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2013/08/15

徒然なるままに戦争と敗戦を語る

最近、暑さのせいか思考力が極度に鈍っているので、思いつくままに書きます。
脈絡のなさ、あるいは誤字脱字がありましたらご容赦を。
それにしても暑い、暑さと仕事でバテバテ、食欲が逃げてしまいました。

今日は、敗戦の日、なぜ「記念日」なんですかね、「屈辱の日」でしょ。
原爆で30万人、ナパーム弾で10万人、これだけ焼き殺されても「過ちは繰返しませぬから」。
この主語不明の言葉と「記念日」が重なるんですよね、私の中で。

その延長が非武装中立や護憲なのでしょうか。
軍隊を禁止し、交戦権を否定する、敵が攻めて来たら非武装で抵抗せよ!だって!!!
そんなの戦車で轢き殺されて終わりですよ、まったく。

非戦闘員を50万人も空襲で殺した国が作った憲法を「護れ!」という神経が理解できません、正直。
思うに、完全なプロパガンダですね。
かつての非武装中立論や護憲は、日米安保破棄とセットでした。
つまり、平和勢力=かつてのソ連や中国(中共)の前で丸裸になれ!と言うことです。
文字どおり共産主義者のプロパガンダ以外の何ものでもありません。

沖縄から基地をなくせ、と言うけれど、米軍がいなくなったら即刻、尖閣は占領されます中国に。
そんなこと常識なのに、休みなのでテレビ見てたら「基地のない沖縄を」の声ばかり。
基地は確かに危険が伴うし、米軍の綱紀もゆるいから犯罪も結構あります。
出て行けと言う声は解るけど、じゃあ自衛隊に代わりが務まるのか、多いに疑問。

政治も外交も安全保障も理想ではなく現実ですからね。
理想をなくしてはいけないけれど、夢で、と言うか妄想で外交や安全保障を語ってはなりません。
国が亡ぶ、国民が生きていけなくなる、その現実をまず考えてください。

確かに国民があっての国です。
でも、国がなければ国民もない。
そういう意味では国民と国は表裏一体なのです、民主主義国家においては。
運命共同体と言っても良いでしょう。
主権者は国民であり、権力の行使は国民の多数意志に基づいて行使されるのです。
なのに、国家を国民と対立する“悪”のように描いて見せる。

左翼の常とう手段ですね。
この「国家=悪」という歪んだ考え方は、震災瓦礫の焼却問題に如実に表れていました。
福島第一原発から遠く離れた宮城県北部や岩手県の瓦礫が危険だと騒ぎ立て、焼却を妨害する。
被災地の復興支援がなっていないと政府を非難しながら、一方でデマを煽って震災復興の邪魔をする。
コイツら、ある意味、狂人です。
心の歪みが人間性の歪みとなって、正義を喚きながら悪行を繰り広げる。

ああ、左翼をやめて良かった、とつくづく思います。

Iwane

今年は母の初盆でした。
昨日、新盆を親族だけでやりました。
悲しかったけど、何となくふっ切れた感じですね、今は。

94歳で天寿を全うした母。
実は中国からの引揚者なのです。
生まれて1か月足らずの姉を抱きかかえ、北京の日本人租界から逃げ延びて来たそうです。
頭は丸めていたそうですが、苦労らしい苦労はしなかったのか、特に話すことはなかったですね、生前。

父親は何度か書きましたが、シベリア抑留組です。
2年間の抑留を経て舞鶴に舞い戻った、そして2日がかりで九州まで辿り着いたとのことでした。
祖母は、てっきり戦死したものと思っていたので、玄関先にのそっと立っている父が幽霊に見えたそうです。

父親がシベリアで亡くなっていれば今の私はありません。
母が姉を中国人に預けていれば、姉は残留孤児になっていたでしょう。
戦後の我が家の幸せな家庭は、そういう意味では悲劇と紙一重だったのです。
そんなこと何にも考えずに「革命だぁ」などと喚いていた私は、ほんとうに程度の低い子供でしたね。

