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2011年5月

2011/05/31

国旗国歌を否定して再雇用してくれ…ふざけるな!

卒業式の君が代斉唱で起立しなかったために定年後の再雇用を拒否されたのは不当だ、と都立高校元教諭が東京都を訴えていた裁判で最高裁の判断が下された。
最高裁第2小法廷は30日、「起立や斉唱を命じた校長の職務命令は合憲」として、都に損害賠償などを求めた元教諭側の上告を棄却。
これで請求を退けた二審判決が確定した。

裁判では、職務命令が憲法の定める思想・良心の自由に反するかが最大の争点だった。
判決は命令に基づく起立斉唱について、特定の思想を強制するものではないものの、個人の歴史観とは異なる行動を求められることで、間接的に思想・良心の自由を制限していると判断した。
が、入学式や卒業式は教育上重要な行事で秩序の確保が必要なことや、法律で国旗国歌が定められていること、全体の奉仕者としての公務員の地位などを踏まえると、命令には自由の制限が許されるだけの必要性や合理性が認められ、憲法に違反しないと結論付けた。

判決は4裁判官全員一致の意見。
須藤正彦裁判長は「強制や不利益処分はできる限り抑制的であるべきだ」とし、千葉勝美裁判官は「国旗、国歌の問題は、強制的ではなく自発的な敬愛対象となるよう環境を整えることが重要」とする補足意見を、それぞれ述べたそうだ。

Sarutani_2               判決後、記者会見する申谷雄二元教諭(64)

この判決は極めて妥当な判断だと思う。
「強制や不利益処分はできる限り抑制的であるべきだ」
と言うが、そうしなければ教育上重要な行事で秩序が確保できないのだからやむを得ない。
「国旗、国歌の問題は、強制的ではなく自発的な敬愛対象となるよう環境を整えることが重要」
と言っても、国旗や国歌を否定する人たちが子どもたちを教育している限りそれは望めない。
だからこそ、職務命令で君が代斉唱時の起立を求めざるを得ないのだ。

そもそも、国旗や国歌を敬愛の対象としないほうがおかしい。
しかも、都立高校の教諭は公務員である。
公務員が積極的に法律で定められた国旗国歌を否定し、それで不利益処分を被ったからといって訴えても認められるはずがない。
そういう訴えが是認されたら国家は崩壊する。

日の丸も君が代も広く国民に敬愛されている。
それは、五輪やサッカーW杯など、スポーツの国際大会を見ればよく分かる。
世論調査でも大多数の国民が日の丸・君が代を国旗国歌として支持している。
ただ、日の丸・君が代を認めない自由はある。
日本国憲法は「思想・良心の自由」を保障しているからだ。
実際、大相撲の千秋楽に行われる君が代斉唱では、館内放送が起立を促してもそれに従わない者もいるし、歌わない者もいる。
だからといって、この者たちが不利益を被ることはない。
都立高校元教諭も、国技館であれば処分されなかったであろう。

元教諭は04年の卒業式で起立を拒否して戒告処分を受け、定年後に再雇用を申請したが、07年に不合格とされた。
その後は、「生徒を巻き込みたくない」と、君が代斉唱を伴う6回の行事すべてで起立したという。
つまり、処分後は態度を改めたのに、それでも再雇用を拒否された、これが不満だったようだ。
が、「生徒を巻き込みたくない」、あるいは「処分されたくない」から職務命令に従ったのであって、日の丸・君が代を国旗国歌として認めたわけではない。
こういう教員が定年後に再雇用されないのは当たり前である。

元教諭は敗訴確定後の会見で、「日の丸を愛することが国を愛することという思考は短絡的」と判決を批判したと言う。
だったら公務員を辞めればよい。
再雇用されなくて幸いだった、と感謝すればよい。
定年後は、己の思想・良心に忠実に生きていくことができるのだから。

傍聴席の支援者からは「国民主権が泣くよ」との声も聞かれたそうだが、この人物は国民主権を誤解している。
公務員が己の思想・良心に忠実でありたいとして職務を拒否したら、それを許したら、他の国民の主権が侵害されることになるのだ。
国民の税金で雇用されている公務員が規則を破り秩序を乱す、これは国民に対する背信である。
公務員がその職務(公務)を執行する上で、自身の思想や歴史観を抑制されるのは国民の利益にかなっている。
教員(教育公務員)であれば、なおさらである。

今回の最高裁判決を歓迎したい。

都教委によると、係争中の同様の訴訟は23件もあるという。
この判決が影響を与えるのは必至である。

国旗国歌を否定して再雇用してくれ…ふざけるな!と言いたい。

参照1:君が代起立命令は合憲=元教員の敗訴確定-再雇用拒否訴訟・最高裁
参照2:君が代訴訟:合憲初判断 原告側「思考は短絡的」と批判

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【追記】
今日の讀賣新聞に、竹内行夫裁判官の補足意見が載っている。
「国際社会では他国の国旗、国歌に敬意を払うことは国際常識。これを身に着けるため、まず自国の国旗、国歌に対する敬意が必要だ」
まったくそのとおりである。
千葉裁判官の言う「(国旗、国歌は)強制的ではなく自発的な敬愛対象となるよう環境を整える」努力を教育現場は実践するべきであり、国民もそれを支援する必要があると思う。

Sarutani2               支援者の表情を見ただけで、もうアウトです。

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2011/05/30

日本赤軍 丸岡修の死に思う。

丸岡修受刑者(60)が29日午前8時半ごろ、東京都の八王子医療刑務所で死亡したそうだ。
私と同学年である。
丸岡など、誰の記憶にも残っていないかもしれないが、私の心の襞(ひだ)は掻きむしられる。
丸岡は、元日本赤軍の最高幹部で、70年代のハイジャック事件に絡み無期懲役判決を受け服役中だった。
04年に拡張型心筋症と診断されており、病死とみられる。

丸岡は72年に中東に渡り、日本赤軍に参加。
日航機が乗っ取られたドバイ事件(73年)とダッカ事件(77年)に関与したとしてハイジャック防止法違反などの罪に問われ、2000年に無期懲役判決が確定した。
ダッカ事件では、日本政府の「超法規的措置」で、連合赤軍メンバーら6人が釈放された。

以上が、マスコミを通じて知った全てである。

私は、このニュースに接して言うべき言葉がない。
よって、以下のエントリを再掲することで、私の気持ちに代えたい。

Maruoka

Maruoka2

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重信房子 刑確定に思う (2010/07/17 依存症の独り言)

15日、あの日本赤軍の重信房子被告に懲役20年が確定した。
重信被告は現在64歳。
おそらく仮釈放はないだろうから、未決拘留期間を差し引いても、再び社会に復帰する時は80歳近くになる。
まあ、懲役20年は軽すぎる、日本赤軍のやってきたことを考えれば、そう考える方もおられるかもしれない。
が、私の知る限り、彼女は巷間言われるような最高指導者ではなかった。
というか、日本赤軍にはそういう立場の人間はいなかった。
重信は、広告塔というか、スポークスマンというか、そういう立場だったと思う。
だから、懲役20年は、そんなもんかな、とも思う。
刑期満了時の年齢を考えれば、実質、無期懲役に近いし、大腸癌を患っているから、そこまで生きられないかもしれない。

重信は、身柄を拘束された時、下の写真にあるように両親指を突き立てている。
まだまだ闘うぞ!というポーズにも見えるが、産経新聞のインタビューを読む限り、自分たちの思想や行動が現実離れしていたという自覚はあるようだ。
が、自覚するのが遅すぎたし、それによって自らの過去の行為が免責されるわけでもない。

Shigebobu3

Shigenobu2_2                   両親指を突き立てる護送中の重信

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重信の年齢を見て感じるのだが、このところ検挙される過激派の活動家は50代~60代が圧倒的に多い。
それは、1980年代以降、革命運動に身を投じる若者が激減した(皆無に近くなった)ということを示している。
つまり、過激な左翼学生運動は70年代で終わったのだ。
理由は時代が変わったからである。
車はもちろん、テレビもなければ洗濯機もない。
共同トイレに風呂なしの、4畳半の安アパートに住み、冷蔵庫がないから生ぬるいサントリーのホワイトをチビチビ呑む。
そんな貧乏暮らしでも、大学進学率は15%くらいだったから、エリート意識というか、一応、知識人の端くれという自覚はある。
全共闘運動の背景には、そんな、当時の学生が置かれた時代状況もあった。

でも、時代は急速に変化した。
80年代に入ると、60年代までは確かにあった「貧困」を社会から感じなくなった。
カラーテレビとクーラーと車が当たり前になり、世は隔週休2日制へと急速に流れていく。
もう、共産主義とか革命とかいう言葉が完全に死語になる時代が出現したのだ。
にもかかわらず、共産主義や暴力革命を信仰の域にまで高めていた一部の活動家たちは、そんな時代の変化に盲目だった。
要するに、彼らは、カルトに侵されたのも同然の状況にあるのである。
だから、21世紀になっても、60代になっても過激派であり続けることができるのだ。

ただ、過激派は、既に党派としての影響力は限りなく小さくなっている。
明大(生協)を拠点としていた革労協(社青同解放派)は、もう実質的に絶滅している。
革共同中核派も四分五裂の状態で、最大の拠点校だった法大からも締め出されている。
革共同革マル派も、その核であった早大から追放された。
つまり、過激派の3大党派は、絶滅への道を歩んでいるのである。

が、だからと言って安心はできない。
彼らに大きな思想的影響を受けた者たちが、社会のあちらこちらに浸透しているからである。
1番が教員、次がメディア、そして法曹(弁護士)である。
教員で言えば、北海道、広島、大分の各教組は完全に過激派の指導下に置かれている。
メディアも、NHK番組改変問題を見れば、NHKや朝日新聞に相当数の過激派シンパがもぐり込んでいるのが分かる。
主要な地方紙(北海道、河北新報、中日、西日本など)も同様である。
弁護士は、元中核派の大幹部である角田富夫氏の盟友であり、福島瑞穂氏の夫である海渡雄一氏が日本弁護士連合会(日弁連)の事務総長を務めていることで、その傾向がよく分かる。

9条擁護、歴史教科書、共謀罪反対、反戦平和などの市民運動には、100%過激派、もしくはその同調者が絡んでいる。
一般市民、普通の人という面をしながら。
また、重信は、1991年から日本国内で活動しており、2000年に逮捕されるわけだが、その間も、また逮捕後も彼女を支援する人たちがたくさんいるということを忘れてはならない。
そして、それらの人たちのほとんどが、民主党や社民党を支持している。
JR総連(革マル派)の組織内候補が、今回の参院選で民主党から立候補・当選したことは記憶に新しい。

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最後に日本赤軍について簡単に書いておこう。
日本赤軍の母体になったのは共産同赤軍派である。
赤軍派は、1969年11月の安保決戦時に、日本刀と爆弾で武装し、大型ダンプカー5台に分乗して首相官邸と警視庁に突入・占拠する計画だった。
が、直前の11月5日に、武闘訓練中の突撃要員のほぼ全員が警察に検挙されてしまう(大菩薩峠事件)。
結果、追い詰められた赤軍派残党は、海外に革命根拠地を求めることになる。
北朝鮮に根拠地を求め、よど号をハイジャックしたのが田宮グループであり、パレスチナに根拠地を求め、後に「日本赤軍」を名乗るようになったのが重信たちである。

それにしても、「日本刀と爆弾で武装し、大型ダンプカー5台に分乗して首相官邸と警視庁に突入・占拠する」、これで革命が起こると思う(爆)
今思えば、まるでマンガだが、当人たちは死を覚悟していたのだから素直には笑えない。
そう言えば、「最後に確認しよう。われわれは明日のジョーである」と田宮たちは声明文に書いた。
イスラエルのロッド空港乱射事件で唯一生き残った岡本公三は、裁判で「我々3人の戦士は、死んで、オリオン座の3つの星になる」と述べた。
「明日のジョーである」
「死んで、オリオン座の3つの星になる」
彼らが、いかに幼稚で劇画的な心象風景の中で生きていたかが実によく分かる言葉である。
かくいう私もそうだったが……(泣)
が、赤軍派は京大、同志社、大阪市大、桃山学院大、東大医学部などが拠点だった。
一般的に言えば「頭のよい若者」たちである。

私が、オウム真理教のサリン事件と赤軍派(日本赤軍)に同質性を感じるのはこの辺りである。
あさま山荘事件で死刑が確定している坂口弘(連合赤軍)も、当時の己とサリンの実行犯を重ね合わせるような反省文を書いていた記憶がある。
若者は未熟でありながら「真理」に弱い。
「真理」に洗脳されると、若さ故に暴走する。
私たちは、右も左も宗教も、「真理」や「正義」、あるいは「絶対」を叫ぶ勢力は警戒しなければならないと思う。
これが、「日本赤軍」から私が学んだ教訓である。

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今の私の気持は、上記のエントリを書いたときと変わらない。

批判は甘んじて受ける。

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2011/05/29

被災者支援に奮闘する側の気持ちをもっと理解しよう。

人間には色んなタイプがいる。
東日本大震災の被災者たちは、その冷静さと秩序正しさで世界中から称賛された。
が、中には自己中心の人間もいる。
それは一般社会でもそうなのだから、当たり前のことだ。
特に被災者は避難所生活でストレスがたまり、普段は冷静で温厚な人も、つい感情的になってしまうこともあるだろう。

確かに被災者支援は行政の責任であり、彼らが行政に注文を付けるのは当然だと思う。
が、それでも感謝の気持ちはなくしてほしくない。
支援・救援する側は任務とはいえ、被災者の心情を思いやりながら業務を遂行している。
同じ位置には立てないが、できるだけ被災者が直面している困難を少なくしたい、と思い頑張っている。
それを「仕事だから」と当然視しないでほしい。

私たちも同様だ。
自衛官や海上保安官、警察官、消防士、医師、看護師など、現地で奮闘している人たちを「それが仕事だから」と冷めた目で見るのはやめよう。
彼らは、危険と背中合わせで困難と格闘しているのだ。
被災者だけではなく、私たち一般国民の「ありがとう」という言葉が、いかに彼らの励みになるか、そこを考えてほしい。

私たち人間には想像力がある。
他人の痛みを丸ごと理解はできないが、その一部を思いやることはできる。
であれば、被災地の状況、被災者の心情を思いやるとともに、彼らを支援・救援するために苦闘している人たちの気持ちも推察するべきである。

私は、被災者の中からクレーマーが現れることを危惧していた。
支援されるのが、救援されるのが当たり前だ、それが自分たちの権利である、という主張には一理ある。
が、そこに人間としての“情の交流”がなければ、その支援や救援はかえって機械的になってしまう。
どこまで行っても、思いやりと感謝の気持ちを忘れてはならないのだ。
にもかかわらず、それが解らない人たちも残念ながらいる。

以下は、陸自の須藤彰政策補佐官の日誌である(抜粋)。

◆3月28日(月)
本日は大臣(北沢防衛相)から(宮城県)女川町の14旅団の「風呂隊長」たちに声をかけていただき、私も大感激でした。彼らは、避難所の人たちに少しでも快適に生活してもらおうと、自分は風呂に入らず、毎日準備に追われています。

入浴や生活支援の担当は、被災者と接する「最前線」です。不安や悲しみを抱えながら、長い間大勢で暮らす皆さんのストレスのはけ口が、部隊に向かうこともしばしばです。風呂隊長には「湯を熱く」「ぬるく」「風呂をきれいに」「時間が短い」など、多くの苦情が寄せられます。

隊長たちもよくわかっています。自分たちに文句を言って少しでも気が紛れるならそれでいい。何より、自衛官としての矜持(きょうじ)があります。自分がいるのは今、この時のため。風呂に入れなくても、缶飯だけでも文句のあろうはずはない。毎日税金を使って教育・訓練の生活を送らせてもらってきた。その恩返しをしないといけない。そういう強い気持ちがあります。

しかし、彼らが一番こたえるのは、上官らからの不信の目です。被災者からの苦情が政治家などを通じて回り、直属の上官らから詰問されると、さすがに泣けてきます。最もよく理解しているはずの上官に疑われるのでは、「自分の流した汗は無意味だったのか」とやり切れない思いになります。大臣の激励は彼らに再度強い自信を与えたはずです。

〈陸上自衛隊東北方面総監部の須藤彰政策補佐官の日誌から抜粋しています〉

[東日本大震災・陸自日誌](6)訓練はこの時のため
(2011/05/26 読売新聞)

Ohsumi_bath          海自の輸送艦「おおすみ」に特設された被災者のための大型風呂

「風呂に入れなくても、缶飯だけでも文句のあろうはずはない」自衛官に苦情を言う。
それも「政治家などを通じて」クレームを付ける。
いい加減にしろ!と言いたい。
文句があるなら、その場で面と向かって言え!と思う。
自衛隊が政治家に弱いのを知っていて、そういう所業に出る輩を私は許さない。

そういう人間には次の日誌を読んでもらいたい。

◆4月2日(土)
航空自衛隊の救難機に乗り、気仙沼沖10マイル(16キロ)四方を捜索してきました。1日から3日間、在日米軍などと協力して行う行方不明者の沿岸部集中捜索です。約4時間飛行しましたが、結局、私の乗った救難機は遺体を見つけられませんでした。空自全体で本日は13機が捜索しましたが、発見は3体のみ。自衛隊と米軍の合計は、24体でした。

よく見かける光景になりましたが、部隊が捜索中、多くの家族が沼地を掘り進める作業などを見守っています。時折、腕や足が出てきますが、震災後3週間もたっており、引っ張り上げるわけにはいきません。全員で丁寧に周囲をかき分けて、時間をかけて遺体を取り出します。一日中やって、多くて1体、見つからない日もあります。

見守る家族が「成果」がない、と怒るかといえば、むしろ逆です。遺体が見つからなくても、「今日は本当にどうもありがとうございました」と、感謝の声をかけてくれます。毎日同じように作業を見守り、お礼を言って帰る家族も多いそうです。勝手な想像ですが、3週間がたち、家族にとって今は心の整理の時期なのではないでしょうか。

〈陸上自衛隊東北方面総監部の須藤彰政策補佐官の日誌から抜粋しています〉

[東日本大震災・陸自日誌](7)遺体なくとも「ありがとう」
(2011/05/27 読売新聞)

Jieitai_sosa2               がれきに覆われた水田の中、行方不明者を捜す自衛隊員

-------------------------------------------------------------------

―見守る家族が「成果」がない、と怒るかといえば、むしろ逆です。遺体が見つからなくても、「今日は本当にどうもありがとうございました」と、感謝の声をかけてくれます―
声をかけるほうも、かけられるほうも辛いだろう。
なんか、泣けてくるね。

そう言えば、3月に読んだ毎日新聞にも同じような話が載っていた。
海保の潜水士たちによる行方不明者捜索に関する記事だった。
「人命救助より、(生きている人が)区切りをつけるための捜索になっている。命を救えなくても、感謝される。これはつらいし、悲しいことだよ」
陸上で指揮した海保幹部の言葉である。

被災者の皆さんも、辛いしストレスも募るだろうが、支援・救援する側の気持ちも少しだけでいいから解ってやってほしい。

お願いします。

Kaiho                   5度を切る水温の中で捜索を続ける海保の海猿

参照:東日本大震災 海保「救えなくても感謝される…つらい」 (毎日新聞)

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2011/05/28

部下や組織を信頼できない菅首相は即刻退陣せよ!

24日のエントリで「斑目と書いてデタラメと読む」と書いたが、撤回したい。
もう何がなんだか分からないほどの迷走、混乱ぶり。
斑目春樹原子力安全委員長にとっては、とんだ災難だった。
私も、この場でお詫びしたい。

班目氏の「私はいったい何だったのでしょうか?」という言葉が今回のドタバタ劇を象徴している。
ドタバタ劇の幕を開けたのは、安倍晋三元首相である。
安倍氏は20日付のメルマガで「(菅首相による)海水注入の指示は全くのでっち上げ」と指摘。
「首相は間違った判断と嘘について国民に謝罪し直ちに辞任すべき」と断じた。
これに対し、枝野幸男官房長官は同日夜「安倍氏の発言が偽メール事件にならなければいいが」と牽制。

安倍氏の「海水注入中断は菅首相の責任」という批判に対し、官邸は21日の記者会見で、「班目委員長が再臨界の危険性があると指摘したから」と責任を転嫁した。
怒った班目氏が猛抗議し、22日夜、官邸は彼の発言を「再臨界の可能性はゼロではない」と訂正した。
私が「斑目と書いてデタラメと読む」と書いたのは、この後だ。

23日、国会の場で野党から攻撃された菅首相は「海水注入の報告が直接上がっていなかった。少なくとも私が止めたことはまったくない」と自信たっぷりに言い切った。
が、25日になると、注入開始を予告する東京電力(東電)のFAXが開始4時間前に経産省原子力安全・保安院に届いていたことが発覚する。

で、26日である。
今度は現場(福島第1原発)の吉田昌郎所長が「首相の了解を得るまで」中止を決めた本店の言うことを聞かず、海水を注入し続けていたという「どんでん返し」が公表された。
世論は専門家も含めて「吉田所長の判断が正しかった」と言っている。
東電は吉田所長の処分もチラつかせたが、世論の反発は激しく、武藤栄副社長は「(海水注入を継続したことについて)原子炉を冷やすうえで大変正しい判断をした」と評価する姿勢に変化した。
しかし、である。
「首相の意向」を無視して正解だったとは、悲しすぎる。

Yoshida                            吉田昌郎所長

福島第1原発の所長が、東電本店の指示に従わず注入を続けたことは結果的に正しかったとしても、経営陣は2か月以上もその事実を知らなかったことになる。
もう東電は会社の体をなしていない。
東電から海水注入の方針を告げられた政府もすぐに了承せず、「再臨界の可能性を検討した」という。
専門家は一様に「真水から海水への切り替えで再臨界の可能性が強まることはない」と断言しているのに。

深刻なのは、政府と東電本店と現場とが、現在にいたってもバラバラで連携できていないということだ。
それが、発表のたびに事実関係が食い違い、無用な混乱を招いている原因である。
互いに責任を転嫁するばかりで、いまだに事実関係すら明確にできない。
その責任は、すべて官邸と菅直人首相にある、と断じざるを得ない

そもそも内閣総理大臣が、専門家きどりで技術的な問題を論議する必要はない。
現場の最高責任者(吉田所長)が「海水注入」を決断したのに、官邸でその是非を検討するなんて論外である。
部下や組織を信頼し、大局的見地から判断を下すのがトップの仕事だ。
それができないトップなら、劇の途中でも舞台から去ってもらうしかない。
でなければ、国民は終幕を悲劇で迎えるしかなくなる。

菅首相は即刻退陣せよ!

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2011/05/27

橋下徹を断固として支持する!2

私は、大阪府の橋下徹知事を断固支持しています。
理由は、彼が改革派だからです。
彼の言動には、石原慎太郎東京都知事と共通するところがある、と私は思っています。
既製の概念や枠組にとらわれず、おかしいものはおかしいと指摘する。
既得権益にも大胆に切り込む。
よく似ていますよ、二人は。
橋下知事は石原知事を尊敬しています。
ただ、石原知事は比べられることが不愉快そうですけどね、大阪“都”構想への反発もあって。

この橋下知事、今月17日に、国歌斉唱時に起立しない府立校の教員に対し免職処分で臨む姿勢を鮮明にしました。
知事は、免職処分の基準を定めた条例案を9月府議会に提案する方針です。
理由は、これまで大阪府教育委員会(府教委)が、入学式や卒業式の国歌斉唱時に起立しなかった教員を最も軽い戒告処分で済ませてきたからです。
府教委は2002年以降、府立学校に対し、教員が入学式や卒業式の国歌斉唱時に起立するよう文書で指示しています。
が、この指示に反しても戒告処分、つまり反国歌活動は実質的に野放し状態でした。
知事は、この現状を変えようとしているのです。

「国歌、国旗を否定するなら公務員を辞めればいい」
前日の16日に橋下知事は、こう発言していました。
教員が命令違反を繰り返せば最終的には懲戒免職処分となる、この当たり前のルールを条例に盛り込むことで教員のモラルを向上させる、これが知事の狙いです。
東京都教育委員会(都教委)には、不起立を繰り返した教員に対し、段階的に処分を厳しくしていくルールがあります。
石原氏が都知事になってから定められたルールですが、それでも、もっとも厳しい処分は停職6か月。
過去に5回も「君が代不起立」を繰り返したあの根津公子先生も、結局、免職にはなりませんでした。
全国的に見ても、今回橋下知事が示した国歌斉唱時の不起立を繰り返せば「クビ」となるルールが検討された例はありません。
それだけ画期的!なのです、この動きは。

「ルールを守れと言い続けている教員がこれでは、子どもたちに示しがつかない」
「ルールを守れない教員には厳正に対処する」
府教委の指示に従わない「君が代反対」の教員は絶えることがなく、橋下知事は以前からの国歌斉唱への強いこだわりを見せてきました。
「社会を意識しようと思えば国旗や国歌を意識しなければいけない」
この橋下知事の発言は当たり前のことです。
知事は、大阪府庁の新規採用者の任命式では2010年から君が代斉唱を取り入れ、「日本国家の公務員が国歌をきちんと歌うことは義務」と語っていました。

Hashimoto

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ところで、今回の橋下知事の厳しい姿勢には、教員も含めた府職員のデタラメぶりがあります。
もちろん、多くの職員は真面目に働いているのですが、一部に公務員の身分保障を逆手にとって職務を怠ける職員が存在するのです。

みなさんも2008年3月13日の、知事と府の女性職員がやりあった“事件”を覚えていると思います。
この日、知事は府庁で30歳以下の府職員約330名を集めて初めての朝礼を行いました。
「府庁を変えるのは現場の皆さんです。何よりも府民のためという意識を持って、一緒にがんばりましょう」
と、知事は意識改革を呼びかけました。
ただ、知事が始業前に朝礼を始めようと考えていたにもかかわらず、「超過勤務」になるとして職員側はそれを拒否。
結局、朝9時15分から朝礼は始まりました。
このような事態に直面した橋下知事は、以下のように不満をぶちまけたのです。
「たかだか15分、始業時間の前にみんなでこうやって、これからの大阪を考えるために気持ちを共有させようという朝礼をやるときに、それを超過勤務手当というんだったら、税金で給料を賄われている皆さん方のその執務時間、私語があったりとかたばこを 吸ってたりとかいうのは、これは全部(給料から)減額させていただきます」

これに対し、ある女性職員が大声で知事を糾弾するような発言をしました。
「あなたねー、どんだけサービス残業してると思うんですか」
「者同士分断して、大阪府職員と府民を分断してるばっかりじゃないですか」
府庁トップの知事をタメ語で非難する女性職員。
私は、この時の映像を見ていて「ふざけるな!」と強い憤りを感じました。

以下が、その時の映像です。

なんと、この府職員、テレビのインタビューにまで応じているんですね。
そこでは、朝礼で言い足りなかったことを滔々と述べています。
で、驚いたのが次の発言。
「サービス残業は月にどれくらいあるんですか?」との質問に対し、
「それ(サービス残業)は私はしてません」と職員は回答したのです。
府職員のサービス残業の多さを糾弾しながら「私はしてません」
一部とはいえ、公務員の身分保障を逆手にとって職務を怠ける職員が存在する、これがその象徴です。

------------------------------------------------------------------

私は、サービス残業をしないから怠けている、と言っているわけではありません。
実際はサービス残業などしていないのに、「あなたねー、どんだけサービス残業してると思うんですか」とトップに噛み付く姿勢から、それが透けて見える、と指摘しているのです。

Oosaka2_2

この職員、大石晃子さん(当時30歳)というそうです。
個人情報を曝すな?
いや、この方、地元大阪やネット上ではもう公人なのです。
革共同中核派の活動家で、その機関紙・週刊「前進」2334号で次のように宣言しています。

私は働いて6年目になる自治体者です。

今、毎日が希望にあふれています。この1年くらいで、私は資本主義への怒りのすべてを革命への情熱に転化できるようになりました。ただ怒りで行動していた自分、者への不信に襲われていた自分が日々変わっています。私がそうできるようになったのはたぶん、一緒に闘う者の仲間がどんどんでき、彼らが自分を変えてくれているからだと思います。

仲間と職場をまるごと組織し、ストライキに立ちたい!

