怨讐
今日は、時間がないので、これまでのエントリをまとめてみました。
読みやすいと思いますので、まとめてどうぞ。
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怨讐
プロローグ
男は、歌舞伎町のはずれにある小さな酒場にいた。酒場は、遊歩道と水子神社に挟まれたハモニカ長屋のようなバラックが立ち並ぶ一画にあった。
酒場は五坪ほどの広さで、カウンター席と小さなテーブル席が二つあるだけだ。貧相な木製のドアに、サン・ハウスという店の名前が書かれたプラスチックの板が掛けられている。
酒場の中には、シンプルだが攻撃的で、どこか哀調を帯びた泥臭い音楽が流れていた。音量は聴かせるというほど大きくはなく、どちらかといえばBGMの雰囲気だった。客の嗜好に配慮しているのだろう。
壁には七十年代に来日した黒人ミュージシャンの公演ポスターが貼られている。赤茶けたポスターは、手を触れると今にも破れそうだった。
男は、カウンターのスツールに腰を掛けてバーボンをオン・ザ・ロックで呑んでいた。リズムに合わせて小刻みに体を揺すっている。
泥臭い音楽と安物のバーボン、場末の酒場、いかにもステレオタイプの組み合わせだが、この男は場に馴染んでいた。男の年齢は四十代の前半に見えた。しかし、ときどき、ずっと年を食った雰囲気を漂わせることもあった。
男は小さくグラスを振った。氷がグラスの中で踊ってカラカラと音を立てた。マスターは、空になったグラスに手を延ばした。男と眼線が合った。男は柔和な眼差しだったが、奥に翳りがあった。
酒場のある一画は、時計の針が止まっているようだった。未だに遠い昔の淫売窟だったころの残滓がこびりついている。六十年代の溢れ返るような熱気の名残もあった。
男は、たまにこの酒場に顔を見せる。泥臭い音楽とバーボンが融け合って、不思議と安らいだ気分になれるのだった。
男は、ときどき焦燥を感じることがある。この数年の間に芽生えた感情だった。時間だけが無為に過ぎ去っていくことに対する苛立ちだった。
野太い艶のある声がシャウトしている。男はバーボンを口に含んだ。独特のコクに喉を鳴らした。ハープの音色がもの憂げだった。
「待ち合わせですか?」
琥珀色のグラスを男の前に置くと、マスターが訊いた。既に三杯目だった。
「田島とね」
男は、左腕の時計に眼をやった。時計の針は、もうすぐ午後八時を差そうとしていた。
「田島さんですか・・・」
マスターは微かに眉を寄せた。マスターは田島を嫌っていた。というより悪酔いする男が嫌いだった。
カウンターの端の席に若いカップルが腰を掛けていた。マスターと何やら話を交わしている。
「最近は若い客がけっこう多くてね」 男はマスターの言葉を思い出した。この街は、若者たちにとって既に伝説になっていた。
ドアが開いて田島が姿を現した。
「らっしゃい」
マスターは眼を伏せたまま、少しだけ入り口に顔を向けて客を迎えた。
「よおっ!」田島が右手を中途半端に上げながら、店の中ほどまで進んできた。
「やけに嬉しそうだな」
「たまにはな。神は我を見捨てずさ」
田島は、頬を緩めながらブルゾンの内ポケットがある辺りを押さえた。
「早くいこうぜ、今日は俺の奢りだ」
田島は、座りもせずに男を急かした。
「それより呑まないのか?」
男は、「神」という思いもかけない言葉に苦笑しながら、落ち着かない田島に訊き返した。
「ここんとこ酒が入るとからっきしでね」
マスターに少し気兼ねした様子で田島が応えた。
「気にしないでください」
マスターが口を挟んだ。そっけない物言いだった。
男は腰を上げた。千円札三枚でお釣がきた。男は田島といっしょに店を出た。
「左門さん、また」
マスターの言葉を背中で聞いた。街はすっかり冷え込んでいた。男と田島は、白い息を吐きながら新宿三丁目を目指して歩き始めた。
*
左門と田島は、新宿三丁目の雑居ビルを出て靖国通りの舗道を歩いていた。これから百人町にある小さなバーに寄るつもりだった。時計の針は午後十時を回っていた。
左門は、顔付きは穏やかだが頬の辺りが削げている。痩身だが広い肩幅は逞しさを感じさせた。田島は中肉中背で背中が丸く、まばらな無精髭に顔がくすんで見える。