父も母も戦争の苦労をほとんど語りませんでした。
私の周りの大人は、皆さんそうでした。
だから戦争体験を売り物のように語り、悲劇を繰り返してはならないと声高に叫ぶ人にはなんとなく違和感と言うか、胡散臭いものを感じてしまいます。
プロパガンダと言うか、政治の道具と言うか。

今日、テレビで見た「反戦」や「反基地」、あるいは「平和」の訴えも同様です。
なんとなく臭いのです。
少なくとも現実からは遊離している。

思いつくままに徒然に書いてきましたが、一つだけ母に聞きたかった疑問を書いておきます。
姉が、北京の日本人租界で生まれたのが昭和20年7月。
そのころ父は、北支の最前線で陸軍将校として戦闘に従事していました。
どうして姉を作ることができたのか?
そんな機会がどこにあったのか?
母に訊こうと思いながら聞けぬまま、母は永遠に旅立ちました。

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個人」カテゴリの記事

コメント

ご指摘されているようにまったく愚にもつかない、単純な思考にこの日本は影響され、また動かされています。
戦時多大な被害に対しての俯瞰的考察が論理的に行われず、何か一部の感情論が肥大化したままでそれをまたマスコミが増幅させ、おかしな空気が蔓延しているように思います。

これは今も続いている「反原発運動」、「沖縄基地問題」にも共通したものだと思えます。

その流れは戦後で言えばWGIPからの要素も大きいとは思いますが、曲りなりにも日本が独立した後の今でもその悪弊を引きずっているということなのでしょうか。

現在、左傾勢力は多方面に存在はしていますが、かつての「非武装中立論」(スイスの非武装中立ではない日本オリジナルの夢想的なもの)、「日米安保破棄」がプロパガンダとして有効性を失ったのは確かでしょう。

しかし、今なお「護憲」には幅広い支持広がりがあります。
これも本来おかしなことなのですが、これら左傾勢力を支えているものがごく一般の多数の日本国民であるのも事実です。
逆に言えば左傾勢力から「護憲」を外したらもう残りは無いと言えるのかもしれません。

「護憲」イコール、「憲法改正反対」。
遠からず、天下二分の戦いとなるでしょうし、その際には隠れ護憲派の有名人などがはっきりと顔を出すのでしょう。

「反戦」、「反基地」そしてなにより「平和」。
これらの言葉が特に飛び交う日本の8月、その偽善性に眩暈がしました。

投稿: Pin | 2013/08/16 08:36

抜き身の刃物のような部分のある文章です。
バカが脳天気なコメントを書くべきではないと思いましたが
「心の歪みが人間性の歪みとなって、正義を喚きながら悪行を繰り広げる」
という一行に、強く感じる部分がありました。

普天間は危険、オスプレイは危険だと叫びながら
真横に密着している小学校の移動を阻んだのは左翼団体だと聞きます。
この前のHH60の墜落を「オスプレイだったらどんなに良かっただろう」と
悔しがっていた人間が、間違いなく沢山いるでしょう。
亡くなった搭乗員は東日本震災の時に働いていたという話もあります。
彼の死を嘆く家族もいるだろうと思いますが、
左翼がその点にふれることはありません。
これからもワイヤーつきの凧や風船をあげて
更なる死者をつくろうとするかもしれませんね。

原発が危険だと証明するためには、
もう一度原発事故が起きることがもっとも効果的です。
地震が起きるたび、原発原発とさわぐ人の中に
私は期待感のようなものを見る時がしばしばあります。

北海道は、泊3号が稼動しなければ今年も命のギャンブルです。
しかし北海道新聞は何とか3号も再稼動中止に追い込もうと
あの手この手を駆使しているように見えます。
社説では
「反原発のためなら道民は電力不足も経済的負担も我慢するはずだ」
と言います。
まさに、きちがいです。
これでもしも、冬に大停電が起きて、死者が出たら、
道新は、本心では狂喜するのではないかと思います。

