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2007/05/10

豊かな日本・その歴史に誇りを持とう(2)

日本という国が位置する場所は「極東=the Far East」と呼ばれています。
国内の世界地図を見るとピンとこないかもしれませんが、欧米の地図を見ると、その意味するところが非常によくわかります。
欧米の地図では中心はヨーロッパです。で、西にアメリカ大陸があり東にアジアがある。わが日本国は、その東の端の隅っこにちょこっと載っています。
つまり、欧米から見ると日本は東の果てにある、まさに極東の小さな島国なわけです。

この国がヨーロッパの先進諸国を追い抜き、米国に次ぐ世界第2位の経済大国になっている。彼らから見れば信じられない気持でいっぱいでしょう。
だから「奇跡」などと呼ぶわけです。

「奇跡」という言葉は「ありえないことが起こった」という意味です。つまり、欧米人から見れば今の日本の姿や地位は「ありえない」ことなんです。
が、これは「奇跡」でもなんでもありません。
日本という国と日本人が持つ特性、その美しさが花開いただけです。

争いよりも和を好む。自己主張よりも協調性を重んじる。勤勉と倹約が美徳とされる。
カネよりも名誉を重んじる。滅私奉公という言葉があるほど公を大事にする。華美を嫌い「かたち」に美しさを求める。規律正しく時間に厳しい。宗教や異文化に寛容である。
まあ、日本人の特徴と言えばこんなところが挙げられるでしょう。最近はそうではない
日本人も増えていますが、外国人と比べれば間違いなく前記のような特徴を有しています。

このような日本人の特性は長い歴史に培われた文化と伝統に基づいているわけですが、これが極東の弱小国を明治維新から短期間で欧米列強に比肩するまでに成長させたんですね。
薩摩と長州の連合、開国派と攘夷派の団結もこれがなければ実現しなかった。もちろん天皇という世俗を超越した存在があったことも大きな理由ですが。

太平洋戦争では米国に負けましたが、日本人は基本的には戦前に築かれた基礎に立ちながら、戦後に導入された新しい価値観やシステムに適応していくわけです。

戦後の高度成長と今の繁栄は、けっして戦前の否定の上に成り立っているのではありません。基本の部分では戦前を引き継ぎながら、戦後の新しいものを柔軟かつ可能な限り活用した―ここに「奇跡」と言われた戦後のめざましい発展があるのです。

だから、戦前と戦後は連続しているんです。
確かに憲法も民法も教育基本法も教育体制も変わりましたが、日本人は変わらなかったんです。
勤勉で、倹約家で、争いよりも和を好み、会社と仕事に忠誠を尽くす。規律正しく、時間に厳しく、華美を嫌い名誉を重んじる。これがエリートだけではなく、工場のラインで働いている人たちのレベルにまで浸透していたから、戦争に負け、全国が焼け野原になり、しかも資源も何にもないのに今の繁栄を実現できたわけです。

Atlas

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よく、戦前のわが国は後進的な国家で、それに比べて欧米列強は民主主義の国家だったという論を主張する人がいます。で、太平洋戦争は、その民主主義の国家と後進的な軍国主義国家の戦いだったと。
結果、わが国は欧米列強に敗北したわけですが、わが国を「後進的な国家だった」と言う人たちは、これを民主主義の勝利と呼びます。

が、この認識がそもそも間違っているんですね。基本の認識が間違っているから歪んだ歴史観を持つことになる。

米国・英国・フランス・オランダなどの欧米列強は確かに民主主義の国家でした。が、
それらはアジアやアラブやアフリカに対する抑圧と搾取の上に成り立っていたのです。つまり欧米列強の民主主義は過酷な植民地主義と表裏の関係にあった。
このような国がわが国を「犯罪者」として裁いた。

東京裁判で絞首刑になった松井石根陸軍大将は「アジア、アラブ、アフリカを侵略し、植民地化した西欧帝国主義の戦争と、我々日本が戦った日清、日露戦争をはじめとする大東亜戦争は、同じ戦争といっても本質的に違う。欧米の侵略戦争は『文明に添った』戦争で、日本の戦った戦争は『文明への反逆』であるとでも言うのか」と強く反駁したと言われていますが、まさにそのとおりですね。
米・英などの連合国が正義で日本国が悪という構図は偽善以外の何ものでもありません。

わが国の行為を侵略というのなら、連合国の行為も侵略です。つまり太平洋戦争の本質は、大日本帝国と欧米帝国主義の植民地争奪戦争だったのです。
むしろわが国の起こした戦争の結果、アジアの植民地は独立を果たした。そういう意味では、太平洋戦争は植民地解放戦争だったと見ることもできます。まあ、これは結果論ですが、主観的にはあの戦争をそう捉えていた人たちもいました。いわゆる「大アジア主義」を唱えていた人たちですね。
いずれにしても、わが国に反感を抱いているアジアの国は中国と韓国・北朝鮮だけ。
あとは華人国家シンガポールに多少その傾向があるくらいです。

