« また自爆した民主党議員 今度は徳永エリ | トップページ | 徒然に憲法改正を語る »

2013/05/03

護憲パラノイアは中国か北朝鮮に移住してもらいたい

今日は憲法記念日です。

時間がないので憲法について簡単に書きます。

現憲法の最大の欠点は、前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」というところにあります。
ここから第9条における「戦力の不保持」と「国の交戦権の否定」が導かれる。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」などあり得ない前提です。
どこにそんな「諸国民」がいるのですか?
知っていたら教えてほしい。

まあ、米国や連合国の意図は解ります。
欧米白人国家の築いた国際秩序に、日本が二度と挑戦しないよう永遠に封じ込めたかったのでしょう、極東の果てに。

ところで、この憲法を“平和憲法”と称して「断固死守」を叫んでいるのが共産党、社民党、そして民主党の一部ですね。
で、連中の大半が親中国、親北朝鮮。
中国は核保有国だし、北朝鮮も保有国の仲間入り目前。
「平和憲法死守」と親中国、親北朝鮮は矛盾しないのでしょうか?
理解不能です。

そう言えば、その昔、左翼の連中は「社会主義国の核実験は平和のためだ」と擁護していました。
ソ連や中国は平和国家だからと。
で、米国は侵略国家だからその核実験は許せない…
もう爆笑です。

今の護憲派の連中。
脳みその中は当時の左翼と五十歩百歩でしょう。
とにかく日本が自衛力を持つことが許せない。
自衛権を行使することが許せない。
なぜなら日本は、未だ戦前の軍国主義を脱皮していないからです。
だから自衛力は侵略の武器に、自衛権の行使は侵略そのものに通じる―と彼らは主張するのです。

戦力の保持と交戦権の肯定がどうして軍国主義になるの?
護憲パラノイアの頭の中を覗いてみたい。
現体制が憎い、現体制を破壊したい、そういう妄想でいっぱいですよ、きっと。

こういう連中は、中国か北朝鮮に移住してもらいたい―
心からそう思います。

人気ブログランキングへ
人気ブログランキング

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

makotoban

エビオス錠 2000錠
※これのおかげで今の私がある、と言っても過言ではありません。
毎日、日本酒に換算して4合以上を飲み続けて30年。
医者からは「10年後にボロボロになる」と言われ続けてきました。
が、昨年断酒するまで何とか体が持ちこたえた。
エビオスのおかげです。
快食、快便は健康の基本。
健全な胃腸を作るエビオス。
タンパク質が豊富なので筋力を維持、増強してくれます。
ダイエットのためにエビオスを飲んでいる方、けっこう多いですね。

Ebios_2

|

« また自爆した民主党議員 今度は徳永エリ | トップページ | 徒然に憲法改正を語る »

政治(国内)」カテゴリの記事

コメント

特定マスコミの論調も「守れ平和主義!戦争できるようにするな!」です。
問題は、彼らが選挙争点に選ぶ基準は
「何を言ったら自民党の票を(最近は維新もですが)いちばん削れるか?」
という点にあるということですね。
「戦争できる国にするな」は、フレーズ的な長さといい、内容の単純さといい、
かなり効果的だということは認めざるを得ません。
にもかかわらず、日経、毎日の世論調査では、
「改憲すべき」の方が「すべきでない」を大きく上回っています。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS0202S_S3A500C1PP8000/
http://mainichi.jp/select/news/20130503k0000e010141000c.html
毎日新聞の必死な記事タイトルのつけ方が笑えますが(笑)

中・朝の態度や、自衛隊の存在に対する根本的な矛盾を、
多くの日本国民が常識的に考えているということでしょうか。
これでは、マスコミも、民主党も、悩ましいことでしょう。

投稿: 鳩槃荼 | 2013/05/03 19:23

更新ありがとうございます。
>「社会主義国の核実験は平和のためだ」
大江健三郎の 中国の核の茸雲は美しい を思い出しました。

投稿: -d- | 2013/05/03 22:09

 北海道新聞が、「護憲に力入れているようですが、シリーズの記事の見出し気になった言葉がありました。記事の中身は、スルーしております。

憲法改正を訴えている人々は、「理性に乏しい・・・・」とあったように記憶があります。

「護憲」を訴える人々は、とても理性あふれているとは考えられませんが、如何なものでしょうか?