まだ十月の半ばだというのに、まるで冬を思わせる寒さだった。湯あがりの膚が寒さで張り詰めてきた。二人はブルゾンの襟元を合わせた。
横断歩道を渡った。百人町までかなりの距離がある。区役所通りをしばらく歩き、近道をするために左に折れた。
掃き溜めのような通りに人間がひしめいていた。酔ったサラリーマンや無遠慮に通りを占領している若者たち、中には辺りを物珍しそうに見廻している者もいる。二人が踏み入れた街には時間の観念がなかった。
赤や青の原色のネオンが妖しく煌めいている。この野卑で猥褻な街は、期待と不安が混交した男たちの後ろめたい好奇心を掻き立ててやむことがない。きらびやかで淫猥なネオンの洪水が、男たちの飽くなき欲望を煽り立てる。
(『射精産業』とはよく言ったもんだ。男の欲望は尽きることなし・・・か) 左門は、いつもは避けて通る歌舞伎町の街中を歩きながら改めて感心した。
「三丁目よりこっちの方が良かったかもな」左門の独り言に田島は無言だった。
客引きと思しき男や女が其処彼処に立っている。どの顔も、人待ち顔に卑しい愛想笑いを浮かべていた。
「なんであんなのに騙されるんだ・・・ん?」
左門肇は、ソバージュのかかった髪をまだらに染めた女を見詰めながら訊いた。黒いニットのワンピースは極端に裾が短くて、乳房や臀の隆起が一目で分かった。
女は、ワンピースの上に何も羽織っていなかった。カモを捕まえるためであれば、少々の寒さは平気らしい。
「あの媚びた声に癒されるんだ、この街を知らないヤツらは。砂漠でオアシスにめぐり合えたような、まっ、そんな感じかな。オマエにはそんなヤツらの気持は解んないだろうけど、鴨ネギっているんだよ、けっこう」
田島四郎は、したり顔で応えた。
女の眼が田島を認めた。田島に向かって微笑みを投げかけてきた。田島は左手を軽く上げて女に応えた。田島は、この街では、それなりに知られた存在だった。
通りの角に男たちがたむろしていた。日本人とは顔付きの違う男たちと視線が交錯した。男たちの眼は無表情でぬめっていた。一人が携帯電話に向かって、何事かを大声でまくし立てている。言葉は早口で意味不明だった。
「いつ見ても気味の悪い連中だぜ」
いまいましそうに吐き捨てて田島が眼線をそらした。左門は無視した。
くたびれた感じの男が道端に座り込んでいた。ネクタイは縒れて口から涎を垂らしている。眼をつむってブツブツと何事かを呟いていた。誰も眼もくれなかった。
「凍えちまうぞ」「大丈夫さ」「しかし・・・」「最後はオマワリさんが面倒を見てくれるさ。身ぐるみ剥がされた後でな」
関わるのはよせ、そう田島は言いたげだった。
「立つんだよ、ほら」
左門は男の左腕を引き上げた。
「うるせーっ!どいつもこいつも俺をコケにしやがって。オマエは何様だ!」
男は、呂律の回らなくなった口で喚きなが左門の手を振り払った。ゴミ箱に抱き着くようにして立ち上がると、よろよろと歩き始めた。
「ほっとけよ」
呆れた様子で田島が言った。
―その、人の好さが、いつもオマエを苦しめるのに・・・ちっとも変わっていない―田島は、ほんとうはそう言いたかった。
「あんなの相手にしてたらキリがねえ」
田島は、口から涎を垂らしたままの男と左門を置いたまま、先に歩き出した。
男が正気に戻ったとき、恐らく財布は空になっている。現金はおろか、カードや免許証さえも失くしている筈だ。 「仕方がねえさ・・・」 田島は呟くように言った。
「寒・・・」
左門が肩をすくめた。
「昼間の暑さが嘘みてえだな。まるで冬だ」
田島が相槌を打った。
「世の中が狂っているから天気までおかしくなったってか」
左門は自嘲気味に言った。
「冬は耐えられねえよ。冬なんてなくなったらいいのにな」
田島は白い息をフッと吐いた。
「冬がなきゃあ春も来ない、だろ?」
「冬が過ぎても春なんて来ねえさ」
左門の問いに田島はなげやりに応えた。
歌舞伎町は男にとって便利な街だ。あらゆる欲望を満たしてくれる。男の虚言と女の打算、わずらわしい駆け引き―この街にはそれがない。男はセックスがしたい、女はカネがほしい―ただそれだけである。カネさえあれば満足はなくても取りあえずは充足される。
