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2011/12/23

再び全共闘運動を語ろう

2012年まであとわずか。
早いもので、私が左翼運動に身を投じてから43年が経過しようとしている。
そのころ生まれた人がもう43歳。
時の流れはほんとうに早い。
左翼運動と完全に縁を切ったのは29歳の時だから、それから数えても30年以上が過ぎている。

心情的に左翼と絶縁したのは、もう少し後になる。
35歳の時、成田から米国に向けて初めて旅立った時だ。
まだ三里塚の新空港反対運動は続いていた。
その昔、反対運動の隊列にいた私を何とも説明しがたい感情が襲った。
単なる後ろめたさではない。
もういいだろう、という自分もそこにはいた。
そして、ジョン・F・ケネディ空港に降り立った時、そういう気持は完全にふっ切れた。

革命闘争、部落解放運動、労組活動、その時々で私の立ち位置と思想はかなり異なったが、左翼であり続けたことだけは変わりがない。
極左の学生、被差別部落の講師、公務員労組の末端活動家、ここまではまったくの左翼だったし、革命を完全にあきらめていたわけではない。
が、海と言えば関門海峡しか渡ったことのなかった私が、いきなりたった一人で太平洋を越えることになったころには、もう革命の「か」の字も心の中には存在しなかった。
もっと言えば、革命なんてぜったいに、ぜった~いに起こりえない、と思っていた。
が、やはり左翼の、特に過激派の動向は常に気になっていた。
三里塚の新空港反対運動もその一つだった。

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私が自らを「元極左だった」と語るのは、もちろん自慢するためではない。
そんなこと知られずに済むなら、それに越したことはない。
今ではもう時効だが、犯罪行為(当時は革命的行為)を犯したことは間違いない。
それでも「元極左」を名乗り、過去を語るのは当時を知ってほしいからである。
学生の集団的政治活動としては近代史において最大で、且つもっとも過激だった全共闘運動。
1960年代半ばから70年代初頭にかけて隆盛を極めた極左の運動が、再びこの国で起きることはないだろう。
そういう意味では空前絶後の出来事だった。

当時、全国的課題では東京の中央集会に2万人以上が結集した。
地方での動員数を合算すれば、その数は4~5万人に達していたと思う。
集会やデモには参加しないが、心情的に全共闘支持だった学生も数多く、間違いなく学生においては多数派だった。
1969年には、全国の大学で紛争校165校、うち封鎖・占拠されたものが140校を占めた。
今で言う「偏差値の比較的高い大学」のほとんどが封鎖・占拠された、と言っても過言ではないだろう。
当時のメディアでも「紛争のない大学は大学ではない」などという差別用語?が紹介されたりしたものだ。

では、なぜ、そんなに全共闘運動は盛り上がったのか?
学生の支持を集めたのか?
私は全共闘世代の最末尾である。
全共闘運動には助手や大学院生も参加していたから最年長は1944年生まれあたりだと思う。
つまり来年68歳になる人たちから60歳になる人たち(1952年早生まれ=私)が全共闘世代である。
私の学年は高校時代に全共闘運動の洗礼を受けた。

この1944年~1952年早生まれには共通するものがある。
一つは戦後の貧しさを知っているということだ。
今日のメシにも困る人がいる、それを体験的に知っている。
次に戦争への恐怖が現実にあった。
大人になる過程が東西冷戦の真っ只中と重なる。
また、戦後の民主主義教育を受けた世代であり、テレビドラマや音楽、ファッションで米国的豊かさや自由に憧れた世代でもある。
そんな世代にとって、教師を含めた大人たちは権威主義的で古い道徳観の塊に見えた。

貧困、戦争、権威主義、古い道徳観、これらが若者たちを反体制に走らせた大きな原因であることは間違いない。
反貧困、反戦、反権威、反道徳、これらが全共闘世代の共通項である。
ただ、これだけが全共闘運動の隆盛をもたらした原因ではない。
それまでは、学生運動の中心は学生自治会の連合体である全学連だった。
が、全共闘は学生自治会とは違う。
学生自治会は、ほぼ党派(セクト)とイコールだった。
日本共産党系か反日本共産党系か、そのいずれかであり、全学連の運動は党派の運動だった。

