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2011/06/28

今日は久しぶりに全共闘運動を語ろう

1960年代後半から70年代初頭にかけて全国の大学を席巻した激しい学園闘争。
このブログの読者でも、当時、何故あれほどまでに学生運動が高揚したのかよく解らないという方が多い。
私は、解らなくて当然だと思う。
なぜなら理由が多岐にわたるからだ。

まず最初に、当時の革命党派について説明しておこう。

全学連、新左翼、全共闘、いずれも当時の左翼学生運動を指す名称だが、その内容は違う。
全学連は、全日本学生自治会総連合のことで、読んで字の如し、学生自治会の連合組織である。
新左翼というのは、社会党や共産党などの既成左翼と違う「新しい左翼」という意味で、もっぱら反日本共産党の左翼過激派を指す。
全共闘、これがもっとも有名だが、これは全学共闘会議の略称で、党派と無党派、そして個人の共闘組織であり、中央大は全中闘、同志社大では全学闘を名乗った。
なお、革マル派は東大闘争後、全共闘から完全に排除された。

党派には、大雑把に言って、トロツキズム、 ローザ・ルクセンブルク主義、構造改革派、毛沢東主義の流れがあった。
もっとも影響力があったのはトロツキズムとその亜流で、第4インター(通称「4トロ」)や革共同両派(中核と革マル)はこの流れにある。
ローザ・ルクセンブルク主義の影響は社青同解放派(革労協)に強く見られ、この党派だけは日本共産党を出自としない(出自は社会党)。
構造改革派の代表格は統一社会主義同盟であり、通称を「フロント」と称した。
毛沢東主義は、日本マルクス・レーニン主義者同盟・通称「ML派」がもっとも有名だった。

では、私が所属した共産同(ブント)はどの流れに属したのか?
実は、今もってこれがはっきりしない。
共産主義社会を目指し、暴力革命を掲げていたからマルクス主義の党派であったことは間違いないが、組織内にはトロツキズムに近い者から吉本隆明に強い影響を受けた者まで様々な立場の人間がいた。
つまりブントというのは、党派としての明確な主義(ism)がなかったのである。
ざっくりと言えば、革共同に対する対抗意識が組織の求心力だった。
主義(ism)があったとすれば、それは、党組織建設より闘争(運動)を優先するという「ブント主義」。

革共同(中核と革マル)においては、「プロレタリア的人間としての主体の形成」が求められ、「プロレタリア的人間への自己変革をなし遂げた者によって構成される強固な“前衛党”」が革命闘争を指導するとされた。
これに対しブントは、「人間の自己変革は革命闘争の中でこそ実現できるもので、闘争と切り離して主体の形成を求めれば、それは宗教になる」と強く批判した。
これが中核派の「党の戦略・戦術」と、ブントの「戦略・戦術の党」の違いとなって表れたのである。
で、管理教育と成績至上主義への反発が根底にあった私には、当然のことながら革共同(中核と革マル)は不可だった。
反体制を標榜する者が、暗愚な大衆を指導する“前衛”=「イデオロギー的権威」を志向する、これは私には理解不能と言うか、許せないことだった。

ブントというのは全共闘に重なる。
異なる主義主張を持った者が「暴力革命」という一点で同盟する、つまりブント自体が全共闘的党派だった。
だから中央大全中闘や同志社大全学闘は、丸ごとブントたりえたのだ。
が、こういう闘争第一主義の組織は、運動の高揚期は大きな力を発揮するが、衰退期に入るとその存在価値を失くす。
我がブントが、70年安保闘争の敗北後に四分五裂したのは当然のことだったのかもしれない。
また、こういう組織から赤軍派が派生したのも、ある意味では理解できる。

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Syagakudo                     私が被っていた赤ヘル

皆さんは、連合赤軍と赤軍派を同じものと認識しているかもしれない。
が、この二つは明確に違う。
赤軍派はブントだったが連合赤軍はそうではない。
ブントの名誉のためにも、このことだけははっきりとさせておきたい。