田島がこの街を離れないのは、そのせいだろう。左門はこの街が嫌いだ、というより嫌悪に近い感情を抱いている。だから家に帰るとき、わざわざ回り道をする。が、左門にとっても、この街は生活の一部になっている。
ただ、この巣窟は、慣れていない男たちにとっては、快楽と恐怖が背中合わせになった危険な街だ。饐えた臭いが堆積した路地裏を、暴力と無法がまかり通る。
*
この街も、職安通りが近くなると人影がまばらになる。きらびやかなネオンよりも闇の方が深くなる。行き交う男や女たちは、どの顔も曰くありげだった。
背後から猛烈な勢いで靴音が迫ってきた。複数の靴音が連続していて緊迫感があった。左門と田島は思わず振り返った。
土気色の顔をした二人の男が走り抜けていった。恐怖で形相がゆがんでいる。後ろを眼つきの鋭い男たちが追っている。
「何だ?」
左門が訊いた。
「ボッタクリさ・・・きっと客が逃げ出したんだよ。たぶん田舎もんだな」
田島は事もなげに言った。
「通報しないのか?」
「そんなことしても無駄さ。店の場所すら分からないんだから。当の客がよく覚えていないし。まあ、ボコボコにされて財布とカードを巻き上げられて終わりさ。まず、殺されることはねえよ」
田島は悠長に応えた。おそらく、この街では珍しいことではないのだろう。
左門の顔色が変わった。怒気を孕んだ顔は蒼白だった。
すぐ先の右手にバッティングセンターが見えた。左門はそこに飛び込むと、無言のまま金属バットを掴み、すぐさま男たちの後を追った。呆気にとられた店員は、立ち竦んだままだった。
暗がりの中に怒声が飛び交っている。黒い影がもつれている。追いつめられた男たちが、チンピラたちと格闘している様子が遠目にも分かった。
「殺っちまえ!」
怒声が一方的になった。チンピラたちは蹲った男たちの頭を続けざまに蹴った。男たちは路上に転がったまま動かなくなった。カモを追いつめたチンピラたちは容赦しなかった。鋭く尖った革靴の切っ先が、男たちの腹をえぐろうとしていた。
そのとき、チンピラの後頭部に激しい衝撃が走った。鈍い音が立て続けに響いた。チンピラたちは、何が起こったのかも分からないまま地面に叩き伏せられた。
左門は、さらに金属バットを振るい続けた。関節が砕ける音がした。チンピラたちは、唸り声を上げながら躰を打ち振るわせている。それでも左門のバットはやむことがなかった。
肘や膝が奇妙な角度に捩れている。どこかで見たことがあるような光景だった。
左門を小さな震えが襲った。動悸が激しくなり、息苦しくなった。全身から冷汗が湧き出していた。
「逃げよう早く」
田島が急かした。
左門と田島は小走りに職安通りを渡った。職安通りの先の路地は薄暗くて、人通りはほとんどなかった。
「一体どうしたんだ?あんな無茶をして」
田島が尋ねた。顔がまだ蒼ざめている。言葉には怯えが潜んでいた。
「分かんねえよ、躰が勝手に動いちまった」
自分自身に困惑した様子で左門は答えた。
「凄い形相だったな」
「そうか・・・まったく覚えていないんだ」
左門は既に冷めていた。ついさっきの金属バットの男とは、まるで別人のようだった。
「アイツらとは関わらない方がいい。氷川会に睨まれたらこの街では生きていけねえ」
田島の口調は憂いを帯びていた。
唐突だった。何かが弾けた。衝動が突き上げてきて、左門は自身を制御できなかった。
時の流れはあらゆるものを風化させる。怒り、苦しみ、憎しみ、哀しみ、すべてが記憶の彼方に遠ざかり、退屈で単調な日常の中に埋没する。しかし、心に刻み込まれた傷は癒されたわけではない。ただ、意識の底に深く沈んでいるだけだ。
現在も未来も過去に拘束されている。いびつな情念が、左門の心の奥底でマグマになっていた。根源は意識の外にあった。
「とにかくそのバットを処分しないとな。指紋だって残ってる」
田島が言った。
「そうだな。この先の公園にトイレがある。そこで綺麗に洗おう」
左門が応えた。
狭い路地のような通りの右側に小さな公園があった。左門は公衆トイレで金属バットを洗うと、ブルゾンで拭って潅木の繁みに放り込んだ。
―こいつは一体どうなっているんだ?―