 96条の改正が、徴兵、軍国、戦争に直結する短絡的な発想そのものが理性にかけていると、感じる私は理性の乏しい爺様なのだろうか。

投稿: 道産子爺 | 2013/05/03 23:02

少なくとも奴らは社会主義を理解していない。
先ず日本破壊ありきのカルト集団だと┐(´д`)┌ヤレヤレ
これでは司直に潰されろと言わんばかりだと言う事。

大衆ですら連中の偽善と欺瞞にとっくの昔に
気がついていると言うのに( ´,_ゝ`)プッ

馬鹿は死ななきゃ治らない(^_^メ)

投稿: abusan | 2013/05/04 00:13

日本は武器を持たせりゃすぐさま使いたがる好戦的で見境の無い国で、日本さえおとなしくしていれば極東に決して波風は立たない……
それが戦後平和主義の「根本教義」なんですね。
これがまさに、戦後すぐのUSAなど連合国側が日本に対して抱いていたイメージそのままであることを考えると、彼らの洗脳プログラムは驚くほど成功したと言わざるを得ません。
現在の護憲派も、中国などの脅威を感じていないわけではないんでしょうが、この「根本教義」はそれとは別のスイッチになっているようです。
日本は軍事力を持てばすぐ行使したがるに決まっており、たちまち侵略行為を始めるに違いない……
これはもう、信仰ですから、理性とは別次元なんでしょう。

しかしながら、近代に入って日本が経験した3つの大戦争(日清・日露・第二次世界)は、いずれも「受け身」の形ではじまっていることを忘れるべきではありません。
つねに譲歩に譲歩を重ね、あとが無くなって軍事力に頼らざるを得なくなったというのが史実というものです。
「こちらが譲歩すれば、向こうも手加減してくれるだろう」という、これまた根拠の無い外交スタンスを性懲りもなくとり続けた愚かさはまた別の問題ですが、とにかくいつも「やむを得ず」の形になっているのは、少し考えればわかることです。
それが好戦的と見なされるのは、たいてい先制攻撃を成功させているからですが、これは「どうせ戦わなくてはならないのなら、まず一発手ひどくひっぱたいておいたほうが得策だ」という戦術レベルの話に過ぎず、日本人が固有に好戦的であるという証拠はどこにもありません。
戦争というのは、つねに起こるべくして起こるものであり、片方の陣営が特に好戦的であったという理由だけで発生するわけではないと考えます。

投稿: 面毒斎 | 2013/05/04 04:02

 いわゆる「平和主義者」に是非読んで欲しい小説があります。菊池寛の「三浦右衛門の最後」で、青空文庫で読めます。

 三浦右衛門は織田・武田軍に攻め込まれて滅ぼされた今川家の元小姓で、落人狩りにあった若侍として描かれます。代官所に連れていかれた三浦右衛門は命乞いをするのですが、代官から「命が惜しいか、ならば手を一本よこせ」と要求されます。そして、その要求は残った片手、片足とエスカレートし、三浦右衛門はついになぶり殺しにされてしまう、というお話し。

 太平洋戦争を戦った我々の祖先は、なぜ圧倒的な力を有する相手に勝算なき「無謀な戦い」に挑んだのか、この小説は大事なヒントを与えてくれていると思います。満州から手を引けというハル・ノート、あれは「日露戦争前に現状を戻せ」という無理な要求であって、「命が惜しくば、手を一本よこせ」という、サディスティックな代官の要求と変わりがない。日本国は三浦右衛門ではなかったから、刀を振るって自己に数倍する強大な敵に飛びかかっていった。

 従来、「野郎自大」「無謀」「侵略」という観点でしか語られなかった大東亜戦争・太平洋戦争のい記述には戦後の「自虐史観」や「東京裁判史観」が色濃く反映していて、しょせんは戦勝国の勝手な言い分を並べただけのものでしかない。歴史から本当に何かを学ぶつもりなら、日本がなぜ開戦に踏み切ったかという動機の分析を、もっとやらないといけない。

 あわせて、今、日本は三浦右衛門やガンジーのような存在でいられるのか、よくよく考えてみるべきである、と思います。

投稿: ピラニア軍団 | 2013/05/04 05:12

昭和憲法が、直接国民の投票で承認を受けたものならまだ良いがスタートから胡散臭いと思わないのかな?