ストは者階級の最強の団体行動です。あくなき搾取と戦争を続ける資本主義社会にゼネラルストライキでトドメをさそう!

中核派での組織名は「安藤優」。
下の写真は、2008年3月16日に行われた3.16イラク反戦ワーカーズアクション(大阪・扇町公園)でアジ演説をする安藤優氏(大石晃子さん)の勇姿です。

Oosaka5

この集会の後、安藤優氏(大石晃子さん)は革命歌・インターナショナルを歌いながらデモの先頭に立ちます。

私は、このブログで左翼を侮ってはならない、と何度も書きました。
彼らは、社会の至るところに浸透しています。
労組、市民団体、NPO等々。
上のデモの映像を見ればよく分かると思います。

------------------------------------------------------------------

私は、かつて「日本一の腐敗都市-大阪市」というエントリを書きました。
その腐敗ぶり、非効率ぶりは群を抜いており、かつて大阪市と同じ政令指定都市の職員だった私も驚いたものです。
が、大阪府も似たようなものですね。
どちらも無駄遣いが多いし、組織は非効率でモラルが低く堕落している。
その元凶の一つが職員組合(労組)であり、それと妥協してきた行政の姿勢にあることは間違いありません。
私は、橋下知事の大阪都構想の根っこにはこの問題もあると思います。

つまり、大阪府と大阪市という既存の行政の枠組みを一度ぶっ壊す。
そして大阪都として再構築する。
そこでは、組織、権限、予算の全てが革命的に見直されるわけです。
そうすれば、そこに巣食う“労組”という最大の既得権益組織も再編の波にさらされざるをえない。
行政のあり方が根本から変革されれば、労組のあり方も変わらざるをえない。
私は、橋下知事の狙いはそこにあると思います。

ところで、右を自称される方で、橋下批判をする方がけっこういます。
それは、知事が特別永住者(戦前からの在日朝鮮人や台灣人)に限って外国人参政権を容認しているからだと思います。
が、彼は、それ以外の外国人(一般永住外国人)の参政権に関しては「絶対反対」とし、民主党が提出しようとしている法案には「大反対」しています。
私は、これは橋下流の高等戦術だと思っています。
民主党の外国人参政権法案は可決される可能性がありますが、知事が言う「特別永住者に限って外国人参政権を容認する」という案が成立する見込みはゼロです。
外国人参政権自体が憲法違反の疑いが濃厚なのに、外国人をさらに区分して一部の者にのみ参政権を与えるなんて現実には不可能です。

大阪は在日がたくさんいます。
東京も多いですが、それは大久保界隈を見れば分かるように、近年になってやって来て住み着いた者たちです。
大阪は事情が違うのです。
橋下知事の案は、大阪の地に根を下ろしている彼らとうまくやっていくための方便であり、政治テクニックの一つだと理解するべきです。
つまり、橋下知事は「外国人参政権容認」に反対なのです。

橋下知事は、朝鮮学校を授業料無償化の補助対象にする条件として①日本の学習指導要領に準じた教育をする②学校の財務内容の公開③朝鮮総連との関係を清算する④金正日総書記らの肖像画を教室から撤去する―の4つを示しました。
ここにも知事の在日に対する原則的な姿勢が表れていると思います。

大阪市は予算(1兆7205億5000万円)の6分の1が生活保護費(2916億4800万円)という無残というかデタラメというか、もうどうにもならない状況にあります。
大阪市を解体して橋下知事の下に置き、根底から改革しない限り大阪の復権はありえません。
日本第2の経済的、商業的集積を誇りながら地盤沈下が止まらない大阪を再生させる。
これは国益にもかなっています。

私は、橋下徹を断固として支持する!

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2011/05/26

末期症状の小沢・渡部 合同誕生会

ほんとうに気味が悪いニュースでした。
何しろ69歳と79歳の二人の老人を、160人もの政治家が取り巻いてヨイショする。
もう尋常な光景ではありません。
二人の老人とは、民主党の小沢一郎元代表と渡部恒三元衆院副議長のこと。
去る24日、二人は同時に誕生日を迎え、3年ぶりの合同誕生会が都内で開かれたのです。
その誕生会に民主党の政治家約160人が参加し、ヨイショの渦の中で小沢、渡部の両氏は雪解けをアピールしました。
気味が悪いニュースとは、このことを指します。

Tanjyokai

この小沢氏と渡部氏は1969年初当選組で、自民党時代から行動を共にしてきました。
自民党時代は、二人とも竹下登元首相と金丸信元副総裁が結成した経世会(竹下派)の所属です。
経世会には、いわゆる竹下派7奉行と呼ばれる政治家がおり、この7人の奉行は竹下・金丸の後継者と目されていました。
名前を挙げると、小渕恵三、梶山静六、橋本龍太郎(以上竹下系)、羽田孜、渡部恒三、奥田敬和、小沢一郎(金丸系 )です。
つまり、小沢氏も渡部氏も7奉行に数えられていたのです。

この中で、もっとも総理の座に近かったのが小沢氏でした。
47歳の若さで党幹事長に就任した小沢氏は、選挙とカネに強く、このときから“豪腕伝説”が始まります。
が、小沢氏の絶頂期は長くは続きません。
派閥のオーナーで縁戚関係にある竹下氏と金丸氏が確執を深めたからです。
金丸氏は、寵愛する小沢氏に派閥を譲ろうと企図するようになり、一方の竹下氏は、自らの首相再登板を狙っていたからです。
その後、1992年の東京佐川急便事件で金丸氏が失脚(議員辞職)します。
このとき金丸氏の跡目(派閥会長)をめぐって争いが起こり、7奉行は小渕、梶山、橋本の3氏(竹下系)と羽田、渡部、奥田、小沢の4氏(金丸系 )に分裂しました。
そして激しい権力闘争の挙句、金丸系は竹下系に破れ、一気に自民党内で反主流派に転落してしまいます。
小沢氏と渡部氏のほんとうの関係はここから始まるのです。

その後、小沢氏と渡部氏は奥田氏とともに羽田氏を担ぎ、1993年6月に自民党を離党し新生党を結成します。
ここで、また小沢氏は華麗な復権を遂げます。
同年7月の第40回衆院選において自民党は過半数割れし、非自民8党派による細川連立内閣が成立したからです。
小沢氏は新生党代表幹事として、この細川連立内閣を裏から支え、実質的な最高実力者になりました。
ところが、この細川内閣と、それに続く羽田内閣は短命に終わり、小沢氏は「自・社・さ」の3党連立内閣に権力の座を譲らざるを得なくなりました。
そして、その後の新進党結成とその分解の過程で、羽田、渡部、奥田3氏と小沢氏は激しく対立します。
小沢氏と渡部氏の対立と遺恨はここが原点ですから、もう10年以上に及ぶわけです。

Ozawa

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Watanabe

野党転落後も、渡部氏は自民党の最高実力者だった野中広務幹事長(当時)に取り入り、衆院副議長を2期7年にわたって務めます。
が、小沢氏は野中氏に悪魔呼ばわりされ、いいようにあしらわれてしまいます。
で、復権を目指す小沢氏は、2003年9月の民由合併で民主党入りし、同年11月には代表代行に就任しました。
そして、衆院副議長を退任した渡部氏も、2005年に民主党に入党し、翌年2月には国対委員長に就任します。
ここから、小沢、渡部両氏の確執は民主党内に移行するわけですが、小沢氏の影響力が民主党内で大きくなるにつれて両者の対立も激しさを増していくのです。

この二人の関係を見ていると、まさに政治家を突き動かすのは権力欲と嫉妬である、と実感します。
合同誕生会では、反小沢の代表格だった渡部氏が和解を強調しました。
「今日から小沢くんと手を合わせたい。もうこの年でけんかすることはない。私に何かあったら、小沢くんに弔辞をお願いしたい」。
小沢氏も「ここ数年、彼(渡部氏)は彼流に悪態をつき、私は私流にシカトしてきたが、これからはちょくちょく話したい」と応じました。

ここで見て取れるのは権力欲だけです。
理念も政策も眼中にありません。
完全に党としての求心力を喪失し、もう党の存在意義すら喪失した民主党を分裂させたくない。
たとえ分裂が避けられなくなったとしても、自分たちが政局の主導権を握りたい。
この醜悪な老獪たちにあるのはそれだけです。
160人といえば、民主党国会議員の4割です。
それだけの数の民主党国会議員が呉越同舟、恥も外聞もありません。

が、その船は泥舟です。
きっと、沈むのが間違いないと分かれば、沈没船から逃げ出すネズミと同じになるでしょう。
もう最後の足掻きなのです。
彼らには、選挙民の容赦ない鉄槌が下される。
間違いなく!

菅内閣は退陣せよ!

民主党は恥を知れ!

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2011/05/25

水谷元会長の証言でさらに追い詰められた小沢一郎

小沢は終わったな!
と思わせるニュースである。
小沢一郎の資金管理団体・陸山会の土地購入を巡り、政治資金規正法違反(虚偽記載)に問われた元秘書3人の第13回公判が24日、東京地裁で開かれた。
今回は、弁護側の“切り札”とされる水谷建設(三重県)の水谷功元会長(66)が出廷し、詳細に証言した。

以下は、毎日新聞からの引用である。

小沢一郎・民主党元代表の資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡り、政治資金規正法違反(虚偽記載)に問われた衆院議員、石川知裕被告(37)ら元秘書3人の第13回公判が24日、東京地裁(登石郁朗裁判長)であり、小沢事務所に計1億円を裏献金したとされる「水谷建設」(三重県)の水谷功元会長(66)が証人出廷した。元会長は裏献金について「私がすべて手配した」と述べる一方、焦点の04年分の5000万円が小沢事務所に実際に提供されたかどうかは「分からない」と証言した。

証言によると、同社は04年、胆沢ダム(岩手県奥州市)の関連工事で下請けJV(共同企業体)の幹事となることを目指していた。元会長は川村尚前社長(54)に対し、元公設第1秘書の大久保隆規被告(49)への陳情を指示。「大久保さんと合意できた」との報告を受けたため、最初の5000万円を用意したという。

ところが、同社は下請けにはなったが、幹事にはなれなかった。また、5000万円の提供先は大久保被告だったと前社長から報告されたといい「事件が明るみに出て『石川議員に渡した』(と前社長が供述した)と知り、びっくりした」と述べた。

公判には、04年10月15日に裏献金の授受場所とされる東京都内のホテルに前社長を送ったとされる元運転手の男性も出廷した。

検察側は、虚偽記載の背景に同社の裏献金があったと主張。4月に証人出廷した川村前社長も、04年10月15日に都内のホテルで石川被告に、05年4月に大久保被告に各5000万円を渡したと証言したが、両被告は受領を全否定していることから、弁護側が元会長らを証人申請していた。【野口由紀】

陸山会事件:「裏献金手配した」 水谷建設元会長「提供は不明」

Ishikawa

毎日新聞の記事を引用したのは、各種報道の中で、毎日がもっとも解りやすかったからである。

記事のコアは、
―04年分の5000万円が小沢事務所に実際に提供されたかどうかは「分からない」と証言した―
という部分と
―5000万円の提供先は大久保被告だったと前社長から報告されたといい「事件が明るみに出て『石川議員に渡した』(と前社長が供述した)と知り、びっくりした」と述べた―
という部分である。

共同通信は、これらの部分を
―2004年分の5千万円については「手配したが、報告と違う点もあり(実際に渡ったかは)分からない」と述べた―
―元会長は、元公設第1秘書の大久保隆規被告(49)に渡したと報告されたと説明し、「石川議員に渡したことになっていてびっくりした」と証言―
―自分の指示で5千万円を本社から東京支店に運んだ元専務を「見届け人」として立ち会わせるつもりだったのに、前社長が単独で渡した点などを指摘し、授受には「不明朗な点がある」とした―
と報じている。

両記事を読んで感じるのは、水谷元会長の証言は極めてあやふやだ、ということである。
―小沢事務所に実際に提供されたかどうかは「分からない」―
とする根拠は、
―提供先は大久保被告だったと前社長から報告を受けていたが、実際は「石川議員に渡した」と前社長が証言したこと―
―5千万円を本社から東京支店に運んだ元専務を「見届け人」として立ち会わせるつもりだったのに、前社長が単独で渡した点―
である。
これらをもって
―授受には「不明朗な点がある」―
としている。

つまり水谷元会長は、5000万円の裏金を大久保被告に渡す闇献金の原資として調達したが、それを川村前社長が実際に大久保被告に渡したかどうかは分からないと言っているに過ぎない。
「渡していない」はもちろん、「渡したかどうか疑わしい」とも言っていないのだ。

これに対し、川村前社長が、先月27日に法廷で証言した内容は以下のとおりである。
―帰国後の14日、大久保の携帯電話に連絡したところ、15日に東京・赤坂のホテルで石川に渡すよう指示された―
―10月15日、赤坂のホテルのフロント前の(ロビーの)ソファで石川に対し、宅配便の紙袋に入れた現金5000万円を足でスライドさせて渡した。現金は1000万の単位で五つの束に分けられていた―
この証言は、水谷元会長の証言と比べてはるかに具体的であり、その描写はリアリティーにあふれている。
しかも、手渡したのは石川被告だが、提供先は大久保被告であり、水谷元会長の証言とも矛盾しない。

結論から言えば、弁護側のもくろみは崩れ去った、ということだ。
弁護側は水谷元会長の証言で川村前社長の証言を覆そうとしたが、
元会長は
―実際に提供されたかどうかは「分からない」―
―授受には「不明朗な点がある」―
というだけで、前社長の証言を覆すだけの具体的内容はなかったのである。

私は、これで、石川知裕被告(衆院議員)ら3人の元秘書に対する裁判官の心証は、極めて不利になったと思う。
水谷元会長は、「渡していない」とか「渡したかどうか疑わしい」とか証言するだけの具体的根拠を持っていなかったのだ。

これで小沢はさらに追い詰められた。
間違いない!

~文中敬称略~

関連記事:小沢支持者のふりをした反国家主義者を粉砕せよ! (依存症の独り言)

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2011/05/24

菅首相と斑目委員長は責任を取って辞任せよ!

今回のニュースには呆れた。
東京電力(東電)が、大震災翌日の3月12日に原子炉を冷やすために開始した海水の注入を一時中断していたというのだ。
午後7時4分、海水の試験注入を開始したのは発電所長の判断だった。
ところが東電は同25分、注入をいったん止めてしまった。
経産省原子力安全・保安院(保安院)などが原子炉への海水注入について安全性を検討する、との連絡を受けたためだという。
連絡したのは、当時、首相官邸にいた武黒一郎・東電フェローで、武黒氏は誰かの指示を受けたものではなく、自主的判断だったとされる。

政府・東電統合対策室が、今月21日の記者会見で配布した資料や説明によると、経緯は次のようになる。
菅直人首相は3月12日午後6時からの20分間に、保安院などに海水注入の安全性を検討するよう指示を出した。
班目春樹・原子力安全委員長に核分裂が連鎖的に起きる再臨界が起こる可能性を尋ね、「ある」と聞いたためという。
が、保安院などは午後7時40分、検討の結果、問題ないことを首相に説明。
同55分、菅首相の指示を受け、東電は午後8時20分、海水注入を再開し、同45分に再臨界を防ぐホウ酸も加えた。

つまり、やっと開始された原子炉への海水注入は、菅首相がその安全性を検討するよう指示を出したため、午後7時25分から約1時間中断してしまったのだ。
菅首相が保安院などに指示を出したのは、班目委員長が「再臨界の危険性がある」と菅首相に言ったからである。
ところが、班目委員長は21日夜、メディアの取材に対し、
「(海水注入による再臨界が)危険だとは絶対に言っていない。淡水を海水に替えたからといって再臨界を心配するようなことなどありえない。原子力のイロハだ。(対策室の説明は)私に対する侮辱だ」
と激しく反発した。

翌22日、班目委員長と細野豪志首相補佐官らが会談、同日夜に東京電力本店で発表文の「訂正版」が配られた。
そこでは、
「原子力安全委員長から『再臨界の危険性がある』との意見が出された」
との記述は
「総理から再臨界の可能性について問われた原子力安全委員長が可能性はゼロではないとの趣旨の回答をした」
と訂正されていた。

Madarameharuki                   斑目と書いてデタラメと読む。

もうどうでもいい、と言いたくなる。
班目委員長が、どう言ったかが問題の本質ではない。
ほとんどの原子力の専門家は、「海水注入で再臨界が起こる可能性はない」と言っている。
「あの場合、海水注入しかなかった」とも語っている。
そして、東電は発電所長の判断で海水注入を決断し、それを開始した。
東電は当時、再臨界の可能性はないとみており、そのとき首相官邸にいた武黒氏からの連絡がなければ、「そのまま注入を続けた」と説明している。
また、そもそも海水注入は、発電所長判断で行う決まりになっている。
にもかかわらず、菅首相は海水注入の安全性を検討するよう指示を出し、その指示が現場(福島第1原発)に伝わって海水注入は中止された。

枝野幸男官房長官は22日、原子炉への海水注入が一時中断された問題について「東電がやっていることを(政権側が)止めたようなことは一度も承知していない」と語った。
が、菅首相が保安院などに海水注入の安全性を検討するよう指示したことを受けて、東電が注入を中断したことは疑う余地がない。

1号機で海水注入が始まったのは水素爆発した後で、東電が今月15日に公表した炉内の解析でも、すでに炉心溶融が起きた後になる。
したがって、そのまま海水注入を続けていても、どうなったかは分からない。
が、この約1時間の中断が悪い影響を与えたのは間違いない。
注入中断のきっかけを作った斑目委員長も、
「中断したら蒸発が進む。燃料の露出や溶融にどのくらい影響したのか判断できないが、悪い方向に行っただろう」
と、昨日午後の会見で述べている。
そして斑目委員長は、
「(注入中断の経緯や発言をめぐる混乱について)誰が関係しているのか徹底的に調べてほしい」
と、政府に検証を求めた。

「再臨界の危険性がある」
「再臨界を心配するようなことなどありえない。原子力のイロハだ」
「再臨界の可能性はゼロではない」
「(中断した結果)悪い方向に行っただろう」
斑目委員長の発言は二転三転している。
なぜか?
事実は、海水を原子炉に注入しても何ら問題はない、むしろあの場合、海水注入しかなかった、ということだ。
問題の発端を作った斑目委員長自身が「原子力のイロハだ」と事後になって語っている。
にもかかわらず、委員長自身の発言が二転三転する。

要するに、斑目委員長は「再臨界を心配するようなことなどありえない」と解っていながら、東電が独自の判断で海水注入を開始したことに立腹した。
そこで、菅首相から再臨界が起こる可能性を尋ねられると、「ある」と答えた。
その答を真に受けた、原子力に詳しいと自負する菅首相が、保安院などに海水注入の安全性を検討するよう指示を出した。
それを受けて、東電が海水注入を中断した。
当然のことながら保安院は「問題ない」と菅首相に説明。
菅首相は、ようやく原子炉への海水注入を決断した。
真実は、こういうことだろうと思う。
これなら、保安院が検討し、菅首相がトップダウンで海水注入の指示を出した、という政府と首相にとって面目躍如の形になる。

学者の愚かなプライドと、傲慢な首相の自惚れ、この両者が反響し合って原子炉への海水注入という必要不可欠な手段が中断された。
東電は最初の海水注入開始と停止について、保安院に口頭で連絡したと言っている。
保安院側は「記録はない」と説明しているが、斑目委員長は東電の報告を受けて、同社が独自の判断で海水注入を開始したと知ったはずだ。
つまり、保安院や斑目委員長の了解を得ずに海水注入が実行に移された、と。
斑目委員長が、面目を潰されたと怒ったのは想像に難くない。
そして、傲慢で自惚れの強い菅首相が、斑目委員長の言を真に受けて、さっそく海水注入の安全性を検討するよう指示を出した。
結果、原子炉の状況はさらに悪化した。

斑目委員長は、発言をめぐる混乱について「政府に検証を求めた」というが、発言が混乱しているのは斑目委員長自身である。
再臨界の危険性が
「ある」
「心配するようなことなどありえない」
「可能性はゼロではない」
そして、この愚かな学者の言葉を真に受けたのが、原子力に詳しいと自負する菅首相である。

こんな総理大臣と原子力安全委員長に原発事故の対応を任せていて大丈夫だろうか?
否である。
菅首相と斑目委員長は責任を取って辞任するべきである。

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【追記】
東日本大震災から一夜明けた2011年3月12日、ヘリコプターで被災地と福島第1原発の視察に菅首相が向かった際に班目委員長も同行した。
このとき班目委員長は「総理、原発は大丈夫なんです。構造上爆発しません」と伝えたが、実際には当日15時30分過ぎに福島第1原発の1号機は爆発した。(毎日新聞
この班目委員長、単なる“無知”から「再臨界の危険性がある」と答えたのかもしれない。
であれば、同氏を原子力安全委員長に起用した民主党政権の責任はさらに重いし、その意見を真に受けた菅首相の愚かさは計り知れない。
「僕はものすごく原子力に詳しいんだ」と自負したのは菅首相自身ではなかったか!

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2011/05/22

世界一やさしく、そしてたくましい自衛隊に感謝!

先月のあるテレビニュースで、「今ほど日本国民と自衛隊の距離が縮まったことは過去にない」とキャスターが語っていました。
そのニュースでは、海上自衛隊(海自)が輸送艦「おおすみ」を使い、被災者にお風呂を提供している様子が報じられていました。
海自は、避難所で50人くらいの被災者をバスに乗せ海岸へ、そこからはエアークッション艇(ホーバークラフト)で輸送艦まで運ぶ。
そして、被災者は輸送艦内に特設された広いお風呂を楽しむ。
これを1日に数回にわたって繰り返すわけです。
下の写真を見れば分かりますが、被災者はほんとうに嬉しそうでした。

Ohsumi_bath

「日本国民と自衛隊の距離が縮まった」
私もそう思います。
警察や消防も頑張りましたが、やはり大災害でもっとも頼りになるのは自衛隊、つまり軍隊です。
これで、自衛隊不要論は、ますます肩身が狭くなるに違いありません。
というより、自衛隊を正式に“国防軍”として認める、そういう雰囲気が醸成される可能性さえあります。
救命・救援、生活支援、物資輸送、被災地復旧、いずれも自衛隊抜きではなしえません。
やはり、国家には、“軍”という非常事態に対応できる実力部隊が不可欠なのです。

-------------------------------------------------------------------

被災地での活動を見ていると、やはり自衛隊は日本の“軍隊”ですね。
やることが、きめ細かいですよ、上記の「お風呂サービス」ひとつを見ても。
以下の記事(日記)も「日本人の軍隊だなあ」と実感させられます。

◆「無駄」と言われ それでも

◆3月22日(火)

本日は、宮城県気仙沼市を視察してきました。震災から10日余りたち、避難所の気仙沼中学校には、自衛隊の風呂、炊事車もあり、生活はかなり落ち着いてきました。ただ、校庭の端には、ぽつぽつと一人で沈痛な面持ちで遠くを見ている人の姿も見られました。勝手な推測では、震災直後は日々生き抜くことで無我夢中だったのでしょうが、生活が少し落ち着き、亡くなった家族や今後の厳しい生活のことを考えずにはいられないのかもしれません。

高台にある避難所から海の方に下りていくと、家のがれきや船、車の残骸が散乱しています。そこでは部隊がボートに乗って一生懸命、水中の捜索をしていました。警察官が近づいてきて、「自衛隊さん、もうやめた方がいいですよ」と忠告されました。

遺体はごく当初は水に浮かび、すぐに水中に沈む。その後1週間ほどで炭酸ガスがたまって再度浮上するが、まもなく沈み、後は浮かんでこない。時期的にはもう底に沈んで浮かんでこないため、「まったくの無駄ですよ」とのことです。

中隊長に警察官の話をしたところ、「わかっているんです。でも、どうしてもやめられない。合理的でないと言われれば反論できません。補佐官、私の判断は間違っているでしょうか?」と尋ねられました。

亡くなった家族の遺品を見つけようと、危険を顧みず、倒壊した家の中に入っていく人が多数います。市役所の安否確認掲示板の前で、家族の情報はないかと一日中立って待っている人もいます。なんとか遺体が浮かんでこないかと、毎日ずっと海を見つめている人たちもいます。相手が大切にしているものを、自分も大切にする。これは優しさの基本だと思います。

この中隊を他の任務に振り分けたらどうだろう?とも迷いましたが、結局、自分の心のままに、「中隊長の判断通り、そのまま作業を続けてください」と答えました。

〈陸上自衛隊東北方面総監部の須藤彰政策補佐官の日誌から抜粋しています〉

[東日本大震災・陸自日誌](3)水中捜索 やめられず
(2011/05/21 読売新聞)

「相手が大切にしているものを、自分も大切にする。これは優しさの基本だと思います」
なかなか言える言葉ではありません。
被災地住民の人を思いやる心根の優しさ、秩序正しさ、逆境に負けない強さ、これらは世界中から驚きの意も込めて絶賛されました。
が、これこそが日本人であり、軍隊(自衛隊)といえども同じなのです。
おそらく自衛隊は、世界一優しく、そして忍耐強くたくましい軍隊ではないでしょうか。

私は、被災地で地道な努力を続ける自衛隊に感謝するとともに、被災地及び被災者の皆さんの一日も早い復興を祈念します。

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2011/05/21

国家というものを再び考えてみる

最近、再び「国家とは何だろう?」と思うようになりました。
そのキッカケは、イベリア半島(スペイン)の突端に突き出た、わずか6.5km²の英国領ジブラルタルについて調べたことです。
そのとき、スペインのカタルーニャ州で独立運動が盛んなことを知りました。

Spain2                    右上(東北端)がカタルーニャ州(Cataluna)

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カタルーニャ州と言ってもピンと来ない方が多いと思います。
が、バルセロナと言えば多くの方が知っていると思います。
その、カタルーニャ州の州都・バルセロナで2010年7月10日、スペインからの独立を唱える大規模デモが行われ、AFP通信は地元警察の推定として、約110万人が参加したと報じました。
カタルーニャ州は、スペイン国内で最も早く産業革命が起こり、今でもスペイン経済の牽引役です。
つまり、スペインで最も裕福な地域なのです。
私は、このニュースに接して、イタリアの北部同盟を思い出しました。

イタリアの北部同盟は、工業地帯が密集し、経済的に優越しているイタリア北部の自治拡大を主張する地域政党で、かつては独立を目指していました。
イタリア北部では、農業が中心であるイタリア南部を北部の経済が支える形になっていることへの反発が強くあります。
また、民族的にも金髪・碧眼(青い眼)が多い北部に比べ、南部は髪と眼は黒く身長も低いのです。
この経済的、民族的格差に反発を感じた北部のイタリア人たちが結成したのが北部同盟でした。
つまり工業先進地域で、他地域より経済的に豊かな人たちが独立を志向する、そういう点でイタリア北部とスペインのカタルーニャ州は、そっくりなのです