要は、アジアを欧米列強の植民地下に置いたままにしておくのか、日本の主導下に置くのか、その争いだったわけです。で、日本はABCD(米・英・中・蘭)ラインに封じ込められ、進退きわまってしまった。
だから打って出るしか選択肢がなかった。
つまり、あの戦争はどちらが良いとか悪いとかの問題ではないということです。
「悪い」と言えば、戦争そのものが「悪」でしょう。
が、戦争自体は国際法上「犯罪」ではありません。なぜなら近代史における戦争は、
すべてが「自衛のための戦争」だからです。
故に、連合国は自らを正当化するためにわが国の行為を侵略と断罪し、自らの行為は「自由と民主主義を守るための戦争」だったと強弁するわけです。

しかし、東京裁判の最中にオランダはインドネシアを、フランスはベトナムを再侵略し、
何十万人もの犠牲者を生み出していたのですから、彼らの言う「自由と民主主義」が「植民地主義」と表裏一体だったことは明々白々ですね。
また、連合国の一員だったソ連は一方的に日ソ中立条約を無視し、しかも戦後は約65万人の日本軍人・軍属を強制連行・強制に駆り立てた。
にもかかわらず今の憲法前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とある。
日本を「悪」として断罪し、その一方でアジアの国々を再侵略し何十万人もの人々を虐殺する国、あるいは国際条約を踏みにじり、捕虜の強制という戦争犯罪を平然と犯す国の「公正と信義」を信頼するなんて悪い冗談以外の何ものでもありません。
まあ、文面は「平和を愛する諸国民」となっていますが、これは「連合国民」と読み替えるのが普通でしょう。

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戦前の日本と戦後の日本は断絶しているわけではありません。ましてや別の国になったわけでも何でもない。
経済的基礎や教育水準、国民の勤勉さや規律正しさなどなど、根本の部分はしっかり引き継いでいるわけです。もちろん天皇に対する崇敬の念もしかりです。

戦前を絶対主義的天皇制だったという人たちがいますが、これは完全なる左翼のプロパガンダです。議会もあったし、政党政治も行われていた。成人男子は普通選挙権を有していた。
もちろん、欧米列強ほどの植民地を有していなかったので貧しかったのは確かだし、
近代国家としての歴史が浅いから民主主義が不十分だったことは間違いありませんがね。
が、戦前の半ば「立憲君主制」と言ってもよい政体があったからこそ戦後の民主主義も定着した。

ブッシュ米大統領が、よくわが国の例を挙げてイラクの民主化に自信を示していましたが、フセイン独裁のイラクと戦前の日本を同列視するなど、よほど無知か傲慢かのいずれかですね。
イラクがそう簡単に民主化できるわけがない。

まあ、世界の辺境である極東に欧米をしのぐ経済的・文化的大国が出現したことはまぎれもない事実です。それを実現させたのは我々日本人です。
そして我々は、先人たちの英断と血のにじむような努力の結果を受けて今の繁栄した日本を築き、その恩恵に浴しているわけです。

日本の歴史、特に明治維新以降の歴史に誇りを持ち、先人たちの偉業に感謝しましょう。

日本と日本人を貶める左翼のプロパガンダに騙されてはならない。

関連エントリー:豊かな日本・その歴史に誇りを持とう

※日中戦争(日支事変)と区別するために、あえて太平洋戦争という表現を使いました。

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政治(国内)」カテゴリの記事

コメント

ごめんなさい。
明治維新前の歴史すべてに誇りを持っています。
勝つ見込みの無い戦争に進まざるをえなくなったのは、明治政府が江戸時代を否定して西欧化を正しいこととしたからではないかと考えています。

投稿: ふむふむ | 2007/05/10 17:47

 勿論ご存知とは思いますが、メルカトルマジックと言う言葉があります、本来球体を平面で表す上で生じる錯覚ですね、先ず面積が高緯度になれば成る程大きく描かれます、亦、自分の国を真ん中に措けば、地球の裏側の国は自然と辺境の地に位置する事になります。

 理屈では解っているけど、この地図を壁に掛けて何時も観ていると、何となく日本が世界の中心に成ったような気がしてくるから不思議です、何処の国でも同じ様で、例えばオーストラリアでは南北逆さまにした地図を用いているそうです。

 こういう他愛もない自国中心主義迄、やれ民族主義だ、ナショナリズムだと言い募り、危険視する様なアホ共こそ、日の丸が国旗で有ること、若しくは国旗そのものを否定し、公職の身で、公務中に、国旗に敬意も示さず、国歌さえ謳わないと言う輩が多いと思います、ナショナリズムの過剰な排除こそ、却って危険なのではないでしょうか。

 個人的な信条や好悪が、自分が所属する組織が自分を守って呉れている事への感謝や愛着に優先する事が許されるのなら、その社会は一体どんな社会になるだろうか、皆がめいめい自分主義で行動すれば、社会は目茶苦茶に成ることは考え無くても明白だ、他からそんな自分を観た場合、唯のワガママな子供にしか見えないだろう。

