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2010/03/19

怨讐 1.陥穽 (4)

怨讐 1.陥穽 (4)

 セルシオの後部座席に、慶子を押し込むようにして堂本は乗り込んだ。
「四丁目の角にあるファミレスだ。分かっているよな。十時だ。時間はある。焦らなくていい」
「はい。了解です」
 運転手役の手下が答えた。
 ―アニキが言ってたとおりだ。こんな上玉が網に掛かるなんて、アニキはほんとに凄い―
 手下は、バックミラー越しに慶子の顔を眺めながら、堂本がくれると言った「ご褒美」を妄想して、下卑た薄笑いを浮かべた。
 セルシオは、甲州街道に出ると、新宿方面に向かって走り始めた。行き交う光の数が増えてきて、やがて絶え間なく続く列になった。初台を通り過ぎた辺りから、セルシオは極端に速度が遅くなった。しばらくして左に折れた。
 車の列が、のろのろと進んでいる。窓越しに、道を行く人たちの表情さえ分かる。が、慶子の眼には何も映らなかった。自らの行く末を案じる余裕もなく、ただ茫然としていた。

                        *

 通称を高橋と名乗る男との相談は、すぐに終わった。まっとうな業者なら、金銭の貸借をするときは、約定した事項を記載した証書を当事者の間で取り交わす。が、高橋は、約定書ではなくA4の借用証を一枚だけ差し出し、慶子に住所氏名を書かせ、押印させただけだった。
 借用証には何項目かの記載があったが、慶子にはよく読む時間が与えられず、高橋も何の説明もしなかった。
 慶子は金銭の貸借に疎い。だから借用証に書かれている文言を読んでも、よく理解できなかったかもしれない。それでも、金利の欄が空白になっていることは、さすがに気になった。が、そのことを口にできる雰囲気ではなかった。
 ファミレスにいた時間は、三十分くらいだっただろうか。堂本と高橋が交わす話題は、ほとんどが慶子にとって無縁のものばかりだった。
―一刻も早くこの場から消えていなくなりたい―
 慶子は、そう願うばかりだった。

 ファミレスで高橋と別れた堂本は、慶子を自宅に送り届けると、大久保にある事務所兼用の自宅に向かった。
「アニキ、あの女、これからどうなるんですかね?」
 手下の口調は、まるで慶子のこれからに期待しているかのように聞こえた。
「どうなるって?三ヶ月も持たねえだろうよ。何しろ金利は俺のとこの六倍だ。それに高橋んとこの追い込みは半端じゃねえからな。よほどの根性がねえと、もう逃げ場がなくなる、心身ともにな。銭にはまった人間は、最後はみんなそうなるのさ、特に擦れていないヤツほどな」
 手下の問いに堂本は自信たっぷりに答えた。
「逃げませんかね?」
「逃げるだけの度胸があれば、もうとっくに逃げてるさ。そんな度胸、あるわけないだろ?あの女に」
「そうっすか。いや勉強になります」
 セルシオは大久保通りに入った。夜の十一時を回っているというのに、車が詰まっている。工事渋滞だった。
 いつもの堂本なら、ここでイラつくところだ。が、今日は、そうはならなかった。堂本は、慶子のこれからに思いをめぐらせていた。

                        *

 明治通りは相変わらずの渋滞だった。渋滞は新宿通りまで続いている。堂本はイラついていた。この男は、思い通りにならないことがあると、すぐに癇癪を起こす。
「なんで左を走らねえんだ。オマエ、車の運転、何年やってんだ!」
 堂本は、手下を怒鳴りつけた。が、いちばん左の車線は、駐車車輌でほぼふさがれている。手下はセルシオを左車線に移動させたものの、五十メートルも行かないうちに、また元の車線に戻るしかなかった。
「くそっ!」 そう吐き捨てると、堂本は運転席を後ろから蹴った。
 そんな堂本を、隣の席に座った女が、上目遣いに窺うように見ていた。顔にやつれが見える。眼の奥には怯えが潜んでいる。
 女は忠岡慶子だった。堂本は、高橋から慶子を五十万円で買い戻したのである。高橋に追い込まれた慶子は、会社を辞め家賃も滞納していた。

