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2014/06/26

左翼活動家時代に親しんだ本

6月14日に以下のような投稿がありました。

初めてコメントさせて頂きます。
禁酒・禁煙2年経過おめでとうございます。
いつも楽しみに貴ブログを拝見しています。
たまには今回のような記事も、いいですね!

さて実はひとつお願いがございまして、それは本のご紹介です。
私は現在42歳、日本と家族を愛する一人の男です。
近現代の誤った歴史、その真実を知るにつれ、気になっているのが学生運動が盛んだった当時の学生の生の姿です。
学生運動家が当時、どのような生活をし、どんな青春時代を送っていたのか、そのリアルが描かれた本などご存知でしたらぜひ一度、取り上げて頂けると幸いです。

ご多忙かと存じますが、お時間に余裕のあるときにでもお願い致します。

これからも記事のアップを楽しみにしております。
お身体にお気をつけ頂き、ますますのご活躍を祈念しております。

投稿: poo吉 | 2014/06/14 14:22

>>学生運動家が当時、どのような生活をし、どんな青春時代を送っていたのか、そのリアルが描かれた本など>>
は、私が知る限りありません。
強いて挙げれば高野悦子さん(1969年6月24日に20歳で自殺)の「二十歳の原点」ですかね。
当時、ニッポン放送の深夜番組=オールナイトニッポンのDJがしきりに取り上げていました。
記憶は定かではありませんが、本の内容を朗読していたような気がします。

ただ、私はイマイチでした、この本。

私が大きな影響を受けたのは、奥浩平さんの「青春の墓標―ある学生活動家の愛と死」です。
が、彼は1965年3月6日に亡くなっています(21歳で自殺)から全共闘運動とは、ちょっとずれていますね。

Seisyun_bohyoh

それから、吉本隆明氏(1924年11月25日 - 2012年3月16日)にも強く影響されました。
よしもと ばななさんの御父上です。

芸術的抵抗と挫折

Yoshimoto

その吉本氏よりさらに影響を受けたのが高橋和巳氏(1931年8月31日 - 1971年5月3日 元京大助教授)。
邪宗門には圧倒されました。

柴田翔氏(1935年1月19日 - 元東大教授)の「されど われらが日々」も面白かったです。

その柴田氏は、1984年になって、全共闘運動を次のように評しています。

ゲバルトが出始めた時には、その意味が十分判っていなかったという気がする。
僕がそのとき考えたことは、ゲバルトは国家の暴力装置に対抗するための対抗暴力として出てきたと理解した。
僕はたとえ対抗暴力であってもゲバルトには反対だったけど、現象としてはそう理解していた。
ところが大学の教師である自分の目の前で学生たちがゲバ棒を振りまわしているのを見ているうちに、そういう側面もあるけれどもそれはいってみればタテマエと判ってきた。
そうではなくて、連中はゲバ棒を持ちたいから持っているんだ、ゲバ棒を振り廻すこと自体によろこびを感じているんだという気がした。
これは良い悪いの問題以前に、まさに現実としてそうだということが見えてきた。
ところが戦後日本近代、戦後民主主義が前提にしていた人間観の中には、それが含まれていなかった。
人間は本来理性的動物であって、暴力衝動などは、その人間観の外へ追いやられていた。

(全共闘―それは何だったのか)

今の私は、この感想に大いに共鳴します。

なお、17歳(高2)の時に読んだのが下の本。

これより神田川の方がリアルです(爆)



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個人」カテゴリの記事

コメント

大島渚という嫌いな監督がいますが、こいつの「青春残酷物語」や「太陽の墓場」が若干美化されてるけどなまなましく描かれてますね。
こいつも学生運動の委員長をやってたんです。
反日左翼が輝いていたという誠にいやな時代です。

投稿: ゴン | 2014/06/26 21:26

> 坂様、

お久し振りでございます。

懐かしい書名が並んでおりまして、思わずそれらの本を読んだ時の事を色々と思い起こしてしまいました。

で、坂様とはやはり世代が違うのでしょうね。それと、読んだ時の年齢とが違うせいなのでしょうね。本に対する感想が違い過ぎるんです。

「二十歳の原点」で言えば、彼女の心情や心の動きが理解できませんでした。大学に入って体育会に所属して優の数を気にしてと、高度成長からオイルショックの真っただ中にいたせいでしょうか?