 右だ左だは関係なく、人は社会で生きるに、出来るだけ自我を抑え、社会に順化し、秩序を守り、社会に有為な人間を目指すべきである、そう言う指標が受け容れられる社会こそ、互いを思いやれる余裕が培われ、円満で公平な社会を築けるのだと思う。

 そういう教育を子供達に施し、尊崇を集めるべき立場の人間が、子供達の目の前で、組織で守られるべき秩序を、自分の恣意で破っている姿を見せると言う事が、教育者として最大級の愚行である事さえ意識さえ出来ていないと感じる、個人の権利が、属している組織の秩序や権利を脅かすものであっては成らないのは、何処の社会でも常識だ。

 日本の戦後で最大の痛恨事は、意図的に誤った歴史観を刷り込んで、多くのサヨク教師を拡大再生産するサヨク教育を看過したことだったと思います。

投稿: ナポレオン・ソロ | 2007/05/10 18:39

全く仰るとおりです。
国際連盟にて世界で初めての「人種差別撤廃」をぶちあげたのも我が日本でした。
そして、その人種差別撤廃決議を一存で潰したのが米国です。
賛成多数で可決であったにもかかわらず、議長国米国が全会一致でないで無効とした。
実に分かりやすい構図ですね。

故に、日本が戦勝した場合、植民地統治は柔らかいものになっていたと考えます。
本国より慰安婦を連れ出し、混血児問題が起きないように配慮していたことからも、その事が覗えます。

負けてはいけなかった・・・。

投稿: じょしゅ | 2007/05/10 20:16

私は仕事の関係(建設業)でよく大正~昭和初期の建造物に触れています。戦前~戦中の水路トンネルなどにも出入りしますが先人の技術力に恐れ入ることが多いです。先日も、いまでは肥沃で恵まれた農業地区が実は昭和10年代のトンネルがもたらした用水のおかげであったことを知り、当時の人々のおかげで今の日本があることを実感します。
昔のトンネルや隧道、水路トンネルなどを点検や保守で見ていると今の日本は戦後の日本人が築いたなどとは到底思えません。戦前・戦中を生きてきた日本人が日本が豊かになることを理想に、建設機械も資材もない状況でこつこつと今の日本のインフラの基礎を整備しておいてくれたから戦後の立ち直りも早かったのだと思います。
そういった背景を無視してただひたすら近隣国の言うがまま過去の日本を非難する左翼・野党にはうんざりです。
過去の日本人が基礎を作り、戦後の保守派が育てて来た豊かな日本にいながら過去を悪しきものとし、この日本を変えることができるのは我々であると主張する共産・社民・民主左派にはあきれた口が塞がりません。彼らは戦前より一貫して”なにも築いていない”のです。
彼らが過去の日本人の功績にも目を向けるような主張をして、初めて野党となりえるのではないのでしょうか。
今日の記事に対するコメントとしては的外れかもしれませんが最後の一文「先人たちの偉業に感謝しましょう」に強く共感したため書かせていただきました。

投稿: 杉 | 2007/05/10 20:53

>>勤勉で、倹約家で、争いよりも和を好み、会社と仕事に忠誠を尽くす。規律正しく、時間に厳しく、華美を嫌い名誉を重んじる。これがエリートだけではなく、工場のラインで働いている人たちのレベルにまで浸透していたから、

全国民の何割くらいがそうだったのか、きちんとした数字で書かないと単なる私的イメージに読めてしまいます。
あと、ホリエモンや村上ファンドを拒否する動機って、戦前の漫画家とか音楽家(一番言ってるのがジャズマン)とかが組み込まれた社会的差別の構造と似ているような気がします。

投稿: とくとく | 2007/05/10 21:09

俺は民主主義が壊れた時点で日本ダメだと思いました
さまざまな要因があって民主主義が壊れたわけですが
政治家は一応は非戦だったが違う方向に向かってしまった
そして現在のような左翼の人たちを見ると
やはり日本人というのは馬鹿な民族だと思います
どこが馬鹿なのかを認識する(弱点を認識することは大事なことで)
戦前の工作のモロさ戦後の工作のモロさ
勤勉、倹約が必ずしも優れてるとも言えないかもしれない
そこら辺は時代もあるし難しいかもしれませんね

投稿: PO | 2007/05/10 22:04

しかし最近では、その勤勉さを逆手に取って、サービス残業の強要、非正規社員の使い捨て、といった労働モラルの崩壊が進み、本当の意味でのエコノミックアニマル化した日本人が幅をきかせていますがね。日本人は優秀な奴隷ではない。将来への希望、明るい未来が描けたからこそ必死に蟻のように働いてきた。このご時勢、日本人日本人とおだてるばかりではどうにもならない。

投稿: GH | 2007/05/10 22:57

たまたま松原久子氏の読後に読みました。本は昭和に入って端折ってあったので、坂さんのエントリーでようやく縦糸が繋がって現在に至り完結しました。鎖国の英知、西欧化も戦争をも選択せざるを得ない状況の時代と敗戦後の困難を 孤軍奮闘して切り開いた先人の贈り物を大切にしたいものです。