連合赤軍は、ブント赤軍派の落ちこぼれと、「権力は銃口から生まれる」という毛沢東の教えを単純に信仰した京浜安保共闘(日本共産党革命左派)が合体したものだ。
当時、赤軍派は銀行強盗で得た資金を有していた。
一方の京浜安保共闘は真岡市銃砲店襲撃事件で銃を手に入れていた。
この「資金はあるが銃がない」赤軍派の一部と、「銃はあるが資金がない」京浜安保共闘が、何の思想的整合性もなく、ただ「武装蜂起」という一点のみで野合したのである。

山岳ベース事件における大量リンチ殺人は、ブント主義の対極にある。
が、そのリンチ殺人にブント赤軍派の一部が加担した。
そこには「プロレタリア的人間への自己変革」を求める革共同的な思想が背景にある。
「プロレタリア的人間=革命戦士としての主体の形成が不十分」=小ブルジョア(プチブル急進主義)として糾弾され、暴力による総括が実行されたのだ。
これは毛沢東主義者(京浜安保共闘)の発想である。
リーダーが、田宮高麿から「ゲバ棒一本持てんやつに戦争ができるか」とコケにされた森恒夫だったこと、その相棒が「女としての自分に100%の劣等意識を抱いていた」永田洋子だったことも不幸だった。
そして彼らは極寒の山岳地帯に追い詰められ、極限状態にあった。

中核派と革マル派が、血で血を洗う凄絶な内ゲバを繰り広げたのも「プロレタリア的人間への自己変革」に原因がある。
革マル派から見れば、中核派は「プロレタリア的人間への自己変革」が不十分なプチブル急進主義者であり、解体するべき存在である。
中核派からすれば、革マル派は「“前衛党”建設」を口実にして革命闘争に敵対する反革命・権力の手先となる。
元々が同根だから近親憎悪的な側面も強い。

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60年安保を闘った学生と70年安保を闘った学生は明確に違う。
60年代安保世代の目の前には絶対的貧困と核戦争の恐怖があった。
そして時代は、左翼の世界に君臨していたスターリンの権威が地に落ちたころだった。
まさに今までの前衛党が否定されたのである。
だから60年安保闘争は、日本共産党を飛び出した(除名された)学生細胞が中心となって担うことになった。
彼らを突き動かしたのは、反貧困、反核、反米、そして反日本共産党である。

70年安保世代の時代も貧困は残っていた。
が、時代は高度成長の真っ只中で、日々生活が豊かになっていた。
こういう背景の中で、彼らは反貧困だけではなく、既成の権威や管理体制に異議を突きつけた。
つまり反貧困に反権威と反管理が加わったのである。

60年世代にとって日本共産党は、憎むべき敵でありながら、彼らを生んだ親でもあった。
が、70年世代にとっての共産党は単なる反革命でしかなかった。
共産党も既成権威の一つであり、打倒の対象だった。

60年世代は多くが学生服を着ていた。
70年世代の定番は、ジーンズにスニーカーとロン毛。
私の髪も肩より長かった。
ジョーン・バエズやPP&M、あるいはボブディランなどの反戦・反体制フォークソングに親しんだ者も多く、ビートルズにのめり込んだ者もいた。
また、柴田翔、高橋和巳、倉橋由美子、井上光晴などの著作が好んで読まれた。
このような精神的・文化的背景の中で、既成の権威や体制による管理・抑圧に対する反抗心が醸成されたのである。

ベトナム戦争も大きかった。
弱者=ベトナムを侵略し無差別に人民を殺害する強者=米国、その極悪な米国に追随する日本。
極めて解りやすい「正義と悪」の構図が目の前に示されていたのである。
このベトナム戦争、多くの一般市民や者が反戦運動に参加していた。
より敏感な学生が、反戦に立ち上がるのは自然の成り行きだった。