「されど我らが日々」は、あまりにも観念的すぎる様に感じまして、登場人物の行動へ共感どころか理解もおぼつかなかったと様に思いだしております。

...柴田翔の作品で言えば、その後の「立ち盡す明日」や「中国人の恋人」の方が実感を持って読む事が出来ました。まぁ、社会人になって暫くしてから読んだせいでしょうが。

以上、全共闘を実感して理解できない世代なのだなぁと思った次第です。

投稿: ムフフ | 2014/06/27 09:17

自分は大学生になったのが1974年なので
ポスト全共闘世代ですが、体育会系だったから
在学時はその残滓として活動している連中とは無縁でした。
学内では民青が幅を利かせていましたが、胡散臭くて
生理的に受け付けられませんでした。
その当時から偽善的なものを嫌悪する性分でしたので。

人間が理性的動物とはまるで思えません。
だましたり、サボったり、ズルしたりする。
楽しみだけのために人間を含む動物を殺せるのも人間だけです。
本能が理性に勝ることもしばしばです。
なので敢えて申せば「時には理性を働かせることもできる動物」であり、
常に理性に支配されているかのような高尚な動物ではないと思います。
だからこそ理性的でありたいと願い、努力するのだと思います。

反日サヨクが輝いていた時代があったにしても
その輝きは偽物だったと歴史が証明しています。
大島渚作品はメッキ加工されていて、いずれこれがはがれてしまうんだよなぁ~と思って観れば
シニカルなコメディー映画として楽しめますよ。

投稿: やす | 2014/06/27 12:43

大変参考になりました。
興味深いエントリ、ありがとうございます。

投稿: 唯井 遡 | 2014/06/27 13:25

余りに私の当時の「愛読者」と合致しているので、驚きです。最後のを除き(笑)。これ以外は、未だに私の本棚に埃を被って鎮座しています。いや、正確にいうと、一冊だけ、二年前にページをめくりました。柴田翔のされど・・・です。実は、ある文章を頼まれ、同時収録の「ロクタル管の話」から引用しようとしたからです。正に、昭和は遠くなりにけり、の感極まれり。

投稿: 火の鳥草 | 2014/06/27 23:18

懐かしい御本ばかり。
表紙の違いは文庫本でしょうか。
高橋和己著「悲みの器」が何となく好きでした。卒論教授が「あわれみのうつわ」と発音された事に、ちょっとした感動を覚えた記憶が甦ります。

投稿: よれこ | 2014/06/28 02:40

「悲の器」でした。訂正致します。

投稿: よれこ | 2014/06/28 02:44

「されどわれらが日々」

作家はさすがに旨いタイトルを付けるものですね。実は題名のお蔭で売れたのではないかと睨んでいます。都合186万部とか、当時の大ベストセラーですね。

60年安保闘争時の青春群像を描いた作品ですが、小説上の設定は六全協の時代に移されています。党の無謬を信じて裏切られる知的な青年たち…今の若い人たちには、何のことやらさっぱり判らないでしょうね。かく申す私も個人的なシンパシーはまったく感じませんでした。

同じ左翼作家でも、当時の新左翼の中で多少は知的なお兄さんたちが信奉していたポール・ニザン。彼は独ソ不可侵条約が結ばれるや否やフランス共産党に離党届を叩きつけ、一兵士として銃をとって第二次大戦の戦塵の中に消えてゆきますが、一個の人間の精神の軌跡としてははるかに理解も共鳴もできるような気がします。

とにもかくにも 私達の世代には「されどわれらが日々」に相当する青春小説がありません。60年安保に比べると、70年のそれが一片の叙情性も残さないほどに陰惨、醜悪な終わり方をしたせいでしょうか。


