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2007年6月

2007/06/28

早く鬼畜に“死刑”判決を!

山口県光市で1999年に起きた母子強姦殺人事件の差し戻し控訴審が26、27日と連続して行なわれた。
この控訴審の弁護側質問と、それに対する被告人の証言を聞いて、私はもう怒りを通り越して殺意さえ抱いてしまった。

この鬼畜・福田某(26歳)を死刑にしなければ、被害者家族はもちろん、大多数の日本国民が納得しないだろう。

私は、広島高裁(楢崎康英裁判長)が“死刑”判決を下すことを確信している。

この鬼畜は、本村洋さん(31)の妻・弥生さん(当時23歳)を殺害した上に屍姦し、長女夕夏ちゃん(同11か月)を絞殺したことを全面的に否認した。
1、2審で認めたはずの弥生さんに対する殺意や乱暴目的を否認するその内容は、実に驚くべきものだ。

以下は、弁護側の被告人質問に対する鬼畜の証言(弁明?)である。

「(弥生さんを)亡くす意思がないのに亡くしてしまった。乱暴しようという思いは全くなかった」
「赤ちゃんを抱いていた弥生さんに中学1年の時に亡くなった実母をイメージし、甘えたいという衝動が起こり、抱きついた」
「性的なものは期待していなかった」
激しく抵抗されたのでパニック状態になり、弥生さんの体を押さえ込んだ結果、
「(気づいた時には)首を右手で押さえている状態になっていたのでびっくりした」

「背後から襲ったから抵抗を押さえ込めた」とか「絞め技の“スリーパーホールド”が得意だったから自然に手が回った」とか知人宛の手紙に書いたのではなかったか???
(これはTV報道の記憶なので100%正確な表現ではない)

さらに、弥生さんを屍姦したことについて、
「生き返ってほしいという思いでした。(小説「魔界転生」を読んで)精子を女性の中に入れて、『復活の儀式』ができるという考えがありました」
裁判官が「脈は確認した? 生き返ったかどうかは?」と質問すると、
「わかりません」

もう言っていることが無茶苦茶。まともではない。いや「まともではない」と裁判官に思い込ませたいのだ。

夕夏ちゃんを床にたたきつけたうえで絞殺したというのが1、2審で認定された犯行事実だが、
鬼畜は、弁護側の「夕夏ちゃんを頭上から投げ落としたことは?」との質問に、
「まったくありません」
1、2審で自ら認めた夕夏ちゃんの首を紐(ひも)で絞めたとされる殺害状況についても、
弁護側の「(夕夏ちゃんの)首を絞めたのか」との質問に、
「わかりません」「(夕夏ちゃんの首に紐が巻かれていたことを知ったのは)捜査員から袋に入った紐を見せられてわかった」

検察側に供述の矛盾点をつかれると、
「この1年、記憶を精査し、何をしたのか探ったりしました。この法廷で話したことがすべてです」
と強い口調で反論。
そして、検察官の「あなたは夕夏ちゃんの首に紐を巻いたことについて、異なる説明をしていませんか?」という質問に対し、
「質問する人が違うならば、違ったニュアンスで答えることになります。詳しくは説明できません」
と開き直る始末。

夕夏ちゃんを押入れに入れた件については、
「今考えては幼いんですけど、ドラえもんの存在を信じておりました。ドラえもんには何でも願いをかなえる四次元ポケットがあります。押入れはドラえもんの寝室になっているわけですが、押入れに入れることでドラえもんが何とかしてくれると思いました」だと。

弁護側の「犯行時の精神年齢は12歳程度だった」「犯行時は夢を見ているような状態だった」という主張に、まさにぴったりと合わせたような証言。
これだけの芝居ができるということは、この鬼畜、相当な「タマ」だ。

安田好弘・主任弁護人が最後に、改めて弥生さんと夕夏ちゃんに対しての殺意と乱暴目的の有無について質問。
鬼畜は「事実無根」「記憶にない」
などと語気を強めて答えた。

まあ、1、2審だけではなく、最高裁も検察側の主張を事実認定しているわけだから、差し戻し控訴審で事実認定が覆ることはありえない。
あとは広島高裁が、最高裁の「計画性のなさや少年だったことを理由にした死刑回避は不当」という判断をどう受けとめるかだ。
弁護側の「著しい精神的な未発達がもたらした偶発的な事件」「傷害致死罪にとどまる」という主張は、既に最高裁が否定している。

作業着を身につけ、排水検査を装って部屋に上がり込み、弥生さんに襲いかかった、
このどこが「偶発的な事件」なのだ!!!

やはり“死刑”判決しかない!!!

本村洋さんの苦しみを少しでも和らげてあげたい、そう思うばかりである。

以上のエントリは、FNNニュース、TBSニュースi、讀賣新聞、そして私が見聞したその他のニュース情報に基づいています。

関連エントリ:
人権派を糾弾しなければならない!!!
「少年法」を抜本的に改正せよ!!!(再)

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2007/06/27

バカはバカと共に死んでいけ!!!

26日、従軍慰安婦問題に関する決議案が米下院外交委員会で可決された。
賛成39対反対2(欠席9)の圧倒的大差。
今度ばかりは下院本会議でも可決されるのではないか。

ただ、我々は、もうこの問題に過剰反応しないほうがいい。
この問題は、在米の反日中国人と反日韓国・朝鮮人に、わが国内の反日日本人が呼応して起こされたものだ。その背後には中共や北朝鮮の影も見え隠れする。
彼らの狙いは、米下院で慰安婦問題での「対日非難決議案」が可決されることそのものではない。
米下院で可決されることによって、それがメディアに取り上げられ、中国内や韓国内での「反日感情」が盛り上がる。そして、日本国内でも「歴史認識の正常化」への反発が強まる。
これが彼らの真の狙いなのだ。
その先には、日米関係に楔(くさび)を打ち込みたいという意図も感じる。

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ジェームス・アワー日米研究協力センター所長は次のように述べている。(抜粋)

ほとんどの日本人にとって、米国議会決議案はなじみがないが、実は
多くの米国人もそのようなシステムがあることを知らない。これら決議案は、単に議員がある問題について述べる意見に過ぎない。決議案が通過したとしても新しい法律ができるわけではないし、何も起こらない。

~中略~

平均的な米国市民は関心もなく、決議案そのものについて知識を持ち合わせていない、採択されてもそのことを知ることさえないだろうということだ。

参照:米議会慰安婦決議案のナンセンス (産経新聞)

リンク先の記事をお読みいただければ、よくわかることだが、米議会と日本の国会は
そのありようがかなり違う。
言えることはわが国は議院内閣制であり、国会の決議は政府にそれなりの影響を与える。が、米下院における決議は「選挙対策」の意味合いのものが多く、普段は米メディアも関心を払うことがないたぐいのものであるということだ。
つまり、同じ議会の決議でも、その重みがまったく違うのである。
事実、第109議会(2005~06年)では、下院だけで1716本もの決議案が処理された。が、そのうち、成立すれば法的拘束力を持つ両院共同決議案は102本だけだった。

このような米下院の決議に敏感に反応することは、かえって反日中国人や反日韓国・朝鮮人、それにわが国内の反日日本人の思惑に乗せられることになるのではないか。

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去る3月18日の讀賣新聞のコラムで、編集委員・永原伸氏は次のように書いている。(抜粋)

米国で今、「奴隷」という言葉が氾濫(はんらん)している。いわゆる従軍慰安婦問題を巡り、米下院が審議中の決議案にこうある。
「日本政府は若い女性を『性奴隷』(sexual slavery)にした歴史的な責任を明快に認めよ」
米メディアも「性奴隷」という言葉を使って、日本の対応を論難している。

おそらく多くの日本人は、慰安婦問題に対し、「多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」(1993年の河野洋平官房長官談話)と認識し、旧慰安婦に「心からお詫(わ)びと反省の気持ち」(同)を抱いているであろう。安倍首相も、同様の発言を繰り返している。

だが、日本の官憲が組織的に慰安婦を強制連行していたことを示す旧軍資料は、今に至るも見つかっていない。その事実をあえて無視し、日本は「性奴隷」制の国だったと決めつける米国の物言いには、首をかしげる人も少なくないのではないか。

そもそも米国では「奴隷」という言葉をどんな場合に使うのか。
米バージニア州議会は先月、奴隷制に対する「遺憾」決議を採択した。
この決議は、1960年代まで続いた人種隔離政策や今も根強く残る人種差別と、南北戦争以前の奴隷制とをはっきり区別している。また「謝罪」は旧奴隷の子孫への補償につながるとの理由で見送られ、「遺憾」という表現になったという。

自身の奴隷制は厳格に南北戦争以前のものと限定する。被害者への補償もしない。日本に対しては、実態は軍公認の“売春宿”だったにもかかわらず、安易に「性奴隷」と呼び、補償を迫る――。これではダブルスタンダードのそしりを免れまい。米国の名誉のためにも、こんな決議案は採択すべきではない。

参照:[政なび]日本は「性奴隷」制の国か (讀賣新聞)

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まさに永原氏の言うとおりだ。
米国の対応はダブルスタンダード、偽善そのものである。
が、それが米国であり米国人なのだ、良しも悪しくも。

何しろ、世界中のどこに行っても英語(米語)をしゃべるのが当たり前と思っている国民性の国だ。
だから米民主党のスコット議員のように
「ただ、アイム・ソーリー(ごめんなさい)と言うことが、なぜそれほど難しいのか」
という発言が出る。

スコット議員は、わが国に対する原爆投下に「アイム・ソーリー(ごめんなさい)」と言えるのだろうか???
慰安婦と違い、原爆投下はまぎれもない「戦争犯罪」である。にもかかわらず、米国は開き直るばかりではないか。

米国も米国民も米国メディアも、自分たちが「正義」だと思い込んでいる。こんな偽善者たちにまともに付き合って、反日主義者たちの思惑に乗せられるのはいかがなものか、と私は思うのだ。

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民主党の円より子参院議員ごときは、今年2月の米下院における韓国人慰安婦の証言を受けて、「(被害者証言は)日本国会ですべきことなのに、アメリカで先に実現したのを恥ずかしく思う。 日本がアジアで尊敬される国になるためには、戦争加害責任を明確に負って周辺諸国との友好を促進 せねばならない」と述べている。
まさに、反日中国人と反日韓国・朝鮮人に、わが国内の反日日本人が呼応したという構図そのものなのだ。

普段は「反米」の民主党左派議員が、こんな時だけ米国の威厳を笠に着る。これもまた、まったくのダブルスタンダード、典型的な偽善。

米国の政治家は選挙の票目当てに、米メディアはその傲慢さと偽善性ゆえに、そして日本の反日政治家は自らの無知と無恥ゆえにわが日本国を攻撃する。

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讀賣新聞の永原氏ではないが「米国の名誉のためにも、こんな決議案は採択すべきではない」と私も思う。が、当の米国が無知であり、かつ無恥なのだから、そして目先の打算に流されるのだから、もう私は何も言わない。

が、心の底から軽蔑する。
そして、その米国の威を借る反日日本人は、もう唾棄すべき存在だと思う。

私は、この「対日非難決議案」に、今後これ以上言及しない。
でなければ、私の脳が腐敗する。

無知と無恥ほど怖いものはない。
自覚がないのだから、何を言っても無駄だ!

