で不信任を受け、彼は議会を解散せずに自らだけの信任を問う出直し知事選挙の途を選んでしまった。あの時も今も、彼に甘さがあったと思う。この出直し選挙では、県民のいわば「判官びいき」という情緒が上塗りされてしまった。そして、翌年の県議会選挙では、県民は知事与党の議員を選ばず、小さな選挙区内の義理人情のシガラミから守旧派議員を惰性で選んだ。そして、相変わらずの膠着状態の末、今回の選挙を迎えたのであった。6年間、彼はみっともない片肺飛行のままで終わった。みっともなさにしたのは県民にも責任がある。勇気と行動がなかったのである。4年前の対立点では彼も県民も感情に囚われず理性を以って冷徹に県政改革の行く手を計算すべきであった。対立から捩れに深化してしまえば、上辺ですっかり覆い隠されてしまい、言説の効果などはままならぬものかも。中曽根康宏の靖国参拝中止から小泉首相の靖国参拝までに準えることができる。

投稿: ぷく | 2006/08/10 10:30

>これって田中康夫でなければ為し得なかった事なんですか?
それこそ 誰がやったって一度は使えるワイルドカードじゃないんですかね?真実を伝えないのはお互い様じゃないんですか。というか知事の方が有利ですよ。
 それにメディア大好きの田中康夫が、自分の功績を公表しない訳は無いと思うのですが。

 家庭や個人では誰でも当たり前に借金を減らすことが、県財政ではそれが異常で誰でも出来なかったということです。誰でもできるという思い込みとやったという実績は雲泥の差がありますよね。公共投資を少し増やすだけでも、また危険水位に戻ってしまう現状です。
県内メディアとて、現象ばかり追っていて、事の真相や原因を掘り起こして客観的に伝えていません。まるで韓国の報道に似ています。これでは感情に流されますよね。判断を誤らない民主主義を確立するには、良質なメディアの比重が非常に大きいものです。特に、県内メディアは全国メディアと違い、裏を採らずに横並び報道する瓦版程度であります。これを先に直さねばならないと思います。県民の目となり耳となるものですから。

投稿: ぷく | 2006/08/10 12:08

>・住民の意思を無視して山口村の越県合併に反対したときも

 島崎藤村のふるさと山口村、越県合併の前は観光客の入り込みが20万人であったが、合併後は8万人に落ちたと聞いています。合併後に分かった事は中津川市も借金が多く、合併特例債もままならぬ状況と聞いています。山口村が「木曽」ブランドでなくなって無形資産の目減りが影響したのでしょうか。長野県民・子どもらも山口村に行かなくなったからです。
 当時、田中氏は反対の異議を唱え、県民の大いなる議論を喚起しようとしましたが、盛り上がりませんでした。県議もこぞって住民の意思を尊重とただワンパターンを繰返し山口村を他県に呉れてやったのですから、本当の意味で、愛県意識が希薄な県民性だった証左でありました。田中氏こそ真の長野県民であったと思います。民主主義なんだから、決定まで多面的な徹底的議論をしようぜ、と彼は県とは何か・県民とは何か・県民益とは何か・を問ていました。

投稿: ぷく | 2006/08/10 17:47

 あぁ、ぷくさんは田中知事に期待していらしたんですね。

 県議会とのねじれを仰いますが、では現実にそうなった場合 
あなたならどうします?
・県議会にすり寄るか。
・我が道を貫いて結果を突きつけ、賛同者を増やすか。
・是々非々で交渉、運営して行くか。
田中康夫は、どれだって選べた。でも、どれも選ばなかった。
ただ、相手が悪いと言い続けた。
文筆家のくせに、詭弁を弄するだけで、相手を説得する事すらしなかった。改革が進まないとすれば、自分の言うことを理解しない奴らのせいだ・・・・出直し戦後の4年間は、こうして無駄になったのではありませんか。

 処で「全国メディアに対して裏を取らない瓦版レベルの県メディア」のくだりですが・・・基本的な疑問。
田中康夫が改革者だって、誰が決めたのですか?
彼はメディアを使うのが非常に上手かった。極端な話、カメラの回っている時といない時では別人でした。
 著書や雑誌を使っていかに自分が改革に取り組んでいるかをアピールし、県議会や県庁職員、果ては反対派の県民まで悪者に仕立てて正義の味方を演じていたではないですか。
ワイドショーや討論番組は それこそ彼の言い分を垂れ流し。
それは6年前も今も変わらないのではありませんか?
 このブログのみならず、全国メディアの中韓に対する偏向報道について各種エントリが立つご時勢だというのに、その意見はないですよ。
朝日に対して中韓絡みの報道がおかしいと言えるのに、なぜ田中康夫に関しては額面通りの受取が出来るのですか?
 ただ、県内メディア(特に信濃毎日)については同感です。

 最後に。私も長野県民です。
我々もそろそろ、「田中後」を考えましょう。判断は下ってしまったのですから。

投稿: leira | 2006/08/10 18:33

ぷくさん、leiraさん

これ以上、この場での議論の応酬を禁止します。
カキコしても削除します。
ここは議論を応酬する場ではありません。

以上!

投稿: 坂 眞 | 2006/08/10 19:31

元長野県民ですが。
正直、ついに負けたか、という印象ですね。
脱ダム宣言とか、上っ面だけみると良いことのように思えますが、基本的に田舎なので土木がないと生きていけないような土地です。おおよそ人が住むに適した土地ではない。
そりゃ敵もたくさん出てきましょう。今まで負けなかったのが不思議なくらいです。県民も飽きちゃったんでしょうね。県内メディアも反田中で煽るし。県内と県外では予想以上の温度差があります。
とはいえ村井氏は村井氏で明確なビジョンが無く、それはそれで支持しづらいなぁとは思いますけどねぇ。

投稿: FJ | 2006/08/15 20:43

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