歴史の学び方(再)
【はじめに】
今日は、ほぼ1年前に書いたエントリを再掲させていただきます。
私の歴史観、人間性をよくご理解いただける記事だと思います。
私が小中学生のころは民主主義教育の全盛時代でした。
で、アテネの自立した市民による民主主義をまるで人類の理想のように聞かされる。
が、その民主主義を支えていたのは圧倒的多数の奴隷だったのです。
市民の自由、市民の権利、それを有していたのはごく一部、そんなことはまったく教えられませんでした。
カール・マルクスの頭の中には、当時の奴隷を究極的に発展した資本主義社会の生産力に置き換えれば、現代における人間的自由が実現できる、という思いがあったのかもしれません。
が、歴史は、生産力と生産関係の矛盾により進歩するというマルクスが信じた法則どおりにはいきませんでした。
まあ、今日は、そんなマルクスの難解な歴史観ではなく、近代日本の前史である戦国時代における歴史的事実を学んでほしいと思います。
歴史の進歩、発展の過程には幾多の残酷や悲惨が折り重なっている、そういう時代を経て、今の私たちがいる、それを感じ取っていただければ幸いです。
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2011/01/18
歴史の学び方
歴史を学ぶということは、今の自分を知る作業であると私は思う。
学ぶ過程で、
そんなことがあったのか、と驚くことがある。
ふーん、そうだったのか、と納得することがある。
そして、えっ、そういうことをやっていたのか、と過去の隠された事実に気が重くなることもある。
大人になって知った事実のうち、ふーん、そうだったのか、と納得した一つが、戦国時代の戦(いくさ)は経済的側面が強かったと言うこと。
武田にしろ上杉にしろ、別に天下を取ろうと思って戦をしていたわけではない。
これはその他の戦国大名も同じ。
彼らの戦の動機は、領民を飢えさせないということだった。
当時、質量ともに急速に発展した経済は、それまでの荘園公領制を崩壊させ、新興の実力者を数多く誕生させた。
これが戦国大名である。
が、この時代は、凶作・水害・疫病などが絶えない時代でもあった。
そこで新興大名たちは、食糧獲得のために隣国へ戦争を仕掛けたのである。
ここで私が驚愕したのは、戦の後の「乱取り」である。
「乱取り」とは、戦に勝利した側による掠奪・強姦・人狩りのことだ。
戦に負けた戦国大名の領地では、食糧は根こそぎ強奪され、武将は皆殺し、身分の高い女性は略奪婚の対象。
そして悲惨だったのは、それ以外の婦女子や農民で、女は強姦された上、性奴隷として、男は捕獲された後、肉体奴隷として人身売買市場で売りさばかれた。
しかも、戦国時代の後期になると、捕獲された性奴隷や肉体奴隷たちは、鉄砲や弾薬と引き換えに南蛮人に引き渡された。
はるか遠い欧州の地で、悲惨な姿をさらす日本人奴隷の姿が、天正10年(1582年)にローマへ派遣された天正遣欧少年使節の記録に残されている。
さすがに日本人を外国人に奴隷として売ることは豊臣秀吉には耐えがたかったらしく、彼は天下を取るとこれを禁止した。
が、「乱取り」自体は、江戸時代初期(慶長19年~慶長20年)の「大阪の役」まで止むことはなかった。
何百年も前のこととはいえ、この事実を知った時は、さすがに当時の農民たちが哀れに思えたものだ。
「大阪の役」の時、ある町人が「見しかよの物かたり」という記録を残している。
男、女のへだてなく
老ひたるも、みどりごも
目の当たりにて刺し殺し
あるいは親を失ひ子を捕られ
夫婦の中も離ればなれに
なりゆくことの哀れさ
その数を知らず
当時の大阪町人の心の痛み、哀しみがよく解る。
しかし、だ。
勝者による敗者に対する掠奪・強姦・人狩りを酷(むご)いと非難しても仕方がない。
勝者の側にも「乱取り」を行わなければならない必然性があるのだ。
