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2014/04/14

徒然なるままに左翼と国家権力について語る。

今日、久しぶりに早大キャンパスを覗きました。
20数年ぶりですね、本当に久しぶり。
印象?
綺麗になりました、そして静かになりました。

早大で思い出すのは早稲田解放戦争。
これが最後でしたね、私の活動は。
結局、この闘争は我々の敗北、つまり革マル派の勝利に終わるわけですが、真の勝者は早大当局と権力でした、今思えば。

やはり強いですよKKT連合(革マルのK、権力のK、大学当局のT)は。
この時、痛感しましたね、革マルは権力の手先であると。
が、後になって解ったのですが、それは余りに皮相的な見方でした。
革マル派は権力の手先ではありませんでした。
と言うより、左翼学生運動自体が権力の手のひらで踊らされていた、そう確信します。

Bund3_2この画像は、確か日比谷公園の入り口だったと思います。ブント関西派やブント叛旗派との決戦の直前。前から5列目くらいに私はいたはず。

まあ、ノンセクトの学生を虐殺した革マル派を、大学当局と警察権力が一体となって庇うのですから、私が「革マルは権力の手先」と思うのは、やむを得ません。
が、それを言うなら明大の革労協も同じでね。
身内同士で殺し合いをやっているのに、明大当局は大学生協を革労協に2002年3月まで任せていました。
また、法大も中核派の牙城だった文化連盟(文連)を非公認にしたのは2008年でした。

確かに、中核派や革労協、そして分裂を繰り返して小さくなったとはいえブント(共産同)の三派は、過激で危険な存在でした。
その点、内ゲバしかやらない革マル派は、権力にとっては好都合。
だから革マル派を泳がせて、中核派や革労協を襲撃させる、そういうことです。
ちなみに、60年代末に四分五裂した我がブントは、小さすぎて革マル派に相手にされませんでした(爆)

早大当局や警察権力が革マル派を擁護したのは、学内の共産党勢力をけん制するためでした、間違いなく。
革労協を擁護した明大、中核派を擁護した法大もしかり。
警察権力にとって最大の敵は日本共産党、これは今でも変わりません。
だから極左過激派を泳がせていたのです。
冷戦が終わって、もう共産党は「要警戒」ではないと思うのですが、なぜか公安警察の監視対象です未だに。
共産党がなくなれば公安の仕事がなくなる?(爆笑)

今、振り返ると、おかしなことばかりです、当時は。
ゲバ棒、あるいは鉄パイプに火焔瓶で武装した集団が、なぜ都心で暴れまわれたのか?
でっかい丸太を抱えた集団が、なぜ防衛庁に正門から突入できたのか?
逮捕されても、なぜ2泊三日で釈放されたのか?

長期拘留は、69年1月の東大安田決戦からですし、破防法が適用されたのは69年4.28の沖縄闘争から。
それまでは、やり放題という感じでした。
で、69年から格段に取り締まりが厳しくなったのですが、それでも対暴力団と比べれば大甘だったと思います。

当時は冷戦真っ只中で、主敵は日本共産党、「敵の敵は味方」の論理で過激派はOK、ということだったんですね。
が、想像以上に反日共系新左翼が過激になっちまった。
そこで、いきなり長期拘留と破防法の適用となった、これが真実でしょう。
で、鉄パイプと火焔瓶では、もはや機動隊の阻止線を突破できないと悟った赤軍派が、我がブントから分派して日本刀と爆弾で武装蜂起を企んだ、ということです。

Boueicho丸太を抱えて防衛庁に正面から突入するブントの学生たち。この日を境に、衛兵は木銃を本物の銃に変えたそうです(爆)

内ゲバも同じです。
死者が100人単位で発生しているのに、殺人犯は一向に捕まらない。
革マル派の全学連特別行動隊( JAC)にしろ、中核派の革命軍にしろ、メンバーはせいぜい200~300人程度だったはず。
殺人を犯して、どうして逮捕されないのか不思議でたまりませんでした。
200~300人程度ですから、その気になれば、ほぼ全員を検挙できたはずです、日本の公安の能力からすれば。
要は、共食いで共倒れ、これが狙いだったのでしょう。
そう思えば、すっきり納得です。

