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2014年8月

2014/08/24

元NHKディレクター 池田恵理子の厚顔無恥

相変わらず厳しい執筆環境が続いている。
が、見逃せないニュースがあったので言及したい。

 NHKの退職者有志は2014年8月21日、籾井勝人(もみいかつと)会長の辞任勧告か罷免を求める申し入れをNHK経営委員会に行った。約1500人の賛同者の名簿を添えて提出した。その後、東京都内で記会見を開き、元ディレクターの池田恵理子さんは「慰安婦制度と売春、公娼制度を一緒くたにし、女性の人権についての認識がなにもない」と籾井会長を批判した。元プロデューサーの永田浩三さんは、「NHK職員に言論の自由が保障されていません。残念に悔しく思っている現役職員の代わりとして来ました」と話した。

NHK元職員有志、 籾井会長の辞任求める
2014/8/22 J-CASTニュース

元ディレクターの池田恵理子とはどんな人物か?

2011年8月、北京の中国人民抗日戦争記念館というところで、「日本人は歴史とどう向き合ってきたか~第二次大戦期の日本軍の女性に対する犯罪パネル展」なる展示会が開催された。
この展示会は、中国政府による反日宣伝教育の一環として開催されているのではなく、日本の市民団体の強い働きかけで実現した。
その中心人物が池田恵理子だった。
市民団体の名前は、「日本軍性暴力パネル展実行委員会」と言う。

展示会を開催した目的を知って驚いた。
展示会を中国で開催して中国人の元慰安婦を集め、日本で裁判を起こす―
これが目的だったのだ。
もう怒り心頭に発するで言葉も出ない。
こんな女が番組を作っていたとはね。

この女、2005年には、フェミニストの仲間たちと、地元民の反対を押し切って女人禁制が1300年間続く修験道の聖地、奈良県天川村の大峰山への登山を強行した。
この時、池田恵理子はNHKの職員だった。

Eriko_ikeda_2

池田恵理子は、2001年にNHKのプロデューサーとして、バウネットジャパンという反日フェミニストの団体が行った「女性国際戦犯法廷」なるイベントをNHKで放映させた張本人でもある。
「女性国際戦犯法廷」は、北朝鮮工作員が検事役を務め、昭和天皇を「戦犯」として裁くという「ありえないイベント」なのだが、池田恵理子は、この「裁判」の中心人物だった。
ちなみに、バウネットジャパンと「女性国際戦犯法廷」の核心的人物は、元朝日新聞編集委員の松井やよりだった。

その当時、この「裁判」の過激さと偏向ぶりに驚いたNHKの上層部が番組の内容を一部変更させた。
が、その後2005年になって、池田恵理子は朝日新聞記者の本田雅和と組んで、「安倍晋三と中川昭一がNHKに政治的圧力を加えて番組を改編させた」と報道させた。
この朝日新聞の報道は、まったくの捏造だったのだが、朝日新聞は検証記事で弁解に終始した。

そのインチキぶりは、あの毎日新聞から

まさに問われている「朝日の体質」の問題に直結する話。

と皮肉られる始末だった。

Honda

池田恵理子は、北朝鮮の手先として「昭和天皇を裁く裁判」に加担し、安倍晋三氏や中川昭一氏を「NHKに政治的圧力をかけた」と貶め、朝日新聞にそれを「特ダネ」として報道させた、そういう人物なのだ。
こんな女が「籾井勝人会長の辞任勧告か罷免を求める」?

ふざけるな!
と言いたい!

日本の害虫=池田恵理子を駆逐しよう!

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2014/08/17

本日は過去の左翼がらみのエントリを2本、再掲します

暑い日が続きますね。
老体には応えます。
疲れも取れません(爆)

ただ、このところアップするエントリの数が少ないのは、疲れのせいばかりではありません。
書く意欲が枯渇してきたとでも言うのかなあ...
このブログを始めて9年半近く、書いた記事は2,324本に上りますから無理からぬところがあると思います。
でも、延べの読者数も3,400万人を超えていますので、続けねば、できる限り...
という思いもあります。

が、吐き出すばかりで蓄積するものがないとエントリの質が落ちるんですよ、そのあたりが悩みかなあ...今の。
やはり読み応えのある記事を提供したい、と思いますからね。
特に左翼がらみは、目いっぱい書きたい...
と自覚しているのですが、これももう書き尽くした感じ。

と言うことで、本日は、過去の左翼がらみのエントリで、お気に入りのものを2本再掲します。

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2005/09/16

左翼とは何ぞや?

読者の方から以下のようなリクエストがあった。

「左翼の心理学」をリクエストいたします。
左翼を批判・攻撃・嘲笑するブログは山ほどあります。
しかし、左翼の人達がどうしてあのような思想を持ち行動に突き進むようになってしまったのか、冷静に分析した文章は見たことがありません。
彼等は一体どんな社会を夢見ているのでしょうか。
できたらお願いします。

したがって、今日は「左翼とは何か?」について書いてみる。
ただ、このテーマで記事を書くと、Part-4~5くらいまで書かなければならないと思われるので、エッセンスの部分に止めたい。
不満足な点が残るかもしれないが、ご容赦を。

左翼とは、狭義の意味で言えば共産主義者のことである。
もう少し定義の枠を広げると、社会民主主義者もその範疇に入る。
さらに広義に捉えれば、無党派の進歩的知識人や米国民主党のリベラル左派なども左翼と言えるだろう。

