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2008年2月

2008/02/29

妄執の虜―加藤紘一

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

私は昨日、中国公安省(警察)幹部が――有機リン系農薬成分メタミドホスは包装の外側から染み込むという実験結果を公表。中国内で冷凍ギョーザにメタミドホスが混入した可能性は「極めて低い」と述べ、明言は避けたが、日本国内で混入したとの見方を強く示唆した――ことを激しく非難した。

この中国側の対応については、日本の当局幹部も強く反発している。

警察庁の吉村博人長官は、28日の記者会見で、中国側が「証拠要求に日本側が応ぜず説明もしないのは遺憾」とした点について「メタミドホスの分析結果や流通経路に関する資料など捜査に役立つものはすべて渡しており、遺憾とは理解できない」と反論。「日本側は浸透しないとする実験結果を提供した。(中国側にも)科学的なデータをいただきたい」とした。

また、泉信也国家公安委員長は29日の閣議後記者会見で、「信頼関係の上に捜査状況を交換してきた中で、理解し難い対応。警察当局は事実に基づき解明していくべきで、政治的配慮はかかわるべきではない」と不快感を示した。(時事通信)

ところが、この、傲岸不遜のかたまりのような中共、反省するどころか、今度はとんでもない世論操作をやっている。
昨日(28日)、国家品質監督検査検疫総局の魏伝忠副総局長が記者会見で、「日本人記者が2月15日、農薬メタミドホスを購入し、持ち出そうとしたため、地元の警察に摘発された」と発表した。
共同通信によれば、共同通信中国総局の記者は、発売禁止のはずの農薬が入手可能かどうかを確認するためにメタミドホスを河北省で購入したのだという。
ところが、魏局長の発表を受けて、新華社ネット版を始めとする中国のネットメディアは「毒が入れられたのは日本国内 日本人記者が取り調べを受ける」との見出しで、「日本人記者が農薬を日本へ持ちだそうとしたため逮捕された」と誤解を与えるような記事を掲載した。
で、中国の各ネット掲示板には日本を非難する書き込みが殺到。「河北省の警察はよくやった。ついにホシを挙げた」「毒ギョーザ事件は最初から日本人の自作自演だと思っていた」「日本人記者の動機と手口を含めて、徹底した真相究明を求める」といった内容がほとんどで、中国人の多くが「事件は解決した」と決めつけている。(参照:産経新聞

もう、あきれて何も言う気がなくなった。
この厚顔無恥な中国には、以下のニュースを捧げる。

中国製ギョーザ中毒事件を受け、北海道、東北、関東地方の19都道県で展開する生協4団体が中国製加工食品のカタログ販売を原則中止したり、中止する方針を決めたりしていることが28日、分かった。日本生活協同組合連合会が中国の工場を調査中で、各団体はその結果などを見て中止期間を判断する。(中日新聞:抜粋)

中日新聞の記事は「各団体はその結果などを見て中止期間を判断する」と書いているが、中止の理由が「消費者に不安を訴える声が多く」ということであるから、今の状況では「無期限販売中止」だろう。
中止は、カタログ販売だけではない。讀賣新聞によれば――生協の一部店舗は、中国製加工食品の撤去や国内産商品への置き換えを始めている。共同購入の商品については、3月末に国内産などに変更する――という。
JTを始めとする輸入や販売にかかわった業者も「原因究明されないと輸入再開はできない」としている。
つまり、中共の無責任な居直りと人命軽視の体質が、日本国内における中国製加工食品に対するボイコットの輪を大きく拡大させているということだ。

最近の世論調査では「今後、中国製食品は利用しない」という人が75.9%に達している。
まさに自業自得。
もう「勝手にしやがれ!中共!!!」というところか。
私も、これ以上は言及しない。

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28日の、中国当局とメディアが合作した「毒が入れられたのは日本国内」という許しがたい世論誘導がなければ、私は今日は別のエントリを書くつもりだった。

それは、次の記事についてである。

自民党の加藤紘一元幹事長は27日、TBSのラジオ番組で、山崎拓前副総裁、小泉純一郎元首相とのYKKトリオについて「もう終わった。いつまでも、いつまでもということではない」と述べ、事実上解散したとの認識を示した。

YKKトリオを振り返り「3人の楽しい関係から始まって、政治にある程度の意味を持った」としながらも、山崎、小泉両氏から26日夜の会合に誘われたが断ったと説明。「これからはお友達同士みたいな話より、この国をどうもっていくかや政策で仲間が集まったり、離れたりするのが筋ではないか」と、政策本位で行動していく考えを強調した。

「YKKは終わった」と加藤氏 (産経新聞)

加藤氏は、もう「一丁上がり」の政治家である。この政治家の自民党内における影響力は、かつての子分だった古賀誠選挙対策総局長よりはるかに小さい。
にもかかわらず、「これからはお友達同士みたいな話より、この国をどうもっていくかや政策で仲間が集まったり、離れたりするのが筋ではないか」という発言。
この「ギラギラ感」はどこから来るのか。

この発言から読み取れるのは、政界再編でもう一度「主役」の座を射止めたいという強烈な意志である。実際、加藤氏は、2月10日から2日間の日程で超党派の議員団を率い韓国を訪問した。この訪韓団には、民主党から小沢一郎代表と距離を置く仙谷由人、枝野幸男の両元政調会長ら5人が参加した。
これは「次期衆院選後の政界再編をにらんだ動き」(谷垣派幹部)であるのは間違いない。

加藤氏は民主党の菅直人代表代行と極めて近い。小沢一郎代表が自民党との大連立を志向しているのに対し、菅氏は加藤氏に代表される自民党左派との連携―政界再編を目指していると思われる。
おそらく菅氏と加藤氏は以心伝心だろう。だから、加藤氏は、元YKKの盟友でありながら、前原誠司前民主党代表と考え方が近い小泉氏との「26日夜の会合」を断ったのだ。

もちろん、加藤氏から、いつまで経っても「ギラギラ感」が抜けないのは、政界再編でもう一度「主役」の座を射止めたいという気持があるからだけではない。
かつて、「保守本流・宏池会のプリンス」と呼ばれ、「総理総裁に最も近い政治家」と言われた男の怨念というか妄執というか、短い言葉では表現しきれないドロドロとした魂の彷徨があるのだ。

以下は、私の2006年7月27日のエントリである。

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加藤紘一の嫉妬と妄執 (2006/07/27)

【はじめに】

皆さんは、権力闘争の根底にあるものは何だとお思いだろうか?

政治だから「主義・主張」があるのは当たり前である。もちろん「欲」もある。が、「嫉妬」もかなり大きな比重を占めるのである。その「嫉妬」は、時として「怨念」に転化することさえある。

この「嫉妬」が「怨念」にまで転化し、権力闘争の軸になったことは何度もある。有名な「角福戦争」などは、その典型だろう。
そして、「嫉妬」と「怨念」が、「主義・主張」の違いを超越した政権を生み出したこともある。いわゆる「自・社・さ」連立政権である。
小沢一郎に対する「嫉妬」と「怨念」が、何と自民党と社会党に「連立」を選択させたのである。

「憲法改正」を綱領に掲げ、「日米安保条約の護持」を党是とする政党と、「護憲と非武装中立」を党是とし、「日米安保条約の破棄」を主張する政党が連立しする。しかも、「護憲・安保破棄」の少数派から総理大臣を選ぶ。
日本の憲政史上でも稀有な出来事だが、権力闘争においては、こういうこともありうるのだ。

もちろん、自民党の場合は政権復帰願望も大きな動機であった。権力を奪回するためには、「主義・主張」になんかかまってはいられない。
が、社会党の場合は、小沢と、彼に追従した山花貞夫などの社会党右派に対する怨念が動機であったと言ってもよい。
それは、自民党との連立を主導したのが、反自民の急先鋒だったはずの社会党左派だったことが証明している。

(注-1)「角福戦争」
ポスト佐藤(栄作)の座を争った田中角栄と福田赳夫による、政治権力をめぐる激しい闘いを「戦争」に例えて呼んだもの。1970年ごろから田中が倒れる1985年まで続いた。
1979年の、いわゆる「四十日抗争」が、その頂点だった。

