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2012年9月

2012/09/19

中国の反日暴動は「終わりの始まり」

禁酒禁煙に肉体がイマイチ対応できず体調不全にもかかわらず仕事は待ったなし。
昨日は朝9時から夜11時まで仕事で、さすがに疲れました。
夜飯を食う気力もなく、ノンアルコールビールを一気飲みしてバタンキューです(爆)

今日は仕事が休みで朝7時半まで寝ていました。
モーニング食って、朝風呂に入り、ストレッチとマッサージ終え、新聞を読んだらもう12時。
曇りだったので、MochaとLatteを連れて散歩に行き、帰宅したら14時。
ソファーに腰を下ろしたら疲れているのか、ウトウトしてしまって。
で、嫁はんから電話があって、近くにできた中華屋さんで娘と3人で早めの晩飯です。
これが私の今の休日。

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総裁選も代表選も中国の反日も、あまりリアリティがないんですよ。
ただ思うのは、中国の反日暴動は「終わりの始まり」。
あの国との関係をどうするか?
とか
尖閣をめぐる安全保障はいかにあるべきか
とか
はピントがずれている、と言うか、そういうレベルを超えている、そう思います。

竹島をめぐり、韓国と韓国人がいかに低レベルであるかが満天下に示されました。
今回の尖閣でも、中国が規格外の危険な国家であることが白日の下にさらされました。
民主党はバカ政党だから、代表選は身内同士の非難ばかり。
その点、自民党は責任政党だから、さすがに総裁選は国家のあり方と安全保障が争点になっていますね。
で、有権者も、そのあたりの関心が急速に高まっている。
いいことじゃありませんか?
良い意味の逆効果です。

それにしても自民党の総裁候補、全員が2世です。
人材の枯渇と今の選挙システムの限界を感じます。
だから維新の会が人気になるのかもしれません。
橋下徹、2世政治家にはない爆発力を感じさせますからね。
それはそれで、また良いことです、今のこの国においては。

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セブンイレブンでコカコーラの300mlペットボトルを買いました。
500mlはちょっと多い、でも300ml、日本人の感覚にピッタリですね。
これが米国だと3Lが主流。
それだけ日本人と米国人は違うのです。
「失われた20年」とよく言われます。
が、確かに物量的レベルは拡大していないけれど、質的レベルは明らかに向上しています。
外食はうまくなったしメニューも豊富、衣食住は確実に改善されている。
一方、中国は破竹の勢いですが、未だに1日1ドル以下で暮らしている人が1億人以上います。
ここでも日本と中国は「月とスッポン」くらい違うのです。
こういう外国との違いを認識しながら増税もTPPも脱原発も考えるべきだし、その視点に立てば、こんなのは大した問題じゃない。

ところで、誰もが言うとおり中国は強大な国家になりました。
19世紀の大清(Great China)帝国の復活を想起させます。
が、今は21世紀。
時代も違えば環境も違う。
大清(Great China)帝国の復活なんて幻というか寝言の類だと思います。

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中国では、1年間に勃発する暴動が、私がこのブログを始めたころ既に7万件に達していました。
それが3年後には10万件を超え、世界第2の経済大国に成長した今では30万件に及ぶと言われています。
30万件、つまり毎日、800件以上の暴動があの国では発生し、何千人もの死傷者を出している。
暴動が800件以上ですよ、毎日。
まさに規格外の危険に満ち満ちた大国です。

かつて、中国No.2の呉邦国全人代常務委員長は次のように述べました。
「もし中国が混乱して1%の難民が出たら、1300万人ですよ。1000分の1としても130万人。だから中国が安定することが周辺諸国にとってもいいことではないですか」(読売新聞)
これは、2005年11月に訪中した角田義一参院副議長(民主党・当時)に述べた言葉です。
呉邦国は、この時点で中共体制の崩壊が地域の、そして世界の最大の脅威であると捉え、日本に協力を求めていたのです。
つまり「中国の安定」=「世界の安全」という論法ですが、この中国No.2の発言に彼らの本音が透けて見えます。
で、当時7万件の暴動が今では30万件を突破。
中共指導部の危機意識は想像を絶する域に達しているでしょう。