左翼の語源は、フランス大革命にさかのぼる。
フランス大革命における国民公会(1792~95年)で、議長席から見て左翼側の席を者・大衆を基盤とする急進的改革派のジャコバン党が占め、右翼側の席を大商人や資本家階級を基盤とする保守的改革派のジロンド党が占めた。
ジャコバン党の理念は、①人民主権、②立法府議員の直接普通選挙、③法律案に対する人民の異議申立ての権利など、当時としては画期的な内容を持ち、④基本的人権(自由・平等・安全・所有権など)を保証した。

そのころの日本と言えば、徳川幕府の老中・松平定信が「寛政の改革」を行っていた時代である。
同時代のジャコバン党が、いかに進歩的で急進的であったかが解るであろう。
このジャコバン党の理念は、その後のロシア革命にまで影響を及ぼした。
ここから、急進的改革派のことを、ジャコバン党が国民公会において陣取った席にちなんで「左翼」と呼ぶようになったのである。

しかし、ジャコバン党から左翼が引き継いだのは「急進的改革理念」ばかりではない。
ジャコバン党の主導権を握ったロベスピエールは、公安委員会を率いて独裁政治を敷く。
それは、やがて恐怖政治に転化し、数多くの反革命派や政治的反対派を粛清、ギロチンの露とした。
そのロベスピエールも、やがて処刑される。
筆者は、まさに、ロシア革命後のスターリンによる粛清の原型を、このロベスピエールによる「極端な権力の集中と恐怖政治」に見出すのである。

狭義の意味の左翼である共産主義者については、過去のエントリー「共産主義とは?」を参照してほしい。
共産主義とは、者(人民)が主人公の社会を目指す思想である。
搾取も抑圧もない、真に自由で平等な社会。
人間が、もっとも人間らしく生きることのできる社会。
「一人は万人のために、万人は一人のために」生きる社会。
「人は、能力に応じて働き、必要に応じて与えられる」。
最終的な段階では、貨幣もなく国家すら存在しない。
このような理想社会を、組織された暴力とプロレタリアート(者階級)による独裁によって実現しようとするのが共産主義である。

では、社会民主主義とは何か?
社会民主主義とは、共産主義に対するアンチである。
暴力革命ではなく議会を通じた社会変革をめざし、プロレタリアートによる独裁を否定する。
私有財産を肯定し、信教の自由を認める。
市場経済下における生産手段の公有化と富の再分配によって社会的平等を実現する。
これが社会民主主義であり、西欧の政権は、この流れが主流になっている。
なお、日本の社民党は社会民主主義政党ではない。
「共産主義政党もどき」である。
詳細は、過去のエントリー「絶滅危惧種・社民党のなぜ」を参照いただきたい。

なぜ、多くの人々が左翼を志向するのか?しかも、インテリにその傾向が強い。
まず、左翼を志す人は正義感が強いということである。
差別や不平等を憎む気持ちが極めて強い。
私の場合も、まず身近にいた「在日」に対する差別が原点だったと思う。
学年が進むと学区が広がり、被差別部落出身者も同級生の中に存在するようになった。
彼らに対する差別も、私の不正義を憎む気持ちを増幅した。
しかし、ここまででは、まだ左翼ではない。

そういう素朴な正義感に、「資本主義の矛盾が差別と不平等をもたらす」という論理が結びついて、初めて左翼が誕生するのである。
私が左翼運動に足を踏み入れたころは、ヴェトナム戦争の最盛期だった。
強力な米軍が、満足な武器も持たない解放戦線ゲリラを近代兵器で殺戮する。
ゲリラ戦に手を焼くと、猛毒の枯葉剤を無差別に散布する。
このような非人道的行為に世界中で反戦運動が盛り上がっていた。
クリントン元大統領やシュレーダー独首相などもヴェトナム反戦世代である。
このような状況下で、米国=侵略者=悪、ヴェトナム=被侵略者=かわいそう、という構図が成り立つ。
米国が侵略者なのは資本主義→帝国主義だからであり、それに追随する日本も同罪である、という論理になる。
ここまで来ると、左翼になるまで、あと一歩である。

ヘルメットを被り、街頭で過激な反戦運動を繰り広げている人たちは、何を考えているのだろうと疑問を持つ。
その背景にマルクスとレーニンの思想が潜んでいるのを知る。
そこで、マルクスとレーニンの著作を読む、あるいはオルグ(語源:organizer) される。
マルクスの著作は、一部を除き極めて難解で、全体を独習するのは難しい。
しかし、レーニンの著作は、革命の実践家が書いただけあって極めて解りやすい。
そこで、国家が暴力装置であり、戦争は帝国主義(資本主義)の矛盾から起こることを知る。
資本主義社会において者は搾取され、弱肉強食の社会では、差別と不平等が常に再生産されることを痛感する。

そこから左翼思想に染まっていくのだが、染まり方は様々である。
共産主義を信じつつ、穏健な路線を望む者は日本共産党に流れ、暴力的手段に訴えてでも共産主義社会をめざす者は新左翼(過激派)を選ぶ。
党派の無謬主義と独善性に嫌気がさした者は、無党派の急進主義に走る。
心情的に左翼に同調しながらも、党派性や街頭行動を忌避する者は、社会民主主義的な傾向の強い無党派になる。
今の民主党の左派を構成するのは、無党派の急進主義者の残党と社会民主主義的な傾向の強い無党派である。

ただ、ときの主流が左翼であるからといって共産主義者になる者もいる。
例えば、読売新聞の前会長である渡辺恒夫(ナベツネ)氏は、共産党東大細胞のキャップだった。
彼の場合は、正義感云々よりも上昇志向のなせる業(わざ)ではないか。
終戦直後の1940年代後半において主流だった共産主義の潮流の中で、上昇しようと思ったのだ。
時代が過ぎ、共産主義が主流から凋落すると、資本主義社会で伸し上がろうとする(伸し上がった)。
1950年代までは、こういう輩もけっこういた。