当時の新興大名は基盤が脆弱で、領民を飢えさせれば一揆が起こり、たちまち領主としての地位をなくしてしまう。
秀吉の「刀狩」を見れば分かるが、当時の農民は刀や槍を所有していたから、一揆が起こると平定するのは極めて困難だった。
しかも、世は下克上の時代である。
だから凶作・水害・疫病が起こると、大名は食糧獲得のために隣国へ戦争を仕掛けたのである。
また、当時は完全な兵農分離が行われておらず、兵士の多く(8~9割)は農民だった。
しかも、戦時の食料や武器は農民たちの自己負担になる場合が多かった。
このような条件で農民たちを兵士として戦場に動員するには、彼らに対するそれなりの見返りが必要だった。
その見返りが「乱取り」だったのである。
農民(雑兵)たちは食糧を強奪し、女を犯し、戦利品や捕獲した男女を市場で売り飛ばすことができた。
大名は新たな領地を手に入れ、それを家臣に分配することで下克上を抑えることができた。
そして農民たちは、食糧や金品を手に入れることで飢えから逃れることができた。
まさに、戦国の世の戦と「乱取り」は、大名とその領民にとって「背に腹はかえられない」生き残りの手段だったのである。
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フランシスコ・ザビエルは熾烈な宗教的迫害者でもあった。彼が焼き殺した異端者(ユダヤ人)は数知れない。
以上に書いたことは、20年近く前、伊達政宗について調べていた時に知った。
さすがに、敗れた側の領民が捕縛され、南蛮人に売られていたという事実を知った時はショックだった。
が、当時の時代背景を調べてみると「さもありなん」と思うようになった。
人間としての心をなくしてはいけない、その尊厳を踏みにじってはならない、それは大切なことだ。
が、今の自分を基準にして歴史に憤っても仕方がない、というより、それは滑稽なことだ。
当時は、それが当たり前のことだったのだ。
私は、歴史を学ぶということは、そういうことだと思う。
過去の歴史は、今から考えれば、想像を絶するような酷(むご)い出来事に満ち満ちている。
が、それがその時代の現実だったのだ、そのことを錯覚してはならない。
そう認識しなければ、歴史を見誤ることになる。
典型が“従軍”慰安婦だろう。
当時は、社会全体が今とは比較にならないほど貧しく、農村の娘が売られることなど珍しいことではなかった。
昭和恐慌のころ、山形県のある地方では、9万人の人口があったが、そこで2000人もの娘が女衒に連れられて村々から消えたという。
本土にしてこのような状況だったのである。
さらに貧しい朝鮮半島がどのような状況であったか容易に察しがつく。
もちろん、朝鮮半島も、各所に遊郭があり、多数の女郎(当時の公娼の俗称)がいた。
本土と違い、女郎のほとんどは朝鮮人で、女衒も朝鮮人である。
このような時代に、慰安婦にするために朝鮮人女性を強制連行する必然性があるのか?
否である。
むしろ、朝鮮の貧しい農村では、女郎(慰安婦)になれれば恵まれた方だったのだ。
もちろん、女性を売買することなど許されない。
女性だけではない、子供もそうだ。
が、しかし、現代でも世界の至るところで女性や子供の売買が行われている。
このことに憤るのと、バイアスをかけて歴史を見ることはまったく違う。
歴史を学ぶということは、今の自分を知る作業である。
そのためには「素直な目」が欠かせない。
私はそう思う。
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【おわりに】
歴史は残酷です。
それが人間。
が、人間は気の遠くなるような時間を経ながら少しずつ進歩している。
きっと今日より明るい明日があるに違いない。
私はそう信じています。
2012年2月2日 坂 眞
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コメント