(注-2)「自・社・さ」連立政権
自民党、社会党、新党さきがけの三党による連立政権(1994年 ~1998年)。
この政権は、理念がまったく解らない。まさに、欲と嫉妬と怨念が生み出した政権だったとしか思えない。村山 富市(首相)と河野洋平(外相) と武村正義(大蔵相)の三党首がテレビに出て、「私たちはリベラルです」と連立の意義を強調していたが、そのうさん臭さは噴飯ものだった。

結果は、野党に転落していた自民党の復権を社会党が助けた。それだけである。

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なぜ、権力闘争の根底に「主義・主張」の違いや「欲」だけではなく、「嫉妬」や「怨念」があると【はじめに】で書いたのか。
それは、最近の加藤紘一の言動を見聞きしていると、そのことを痛感するからである。
したがって、そのことを書くことで、「政治の醜悪さ」と「政治家の憐れ」を皆さんに解ってもらいたい、そう思ったのである。

最初に、加藤のヒストリーを書いておこう。

加藤紘一。
昭和14年(1939年)生、67歳。山形県鶴岡市出身。東京大学法学部卒。大学時代は「60年安保闘争」に参加。卒業後は外務省のキャリア官僚(チャイナスクール組)になる。
父は衆議院議員の加藤精三だが、1965年に急逝した父の後継になることを、このときは断り、7年後の1972年に初出馬し当選。大平派(宏池会)に加入。

政治の表舞台に登場するのは、1978年の大平内閣で官房副長官を務めた時からである。1984年には45歳の若さで中曽根内閣の防衛庁長官に就任。
1987年のポスト中曽根をめぐる権力闘争では、宮澤派(宏池会)の事務総長として陣頭指揮をとる。が、派閥領袖の宮澤喜一は竹下登(経世会)に敗北。
このころから加藤は、「宏池会のプリンス」と呼ばれるようになる。

1991年に宮澤内閣の内閣官房長官に就任。
1992年に、いわゆる「従軍慰安婦」問題について、官房長官として「当時の政府の関与」があったことを認め、「お詫びと反省の気持ち」を表明した。
朝鮮半島出身者のいわゆる従軍慰安婦問題に関する加藤内閣官房長官発表
この談話が、翌1993年の河野洋平官房長官による「当時の軍が関与した強制連行」を認める「全面的謝罪」の伏線になるのである。
慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話

1994年の村山「自・社・さ」連立政権下では自民党政調会長に就任。
この政権を樹立する時、河野(当時自民党総裁)や野中広務、亀井静香らとともに、重要な役割を果たす。その結果、野中は自治大臣・国家公安委員長として、亀井は運輸大臣として初入閣。
つまり、全員がうまい汁を吸ったわけだ。ちなみに、その時の自民党幹事長は森喜朗(前首相)。

この年の8月、自民党政調会長として中国人民抗日戦争記念館を訪れた加藤は、「ここに来るのは長年の願望だった」「来年は終戦から50年。日本では、どう50年を迎えればよいか議論しており、日中戦争が本格的に始まるきっかけとなった盧溝橋を訪れることができたことは意義深い」と述べている。
この「日本では、どう50年を迎えればよいか(の)議論」が、1995年8月15日の「村山談話」として結実するのである。

1995年の自民党総裁選では、現職の総裁であり、同じ宮澤派に属する河野ではなく、竹下派(経世会)の橋本龍太郎を総裁に擁立する。これは、河野が、派閥内の最大のライバルだったからである。
このことが99年の宏池会分裂(河野派の独立)の遠因になる。
橋本内閣の下では、3期連続して幹事長を務める。このとき、幹事長代理の野中とコンビを組んで自民党の実権を握り、野中をして「魂の触れ合う 仲」と言わしめるようになった。

1998年に宮澤派を禅譲され、宏池会第6代会長(加藤派)に就任。派閥の後継争いに敗れた河野は、翌99年1月に麻生太郎(現外相)らとともに宏池会を離脱する。(宏池会の第一次分裂)

この年、自民党総裁選に盟友の小泉純一郎(現首相)が出馬する。
このころの加藤は、山崎拓(前副総裁)とともに小泉とは盟友関係にあった。いわゆる「YKK」であり、経世会(竹下派=竹下-金丸信-小沢)による自民党支配を打破することを目的に90年代初頭に結成された。
にもかかわらず、加藤は山崎とともに、盟友の小泉ではなく経世会の小渕恵三を全面的に支持、主流派を選択する。
結果は小泉84票。225票を獲得した小渕に惨敗した。

なお、このころの経世会は、既に金丸は議員辞職(1992年)し、小沢は離党(1993年)。実質的には、衆院は野中、参院は青木幹雄(現参院自民党議員会長)が仕切っていた。

このころから、「YKK」と呼ばれた山崎、加藤と、小泉の盟友関係に亀裂が生じ始める。

ところが1999年の自民党総裁選では、加藤は態度を一変させ、前回支持した小渕に対抗して山崎とともに出馬する。結果は加藤、山崎の敗北。小渕が再選される。
このときから、加藤には逆風が吹き始める。

この総裁選に際し、小泉は積極的な動きを見せなかった。もちろん加藤支持も山崎支持も表明しない。そして次のように言った。
「YKKは友情と打算の多重構造だ。権力闘争を勝ち抜くには友情だけではダメだが、打算だけでもむなしい」(1999年6月)。これに対して山崎は、「権力闘争が打算で何が悪い」と言い返した。
まさに権力闘争が、いかに非情なものであるかを物語るエピソードである。

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ここまでに書いた加藤の政治歴を見れば、このころ彼が、最有力の自民党総裁候補であったことがお分かりいただけたと思う。
45歳で国務大臣(防衛庁長官)に就任。その後は内閣官房長官、自民党政調会長、同幹事長(3期)を歴任した。しかも党内第二派閥(宏池会)の領袖である。加えて、政策に強く、外交にも通じている。
このころの加藤を評して、側近だった古賀誠(元幹事長)は次のように語っている。
「自民党の数多い有能な人材の中でピカ一。 宝と思っている」と・・・

この加藤が、なぜ失敗したのか?
世間も、永田町(自民党)も、加藤を自民党総裁の最有力候補とみなしていた。加藤自身も、自分が最有力候補だと思い込んでいた。実は、そこに一番の問題があった。
よく言えば「プライド」、率直に書けば「うぬぼれと自信過剰」。
加藤は「自分は近い将来絶対に総理になれる。それなら、自分の美学を通して総理になろう」、そう考えたのである。

橋本総裁時代、幹事長-幹事長代理として加藤とコンビを組み、「魂の触れ合う仲」と公言した野中や加藤の側近であった古賀らは、加藤が総理総裁になるための「線路」を敷いていた。
1998年の参院選敗北を受けて、任期途中で引責辞任した橋本の跡を継いだ小渕は、まだ1年余りしか総理・総裁を務めていない。ここは、あと一期(2年)だけ小渕にやらせるべきだ。そうしなければ、最大派閥である小渕派(経世会)が納得しない。
小渕が正規の総裁任期をまっとうしたのち、その跡を加藤に継がせる。そして経世会と宏池会で自民党を牛耳る。
これが野中や古賀が考えていた「線路」であった。

そこで野中と古賀は、「多少、あなたの美学からすれば外れるかもしれないが、この線路に乗れ」と勧めた。
ところが、加藤は、「いや、プロセスが大事だ」と拒否したのである。
野中たちは、「しかし、美学を通しても(総理に)なれなかったらどうするのか。総理になるプロセスは、多少見栄えが悪くても、総理になれば美学を通すことができる。まず、総理になることが大事なのだ」と説得した。が、当然、総理になれると思い込んでいた加藤は、そのプロセスを重要視して説得を拒んだ。
そして小渕に挑んだ加藤は惨敗、結果的に総理の座を棒に振ることになる。

加藤は、当時、米ニューヨーク・タイムズから「冷めた ピザ」と評され、国内でも「鈍牛」、「ボキャ貧」、「真空総理」などと揶揄されていた小渕に我慢がならなかったのであろう。
しかも国内では、バブル崩壊後の金融危機が表面化し、我が国は「国難」に直面していた。こういう状況を「真空総理」には任せておけない、加藤はそう思ったに違いない。
だが、当時、自民党の最大の実力者で、「魂の触れ合う仲」だった野中は、加藤に真正面から敵対した。