ここまで書けば、左翼が何をめざしているかが解るであろう。
左翼の最大公約数は、
①差別<反差別、②不平等<平等、③競争<制限、④生産手段の私有<生産手段の公有、⑤富の偏在<富の再分配、⑥低負担・低福祉<高負担・高福祉、⑦民族主義<非民族主義、
である(共産主義のめざす「究極の社会」は別格)。
日本の左翼の場合、これに「非武装・平和」と「非国益」がくっ付くから世界に例を見ないのである。
欧米諸国の左翼は、国益と安全保障に関しては保守と同一歩調を取る。
私が、中国共産党を共産主義ではないと言うのも上記の公約数による。
単なる強権的独裁政党に過ぎない。

なお、西欧における社会民主主義政権は、高負担=高福祉の行き過ぎに対する反省から、統制的な高負担・高福祉体制と、自由な低負担・低福祉体制の間で均衡を図ろうとしている。
生産手段の公有化を進める気配もない。
要は、従来どおり福祉や環境問題も重視しますが、過保護はやめ、自由競争や市場の価値も認めましょうという路線に転換したのだ。

以上が、左翼になる人の一つのパターンであり、左翼のめざす社会である。
もちろん、左翼になるきっかけは様々であり、千差万別であろう。
しかし、「素朴な正義感」→「差別や不平等に対する怒り」→「現代社会=資本主義社会の矛盾に対する怒り」→「反権力・反体制」という流れは、ほぼ共通するのではないか。
その先が共産主義者なのか、社会民主主義者なのか、あるいは無党派の反体制的市民運動家なのかは、その人の環境や性格によると思う。

素朴な正義感が強く、差別や不平等を憎む人たちが、なぜ仲間内で殺し合いをするのか?
不思議に思われる方も多いと思う。
連合赤軍によるリンチ殺人(死者12人)。
革共同中核派と同革マル派及び革労協(社青同解放派)による内ゲバ殺人(死者100人を超える)。
特に、中核派と革マル派は、元々は革命的共産主義者同盟(革共同)の同志であった。
にもかかわらず、血を血で洗う抗争を繰り広げる。

これは、共産主義社会を、人類社会の歴史的発展段階の究極であり、科学で証明された「法則」であるとしたマルクスの後継者たちの罪が大きい。
マルクス主義が絶対であり、共産主義社会に至ることが科学で証明された「法則」であれば、それに反する者(反しているとみなされた者)は、「反動」であり「反革命」であり「反人類」であるということになってしまう。
宗教を思い浮かべれば解りやすい。
「唯一神」信仰は、それ以外の「神」を認めない。
信仰に背く者は「背信者」=「抹殺の対象」になってしまう。
共産主義も同じである。
前衛党の指導に反する者は、「反動」であり「反革命」である・・・だから、アイツは「敵だ!」「敵は抹殺しろ!」という短絡的な思考に支配されてしまうのである。
なまじインテリなだけに、現実よりも観念の世界が優先してしまうから怖い。
その点、社会民主主義は独裁を否定し、複数の価値観を認めるから共産主義ほど排他的にならないのである。

なお、このエントリーは論争をするために書いたものではない。
時間もスペースも限られた中で、説明不足も多々あると思う。
したがって、エントリーの主旨を読んでいただきたい。
間違っても、「共産主義とは何ぞや」「社会民主主義とは何ぞや」というような議論をふっかけるのは避けてもらいたい(笑い)
また、今の私は左翼ではない。

※革共同両派の争いは、一般人の想像を超えている。
死者の数十倍、千人単位で廃人同様になった者や身体に重度の障害を抱える者が発生している。
もちろん、どちらも狂信的集団で間違っている。
ただ、一つだけ言えるのは、革マル派は党派闘争(内ゲバ)を権力闘争と同じくらい重要視しているセクトであるということだ。
お互いに「スパイ集団」とか「権力の走狗」と呼び合っているが、笑っているのは権力であろう※

関連記事1:共産主義とは?
関連記事2:絶滅危惧種・社民党のなぜ

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2011/07/14

久しぶりに左翼を語ろう

左翼というのは「平等」とか「平和」という言葉が好きですね。
なぜか?と言うと、「平等」とか「平和」という言葉には、人間が求めてやまない理想が込められているからです。
「格差か平等か?」、あるいは「差別か平等か?」と問われれば、ほとんどの人が「平等」を選ぶでしょう。
「平和」も同じです。
「戦争か平和か?」と突きつけられれば、多くの人は「平和」を好みます。

だから左翼は、自らの支持層を拡大するために「平等」とか「平和」を叫ぶのです。
相手の心に響きやすいですから。
「格差か平等か?」「戦争か平和か?」、2択で迫るのも左翼の特徴です。
2択思考は決断が早くなりますから。
何より単純で洗脳しやすい。

「市民」という言葉も左翼は好きですね。
本来なら「国民」と言うべきですが、「国民」だと何となく「義務感」が生じる。
その点、「市民」には自由で進歩的なイメージと響きがあります。
だから左翼は「市民」を好んで使うのです。
「ベトナムに平和を!市民連合」だと自発的運動に聞こえますが、「ベトナムに平和を!国民連合」では官製運動と思われてしまう。

それと、最近では「環境」も左翼の好きな言葉になっています。
「環境」+「脱原発」、これが今もっとも旬な左翼好みの言葉です。
「放射能」という言葉には誰もが本能的に恐怖を覚えますから、実に効果的です「環境」+「脱原発」。

「平等」「平和」「市民」「環境」「脱原発」―ほんとうに気をつけましょう!皆さん!!!