しかも、暴動は体制の腐敗、堕落、横暴にすべてが起因しています。
デモ参加者の多くが毛沢東の肖像画を掲げているところにそれがはっきりと見て取れます。
何千万人もの自国民を死に至らしめた圧制者の方が、豊かになった今の国家指導者よりも崇拝される―
貧しかったけれど皆平等だった、自由はなかったけれど腐敗、堕落もなかった、だから毛沢東に再臨してほしい―
この国民感情は歪で狂っています。
が、当時の「造反有理」が「愛国無罪」に化けてしまった今、この巨大なうねりを誰も止めることはできません。

Hannichi3

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去る9月9日、ロシアのウラジオストクで開催されたAPEC首脳会議の会合開始前に、中国の胡錦濤国家主席は約15分間、野田佳彦首相と立ち話をしたそうです。
で、彼は懇願した。
「尖閣諸島の国有化だけはやめてくれないか」 と・・・
しかし、野田は無視した。
胡錦濤は激怒し、そして絶望した。
「角田と違い野田は中国の現状を知らない、追い詰められている俺たちの窮状を知らなすぎる」と・・・
「だったら、反日デモを許して奴らに脅しをかけてやれ」
が、「愛国無罪」はブーメランのように中共体制にはね返り、中共指導部を崖っぷちにまで追い詰めている―
これが今の中国の現実です。

かつて「造反有理」は中国の社会を根底から破壊しました。
「愛国無罪」がそうなる可能性は否定できません。
そういう認識に立って私たちは今の日中関係や安全保障を語るべきであって、お花畑の民主党は論外ですが、自民党の総裁候補たちもその点では甘いと思います。

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かつて竹下登(元首相)は
「親父が東京で家を持って、東京で育って東京しか知らない男が、田舎の選挙区から知ったかぶりをして出てくるんだ。こんなことをしておったら、日本の政治は駄目になる」
と野中広務(元幹事長)に語ったそうです。
今日(きょうび)の自民党総裁選を見ていたらそれを痛感します。
橋下徹が時代の寵児としてもてはやされるのはその裏返しでしょう。

中共体制の「終わりの始まり」が始まった今、日本の最高責任者(首相)はこれで良いのか?
子供みたいな民主党は論外として、保守だなんだと騒いでいる連中の程度の低さにもあきれるばかりです。

TPPは米国の陰謀?
TPP参加は亡国への道?
「味噌汁で顔洗って出なおして来い!」
と言いたいですね。
そんなことどうでもいい。
今こそ日米同盟とその真価が問われている時です。

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時計は午前零時を回りました。
アルコールが入っていないからアタマすっきりです。
が、明日も早いのでここまでにしておきます。

今日もまた徒然なるままに・・・
でした。

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2012/09/12

現代の混沌とする政局を前にして一考

先の戦争の指導者たちはエリートでした。
極めて偏差値が高い。
学生運動の指導者たちもエリートでした。
負けずに偏差値が高い。
東大医学部にブントがたくさんいたというのがその証です。
医学連もブント主導でした。

この二つのエリートたちは同根でメダルの裏表です。
解のある問題にめっぽう強い。
だから誰よりも早く難題に正解を導き出す。
が、人間もその社会もすべてにおいて正解がないのです。
1+1=2ですが、人間とその社会はそうとは限らない。
1+1が3であったり1.5であったりする。
そうなると彼らはもう立ちすくみ、なす術を持たないのです。

戦前の革新官僚と呼ばれた人たち、あるいは青年将校の一部が、実は社会主義者であったこと、これは重要です。
資本主義が突きつける難題を解決する道は社会主義しかない、彼らはそう思ったのでしょう。
資本主義の矛盾と相克を止揚し新しい社会が生まれる、これが社会主義であり、人類の発展の法則がそこにある。
常に解を求め、正解を導き出す能力に長けた偏差値エリートたちはそう信じたのです。