実は坂様が小説をお書きになることを密かに期待していたのですがね。お忙しくて、ブログの更新もままならぬ現状ではなかなか難しいかと。

日大闘争の記録より「神田川」の方がリアリティがあると仰られれば、それまでですが。(笑)

投稿: レッドバロン | 2014/06/28 17:03

坂さまに異議を唱えるわけではありませんが、左翼につきまして誤解しておられる方もいるようなので一応以下のことを記しておきます。
 

左翼思想(マルクス主義)が衰えたのは1991年のソ連社会主義の崩壊以前にすでに起きていたのです。
 

マルクス主義の理論は
「資本主義は必然的に社会主義に移行する」
という「歴史の必然」説がドグマ(絶対的な教義)だったのです。
フランスの左翼思想家サルトルなども「歴史の流れは必然的に前進するのだから、我々はそれにアンガージュマン(参加)するのみである」なんて言っていたものでした。
 

ところが70年代になって
フランスの人類学者レヴィ=ストロースが「構造主義」を掲げて登場し・・・
「未開社会にも先進国社会にも共通の”見えない構造”がある」
ことを発見し「歴史抜きでこの社会を解明する方法」を確立したので左翼思想は急速に影響力を失っていったのです。

「世界に共通な構造」とはたとえば・・・
映画「男はつらいよ」のフーテンの寅さんと甥の満男との関係のことです。
寅さんと妹のさくらとは異性の兄妹ですが、さくらの長男満男と仮に寅さんに娘が居たとするとその二人は「交叉従兄妹」の関係となり結婚相手としては最高の組み合わせになるのです。
これは未開社会であれ先進国であれ世界共通です。
ちなみに
同性の兄弟(姉妹)同士の子供同士は「平行いとこ」と言います。
この寅さんと満男のような交叉の関係にある親族は世界のどの地域でも非常に親密な関係を保っているのです。

投稿: 柳生大佐 | 2014/06/28 23:30

「二十歳の原点」、私も読みました。
読んだのは大学入学を目前にした時期でしたが、それでも私も彼女の生きざまは理解できませんでした。私の当時の浅学、経験不足故もあるのでしょうが。
私は70年代前半生まれで、当時の社会状況はわかりませんでしたが、それでも当時は今のような変態左翼はいなかったと思います。
当時の学生、そして左翼は、本当に国のために闘い、国を変えようとする気概があったと思います。

今の女子大生と言えば、↓のような本を出すのが関の山でしょう。彼女たちも、変態左翼予備軍になっていると思います。

http://www.kamogawa.co.jp/kensaku/syoseki/sa/0687.html
http://blog.goo.ne.jp/kin_chan0701/e/de74f6053dfbee3df6c05ac9ed8bb476

都議会女性議員への暴言問題についても、変態左翼が五月蝿く騒ぎはしゃぎまくっています。
しかし当の女性議員も、いろんな噂が浮上しています。
今後日本に様々な問題・災害があれば、そのたびに変態左翼が跳梁跋扈闊歩するでしょう。

私がこのブログを買っているのは、変態左翼のそれと違って実に明るく前向きで力強く頼もしくポジティブな論調だからですが、それだけでなく管理人さんが実体験も織り交ぜながら自分の言葉で書き綴っているからです。
だからこそ、管理人さん自身の生きざまもわかるというものです。

変態左翼のブログと言えば、他のサイトの記事を長々と貼り付けて自分のコメントをつけて終わりか、自分のツイートのまとめブログと化しています。そのようなブログは、ロボットが書いているようにしか見えません。

それにしても何度も言うようですが、彼ら変態左翼は東電や原発を叩いても、福島第一原発の事故の際、職員の多くが命令に反して福島第二原発に避難してしまっていたことを非難しても、カネボウの美白問題や同問題でカネボウの対応が後手後手になってしまったことは叩きませんし、JR北海道の運行トラブルやJR社内の組合問題も非難しませんね。

投稿: 成田あいる | 2014/06/29 10:14

こんにちは。
連合赤軍事件の元メンバー植垣康博さんに関して
ご意見お聞かせ下さい。
彼に関する記事で人物的に軽いとか
重大な事件を起こしたにも拘わらず
当時の件に関し他人事のように話しているとか
当事者なのに無責任すぎる
といった内容を目にしました。

