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2008/06/13

想像力の欠如が産んだ無差別大量殺人

茨城県土浦市のJR常磐線荒川沖駅構内で24歳の無職男が8人を次々と刺したのが3月23日。で、今度は秋葉原だ。
しかも、秋葉原では7人が死亡、10人が重軽傷。この無差別殺傷事件で逮捕された25歳の男は「生活に疲れた。殺すために秋葉原に来た。誰でもよかった」などと供述しているという。
不条理としか言いようのない事件だが、突然の凶行により未来への夢や希望を絶たれた方々の無念、そのご家族の心境を察すれば言葉に詰まる。

確かに昔から凶悪な犯罪は数多くあった。が、その犯人は、ほとんどがそれなりの犯罪性向の持ち主だった。
が、このところの無差別殺傷犯は違う。
高校生くらいまでは普通に育っていたのに、18歳くらいから落ちこぼれ始め、大人になって不安定な就業環境の中で孤立感を深め、閉塞感にさいなまされる。
ここで異常なのが、その孤独感や閉塞感が自らに向かうのではなく他者への憎しみ、環境への恨みに転化することだ。

まじめ、おとなしい、目立たない、荒川沖駅構内で事件を起こした24歳の無職男も今回の秋葉原の元派遣社員も、メディアでは似たような人物評が紹介されている。
が、表から見た印象とは隔絶したところで、常人には理解不能な妬み、嫉み、恨み、憎しみが怨念にまで昇華され、そしてその怨念が絶望に転化して爆発したのだろう。

荒川沖の無職男は高校時代、遅刻と欠席が3年間で1回ずつという勤勉な生徒だった。そして弓道部に所属し、2年生のときには全国大会に出場している。秋葉原の元派遣社員も成績優秀で青森県内では最難関の進学校に進んでいる。
このあたりまでは2人とも問題児ではなく、むしろまじめで優秀な生徒だったのだ。このような者が無差別殺人に走る。その心の闇は余りにも深くて想像を絶する。

もちろん、色んな事情や環境がこの者たちに精神的歪みをもたらしたのだろう。そして、彼ら自身の気質(きしつ)も関係していると思う。
が、やはり、家庭環境に大いなる原因があったと思えてならない。また、高度成長の過程で、家族の絆や地域社会における伝統的共同体意識が希薄になったことも大きな意味では影響を与えていると思う。

私たちは戦後の高度成長とともに、モノが豊かになるのと反比例するようにして大事なものをなくしていった。その昔、私たちの周りにあったもの――身近な自然、家族の結びつき、地域のふれあいと助け合い・・・
人間というものはどこまで行っても助け合っていかなければ生きていけない生き物なのに、どうしてこんなに自分のことしか考えられない人間が増えたのだろう。

私は、競争や格差が今回の事件を生み出したという見方には同意できない。これは、あくまでも彼個人の責任に属するものである。
が、思いやりを欠いた社会、お互いの絆を喪失した社会、額に汗して働くことを尊しとしない社会は、これからも、まじめで、おとなしくて、目立たなくて、それなりに優秀だった人間をモンスターに変身させる・・・そんな気がしてならない。

電車の中でひたすら携帯電話とにらめっこしている人たち、何がそんなに彼らを携帯電話に熱中させるのか?
今回の事件現場でも、被害者を携帯電話のカメラでひたすら撮り続ける人間がたくさんいた。目の前で、理不尽な死に直面している被害者を平然と撮影する人間たち。
無神経というより人間としての何かが欠けていると思う。

私たちは、もっと他者に対する想像力を働かせることができる人間を育てる努力をしなければならない。今、目の前にいる人にも、街ですれ違う人にも、海の向こうにいる人にも愛する家族がいて、将来の夢や希望がある。
このことを理解できる人間、相手の悲しみや心の痛みを理解できる人間、これが我々に与えられた想像力というものではないのか。

今回の事件で犠牲になられた方々に哀悼の意を表します。

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社会」カテゴリの記事

コメント

「モノが豊かになるのと反比例するようにして大事なものをなくしていった」本当にそうですね。四十過ぎて思う事は昔は良かったなぁと。物が無くても子供達で工夫して遊べましたし何か明日と言うものに希望がありましたね。近所の工員や建築のおじさんが汗まみれで帰ってきても誰も汚いとも言わず思わず、地域の人達が一生懸命時代を背負って生きていた気がしました。そういった時代にガキ大将だった私も地域に育てられ多くの事を学んだ気がします。ま、昔は良かったと言っても確か開高健さんでしたか昔良いと思っていたものが年をとってアレコレ知りすぎて、昔食べたお店が美味しかった筈だがと改めて食べに行くと大して上手くない、経験で美味しいものを食べ過ぎて、過去の思い出の味が結局現実には美味しくなくて過去の思い出のフィルターが美味しいと思わせて来たに過ぎないという、「知恵の悲しみ」とかいう言葉もあったような気がしますが。しかし今の子供達が将来大人になっても昔は良かったときっと言うのでしょうから時代は繰り返すと。一度堕ちるところまで堕ちて再び良い時代が来るのでしょうね。