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ところで、左翼の本質は反「平等」であり反「平和」です。
彼らが「平等」とか「平和」を叫ぶのは戦術に過ぎません。
そもそも左翼の根源(ルーツ)は啓蒙思想にあるのですが、この「啓蒙」という言葉自体が「蒙(もう)を啓(ひら)く」、つまり道理にくらい者や知識に乏しい者を教え導く、という意味です。
そこには「理性と知性を兼ね備えた知識人」と「それに導かれる暗愚な一般大衆」という差別的な思想と構造が存在するのです。

左翼の考え方は啓蒙思想よりさらに進化(?)していて、革命家としての主体形成を成し遂げた者=前衛によって社会変革(革命)は指導されるのです。
当然のことながら、そこには共産主義者(前衛)と一般大衆という厳然たる格差が存在します。

そもそも左翼というのは、「人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく、逆に彼らの社会的存在が彼らの意識を規定するのである」と考えます。
この考え方は、フェミニスト(feminist)の「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」(シモーヌ・ド・ボーヴォワール)という言葉に典型的に見て取れます。
この考え方は間違ってはいませんが一面的に過ぎる。
男と女は同権ですが同質ではありません。
したがって、そこには様々な差異があります。
この差異を「差別」と糾弾するなら、それこそ逆差別です。

左翼は人間を肯定的に捉えすぎです。
左翼によれば、人の本質は普遍的で、理性的であり、協働の能力と共有の意志を有しています。
なぜなら人間とは、常に自己と他者を意識し、他者との関係性の中で生きる存在、つまり類的存在であるからです。
そこでは、文化や民族やジェンダーの相違は問題にされません。
つまり人間はインターナショナルなのです。
または、人間にとっては生きがいであり、生命活動が「生きることそのもの」である他の動物とは違う、と認識しています。
にもかかわらず、資本主義下における人間のは「個人の生存を維持する手段」に貶められている、だから階級闘争に勝利し、者を解放しなければならない、となるわけです。
要は闘争至上主義であり、「平和」主義ではないのです。

Hangenpatu6

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私は、2006年7月13日の共産主義はなぜ破綻したのか?(1)で次のように書きました。

マルクスは、弱冠26歳で書いた「経済学・哲学手稿」の中で、次のように書いている。

疎外された労働は、人間から(1)自然を疎外し、(2)自己自身を、人間に特有の活動的機能を、人間の生命活動を、疎外することによって、それは人間から“類”を疎外する。疎外された労働は、(3)人間の“類的存在”を、すなわち自然をも人間の精神的な“類的能力”をも、人間にとって疎遠な本質として、人間の個人的生存の手段としてしまう。疎外された労働は、人間からそれ自身の身体を、同様に人間の外にある自然を、また人間の精神的本質を、要するに人間の人間的本質を疎外する

これは、それなりに有名な一節である。が、ちょっと難解で、理解できない方も多いと思う。私は次のように理解している。

人間は本来、社会的生き物である。個体としての存在ではなく、自分と同じ存在である他人との関わりの中での自分である。
つまり人間は“類的存在”なのである。
その“類”としての生活から、資本の下で賃労働に従事する人間は疎外されている。
賃労働によって、人間に特有の活動的機能であるが、「個人の生存を維持する手段」に貶められている。
本来の人間は、自分の生命活動(生きること)を意欲や意識の対象にしており、社会的生き物=“類的存在”であろうとする。そこに自由や生きがいを感じるのであり、動物の生命活動が「生きることそのものである」のとは明らかに違う、と……

が、私は思う。人間も動物であると。
まず「生きることそのもの」が「生命活動」の第一義的目的であり、それは本能の領域に存する。自分の「生命活動(生きること)」を意欲や意識の対象にできるのは、その第一義的目的が満たされた後の話である。
そして、世界中のすべての人々が、その第一義的目的を満たされる日は、未来永劫にわたってありえない。

人間は弱い。常に「欲望」に負けそうになる。「理性」だけでは対応できない。
ここにおける人間は、「下部構造としての経済が云々」や「人間の社会的存在が云々」では理解できない。もっと奥深い、「人間存在」そのものが抱える根源的な問題なのではないか。
だから強制的規範としての法律がある。倫理や道徳がある。宗教心も、倫理や道徳を涵養する上で欠かすことができない。
そもそも、「人間存在」を「科学できる」と思うことそのものが、大きな間違いなのである。

また、2007年5月19日のつれづれなるままの自分史では以下のように書きました。

結局、私が左翼から解放されたのは事業を起こして倒産したことによる。その後の数々の修羅場。これが私の人間を見る目を変えた。社会の捉え方を変えた。
人間は理論では説明できない。人間社会は理論では解明できない。
人間の原点は欲望ではないか。その欲望と理性との葛藤が「生きる」ということではないか。
欲望に囚われた人間は人間であることを忘れる。理性に縛られた人間は人間存在を理解できない。
人間というのは複雑で、奥深くて、きれいなところとドロドロとしたところが併存している。理屈では割り切れない。
そんな人間が寄り集まって作る社会はもっと複雑だ。
そんな当たり前のことに気付いた時は、すでに30代も半ばを過ぎていた。