が、全共闘は全学連と違い、その圧倒的多数は無党派だった。
つまり組織に規則らしい規則はなく参加するのも離脱するのも自由。
党派的縛りがないから気楽と言えば気楽、だから麻雀の代わりにデモに参加する者もいれば、党派より過激な行動を取る者たちもいた。
「別個に立って共に撃つ」という言葉がそれを象徴している。
そして、これが空前絶後の反体制運動を生み出したとも言える。

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思い返せば私たちの学生生活は貧乏と言うか質素と言うか。
冷蔵庫や洗濯機はもちろんテレビもない。
4畳半に共同トイレ、風呂なし、これが当たり前、まさに「神田川」の世界だった。
大学の授業以外はサークル活動に精を出すか、麻雀をするか、喫茶店で議論の花を咲かせるか、アルバイトをやるか、それくらいしかない。
外で飲むだけのカネもないから、誰かの部屋に集まって生ぬるいサントリー・ホワイトをチビチビ呑む。
そこは、まさに「口角泡を飛ばす」空間。
こういう環境だと、本をよく読むようになる。
そして読む本と言えば、吉本隆明、高橋和巳、大江健三郎、柴田翔、羽仁五郎、井上光晴、倉橋由美子などなど。
左翼運動をやる条件がそろいすぎている。

それと比べれば、今の若者は恵まれている。
私に言わせれば恵まれすぎ。
世の中にも、食うに困る人間っていないだろう?周りに。
住む家がない者もほとんどいない。
ホームレスなんてわがまま、と言うしかない、私から見れば。
それだけ日本は豊かで格差の少ない国、社会になったのだ。

1970年代後半になって明らかに社会も学生も変わった。
それは1980年代後半のバブルで決定的になった。
当時の日本は世界一豊かな国だったのだから。
失われた20年と一口に言うが、当時の豊かさの名残は今も随所にある。
徐々に崩れかけてはいるけれど。

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全米規模で「ウォール街を占拠せよ(OWS)」運動が続いている。
運動は欧州にも波及している。
が、わが国では呼応する動きがあったもののさっぱり盛り上がらない。
1968年に全共闘運動が、フランス五月革命に触発される形で全国の大学に燎原の火のごとく広がったのと好対照である。
それだけ日本は平和で安全で、格差の少ない豊かな国と言うことだ。

この国の左翼は、おそらく先が長くない。
復活するとしたら、借金まみれの財政をこの先も一向に改善できず、むしろ悪化させて経済危機に陥った時だろう。
が、私は、日本も日本人もそれほどバカではない、と信じている。

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【追記】
私が共産主義に疑問を抱くようになったのは上の記事に書いてある「左翼と縁を切った時」よりずっと前です。
1972年の連合赤軍事件はショックでした。
彼らの一部に私と同じブント(共産同)出身の活動家がいたからなおさらです。
もう絶望的な気分になりましたね。
72年5月の「御茶の水解放区闘争」の後、私はブントを離脱しました。
多くの仲間が検挙されたあとで辛い決断でしたが、もう限界でした。

私より後の学年から急激に学生運動の熱気が失せたのも、やはり連赤事件が大いに影響していると思います。
なぜ彼らが、ああいう風になってしまったのか?
ismの持つ必然とはいえ、いまだに総括できません、完全には。

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個人」カテゴリの記事

コメント

坂さま
こんばんは。

私たちの世代(50才)は豊かな世代だと思います。
神田川・赤ちょうちんなど、フォークはよく聴きましたが
実際の空気感はわかりません。
ユーミン・サザン・スキー・ハマトラが大学時代を象徴していたと思います。

私たちの豊かさは、先人たちの努力のお陰です。
実際に仕事はいくらでもありましたし、お金の苦労をしたことはありませんでした。
それは私たちの子供の世代も同じです。
おっしゃるように、日本は格差の無い平和な国なのです。

