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2012/03/22

日の丸・君が代を否定するのは
死線を越えて戦った兵士たちに対する冒涜

一昨日、父の思い出を書いたのはお彼岸だったからです。
お墓が九州福岡にあるので、なかなかお参りできなくてね。
20日は父の遺影に向かって手を合わせました。

ところで、20日のエントリでああいう記事を書いたのは、実際に戦地で死線を越えて戦った兵士たちの思いが今に伝わっていないと思ったからです。
私のこれまでの記憶では、戦争体験者が語る記憶は悲惨なものばかり、そんな気がします。
が、実際に最前線で敵と戦い、最後は武装解除で捕虜になった兵士たちの思いは「悲惨」ばかりではありません。

私の父は、シベリアでの抑留生活を「辛かった」とか「悲惨だった」などと一言も語りませんでした。
実際は、過酷そのものであったことは想像に難くありません。
しかし、そういう言葉はおくびにも出さない。

父は帝国陸軍軍人であったことに誇りを持っていましてね。
軍人時代に授与された勲五等の勲章は大事にしていました。
また、どうやって持ち帰ったのか、軍刀も床の間に置いていました。

父親たちは「戦友会」という親睦の会を何年かに1回、持ち回りで行っていましたが、父は亡くなるまでそれを欠席したことがありません。
一度、車で戦友会の会場まで送って行ったことがありますが、そこに集まっていた50名を超える方々は、皆さん堂々として貫禄がありましたよ。
そういう光景を見ていると、「悲惨」とか「残酷」というイメージがこびり付いている旧軍の姿が少し違って見えるんですよね。

もちろん戦争ですから「悲惨」も「残酷」もたくさんあったでしょうが、最前線の兵士たちはそれを当たり前のことだと思っていたように感じます。
だって、彼らは国を、国民を、そして家族を守るために戦っていたのですから誇りを抱くことはあっても懺悔する気持ちにはなれないでしょう。
戦争とは「敵を殺すこと」ですから。

私の父は正義感が強く、差別や理不尽が大嫌いな人でした。
戦地で部下が憲兵から理不尽な目に合わされたとき、その憲兵をぶん殴ったそうです。
憲兵隊と言えば当時は泣く子も黙る存在だったと聞いていましたから、すごいなあと思いましたが、父はそんなこと当然といった風でした。
また、地元の被差別部落の有力者が毎年、盆暮れに必ず贈答品を持って訪ねて来ていました。
不思議に思った私が母親に聞くと、部隊の中で父は差別的言動をいっさいせず、逆に可愛がったからだ(と、その方がおっしゃた)そうです。
戦争に負けて故郷に帰っても、上官と部下の絆が続く、私は父を誇らしく思ったものです。

シベリアには65万人もの日本軍将兵や満蒙開拓団員が抑留されました。
そのうち死者は、日本側の調査だけでも約5万3千人に上ります。
また、ソ連崩壊後の資料公開によって明らかになった事実によれば、終戦時、ソ連の占領した満州・樺太・千島には軍民あわせ約272万6千人の日本人がいました。
このうち約107万人がシベリアやソ連各地に送られ、強制労働させられたと見られています。
米国の研究者ウイリアム・F.ニンモの著書「検証-シベリア抑留」によれば、確認済みの死者は25万4千人、行方不明・推定死亡者は9万3千名で、事実上、約34万人の日本人が死亡したとされています。
まさに戦争犯罪そのもの、約34万人の方々にはかける言葉も見つかりません。

Yokuryu

考えてみれば、私の父も、その戦友の方々も約34万人のうちの一人になっていたかも知れないんですよね。
もしそうだったら今の私は存在しないわけで、亡くなられた方々には申し訳ないですが、私は運命の幸運と残酷さをつくづく感じます。
で、生き残った父は、元帝国陸軍軍人であったことに誇りを抱きながらその後を生き抜いた。
心の深層までは解りませんが、戦死した仲間、抑留中に命を落とした仲間を背中にしょって生きていたのかもしれません。

戦後の父は保守ではありませんでした。
自らは中道がいい、と言っていました。
いわゆる自民党のハト派ですね。
それでも祝祭日には必ず日の丸を玄関に掲げておりました。
政治のことはほとんど話しませんでしたけどね、お互い。
ただ、反共主義者でしたが共産党よりも社会党を嫌っていました。
節操がないと。

今日、私が再び長々と父のことを書いたのは、父を含め実際に戦地で死線を越えて戦った兵士たちの心に思いを致したからです。
小学生のころに見た「南の島に雪が降る」というNHKドラマを思い出しましたね。
ドラマの舞台は戦争末期、飢えとマラリアに苦しむニューギニアの首都マノクワリ。
そこでは、仲間の慰安と士気高揚のために兵士自身によって劇団が作られました。
その物語が「南の島に雪が降る」です。

私は、死線から生還した兵士たちの大半は、戦争を「悲惨」とか「残酷」とか捉えていなかったと思います。
父の口から出てくる抑留中の話も、作曲家の吉田正さん(国民栄誉賞)が同じ収容所にいて、彼の歌で癒されたというエピソードがもっぱらでした。
確かに実際は「悲惨」と「残酷」が満ち満ちていたことでしょう。
が、それでも彼らはその中で必死に戦い、そして懸命に生きたのです。
私は軍国主義を批判し、旧軍を貶めるのは、最前線に立たなかった者や、実際の戦争を知らない戦後生まれのインテリたちだと思います。

もちろん当時の国家指導者たちは批判されてもやむを得ないでしょう。
私の父も批判的でしたし。
が、その批判と、戦前を否定し日本と日本国民を貶める言動は似て非なるものです。
政権を批判することと国家を否定することはまったく違うと言うことです。
日の丸・君が代を軍国主義の象徴と批判し、それを否定するなんて戦地で死線を越えて戦った兵士たちに対する冒涜です。
私は絶対に許しません。

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異国の丘

作詞:増田 幸治
補詞:佐伯 孝夫
作曲:吉田 正

一、
今日も暮れゆく異国の丘に
友よ辛かろ切なかろ
我慢だ待っていろ嵐が過ぎりゃ
帰る日も来る春も来る

二、
今日も更けゆく異国の丘に
夢も寒かろ冷たかろ
泣いて笑うて歌って耐えりゃ
望む日が来る朝が来る

三、
今日も昨日も異国の丘に
重い雪空日がうすい
倒れちゃならない祖国の土に
たどりつくまでその日まで

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個人」カテゴリの記事

コメント

坂さま
こんばんは。
いつもありがとうございます。

お父様は立派な方だったのでしょうね。
戦争の反省は必要だと思いますが、
「日の丸・君が代」を否定する論調には抵抗します。
私は日本の国旗・国歌が大好きです。

それでも一昔前とは隔世の感があります。
日の丸が好きなどと語れるだけでも進歩です。
ネットが無ければここまで来られなかったと思います。
坂さまのブログも大きな力になっています。
日本もようやく普通の国になってきました。
感覚がずれているのは、政治家とマスコミです。

投稿: はやぶさ | 2012/03/22 20:41

悪質滞納者への強制徴収 機構が国税庁に委任
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20120322k0000e040253000c.html

 年金保険料の支払いを逃れる為に、従業員の標準報酬月額を低くしている事業主がいる。
この手口は納付率を上げる為の詐欺的手法で社会保険庁の職員による入れ知恵である。 
消えた年金問題の様々な問題を処理する為に設立された第3者委員会ではこれらの犯罪行為
が発覚するのを恐れて、事実を隠蔽している。

【年金問題の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj1.cgi
【年金問題タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

投稿: 愛信 | 2012/03/22 21:39

全くもって同感です。私達は戦後、祖国の為に命を投げ売った人達を、無慈悲な侵略者だとして、“日本兵”とひとくくりにしてきました。しかしその多くは、一切の私心を排して、ただ祖国の為に、そして私達の為に戦った“帝国軍人”だったんですね。私達は、戦争は悲惨だったという話だけを六十年間してきたけど、それだけでは済まないと思います。先輩達が命を懸けて守った祖国が今どういう国になったか、私は胸を張って彼らにお話しできないです。