人間は理性的で、その人間性は普遍的、そして働くことを生きがいに感じ、協働と共有を志向する、とは思えないのです、私には。
一部の人たちを除いて。

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2014/08/16

韓国政府は朝日を助けよ!と言う朝鮮日報は朝日と兄弟

既にご存知だと思うが、今月5日、朝日新聞は、ついに吉田清治にかかわる記事について「取り消します」と書いた。
つまり「軍などが組織的に人さらいのように連行した資料は(朝日新聞の調査でも)見つかっていません」と明かし、「(吉田清治の)証言は虚偽だ」と認めたのである。
が、朝日新聞は反省したわけではない。

彼らが一貫して主張してきた内容が「虚偽」、と言うより「プロパガンダ」であることが誰の目にも明らかになったので、巧妙に開き直ろうとしたにすぎない。
その証拠に、朝日新聞は同じ口で「問題の本質は、軍の関与がなければ成立しなかった慰安所で女性が自由を奪われ、尊厳が傷つけられたことにある」と言い、「これまで慰安婦問題を報じてきた朝日新聞の問題意識は、今も変わっていない」と公言する。

厚顔無恥という言葉があるが、この新聞にピッタリだ。
文字どおり「恥知らず」、自らの責任に対する自覚がゼロである。
しかも、捏造記事を書いた自社の(元)記者=植村隆を批判されると、「意図的な事実のねじ曲げなどはありません」と居直り、他誌に謝罪と訂正を求める。
ほんとうに、この新聞は日本人が書いているのか?
と疑いたくなる。

思えば、この特質、ほかにも似た者がいる、ごく近くに。
虚偽を真実に見せかける。
ばれたら論点をすり替えて、けっして自らのウソを認めようとしない。
そして最後は、逆ギレして批判者を告訴する。

そう...
あの韓国と韓国人にそっくりだ。
彼らには客観的視点というものがない。
主観的な思い込みに基づき、情緒に訴える。
その主張は科学的分析や検証とは無縁である。
彼らが「正しい」と言うものが「正しい」のであり、そのために都合の良い事実ばかりをかき集める。
事実が足りなければ捏造して補う。
だから歴史は史実ではなく物語になる。

まさに朝日新聞は韓国と韓国人にそっくりではないか!
そうなのだ。
朝日新聞は韓国の新聞なのだ。
そう思えば納得がいく。

 

Asahi

 

以下は朝鮮日報からの引用である。

~前略~

 2005年3月27日、朝日新聞論説主幹だった若宮啓文氏は「風向計」というコラムで「いっそのこと島を譲ってしまい、『友情島』にしてもらう」という「夢想」を書いた。遠回しな表現だったが、独島(日本名:竹島)放棄を主張したのだ。それでも右翼の行動隊が朝日新聞社前に集結し「国賊、売国奴、切腹しろ」と脅した。若宮氏は日本の右翼の敵になった。朝日新聞はその若宮氏を6年後、新聞編集の最高位である主筆に任命した。

 日本語を学ぶ韓国人学生にとって、朝日新聞は貴重な教材だ。誤字が少なく、文法が正確だという理由だけではない。朝日新聞からは民族主義という名の嫌なにおいが漂ってこない。その良い例が在日韓国人犯罪を扱った記事だ。他紙とは違い、朝日新聞は容疑者の韓国名を書かない。代わりに在日韓国人が日本で使用している日本名「通名」を記載する。言葉一つとっても在日韓国人に対する偏見を助長したくないということだ。

 朝日新聞の発行部数は朝・夕刊合わせて1日1027万部に達する。1320万部を発行する読売新聞と共に、日本の知識人の「議論の場」を二分する。朝日と読売はよく進歩と保守に色分けされるが、朝日にはそうした基準だけでは分類できない独自の価値がある。新聞販売に不利なことを知りながら民族主義を排撃して国際主義を尊重し、読者の心中が穏やかでなくなると知りながら過去の反省を求めタブーを破壊するのだ。それでも朝日新聞は日本の100年にわたるマスコミの歴史で「二大紙」の地位から転落したことがない。日本の知識社会が深く、裾野が広いことを証明している。

 今年8月5日と6日の朝日新聞に掲載された特集記事が、日本の社会を再び議論の渦に引き込んでいる。二日間にわたり5ページを割いた「慰安婦問題の本質 直視を」という記事だ。朝日はいくつかの誤報を公にして訂正した上で「慰安婦の強制動員はなかった」という日本社会で主流を成す主張を再度批判した。だが、日本社会では「朝日が間違いを認めた」と攻撃が相次いでおり、日本政府までこれに加勢している。

 旧日本軍の従軍慰安婦をめぐる朝日新聞の闘いは20年以上になる。加害者の国の新聞が常に被害者側に立って闘ってきたのだから、孤立し疲れが見えてきた。これを知恵を持って助ける方法が韓国政府にはあるはずだ。

【コラム】朝日新聞の孤立 2014/08/09 朝鮮日報

①遠回しな表現だったが、独島(日本名:竹島)放棄を主張した
②朝日新聞は容疑者の韓国名を書かない。代わりに在日韓国人が日本で使用している日本名「通名」を記載する
③新聞販売に不利なことを知りながら民族主義を排撃して国際主義を尊重し、読者の心中が穏やかでなくなると知りながら過去の反省を求めタブーを破壊する
④朝日はいくつかの誤報を公にして訂正した上で「慰安婦の強制動員はなかった」という日本社会で主流を成す主張を再度批判した
⑤加害者の国の新聞が常に被害者側に立って闘ってきたのだから、孤立し疲れが見えてきた

朝鮮日報の記事を読んでいると、朝日新聞がますます韓国の新聞に見えてきた。
朝日新聞は、正直、韓国人に乗っ取られているのではないか?
朝鮮日報の朝日新聞に対するシンパシーは尋常ではない。

これ(=朝日新聞)を知恵を持って助ける方法が韓国政府にはあるはずだ―
ってどういう意味だ?
韓国政府に対して、日本国内の言論に対する介入を要請しているのか?