バルセロナで行われたデモは、カタルーニャ語や独自の文化の擁護を目指す団体の主催でした。
このあたりも、民族的差異にこだわるイタリアの北部同盟と似ています。

皆さんは「イギリス」と学校で教えてられて来たと思います。
が、国際サッカー連盟(FIFA)や国際ラグビー評議会(IRB)には、同じイギリスからイングランド、ウェールズ、スコットランドが加盟しています。
皆さんは、これを不思議に思ったことはありませんか?
長野県に在住しているC.Wニコル氏(日本に帰化済み)は、「私はイギリス人(イングランド人)ではない。ウェールズ人だ」と強調します。
イングランド人はアングロサクソン(ゲルマン系)ですが、ウェールズ人やスコットランド人はケルト系であり、民族も歴史も文化もイングランド人とは違うのです。
ウェールズ人やスコットランド人は被征服民族であり、征服民族であるアングロサクソンとは違い、むしろアイルランド人に近い。
だからサッカーやラグビーで独自性を主張するわけです。

Uk                   4国に分かれているUnited Kingdom(連合王国)

ベルギーでは、未だに政府が発足できない状態が続いています。
これは北部のオランダ系(ゲルマン系)と南部のフランス系(ラテン系)の対立が収まらないからです。
ここにもイタリアと同じで、工業が発達した北部(オランダ系)が、農業中心で比較的に貧しい南部(フランス系)を支えているという不満が根底にあります。
つまり、ベルギーもまた、経済的格差と民族的相異が国家を分断させているのです。
EUという国家を超えた共同体が発足しても、こういう地域間の経済的不満、民族的対立は超越することができない、これが現実なのです。
これらの事実を見れば、民主党の唱える東アジア共同体が、いかに非現実的であるかが解ります。

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中国は多民族国家と言われます。
それは、単にチベット族やモンゴル族、ウイグル族、満州族など、55もの少数民族が存在するからではありません。
中国の本質は、華人の中に統一性がないということです。
上海、北京、 折江省、福建省、広東省などは沿海先進地域と呼ばれ、その高度成長の牽引役です。
が、これらの地域では、お互いに通訳が必要なほど言語が違うのです。
もちろん普通話(北京語)を話せれば通訳は要りません。
が、現実は4割以上が普通話を理解できません。
これは、田舎や内陸部に行くほど酷くなります。
つまり、「華人」という一言で括るには、あまりにも中国は、地域ごとに言語、文化、風習において、その性質が著しく異なっているのです。
また華北と華南ではDNAも異なると言われています。
要するに中国と呼ばれる国家は、欧州と同じで、華人(欧州では白人)という名の異なる言語や文化、そして風習を有する人たちが寄せ集められた“多民族地域”なのです。

そもそも、国家の定義とはどのようなものでしょうか?
国家(state)の形態・役割は歴史的に異なりますが、現代の定義では、一定の領域に定住する人々が作る政治的共同体を指します。
主権・領土・国民で構成され、これらの三要素を有する統治機構が国際法上、国家として認められるです。
そういう意味では、中国は国家であり、スペインもイタリアもイギリスもベルギーも同様です。
が、そこに歴史的、文化的、民族的な一体性があるか?というと、極めて疑問です。
それらの国では、政治的共同体は存在しても国家レベルの社会的共同体は存在しない。
つまり国家は、経済という下部構造に立脚した上部構造であり、法という強制力と軍や警察という実行力を有した統治機構に過ぎないのです。

振り返ってみれば、我が国はどうでしょうか?
日本は歴史的、文化的、民族的に同質であり、言語も同じです。
歴史、文化、民族、言語、これらを共有する単一民族国家(一部にアイヌの方たちもいますが)は、世界でも稀だと思います。
私は、日本が明治維新以降、アジアの奇跡と言われる近代化を成し遂げ、戦後もドイツと並ぶ奇跡的な復興を実現できたのも、ここに理由があると思います。
政治的共同体と国家レベルの社会的共同体がほぼ一致する。
経済という下部構造に立脚した上部構造の国家が、社会的共同体と重なるわけです。
ここに今の日本があり、私たちは豊かな生活を享受できているのです。

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私たちは、「国」というと、つい肌の色が似ていて、歴史も文化も言語も共通しており、民族的DNAも同じ人たちで構成されている、と思ってしまいます。
もちろん、米国やブラジルなどの移民国家にして奴隷制の歴史を持つ国は、そうではないと認識していますが。
しかし、世界を見渡せば、肌の色、歴史、文化、言語、民族的DNAのすべてが同じ人たちで構成されている「国」など希少なのです。
欧州の国々の多くは多民族国家であり、アジアやアフリカ諸国に至っては、旧植民地時代の境界線に基づいて国家が樹立されたため、そのほぼすべてが多民族です。

イラクを見てください。
イラクはサダム・フセインの圧政下から解放され、国民は、もっと希望に燃え、未来に夢を託してもおかしくない状況だと思います。
ところがイラクの現実は、宗派対立あるいは部族対立で内戦状態が収まりません。

何故なのか?
イラクは元々、英国の植民地から人工的に構成された国家だからです。
1918年、オスマン帝国崩壊後の独立は形式的なもので、イギリスによる傀儡でした。
国民はアラブ人とクルド人によって構成され、アラブ人はシーア派とスンニ派に分かれています。
そしてクルド人やシーア派、スンニ派のそれぞれに数多くの部族が存在します。
つまり、イラク人には「国家」や「国民」という意識が極めて希薄で、歴史上一度も民主主義の経験がない国なのです。
このような国に、先進民主主義国にならった統治モデルを導入しても、うまくいくわけがありません。

私たちの国・日本は、地理的に極東(far east)という、欧米諸国から見れば“僻地”に存在しています。
しかも四方を海に囲まれ、他国と陸で国境を接していません。
さらに気候的には温帯に位置し、緑と水に恵まれ、四季があります。
日本は、残念ながら資源に乏しいですが、地政学的に見て極めて特異な位置にあるのです。
私は、この特異な地政学的位置こそが、神が与えてくれたかけがえのない財産だと思います。
おかげで、他国に侵略されることもなく、温和な気候と豊かな自然の中で、独自の文化と国民性を育むことができました。
そういう意味では、同じ「国家」でも、それを支える共同体の質が違うという点で、私たちの国は諸外国とは違います。

Orld_map                   右上(東端)の小さな島国が日本 まさにfar east

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ブッシュ米大統領は、イラクのフセイン政権打倒後、イラクの民主化に自信を示しました。
その根拠が、戦後の日本の民主化でした。
彼は、その時点で、日本という国を理解していなかったのです。
いや、今でも欧米の政治家の多くは日本を理解できていないでしょう。
教育水準が高く、勤勉で、秩序正しい国民性。
国民や社会の均質性の高さと優秀な官僚機構の存在。
そして天皇の存在と立憲君主制。
我が日本は、戦争に負ける前から民主化の素地を有していたのです。
イラクとは、同じ「国家」でも中身と質に天地の開きがあったのです。

私は、米ネオコン流の「民主主義は人類の普遍的価値」という考え方は間違っていると思います。
歴史的、宗教的、民族的理由から、民主主義に適応できない(しない)国もあるのです。
私は、結局、イラクはフセインとバース党による強権支配によってしか国家の統一を維持できなかった思います。
もちろん、私は、フセインによる強権支配や非人道的弾圧を肯定したり擁護したりするものではありません。
ただ、イラク人自身の力で獲得しない限り、民主主義なんて何の意味も価値もない、と思うのです。

国家というのは、国民とその社会の反映なのです。
いくら崇高な理想を押し付けても、国民や社会がそのレベルに達していなければ、崇高な理想は、かえって混乱を招きます。
中国が中共独裁なのも、北朝鮮が前近代的な権力の世襲を続けるのも、国民や社会のレベルがその程度ということです。
要は、その国の政治は、その国の国民の成熟度によるのです。

民主化は、自国民の欲求と努力によってしか成就しません。
エジプトを見ればよく解ると思います。
誤解してはなりません。

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国家には、政治的共同体の基礎となる社会的共同体としての側面もあります。
社会的共同体は、歴史や伝統、文化といった、その国家に固有のものを有しています。
その、固有の歴史や伝統、文化といったものに対する愛着や誇りを、自然な形で国民が抱かない限り、統治機構としての国家は成立しても、国民のための国家など成り立たないのです。

そういう意味では、私は、日本国民は素晴らしいと思っています。
だから日本国も同様に偉大であり素晴らしいのです。

日本国万歳!

日本国民万歳!

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【追記】
日本は、地理的に極東(far east)という“僻地”に存在している。
しかも四方を海に囲まれ、他国と陸で国境を接していない。
また、肌の色、歴史、文化、言語、民族的DNAのすべてが同じ人たちで構成されている(アイヌを除く)。
だから社会に争い事が少なく、国民の協調性も高い。
一方で、この日本の特徴が、日本人に日常的に民族や国家を意識させない理由なのかもしれません。

私が見るところ、日本人が国や民族を意識し、国旗や国歌に感動するのは、スポーツの国際大会くらいです。

よく、外国に行って日本の素晴らしさが初めて解った、という話を聞きます。
つまり、国の外に出て、外との比較の中から我が国を見ることによって、やっとその素晴らしさが解る、ということです。
それだけ日本というのは、平和で恵まれた国(別の言い方をすれば「のんきな国」)なわけです。
ただ、右でも左でもないが、日本が好き、日本人でよかった、と思っている人が多いですね、私の若いころと比べたら。

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2011/05/20

賠償問題まで内閣の延命策として利用する菅政権

民主主義社会は、公正なルールの存在を前提として成り立っている。
国家権力といえども、このルールを犯すことは許されない。
市場経済も同様である。
市場経済と民主主義は表裏一体のもので、市場は定められたルールによって動かなければならない。
このルールに国家権力が介入し、恣意的に運用すれば、それはもう市場経済でもなければ民主主義でもない。
その典型が、独裁権力と市場経済が混在する中国である。
中国では、市場での約束事が当局の思惑でしばしば変更され、ときには反故(ほご)にされる。
これは、チャイナリスクの一つとされ、外資は極めて強い警戒感を抱いている。

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枝野幸男官房長官は13日の閣議後の記者会見で、東京電力(東電)の損害賠償を支援する枠組みに関して次のように発言した。
金融機関が福島第1原発事故以前の東電への融資の「債権放棄などをしなければ国民の理解は到底得られない」と。
そして、東電と金融機関の交渉が不調に終わった場合、公的資金を注入しない可能性について「私はそう思っている」との考えを示した。

これに対し、全国銀行協会(全銀協)の奥正之会長(三井住友フィナンシャルグループ会長)は19日の記者会見で、「債権放棄や金利減免は現在のところ頭にない」と強調した。
また、原発事故に伴う賠償措置を規定した現行法について「債権者などには(賠償の)負担は生じない枠組みだと理解している」と述べ、「(金融機関に対し)債権放棄という話がなぜ出てくるのか」と疑問を呈した。

小沢一郎氏と昵懇(じっこん)で民主党の支援者である稲盛和夫氏(日本航空会長)も、18日の定例記者会見で、枝野官房長官の発言に対し強い疑問を呈した。
「(東電は)まだ健全な会社だ。(日航のように)倒産して会社更生法が適用された場合は債権放棄もあるが、何もないままで債権放棄となるのは問題ではないか」と。

しかし、枝野官房長官は19日、「東京電力は東日本大震災の被災者への賠償、福島第1原子力発電所事故の収束、安定した電力供給の3つの公的な責任を負う」として、次のように反論した。
「(東電が)普通の民間企業と違うというのは当然ではないか。国民的理解が得られなければ、国として東電を支援することは民主主義社会である以上できません。国民的理解が得られなければ支援が受けられないことを前提に、(金融機関や株主など)様々なステークホルダーの皆さんが民間の立場で判断されることだと思います」
ただ、枝野官房長官はさらに「国民負担、特に税負担を極小化することを目指したもので、国として責任をもって関与する」とも付け加えた。

Inamori

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枝野官房長官の言い分と、奥全銀協会長や稲盛日航会長の言い分のどちらに理があるのか?
ここで、原発事故に際する賠償ルールを定めた「原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)」(1961年制定)を見てみよう。

原賠法は、原発を運転中に事故が発生した場合、電力会社だけが損害賠償責任を負い、原発メーカーなどは賠償責任を負わないとしている。
電力会社に対しては無限責任が求められ、賠償限度額は設定されていない
但し、賠償額が甚大となり、経営が破綻するなど電力会社では損害を賠償しきれない場合は、国が代わって補償することになる。

過去に原賠法が適用されたのは、1999年に茨城県東海村で起きた臨界事故のみである。
このとき事故を起こした核燃料加工会社JCOが負った損害賠償額は150億円に達した。
が、これは通常の条件下で事故が起きた場合であって、今回のような「想定外の巨大地震」による事故ではなかった。
今回のような「想定外」による事故(巨大な天災地変)では、賠償責任は電力会社ではなく国が必要な措置を講じることとされている。
戦争やテロによる事故も、同様の扱いである。

原賠法がなければ、原子力事故が起きた場合の倒産リスクが高すぎ、民間企業は原子力産業に参入することができない。
また、原子力損害賠償の仕組みがないままだと、賠償責任を負った会社が倒産し、被害者が補償を受けられない事態に陥る可能性が高い。
原賠法が作られた背景には、このような理由がある。

したがって、原発事故に際する賠償ルールに従えば、枝野官房長官の言い分には、まったく理がないのである。

参照:原子力損害の賠償に関する法律

Edano

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今回の事故が「想定外の巨大地震」によるものなのか?
福島第1原発は、国(原子力安全委員会)が定めた安全基準を満たしていた。
福島第1原発が想定していたのは、マグニチュード8.0の地震と最大5.7mの津波だった。
今回の大地震はマグニチュード9.0、津波は最大14mに達したと推測されている。
この大津波は、地震予知に関わる研究者の想定を超えていた。
東電からすれば、まさに「想定外」というリスク事象に見舞われたことになる。

もちろん、「想定」自体が甘かったと言うこともできる。
もっと高い「想定」をしていれば、今回の事故は起きなかったかもしれない。
が、「想定」は東電が勝手に決めたものではなく、国が認めたものである。
したがって、東電からすれば「想定外」であり、この場合、賠償責任は電力会社ではなく国が必要な措置を講じなければならない。

断っておくが、私は東電を擁護する気などさらさらない。
東電は、事故に対する初動対応を完全に誤った。
これは、できれば原発を廃炉にしたくないと考えたからだ。
これが事故の拡大を招いた面はある。
だから東電は非難されて当然であり、賠償責任から逃れられるとは思わない。
が、決定的な理由は、国(原子力安全委員会)が定めた安全基準(想定)が甘すぎたということだ。
したがって、損害賠償の第一義的責任は国にある。

私は、約1100年前に起きた巨大地震(貞観地震)を「想定」しなかったことは責められない、と思う。
それより「想定」するべきは、原発が炉心溶融を起こすあらゆる可能性だった。
特に問題なのは、「すべての電源が落ちた場合」を「想定」しなかったことであり、これは大いに追及されるべきである。
原子力安全・保安院の寺坂信昭院長も今月3日、「複数の原子炉が同時に電源を喪失する事態を想定した規制は行っていなかった。甘いと言われれば謙虚に受け止める」と、保安院の危機管理意識の欠如を認めている。

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今回の原発事故で、東電には大きな責任がある。
が、検証してみると、福島第1原発は国が定めた安全基準を満たしていた。
しかし、その基準(前提)をはるかに超える大地震と巨大津波に襲われた。
しかも国は、「複数の原子炉が同時に電源を喪失する事態を想定した規制は行っていなかった」。
つまり、国により大きな責任があるのだ。

ところが、枝野官房長官は今月2日の参院予算委員会で、「(東電の免責を可能にする原子力損害賠償法の)ただし書きに当たる可能性はない。(東電の賠償額に)上限はないと考えている」と明言した。
その理由を、「(今回のような)津波によって事故に陥る可能性も指摘されていたし、大変巨大な地震ではあったが、過去(の歴史で)経験している地震だ」と述べている。
しかし、国の基準が「過去(の歴史で)経験している地震(貞観地震)」を「想定」していなかったのだ。
しかも、「複数の原子炉が同時に電源を喪失する事態」も「想定」していない。
それでいて東電の企業責任ばかりを強調し、東電を責める。

私に言わせれば、枝野官房長官の発言は、まったくの無責任である。
確かに「国民負担、特に税負担を極小化することを目指した」と強調すれば、世論の受けはいいだろう。
しかし、法に定めのないことを国家権力が、第3者である民間企業(金融機関)に要求することなど許されない。
これは、民主主義と公正なルールに基づく市場経済のあり方を否定するものである。
にもかかわらず、枝野官房長官は「(東電が)普通の民間企業と違うというのは当然ではないか。国民的理解が得られなければ、国として東電を支援することは民主主義社会である以上できません」と言う。

話は、まったく逆だ。
東電は日本経済の根幹を支える公益企業である。
だから国の方針と指導に従って原発を稼動させてきた。
その東電が、重大な原発事故を起こした。
しかし、日本経済の根幹を支える東電を潰すわけにはいかない。
また、東電が破綻すれば、被害者が補償を受けられない事態に陥る可能性が高い。
だから法律では、巨大な天災地変では、賠償責任は電力会社ではなく、国が必要な措置を講じることとされているのだ。
枝野官房長官は、「原賠法が作られた背景」を今一度よく考えてみるべきである。

「東電と金融機関の交渉が不調に終わった場合、公的資金を注入しない」
と言うが、東電が破綻すれば、結局、国が代わって補償(税金を投入)することになる。
それが法の定めである。
また、東電の破綻によって日本経済が被る損害は計りしれないものになる。
官房長官であれば、そこまで考えて発言するべきだ。

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「国民的理解が得られなければ、国として東電を支援することは民主主義社会である以上できません」
という枝野官房長官の発言は天に唾するものである。
国策の失敗を一企業である東電のみに押し付け、東電一人を悪者にする。
そして、「国民の負担軽減」と称して、何の責任もない金融機関に無理難題を押し付ける。
そこには、世論に対する受け狙いしかない。
東電の救済問題と被災民への賠償問題まで内閣の延命策として利用する。
もう、この政権は、民主主義を逸脱したルール無視の無法集団である。

一刻も早い菅内閣の退陣を求める!

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2011/05/19

谷垣総裁は内閣不信任案提出を決断せよ!

東日本大震災が起きる直前、菅直人首相は外国人(在日韓国人)からの献金問題で、まさに瀬戸際に追い込まれていた。
が、大震災で与野党は政治休戦に入り、菅首相は何とか苦境をしのいだ。
これを捉えて、「菅首相は悪運が強い」と書いた人たちもいた。
しかし、私は、これを「見識を疑う」と叱責した。
大震災を「悪運」と呼ぶ無神経さにあきれたからだ。

あの時、おそらく国民のほとんどは、与野党・官民を問わず全国民が一致団結してこの国難に対処するべきである、と考えていたはずだ。
しかし、与野党も官民も一致団結できなかった。
その責任は、ひとえに菅首相にある、と私は断言する。

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確かに状況は絶望的なまでに厳しかった。
被災地の惨状は、もうこの世のものとは思えないほどだった。
が、あれから既に2か月以上が経過した。
にもかかわらず、被災地の復興は、まだ端緒にさえついていない。
避難所生活を余儀なくされている被災者は12万人を超える。

野党第1党の党首に電話で大連立を呼びかける。
信頼関係のカケラもないから、さらなる不信感を招く。
震災対応の実務に長けた官僚を使わずブレーンに頼る。
だから、やたら組織が増える。
結果、指揮系統と責任の所在があいまいになる。
東京電力の関係者や担当官僚を怒鳴りまくる。
側近以外の意見に聞く耳を持たないから、肝腎な情報まで上がらなくなってしまう。

以上のような、菅首相の驕りと無能が、状況をさらに複雑、かつ困難にさせている。
最初は協調ムードだった野党は、すっかり背を向けている。
官僚も面従腹背で、怒鳴られるようなことには口をつぐむ。
財界からも「間違った陣頭指揮が混乱を引き起こす元になっている」と批判が飛び出した。
事ここに至っては、もう与野党・官民を問わず全国民が一致団結してこの国難に対処する、なんてありえない。
あるとすれば、それは菅首相が退陣した場合だけである。

Kannaoto_sisatu

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菅首相は、震災対策を政権延命策に絡めている。
やたら現地を訪問したがるのも、同じ線上にある。
リーダーシップを見せ付けて支持率を回復したいのだ。
が、徳がないから被災者からかえって反発を買う。
日・中・韓の3か国首脳が21日に福島県を訪問するのは、もう外交の私物化とも言える。
しかも、中・韓首脳の福島訪問は、日本政府からの“お願い”の賜物だという。

この愚かな菅首相。
今度は自爆の道へまっしぐらになった。
2011年度第2次補正予算案の国会提出は8月以降になると述べたのだ。
これは、被災地及び被災者救済よりも自己保身を優先する、と宣言したに等しい。
つまり、自らの外国人献金疑惑に対する追求をかわすために今国会を閉じるのである。
これを受け、自民党の谷垣禎一総裁は内閣不信任案を提出することで対抗する意思を表明した。

私は、谷垣氏の決断次第で政局は動くと思っていた。
だから、決断のきっかけを掴めない状況に少々イラついていた。
が、これで6月22日の通常国会会期末に向け、政治情勢は緊迫の度を増すことになった。
公明党の山口那津男代表も17日の会見で、第2次補正予算案を「そのまま放置して国会を閉じるのは不信任の1つになりうる」と述べ、自民、公明の足並みがそろった。
当然のことである。
菅首相は、自らとその政権を延命させるために被災地救済予算を先送りしたいのだ。
この時期に国会議員が長期の夏休みを取るなんて常識で考えられるだろうか?

石原伸晃自民党幹事長が「首相が自分の都合で国会を閉じるなら万死に値する」と批判したのは、一理ではなく百理がある。

Tanigaki_sadakazu

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政府の第2次補正予算案には多くの議論や批判があった。
が、それでも何とかまとめることができたのは、被災者の救済を早急に進めるという“大義名分”があったからだ。
それを8月以降に召集予定の臨時国会に先送りするようでは、もう国民に対する背信である。
この菅首相の許されざる言動によって、“奇妙な無風状態”に陥っていた政局は風雲急を告げる事態になった。

内閣不信任案が提出されると、民主党議員が80人規模で賛成すれば可決される。
同党の岡田克也幹事長は15日、不信任案に賛成するなら民主党離党を覚悟するべきだと発言した。
が、世論が第2次補正予算案先送りに反発すれば、反菅ムードが民主党内で今以上に高まる可能性はある。
そうなれば、不信任案可決もありえる。
この場合、内閣総辞職か衆院解散を菅首相が選択することになるが、おそらく菅首相は解散を選ぶだろう。

解散になれば、民主党は菅首相支持グループと反菅首相グループに分裂して衆院選を戦う可能性が高い。
可能性は低いが、菅首相が総辞職を決断すれば、民主党は後継の代表を選ぶ選挙戦に突入する。
この場合も、民主党の分裂は必至である。
もう一つ、不信任案可決の見通しが立たず、不信任案が衆院に提出されないケースもあるだろう。
その場合は参院で菅首相の問責決議案が提出され、可決される。
いずれにしても、政界の激動は避けられない。

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菅首相のこれまでの言動は、すべて己のためにのみあった。
原発事故視察も避難所慰問も、今回の日・中・韓3首脳の福島訪問も、自らの延命のためでしかない。
そして、足元の民主党は水と油に分裂しており、もう政党の体をなしていない。

不信任案可決。
衆院解散。
民主党政権の退陣。
これが国家と国民のためである。

谷垣総裁が内閣不信任案を提出するよう、強く期待する。

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2011/05/18

民主党の存在意義は政権交代で終わった!

大阪市議会の民主党は、今月10日、会派名を「民主党・市民連合」から「OSAKAみらい」に変更した。
4月の大阪市議選(統一地方選)で惨敗したからだろう。
その時に吹いた大逆風をかわすための便法だろうが、あまりにも姑息である。

「ちょっと待て その無所属は 民主かも」
統一地方選の前、ネット上にこんな標語が出回っていた。
それほどに、統一地方選では民主党候補の「民主隠し」が際立っていたのだ。
党本部には公認、推薦を辞退するとの申し出が相次いだという。

議員は選挙に落ちれば「ただの人」だから、気持ちは解らぬでもない。
が、「民主党の看板では勝てない」
と言って、無所属を装うのは、政治家としての信義を疑われても仕方がない。

政党名は芸名ではない。
芸名なら、売れないからと言って、より受けのよさそうな名前に変えることも「あり」だろう。
が、政党名は、「名は体を表す」で、その政党の本質にかかわるものなのである。
にもかかわらず、その政党名を隠したり、まったく関連のない会派名に変える。
「民主党」というブランドは、それだけ軽い、価値のない名称である、ということだ。
これは、もう政党ではない。

関東地方のある市議選候補者は、
「政権交代を果たしたときに政党としての役割が終わった」
と語ったそうだ。
これは、私が何度も指摘してきたことを、当の民主党の政治家自身が認識しているということだ。
この政党には綱領がない。
どういう理念に基づいて、どんな社会を目指すのかが意思統一されていない。
党内には、親米保守から反米・親中国、あるいは利益誘導型や労組の利益代表までが混在している。
唯一共通しているのは、「反自民」「政権奪取」だけ。
だから選挙を前にして、平気で党名を隠したり、無所属に転向したりできるのだ。

Manifesto2009                         民主党 Manifesto2009 表紙

2009年の衆院選マニフェストの表紙には、「政権交代」という文字がでっかく書かれている。
そして民主党は、ついに政権交代を果たした。
が、その下に書かれた
「国民の生活が第一」
は、4月の統一地方選ではどこかに消えてしまった。
「民主党」という党名も、選挙ポスターの片隅に小さく印刷されていた。
もう地方組織、人間で言えば手や足が「民主党ではない」、と言っているのだ。

今の民主党は、国政レベルでも完全に分裂している。
同じ党とは思えない人たちが同居している。
夫婦で言えば、育ちも性格も目指す方向もまったく違う夫と妻が、家業の利益のためにだけ夫婦を装っている。
内実は、もう家庭内離婚の状態なのに。
これが民主党の実態だろう。
今、解散総選挙という事態になったら3分の2は落選する。
もちろん政権もなくす。
彼らが民主党にとどまっている理由、菅首相をボロクソに批判しながらも政局を避けている理由、がここにある。

今、我が日本は国難に直面している。
にもかかわらず、このような政党が政権を担当しているということに、心底から絶望を感じる。
今の事態は、日本国と日本国民にとって災難以外の何ものでもない。
一刻も早い菅内閣と民主党の退場を求めてやまない。

民主党の存在意義は政権交代で終わった!

名前を隠すような姑息な真似はせず、堂々と退場せよ!

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2011/05/17

フランスに見る極右が伸張する理由。TPP反対!