日本人を南蛮人に奴隷として売りさばく奴隷貿易の仲介をやっていたのは主に、当時、日本へキリスト教を布教しにやって来た宣教師達で、これが豊臣秀吉がキリスト教禁止に踏み切った主な理由の一つだと言われています。
投稿: ありがとう | 2012/02/02 14:32
坂様、お誕生日おめでとうございます(^O^)/
世界中の歴史は血塗られています。欧米やアジア大陸では日本以上に血塗られた歴史があります。
さて、韓国ですが…
http://d.hatena.ne.jp/boutarou/20050521/1116663764
http://blogs.yahoo.co.jp/x_men_go_go/29329059.html
「奴婢」といって、市場で売買されて家畜と変わらない扱いを受けていたり、「貢女」といって、日本が清国から独立させるまで続いた制度で、女子は支那からの使いがあると献上しなければなりませんでした。
朝鮮王朝の中でも、すべて朝鮮王の性の奴隷だったわけです。
身分の高い女性は、性の奴隷でなくとも蟄居を余儀なくされていたのです。しかも女性は教育も受けることができなかったのです。
日韓併合までの朝鮮がいかに悲惨で野蛮な国であったのかを、韓国人や日本の左翼活動家には勉強をし直してほしいですね。
東大を出ても、歴史に無知で常識を知らないのであれば、「知識人」とはいえないでしょう。
投稿: ちゃお | 2012/02/02 15:41
こんにちは
全くあなた様のご意見に同感です。
歴史と言うものは自分は何者か?自分の国はどういう歩みを経て来たのかをあたかも解剖学のように淡々と、客観的に見て行く作業だと思います。そこには思想があってはならないとも思います。ですから私は左右の思想で歴史を見るのは少し違うのではないのか?思います。それは解剖学の授業で「こいつの体は特別だ」と言っているようなものだと思います。
客観的な歴史を知ると言うのは時には耳の痛いこともあるでしょうが、そこを敢えて学びとると言うことが大事だと思います。
では
投稿: shinzei | 2012/02/02 15:49
誕生日おめでとうございます。いつも学ばせていただいております。元気で頑張ってください。って年寄り扱いですね。
私は左翼運動はしていませんが、なぜか意見は共鳴いたします。
WTO訴訟研究によって訴訟が提訴側、被提訴側ともに利益がある場合に行われる場合が多く、敗訴であっても敗北ではないという知見により、TPPは訴訟利用の財政改革であるという結論を得ました。
移民反対のTPP反対ですが、圧力団体の利益擁護にはまわるきはしないです。
今後も学びに参ります。
投稿: amotoyamatotake | 2012/02/02 18:04
乱取りというものが行われていたことを知っていましたが、そこまで詳しくは知りませんでした。 当時を生きるということは、図太い神経が必要だったことが想像できますね。
現代人ならすぐにストレス病になってしまいます。
もっと時代を遡れば、もっともっと野生味が強くて現代人からみると残酷だったのでしょう。
野生動物が好きなので好んで観ていますが、少しの失敗か運が悪いかで死が待っています。
ヒトは過度なストレスから解放される方向に進化しているように見えます。
しかし、ゆっくりした歩みなので 鳩山センセ-みたいに脳内ヮ-プして地球市民をやられると国民が迷惑しますね! まだまだ今は国家というコミュニティ-で利害を争っているのだから。
従軍慰安婦は、まったく同意見です。
どう考えても「おいこら」する必然性がなかった。
当時の貧しい時代を考慮しなくても、現代においても売春する女性がたくさん存在します。 自衛隊員のための慰安所を作ろうとするならば国内と周辺諸国に大募集すれば作れますよ。w
大阪市民でも府民でもないので橋下市長をよく知りませんが、あれぐらいで独裁?
独裁としか批判されないのは、ほかに突っ込みどころがないのでしょうか!?