加藤はこのとき、「金丸さんが小沢さんを寵愛したように、野中さんも古賀さんを寵愛している」と述べて、自民党総裁選における自分の敗北が、まるで側近の古賀の裏切りであったかのような発言をしている。
が、加藤派の議員は、「加藤さんが113票も獲得できたのは、古賀さんのおかげだ」と、加藤の邪推を否定した。

加藤と山崎は、この総裁選の後、完全に干される。
が、事態はすぐに急変する。小渕が2000年4月2日に、脳梗塞で倒れたのだ。そこで急遽、後継の総理を選択する作業に自民党幹部は取り掛からざるをえない事態に追い込まれた。
まず名前が挙がったのが、自民党総裁経験者で唯一総理大臣に就任していない河野。宮澤や後藤田正晴などの重鎮が推薦した。が、最終的に選ばれたのは森だった。

内閣官房長官として小渕を支えていた青木は、「(小渕が意識不明の状態なのに)何かあれば万事よろしく頼むとの指示をいただいた」として首相臨時代理に就任。
赤坂プリンスホテルの一室に森幹事長、村上正邦参院自民党議員会長、野中幹事長代理、亀井政調会長(肩書はいずれも当時)を召集して、談合で森を後継総裁にすることに決めたのだ(いわゆる五人組による談合)。
加藤派の池田行彦総務会長(当時)にはお声がかからず、加藤もこの動きをまったく知らなかった。つまり、この時点で、加藤は完全に「番外地」とみなされていたのである。

ところが、この森首相が、誕生の経緯もあってか、国民から不評を買う。首相番記者からも「サメの脳ミソとノミ の心臓」と揶揄されるほどだった。メディアは、「森喜朗」の音読みにかけて「蜃気楼内閣」とまで呼んだ。
ここでまた、加藤の「うぬぼれと自信過剰」が頭をもたげてくる。
そして加藤は、山崎を連れ立って、野党が提出した森内閣に対する不信任決議案に賛成しようとするのだ。加藤派と山崎派が野党に同調すれば不信任決議案が可決される。つまり、内閣総辞職か解散しかない。

これが、いわゆる「加藤の乱」である。
が、野中幹事長(当時)の切り崩しや小泉(当時森派会長・現首相)の頑強な抵抗にあって、この反乱は鎮圧される。
特に加藤派は、側近と言われていた古賀を始め、宮澤喜一、池田行彦、丹羽雄哉、堀内光雄などの幹部を中心に半数以上が加藤から離反。(宏池会の第二次分裂)
これを機に、加藤は急速に党内影響力を失くす。

2002年には、加藤の金庫番と言われた佐藤三郎元秘書が、2億8,000万円の所得隠しと約1億円を脱税した疑いで逮捕され、加藤自身も政治資金の私的流用などが暴かれて3月に宏池会会長を辞任し、自民党を離党した。
が、国民の批判は収まらず、4月には衆院議員辞職に追い込まれる。

ところが加藤は、翌2003年11月の衆院総選挙に無所属で出馬、11期目の当選を果たす。そして、その後、自民党に復党。旧加藤派を引き継いだ小里派(現谷垣派)にも復帰。
しかし、2005年9月には、谷垣禎一(現財務大臣)が派閥の後継に決まると小里派を離脱する。

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ここまで読んで、皆さんは加藤のことを、どう思われたであろうか?

エリート、プライドが高い、うぬぼれ屋、政局音痴、ケンカの仕方を知らない、中道左派的思想、親中派、などは確実に読み取れる。
が、私はプライドやうぬぼれの裏に、小泉首相に対する嫉妬と怨念を感じるのである。
加藤が総裁選で小泉を支持しなかったのは1998年だけではない。95年に小泉が初出馬した時も、対立候補である経世会(竹下派)の橋本擁立の核になっている。

なぜか?
加藤の中では、YKKにおいて「総理総裁になる資格があるのは自分だけ」と思っていたからである。小泉は、それこそ論外。
山崎はそれを承知していて、まず加藤を総理総裁にする、そして自分は党幹事長として加藤を支える、と公言していた。
(当然、総理の座を加藤から禅譲してもらう、という前提付きだが)

ところが、「プライド」と「うぬぼれ」が裏目に出たうえ、元々が政局音痴でケンカべたときているからどうしようもない。
田中角栄元首相は「自分の努力で幹事長まではなれる。だが、総理総裁は努力だけではなれない。巡り合わせだよ」と初当選の挨拶に伺った額賀福志郎(現防衛長官)に語ったという。
が、加藤の場合は「巡り合わせ」ではなく、自業自得だと思う。

そんな加藤にとって、よりによって「格」がず~っと下のはずの小泉が総理大臣になった。しかも、自分のアドバイスには耳を傾けない。それどころかアドバイスと逆のことをやる。
にもかかわらず国民的人気が高い。
もう、小泉は許せない。後継総理は絶対に「反小泉」でなければならない。そう加藤は思っているのではないか。

加藤は、6月20日のテレビ番組で、自らの総裁選への出馬の意思を聞かれ、こんな“本音”をのぞかせている。
「私自身は過去5年間いろいろあり、傷も癒えていないので、今回は、そういうことはしません」
この「今回は、そういうことはしません」という発言を聞いて、加藤の元側近だった谷垣派議員は「『次回がある』と思っているのかなあ……あの人もギラギラ感が抜けないね」と苦笑した、という。

加藤が「非安倍」にこだわるのは、安倍晋三官房長官のアジア外交に対する姿勢を懸念するからだけではない。政界の急速な世代交代に待ったをかけ、もう一度、自らの活躍の場を確保したいという思惑もあるのだ。
もう1回だけ総理になる(もしくは総理に影響力を及ぼすことのできる)チャンスをくれ!本気でそう思っているのである。

加藤は今、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という心境にまで陥っている。
福田康夫不出馬が確定した今、加藤に政策が近い「ポスト小泉」候補は、かつての派閥の弟分、谷垣禎一財務相である。
が、加藤は谷垣について、「閣内にいて、小泉さんの庇護の下にいるイメージがある。靖国問題やアジア外交でも谷垣さんは(安倍や麻生と)ちょっと違うがはっきりしない」と評価する姿勢をまったく見せない。(06/07/24 讀賣新聞)
加藤は、谷垣が小泉内閣にいる=小泉に協力していることが、まず気に食わない。そして谷垣派は、本来は自分の派閥だ。谷垣は自分よりも格下だという思いをぬぐい切れないのである。

私は、加藤を「政界のはぐれ鴉」だと思っている。そして彼を見ていると、権力に対する妄執は、ここまで人間を醜悪な存在にさせるのか、と思うと同時に、「政治家の憐れ」を感じずにはいられない。

かつて、政界の策士と呼ばれ、今年5月に死去した松野頼三は、小泉首相の「政治の師」でもあった。
その小泉首相は、松野が亡くなった際に「政局の動き、権力闘争、自らやってきた人だから。派閥間の争い、派閥内の争い、人間の嫉妬。そういう点を実に詳しく教えてくれた」と語っている。

加藤にも松野のような「政治の師」がいれば、少しは彼の政治家人生も変わったものになったのであろうか???

(文中・敬称略)

(注)
「経世会」は、現在は「平成研究会」に改称されています。が、今でも「経世会」の方が
メディア、永田町とも通りがよい。

参照1:異才作家 『大下英治』 が書き下ろす迫真の政治ドラマ
参照2:第147回国会 決算行政監視委員会 第3号
参照3:佐藤三郎・加藤紘一議員元秘書の逮捕について
参照4:「ポスト小泉」への道(11)未練断ち切れぬ「YK」

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このエントリ、当時はかなりの人気を博した。「読み物としてもおもしろい」という評価もいただいた。
で、今、読み返してみて、「加藤氏はまったく変わっていない」ということが改めて分かる。
もう「妄執の虜」という表現がピッタリだ。

ちなみに「妄執」とは「成仏を妨げる虚妄の執念」(大辞泉)のこと。

こんな政治家が政界再編のイニシアチブを取る???