日本人は自分の国にもっと自信をもつべきです。
その豊かさを続けていくためにも、働くことの大切さを
次の世代に伝えていきたいと思います。
行政に頼れば何とかなる、と考える人が増えることに
不安を持っています。
バラマキは国の力を弱めると思います。

投稿: はやぶさ | 2011/12/23 23:25

極左体験のカミングアウト、興味深く読ませていただきました。当方は坂さんより四つ年下なので、坂さんの大学卒業(留年や中退でなければ)と同時に入学しました。当時、わが母校は民青の拠点で、関西では学生運動がかなり激しかった大学でした。
暴力への反動からか、民青グループの連中は優しげで妙に馴れ馴れしく、今にして思えば宗教の勧誘みたいな感じで接してきたのですが、本能的に胡散臭さを感じて距離を置くようになり、そのうち体育会系のクラブに入部したこともあって完全に疎遠になり、冷めた目で彼らの行動を見るようになったことから、坂さんのような「貴重な体験」をすることなく、学生生活を終えました。
当時、感じたのは組織としての結束力の差ですかね。
体育会は指揮命令系統がはっきりしていて、目標も共有できる。しかし、学生運動は組織もばらばらで、指揮命令系統などあるようでない。その目標も「崇高な使命」というあいまいなもので、魅力より薄気味悪さが際立っていたように感じました。

思うに多くの日本人は今も昔も「依存体質」なのだろうと思います。もともとムラ社会なので、何かにすがっていないと安心できないのかもしれません。
そう、当ブログのタイトル通り「依存症」ばかりなのでしょう。人間は社会的動物なので、致し方ない面もありますが、間違いなく過度の依存は自立を妨げます。戦後民主主義は過度の依存を日本人に植えつけてしまった。だから、自分たちで憲法も作れず、おかしな憲法をありがたがって一字一句変えることもできない。
外国の軍事基地があってもさほど変だとは思わない。
口先だけの政治屋が嘘をつきまくっても暴動一つ起こらない。
役人天国と知りつつ役人に頼る社会構造。
誰かを頼り、寄りかかって生きる方が楽なのですよね。
坂さんだけでなく、当方も他のコメント主も大なり小なり「依存体質」を引きずっているのだと思います。

投稿: やす | 2011/12/24 00:25

30代前半の男です。

その昔学生運動というものがあった、と聞かされてはいますが、当時の学生たちが運動へ傾倒していく状況や
背景はある程度理解できました。が、やはりその時代を知らない世代からすると、なぜ反体制的でしかも暴力的な
思想に染まっていったのか心情的には理解できないのが正直なところです。

またいずれそのあたりの「時代の空気」みたいなものについて、さらに詳しく解説していただければと思います。

投稿: | 2011/12/24 05:54

私は、管理人さんより、ちょっと上、団塊世代の真っ只中世代なので、日本が、まだまだ貧乏だったことはよく覚えています。自身、雪国育ちなのに、靴下なし、手袋なしの子供時代でした。それが、今だに尾を引き、足のかかとはひび割れ、指は赤ぎれの後遺症に悩んでいます。子供の頃、大きくなったら、あのお菓子を食べてみたいと思い続けたのがありました。成人して自分で買えるようになり、念願かなって口に入れたところ、その味の大したことなかったこと!オレンジ色の長方体の形をした(縦3センチ、横6センチ、高さ1センチくらい)、見るからに子供心をそそる色をしたお菓子だったけど、昭和40年代に消えてしまいました。毎月の生活がやっとの家計にあっては、母親は絶対に買ってくれることはありませんでした。欲しいものがあっても、自分で稼ぐ力がつくまでは、待つのが当然だった・・。子育て中は、自分の子供時代のこともあり、食べ物の好き嫌いを言うと、「貧しい国の子供たちは、食べるものがなく苦しんでいるのに・・・、」と言って、無理やり食べさせたりしました。今では、娘たちは、子供は勿論、夫に向かっても、同じセリフを言っているみたいです・・。昨日、TVを観ていたら、北朝鮮の23歳の女の人が、両親に亡くなられ、家もなく、食べるものもなく、畑のようなところをさまよっていました。TVに撮られた時、「何も食べてない」と答えていました。顔は汚れで真っ黒で、ふらふら状態でした。ナレーションによれば、その姿が写された五ヵ月後、畑で、遺体となって発見されたと言っていました。金正雲はブクブク太っているのに!!!北朝鮮の貧しい子供たちを見ると、たまらない気持ちになります。今、世界全体で、どれだけの子供たちが飢えているかと思うとやりきれません・・。