最近よく見ますね。苦しいときの独裁者呼ばわり。
「お前のかあちゃんで~べそ」に聞こえます;;(爆)
投稿: 電気は湧いてこない | 2012/02/02 18:18
ブログ主さん、こんちは。たまに気紛れで投稿します。
(とりとめのない無い感想文です。)
「古代アテネの民主制」というフレ―ズが焼き付いた歴史の授業でしたね、私も。
しかし後に、アテネは奴隷制(都市)国家、こういうのは奴隷制国家の範疇に入るんじゃないの?と思い、
昔、学校の授業で形成したイメージを修正したのは、私も同じです。
>マルクスの難解な歴史観
日本人の中には、変質者・変態者がいて、その一タイプは理由もなく外国を崇拝し、これを神棚に飾って拝む。
歴史を単純な構図で一刀両断して大衆を煽動する、いろいろいな修飾語を使って。
歴史学者としても経済学者としても神棚に飾る代物ではない、何の価値も無し。
>歴史を学ぶということは、今の自分を知る作業であると私は思う。
同意です。歴史を学ぶとは、人間を知る、自分を知る、その通りですね。
歴史は全て記録されて資料が残っているわけではないので、時代を再構築しある事実をどのように位置付けするのか、難しい。
で、以下、疑問点。
①戦国大名の戦の動機が、領民を飢えさせないこと、隣国からの食糧強奪を目的にした
②「乱取り」
>「乱取り」とは、戦に勝利した側による掠奪・強姦・人狩りのことだ。
戦に負けた戦国大名の領地では、食糧は根こそぎ強奪され、武将は皆殺し、身分の高い女性は略奪婚の対象。
そして悲惨だったのは、それ以外の婦女子や農民で、女は強姦された上、性奴隷として、男は捕獲された後、肉体奴隷として人身売買市場で売りさばかれた。
しかも、戦国時代の後期になると、捕獲された性奴隷や肉体奴隷たちは、鉄砲や弾薬と引き換えに南蛮人に引き渡された。
・・・・・・
アテネの奴隷制の話とは異なり、こちらの話はトンデモ歴史本のネタなのでは?
特殊な性癖の持ち主がネタをつくり、同様の傾向を持った変質者が喜んで飛び付く。
そのような事実があったのかも知れないが、全体の中で位置付けするなら、極めて稀なケ―ス、なのでは。
結論から言えば、日本の国内には奴隷制度も無ければ奴隷市場もなかった、奴隷階級も存在しなかった。
(奴隷市場があったのは、沖縄の那覇。)
ブログ主さん主張の仮説が正しいのであれば、
戦国時代は全国至るところで戦をやっているのですから、全国各地に戦利品としての奴隷の市場が立ち、奴隷身分に転落した人間で溢れ返った、
ハズですね。すると、
奴隷身分に落ちた戦争奴隷の数は、数十万人~数百万人?
奴隷を管理するシステムは?
百姓が奴隷を管理使役した?
領主が大量の奴隷を管理使役して米の生産高アップ・新田開発に大量の労働力として投入した(日本版プランテ―ション)?
日本で奴隷の反乱が起きた?
のように、次から次へと疑問が出てきます。
歴史は空想小説ではありません。
バランスを喪失した人間は、ある事実・部分を極大化して、これを全体の主要と為し、実態からかけ離れたイメ―ジを作り上げてしまう。
前後左右上下の位置関係がわからず宙に浮いた人間はバランスを取ることができない。
常識を持った人間から見れば、頭がイカレている、ということになる。
天正の遣欧少年使節の記録は事実ですが、私は以下のように認識しています。
そもそもの始まりは、倭寇。
対馬が海賊の島であったことは知られていますが、沖縄を中心とした南西諸島も海賊の根拠地であった。
グスク(城)は島の外から襲撃してくる者への防備。
(倭寇時代とグスク時代はほぼ一致する)
(沖縄には人口・食料生産力の割には、巨大な石積みの城・グスクが多すぎる←大量の労働力の投下が必要。)
倭寇の戦利品は食料や鉄の他、人間。
東南アジアは奴隷の需要があり、倭寇は奴隷を売るル―トを確立、貴重な収入源となった。
奴隷の供給源は朝鮮半島南岸の朝鮮人、九州・瀬戸内の日本人。
この流れを受けて、戦国時代、九州を中心にして一部の戦勝者が戦利品として人間を得て、海外へ奴隷として売却、
16世紀後半になると、売却金で南蛮人から鉄砲を直接購入したケ―スが出てくる。
また、食い詰めた百姓が子供を売って、海外に奴隷として流出していったケ―スも出てくる。
見かねた秀吉が日本人を海外へ売ることを禁止した。(海外への売却は即奴隷になる)
海外へ流出した日本人奴隷の実態はこのようなものなのだろうと想像しますが、これを一般化すると、拡大解釈になってしまう。
上に記述した疑問の数々の答えを見出すことができないから、一般化できないのです。
戦国時代、大量の奴隷集団・奴隷階層が誕生した、という学説は聞いたことがない。
奴隷は海外へ全て輸出したというならば、東日本の領主はどのような方法で年間数千人?数万人?を輸送し、誰からどれだけ収益を得たのか?