命を大事にしろ、友愛を大切にしろと言う者が、
実は、命をもっとも軽んじ、平気で自分の主張のための道具に使う。
戦争は悲しく問題のある行為でした。
しかしいまや、彼らにとって過去の戦争は
彼らの主張のためのネタのひとつでしかありません。
朝日は「防衛相が領空侵犯は信号弾で警告すると言った」という
確信的誤報を出してまで中国を刺激しようとします。
橋下慰安婦発言は米国報道官に。
麻生ナチス発言はわざわざユダヤ人権団体に御注進して
何とかして大きな火にしようとします。

やつらこそが平和の敵です。
平和と人命を守るためには、
彼らの行いを何とかしなければならない。
それが私の不戦の誓いです。

投稿: 鳩槃荼 | 2013/08/16 10:16

 テレビで見た「反戦」「反基地」「平和」の訴えが何となくうさんくさいというのは、同意です。特に、子供を使った訴えが、いやです。子供と言っても、自身が戦争を体験した子供なら、聞くべきものがあると思うのですが、今の日本にはそのような子供はいません。
 体験談も、わざわざ聞きにいったお話より、自然に耳に入ってきた話がいいです。自分の聞いた話では、隣のおばさんによる東京大空襲で川に飛び込んで一命を得た話とか、年長の友人に聞いた長崎原爆の話とか、、、引揚者の方の、女性が丸坊主にして男子に偽装した話とか。そういえば、小学校の担任だった男の先生は、給食の時間に、自分が小学生の時はどんなにお腹が空かしていたか、という話ばかりしていました(給食を残す子供への説教)。
 しかし、今の若い方々には、戦争・戦後体験談も自然に耳に入ることは稀で、「語り部」(このことばも好きではないですが)の言葉で知るしかないのも、やむを得ないのかもしれません。
 お父様がシベリアから帰還された時、おばあ様が「幽霊か」と思われたというお話ですが、私の母(従軍看護婦)が20年3月に命令でジャワから帰還して実家の玄関に来た時も同様に、祖母は幽霊と思い、足ばかり見つめた、と聞いています。坂様のお父様と同様、私の母も生きて帰ってくれてよかったです。亡くなった方々に合掌。

投稿: naomi091128 | 2013/08/16 14:16

沖縄に生まれ、沖縄に育ち44年、その間に多くの米軍による事件、事故のニュースに触れてきた。
ある者は、「米軍は即刻沖縄から出て行け」、「沖縄は沖縄県民の手で守る」と言い出す。
そしてまたある者は、「その分お金だってもらってるんだから、文句言うなよ」、「中国攻めてきたら、誰が沖縄守るんだよ」と言い出す。

住んでる者の大半は基地の前で抗議活動をしている人たちに対し違和感を持っている。子供まで巻き込んで叫んでいる人たちに対し嫌悪感を抱いている。
「普天間基地が小学校のすぐそばで固定化されたままなのはお前らのせいだ」と言いたい。

辺野古の環境が破壊されるとわめいている連中にも言いたい。「ジュゴンの命より人の命のほうがはるかに大事だと」。

でも、彼らの気持ちも半分では理解できる。基地が沖縄を守ってやっているんだといってる奴にも腹が立つ。米軍の起こす事件・事故は本土に住んでいる皆さんはヘリが落ちたとか、女性が暴行されたとか、全国紙に取り上げられたことしか知らないはず。
地位協定を守らず、夜中に戦闘機飛ばしたり、エンジン調整したり、一般人の家に酔っ払って入り込んだりと小さなことは山ほど起こってる。ホントに僕らは、沖縄は守られているのか?我慢しろといってる人たちは、自分がそこにいたらホントに我慢できるのか?