ま今の時代の必要不可欠なツールが携帯なのでしょうけれど、確かに便利な道具なのでしょうが悲しい事にこのカメラ付き携帯電話がいくら高画質になり何処でも会話が出来るようになっても人間に最も必要な魂や情といったものは写らないし心が通じる訳では無いという事は知っておかなければなりませんね。

投稿: 大阪は今日も雨 | 2008/06/13 20:56

坂さん しばらくぶりでコメントします

絶え間なくTV報道されるこの事件に、30歳になる私の長男は「犯人の心情にも共感できる。就職氷河期の青年達にこの国の企業はひどい対応をしてきたから」

ドキッとしました。
どんなに大きな挫折でもほとんどの人間はそれに耐え、壁を乗り越えようと努力しているのであって、犯罪に走る人間には何らかの心的欠陥があったのはご指摘の通りだと思います。
しかし社会構造がギスギスしたものとなり、昔のように人間と人間が向き合い心を触れあうような機会が極端に減ってしまった今の日本社会 しかも今回の犯人が大都市でなく青森育ちという点でゾッとしました。

私たち日本人は経済が停滞していようとも、経済的弱者や老人・病弱者等にもっと目を向ける余裕を持ちたいし、それができる社会システムを構築しなければならないのだと思います。
政治の停滞の責任は大きいと思います。政権争いばかりで社会の変化に対応した法整備が追いついていない現状には絶望してしまいます。

投稿: K I | 2008/06/14 01:26

何というか…あらゆる面で「人間の愚かさ」が露呈された事件であるように思いました…
犯人はもう言うに及ばず、レポーターの後ろでVサイン出しながら献花台の前で手を合わせる連中、「ワイドショー独占」と言われても必死で犯人の過去や携帯サイトを暴き続けるマスコミ、単に犯人がドアホなだけなのに社会に原因を求める評論家…
世間を斜に構えて見たくなんかないのにそうさせる連中っているんですよね。
これで安田弁護士と不愉快な仲間たちが犯人弁護してくれたら私は真正面から攻撃します。

投稿: | 2008/06/14 03:27

やり切れませんね~
ニュースとしては昔からもコンな事件は沢山有りました。真剣に対処しなければいけないのでしょうが、マスコミの暴映に乗る人間が被害者の救助に当るより携帯で写真を撮ってる姿を見ると、日本人も此処まで落ちたのかと感じます。

昔から喧嘩や悪さをする奴はこんな暴挙には余り関る事は有りません、適当にガス抜き・恐怖を知って居るからですが、真面目で素直な子程こんな状況を一時の狂気で起すのでしょう、現在の様にゲーム感覚で人を殺すケースも有ります。

政府は法律を作り事件の再発の防止を図る?基本的に人間とは如何に生きるべきか、何を目的にすべきか、こんな指針が誰からも指摘されない、ニュースでは「負け組み」「勝ち組」と勝ち組で有ろう「マスコミ」の連中が煽り、益々焦りを感じさせてしまう結果しか生みません。

日本の教育・マスコミが作り出した大きな病気の一種であると私は感じています。個人の資質も教育次第で良い方向にも悪い方向にも流れます、今回も親御さんが泣き崩れて居られました、子供を叱れない親・教師はマスコミに流されて自分を失い、挙句が悲しい結果を見た訳です。

人に迷惑を掛けない、人のものは取らない、弱い人は悲しませない、弱い人は周りの人間が庇護する、古い話で恐縮ですが「教育勅語」を読んで教育に役立てれば軍国少年など生まれません、見ないで「教育勅語」は悪い?もう一度古いものを見直すのも対策の一つでは無いかと感じました。

投稿: 猪 | 2008/06/14 11:14

ときどきブログを拝見させていただいています。

投稿内容に関して、「マスゴミが報じる犯人像」を真に受け過ぎていると感じましたので、別視点から。

ただの無差別殺人ではなく、何か政治的意味合いのある事件だと思いますよ。マスゴミはそれを隠蔽しつつ別の方向に持って行こうと必死のようですが。
少なくとも
>現在の様にゲーム感覚で人を殺すケース
これは違うと思います。
…以下はコピペではあるのですが、指摘のいくつかは的確だと自分は思いました。