国際通貨基金(IMF)のトップ、ドミニク・ストロスカーン専務理事(62)が逮捕されたというニュースには、正直ビックリした。
ニューヨーク市警は14日、ニューヨークのタイムズ・スクエアにある宿泊先のホテルで、ストロスカーン氏が女性従業員(32)に性的暴行を加えたとして身柄を拘束した。
そして、同氏は15日未明、性的暴行、強姦未遂、監禁の容疑で逮捕、訴追された。
米メディアによると、ストロスカーン氏は女性従業員が部屋の清掃に入ったところ裸で応対、女性を寝室に引きずり込み、さらにトイレで乱暴しようとした、という。

60過ぎの爺さまがよくやるよ、と思う反面、日本では考えられない些細なことまでセクハラで訴える米国のことだから、どこまでが真実なのか分からない、という気持も強い。
ただ、この専務理事、女性に目がないようで、08年には職務上の立場を利用して元IMF女性職員と性的関係を持った疑いが持ち上がり、不適切な行為を認めて謝罪した過去もある。
エリートなのにね、というかエリートだからこうなるのかな?という気もする。

フランス人のストロスカーン氏は、パリ政治学院とパリ高等商業学校というエリート養成学校を卒業後、パリ大学教授を経て、1986年に国民議会議員に初当選。
97年には財務相に就任し、欧州統一通貨ユーロの導入に手腕を発揮した超エリートである。
日本で言えば、東大法学部を卒業後、米ハーバード大学に留学し経営学修士(MBA)を取得、筑波大学教授を経て衆院議員に当選、財務相を務めた、そんな経歴の持ち主だ。

まあ、俺は超エリートだから、という意識が強かったのだろうが、米国人とフランス人は性(セックス)に対する意識や男女の関係もまったく違うからね、そのあたりの感覚がずれていたのだろう、そう思う。
ところで、このストロスカーン氏、2012年のフランス次期大統領選で最大野党・社会党の最有力候補と目されていた、というからさらに驚きである。
同氏の逮捕を受け、フランス政界は激震に見舞われているそうだ。
有罪が確定したわけではないが、世論調査で一貫してサルコジ大統領を抑えてきた本命を事実上失った社会党は、候補選びで態勢立て直しを迫られている。

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Dominique            ドミニク・ストロス=カーン(Dominique Strauss- Kahn)氏

「大統領選でだれに投票するか」を聞いた先週のフランスメディアの調査でも、ストロスカーン氏は26%で首位。
極右・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首(22%)とサルコジ大統領(21%)を抑え、有権者の関心はストロスカーン氏の出馬表明時期に移っていた、という。
そのストロスカーン氏が出馬断念に追い込まれれば、社会党が秋の候補選びに向けて、お決まりの内輪もめに至るとの懸念が絶えない。

サルコジ大統領にとっては最強ライバルの失点は強い追い風である。
が、極右・国民戦線のルペン氏が「移民排斥」を訴えて者層の人気を集めており、今回の事件で社会党内が混乱すれば、ルペン氏がストロスカーン支持層の票を奪う可能性も強まりそうだ、という。
ここで私たちが学ばなければならないのは、極右が現職大統領(保守)の支持率を上回っているということである。
と同時に、中道左派の社会党の支持者が、有力候補の失脚を受けて、保守(右翼)のサルコジ大統領を通過し、極右の国民戦線支持に流れそうだ、というフランスの現実である。
極右・国民戦線への支持上昇の背景には、中東や北アフリカからのイスラム系を中心とする移民に対する世論の強い反発がある。
つまり、人権や平等に敏感だったフランス社会も、価値観がまったく異なるイスラム系移民の増大には強い反発を示している、ということだ。

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フランスという国は、元々は共産党が強い国だった。
それは、保守がドイツのナチスに屈服し、ヴィシー政権という傀儡政権に逃げ込んだのに対し、共産党はレジスタンス(RESISTANCE)を組織し、最後までナチスと戦ったからである。
また、フランス最大の労組である総同盟(CGT)は、人権意識が高い同国では共産党の影響下にあった。
だからフランスでは、長年、保守(右翼)の対抗馬は共産党だった。
が、ソ連崩壊後、左翼の主導権は完全に社会党に移行した。
その社会党、つまり左翼の支持者が、今は極右の国民戦線支持に流れそうだ、という。
その根本には排外主義がある。
要は、価値観がまったく異なるイスラム系移民の増大によって治安が乱れる、あるいは単純者の職が奪われる、という不満がその背景にあるのだ。

フランスの一般国民の間には、国家よりも市民の権利擁護に重きを置く左翼支持者が、保守(右翼)支持者と同じくらいいた。
それは、ソ連崩壊までは共産党支持に向かい、ソ連崩壊後は社会党支持に流れた。
が、今は、その左翼支持者のかなりの部分が極右支持になっている、ということである。
市井の民にとって、いちばんの関心は「パン」である、ということを証明する現象だ。

私は、過去のエントリで、「どんな崇高な革命もパンから起きる」と書いた。
イデオロギーに基づく、あるいは宗教に基づく革命も、原動力は「理念」ではなく「パン」だった。
人間は生きることが本能である。
食えなければ死んでしまう。
だから、食えない社会は転覆させられるのである。

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私は、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)は米国の陰謀である、とか、米国の国益であって日本にはメリットがない、という主張には組しない。
バカじゃない限り、そういう主張には眉に唾をつけると思う。
が、経団連の要求する「移民の奨励」=「人材の移動の自由化」には強い反発を覚える。
看護師や介護士、あるいは単純者等々、の割りに対価の低い職種が外国人に奪われるのは目に見えている。

そして、数が少ないうちはまだしも、それが一定数を超えれば、日本人とは違うコミュニティーを形成するのは間違いない。
すでに南米から来た日系人(これも怪しい)たちが首都圏や中京圏で独自のコミュニティーを形成し、様々なトラブルを起こしている。
日系人ですらそうなのに、異文化圏の人たちが経済的な理由から大挙として日本に押しかけて来たらどうなるのか?
これは資本の論理だけでは容認できない。

自由と人権の国、フランスでさえ排外主義を主張する極右が支持を急速に伸ばしている。
日本という国がそうならないためにも、TPPには慎重でありたい。

日本は少子高齢化社会が急速に進行している。
が、女性や高齢者は、その就業機会を未だ十分に保障されていない。
「移民の奨励」=「人材の移動の自由化」など、その後のことだ、と私は強く思う。

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学生運動を小説で語る、と…

もう昨日は疲れました。
ちょっと体調が戻ると、いきなり負荷のかかる仕事を与えられます。
これが中小企業の悲哀ですかね。
が、私は負けませんよ!
今の会社で70歳になるまで働こうと思っています。
ただ、体調がイマイチで、これだけが不安ですけどね。

昨日は疲れて、エントリをアップできませんでしたが、今日は昔に書いた小説の一節を紹介します。
事実が70%、で、あとの30%はフィクションです。
以下を読んで、多少なりとも当時を理解いただければ幸いです。

Senki                  この中に私は間違いなくいました。

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 集会場は、色とりどりのヘルメットで埋め尽くされていた。田島は百花繚乱という言葉を思い出した。
 男が、正面に据えられた演台の上でマイクを握り締め、大声で何かを訴えている。ラウドスピーカーによって増幅された男の声は、がなり立てているようで何を言っているのか田島にはよく分からなかった。
 それでも田島の心は高揚していた。高校生のころ、安田講堂攻防戦のテレビ中継に釘付けになった田島は、大学に入ってヘルメットをかぶるのが憧れだった。
 入学して間もない四月の中旬だった。後楽園の近くにある礫川公園で行われた集会は、右翼に襲撃された活動家の死に抗議するためのものだった。田島は左門と一緒に隊列の後ろの方に腰を下ろしていた。
 参加者は二千人程度で、田島は眼を輝かせていたが、左門には集会が何となく盛り上がりに欠けているように思えた。前年の、度重なる激しい暴力的闘争で大量の検挙者を出していたことが明らかに影響していた。
 左門と田島は同じ年に大学に入学した。左門は、高校生のころから既に特定の党派《セクト》に所属していた。田島は、集会もヘルメットも初めての経験だった。田島はヘルメットの色で党派《セクト》が違うことがよく解っておらず、各党派が互いに敵対関係にあることも知らなかった。
 隣の隊列にいた男が田島に話しかけた。明らかに議論をしかけようとしている。田島は素直に応えようとしていた。
「よせ!」
 左門は田島の腕を引っ張ると、
「おまえら東大で何やったんだよ!」
 と、罵声に近い声を相手に浴びせた。
「相手にするな!こいつらはハイエナだ」
 そう田島に言うと、左門は違う色のヘルメットをかぶった活動家の胸を小突《こづ》いた。長い髪に眼鏡をかけた相手は左門の迫力に押され、黙ったまま引き下がった。
 田島はこのとき、ヘルメットの色によって学生たちが異なる組織に属していることを初めて知った。同時に、左門が同じ新入生とはとても思えなかった。それ以来、田島は左門に畏敬の念を抱くようになった。

 左門と田島の出会いは偶然だった。上京したあと、時間を持て余した田島は、入学式の前に大学のキャンパスを訪れ、そこでアジびらを配っている左門と出合ったのだった。
 性格は正反対だったが、とにかく馬が合った。まるでメダルの裏表のようだった。一緒に生ぬるいウィスキーを飲み、徹夜で議論を交わしたこともある。話題は、政治、哲学から芸術、女に至るまで尽きることがなかった。
 二人とも音楽が好きだった。田島はボブ・ディランの話になると夢中になって喋り続けた。ディランのシャイで繊細なところに惹《ひ》かれるのだ、と言った。左門はローリング・ストーンズのワイルドで猥褻《わいせつ》なところが好きだった。興が乗ると、ペイント・イット・ブラックをミック・ジャガーの振りをつけて歌った。
 左門には恋人がいた。香坂眞知子という、その昔、関西にある歌劇団にいた女優に似た美しい娘だった。同じ高校の同級生で、高校生のころから恋仲だった。田島は羨《うらや》ましそうだった。左門の部屋で眞知子が料理を作り、三人で食事を共にしたことが何度もあった。
「『ペイント・イット・ブラック』を歌ってくれよ」
 酒が入ったときの田島の決まり文句だった。
「かんべんしてよ。それよりディランの『風に吹かれて』を聴きたいな」
 左門は、眞知子の前では、けっしてペイント・イット・ブラックを歌わなかった。

                        *

 左門の学生生活はそれなりに充実していた。が、活動家としては満たされない日々が続いた。装備を飛躍的に向上させ、人員も大幅に増強した警察権力を前にして、鉄パイプと火焔瓶しかない学生たちはもうどうしようもなかったからだ。
 集団による暴力的闘争は、七十年の六月に、毛沢東主義を掲げる党派《セクト》が原宿駅周辺で機動隊と衝突したのが最後だった。この党派《セクト》は、このときの無謀な闘争の総括をめぐって組織が雲散霧消した。
 左門が所属していた党派《セクト》も夏休みを前にして、武装闘争を強調するグループと大衆運動の強化を主張するグループに分裂した。左門は武装闘争を選択した。田島は左門に追随したが、明らかに迷っていた。 
 この時から、同じ色のヘルメットをかぶった者同士が罵《ののし》りあい殴りあうようになった。敵対するグループの中には、親しくしていた者もいる。
「もう、同じ色のヘルメット同士で殴りあうのは耐えられないよ」
 これが田島の口癖になった。
 ただ、殴りあうといっても、かつては仲間だったという意識が働き、そこには節度があった。路線が異なる以上、対立し殴りあうのは仕方がない―左門は割り切っていた。が、こんな事ばかりやっていていいのか―と心が重くなるときもあった。
 この年、左門は何度か警察に検挙された。が、容疑内容は党派《セクト》間の争いや大学当局との対立に関わるもので、左門にとっては「闘争」と呼ぶに値しない些細な出来事だった。
 満たされない気持のまま年が明けた。
 学生運動が大衆的支持を失くすとともに、学生たちの多くが戦線を離脱し始めた。そんな中、左門が所属するグループは暴力的闘争を計画していた。
 内ゲバしかやらない。まるで、あのハイエナのような党派《セクト》にそっくりだ―大衆運動の強化を主張して分派していったグループの批判に、末端の活動家が動揺し始めていたからだ。
 左門は、この計画に反対だった。
 計画を秘かに打ち明けられた左門は
「いまさらバリケードを築いて、火焔瓶を投げて、何になるというのですか?」
 と、非難されることを承知で異議を唱えた。
「俺たちが何と言われているか知ってるか?」
 横山雄一が訊いた。メガネの奥の眼が鋭く光っている。
「軍事日和見主義でしょ」
 左門が事もなげに答えると
「そんなことを言われてくやしくないのか?」
 と、横山は険しい表情のまま情に訴えてきた。
「でも、俺は『革命の正規軍を作る』というからこのグループを選んだ。火焔瓶と鉄パイプという武装カンパニアではもう限界だ―横山さんもそう主張していたではないですか!」
 左門が迫ると、横山は少しだけ沈黙したあとでこう答えた。
「正規軍を作ることだけを目的にしてもそれは無理だし意味がない。より多くの者大衆が基盤になければ、あの赤軍派の二の舞になるだけだ」
 そして
「六十年代の火焔瓶闘争と今のそれは質的にまったく違う。状況がはるかに厳しい今こそ、闘うことで者大衆のより多くの支持を獲得することができる」
 と力説した。
「革命家には耐えなければならないときもある。闘いにはオマエが必要なんだ!」
 最後に横山は殺し文句を吐いた。
 左門は、この言葉を聞いて折れた。結局、神田駿河台における解放区闘争に参加することになった。
 七十一年の五月、左門たちは明大通りにバリケードを築き、火焔瓶を投げて解放区を作りあげた。が、またたく間に機動隊に鎮圧された。半数以上が検挙され、組織は壊滅的な打撃を受けた。先頭で闘った左門と田島は、近くにある大学のキャンパスに逃れ、かろうじて逮捕をまぬがれた。
 翌日の新聞には、この種の闘争で六割近くが検挙されるのは珍しい、と書かれていた。まるで警察が事前に網を張っていた、とも読める内容の記事だった。
 左門は、この闘争の総括をめぐって党派《セクト》の上層部と意見が対立した。上層部は、組織防衛のために、今後は大衆運動に力を入れるべきだ、という考えだった。三里塚における空港反対闘争に力を注ぐのだという。「革命の正規軍創出」は単なるスローガンになり下がった。
 が、左門はどうしても納得できなかった。何のために組織を分裂させたのか?昔の仲間と殴り合ってきたのは何だったのか?
 解放区闘争では、軍事部門の責任者だった横山雄一も事後逮捕された。背後で指揮を執っていたという容疑だった。
「革命の正規軍を作るためにも三里塚は重要なんだ。解っていると思うが、軍の創出とソヴイエト型組織の建設は表裏一体のものだ」
 横山に代わって説得に来た別の幹部は、そう言うと左門の顔色を窺い
「三里塚を闘い抜くことで、党と軍と者・農民が三位一体となったソヴィエトが見えてくる」
 と、強い口調で説得を試みた。
「俺にはそうは思えませんけどね」
 左門はそっけなかった。
 左門の実家は農家だった。だから農民をよく知っていた。三里塚の農民は土地に執着しているだけだ。革命なんて頭の片隅にもない―左門は何度か三里塚闘争の支援に行ったが、本心ではそう思っていた。
 左門は、その後も毎日のように説得を受けた。最後は「説得」が「糾弾」に変わった。
 そんなとき、田島が姿をくらました。ある日、突然だった。
 田島は
「すまない。手帳は焼却してくれ」
 とだけ書いた置手紙と黒い表紙の小さな手帳を残しただけだった。眞知子から渡された田島の手帳には、党派《セクト》の内部情報が克明に記されていた。左門は手帳を読んで、田島の几帳面さに感心したが、それ以上は深く考えなかった。
 田島は内ゲバに耐えられなくなったのか?―左門は気になったが、そのときは自分のことで頭が一杯だった。
 左門は説得を振り切り組織を離脱することに決めた。
 時代錯誤の火焔瓶闘争を恒常的武装闘争の第一歩だと煽って、大勢の仲間を塀の向こうに追いやったくせに、今さら何を言っているんだ―左門の正直な気持だった。
 夏休みが終わったころ、左門は完全に党派《セクト》を見切った。

                         *

 左門と香坂眞知子は表参道にたたずんでいた。二人でこの街に来るのは久しぶりだった。
 秋の表参道はお洒落《しゃれ》で、行き交う人たちも洗練されていた。通りを歩く若者たちは皆《み》な裕福そうで、明るくて屈託のない顔をしている。
 この街は眞知子のお気に入りだった。眞知子はヘルメットをかぶって日比谷公園にいるよりも、この街を歩いている方がずっと似合っていた。
 いつもは、二人で参道を散策し、カフェに寄り、代々木公園でとりとめのない話をする。眞知子はそれだけで満足そうだった。しかし左門は、この街に馴染めなかった。自分だけが場違いな存在のような気がした。
 この日、左門はふさいでいた。眞知子は哀しそうな表情だった。
 眞知子が重い雰囲気の中で口を開いた。
「どうするの?」
 と訊かれて、左門は返事ができなかった。
「何が?……」
 左門はとぼけた。
「私たちのことよ」
 いつもは控えめな眞知子の声がきつく響いた。
「……」
 左門は無言だった。
「他の人たちは麻雀や合コンで楽しくやっているわ。今の社会のどこが悪いの?私の父は国鉄の者で生活は楽じゃないわ。でも貧乏なんかじゃない。革命なんてどこの国の話なの?ほんとうに革命が起きるとでも思っているの?」
 眞知子は眼をそらさずに、訴えるようにして話した。左門は、ますます返答に窮した。
「革命が起こるとか起こらないとか、そういう問題じゃない。俺の哲学、俺の世界観の問題なんだ」
 左門は答えをすり替えたが、説得力がなかった。
「どうして二人で幸せになろうと思わないの?私と学生運動のどちらが大事なの?このままだと私たちはダメになるわ」
「どちらが大事かなんて比較できない。恋愛と革命は次元が違う問題だよ。俺は資本主義の歯車になりたくない。もっと人間らしく生きられる世の中を作りたいんだ」
「二人で幸せになることが人間らしい生き方じゃない、って言うの?どうして物事をそんなにむつかしく考えるの?私には理解できないわ」
 返す言葉がない左門は、話の矛先を変えた。
「ヴェトナムでは毎日何千人もの人たちが米軍に殺されている。その最大の兵站が沖縄なんだ。横田基地や横須賀も米軍の後方基地になっている。日本も、いや俺たちもヴェトナム戦争に加担しているんだよ。そんなことを黙って許してもいいのか?」
「私だって戦争には反対だわ。でも、どうしてそのために自分の人生を犠牲にしなければならないの?」
 眞知子の声が大きくなっていた。通りすがりの人たちが、何事か?という表情で振り返って二人を見ている。眞知子は必死だった。
「皆《み》んな髪を切ったわ。上級生はスーツを着て会社訪問をしている。田島さんだって運動から離脱したわ。革命とか人民とか言っているのは肇だけじゃないの」
「俺に、髪を切ってノンポリになれ、と言うのか?」
「そうじゃなくて、このままだと肇が私の手の届かないところに行ってしまいそうな気がするの」
 左門は逡巡していた。香坂眞知子と別れることまでは頭が回っていなかった。このまま我が道を進めば、眞知子と決別せざるをえない。
 どうして社会に疑問を感じないんだ?自分が幸せなら他人は関係ないとでも言うのか?―左門は眞知子が恨めしくなった。
 左門の実家は農家だったが生活は裕福だった。家庭はリベラルな雰囲気で、子供にあまり干渉しなかった。が、眞知子はそうではない。親に対する感謝の気持ちが、左門と眞知子ではまるで違った。
 眞知子は、左門に合わせてヘルメットをかぶっていただけだ。二人の会話は最後まで交わることがなかった。沈んだ表情のまま、二人は原宿駅に向かった。

 眞知子は左門に惚《ほ》れていた。左門は高校生のころから、政治だけではなく、芸術から恋愛までを熱く語っていた。異端の存在だったが、おとなしくて自己主張が苦手な眞知子にとっては、それが誰よりも格好《かっこ》よく見えた。
 左門も眞知子を愛していた。優しくて思いやりがあって、何よりも美しかった。しかし眞知子の価値の基準は小市民的な幸せだった。白い家と緑の芝生、かわいい子供たち。左門とは生きようとする世界が違いすぎた。
 左門は眞知子をあきらめざるをえなかった。高校生の時から紡《つむ》いできた二人の糸は、あっけなく切れた。涙は出なかった。後から聞いた話では、その日、眞知子は一晩中泣いたのだという。

                         *

 左門は党派《セクト》を離脱したあとでアパートを変えた。新しいアパートは、小田急線の狛江駅から多摩川の方向に少し歩いたところにあった。
 左翼の組織はヤクザとは違う。組織を抜けてからといって、それだけでリンチを受けることはない。前のアパートには、古い思想が染みついているようで嫌だった。眞知子との思い出が残っているのも辛かった。
 左門は大学にまったく顔を出さず、左翼の集会やデモにも一切参加しなくなった。以前から親交のあった、特定の党派《セクト》に属さない活動家たちと接触し、議論を重ねていった。彼らは街頭では黒いヘルメットをかぶっていた。
 彼らは前衛党を否定していた。革命を指導する職業革命家の集団を否定して、どうやって革命を起こすんだ?―左門は、以前から彼らの考え方に興味があった。
 左門は黒ヘルの活動家たちと共に地下に潜《もぐ》った。党派《セクト》の利益よりも闘争のあり方を優先する、その考え方が左門と同じだった。その後、左門は、爆弾の製造方法や地下活動のノウハウを修得することに集中した。教本はいくらでもあった。

 年が明け、二月になると、長野県の軽井沢にある「あさま山荘」で機動隊との間に激しい銃撃戦が交わされる事件が起きた。左門たちは興奮した。山荘に立てこもった五人のメンバーは全員逮捕されたが、まだ同志がいるはずだった。
 しかし、左門たちを打ちのめすような事実がその後になって明らかにされた。連中とその仲間は、榛名山のアジトで、「総括」と称して十二名もの同志をリンチで殺害していた。左門たちはさすがに動揺した。殺害された者たちの中に、かつて同じ隊列を組んだ者もいたからだ。
 榛名山での事件を受けて、世田谷区経堂にあるグループのアジトに十三人のメンバーが全員集まっていた。
 コードネームを風間翔と名乗る男が口を開いた。組織にリーダーはいない。が、風間は年齢や経歴、そしてその理論において組織内で一目置かれていた。
「許せない気持は解る。が、あれこそが蛸壺《たこつぼ》化した闘争の成れの果てだ。俺たちは人民の海の中で戦う。あれは、あの女の妬みが生み出した悲劇だ」
 風間は、リンチ殺人の責任を、リーダーの一人だった女性活動家に被《かぶ》せるような発言をした。が、誰も納得しなかった。本質はイデオロギーと組織にあるのではないか―そう思っていたからだ。場は暗い雰囲気に包まれたまま、すぐに散会となった。
 その後、メンバーが集まることはしばらくの間なかった。そこに、衝撃的な出来事が起こった。
 五月になって、イスラエルのリッダ空港で、日本人コマンドによる手榴弾と自動小銃による大規模なテロ事件が勃発したのだった。
 左門の所属するグループのメンバーたちは、手放しでテロ行為を賞賛した。
 が、風間は違った。
「アラブの地であんなことをして何になる?俺たちはこの国でやるんだ!」
 経堂のアジトに結集したメンバーを前にして、風間は宣言した。
 左門は、風間に同意したが、少しだけ違った。
 死んでオリオンの三つの星になろう―と、リッダ空港の日本人コマンドは誓い合ったという報道を聴いていたからだ。榛名山の事件で落ち込んでいた左門は、彼らに心の底から共鳴し、涙を流した。

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以上を読んで、何か感じるところがあれば、幸いです。

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2011/05/15

小沢の仕掛ける政局を支持する。

最近の政治家を見て、皆さんはどう感じていますか?
その印象です。
私は「小粒になったなあ」と思います。

私が政治にもっとものめり込んでいたのは、佐藤栄作内閣の末期から田中・三木・福田・大平・中曽根内閣までの、いわゆる三角大福中の時代です。
このころの権力闘争は凄まじかったですね。
合従連衡、裏切り、寝返り、もう何でもあり、といった感じ。
ニッカ、サントリー、オールドパーを地で行く政治家も珍しくありませんでした。
ニッカとは、自民党総裁選に際し二つの派閥から、サントリーは三つの派閥からカネを貰うという意味です。
三派の全てからもらいながら誰にも投票しない議員を「オールドパー」と呼びました。

この三角大福中の中で、田中と福田はライバル、というより「不倶戴天の敵」のように傍目には見えました。
そして田中の盟友が大平。
大平は田中が大好きで、ある時、
「角さん、あんたは湯気の出ている金をつかみすぎる。まるで拘置所の塀を歩いているようで見てられない」
と忠告しました。
黙って聞いていた田中は、目に涙を浮かべながら、
「大平君、君は大蔵省でエリートではなかった。それでも天下の大蔵官僚だ。大蔵省の後ろ盾がある。経済人は金を出す。しかし、俺はただの馬喰のせがれだ。小学校卒だよ。大学時代の友達もいない。そんな人間が力を持つにはこれしかない。いいんだ。俺はあえて塀の上を歩く。向こう側に落ちればそれまでだが、きっと歩ききってやる」
と、答えたそうです。
この話は、ロッキード事件で田中が逮捕された時に聞いたエピソードです。

確かに大平はエリートではありません。
農家の三男坊で、苦学の末、一橋大学を卒業し大蔵省に入省しました。
これに対し福田は超エリートです。
江戸時代には名主を務めた地元の名門の出で、旧制高崎中学を首席で卒業し、第一高等学校から東京帝国大学法学部へ進学。
高等文官試験に一番の成績で合格し、大蔵省に入省しました。
そして、大蔵省主計局長を最後に政治家に転身。
が、この福田も大蔵省主計局長時代の1948年に起きた昭電疑獄の際に収賄罪容疑で逮捕されています(結果は無罪)。

田中と福田と大平、これに三木と中曽根を加えた5人に、私は高度成長時代を担った政治家の典型を見ます。
馬喰のせがれ(田中)、超エリート(福田)、苦学生の元大蔵官僚(大平)、大政翼賛会を拒んだ政治家(三木)、青年将校と呼ばれた元内務官僚(中曽根)、
まさに五者五様です。

Oohira                  私が尊敬する政治家の一人・大平正芳

これらを知る者からすれば、最近の政治家はいかにも小さい。
だから政局に疎いし権力闘争に弱い。
が、そんな中で、唯一政局を動かすパワーを感じるのが小沢一郎です。

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民主党の小沢元代表が、政府の原発事故への対応などを理由に、菅総理大臣の自発的な退陣を求めているなか、小沢氏に近い議員は、野党側から菅内閣に対する内閣不信任決議案が提出されれば賛成に回るよう、党内で働きかけを強めています。

民主党の小沢元代表は、政府の東京電力福島第一原子力発電所の事故への対応について、「今のような対応を続ければ、被害は拡大し、取り返しのつかないことになる」と批判を強め、菅総理大臣の自発的な退陣を求めています。

こうしたなかで、小沢氏に近い議員は、菅総理大臣の政権運営や党執行部に批判的な議員を中心に、野党側から、原発事故の対応などを理由に内閣不信任決議案が出された場合に、賛成に回るよう求める署名活動を行うなど、党内で働きかけを強めています。また、自民党に対しても、不信任決議案を早期に提出するよう促すなど、接触を続けています。

一方、働きかけを受けた議員には、不信任決議案に賛成することを決めている議員もいますが、「菅総理大臣の対応がベストだとは思っていないが、原発事故の収束の見通しがたたないなかで政局を起こすべきではない」という指摘も出ています。

内閣不信任案賛成を働きかけ (NHK)

小沢には、もう後先を考えずに頑張ってほしいですね。
考えても先はないわけですから。
今の小沢は、まるで座敷牢に入れられたも同然。
このまま行けば「座して死を待つ」しかありません。
であれば、民主党を分裂させてでも菅政権を打倒するべきです。

鳩山由紀夫は、「民主党は俺が作った」という自負があるので、頼りになりません。
たとえ少数でも、自らの手勢を率いて決起すべきです。
そうしなければ、ほんとうに沈没します。
座して死すより撃って出て華と散れ!です。

自民党にも政局を仕掛けるだけの政治家はいません。
民主も自民も、みんな大震災の手前、ビビッているのです。
で、菅無能政権が、バカまる出しの政治を繰り広げています。
国民も大震災に遠慮していますが、本音は「もういい加減にしてくれ!」だと思いますよ。
「原発事故の収束の見通しがたたないなかで政局を起こすべきではない」
というのは詭弁です。
単に政権与党の座から滑り落ちるのが怖いだけ。

内閣不信任案に賛成するということは、そのまま民主党分裂につながります。
動機がどうであれ、私は大歓迎です。
自民党を始めとする野党が政局がらみを自重しているのに、政権を延命させるために人権侵害救済法案を持ち出してくる。
同法に反対の議員が多い自民党と大賛成の公明党との間に楔を打ち込み、あわよくば公明党を取り込もうとする。

もう我慢の限界です。
こんな最低・最悪の政権は打倒されてしかるべきです。
よりによって、人権侵害救済法案を利用して政局を仕掛けようなんて絶対に許せません。
動機などなんでもいい。
菅政権を打倒する動きは、ただそれだけで歓迎するべきだと思います。
それが、人権侵害救済法という戦後最悪の法律をつぶすことにつながります。

この局面においては、ぜひとも小沢一郎に踏ん張ってもらい、菅政権打倒―民主党分裂という状況を作り出してもらいたい、と思います。

菅政権を打倒せよ!