差別になるかもしれないが、19・20歳の字もろくに読めないような彼ら(海兵隊)が夜、酒場の周りをうろうろしていると恐怖感を持つ。一緒に飲んだこともあるが、酔うと大変だ。女性が通るとしつこく絡むし、無視されると中指立てて叫びだす。ホントに怖いんだ。

狂った左翼に腹を立て、お金だけで解決できると思っている馬鹿者に腹を立て、相変わらず変態ぶりを発揮する中韓に腹を立て、せっかくまとまってた話をぶち壊し、沖縄をめちゃめちゃにした鳩山に腹を立て、自棄酒飲んで今日も一日が過ぎる。あぁ胃が痛い。

投稿: K’s | 2013/08/16 16:11

>「反原発のためなら道民は電力不足も経済的負担も我慢するはずだ」

例えとして不適切かもしれませんが
戦時中の「欲しがりません勝つまでは」とか
国体を守るためには国民の半分が死んでもよい
などと考えていた(サヨクの言う)狂信的国粋主義者と
重なって私には見えます

投稿: ころ | 2013/08/16 20:01

私の父は東南アジアの方で軍機の修理などに携わっていたそうです。
父も母も戦争時代のことは一切話そうとしませんでした。
私は、どうして話さないのかと問うたことがありました。
母は、あまりにも辛すぎて思い出すことが辛いからと答えました。

子どものわたしには理解できませんでしたが、人生を重ねて来て、今は両親の思いを理解することができます。

坂様のお母様も、思い出したくないほど壮絶な体験をなさったのだろうと想像できます。

戦争体験を売り物のように語る左翼思想の方達は、実はそれほど苦しい思いをしていなかったのではと思います。
そもそも、平和、護憲派の共産主義者は戦時中は監獄の中にいたり、毛沢東の根拠地やスターリンのもとに集結していて、生の戦争体験をしているものは少ないです。

左翼が崇拝したレーニンやトロツキーも実は戦争体験がないので、命の尊厳についての意識が希薄だったそうです。

共産主義者が簡単に粛清を繰り返すことが出来たのは、戦争体験がなかったからだともいえるのです。
日本の左翼が福島から遠く離れたところで脱原発を叫ぶのも、沖縄から遠く離れた本土から基地反対を叫ぶのも、すべて他人事だからできるのです。

実際、沖縄の漁師が中国の領海侵犯にどれほど恐怖を抱き苦しんでいるかは共産主義者にとってはどうでもいいことですし、原発で仕事をしている地域住民の仕事がなくなってもかまわないのです。
共産主義者たちは、自分たちが食い扶ちに困らなければそれでいいのです。
共産主義者っていうのは、偽善者の集まりだと思います。


投稿: ちゃお | 2013/08/16 23:25

反戦、反戦、反戦  オーム真理教 と同じ 新興(まやかし)宗教です。

戦後68年、このところ矢鱈に戦争体験を語る老人、また語らせる人が目立ちますが、坂様同様、違和感、胡散臭さを感じます。

「保坂正康氏、半藤一利氏」のような御仁が偉そうに、歴史を語る様では・・・・・

最近は、戦場(戦争)、東京空襲、広島・長崎の被爆の状態を映像や絵画で生々しく表現することにより視覚で訴える傾向が多くなったように思いますが、違和感やそのような形で反戦を訴えることに嫌悪感を強く感じます。
 本当の意味で反戦、平和を訴えているのか疑問を感じます。
左翼とは、創造力、想像力、空想力、感性・人間性に欠ている、極めて幼稚な人間が左翼なのでしょうね。その上に人の痛みを知らないのが左翼!!
 


絵本 「ちいちゃんのかげおくり」 あまんきみこ 作 上野紀子 絵   あかね書房

  「すみれ島」  今西祐行 文  松本 禎郎 絵  偕成社

 このような、絵本を読み聞かせてやりたいものです。(狂った左翼への平和な抵抗として)

 

 

投稿: 道産子爺 | 2013/08/17 02:21

いやほんと、左翼を辞められてよかったですね(笑)。
あの方々は一体何をしたいのか。最終的には日本の破壊と文化伝統の破壊でしょうか。それで日本人が幸せになるのでしょうか。

平和主義と聞くたびにジョージ・オーウェルの事を思い出します。彼はイギリスの絶対平和主義者に対し、ナチスドイツ下のユダヤ人を助けないのかと何度も問い詰めましたが、そのたびに彼らはうやむやな言葉で逃げてしまい、戦後も自分たちの言動には一切責任を追わず逃げ続けたそうです。

平和主義者、左翼、彼らには偽善の匂いがします。被災地の皆さんに放射能のデマで風評被害や心無い差別をまき散らす反原発の連中には心底怒りを覚えます。

若い時は私も革命と聞くと血が騒ぐこともありましたから、坂さんの気持ちも分かります。今、冷静に歴史を振り返っていらしてホントに良かったと思います。

応援クリック。

投稿: おれんじ | 2013/08/17 04:14

坂様のお父上のお写真を初めて拝しました。目元に力があって、俳優の佐藤慶さんにちょっと似ておられますね。

リアルの坂様はお父上に似ていらっしゃるのでしょうか?