それは一面で正しく、戦後日本の高度成長も同じ流れにあります。
が、1+1=2でなくなった時、彼らは解を見出すことができなくなり、右往左往するのです。
だから前例を踏襲し、既存の手法に少し色づけするだけで現状を打開しようとする。
が、それは膨大な時間とカネを浪費するだけにすぎない。

戦前は帝国主義の時代でした。
が、それは20世紀に入り、もう行き詰っていました。
そこでは新しい世界秩序が求められていた。
しかし、偏差値エリートたちは新しい秩序を見出すことができず、戦争によって旧秩序を破壊する以外に方法を見いだせなかったのです。

戦後の新しい秩序は米国的価値観と社会主義的価値観の共存によって再スタートしました。
そこにおいて右の偏差値エリートたちは米国モデルを模倣することに活路を求め、左の偏差値エリートたちは社会主義モデルを導入することで再生を果たそうとしました。
そこにはまぎれもなく正解があり、より早く正解にたどり着くことが勝者への道でした。
が、今や米国モデルは疲弊し、社会主義モデルは完全に破綻しました。

今の世界には模範とするべきモデルがなく、求めるべき解が見当たりません。
こうなると偏差値エリートは弱い。
何をなすべきかが解らない。
現代日本の混沌の原因もここにあります。
1+1=2の社会で力を発揮してきた偏差値エリートやそのエピゴーネンはもう亡霊と化しています。
だから橋下徹や維新の会がのさばり、必要以上に期待を集めるのでしょう。

Hashimoto3

少なくとも被差別部落を出自とし、母子家庭で育った橋下は偏差値エリートではない。
だから右や左の既成知識人に嫌悪される。
エスタブリッシュメントに警戒される。
が、実際は、今のところの彼は海のものとも山のものともつかない。
彼が指し示しているのは新しいモデルなのか、これまで私たちが見いだせなかった1+1=2とは違う解なのか?

私たちは、これで政界再編だ、決められない政治から決められる政治に脱却できると単純に喜ぶのではなく、真摯に本物を見極める姿勢と眼力が求められていると思います。

脱原発は正解か?
増税は?
TPP参加は?

単純には解は求められない。

2012年 9月12日

坂 眞

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【追記】
これまでの私は、エントリを書くに際し、まずテーマを決め、関連情報を収集し、ソースの真偽を確かめたうえでパソコン画面に向かっていました。
そして、歯に衣着せぬ持論を展開する。
誰が何を言おうと関係ない。
それが、読者の皆さん言うところの“坂節”だと思っています。

そこにおいては文の組み立てから文字の校正に至るまで気を配るので、一つのエントリを書き上げるのに膨大な時間と労力を要しました。
ここ数日書いているエントリはそうではありません。
文字通り、徒然なるままに思いついたことを書き連ねています。
中には強引な論理展開も散見されるかもしれませんが、あまり深く考えていないのでご容赦ください。

ただ、思いがけないところに私の本音が透けて見えるのかもしれません。

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靖国神社に参拝しました 4

人間の人生は偶然の繰り返し。
シベリアに抑留されていた父親が、2年間の艱難辛苦に耐えて舞鶴に降り立たなければ今の私はいなかった。
昭和22年9月、ソ連軍に連行された時の姿そのままに玄関先に立ちすくんでいた父を見て、祖父母は声をなくしたそうです。
そのころ母は、姉を伴って隣り町の実家にいた。

私には今も不思議に思うことがあります。
北支で戦ってた父。
北京の日本人租界にいた母。
当時二人は新婚でした。
で、昭和19年に本土で祝言をあげ、母は大陸に渡り、昭和20年7月、終戦直前に姉が北京で生まれています。
あの戦況が日々厳しさを増す中、最前線にいた父と北京の租界にいた母はどこでどうやって逢瀬を重ねていたのでしょう。
そんな余裕が二人にあったことが理解不能です。