~文中敬称略~

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2011/05/14

解同の、解同による、解同のための人権侵害救済法

江田五月法相は13日午前の記者会見で、人権侵害を受けた被害者の救済を目的とする「人権侵害救済法案」について、政府・与党内の調整がつけば次期臨時国会に提出する意向を表明した。
同法案は、自民党政権下でも「人権擁護法案」という名で、何度も廃案や提出断念に追い込まれた曰く付きの法案である。
江田法相は、自民党政権下で提出され廃案となった人権擁護法案には、メディアの活動を規制する項目が盛り込まれていたが、民主党が考えている法案には「メディア規制は取り込まない」と明言した。
が、確かに2002年に廃案となった法案には「メディア規制」が盛り込まれていたが、その後に提出残念に追い込まれた改正案では「メディア規制」条項は削除されていた。
つまり、「メディア規制」条項があろうとなかろうと、「人権擁護法案」=「人権侵害救済法案」は危険な法律であるとして、多くの国民や政治家に反対されてきた経緯があるのだ。

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どこが危険なのか?
まず、人権侵害の定義があやふやである。
「不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為」としているが、判断基準が不明確だ。
そして、その分かりにくい基準で人権侵害の有無を判断するのが、新設される人権委員会だ。
差別や虐待の疑いがあると判断しさえすれば、裁判所の令状なしで立ち入り調査などができる強い権限を持つ。
こんな“危険”な組織が必要だろうか。

国家が法に基づいて擁護しなければならない人権は、公権力による人権侵害である。
国連規約人権委員会が法整備を勧告したのも、公権力による人権侵害を抑止するのが目的だった。
国家は、国民に対して、法を後ろ楯とした強制力や暴力を有している。
この強制力や暴力は、民主国家においては、基本的には「国民の安全と社会の安寧を守る」ためのものであり、けっして否定されるべきものではない。
が、時として、この国家による強制力や暴力の行使が国民の人権を侵害することがある。
2002年に起きた名古屋刑務所における刑務官による受刑者暴行事件や、2003年に起きた警察による数々の違法な取り調べが問題になった志布志事件などは、その典型だろう。
最近も、大阪地検特捜部による厚労省元局長の「村木厚子さん不当逮捕・勾留(起訴)事件」があった。

公権力の行使は法に基づいて行なわれる。
そして、その行使が法を逸脱しないようにするための法律もある。
刑事訴訟法や警察官職務執行法、あるいは刑法における特別公務員暴行陵虐罪(第195条)などは、公権力の適法な執行を担保し、それを逸脱した者を処罰する法律である。
ところが、それでも公権力は、時として人権侵害を犯す。
これは、ある意味、法を後ろ楯とした強制力や暴力を執行する者にとって不可避なのかもしれない。
だから、これをできるだけ少なくするための予防措置や法的制約が必要なのであり、人権を侵害された者を救済する制度的裏付けが求められるのである。

そのための法律が真の「人権擁護法」であり、そうであれば、私は「賛成」する。

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が、今、取りざたされている「人権侵害救済法案」は、その性質がまったく違う。
今回の法案の実体は、私人による私人に対する人権侵害を取り締まり処分する法律である。
しかも、それが裁判所の令状なしでできる。

もちろん、私人による私人に対する人権侵害も許されるものではない。
が、何が人権侵害に当たるかとなると極めてむつかしいのだ。
たとえば、在日韓国・朝鮮人にだまされた人がいるとしよう。
その人が、別の在日韓国・朝鮮人に「韓国・朝鮮人はウソツキばかりだ」と言ったら、それは「不当な差別」なのか?
「差別を助長する行為」なのか?

もちろん、それが、「在日韓国・朝鮮人一般」に対する「不当な差別・偏見」であり「差別・偏見を助長する行為」と受けとめる人がいてもおかしくはない。
が、それがどうしても許せないのであれば、名誉毀損で訴えればよいのだ。
雇用に関する人種、国籍、信条、性別、社会的身分、門地等による差別も、雇用均等法や労基法、職安法違反で訴えることができる。
その他の差別も、民法の一般規定(公序良俗違反)で訴えることが可能だ。

にもかかわらず、司法の枠外で、公権力(人権委員会)が私人間の人権侵害に介入する、「不当な差別」か否か、「人権侵害」か否かを判断し、当該の私人の処分を決めることができる、これが今度の「人権侵害救済法」の実体なのだ。

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人種、国籍、信条、性別、社会的身分、門地等による差別は原則的には許されない。
特に公権力によるそれは絶対にあってはならないことだ。
が、個人の価値観は多種多様である。
本人は「女性蔑視」ではないと思っていても、価値観のまったく違う人がその人の言動を「女性蔑視」と受けとめる可能性は大いにある。

たとえば、柳沢伯夫厚労相(当時)の「女性は子ども産む機械」発言。
「女性蔑視だ」「差別だ」として激しく批判された。
が、私は、あの発言を全体の中の一節として捉えれば、話を分かりやすくするための「譬え(たとえ)」だったと思う。
確かに、公人としては「不適切」だったかもしれないが、大多数の男性は「そんなに騒ぎ立てるような問題か?」と思ったのではないか。

また、石原慎太郎都知事の「ババァ発言」、これも公人の発言としては「どうかと思う」人がいてもおかしくはないが、一私人であれば、これはその人の考え方である。
しかし、この石原発言は、“進歩的女性131名”から裁判所に訴えられた(原告らの請求は棄却された)。
これは現行制度下でも、批判のみならず、「女性の名誉が傷つけられた」と思えば、裁判所に訴えることも可能、ということを意味している。

ところが、この「ババァ発言」、「人権侵害救済法」が成立すれば、裁判所に訴えられるのではなく、「不当な差別」「差別を助長する行為」として人権委員会に処分される可能性があるのだ。
つまり、司法の枠外で処分されるのである。
「日本にいる中国人は犯罪者ばかりだ」「ヤクザは同和や在日が多い」「解同は恐怖と威嚇によって甘い汁を吸っている」「大阪や京都、奈良では同和地区出身者が行政に優遇されている」、
こういう発言も確実に「不当な差別」「差別を助長する行為」として挙げられる。

差別や偏見は、啓蒙活動によって無くしていくべきなのであって、法によって取り締まるべきものではない。
私人間の関係においては、「私的自治の原則」を真っ向から否定するようなことがあってはならない。
ただ、どうしても看過できない人権侵害が私人間であったとすれば、それは司法の判断に委ねるべきである。

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Nisi                  解同の大会で挨拶する公明党の西博義衆院議員

部落解放同盟(解同)は差別がなくなれば、その存在価値をなくす。
が、1989年8月4日の「 『確認・糾弾』についての法務省見解」によって、解同の「糾弾権」は明確に否定された。
そして、それまでのような、解同が一方的に「差別」と断定し、「糾弾」することがむつかしくなった。
そこで解同が持ち出してきたのが、「人権侵害救済法(人権擁護法)」なのである。
まさに、日本共産党が言うところの「糾弾の合法化」である。

民主党の公式ページを見れば分かるが、解同は「連合」と並ぶ「民主党の関係団体」である。
党内には解同の組織内議員もいる。
だから、解同が悲願とする「人権侵害救済法」が民主党の優先課題になるのだ。
自民党政権下でも、人権擁護法案を推進したのは同和地区出身の野中広務氏や選挙区に同和地区を抱える古賀誠氏らだった。
公明党も、この問題には異様に熱を入れている。
民主党が、この問題で一丸となり、これに公明党が同調すれば、「人権侵害救済法」は衆参両院で可決される可能性が高い。

解同の、解同による、解同のための「人権侵害救済法」。

こんな法律の成立を許してはならない!!!

断固として反対する!!!

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2011/05/13

パフォーマンスと場当り、菅首相は一刻も早く退陣すべき

読者の方から、菅首相による「浜岡原発の運転停止要請」について意見を聞かせてほしい、というリクエストがありましたので書いてみます。

まず言えるのは、これは「要請」ではなく「強要」です。
電力会社は公益企業であり、行政が深くかかわっています。
会社を運営していく上で極めて重要な電力料金の改定も、政府の認可が必要です。
つまり、電力会社は政府の頼みを断れない、これを見越して「要請」しているわけです。

これは、近代国家の統治原則である「法治主義」を侵す行為で容認できません。
何の法的根拠も強制力もない「首相の要請」という形で、民間企業の経営の根幹を左右する方針を打ち出す。
こういうことを許したら、この国の民主主義は立ち行かなくなります。
いつもは民主主義のルールにうるさい社民党が、もろ手を挙げて賛成したのも笑えます。
彼らにとっては、自らの主張に沿うものであれば、「法の無視」も「何ら問題ない」になってしまうわけです。

私は、「防潮堤の完成までの間、浜岡原発の運転を停止させる」ことには賛成です。
が、ルール違反を犯してまでやるべきではない、と強く思います。
多少時間がかかっても、省令や保安基準を変更したうえで、それを満たしていないからと停止させる、これなら容認できます。

浜岡原発の運転停止を要請した理由は、「これから30年以内にマグニチュード8程度の東海地震が発生する可能性は87%」という地震調査研究推進本部(略称「推本」)の見解です。
が、地震の確率ほど当てにならないものはありません。
今回の東日本大震災も、確率は非常に低かったのです。
阪神・淡路大震災なんて予想外でした。
そもそも、地震を事前に予期できるほど科学は進んでいません。
無意味という学者もいるのです。

ということは、「地震が発生する可能性」を理由にするのであれば、日本全国の原発を停止しなければなりません。
いつどこで大地震が起きるか予期できないわけですから。
ところが、菅首相は他の原発は認めています。
つまり、今回の菅首相の行為は、推本の「当てにならない見解」を真に受けて不安を募らせる世論に迎合したに過ぎない、ということです。

ただ、当てにならない、と言っても、推本の見解にまったく根拠がないわけではない、と思います。
また、浜岡原発は予想される地震の震源地の真上に立地している、とされています。
したがって、繰り返しになりますが、「防潮堤の完成までの間、浜岡原発の運転を停止させる」ことには賛成です。
が、私には1分1秒を争う緊急事態とは思えません。
省令や保安基準の変更など、その気になれば短時間でできるはずです。
それを、いかにも即断即決したように見せたいがために、何の根回しもなく、いきなり「何の法的根拠も強制力もない」要請=強要を行う。
本当に危機感を抱いて停止させたのなら、もっと早くやるべきでした。
大震災から2ヶ月近くも経ってやるなんて、パフォーマンスもいいところです。

Hamaoka            浜岡原子力発電所 確かに巨大津波に襲われると怖い。

「防潮堤を作る期間だけ停止する」という要請だったのも重要なポイントです。
これは、防潮堤を作らせることで浜岡原発は継続させる、ということです。
防潮堤の工事期間は2年と言われていますから、莫大な費用がかかるはずです。
にもかかわらず、「停止要請」直後に「原発政策を見直す」と発言する。
2年後に防潮堤はできた、でも、その時には原発政策が変わっていた(既存原発はすべて停止)、中部電力はどうすればいいのでしょうか?

国民生活においてエネルギーは最重要課題です。
電力不足が慢性化すれば日本は破綻します。
日本の人口は横ばいでGDPも増えていません。
省エネ家電も普及が進んでいます。
が、電力需要は増加しているのです。
「原発政策を見直す」と安易に発言する神経を疑ってしまいます。
菅首相は、省エネ社会と言いますが、いったいどんな社会をイメージしているのでしょうか?

この発言も世論受けを狙ったパフォーマンスと言うか、あまりにも場当たり的です。
原発を減らすのか?
では、代替エネルギーはどうするのか?
太陽光発電や風力発電は、あまり期待できません。
太陽光発電は、広くて南向き(最低でも東西向き)で南面に高い建物(3階建て以上)がない屋根が必要です。
田舎にはたくさんあるでしょうが、人口の大部分を占める都会では、そういう屋根は極めて限られます。
風力発電は、風が強い東北地方や北海道では採算性が高いですが、その他の地域は風力が弱く採算的に無理です。
では、どうするのか?
CO2をたくさん排出する火力発電に逆戻りするのか?

菅首相は何にも考えてはいません。
もうスッカラ菅首相には、国家にとってエネルギー政策がいかに重要であるかが、まるっきり分かっていないのです。

パフォーマンスと場当たり、菅首相は一刻も早く退陣すべきです。

なお、私は、いつどこで大地震と巨大津波が起こるか予期できないので、浜岡原発以外にも地震と津波へのより高度な対応策を求めるべきだと思います。
そして、福島第1原発事故の反省を踏まえて、十分に対策を練り、その上で既存原発を継続稼動させるべきだと考えます。
福島の事故を徹底的に検証すれば、巨大な地震や津波に耐え得る新しい原発も可能になるはずです。

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2011/05/12

イージス艦「あたご」の無罪は納得できる。

「被告人両名は無罪」
横浜地裁は11日、業務上過失致死などの罪に問われた2自衛官を無罪とする判決を言い渡した。
秋山敬裁判長は「清徳丸側が衝突の原因を作っており、あたご側に衝突を避ける義務はなかった」と述べた。

事件は、2008年2月19日早朝に千葉県房総半島沖で起きた。
海上自衛隊のイージス艦「あたご」が漁船・清徳丸と衝突し、清徳丸の父子が死亡したのだ。
刑事裁判に先だって行われた海難審判の裁決(09年1月)は、「あたご側が見張り体制を十分に構築していなかったことが事故の発生原因」と判断、海自側に安全教育を徹底するよう勧告していた。
が、今回の判決は、まったく食い違う形となった。

判決言い渡しの瞬間、イージス艦「あたご」の元当直士官・長岩友久(37)、後瀉桂太郎(38)の両被告は、表情を変えず聞き入った。
が、閉廷後は笑顔でがっちり握手。
弁護団一人ひとりに頭を下げた。
一方、傍聴席で見守った遺族らは、ぼうぜんと前を見詰めた。

後瀉3佐は衝突約12分前に、操船責任者である当直士官を長岩3佐に引き継いだ。
横浜地検は、後瀉3佐が「漁船はたぶん停止操業中」と誤った引き継ぎをし、長岩3佐がそれを過信して衝突の恐れに気付かなかったために事故が起きた、として2人を起訴。
それぞれに禁錮2年を求刑していた。

公判で2人は過失を全面否定し、衝突に至る清徳丸の航跡が争点となった。
清徳丸の航跡記録は沈没で失われ、ともに漁場に向かっていた僚船乗組員らの目撃証言から推定するしかない。
検察側は「清徳丸は自船の左7度の位置を航行していた」との僚船乗組員の供述などを根拠とした。
ところが、この乗組員は公判で「自分から7度とは言っていない。この辺だと言っただけだ」と供述調書の表現を否定。
さらに、航跡図は「左7度」に整合しない部分もあった。

判決は、これらの問題点を列挙し「供述をもとに特定したのではなく、別の方法で特定した航跡に沿うよう供述を恣意(しい)的に用いた」と指摘。
「清徳丸は、検察が主張する航跡で航行していたとは認められない」として、検察の主張を全面的に否定した。

一方で、弁護側が独自に主張した航跡についても「信用できない」としつつ、自ら航跡を推定。
「清徳丸が直進すれば衝突しなかったが、事故直前に清徳丸が2回右転し衝突の危険を生じさせた」と述べ、衝突の原因が清徳丸側にあったと判断した。
そして「清徳丸は、衝突約30秒前からは、あたごの汽笛や探照灯照射で危険を知ることができたのに、衝突直前まで回避動作を取らなかった」と指摘。
あたご側に海上衝突予防法にもとづく回避義務はなかったと認めた。

秋山裁判長は、以上の判断に基づき、2自衛官の見張りが不十分と認めながらも、法律上の注意義務を負っていたとはいえないと結論づけた。

Atago                           イージス艦「あたご」

参照1:無罪判決に握手=元当直士官、遺族はぼうぜん-イージス艦衝突 時事通信
参照2:あたご衝突、自衛官2人無罪 地裁判決「漁船側に原因」 朝日新聞

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今回の判決について、私は妥当と思う。

事故当日の午前3時半ごろ、清徳丸の僚船である幸運丸のレーダーに、左舷前方約9キロから接近してくる船影が映った。
12~13ノットで東京湾に向かっているようだった。
「なんの船だ」「タンカーか、フェリーか」
後続の漁船同士が無線などでやりとりを始めた。
しかし、その中に清徳丸の吉清船長の声はなかったという。

幸運丸は、イージス艦から見て右舷から左舷に横切る形で前方を通り抜けた。
清徳丸などの船団が後ろに続いていたが、イージス艦はそのまま直進してきた。
「危ない」
後続の船は無線で連絡しあい、衝突を回避するため、次々と舵を切った。
イージス艦は、曲がったり止まったりする様子がなかったという。
清徳丸は、このときも無線連絡に反応しなかった。
幸運丸のレーダーには、直進している清徳丸の影が映っていた。(朝日新聞)

つまり、仲間の船が無線で連絡しあっていたのに、清徳丸だけが反応しなかった。
仲間の船は「衝突を回避するため、次々と舵を切った」のに、清徳丸だけは直進した。

1988年に起きた潜水艦「なだしお」事故で、釣り船側船長の海事保佐人を務めた鈴木邦裕氏は、次のように述べている。
―一方、漁船は小回りが利き、イージス艦が40メートル先に迫っていても、舵を切れば回避できる。視界は良好だったことを考えれば、漁船の2人が自動操縦にしたままだったり、周囲を警戒していなかったりして、衝突直前までイージス艦に気づかなかった可能性もある―(讀賣新聞より抜粋)

なぜ、清徳丸は舵を切って回避しようとしなかったのか。
「漁船の2人が自動操縦にしたままだったり、周囲を警戒していなかったりして、衝突直前までイージス艦に気づかなかった可能性」が高いのではないか。

検察側は、海上衝突予防法に基づき、清徳丸を右方向に見るあたご側に回避義務があったと主張していた。
が、鈴木氏によると、巨大なイージス艦は、相手の船が前方を横切る場合、少なくとも1000メートル以上の距離がないと、独力では衝突を回避できないという。
鈴木氏は「この場合は、漁船も針路を変えるなどして、イージス艦と協力して衝突を回避しなければならず、過失はゼロということはありえない」と述べている。

要するに、この衝突は、専門家の眼から見て相互に過失があった、ということだ。
しかも、清徳丸の航跡は、検察側の主張でも弁護側の主張でも大きく右転している。
つまり清徳丸は、あたごの進行方向に舵を切っているのだ。
ということは、自ら衝突の危険性が高い方向に向かった、ということだ。

Seitokumaru

上の図を見れば分かるが、仮に検察側の主張する航跡が正しいとしても、清徳丸が左に舵を切っていれば衝突を避けられた可能性が高い。

清徳丸だけが、僚船の無線連絡に反応しなかった。
僚船が衝突を回避するため、次々と舵を切ったのに、清徳丸だけは直進した。
衝突約30秒前から、あたごが汽笛や探照灯照射で危険を知らせたのに反応しなかった。
これは、清徳丸の父子が、何らかの理由で周囲(海)をまったく警戒していなかった、ということだ。

例えれば、直進中の大型ダンプの直前に軽自動車が右折してきた、という状況に近い。
しかも、大型ダンプは急停車できないのでクラクションを鳴らしたりパッシングしたりしたのに、軽自動車は右折をやめなかった。
そして大型ダンプは軽自動車に衝突し、軽自動車の父子が死亡した。

もちろん、大型ダンプにも過失はあるし、責任もある。
裁判官も「前方確認(見張り)が不十分」と指摘している。
が、ダンプの運転手には、罪に問うほどの重大な過失はない、と裁判官は判断した。

私は、事故は確かに不幸な出来事だったと思う。
亡くなった方、及びご遺族の方々には同情の念を禁じえない。
が、その責任がどちらにあるのかは、まったくの別問題である。

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ところで、今回の事件に対する当時の報道のあり方には強い違和感を覚えた。
ほとんどのニュースが「海自の護衛艦が悪い」という前提に立っていたからだ。
まるで「自衛艦による殺人」のごとき報道が氾濫していた。

当時も、前出の鈴木邦裕氏のように「清徳丸の過失」を指摘する意見もあった。
「なだしお」事故で釣り船側代理人を務めた田川俊一弁護士も「今回もあたごに主因があったと思われる。だが、追突でない限り一方に100%の過失があるということではない」と述べていた。(産経新聞)
が、「あたごが悪い」「自衛隊が悪い」の大合唱の前に、それらの声はかき消されていた。

海難審判では、「あたご側が見張り体制を十分に構築していなかったことが事故の発生原因」とされた。
が、海難審判は、刑事裁判ではなく行政機関が行う行政審判である。
したがって訴訟のように法の解釈を行えない。
ちなみに海難審判官は、次のような経歴を有する者から試験によって選考される。
①一級海技士(航海)又は一級海技士(機関)の免許を受けた後、2年以上、次のいずれかの船舶の船長又は機関長の経歴を有する者
・近海区域若しくは遠洋区域を航行区域とする船舶
・第三種の従業制限を有する漁船
・総トン数1,000トン以上の船舶
②5年以上、大学の船舶の運航又は船舶用機関の運転に関する学科の教授又は准教授の経歴を有する者
つまり捜査や法律(訴訟)の専門家ではないのである。

最後に、当時の時事通信の記事に寄せられたコメントのうち、支持者が多かった上位3つを紹介しよう。

第1位
しかし、どうしてこうも自衛隊批判ばかりが多いかね。
護衛艦側にも当然責任はあるが、これは漁船側にも責任があるんじゃねーの?
あれだけ巨大な艦船だったら、それこそ漁船側だって12分前に見えてただろうに。
それなのに回避行動取らなかったって事は、漁船側にだって非はあるだろ。
大型トラックと軽自動車、どっちが小回りが利くかぐらいちょっと考えれば分かるでしょ。
自衛隊ばかり批判する前に、国民がもっと冷静に一番見つめ直すべきじゃねーの?

第2位
これをもって自衛隊を「人殺し集団!」とか言うやつ、頭大丈夫ですか?
自衛隊が今までに災害等でどれだけの人を救ってきたと思ってる?不発弾の処理は?犠牲を出しながらも航路の安全確保のために行ってきた掃海作業は?
そういったことを評価せずにこれだけで「人殺し集団」とか言うのはおかしい。そういった実績があるから大目に見ろと言ってるんじゃない、この事故を以って自衛隊の存在を否定することはおかしいと言ってるんです。
これは1つの衝突事故であってそれ以下でも以上でもない。過剰に反応し過ぎでは?

第3位
自衛隊を批判するならまず海上衝突予防法を勉強してきなさい。
「いかなる船舶も衝突を回避する最大限の努力をする」
12分前にイージス艦から漁船が見えてるなら、漁船からイージス艦が見えてないはずがない。その頃から漁船も回避行動をとっていれば全く問題ない。

漁船は1分前に視認しても十分避けれるはず。回避能力は格段に漁船のほうが高いから避けられなかったのは漁船のほうにも大いに責任がある。
…ってか、1分前に衝突コースにあるならもうイージス艦が進路変更することは不可能。漁船が避けるしかない。

自衛隊が悪くないわけではないが100%悪いわけでもない。漁船にも非があったことは明らかです。
衝突がどうこう言うなら海上衝突予防法を勉強してからいっちょ前に口を出しなさい。

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投稿総数は399件。
内訳を見ると、圧倒的に「自衛隊批判」が多かった。
かなりの数が、自衛隊に敵意を持っているとしか思えないコメントだった。
が、上位3つは以上のとおり。
中でも、第1位のコメントは、453点を獲得してダントツのトップだった。

裁判は、まだ第一審を終えたばかりである。
上級審で判決が覆る可能性もある。
それは、仕方がないことだろう。
が、私は、自衛官(自衛隊)を一方的に断罪するようなことがあってはならないと思う。
状況を見る限り、漁船の側にも過失はある、間違いなく。

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参照3:「あたご」だけが悪いのか? 依存症の独り言
参照4:当直2士官に無罪判決=「回避義務ない」と判断 時事通信

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2011/05/11

国家や領土を意識できない政治家を葬り去れ!