でも、警察権力が本気になると強い。
私も参加した1972年5月13日の明大前通り「解放区」闘争ですが、完敗でした。
ブントの活動家600名中128名が検挙されました。
なんと検挙率が2割を超えています。
いつもなら10%もいかないのですが。

群衆の中から私服の機動隊員が飛び出してきてタックルしてくる。
思いもしない攻撃に、私は逃げるのに必死でした(泣)
きっとスパイがいた、私は確信しています。
秘密裏に準備したのに、ふたを開けたら群衆の中に紛れ込んだ警察官に完全包囲されていた、ありえません、普通なら。

Sekigun私はブント戦旗派の中の赤軍コンプレックス派でした。幼稚で単純で、そのくせプライドだけは高い。が、赤軍派に行く度胸もない。

私は、新大久保のデモと衝突も警察権力のヤラセではないかと疑っています。
もちろん当事者は本気だと思いますよ。
左翼活動家だったころの私と同じで。
でも、考えてみると、極左(しばき隊)も排外主義者(在特会)も目障りなんですよ、国家権力からすれば。
ほっとくと世の中の安寧を脅かす、要するに「体制の敵」なんですね。
だから、どちらも世論の反発を食らって共倒れしてほしい、と思っているんじゃないですか?
そんな気がします。

なお、早大キャンパスを覗いたのは、西早稲田のラーメン屋に寄ったため。
この大学と私は縁がありません、念のため。

では、今日はここまで。
徒然に書きました。

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個人」カテゴリの記事

コメント

早稲田といえば法学部だけが民青系の自治会ですね。学園際も法学部は独自に学部際として実行していましたね。今はどうなのでしょうか。

投稿: JBOY | 2014/04/14 21:05

こういう素朴な疑問っていう感じのお話いいですね(笑
とても良い刺激になり勉強になります

投稿: | 2014/04/14 21:28

キーワードの国家権力とか体制という言葉。
その言葉自体はほとんど使われなくなりましたが、その逆のグローバリズム、市民運動、市民団体などの言葉は生きています。
権力とは常に何処かにあるものでそれは消滅しないのではないでしょうか。
そして今、一番いやらしい権力が反日マスコミであると思えます。

投稿: Pin | 2014/04/14 21:32

おそらく20ほど下だと思うのですが、ドキュメンタリーその他を興味を持ってみている方ですが、当時の雰囲気や正確な文脈を理解することはなかなか難しいです。ですからこういうエントリーはとても参考になります。

同様に、今の若い人には、所謂自虐史観に洗脳されていた時代、在日/半島批判が許されなかった2000年くらいまでの雰囲気は、信じられないというか感覚的にわからないものなのでしょうね。。。

投稿: ばびる | 2014/04/14 21:46

JR北海道の不祥事問題が革マルと関係があるとの記事がありました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140409/262672/
もし機会がありましたら、このあたりについても解説いただければと思います。

投稿: 養鰻野郎 | 2014/04/14 23:05

Kマルが権力の手先というのは他派の一致するところだったと記憶致しています。
彼らだけはしぶとく生きて居る様ですね,今でも。

厳しくなったのは68年10・21からではなかったかと。

道路の敷石が剥がされて、おかげで?歩き易くはなりましたが景観的には味気なくなりました。いずれは全面アスファルトになったのでしょうけれど。
九段下の道路や皇居の廻りの敷石道路は雨の日がとても素敵でした。

投稿: よれこ | 2014/04/15 05:16

>坂様の早稲田紀行

坂様は別段「つわものどもの夢の跡めぐり」に行かれ訳ではなく、西早稲田でラーメンを食されるのが目的だったのですな。(笑)