母は生まれたばかりの姉を背負い、男装をして北京からの逃避行に成功します。
父は武装解除された後、行く先も告げられずにソ連軍に連行される。
その時点では姉の誕生を知りません。
そして2年後、北九州の生まれ故郷で二人は奇跡の再会を果たします。

母が、北京から大連を目指す過程で命を落としていれば姉は今ごろ残留孤児。
が、奇跡的に本土に逃げ帰り、2年後には父と再会して23年9月には長男誕生、25年7月には次男誕生、そして27年2月に末子=私が生まれます。
その後の父は、高校教師を経て地元の町役場に転身し、晩年は農協県連の幹部として現役を終えます。
どこかで歯車の一つが狂っていれば、我が一族の戦後はなかった、そう思うと何とも言えない感慨に襲われるのです。

そして、この世に生を受けた私は左翼運動に身を投じ、紆余曲折を経て今がある。
父や母がもう少し教育熱心で、私に勉強を強いていれば、また違った私が誕生したかもしれません。
が、二人とも放任主義で、勉強しろ!などと言われたことが一度もない。
中学生の時は多少優秀でしたが、それも少し褒められただけ。
高三の時、学校に呼び出された父は、「息子を信じている。間違ったことをするはずがない」と私を擁護したそうです。
で、相手は教師時代の後輩だったとのこと。

ほんとうに不思議です。
いろんな偶然が折り重なって私の存在と人生がある。
靖国に参拝した私は父を思い、先の戦争で様々な苦難の中で命を落とし、また無事生還し、戦後の激動を生き抜いた先達たちに深い感謝の祈りを捧げたのでした。

Bund3

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2012/09/11

靖国神社に参拝しました 3

学生運動について書いておきます。

学生運動は日本共産党が指導していました。
あと、日本社会党が指導する社青同。
これが60年安保で共産党と決別するんです。
で、できたのが共産同。
党(パルタイ)ではなく同盟(ブント)です。
共産党とはことごとく対立し、教授も共産党系とブント系に分かれました。
これに黒田寛一(クロカン)率いる革命的共産主義者同盟(革共同)が参入し、社会党系の社青同と第4インターも勢力を広げる。

1960年代をリードしたのはブントです。
革共同は街頭運動主義の中核派とカルト観念主義の革マル派に分裂し、近親憎悪を強める。
社青同解放派はしょせん社会党だから穏健なんです。
その点ブントは過激で元気で、学生にいちばん人気がありました。
革共同両派(革マルと中核)はイデオロギーや規則、規律にうるさいけど、ブントは雀荘から火炎瓶もって駆けつけるヤツもいたし一人一党、戦術の党でしたね。
だから過激で人気があった。
社青同は後に過激になり、凄惨な仲間殺しをやったけど、根っこはどこまで行っても社会党。

中核派が強かったのは法政。
革マル派と社青同は早稲田。
ブントは東大、医科歯科大、中大、明大、早稲田、東女、京大、同志社、大阪市大、ピン大、岡山大、北大、新潟大などが拠点校でした。
中大、明治、医科歯科大+御茶女は駿河台の「鉄の三角地帯」と呼ばれ、日本のカルチェラタンでしたね。

「がんばらない」を提唱してTVにもよく出る鎌田實、優秀な医師ですが医科歯科大のブントの出です。
なぜか医学部にブントが多い。
東大もそうですが、ブントはイデオロギーや規則に甘いから居やすいんです。
だから医学連もブントになったというわけです。

ところで高偏差値の東大生や京大生がなぜ共産主義にかぶれ、北朝鮮に行ったのか?
答えは簡単ですね。
彼らは解答がある思考に強いんです。
だからマルクスが説いた歴史の発展法則が素直に受け入れられた。
信じているから、火炎瓶と日本刀と猟銃で武装して首相官邸を占拠すれば革命が起きると思ったんです、マジで。
いや、思い込んだのです、側から見ればまるでマンガですが。