投稿: 心神 | 2012/03/22 21:42

坂様こんばんは。

>軍国主義を批判し、旧軍を貶めるのは、最前線に立たなかった者や、実際の戦争を知らない戦後生まれのインテリたちだと思います。

そういえば、『共産主義 黒書』という本に、
《逆説的なことだが、ボリシェヴィキのリーダーはだれ一人、亡命中だったレーニン、トロツキー、ジノーヴィエフにせよ、シベリアの奥地に流されていたスターリン、カーメネフにせよ、戦争に参加しなかった。
 彼らは大部分が軍事の経験をもたない書斎人ないし集会での演説者にすぎず、それまでに現実の死者をともなう現実の戦闘に参加したことは一度もなかったのである。権力の獲得にいたるまで、彼らの戦争はとりわけ言葉のうえだけのものであり、イデオロギー的で政治的だった。彼らは死について、殺戮について、人間的破局について抽象的ビジョンをもっているにすぎなかった。

 戦争の惨禍にかんするこの個人的な無知は、粗暴な傾向を推進するのには有利にはたらいたにちがいない。ボリシェビキは戦争なるものの深く民族的な、あるいは深く民族主義的でありさえする側面を無視して、もっぱら理論的な階級分析を展開していた。

 彼らは殺戮の責任を資本主義に負わせ、アプリオリに革命的的暴力を正当化した。資本主義の支配を終わらせることによって、革命はこれらの殺戮に終止符を打つだろうというわけだ。(略)悪をもって悪と闘わねばならないという、完璧に誤った仮設に基づいた不気味な思弁ではある。
 しかし、一九二〇年代においては、戦争にたいする公憤をバネとしたある種の平和主義が、共産主義への同調をかちとるうえでしばしば積極的な媒介となったのであった。…》

ということが書かれていました。


『マオ 誰も知らなかった毛沢東』という本でも、毛沢東は一度も日本軍と交戦したことがなく、蒋介石率いる国民党軍を潰したいがために、むしろ、日本軍に加担をしていたことが書かれています。
八路軍の戦いなどは嘘っぱちで、日本の共産主義者が愛読した『中国の赤い星』という本の内容は毛沢東の嘘八百が書かれたものだったことが書かれています。

また…
《「延安では、万人に平等なものは三つしかない―日光、空気、それに便所だ」といった皮肉が口の端に上がった。特権制度は、日本人共産党員や捕虜にまで及んだ。彼らの中で正式にセックスが許されていたのは、リーダーの野坂参三ただひとりだった。…》

つまり、日本(朝鮮)人共産党員は中国共産党の根拠地である延安で生活していて、戦争の経験がないのです。
毛沢東は延安では大麻を栽培して大もうけをしていたのですから…。

さらに、『朝鮮総連』という本には、
《1945年10月10日、連合国最高司令官・米国太平洋陸軍司令官総司令部(GHQ)は府中刑務所に収容されていた徳田求一、金天海ら16名の共産主義者などを釈放した。彼らを府中刑務所門前で出迎えたのは日本各地からトラックに分乗して集まってきた数百人の朝鮮人だった…》

と書かれています。日本(朝鮮)の共産主義者も延安や刑務所の中にいて、実際に戦争で戦ってはいなかったことがわかります。

また、北朝鮮の金日成もソ連軍に逃げ込んで、一度も日本軍と交戦したことがない、と書かれています。

日本社会党の鈴木茂三郎などは「青年よ再び銃をとるな」などと平和を唱えていますが、この人物はコミンテルンの組織であるアメリカ共産党員でもありました。

みごとに、元祖共産(社会)主義者達から現在の共産(社会)主義者まで、“実際の戦争を知らない”連中ばかりだったということです。

 

投稿: ちゃお | 2012/03/22 22:07

頑張ってね、大東亜戦争は終わってなんかいない、思想戦継戦中、大東亜戦争を完遂しませう。日本捕虜収容所の見えない壁を突破しませう。くたばれ戦後民主主義エゴエロジャップ、ギブミーチョコレート乞食、丸山真男の劣化コピー。もうじきですう。

投稿: 残地諜者 | 2012/03/22 22:31

全くです。日の丸・君が代・靖国を否定する輩を、小生はケシ粒程も信用しません。そういう手合いは、どのツラ下げてあの世で死者に会うと言うのでしょうか。その死者は、その人間の身内かも知れませんし、家族が世話になった人かも知れません。小生なら、恥ずかしくて英霊と同じ席に居ることさえ出来ないでしょう。

投稿: 素浪人 | 2012/03/22 22:44

★【日の丸・君が代を軍国主義の象徴と批判し、それを否定するなんて戦地で死線を越えて戦った兵士たちに対する冒涜です。
私は絶対に許しません】・・・此の下りで私は嬉しくて涙が零れ落ちました!。

私の父、叔父は靖国神社に祀られています。
叔父はフィリッピンせ戦死、父は旧ソの捕虜収容所で強制労働と粗末な食事で体力を消耗し死亡しました。
収容所はシベリアではなくて、蒙古のボジスボランでウランバートル東部の収容所でした。
戦後、幸運にも生きながらえた方が復員して我が家に訪れて「父の遺髪と爪」を有難い事に持参して呉れました。私が小学生一年の時で・・・下校した時に見知らぬ来訪客がおり、母が泣き崩れていた事を今でも鮮明に覚えています。
復員された方の話では収容所の捕虜は過酷な状況に耐えられず、死亡者が続出して
・・・捕虜の約70%が祖国日本に思いを馳せながら死んで逝ったそうです。

父が出征したのが外地召集(満州)で、しかも終戦10日前の事で・・・外地召集をかけなけらば成らぬほど、然も私の父は三人に子持ちだった。此れは既に日本国の敗戦が確実だった状況下でした。
私は此の事を後に母から知らされ余りにも運命の理不尽さに行き場の無い怒りを覚えました。
私が生後間もなく、父は戦況を判断し!・・・日本国は敗戦へと突き進んでいると確信していたので、万が一の場合を考慮して母と3人の子供を日本帰国させました。
此れが無ければ私は残留孤児か、母はソ連兵に陵辱されて悲惨な結果となったかも
知れません。
私は生後一年未満でしたので、父の顔を知りません!。結婚式の写真と学生時代(早稲田大学)の写真を眺めるだけで、父への思慕を膨らませるだけでした。

1999年3月7日、「59年振り、無言の帰国!」で父の遺骨がようやく 家族の下に収まりました。
此れは1998年に厚生省が蒙古首都ウランバートル東部のホジルボランの埋葬地の遺骨収集を実施した結果でした。

愛する妻と幼い子供3人を残して死んでいった父は死にきれなかった!でしょう。
収集されてた遺骨が私の父と判明したのは・・・生前の父が肌身に付けていた判子がきっかけとなりDNAテストの結果で私の父と判明しました。

1999年3月7日、★上毛新聞(群馬県地方紙)に記載された記事を引用しますと!・・・
「厚生省などによると、第二次世界大戦後(間違い、大東亜戦争とすべし)、モンゴルに抑留された日本人は1万4000人。このうち、千700人が帰国することなく現地で亡くなった。モンゴルでの遺骨収集作業は1994年から始まり、昨年の調査までは全国で6柱の身元が確認されるにとどまっている」。
6柱のうちに私の父が含まれており、幸いでした。

★朝日新聞(群馬県地方版)では・・・
遺骨は厚生省によって、1994年度から此れまでに694体を収集し今年度収集された487体の遺骨のうち県関係の6体を含む198体の遺骨の身元が判明した。

戦後何年たってもモヤモヤが晴れない私の人生は!・・・日本の戦後体制が未だに日本人の心の奥底で淀んでおり、これが自虐思考の捕囚となり日本人の思考を蝕んでは日本国を破滅の道へと誘っているからです。
此れでは私の父、叔父の死は犬死となって仕舞います。
私がサヨクを忌み嫌うのは人間として感性が欠如しており、非人間的な言動ばかりを全面的におしだしているからです。

★【日の丸・君が代を軍国主義の象徴と批判し、それを否定するなんて戦地で死線を越えて戦った兵士たちに対する冒涜です。
私は絶対に許しません】・・・靖国神社に祀られている、私の父、叔父に代わって“有難う!”とお礼を言わせて頂きます。

投稿: 小山圭介 | 2012/03/22 23:43

管理人さま

 前線にいた人々の気持ち、それをまずは一旦すべてを受容して、当時の状況を可能な限り心の襞に分け入ってみる。最初に批判ありきではなく、肯定的に足跡を辿ってみる。これが少なくとも兵士たちの子や孫の務めであろうと考えています。でなければ誰が「弁護人」になれるのか。そのような感慨を込めて、今日の記載内容は「完全」に同意するだけではなく、共感を覚えました。敗戦責任は政治的意味で、指導者層に問われるべき所はあっても、「戦争責任」などというものは、もともと無いのですから。戦争を倫理・道徳で裁こうと思う者ほど、戦争を知らず、人心を知らず、他者を傷つける者たちです。戦勝国が道徳的でも正義でもなんでもない。祖国を背負って、祖国の不備も弱点も一身に引き受けて、戦い、闘い、力を振り絞った父祖たちに心から、感謝と合掌。