そうすると、やはり「左翼顔」ではあらしゃりませんですね。目鼻立ちのはっきりした左翼には、会ったことがありませんので。(笑)

8月は憂鬱な季節です。毎年、「反戦平和」のオンパレードですし、テレビはその種の番組の花盛り。しかも、出鱈目ばかりで。

私の故郷の町には、太平洋に向かって開かれた岬の突端に、ちょうど真南を向いて忠霊塔が立っています。小高い丘の上には、いつも海からの涼しい風が吹いていて、幼い頃の私は「チュウレイ塔」の意味が判らず、虫霊塔…すなわち夏の虫たちの霊を弔う場所だと思っていました。


このような小さな町で、かくも多数の人々が国に生命を捧げた証として、しかし、何事も黙して語らず、我が町の忠霊塔は、今も南からの風を受け止めて、凛乎としてそこに立っております。

投稿: レッドバロン | 2013/08/17 15:18

 ( ^ω^ )
【坂様のお父上のお写真を初めて拝しました。目元に力があって、俳優の佐藤慶さんにちょっと似ておられますね。】
(投稿: レッドバロン | 2013/08/17 15:18)

 この写真は、松井大将ですよ(w
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%BA%95%E7%9F%B3%E6%A0%B9

投稿: neon | 2013/08/17 19:56

「解放」はサヨク言葉。
労働者などの搾取階級が、自分たちの天下を樹立するために
既存のものを破壊しまくる行為‥

「聖戦」はサヨクメンタリティな言葉。
我こそは唯一絶対の万能な存在!と思う人が、自己が善で相手は悪!
と、徹底的に壊滅させる行為‥

先の大戦についての、大東亜「解放聖戦」との表記には
違和感を覚えます。

「大東亜」という語句にも、微妙なものを感じることがあります。
この言葉は、日本人の良心「のみ」から生まれたのではなかった。
自殺した近衛文麿が、遺書に記述しているように
ロシアコミンテルンに乗せられ、共産主義の手先となって突っ走り
考案した言葉(アンチ先進国ユートピア構想)でもありました。
昭和天皇は、近衛の日独伊三国同盟締結に
「末代まで苦しむ結果を生むのでは」と反対しておられました。
今はまだ忌み言葉のように思えてしまいます。
(近衛の孫である細川の殿も、どうしようもない奴ですね^^;)

言葉は人をつくります。
サヨク言葉を使っていると、サヨクのように
情操が貧しく、倫理観が希薄で、傲慢な人間になってしまいます。
もっと前向きで建設的な、保守の良さを醸し出すような
良い語句はないものか‥。

投稿: 小心者 | 2013/08/17 21:16

>neon様

写真は 松井石根大将ですね。そう言えば どっかで見たような …(汗)
階級章や胸の略綬が半端ない。粗忽もので失礼致しました。

投稿: レッドバロン | 2013/08/17 22:20

まあ、外国からの雑音など気にせず、粛々とわが事をやることですな。

日本国民はまだまだ覚醒の途中にあって、先の大戦の意味も今後のことも、まだ手さぐり状態なわけですよ。

今日もNHKかどこかの局で、「なぜ軍部の独走を抑えられなかったか」などと延々と毎年同じような内容の終戦特集を流していたが、こんなことをやっているようじゃあ、我々は先の大戦の意味をまだ何にも分かっていないし、ご先祖さまにも子孫にも申し訳ないことこの上ない。