バカはバカと共に生き、そして死んでいけば良い!!!

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2007/06/25

環境破壊に驀進する中国

2007年6月11日、藻に覆われた、安徽省合肥の巣湖。(c)AFP Afp









【6月20日 AFP】新華社通信は20日、安徽省で汚染された川の水に触れた60人以上が、皮膚の異常を訴え病院で手当てを受けていると伝えた。

被害者らは19日に、安徽省の東部に流れるJindong川で死んだ魚を捕ったり洗濯物をした数時間後に、皮膚が焼けるような痛みを訴えたという。

地方自治体によると、水面には油のようなものが見受けられるが、汚染の原因はまだ解明されていないという。また、被害者のうち9人は入院しており、他はすでに帰宅したと伝えられた。

中国では水質汚染の報告が絶えない。過去の報道によると、川や湖の7割以上が汚染されており、9割以上の都市の地下水が汚染されているという。(c)AFP

中国で川の水に触れた60人以上が病院へ (AFP通信)

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リンクした元記事に掲載されているオリジナルの写真はもっと鮮明。巣湖が「湖」ではなく「どぶ」であることがよくわかる。
湖面に浮かぶ黒っぽい物体は、どうやら漁具のようだが、こんな「どぶ」で獲れた魚を食ったら間違いなく病気になる。

巣湖は、長江(揚子江)下流にある大規模な淡水湖の一つだが、近くにあるもう一つの淡水湖・太湖の方が事態は深刻のようだ。太湖では巣湖以上に有毒の藻が大量発生し、湖に近い無錫では水道水の使用が禁止された。

参照:長江下流の湖で有毒の藻が大量発生、水道水を停止 (AFP通信)

こんな湖から流れてきた水に触れたら「皮膚が焼けるような痛み」を訴えるのも当たり前か。

安徽省の環境保護庁の担当者は「事態は深刻だ」と述べている。また、温家宝首相も12日、太湖の有毒藻の発生は汚染に対する「警鐘」だと述べ、早急な対応を求めたという。
AFPによると「政府当局は今月、太湖付近の地方自治体に対し、汚染源の工場をすべて閉鎖し、2008年6月末までに新しい排水基準を満たすよう命じている」というが、もう手遅れだろう。

「川や湖の7割以上が汚染されており、9割以上の都市の地下水が汚染されている」という現実。
こんな国で本当にオリンピックなんかやっていいのか???
うっかり観光気分でオリンピック見物に出かけたりしたら、原因不明の病を背負い込むこと請け合い。

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17日付の讀賣新聞によると、今年4月以降、九州を中心に光化学スモッグ注意報が相次いで発令された。10年ぶりに注意報が出された北九州市では5月27日、市立小学校85校で予定していた運動会が中止に追い込まれたそうだ。のどの痛みや目の異常を訴える児童らが350人以上に上ったからだ。
以前と違って、天草(熊本県)や五島列島(長崎県)といった風光明媚で大気環境がよい場所でも光化学スモッグ注意報が発令されている。
これに対し「(光化学スモッグの)発生源は中国大陸と強く推測せざるを得ない」(麻生渡・福岡県知事)として、九州地方知事会は6月初旬、国に緊急要望を行った。

中国の環境破壊は、もはや「対岸の火事」ではない。このまま中国が無軌道で無節操な膨張を続ければ、東アジアだけではなく地球全体が破壊される。

一刻も早く“中共”という怪物を退治しなければ、日本は大変なことになる。

ただ、大陸中国は、もはや中共でさえ制御できないモンスターになってしまったのかもしれない―そういう気もする。

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讀賣新聞の記事によると、住明正・東大教授(気象学)は次のように述べている。

中国から大気汚染がどんどん来る。今から環境・省エネ技術や資金を中国に出した方が日本のためだ。中国に技術をまねられて損をする、という意見もあるが、ポスト京都に中国を参加させるためにも必要だ。

こういう意見を吐く人は多い。かつての私も、この考えに傾きかけた時もあった。が、この考えは間違っている。
環境・省エネ技術が根付き、うまく機能するには、その価値が理解できる社会と、それを受け入れることができる企業風土が必要である。なぜなら、省エネはともかく、環境は目先の銭にはつながらないからである。
環境保全は、持続的かつ安定的成長には欠かせない。が、マクロ的には重要でも個別企業的には利益を圧迫する。だから、環境破壊が直接的に企業活動を圧迫するような事態に直面しない限り、環境に投資することの重要性を企業が自覚することはない。
わが国の政府や企業も、水俣病やイタイイタイ病、四日市公害ぜんそくなどを通して、
環境保全が最終的に企業の利益につながることを学んだ。日本の環境技術が世界に冠たるものになったのは、そのおかげである。

では、中国はどうか?
残念ながら今の中国は、政府も社会も企業も環境保全、環境投資の重要性に気づいていない。特に企業が「もうかりさえすれば、あとは野となれ山となれ」という姿勢であるからどうしようもない。
住教授の言うように、環境・省エネ技術や資金を中国に出しても、文字どおり「猫に小判」、大金を「どぶ」に捨てるようなものである。

私は前段で「一刻も早く“中共”という怪物を退治しなければ」と書いたが、実は我々にできることは、中国自身が「どうにもならない」という状況に陥ることを待つしかない。その間、中国の国民は多大な被害を被るかもしれない。わが国にも、ある程度の悪影響は及ぶだろう。
が、それでも中国の無軌道な暴走を食い止める手立てがない以上、中共体制の崩壊を待つしかないのだ。

中共体制の崩壊は、未曾有の混乱を東アジア一帯にもたらす可能性が高い。民主化され、平和的に体制が変革されればよいのだが、その可能性は極めて低い。
なぜなら、「独裁体制に未来はない」とわかっていても、「独裁を続けなければ体制が持たない」。
つまり、「わかっちゃいるけどやめられない」のが今の中共独裁なのである。

我々にできること。それは中国の動向に最大限の警戒心を払い、混乱による悪影響を最小限に食い止める努力をすること、それしかない。

残念ながら、それが現実である。

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2007/06/24

大陸中国は、戦前から一歩も進歩していない

23日の讀賣新聞に驚くべき記事が載っていた。


【北京=佐伯聡士】中国山西省の違法れんが工場で誘拐された少年の強制が表面化し、于幼軍・山西省長は22日、記者会見し、被害を受けた者らとその家族らに謝罪した。新華社電などが伝えた。
強制させられていた少年は1000人を超えており、温家宝首相が20日、徹底調査を行う方針を示していた。中国では来年の北京五輪を控え、「童工」(児童者)問題に国際批判が高まるのをかわす狙いがありそうだ。

少年らの大半は河南省鄭州市の駅などでだまされ、違法れんが工場の多い山西省臨汾市に連れて行かれたうえ、500元(約8000円)で売られたという。食事を十分に与えられず、1日14時間以上も働かされていたケースも多かった。少年らの親約400人がインターネットで当局に救出を求めたのを受け、テレビ局が調査報道を行い、当局も重い腰を上げざるを得なくなった。

山西省当局によると、すでに民工359人(童工12人)が救出されたが、いまだ行方不明の少年らも多く、事件の完全解決には至っていない。

中国の工場で少年に強制 省外から誘拐も (讀賣新聞)

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私は上記の記事を読んだ時、芝田巌流さんのブログ『人生応援団』に書かれていた内容を思い出した。

私が上海行ったとき、上海市役所の前で子供が10人ほど上半身裸で
お皿をもって並んで立っていました。物乞いの少年少女です。
聞くところによると、地方で誘拐されて元締めの男に物乞いやらされているらしい。少年少女は全員舌を切られているため話すことができないそうです。話すと出身地が解る為らしいのですが・・・・・・

この芝田さんのエントリーは2004年3月に書かれたものである。来年は北京五輪だし、2010年には当の上海で万博がある。だから、さすがに北京や上海ではこのような光景は見られなくなったようだ。
が、暗黒の大国・中国では、田舎に行けば、まだまだ我々日本人の想像を絶するような悪行が堂々とまかり通っているのだ。

誘拐―人身売買―奴隷、まさに「人の命は紙よりも軽い」国ならではの出来事である。
20世紀の前半は、世界的に組織的な人権侵害が多発した時代だった。わが国でも、騙されて慰安婦にされた女性や、騙されて過酷な現場に送り込まれた者たちがいた。が、中国ではその当時と同じか、それ以上にひどい人権侵害が“現在進行形”で行なわれているのだ。

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私はかつて、強制動員・強制をさせられたと主張する韓国人女性たちが、国と三菱重工業を訴えた裁判に言及したエントリーで次のように書いた。

「反日」日本人たちに言いたい。
60年以上前の日本国を追求する前に、諸君が友好関係を築くべきであると主張してやまない中国で起きている極悪非道な人権侵害を糾弾しろと!!!
悪鬼のごとき中共の所業を人々に知らしめよと!!!

この、私の指摘の正当性を、今回の出来事が見事に証明してくれた。最高裁は今年4月、第2次大戦中に「強制連行された」として、日本企業に損害賠償を求めた中国人の訴えを棄却した。
棄却した理由は「2国間平和条約を締結した国との戦後処理においても個人賠償請求権の放棄を明記したサ条約の枠組みと同様の取り扱いとなる」というものだが、そもそも「中国人を騙して鉱山や土木現場などに送り込んだのは『中国人』なのだ」。
今回の出来事が、そのことを如実に証明している。
連中にとって、カネのためなら同胞を騙して異国に売り飛ばすことなんて当たり前のことなのである。

それを「日本国の犯罪」「日本企業の犯罪」として糾弾し、わざわざ“被害者”を発掘してまで裁判に持ち込ませる日本のバカ左翼ども。

恥を知れ!
日本の左翼!!!

思い上がるな!
人権侵害大国・中国!!!

