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2010/03/15

怨讐 1.陥穽 (2)

1.陥穽 (2)

 女は電車の窓を凝視していた。窓には鏡のように自分の顔が写っている。生気が感じられない暗くて沈んだ表情の顔だった。それ以外の景色は女の眼には入らない。
 自身の顔を見て女はさらに落ち込んだ。
 お気に入りのエルメスのバッグに微かな振動が感じられた。マナーモードにしているから音はしない。が、女は、あの男からの電話だとすぐに分かった。
 携帯電話には、あの日から毎日かかってくる。それも一度や二度ではない。最近は、会社にもかかってくるようになった。借金の返済を督促するチラシも二日に一回は郵便受けに投函されている。チラシに書かれている文言は日ごとに激しさを増していた。
 女は電話に一度も出たことがなかった。会社では居留守を使った。そのせいで、同僚からは訝しそうな眼つきで見られるようになった。あの男から逃れられないのは分かっている。が、怯えが電話に出ることをためらわせるのだ。
 女は、改札口を出て、自宅のあるマンションに向かって歩き始めた。今日は、喫茶店で時間を潰すのをやめた。
―やっぱり逃げ切れない。このままだと、ますます追いつめられるだけだわ―
 もう逃げるのはやめよう、女は、そう心に決めた。が、男からの電話に出たからといって状況が変わるわけではない。そんなことは女にも分かっていた。
 部屋に帰り着くとまた携帯電話が鳴った。時計は七時半を少し回ったところだった。
「もしもし」
「あっ、忠岡さん?堂本です」
「・・・・・・」
「ずいぶんだねえ、電話も出てくれないなんて。まっ、忙しいんだろうけど。でも、部屋にもいない、電話も出ないじゃあ疑っちゃうよね。分かってると思うけど、俺たちの関係は信頼関係しかないんだよ。最初に言ったろ、無担保、保証人なしで二十万も貸すんだから誠実に対応してもらわないとね。電話に出たってことは、その辺り、わきまえてくれたのかな?」
「はい」
「それならいいんだけど。で、明日は家にいるの?」
「・・・・・・」
「返事してよ、明日はいるの?」
「・・・・・・」
「ったくもう、元本が返せなきゃ利息だけでいいっていってるだろ。利息も払えないの?」
 女は返事ができなかった。利息だけと言われても一月に一万円近くになる。そのほかに消費者金融もあればクレジットの返済もある。月の手取りが二十万円弱しかない女にとっては、もうどうしようもない状況だった。
「とにかく、明日の今ごろお宅に行くからさあ、そのときに話を聞かせてよ。相談には乗るからさ。分かった?」
「分かりました」
 女は、かろうじて声を絞り出した。「相談に乗る」その言葉が不気味だった。良い意味に取りたい、と思うのだが、男のあの眼を思い出すと悪い方にしか考えられなかった。

                        *

 堂本良雄は上機嫌だった。やっと女を落とすことができる、そう確信したからだった。男は落ちるほど惨めになるが、女は落ちるほど銭になる。これが、この業界で堂本が学んだ鉄則だった。そして、銭にはまった女ほど落としやすいものはない。
 堂本は、手下が運転する白いセルシオで忠岡慶子のマンションに向かっていた。
「アニキ、あの女、モノになりますかね」
 卑しい笑みを浮かべながら手下が訊いた。
「俺の狙いに狂いはねえ。あれは久しぶりの上玉だ。きっと銭になる」
 堂本は煙草を吸うと、一呼吸置いた。
「オマエはまだ見習だから教えてやろう。俺は女にカネを貸すとき、まず出身地を訊くんだ。次に独り住まいかどうかと年齢。最後が近くに身寄りがいるかどうかだ。まあ、顔と肉体はいいに越したことはない。でも、それは二次的なもんでね。地方出身で、独り住まいで、身寄りがいなくて、そして年は若い。こういう女は銭になる確率が高いんだ。まあ三十が限界かな、年は。」
「はあ、そんなもんですか。で、二次的ってどういう意味です?」
 手下が問い返した。
「『二次的』も分からないのか?」
「はい」
「まあいいや。とにかく俺たちのビジネスは合法だ。金利が高いと言うやつらもいるけど、たかだか54.75%だ。ヤミ金やってる連中と比べたら、はるかに良心的さ。十万円借りても、月の金利は五千円以下ですむ。だからヤミ金みたいにこそこそ逃げ回る必要はないし、モノになる女だって見つかる。ただ、その分、手間暇がかかるし、面倒くさいけどな」
「ほんと、この商売は大変っすね。でも、大丈夫ですかね、OLなんかに貸して・・・」
 手下は、バックミラー越しに堂本の顔色をうかがった。堂本の眉間の皺が深くなり眼つきが険しくなった。
「あの女はOLなんかじゃねえ。自営業者だ。客の職業は自己申告が原則なんだ、この商売は、分かったか!分かったら、二度とそんな言葉を口にするんじゃねえ!」 」
 堂本の言葉には怒気が込められていた。手下はあわてて話題を変えた。
「ところで、なんで地方出身で、独り住まいで、身近に身寄りがいない女なんすか?」
「ほんとにオマエは頭悪いな。田舎から出てきたOLを考えてみな。二十万そこそこの手取りで、家賃を五万円以上払って、携帯電話に光熱費とくりゃ、手元にいくら残る。十万もねえだろ。身寄りがいないから頼れる相手も限られる。で、周りにあふれている話題は海外旅行やブランドものの話ばかりだ。昼間はOLやってるキャバ嬢なんてざらだ、知らねえのか?要するにカネに飢えてるんだよ、そんな女は」
 堂本は、この頭のデキが悪い手下と話していると段々と疲れてきた。まあ、でも、だからこそチンピラをやっている、そう思うと怒る気にもなれなかった。
「アニキって、いつも思うんですけど、なんかインテリというか頭いいっすね。俺、頭悪いから勉強させてください。で、できたらキャバクラにも一回連れてってほしいんですけど」
「今から会う女を落とせたら、オマエにもご褒美をやるさ。」
 手下は、頭は悪くてもゴマすりだけはうまい。その点では業界の処世術をわきまえている。インテリと言われて、堂本も悪い気はしなかった。

つづく

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コメント

微妙だなぁ!!

投稿: ブランドコピー | 2010/03/15 12:53

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