投稿: はやぶさ | 2012/03/22 20:41さん
決してからむわけではありません。しかし、下記の言葉

>戦争の反省は必要だと思いますが

この板の読者で、記載内容から決して「サヨク反戦」ではないことを承知しています。しかし、
反省すべきは △誰なのか、△どの戦争なのか、もっと根源的には△「戦争の反省」とは何を意味するのか。国家の相互関係、駆け引き、時代状況諸々も視野にいれた時、軽々しく使われ過ぎる言葉ではないかと、誰が発しようとも、私には感じられてなりません。

投稿: 団塊老人 | 2012/03/23 00:01

 15年前の米国旅行中に太平洋戦争で使われた軍艦を見学しました。正確な名前が思い出せないのですが、アラバマ州のことで、州の名前が冠されていたと思うので、「戦艦アラバマ号」ではないかと思う。横須賀にある戦艦三笠とは比べ物にならないほどバカでかく、中の展示物もすごい。砲弾や機銃、軍装が大量に陳列され、これが退役軍人を中心とした純民間の管理下にあるものとは信じがたい。軍艦が係留されている埠頭には戦車や自走砲も陳列してあった。

 展示物で印象に残っているものが血染めの日章旗(おそらく千人針)と特攻機の破片。日章旗は戦利品、特攻機の破片は「戦艦アラバマ号」に実際に激突したものという解説がありました。この特攻で「戦艦アラバマ号」の乗組員も十数人か死んだという。

 明らかに東洋人である私が、ゼロ戦の破片や血染めの日の丸を眺めている。けげんそうなアメリカ人見学者たちの視線をよそに、しばし瞑目し、この艦の上で散っていった若い命を思った。「鎮魂」の二文字しか思い浮かばなかった。帰国して「きけ、わだつみの声」を落涙しつつ読んだ。

 私は個人の心情/信条を極めて重んじる人間であり、君が代を歌ったり靖国神社に参拝したりという行為が愛国精神の発露だとは全く思っていない。そんなものが「愛国」者の行動だと思っている軽薄な輩の精神構造を疑う。天皇御一家も宮内庁のお公家さんたちも嫌いだし、君が代の歌詞は気にいらないから、職務や立場の上でやむを得ない限り、君が代は歌わないだろう。大阪の件には関心がないし、私自身は公務員ではないから、この先、「君が代」を歌うことは一生ない。

 只々、次の時代が到来する前に、父母を思い、恋する人を思いつつ、死んでいかざるを得なかった人々の御霊を想うだけである。

※この件で誰が何を書こうと自由ですが、私は回答しません。

投稿: 平野國臣 | 2012/03/23 00:56

こんばんは

日の丸・君が代が我が大阪で騒がれております
教師側の言い分を聞くたび
このようなことでしか「自由」というものを
感じ訴えることができない幼稚さに
ガッカリさせられます
ブログ主の父上ら最前線でが戦ってくださり
われわれに残してくださった
「自由」への冒涜であると・・・

今日のブログを読ませていただき
何故かしら気持ちが少し和らいだ気がいたします

投稿: coyote BoRRacho | 2012/03/23 00:58

またまた平野國臣氏の頑固節が始まった・・・
 

フランス国歌の歌詞には
http://www.youtube.com/watch?v=gYVWbqLt8qw
「敵が我らの家族の喉を掻き斬りに来る!
市民よ 武器を手に取れ!
敵の汚い血を我らの畑にぶちまけろ!」
という野蛮な表現がある。
 

アメリカ国歌にも
http://www.youtube.com/watch?v=i426pbQJZ_g
「敵の要塞を見れば 戦場に星条旗が翻り
ロケット弾の赤い炎が燃えて
爆裂弾が空中に破裂する・・・」
・・・と大変に戦闘的である。
 

・・・こんな勇ましい世界の軍歌国歌に比べれば
日本の国歌「君が代」の何と平和的であることか・・・
 

しかし
平和主義者というのは本当に戦争の歌・軍歌が好きなんだねぇ・・・

投稿: 柳生大佐 | 2012/03/23 01:42

 二月二十四日朝、米軍は八時出勤だから、それまでには現状保持の状態にまで繕っておかなくてはならない。八時少し前には、整地して足跡などを消し現状に復す仕事をして、中に入ろうとした。すっかり明るくなった摺鉢山を望んだ。するとそこには星条旗ではない、まさしく日章旗が翻っていた。よくやった。日本軍は頑張っているのだ。この島のどこよりも攻撃の的になっている場所なのに。ご苦労さん、と自然に涙が出た。懸命に摺鉢山を死守している勇士がいる。故郷の人に見せてやりたい。今頃俺の田舎では、雲雀がわが巣に戻って、安眠の最中であろうに。その鳥にも劣る我は今、食するのも、ねぐらも、親兄弟と離れ離れの生活を強いられている。
 敵は前方のみではない、周囲四方が敵である。否、味方になるものは何ひとつない。まず自分に勝たなければならない。弱音を吐いたら、それまでである。第二には飢えに堪えることだ。何がなくても水があれば生きられるという。しかしその水をいま天が恵んでくれない。しかし死ぬわけにはいかないと、自分に暗示をかけていた。同じ境遇の人が、摺鉢山では夜を日についで眼前の敵と悲惨な激戦を展開し、ついに日の丸を掲げた。涙なくして見られぬ光景であった。
                  (秋草鶴次「十七歳の硫黄島」)

 二月二十五日早朝。いつの間に取り替えたか、摺鉢山にはまたもや日の丸の旗が朝日を浴びて、泳いでいた。まぶしいほど綺麗な懐かしい旗だ。これは、いまだ頑張っている守備隊員がいるあかしである。あれほどの攻撃を受けたのに、よく頑張っているな。しばらく見入っていた。
 あの旗はどこにあったのだろう。不思議な思いだ。それに、あの旗は昨日とは違う。昨日の日章旗より、少し小さい四角だ。もしかすると、急拠作製した血染めの日章旗かもしれない。日の丸が茶色く見える。影を見ると泣いていた。
 拝む想いで眺めていた。
                  (秋草鶴次「十七歳の硫黄島」)

百人斬り授業を許さない!!

投稿: amotoyamatotake | 2012/03/23 08:34

団塊老人さま
おはようございます。
軽がるしい言葉に聞こえてしまったのなら
申し訳なく思います。
戦争とは1945年終戦の戦争のことです。

私の父は現在82歳、終戦の時16歳でした。
ずっと東京に住んでいましたので、空襲の恐ろしさを
経験しています。
東京大空襲のあと、蒲田から新橋まで歩く道には
死体累々で、まだ息のある人の「水をくれ」との声を
振り切って走ったそうです。
見渡すばかりの焼け野原。
それでも学徒動員があれば戦う用意があり、
日本が戦争に負けるとは全く考えなかったそうです。

反省という言葉はふさわしくないかもしれません。
私は戦後生まれで、ずっと平和に暮らしてきました。
過去苦しい思いをした方々のおかげで、今の暮らしがあると
思っています。
私には3人の息子がいますが、戦地に送り出すことは
考えられません。
二度と日本が戦争するのは嫌なのです。
これからもずっと平和に暮らしたい。
私は日本国を愛しています。


投稿: はやぶさ | 2012/03/23 09:06

日本に国歌が必要ならば、

「海ゆかば」にして貰いたい。

投稿: 平野國臣 | 2012/03/23 11:17

考察の意味で、反省という文字を使われたのではないでしょうか。

私は三十代ですが、日の丸、君が代が嫌いという同世代には会ったことがありません。祖国の国旗、国歌として当たり前のように受け止めているように思います。なかには反日教師に教育されたせいか、南京虐殺などを信じて疑わない人もいますが、そんな人でも君が代は普通に歌ってましたよ。
今こうやって便利で豊かに生活できるのも、皆、戦前から頑張っておられる世代の方々のおかげと思っております。多くの犠牲の上に今の日本が成り立っている。そういった気持ちが、若い人に、靖国に行ってみようかなと思わせるんじゃないでしょうか。愛国精神とか大げさなものじゃなく、純粋な感謝の気持ちからです。