左門は、田島からすれば優しすぎる。なのに、この常軌を逸した暴力。田島は、その乖離に驚きを抑えきれなかった。
が、人間の心の深層は、誰も窺い知ることはできない。何人の心にも狂気は棲息している。俺だってそうかもしれない。俺は臆病な男だが、何かの拍子に狂気に突き動かされるかもしれない。
田島は、左門の行為をそう理解して納得するしかなかった。
1.陥穽
そのマンションは三階建で閑静な住宅街にあった。辺りは既に夜の静寂に支配されていた。時折、人や車が行き交うだけで、表通りの喧騒とは無縁だった。街路灯の薄明かりの中に家並みがぼんやりと浮かんで見えた。
白壁の洒落た造りのマンションだった。どの部屋も、雨戸の上の欄窓から燈火がこぼれている。二〇五号室だけが暗闇だった。
街路灯の下を女が歩いていた。女のマンションは、最寄り駅から五分ほどのところにある。女は滅入っていた。マンションが近づくにつれて足取りが重くなった。
色の白い整った顔立ちの女だった。グレーのタートルのセーターに光沢のあるライトブラウンのパンツを穿いている。薄手のセーターとタイトなパンツからは、躰のラインがリアルに見て取れた。
ブーツの踵が規則的な音を刻んでいる。が、音の間隔は段々と長くなり、やがて小さくなった。
女の顔が蒼白く見えるのは、街路灯のせいばかりではない。女は男の影に怯えていた。男は夜になるとやって来る。獣を思わせる眼で見据えられると、躰が竦み息が詰まりそうになる。震えが躰の芯から湧いてくる。
時計を見た。針は午後九時半を差していた。女は、つい先程まで最寄り駅を出たところにある喫茶店で時間を潰していた。午後九時を過ぎれば、男の行為は法律で禁止されているはずだった。会社の近くで立ち読みした本にそう書いてあった。
―どうしてこんなことになったのかしら― 女は自分自身が情けなくなった。悪夢の始まりは、郵便受けに投げ込まれていた「無担保・保証人不要・即決融資OK」というチラシだった。チラシには貸金業登録番号もきちんと書かれていた。
後悔しているうちにマンションの前に着いた。
周囲を見廻して人影がないのを確認すると、オートロックの鍵穴にキーを差し込んだ。
―よかった。本に書いてあったことは本当だったのね― 女は安堵の胸をなでおろした。が、それは束の間だった。郵便受けに封書が入っていた。あの男からの督促状だった。
*
女は電車の窓を凝視していた。窓には鏡のように自分の顔が写っている。生気が感じられない暗くて沈んだ表情の顔だった。それ以外の景色は女の眼には入らない。
自身の顔を見て女はさらに落ち込んだ。
お気に入りのエルメスのバッグに微かな振動が感じられた。マナーモードにしているから音はしない。が、女は、あの男からの電話だとすぐに分かった。
携帯電話には、あの日から毎日かかってくる。それも一度や二度ではない。最近は、会社にもかかってくるようになった。借金の返済を督促するチラシも二日に一回は郵便受けに投函されている。チラシに書かれている文言は日ごとに激しさを増していた。
女は電話に一度も出たことがなかった。会社では居留守を使った。そのせいで、同僚からは訝しそうな眼つきで見られるようになった。あの男から逃れられないのは分かっている。が、怯えが電話に出ることをためらわせるのだ。
女は、改札口を出て、自宅のあるマンションに向かって歩き始めた。今日は、喫茶店で時間を潰すのをやめた。
―やっぱり逃げ切れない。このままだと、ますます追いつめられるだけだわ―
もう逃げるのはやめよう、女は、そう心に決めた。が、男からの電話に出たからといって状況が変わるわけではない。そんなことは女にも分かっていた。
部屋に帰り着くとまた携帯電話が鳴った。時計は七時半を少し回ったところだった。
「もしもし」
「あっ、忠岡さん?堂本です」
「・・・・・・」
「ずいぶんだねえ、電話も出てくれないなんて。まっ、忙しいんだろうけど。でも、部屋にもいない、電話も出ないじゃあ疑っちゃうよね。分かってると思うけど、俺たちの関係は信頼関係しかないんだよ。最初に言ったろ、無担保、保証人なしで二十万も貸すんだから誠実に対応してもらわないとね。電話に出たってことは、その辺り、わきまえてくれたのかな?」
「はい」