厚顔無恥!
理解不能!

哀れな国と哀れな国民!
哀れな大統領と哀れなメディア!

狂人どもを粉砕せよ!

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頭皮老化に着目!ダブルのチカラで話題のRHIZOGAIN

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2014/08/10

植村が書いた記事を“捏造”と指摘され逆ギレする朝日

朝日新聞が逆ギレしてFLASHと週刊文春に抗議文を送りつけたそうだ。
「謝罪と訂正の記事掲載を求める」と朝日新聞自身が書いている。

 5日に発売された光文社の写真誌「FLASH」8月19日・26日号に掲載された「『従軍慰安婦捏造(ねつぞう)』朝日新聞記者 大学教授転身がパー」の見出しの記事について、朝日新聞社は5日、朝日新聞の報道を根拠なく「捏造」と決めつけ、名誉と信用を著しく傷つけたとして、FLASH編集長に抗議するとともに、謝罪と訂正の記事掲載を求める文書を送った。

 朝日新聞社広報部は「5日付朝日新聞の特集『慰安婦問題を考える:上』で報じた通り、慰安婦問題を報じた記事に朝日新聞記者による捏造は一切ありません」としている。

朝日新聞社、FLASHに抗議文「捏造は一切ない」
2014年8月6日 朝日新聞

下の画像を見れば分かるが、朝日新聞元記者=植村隆にかかわる記事は極めて小さな扱いである。
表紙でも、左下隅に

「捏造・偽装・改竄・詐欺…
あの「大ぼら吹き」野郎は今

という見出しの下に、複数の記事の一つとして書かれているに過ぎない。

ただ、タイトルは刺激的と言うか、十分に笑える。
曰く

「従軍慰安婦ねつ造」朝日新聞記者の“教授転身”がパー

誇り高き朝日新聞は、このタイトルにブチギレたのかも知れない(爆)

Flash

文字通り自業自得。
植村隆は、慰安婦記事の“ねつ造”で教授転身がパーになったのだ。

植村の早期退職・大学教授転身が報じられると、ネットは即座に反応した。
もちろん、当ブログも例外ではない。
当ブログの読者も、かなりの方が神戸松陰女子学院大学に抗議のメールを送信したようだ。
で、その後しばらくして、当大学はHPで次のような発表をした。

神戸松蔭女子学院大学

教員人事に関するお問い合わせについて

一般公募人事により採用予定(2014年4月採用)であった植村隆氏との雇用契約は、 2014年3月7日付で解消されました。植村隆氏が、本学に着任することはありません。

今回、FLASHとともに朝日新聞から「謝罪と訂正の記事掲載」を求められた週刊文春によれば、植村が非常勤講師を務める大学の学長は次のように語っている。

「誤りがあったかも知れませんがそれは彼の長い記者人生のなかでごく一部のこと。それだけで彼を評価するのはどうかと思います」
 いわゆる従軍慰安婦問題の“火付け役”となった元朝日新聞記者の植村隆氏を非常勤講師として迎え入れた札幌市内の大学の学長はそう庇ってみせた。

そして、文春は続ける。

~一部抜粋~

植村氏といえば、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦がソウル市内に生存していることがわかったとする記事を書き、慰安婦問題の先鞭をつけた記者である。いまではこの記事に捏造と言えるほどの重大な誤りがあることが明らかになっているが、当時はこの記事をきっかけに韓国世論が沸騰し、日本政府はいわゆる河野談話を発表。強制連行を認めたとの印象を世界中に与える事態を招いてしまった。

慰安婦火付け役 朝日新聞記者はお嬢様女子大クビで北の大地へ
2014年8月14日・21日 夏の特大号

朝日新聞によると、この記事も、「謝罪と訂正の記事掲載を求める」対象になるのだと言う。
事実関係を多少なりとも学んだ方なら、週刊文春の記事のどこが「謝罪と訂正」の対象になるのか理解不能だろう。
事実をありのままに書かれたからと言って、なぜ「謝罪と訂正の記事掲載を求める」―になるのだ。
「謝罪と訂正」が必要なのは、朝日新聞!オマエだろう!!!

週刊文春によると

2月6日号の取材では、植村氏は職場の朝日新聞函館支局を訪ねた小誌記者から走って逃げるばかりで、自らの記事について何ら説明することもなかった

そうだ。

無責任、インチキ、まさに日刊デマ新聞=朝日新聞の記者の典型である。

それにしても、植村が書いた記事を“捏造”と指摘されて、逆ギレする朝日新聞って何なのだ!

この新聞は自己検証ができない。
言い逃れと開き直り。
あとは責任転嫁。

もう廃刊するしかない!

植村隆が勤めている大学↓
北星学園大学
〒004-8631 北海道札幌市厚別区大谷地西2-3-1
TEL:011-891-2731
お問い合わせ
https://www.hokusei.ac.jp/tagblocks_form/input.php?form_no=0000000003

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2014/08/06

下衆の嫉妬に殺されたノーベル賞候補

理化学研究所の笹井芳樹副センター長が自ら命を絶った。
私は、これを殺人だと思う。
下衆の嫉妬、これが再生医学の分野で世界的な注目を集める研究者を死に追いやった。

不正はまだまだある。
もっと暴け!
STAP細胞の検証実験より処分が先だ。
早く処分しろ!
理研の対応は生ぬるい。

学会の先輩たち。
理研の同僚たち。
評論家。
そしてメディア。
笹井芳樹氏よりずっと質の落ちる下衆が、口を極めて彼を非難していた。

理事長の野依良治!
「驚愕しております」?
今さら何だ!
どの面下げて「世界の科学界にとってかけがえのない科学者を失ったことは痛惜の念に堪えません」と言うのだ!