答えを見出せない疑問が次々と出てくるのです。
頭のイカレた話です。
繰り返しますが、戦国時代の日本に奴隷は存在しない。
豊臣秀吉は、日本人が海外に売却されると、即奴隷身分になる、ことを知っていたから禁止したのです。
日本国内に奴隷制度・奴隷階級が存在するのであれば、海外の日本人奴隷を禁止する必要もない。
(またブロク゛主さんに耳の痛い話をしてしまいました)
投稿: ジェームズ | 2012/02/02 19:03
戦国時代の武家は基本的には乱取り禁止です。ただ会議室と現場が違うのは今と同じようだったらしく、機をみて乱取りを許したり目をつぶらなければ、農民、その他町人も数多く含まれた近代軍隊のような統制のなかった当時の前線では士気が上がらない場合もあり、また統治後の反乱を興しにくくするためにやった事例もあるみたいですね。
メンタル面まで統一訓練をする近代軍隊でもイラク、アフガニスタンでの敵兵、現地人の虐待ニュースが今でもあります。今も昔も戦争は悲しいものですね。同時にバカみたいな平和を虚しくも感じます。
投稿: 初めまして | 2012/02/02 21:22
大阪府大阪狭山市は、条例で、パチンコ屋・パチスロ屋
ゲームセンターの出店がが禁止されている。(従って、一軒もない)。パチンコ屋・パチスロ屋がないだけで、
実に風光明媚な住宅地となっている。
実に、素晴らしい条例ではないでしょうか。
「パチンコ屋・パチスロ屋が一軒もない大阪狭山市を
大阪府民でもある私は、誇りに思っています」
こういう「条例」をつくらないとダメなんですよ。
投稿: 大阪市民 | 2012/02/02 22:09
世界が嘲笑!サムスン、スマホ特許で恥辱の失禁自爆!!
http://tsunami311.seesaa.net/archives/20120201-1.html
フジテレビ同様に日本国民にウソや捏造報道を行う反日売国テレビ局・マスコミの化けの皮がはがれ
てきました。 反日売国民主党を押したのも反日売国テレビ局・マスコミでした。
多くの愛国系日本人が支那人や朝鮮人に支配されたテレビ局・マスコミ及び売国民主党の実体を
見抜き始めました。
【マスコミ隠蔽の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
【マスコミ隠蔽のタイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。
投稿: 愛信 | 2012/02/02 23:04
いつもずっしりと読み応えのある記事、有難うございます^^
そして一日遅れてしまいましたが、お誕生日おめでとうございます!
投稿: サキ | 2012/02/03 01:01
坂さま
こんにちは
一日遅れましたが
お誕生日おめでとうどざいます。
ご活躍を楽しみにしています。
投稿: はやぶさ | 2012/02/03 09:47
「乱取り」は一部にはあったかもしれませんが、それって左翼の日本とんでも史観により誇張されてませんか?そもそも農民は戦があってものんびりしていたとの記述もあります。負けても領主が変わるだけで、畑を耕すことには変わりません。また農民は傭兵であり、負けそうになったら逃げます。
上杉謙信は敵の武田に塩の取引行ってますし、「乱取り」が主流というのは違うと思います。日本は中国みたいな異民族が天下を取る国では無いので、虐殺よりも和なんです。敵将の首を取っても嫁、子供、一族皆殺しはしないのではないでしょうか?