投稿: さる | 2007/05/11 01:43

坂さんの仰る事を理解できてない人が結構居るみたいですね。
なんか見当違いの方向に話がズレているというか。
>日本の歴史、特に明治維新以降の歴史に誇りを持ち、先人たちの偉業に感謝しましょう。


>とくとくさん
>全国民の何割くらいがそうだったのか、きちんとした数字で書かないと単なる私的イメージに読めてしまいます

ジョークですよね?国民性をデータで証明しろ、とでも?
本気だったらさすがにアレ過ぎです。

投稿: 津極堂 | 2007/05/11 04:06

 はじめまして、神戸在住の家庭もち会社員です。
日本人でなくとも先祖への感謝と尊敬は、大切にしたい気持ちのひとつですね。彼らがいなければ、私たちもいないわけですし。
また、譲り受けた価値観こそが、次の世代に託す唯一の宝物だと思い、子供たちを育てています。
個人の繁栄ではなく、社会からいただいた経験と恩を子供に社会に帰す。人のために生きて、そして死ぬ。
唯一生懸命に唯正直に。
その気持ちを再確認させていただき、ありがとうございました。

投稿: なおいち | 2007/05/11 07:34

杉様の投稿に感動しました。
連綿と続いてきた、日本人のまじめな仕事に、感謝です。

投稿: | 2007/05/11 10:12

主旨は「人や歴史の連続性をもっとよく考えよう」ということでいいのでしょうか。
今回の内容を素で受け入れられるかどうかは、戦後教育や反日左翼の影響をどれだけ排除できているかの判断の一部になるかと思います。

現在でも欧米人の多くが、戦前の日本には民主主義がなく教育も低劣で文盲率が高かったと思っていますが、大正期から戦時体制に移行するまでの間は、現在と変わらない皇室批判すらできる言論の自由があった民主主義だったし、教育研究機関は、世界でもトップレベルだったことは、科学及び工業技術史上あきらかです。つまり見方によっては戦前から先進技術立国だったわけですね。

技術の事を切り出したので、少し気になっていることを書かせていただきます。
物品に価値を置くあまりに、物品と人の進歩を同列視する人が結構いるように見えますが、これは誤っていますね。

物品に関しては、過去よりも現在のほうがはるかに進歩していることはたしかですが、それは人が連綿と受け継いできた技術が進歩した結果で、過去より受け継いだものを進歩させる努力をしない人でも、現代人の方が古の人たちより優れていると考えるのはおごり以外の何者でもないと思います。
つまり人は簡単には進歩しないし変われないということを飲みこめれば歴史も飲みこむことができるのだと思っています。

当然ながら、人が物事や人そのものを進歩させようとした努力が連綿と受け継がれた時にだけ、過去より進化した結果が現れるものですから。

投稿: 四文字 | 2007/05/11 10:39

今日は!
ゆったりと近代日本の夜明けから見ていこう。そして「豊かな日本の歴史に、誇りを持とう」日本の近代の原点からと言う大きな課題です。今日も朝から新聞を見ていると、石原新太郎氏が作った映画の主役「岸 恵子」が文中で「譲れぬ反戦の思い・良い戦争なんてこの世に有る訳がない・若い人には歴史を学んで欲しい」とのたまはって居ました。多分昭和17・18年は良い「戦争」と思って居たんじゃないでしょうか?レパルス・パレンバン・シンガポール夫々、オランダ・イギリス・フランスの植民地を陥落させて、日本に来たのはドーリットルのみ、(日本も日本陸軍・日本海軍も別々にアメリカと戦う愚は有りましたが、これは戦後に成って歴史を学び理解した事)、その後の「空襲」と「敗戦」で戦争を語る・そして日本が悪かった・若い人は歴史を学べと岸さんは文章を纏めていました。

この年代に言われると何時も責任を感じて仕舞います。オレンジ計画もアメリカ・オーストラリヤの日本人迫害も知ってるだろう。歴史を学べと言う以上は「戦争は悪」と言う前に「何故戦争に」を説明しないといけない、それをやらずして「戦争は悪い」と短絡的に影響力の有る有名人がやって仕舞う。無責任です。
受身の日本、日本の近代は受身でした。全てを外国から入れ、取捨選択をし、日本語に翻訳し、中国に朝鮮に伝え日本人自身の啓蒙に、新しい日本作りに「富国強兵」政策、周りの結果を見れば当然の処置、清の挑発・ロシヤの横暴を跳ね返し白人社会に大きな恐怖感を与えたのも白人の目で見る「人種偏見」から来たものです。

野蛮で横暴な外国は、当時「鎖国」で循環社会、無駄の無い平和な生活を送って居た日本人には馴染まないものでしたが「火の粉」は払は無ければ成りません、全て「火の粉」が日本に戦争を要求したのです。
それを語らずして「戦争は悪」と言われ、その上「歴史を学べ」一寸待って呉れ、勝ってる時は「悪」でなく、1年の爆撃だけで「全て悪」も無いだろう。と言いたくなるのです。
回顧すれば、あの人種偏見の強い時代に世界の5大国に並んでいた日本自体が「針のむしろ」に座って居たのです。現在の白人が日本人の女優さんを嫁にして威張ってる様な時代じゃ無いのです、日本人を嫁にする事は自分も白人社会から出る覚悟の時代だったのです。