もう「いい加減にしてくれ!」と言いたい。

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2008/02/28

危険な中共との妥協は許されない

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

やはり中国が居直ってきた。
中国内では、既に「ギョーザ中毒事件と中国は無関係」という世論が形成されており、逆に「中国や天洋食品は被害者」という方向に世論が向かっている。
この世論を醸成する元になったのが、国営・新華社通信のニュースである。
つまり、中国政府は「責任は日本にある」という方向に事件を持っていこうとしているのだ。

以下は、朝日新聞からの抜粋である。

中国製の冷凍ギョーザ中毒事件で、捜査にあたっている中国の公安省と国家品質監督検査検疫総局は28日午前、北京市内で記者会見した。同省幹部は有機リン系農薬成分メタミドホスは包装の外側から染み込むという実験結果を公表。中国内で冷凍ギョーザにメタミドホスが混入した可能性は「極めて低い」と述べ、明言は避けたが、日本国内で混入したとの見方を強く示唆した。

日本側はメタミドホスが外部から浸透することはないとみており、両国当局の見解対立が表面化した形だ。1時間半に及ぶ記者会見は中国中央テレビが生中継。日中間で協力をうたっているものの、真相解明への取り組みは難航しそうだ。

~後略~

中国公安省、日本で農薬混入示唆 「袋の外からも浸透」 (朝日新聞)

このニュースで注目すべきは、これまでのように輸出入食品安全局や国家品質監督総局ではなく、公安省(警察)が前面に出てきたということ、そして、同省の幹部が――中国内で冷凍ギョーザにメタミドホスが混入した可能性は「極めて低い」――と述べたということ、――明言は避けたが、日本国内で混入したとの見方を強く示唆した――ということ、――1時間半に及ぶ記者会見は中国中央テレビが生中継――したということの4点である。
つまり、中国警察当局が中国内での毒物混入を否定する、日本国内で混入したとの見方を強く示唆するが明言は避ける、それを国営のテレビ局が全国に生中継する――このことによって、事件そのものはウヤムヤに終わり、「ギョーザ中毒事件と中国は無関係」「中国や天洋食品は被害者」という世論だけが残る。が、明言を避けることによって、日本の当局者との決定的対立は回避できる。

やはり、狡猾な中国共産党(中共)が考えそうなことだが、事実をゆがめ、自らの正義を強弁する中共のやり口は、己の首を絞めることにもなるのだ。

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21日、福田康夫首相と会談した唐家璇国務委員(前外相)は「本件を日中関係に影響させてはならない。中国政府は食品の安全について(輸出相手の)諸外国にも責任ある態度で臨まなければならない」と述べた。
が、中国の警察当局の姿勢がこれじゃあ、「中国政府は食品の安全について(輸出相手の)諸外国にも責任ある態度で臨まなければならない」と言っても誰も信用しない。
やっぱり「中国は危険だ」「中国は信用できない」となる。そして「本件は日中関係に大きく影響する」。

以下は、共同通信からの抜粋である。

中国製ギョーザ中毒事件を受け、共同通信社が9、10の両日に行った全国電話世論調査で「今後、中国製食品は利用しない」という人が75.9%を占めることが分かった。同事件で日本の行政が「責任を果たしていない」と感じている人は51.1%に達した。

中国製食品の利用については「これまで利用してきたし、今後も利用する」が21.6%、「これまで利用してきたが、今後はしない」は36.3%。一方「これまでも利用していないし、今後も利用しない」が39.6%だった。

この数字でみると、事件前に中国製食品を利用していた人は計57.9%だったが、事件後は利用者が21.6%に急激に落ち込むことになる。

~後略~

75%が「もう中国食品は使いません」 (共同)

中国製食品を利用する人が10人中6人から2人に激減。
当然だろう。
日本の消費者はバカではない。
自分の命を守るための当然の選択である。

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で、今回の事件に対する中国側の一連の対応だが、その信用を益々失墜させる結果に終わることは間違いない。

以下は産経新聞からの抜粋である。

大手旅行各社の取り扱う中国旅行(人員ベース)が、前年比2~5割減に落ち込んでいることが22日、分かった。中国製冷凍ギョーザによる中毒事件が収束に向かわないなかで、消費者の中国製品への不安が募り、旅行商品にも波及しているようだ。来月から本格化する北京五輪ツアーの販売商戦を控え、各社は中国のイメージ悪化に神経をとがらせている。

4~6月出発分の中国旅行販売状況をみると、日本旅行が前年同期比でほぼ半減。JALパックは同3割減で、ANAセールスが同2割減と各社軒並みマイナスとなっている。販売力の強い最大手のJTBはプラス基調を維持しているものの、中国製品への不安が長引けば影響は避けられそうにない。

日本旅行業協会(JATA)によると業界全体の昨年の中国観光ツアー実績(人員ベース)は、前年比5.6%増と堅調だった。

しかし、今年1、2月出発分はそれぞれ同13.2%減、同23.5%減と低迷。旅行会社は「昨年から中国の食の安全問題がマスコミなどで取り上げられていたことに加えて、今回のギョーザ事件で(中国が)さらにイメージダウンした」(日本旅行広報)ことが要因とみている。

~後略~

中国旅行“大幅減” ギョーザ事件で二の足 「五輪特需」も幻に? (産経新聞)

「イメージダウン」と言うより「中国の正体が見えてきた」と言った方がより正確だろう。スローガンだけで実体のない「日中友好」の愚かさが、今回の事件で暴露された。
日本国民の中国に対する不信感を解消するのは容易ではない。おそらく、中共体制が続く限り無理だろう。

昨年末には、ユニクロで知られるファーストリテイリングが、ユニクロブランドの中国での生産比率を段階的に引き下げ、現在の約9割から6割程度とする方針を明らかにした。当初は100%だった中国依存度を60%にまで下げるということだ。
理由は、低価格の中国製衣料品に対しては、輸出先の国が自国産業の保護のため、たびたび緊急輸入制限(セーフガード)を発動しており、ユニクロ製品を世界各国で販売するには生産を分散する必要があると判断したというが、それだけではなかろう。
ユニクロは今、ヨーロッパ進出に力を入れている。そのヨーロッパでは、人権をめぐって、知識人層を中心に中国の印象は極めて悪い。米国では、消費者レベルで「チャイナフリー」が拡大している。

自由貿易というのは、お互いがルールを守ることによって成立する。知的財産権の保護や製品の安全保証、労働条件の改善などにおいて、世界の常識からかけ離れた存在の中国からは、これからも外資の撤退が続くだろう。そして世界市場では「チャイナフリー」が益々拡大する。

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なぜ中国は、輸出相手国の消費者の安全確保や信頼の獲得より共産党の威信や正当性の維持を優先させるのだろう。「党の舌」であり「党ののど」でもあるメディアを動員してまでゆがんだ世論を醸成しようとするのだろう。
その理由は、中共体制が危機に瀕しているからだ。

今の中国においては、司法・立法・行政の3権と、第4の権力と言われるメディアまでも中共が独占している。ここにおいては、共産党中央及び中央政府は常に正しくなければならない。常に正しくなければ権力の独占=独裁は許されないからだ。
が、チェック機能のまったく働かない体制が「常に正しい」わけがない。逆に不正や腐敗が蔓延し、体制は堕落する一方である。そして、一般人民の不平や不満が社会に充満する。

中国製食品の人命にかかわるほどの危険性も、周辺諸国にまで影響を及ぼしている甚大な環境破壊も、想像を絶する「格差」の存在も、原因はすべてここにある。
が、中国共産党はこれを改めることはできない。それは自己否定につながるからだ。過ちを認めることは、権力の独占=独裁を放棄することと同義である。
だから自由な言論を抑圧し、民主活動家を拘束する。で、チェックされる、あるいは批判されることのない権力は益々堕落し、社会には不正や腐敗が蔓延する。

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あの、民主党の小沢一郎代表が鋭い指摘をしている。

「経済的な改革開放と共産主義独裁は両立しない。権力が強くなるほど、腐敗が進むものだ。長期政権は必ず腐敗するという言葉は中国も例外ではない」

民主党の小沢一郎代表(写真)は21日、ソウル市内で開かれた「アジアン・リーダーシップ・カンファレンス」(朝鮮日報社主催)に出席し、第1セッションで中国共産党に直撃弾を撃ち込んだ。胡錦濤国家主席と会談を行うなど親中派とされる小沢代表は、中国共産党の腐敗について、「(腐敗で失脚した)国民党のようにならないか憂慮せざるを得ない」と指摘した上で、「全ての紛争は貧困と貧富の差から始まる。中国は貧富の差に対する不満が一気に爆発することがあり得ることを知るべきだ」と述べた。