投稿: 少子高齢化 | 2012/02/03 12:19
遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます。
「歴史を学ぶということは、今の自分を知る作業である」
年を経てくると、正にそう思います。
中学や高校の頃にはその意味が分かりませんでした。
受験に必要とか、まあそんな感じでしたね。
今思えば、なんと贅沢な。
そして平和な時代・場所に生まれたことが、何と有難い事か。
ですから個人的にはそこに、「今の自分が存在している事を感謝する」を付け加えたい気分です、個人的には。
投稿: とみ~ | 2012/02/03 13:12
〉ジェームズさんへ
確かに、日本には(古代は別として)奴隷制度は存在していません。ただ、〝人身売買″は有史以来、近代に至るまで(地域にもよりますが下手をすると昭和初期頃迄)ずっとあって、これが一番、広範囲に行われていたのが戦国時代です。したがって、ブログ主さんの説明はそれほどおかしなものではないと思いますよ。
投稿: ありがとう | 2012/02/03 14:33
アテネというか古代ギリシャでは『国家のシステムとしての奴隷制』がありました。
しかし、それは古代ギリシャ人(地中海世界)の価値観に基づいたもので奴隷にされた方も奴隷制が悪い等とは思わなかったでしょう。
教えられなかったと坂様はおっしゃいましたが、そんな事は少し本を読めば誰にでもわかるような事ではないでしょうか?
私が中学の時、劇場に劇を解説する奴隷をつれていったとか、子供の家庭教師にするため(学問を教えるため)奴隷をやとったとか、読んで驚いた憶えがあります。
古代地中海世界では『国家のシステムとしての奴隷制』が必要だったのでしょう。逆にいえば奴隷制が無ければ国家が成立しなかったともいえます。
しかし、日本では古代から『国家のシステムといての奴隷制は存在しません』でした。
奴隷制がなくとも国家は存在できたわけです。(注:奴隷がいなかったというのではありません。奴隷の存在が必要不可欠では無い、という意味です)
ですから「乱どり」は基本的に禁止されていた筈です。
特に、日本の場合、(武家の)領地争いは基本的に徴税権のとりあいですから、無制限の乱どりなどを行なっていたら田畑を耕す人間がいなくなってしまうでしょう。
確かに、宣教師に日本人が奴隷として売り渡されるという事はありましたが、日本に奴隷を売買する大掛かりな市場があったとは聞いたことがありません。(吉原の遊女等はまた別の問題です)
農民が可哀想になったと仰いましたが、関ヶ原の戦を弁当をもって見物にいった農民もいたというのですから、当時の農民のたくましさを舐め過ぎでしょう。
最後に、お誕生日おめでとうございます。
投稿: みやとん | 2012/02/03 14:35
>ありがとうさん
人身売買と奴隷はきちんと分けて考える必要があります。
ここを押さえないから、
論点を別の所にもっていって、
人身売買は行われていた→従って、ブログ主さんの記事は“それほどおかしなものではない”という展開をして、
奴隷の存在を肯定してしまう。
しかし、斯様な論法は、成り立ちません。
言うまでもなく、
私の投稿は人身売買を否定したのではなく、奴隷を否定した、ものだからです。
戦国時代の、日本国内の奴隷(奴隷市場・奴隷制度・奴隷階級)の存在を否定したのです。
戦国時代の、人身売買を否定したのではありません。
(↑勘違いしないで下さいネ。)
ブログ主さんの記事が、奴隷否定を前提にした人身売買の話であるのならば、
私は奴隷に関する数々の疑問を提示することはなかったでしょう。
(↑意味を理解して下さいネ)
補足ですが、戦国時代
海外へ売られると、おそらくほとんどは奴隷になり、死ぬまで奴隷の境遇から抜け出すことは出来なかったのだろう、と想像します。
(所有者の意思次第かな?)
しかし、日本国内で人身売買されても、それは奴隷の範疇には入らない。
奴隷という言葉の定義ですが、
私は世界史に出てくる新大陸の黒人奴隷を一つの事例として想定しています。
(意思に反して死ぬまで労働を強いられ自由の身になれない者は、奴隷)
一方、
欧州から数千万人の、食い詰めた白人が移民として新大陸へ渡っていきますが、
その際の渡航費用は4~5年の年季奉公をすることで返済し、自由の身になれたとのことです。
しかし、彼ら年季奉公の白人は決して奴隷とはいいません。
将来の労働対価で得られる収入をもって負債を清算し年季奉公を終えて自由の身になる者、
その仕事が農作業であろうとも性サ―ビスの仕事であろうとも、ともに奴隷ではありません。
(年季があけたら自由の身になれるのは、奴隷ではない)
二重基準を都合よく使い分けるのなら、その歴史認識は公正さを失う。
歴史を認識し語るとき、
言葉(この場合、奴隷です)を主観で好きなように使ってしまうと、混乱が生じてしまいます。
戦国時代、奴隷は存在した、否、奴隷は存在しない。
あなたの言う奴隷の定義とは?