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戦後すぐに台湾で起きた「二・二八事件」を見れば、旧・日本軍より旧・国民党軍の方が悪辣で残虐無比だったことがよくわかる。
日支事変のさなか、南京で中国の民衆を強姦し、略奪し、虐殺したのはどちらか。
北京語をうまく話せない本省人をすべて逮捕し、紐で縛り、数人ずつ束ね、粽(チマキ)と称し、トラックに載せ、そのまま基隆港に投げ込んだ国民党軍。
こんなことは、天地が逆になっても日本軍にはできない。

私の父が言っていた。
「国府軍に追い詰められた八露軍(共産軍の別称)の兵士が、あろうことか日本軍に投降してきたこともあった。理由を聞くと、国府軍に捕らえられると、拷問された挙句に殺されてしまう。それなら、日本軍の方がまだましだと・・・」
「それほど国府軍は残虐だった」
「ある戦闘で、(父の)部隊が退却を余儀なくされた時、戦闘現場に負傷した日本兵が取り残された。国府軍は動けなくなった日本兵を寄せ集めて油をかけ、焼き殺した」
父は、そのような体験もしたそうだ。

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人間を人間として扱わない中国。
中国共産党自身がその権化なのだから、社会にそういう風潮が蔓延するのも無理はない。
大陸中国は、戦前から一歩も進歩していない。
それを思い知らされた出来事だった。

こんな国で五輪???万博???

ふざけるな!!!

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2007/06/23

「右」のブントでありたい

私が、かつて「極左」に属していたことは、既に何度も書いた。ただ、「極左」と言うのは日本共産党(日共)が名づけたもの(極左暴力団)で、われわれは「新左翼」とか「革命的左翼」と称していた。
その「新左翼」の中で、私は「ブント(Bund)」という組織の一員だった。「ブント」というのはドイツ語で「同盟」を意味し、「パルタイ(Partei)」である日共とは明確に違う「共産主義者の組織」であることを示していた。
「パルタイ」はドイツ語で「党」を意味し、英語の「Party」に相当する。
つまり、日共から排除された学生党員たちは、マルクスとエンゲルスが史上最初に作った共産主義者の組織・共産主義者「同盟」を名乗ることによって自らの正当性をアッピールしたのである。

私は、今でも「ブント」の一員であったことに「秘かなる誇り」を抱いている。当時の日本を席巻した全共闘運動は「ブント」の存在なくしてはありえなかった。

全共闘のモットーは「別個に立って共に闘う」だった。つまり、多少の主義主張や立場の違いはあっても目標が一緒であれば手を携えて闘う―これが全共闘だった。
これは「排除の論理」に支配された日共主導の左翼運動に対する強烈なアンチテーゼ(Antithese)だった。
当時の左翼は、大衆運動とか統一戦線とか言いながら、その実際は他組織を侵食する、あるいは大衆を囲い込む便法にすぎなかった。
全共闘は、そのような既成左翼や日共の欺瞞的手法に「No!」を突きつけたのである。

同じ新左翼であっても、革共同両派(革マル派と中核派)の本質は日共と同じだった。少数の前衛(職業的革命家)が無知蒙昧な一般大衆を指導する―これが彼らの考え方である。そこにあるのは自らの絶対的な無謬性、つまり自分以外はすべてが間違っているという思想―独善である。
これが100人近い死者(廃人は数知れず)を出した革マル派と中核派の内ゲバを生み出した。
この「前衛神話」=「党の無謬性」という点においては、革共同両派と日共はまったく同じである。だから、少しの意見の違いで相手を抹殺しようとする。

その点、「ブント」は違った。「ブント」は「同盟」を名乗りながら、主義主張は十人十色。一人一人言うことが違い、「一人一党」と揶揄されていたが、私はそれが「ブント」の良さだと思っていた。
要は、「ブント」自体が統一戦線、「別個に立って共にに闘う」組織だったのである。だから全共闘運動の中で「ブント」はもっとも大きな存在感を発揮した。
東大闘争、中大闘争、明大闘争、京大闘争などはブント主導だった。もちろん日大闘争など、全共闘(ノンセクト)主導のものも多い。が、革共同両派(革マル派と中核派)に主導された学園闘争なんてない。

今の私は、共産主義そのものが間違っていると思っている。だから、振り返れば、当時の「ブント」の主張そのものが「マンガ」だったと自覚している。
ただ、今の私はどちらかと言えば「右」にいるが、「右」の勢力の中にも左翼の裏返しみたいな連中が多い。自らの無謬性を声高に主張し、異なる意見を暴力的に(言論を装いながら)攻撃する。
私は、こんな連中に同調することもないし、ましてや屈服することもない。

「右」であれ「左」であれ、人間存在は自由でなければならない。それは肉体的にはもちろん精神的にも。
それを束縛する勢力―宗教、あるいは政党にもそういう連中が跋扈している。
私は、そういう勢力と命を賭して闘う。

※「ブント」から日本赤軍や連合赤軍の「一部」が生じたことに深い反省の念を抱いています。

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2007/06/18

中国製品は「死と背中合わせ」

去る10日の日曜日、私はある新聞記事を見てビックリした。
あきれた、怖くなった、そして最後は腹が立った。
が、その記事をブログで取り上げるかどうかは迷った。
中国のアラ探しをしているようには思われたくないからだ。
しかし、米国とカナダへ輸出されたペットフードやパナマ向けに輸出された薬用甘味料のグリセリンの例を思い出し、考えを変えた。

5月6日付米ニューヨーク・タイムズは、パナマで中国製薬用甘味料を使用した100人の死亡が確認されたと報道。
5月9日付朝日新聞によると、米国とカナダでは今年3月、中国製ペットフード原料を使用した製品を食べた数百匹の犬と猫が原因不明で死亡。

事実を伝えなければ、いつ日本人が被害に遭うかわからない。それほど中国製品は危険である。まさに中国製品を使用することは「死と背中合わせ」。
そう思ったから、あえてエントリーとしてアップすることにした。

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【北京=佐伯聡士】食品の安全性に対する信頼が揺らいでいる中国で、レストランの
紙ナプキン、つまようじなどに潜む様々な病原菌が健康を脅かしていることが分かった。中国の有力紙「南方週末」が、中国調理協会が2006年に行った調査結果などをもとに伝えた。

同紙によると、規定では、紙ナプキンにはいかなる回収紙も使ってはならないが、実際には、低品質のナプキンに回収したゴミを漂白したものが流用されていた。製紙工場に10年勤めた男性は、「原料の中には、使用済みの生理用ナプキンや病院が廃棄した
ガーゼもある」と証言。恐ろしいのは色つきの紙ナプキンで、漂白剤すら使わず、ゴミを着色してごまかしただけのものがあり、大腸菌や結核菌、肝炎ウイルスなどが検出されたという。

低価格のつまようじも、状況は同じ。海南省海口市で昨年、広東省から購入した大量の「回収ようじ」が見つかった。レストランやゴミ捨て場から回収したようじを水につけて
よごれを落とし、包装し直しただけで、この種のようじからは大腸菌や結核菌以外に
エイズウイルスまで検出されたという。これらの紙ナプキン、ようじが輸出されていたかどうかは不明。また、使い捨てのプラスチックのはしやスプーンなどの食器を、不十分な消毒を施しただけで繰り返し使うレストランもあるという。

中国「食」の不安拡大 紙ナプキンはゴミ流用 ようじ回収、再包装/地元紙報道
(2007/06/10 讀賣新聞【朝刊】)

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もう、「おぞましい」と言うしかない。
これが世界第4位の経済大国、世界一の貿易黒字大国の実態なのである。

「南方週末」は、 中国広州で高学歴者に人気のある週刊紙。そこに書かれている記事は信頼度が高い。

中国当局は、ペットフードに関して「真相究明に当たる」との声明を発表、樹脂などに使われるメラミンが違法に添加されていたことを認めた。
薬用甘味料については「グリセリンの代わりに医薬品には使用できない化学薬品が使われた」と述べ、因果関係を認めた。米食品医薬品局(FDA)が調査したところ、ジエチレングリコールが含まれていたことが判明した。
しかし、この程度の反省で中国を信用してはならない。

なにしろ、この国では「人の命は紙よりも軽い」。
中国農業大学の食品科学・栄養技術単科大のルオ・ユンボ氏は「中国の農産物は
零細農家が作っており、加工会社も小さく多数ある。そのすべてを検査するのは容易なことではない。安全基準を徹底することは難しい」と述べている。

要は、中国製品には手を出さないことだ。

中国在住の日本人、中国に旅行する日本人、特に気をつけてほしい。

参照:中国製医薬品とペットフードから毒性物質 100人死亡 (朝日新聞)

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2007/06/16

地球温暖化の防止は米国と中国がカギ

以下は「エコイストCLUB」に寄稿した私の記事です。

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ドイツのハイリゲンダムで開催されたG8サミットにおける最大のテーマは、深刻化するスーダンの民族浄化でも、出口の見えない泥沼のイラク戦争でも、あるいは世界の脅威になりうるイランの核開発でもありませんでした。
そこでは、地球温暖化という人類共通の脅威にどう立ち向かうかが一番の関心事だったのです。

温室効果ガスの削減を先進国に義務づける京都議定書は、第1期が来年始まり、2012年に終わります。今回のサミットでは、2013年以降をにらんで一つの方向性が合意されました。
それは、「地球規模の排出を2050年までに半減する」という長期目標を「真剣に検討する」としたことです。

京都議定書から離脱し、今回も数値目標に消極的だった米国も、とりあえず合意に署名しました。世界最大のCO2輩出国である米国を、同じ方向に引き戻したことの意義は非常に大きいと思います。
ただ、米国は数値目標設定に消極的で、米国に次ぐ排出国である中国は「温暖化を
招いたのは先進国」という立場から、排出抑制を課せられることに抵抗しています。近い将来、中国は米国を抜いて世界最大のCO2排出国となることが確実視されていますから、米国と中国がこの姿勢では長期目標の達成は至難の業(わざ)かもしれません。

JCCAによると、世界の二酸化炭素排出量の国別排出割合(2004年)は次のようになっています。
1位:アメリカ22.1%、2位:中国18.1%、3位:ロシア6.0%、4位:日本4.8%、5位:インド4.3%、6位:ドイツ3.2%。

Co2

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なんと、米国と中国の2国で、世界のCO2排出量の40%を占めているのです。したがって、米国と中国の協力なくしては「地球温暖化の防止」など「絵に描いた餅」です。

では、なぜ米国と中国の2国はダントツにCO2の排出量が多いのでしょうか?