「それならいいんだけど。で、明日は家にいるの?」
「・・・・・・」
「返事してよ、明日はいるの?」
「・・・・・・」
「ったくもう、元本が返せなきゃ利息だけでいいっていってるだろ。利息も払えないの?」
女は返事ができなかった。利息だけと言われても一月に一万円近くになる。そのほかに消費者金融もあればクレジットの返済もある。月の手取りが二十万円弱しかない女にとっては、もうどうしようもない状況だった。
「とにかく、明日の今ごろお宅に行くからさあ、そのときに話を聞かせてよ。相談には乗るからさ。分かった?」
「分かりました」
女は、かろうじて声を絞り出した。「相談に乗る」その言葉が不気味だった。良い意味に取りたい、と思うのだが、男のあの眼を思い出すと悪い方にしか考えられなかった。
*
堂本良雄は上機嫌だった。やっと女を落とすことができる、そう確信したからだった。男は落ちるほど惨めになるが、女は落ちるほど銭になる。これが、この業界で堂本が学んだ鉄則だった。そして、銭にはまった女ほど落としやすいものはない。
堂本は、手下が運転する白いセルシオで忠岡慶子のマンションに向かっていた。
「アニキ、あの女、モノになりますかね」
卑しい笑みを浮かべながら手下が訊いた。
「俺の狙いに狂いはねえ。あれは久しぶりの上玉だ。きっと銭になる」
堂本は煙草を吸うと、一呼吸置いた。
「オマエはまだ見習だから教えてやろう。俺は女にカネを貸すとき、まず出身地を訊くんだ。次に独り住まいかどうかと年齢。最後が近くに身寄りがいるかどうかだ。まあ、顔と肉体はいいに越したことはない。でも、それは二次的なもんでね。地方出身で、独り住まいで、身寄りがいなくて、そして年は若い。こういう女は銭になる確率が高いんだ。まあ三十が限界かな、年は。」
「はあ、そんなもんですか。で、二次的ってどういう意味です?」
手下が問い返した。
「『二次的』も分からないのか?」
「はい」
「まあいいや。とにかく俺たちのビジネスは合法だ。金利が高いと言うやつらもいるけど、たかだか54.75%だ。ヤミ金やってる連中と比べたら、はるかに良心的さ。十万円借りても、月の金利は五千円以下ですむ。だからヤミ金みたいにこそこそ逃げ回る必要はないし、モノになる女だって見つかる。ただ、その分、手間暇がかかるし、面倒くさいけどな」
「ほんと、この商売は大変っすね。でも、大丈夫ですかね、OLなんかに貸して・・・」
手下は、バックミラー越しに堂本の顔色をうかがった。堂本の眉間の皺が深くなり眼つきが険しくなった。
「あの女はOLなんかじゃねえ。自営業者だ。客の職業は自己申告が原則なんだ、この商売は、分かったか!分かったら、二度とそんな言葉を口にするんじゃねえ!」 」
堂本の言葉には怒気が込められていた。手下はあわてて話題を変えた。
「ところで、なんで地方出身で、独り住まいで、身近に身寄りがいない女なんすか?」
「ほんとにオマエは頭悪いな。田舎から出てきたOLを考えてみな。二十万そこそこの手取りで、家賃を五万円以上払って、携帯電話に光熱費とくりゃ、手元にいくら残る。十万もねえだろ。身寄りがいないから頼れる相手も限られる。で、周りにあふれている話題は海外旅行やブランドものの話ばかりだ。昼間はOLやってるキャバ嬢なんてざらだ、知らねえのか?要するにカネに飢えてるんだよ、そんな女は」
堂本は、この頭のデキが悪い手下と話していると段々と疲れてきた。まあ、でも、だからこそチンピラをやっている、そう思うと怒る気にもなれなかった。
「アニキって、いつも思うんですけど、なんかインテリというか頭いいっすね。俺、頭悪いから勉強させてください。で、できたらキャバクラにも一回連れてってほしいんですけど」
「今から会う女を落とせたら、オマエにもご褒美をやるさ」
手下は、頭は悪くてもゴマすりだけはうまい。その点では業界の処世術をわきまえている。インテリと言われて、堂本も悪い気はしなかった。
つづく
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コメント
楽しみます!!応援します!!
投稿: ブランドコピー | 2010/03/16 15:10