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2010/03/17

怨讐 1.陥穽 (3)

怨讐 1.陥穽 (3)

                        *

 堂本は、午後七時半きっかりに忠岡慶子の部屋を訪れた。慶子は、いつもは玄関口で応対する。が、この日、堂本は、軽く断っただけで部屋まで上がりこんだ。慶子は少し驚いた顔をしたが、抵抗はしなかった。
 部屋はきれいに整頓されていた。カーテンやフローリングの床に敷かれたカーペットは、パステルカラーを基調にしている。壁には人気タレントと思しき男のピンナップが貼られており、いかにも若い女の部屋らしい。
 部屋の中ほどに、白い小さな長方形のテーブルが置かれていた。堂本は、ゆっくりと腰を下ろし胡坐を組んだ。慶子は、入り口近くに立ちすくんでいる。
「まあ、自分の部屋なんだから座ったらどうだい。お茶なんていいから、早く座ってくれないかな」
 堂本が声をかけた。声には逆らえない響きがあった。慶子が、テーブルを挟んで、堂本の対面に座った。慶子の表情には、緊張と怯えが混在していた。
「ずいぶんのご無沙汰だね。心配してたんだ正直。まあ、夜逃げするような人間じゃないってことは分かっていたけど、いつ行っても家にはいない、電話も出ない。俺たちの仕事は、お客さんの自宅に出向いて集金することを義務付けられてるからね。俺も、ほとほと困ってたんだ」
 堂本はソフトな口調で話を切り出した。いきなり激しく攻め立てれば、相手はパニックになる。じわじわと追い込んで、納得ずくで女を落とす。これが堂本のやり口だ。
「そんなに忙しかったのかい」
「ええ、色々とあって」
「まっ、人間、忙しいのが何よりだ。暇だとろくなことはない」
 堂本は、じっと相手の眼を見た。慶子の表情は硬いままだ。
「時間が余りないんで結論から話そう。今日はケジメをつけてもらいに来たんだ。俺もカネに余裕がないんでね。もう、これ以上待つわけにはいかないんだ」
 物言いは穏やかだったが、堂本には有無を言わせない迫力があった。慶子は、怯えを隠すように眼を伏せたまま押し黙っている。顔がいつもより蒼白い。
「黙ってたら話が進まないだろ。俺だって忙しいんだ。まず、返す当てがあるのかないのか、はっきりさせてくれよ。さあ」
 堂本は、少しだけ苛立った表情を見せた。が、まだ口調は穏やかだった。
「返せません」
 慶子の声は、小さい上に口ごもっていた。
「よく聞こえないな。『返せません』って言ったのか?」
 慶子は小さくうなづいた。
「なあ、返せないなんて簡単に言うなよ、おい。借りたカネは返す、社会人の常識だろ。それとも何かい。親から『借りたカネは返さなくてもいい』っていう教育でも受けたのかい」
 いきなり強い口調で堂本が迫った。右手の拳がテーブルの上置かれた。堂本は、ここからは、追い込みをかけるつもりだった。
 「親」という言葉を耳にして、慶子は明らかに動揺し始めた。
「ほんとは、あんたが自力では返せないなんて先刻ご承知なのさ。だから俺のところに来たんだろう」
 慶子を睨みつけている堂本の眼つきが険しくなった。あの「獣を思わせる」眼だ。慶子は返す言葉が出てこない。
「あんたがいくら借りているのか、全部分かっているんだ。クレジットカードとサラ金・・・いや消費者金融か、その両方で百万円を超えている。それプラス俺のカネだ。ここんとこ、消費者金融には金利だけしか払っていないようだし、もう限界だろう自力では。かといって、『じゃあ、けっこうです』と言うわけにはいかないんだよ、俺も。誰かいないのか?頼れる人は」
「いません」
 慶子はそう答えるのがやっとだった。
「ふざけるな!親御さんとか兄弟とか、相談する相手はいっぱいいるだろうが」
「両親に相談なんかできません。そんな余裕なんかないし、妹も無理です」
「じゃあ、どうすんだよ。舐めてるのか、こら。借りたカネを返さないで人間やってられるのか!借金、踏み倒すだけの度胸があるのか!なんなら会社に集金に行ってもいいんだぜ。それとも、親のところに乗り込んで、辺り近所に大声でふれ回ってやろうか」
「・・・・・・」
 堂本は、慶子が親や兄弟に頼れないのは分かっていた。数多くの若い女と接してきた堂本には、この女の性質がよく分かる。
 慶子は、悩みや苦しみを他人に打ち明けることができない内向的なタイプだ。すべてを心の内側に溜め込んでしまう。が、臆病なわけではない。心の奥に秘められたプライドが、それを許さないだけだ。つまり、他人の眼を気にするタイプなのだ。
 見た目は淑やかでおとなしいが、虚栄心も自己顕示欲も、人並みかそれ以上にある。住んでいるマンションや身の周りのブランドものを見れば、それが分かる。
 慶子は、職場では、その顔立ちのせいもあって、きっと「清楚な人」と思われている。が、住んでいる所や身に着けている物で控えめに自己主張しているのだ、自己のイメージを壊さない程度に。
 こういう女を落とすのは難儀だ。手間もかかる。が、落としてしまえば、後は楽だ。
 若い女の中には擦れたのもいる。取り立てに行ったとき、開き直る女さえいる。が、そういう女は、概して、夜の世界で働いているか、Wワークと称して昼と夜の仕事を掛け持ちしている場合が多い。夜の世界で、生の男に接する機会が多い分だけ、自分の肉体がもっともカネになることをよく分かっている。
 だから、どうしようもなくなったとき、フーゾクの世界で働くことにためらいがない。
 が、慶子のような女に無理強いは禁物だ。ヒステリーを起こす確率が高い。だから、まず、そのプライドを徹底的に破壊する。心身ともに、どうにもならないところまで追い込む。
 どん底の世界に落とすのはそれからだ。落としてしまえば、こんなに扱いやすい女はいない。