>・ナイフで軍人みたいな刺し方。一撃で殺傷。
>・2万円強と時間を費やし、ナイフ6本を福井市で購入。
>・携帯電話内の全データを消去したことについて「周囲に迷惑をかけたくなかったから」と供述。犯行動機孤独説と矛盾。
>・当初、暴力団員と報道。
>・海外では警察発表によると犯人はYAZUKAとの報道(後に訂正)。

投稿: 通りすがり | 2008/06/14 13:55

そりゃ、巻き込まれた方達はたまったもんじゃないし、
自分もこんな死に方絶対嫌だけど、
自分一人死ぬのはシャクだから、どうせなら自分よりも幸せ(そうに見える)な人達を、ついでに巻き込んじゃおう、
っていうの、分かるんだよなー。
不謹慎でしょうけど、本音です…

投稿: グレコ | 2008/06/15 02:35

>このことを理解できる人間、相手の悲しみや心の痛みを理解できる人間、これが我々に与えられた想像力というものではないのか。

まさにその通りだと思います。
経済的な強者になった人、なんらかの意味で(それが恋愛であっても仕事のやりがいであっても)相対的に幸福と言える立場に立った人が、他の人間の心理に対する想像力を持てていたら、社会のあり方も違ってきたでしょうね。

格差や競争が問題なのではなく、努力した、競争した、さてお金を儲けた、さて高い地位についた・・それで何をするの?
そのあとが問題なんでしょうね。
人への思いやり、健康な想像力、そういうものがあれば、利殖に狂ったり浪費を誇示したり、地位や権力を利己的にしか使わなかったり、持たざる者を見下したり、そんなことにはならないでしょうに。
容疑者の親の価値観や育て方も、違ったものになったかもしれないし、容疑者の底なしの劣等感や人間不信も、あるいはこれほど深くはならなかったのかも。
社会の問題も家庭の問題も、個人の内面の問題も、有機的に相互につながりあってるのでしょう。

マスコミであれ政界であれ財界であれ、力を持つ者には特に、それだけの品性(愛・意志・知性)が求められるのでしょう。力を持たない者は、目先の利害にとらわれず、何を信頼すべきか見抜く能力が。それが揃ってこそ、社会秩序や政治への信頼が生まれ、経済活動や文化活動や言論も創造的なものになる。古代ローマのように。
現代日本はどうでしょうか。人を使い潰すしか考えていないような資本家、特定団体の利害に基づいて偏向報道するマスコミ、私利のためなら国民の利益や安全を外国などに売り渡して憚らない政治家・・不信は根深くなる一方のように思えます。

投稿: 霧 | 2008/06/15 03:16

>マスコミの暴映に乗る人間が被害者の救助に当るより携帯で写真を撮ってる姿を見ると、日本人も此処まで落ちたのかと感じます。

豊かになって日本人はココロを失った、という論調が多いけど、上のコメントは違うと思う。多分、1950年代に携帯があったら同じようにやって同じように非難されてるよ。
イマイチそこまで「昔はよかった」とは思えないなあ。凶悪犯罪発生率も年々減ってるし。発達したマスコミに踊らされているだけのような・・・。

投稿: ゲゲゲの | 2008/06/16 01:22

>私は、競争や格差が今回の事件を生み出したという見方には同意できない。これは、あくまでも彼個人の責任に属するものである。

今回の凄惨な事件については、様々な視点で見ることができると思います。主張されているように、競争や格差に原因を求めることはナンセンスというのも一主張だと思います。

がしかし、小泉構造改革から始まり現在に至るまでの庶民への締め付け、計画的な弱者切り捨て政策が、人間の尊厳を奪い、生きる希望すら取り上げてしまった現状からすると、社会的要因(環境要因)と今回の事件との因果関係が皆無とは言いきれないと考えます。

5歳にして、3歳の弟を連れて祖母の家に家出を決行せざるを得ない子供の心情をどう汲み取ればいいのでしょうか?

日常的な親からの身体的虐待、あるいは精神的レイプを仮に受けていたという環境ならば、彼自身の自己責任だけでは、到底解決しえる問題だとは思えません。彼の周囲を固める環境要因にこそ大きな問題がなかったのか、という視点こそが欠如しているのであって、今問われるべきは日本人の想像力の欠如ではないでしょうか。

親は、社会情勢に敏感です。そして、競争社会に落ちこぼれないように、スパルタ的な教育、躾の方針を掲げる親が出てくるのも、ある意味、必然だと思います。想像力に欠ける親達が、子供の気持ちを汲む余裕を持たないまま、競争社会の厳しさをなんら手を加えることなく、子供にそのまま転化(強要)している現状ならば、子供達の心がある意味、壊れてしまう、のも仕方のない事だと思います。

今回の事件で、もし、彼個人の責任で一件落着とするならば、恐らく政府与党が一番、恩恵を享受することになるでしょう。どんどん社会を荒廃させ、どんどんアメリカ型の超格差社会に持っていこうとしている政府与党からすれば、今後類似事件が起きたとしても、責任は問われず、安心して改悪が行えるわけですから、至れり尽くせりのはずです。それを許すも許さないも、偏に、国民の想像力(原因追及力という意味で)にかかっていると思いますが、いかがでしょうか?