そんな時代にアメリカだけに負けた戦争で~(他国には日本は負けていません)何のそのと朝鮮戦争で戦時の設備を生かし、日本の重要性を進駐軍に米国に教え、従来の勤勉さが今日まで引き継がれて来ているのです、一時期ミルクから米まで朝鮮の「李政権」と同じ様な援助を受けた恥ずかしさを忘れない日本人が殆どでは無かったでしょうか。
その中で自分達だけの事に現を抜かし、日本人の弱みに付け込み土地を盗み、暴動を起したのが「三国人」、岸さんの年代は之を知りながら知らぬ顔、発言するなら公平に願いたいと今日の産経の記事を読んで感じましたので一筆。

投稿: 猪 | 2007/05/11 11:17

長文になります。すみません。

先日、すばらしいドキュメンタリーを見ました。
後で検索してみると日本の加害性を伝えたくて撮ったものらしいのびっくりしたのですが、インドネシアの人達の気持ちがよくわかる作品です。

メモリー・オブ・セレベス~洋画家 庄司栄吉の太平洋戦争~
http://antiwar.tuzikaze.com/serebesumovie.html

太平洋戦争中、インドネシアのセレベス島に帝国海軍派遣の美術教師として勤務していた庄司栄吉氏が再訪をし、教え子と60年ぶりに会い、彼らからいろいろ話を聞いていきます。
出てくるお爺さんお婆さん達は皆、楽しそうに日本語の歌を歌ったり、思い出話をして、「庄司先生は本当に優しかった、怒ったことは無かった。他の日本人からはバカヤローといわれたりしたけど」などと笑いながら話していました。
以下も教え子達の話です。(最後のジョニー・パントウ氏の証言は上記のURLから予告ムービーへ行けば見られます。他の証言は私の記憶を頼りに書いています。)

「日本教育から規律正しさを教わった。それは後々まで私の人生をよりよいものにした。」男性
「日本精神を教わった。そのおかげで戻ってきたオランダ軍を追い返せた。」男性
「学校は楽しかった。当時こどもはみんな学校に行きたかった」女性

教え子の中には、日本軍に家族を殺された人もいます。
「父と兄は日本軍にスパイだと言われて処刑された。日本が大嫌いだった。日本のことなど知りたくもなかったが、母に日本学校の寮に入れられた。当時の事は私のビューティフルメモリーだ。」女性
「兄は日本軍に殺された。父もマナドで殺された。しかし、私はその苦しみを乗り越えて大きくなった。アジアはひとつと言う想いで。だからセンセイ、聞いて。私の兄と父は日本人に殺されたけどそれはもういい。アジアが立派に成長したのだから。」男性(ジョニー・パントウ、インドネシア在住)

インドネシアの人達は、日本精神が白人支配からアジアを解放した、そのことがどれほど大変で大切な事かわかっているのだと思います。
それでなければ、家族を殺されたにも係わらず「そのことはもういい」とか「ビューティフルメモリー」だとか言うわけがないのです。

投稿: ガブ | 2007/05/11 13:54

こんにちは!自国への誇りを思い出させてくれるエントリーに感謝です。

私もまだ読んでないのですが、面白そうな本を他のブログで見つけました。
「千年、働いてきました‐老舗企業大国ニッポン」
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss_gw/249-7220318-2542749?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Daps&field-keywords=%90%E7%94N%93%AD%82%A2%82%C4

早速読んでみるつもりです。

投稿: おれんじ | 2007/05/11 16:05

>オレンジ計画もアメリカ・オーストラリヤの日本人迫害も知ってるだろう。

オレンジ計画を良く取り上げる人がいるけど米国は英国、メキシコ、フランスなどほとんどの国に対しての戦争になった場合の計画を書いてるんだよね
しかもオレンジ計画の中身は艦隊戦でほとんど意味がなかった

日本人迫害だけでなく中国人も排斥してた
これはなんだかんだ言って白人の国なので異民族を嫌う空気があった
今の日本も中国、朝鮮人に対して追放論も出るので理解できなくもないが

投稿: | 2007/05/11 16:49

 実際に戦前を経験されていた方達の本を読んだり談話を見聞きしたりすると、戦時体制に入った数年間を除きそうくらい時代ではなかったように感じています。
 明治維新による国民国家の成立から始まる大正デモクラシーの延長線上に現在のような民主主義国家も十分成立し得たし、今の日本を構成しているパーツの一つ一つは戦後になってはじめて獲得したものではなく、日本の伝統や文化・価値観によってすでに戦前からあったことを連続的に発展させた結果のように思えています。