性奴隷などという現代的な拡大解釈された言葉を使って、戦国時代を語ると誤解と混乱を招きます。
(現在、性サ―ビスに従事している女性はみな性奴隷です、などと奴隷をいくらでも拡大解釈してしまう)
言葉の使い方で、歴史の事実を好きなように捻じ曲げ捏造してきたのが、日本変態左翼。
ブログ主さんの記事の中に↑の臭いを感じ取ったので、奴隷に関する数々の疑問を提示することで、奴隷の存在を否定しようとしたのです。
人身売買の否定の話ではないこと、理解されましたか?
投稿: ジェームズ | 2012/02/03 19:54
〉ジェームスさんへ
私ははっきりと〝日本には奴隷制度は存在しなかった″と言っていますよ?。
ただブログ主さんの性奴隷云々等のイカニモな文章表現が誤解と混乱を招くというご指摘は全くその通りだと思います。この部分に関しては私もかなり違和感を感じますね。ブログ主さんは元左翼でその世界からは〝足を洗った″そうですがまだその〝尻尾″は(多分、無意識なんでしょうが)残っているんだなあと思います。
奴隷の定義に関しては、私は奴隷とは〝喋る家畜″として扱われている人々だと認識しています。そういう階層が存在していなかったのは日本人が世界に誇るべきことだと思いますよ。
投稿: ありがとう | 2012/02/04 09:31
私が歴史オタクの戦史キチだということは、このブログでも度々表明しています。
私の考えでは、歴史に親しむ意義は、①単なる娯楽、②この世の積み重ねを知ること、③IFを考えること、の3つだと思います。
①について、「事実は小説よりも奇なり」と云いますが、ドキュメンタリーの面白さですね。例えば、戦国武将の生き方なんて、小説家が空想で書けるような人は一人もいないぐらい面白い。俗に「世の中の最高の楽しみは、煎り豆をほおばり、酒を呑みながら天下の英雄豪傑を罵倒することだ」と云われるとおり、娯楽で親しむ歴史は、まことに面白い。
②について、単に見聞きして今の世の中を知るより、どうして今があるのかを知るには、過去の出来事を尋ねるのが一番です。法律や社会制度なんか典型的ですけど、今の法律なり社会の仕組みがどうして出来上がってきたのかといえば、過去にいろんなことがあって、それで先人たちが社会のあり方を手直ししてきた結果として今があるわけです。産業事故の原因究明は再発防止のためにやる。植民地における様々な独立のための戦いがあって、今は民族自決の原則が冒すべからざるものとして存在している。
③の「IFを考えること」ですが、これが最も重要だと思います。例えば、平和の裏側に戦争という事象がある。戦争が起きれば、その時代の最先端の技術で破壊と殺戮が行われるので、仮に今の世の中で先進国どうしで戦争が起きれば、ものすごい人的・物的な被害が生じて、人類全滅どころか地球がぶっ壊れかねない。戦争はやむなく行なわれることもあるので、過去の戦争がどうして起きたのか、どこで間違って戦争がおきたのかを考えることは、未来に向けての教訓そのものなはずなのです。キューバ危機のとき、ケネディ大統領が全ての閣僚にバーバラ・タックマンの「8月の砲声」を読むよう要求した故事は有名です。戦争がいかに偶発的事象で起きるか、全閣僚に強く認識してもらうためでした。だから、「歴史にIFはない」などいう愚昧な格言で思考停止してしまうのではなくて、誰も彼も大いにIFを考えて欲しい。
私は30代に入ってから元々の歴史好きが嵩じ、通訳・翻訳という仕事がら多少英語ができることもあって、洋の東西を問わず、和文英文を問わず、やたらめったら読みまくってます。よかったら、私が管理している下記のサイトに、ご来訪ください。
アメリカ南北戦争
http://www.howitzer.jp/acw/
川崎・横浜大空襲の記録
http://www.howitzer.jp/ww2/
投稿: 平野國臣 | 2012/02/11 15:23