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2015/04/13

天皇皇后両陛下のペリリュー島戦没者慰霊に感謝・御礼

天皇皇后両陛下は9日、激戦地のペリリュー島で慰霊碑に花を供え、戦没者の霊を慰められました。

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ペリリューの戦い

1944年(昭和19年)9月15日から1944年11月25日にかけペリリュー島(現在のパラオ共和国)で行われた日本軍守備隊(守備隊長:中川州男陸軍大佐)とアメリカ軍(第1海兵師団長:ウィリアム・リュパータス海兵少将、第81歩兵師団長:ポール・ミュラー陸軍少将)の陸上戦闘をいう。

アメリカ軍は火炎放射器と手榴弾による攻撃に加え、ブルドーザーを使い入口を塞いだりもしたので、日本軍の洞窟陣地は次々と陥落され、更に食料や水もなくなり生き残った兵は極めて苦しい戦いを強いられた。
11月24日にはついに司令部陣地の兵力弾薬もほとんど底を突き、司令部は玉砕を決定。
地区隊長中川州男大佐(歩兵第2連隊長)は拳銃で自決。
村井権治郎少将(第14師団派遣参謀)、飯田義栄中佐(歩兵第15連隊第2大隊長)が割腹自決した後、玉砕を伝える「サクラサクラ」の電文が本土に送られ、翌朝にかけて根本甲子郎大尉を中心とした55名の残存兵力による「万歳突撃」が行われた。
こうして日本軍の組織的抵抗は終わり、11月27日、ついにアメリカ軍はペリリュー島の占領を果たすこととなる。
上陸開始から2ヵ月半が経過しての事であった。
この間、中川隊の異例の奮闘に対して昭和天皇から嘉賞11度、上級司令部から感状3度が与えられ、中川は死後に2階級特進し陸軍中将となった。
なお、戦闘終結後も生き残りの日本兵34人が洞窟を転々として生き延びており、終戦後の1947年4月22日に米軍へ投降した。
この生き残りの34人は「三十四会」(みとしかい)という戦友会を結成している。

日本軍
戦死者 10,695名
捕虜 202名
最後まで戦って生き残った者34名

アメリカ軍
戦死者 1,794名
戦傷者 8,010名
※この他に精神に異常をきたした者が数千名いた。

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Peleliu

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元兵士「世の中に知られうれしい

ペリリュー島で最後まで戦って生き残った34人のうちの1人、福岡県の土田喜代一さん(95)は、両陛下の慰霊について「両陛下がペリリュー島に非常に関心を持たれているという、その気持ちが、いちばんうれしかったです。1万人近い戦友はびっくりしたんじゃないでしょうか。非常に喜んだと思いますし、私も、この日を忘れることはないだろうと思います」と述べました。そのうえで、「ペリリュー島のことは、これまで世の中に知られてこなかったと思いますが、両陛下の慰霊をきっかけに戦いの島であったと世の中に知らされ非常にうれしいです」と話していました。

遺族「両陛下に感謝と感激」

東京・三鷹市に住む能勢さたさん(87)は、ペリリュー島の戦闘で、4歳年上の兄、博之さんを亡くしました。70年たった今も遺骨は戻っておらず、能勢さんは、唯一残っている博之さんの写真を手に、テレビの中継で天皇皇后両陛下が、慰霊碑に花を供えられる様子を見守りました。能勢さんは、「一緒に慰霊に参加している気持ちになりました。両陛下がずっと慰霊のことを思ってくださっていたと聞いて感謝と感激でいっぱいの気持ちです。これで兄たち戦没者も報われるような気がします」と話していました。また、ペリリュー島の戦いで10歳年上の兄を亡くした鹿児島県霧島市の烏丸新二さん(82)は、両陛下が慰霊される様子を自宅のテレビで見守りました。烏丸さんは「天皇陛下は私と同じ年代で、体調を考えると大変ななか、慰霊してくださり、兄も草葉の陰で感激していると思います。ペリリュー島の戦いは、あまり知られてこなかったが、二度と戦争をしてはならないと改めて考えるきっかけにしてほしいし、遺骨の収集が進むことを願います」と話していました。

参照:両陛下 ペリリュー島で戦没者慰霊 4月9日 NHK

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誰だって平和を願っている。
戦争を好む者は、この日本国にはほとんどいないのであり、その者たちが多数派になることはありえない。
この国の民は、民族的特質を見れば、本来は平和を希求する人々なのだ。
変態左翼の「戦争をできる国にしようとしている」という非難はプロパガンダでしかない。
謂わば「難癖」である。
平和を守るためには、最低限度の安全保障の裏付けが必要なのだ。
その「最低限度の安全保障の裏付け」を憲法違反と非難し、「戦争への道」とわめく。
こういう輩に屈してはならない。
先の大戦で国のため、家族のために命を散らした先人たちに報いるためにも。

天皇皇后両陛下の御姿に接して、その思いをさらに強くした。


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コメント

大義有る戦争がキチンと出来た国が戦中以前の我が国ですよね。今のニホン国はどうでしょうかね、支那畜共が攻めても泣いて命乞いする輩ばかりじゃないでしょうか。従支那左翼らは泣いて喜ぶでしょうしね。

戦中以前の我が国>>>>>>>>>…>>>>今のニホン国。これが現実です。唯天皇・ご皇室の存在や我々の先人英霊の活躍奮闘こそが、我が国が東亜の政治三流四流国にも係わらず世界から一目置かれ続けている理由でもあると思います。現代日本国民はそのことを決して不断に忘却してはならないでしょう。我々は立派な先人達のご苦労・犠牲の上にアグラをかいているだけのどうしようもない国民なのだと(小生も含めての全体責任ですが)。

投稿: 素浪人 | 2015/04/13 22:49

このページ(2015/04/13
天皇皇后両陛下のペリリュー島戦没者慰霊に感謝・御礼)の2枚目の写真(天皇皇后両陛下が海に向かってお辞儀している写真)の著作権者もしくは、出典先を教えて頂けないでしょうか?権利関係をクリアして使用したいと考えております。
どうぞ宜しくお願い致します。

投稿: 花井ひろみ | 2015/06/08 14:12

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