投稿: 広島市民 | 2012/03/23 12:43

 若い人に靖国に行くなとは申しません。

 若いうちは、何を見、何を経験しても血になり肉になります。

 しかし、靖国に行くよりも、もっと困難なことがあります。日本人として、日本の歴史と文化を背負い、外国人に接することです。

 私は大学生の時に英語を身につけ、学生のときも、社会人になってからも、絶えず外国人と接する環境に身を置いてきました。その際、絶えず心にあったものは、自分は日本人であるということ、教育を受けた日本人として恥ずかしくない行動と言動をすることです。

 初老の身となった今でも、これからも、この姿勢に変わりはない。つまり、愛国とは、一生をかけて、世界における日本と日本人の評価を高めること、これが私が考える愛国の真の姿です。

 昭和天皇が亡くなる前、毎年正月に皇居前で開かれる一般参賀を見に行ったことがあります。その時、鳩バスから日の丸の手旗を持ったたくさんの人々が降りてきて、輪になって踊ったかと思うと二列縦隊をつくり、左右から日の丸の手旗のトンネルを作り、トンネルの中をワーワー騒ぎながら潜り抜けていく一団がありました。

 こうした身内だけの興奮と熱狂に身を委ねることは、どこの国でもやっている。アフリカの土人部落でさえもやっている。

 安易な興奮に身を委ねる愛国と、人としての自己を磨き、他の国の人々から敬意を受ける日本人であろうという困難な愛国。私からのお願いとして、これからの世を生きる若い人々には、その区別をして欲しい。いずれを選択するかまでは、とやかく申しません。

投稿: 平野國臣 | 2012/03/23 14:54

坂さん、今日は。
ところで、帝国陸軍が白旗をあげて負けたことがありましたでしょうか?
玉砕戦はアッツ島、ペリーリュウ、硫黄島(いおうとう)、沖縄戦と続きましたが、支那大陸では一度も負け無しなのではないでしょうか?南方ではインパール作戦がありますが、15万(英国)vs9.5万(日印)の会戦規模ですが、”作戦”ですし。私は帝国陸軍は世界最高の軍規を持った最強の軍隊だったのではないかと思うのですが!?米国陸軍では442連隊が最強とされ、勲章最高数獲得していますが、これは日系二世です。やっぱり、日本人って!ほんとは凄いんじゃないですかね〜!知らないだけで。

投稿: koukenz | 2012/03/23 16:25

>もちろん当時の国家指導者たちは批判されてもやむを得ないでしょう。
が、その批判と、戦前を否定し日本と日本国民を貶める言動は似て非なるものです。
政権を批判することと国家を否定することはまったく違うと言うことです。

読んでいてすっきりしました。
反日の勢力というのは、当時の政治と国家そのものをごちゃまぜにして来るんですよね。
日本人自身がこの違いを意識していないものだから、上から目線で言われると毅然と言い返せない。
我々自身もきちんと自覚しておかなければ。

投稿: と | 2012/03/23 18:53

投稿: はやぶさ | 2012/03/23 09:06さま
>軽がるしい言葉に聞こえてしまったのなら
申し訳なく思います。

詫びられることではないつもりでしたが、このようなお言葉を出されて、こちらこそ申し訳なく思っております。

投稿: 広島市民 | 2012/03/23 12:43さま
>考察の意味で、反省という文字を使われたのではないでしょうか。

お言葉、しかと承りました。

「戦争の反省」という言葉に私が違和感を感じるのは、以下のような理由からです。

○戦争それ自身が道徳・倫理とは別物で、しかも、ハーグ法規の発展したジュネーブ4条約とその付属議定書(国際人道法)で、戦闘時のルール細目を決めている世界の現実にあって、戦争全般を「悪」と決め付てしまう響きのある「戦争の反省」という言葉を、半ば枕言葉のようによく使う日本人の傾向は、イデオロギー的に唱えられた「戦争絶対悪論」の心理束縛を受けているのではないか、所謂「平和教育」が思考停止を導いているのではないか、と疑われること。

○大東亜戦争を占領軍の「神道指令」で使用が禁止され、太平洋戦争に変えさせられた背景にある、「教導総隊の教育改変」と「対日占領政策」による、“戦争罪悪史観洗脳”からいまだに脱していないのではないかと思われること。日本人だけが現実の国際関係から浮き上がった認識を持っている原因が、このあたりにある。

○この言葉が、様々な事柄を背負って戦った人々への共感を失わせ、ある意味「冷酷」に客体視する意識から発せられるものではないか。

○諸国が「戦勝記念日」を祝うのに、日本には日清、日露のそれすらも許されないのか、ということ。

○大東亜戦争をそこに至った諸要因を見ることなく、東京裁判史観だけで判断しているのではないか、と疑われること。

諸々ありますが、先の戦争も含め、占領時の宣伝によるのではなく、多様な解釈もできる史実のみに基づいて詳しく眺めたとき、出てくるのは「教訓」であって決して安易な「反省」ではない、と私は考えています。
再度強調しますが、獏とした「戦争」という言葉に安易に「反省」を言うのは日本だけです。ここでも、国際関係における「相互主義」を忘れてはいけないのです。
シベリヤ抑留は違法であり、原爆投下や焼夷弾空襲は非戦闘員虐殺であり、シナ軍の日本人捕虜虐殺は戦争犯罪なのです。捕らえた米軍パイロットを刺殺した日本兵と指揮官が処刑されたのが正当なら、これら犯罪や違法もまた裁かれなければならない。勝者と敗者に犯罪の区別はない。この意識を保持しておくべきだと思っています。

 中国軍が公然と尖閣支配行動を強め、「日本人を震え上がらせてやる」とのたまう中国軍将軍に、「戦争は悪だから話し合いましょう」は通用しません。構えと覚悟なければ、「話し合い」もできません。

キッシンジャーの「外交」が述べる通り、「話し合うしか方法がないと思わせる力の保持」が異質な国家との安定関係を構築するのは、今も変わりません。

投稿: 団塊老人 | 2012/03/23 20:01

園遊会において天皇陛下自らが、君が代日の丸の強制はよくないと言われています。
そういう意味から言って、団塊世代さんの指摘は天皇陛下にもあてはまることでしょう。
強制は良くない例として、逆に、男女平等とかで男子は「君」女子は「さん」を禁止している学校がある。
こういう強制もよくないよね。
心の問題ですから。

教育は基本、自由放任が一番です。
実際、少年犯罪データベース見ても分かるように、戦前は現在と比べられないほど少年犯罪が多発していたのですから。
日教組の強制も日の丸君が代の強制も反対です。

投稿: 韓朝シナ人は大嫌いだ! | 2012/03/24 01:30

国家統治機構が間違っている。と語ることすら許されなかった。
国体なんてもんは実態のない観念論で幻想でしかないのです。
昭和天皇の政治的支配力、影響力から言って、間違っていることに異論がとなえられない社会情勢。
そういうことから戦後教育というのは、国体宗教、精神論を排すことになった。
心の自由は大事です。

投稿: 韓朝シナ人は大嫌いだ! | 2012/03/24 01:50

日本は自力で平和を達成している訳ではなく、在日米軍の保護下で一国だけの安寧と繁栄を享受しているのであって、そこを勘違いしてはいけない、と思います。
そうでないと日本人の言う平和主義は例えばこういう事になってしまう。
作家の大江健三郎もアメリカの美術評論家の故スーザン・ソンタグも同じ平和主義者です。
雑誌企画で、ノーベル文学賞を取った大江健三郎と、軍事的優勢なセルビア人軍事組織の包囲下にあったサラエボに滞在中のスーザン・ソンタグの公開往復書簡があって、戦後の日本人らしくあらゆる戦争に反対するがゆえにNATOのユーゴ連邦軍に対する航空爆撃にも反対する大江健三郎へスーザン・ソンタグからこういう返事が来ます。
「あなたはここの現実を知りません。今も目の前で行われている虐殺や民族浄化からクロアチア人を救うには、力の行使以外にはないのです。そしてその力はここではNATOなんです。」
つまり大江健三郎の言う平和主義では、我々人間はあまりにも罪深く、その前に我々に出来る事は何もない。そして集団の運命は天に任せるしかない、といったような投げやりのニヒリズムに陥りかねない事をソンタグに暗に指摘されてしまってます。
どんなに飾って表現したところで、現実に米軍の軍事力で冷戦期を乗り切った日本において、そういう日本の平和主義が、辛く、汚く、厳しい事を自分たちだけはしたくない、といったエゴイスティックなものに堕しかねないのは避けられません。
少なくとも外国からそう見られてしまうのは避けられない。
日本特有の戦後平和主義を今後もあくまで貫くとしたらそこらへんの覚悟が必要でしょう。