投稿: 通行人 | 2013/05/04 08:39

道産子爺様のコメントを拝読して感じたことです。

選挙結果が自分達に有利な結果になれば、
「直近の民意を尊重しろ」と叫び、

憲法改正要件を「緩和」しようとすれば、
「民意が反映されない」と叫ぶ。

「民意」という言葉が、実に都合良く使われます。
その根底にあるのは、「大衆」を見下す姿勢です。
「大衆」を手段、道具としか扱いません。

いくら「美しい」言葉で大衆を煽ててても、本音では「馬鹿」にしています。

こんなときいつも思い出すのは、カントの言葉、
「人を手段とするな。目的とせよ」です。

人を「手段」とする人間の言葉は、いくら美辞麗句で誤魔化してもいつかは、その偽装がばれるものです。

私たちの課題は、その欺瞞が早く暴かれるようにすることだと考えています。

道産子爺様のコメントを読みながら思ったことでした。

投稿: Ethos | 2013/05/04 10:02

平和を愛する諸国民の公正と信義とご指摘されてるとおりこの対極にあるのが特亜でありながら特殊(利権カネアサリ)サヨクはこれにはだんまりで反日に勤しむだけです。
平和を愛さない国とは国交回復などとんでもないとするのなら正しい左翼になります。

特殊サヨクと特殊アジアの共通点は貧しいものの味方のフリをしてカネをむさぼるボッタクルです。
戦後の歪な政治体制として騒げばカネになる自民党社会党体制であり民主党にいたっていっそう明確になったのが国民のためと見せかけた議員集団の利益であり利権のためなら国を売りかねないインチキ性がはっきりしてきました。
 
子ども手当てやらでっち上げたワンワンポッポに追随した理念と政策なき集団が消滅するのは当然です。

米国による戦後憲法と戦後の航空機産業の制限が一体であることに気づかないのか知らんふりする左翼陣営です。
保守改革の位置にかかわらず戦後の原点とはなんだったのか誰が何のために押し付けた体制かはっきりと議論すべきです。

投稿: tatu99 | 2013/05/04 10:53

現憲法の改正のみで日本を”とりもどす”ことはできない。

明治天皇は次のお言葉で国民の道徳、倫理、国家の理念、方針を表明された。

①教育勅語
②軍人勅諭
③五カ条の御誓文

日本を”とりもどす”ということは、この明治天皇のお言葉をとりもどすことである。

憲法は日本を統治するあらゆる法の出発点であるが、明治天皇のお言葉の下に位置づけられる。

憲法に、自由や権利、倫理や道徳を記す必要はない。

理念もどきの前文も不要である。

ましてや天皇の定義や位置づけ、天皇陛下の義務を憲法に記すべきではない。

憲法に記すべきことは、日本の国民と国を統治するための法の根幹のみでよい。

それは、
国民の義務: 教育、勤労、納税、国防
および
国の義務 :立法、行政、司法、治安、国防、である。

---------------------------------

五箇条の御誓文

■広く会議を興し、万機公論に決すべし

■上下心を一にして、盛に経綸を行ふべし

■官武一途庶民に至る迄、各其志を遂げ、人心をして倦まざらしめん事を要す

■旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし

■知識を世界に求め、大いに皇基を振起しんきすべし

  我国未曾有みぞうの変革を為なさんとし、朕躬みを以て衆に先んじ、天地神明に誓ひ、大おおいに斯この国是を定め、万民保全の道を立んとす。衆亦また此この趣旨に基き協心努力せよ。

--------------------------------------------

強い日本を取り戻すには、法(憲法)の上に位置づけられる日本人の心、日本の歴史、文化を継承し、天皇を敬愛する心を取り戻すことが最も大切なことであると思う。

いかがであろうか。

投稿: 江の川 | 2013/05/04 13:47

平和を愛する諸国民=
中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国の公正と信義に信頼して、と読み替えれば 「平和憲法」の実相がより明らかとなります。