「少しは本も読んでいるようだが、任意整理って知ってるか?」
 堂本は、穏やかな口調に戻っていた。
「知りません」
「そうかい。まあいいや。あんたの場合は任意整理は無理だからな。もう自己破産するしかないな、あんたは」
「自己破産ですか?」
「そう。自己破産すれば、あんたは、とりあえずは借金苦から解放される。ただ、自己破産は人生破滅、人間失格と同義だ。どん底の世界で這いずり回るしかない。それでもやるかい。そこまでの勇気があるんだったら、お手伝いするけど」
 堂本は、あえて自己破産を口にした。もっともやっかいなのが自己破産されることだ。だから、先手を打って、太い釘を刺したのだ。
「自己破産なんてできません」
 慶子は、男に対する恐怖と、言葉では言い表せないほどの不安で、正気ではなくなりつつあった。
「ほかの借金はともかく、俺のカネだけは返してもらわないとな。俺の知り合いで、あんたにカネを貸してくれるところがあるんだ。今から紹介してやるよ。三十万もあれば、俺に返済しても、いくらかは手元に残るだろ。消費者金融とクレジットは踏み倒しても取り立てには来ない。あとは、その三十万をきちんと返せばいい。そのくらいは返せるだろう?」
「はい」
 慶子は、もう堂本の書いたシナリオにはまっている。
「消費者金融やクレジットは、ほんとうに取り立てに来ないんでしょうか?」
「来やしないよ、絶対に。連中は上場企業だからな。督促状が来るだけだ。まっ、会社に電話がかかってくる可能性はあるから、会社は変わった方がいいかもな。携帯電話は無視すればいい。心配するな。あんたなら、就職先はいくらでもあるさ」
 強張ったままだった慶子の表情が、いくらか柔らかくなったように見える。
 堂本は、携帯電話を右手で開いた。
「高橋さんかい。久しぶり。ところで、景気はどうだい?」
「-------------」
「そう、まっ、厳しいのはお互い様だな。ところで今な、知り合いで、お宅からカネを借りたいという人が傍にいるんだ。女だよ、年は二十六歳」
「-------------」
「もちろんだよ。ちゃんとしたところのOLさ。長野県の松本出身で身元も確かだ。今日、今から時間空いてる?」
「-------------」
「あっ、そう。十時な。じゃあ、どこにしようか?」
「-------------」
「うん、分かるよ。四丁目の水道通りと山手通りが交差したところの角にあるファミレスだな。じゃあ、本人を連れて行くから。希望金額は三十万だ。あとは、直接会ってから相談に乗ってやってくれよ」
「-------------」
「うん、じゃあな、よろしく」
 堂本は電話を切った。獣の眼が穏やかになっている。微笑んでいるようにも見えた。
「話はついたよ。よかったな。三十万あれば十分だろ。残りは踏み倒すんだ。なに、心配することはないって。クレジットで買い物ができなくなるだけだ。それに借金もできなくなるけど、その方がかえっていいんじゃねえか」
 堂本はほんとうに笑った、ように見えた。
 慶子は、安堵もあったが、不安の方がまだ大きかった。―クレジットや消費者金融を踏み倒すことなんてほんとうにできるのかしら・・・―
「一本だけいいかな」
 堂本は、慶子の返事を待たずに煙草に火をつけた。
 クレジットや消費者金融なんて蚊のようなものだ。血を吸われたってしれている。が、これから借り入れることになる三十万円は、そうはいかない。おそらく、慶子の血を吸い尽くす。
 ―まあ、そんなこと、今は知らない方がこの女にとっては幸せだ―堂本は深く吸い込んだ煙草の煙を天井に向かって吐いた。

 セルシオの後部座席に、慶子を押し込むようにして堂本は乗り込んだ。
「四丁目の角にあるファミレスだ。分かっているよな。十時だ。時間はある。焦らなくていい」
「はい。了解です」
 運転手役の手下が答えた。
 ―アニキが言ってたとおりだ。こんな上玉が網に掛かるなんて、アニキはほんとに凄い―
 手下は、バックミラー越しに女の顔を眺めながら、堂本がくれると言った「ご褒美」を妄想して、下卑た薄笑いを浮かべた。

つづく

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「子供手当の海外流出」動画があがっています。

【子ども手当】日本人逆差別、密かに進められる移民促進政策[桜H22/3/15]
http://www.youtube.com/watch?v=U8-6sDWi9h4&feature=player_embedded
異常な子供手当の海外流出についてのテレビ出演動画、掲載!
http://kosakaeiji.seesaa.net/article/143834769.html

この番組の前の時間帯に放送された「チャンネル桜」本放送のゲストでノンフィクション

作家・関岡英之さんの中国人移民急増の解説が極めて深刻で衝撃的でした。

【関岡英之】「内なる脅威」と化した中国の日本侵蝕[桜H22/3/16]
http://www.youtube.com/watch?v=28r6CNukdzI&feature=video_response

【この動画をみて】 (21分36秒くらいから)
 外国人参政権と(中国人)移民問題、地方分権(地域主権)を絡めて考えるべきと
指摘されていました。確かに合わせて考えてみると深刻度が一気に上がりますね。

 それと(メンタリティは中国人のままの)中国系帰化人が日本の裁判官や警察官
になって、日本人が裁かれるという悪夢(理論的には現時点でも可能だそうです)の
ような話も続けて紹介されています。

「内なる脅威」がすぐそこまで忍び寄ってきていることを実感させられます。

投稿: june | 2010/03/17 20:19

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