 私たち日本人から見て欧州は「極西」と言えるように、自らに自信を持ちたいものです。

投稿: 山本大成 | 2007/05/11 17:14

オーストラリヤが白人の国?イギリス罪人の流刑地ですよ。
中国人の排斥も人種偏見、日本人には恐怖感が加わり被害妄想も有りました、日米両国とも海運・海軍国で有る事の認識は日露戦争の決果を見れば明らか、だから当時の海軍で「空母」を保有していたのは日・米だけだったでしょう。~突然、中国・韓国人排斥の話が出てきましたが、外国人犯罪者の70%は中・韓の人達とデーターが有れば普通では無いでしょうか?人種差別では有りません「質」の問題と思います。

投稿: 猪 | 2007/05/11 17:46

 猪さん・ご無沙汰しておりました。
 アジアの主導権を欧米列強が握り続けるよりも、アジアの中のさきがけ・日本が握る方に正統性のあったことは明らかであった。出る釘は打たれる。目さわりな日本は欧米列強の連合に早晩討たれる運命にあった。オレンジ計画・ABCD包囲網などで自由貿易の途が閉ざされた以上は、討って出るしか活路はなかった。ついに討って出た。破竹の勢いで欧米列強をアジアから追い払った。が、卑怯かな、無差別空襲と2個の原爆投下で無辜の市民に対するテロ攻撃で敗戦した。そして欧米列強はアジアの再植民地化を試みたが、元に戻らなかった。この不可逆性は何か。日本のアジア進攻時期にアジアの国々に教育と軍事訓練を学ばせた事、死に者狂いならば白人を追っ払うことができるという勇気をアジア人が知ったからだ。強くなろうとすれば勇気が出るんだをアジア人がはじめて知ったからだ。
 ところが、偏狭なシナ人や朝鮮人は日本人に敵対するばかりでアジアを見ていなかった。欧米列強に戦いを挑んだ訳ではない。
 岸さんは、今の姑息な平和が快適だから、彼女が快楽主義だから、平和を善と勘違いし、その対極に戦争を悪と決め付けている。戦争はない方が良いが、悪であるか善であるかは、時代が限界ぎりぎりで求めた世界正義による。

投稿: ぷく | 2007/05/11 20:03

オーストラリアは流刑地でも白人の国に変わりない

投稿: PO | 2007/05/11 21:14

津極堂さん、ども。
「国民性」で語ることが出来る人達と、その人達を利用する人達の比率とか関係に興味があります。
たとえば「女工哀歌」の女工達と経営者、資本家の比率とか関係とか。
政治や軍部(特に陸軍)の指導部は人数的に国民の何%だったのかとか。
日本人は戦前(近代中世古代含む)戦後を通じて、選挙で政治体制を選択することは出来ても、
いわゆる「国民性」が実際に政権をコントロール出来たとは思えませんので、その理由とか。

投稿: とくとく | 2007/05/11 22:23

とくとくさんへ

「女工哀歌」って「女工哀史」のことですか?
1925年(大正14年)改造社より刊行された細井和喜蔵著の???

であれば、私、高校生のころ、それ読んでます。
40年くらい前ですかね。

このエントリ、そういう知識を踏まえた上です。

あなたは、戦前はもちろん、戦後の庶民の生活を知らない。
その貧しさもね。
そう思います。

ブログ主

投稿: 坂 眞 | 2007/05/11 22:54

投稿 | 2007/05/11 16:49 さんへ

>今の日本も中国、朝鮮人に対して追放論も出るので理解できなくもないが


その当時のアメリカでの日系移民・中国移民に対する排斥運動と、
現在の日本における中国人、朝鮮人に対する警戒とは別物ですが・・・・・。
中国人、朝鮮人は犯罪者・潜在的犯罪者ですけど。
彼らは日本人に対して何をしてもいい。日本で犯罪を犯しても構わないと
思っていますし、統計は証明してますよね。
追放論が出てくるのは当然でしょう。

投稿: ひろ | 2007/05/12 01:13

とくとくさんへ
私の母は大正7年生まれ。二十歳で我が家へ嫁に来て子供を6人産み育てました。私は戦後生まれの末っ子です。ある日、私は聞きました、お母さん、今迄で一番楽しかったのは、何時? 母の答え:川之石の紡績工場で、嫁入り前迄勤めていた若い頃がやっぱ一番楽しかったい。あそこの寮でお茶もお花も習ったし。休みの日は部屋の人と映画に行ったり、遠足にも行ったいの。紡績工場で貯めたお金を親に上げたら喜ばれて、嬉しかったい。K姉が大阪の学校で結核になって、治療費も山を売ったり、私の貯金からも出したんと。K姉の結核が治って命が助かった。貯めたお金の中から、腕時計を買おうか、腕時計、欲しいねや、悩んだけんど全部貯金したかいが在っとい。お盆に帰る汽車に乗ったら若い兵隊さんが横に来て、「お嬢さん、今何時ですか」と聞かれての、あん時は腕時計を持っちょったら!と思うとい。今は、お前らが高い時計を買うてくれる。あれもいい思い出よ。ははは。
学校で私は、「女工哀史」を教えられ、紡績工場は、草創期の日本資本主義の搾取の残酷さの象徴だと習いましたが、母の言葉は、正反対のものでした。学校教育に洗脳されていた私は、母は社会を見る目がないから、あんな事を言うのだと思いました。私の目を覚ましてくれたのは、依存症氏を始めとするブロガーの皆様です。有り難うございます。