諸国民と言ったって、いずれも欧米型の国民国家・法治社会すら成立していない東アジアの状況で、かかる一方的かつ空想的な宣言は有害無益以外の何物でもありませんでした。

ついでに言えば、反日カルト国家の大韓民国もあるでよ。韓国による竹島占領が現憲法の発布以降、自衛隊の前身たる警察予備隊の発足以前の、間隙を突いたような形で行われていることは、国民の記憶に永く留めておくべき事と存じます。

戦後レジーム、すなわちGHQによる占領政策に協力したマスコミの大分は今更引っ込みがつかないのですね。相変わらず中韓に対する配慮を口にするばかりで、これがもはやウケないことは承知していながら、もう一回、国民に総懺悔すれば、さすがに会社が無くなる?という苦しいジレンマにあります。

マスコミが作った幻影としての大衆はいずれ消えてなくなります。彼らが当てにしてきた中・韓・朝が繰り返し日本人に日本人たる「国民教育」を施してくれるのですから、何の世話もありませんですよね。

投稿: レッドバロン | 2013/05/04 16:23

9条2項「交戦権は、これを認めない。」

小学生の頃、日本だけが戦っちゃいけないと知り
「ねえねえこれって人種差別でしょ?!こんなのダメよね?」と
隣の席の男子に、休み時間に語りかけたのを思い出します。
(男性って本質的に優しいんですよね‥ニコニコしながら聞いててくれました^^;)

サヨクを粉砕するためには
きれいごと(高次元の理論闘争)にもっていくと勝算がupするような気がします。
人権蹂躙とか人道上問題がある、とか‥
「人種差別」どうしてこれで押さないのかなあ‥と
ず~っと思っておりましたが
やはりこれ、小中学生レベルですねw

投稿: 小心者 | 2013/05/04 19:52

昨日3日は「憲法記念日」とかで、安倍内閣が憲法改正を目指している関係もあって、TVラジオなどでは憲法関係の番組を放送していましたが、私から見れば事実誤認が多くて日本マスコミの低劣ぶりが際立っていましたね・・・情けない

 
まず・・・
共産党や社民党は「憲法護持 特に9条を守る」なんて言っていますが 昭和46年の憲法制定時には共産党と社民党の前身である日本社会党は国会質問で「9条に反対の立場」から政府を追及していますし・・・
実際の憲法採決の時にも日本共産党は政党では唯一「反対票」を投じております。
(社会党は結局 賛成票を投じましたが・・・)
これは
当時のGHQ内に「当時の共産党議長・野坂参三を総理大臣に押す動き」もあったぐらい、今日では考えられない”GHQと日本共産党の蜜月関係”があったからです。
(左翼論壇の丸山真男も`60年の安保闘争のときに「ピストルが欲しい」と言ってピストル配布武装論も主張しています 昨今の「9条平和主義」などと左翼が言うことはウソばかり)

それはさておき・・・何かと時間が足りませんから
本論である「憲法の本質問題」に移ります。
そもそも前憲法である大日本帝国憲法(明治憲法)には「告文」(こうもん)というものがあって、読めばわかりますが、憲法自体のそれと一体のセットなので・・・
明治天皇が「皇祖皇霊に恥じない立派な政治を行います」と誓う天皇家の祖霊との「契約書」であり「誓約文」なのです。

 
たしかに巷間言われる 
憲法の「権力を縛る」目的は否定しませんが、
西欧キリスト教世界には「旧約聖書」「新約聖書」という聖典があり
「旧約」とは古い契約の略であり 「新約」とは新しい契約の意味ですから・・・(カソリックの旧教徒が旧約聖書を読み プロテスタントの新教徒が新約聖書を読むと言う意味ではなくて両者は両方の聖書を読む)

ですから
西欧世界的では憲法もまた
中世などで「国王と臣下の契約」が近代に至って「政府・国家と国民との契約」になったという契約書の考え方の方が歴史的には自然でしょう。

 
また世界を見渡しますと・・・
イスラム社会では「聖職者が司法と政治指導者を兼ねる」のが普通であり
中華世界でも司法も議会も行政権力(現在は共産党)に従属しているのが現実ですから
「憲法は権力を縛る」なんて考えは”西欧社会特有の特殊な原理”に過ぎないと言うのが正確です。