つまり、70年安保闘争≒全共闘運動の根底にあったのは既成権威の打倒、管理体制からの自由、ベトナム反戦であり、それに反貧困と反権力が合流したのである。
それが多くの学生の共感を呼び、無党派=ノンセクト・ラディカル主導の全共闘運動が高揚したのだ。
「別個に起(た)って共に撃つ」、これが全共闘運動である。
要は、思想的背景や信条が違っても、反権力・反体制で連帯し共に闘う、これが基本だった。
もちろん共産主義を志向した者も多かったが、共産主義革命が実現すると信じていたのは少数派だったと思う。

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全共闘運動が高揚した背景には当時の学生の生活環境も大きく影響している。
高度成長で豊かになったとはいえ、多くの学生は冷蔵庫はもちろんテレビもなく、4畳半の風呂なし共同便所の安アパートで暮らしていた。
居酒屋で呑む酒代もなく、娯楽と言えば麻雀くらいだった。
実際、麻雀と同じレベルでデモに参加していた学生たちもいる。

が、この全共闘運動、山岳ベース事件で瀕死の状態に陥ってしまった。
ジーンズにスニーカーとロン毛、ジョーン・バエズやPP&M、あるいはボブディランなどの反戦・反体制フォークに親しんだ者にとって、大量リンチ殺人など絶対に受け容れられない出来事だったからである。
そして、革共同両派(中核と革マル)及び革労協の凄絶な内ゲバが全共闘運動に止めを刺した。

全共闘運動で圧倒的多数を占めた無党派=ノンセクト・ラディカルの大半は、ゲバ棒を捨て髪を切り、普通の社会人として巣立っていった。
彼らは今でも政治的には左だと思う。
おそらく社民党や民主党を支持している。
私のような深刻な挫折(内ゲバや武装闘争)を経験していないから、左翼時代が「良き思い出」になっているのだ。
そして、彼らの歴史認識は「日本が悪い」。

こういう者たちを目覚めさせるのは難しい。
私たちは、若い世代に「正しい歴史」を受け継がねばならない。

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コメント

経験者の解説は大変に参考になります。
個人的に「新左翼」という言葉をやや間違って使っていました。
お恥ずかしいかぎりです。

>私たちは、若い世代に「正しい歴史」を受け継がねばならない。
どうか、左翼思想が社会を席巻した時期があったということを
経験者の立場から、これからも伝えていっていただきたいです。
日本の不思議な「サヨク」の行動の理由を、
「お金とチョン」としか発想できない若い人達が本当に多いです。
相手の動機と目的を理解しないで戦うことは不可能です。

投稿: 鳩槃荼 | 2011/06/28 18:06

とでも参考になりました。サヨクについては良く知らなかったのですが、詳しく解説していただいたのでなんとなく理解できました。

投稿: y | 2011/06/28 18:54

丁度、私の生まれた時代ですね。
学生時代にもまだアジ演説などを聞いた覚えが有り、小僧なりにカッコいいな思ったこともあります(笑

ブログ主さんの仰る通り、最近の左巻きの連中は本当に「抜けてない」ですねぇ・・・本来ならば右も左も日本を良くする為に存在すべきなのに、どんなに知識を持ち合わせても、未だに「日本が悪い」とか盲信してるんだから、じゃあお好きな国に帰化してくださいよと言いたいです。

あーそれと、ブログランキングを2つともクリックしてるんですが、これクリック時に別タブが開くようになりませんかね?(;´Д`)
1つ押すと、こちらのブログからすっ飛んで行っちゃうんで、もう1つ押すためにまた戻ってこなければならなくて・・・・面倒くさい(ボソ
ε=ε=ε=┌(;゚д゚)┘シツレイシマシター