米国の国内総生産(GDP)はわが国の2.7倍(2005年)。なのにCO2の排出量は4.6倍。
まさに異常です。
一方の中国のGDPは、わが国の約半分(2005年)にすぎないのに、CO2の排出量は
なんと3.8倍。
これは米国よりもさらに異常です。

米国のCO2排出量が多いのは、米国人のライフスタイルにあります。冬でも室内では
Tシャツ1枚で過ごせるほどの暖房をする。1ℓ3~4kmしか走らない燃費の悪い大排気量の車を乗り回す。

米国人1人は、インド人50人分に相当する消費生活を営んでいると言われます。例えば、牛肉1キログラムを生産するためには、餌として穀物を約10倍(10kg)近く消費する。
米国人は主に肉を食べ、インド人は主に穀物を食べるわけですから、ここで米国人は
インド人より10倍も多くの食料を消費することになるわけです。移動手段も米国は車ですがインドはバイクです。ここでも石油の消費量に10倍の開きが出てくる。

つまり、米国のCO2の排出量がダントツに多いのは、主に国民のライフスタイルに起因するところが大なわけです。もちろん、環境投資よりも利潤優先という米国式の資本主義の考え方も大きく影響しています。
民主党のクリントン氏が大統領だった時は、米国は「温暖化防止」のリーダーでした。が、より経済界寄りのブッシュ大統領(共和党)になってからは、米国政府の姿勢は
とても消極的になってしまいました。

米国政府に要請したいのは、もっと環境投資や省エネ投資を奨励してほしいということです。目先の利益にとってはマイナスかもしれませんが、長い目で見ればきっとプラスになる。米国民にはライフスタイルの改善を求めたいですね。

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中国のCO2排出量が異常に多いのは、もちろん人口がダントツに多いというのも理由の一つですが、主たる原因はエネルギー消費の効率の悪さにあります。

昨年9月、日中経済協会訪中代表団の一員である今井敬・特別顧問(新日鉄名誉会長)は、独自に調べた資料に基づき、「中国の国内総生産(GDP)ベースの一次エネルギー消費は日本の約8倍に達している」ことを明らかにしました。そして、これは中国の発展の制約要因となると警告しました。
つまり、今の中国は、同じものを作るのに日本の8倍もの石油・石炭・天然ガス等を必要とするということです。

中国は世界有数の産油国(2006年度の産油量は世界第7位)であり、世界第1位の石炭産出国です。にもかかわらず、資源がほとんどないわが国に次いで、今では世界第3位の石油輸入大国。
この事実が、中国のエネルギー消費の効率がいかに悪いかを如実に示しています。

中国は環境や省エネに対する意識が極めて低い。ほとんどの企業が環境技術や省エネ技術に投資しない。また、環境設備を導入している企業も、当局の検査があるとき以外は環境設備を稼動させない。だから大気や水が汚れ放題になるわけです。

今、上海では「笑えないジョーク」がはやっています。

息子が学校から「墨を持って来い」と言われた。
父親の答え 「河川の水をそのまま汲んで持って行け」

上海と並び称される中国経済の牽引車である広東省の張徳江・広東省党委書記(当時)は次のように語っています。
「急激な経済開発に伴い、耕作可能な土地が減少し、水質や大気の汚染が極度に悪化。飲食物の安全を確保できない状態だ」と・・・

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米国はエネルギーを“過剰に消費”している。中国はエネルギーを“異常に浪費”している。この両「CO2排出大国」を端的に表現すれば、こう言えるのではないでしょうか。

中国が安倍内閣になってから“日中友好”に転換したのは、世界のトップクラスであるわが国の環境・省エネ技術が欲しいのが一つの理由と言われています。が、わが国企業の反応は鈍い。
これは、中国に技術を提供すれば、すぐさまコピーされて低レベルのまがい物を作られてしまうことへの警戒感がわが国企業に強いからだと言われています。
つまり、知的財産権が保護されない偽物天国・中国を恐れているわけですね。

中国が真に世界に信頼される大国になろうとするのであれば、まず「世界のルールに従う国」になることでしょう。
でなければ、経済成長すればするほど世界の秩序を乱し、世界の環境を破壊するという構図は変わりません。

中国が持続的成長を続け、目標とする“小康社会(多少は豊かさを実感できる社会)”を実現するには、このことが不可欠です。
が、私は中国が変身できるかどうかに強い疑問を抱いています。
米国が変身できるかどうか以上に・・・

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2007/06/14

歴史をわい曲する韓国の暴力的民族主義

昨日、日本による台湾統治は“侵略”でも“植民地支配”でもなく、「未開の台湾を近代化した」ものだったと書いた。
これは朝鮮半島についても同じことが言える。

以下の記事を読んでほしい。李栄薫(イ・ヨンフン)ソウル大学経済学部教授のインタビューを抜粋したものである。
ソウル大学と言えば、韓国の最高学府である。
韓国の知識人にも、こういう人物はいるのだ。

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Iyonfun







「韓国人の歴史意識は観念的かつ道徳的であり、見解の異なる者との対立を自ら望む傾向にある。また政治指導者らは、大韓民国が何かの間違いで建国された国だと考えているようだ。金大中(キム・デジュン)政権が第2建国委員会を発足させたことや、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が韓国近現代史を“正義が敗北し、機会主義がはびこった”時代と規定したことだけを見てもそれは明らかだ。こうした間違った歴史意識は社会や国家を分裂させ、韓国の先進国入りを難しくしている」

「いつからか文章を書く際に自分で検閲をするようになった。だが、真の検閲者は韓国の暴力的民族主義だ。これにやられた人は、謝罪や引退、または逃亡に追い込まれるほかない」

「昨年初めに出版された『解放前後史の再認識』の編集にかかわりながら、韓国社会の中産層がこれまでの50年間、民族や民衆、階級などといった日常生活とは何の関係もない歴史からどれだけ苦しめられたのかを痛感した。そこで、こうした状況を何とかしたいと思い、自由と信頼、法治の文明精神に基づいて書かれた新たな歴史を示そうと考えたことがきっかけになった」

「韓国人は自ら伝統を否定し、批判した経験がない。韓国の伝統を批判した日帝が敗亡し、それにより伝統自体が美化され、産業化の始まりとともに民族主義的に利用された。性理学は、人間を道徳的存在と見なし、社会を道徳原理が支配する場と見なしている。これは、西洋的意味での実用主義や経験主義、多元化された思考とはかけ離れている。ここ数年間、韓国社会が深刻な摩擦と対立を経験したのも、余りに観念的かつ道徳的な性理学的思考からもたらされたものではないかと思う」

「朝鮮王朝は19世紀には既に事実上解体されていた。人口の増加により火田民(焼き畑農業を行う農民)が増えたため山林は荒廃し、少し雨が降っただけでも土砂が田畑に押し寄せ、農業生産力は減少した。18世紀中ごろに比べ、農業生産力は19世紀末にはほぼ3分の1の水準にまで衰退した。こうした農業生産力の衰退の影響で1850年代以降にコメ価格が暴騰し、それが政治的・社会的混乱へとつながり、それに対し朝鮮王朝は何ら有効な対策を打ち出すことができなかった」

「1982 年、金海郡庁で土地調査事業当時に作成された文書が大量に発見された。そこで、この資料を活用した研究を行ったところ、総督府は国有地を巡る紛争を公正に扱っていたことが分かった。全国484万町歩(1町歩は約0.99ヘクタール)の国有地のうち、12万7000町歩だけが国有地として残ったが、その大部分は朝鮮人農民らに有利な条件で払い下げられていた。食糧を日本に搬出したのも市場を通じた商行為に基づくものであり、強奪したわけではない」

「韓国の学界には厳格なジャッジがいないためだ。先進社会では学界を支配する厳格な審査グループがあり、主張の妥当性について判定を下している。後進社会にはこうした審査を行うグループが存在しないため、何が正しく何が間違っているのかについて、大衆はもちろん、研究者さえも知ることができない状況に陥っている」

「土地や食糧の収奪、虐殺など、この作品(小説「アリラン」)が描いた内容は事実とかけ離れている。自分も学校の図書館でこの本を借りて読んだことがあるが、本には学生らがあちこちに書き込んだメモが残されていた。例えば、日本人の巡査が土地調査事業を妨害したという理由で、朝鮮人農民を裁判にもかけずに処刑する場面では、“ああ、こんなことがあってよいのか…”と怒りを示していた。このように商業化された民族主義が横行し、被害意識だけが膨れ上がった結果、(植民地支配を実際に体験した)高齢者よりも若い世代で反日感情が強くなった。これは、商業化された民族主義と間違った近現代史教科書に基づく公教育のせいだ」

「建国とともにこの地に初めて自由民主主義国家が樹立され、個人の財産権や経済活動の自由を保障する自由市場経済体制が導入された。これは、韓国史の大転換と呼ぶべき出来事だ。だが、若年層が大韓民国の建国を否定的に考えるのは、われわれが近代に無賃乗車した側面が強く、自由民主主義社会を実現するための闘争をほとんどせず、市場経済を受け入れる際の代価を支払うこともなかったためだ」

「李光洙(イ・グァンス)や崔南善(チェ・ナムソン)のようなイデオロギー型の親日協力者らは建国の過程で排除されている。建国に参加した人々は、官僚、教師、会社員、銀行員などのテクノクラートであり、近代国家を建設しようとすれば、近代が要求する知識・技術体系を習得した人々が必要になる。(彼らを親日派と見なすのではなく)植民地体制下の近代を通じ、こうした近代国家の建設に必要な人的資源が供給されたと見るべきだ」

「“われわれの力で解放を勝ち取れず、親日派を清算できなかったことにより歴史が歪曲(わいきょく)された”というイデオロギーが左派により広められているが、自らの力だけで植民地から解放された国がどこにあるというのだろうか。また、左派は“北朝鮮は親日派を清算した”と主張するが、本当にそうだろうか。天皇制イデオロギーに基づく日本軍国主義を継承した国家がまさに北朝鮮の首領体制ではないだろうか」

「木村光彦教授の著書『北朝鮮の軍事工業化』を読んで知ったことだが、金日成(キム・イルソン)主席が南侵を決行する上で、日帝が建設した軍事工業施設が一役買っていたそうだ。800人にも及ぶ日本人技術者らが韓国戦争(朝鮮戦争)の直前まで北朝鮮に抑留され、工業生産の復旧に当たっていた。北朝鮮経済が1960年代まで韓国に先んじていたのも、日帝が建設した生産基盤のおかげだ。金日成主席の北朝鮮は、精神・物質の両面で日本帝国主義の申し子ということができる」

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「真の検閲者は韓国の暴力的民族主義」と見抜きながら、こういう発言を韓国最大の新聞・朝鮮日報に載せる。
李栄薫教授の勇気に敬意を表したい。

「韓国人は自ら伝統を否定し、批判した経験がない。韓国の伝統を批判した日帝が敗亡し、それにより伝統自体が美化され、産業化の始まりとともに民族主義的に利用された」

まさにそのとおりである。

日本に併合される前の韓国は極めて貧しく、政治的には清(中国)と属邦関係にあった。そして朝鮮王朝は、既に統治権力としての権威を失墜していた。しかも、制度的には奴隷制の残る前近代的な身分制社会だった。
李教授も「朝鮮王朝は19世紀には既に事実上解体されていた」「18世紀中ごろに比べ、農業生産力は19世紀末にはほぼ3分の1の水準にまで衰退した」と語っている。
つまり当時の韓国は、政治的、経済的、社会制度的制約から、自力で近代国家へと脱皮できるような状況ではなかったのである。