ハル・ノートをつきつけられたときの日本というのは、云ってみれば街のなかでゴロツキに囲まれてカツアゲされ、連れていた彼女もゴーカンされそうになったとき、どうするか。それと同じ立場だったということです。戦えばボコボコにされ死の淵にまで行ってしまうが、戦わずにいれば、その後の一生は恥と共に暮らさなきゃならない。ありがたいことかな、我らのご先祖様たちは戦う道を選んでくださった。そして日本民族は滅亡の淵までいった。

戦う決意をした以上、国家総動員の軍国主義になるのは当然だ。先に軍国主義があって戦争になるのではない。

満州も侵略ではないし、支那大陸に50万人の兵を送ったことも侵略にはあたらない。黄文雄さんの本を幾つか読むだけで、そのことはすぐに分かる。

これ以上のことは史実との詳細な擦り合わせが必要なので、いずれ研究成果を発表する機会に譲りたいと思います。

投稿: ピラニア軍団 | 2013/08/18 03:06

掲載写真を拝見し、階級章がどう見てもベタ金に星三つ。た、た、大将!。すぐ調査し、松井大将の写真と判明。まさか?と思っていた次第です。

なお、御父上の所属部隊が分かりませんので、はっきりはしませんが、昭和19年秋ごろの北支戦線は、中支メインの大陸打通作戦のような大きな作戦もなく、膠着状態に近かったのではと思います。もっとも20年に入り、第12軍の老河口作戦が始まりますが。

投稿: hinotorigusa | 2013/08/18 10:02

先のコメントの続きです。

皆さんは、モンタナ州にある「カスター将軍の最後」の地に行ったことがありますか。私はあります。

カスターというのは卑怯な奴で、ただ手柄欲しさと征服欲だけで勝手に騎兵二個中隊を連れて砦から出撃、支隊一個中隊を使ってインディアン部落に陽動作戦をかけて武装インディアンをおびき寄せ、本隊一個中隊で女子供と年寄りしか残っていないインディアン部落に攻め寄せた。女子供と年寄りを人質に取ってインディアンを降伏させるためです。ところが異変に気づいて引き返してきた武装インディアンと銃撃戦になって、その中で戦死した。これが「カスター将軍の最後」の真相です。

ところが、20世紀になってアメリカが世界各地に軍隊を送るようになると、連中も「軍神・広瀬中佐」が欲しくなるのです。ハリウッドはカスターを英雄に祀り上げてしまった。凶悪なインディアンから善良な白人と女子供を守る英雄になった。多数のインディアンに囲まれ、全弾を撃ち尽くしたあげく、敵の矢弾に当たって死ぬ「軍神」の存在になった。そして、インディアンの言い分は無視された。インディアンは文字を持たず、合衆国連邦から食糧ほかの物資供給を受けて暮らしたので、援助が途切れることを恐れて、ただ黙って過ごした。そのうち、ネイティブ・アメリカンなどという地位に甘んじ、絶対に勝てない戦いを繰り広げた民族の歴史も、彼らの記憶から消し去られていった。

先の大戦における我々日本人も、多分にインディアンと同じなのです。日本人は悪者にされ、討伐され、言い分は無視された。

ところが、我々は国民国家として生きている。先祖の言い分を、我々が代弁して明らかにしなくてどうするのだ。修正主義者といわれようと、何といわれようと。

歴史の本当の姿を知ること。これこそ、若い世代が今後、10年、20年とかけてやらなきゃならないことです。及ばずながら、私もそういう皆さんに混じり、「歴史の徒」として研究を重ねていきたい、と決意しているところです。

投稿: ピラニア軍団 | 2013/08/18 13:47

松江市教育委員会の英断を支持したい。

昨日の産経新聞の報道で

「松江市教育委員会が、原爆の悲惨さを描いた「はだしのゲン」を子供が自由に閲覧できない「閉架」の措置を取るよう市内の全市立小中学校に求めていたが分かった。市教委よると「首をはねたり、女性に乱暴したりする場面があることから、昨年12月に学校側に口頭で要請。これを受け各学校は閲覧に教員の許可が必要として、貸し出しは禁止する措置を取った。
市教委の古川康徳福教育長は「作品自体は高い価値があると思う。ただ発達段階のこどもにとって一部の表現が適切かどうかは疑問が残るぶぶんがある」と話している。