私も、鋪道のギャラリーからやおら湧き出てきた長髪・Gパンの学生風のナリをした公安警察が
「ゲバ学生」を、機動隊と挟み撃ちにする光景をテレビで見ました。最初は何のことか判りませんでしたが、そうか、私服警官なのか、と暫くしてようやく了解した次第です。坂様が「徹底的にやられた」という日の辺りのことですね。


坂様は逃げ惑い?ながらも、どこか意識の醒めたところがあって「戦場」の概要を極めて客観的に眺めておられる。当時から今に繋がる何かがあったのでしょうね。

警察は縦割り行政の最たるものですから、坂様の仰せの通り、70年前後に至っても、もっぱら日本共産党を監視することを重点目的とする「歴史と伝統ある」体制を替えようとはしませんでした。また、警察サイドからすれば、左翼過激派も、オウムも、日本の国家体制を転覆する危険性など万に一つもない、という妙な確信があったのだと思います。

それはそれで 「正しい」のかもしれませんが、その結果として、警視庁はオウムのサリン事件を未然に防げず、土田警務部長邸爆破事件では起訴された犯人?十数名が全員無罪になるという大失態を演じました。

71年12月18日に起こった土田邸爆破事件で亡くなった民子夫人も、負傷したご子息も、私にとっては学校の先輩・後輩にあたり、未だに許し難く、そして味苦い事件です。

負傷した四男君が その後音楽部に入り、元気にチェロなどを弾いていたのが、せめてもの慰めと申せましょうか。

投稿: レッドバロン | 2014/04/15 12:56

60年代後半生まれなので当時の記憶などないのですが高校生の時に当時学生だった教師の体験談を聞いたのを思い出します。
バリケードがどうのとか学校封鎖がどうのと話していてはた迷惑な感じでした。
この先生が当時ノンポリだったのか知りませんが小学校から一度もバリバリのサヨク教師に出会わなかったのは幸せだったのかな。(^_^;)

投稿: kept | 2014/04/15 15:32

【事件】関西のしばき隊団体『友だち守る団』元代表・凛七星こと林啓一容疑者(52)を生活保護費の不正受給で逮捕!!
民主党・有田芳生グループ
http://hosyusokuhou.jp/archives/37570991.html
https://pbs.twimg.com/media/BlQdakUCIAAVpjg.jpg:large

投稿: | 2014/04/15 22:58

確か、永田洋子が死んだことがきっかけだったと思いますが、2ちゃんで以前、なぜ日本で学生運動が盛り上がったかという議論があって、誰かが言った「あれはレジャーだった」という言葉が妙に印象に残っています。地方大学の学生にとっては、東京もんが面白そうなことをやっているというので「ウチの大学でもやらねばなるまい」ということになってビラを持ち寄ってワイワイやるのが楽しかったと。それがどんどんエスカレートしていったのだと。それでも日大で火炎瓶を投げた奴がいて、それを見て「きちがい沙汰」と思って学生運動から身を引いた者が多かったと。

上掲の日比谷公園の入り口で槍を連ねている足軽部隊のような光景、まさにレジャーそのものですよね。赤軍のアジビラにある「前段階蜂起」とか「世界革命戦争」とかの文言を見ても、大人になりきっていない生半可な連中の革命ゴッコでしかない。

強い問題意識を持っていて、世の中を本当に何とかしたいと思っている人間は、こんな大学にいる短い期間だけのことで何かをやろうなんて思いません。いかなる分野でも一生がかりで寸刻を惜しまないとできないことだらけです。社会を甘くみて己が人生を軽んじていられるから、こういう遊興に身をやつしていられるわけだ。

ブログ主さんも「警察権力が本気になると強い」と指摘していますが、機動隊員は「治安を守る」という責務に生涯を賭けているから、日頃から武道以外にも法律その他の学問を学び、いざというときには一命も賭する覚悟で職務にあたっているわけだから、そりゃ勝負になりません。個々が強靭であるばかりでなく、治安維持のマシーンとして組織だって行動すれば、暴力団の一つや二つは簡単に潰してしまう。それでも暴力団がなくならないのは、友人の元警察官によれば、全てを完全に叩き潰すと警察の役割がなくなるから、養魚場のように一定数は残しておくのだという。