投稿: ブルー | 2012/03/24 06:45

 長い目で見て、日の丸は国旗として生き残るけれども、君が代が国歌として生き残るか、はななだ疑問だと思いますね。

 君が代の歌詞には王室崇拝の気持ちが込められているわけですが、世界的に王室を維持している国は限られている。日本と英国では美しく維持しているから、それでいいと言えばそれまでですが、それが永劫続くかは未知数でしょう。とくに英国より日本の方が、皇室が今のまま続くか、目の前の問題としてヤバイのではないか。

 日本の皇室は社会のなかのプレゼンスが大きすぎるうえ、皇室の私生活に過度に介入していますからね、当然、ムリが出てくるわけですよ。

 その第一が男系長子相続。徳川家が、歴代の将軍を徳川ファミリーから出し続けるために、どれだけ苦労したか。本家のほかに紀伊・尾張・水戸御三家の分家をつくり、更に田安・清水・一ツ橋の御三卿を用意して、それでやっと250年ですわな。一つの家で男系長子相続を永劫続けるのはムリというもので、げんに今、ヒロノミヤ皇太子のところで差し支えている。

 第二が社会の価値観の変化と皇室崇拝との乖離。昭和天皇の時代は、天皇は現人神で多くの人が皇居でササゲツツをして戦争に向かった、武器は全て陛下からの預かり物として菊の御紋が入っていた。昭和の前半は何かにつけ社会一般から戦争気分が抜けず、現人神は戦後、人間天皇として存続した。今上天皇が皇太子の頃は、ご成婚パレードが高度成長開始の打ち上げ花火みたいなもので、平成天皇の誕生とともに日本は安定・成熟した社会になった。昭和の後半、満ち足りて幸せそうな一家の生活は日本人の理想像として人々の心に宿り、我々の祖父母も親も、そして我々も、そのことに異議を唱えるような気持ちは持たなかった。皇室は、大日本株式会社の儀典局として機能し、それなりに存在意義があった。で、ヒロノミヤ皇太子から先ですが、今までのようには行かないと思いますね。

 私が子どもの頃から一番違和感があったテレビ番組が「真珠の小箱」。天皇だろうが皇太子だろうが、屁もすればクソもするだろうし、俺らと同じようにエロ本読んで喜んでいるだろうに、ナニナニ様、カニカニ様って何だよ!って思っていた。

 「真珠の小箱」みたいな皇室美化の番組は、昭和の終わりとともに減ってきた。多分、君が代が国歌であることに疑問を持たない人でも、ニュース番組で小童(こわっぱ)ふぜいにナニナニ様、カニカニ様と様付けで呼んでいる、そのことに違和感を覚える人は多いのではないか。ただ、口に出さないだけで。つまり、我々の価値観が、平成に入った頃から急速に変わってきているわけですよ。

 君が代も演奏だけの場面が増えてきて、歌詞まで歌う機会はまれでしょう。「さくら、さくら」「ニッポン、チャチャチャ」「海ゆかば」みたいな準国歌・応援歌のほうが親しみがあって人の口に出やすい。終戦から65年も経てば、天皇の存在が日本国民統合のシンボルであるという状態では、なくなってくるわけですよ。

 こういう世の中の自然の変化を無視して君が代斉唱を強制しつづけると、強制している連中も、いつか足元をすくわれますよ。

投稿: 平野國臣 | 2012/03/24 12:12

 というわけで、君が代を国歌として存続させるためには、ひと工夫が必要でしょう。「君が代」が天皇の代を意味するのではなく、今の議会制民主政治のもとにある日本国であるという解釈の導入ですよ。これを大っぴらに宣伝し、教育の現場でも教えること。

 そういう解釈が一般的な社会通念になれば、皇室が嫌いで宮内庁のおじゃる族が嫌いな私でも、君が代を国歌として違和感なく受け入れることができる。
 
 皇室をカルト的に崇拝する連中は、インディアン部落の先祖崇拝と同じで、皇室がなければ別のものを引っ張り出してきて崇拝するだけのことだから、どこの国、どこの民族にも一定数いるわけで、こういうキチガイどもが街宣車でワーワー騒いでいたり、ネットでやたら強がってうっぷんを晴らしているうちは、どうってことはないわけです。

 国歌として君が代に取って変わる歌がないこと、別の歌を新しく国歌と定めるには相当の政治的混乱が予想されるという現実を踏まえれば、それしかないように思われる。

投稿: 平野國臣 | 2012/03/24 13:21

共産主義が北朝鮮の「赤い王朝」を生んだことこそがアナクロニズム(時代錯誤)と言われるべきでしょう。
中国にも太子党があるし ルーマニアにも「チャウシェスク王朝」が生まれました。
 

この原因は
「左翼共産主義思想とは あらゆる既存の秩序を暴力で破壊する」(共産党宣言)
ところから来ています。
しかし中国の歴史とは
農村のアブレ者が盗賊団を組織して それが拡大し 国家そのものを乗っ取ってしまう・・・
これの連続です。
 

暴力で秩序を破壊し政権を獲得した中国皇帝は
皇帝絶対権力の恐怖政治を敷くことになりますが
その根拠として定めたのが「儒教」でした。
ゆえに
共産主義=儒教
なのですが
中国や北朝鮮などの儒教国家にいまだ共産党政権が続いているのはそのような訳があるのです。
 

つまり
邪悪な皇帝制度こそが左翼共産主義勢力が目指しているものであって・・・
左翼が何かと北の赤い王朝を擁護したり ゲシュタポや特高警察並みの人権擁護法案などに執着するのも そこから来ているのです。
 

ゆえに
左翼が中国式皇帝制度を目指すことこそ滑稽で時代遅れと言うべきなのです。
 

「日本書紀」には「十七条憲法」が書かれていますが
1 和を以って貴しとし・・・
2 篤く三宝を敬え
3 詔を承りては必ず謹め
・・・ですから
「和の精神」とは
天皇の規定が3番目になってやっと出てくることからも
日本の根本思想であり 記紀以前から存在し 天皇を超えるものであり
天皇の存在によって明文化されたものです。
 

ゆえに
皇室が消えるときは”和の精神”も消えるときであり
日本国自体が消える時なのです。
 

また
「魏志倭人伝」の記述では
女王卑弥呼亡き後 邪馬台国は
巫女の系統である13歳の少女「壱与」が女王に就いて国が治まった
と言われております。
13歳の少女が武力で邪馬台国を平定したとは到底思えず・・・
これは
「日本の天皇とは 数学のゼロのようなもの」
(位置はあるが数量は無い)
という考えが成り立ちます。
 

要は
科学的に天皇の制度を再定義しさえすれば
皇室の存在意義はいくらでもある
ということですね。
 
出没する左翼の謀略や詭弁に騙されてはなりませんよ!
各々方・・・

投稿: 柳生大佐 | 2012/03/24 15:55

英国国歌では
God save the Qeen (神よ 女王陛下を助けたまえ)
という歌詞があるし
http://www.youtube.com/watch?v=4qq_UhePJZ0&feature=related


第二米国国歌と言われるリパブリック賛歌でも
「神の栄光を見るだろう」
という歌詞がある。
http://www.youtube.com/watch?v=dwkCtuIauIE&feature=related


ゆえに
「日本国の祭司」である天皇陛下を国歌で称えたとしても
何の問題も無い!
 