投稿: なずな | 2007/05/12 08:18

坂 眞さん、ども。
>>「女工哀歌」って「女工哀史」のことですか?
あ、そうです。すません、間違えました。(_ _)

>>あなたは、戦前はもちろん、戦後の庶民の生活を知らない。
昭和5年生まれの父と昭和10年生まれの母からはいろいろ聞いてます。
まぁそれも両親の知見の範囲内限定でしょうが。

そういえば「庶民」というのも曖昧な言葉で、お金があってのびのび暮らしていた人もいれば貧しくて子供を売らなければならなかった人もいて、大勢を一括りにする言葉には一歩引いています。
それに華族制度下の社会を語る場合は、庶民と言うより平民とか貧民と言った方が、より正確でしょうね。
また人によっては、ですが、
庶民の「庶」の字は庶子の「庶」であり、嫡子とは違うという意味がある。
では庶民に相当する嫡民(造語でしょう)とは誰か、それは役人のことであり、役人の選民意識はそこからきているのではないか、との推察もあるようです。
「大臣」という呼び方が国民の「臣」ではなく天皇の「臣」であるのと呼応しているのかも知れませんね。

投稿: とくとく | 2007/05/12 09:12

なずなさん、ども。
他人の言説を否定する根拠が自分の、あるいは信頼できる人の体験談だという姿勢が危ないのではないかと考えています。
誤解しないでいただきたいのですが、私はなずなさんのお母様の言葉を嘘だという気はありませんし、「女工哀史」の内容を嘘だという気もありません。
同様に韓国人女性が「日本政府・軍部に強制連行されて従軍慰安婦にされた」という言葉を嘘だとも本当だとも断言するつもりはありません。
「説明と証明は違います。証拠は?」と言っているだけです。

投稿: とくとく | 2007/05/12 09:17

とくとくさん
「説明と証明は違います。証拠は?」
Answer:You could care less(lol).
正直に生きた個人の体験談を、歴史のperspectの中で見る視点が必要な事は言うまでもありません。
日本軍に強制連行されたと「証言」する韓国人の方々の正直度は、私にも分かりません。もしも世界最古の職業の多くがそうで在る様に、「お金が欲しかったから、仕方なく慰安婦になった。賃金は支払われた。」とか、「ウリナラ人の女衒に騙された」言ったら韓国社会から糾弾され悲惨な老後に成るんじゃありません?
日本軍に強制連行された、と言ってた方が、アメリカ議会証言では、「外がまだ暗い内に、隣の女の子が戸を軽く叩いた音を合図に、こっそり家を出て二人で歩いた」と変遷していません?あ、説明、証明、証拠、欲しければ御自分でどうぞ。

投稿: なずな | 2007/05/12 10:34

5年と10年、どっぷりの年代ですね、私も含めて幸せとも不幸とも終える「微妙(W)」な処です。
少年飛行兵最後の年代・教科書黒塗り年代此処から戦後・新年代が始まりましたが、この年代の父母は年代的に40歳前後の為、職業軍人以外では生存者が多いのです。(子は買出しの手伝い位で遊べた・孤児は大変だったと思います)。

学年で当時に給食の配置で父親を戦争でなくした子の多くは戦後国民学校に戦後入学する年代、栄養失調の子も孤児も~戦時に再召集された為と当時は考えて居ました・子供同士も身近でしたね・モノが無いのですから皆貧乏・パサパサのキビ粉の団子が美味しい時代。

しかし狭いと思はれる日本、当時は東北・大阪・九州も異国でした。江戸文化が残る地方、外国文化が蔓延る都会、夫々の地域でも幸せの基準も違います、職業によっても違います、当然幸せの度合いも違うでしょう。アメリカの農地政策では土地を取られた豪農・低価格で農地を得た小作農家、アメリカ軍・日本政府を見る目は違いましたね。

身近な事では小生の場合、父親は都会・母親は隣の県、都会の子は「靴」・県の子は「はだし・草履」で通学些細な事でも近県でも「差」が有りました、当たり前の時代。

戦後の「平等」と言う掛け声と権力者と迫害された庶民一同?と二区分されて「戦争」をした人と「被害者」に、同じ様に一生懸命生きたにも関らず別の国民がされて?仕舞いました。ご両親記憶されて居ると思います。
それが「東京裁判」だったのですね、当時は殆どの庶民は騙されて居た事も知らない、検閲は薄い油紙で封印されていましたから常識。

又戦後の一時期は、戦前・戦時の不幸・戦時の軍の横暴・軍の責任を追求するのも流行?リバイバル誌「女工哀史」「蟹工船」「海軍善・陸軍悪」権力悪・庶民自体が不幸で無ければならない時代背景が生まれたのも戦後の事です。