李完用や一進会が、日清戦争や日露戦争という歴史の激動を直視する中で、日本との併合による韓国・朝鮮の近代化を志向したのはむしろ当然、ある意味では歴史の必然だった。
ところが今の韓国は、李教授が指摘するように、当時の「韓国の遅れた伝統」を美化し、「遅れた伝統」を批判した日本(日帝)を悪者にすることによって自らの歴史を合理化しているのである。
1世紀も経過しているのに、今になって李完用などを「親日派」「売国奴」として弾劾し、その子孫から財産を没収するなどという、およそ民主主義国家では考えられないことが行われるのも、「韓国人は自ら伝統を否定し、批判した経験がない」からである。

「総督府は国有地を巡る紛争を公正に扱っていたことが分かった」
「その大部分は朝鮮人農民らに有利な条件で払い下げられていた」
「食糧を日本に搬出したのも市場を通じた商行為に基づくものであり、強奪したわけではない」
にもかかわらず
「日本人の巡査が土地調査事業を妨害したという理由で、朝鮮人農民を裁判にもかけずに処刑する」などという「ねつ造本」(小説「アリラン」)が350万部も売れる。李教授はこの本を「憤怒の念と狂気で満たされた作品」と批判しているが、一般の韓国人はこの批判に耳を貸さないだろう。

これも、韓国が「厳格なジャッジ」がいない「後進社会」だからであり、「暴力的民族主義」が自由な言論を圧殺するからである。
その結果、「(植民地支配を実際に体験した)高齢者よりも若い世代で反日感情が強くなった」のだ。

ヨルリン・ウリ党などの左派は「われわれの力で解放を勝ち取れず、親日派を清算できなかったことにより歴史が歪曲(わいきょく)された」と主張しているようだが、歪曲しているのは左派だろう。
「建国に参加した人々は、官僚、教師、会社員、銀行員などのテクノクラートであり、近代国家を建設しようとすれば、近代が要求する知識・技術体系を習得した人々が必要になる。(彼らを親日派と見なすのではなく)植民地体制下の近代を通じ、こうした近代国家の建設に必要な人的資源が供給されたと見るべき」という李教授の主張はまさしく正論であり、朝鮮戦争を戦った韓国軍の幹部もほとんどが旧日本軍の軍人だった。
ところが「近代に無賃乗車」し、「市場経済を受け入れる際の代価を支払うこともなかった」という自覚もないまま今の繁栄を享受している連中に限って「親日派を清算できなかったことにより歴史が歪曲(わいきょく)された」と主張する。

「天皇制イデオロギーに基づく日本軍国主義を継承した国家がまさに北朝鮮の首領体制ではないだろうか」という提起には同意できないが、李教授が展開する主張は概ね正しいと思う。

「自由と信頼、法治の文明精神」に基づくと李教授のような認識になる。が、今の韓国では、李教授のような人は「謝罪や引退、または逃亡に追い込まれるほかない」。韓国が真の民主主義国家になれるかどうかは「反日」を克服できるかどうかにかかっている。しかし、李教授に対する韓国世論の反応を見ていると、それは極めてむつかしいと言わざるをえない。

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李教授は2004年9月にも、韓国のキー局であるMBCの討論番組で以下のような発言をしている。
「挺身隊(“従軍慰安婦”を韓国ではこう呼ぶ)は商業的目的を持った売春業」
「韓国戦争(朝鮮戦争)当時の韓国人による慰安所や米軍部隊近くのテキサス村に対する(韓国人の)反省と省察がない」
「朝鮮総督府が強制的に慰安婦を動員したと、どの学者が主張しているのか」
「日本は挺身隊を管理した責任があるが、韓国民間人の問題も取り上げるべきだ」

つまり李教授は、朝鮮戦争当時、韓国人自身が慰安婦を募集し慰安所を開設していたではないか、第二次大戦中の“従軍慰安婦”も同じ構図だったのではないか、と主張しているのである。
また李教授は、「朝鮮総督府が強制的に慰安婦を動員したと、どの学者が主張しているのか」とまで述べている。これは、韓国の学者の間では“従軍慰安婦”は朝鮮戦争当時の米軍向けの慰安婦と同じで、「商業的目的を持った売春業」であったと認識されていることを示している。
にもかかわらず、表に出てくるのは「日本は韓国のうら若き女性を強制連行し、性奴隷として酷使した」という怨嗟のこもったわが国に対する非難一色なのである。

まさに「真の検閲者」である「韓国の暴力的民族主義」が事実をねつ造し、歴史を歪曲しているということだ。

李教授はかつて、「韓国の歪曲された教科書で学んだせいか、反日感情の根がかなり深くなっている」「私たちが植民地時代について知っている韓国人の集団的記憶は多くの場合、作られたもので、教育されたものだ」と語ったことがある。
「歪曲された教育」が「歪曲された民族意識」を生み出し、国家や社会までも歪曲してしまう。
われわれも歪曲された教育、歪曲されたメディアの報道に汚染されないよう、常に注意しなければならない。

それにしても李教授が「謝罪や引退、または逃亡に追い込まれ」ていないことに驚くとともに、そこにかすかな希望を見出す。
李教授には、今後ともくじけることなく頑張ってほしいと思う。

なお、「ここ数年間、韓国社会が深刻な摩擦と対立を経験したのも、余りに観念的かつ道徳的な性理学的思考からもたらされたものではないかと思う」という李教授の指摘に強い注意を払いたい。
「余りに観念的かつ道徳的な性理学的思考」とは、硬直した原理主義的思考のことだ。
韓国で言えば「反日」あるいは「反米」思想のことである。
「反日」「反米」の前では一切の論理的、あるいは実証的思考が拒絶される。

ここで気になるのが、わが国における民族的自覚を促す人たちの論調である。これと同じことがわが国でも起こっていないか???
例えば天皇制に関する論議、米国との関係に関する論議、あるいは中国人、韓国・朝鮮人に関する論議。
ここにおいて「硬直した原理主義的思考」が顔を覗かせていないだろうか???

天皇は男系継承が“絶対”であってそれ以外は許さない、これは「余りに観念的かつ道徳的な性理学的思考」ではないのか???
今の日米同盟を捉えて「日本は米国の属国」と貶す(けなす)のは、あまりにも現実から遊離した非難ではないのか???
中国人あるいは韓国・朝鮮人というだけで“悪”と決め付ける、これも「暴力的民族主義」ではないのか???

私は「天皇は男系継承があるべき姿だ」と思っている。が、それが“絶対”とは思っていない。
米国との関係で、わが日本国が“従”の立場にあるのは間違いない。が、東アジアの“力の均衡”を考えれば米軍のプレゼンスを無視するわけにはいかない。
中国人あるいは韓国・朝鮮人に犯罪者が多いのは事実である。が、だからと言って中国人あるいは韓国・朝鮮人というだけで差別するのは間違いだと思っている。

物事に“絶対”はない。
“絶対”があるのは宗教であり共産主義である。もっと言えばカルトである。
人間は常に柔軟でなければならない。精神は自由でなければならない。そして物事はすべてが相対的である。
“絶対”が支配する社会―それこそ人類の不幸である。

「思想、良心、信仰の自由」は、いかなる社会においても保障されなければならない。
それを制約できるのは、社会及び国民の平和と安寧を脅かす危険性があるときだけに限られる。
これが民主主義であり、われら日本国民は戦後60年間を経てそのことを醸成してきた。
われわれは、ここから後退してはならない!!!

参照1: 李栄薫教授「韓国の暴力的民族主義が歴史論争を封殺」 (朝鮮日報)
参照2:李栄薫教授「韓国人の儒教原理主義が歴史を歪曲」 (朝鮮日報)
参照3:李栄薫教授「厳格なジャッジなき学界が歴史を歪曲」 (朝鮮日報)
参照4:李栄薫教授「北朝鮮は日本帝国主義の申し子」 (朝鮮日報)
参照5:李栄薫ソウル大教授「従軍慰安婦は売春業」 (朝鮮日報)
参照6: ソウル大教授「日本による収奪論は作られた神話」 (朝鮮日報)

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2007/06/13

李登輝氏の来日に思う

5月30日に来日した台湾の前総統・李登輝氏が今月9日に離日した。李氏の今回の目的は、生きている間に芭蕉の「奥の細道」を辿(たど)りたいというものだった。
が、氏の今回の来日が残したものはそれだけではなかった。
外国人でありながら「司馬さん、私は22歳まで日本人だったのですよ」(司馬遼太郎氏との対談)と公言する李登輝氏は、日本の現状を憂える発言も含め、非常に含蓄のある言葉や行動を示してくれた。
李氏が「22歳まで日本人だった」という理由は次のとおり。
「初等教育以来、先生たちから日本人はいかにすばらしい心を持っているかという教育をうけつづけたんです。22歳まで受けた教育はまだ、のどもとまで詰まっているんです」と氏は語っている。

大勢の人に見送られて離日する李氏Ritouki_1         靖國神社に参拝される李氏Ritouki2

6月7日李登輝氏は、夫人をともなって靖國神社に昇殿参拝された。そのとき氏は次のように語っている。
「兄が戦死したといっても父親は一切信じなかった。亡くなる時まで、兄が生きている証を探し続けた。だから家には位牌も何も無いんだ。兄の証があるのは靖國神社だけなんだ。だから靖國さんには感謝している」
「靖國神社の問題は、常に個人の、家庭の中で考えるべき問題だ。信仰や魂という事柄については、個人がそれぞれの考え方を持っている。だから、くれぐれも政治の力で型通りに割り切りたくない。家族がそれぞれ自由に愛するものの事を考えるのがよい」

李登輝氏は、9日に行われた日本外国特派員協会での記者会見において、「靖国問題は、国内問題を処理できない中国と韓国によって作り出されたもの」と指摘、「(両国の靖国批判に対して)日本の政治は弱かった」と、わが国の軟弱ぶりを嘆いて見せた。
また、氏は「自国のために亡くなった若い人をおまつりするのは当たり前のこと。批判される理由はない」とも述べ、中韓の不当な内政干渉を真っ向から批判した。

まったくの正論である。
こういう言葉が外国人の口から出る一方で、わが国内の大新聞や多くの政治家が、
わが国首相の靖国参拝を口を極めて非難するのであるから、ほんとうに情けない限りである。

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後藤新平の生誕150年を記念し藤原書店が設けた「後藤新平賞」の第1回受賞者に李登輝氏が選ばれた。
6月1日、東京で行われた授賞式において李氏は次のように語った。

「匪賊(ひぞく)が横行する未開の台湾にあって、1898年、民政長官として赴任した後藤新平は、ペストなど悪疫の流行を根絶し、教育の普及に努め、土地改革や専売法の制定に力を尽くした。
12年間の総統時代、一滴の血も流さず台湾の政治体制を軍事独裁体制から民主的体制に変革し、台湾政府を樹立したことは私の一生の誇りだが、今日の台湾は後藤新平が築いた基礎の上にある。私にとって後藤新平は偉大な精神的導師だった」