また、中国の軍拡について、「周辺国は中国の成長に伴う軍事力膨張を懸念している。中国が人類史的に大きな貢献をしていくことを『現実の行動』で見せなければならない」と強調した。小沢代表は、中国共産党の指導部らと会談した際にもこうした意見を伝えたとされ、「中国の混乱は世界的な混乱につながる。中国政治がソフトランディング(軟着陸)できるように隣国(韓国・日本)が支援することは歴史的使命だ」と主張した。

~後略~

小沢民主党代表の中国批判発言が話題に (朝鮮日報)

このニュースは日本のメディアも取り上げていたが、朝鮮日報がもっとも詳しかったので同紙から引用した。
上記の小沢氏の見方は概ね正しい。「中国の混乱は世界的な混乱につながる」――これが最大のチャイナリスクであり、中共体制の崩壊は東アジアから東南アジアにかけて大混乱をもたらすだろう。
が、小沢氏の言う、それを避けるためには「中国政治がソフトランディング(軟着陸)できるように」と言う点には疑問が残る。独裁権力が自ら民主化を行い、公平と公正を旨とする体制に転換したことは歴史上極めて稀である。
一例としてあげれば「台湾の民主化」がある。これは、独裁政権(国民党)が自ら民主化に乗り出した稀有な事例である。が、このときの国民党の最高指導者は「22歳(1945年)まで自分は日本人であった」と語る李登輝氏であった。また、当時の台湾は、今の大陸中国よりずっと民度が高く、格差もそれほどではなかった。
だから、一滴の血も流さずに民主化できたのだ。

では、今の中共にそれが可能か?
輸出相手国の消費者の安全確保や信頼の獲得より共産党の威信や正当性の維持を優先させる、「党の舌」であり「党ののど」でもあるメディアを動員してまでゆがんだ世論を醸成しようとする――
そんな党が自ら「ソフトランディング(軟着陸)できる」だろうか?
小沢氏の言う「隣国(韓国・日本)が支援することは歴史的使命だ」については、中国の理不尽に屈することなく、我が国の国益を堂々と主張することを前提とするのなら解らぬでもない。
が、今回の「毒ギョーザ事件」に対する我が国政府や民主党の対応を見ていると、とてもそうは受け取れない。
なぜ、日本の消費者に謝罪もせず、「被害者は我々の方だ」と居直る天洋食品に「遺憾の意」も表明できないのか?
「真相究明がまだできていない」からと言うのであれば、「メタミドホスは包装の外側から染み込むという実験結果を公表。中国内で冷凍ギョーザにメタミドホスが混入した可能性は極めて低い」というふざけた主張を国営テレビを使って宣伝する中国政府に、なぜ反論しないのか?
「ギョーザ以外からも毒性の強い農薬が検出されている」と・・・

「隣国(韓国・日本)が支援する」前に、まず中国が真の協調姿勢、真の友好姿勢を示さなければならない。沖縄近海までを自国領と主張し、東シナ海の排他的経済水域(EEZ)の境界線で勝手に天然ガスの開発を行う中国、こんな行為を改めさせるのが先決である。
でなければ、支援よりも「中国の危険性」を国民に知らしめることを優先せざるをえない。

今の中共と安易に妥協することは許されない!

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【追記】
新しいニュースを2本アップしておく。

①↓
警察庁の吉村博人長官は28日の記者会見で、中国公安省がギョーザ事件で有機リン系殺虫剤「メタミドホス」が中国で混入された可能性は低いとの見解を示したことについて、「看過できない部分がある」と批判した。

同庁はメタミドホスは中国で混入された可能性が高いとしており、両当局の見解の相違が改めて浮き彫りになった。

吉村長官は、中国側が「証拠要求に日本側が応ぜず説明もしないのは遺憾」とした点について、「メタミドホスの分析結果や流通経路に関する資料など捜査に役立つものはすべて渡しており、遺憾とは理解できない」と反論。証拠の提供は「中国側が容疑者立件のために必要となれば、提供もやぶさかではない」として、法的なルールに基づき、適切に捜査共助していく考えを示した。

一方、製造元の天洋食品(河北省)の工場の様子を映したビデオなどの提供依頼には、中国側が一切応じないと批判。袋の外側からメタミドホスが浸透するとの主張に関しても、「日本側は浸透しないとする実験結果を提供した。(中国側にも)科学的なデータをいただきたい」とした。

中国側見解「看過できない」=科学的データ提供を-ギョーザ事件で警察庁長官
(時事通信)

②↓
ギョーザ中毒事件で、中国公安省が中国国内で冷凍ギョーザに殺虫剤が混入された可能性は極めて低いと発表した28日、輸入や販売にかかわった業者からは「原因究明されないと輸入再開はできない」などと戸惑いの声が相次いだ。

子会社がギョーザを輸入した日本たばこ産業(JT)は「さらなる原因究明を望むという以外、何とも言えない」(IR広報部)と困惑。1月末の被害判明後、天洋食品からの輸入を中止したが、「JT」の名前が記載されているだけで店頭から撤去されるケースもあるという。

売り上げも激減しており、同社は「原因が究明されない限り、天洋食品の製品を輸入することはあり得ない」と改めて強調した。

「輸入再開できない」=業者ら中国側見解に戸惑い (時事通信)

あなたは、中国公安省と日本の警察庁のどちらが正しいと思いますか?
天洋食品とJTのどちらが被害者だと思いますか?
まあ、JTも自業自得ですが・・・

「日本側は浸透しないとする実験結果を提供した」のに、中国側は「メタミドホスは包装の外側から染み込むという実験結果を公表」したが、その科学的なデータは明らかにしていない。

ほんとうに中共には頭にくる!!!

やはり「中国製品不買運動」を呼びかけるしかない!!!

最低だ!!!

チャイナフリーを推進しよう!!!

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【追記2】
さらに、もう1本ニュースを追加!

③↓
福田康夫首相は28日夜、中国製冷凍ギョーザ中毒問題で中国公安省が同国内での毒物混入の可能性は低いと発表したことについて「(中国側は)これからも日本と共同して、しっかり調査したいということを言っていたのではないか。非常に前向きだ」と述べ、今後も中国と協力して原因究明に当たる考えを示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。

また、首相は「中国側も原因をしっかり調査し、責任をはっきりさせたいという気持ちは十分持っていると思う。日本側も協力してやってもらいたい」と語った。

原因究明、中国も前向き=ギョーザ中毒問題で福田首相 (時事通信)

「(中国側は)非常に前向きだ」だと???
福田康夫!!!
ふざけるな!!!

君の言う「徹底的に国民の立場に立つ政治を貫徹する」とは何だ!!!
「生活重視」とは何だ!!!

即刻の辞任を求める!!!

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2008/02/27

旧帝国陸軍軍人を誇りに思う

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

私は、過去のエントリ「A級戦犯」で、「昭和の聖将」と称えられた松井石根陸軍大将に対する極東国際軍事裁判(東京裁判)における判決の不当性と、その悲劇性について言及した。
で、――この悲劇的な人物の人となりを知ることが、この裁判がいかに独善と偏見に満ちた杜撰なものであったかの証明になる。
松井は「兵の罪は我が責なりとして下獄し、無畏(むい)を念じていささかも動ぜず、平常心のまま刑に服した」と云われる――と書いた。

私の父が北支戦線で、陸軍中尉として部隊を指揮し、最後はシベリアに抑留されたことは既に何度も述べた。そして、シベリアから帰還した父は、帝国陸軍軍人としての己に強い誇りを抱いていた。
私が「旧帝国陸軍は極悪非道だった」という説に強い違和感を覚えるのは、この父の存在がある。そして、『南京虐殺』の責任を問われて処刑された松井大将の実像を知るに及んで、その違和感はさらに大きくなった。