【はじめに】

最近、人気ランキングに参加していることに対して葛藤があります。
どうしても獲得ポイントを多く稼げるような記事を書きたい、という誘惑に駆られるからです。
前にも書きましたが、これだけ長くブログを続けていると、どういうエントリをアップすれば順位が上がるか明確に分かります。
たとえば「TPP断固反対」とか「市場経済が諸悪の根源」とか「国債増発こそ日本を救う」とか「菅政権は財務省の言いなり」とかとか。
また、米国を必要以上に批判することも一つのポイントだと思います。
まるでユダヤ金融資本が世界支配を企んでいるかのごとき記事。
これに愛国と中国・韓国批判を絡めれば、確実に獲得ポイントを増やせます。
が、私にはそういういい加減なこと、つまりプロパガンダは書けません。

ただ、人気ランキングに参加していることのメリットが大きいのも事実です。
ユニーク数10,000のうち約30%が人気ランキングからのものだからです。
私のブログが人気ランキング1位だったころは、その比率は約1520%でした。
ユニーク数は当時(12,000くらい)とあまり変わりませんから、それだけブックマークしてくれている方(固定読者)が減少しているということです。
まあ、これだけ予告なしの中断を繰り返せば、それも当然でしょうし、左だけではなく「右のカルト」に対する排除宣言も大きく影響していると思いますね。

まさに今の私は、人気ランキングに止まるべきか、脱退するべきかの狭間にいる、ということです。
より多くの読者がほしい、が、ネットの偏った世論には迎合したくない、そこで揺れているのです。
私のブログは、それでも50,000ポイント近くを人気ランキングで獲得しています。
これは、毎日700人近い方が私のブログを支持(クリック)してくれている、ということです。
以前は、ユニーク数12,000のうち10%、約1,200人が応援してくれていましたから、ここでも支持者数は半減しているわけです。
ということは、人気ランキングから来る読者のほとんどが依存症を支持していない、とも受け取れます。
これも、私が、人気ランキングに参加し続けることに対して懐疑的になる理由の一つです。

私は、人気ランキングに参加しているブログをほとんど読みません。
理由は「面白くない!」の一言です。
私がブログを始めたころは、人気ランキングも個性的なものが多く、けっこう刺激を受けたものです。
それからすると、今の現状は少々さびしいですね。

もちろん中には、数少ないとはいえ、時々訪問するブログもあります。
ぼやきくっくり」とか「たむたむの自民党VS民主党」とかですね。
前者は女性特有(失礼!)の視点が参考になりますし、後者は自民党の今が解るからです。
あと、昔、人気ランキングに参加していた「永田町異聞」も時々読んでいました。
これも、そこそこ面白かったです。

ところで、私がもっともよく読むブログとは何でしょうか?
それは、「池田信夫blog」です。
このブログは、共感できるところと反発するところが半々ですが、とても勉強になります。
皆さんにも、ご一読をお薦めします。
ただ、共鳴できるか否かは読む人によりますが。

では、本題に入ります。

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鳩山由紀夫前首相は、今月7日に北京で開かれたファッションショー・東京ガールズコレクション(TGC)で、「世界の国境がなくなり、平和になることを願っている」と訴えました。
この男は、以前にも「(尖閣諸島の)帰属問題は日中当事者同士で議論して結論を出す、と私は理解をしている」と述べています。
それだけではありません。
彼は、中国の東シナ海における侵略に対して「石油、あるいはガス田を通じて“友愛の海”にしたてあげていく努力が必要なのではないか」と語っています。
冒頭の発言は前首相の立場ですが、あとの二つは現役の首相としての発言です。

尖閣諸島は我が国の領土であり、議論の余地はありません。
それを、総理大臣が「帰属問題は日中当事者同士で議論して結論を出す」と言う。
中国が、日中中間線あたりでガス田開発を強行しているのに、「“友愛の海”にしたてあげていく努力が必要なのではないか」と語る。
もう世界の常識からはかけ離れた宇宙人の見解ですが、こういう人物が総理大臣であったという事実は深刻に反省する必要があります。

なぜ、こういう発言が出るのか?
それは、国家の主権や領土に対する意識が極めて薄いからです。
現代世界を見渡せば、世界中の至るところで領土をめぐり国家同士の主権が衝突しています。
周辺のアジア諸国を見ても、それがよく分かります。
中露は、武力衝突を繰り返した挙句、「半分こ」原則で国境問題を解決しましたが、中印や印パは未だ未解決のまま両軍が対峙する状況が続いています。
2010年9月には、インドが中距離核弾道ミサイルを、パキスタンと中国に照準をあわせて配備すると表明しました。
東南アジアでも、タイとカンボジアは同じくASEANの一員なのに、今も武力衝突が止みません。
2015年には「ASEAN共同体」を目指しているにもかかわらず、です。
また南シナ海も、ASEAN諸国と中国が領有権を争い、軍事的緊張が続いています。

どうして、領土をめぐる争いが絶えないのか?
それは領土が最大の国益だからです。
領土は、国民や主権と並ぶ国家の3要素の一つです。
したがって、「領土を譲る」ということは、最終的には「国家を譲る」ということにつながります。
だから各国とも、自らに不利な条件では矛を収めないのです。
武力行使も辞さないのです。
それを「友愛」だとか「当事者同士で議論して結論を出す」だとか、もう世界の笑い者ですよ。
しかも、東シナ海では現実に領土が侵食されているのに。
これは民主党に限ったことではありません。
東シナ海のガス田開発問題で、中国に対し「原則論」の立場を貫いたのは、小泉政権時代の中川昭一経産相(当時)だけです。
つまり、民主党や左翼だけではなく、自民党にも国家の主権や領土に対する意識があいまいな政治家が存在する、ということです。

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皆さんは、ジブラルタル(Gibraltar) という地域をご存知でしょうか?
英国とスペインが長年にわたりその領有権を争っている地域です。
以下は、その地図です。

Gib_map_3

下は、上の地図を部分的に拡大したものです。

Gibraltar

ジブラルタルは元々スペインの領土でしたが、1701年に始まったスペイン継承戦争後のユトレヒト条約(1713年)で英国領として認められました。
地図を見る限り、明らかに「スペイン領」と思えるのですが、英国は頑として譲りません。
その理由は、ジブラルタルが大西洋と地中海をつなぐ、まさに要衝に位置しているからです。
地中海の制海権を制する上で、この地を手放すことはできないのです。

ただ、冷戦が終結し、英国にとってジブラルタルの戦略的価値は大きく低下しました。
また、1980年代には英国とスペインは同じEU(当時はEC)の仲間になります。
そこで、2002年には英国とスペインとの間で、共同主権の検討がなされました。
が、地元では、スペインに対する主権の譲渡に保守・左派ともに強硬に反対し、住民投票においても90%以上が反対の意思を示しました。
このため、この構想は頓挫したのです。

ジブラルタルの住民構成はスペイン系の住民が67%を占め、イギリス系の住民は13%です。
残りはポルトガル系やイタリア系。
また、宗教はカトリックが78%で、残りの22%がプロテスタント(主に英国国教会)です。
この民族構成や宗教からすると、過半数が英国とスペインの共同統治に賛成してもよさそうなのですが、実際は90%以上が反対。
その理由は、公用語が英語で、地元の言語であるラニト語も英語の影響を強く受けているからです。
つまり、300年近い英国の統治によって価値観の英国化が進んでいるのです。
加えて、スペインは10以上の民族が共生する多民族国家であり、住民はスペイン系といっても「スペイン人」という意識が希薄なのです。

このジブラルタルの問題から私たちは何を学ぶべきか?
一度なくした領土を回復するのは、極めて難しいということです。
EUは、人、商品、サービスおよび資本の移動の自由を基本的自由として保障しています。
つまり、国境が実質的になくなっているのです。
それでも、スペインはジブラルタルの主権を回復することができない。
イベリア半島の突端に突き出た、わずか6.5km²の土地に27,967人が住んでいる小さな町に過ぎないのに。
6.5k㎡と言えば、関東では千葉県の手賀沼(てがぬま)と同じ、阪神甲子園球場の5個分に相当します。
ほんとうに微々たる広さなのにね。
いったんなくした領土を回復することが、いかに困難かがよく分かります。

領土で譲歩することは自殺行為に等しい、ということを強く自覚するべきです。
東シナ海や尖閣諸島を断固として守り抜きましょう!
竹島を奪回しましょう!
国家や領土を意識できない政治家には退場してもらいましょう!

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2011/05/10

恵まれた生活を送りながら歴史を貶めるカルト左翼

今日は、恵まれた生活を満喫しながら弱者の味方を装い、国の歴史を貶め、国家を攻撃するカルト左翼の異常さについて書きたいと思います

私は、過去のエントリで、
食うに困らず、住むに困らず、着るに困らず、たまに贅沢もできる 、そんな生活を享受しながら、その源にある歴史や日本の心を否定する、こういう連中を理解できません―
と書きました。
右とか左の問題ではありません―
人間としておかしい、そう思うのです―
と……

日の丸・君が代を否定し、自衛隊を攻撃し、日本の歴史を貶める社民党党首の福島瑞穂や週刊金曜日前社長の佐高信、あるいは元朝日新聞編集委員の本多勝一らに至っては、食うに困らずどころではありません。
彼らは十分にリッチな生活をしています。
福島瑞穂は、政治家の資産公開で1億円の預金を持っていることが明らかになりました。
連中は、自らの今の生活が何によってもたらされたのかが解っていないのです。
今の豊かな日本は、自然に出来上がったわけではありません。
明治維新から敗戦、戦後の高度成長、それらを経て現在の日本があるわけです。
そこには、先人たちの知恵と英断、不断の努力と言葉では表せないほどの苦難がありました。
つまり過去から現在に至る日本という国家、そして社会があるから彼らもリッチな生活を楽しめているわけです。
にもかかわらず、彼らは日本の歴史を貶め国家を攻撃する。
これは天に唾するのと同じです。

もちろん、日本の歴史がすべてにわたって素晴らしかったわけではありません。
過酷な面もあったし悲惨な時代もありました。
が、それはどの国もどの民族も同じ事で、日本に特有のものではありません。
むしろ欧州やアラブ、日本以外の東アジアと比べれば、日本の歴史は穏やかであり、そして寛容でした。
それは近現代においても同じです。
私は、日本の歴史を無批判に全肯定するものではありません。
時には間違いもありました。
日本の歴史が無謬だったなどと考えるのはカルト右翼であり、それは福島瑞穂らの裏返しにすぎません。
歴史や国家の在り様を実証的に検証し、時には批判する、これは当たり前のことです。
が、日本の歴史、特に近代史を総体として否定的に捉えるのは間違っている、と言うより許されないことだと思います。

Fukusima_mizuho               センスは悪いけど、高そうな服、着てますね。

彼らが、食うに困らず、住むに困らず、着るに困らず、たまに贅沢もできる 、そんな生活を享受しながら、あるいはそれ以上にリッチな生活を楽しみ、預金を1億円も貯め込んでいながら、国家とその歴史を攻撃するのはもう異常と言うしかありません。
にもかかわらず、それを異常と認識せず、当たり前だ、我々は正しい、と思い込むのは、“左翼脳”に支配されたカルトだからです。
ただ、自分たちがそう思う分は自由です。
が、その思想を他人にまで及ぼす、影響力を与えるという点で、私たちは彼らカルト左翼と闘うことを求められるのです。

私が公務員だったころ、12月にある集団が役所に押しかけてきました。
数百人の人たちが福祉関係の部署が入るフロアの廊下を占拠し座り込んだのです。
で、理由を聞くと、年末一時金を寄こせ、というわけです。
この人たちは生活保護の受給者たちでした。
つまり、税金で生活の面倒を見てもらいながら、それに感謝するのではなく、さらにボーナスまで支給しろと言って座り込んでいるのです。
これは、「生活と健康を守る会」という左翼が扇動した運動でした。
要求の根拠は、憲法第25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」です。
この「生活と健康を守る会」、実は私が勤めていた役所の労組(公務員)が深くかかわっていました。
ここにも人並みか、それ以上の生活を享受している者たちが貧しい人たちを煽って国家を攻撃する、
彼らに国家に対する憎悪を植え付ける、という構図が存在するわけです。

カルト左翼は、歴史を貶め、国家を攻撃するためには、もう何でも利用するんですね。
慰安婦、強制連行されたと言い張る朝鮮人、生活保護受給者、ホームレス、これらの人々を国家の犠牲者として応援する(煽り立てる)。
そこには自己責任という近代社会の原則がすっぽりと抜け落ちています。
格差のない社会などありえません。
それを求め続けたソ連は崩壊し、今では右翼愛国主義者が台頭してプーチン体制を支えています。
共産党が独裁支配する中国は、世界でも有数の「格差大国」になってしまいました。
要するに人間の欲望を抑制し、貧しいけれども平等、という社会は人間に受け容れられないのです。
それをソ連の崩壊と中国の変質(転向)が証明しています。

そもそも人間社会が中世の停滞から近代の発展へとコペルニクス的転回を遂げたのは人間の欲望を解放したからです。
近代社会は、人間の欲望を解放する市民社会の成熟とともに発展してきました。
そしてそれは、必然的に富の蓄積をもたらし、不平等な資本主義社会を生み出しました。
一方において、欲望を抑制し、生産手段を公有化することによって平等な社会の実現を目指したソ連型社会主義は崩壊しました。
つまり、今の不平等で歪(いびつ)な資本主義が、物質的な繁栄を享受する上でもっとも最適なシステムであるということを歴史が事実として私たちに突きつけたのです。

ここで課題とされるべき問題は、格差の否定、あるいは解消ではありません。
格差のない社会などありえない、という前提に私たちはまず立つべきです。
近代は、国家も人間社会も弱肉強食の競争社会の中で発展してきました。
強者が弱者を食う、という苛烈な競争の繰り返しが発展の原動力だったのです。
が、これをそのまま放置すると人間社会は行き詰ってしまう、その反省から生まれたのが「富の再分配と福祉」です。
日本を含む現代の先進諸国は、すべてこの「富の再分配と福祉」で安定を保っています。
が、忘れてはならないのは、ここでも競争と格差の是認が前提になっているということです。
あくまでも「自立した人間」が社会の原則になっているということです。
残された問題は、格差をどの程度まで容認できるか、という点だけです。

このような認識に至れば、カルト左翼のように国の歴史を貶め国家を攻撃するなどという愚かな発想にはならないはずです。
弱者を利用して、国家への憎悪を煽るという反社会的な行動は許されない、と思うはずです。
ましてや、自らは何不自由ない生活を満喫しながら、です。

格差は小さいに越したことはない、これはそのとおりでしょう。
が、国家に依存する人たちを増やすわけには行きません。
国家による保護と国家に対する貢献はメダルの裏表であるべきです。
つまり権利を主張するには義務を果たす、これが欠かせないのです。
権利ばかり主張して義務を果たさない人間が増殖したら国は滅びます。
で、その権利ばかり主張して義務を果たさない人間を擁護し、反国家に煽り立てているのがカルト左翼です。

私たちはカルト左翼の跋扈を許してはなりません。

~文中敬称略~

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2011/05/09

日本は近代化できたのに中韓は何故できなかったのか?

サーチナで面白い記事を見つけた。
タイトルは、「何故なんだ!中国が日本に追いつけない理由」。
中国人のブロガーが、同じ東アジアの国でありながら、日本は近代化に成功し、中国は近代化が遅れた、その理由を考察したものである。

ブロガーは、かつての日本は中国より立ち遅れた国家であったはずだと指摘する。
続けて、「中国は1840年のアヘン戦争が勃発するまで鎖国していたが、日本も1853年に黒船が襲来するまで、中国と同様に鎖国していた国である。当時の日本の境遇は中国と全く同様であり、西洋諸国から不平等条約を押し付けられ、国家と民族の尊厳を踏みにじられていた」と綴る。

続けて、「近代化へのスタートラインに立った時期は日中両国ともに同時期だったはずだ。また、当時の日本は西洋諸国はおろか、中国よりも数十年は遅れていたはずなのに、現在の日本は世界最先端の先進国となり、中国は未だに発展途上国である。この現実に、我々は『なぜ中国は日本に追いつくことが出来ないのか?』という問題を考えざるを得ない」としている。

ブロガー氏は、中国が日本に追いつくことが出来ない理由を、中国人の気質に求めている。
「中国人の思い上がりと自惚れ」
「中国人はいつも現状に甘んじている。積極的に改善・革新するという精神に欠けている」
「中国人は私利私欲で動く」
「中国人は内輪揉めばかりしている」
そして、
「中国人の心の中には自分だけしかなくて、国家や民族などは存在しないのだ。『自分』を超越する何かを見つけることが出来ない限り、中国人は先進民族になることは難しいだろう」と綴る。

最後にブロガー氏は、以下のように結論付ける。

「中国が日本に追いつくことが出来ないのは、結局のところは中国人そのものに問題が多いことが原因であり、我々は自らが欠点と問題が多い民族であることを認め、その欠点と問題を正視しつつも改めることが必要となろう。それが出来ない限りは中国が日本に追いつくという夢も儚く消え去るのみである」

以上の分析は、非常に自省的で、中国人の在り様を極めて客観的に見つめている。
読んでいて、中国人も自己及び社会を相対化できればここまで自己認識が深まるのだ、と感心した。
が、中国が日本より立ち遅れ、未だに追いつくことができないのは、中国人の気質や国民性のせいばかりではない。
19世紀半ばの両国の国家の在り方にも大きな原因があるのだ。

ここで当時の両国を比較してみよう。
まず清は征服王朝だった。
そして独裁的な中央集権国家で、皇帝の下で科挙に合格した官僚が支配していた。
清(中国)は世界の中心であり、日本を除く周辺国家を冊封体制下に置いていた。
一方の我が国は万世一系の天皇の下にあった。
そこでは権威(天皇)と権力(将軍)が分離され、しかも各地に大名(諸侯)が存在する分権国家だった。
他国との支配・被支配の関係はなく、基本的に武士が社会を支配していた。
つまり、清も日本も同じ封建国家であったが、その在り方がまったく違っていたのである。

清においては征服王朝であったため、皇帝は漢民族にとって尊王の対象ではなかった。
また、独裁的中央集権下の官僚支配は怠惰で腐敗堕落していた。
が、日本においては、天皇は古代からの変わらぬ権威であり、尊王思想が武士を中心に広がりを見せた。
また、中央集権ではなく、分権国家で、しかも官僚ではなく武士が支配していたので政治が腐敗堕落しなかった。
そして各地の大名(諸侯)は、自国(藩)を豊かにするために、灌漑や干拓、河川の改修等に力を入れ学問(蘭学を含む)を奨励した。
この両国の違いが、近代化を進める上で大きな差になって表れるのである。

Shoin                      明治維新の精神的指導者・吉田松陰

国家としての芯を欠く清はまとまりがなく、欧米列強の前になす術(すべ)もなく敗れた。
そこにおいては、国民はもちろん、支配者である官僚でさえ国家という意識が欠如していた。
が、日本は天皇という超越した権威の下に団結し、幕藩体制を自力で変革できた。
そして、近代的中央集権国家として立ち上がり、支配階級だけではなく一般国民までが国家という意識を持つようになった。
これが、同じ東アジアの国でありながら、日本は近代化に成功し、中国は近代化が遅れた根本的原因である。

何で読んだか忘れたが、日清戦争の時、清国内には戦争をしていることを知らない国民がたくさんいたそうだ。
つまり国家対国家の戦争ではなく、清朝対日本国の戦争だったのだ。
また、20世紀になっても、これも名前は忘れたが、関東軍の幹部が「支那という地域はあるが支那という国は無い」と語っているように、国民の間には「国家」という意識が育まれていなかった。
中共が「反日愛国」を煽るのも、中国国民のこういう国家意識の希薄さ、国家との信頼関係のなさを危惧しているためと思われる。

ブロガー氏が指摘したように、利己的で欲望ばかり強く、国家や社会を顧みない、そのくせ自尊心だけは高い、という中国人の気質も日本との大きな差異だろう。
が、国家が国民に信頼されない限り、真の意味での「国の発展」はない。
古参の共産党員から「(絶望的な格差のために)共産党を心の底から憎む」と言われるようでは、「中国は日本に追いつくことが出来ない」。
国家が進歩すれば、国民も成長するのである。

なお、韓国・朝鮮が近代化できなかった理由も、基本的には中国と同じである。
違うのは、当時の中国(清)よりさらに遅れ、また社会は停滞し貧困の極みにあったということだ。
国民の気質は、ブロガー氏が指摘した中国人のそれと非常によく似ている。

(無理とは思うが)中共体制の漸進的な変革・民主化を望む。

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2011/05/08

友愛を実践するネット市民と喋るだけのジェラシー鳩山

私は4月18日のエントリで、「台湾に義援金のお礼の広告を出したい」とツイッターで訴えた日本人デザイナーがいると書きました。
デザイナーの名前は、Maiko Kissakaさん(@kissaka)。
で、この@kissakaさんの訴えに、ネット上で計画支援の声が続々と集まっている、とニュースは報じていました。

その時、次のような台湾人の書き込みも紹介しました。
「台湾人は謝意をもらうため日本へ支援したのじゃないと思う。中国の人は新聞の内容で中国と書いてないことに怒った。私たちは中国の人のような行動をとるべきじゃない。それより、日台関係、本当な絆の意味を考えてもらいたい」
と……

これに対し@kissakaさんは
「お礼は期待するものではないけど、しかし、決して怠ってはいけないと私はかんがえています。長い目でみて政治がどうあれ、きちんとお礼をする国であり続けることが、また海外の人達に喜んで来てもらえる大事な事だと思っています」
と応えました。

ほんとうにいい話だ、と私は思いました。
@kissakaさんも書き込みをした台湾人もすばらしい。
ちょっぴり感動しましたね。
こういう話に右とか左とかは関係ありません。
いい事はいい事だ、と私は心の中で素直に称賛しました。

ところで、この「台湾に義援金のお礼の広告を出したい」という呼びかけの結果を、5月4日付の読売新聞が報じています。

【台北=源一秀】3日付の台湾大手紙「自由時報」「聯合報」に、日本のネットユーザー約6000人が東日本大震災の義援金などに対する半ページの感謝広告を掲載した。日本語で「ありがとう、台湾」、中国語で「愛情に感謝します。永遠に忘れません」とメッセージが書かれている。

日本政府は米国、中国、韓国などの大手7紙に震災支援感謝の有料広告を出したが、約160億円もの義援金が集まった台湾は含まれていなかった。川崎市のフリーデザイナー、木坂麻衣子さん(37)が簡易投稿サイト「ツイッター」で「台湾にもお礼したい」とつぶやいたところ、賛同者が殺到。2紙の広告費240万円を募ると、全国から6015件、約1930万円が寄せられた。

木坂さんは「軽い気持ちだったのに、まさか実現するとは思わなかった」とビックリ。広告費以外は日本赤十字社に寄付するという。台湾行政院(内閣)の楊永明・新聞局長は「お礼を期待していたわけではないので、みんな感激している」と話した。

「義援金160億円 台湾にも感謝広告を」 つぶやきに賛同6000人

Arigato_3

「2紙の広告費240万円を募ると、全国から6015件、約1930万円が寄せられた」
いや、さらに感動しましたね。
私は
こういう話に右とか左とかは関係ありません―
と書いたけれど、6015人の中には私のような右の人も、その逆の左の人もいたに違いありません。

ネット上には、悪徳ペンタゴンとか人工地震とか、訳の分からんことを喚いている愚か者もいるけれど、他人(ひと)を思いやる心を持った人たちもいっぱいいる。
そのことがよく解るニュースです。

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ネット発のこのようなニュースに感動を覚えるというのは、逆に言えば、ネット上の言論が殺伐としていることの裏返しかもしれません。
謀略だ!
陰謀だ!
もういい加減にしてほしいです、正直。
悪徳ペンタゴン?
人工地震?
なんやそれ!
笑う気にもなれません。
で、この悪徳ペンタゴンの提唱者と、人工地震と言いふらす輩がリンクしている。
ネットの一部は、もう腐っています。
変態はしょせん変態でしかありません。
インチキカルトは、どこまで行ってもインチキです。

が、変態ブログとインチキブログが人気ランキングの上位にあるのも事実です。
ちょっと不思議ですが、支持者の半分は面白がっている人たちかもしれません。
だから、まともに相手にしても疲れるだけかも……
でも、たまに覗くと、熱烈な支持者の熱いコメントがあるんですよね、気持ち悪~

恥というものを知っていれば、変態が表に出てくるなんてありえないことです。
が、恥を知らない、というか、自己陶酔の世界を彷徨っているというか。
ほんとうに気味が悪いです。
悪徳ペンタゴンの変態も、人工地震のカルトも、どちらも社会から疎外された存在ですね。
だから、ネットというバーチャル(virtual)な空間で生き生きとするのでしょう。

しかし、小沢一郎の支持者に、この手の類が多いのにはビックリしますね。
どちらかと言えば“社会的敗者”、被害者意識の強い連中が多い。
小沢は社会的強者なのに、どうして落ちこぼれた人たちが小沢を支持するのか解りません。
被害妄想や劣等感、あるいは欲求不満が小沢支持に向かうのでしょう。
腐った現状を打破してくれるのは破壊王・小沢一郎だと。

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ところで、小沢の盟友・ジェラシー鳩山が、またルーピー・パフォーマンスを見せてくれました。

【北京時事】中国を訪問した民主党の鳩山由紀夫前首相は7日、北京で開かれたファッションショー「東京ガールズコレクション(TGC)」に出席した。ステージであいさつした鳩山氏が「私が友愛の伝道師、鳩山です」と自己紹介すると、数千人の観客から歓声が。東日本大震災での中国の支援に触れ「中国の救援隊はいち早く駆け付け、多くの義援金や物資も届いた。心からお礼を申し上げる」と謝意を示した上で、「文化、ファッション、音楽に国境はない。世界の国境がなくなり、平和になることを願っている」と訴えた。(2011/05/07-20:16)

北京で友愛呼び掛け=鳩山前首相、ファッションショーに出席

“友愛の伝道師”なら、被災地に出向くべきでしょう。
地元(北海道)の被災地(幌泉郡えりも町など)にチョロっと顔を出して、それっきり。
まったく何を考えているのやら。
東北に行けよ!鳩山!!!
ファッションショーにのこのこと顔を出すのもどうかと思うし、そこで震災支援に謝意を示すのも場違いだと思うけどなあ……
ファッションショーで“友愛”?
ほんとうの“友愛”は、木坂麻衣子さんと、それに賛同した6015人の人たちですよ。
何を考えているんだ!まったく!!!
こういう人物が一時(いっとき)とはいえ日本の首相だったなんて、もう屈辱です。

小沢も、こういう人物に頼らざるを得ない。
菅首相も気を遣わざるを得ない。
もう民主党は、常人には理解不能です。

早く分裂・分解してこの世から消滅しろ!
君たちは“政権交代を成し遂げた”という一点で、もうその使命は終わっている。

~文中敬称略~

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2011/05/07

日本の盧武鉉・鳩山氏は菅首相と抱き合い心中せよ!