投稿: see21 | 2008/06/16 18:13

”核家族化の進行”
昨今の、社会の精神的な荒廃の原因として、
これがキーワードの様に思えてなりません。

投稿: | 2008/06/17 19:16

板様。
御久しぶりにコメントさせて頂きます。

今回の事件には本当に辛く、そして考えさせられました。
私は40代ですが、この今の日本社会の人との関わりの希薄さには本当に危険を感じます。
前の人が書いていたように、”核家族化の進行”
その通りではないかと思います。

私は、当時でも多い4人姉兄ですが、結構姉兄と生存競争やりながらも家族の大切さを養ってきたと今では思っています。
そんな中でさえも、私には子供に恵まれず、こんな孤独な人生なんて・・と気弱になってしまう事がたまにあります。が、大切に育ててくれた両親を思うと、姉兄達が例え自分より恵まれた環境であっても、妬まない、そして家族共々“絶対に迷惑をかけない!!”と思っています。そして、そういう方が多いと本当に思いたい。

ですが核家族で兄弟姉妹のあまりいない孤独な人が多いこの社会で、個人情報を守るために、マンションに住む隣人すらどんな人さえわからない、付き合えない。
地域のつながりなんて全く無い。
うまくどこかで溶け込んだ人だけ通用する社会。
あぶれた孤独な人が散乱していているのではないのでしょうか。

今の日本には“思いやり”が欠如していると身を持って感じます。“自分だけ”の社会に絶望している人が沢山いる気がして悲しいです。


投稿: ぶーみん | 2008/06/27 02:47

たとえば、電車で老人に席を譲ろうとしたときに、「わたしはまだ若い。そんな親切はいらない」と言われたとして、そこで「元気のいい爺さんだこと」と笑えるような心の余裕、そういうもののほうが、親切心や共感性よりもよほど重要だと思います。

たいていの人は、「親切で言ってやってるのに」、「ふざけんなジジイ」と言って喧嘩になるか、「みんなの前で拒否されて恥ずかしい」、「他人に親切なんてするものじゃない」、「こんなに悲しい気持ちになったのは初めてだ」と落ち込むかのどちらかでしょう。周りの人間も、「嫌な爺さん」、「あの人かわいそ」、「親切ぶって断られてかっこ悪」と内心思う。その程度なのが今の日本人。「おじいさん、そう言わずに席を譲ってもらいなよ」と助け舟を出せる人、譲ろうとした人に「やれやれだね」という表情を見せて和ませられる人、そういう人間が増えないといけない。

「いかにして立派に振舞うか」よりも、「下手すりゃただのみっともない役回りを、いかにして引き受けるか」が重要。

投稿: 友衛 | 2008/07/03 14:21

坂さんお久しぶりです。

私も悲惨な事件が起こるたびにそれを携帯で取り続ける無神経な連中がいる事に心を痛めています。信じられないんです!目撃者も助けるどころか他人事みたいだし。
私が悲観的過ぎるのでしょうか?最近、人の事を断りもせずに携帯でとる若者(だけとは限りませんが)がいてビックリしてしまいます。親は叱らないのでしょうか。
何かが壊れているきがします。
ただ、そんな中でも暖かい心を持っている人達もいると希望をつないでいますが。

投稿: おれんじ | 2008/08/04 15:52

最近思うことなんですが、「ネット右翼」という現象は或る意味、「若者からのSOS」が本質中の本質だったのではないかと思います。
「政府に、体制に、国策に…俺たちはここまで忠実なんだ!だから助けてくれ!」
そういう心の叫びが表面化してでたのがネット右翼であり、その声をもう少し精査し、聞き取らなかったことが今の惨状をもたらしたのでは?と思っております。
全く情けない限りです。彼らを役立たずと切り捨てず、大事にしてやればよかった物を。

投稿: とおりすらり | 2008/08/18 13:42

どんな理由があれ無差別殺人は許されない。早く死刑にして欲しい。死刑制度は絶対必要。

投稿: 民主より自民はマシ | 2009/08/03 18:58

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