全国の警察官は25万人、県警単位でも1万~2万人はいるでしょう。これに対して、赤軍の最大動員数は、大菩薩峠事件での逮捕者数が約50人ですから、多く見積もっても、たかだか百人以下。武装できる兵器は、かたや交番を襲って得た一丁か二丁の拳銃や角材しかなく、かたやその気になれば機銃でも装甲車でも何でも動員できるのだから、お話しになりません。こんな程度のことは誰でも分かる。赤軍は「軍」を名乗っているくせに、こんな単純な比較計算もできないのか。人間、ひとつ間違えると、名門大学生でも、ここまでトチ狂うという見本みたいなものです。

ところで、89年の天安門事件では多くの若者の命が犠牲になりました。泣いて止める両親の手を振り切って天安門広場に向かい、そのまま帰らなかった若者もいた。あの事件に身を投じた中国の若者らに比べると、日本の学生運動は「革命ゴッコ」「レジャー」の類でしかない。

それだけに、あさま山荘事件で連合赤軍の学生らが放った銃弾で犠牲になった機動隊員、成田闘争・東峰十字路事件で犠牲になった神奈川県警の警察官らの若い命が惜しまれてなりません。「ふざけるな革命ゴッコのジャリどもめ」という怒りが自然に湧いてきます。72年のあさま山荘事件のとき、私は高校入試を目前に控えた中学三年生でした。あの事件があって、私は学生運動には終始、何らの同情も共感も持ち得ず、今日に至ったと思います。

ぶち壊しのエネルギーは若い力からしか生まれない。家庭の良きパパに納まってしまった中年男や既存の体制に慣れきった年寄りにぶち壊しはできない。そのこと自体は否定しません。若いエネルギーがあってこそ世の中は変わるのだ。明治維新も、畢竟、若いぶち壊しのエネルギーが倒幕に向かった結果ではないか。若い炎は強い。しかし、それだけに、炎を燃やすことはあっても、その炎に我が身を焼かれないように心がける、そのことを世の若い人々にお願いしたいと思います。

投稿: 平野國臣 | 2014/04/16 01:54

> 坂様、

記事の題材とは、全く違うのですが、憤怒を抑えきれずコメントしました。
恐らく、坂様もその様に思われると...。

それは、ホントかウソか未だ真偽は不明ですが、半島国と慰安婦問題の最終的解決を図る様、外交方針がだされたとの報道?を目にしたからです。

小生は、平野氏の「河野談話即時撤回」には否定的な立場ですが、御都合主義で通す韓国を相手に最終的解決なんてトンデモないと思うものです。

※完全に解決したとの基本的立場を堅持し、外交交渉は絶対にしてはいけない! その上で、この問題を持ち出す悪意に対する抗議をすべきであって、力を持たない国にゴネ得を許してはならない。...ゴネ毒を喰らわしてやる様に。

この、「事なかれ日本外交」をどうやって潰せばよいのか、暗澹たる気持ちです。 先ずは、底辺から声を上げて行く必要があると。

:追伸
  あさま山荘事件の時は高校生でしたが、青同シンパの同級生と呆れてTV中継を見ておりました。政治を変える武力闘争って、そんなのが出来るんだったら暴力団がとっくにやっているって...と冷めた見方をしていたのですが。

 

投稿: ムフフ | 2014/04/16 13:18

>2ちゃんで以前、なぜ日本で学生運動が盛り上がったかという議論があって、誰かが言った「あれはレジャーだった」という言葉が妙に印象に残っています。

その見方は完全に間違ってますね。
あえていえば左翼がレジャーも利用したのです。何から何まで「革命」に使えるものは利用したのです。

そのおおもとはGHQの手によって社会の中枢にすえられた折り紙つきの左翼たちです。

投稿: | 2014/04/19 23:39

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