つづく

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靖国神社に参拝しました 2

ちょっと目が醒めてきたので続き書きます。
D.Ozwってほんとうに頭が悪いんだね。
偏差値がどうこうじゃなくて思考力が弱い。
だから2浪して慶応なんだな。
慶応なんて2浪して行くところじゃないでしょう?
小泉さんだって現役合格。

背が低い。
短足。
醜男。
アタマ悪い。
性格悪い。
嫉妬心が強い。
猜疑心が強い。
ジコチュー。
口べた。
カネに執着する。
権力欲が強い。
政策はよう解らんが政局は好き。
ついでに酒も女も大好き。

これでD.Ozwは、ほぼ言い尽くされている。
だから残った腹心は山岡と東祥三と森ゆうこしかいない。

Yamaoka

Azma_2

Mori_yuko

三人とも人相最高。
品格があるとはこのことか(爆)

小泉純一郎はD.Ozwに似たとこがある。
政策より政局が好き。
で、アタマ悪くて、ジコチューで頑固。
が、小泉は群れない。
カネに執着しない。
他人に任せるだけの度量がある。
やっぱ侠客の血を引いています。

が、D.Ozwは子分がいないと持たない。
常に秘書と取り巻きがいる。
カネに執念深いし、絶対に他人任せにしない。
何でも自分が目を通す。
秘書に聞いたら、コピー紙1枚の使い方で怒鳴られるとか。
しょせん馬喰の末裔だな私と同じで。

D.Ozw←弁護士(父)←馬喰(祖父)
坂 眞←陸軍中尉(父)←馬喰(祖父)

でも2年も浪人して慶応ってバカすぎると思うけどな。
で、慶応の大学院断られて日大の大学院に進学、司法試験は論文はおろか短答式もダメ。
論文試験は論理的思考力がないと難しいけど、短答式試験は暗記勝負だから誰でも通る、バカでも通るって友人が言ってたけどD.Ozwはそれもダメだったんだな。
で、父親が急死して2代目国会議員に20代でなる。
社会経験ゼロのボンクラの性悪衆院議員ここに誕生だって(爆)。
今度はきっと天誅が下る間違いなく。

Ozawa

私は高2のころから受験体制粉砕を掲げ、受験勉強を拒否し、模擬試験も受けたことがないのでよう解らんけど、東大だって3年間猛娩すれば受かると思うよ、普通の頭があれば。
1日10時間×365日×3年間。
バカじゃなければ大方の問題は解けるでしょう。
これが中学から6年間となればもっと可能性は上がると思う。
私の中学時代のライバルはラサール高校に落ちたけど、私と同じ高校で猛勉強して東大法学部に行きました。
その程度ですって東大なんて。

まあ、私のように受験勉強を拒否し、試験を拒否し、教師を糾弾する毎日だと行く大学なんてなくなります。
で、テキトーに大学行って、テキトーに退学になって、思い切り失恋して、機動隊と殴り合って、結局行き場がなくなって、否定していたはずの大学にアタマを下げて、地方公務員の上級職として役人になり、結局アル中で1回目の人生終わり。

思うに、学歴のない人ほど学歴に拘るんですよね。
東大に縁のない人ほど東大がすごいと思う。
それって錯覚です。
断言できます。

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2012/09/10

靖国神社に参拝しました

7日、金曜日、靖国神社にお参りしてきました。
理由は仕事が休みだったから、ただそれだけで特別な訳はありません。
次から出てくる画像はその時のものです。

Img

今日は、また徒然に思いついたことを書き殴りますので、どこで筆が折れるか分かりません。
だから、つどアップしながら記事を更新したいと思います。

Img_1934_2

初秋の靖国は静かでした。
入り口で幼稚園児と子供に付き添う母親たちにすれ違い、親は大変だなあ…と妙に感心した次第。
傍にいるカミさんに「どこの幼稚園?」と訊いたら、「きっと金持ちの学校よ」という返事。
金持ちの嫁も大変ですね。