それに
「勉強」という言葉があるように
教育とはそもそも強制するものである。

投稿: 柳生大佐 | 2012/03/24 16:39

Qeen   X
Queen  ◎

投稿: 柳生大佐 | 2012/03/24 18:44

坂さん、こんばんは。

いつも読ませていただいています。
このエントリ、ようやく今日読んだのですが、しみじみと心に染み入りました。

明日、生まれて初めて靖国神社に参拝します。
前々から、国の為に命をかけてくださった英霊に御礼を申し上げたいと思っておりまして、ようやく叶います。
あの時代に兵隊さん達が勇敢に命をかけて下さったおかげで今の日本があります。もし、今の左翼たちの様に言うだけで平和が得られると考え何もしなかったら、世界からの今の日本の評価はなかったと思っています。
毎年、お盆が近づくと議員の靖国参拝が取りざたされます。票が欲しくて参拝しない議員のなんと多いことか。また、それを当然と声を上げる日本人のなんと多いことか。何百万人も兵隊がいたから、中には悪い人もいたでしょう。でも、大勢の兵隊さんは、国を想い、家族を守る為に、死んでいってくださった。死ぬのが嫌でも、命をささげてくださった。
なのに、何故この国の指導者は、そして一部の国民は感謝できないのでしょう。国に命を捧げた方々に国が、国民が感謝できないのであれば、今後国が戦わざるを得なくなったときに誰が命を懸けるものか。日本の兵隊さん達が日本国のために戦ってくれたのだから、日本国はきちんと感謝して手を合わせなければならない。戦争に対する責任は日本国にあるのであって、兵隊さん達にあるのではない。そんなことも分からない指導者の多さに悲しくなります。

私は昭和41年生まれです。あの戦争は体験していませんし、戦後が終わった後の日本しか知りません。でも、だからこそ、日本が今の日本でいられる様に命を懸けてくださった英霊に感謝し、明日 手を合わせてきます。

長文失礼いたしました。

投稿: も | 2012/03/24 20:59

君が代の 安けかりせば かねてより
身は花守となりてんものを

(平野國臣)

正直、文章というより、同名の方のHNに異様な違和感を覚えるのは私だけでしょうか。

平野國臣は 幕末の名だたる志士の一人でありますが、王朝の風を慕い、太刀作りの刀を佩き、蛤御門の変で敗れ自刃した真木和泉が「禁閥を慕うこと第一等の人也」と評した勤王家であります。

彼は武芸に優れると同時に、笛の名手であり、詩才豊かな一級の風流人でしたが、いかように評されるよりも、平野國臣にとって先の真木和泉の称賛にまさる名誉はないと存じます。

日本の歴史や文化・伝統に関心も興味も抱かれないなら、それはそれで結構ですが、

七代将軍の時代に創設された御三卿(清水・田安・一橋)は紀州出身の吉宗の血筋で徳川宗家を独占しようとして、吉宗と悉く対立した尾張家・徳川宗春の血筋を将軍職から遮断したものであり、この場合の例示としては不適当でありましょう。

勿論、ご意見は自由ですが、歴史的事実には即して。それと このHNだけは おやめになってはいかがでしょうか?

どなたが許されても、オリジナルの平野國臣さんが 皇室を軽んじられるような発言に利用されるのは、けっして、けっして(大事な事ですから、三度言います。)
けっして、お許しにならないでしょうから。

投稿: レッドバロン | 2012/03/25 00:48

>私は個人の心情/信条を極めて重んじる人間であり…

「平野」さんとやら
おぬしはこう明記している。
ならば、皇室や君が代を大切に思う
平均的日本人の「心情/信条」も
言葉通りきっちり重んじるべし。

>自然の変化を無視して君が代斉唱を強制しつづけると

サッカー代表戦の国立競技場で誰が君が代斉唱を強制しているというのかね。
そこでおぬしの言う「自然の変化」とやらは
どうやったら見ることができるのかね。

投稿: やす | 2012/03/26 00:23

 とうとう、他人のコテにまで文句つける輩が現れたか。

 皇室がからむと、どうしてこう、おかしな連中が現れるのかねえ。三島由紀夫もネジが跳びまくっていたし。見方が狭いというか一面的というか。

 そもそも100年以上も前の人物だぜ。それに維新史を勉強した人でも、「平野國臣」の名前を知る人は、そうはいない。その人物のどこかが気に入って使っている、快男児で新しい時代を見ずに死んだ、その部分を気に入って使って、このブログを見た人が「平野國臣」の存在を知ったら、維新史の日陰の部分にこういう人がいたと後世の人が知ることになり、それこそオリジナルの本人が喜ぶとは思わないのかねえ。

 自分が使うコテについて他人の干渉は受けつけない。

投稿: 平野國臣 | 2012/03/26 02:14

>平野國臣さん
英国国歌は
God save our gracious Queen,
Long live our noble Queen,
God save the Queen:
Send her victorious,
Happy and glorious,
Long to reign over us;
God save the Queen.

 神よ我らが慈悲深き 女王陛下を守りたまえ
我等が高貴なる女王陛下の永らえんことを
神よ我らが女王陛下を守りたまえ
勝利・幸福そして栄光を捧げよ
御代の永らえんことを
神よ我らが女王陛下を守りたまえ

・・・ですから

私は君が代が天皇陛下を称えるものであっても
国歌としても不自然ではないと思いますね。
 

米国紙幣と貨幣にも
IN GOD WE TRUST(我らは神を信ずる)
・・・と「アメリカ合衆国は神の国である」というモットーが刻印されていますから。
 

三島由紀夫も
最後の小説「豊饒の海」は月にある海です。
しかも
「春の雪」→「奔馬」→「暁の寺」→「天人五衰」
と 物語が進むにつれて狂言回しである本多の心が汚れて行くのです。
最終巻「天人五衰」の最後のシーンでは
第一巻のヒロイン聡子(尼になっている)に死んだ恋人清顕のことを本多が問うても
「そんなお方はもともとあらしゃらなかったのと違いますか?」
と答えるだけです。
 

つまり三島のこの小説には
「色即是空 空即是色」
物質的現象には実体が無く
実体が無いということが物質的現象の特徴である
(般若心経)
・・・という仏教の教えが書かれているのです。
 

平野國臣さん
”ネジが跳びまくっている”のは
あなたの方ですよ。

投稿: 柳生大佐 | 2012/03/26 13:10

「平野國臣」の話題が出たところで、面白いエピソードを一つ、ある本の抜書きによって、ご紹介しましょう。

重信房子の父・重信末夫は、血盟団事件の指導者・井上日召のもとで昭和維新運動に参加、後に満州に渡り馬賊になった経歴の持ち主だった。
-中略-
昭和42年の10・8第一次羽田闘争で機動隊と激しく衝突し、帰宅してからその攻防を興奮して喋る娘に末夫が言ったのは、
「房子、あのように闘ってはいかん。おまえたちには敵を殺す姿勢ができていない。-中略-井上和尚はこういった。一殺多生である。多生とは民衆を意味するのだ。人はなぜ真剣に生きて、しかも貧しく不幸なのか?君が代の安けかりせばかねてより身は花守(はなもり)となりけむものを。福岡藩士の平野國臣の短歌だ。革命とは民衆の生活を安きに置くために敵を殺し、おのれも死ぬことなのだ」
 まさに、この父にして、この娘あり。―であろう。
            (「連合赤軍物語 紅炎」p211 山平重樹著 徳間文庫)

 この「君が代」をどのように受け取るか。その解釈は、このブログの読者諸氏におまかせします。

投稿: 平野國臣 | 2012/03/26 17:05

平野國臣氏の言うことは
オウム真理教の麻原彰晃が言った「ポアの思想」を思い起こさせる。
つまり
「殺してやるのも救済だ!」
と同じだ。
 

保守は民主主義のルールを守る。
論理による討論と多数決によって政治問題は解決すべき・・・
 

平野國臣氏の言うことは「盗賊の論理」であって
「目的が正しければ敵を殺しても良い」
と言いたいのだろうが
「徳を失ったから王朝が倒された」とする
中国の”覇道の論理”になりかねない危険なものである。

投稿: 柳生大佐 | 2012/03/26 18:50

平野国臣(実在)がロベルピエールやレーニンやトロッキーと一緒ねえ…。
明治維新がプロレタリア革命に先行するブルジョア革命だとか、いや、そうでないとか、昔、左翼学者が一生懸命議論してました。

憲法第9条を擁護するものは、必ず第1条を否定する。前者は声高に主張するけど、後者には声を潜めるのが賢明なサヨクの生き方ですが、たまにその両方を大声で仰る「正直者」が存在します。そういう意味では、まことに判りやすくて、結構なことです。

先日、亡くなった吉本隆明は「日本では、一木一草にまで天皇制が宿っている」と看破しました。吉本はどう見ても天皇制の擁護論者ではない、坂様がアッチ系だった頃に多読された思想家の一人ですが、さすがにコトの深刻さは認識しておりました。

足尾銅山の鉱毒問題で、明治天皇に直訴に及ぼうとした田中正造は天皇への上奏文を幸徳秋水に依頼します。一世一代の文章を頼んだ方も偉いですが、受けた方も偉いですね。以て、明治人の見識と教養が判ります。