 
またもう少し学問的な検証をいたしますと・・・
ルソーの「社会契約論」では
特殊意思:国民各人の主権
全体意思:各人の主権を全部足した特殊意思の総和
一般意思:国民各人の主権を一つにまとめたもの
・・・と定義しています。

ただし問題となるのは
「政治は一般意思で行うべし」ということなのですが
「正しい政治は特定の勢力のためではなく、国民全体の利益と福祉のために行われなければならない」
という民主主義政治におけるスローガンの美名のもとに
特定の国家指導者に権力を集中させる理由に正当性を与えて・・・
ヒトラーとか共産主義国などから独裁者を多く生み出される悪弊となっているのも実際の政治上では起きているのですから政治の世界はまことに複雑です。
独裁的な指導者が行う強権的政治行為が
本当に国民福祉のためなのか? 独裁者個人への利益誘導なのか?
判断することが難しいからです。
政治指導者に統治権の代行を委任しても、選挙などの適度のチェックは必要だということですね。

 
以上
「憲法は権力を縛るためにある」などと左翼が喧伝する以上に憲法の本質には深い問題が隠されているのですから
「人権は公共の福祉とか利益に優先する」ごときの左翼の詭弁には注意が必要です。

なにしろアメリカ憲法では
憲法主文では第一条に連邦議会(立法府)を定め、第二条で大統領の権限(行政府)を定め、国民の権利を定めている「修正条項(権利の章典)」は一番最後です。

また大日本帝国憲法でも
「(旧)範皇室典は帝国憲法に優越する」というのが正式の解釈です。

いうなれば・・・
「(まず)政府国家がなければ人権も生命財産も存在できない」
ということこそが真実であって大事なのであり、これを国民が命をかけて守るべきなのだということですね。

投稿: 柳生大佐 | 2013/05/04 21:19

難しいことを考える知識、見識に乏しくお恥ずかしい限りですがひとこと。

そもそも国家とは何ぞや、国民と領土があって存在している組織ではないのでしょうか?その組織を動かしているのが、「政治・政府」である。

民主主義国家は、国民が国家を動かし、独裁政治国家は限られた特定の個人または特定の集団が国家を動かしている。

民主主義国家においては、本来、国家(政府)と国民に対立など存在しないと考えます。

 思想・信条、発言の自由が認められ、選挙権もあるわが祖国日本をいわゆるリベラル「左翼」と称される方々は、民主国家として認めていないのでしょうかね。

 国民が自分の力で国を守る、また国家(政権)は国民を自国の力で守る。
こんな当たり前のことを、当たり前に行うことを阻んでいるのが現在の憲法であることは紛れもない事実です。

押し付けられた憲法か、自分たちで作った憲法かも重要な問題ですが、より重要なのは中身の問題ではないかと考えます。

フランス人が、フランス語を誇りにし、イギリス人がキングスイングリュッシュを誇りにし大事にするように、
日本人として誇りある日本語で作られた憲法、自国(国家・国民、領土)の権利と平和と安全を自分たちでも守ることを謳った憲法に改正することは当然のことと考えます。

 (世界史・日本史を問わず)歴史、また現在の国際社会においても、話し合いのみで戦争がなくならない事実から目をそらすことはできません。

永世中立国「スイス」は、自らの国の安全を守る為には国民皆兵として、訓練を行っております。また軍需産業も存在し武器輸出国でもあります。

護憲派(憲法9条教の信者)の方々は、大江健三郎氏を始めとする布教師(伝道師)が中国という独裁国家、侵略国家の僕(しもべ)であることを認識しているのであろうか?
中国はあらためて、述べるまでもないが共産党独裁国家で、思想・信条・発言の自由を奪い、核を保有し、チベット、内モンゴル、ウィグルを侵略し今なお軍拡を行い、我が国の領土を侵略しようとしている。
「護ろうする第9条を含む憲法」に全く反する独裁・軍国・侵略国家である中国に阿る布教師(大江健三郎氏)の矛盾に「第9条教」の信者の皆様は何も感じないのであろうか。宗教の怖い一面です。

しもべを変換し僕の字が出てきて思い出しましたが、東大名誉教授奥平氏(この方も第九条の布教師)も、先日、北海道新聞で「第九条」を相も変わらず布教していたことを思い出しました。(自分のことを僕と称して改憲反対の意見を述べられていたので)