この、私の旧帝国陸軍に対する思いを、なおさら後押しするのが岡田資中将の存在である。

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朝日新聞が、「映画散歩」の「週末に観る映画はこれだ」で「明日への遺言」を推奨している。
朝日が、この映画を推奨する意図は不明だが、B級戦犯として処刑された岡田中将の東京裁判における態度、発言は我々日本人の誇りである。
この映画のプロデューサーである原正人氏は――自己中心の時代の風潮が、人々を蝕み、行政や企業のリーダーでさえ、責任や誇りや品格という人間としての美徳を失おうとしています。
戦争を見つめることで、平和を考え、逆境にあって、人間としての責任をまっとうする・・・・・・。この映画の主人公、B級戦犯、岡田資中将は、我々にこのことを教えてくれました――と書いている。

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以下は、岡田中将に関するとても参考になるサイト情報である。


Okada_2


















功二級岡田資中将は鳥取中学卒。歩兵科で陸士23期、陸大は34期(席次は13番)。陸大卒業後、イギリスに駐在した。また秩父宮殿下の御付武官も務めた。

佐官時代には木曜会のメンバーだった。会の主要メンバーである東條英機は極端に中学出身者、つまり非幼年学校卒業者を嫌っていたので、中学卒業の岡田が入っているのは不思議な気がするが、土橋勇逸は、やはり中学出身の鈴木貞一の推挙ではないかと書いている。

岡田が法華経と出会ったのは陸大1学年の時であった。その後独学を続けていたが、歩兵第八十聯隊長に補される直前に河合日応師 を知り、1日だけその教えを受けて朝鮮に渡った。

2年間の聯隊長職の後、大阪の第四師団参謀長に補された。第四師団は当時関東軍隷下で三江省にあったため、岡田は参謀長兼治安維持会委員長として、共産匪の覆滅に励みながら、日本移民の世話もしていた。

昭和13年、歩兵第八旅団長時代に転補され、東支、南満、京奉、津浦線を南下して進撃。途中、敵の黄河決壊作戦にも遭ったが、それも乗り越え、東久邇宮殿下率いる第二軍の挺進隊として10月12日には京漢線を乗り越え、26日には漢口の北に殺到する偉功を建てた。これにより岡田支隊は、感状を受けた。戦陣に於いて岡田は、大腸カタルに悩まされながらも、下腹部をつとめて日光に当てながら、結局医者の世話にならずに職務を全うした。

戦場にあること1年余りで陸軍戦車学校長に転補となり、戦車将校や少年戦車兵の育成に努め、更に相模造兵廠長として戦車製造に励んだ。

昭和17年9月、わが国初の戦車師団が編成されると、その戦車第二師団長に補され、再び満洲に渡った。切迫した状況から、従来の操典通りの教育ではとても間に合わない。装甲車輌500台、六輪自動車2000台から編成される戦車師団を以て、夜襲専門に近い訓練を徹底する必要があると考え、その決心を第一方面軍司令官であった山下奉文に訴えると、山下はそれを快く聞き入れてくれた。その後1年4ヶ月に渡りこの方針を徹底し、昭和18年冬、一面氷となった佳木斯に師団の全将校を集めて、近代都市への装甲兵団による襲撃要領を研究中に、飛電一本で名古屋に新設される軍需監理部長に転補となった。後任の岩仲義治に率いられた師団主力は、その後山下と共にフィリピンに渡り、ルソン島での決戦に参加した。

東海軍監部長としては、空襲や地震に襲われながらも、航空機の増産に努力した。サイパン島の失陥は、当時名古屋の留守師団長であった同期の中山惇が態々教えてくれた。「今後海軍航空隊は全然当てにならん。本土決戦は陸軍の自力に頼むのみである」と云う中山の言葉に暗澹とし、更なる能率のアップに努めた。文武混在の軍需部門は中々難しいところがあるのだが、岡田は人使いに手腕があり、時にはヤクザ者までうまく使ったという。

20年2月、本土決戦を控えて第十三方面軍司令官兼東海軍管区司令官の重責を担い、その職で終戦を迎えた。

が、この人を有名にしたのは、むしろこれ以降の生き様であった。(以下主に田嶋隆純教誨師著作より)
東海軍司令官として敵飛行士処刑の責を一身に負った岡田は、十九名の旧部下を率いて立った横浜第一号法廷を、軍人生活最後の死場所と定め、自らこれを『法戦』と名づけていた。その証言台上一週間にわたる検事への論駁は正に日蓮の大獅子吼に彷彿たるものがあった。A級を含めた総ての戦争裁判に於て、戦勝国の非を飽くまで攻撃するだけの胆力を持った被告は殆どなかったといわれている。当然それは自分の首を堵けた自殺行為であり、仮に意気込む者があっても、弁護士がそうはさせなかったであろう。例えば横浜裁判で、長崎の或る海軍俘虜収容所付き兵曹長が虐待の全責任を負わせられてしまったのに業を煮やし、家族九人、全部殺されてしまった原爆の非を法廷で鳴らそうとして、忽ち判士長より中止を命ぜられたという例もある。しかし、岡田の場合は、それができた。というのが、彼は旧部下一同と米人弁護士団に初対面するや、開ロー番私個人の弁護は考えないで貰いたいと、挨拶した如く、捨身に徹底していたため、その心情に対し判士団も検事団も、深く敬意を表していたからである。

こんなエピソードかある。岡田は米国の無差別爆撃を鋭く論難し続けたのであるが、それに対し検事側は、処刑された九飛行士達の認識票たる金属の腕輪を法廷の机にズラリと並べた。並みいる判士連も傍聴の外人達もシャンデリヤの下に空しく並び光る腕輪の列に食い入る如き視線を注いだ。検事側は感情戦の成功に、ほくそ笑みながら、合衆国空軍将士の勇敢にして公正妥当なる戦略爆撃をたたえた。それに対し、法廷には老若男女十数名の日本人が、次々に現われ出た。白毛を束髪にした孤児院の園長さんは、銃撃の中に叫びをあげて倒れゆく幼童達の鮮血を(この目で見た)といった。「私の家の周辺には広く何の軍事施設もありませんでした」と、右の手にした証人用マイクヘ低い呟きを寄せる婦人は、片肘からスッポリと腕を失っていた。或る中年の女性が試問に答え、明らかなる違法銃撃の事実を述べ終ったとき、判士長は型の如く、「何かいうことはないか?」と問うた。「あります。私の夫を返して下さい!!」きっと眼をあげた婦人の視線から、判士席は一斉に顔を伏せた。かくして、遂に岡田中将はアメリカ国務省よりこの法廷に宛て「無差別爆撃を認める」旨の声明電報獲得に成功したのである。「裁判に勝って判決に負けた」とは、中将が常に語ったところであった。

ちなみに軍人としての岡田は、戦略爆撃を肯定する。「予をして米国航空総司令官たらしめば、矢張り日本本土爆撃を決行する」と書いている。今回の米軍の場合、やり方が良くないと岡田は続ける。何故、鉄道を狙わないのか?大工場を狙わず、片っ端から焼くのか?変電所やダムの位置がわからない米軍では有るまいに。人命を多く損せずして、目的を達する方法を考えることが、公法遵法の精神ではないか。彼はこういって、米軍の無差別爆撃を非難している。(岡田遺著『毒箭』)

軍司令官ただ一人の死刑に食いとめ得て、傍聴席の夫人に「本望だ」と言い棄てたまま死刑囚房に下った岡田は、「古来征戦幾人カ帰ル」と獄窓を飛びゆく白雲に悠々として吟じ始めた。その後も再審委員会に向け、今度は自分の助命策戦をとると思いきや、却って若い旧部下達の受命行為を有罪とした不当をなじる書類ばかり提出し、遂に間もなく彼ら多数の旧青年将校をして、唯一の異例たる執行停止処分に浴びさしめ、勇躍獄外の社会に赴かしめたのである。彼の死刑囚棟での明け暮れは、ただ仏道精進の一途に尽きていた。許された訪問時間は、悉く他の死刑囚への仏教解説に充てられた。

9月15日の夜10時、執行命令を宣告すべく独房より連れ出しに行った米軍将校の中には、房外に岡田の姿の現れるまで終始不動の姿勢をとっていた者さえあったという。所長が読んだ宣告文にも軽く頷いただけで、「何か食事の希望があるか?」との問いにもふだんの食事でよろしいといっただけであった。17日の処刑当日も終日平常と何の変りもなく、看守らとも冗談を飛ばし合い、或る米兵が「アメリカ煙草をあげようか」と、話しかけると「アイ、アム、グッドボーイ」と吸うのを断ったりしていた。最後の晩餐には、殊更の注文はなかったが、御馳走があって田嶋隆純師も相伴した。初めから瓶に三分の二程残っていた上等の葡萄酒が出た。「半分は最後の出発のとき飲むのに残して置いてくれ」と看視兵が田嶋師に囁いた。予定した時間が余ってしまったが、岡田は自分と向き合った厨子を眺めながら、「この阿側陀さんの光背は少し曲がっていますねえ」などと、実にのんびりしたものであった。

「9月17日午前0時半、彼の肉体のみが絞首台上に崩れた。」(田嶋隆純)

参照:岡田 資

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松井大将、岡田中将、そして、沖縄県の遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようにするために、自ら「住民たちに自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出」した赤松嘉次大尉。

ほんとうに旧帝国陸軍は“極悪非道”だったのか???