この辺りで、天皇制がイデオロギーではなく、日本の文明秩序のレベルの問題として作用していることに気づかされます。無知なウヨクではネットで捨てせりふ、たまに指入り脅迫文は書けても、天皇への上奏文を起草する事は、七度生まれ変わっても無理でしょうね。
。二千年の歴史を有する日本で、百年前なんてのは、つい最近のことではないのですか?オリジナルの平野さんに直系はおらずとも、子孫や親戚縁者は実在しているでしょう。広いお江戸の大名や旗本・御家来衆の子孫といっても、皆、今でもどっかで繋がってる。

ジスカールデスタン政権の発足時、閣僚名簿にポニアトフスキの名前があり、フランス国民は拍手喝采しました。

ポーランド独立のためナポレオン軍に身を投じ、敗勢の中でも皇帝の為に力闘し、悲運の最期を遂げたポニアトフスキ元帥の名前をフランス人は忘れておりません。その「名」が大臣になって、少しはその功に報えたような安堵感が人々の中に漂う。ジスカールデスタンのウケ狙いがあるにしても、ナポレオンの元帥らはパリの大通りに名が残り、活躍したのは、たった二百年前の出来事ゆえに。

人間は一代で終わるものではない。新世界の無知蒙昧な白人になったつもりで?インディアンが先祖を敬うのを馬鹿にする…。戦後的な精神の倒錯もここに極まれり。

科学的には日本どころか、人類も、いや地球さえパチンと弾けて、いずれは終わる。その虚無の手前で孫子の持久を願い、国家や皇室の永続を祈る。
こんな当たり前の、人間の営みに何の不思議があるのか? そう言えば「星条旗よ永遠なれ!」という第2のアメリカ国歌というべきスーザのマーチがありました。

投稿: レッドバロン | 2012/03/27 15:34

しょうがねえ。読解力のない爺さんたちにちょっとだけ付き合うか。

まず、誰が何をいっているのか、よく読みなさいよ。

平野國臣の短歌を引用しているのは重信房子の父親だ。私ではない。

この短歌の意味は、「世の中が静謐であれば、花を育て愛でる花守の暮らしをするものを、天下が安危の時にめぐりあったので、そうしてはいられない。一命を投げ打って国を救う行動をすべきである」という意味だ。

また、彼が刀を振るって生きた時代は安政の大獄の末期、幕府による尊王攘夷志士の弾圧が極致に達した頃だ。だからこそ、彼は僧・月照が薩摩に逃れる護衛をするという「義」に生きる行動をした。京から追手が付け狙っており、連中が襲ってくれば戦って殺さねばならない。むろん、何ら名刹を求めるものではなく、何の見返りもない行動だ。

僧・月照は薩摩藩と朝廷の仲立ちをして、西郷隆盛による薩摩・水戸藩兵を中核にしたクーデター計画を助けた人物だ。他日を期すためには、僧・月照と西郷隆盛の命は絶対に守らねばならないと彼は考えたのだろう。(このクーデターが失敗したので、井伊直弼は水戸藩士に桜田門外で首を取られた。)だから、この短歌にある「君が代」とは列強の侵略の脅威に晒されている天下万民のことだ。皇室だけの安穏を守るという意味ではない。

安穏たる暮らしを拒否して天下万民のために一命をなげうつ。そこの部分に重信房子の父親は共感を持ったので、娘に平野國臣の短歌を引用したのだろう。機動隊との小競り合いぐらいで喜んでいてどうする、と。

勝手に日本が誇るべき侍である平野國臣の虚像をこしらえ、それをもとに他人を痛罵する、そういう変てこりんな爺さんと付き合うのはここまでですから、そう思っていて下さい。

投稿: 平野國臣 | 2012/03/28 18:32

なお、付け加える。

1.前のコメントの「平野國臣の虚像をこしらえ」の部分、「平野國臣の虚像をこしらえ、かつ、人の主張も曲解したうえ」と改める。

2. 私は、インディアンが焚き火の周囲でキャホキャホ踊りをしているような内輪の「愛国」主義は嫌いだ。内輪で独りよがりの「愛国」や「国粋」に耽溺するのは、そりゃ心地が良いだろう。英霊のおかげで今の日本があるとか、皇室をあがめろとか、君が代を歌わない奴は国賊だとか、低脳なウヨ坊の言う事に適当に調子を合わせておけば良い。それだけで、少しでも異論のある人間、価値基準が異なる人間に対して優越しているような錯覚を味わうことができる。

しかし、それは非常に危険なことなのだ。まずもって人が堕落する道なのだ。現実の世界には政治があり外交があり、様々な価値観を持った人々がいる。時代が変われば人の価値観も変わる。水戸の国学あたりで思考を止めていればいいというものではない。

3. 私はサヨクも嫌いだが、ウヨ坊も嫌いだ。連中は頭が悪く、人や物事を多面的に評価することができない。要するに世間的な常識がないくせに、古色蒼然たる自分の価値観のみを振りかざして威張っているということだ。東条ら戦犯の靖国合祀問題のように、欧米人や中国人の言う事で面白くない思いをしたなら、外交的な利害調整をしようとする日本人を攻撃する前に、おのれが英語か中国語で思うところを連中に主張してみろ。勉強が足りないから、できないだろ。要するに、ネットでぐだぐた不満を漏らすだけで、それ以上は何もできない無力だということ。

ということで、お爺さんたち、さようなら。また来るかもしれんが、今はここで発言を止める。

投稿: 平野國臣 | 2012/03/28 21:50

>頑迷固陋の左翼爺さんの平野國臣さん
 

「表現の自由」「信教の自由」「良心の自由」がある西欧社会でも
フランス・イギリス・オランダなどでは「ブルカは禁止」されていますよ。日本ではOKですがね・・・
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2012/01/post-2418.php
 

「民主主義では自己決定権がある」と言われていますが
これは「キリスト教文明」が前提だからです。
「神が人間を作った」とされるからこそ、個人主義が生まれ 人権が生まれ 良心の自由や自立する個人があるのです。
しかし
「有機体的な国家観」で生きているアジア人には通じませんよ。
日本の周辺国でも全部の国が
公式行事での国旗の掲揚と国歌の斉唱は義務付けられています。
 

たしかに
欧米では卒業式などで国歌斉唱することや国旗掲揚する習慣はありませんが
それは「キリスト教文化の空気が存在する」中でのことです。
だからそれに反する
イスラム式のブルカやニカブの着用は禁止するのです。
ブルカの着用は
個人が自立して責任を取れるとする西欧型の民主主義ルールを真っ向から否定するものだからです。
如何に自由で平等な西欧社会であっても
個人個人が勝手気ままに振舞い社会規範を毀損することまで許すものではないのです。
 

これに対して
日本にはキリスト教に匹敵する強力な社会規範がありませんから
学校行事などで”社会の統合を図る儀式”を必要とすることは一定の共同体防衛本能として認められるでしょう。
 
 

尊王攘夷の明治維新も
結局は
君主と家来との忠誠関係から道義が生まれていた武家社会を崩壊させてしまったので
その後の日本軍部の腐敗堕落の原因となりました。
つまり
幕末の志士たちも
意図したこととは正反対のことをしてしまった
・・・ということですね。
 

これで平野國臣さんはグウの根も出ないと思いますが
「ブルカ禁止」で何か反論がおありならまたどうぞ・・・

投稿: 柳生大佐 | 2012/03/28 23:13

グウの根・・・X
グウの音・・・◎

投稿: 柳生大佐 | 2012/03/28 23:29

かまってジジイにいつまでもかかずり合うほどヒマではないわい。何でも書いておけ。

投稿: 平野國臣 | 2012/03/29 02:41

平野國臣様へ
25日のレッド・バロン様コメントと逐一同じ事を私も考えたのですが、平野國臣様の反応が、想像できましたので書きませんでした。案の定その後の平野國臣様の文章も、思った通りで・・・
平野國臣様の語学力や世界見聞には敬意を表しますけれど、未だ五十代(そう仰っておられましたね)の身で他者の意見に聞く耳を持たない態度にはかなり感心減点です。
貴方が「ジジイ」と蔑む方々のご意見には学ぶべき点が多いと思われない頑なさを、せっかくの才能と合わせて考えると残念に思います。
たぶん多くの方が「自分だけが正しいと思っている小児性」を感じて、敬遠され、結局はオリジナルの平野國臣氏の名も汚す事になると、お節介ですが申し上げます。