投稿: しずっぺ | 2011/12/24 14:55

>復活するとしたら、借金まみれの財政をこの先も一向に改善できず、
>むしろ悪化させて経済危機に陥った時だろう

何といいますか、もしもそのような事態になるとしたら、
それを招くのが「左翼政党」と言われている民主党ではないのかと。
だとすれば、今後の日本の危機に「左翼」が復活することはないのでは?
むしろ、国粋主義的な考え方をする人達が、怒りにもえて
暴走する可能性の方が高いのではと、軽薄な者なりに想像したりします。

坂さんが「左翼」とおっしゃる時には、実体験をした者としての
理論的、系統的な意味合いでの「左翼」という表現になっていると思います。
しかし2011/12/18のエントリで語られたような、今もって活発に存在する
反日日本人のことを、はたして「左翼」と呼んでいいのか?
もはや、何か別の、得体の知れない思想になってるのではないのか?と
いつも呼び方に疑問を感じています。

投稿: 鳩槃荼 | 2011/12/24 16:01

>坂さま
 

若者はなぜ学生運動をするのか?
 

それは
Solidarite(ソリダリテ フランス語)
Solidarity(ソリダリティ 英語)
「連帯」 日本語
を求めて・・・
です。
 

個人では寂しいからですよ。
大勢集まって何かに熱狂すれば連帯感が生まれて生きがいを見出すからです。
昔の太陽族や今の暴走族などと一緒です。

投稿: 柳生大佐 | 2011/12/24 16:48

>全米規模で「ウォール街を占拠せよ(OWS)」運動が続いている。運動は欧州にも波及している。
が、わが国では呼応する動きがあったもののさっぱり盛り上がらない
現状では、日本では盛り上がるわけないでしょうねえ。もし盛り上がるとしたら、TPP導入後、10年ほど経った頃でしょう。

>この国の左翼は、おそらく先が長くない。
アメリカや中国の超格差社会を見るにつけ、これらの国で、まさかの「共産革命」が起こる可能性は否定できないように思います。

投稿: ロビー | 2011/12/24 17:44

興味深く読ませていただきました。
東大の学生は実際に学生運動に関わった者は少ないそうですが
彼らにひとつだけ成し遂げて欲しかった事があります。
それは「東大法学部解体」です。
東大法学部こそ諸悪の根源と思っています。
雑感にて失礼いたしました。

投稿: 読者 | 2011/12/24 22:09

こんにちは、お元気でいらっしゃいますか。

12月18日にチェコ初代大統領がなくなりましたね。
プラハ城内に儀仗兵に護られて安置された、ハベ(ヴェ)ル大統領の写真を見ました。

同じころ、金正日が安置されている写真がありました。
比べるのは何ですが、何ですけどやはり、そういう気持になりました。

私はチェコスロバキアを、音楽でしか知らない(かった)ので、ハベルを検索してみましたら、
共産党政権を打破して民主主義にした、すごい人物なんですね。
チェコの初代大統領に就任したときの演説もすごい。
「韻文の世界が終わり、散文の世界が始まるのです」

浅漬けですのでチェコのことは止めますが、
坂さんが反体制運動に走った事は実は、チェコの革命と同じなのでは・・
と思いました。


うちの犬もMochaくんと同じ、ぬくぬくっ子です。
世界中の子供たちがみんなこうやって幸せに暮らせるといいな~


投稿: だめこ | 2011/12/27 14:32

 連合赤軍事件を「昭和の黒歴史」として興味を持って調べています。

 不思議なことに「あさま山荘事件」が起きたときに、「やったあ、すげえ連中だ」と共感を持って見ていた人たちって、けっこういるんですよね。ジャーナリスト・脚本家・小説家のように、文化的活動をしていた人たちに多い。