故大平正芳元首相は、かつて「人を最も強く動かすのは嫉妬。世はジェラシーの海」と語っていた。
読売新聞特別編集委員の橋本五郎氏が新聞紙上で明らかにしていた。
大平氏と言えば、故福田赳夫元首相派との間で、「四十日抗争」と呼ばれる激しい党内抗争を繰り広げたことが記憶に残る。
その大平氏の言葉だけに、政界や政治家が何を動機に動いているのかを言い当てている、と私は思う。
政治理念や政策より、政治家は嫉妬に突き動かされる、これは政治家に限らず、我々人間一般にも言えるのかもしれない。

その典型を今、私たちは鳩山由紀夫前首相に見ることができる。
鳩山氏が菅直人首相に不信感を募らせるのは嫉妬以外の何ものでもない。
鳩山氏は、「菅は鳩山政権時代の政策を軽んじている」と、反菅の立場に至った理由を語っている。
昨年6月の鳩山氏から菅氏への首相交代時、鳩山氏は自ら力を入れた「地域主権」「新しい公共」「東アジア共同体」を尊重するよう菅氏に要請し、菅氏も応諾した。
鳩山氏は「菅はその誓いを破った」と憤っているのだ。
が、新しく首相になった者が前任者の政治理念を引き継がず、基本政策を転換するのは当たり前のことだ。
しかも菅首相は、鳩山氏からその地位を禅譲されたわけではなく、代表選挙で選ばれたのである。
「自分の政策を軽んじている」と腹を立てるのは子どもじみている。

Hatoyama1_2

では、なぜ菅首相は、鳩山氏が力を入れていた三つの基本政策を転換したのか?
それは、その中身を見ればよく解る。
まず「地域主権」。
この言葉は、国家の主権が国民にあるという憲法の規定と相容れない。
まるで、地域社会の「市民」に主権があるような響きがある。
そうではない、と言うのなら「地方分権」でかまわないではないか。
結局、今国会で成立した地域主権関連3法案からは、「地域主権」の文言がすべて削除された。
野党の反対に抗しきれなかったからだ。
法案の内容も
①地方自治に関わる重要な事項について企画・立案の段階から政府と全国知事会など地方6団体が対等の立場で話し合う
②「国と地方の協議の場」を法制化する
③地方自治体の仕事を全国一律に法令で縛る「義務づけ・枠付け」を緩和する
④地方議会の議員定数の上限規定を撤廃するなど、自治体の自由度を高める
という、「地方分権」と変わらないものになってしまった。

「新しい公共」。
鳩山氏によれば
「国家にも市場にも頼らない新しい公共の理念」
「人を支えるという役割を“官”と言われる人たちだけが担うのではなく、地域で関わっておられる方々一人ひとりにも参加していただき、それを社会全体として応援しようという新しい価値観」
だそうだ。
が、これは新しい価値観ではなく、英国のブレア党政権が唱えた「第3の道」の焼き直しである。
ブレア政権は、旧来の党の産業国有化路線から決別し、かつ保守党の市場万能路線にも与さない方向を目指していた。
そこで、非営利団体(NPO)を公共サービスの担い手として登用する、そこにおいてNPOは政府と対等で、かつ独立した立場にある、という政策を進めたのである。
が、ブレア政権は、このやり方が「期待通りの成果を挙げた」とは評価しなかった。
NPOの運営管理能力や業務遂行の効率性に不満があったからだ。

鳩山氏の「新しい公共」には、そもそも①NPOにどのような機能を期待するのか ②期待する機能を果たす能力が日本のNPOにあるのか、という視点が欠落している。
大阪大学NPO研究情報センターが2007年3月公表した「NPO白書2007」は、調査対象NPOの70%が会計を公開せず、67%が外部監査を受けず、80%が会社の取締役会に当たる評議会を設置していないと指摘している。
つまり、我が国のNPOの多くは、透明性とガバナンスに欠けた組織なのである。
このような組織に公共サービスを任せた暁には、日本の「公共」は機能不全に陥る。
NPOの歴史も実績も、我が国よりはるかに豊富な英国でさえうまくいかなかった政策が実現可能とは、私には思えない。

「東アジア共同体」。
鳩山氏のいう東アジア共同体には、二つの側面がある。
一つは、米国主導の市場原理主義、グローバリゼーションに対する批判である。
この考え方は、「新しい公共」の中にも見て取れる。
もう一つは、東アジア地域での通貨統合と恒久的な安全保障の枠組みを作ることである。
これは、経済的にも安保面でも、米国より中国に軸足を移すということである。
が、市場原理主義やグローバリゼーションを批判しながら、その対抗策は具体的でなく、“友愛”しかない。
東アジアでの通貨統合の見通しや集団安保の枠組み、あり方もまったく不明確である。

現在の状況を冷静に見れば、東アジアにEUのような共同体を創出できる条件はない。
中国や北朝鮮は一党独裁国家であり、北朝鮮は市場経済さえ受け容れていない。
つまり、国家の基本的価値観が根本的に違うのだ。
また、国家の共同体とは軍事同盟と表裏であり、日本と中国が共同の敵と闘う状況など考えられない(中国が敵になる可能性はある)。
そして、社会のレベルや賃金水準が違いすぎる。
完全な自由貿易圏にしてEUのように移動の自由を保障したら、中国から億単位の人間が日本に押し寄せて来るだろう。

要するに、鳩山氏の言う東アジア共同体とは、反グローバリゼーションであり、米国軽視の中国重視。
これは、一見、「日本の自立」のように見えるが、実際は経済面でも安保面でも日本を貶める“亡国の主張”である。
東アジア通貨圏構想など典型的な机上の空論で話にもならない。
日米安保から離脱して中国と集団安保体制を組むなど、妄言以外の何ものでもない。
韓国の盧武鉉元大統領は、「東アジアのバランサー論」を唱え、米国から「米韓同盟を解消してやる」と脅された。
そして米国に行くと“親米”をアッピールした。
彼は、「東アジアのお笑い芸人」とまでバカにされたが、鳩山氏はそれ以下である。

菅首相の肩を持つ気はさらさらないが、目先の利に敏(さと)い菅首相が、鳩山氏の夢想を無視するのは当然のことと思う。
鳩山氏はバカだが、菅首相は小利口なのだ。
ただ、理念もなければ、人望もない。
周りを見ながらくるくる態度を変えるからだ。
鳩山氏は理念はあるが中身がない、金望はあるが、これまた人望がない。

史上最低の(元)首相が史上最悪の(現)首相に嫉妬する。
それが、政局さえぐちゃぐちゃにする。
「菅は憎い。菅は引き摺り下ろしたい。が、民主党は分裂させたくない。俺が作った党だから」
これが鳩山氏の今の気持ちだが、もう誰もこの方と付き合いたくないだろう。

史上最低の(元)首相と史上最悪の(現)首相の嫉妬を軸にした確執。
百害あって一利なしである。
鳩山氏は覚悟を決めて、菅首相と抱き合い心中してほしい。
それが国のため、国民のため、と思うこの頃である。

参照:全く新しくない「新しい公共」宣言

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2011/05/06

プロパガンダを信じる“左翼脳”に支配されたカルトたち

連休の谷間の今日、いかがお過ごしですか?
今日も休みで10連休の人もいるでしょうし、2日と今日は平日だから仕事、という人もいるでしょう。
そして、私のように連休など関係なく、所定の日以外は休めない、という方もいるに違いありません。
まあ、人それぞれ、自分の置かれた立場があるわけですから、他人を羨ましがったり、自分を悲観したりしても仕方がありません。
自分の持ち場で精いっぱい頑張りましょう。
で、今日の私は休みです。

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この連休の間、色んなエントリをアップしてきました。
政治(民主党)、日米同盟、中国、ビンラディン、解同、韓国、いかにも依存症のブログらしいテーマばかりです。
では、今日はどういうエントリにしましょうか?
そうですね、久々に左翼ネタを書きましょう。

左翼というのは“左翼頭脳”を持っています。
これは絶対的なものであり、相対性とは無縁です。
このあたりは右翼(反米保守)も似ています。
右翼(反米保守)も“右翼頭脳”を持っています。
私が「左右のカルト」と呼ぶのは、この“左翼頭脳”と“右翼頭脳”に支配された人たちのことです。
ただ反米保守の立場に立つ方の中には、カルトではない人(私に近い人)もけっこうおりますので、ここでは言及しません。
今日は、カルト左翼と“左翼頭脳”について書きます。

“左翼頭脳”は、戦前の歴史を否定的に捉えます。
中には、日清・日露の両戦争も侵略戦争だった、と言う人もいます。
そうでない方も、満州事変から大東亜戦争に至る15年戦争は、間違いなく侵略戦争だった、と捉えます。
そして、戦前は言論や思想の自由がない抑圧社会であり、特に1940年から45年までは軍部独裁(軍国主義)の時代であったと認識しています。

戦前においては、者や農民は搾取・抑圧され悲惨だった。
朝鮮半島や中国は日本に侵略され、甚大な被害と多大なる苦痛を被った。
日本は帝国主義国家で、旧日本軍は残虐非道だった。
日本と旧日本軍は、多くの朝鮮人や中国人を奴隷に従事させ、時には多くの民を虐殺した。
このように、とにかく戦前の日本は極悪非道で“加害者”だった、これが“左翼頭脳”を持つ人の日本観です。

ここから、従軍慰安婦や朝鮮人の強制連行、あるいは南京大虐殺が取りざたされるようになるわけです。
戦前の侵略国家・日本、残虐非道の旧日本軍を象徴するものとして。
しかし、戦前に対する歴史観も国家観も極めて一面的な認識に基づいており、そこでは様々な事象を多面的な角度から実証するという姿勢が欠落しています。
その結果、従軍慰安婦や朝鮮人の強制連行、あるいは南京大虐殺も実証的裏付けのない単なるプロパガンダに堕してしまうのです。
それでも、カルト左翼は“左翼頭脳”に支配されていますから、これらを絶対的真実と信じて疑わないわけです。

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従軍慰安婦、カルト左翼は未だに彼女たちが旧日本軍によって強制連行された性的被害者だと認識しています。
だから、しつこく戦時性的強制被害者救済法案を国会に提出するのです。
が、当時の朝鮮半島は確かに日本の統治下にありましたが、第一線の警察官は朝鮮人、下級官吏も朝鮮人、旧日本軍にも将官から佐官・尉官、兵士、軍属に至るまで朝鮮人がいました。
こういう環境下で、どうやったら日本軍が朝鮮人女性を拉致し、強制的に慰安婦にできると言うのでしょうか?
ましてや、当時は公娼制度があり、若い女性の身売りなど珍しいことではありませんでした。
強制連行してまで慰安婦を集める必然性がありません。

朝鮮人の強制連行もウソです。
彼らのほとんどは、朝鮮半島で食い詰めて本土に渡ってきた人たちです。
当時の政府は、日本人の職を奪うとして渡航を制限したほどです。
確かに国民徴用令はありましたが、それが半島に適用されたのは戦争末期の7か月にすぎず、徴用された人の数も極めて限られています。
しかも「徴用」であって「強制」ではありません。
実際、私は在日の多いところで育ちましたが、強制連行されて来た人など一人もいませんでした。
そして、戦後、彼らが半島に帰らなかったのは、帰っても食う当てがなかったからです。

南京大虐殺もプロパガンダです。
人口20万人の城塞都市を巡る攻防戦で死者が出るのは当たり前です。
しかも、当時の国民党軍は日本軍の降伏勧告に応じず、市民も避難させませんでした。
こうした事態の中で、国際安全区の外国人たちは、城内に残る市民たちを安全区内に避難させました。
そして戦闘が始まり国民党軍は敗北しました。
敗北した兵士たちは、民間人に化けて国際安全区内に逃亡を図ろうとします。
当時の日本軍は、上海から転進する過程で、便衣兵(民間人のふりをしたゲリラ)に苦しめられ多くの死傷者を出していました。
民間人に化けて逃亡を図る国民党軍の敗残兵(便衣兵)を処刑したのはやむを得ないと思います。
市民については、欧米人の眼の前で虐殺するとは考えられません。
ただ、中には便衣兵と間違われて犠牲になった民間人もいたと言われています。
が、これが“大虐殺”でしょうか?
ましてや、中国が言うように、人口20万人の都市で30万人も殺せるわけがありません。
なお、便衣兵は、国際法(ハーグ陸戦条約)でいう捕虜待遇を受ける資格がありません。

当時のニューヨークタイムズは、南京で日本兵によって殺害された中国人を3万3千人と報じています。
国際安全区委員会の委員長だったドイツ人のジョン・ラーベは、ラーベ日記に5万~6万人と書いています。
ラーベは、国民党軍の守備司令官・唐生智が約5万人の敗残兵を置き去りにして逃亡した、とも書いています。
まさに殺害された中国人の数と置き去りにされた敗残兵の数が、ラーベ日記の中でほぼ一致するわけです。
またラーベは、日本兵が安全区の中国人女性を強姦・殺害し、女性は局部に竹を突っ込まれていた、そして日本兵はモーゼル拳銃をもっていた、と書いています。
が、強姦のあと「局部に竹を突っ込む」などという風習は、中国では当たり前でも日本には絶対ありません。
モーゼル拳銃は国民党軍のものであり、日本兵はモーゼル拳銃など一丁も持っておりません。

当時の米国南京領事館に勤務していたジェームズ・エスピー副領事は、極東軍事裁判への提出書類の中で、国民党軍が南京陥落直前に暴行・略奪を繰り返したことや民間人に化けるための衣服を奪うために南京市民を殺傷した、と書いています。
なお、当時のドイツは国民党軍を支援しており、軍事顧問団まで送り込んでいました。
だから、ナチ党員であるラーベの5万~6万人も怪しい、と私は睨んでいます。
実際、ラーベは、委員会を代表して次のような感謝の書簡を松井石根総司令官に送っています。
「拝啓、私どもは貴下の砲兵隊が安全区を攻撃されなかったという美挙に対して、また同地区における中国民間人の援護に対する将来の計画につき、貴下と連絡を取り得るようになりましたことに対して感謝の意を表するものであります」
私は、ニューヨークタイムズが報じた3万3千人が上限で、うち巻き添えになった民間人の犠牲者は、1千~2千人のレベルだと思います。

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Atsui                     南京攻防戦を指揮した松井石根総司令官。
                    軍規にうるさく“昭和の聖将”と呼ばれました。

確かに戦前の日本は、現代ほど自由で民主的な社会ではありませんでした。
今ほど人権が保障されていたとは言いがたい。
また、朝鮮半島や台湾を植民地支配し、戦争を繰り返してきたことも事実です。
が、それらは当時の時代的制約や時代的背景を抜きにしては語れません。
江戸時代(封建社会)から近代国家に生まれ変わったからといって、いきなり今のような自由と民主主義の社会を実現できるはずもありません。
帝国主義列強が世界を分割支配する弱肉強食の時代において、後発資本主義国家である日本だけが友好善隣の平和外交を行うなど非現実的です。

考えてもらいたいのは、現代ほど自由で民主的な国家ではなかった戦前、富国強兵を掲げ、海外に進出して行った戦前、これがなければ今の日本はない、ということです。
敗戦によって日本は断絶したわけではありません。
確かに憲法も民法も変わりました。
人権はより強く保障されるようになりました。
社会的平等も進みました。
財閥は解体され、小作農は農地を得ることができました。
教育制度も変わり、義務教育も長くなりました。

が、文化や国民性は変わりませんでした。
自然を愛し感謝する心、恥を知り謙譲を美徳とする精神、勤勉で教育熱心な国民、これらの日本社会と日本人の特性は戦前と同じでした。
官僚機構も基本的には戦前を継続し、官僚は国家の復興に燃えていました。
この、秩序正しく勤勉で教育熱心な国民と戦後復興に燃える官僚が、戦後の高度成長を支える大きな原動力になったのです。
ただ、変わったと言えば、愛国心の否定であり、国旗や国歌に対する尊崇の念が薄れてしまったこと、敗戦によって断絶したのはここです。

私は、戦前の歴史のすべてを無批判に肯定することはできませんが、戦前があって現代があることを認識し、戦前に日本の礎を築き上げた先人たちに深く感謝するべきだと思います。
そして、日本と日本人であることに強い誇りを持つべきです。
私はそう確信します。

“左翼頭脳”に支配されたカルトたちのプロパガンダに騙されてはなりません。

参照:南京大虐殺 2005/06/28 依存症の独り言

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2011/05/05

台湾にはなれない韓国の自己欺瞞が反日の源

韓国の中央日報が、4月28日の記事で、歴史教科書について
―「民族主義史観」と「民衆主義史観」は……より現実主義的な「国民主義史観」と「自由主義史観」に主流の席を譲り、その役割に合った適切な位置を見いだす時になった―
というイ・ジュヨン建国大名誉教授の意見を紹介しているが、おそらくそれは無理だろう、と私は思う。

ところで、よく台湾と韓国が日本との関係で比較される。
親日の台湾、反日の韓国、同じく日本による統治を受けながら、どうしてこんなに違うのか?
不思議に思うのは私だけではないだろう。

一般的なのが、国民党による統治が日本と比べてあまりにも酷かったため、台湾人の日本に対する評価が相対的に高くなった、という説である。
確かにこの説は一理ある。
日本の統治は「法による支配」だったが、国民党は問答無用の「銃による支配」だった。
近代教育を受け高いモラルを有していた台湾人にすれば、国民党と外省人(中国人)は野蛮人に見えたに違いない。
それが日本統治時代への郷愁につながった、そういう面はあると思う。

が、韓国も日本の統治を受ける前は李氏朝鮮という前近代的体制下にあった。
両班という特権官僚が支配する奴隷制社会である。
それが日本による統治によって近代化され、教育が普及し、社会の生産力も飛躍的に向上した。
そして迎えた戦後は、12年に及ぶ李承晩による強権的独裁支配と民衆への弾圧だった。
そういう意味では、韓国も台湾と似ているのである。
日本統治時代の「法治」から李承晩による「人治」への逆行―
おそらく韓国人も、日本統治時代への郷愁を抱いたに違いない。

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実際、私は30年近く前、日本による統治を経験した韓国人から
「私は皇国少年の典型だったんですよ。日本人の先生は、まったく差別をしない立派な先生だった。その先生に教えられて、私は早く大きくなって軍隊に入り、陛下のために戦いたいと願っていました」
という話を聞いたことがある。
「漢江の奇跡」と呼ばれる現代韓国の礎を築いた朴正煕元大統領は、
「日本の教育は割りと公平だったと思うし、日本のやった政治も私は感情的に非難するつもりもない、むしろ私は評価している」
と語っている。
朴・元大統領は、無名の若者たちが国の近代化を推し進めた明治維新を「明治維新の志士を見習いたい」と称賛し、特に、中心人物の一人である西郷隆盛を尊敬していた。
つまり、韓国にも台湾人のような人はいるのだ。

数年前に聞いたところでは、「反日感情」は日本統治を経験した人たちより戦後に生まれた人たちの方が強いという。
日本による“過酷”な支配を経験した人より、それを知らない人の方が“反日”―
これは何を意味するのか?
韓国における「反日感情」は「作られた国民意識」ということだ。

President_park                             朴正煕元大統領

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「我が半万年の歴史は、一言で言って退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であった」
「姑息、怠惰、安逸、日和見主義に示される小児病的な封建社会の一つの縮図に過ぎない」
「わが民族史を考察してみると情けないというほかない」
「われわれが真に一大民族の中興を期するなら、まずどんなことがあっても、この歴史を改新しなければならない。このあらゆる悪の倉庫のようなわが歴史は、むしろ燃やして然るべきである」
朴・元大統領は、自著「国家と革命と私」で、以上のような言葉を遺している。
ところが、韓国知識人と韓国メディアは、「このあらゆる悪の倉庫のようなわが歴史」を燃やすのではなく、逆に美化し、我が日本にその責任を転嫁したのである。

台湾には、日本による統治以前に「国」としての歴史がない。
朝鮮半島には「国」としての歴史がある。
これが、「反日感情」が作られた原因だろう。
もともとは朝鮮の方が「先進国」だった。
にもかかわらず、「未開人」の日本に支配される破目に陥ってしまった。
この事実に屈辱を感じる―
そういう心理が韓国人に働いたのだ。

この心理を煽ったのが、没落両班の出で、小中華思想に凝り固まった李承晩(初代韓国大統領)である。
李承晩は「朝鮮の伝統的政治体質を引き継いだ」と言われるほど権威主義的で利己的な人間だった。
彼は右手で「反共」を、左手で「反日」を煽った。
その「反日」ぶりは、まさにパラノイア(偏執狂)と言ってもよいほどだった。
その彼の「反日」狂が、今日まで続く
「日本が土地の 4割を奪い食糧の半分を掠奪した」
「650万人が強制連行され強制に従事させられた」
という、客観的に見れば「馬鹿げている」としか言いようのない「反日教育」を生み出したのである。

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韓国の知識人は、反朴であると同時に親北朝鮮だった。
当然のことながら「反日」「反日帝」である。
そこでの対日意識は、「反共」であった李承晩時代のそれをさらに偏向させたものだった。
今の韓国の公式な歴史観が北朝鮮とほとんど変わらないのは、このためである。

韓国を代表する歴史大河小説である「アリラン」について、韓国経済史を実証的立場から研究する李栄薫ソウル大経済学部教授は次のように書いている。
―土地や食糧の収奪、虐殺など、この作品(小説「アリラン」)が描いた内容は事実とかけ離れている。自分も学校の図書館でこの本を借りて読んだことがあるが、本には学生らがあちこちに書き込んだメモが残されていた。例えば、日本人の巡査が土地調査事業を妨害したという理由で、朝鮮人農民を裁判にもかけずに処刑する場面では、“ああ、こんなことがあってよいのか…”と怒りを示していた。このように商業化された民族主義が横行し、被害意識だけが膨れ上がった結果、(植民地支配を実際に体験した)高齢者よりも若い世代で反日感情が強くなった。これは、商業化された民族主義と間違った近現代史教科書に基づく公教育のせいだ―
この「アリラン」に韓国知識人の「反日感情」の典型が見て取れる。

中央日報を読んで驚いたのだが、韓国の歴史教科書は執筆過程に親北朝鮮の全国教職員組合(全教組)所属の教師が多数参加しているという。
我が国で言えば、日教組の、それも左派の教師が歴史教科書を作っているようなものだ。
教科書の内容が“反日全開”になるのも当たり前である。

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韓国の京畿道三田渡の地には、大清皇帝功徳碑(三田渡碑)がある。
韓国では、この碑を「恥辱碑」と呼ぶ。
それは、この碑に以下のような内容の文が刻まれているからだ。

愚かな朝鮮王は偉大な清国皇帝に逆った。
清国皇帝は、愚かな朝鮮王を窘め、この大罪を諭してやった。
良心に目覚めた朝鮮王は、自分の愚かさを猛省し、偉大な清国皇帝の臣下になることを誓った。
我が朝鮮は、この清国皇帝の功徳を永遠に忘れず、また清国に逆った愚かな罪を反省するために、この石碑を建てることにする。
(要約)

大淸皇帝功德碑の原文(漢文)はこちら↓
大淸皇帝功德碑

Jijyokuhi3

上の写真のレリーフは韓国政府が作ったもので、「大清皇帝功徳碑」のそばにある。
清の太宗の陣地があった三田渡の受降壇で、朝鮮の仁祖が太宗に対して「三跪九叩頭の礼(三度跪き、九度頭を地にこすりつける)」をもって許しを乞い、清皇帝を公認する誓いをさせられるという場面を描いたものである。

「受難の歴史が渦巻くこの場所で、我々はこのような汚濁の歴史が再び繰り返されないよう、民族的自尊を高くし、自主、自強の意志を固く決意しなければならない」

レリーフの文末には、このように書かれている。
これは、1982年当時の全斗煥・軍事政権のころに書かれたものだ。
「受難の歴史」「汚濁の歴史」、この言葉に韓国・朝鮮の歴史的、民族的無念が示されている。
誇り高き韓国・朝鮮人にとっては受け入れがたい歴史だが、これが事実であることがさらに彼らの自尊心を傷つける。

------------------------------------------------------------------

李氏朝鮮は、1636~37年の丙子胡乱で、夷狄である清(後金)に惨敗した。
そして、三田渡で屈辱的な降伏の儀式が執り行われた。
崇拝の対象であった明は滅亡し、清が新たな中華帝国の支配者になったのである。
しかし清は、李氏朝鮮にとっては夷狄であり、中華文明の後継者とは認め難かった。
が、清との戦いに惨敗した李氏朝鮮は、清の冊封を受け、その冊封体制に組み込まれざるを得ない。
そこで、
「中原の中華文明は明と共に滅び、中華文明の最優等生である朝鮮こそが正統な中華文明の継承者である」
と李氏朝鮮は自己認識(=自己満足)するようになるのだ。

この新たな「小中華思想」では、李氏朝鮮のみが唯一の華となり、清を含む周辺諸国を強く差別化したため、文化的、経済的に鎖国状態に嵌り込んでしまった。
その結果、李氏朝鮮は長い社会的停滞の時代を迎え、技術の面でも日本や清に立ち後れることになる。
そして、丙子胡乱とその後の冊封体制は、李氏朝鮮に計り知れない人的、経済的損失を与えた。

朴・元大統領が、
「わが民族史を考察してみると情けないというほかない」
と嘆いたのは、李氏朝鮮のこのような事実による。
文字通り「受難」と「汚濁」の歴史に他ならない。

そして、この清によってもたらされた「受難」「汚濁」から韓国・朝鮮を解き放ったのは「自主、自強の意志」ではなかった。
屈辱的な「三田渡条約」を破棄し、晴れて独立の身になれたのは清が日本に敗北したからである。
つまり、日本のおかげで「受難の歴史」「汚濁の歴史」を断ち切ることができた。
が、これまた韓国・朝鮮にとっては屈辱だった。
北狄(野蛮人=清)から受けた恥辱を東夷(未開人=日本)の力を借りて晴らすことになったからである。

で、結局、韓国・朝鮮はこの後も「自主、自強の意志」を固めることはできず、日本の統治下に組み込まれることになる。
そして、この日本による統治から解放されたのが米国のおかげ。
ここでも「自主、自強の意志」とは無縁のまま独立を果たすことになる。
さらに、独立後は今度、南北に分かれて同じ民族同士で無残な戦争を引き起こしてしまう。
片方はソ連、もう一方は米国の後押しを受けて。

つまり、韓国・朝鮮は中世から近世~近代にかけて一度も「自主、自強の意志」を貫いたことがない。
この屈辱が「民族的自尊を高くし、自主、自強の意志を固く決意しなければならない」という言葉になって表れるのだ。
狂気じみた「反日」の源はここにある。

------------------------------------------------------------------

韓国には、日本の陸軍士官学校に学び、「明治維新の志士を見習いたい」と公言していた朴・元大統領のような人物もいた。
「私たちが植民地時代について知っている韓国人の集団的記憶は多くの場合、作られたもので、教育されたものだ」
と主張する李栄薫ソウル大教授のような学者もいる。
が、朴・元大統領は、その名を「親日人名辞典」に記載され、李教授は元慰安婦に土下座させられた。

繰り返しになるが、
―「民族主義史観」と「民衆主義史観」は……より現実主義的な「国民主義史観」と「自由主義史観」に主流の席を譲り、その役割に合った適切な位置を見いだす時になった―
というイ・ジュヨン建国大名誉教授の意見は絶対に実現されることはない。
「このあらゆる悪の倉庫のようなわが歴史」を燃やし尽くさない限りそれはありえない、
と私は思う。

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2011/05/04

エセ生活保護受給者!やっとまともになり始めた大阪市。

久しぶりに心底から怒りを感じるニュースに接しました。

大阪市は30日、不正受給などによる生活保護受給者の増加を抑えるため、「生活保護特区」を国に提案する方向で検討を始めた。保護申請者に対する自治体の調査権限を強化するほか、中国人の集団保護申請が同市で起きたことから、入国直後の外国人の生活保護申請を原則却下する規定を盛り込む案も浮上している。国が進める社会保障と税の一体改革の結果を踏まえた上で、早ければ秋ごろにも提案する。

市の生活保護受給者数は3月時点で約15万人と全国最多。2011年度予算案では2916億4800万円を生活保護費として計上している。

市は特区の内容として、(1)不正受給が疑われる場合の自治体の金融機関などへの調査権限付与(2)就労意欲を高めるため、保護受給者の社会奉仕活動の義務付け(3)保護打ち切りも視野に入れた短期型就労施策導入-などを想定。政府が6月にまとめるとしている社会保障改革案を踏まえ、不足部分を軸とした特区申請を行う予定だ。

また同市では昨年6月、中国人46人が入国後平均9日で生活保護を申請する事態が発覚。その後の市の調査でも、来日後間もない外国人の保護申請が多く見つかった。そこで、入国後1年間は原則保護申請を受け付けず、就労指導を行うなどの措置を特区に盛り込むことも検討している。

入国外国人の申請拒否も=「生活保護特区」提案へ-大阪市
(時事通信)

―その後の市の調査でも、来日後間もない外国人の保護申請が多く見つかった―
もう呆れて言葉がありません。
大阪では、いかに事務的に(=いい加減に)生活保護の適格審査が行われていたか、を象徴する事実です。
東日本に住む方には理解できないかもしれませんが、大阪は被差別部落と在日朝鮮人が多い。
私が幼いころまで、政治の都・東京、商業の都・大阪と言われるくらい大阪が日本経済の中心だったことの名残でしょう。

ところで、これは、大阪及びそれに似た地域に住む人しか理解できないかもしれませんが、部落解放同盟(解同)の力はすべてを超越していました。
政府も、共産党対策の一環として解同の所業を見て見ぬふり。
野党第一党の社会党は、解同の初代委員長(松本治一郎)が左派の重鎮(参院副議長)ですから当然の事ながら解同べったり。
つまり、政府・与党と野党第一党が解同の支援者だったのです。
その結果、警察までもが暴力団は取り締まっても解同には手を出さない。
で、暴力団員の相当数が解同の同盟員になってしまいました。
メディアも同じでね。
荊タブー(=解同タブー)の前にメディアは完全に屈服していました。
48名が負傷、うち29名が重傷、1名が危篤となった1974年の八鹿高校事件を報じたのは毎日新聞だけ。
その毎日新聞も、共産党の赤旗(現・しんぶん赤旗)の記事を引用するという体たらくでした。

Jiichiro               初代部落解放同盟執行委員長 松本治一郎

解同に睨まれると糾弾され公職を追放されますから、行政はもう解同の言いなり。
地方自治体が実施する公共事業も解同優先、府(県)営や市営の公的住宅も解同優先、生活保護も解同優先、市町村の(清掃作業員などの)現業職員も解同優先、
西日本の一部の地域では、もう世は解同天国になってしまいました。
その代表が大阪市です。
が、それも無理はありません。
政府・与党、野党第一党、警察、メディア、のすべてが親解同ですから、解同に逆らうなんて、もう自殺行為です。
私は、1970年代の後半から5年間、我が国最大の被差別部落が存在する、ある政令指定都市の職員でしたからその現実は身をもって実感しています。
表は人権、裏は暴力と利権、もうかないません。
唯一、怯まなかったのは日本共産党だけ。

こういう経緯があって、大阪市は約15万人という全国最多の生活保護受給者を抱えることになったのです。
大阪市の人口は約260万人ですから、生活保護率5.8%。
100人のうち約6人が生活保護受給者ということになります。
市の2011年度予算は、1兆7205億5000万円ですから、生活保護費2916億4800万円は、その約17%を占めることになります。
予算の6分の1が生活保護費、これもすごいです。

それでも、
―大阪市は30日、不正受給などによる生活保護受給者の増加を抑えるため、「生活保護特区」を国に提案する方向で検討を始めた―
というのは大きな前進です。
1990年代までは絶対にありえなかったことです。
ようやく行政もその理不尽に気づき始めた(修正せざるを得なくなった)。
本来、生活保護を得なければならない人たちが排除され、解同に連なる被差別部落民や在日朝鮮人が優先的に生活保護を受けられるという現実を改めなければ、という意識に目覚めた。
遅まきながら、私は歓迎したい。
とともに、解同の凋落を実感します。
もう解同は存在意義そのものが問われる組織ですからね。
と言うか、解散するべきです。

それにしても、政府の入国管理局(入管)も堕落していますね。
私が左翼のころ(1970年ごろ)は、違法入国者や滞在者をビシバシ取り締まっていたのに。
最近は甘すぎる、と言うよりその任務を自覚していないし果たしていない。
これは、自社さ連立の村山政権のころから顕著になってきました。

生活保護を受けるために外国人が日本にやって来る、信じがたいことです、この現実。
もう一つの問題を指摘すると、中国残留孤児の認定が甘すぎる、というのもあります。
悲劇を逆手に取るずるい連中がいる、という現実に目覚めなければなりません!
平和ボケ!!日本!!!