左翼のプロパガンダに、今さらながら激しい怒りを覚える。

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2008/02/23

どこまでも厚顔無恥な中共

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

警察庁の吉村博人長官は21日の定例記者会見で、中国製冷凍ギョーザの中毒事件について「日本国内で混入した可能性は低いと考えている」と述べ、有機リン系殺虫剤「メタミドホス」は中国国内で混入されたとする見方を示した。

吉村長官は理由として、(1)密封された袋の内側からメタミドホスを検出(2)メタミドホスに不純物が含まれ、純度が高い、日本国内で使用されているものと違う(3)千葉、兵庫両県で中毒を引き起こしたギョーザは中国を出荷後、別ルートで流通し、日本国内では接点がない――の3点を挙げた。

(この吉村長官の発言に対し)中国外務省の劉建超・報道局長は21日の定例記者会見で、「現段階で、一方的で不完全な『証拠』に基づいて判断するのは、正しく責任ある態度ではない」と述べ、不快感を表明した。

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上記は、いずれも22日の讀賣新聞(朝刊)からの引用だが、「正しく責任ある態度ではない」のは中国の方だ。吉村長官の挙げた三つの理由は説得力がある。

天洋食品のギョーザからは、当初問題になったメタミドホスだけではなく、ジクロルボス(福島、宮城)や「特定毒物」に指定されている(=「猛毒」の)パラチオン(宮城県)も検出されている。
天洋食品以外にも、山東仁木食品の「肉まん」や「ニラ海老焼きまん」からメタミドホス(広島)が、清清仁木食品の「とんかつ」から、これまた毒性の強いホレート(神奈川)が検出された。(参照:讀賣新聞)

これらの殺虫剤のうち、日本国内で流通しているのはジクロルボスのみで、残りの三つは研究用に使用されているだけだ。が、農林水産省によると、中国では、昨年1月までメタミドホスやパラチオンの使用が禁止されていなかった。また、ホレートは今でも小麦などの農薬として使われているという。

日本製ではなく、しかも日本で使用されていない毒物が、流通経路も中身も異なる製品の袋内で、しかも遠く離れたところで次々と検出される。
「日本国内で混入した可能性は低いと考えている」のは当然過ぎる発言だろう。

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食中毒を引き起こしたメタミドホスは、「故意に混入された」可能性が高いが、毒性の強いパラチオンやホレートは原材料の農産物に含まれていた可能性が高い。やはり、「中国の工場で作られた食品は危険」と言う以外に言葉がないのだ。
それを「現段階で、一方的で不完全な『証拠』に基づいて判断するのは、正しく責任ある態度ではない」と非難する。「工場の製造過程で手を加えるのは困難だ。構造上の問題ではなく、個別の案件だ」と開き直る。「密閉した袋の中から殺虫剤が検出されただけで、製造段階で混入したと判断するのは物事を単純化しすぎだ。一旦開けてから、また封をすることも可能だ」と(日本に)責任転嫁をする。

これらの厚顔無恥とも言える三つの発言は、順に、中国外務省、輸出入食品安全局、国家品質監督総局の幹部の発言である。
もう、中共と、それが支配する中国の本質が丸出しにされている。

とにかく責任を認めない。平気でウソをつく。開き直る。責任を転嫁する。で、21日、福田首相と会談した唐家璇国務委員(前外相)は「本件を日中関係に影響させてはならない。中国政府は食品の安全について(輸出相手の)諸外国にも責任ある態度で臨まなければならない」と述べたというから、もう「開いた口がふさがらない」。

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「本件を日中関係に影響させてはならない」だって!
今の状況で、悪い影響を与えているのはどっちだ?
日本のマスコミか?
違うだろう?
日本国内で「中国製の食品は危険だ」「中国政府や中国企業は信用できない」という認識を拡大させているのは中国自身じゃないか!
厚顔無恥にも「ほど」というものがあるんだよ、唐家璇国務委員!
「責任をもって中国の食品は安全と言える。引き続き日本と協力して原因究明に努めたい」なんて誰が信用する。

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国営通信「新華社」が配信した≪徳島県知事は県内で発生した「ジクロルボスギョーザ」が一連の「中国ギョーザ事件」と関係ないと確定し、店内で不正使用された殺虫剤が原因と宣言した≫というニュースを受けて、テレビメディアまでが≪ギョーザ中毒事件と中国は無関係≫と大々的に報道しているという。
で、「事件はすべて日本のせい」との風評が生じ、「日本に謝罪と賠償を求めるべき!」との声まで登場する始末。(参照:産経新聞)

もう「ふざけるな!」と言うしかない!!!

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2008/02/21

野蛮な中国代表とそのファン

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昨日のサッカー東アジア選手権の中国戦、ひどかったですね。
首締め、飛び蹴り、タックル、これはもうサッカーじゃありません。ケンカですよ中国は。でも、北朝鮮のレフェリーはレッドカードを出さない。
私は、あの、内藤大助と亀田大毅の試合を思い出したほどです。で、内藤-亀田戦の時は亀田にブーイングが起こりましたが、今回は反則技連発の中国ではなく日本に対してペットボトルが飛び交い、ブーイングが起こった。
もう、中国代表もそのファンも、「レベルが低い」と言うより「野蛮」と言う言葉がの方がピッタリです。

こんな国と戦う選手たち、かわいそうに思いましたが、冷静でしたね。得点は1点でしたが、レフェリーが北朝鮮でなければ、3点は挙げたのでは。
田代のゴールがオフサイド、中国のファールが日本のファールに。
いや、ひどかったです、このレフェリー。

でも、私がもっとも許せないのが、今日知った「試合終了後に日の丸を燃やした」「日本代表のバスを取り囲んだ」中国人がいたことです。
いくら中共が、北京五輪を目前にして国民にマナーを説いても、中共自信がマナー無視だし、反日教育を行っている。

こんな国と「友好」???

嫌です!!!

日本代表、ここまで来たら韓国を撃破し、絶対に優勝してください。

岡ちゃんは今回同様、エキサイトしていただいてけっこうです。が、選手は今回同様、冷静に。

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「あたご」だけが悪いのか?

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今回の、海自護衛艦と漁船の衝突事故、まずは行方不明になっている漁船の親子の無事と早期救出を祈りたい。

ところで、私は、今回の事件に対する報道のあり方にある種の違和感を感じる。ほとんどのニュースが「海自の護衛艦が悪い」という前提に立っているからだ。

では、ネットではどうか?
これについては、時事通信の「視認は衝突12分前=イージス艦、正面から乗り上げか」が参考になる。と言っても、記事そのものではなく、そこに寄せられたコメントの方だ。
20日22時01分に配信されたこのニュースに、コメントが殺到している。21日午前10時50分の時点で399件。

で、この399件の内訳を見ると、「自衛隊批判」が多い。やはり、自衛隊を否定的に捉えている連中が、ここぞとばかりに書き込んでいるのだろう。もちろん、中には「まっとうな批判」もある。が、かなりの数が自衛隊に敵意を持っているとしか思えないコメントである。

ところが、どのコメントが読者に支持されているかと言うと、それは以下の書き込みである。このコメントは453点を獲得しており、ダントツの第1位。

しかし、どうしてこうも自衛隊批判ばかりが多いかね。
護衛艦側にも当然責任はあるが、これは漁船側にも責任があるんじゃねーの?
あれだけ巨大な艦船だったら、それこそ漁船側だって12分前に見えてただろうに。
それなのに回避行動取らなかったって事は、漁船側にだって非はあるだろ。
大型トラックと軽自動車、どっちが小回りが利くかぐらいちょっと考えれば分かるでしょ。
自衛隊ばかり批判する前に、国民がもっと冷静に一番見つめ直すべきじゃねーの?