投稿: 70’S | 2011/06/28 21:58

60年代に世界に流行った学生運動の影にはソ連の工作があったといいます。遅ればせながら歴史を学びだし、このたびは「大東亜戦争とスターリンの謀略」というGHQの言論封殺で発禁処分を受けた本を手に入れ読み始めました。目からうろこです。尾崎秀美とゾルゲの工作、近衛文麿に対する追及がもっとなされてしかるべきと思います。軍にすべて責任を押し付けているが、真に断罪されるべきはスターリンであり共産主義者です。自由な言論がいまだになされていないのは、共産主義シンパが各種業界に君臨しているからではないでしょうか?日本列島は日本人だけのものではないと公言した人物に日本の政治を任せていいのでしょうか?仙石氏も学生運動家上がりで、いまだに現役です。現実と夢の区別もつかない夢うつつで一生を終えるのでしょう。日本人にとっては迷惑この上ないことです。資本主義ー社会主義ー共産主義。どれがわれわれ庶民を幸せにしてくれる制度なのか、国民が考え決めることです。

投稿: 日本人 | 2011/06/28 22:59

サイゴンツーリスト、日本ボランティアツアー募集
http://www.viet-jo.com/news/social/110625075315.html

被災地復興をなおざりにして反日売国民主党政
権がやっている事は観光呼び込みやビザの緩和
などに力を入れていることが判る。

【旅の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/tabi/tabi.cgi
【旅タイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。

投稿: 愛信 | 2011/06/28 23:02

日本が悪い、なんと短絡的で無責任で厭世的な思考か、日本人に生まれた以上背負ってゆくべきものがあるんですよ、わたしはのほほんと個人主義よろしく生きてますがちゃんと日本人背負ってます、逃れられないんですね、しかし日本は良い国です、先人に感謝しますよ。でもこの考えはネットを始めるまで無かった、日本を救う道はもはやネットにしかないのか?

投稿: karzu | 2011/06/28 23:28

私は団塊の世代より少し下の年代ですが当時の学生運動の背景にあった既存権力を打倒するかのようなベクトルにある種の情景を抱いていました。
髪を伸ばしフォークソングやハードロックにのめり込みその先には反体制の理想郷を垣間見るような勢いがありました。
しかしその理想郷のために爆弾闘争を展開する行動理念に唾棄するものを感じ始めた次第です。
その頃より天皇陛下を日本人の精神的根幹の長とする考えが理想社会を構築する要であると考え、その思いは年を重ねた今はより一層、強いものとなり、天皇制を良しとしない似非インテリの左派勢力を日本から一掃すべきと思う次第です。

投稿: 皇国の民 | 2011/06/29 09:48

私は日本で学生運動の火が燃え盛って居た時は殆ど海外生活(米国、カナダ)でしたので、学生運動が何故にあれ程まに過激になるのか?はさっぱり理解出来ませんでしたし、更に全学連、新左翼、全共闘、などの党派は名を知って居るだけで組織の内容は全く知りませんでした。

過激な運動に身を挺し、暴走を重ねて自滅しましたが・・・自滅したのは過激派で、どっこい!、大半の党派の学生の意識は死滅した訳ではなく、戦法を転換し・・・過激な運動から、深く静かに国民の間に潜行して、人間の「不安、不満、物質欲、依存心」に巧みに付け入り、美名(人権、差別、国際条約、言論の自由、)の陰に牙を隠して巧みに人心を掴み強力な地歩を固めたようです。勿論メディアが大きな役割を果たした事が大きな要因ですが。

★【全共闘運動で圧倒的多数を占めた無党派=ノンセクト・ラディカルの大半は、ゲバ棒を捨て髪を切り、普通の社会人として巣立っていった。彼らは今でも政治的には左だと思う】・・・学生運動に身を挺した夥しい数の大学生が高学歴を武器に、年数を経ると共に各界の要職に上り詰めて、特に「政・官」界で影響力を行使している。
加えて部落、在日らと共闘しては日本国を毀損し続けているのは容易に想像が付きます。