投稿: 道産子爺 | 2013/05/07 01:39

>道産子爺さま
及ばずながら私がお教えしましょう。
 

3年か?4年前か?に
「なぜ人を殺してはいけないのか?」
ということがマスコミなどで話題になったことがありましたね。
結局 誰もが納得がゆく答えは出せませんでしたが・・・
 

出るわけがないのです。
法理学には「法措定のパラドックス」というものがあって
「刑法・民法などの根拠は憲法である。
その憲法の根拠は自然法(慣習法など)である。
では自然法の根拠は・・・」
・・・と根拠を深く深く遡及してゆくと無限後退していって法の根拠は分からなくなるのです。

では
現在の法学者はこの問題をどう解釈しているかというと・・・
「昔誰かが決断したからそのよな法律が出来た」
と定義しているのです。
つまり
刑法にしろ憲法にしろ・・・それが存在する根拠は
「あるからある」と言うことにすぎないのです。
これが「左翼の暴力革命の根拠」でもあります。
暴力で政治を行おうと・議論して政治を行おうと根本的な違いは無い・・・ということですからね。
”決断すること”に意味があるのであって、その手段を問う必要も無い・・・というのが左翼の理論的根拠です。
 

この左翼の暴力肯定理論を荒唐無稽と笑うことはできません。
だって・・・
戦前の帝国議会でも政友会と憲政党が”決められない政治”を演じていて総理大臣がコロコロ変わってその不満から軍部の台頭を許してしまいました。
戦前のワイマル共和国議会も同様で、ドイツ共産党も最初「スパルタクス団」と名乗っていて、ナチスの突撃隊と衝突ばかりしていた暴力団のようなものでした。両党の対立が最後にヒトラーが勝利したというだけのことです。
 

結局
議会政治・民主主義政治というものは「決められない政治」に陥るのが宿命と言うことです。
現在の日本政治ばかりでなくてどの国でもいつの時代でも同じなんですよ。
だから
共産党やナチスが「暴力で政権を獲得する」という論理も一理ありということになるのです。
 

まぁ・・・道産子爺さまも
「共産党宣言」とか「ブリュメール18日」とかをお読みになれば私が言ったことがちゃんとそれに書かれていることが良く分かるのですが・・・まぁ読まないでしょうね・・・残念ながら・・・

投稿: 柳生大佐 | 2013/05/08 00:08

>道産子爺殿、

護憲派の方々に対する数々の疑問、

> 護憲派(憲法9条教の信者)の方々は、大江健三郎氏を始めとする布教師(伝道師)が中国という独裁国家、侵略国家の僕(しもべ)であることを認識しているのであろうか?

とか、

> 「護ろうする第9条を含む憲法」に全く反する独裁・軍国・侵略国家である中国に阿る布教師(大江健三郎氏)の矛盾に「第9条教」の信者の皆様は何も感じないのであろうか。宗教の怖い一面です。

につきまして、小生も同様の疑問を覚えまして、以前は 「現行平和憲法の真の守護者へのお誘い」 を呼びかけたりしてその考えをお伺いした事がございます。

しかしながら、俗に言う 「お花畑の住人」 の方々とは現実を直視した議論は難しく、最後は何を信じるか? の宗教論に至ってしまうものでした。

将に 「真のキリスト教徒とは?」 との問い掛けをするのと同様の様相を呈するものでした。

→ その答えの一つとして、ローマン・カソリックの司祭様の仰るには 「神、キリストのなされた御技(みわざ)を無条件に信じ切るかどうか?」 が信じる者の試練として存在するとのことでした。

従いまして、九条教の信者の方々は、九条の持つ御力を疑ってはならず、相手が中国共産党だろうがマシチリア・フィアだろうがサタンやデーモンだろうが、日本の平和に対しては脅威とならないと述べるしかないのでしょう。

→ 米国でも「進化論」は、神の御技を否定するものとして、教えてはいけないとする学校が多く存在しますしね。

投稿: ムフフ | 2013/05/08 09:22

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91171/57302108

この記事へのトラックバック一覧です: 護憲パラノイアは中国か北朝鮮に移住してもらいたい:

« また自爆した民主党議員 今度は徳永エリ | トップページ | 徒然に憲法改正を語る »