オマエが守らなかったから、テメエが自己保身に走ったから笹井芳樹は死んだのだ!

私は、強い憤怒の念を抑えることができない!

Sasai

ご冥福を心からお祈り申し上げる。
下衆たちは、あなたよりもっと苦しみ、きっと地獄に落ちるに違いない。

安らかに...お休みください。

「科学にとって真の悲劇であり、研究コミュニティーにとっては大きな損失だ」
「優れた科学者で、幹細胞や発生生物学における多くの領域を切り開く仕事をし、並外れた業績を残した」
英ネイチャー誌

NHK 俺は許さないぞ!

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2014/08/05

速報!記事を取り消します。慰安婦強制連行で朝日新聞

朝日新聞は、1980~90年代、ペテン師=吉田清治のデマゴギーを大々的に報じてきた。
これが、今日に至る「慰安婦問題」の根源になった。
記事の初掲載は1982年9月2日で、それ以降、朝日新聞自身が「確認できただけで16回」も「デマ」を「真実」として報じてきた。

「慰安婦問題」とは、「日本軍がうら若き朝鮮女性を拉致し、戦場に強制連行した」という虚偽、もしくはフィクションに基づく誹謗中傷である。
この誹謗中傷を、日本を代表する新聞メディアの一つである朝日新聞が繰り返し報じたために、我が日本国は、「女性を戦場に性奴隷として連行した」という汚名を浴びせられてきた。
そこでは事実関係の検証は一切無視され、あろうことか政府高官(河野洋平や加藤紘一)までもが、そのデマを追認してきた。

が、時代は変わった。
ネットが発展、普及し、吉田清治と朝日新聞が共謀したデマが暴かれ、大々的に糾弾されるようになった。
吉田清治も1996年の時点でウソを認めている。

まあ、本に真実を書いても何の利益もない。関係者に迷惑をかけてはまずいから、カムフラージュした部分もある。事実を隠し、自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやることじゃありませんか。チグハグな部分があってもしようがない。

週刊新潮 1996年5月2日/9日号

が、朝日新聞は自らの記事を訂正せず、次のように報じただけだった。

「(吉田の)著述を裏付ける証言は出ておらず、真偽は確認できない」

1997年3月31日 朝日新聞

Yoshida

ところが、である。
今日(5日)付けの朝日新聞DIGITALでは、ついに、吉田清治にかかわる記事について「取り消します」と書いた。

吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。

恐らく、朝日新聞はネットによる糾弾をかわせなくなったのだ。
大幅な部数減や新卒者の応募減に危機感を募らせたのだ。

以下は、朝日新聞DIGITALからの引用である。

 〈疑問〉日本の植民地だった朝鮮で戦争中、慰安婦にするため女性を暴力を使って無理やり連れ出したと著書や集会で証言した男性がいました。朝日新聞は80年代から90年代初めに記事で男性を取り上げましたが、証言は虚偽という指摘があります。

-------------------------------------------------------

 男性は吉田清治氏。著書などでは日雇い者らを統制する組織である山口県労務報国会下関支部で動員部長をしていたと語っていた。

 朝日新聞は吉田氏について確認できただけで16回、記事にした。初掲載は82年9月2日の大阪本社版朝刊社会面。大阪市内での講演内容として「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」と報じた。執筆した大阪社会部の記者(66)は「講演での話の内容は具体的かつ詳細で全く疑わなかった」と話す。

 90年代初め、他の新聞社も集会などで証言する吉田氏を記事で取り上げていた。

 92年4月30日、産経新聞は朝刊で、秦郁彦氏による済州島での調査結果を元に証言に疑問を投げかける記事を掲載。週刊誌も「『創作』の疑い」と報じ始めた。

 東京社会部の記者(53)は産経新聞の記事の掲載直後、デスクの指示で吉田氏に会い、裏付けのための関係者の紹介やデータ提供を要請したが拒まれたという。

 97年3月31日の特集記事のための取材の際、吉田氏は東京社会部記者(57)との面会を拒否。虚偽ではないかという報道があることを電話で問うと「体験をそのまま書いた」と答えた。済州島でも取材し裏付けは得られなかったが、吉田氏の証言が虚偽だという確証がなかったため、「真偽は確認できない」と表記した。その後、朝日新聞は吉田氏を取り上げていない。

 しかし、自民党の安倍晋三総裁が2012年11月の日本記者クラブ主催の党首討論会で「朝日新聞の誤報による吉田清治という詐欺師のような男がつくった本がまるで事実かのように日本中に伝わって問題が大きくなった」と発言。一部の新聞や雑誌が朝日新聞批判を繰り返している。

 今年4~5月、済州島内で70代後半~90代の計約40人に話を聞いたが、強制連行したという吉田氏の記述を裏付ける証言は得られなかった。

 干し魚の製造工場から数十人の女性を連れ去ったとされる北西部の町。魚を扱う工場は村で一つしかなく、経営に携わった地元男性(故人)の息子は「作っていたのは缶詰のみ。父から女性従業員が連れ去られたという話は聞いたことがない」と語った。「かやぶき」と記された工場の屋根は、韓国の当時の水産事業を研究する立命館大の河原典史教授(歴史地理学)が入手した当時の様子を記録した映像資料によると、トタンぶきとかわらぶきだった。