左翼やリベラルを称する人間たちは、後藤新平を「侵略主義の手先」などと呼ぶ。しかし、わが国の台湾統治は“侵略”でも“植民地支配”でもなかった。実態は李氏が言うとおり「未開の台湾を近代化」したのである。
“侵略”と言えば、戦後に台湾に侵入した国民党の方がその言葉にふさわしい。
1947年2月28日に台北市で発生し、あっという間に台湾全土に拡大した「二・二八事件」において、約28,000人の台湾人が殺害・処刑され、彼らの財産の多くが没収されたと言われている。そのとき発せられた戒厳令は1987年まで続き、その間、国民党による白色テロや暴力支配が横行した。

日本の左翼やリベラルを称する人間たちは、わが国の“侵略”や“植民地支配”を非難しても、この国民党による“侵略”と暴虐を非難することはない。
これまた情けない限りである。

二・二八紀念公園内にある二・二八紀念館228










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授賞式の後の昼食会で、李登輝氏は「指導者の条件」として以下のものを挙げたという。

指導者は第一に、信仰を持っていなければならない。
第二に、権力はいつでも放棄できるように自制し、必要がない時は人民に返すべきである。
第三に、公私の別をはっきりさせなければならない。
第四に、誰もが嫌がる仕事を率先してやらなければならない。
そして第五に、カリスマを求めてはいけない。真心をもって正直に取り組まなくてはいけない。

李氏は台北市長に就任した際、「誠、公、廉、能」を自分自身の基本態度にしたいと記者団に語った。
「もし(聖書の)コリント前書のいう『誇らない、高ぶらない』を実行できるとすれば、それこそが『誠』であり、『自分の利益を求めない』は『公』であり、『不作法をしない』は『廉』であり、『常に寛容であり、絶えることがない』こそ『能』です」

わが国の政治家に、李氏の爪の垢でも煎じて飲ませたい。

ちなみに李登輝氏はクリスチャン。それでも靖国神社に何のわだかまりもなく参拝できる。
それが“日本人”なのだ。

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三島通陽の「スカウト十話」によれば、後藤新平が脳溢血で倒れる日に三島に残した言葉は、「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」であったという。

やはり明治の先人は偉大だった。李氏が「後藤新平は偉大な精神的導師だった」と言うはずである。それを「後藤新平は侵略主義の手先」などと呼び、戦前のわが国を否定する左翼や自称「リベラル」たち。

恥を知れ!!!と言いたい。

参照1:日本李登輝友の会
参照2:[五郎ワールド]「政治家の品格」を考える (讀賣新聞)
参照3:「靖国問題は中韓が作った」 李登輝氏、今夕離日 (讀賣新聞)

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2007/06/04

中国はいつ崩壊するのか?(再)

このところ時間がないので、過去における私の人気エントリーを再掲していきたいと思う。
まず第一弾は、私の出世作「中国はいつ崩壊するのか?」。

これは約2年前に書いたものだが、今でもここで言及した内容は間違っていないと思う。

中共の不自然なまでのわが国に対する“友好姿勢”と、それとは相反する東シナ海のガス田問題に対するかたくなな態度。
江沢民時代よりひどくなったと言われる言論統制。

和諧(わかい)社会、すなわち調和のとれた社会を構築するという目標を掲げながら、一向に改善されない中共体制の矛盾の深化がそこに示されている。

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2005/05/23

中国は、いつ崩壊するのか?

これまで「中国は間違いなく崩壊する」というタイトルで記事を2回書いた。これに対して、いつ崩壊すると思うか?崩壊したらどうなると思うか?というご質問があった。
もっともなご質問である。崩壊する、と断言しておいて、それがいつかに言及しないの
では欲求不満が残る。
したがって、今回は崩壊の時期について分析してみたい。
なお、崩壊後にどうなるか?については後日、予測可能な範囲で記事にしたい。

中国の先行きを占う上で、参考になる記事が二つある。
深嶋修氏の中国の成長神話を崩壊させる3つの危険要素と行天豊雄氏の中国経済と日本である。

深嶋氏は中国経済が崩壊する原因として次の4点をあげる。
①急速かつ特異な高齢化
②環境制約の顕著化
③資源制約の顕著化
④深刻化する財政悪化。

①ユネスコの高齢化社会基準は、「国または地域の60歳以上の人口が当該国または地域の総人口の10%あるいはそれ以上を占めていること、または65歳以上の人口が
総人口の7%あるいはそれ以上を占めていること」である。
中国第5次国勢調査の結果では、現在、全国の60歳以上の人口は既に1億3200万人に達し、総人口の10%を占めている。また、65歳以上の人口は8811万人に達し、総人口の約7%を占めている。
つまり、中国は既に高齢化社会に突入しているのだ。これは、一人っ子政策による人口増加率の大幅な下降と生活水準の向上による平均寿命の大幅な延びが原因である。
中国の1人当たりGDPは、やっと1000ドルを超えた程度にすぎない(日本とアメリカは
3万ドルを超える)。先進諸国は「豊かになってから高齢化した」のに対し、中国では
「豊かになる前に高齢化が始まっている」のである。

②無秩序かつ無規律な大規模開発を進めた結果、環境が急速に悪化している。都市人口の7割が大気汚染にさらされ、7大水系の7割が重度汚染、400以上の都市が水不足、砂漠化面積は年間3400平方キロに及ぶ。
この深刻な環境破壊は、農民の大規模な暴動を引き起こすほどである。

③急激な経済成長は、膨大な量のエネルギー、原料、水資源の消費をもたらしている。中国は既に、米国に次いで世界第2位の原油輸入国である。中国が、このまま成長を続ければ、深刻な世界的資源不足、食料不足をもたらすのは間違いない。

④財政赤字は、既に、国際安全ラインの対名目GDP比3%に達している。国有企業等の借金も含めると、名目GDPを超える規模の債務があると推測される。
しかし、非効率的で赤字の国有企業は、一方で何千万人もの者に雇用と福祉を
提供しており、地方経済の中核を担っているため容易に整理できない。その結果、それを支える国有銀行は多額の不良債権を抱える破目に陥っている。
四大国有銀行は、国内総銀行資産の60%を占めている。これらの銀行の不良債権
比率は、公式統計では19%(2004/03/31)だと言われているが、実際には、それよりはるかに高いと推測されている。

2004年3月末、中国の四大国有銀行の不良債権は融資総額の19%を占めていたが、同年9月末まで既に5.16%に下がったと中国政府は同年11月、発表した。下がるスピードが速く、しかも下がった理由について何の説明もないため、この数字に信頼性はない。米国の権威ある評価機関スタンダード・アンド・ブアーズ(Standard & Poor’s)は中国の銀行の不良債権率は45%に達していると見ている。

中国最大の危機:金融危機【大紀元日本5月5日】から引用

行天氏は、以下の点を中国経済の弱点としてあげる。
①非効率的で赤字の国有企業と多額の不良債権をかかえる国有銀行
②社会的不平等の急速な拡大と社会システムのゆがみ
③共産主義イデオロギーの崩壊に伴う社会的規範の喪失と宗教的な社会倫理に無縁な社会
④汚職の横行と一部に見られる飽くなき貪欲
⑤資源制約の顕著化
⑥環境制約の顕著化
⑦社会的・政治的自由を求める動き

以上については、既に中国は間違いなく崩壊するの中で言及した。
①⑤⑥は深嶋氏と共通している。

私は両氏の指摘の中で、崩壊の時期を決定づけるのは財政の悪化と四大国有銀行の不良債権問題だと思う。
高齢化問題、資源問題、環境問題、汚職、社会的不平等、社会的・政治的自由への
欲求等はボディーブローのようなもので、劇的な変革要因になる可能性は高くない。
しかし、国有銀行の信用不安は、成り行き次第で一気に経済を崩壊させる。日本の
バブル崩壊を想起してほしい。経済が崩壊すれば、共産党独裁体制も一蓮托生で
ある。
革命は常に経済的困窮から起きる。一見、高まいな政治理念やイデオロギー、あるいは宗教的動機に基づくと見られる革命も、根本にあるのは経済的に困窮した民衆の
巨大なエネルギーの爆発である。
中国もバブルが崩壊し、今や1億人にのぼると云われる民工が路頭に迷う事態になれば、強固に見える強権支配体制も、またたく間に瓦解する。

中国のGDPは、この5年間で1.6倍になった。それを支えているのは、海外からの投資と投機マネーの流入である。この投機マネーがバブルを引き起こしている。
不動産価格の高騰は上海や広州など沿岸部にとどまらず、重慶、成都、西安などの
地方都市にも広がっている。赤字の国有企業までが子会社を通じて投機に走っているという。
巨額の不良債権を抱える国有銀行は、中国という国の信用によって支えられており、
実態は破綻状態とまで言われている。国の財政がさらに悪化し、今のように銀行を支えきれなくなったとき、銀行は自ら不良債権を処理しなければならない。
四大国有銀行は、そういう事態に備えて公的資金の注入を受け、財務体質を改善して海外での上場を目指しているという。しかし、それが実現する可能性は低いといわれる。
追い詰められた銀行が、不良債権の整理に乗り出さざるを得なくなったとき、そこで起こるのはバブルの崩壊であり、「貸し渋り」と「貸し剥がし」である。その結果、企業倒産→銀行破綻→経済失速→失業の増大という負の連鎖が始まる。

野村資本市場研究所シニアフェロー・関志雄氏がバブル崩壊後の中国経済の姿の中で次のように書いている。

中国では、投資と経済成長がお互いに促進しあう好循環の下で、不動産価格が高騰するなどバブルの様相を呈している。しかし、最近の当局による引き締め政策をきっかけに、逆に投資と資産価格が低下し、景気が減速するという悪循環に変わることが予想される。
バブルが崩壊すれば、中国は90年代の日本のように、企業部門は雇用調整、設備調整、バランスシート調整を迫られることになろう。

日本では多くの大企業が実質上終身雇用制を採っており、そのおかげで雇用調整には長い時間がかかったが、不況が深まっても大量の失業者が発生しなかった。
これに対して、中国では市場における流動性が高く、景気後退に伴って失業率が大幅に上昇することになる。
現在、主に農村部から都市部へ、また内陸部から沿海地域へ流れている出稼ぎ者は1億人にも上る。彼らの故郷への送金は経済発展から取り残されている地域の重要な所得源になっているだけに、当局にとって、雇用の維持は単に経済問題に留まらず、社会全体の安定がかかった重要な課題である。
(中略)
借り手である企業の業績が悪化する中で、銀行が抱える不良債権はいっそう増え、貸し渋りが深刻化するだろう。鉄鋼やセメント、アルミといった「過熱部門」における投資の四割は銀行融資に頼っている。
来るべき調整局面において、企業の倒産を含めた、大規模な産業再編が予想され、銀行もそのツケの一部を負担せざるを得ないだろう。
中国の銀行が抱える不良債権はすでに世界最悪の水準に達しており、バブルの崩壊に伴って、いっそうの悪化が避けられない。
日本と同じような金融危機を防ぐべく、政府としても不良債権を処理するために、銀行部門へ公的資金を注入せざるを得ないだろう。
しかし、国有銀行とその最大の融資先である国有企業にコーポレートガバナンスが欠如したままでは、公的資金の導入は不良債権を一時的に減らすことができても、その新規発生を止めることができないため、問題の根本的解決にはつながらない。
また、四大国有銀行が、近い将来海外の株式市場で上場する計画を立てているが、不良債権問題が深刻化する時期と重なることになれば、その実現は難しくなるだろう。
(中略)
雇用・設備・債務という「三つの過剰」を解決するために、日本は10年以上の歳月を費やしてしまった。そして、中国がこの日本型危機を回避するために許された時間はもはや多くないのである。(太字は筆者)