 あれが「時代の気分」というやつなんでしょうね。「あさま山荘事件」のとき、私は中学生でしたから、よく分かりませんけれども。

 ところが、そういう人たちも、立て籠もり犯らが人質を取っていることが判明すると共感が反感に変わり、「山岳ベース事件」で仲間殺しをしていたことが報じられると「この先、この仕事を続けられるのか」ぐらいの絶望感に苛まれる。それまで持っていた価値観が根底から覆されたのでしょう。

 連合赤軍の思想的指導者といわれる塩見孝也も獄中で似たような絶望感を味わったそうで、出獄後、既に出所していた「バロン植垣」(山岳ベース事件に関与、軽井沢駅で逮捕)と激しい言い争いになったそうです。このことは、今年の2月に永田洋子が死んで、その追悼講演に出席した「バロン植垣」が言っていました。彼は、その場で、別の元連赤関係者らしい人物にも、なじられていた。

 「あさま山荘事件」までに既に学生運動は下火になりつつあったけれども、「山岳ベース事件」がトドメをさしたことは疑い得ないでしょう。

 立松和平が面白いことを言っています。「あの時代、多くの若者が、革命という名の実は行先の分からない列車に乗り合わせていた。多くの者は途中で下車したが、連合赤軍のメンバーは最後まで下車しなかったために、極北の地まで行ってしまった」と。さすが、言いえて妙な表現だと思うのですよね。

 「あさま山荘事件」後は立花隆が「中核vs革マル」で描く内ゲバ大盛況の時代で、当時、私が住んでいた大田区西糀谷付近の電信柱には「誰々を殺せ、粉砕せよ」なんてフツーに貼紙がしてありました。川崎市内では寝込みを襲われて殺される内ゲバ事件が頻発していて、怖い町に住んでいると思いましたが、まもなく私は都心の高校に通うようになって、あの、バブルが来る前の爽やかな時代を満喫しました。まあ、自分の青春時代だから、そう思うのかも知れませんけど。

 あの頃の「時代の気分」とは、何だったのでしょうねえ。そもそも何で教養のある人々が「革命という名の実は行先の分からない列車」に乗ったのでしょう。そして、何を見て、どう思ったから途中下車したのか。いつの時代でも理想を夢見て突っ走るのが「若者」の特性とすれば、「若者」という存在が持つ永遠のテーマのような気がしてならないのですよ。

投稿: 平野國臣 | 2011/12/27 14:43

坂様。

初めてコメントさせて頂きます。31歳の若僧です。いつも興味深く考えながら閲覧させていただいてます。

坂様のカミングアウト、団塊の世代の方(やや下ですかな?)としては私的には少し異質に写りました。私が個人的に感じるこの年代の方は「上も下もだらしないが俺たちの年代は凄かったんだ」と(私が思うに)根拠なく叫び、特に全共闘と言われる学生左翼運動に関わっていらした方は、それをさも武勇伝の様に語るのが常、と思っておりました。しかし坂様のように出来れば隠したい過去として思っている方もいて、この世代の方の見方が少し変わりました。


坂様の書き込みで当時の世相や学生が運動に入るきっかけ等を見て、今では分からない事を教えて頂きなるほどな、とうなづくところも多々ありました、が一つ解せないことがあります。それは他のコメント者の方も同じような事を仰っておりましたが、坂様がなぜ左翼運動に進んでいったかが書いてないことです。旧体制を打破する革命を目指したのか、当時の流行を追いかけたのか、女の子にもてたかっただけなのか(笑)坂様が運動を始める具体的理由を今回の文章では理解出来ませんでした。(他の書き込みでそれが書いてあったなら申し訳ございません。)全共闘を語る上でそこをはっきりさせることこそが出発点ではないでしょうか。

長々とコメント失礼致しました。これからも書き込み楽しみにしております。

投稿: 鍬次郎 | 2011/12/27 16:29

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