 93年6月に、吉田氏の著書をもとに済州島を調べたという韓国挺身隊研究所元研究員の姜貞淑(カンジョンスク)さんは「数カ所でそれぞれ数人の老人から話を聞いたが、記述にあるような証言は出なかった」と語った。

 吉田氏は著書で、43年5月に西部軍の動員命令で済州島に行き、その命令書の中身を記したものが妻(故人)の日記に残っていると書いていた。しかし、今回、吉田氏の長男(64)に取材したところ、妻は日記をつけていなかったことがわかった。吉田氏は00年7月に死去したという。

 吉田氏は93年5月、吉見義明・中央大教授らと面会した際、「(強制連行した)日時や場所を変えた場合もある」と説明した上、動員命令書を写した日記の提示も拒んだといい、吉見氏は「証言としては使えないと確認するしかなかった」と指摘している=注①。

 戦時中の朝鮮半島の動員に詳しい外村大・東京大准教授は、吉田氏が所属していたという労務報国会は厚生省と内務省の指示で作られた組織だとし、「指揮系統からして軍が動員命令を出すことも、職員が直接朝鮮に出向くことも考えづらい」と話す。

 吉田氏はまた、強制連行したとする43年5月当時、済州島は「陸軍部隊本部」が「軍政を敷いていた」と説明していた。この点について、永井和・京都大教授(日本近現代史)は旧陸軍の資料から、済州島に陸軍の大部隊が集結するのは45年4月以降だと指摘。「記述内容は事実とは考えられない」と話した。

■読者のみなさまへ

 吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました。

「済州島で連行」証言 裏付け得られず虚偽と判断

2014年8月5日 朝日新聞

ここまで読んだ皆さんは、「やっと朝日も虚偽と認めたか!」と思ったことだろう。
中には、あの朝日が...
と感慨深く感じられた方もおられたかもしれない。
が、やっぱり朝日。
反省など微塵もないのだ。

以下は、上記記事の前段に書かれた記事からの抜粋である。

 朝鮮など各地で慰安婦がどのように集められたかについては、今後も研究を続ける必要がある。だが、問題の本質は、軍の関与がなければ成立しなかった慰安所で女性が自由を奪われ、尊厳が傷つけられたことにある。

 これまで慰安婦問題を報じてきた朝日新聞の問題意識は、今も変わっていない。

■読者のみなさまへ

 日本の植民地だった朝鮮や台湾では、軍の意向を受けた業者が「良い仕事がある」などとだまして多くの女性を集めることができ、軍などが組織的に人さらいのように連行した資料は見つかっていません。一方、インドネシアなど日本軍の占領下にあった地域では、軍が現地の女性を無理やり連行したことを示す資料が確認されています。共通するのは、女性たちが本人の意に反して慰安婦にされる強制性があったことです。

強制連行 自由を奪われた強制性あった

2014年8月5日 朝日新聞

明らかに論点をすり替えている。
朝日新聞の問題意識は、「日本軍による朝鮮女性の強制連行」であって、「慰安所で女性が自由を奪われ、尊厳が傷つけられたこと」ではなかった。
今に至って
「女性たちが本人の意に反して慰安婦にされる強制性があった」
などと言うのは詭弁であり、自らの犯罪性の隠ぺいにすぎない。

しかも、だ!
あの植村隆の記事を次のように擁護している。

Uemura

 〈疑問〉元朝日新聞記者の植村隆氏は、元慰安婦の証言を韓国メディアよりも早く報じました。これに対し、元慰安婦の裁判を支援する韓国人の義母との関係を利用して記事を作り、都合の悪い事実を意図的に隠したのではないかとの指摘があります。

~中略~

■読者のみなさまへ

 植村氏の記事には、意図的な事実のねじ曲げなどはありません。91年8月の記事の取材のきっかけは、当時のソウル支局長からの情報提供でした。義母との縁戚関係を利用して特別な情報を得たことはありませんでした。

「元慰安婦 初の証言」 記事に事実のねじ曲げない

2014年8月5日 朝日新聞

上の記事タイトルからリンクを辿っていただければ解るが、この書き方も極めて姑息である。
「意図的な事実のねじ曲げなどはありません」
と書いているが、
「元慰安婦がキーセン(妓生)学校に通っていたことを隠し、人身売買であるのに強制連行されたように書いた」
のは間違いない。

ウソがばれて追い込まれ、それを認めざるを得なくなったから吉田清治だけを悪者にし、自らの虚偽報道には粉飾を施して言い逃れようとする。
朝日新聞は、本当にクソのような新聞である。

「自由を奪われた強制性あった」(爆)
このどこが「日本軍による強制連行」なのだ!

日刊デマ新聞 朝日新聞は廃刊せよ!

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【追記】
朝日新聞自身は、
吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します―
と書いた理由を次のように説明しています。

慰安婦問題が政治問題化する中で、安倍政権は河野談話の作成過程を検証し、報告書を6月に発表しました。一部の論壇やネット上には、「慰安婦問題は朝日新聞の捏造(ねつぞう)だ」といういわれなき批判が起きています。しかも、元慰安婦の記事を書いた元朝日新聞記者が名指しで中傷される事態になっています。読者の皆様からは「本当か」「なぜ反論しない」と問い合わせが寄せられるようになりました。

慰安婦問題の本質 直視を

やっぱり世論の批判に耐えきれなくなった(爆)


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