この記事が書かれたのは2004年6月22日である。そして現在はどうかというと、関氏が予測したような「バブルの崩壊」には至っていない。

これは、

過熱経済を心配する当局は金融引き締めに躍起だが、効果が出ないのは、当局の目をかいくぐって流れ込む資金があるからだ。統計で説明がつかないこの種の資金は年100億ドルを超える。密貿易や、海外の子会社との経理操作で投機資金を動かすことはたやすい

からである。

人民元切り上げ問題がはらむ中国リスク AERA(2005年5月16日号)

だからといって、関氏の分析が誤っているわけではない。バブルは必ず崩壊するし、
崩壊すれば関氏が指摘するような姿になる。
以下の記事が、それをさらに裏付ける。

4月下旬、新華社は次のように報道した:“国務院は、150億ドルの外貨準備を中国工商銀行に注入して改革を行うことを決定した。”
いわゆる改革とは、不良債権を処分して自己資本比率を引き上げ、もって上場の資格を獲得し、上場を通じて新たな資金を囲い込んで経営を支えることである。
これ以前の2003年末、中国銀行と中国建設銀行は、それぞれ225億ドルの資本注入を受け、資産・負債を処分して積極的に上場の準備を進めている。

中国の四大国有銀行は、それぞれ役割が異なっている。このうち工商銀行は、国有企業への融資を担当しており、不良債権が最も多い。2002年末時点における不良債権の残高は7920億元近くあり、四大国有銀行の全体の不良債権の45%を占めており、100元の融資のうち30元近くが“不良”となっている。
中国銀行と建設銀行には225億ドルが必要とされたことから、この150億ドルは第一回目の注入にすぎないと言ってよい。
スタンダード&プアーズの金融サービス評価担当部長・曽怡景の推計によると、中央政府は、工商銀行に対する今回の150億ドルの資本注入のほか、工商銀行及び農業銀行の資本調整に少なくとも1100億ドルが必要となる。
また、貸倒引当金や自己資本比率を保守的に計算した場合、必要な資本注入額は1900億ドルとなる。

スタンダード&プアーズが2004年の7月に推計したところによると、こうした銀行の困難を除去しようとする場合、6500億ドルもの資金が必要となるが、これは中国のGDPの約4割を占める
中国の外貨準備は6000億ドル余りで、国内債務以外に2000億ドル余りの外債を抱える中で、政府が銀行を救うための資金はどこにあるというのだろうか?
(中略)
いわゆる切離しとは、不良債権を割引いて4つの資産管理会社に売却することである。資産管理会社はゆっくりとこうした債権の回収にあたり、一部は回収できるが、恐らく大部分は回収できない。
また、一部は外国の投資銀行に売却される。これら資産管理会社もまた国有企業であって内情は複雑であり、損失や破産が起これば、国家がその全てを引き受けることになる。

1998年、政府は30年ものの長期国債を発行して四大国有銀行に2700億元の資本注入を行った。このプランが策定された当時は、97年時点でのリスク資産の規模に基づいて自己資本比率を8%とすることが目標とされていた。
2002年11月までに、四大資産管理会社もまた銀行の不良債権1600億ドルを処分した。しかし、昨年末になって再び資本注入による“改革”が実施されたことは、いくら資金を追加投入しても何の役にも立たず、古い不良債権を処分すれば今度は新たな不良債権が発生し、そのブラックホールが底なしの穴となっていることを証明している。
(後略)

中国国有銀行のブラックホールはどれだけ深いのか?
【大紀元日本5月16日】(太字は筆者)

上記の記事を読むと、わが国におけるバブル崩壊後の銀行の不良債権処理と、その
ために行われた公的資金の注入が想起される。
あの時も、米国の格付け機関は、銀行の抱える不良債権は40~50兆円と予測して
いた。それに対し銀行自身は、不良債権を2~3兆円と言っていた。それが、いつの間にか25兆円に膨れ上がり、最終的には、いくらあるのか分からなくなった。
そして多額の公的資金が注入され、多くの銀行が破綻した。
おそらく中国の四大国有銀行が抱える不良債権の実額も、スタンダード&プアーズの推計が正しいと思われる。
なお、「資産管理会社」とは日本の「整理回収機構」のようなものであろう。そのうち
「産業再生機構」と似たような組織も作られるかもしれない。
ここで注意してほしい点がある。中国のバブルはまだ崩壊していない、というより、まだバブル真っ盛りなのである。バブル真っ盛りなのに、日本のバブル崩壊後と同じような対応を政府が銀行に対して取らざるを得ない。
これが、繁栄を謳歌しているように見える中国経済の現実の姿なのである。

中国政府の銀行改革の目的は、「不良債権を処分して自己資本比率を引き上げ、
もって上場の資格を獲得し、上場を通じて新たな資金を囲い込んで経営を支える」ことである。
これが成功すればよい。が、失敗すれば、それがバブル崩壊の引き金になる。
今の状況でバブルが崩壊したらどうなるのであろう。日本の銀行は、バブルが崩壊する前は、不良債権など無きに等しい状況だった。その日本でさえ、建て直しに10年以上かかった。バブルが崩壊する前から公的資金の注入や不良債権の売却が必要な中国がどうなるのか、予測するのも怖いくらいである。
前出の人民元切り上げ問題がはらむ中国リスクは以下のように書いている。

13億人の中国が混乱すれば世界が揺さぶられる。最大の問題は失業だろう。高成長の現在でさえ3億5000万人の「不完全就労」がある、と推計される。高成長が挫折すれば、億単位での失業の増加も予想される。職を失った人が周辺のアジア諸国に流出し、人口流動に拍車がかかる。
08年の北京五輪、10年の上海万博までは成長は持続する、と見られているが希望的観測の域をでない。桁外れに大きな隣国の混乱は他人事では済まない。
(編集委員 山田厚史)(太字は筆者)

既に、国有銀行を海外の株式市場で上場する計画の第一弾は挫折した。前出の中国国有銀行のブラックホールはどれだけ深いのか?から引用する。

工商銀行の一歩先を行く建設銀行は、2004年末に資本注入を受けた後に改革の気勢を上げている。
建設銀行会長の張恩照は、昨年の2月に開かれた2004年工作会議において、建設銀行を3年以内に国内トップの利益、効率を実現できる株式制銀行とし、10年以内に中国銀行業の中で最高の株式市場価値を実現できる株式制商業銀行にするとともに、アジア市場のトップに立つことを謳った。
また、建設銀行は、中国国際金融(中金)を上場のための財務顧問に任命した。中金は、主として建設銀行とモルガンスタンレーとの合資で成立したもので、もともと建設銀行を2005年に米国に上場して60億ドルを調達する予定であったが、モルガンスタンレーが参画しても米国では上場できなかった。
現在は、監督が緩やかなロンドンに転じたところであるが、これが成功するかどうかはまだ分からない。

米国でできなかった上場がロンドンでできるのか?
関志雄氏も「四大国有銀行が、近い将来海外の株式市場で上場する計画を立てているが、不良債権問題が深刻化する時期と重なることになれば、その実現は難しくなるだろう」と述べている。
私もおそらく無理だと思う。そして、そのときが、中国経済と中国共産党の終わりの始まりである。

【再掲終わり】

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中国の公式統計では、金融機関が抱える不良債権額は2005年3月末時点で1兆3,100億元(約1,640億ドル)、不良債権比率は8%(中国銀行業監督管理委員会)。
ところが、英Financial Timesによると、世界4大会計事務所のひとつ、アーンスト・アンド・(E&Y)は、同年5月に発表した「世界の不良債権(NPL)に関するリポート」の中で「中国の不良債権は控えめに見積もっても9,000億ドル以上で外貨準備を上回る規模」との見込みを示した。
実に公式統計の5.5倍。不良債権比率は40%を超えることになる。

E&Yは中国でもかなりの実績があり、この数字は信頼できるものと思われる。が、E&Yは5月12日付声明で、この中国の不良債権に関する数値を「誤りだった」として撤回した。裏で、中国当局の「中国からE&Yを締め出す」という強烈な恫喝があったという。

やはり、大紀元の記事は間違いではなかったということだ。
中国の公式統計など、まったく信用できない!!!

讀賣新聞が、今回来日した李登輝・前台湾総統(84)が、7日に都内で行う講演の概要を次のように報じている(抜粋)。

中国は経済問題が深刻なため、2007年は内政問題に翻弄(ほんろう)される。昨年、経済成長の減速を図ろうとしたが失敗し、輸出はさらに拡大、引き続き過熱状態にある。中国の高度経済成長は決して健全ではない。

中国政府は経済問題により引き起こされる衝撃を緩和するため、一種の愚民政策の方針に転じている。宇宙開発計画や北京五輪開催、日本との歴史問題など、大衆の注意力を他にそらすこともこれに含まれる。

中国は対外戦略では、向こう2年間は、もっぱら東アジアの政治主導権を握ろうとするだろう。米国がイラク問題などに追われ、弱体化したままの状態でいれば、東アジアでは日本と中国が域内の権力闘争の主軸となる。日本は短期内に中国と対等に張り合う力を持てるよう努力しなければならない。

「22歳まで日本人だった」と公言する李登輝氏。
この方に比べると、いかに情けない日本の政治家が多いか!!!

ほんとうにやりきれない。

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2007/06/02

社保庁改革―民主党のプロパガンダに騙されるな!