投稿: よれこ | 2012/03/29 14:36

ゲマインシャフト(有機共同体)は
基本的に平等社会である。
 

ゲゼルシャフト(目的共同体)になって
人類は階級社会となり 宗教的権威が必要になった。
 

・・・であるから
平等志向で左翼志向な者は「ゲマインシャフトに戻ろう」と言いたくなるのだろうが・・・
 

ゲマインシャフトが平等なのは
敵を攻撃するために動きやすい小集団となって 集団間の飢餓を防ぐためにそうなったにすぎない。
 

宗教的権威を無くせば
あたかも戦争が無くなるかのように考える者がいるが
そもそも宗教とは階級を否定して個人の対立を解きほぐす役割から出発したものなのだ。
 

マルクスは「ゲマインシャフトに戻る」ことを夢見たが
専制的権威を振りかざす独裁者を生みだしただけだった。
 

「サル山」を見れば
霊長類が多数の群れを作れば個体同士の争いを省略する階級社会を生みだすのが必然だからだ。
これがゲマインシャフト以前の社会だね・・・

投稿: 柳生大佐 | 2012/03/29 14:56

よれこ様:

与に言うべくして、これと言わざれば人を失う
与に言うべからざるして、これと言えば言を失う
知者は人を失わず、亦た言を失わず

と申し上げておきましょう。

投稿: 平野國臣 | 2012/03/29 15:19

平野國臣氏は”知者”ではなくて「痴者」だろう・・・
 

いずれにしても
儒教なんざ 時代遅れである。
 

儒教は暴力で覇道を達成した中国皇帝の詭弁学であるからだ。

投稿: 柳生大佐 | 2012/03/29 15:46

書き方一つ、というのもあるんじゃないですかね。
自分としては書き込みは勝ち負けじゃないと思いますですよ。
いわゆる「論破」が好きな人の書くものの中には、如何に正しかろうと知識豊富だろうと、「アアマッタクダア、マッタクダア」と合いの手入れたくなるようなのもあります。
でも人間は論破なんかされない存在だと思いますね。
ただ離れていくだけです。
それならもうちょっとやりようってのもあるんじゃないスかね。
まあ自己満足でも満足ならそれで結構な事かも知れませんが。

投稿: ブルー | 2012/03/29 19:35

私は自己満足で書いているわけじゃないよ。
 

欧米の憲法には信教の自由が定められるのみで
宗教活動の禁止は定められてはいないのだ。
ゆえに
日本国憲法第20条の3のような条項は世界の憲法には無いのだから削除すべきもの。
 

「宗教の定義」とは
”世界の解釈の仕方”であるのだから
共産主義や左翼思想そのものが祭政一致の宗教国家を目指すものなのである。
だから真の政教分離とは
共産党一党独裁政治を排して
政治的自由と信教の自由を保障することを言う。
 

日本の天皇とは一応名目は祭政一致であるが
神道に教義は無く 
「もともと政教分離するために定められたのが天皇の制度」なのが日本史の真実なのである。
 

仏教を唐天竺から輸入し国教としたのも朝廷だったし
明治になって靖国神社を国家神道としたのも
仏教では宗派の対立があったからに過ぎない。
靖国神社では
キリスト教であろうとイスラム教であろうと どの宗派の参拝方式でも許されているし
靖国神社そのものが政教分離の宗教施設なのである。

投稿: 柳生大佐 | 2012/03/30 00:28

平野國臣様
真実の「知者」と成り、「知者」で在り続けられれば、人としてそれに勝る幸せは無いでしょうね。

投稿: よれこ | 2012/03/30 10:34

よれこ様:

既にググっておられるかもしれませんが、先ほどの格言は、

共に語るべき人と語らないでいれば、その人を友とすることができない。
共に語るべきでない人と語れば、言葉が無駄になる。
よって、知恵ある者は、友としてふさわしい人を失うこともなく、無駄口に時間を費やすこともない。

という孔子の言葉です。

我々は知識に学び、経験からも学ぶ。そうして一生、昨日より今日、今日より明日と、絶えず今よりも知恵ある者を目指しつつ生涯を終えていくのです。それが人間の向上というものですよね。それ自体が喜びであり幸せなことなのです。何事かに対する問題意識や興味を失わない限り、それは一生に渡って続く「道楽」であり得るのです。

ここを単なる井戸端会議にするか、大学の社会人セミナー級の知的交流の場にするか、我々コメント者も、その役割と責任の一端を担っていると考えるべきでしょう。

私は溜まっている仕事や研究課題があるので、しばらくおいとま致しますが、このブログは時々ROMさせて頂き、区切りがついたら、また舞い戻ってきます。では。

投稿: 平野國臣 | 2012/03/30 15:34

平野國臣様
お多忙の中、ご返答ありがとうございます。
これをお読みになるかどうかは、考えずに申し上げます。

日本語で訓み下しで書いて下さってましたので、孔子の言葉はご説明頂かなくとも私にも分かります。
唯「知者」は貴方のご理解のように「知恵者」でしょうか?私は「(人の)道を知るもの」と受け取っております。
この解釈から少しずつ物事の受け取る方向性が岐れているのが判りました。
お仕事、研究課題の見事な達成をお祈り致します。

投稿: よれこ | 2012/03/30 16:24

福沢諭吉は
「倫理的に正しいことは物理的にも正しい」と考える儒教(孔子の教え)を否定している。

「物ありて然る後に倫あるなり、倫ありて後に物を生ずるに非ず」
(物がまずあってから倫理があるのであり 倫理が先にあってから物が生まれるのではないからだ)・・・『文明論の概略』より

「こうあるべきだ」ということと「現存する実体」とは別のことだからだ。
 

さらに
現在の社会秩序が感覚的に正しいと信じ、その「空気」に同調することが倫理的に正しいと思い込むことを『惑溺』(心を奪われて正しい判断力を失うこと)と呼んでいる。
この惑溺に陥っているのが儒教であり
実験や調査によって実証された事実から出発して考える西洋の科学的な態度をこそ日本の未来を担う学問として尊重したのである。

投稿: 柳生大佐 | 2012/03/30 17:26

柳生大佐殿

べき、と、在る、とは違いますね、たしかに。勘違いしないように致します。

儒教も西洋科学論も、或いは手元の雑多な書物も、感覚的に生きて来た私には、時に応じてヒントや指針になればそれで好し!程度の漠然とした有難味なので、言葉にしっかり囚われる程頭に入っていないのです。頭が軽いのも持ち運びに便利ですヨ。
けれど予備役大佐殿の時々の助け舟には内心感謝致しております。


投稿: よれこ | 2012/03/30 21:07

議論というのは、両者が相手に折伏されまいとしながらも、相手の(或いは議論を見ているであろう第三者の)折伏を図る、という部分があるから長くなりがちですけど、こういう「寄せ書き」みたいに時間無制限に積み上げられる場所での議論となると尚更そうでなかなか終わらないという事があります。
それ自体は全く問題はないと思うんですが、議論の当事者が終わらない議論というのに嫌気がさして(いずれ必ずそうなる)結論を急ごうとすると話がややこしくなる。
そういう時は大抵、論者が印象的に自分の論旨の勝ちの形に持ってこうとして、揶揄が入ることになる訳ですね。
そうするとそっから先は議論じゃなくて揶揄合戦になっちゃう。
お互い議論より揶揄の技巧を凝らすようになっちゃうんですね。
議論の泥沼というより揶揄の泥沼って感じになる。
だけど本来の論旨と同時に、そんな気分的にネガなやりとりをする事をいつまでも続けられる訳ないし、お互いに相手の揶揄で自らの感情は高ぶるしで、議論が展開して論旨から離れていくんじゃなくて、両者が本来の趣旨を見失って論旨から離れていく、という事にもなって最終的には、まあロクな事にはなりません。

投稿: ブルー | 2012/03/31 04:29

ネイティブアメリカンやアフリカンを馬鹿にされてるんですね。読み方次第では日の丸手旗持ってはしゃぐのも土人だからだと言っておられる。天皇陛下に対して敬愛の念を抱くのは別にいいじゃないですか。安易な愛国というのとは、また違うと私は思います。

>愛国とは、一生をかけて、世界における日本と日本人の評価を高めること、これが私が考える愛国の真の姿です。

真の姿かどうかは分かりかねますが、仰る通りと思います。でもこのような形で世界に最も貢献されているのは天皇皇后両陛下であられるのではないですか。

>天皇だろうが皇太子だろうが、○もすればク○もするだろうし、

こういうのを恥ずかしげも無く書く人は、他にどんな立派な事を書いていてもちょっと、、歴史の本を少し読めば、日本国は昔から天皇を中心に民が寄り集まっている国だと気付くと個人的には思うのですが。

投稿: 広島市民 | 2012/03/31 12:20

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