YouTubeで彼の現在の生活ぶりを放送したものを見て
なるほど、そういう見方をする人がいても不思議じゃないと思いました。
でも同時にあれはもう植垣さん自身の持って産まれた
キャラクターに過ぎないとも思えたのです。
彼が語るとああなる。ああ見える

じゃあ黙して語らずの姿勢を貫けばどうだったのか?
彼は服役を終え娑婆に戻った頃、黙して語らずの姿勢だったという記事もありました。
でも周りは放っときゃしなかった。
何せ当事者でありあさま山荘の前まで全てを見ている生き証人とくれば。

他の元メンバーでそれぞれ娑婆に戻った人達もあまり語りたくないしもう忘れたい、今の生活が大事。
これが本音でしょう。
でもそんな中で植垣さんは自分なりに当時を振り返り
彼なりの思いや言葉で語ってるように感じます。
世間は知りたいんです、ほじくり返してでも真相を。

彼はその要望に彼なりに応えているだけの事でしょう。
揚げ足をとってたらキリがない。
総括だって似たようなショウもない理由で追い詰めて殺人にまで発展させて。

もちろんあのキャラクターであの喋り方。
彼の罪を考えると不快感を覚える面も多々あります。
でも一方で左翼思想の多くの人にありがちな
理路整然と一般人には理解出来ない話し方で
深層や自分の気持ちが伝わり難い面を補い
植垣さんのそのキャラクターと説明はとても解りやすい
とも言えるのです。
どんなに軽く見えようと事実は語ってもらわねば。
と思ってます。


投稿: | 2014/06/29 12:27

ブログ主様、お忙しい中私の要望にお応え下さり、大変有難うございます。
また御礼のコメントが遅くなりまして申し訳ございません。

大変興味深く拝見致しました。
まずは『青春の墓標』から手をつけていきたいと思います。

私が生まれた翌年が浅間山荘事件です。
もちろんリアルタイムでの記憶はありませんが、子供の頃から何度も特集番組が組まれ、あの鉄球が印象に残りました。
その後、高校を卒業してとある県警に勤務。
(短期間で辞めてしまいましたが)
警察学校時代に浅間山荘事件に至る経緯を学びました。
事件の真の恐ろしさは浅間山荘事件ではなく、そこに至る経緯にあるのだと知り、さらなる衝撃を受けたことを今でも覚えています。

で近年感じていたのが、当時命がけで使命感を持って活動していた割には社民党・共産党・民主党の議員達にその使命感を感じない、と言う違和感です。
特に菅直人や仙谷由人等を見ていると『学生運動ってなんだったんだろう?』と素朴に疑問を抱いたのです。

仮に、真の使命感に則り、命がけでその使命を全うしたのであれば、その時代を生きた人たちの生活を描いた本が何冊も出ているはず!
と思いネットで色々と探してみるもまるで見つかりません。

もし1冊も無いとしたら?
それは多分、当時活動に身を置いた方々がその頃を『誇らしく思えない』、もっと言えば『恥ずべき行為だった』と考えているのかも?
などと想像するに至ったのです。

それはまるで現代の大学生が『スーパーフリー』や類似のサークルで浮かれた、狭い世界の秩序で、子どもじみた、無秩序な秩序によって、快楽のために活動を広げていく、そんな学生たちに近い感覚なのかも、と思ったりしています。

ノリや盛り上がり、集団心理によって犯罪を正当化していく。
そんな当時の様子がナマナマと描かれる書物に出会えたら、少しはその心理状態を理解できるのかな、と個人的な興味からのお願いでした。

貴ブログはその当時の空気を知る数少ない媒体で、いつも興味深く拝見しております。
今後も楽しみに拝見致しますので、益々ご健康でご活躍されることをお祈りしております。

最後に重ねて申し上げます。本当にありがとうございました。

投稿: poo吉 | 2014/06/30 15:18

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