この指摘は正しい。過失責任は漁船側にもある。
20年前の海自潜水艦「なだしお」事故で釣り船側代理人を務めた田川俊一弁護士は「今回もあたごに主因があったと思われる。だが、追突でない限り一方に100%の過失があるということではない」と述べている。(産経新聞
確かに、漁船の親子が行方不明になっていることに心を痛めるのは当然である。が、一方の当事者が海自の護衛艦であるということで、一方的に海自の護衛艦が、あるいは自衛隊が悪いと批判するのは、どうかと思う。

以下は、朝日新聞からの抜粋である。

午前3時半ごろ、幸運丸のレーダーに、左舷前方約9キロから接近してくる船影が映った。12~13ノットで東京湾に向かっているようだった。

「なんの船だ」「タンカーか、フェリーか」

後続の漁船同士が無線などでやりとりを始めた。しかし、その中に清徳丸の吉清船長の声はなかったという。

幸運丸は、イージス艦から見て右舷から左舷に横切る形で前方を通り抜けた。清徳丸などの船団が後ろに続いていたが、イージス艦はそのまま直進してきた。

「危ない」

後続の船は無線で連絡しあい、衝突を回避するため、次々とかじを切った。イージス艦は、曲がったり止まったりする様子がなかったという。清徳丸はこのときも無線連絡に反応しなかった。幸運丸のレーダーには、直進している清徳丸の影が映っていた

つまり、仲間の船が無線で連絡しあっていたのに、清徳丸だけが反応しなかった。仲間の船は「衝突を回避するため、次々とかじを切った」のに、清徳丸だけは直進した。

「なだしお」事故で釣り船側船長の海事保佐人を務めた鈴木邦裕氏は、次のように述べている。

一方、漁船は小回りが利き、イージス艦が40メートル先に迫っていても、かじを切れば回避できる。視界は良好だったことを考えれば、漁船の2人が自動操縦にしたままだったり、周囲を警戒していなかったりして、衝突直前までイージス艦に気づかなかった可能性もある。(讀賣新聞より抜粋)

なぜ、漁船はかじを切って回避しようとしなかったのか。「漁船の2人が自動操縦にしたままだったり、周囲を警戒していなかったりして、衝突直前までイージス艦に気づかなかった可能性」が高いのではないか。

海上衝突予防法により、回避義務はイージス艦側にあったと断定されている。その点では、イージス艦側の責任がより大きい。が、鈴木氏によると、巨大なイージス艦は、相手の船が前方を横切る場合、少なくとも1000メートル以上の距離がないと、独力では衝突を回避できないという。
鈴木氏は「この場合は、漁船も針路を変えるなどして、イージス艦と協力して衝突を回避しなければならず、過失はゼロということはありえない」と述べている。

なぜ、こういう視点からの報道がほとんどないのだろうか?

前記の時事通信のコメント欄では、次のような書き込みが上位を占めている。

(第2位)
これをもって自衛隊を「人殺し集団!」とか言うやつ、頭大丈夫ですか?
自衛隊が今までに災害等でどれだけの人を救ってきたと思ってる?不発弾の処理は?犠牲を出しながらも航路の安全確保のために行ってきた掃海作業は?
そういったことを評価せずにこれだけで「人殺し集団」とか言うのはおかしい。そういった実績があるから大目に見ろと言ってるんじゃない、この事故を以って自衛隊の存在を否定することはおかしいと言ってるんです。
これは1つの衝突事故であってそれ以下でも以上でもない。過剰に反応し過ぎでは?

(第3位)
自衛隊を批判するならまず海上衝突予防法を勉強してきなさい。
「いかなる船舶も衝突を回避する最大限の努力をする」
12分前にイージス艦から漁船が見えてるなら、漁船からイージス艦が見えてないはずがない。その頃から漁船も回避行動をとっていれば全く問題ない。

漁船は1分前に視認しても十分避けれるはず。回避能力は格段に漁船のほうが高いから避けられなかったのは漁船のほうにも大いに責任がある。

・・・ってか、1分前に衝突コースにあるならもうイージス艦が進路変更することは不可能。漁船が避けるしかない。

自衛隊が悪くないわけではないが100%悪いわけでもない。漁船にも非があったことは明らかです。

衝突がどうこう言うなら海上衝突予防法を勉強してからいっちょ前に口を出しなさい。

やはり、メディアよりネットの住民の方が健全であるということだ。

私は、第4位の次のコメントがもっとも妥当だと思う。

事故が起きてしまったのは本当に残念!

双方が「真実」を出して一刻も早く原因を追究し今後この様な事故が起こさない事が大事、

マスコミも憶測での報道は慎むべきだ!

二人の一刻も早い発見を!

メディアや野党の「事故の政治利用」を許すな!!!

【追記】
今、時事通信のコメント欄を見たら、得点第1位のコメントが消えていた。おそらく「違反報告」の対象にされて削除されたのだろう。
確かに、漁船側関係者の神経を逆なでするコメントだが、削除するのは許せない。

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2008/02/19

解同の、解同による、解同のための人権擁護法

このバナーは、2008年8月7日まで常にトップに表示されます。ボイコットに賛成の方はこちらまで。Bandeau_gb
       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

2月18日付の読売新聞【社説】が、なかなかよいことを書いている。
以下はその引用(抜粋)

人権擁護法案に対する懸念は一向に解消されていない。それなのに自民党内に法案の国会再提出を目指す動きが出ている。当然、断念すべきだ。

この法案は、2002年に国会に提出されたが、強い反対で廃案となった。法案自体に、数多くの問題点が含まれていたからだ。

まず、人権侵害の定義があやふやである。「不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為」としているが、判断基準が不明確だ。

その分かりにくい基準で人権侵害の有無を判断するのが、新設する人権委員会だ。差別や虐待の疑いがあると判断しさえすれば、裁判所の令状なしで立ち入り調査などができる強い権限を持つ。こんな“危険”な組織が必要だろうか。

そもそも、国連規約人権委員会が法整備を勧告したのは、公権力による人権侵害を抑止するのが目的だった。

人権委は、法務省の外局に置くとしている。名古屋刑務所での受刑者暴行事件のように、重大な人権侵害は公権力を行使する場で起きることが多い。

~後略~

人権擁護法案 公権力抑止という原点に戻れ (讀賣新聞 【社説】)

まさに讀賣新聞の言うとおりである。国家が法に基づいて擁護しなければならない人権は、公権力による人権侵害である。
国家は、国民に対して、法を後ろ楯とした強制力や暴力を有している。この強制力や暴力は、民主国家においては、基本的には「国民の安全と社会の安寧を守る」ためのものであり、けっして否定されるべきものではない。
が、時として、この国家による強制力や暴力の行使が国民の人権を侵害することがある。2002年に起きた名古屋刑務所における刑務官による受刑者暴行事件や、2003年に起きた、数々の違法な取り調べが行なわれたとされる志布志事件などはその典型だろう。

公権力の行使は法に基づいて行なわれる。そして、その行使が法を逸脱しないようにするための法律もある。刑事訴訟法や警察官職務執行法、あるいは刑法における特別公務員暴行陵虐罪(第195条)などは、公権力の適法な執行を担保し、それを逸脱した者を処罰する法律である。
ところが、公権力は、時として人権侵害を犯す。これは、ある意味、法を後ろ楯とした強制力や暴力を執行するものにとって不可避なのかもしれない。だから、これをできるだけ少なくするための予防措置や法的制約が必要なのであり、人権を侵害された者を救済する制度的裏付けが求められるのである。

讀賣新聞が言うように、そのための「人権擁護法」であれば、私は「賛成」である。

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が、今、取りざたされている「人権擁護法案」は、その性質がまったく違う。今回の法案の実体は、私人による私人に対する人権侵害を取り締まり処分する法律である。しかも、それが裁判所の令状なしで