今年は大東亜戦争開戦70年なんですね。
遊就館で記念展をやっていました。
カミさんは初めてなので興味津々の様子でしたが、彼女にとって靖国は、桜の見事に咲き誇るところという印象しかありませんから、それも当然か。
しかも十数年前に娘を連れて桜見に訪れたきり。
その分だけ遊就館は、印象深くその目に映ったのでしょう。

Img_0427_3

靖国で思い出したのは父親です。
父は元軍人ですから、靖国神社に参拝するとホッとします。
なにしろ親不孝な息子で、親孝行とは無縁ですから、父に少しだけお礼を言えた気分です。
「おかげさまで上の娘が結婚できました」
と…
母親は90歳を超えていて、完全にボケていますからもう一緒に靖国にお参りはできませんし、仮に連れて来ても何にも感じないでしょう。
あれだけ可愛がってくれたのに、今は「あんた誰?」ですからね、私に向かって。
最愛の息子だったというのに私は(爆)

5年ほど前は、親子ともども新年の一般参賀に駆けつけたのに、老人が老いる時間は早いです、あっという間に別人。
私が手を握りしめても嬉しそうな素振りもない。
いつか私もそうなるのでしょう、きっと。
その前に「あの世行き」かもね、うちは女が長生きで、男は早く死ね。
祖父も父親も70代になってすぐ亡くなりましたが、祖母は96歳まで生き、母親は92歳です。
そう言えば、下の娘は親父と会ったことがないんです。
生まれる前の年に親父は心筋梗塞で死んじまったから。
職場から仕事をおっ放り出して駆けつけた時はもう意識不明。
死んだと分かった時は、辺りをはばからずに大声で泣きましたっけ…

親孝行は思いついた時にやっておくものです。
そのうち、と思っている間に突然あの世に行ってしまう。
親父とはディズニーランドに一緒に行く約束をしていたのに果たせませんでした。
で、今はボケてしまった母に責められたりしたのも良い思い出です。

Img_6394_2

まあ、酒もタバコも好き放題で、ある日突然あの世行きですから、禁酒禁煙で晩飯も食えない今の私からすれば幸せだったのかもしれませんね、父親は。
若い時は気位の高い人だったけど、老いると嫁はんが頼り、と言うのもやはり親子、似るもんです。

ところで政治、もう関心がありません。
好きにしてくれ。
アタマ悪すぎ、
人間も悪すぎ、
野田と谷垣、けっして嫌いじゃなかった。
少なくとも誠実でしたよ、鳩や菅、小沢と比べたら。
で、野田は谷垣より政局を選び、捨てられた谷垣は石原の息子にも見捨てられる。
伸晃、慎太郎より政治屋です。
「サメの脳ミソ」や「古賀の悪党」に気に入られてどうするんですか?
私は谷垣がかわいそうでね、カミさんは「華がないからダメだ」と言うけど、俳優じゃあるまいし政治家は。
国家観と歴史認識です政治家は。
あとは大局を読めればそれで十分。
偏差値はいらない。
偏差値で測るのは官僚だけでよい。

谷垣さんは官僚みたいな雰囲気だけどね。

国家観と歴史認識で野田は合格でしたが、民主党というその一点において失格。
でも鳩菅よりはずっとまともで、誠実さを感じましたね、私は野田に。

Noda

アタマが悪い?
顔が悪い?
だって父親は北陸の百姓の出、母親も千葉の「いなかっぺ」だから顔や頭を期待しても限度あります。
が、まともな政治家だと思います、私は。
谷垣さん、愛妻家で忍耐強く、奥さんが死んでも平気な顔してたけど、ほんとうは辛かったでしょう奥さんを看取れずに。

今度は思い切り泣いてください。
奥さんを偲んで。
もうすぐ自民党総裁じゃなくなるんだから。

それにしても古賀の悪党!
オマエ、谷垣は古賀派だろう?
跡目を襲われるから谷垣をつぶすってか?
林芳正?
コイツだけは絶対にNo!
です。
申し訳ないけど自民党支持やめます、その時点で(爆)

                    同期の桜?でしょうか?Img_4887_3

古賀さん 言っとくけど、あんたは野中広務とは器が違う。
ただのチンピラ。
カネの亡者。
D.Ozwと同列だな。

Koga_2

林 方正↓

Hayasi

こんな冷血のボンボン。
ダメです、ムリです、総理だなんて!