とありました。

捉え方、考え方に様々あり、意見の分かれるところですが、私は今教育員会のあり方が問われている中、大人の常識を備えた教育委員会もあるものとこの「英断」を支持します。

「はだしのゲン」は反戦漫画(コミック)として、今や反戦の聖書的に扱われております。とてもとても批判なんぞは畏れ多くも手出来ない存在です。よくぞやったと思います。

私は、子どものコミック雑誌に掲載されたころから違和感がありました。

何色にも染まっていない子供たちに戦争・核の恐ろしさを伝えるにしても行き過ぎの観があることを常々感じさせられてました。偏ったイデオロギーが感じられることも事実です。

リアリティーは必要でしょうが、まだ白紙に近い子供たちにそこまでは必要とは思えません。

多くのことを学び、自分で判断がつくような状態に生長してから読ませても遅くはないと考えます。

恐らく、強硬な反発力が働きいつまで続けられるか見守りたいものです。

松江市教育委員会は負けずに初志を貫いてくれることを祈ります。

投稿: 道産子爺 | 2013/08/19 07:47

> ピラニア軍団殿、

お久し振りでございます。 それで、貴殿がこの頃何故か感情的にコメントなされている様に見受けられ、少々気になっております。 貴殿の、

> まあ、外国からの雑音など気にせず、粛々とわが事をやることですな。

につきましては、中韓のプロパガンダに限った話であって、国際社会の現実を直視するのを夢々忘れてはならないと。更に、

> 戦う決意をした以上、国家総動員の軍国主義になるのは当然だ。先に軍国主義があって戦争になるのではない。

は、現代史の誤理解でしょう。

→ 2.26事件や関東軍の暴走は、日中戦争の開戦決意?の前ではないですか。ですから、支那事変と。

> 満州も侵略ではないし、支那大陸に50万人の兵を送ったことも侵略にはあたらない。黄文雄さんの本を幾つか読むだけで、そのことはすぐに分かる。

に至っては、日本国の都合を他国民に押し付けた上での言い訳で見苦しく思えるのですが。

→ 日本側からは、満州国は満州族自立への援助とソ連の南下政策への対策であり、南京攻略等は領土奪取の意図は無くて中華民国政府への圧力と主張するしても、一般の満州人や中国人にとっては外国の軍隊が自分が住んでいる土地で勝手に行動している(侵略)と受け止められて当然でしょう。...イラク戦争でのイラク国民の受け止め方を思いやれば解るでしょうか。

更に、

> ありがたいことかな、我らのご先祖様たちは戦う道を選んでくださった。そして日本民族は滅亡の淵までいった。

これに至っては、チョウニチ新聞等のマスゴミに躍らされて 【熱狂】 のうちに戦争へと叫んだ戦前の国民と同様のメンタリティーのように思えます。 其処には、国際社会を直視して世界情勢を見極める冷静さも、それを基に負ける戦いをしない冷徹さも無い、自暴自棄にも似た独りよがりの美学?しか見い出せません。 そんな自己正当化の主張を叫んで何になるのでしょうか?

いずれにせよ、「侵略」とか「自衛戦争」の言葉に拘るのはウォーギルト政策の洗脳の影響の様に見受けられ、事実を直視して当時の日本の政策によって被害を受けた他国の人々には謝罪をしたという立場は堅持すべきと考えます。

その上で、英国や仏国が植民地の人々からの抗議に謝罪しなかった様に、過去は歴史であって現在の日本の政策は違うものであるとの説明に止めるのが宜しいかと考える次第です。

チョウニチ新聞や犬HKテレビの様に戦争の悲惨さを 数多く紹介して反戦を叫んでいるような 「底の浅い平和の追及」 と同様な日本の自己正当化は、百害あって一利無しでしょう。