明治の爵位と昭和の爵位。雲泥の差、爵位なんてバカにしていたと思います。朝鮮の人も爵位を貰った事で爵位の値打ちは下落していました(今だと差別!)。陛下が国の中心ですから(それでも~朕思わず屁をこいた汝臣民臭かろう~)なんて戦時中でも国民学校生が自由に言えた時代だったのも記憶されて居るのではないでしょうか。

それと「臣」ですが之も戦後の吉田首相が「臣・吉田茂」と公文書で書いた事で話題に成りましたが、「臣」なんて普通の事だったのでしょうが、それが希薄に成る風潮を吉田さんは風刺したのではないでしょうか?、これは私の元イギリス大使「吉田像」で間違いかも判りません。

少し飛んで「オーストラリヤは白人の国」、まあ乗っ取った人間が白人で有った位で良いのではと思います。日本の開国がもう少し早ければ日本が行って居たかも判りませんが、そんな度胸と欲は日本には無かったでしょう。

投稿: 猪 | 2007/05/12 11:24

>その当時のアメリカでの日系移民・中国移民に対する排斥運動と、
現在の日本における中国人、朝鮮人に対する警戒とは別物ですが・・・・・。
中国人、朝鮮人は犯罪者・潜在的犯罪者ですけど。

アメリカという国は表向きは自由な国だが白人国家で他民族に嫌悪感を持つ
「西海岸がこのままでは日本人の数で占拠されるかもしれない」と恐れる言葉を残すように
排斥運動がでても不思議ではない
それは国家を守る上での考えであり
残念ながらあなたの考えるような甘い世界ではない

投稿: | 2007/05/14 13:35

投稿 | 2007/05/14 13:35 へ

あなたは全然読解力ないですね。どこに要点があるのかわかっていない。
私が言いたいのは、
現在の日本の中国人・朝鮮人追放論は、差別に基づくものではなく、彼らが治安悪化
の原因を作っていることによるものだということです。
昔のアメリカでの日系移民・中国移民に対する排斥運動と本質的に異なるものですね。

残念ながら、ここはあなたのような低レベルの人の来るところではない。
    

投稿: ひろ | 2007/05/16 18:36

>現在の日本の中国人・朝鮮人追放論は、差別に基づくものではなく、彼らが治安悪化
の原因を作っていることによるものだということです。


俺は差別なんて書いてないぞw
つまり、常に他民族とは対立してしまうと言ってるんだよ

投稿: PO | 2007/05/19 21:20

投稿 PO | 2007/05/19 21:20 へ

取り繕っても無駄w
君が読解力がないのは既に判明しているからwww


投稿: ひろ | 2007/05/21 17:30

まともな文章になってない
結局逃げるのか?
なにを取り繕う?
具体的に何の読解力がないのか?

投稿: PO | 2007/05/21 20:52

まともな文章になってないのは、おまえの書き込み。
読解力がないのが認められないので、逃げ回るだけ。
PO、哀れw


投稿:   | 2007/05/21 23:45

PO
日本人迫害だけでなく中国人も排斥してた
これはなんだかんだ言って白人の国なので異民族を嫌う空気があった
今の日本も中国、朝鮮人に対して追放論も出るので理解できなくもないが

ここで俺は異民族を嫌う空気があったと書いてる


>今の日本も中国、朝鮮人に対して追放論も出るので理解できなくもないが
その当時のアメリカでの日系移民・中国移民に対する排斥運動と、
現在の日本における中国人、朝鮮人に対する警戒とは別物ですが・・・・・。

前段に書いてある部分を無視して>今の日本も中国、朝鮮人に対して追放論も出るので理解できなくもないが
これだけ抜き取って答えるからおかしくなる

>俺は差別なんて書いてないぞw
>つまり、常に他民族とは対立してしまうと言ってるんだよ

最初から一貫してこういうつもりで書いてた
ま、理解できなかったようだがね

投稿: | 2007/05/21 23:54

>投稿 | 2007/05/21 23:54=PO

残念。
おまえが全く理解できなかっただけだがねw

ほんと文章力、読解力ともにない。恥ずかしい。
小学校の先生にでも解説してもらいなさいw

おまえ、小学校からやり直したほうがいいよ。


投稿: . | 2007/05/22 01:11

投稿 . | 2007/05/22 01:11さん
POさん

この場での、これ以上のカキコを禁止します。
投稿しても削除。
もう少し良識を持ってください。

他の記事に関しては、禁止ではありません。

投稿: 坂 眞 | 2007/05/22 10:01

「拒絶された江戸文化」
大店のご隠居たちがあつまり、若い娘を雇って毎日野菜ばかり食べさせる・・・野菜は夏・・・娘を中心にご隠居たちは○座になり、ジッと娘の屁を待つ、当然部屋は締め切り、いつでるとも分からない屁を待つ。
                   
現代において屁と言うものは「フタ」をする文化のようで、継承されず、信じられず、失われていく文化のようです。
         
「屁」のなかの成分は現在、香水にも使用されているようです。

投稿: おじさん | 2007/08/30 21:05

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