 堂本は、高橋から債権を買い戻したあと、慶子を犯した。場所は慶子の部屋だった。このとき、慶子はもう壊れかけていた。裸になることを強要すると、慶子は最初は躊躇していたが、そのうち、あきらめたかのようにのろのろと服を脱いだ。さすがに、最後の小さな布切れだけは自ら取ることはできなかったが、堂本が剥ぎ取ろうとすると、小さく抵抗しただけだった。
 慶子の肉体は、服の上から想像していたとおりだった。乳房は突き出しており、臀もよく発達している。淑やかで清楚な雰囲気を漂わせる外見とのアンバランスに堂本は久しぶりに興奮した。
 その日、堂本は何度も果てた。慶子も最初こそ怯えていたが、途中から肉体が応戦した。
 堂本は経験的に知っていた。人間には二つのタイプがあると。最終的に追いつめられると、人が変わったように好戦的になり、激しく反撃してくる人間。追いつめられると、恐怖により怯えた状態になり、他者の要求に一方的に従うようになる人間。
 堂本は、慶子が後者であることを本能的に認識していた。

 堂本は、百貨店の駐車場にセルシオを停めさせると、靖国通り沿いの細長いビルを目指して歩き始めた。慶子は黙って従った。後ろには、堂本の手下がついている。
 慶子は、行き交う人たちの視線を感じた。奇妙な取り合わせだった。野獣のような眼をした男と、端正な顔立ちに憂いを帯びた表情の女。
 しかし、行き交う人たちは、急き立てられるように通り過ぎて行った。好奇な視線を浴びせる者も、慶子の眼の前に広がる果てしない闇など知る由もなかった。

 新宿三丁目の何の変哲もない雑居ビルに、男たちの究極の欲望を満たす空間がある。雑居ビルの四階でエレベーターが停まった。堂本は顎をしゃくって慶子を促した。
 エレベーターを降りると、中国の宮殿風の門構えになっているエントランスがあった。金瓶梅という、金箔で装飾された文字が際立っていた。中国の王宮をイメージしたのだろう。安っぽくて品のない豪華さだった。
 中に入ると、床には厚手の絨毯が敷き詰められ、内装も中国の宮殿風に統一されていた。慶子にとって、経験したことのない雰囲気が漂っている。チャイナドレスを纏った若い女と眼が合った。嘲笑うような眼つきに、足がすくみそうになった。
「店長はいるか?」
 堂本は深々とお辞儀をしている黒服に声をかけた。
「こちらでございます」
 堂本たちは、奥まったところにある応接室に案内された。エントランスとは対照的な貧弱なソファーが置かれている。店の責任者らしき男が、堂本に丁寧な挨拶をした後で、対面に座った。男は、慶子の躰に舐めるような視線を這わせている。慶子の心の中に言い知れぬ不安が募ってきた。
「堂本さん、今日の娘はまた格別ですね」
 店長が愛想笑いを浮かべながら言った。人格の卑しさが人相に滲み出ている。
「ちょっとプライドが高いのが難点なんだ。でも、顔も一級品だし、なんてったって肉体が最高だ。まっ、めったにいないいい女だ」
「きっと人気が出ますよ。ところで名前は何にしましょうか?カノジョ、自分で決めた名前ってないの?」
「そんなのないさ」
 慶子に代わって堂本が答えた。
「じゃあ、麗華ちゃんなんてどうでしょう?カノジョは気に入ってくれるかな」
 慶子は相変わらず無言のままだった。
「ちゃんと返事をしないとな。今日からはここの従業員なんだから、もう。覚悟して来たんだろ、だったらもっと素直にならないと」
 堂本は、怒鳴りつけたくなる気持をこらえて諭すように言った。―もう観念しな―眼がそう語っていた。
「まあまあ、最初はみんなこうですよ。怖いところだと誤解するんです。でも、慣れてくれば分かりますよ。そんなに悪いところじゃないって。みんな、同じような年ごろの娘ばっかりだし」
 店長が、間を取り持つように優しく言った。もう、あの舐めるような眼差しはどこかに消えていた。が、慶子の顔は強張ったままだった。
「店長、この娘の最初の客は、コイツだからな」
 堂本は、応接室の入り口に立ち尽している手下の方に左手の人差し指を向けながら言った。慶子は顔をしかめた。が、これが今の現実だった。
 慶子は、この店長と呼ばれる男の眼前に、肉体のすべてを隅々まで晒さなければならない。全裸のまま、肉体に男を喜ばせる技術を仕込まれる。これが、これから始まる慶子の新人研修である。
 慶子の眼の前には、荒涼とした未来が待ち構えていた。

つづく

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