つづく

120417_103347_3                  Mocha&Latte 私の孫です

つづき

靖国に参拝する前に「新宿つな八」で昼飯を食いました、カミさんと。
で、元気満々で参拝したのに、帰途は首痛に腰痛、あと足はガタガタ。
もう、ほんとうに歳を感じます。
カミさんだけが頼りです(爆×2)
ああ、酒飲みたいなあ、タバコも吸いたい。
でも我慢、ガマン、ここが正念場です。

谷垣さんだって、あんなに甘ちゃんで、こんな人じゃ中国は無理だろう?韓国に舐められるだろう?
と思っていたのに、奥さん死んでから人が変わりました。
私は同情票で「谷垣に一票」、と考えていたけどムリみたいですね。
今は亡き奥様、ごめんなさい。

安倍さんもイマイチ。
石破はイマ2。
町村さんじゃあ民主党が生き返りますって。
伸晃は親の七光りまる出しだし。
どうせなら進次郎推しますって、みなさん。

では、また明日。

オヤスミ。

明日につづく。

やっぱ谷垣禎一は器じゃなかった。
いい人だけど。
人が好いのは政治家じゃない…か。

Tanigaki_sadakazu

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2012/09/06

春だったね

春だったね

昭和47年(1972年)

作詞:田口叔子
作曲:吉田拓郎 
歌  :吉田拓郎

僕を忘れた頃に
君を忘れられない
そんな僕の手紙がつく

くもりガラスの窓をたたいて
君の時計をとめてみたい
あゝ僕の時計はあの時のまま
風に吹きあげられたほこりの中
二人の声も消えてしまった
あゝ あれは春だったね

僕が思い出になる頃に
君を思い出にできない
そんな僕の手紙がつく

風に揺れるタンポポをそえて
君の涙をふいてあげたい
あゝ僕の涙はあの時のまま
広い河原の土手の上を
ふり返りながら走った
あゝ あれは春だったね

僕を忘れた頃に
君を忘れられない
そんな僕の手紙がつく

くもりガラスの窓をたたいて
君の時計をとめてみたい
あゝ僕の時計はあの時のまま
風に吹きあげられたほこりの中
二人の声も消えてしまった
あゝ あれは春だったんだね

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2012/09/02

近況報告

読者の皆様、ご無沙汰いたしております。

6月下旬、出勤途上の山手線内で目眩と動悸に見舞われ、立っているのがやっとの状態でした。
以来、禁煙したのですが、酒を飲むと我慢できない。
で、ついでに禁酒しました。
禁煙して約2か月、禁酒して約1か月半。
この間、離脱症状がひどくて表現のしようがないほど悲惨な状況です。
喫煙常習者になって45年、飲酒常習者(アルコール依存症)になって約40年。
これをやめるというのはつらいです。
なにしろタバコ毎日30本、酒は日本酒に換算して毎晩5合(900ml)。
おまけに仕事は多忙を極めています。

おかげで帰宅すると、直近の記憶さえ定かでない。
ボケたのか?
と恐怖感に襲われます(爆)

タバコをやめると、よく「太る」と言われますが、酒が晩飯代わりだったせいか夕食がまったく口に入りません。
夏バテのせいもあって4kg近く痩せてしまいました(泣)

8月15日に靖国に参拝できなかったのも近年にないことです。
そんな状況です、近況は。
復活まで今しばらくのご猶予をいただきたいと思います。

9月2日

坂 眞

120417_103347_3                  Mocha&Latte 私の孫です。

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makotoban

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