“彼等は今でも政治的には左だと思う!”・・・此れは間違い無い!と私も思います。

“雀百まで踊り忘れず!”・・・人間の脳はブラック・ボックスといわれ、未だに完全には解明されておらず、不可解な行動を取りますが、此れは人間は一旦或る意識を繰り返し植え付けられると、此の意識からの脱出は至難の業です。宗教が、特にカルトが良い例です。
精神的麻薬と謂えて、余程の事がない限り来世に旅立つ時でさえ、植え付けられえた意識を持って三途の川を渡る!、と私は思います。

おそらくは、一部の柔軟な脳細胞を持つ方々(聡明で意志堅固、ブログ管理主様のような)は植付けられた意識の呪縛からの脱出は可能ですが、大半の者は無理だと思います。
若し私の考察が正しければ!・・・牙を隠した狂信的(無意識)な左側通行者で民主党支持者であり、「国賊!/売国奴!/大嘘付き!/無節操!/裏切り者!/厚顔無恥!/無知蒙昧!/火病患者!/薄汚い!」などの罵倒語がピッタリ!と当て嵌まる醜悪な奸直人を盲目的に支持して入ると思われます。
勿論メディアの作為も有りますが・・・ある程度の支持率がなければ作為のし様が有りません。
奸直人の支持率は底堅く、此れは“彼等は今でも政治的には左だと思う!”が正しい洞察である事を示唆しています。

国思う心が皆無で、然も、己が現在、享受している豊かな生活、及び快適な生活環境を提供してくれる国に一点の感謝の念さえ抱かず、罪の意識すらなく毀損できる愕くべき身勝手さは、・・・加えて国が滅びれば己等の生活の場が破壊される事などには考えが至らぬのには驚愕するばかりです。
若かりし頃に脳内に埋め込まれたCPU(マイクロ・チップ)が既に脳細胞となり、分離は不可能に成って仕舞っている観を呈しています。
故に奸直人の手強さは!・・・大方の有権者が思うよりは遥かに危険で日本国は戦後最大の危機に直面しています。

投稿: greenthub232 | 2011/06/29 11:19

話題の人、愛国系国会議員だった浜田和幸氏の奮戦記

【中国大使館に隣接する5677平方メートルの土地を中国大使館が60億円強で落札】
http://ameblo.jp/hamada-kazuyuki/entry-10879381875.html

2011年3月30日 外交防衛委員会 浜田和幸(自由民主党)
http://www.webtv.sangiin.go.jp/generator/meta_generator_wmv.php?ssp=4073&mode=LIBRARY&pars=0.09032760546064317

反日売国民主党政権が発展途上国への支援金
ODAを支給している後進国中国へ日本の土地を
売却するとは日本国民に対する背任行為であ
る。 今までに支那へ無償支給して来た途上国
支援金ODA資金は全額返却させるべきである。
日本から支援金を貰っておいて日本の土地を買
うなどとんでもないことだ。

 反日売国テレビ局・マスコミと連携して売国
奴の韓直人は東北地方太平洋沖地震被災地救援
組織の長に辻元清美を任命した、ボランティア
室長に自分の配下の湯浅誠(年越し派遣村村
長、ジョブサポータなどの雇用改善捏造工作担
当)を使って、被災地への救援物資を止める。
 人命救助活動を遅らせて多くの被災者の命を
犠牲にした。 被災地の交通を止めて通行許可
書の発給停止、沿道のガソリンスタンドへ緊急
車両以外への給油を禁止した。このために震災
被災地に斯くも悲惨な状況が造りだされた。

【民主党政権では、日本が滅びますの掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj2.cgi
【民主党政権では、日本が滅びますの掲示板タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

投稿: 愛信 | 2011/06/29 12:22

古い記事でしたが、大変勉強になりました。昨今お騒がせのしばき隊・SEALDs・ReDEMOS・・・要注意ですね。

投稿: R | 2015/12/15 19:58

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受信: 2011/06/29 06:35

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