先月25日の衆議院厚生委員会、またしても民主党が無様な姿をさらしましたね。社会保険庁改革法案の採決に際してですが、桜田義孝委員長(自民党)を委員長席から排除(連れ去る)。
国民投票法案の時は委員長席のマイクを投げ落とすという暴挙を働きましたが、今回はそれ以上です。

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桜田委員長(中央)を委員長席から排除しようとする野党委員ら

なぜ、今日になって、この社会保険庁と年金に関するエントリーを書く気になったか。
それは、国民のかなりの部分がこの問題を誤解しているからです。

国民は、社会保険庁(社保庁)のデタラメぶりを政府・自民党のせいだと思っている。
とりわけ安倍内閣の責任が大きいと。
5,000万件にも上る「誰のものか定まっていない年金記録」の存在が発覚して以来、安倍内閣の支持率が各種調査で急落したことが、それを物語っています。
しかし、実態はそうではありません。

確かに歴代政府は、その責任を逃れえません。安倍内閣にもその責任の一端はあるでしょう。
が、政府・自民党と同じくらいの責任が野党にもあるのです。

この社保庁のデタラメぶりは、民営化前の国鉄にそっくりです。
国鉄は、「我田引鉄」の自民党の利益誘導型政治家たちと、非生産的で公僕としての自覚が薄い労組によってダメにされた。
社保庁も「年金事業」を食い物にする自民党の利益誘導型政治家たちと、非生産的で公僕としての自覚が薄い労組によって堕落させられた。

国鉄の労組がそうであったように、社保庁の労組も野党(民主党・共産党)支持です。
野党は社保庁の労組を擁護することが自らの利益につながる。
つまり、社保庁のデタラメぶりの責任は野党にもあるのです。

ちなみに社保庁の労組には、「全日本自治団体組合の国費評議会(国費評議会)」と「全厚生組合(全厚生)」、それに「全国社会保険組合共闘会議(社保共闘)」の三つがあります。
このうち連合系の国費評議会が12,400人ともっとも多く、全労連系の全厚生と社保共闘が各々約2,600人。つまり、民主党支持の労組が12,000人、共産党支持の労組が5,200人となっているのです。
このあたりも旧国鉄にそっくりですね。もっとも旧国鉄には革マル派や中核派支持の労組もありましたが、社保庁はどうなんでしょう?

ところで、民主党などが社会保険庁改革法案に反対するのは「誰のものか定まっていない年金記録の解消にめどがつかない限り、社保庁の後継組織の形を定められない」という理由からです。
これって、とても変です。
5000万件にも上る「誰のものか定まっていない年金記録」を生み出したのは社保庁です。民主党など野党の主張は、その社保庁に「「誰のものか定まっていない年金記録の解消」をやらせると言っているに等しい。
文字どおり「泥棒に泥棒を取り締まらせる」ということです。

社会保険庁改革法案は、2010年に社保庁を解体し、非公務員型の新法人「日本年金機構」を設立するというものです。
もちろん、これだけで問題は解決しません。
「仏(ほとけ)作って魂入れず」では、どうしようもない。やはり社保庁職員の意識革命が第一でしょう。
幸い、「年金事業」を食い物にする自民党の利益誘導型政治家―という構図は小泉内閣の構造改革で解消されました。あとは安倍首相がどこまで抵抗勢力と闘えるかですね。

「誰のものか定まっていない年金記録」の問題を解決するのは当たり前のことです。理不尽な不利益を被っている国民に謝罪し、救済措置に全力を挙げるべきです。
で、この問題に与党も野党もありません。
なのに民主党は、近づく参院選をにらみ、年金記録漏れを政府・与党を追い込む格好の材料にしようとしています。

テレビで「社保庁改革には賛成だが、年金記録漏れの解消が先決で、それまで改革するべきではない」というサラリーマンのインタビューが報道されていました。
多くの国民がこういう誤った認識を持っていると思います。

一人でも多くの方が、社保庁が改革されなければ―つまり労組が変革されなければ「年金記録漏れの解消」もありえないという事実を国民の皆さんに知らしめてほしいと思います。
そして社保庁改革に反対する民主党は“抵抗勢力”であるということも知らしめてほしい。

参照:内閣衆質一五九第一三二号

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結婚は必ずしも必要ないが52%???

先月14日の讀賣新聞におもしろい調査結果が載っていました。

“「30歳代ライフスタイル」ネット調査”という記事で、目についたのは次の点。

(1)「転職は避けた方がよいか」の質問に対しては「そうは思わない」が計53%で、「そう思う」の計41%を上回った。

(2)「一般的に言って、人は結婚した方がよいか」との質問に、52%が「必ずしも必要ない」と回答、「結婚した方がよい」の43%を上回った。特に、女性は61%が「必ずしも必要ない」と答えた。

(3)未婚者に結婚していない理由(複数回答)を聞いたところ、「異性と知り合う機会がない」(45%)、「理想の相手がいない」(40%)、「自由な時間が減るのがいや」(28%)、「独身暮らしに満足」(26%)が上位に挙がった。

(4)「子育てを親に頼っている」という人は計58%だった。「親と同居」の人は83%に上った。

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まあ、30歳代の登録モニター1,000人(男女各500人)から得た回答ですから30代のすべてを表しているとは思いません。
が、彼らのライフスタイルに関する考え方の一端を示していることは間違いないでしょう。

言えることは、我々の年代とは明確に違うということですね。大きなジェネレーションギャップを感じます。

私の年代は1951年生まれ(私は52年の早生まれ)。団塊の世代のちょっと下。全共闘世代の最後尾(1970年入学)に当たります。

我々のころは、学校に行くのが当たり前、卒業したら就職するのが当たり前、就職したら勤続するのが当たり前、生活力ができたら結婚するのが当たり前という時代でしたから、「転職は避けた方がよいか」の質問に対しては「そうは思わない」が53%もあったというのは驚きですね。
「人は結婚した方がよいか」との質問に、52%が「必ずしも必要ない」と回答したというのも同様です。

もっとも、我々は「造反有理(反逆には理由がある)」の世代で、既成の秩序や道徳観を否定する傾向が強かった。「同棲」という「結婚」とは異なる形の「男女の共同生活」がはやったのもこのころですね。
「一流大学を出て一流企業に就職する」という「規定のレール」に異議を突きつける若者も多かった。
が、やはり大多数がいずれは「結婚したい」と思い、できれば「安定した職業に就きたい」と願っていた。
「同棲」するカップルが増える一方で「お見合い」もけっこう盛んでした。伊勢正三さんの大ヒット曲「22歳の別れ」は、そういう世代の典型ですね。これは、5年間の「恋愛」を捨てて「見合い結婚を選ぶ」、そういう歌ですが、私もこの歌、好きでした。

だから、「結婚していない理由」の3位と4位に「自由な時間が減るのがいや」(28%)、「独身暮らしに満足」(26%)が挙げられたのは、ちょっと理解できません。
結婚して家族ができるというのは確かに束縛もあるけど、生きるモチベーションにもなると思いますけど、私は。孤独は辛いと思いますよ、特に年をとったら。

尊敬する親がいて、自分たちがいて、愛する子供たちがいる―私からすれば何ものにも代えがたい幸せですね。
子供を育てるのは大変だし、私も下の子がグレて苦労しましたが、「この親にしてこの子あり」と悟ったらずいぶん気が楽になり、逆にわが子に対する愛情が深まりました。
もちろんお子さんのいないご夫婦もいますが、お互いが自立しながら支えあっている方が多く、それはそれでうらやましく思えるところもあります。

ちなみに、私は6回転職、今の職場が7つ目です。つまり私の人生は、その時代の社会的常識とはかけ離れていたわけですが、これは根が「反体制」だったのだから「特異」な例ですね。
参考になりません。
まあ、できれば一つの職場で長続きするのが理想だと思います。どうしても今の仕事が合わないとか、転職でキャリアをアップできるというのなら別ですが、転職して成功した例の方が少ないですね、私の知っている限り。

ただ、私たちの若い時と比べれば、はるかに起業しやすくなっていますし、時代の変化も5年分が1年に感じるほど早いですから、やる気と能力のある人にとってはチャンスが多いと思います。
それに、終身雇用―定期昇給という日本的雇用慣行も崩壊しつつありますから、昔ほど会社に忠誠心を抱く気になれないというのもわかります。
が、わが日本、まだまだ転職に不利、つまり長く勤めた人に有利な体制になっています。たとえば退職金とか。

やはり、53%が転職を肯定したといっても、実際に転職するのは中小企業の人が多いでしょうね。私は公務員を辞めて起業したわけですが、同期のほとんどは公務員を続けているし、普通の人はその方がいいと思う。

それから「子育てを親に頼っている」という人が計58%―というのも驚きでした。われわれはニューファミリーの走りで、「親と別居」―「相互に干渉しない」というのが半ば常識化していましたから、今の30代は親に甘えているという感じがしますね。
まあ、30代前半の人たちは「友だちのような家族」を理想としたニューファミリーの子供たちですから、親と近いんですかね。
どうでしょう?30代の読者の皆さん。

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人生というのは平坦なものではないし、いつ何が起こるかわかりません。言えることは、常に努力を怠ってはならないということでしょう。努力の結果であれば、転職も悪くないと思いますが、世の中そんなに甘くないというのも現実です。特に家族ができたらそう簡単にはいきません。
「だから結婚しない」というのでは困りますが(笑)

私自身が人生、蛇行の連続で、あんまりえらそうに言える立場ではありません。特にカミさんには迷惑のかけどおし。
10代後半から20代前半は「革命」を夢み、就職先がなくて仕方なく公務員になり、あき足らなくて起業したら3年で倒産。バブルで生き返り、今度は銀座で豪遊。で、バブルがはじけてまた無職。
この時は人生3度目の深い反省となります(笑)
思うのは、人間というのは学習能力が低いということです。同じ過ちを繰り返す。でも、反省できるから人間は進歩するんですね。そこがサルとの違い。
サルは学習能力は高いですが反省できません。だから人間ほどは成長できない(笑)

私は、今までの人生に満足はしていませんが納得はしています。すべて自分の考えと決断によって生きてきたわけだから、納得できないとしたら悲劇ですよ、今ごろ生きてられない。
そういう意味では、転職するにせよしないにせよ、結婚するにせよしないにせよ、やっぱり自分の考えと決断を大事にしてほしいですね。
そして責任は自分で取る。
最悪なのは惰性に流されること、ぬるま湯に安住すること、人生を安直に考えること。

常に前向きに、一生懸命に生きていれば、きっといいことがあります。転職しようがしまいが、結婚しようがしまいが、それが大切です。
ただ、決断する時には家族の存在も忘れてほしくない。
そう思います。

今の世の中、私たちの時代より、努力する人間と依存して生きる人間の差がつきやすい、つまりやる気と能力のある人とそうでない人の格差がつきやすい社会です。
が、一度くらい落ちこぼれても、けっしてあきらめないでほしい。
「わかっちゃいるけどやめられない」のが人間ですから、失敗の一度や二度は誰にだってあります。そこでくじけたら、ほんとうの敗者になってしまう。

家族を愛し、社会を怨んだりせず、父母を含む祖先に感謝しながら、めげることなく生きていこう。

これが今日の結論かな。

なお、讀賣新聞のネット版にも調査結果が載っています。

参照:ネット世論調査 「30歳代ライフスタイル」 (2007/05/14 讀賣新聞)

【追記】
税金と年金はしっかり払いましょう。
これ、人間としての義務だと思います。

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