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2011/05/03

独裁と貧困を絶たない限りアルカイダは死なない!

2001年の9.11米同時多発テロを首謀したとされるアルカイダの指導者オサマ・ビンラディンが米軍によって殺害されました。
場所は、パキスタンの首都であるイスラマバード近郊の要塞のような大邸宅。
殺害作戦は、ヘリコプターに搭乗した米海軍特殊部隊SEALSによって行われました。
作戦の所要時間は40分だったそうです。

Osama_bin_laden                オサマ・ビンラディン(Osama Bin Laden)

Bin_laden_house       ビンラディンが住んでいたとされるイスラマバード北方、アボタバードの施設

このニュースを聞いて「さすがはアメリカ!」と思った点が三つあります。
一つは、パキスタン政府に事前通告なしで実行されたということ。
つまり外国の領土内で、しかも首都近郊で相手政府の了解もなしに軍事作戦を展開し、5人の人物を殺害したのです。
これは主権侵害というより、米国は自らの正義、自らの利益のためには相手国の事情など一切考慮しない国、ということです。
二つ目は、米国市民が国中で星条旗をふり、拳を突き上げながら「USA」「USA」と連呼していたこと。
まさに戦争に勝った、そういう高揚ぶりでした。
特に、メジャーリーグの試合中に、観客が総立ちになって「USA」とコールする様は、壮観であるとともに異様でした。
米国民は、相手が敵であれば、殺人であっても歓喜し、愛国心を異様なまでに掻き立てられるということです。
三つ目は、特殊部隊員のヘルメットに特殊カメラが装着されていたらしく、オバマ大統領やクリントン国務長官、軍高官らが、ある部屋に集合し、モニター画面で作戦の実行状況をリアルタイムで見ていたということ。
この事実には、米軍の作戦遂行能力の高さとともに、度肝を抜かれたと言うか戦慄さえ覚えました。
これは、米国の指導者は危機に対して冷徹であり、特殊部隊の作戦遂行能力に強い自信を持っていたということです。

White_house      モニター画面で作戦の実行状況を確認するオバマ大統領やクリントン国務長官

まあ、一つ目は、米国へのコカイン密輸に絡んでいるとしてパナマに侵攻し、最高指導者であるノリエガ将軍を捕捉して米本土に連行したことを考えれば、驚くに値しないかもしれません。
ノリエガ将軍のときはビックリしましたけれど。
二つ目も、戦争となると、大統領支持率が90%に跳ね上がる国民性を考えれば、「やっぱり」なのかもしれません。
が、今の日本人からすれば、ちょっと信じられない感覚ですね。
三つ目は、いやもう「さすがはアメリカ!」です。

Usa          ホワイトハウス前で歓声を上げる群衆=2日未明、ワシントン(AP)

しかし、米国民の歓喜も長くは続かないと思います。
反米テロリストは、イスラムの独裁国家と貧困問題が解決されない限り新たに生まれ続けます。
なぜなら独裁も貧困も米国のせいとイスラムの民は思っているからです。
それとパレスチナ問題。
イスラエルで穏健派が衰退し、ユダヤ原理主義者が台頭している現実を考えると、それに対抗するイスラム原理主義勢力は一定の影響力を維持し続けるでしょう。
そして、米国内で影響力を強めているキリスト教原理主義勢力の存在も問題の解決をさらにむつかしくします。
彼らは聖書に書いてあるとおり、中東はユダヤ人のものと信じていますからイスラムとの妥協を許しません。

私は、テロとの戦いは理解できますが、根本は米国によるイスラム世界への関与にあると思います。
イラクもアフガニスタンも軍事的に関与するべきではなかったような気がします。
そもそもの始まりは、ソ連のアフガニスタン侵攻に対抗したムジャヒディン(イスラム聖戦士)を米国が全面支援したことです。
ところが、1991年の湾岸戦争以来、米国の支援で大きく成長したムジャヒディンは反米に転じます。
そして9.11米同時多発テロ、多国籍軍によるアフガニスタン侵攻、イラク戦争、と米国対ムジャヒディン(アルカイダ)の戦いは続くわけです。

もう泥沼ですね。
米国は、足を取られて抜けたくても抜けられない。
そもそも、地域の問題は地域の民衆(国民)によってしか解決できないのです。
ましてやイスラムの価値観で生きている地域に欧米的価値観を押し付けてもうまく行くわけがありません。
今のリビアのように、あくまでも主体はその地域の民衆で、欧米は側面支援に徹するという姿勢を過去において取っていれば、ここまで事態は悪化しなかったと思います。

テロを封じ込めるのも大事ですが、テロリストの温床であるイスラム世界の腐敗した独裁権力と貧困、この問題の解決に努力を傾注するべきです。
エジプトでは民衆革命の結果、イスラム原理主義の影響力が大きく低下しているそうです。
結論から言えば、民主化と経済成長しか「テロとの戦い」に勝利する方法はないのです。
パレスチナも同様です。
原理主義勢力ハマスが伸張したのは、アラファト率いるパレスチナ暫定自治政府の腐敗と堕落、民衆の極限的な貧困が原因です。
目先の国益で腐敗した独裁政権を支持する、キリスト教原理主義勢力に押されてイスラエルの横暴を黙認する、こういう愚は、このあたりで改めるべき、私はそう思います。

ところで、今回の出来事で、ふっと思ったのが、北朝鮮による日本人拉致事件です。
もし、同じように米国民が何十人も工作員によって連れ去られた事実を確認したら米国はどうするだろうか?
と……
米国は時間をかけて綿密に調査し、救出のための特殊部隊を送り込むのではないか、自国民の人権のために、自国の威信のために、
と夢想しました。
そして、北朝鮮に米を10万トンも支援することなど絶対にありえない、
そんなことをしたら大統領は暗殺される、
と……

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【追記】
昨日のエントリに以下の投稿がありました。
勘違いに基づく、と言うより無知に基づく私のブログに対する中傷です。

>GDP世界第2位といっても、その45%を貿易が占めている。

GDP対貿易収支の事ですよね。
これはさすがに嘘でしょ。
2009年度で
GDPが4.98兆ドル
貿易とサービス収支が合わせて3488億ドルですから、2009年で7%といったところですよ。

日付:2011/05/03 3:23
IPアドレス:122.134.203.73
HN:未記入

中国の名目GDP百分比 2000年-2009年
http://members3.jcom.home.ne.jp/takaaki.mitsuhashi/ChinaGDP100730.JPG

あれ?以前のエントリーで三橋さんのブログに書いてある事は既知のことばかりだと言ってませんでしたっけ。

日付:2011/05/03 3:27
IPアドレス:122.134.203.73
HN:未記入

どうやら貿易依存度を理解できていないらしい。
貿易依存度とは、国内総生産(GDP)に対する輸出額(FOB価格)及び輸入額(CIF価格)の割合です。
ちなみに私が挙げた数字は、総務省統計局の9-3貿易依存度に基づいています。
輸出依存度24.5%、輸入依存度20.5%、合計45%、これが中国の貿易依存度です。
それにしても、世界に冠たる貿易大国である中国が7%なんて常識的に考えてもありえませんよね。

この「名無し」くん、三橋貴明氏の熱烈な支持者のようですね。
私が、ずいぶん前に一度だけ書いた三橋氏のブログに対するコメントを未だに根に持っているみたい。
このコメント、批判と受け取られかねないので、数時間後には削除したはずですが、いやしつこい。
しかし、三橋氏のブログ、けっこう解りやすく説明しているのに、受け取る側のレベルがこれでは、ちょっと寂しいですね。

なお、私は、三橋氏のブログをほとんど読みません。
特に最近は「まったく」です。
理由は「私にとって」あまり参考にならないからです。
私は、政府や国際機関の統計、あるいは複数のメディアの報道などを参考に自らの頭で経済事象を判断します。
かといって、三橋氏のブログを否定しているわけではありません。
一般の人があまり知らないことを、できるだけ解りやすく解説する、それはそれで価値があると思います。
が、私とは距離がありますし、ほとんど縁のない極めて薄い存在です。

読者の皆さんにお願いしたいのですが、このブログに批判的コメントを寄せるのは構いませんし、私はほとんど公開しています。
が、根拠のない批判、陰謀論の書き写しはご遠慮願いたい。
投稿されても公開されません(削除されます)。
逆に言えば、公開されている批判コメントは、私が「一理あり」と判断しているということです。

なお上記の二つのコメントは、私のブログの信頼性を傷つける内容であり、削除しようと思いましたが、「無知による批判」、つまり中傷には反論しなければなりませんからあえて取り上げました。

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2011/05/02

中国の真の脅威はGDP世界第2位ではない。

中国は昨年、我が国を抜いてGDP世界第2位の経済大国になった。
これをもって「これからは中国の時代だ」とか、「中国が国力においてすでに日本をしのいでいるとともに、 中国がアジアの主人公になったのである」といった論調の話がまことしやかに語られている。
が、ほんとうにそうだろうか?
私の答えは否!である。
中国と我が国のGDPの逆転は、さほど問題ではないし、ましてや悲観する必要などまったくない。
それより、GDP世界第2位の実態を冷静に見つめるべきである、と私は思う。

中国の人口13億人のうち9億人が貧困層で、さらに1億5000万人は1日1ドル(100円)以下の生活を強いられている絶対的貧困層だ。
医療保険も、比較的豊かな大都市でさえ約7割しか加入しておらず、圧倒的な人口を抱える農村部では実質的に無保険の状態にある。
また、賄賂が横行し、役人の横暴ぶりは、しばしばニュースになるほどである。
炭鉱事故が多いのも、共産党官僚や役人が裏で絡んでいて、違法状態にある炭鉱が後を絶たないためだ。
地方の共産党官僚や役人の横暴・腐敗に対しては、年間約8万件の暴動が起きている。

このような中国の実態は中共当局もよく認識している。
だから彼らは、自らを「未だ発展途上国」と言うのだ。
中共は、2005年10月に開催された中央委員会第5回総会において、全国民が改革の成果を享受できる「調和社会」の建設加速を強調する声明を発表した。
この声明は、胡錦濤総書記の新指導思想「科学的発展観」に基づくもので、江沢民時代の成長至上主義を排し、貧富の格差是正、資源節約、環境保護などに重点を置く内容になっている。
声明はまた、リサイクル経済の発展と健康で文明的な消費モデルの確立を目指すとしている。
この声明を具現化するのが「第11次5か年計画」(2006~10年)だった。
そして、その最終年度(2010年)に中国はGDP世界第2位の経済大国になった。
では、この間に全国民が改革の成果を享受できる「調和社会」の建設を加速できたのであろうか?

以下の記事を読んでほしい。

中国では昔から、「順口溜」という韻文風の風刺文学がある。日本の川柳をいくつかくっつけて出来上がったようなものだ。その内容も川柳と同様、おかしげな社会現象への風刺や惨めな立場にある人々による自嘲などが主である。

ネットの世界ではこの類いのものが常に流布されているが、それらを読んでみると、笑いを誘われながらも中国の世相がよく分かってくる気がする。

たとえば近年来、深刻な社会問題となっている貧富の格差の拡大を反映して、「貧乏人」と「金持ち」に関する次のような順口溜が出回っている。

女房が人と寝るのは貧乏人だが、人の女房と寝るのは金持ちである。

牛や豚を飼う奴は貧乏人だが、犬や猫をペットにする奴は金持ちである。

田んぼで稲を植える奴は貧乏人だが、庭で花を育てる奴は金持ちである。

土を耕す奴は一生の貧乏人だが、土地を売買する奴は子孫まで金持ちである。

ホンモノを作っていても貧乏人のままだが、ニセモノを作るとたちまち金持ちになる。栄養食品を作って売る奴は、しょせん貧乏人だが、有毒食品でも作って売れば金持ちの仲間入りができる。

友人から借金する奴は貧乏人だが、国からカネを掠(かす)めた奴は大金持ちである。

以上の順口溜を読めば、現在の中国で一体どういう人たちが金持ちとなって、逆にどんな人たちが貧困にあえいでいるのかがよく分かる。

とにかく、働き者や正直者が貧乏人となって、悪い奴ほど金持ちになるというのは、まさしく「社会主義大国」中国社会の実情なのである。

それでは、この国の貧乏人たちはどのように生きているのか。次のような有名な順口溜がある。

結婚はしたいけどそれは無理なことだ。マンションも車も持たない俺に誰が嫁に来るというのか。

結婚して子供を産みたいけど、それはまた無理なことだ。産院で帝王切開でもすれば3カ月分の給料が飛ぶではないか。

子供は産んではみたが、学校へ行かせるのは無理なことだ。入学金だけで半年分の給料が要るから。

子供が大きくなってうれしいけど、病気にでもなれば大変なことだ。医療費一つで家がつぶれてしまう。

病気が治らず死にたいけど、それはさらに大変なことだ。火葬代があれほど高騰してどうやって死ねるのだろうか。

この順口溜の言わんとするところは明々白々であろう。要するに「経済大国」と称される中国の貧困層にとって、生きるのも死ぬのも容易ではない、ということである。

「帝王切開で3カ月分の給料が飛ぶ」とか、「入学金だけで半年分の給料が要る」とか、あるいは「医療費だけで家がつぶれてしまう」とかは、決して風刺文学特有の誇張ではない。むしろ今の中国の現実であることがよく知られている。

今年2月6日に国営通信社の中国新聞社が配信した社会記事でも、「食べていくのに精いっぱい」という低層の人々の生活難の実態が克明にリポートされている。

そして4月22日に発表された米調査会社ギャラップの「2010年の幸福度調査」によると、自分の生活について「満足している」と感じている中国人は全体の12%でしかなく、逆に「苦しい」と感じている中国人は71%もいることが判明したという。

この国の民はいつになって、生きることの苦しさから解放されるのであろうか。

Sekihei

【プロフィル】石平 せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。

正直者が貧乏人、悪い奴ほど金持ちに…“川柳”でみる中国格差社会
(2011/04/28 SankeiBiz)

中国人から日本人になった石平氏の眼はシビアだ。
現代中国の実態を「順口溜」(中国風川柳)を引用しながら見事に暴いている。
第11次5か年計画が終了し、GDPは世界第2位になったけれども、「全国民が改革の成果を享受できる“調和社会”」など、ほど遠いのだ。

朝日新聞は、第11次5か年計画が発表された2005年10月の社説で、中国の問題を以下のように指摘した。

「病院の門は大きく開いている。だけどお金がないから入れない」「病気になったら焦る。焦る。病気になったら、計画経済が懐かしい」

中国ではやっている中国式狂歌である。最近、医療への不満をぶちまける歌が増えている。

計画経済が中心だったころは、職場が医療費を負担した。だが、市場経済化に伴って、国有企業が次々に解体し、多くの人たちが医療費を自分で工面しなければならなくなった。おまけに、病院は金もうけに走り、検査費だけで月給を上回ることも珍しくない。
貧しい人は病院に行けないのだ。

中国の経済発展はめざましいが、国民の収入の差は大きい。国家統計局が都市住民の収入を調べたところ、上位10%の人たちに富の45%が集まっていた。下位の10%の人たちは2%も得ていない。

医療だけでなく、福祉や年金の制度もくずれたため、貧しい人たちの生活は悲惨だ。
このままでは5年後に社会がもたなくなる、と政府系の賃金研究所でさえ警告している。

一方、農村では開発のために、ただ同然で田畑を取り上げられた農民の暴動が頻発している。背景には地方官僚と開発業者の結託が目立つという。親中国の香港紙によると、一昨年には中国で6万件の暴動が起きた。

そんななか、中国共産党中央委員の年に1度の全体会議が北京で開かれた。06年から10年までの第11次5カ年計画の方針が採択された。

10年で1人あたりの国内総生産(GDP)を00年の倍にする。同時に20%の省エネをめざす。そうしたことが方針に盛り込まれた。

現在のような高い成長率を保ちつつ、できる限り資源やエネルギーを大切に使っていこうというのだ。

こうした方針の転換には、国家主席を兼ねる胡錦涛総書記の考えが反映している。
これまでの発展至上主義だけでは、資源やエネルギーが足りなくなって、いつかは行き詰まる。人々の生活も壊れてしまう。そんな危機感の表れだろう。全体会議は深刻な格差についても「緩和に努力する」と約束した。

問題はどうやって実行するかである。格差を縮めるには、個人や企業から所得に見合う税金を徴収して、医療や福祉にあてる再配分システムをもっと充実させることが必要だ。多くの人たちを生活苦から救うためには、税制や財政の思い切った改革が欠かせない。

さらに、国民の声が政策に反映する民主的な仕組みができない限り、貧しい人たちの不満は収まらないだろう。

全体会議が閉幕した翌日、2人の飛行士を乗せた有人宇宙船「神州6号」が打ち上げられた。07年をめどに月探査も計画する。08年には北京五輪もある。

光り輝く計画の一方で、影の部分に本当に光をあてることができるのか。世界がその成り行きを見つめている。

中国--貧しい人を救えるのか
(2005年10月14日 朝日新聞【社説】)

Sinsen6                    有人宇宙船「神舟6号」打ち上げの瞬間

有人宇宙船を飛ばし、08年には五輪を、10年には万博も成功させた。
が、石平氏が紹介した順口溜を読む限り、朝日新聞が危惧した中国社会の本質は変わっていない。
絶望的なまでの格差社会である。
圧倒的多数を占める農民は未だ無保険状態だし、暴動の件数はむしろ増えている。
GDP世界第2位の実態はこれなのだ。

にもかかわらず問題なのは、中国が毎年10%以上軍事費を増大させ、空母建造を中核とする外洋海軍(blue water navy)の建設を急いでいることだ。
絶対的貧困層が1億5千万人もいる、つまり発展途上国という理由で、世界銀行やアジア開発銀行から巨額の融資を低利で受けていながら、ビルマやアフリカの資源国に我が国を上回る援助を行っていることだ。
これは、経済成長を持続するために必要な資源を軍事力と資金力で確保しようとしている、ということだ。
そして、その資金のかなりの部分を世界銀行やアジア開発銀行からの巨額の融資でまかなっている。
ここに中国の狡猾さと真の脅威がある。

GDP世界第2位といっても、その45%を貿易が占めている。
そして、海外輸出の50%は外資系企業である。
これは、何を意味しているのか?
つまり、中国自身には国際競争力のある付加価値の高い製品がほとんどない、ということだ。
これが世界第2位の実態なのだ。
「これからは中国の時代だ」などと大騒ぎするほどのものではない。

そんなことより、中国は成長至上主義を変えることができない、ということの方が真の問題なのだ。
なぜ成長至上主義を変えることができないのか?
それは、高度成長が、「調和社会」の建設を加速できない中共体制にとって必要不可欠だからである。
社会の安定を維持するためには高度成長を続けるしかない。
そして高度成長のためには、軍事力と資金力を背景に外に向かって膨張し続けるしかない。
高度成長が失速すれば、怨嗟に満ちた超格差社会は間違いなく大混乱する。

中国の高度成長のための侵略性を帯びた対外膨張主義、
あるいは、その逆の、高度成長の失速に起因する13億人の社会の大混乱、
我々が注視しなければならない中国の本質的問題はここにある。
GDPの順位なんて問題外なのである。

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2011/05/01

日米同盟こそが我が国の基盤

私は、3月4日のエントリ「私は反カルトを貫きます。」で、反米陰謀論者を“敵”と位置づけた。
これは思想的に左右を問わない。
いかに愛国を謳っていても、反米陰謀論を振りかざす人を私は受け付けられない。
理由は、これらの人の存在は我が愛する日本にとってマイナスと思うからだ。

気持ちは解る。
私も根っこは「反米」だから。
私が反米の理由は、「米国の正義」が「世界の正義」だと思っているところである。
自由と民主主義を普遍的価値として掲げながら、親米国家の権威主義的政権による独裁支配は容認する。
このダブルスタンダードを私は許容しがたい。
が、我が国の国益を考えた時、私は反米の立場に立たない。

米国は我が国に2発の原爆を落とした。
この人体実験とも言える原爆投下で21万人の国民が死んだ。
東京大空襲では、ナパーム製高性能焼夷弾約100万発を投下し、一夜で非戦闘員10万人を焼き殺した。
これらは明らかに戦争犯罪である。
にもかかわらず、戦後、米国は「この裁判の原告は文明である」として我が国を一方的に断罪した。
私は、米国の犯した戦争犯罪や極東国際軍事裁判のあり方に強い憤りを覚える。
が、今さら事を荒立てようとは思わない。
全ては、主権国家が交戦権を行使した結果だったのだ。
だから(当時は)戦争犯罪も戦犯も存在しない、と私は考えている。

戦後の我が国の歴史を思い出してほしい。
1956年7月17日の経済白書は、もはや“戦後”経済ではない、と宣言した。
前年の1人当たりの実質国民所得が戦前の最高水準を13%も上回るまでに日本経済は回復したからだ。
つまり10年間で、我が国は焦土の中からの復興を果たしたのだ。
この原動力になったのが、1950年から1953年まで戦われた朝鮮戦争である。
朝鮮特需は直接特需だけで10億ドル(1950年から52年までの3年間)、1955年までの間接特需は36億ドルと言われる(計1兆6千560億円・1ドル360円)。
ちなみに、我が国の一般会計予算が1兆円を突破したのは1953年(昭和28年)のことである。
ただ、戦後、1952年までに我が国が負担した占領軍総経費(終戦処理費)は47億ドルとも言われ、各種朝鮮特需の総計(46億ドル)に匹敵する。
ということは、朝鮮特需が戦後の高度経済成長の礎になったことは間違いないが、我が国も応分の負担をしたということだ。

戦後の日本は、石炭と鉄鋼を重点的に増産し、さらに化学肥料や電力などの重点的な産業に資材を重点配給した(傾斜生産方式)。
これが重工業復興の呼び水となった。
1956年には、商船建造量(造船)が英国を抜いて世界一になった。
その後1960年代には繊維産業が花形になり、米国市場を席巻する。
そして1970年代前半に日米繊維摩擦が起こる。
1970年代後半になると、鉄鋼と家電(特にカラーテレビ)が日米間で問題になる。
その後も日米自動車摩擦、日米半導体摩擦が続き、日本製品の米国市場におけるシェア拡大が次々と問題になる。
が、日本の対米輸出超過、米国の対日貿易赤字拡大はとどまることがなかった。
そこで実行されたのが1985年9月22日のプラザ合意である。

この合意で、為替レートは1ドル235円から1年後には150円台で取引されるようになった(現在は80円台)。
さらに米国は、日本建設市場の開放や牛肉・オレンジの輸入自由化を要求する。
そして、その後も様々な規制の緩和や撤廃を我が国に求めてくるのである。
が、それでも日本の対米輸出超過は現在まで続き、1985年(プラザ合意)の9兆3,693億円から2009年の3兆4,226億円に減ってはいるが、依然としてその黒字は巨額である。

以上が、対米関係を軸にした戦後日本経済の大雑把な歴史だが、今日の日本が米国との密接な関係を抜きにしては考えられないことがよく分かる。
これを対米隷属と言う者がいるが、私はそうは思わない。
むしろ、戦後の高度成長と今の豊かな日本は米国のおかげである、と言っても過言ではない。

戦後、日本には三つの選択肢があった。
一つは米国との同盟である。
もう一つは中立である。
そして三つ目がソ連や中国(中共)との同盟。
その中で、我が国は米国との同盟を選択した。
これは正しい選択であった。

日本社会党という非武装中立を掲げる政党がかつてあった。
が、この党の中立は反米・反日米安保であり、中立というのは隠れ蓑であった。
そもそも非武装中立などありえない。
軍隊を持たず、交戦権さえ有さない国が自立してやっていけるだろうか。
答えは否である。
それを承知で社会党は非武装中立を掲げていた。
もし、社会党が政権を取っていれば、間違いなくソ連の衛星国に成り下がったであろう。
もっとも、賢明な日本国民は、この社会党に国政において3分の1以上の議席を与えなかった(1度の例外を除いて)。

確かに日本は米国に従属している(隷属ではない)。
が、軍隊を持たず、交戦権さえ有さない国が米国にその安全保障を依存するのはやむを得ない。
日本が米国と対等の関係にありたいと思うのであれば、まず軍隊と交戦権を認めることである。
そして集団的自衛権の行使を当たり前のこととし、日米同盟を片務型から双務型に切り替えなければならない。
米国は日本を防衛する義務があるのに日本は米国を防衛する義務がない、こんな同盟関係にありながら、対米従属を批判するのはおかしい、と私は思う。

社民党は憲法第9条を擁護し、
自衛隊は縮小を図り、国境警備・災害救助・国際協力などの任務別組織に改編・解消して非武装の日本を目指します。また日米安全保障条約は、最終的に平和友好条約へと転換させ、在日米軍基地の整理・縮小・撤去を進めます(社会民主党宣言)
としているが、これはもう論外である。
また、右に位置する反米主義者も、憲法改正への動きさえ具体化していないのに、自国の安全保障を依存している米国に対する敵意を煽る、という点でマイナスの存在でしかない。
プロパガンダを駆使して反米感情を煽るなんて許されないことだ。

Ronald_reagan_oparation_tomodachi               Opereation Tomodachi 米原子力空母 ロナルド・レーガン

左右の反米主義者たちは、今回の大震災で見せた米軍の「TOMODACHI作戦」をどう捉えただろうか?
「日本占領」以来初めて、米軍の威力が目に見える形で発揮された。
「日本有事」への米軍の大規模即応能力の一端を我々は、はっきりと認識できた。
中国や北朝鮮、あるいはロシアなどの周辺諸国も米軍の力と、自衛隊との一心同体ぶりを思い知ったであろう。
米国や在日米軍を非難するばかりで、その価値を認めようとしない輩に鉄槌を下したい気分である。

我が国は、憲法を改正し国防軍を所有したとしても、一国だけで国土を防衛するのは無理がある。
やはり集団的安全保障に頼らざるを得ない。
その際の選択肢は今のところ米国しかない。
民主党の鳩山由紀夫前首相が言うような「中国を含めた東アジア共同体」に軸足を置くなどまったくの妄想である。
我々は、もっと米国との相互理解、相互協力を深めるべきである、と私は思う。

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makotoban

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