これらについて突き詰めますと、「日本が反省すべき点」と「平和の追及」も収斂する様に考えます。 つまり、日中戦争や日米戦争を導いた策略を明らかにして、その轍は踏まないという事です。 例えば、渡辺惣樹氏の『日米衝突の萌芽 1898-1918』に示される様に、誰と誰がその絵図を書いたか? を追及すべきで、米国と日本の共産主義かぶれの裏にいたソ連、反日を米国で煽ったドイツとか...。

投稿: ムフフ | 2013/08/20 14:15

ムフフ様:

1.他の方からのコメントも待ちたいと思います。
2.自分の言っていることが史実・時系列との擦り合わせにおいて正しいのか、いまだ私は確信するに至っていません。ムフフ様の指摘も正しいのか、別の見方をすると誤っているのか、それも確たる自信を持って何かをいえる状況ではありません。自分が政略というものを理解できていないからです。しかし、a)ずるずると支那大陸に足をつっこんでいった理由は何か、b) 絶対に勝てない戦いに挑んだ理由は何だったのか、今まで見聞きして一応の理解に至っている昭和の歴史とは別の見方もありうる、という心境に至っている、ということです。

 軍事的な戦闘・戦略の問題を離れて「国家の政略」、さらには「民族の精神性」の理解に至らなければ、大日本帝国と大東亜戦争について本当の理解は得られない。

私は「歴史の徒」として、ここに挑みたい。

そう思っているところです。

投稿: ピラニア軍団 | 2013/08/20 17:36

> ピラニア軍団殿、

レスポンス、ありがとうございます。

それで、 「...いまだ私は確信するに至っていません。」とのこと、歴史の理解と解釈はなかなか難しいものですね。当然と言えば当然ですが。(もちろん、私もそうです)

ピラニア軍団殿が挙げた命題の a) と b) 共に、単なる得失のロジックによって為された政策ではなさそうなので、現代に生きる私達からは完全な理解はできないかも知れませんね。

→ ピラニア軍団殿が述べました通り、「民族の精神性の理解」が必要なのでしょうが、現代人の私達にはあくまでもロジックでの理解しかできないからと思うからです。...個人的にそれを痛感したからでしょうか。 

しかしながら、もっと高い視点での歴史の理解と国際社会の現実を直視した上での大東亜戦争に対する見解形成となりますと、ある一定の枠に収めるべきと考えられます。

この場合においては、日本人特有?のメンタリティー...その真意は○○なので悪意が有った訳ではない...は単なる自己正当化としか他国に受け止められないので、それは排して形成するべきと考えます。

その枠組みとは、「その当時の政策は現在の価値評価において不適切という事であり日本が同様の体制や政策を採用する事は無い」 という事でしょう。

何故、この様な枠に収めなければならないかを述べますと、

1.降伏文書の調印 ~ サンフランシスコ条約締結までで、既にその立場を表明している。
2.自国の正義?を見直すつもりのない戦勝国と適切な国際関係を維持するのが、安全保障と経済の維持に必要
3.交易のある多くの国々に対して日本の安定した立場を維持するのに必要

という現実があるからでしょう。 つまり、日本が敗戦して安全保障のために米国との同盟が必要で且つ経済水準の維持に戦勝国他の多くの国々との交易維持が必要との枠組みの中にいる為です。

この枠組みの中に居続ける事が日本の発展に必要で(もちろん、現在の世界情勢下では)、その為にはピラニア軍団殿が挙げた a) と b) の真相に拘わらず、その政策は否定されなければなりません。

次に、この様な観点をしっかり堅持する事によって、情緒的な戦争責任を根拠に現在の日本の政策に揺さぶりをかける中韓の策謀を排する事が出来るものと考えます。

つまり、併合を植民地化と称したり日韓条約の履行をキチンと表明しない韓国を 「歴史の修正主義者」 と呼び、中国の尖閣諸島領有の主張を 「歴史の改竄」 と呼ぶのが適切との認識に至る訳です。

最後に、ピラニア軍団殿の

> 私は「歴史の徒」として、ここに挑みたい。

とのコメント、いつもの冷静なピラニア軍団殿の御決意と受け止めまして、微力ながら応援させていただきたいなと思う次第です。

投稿: ムフフ | 2013/08/21 11:05

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