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2015/10/20

戦艦大和は昭和の3バカではない。戦後の先取り

「宇宙戦艦ヤマト」ではありません。
我が日本の誇り「戦艦大和」です。
子供のころ、50年以上前かなあ......
プラモデルで再現し、感激と自慢の一品でした。
時代遅れの大艦巨砲主義とか、昭和の3バカとか、散々でしたが、時代錯誤ではなく戦後の先取りでした。

Yamato


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個人」カテゴリの記事

コメント

有名な話ですが、その後の石油タンカーのひな型となり、造船大国としての礎を築いたのが、この大和建造で培われた技術なんですよね。アニメのヤマトよろしく、飛行機や小型艇もすべて内部に格納できるようになっていたそうです。
さらに、なんとなんと機械式ではありますが、当時としては最新のコンピューターも搭載され、アイサイトならぬ測距儀と連動して百発百中の精度を極めんとしていたのです。
その心は、といえば、資源の少ない日本としては砲弾を一発たりとも無駄にしたくなかったから。
いまとなっては揶揄されてしまうことも多い46センチ砲も、敵よりも長い有効射程距離によって、自身が傷つくことなく、敵にダメージを与えたかったから。これとて、資源の少ない日本、一隻たりとも失いたくなかったから。
残念ながら、補給線を早々と断たれ、肝心のこの大和を動かす油が足りなくなってしまったために、稼働する機会が少なく、大和御殿などと言われてしまうことにもなりましたが……。

ただレイテでの謎の反転はかえすがえすも残念でならないと思うのですが……。いいものを持っていても、所詮道具は道具。よき使い手が持っていてこそ、なのですね。

投稿: おじゃま虫 | 2015/10/20 05:51

初めまして。
自分も若年の頃は「大和なんて時代遅れ」(ドヤ顔)で語っていた愚か者でした。

今は「大和と武蔵がああも悲惨な最期を遂げたのは、日本海軍がこの姉妹を使い潰す事(覚悟とかコストとか色々な意味で)が出来なかったからだ」と考えています。
同じような立ち位置にあったフッドをビスマルク追撃戦に投入する事に躊躇がなかった英海軍と比較すると、猶更そう感じるのです。

投稿: sion | 2015/10/20 09:00

当時は智恵と技の時代だったのですね。
現在の10式戦車は波打つ路面を走行しながら、砲身を目標に向け続ける制御をします。
前後左右にゆれる船の上から射撃をするには、これができなければどうにもなりません。
日露戦争の時代から軍艦は機械式でこれを行い、遠くの目標に着弾させている。
電子的な自動制御なしにこれを行うのがすごい。
高い位置で目視した情報を遠くに伝え、はるか末端で砲の向きを即座に同調させる。
動力は水圧ポンプ!を利用して、すでにそこまでの能力を実現させている。
機械式腕時計が精巧になり、職人の技能が向上していくような進歩があったと思います。
魚雷ですら、右舷に打ち込んだものがUターンして進路を横切って左舷方向の目標に命中するのです。
真空管の時代に大和ではすでにレーダー照準すら可能だったようです。
現在の生活に必要な基本技術はほとんどここにあったのではないでしょうか。
砲弾に小型核を装てんすれば、電子妨害に耐え、現在でも強力な武器。
まだ貧しく、下駄を履き和服を着ていた時代に、日本はそんなすごいものを作れた国なのです。

投稿: ポッと出 | 2015/10/20 16:17

「思想」が全く違う、つまり帝国海軍のような艦隊決戦でなく…孤艦(or 僚艦と2隻)で通商破壊に従事する、孤独なドイツ戦闘艦の生涯に(僕は)哀惜の念を覚えますね。

 Schlachtschiff Bismarck(戦艦 ビスマルク)
 http://www.youtube.com/watch?v=UKScoC7WigE

投稿: neo | 2015/10/20 19:44

惜しむらくは当初想定していたアウトレンジ戦法が採れなくなったことでしょうね。当時の技術では致し方無かったのでしょう。

投稿: 素浪人 | 2015/10/20 20:18

すみません、大和御殿ではなくって、武蔵御殿、大和ホテルでしたっけ。間違えました。

ちなみに、測距儀に使われたレンズなんかも、かのニコン製で後々のカメラ大国を暗示させるものだったとか。ほんと、言いだすときりがないです。

投稿: おじゃま虫 | 2015/10/20 21:36

>おじゃま虫さん

大和御殿ではなくて大和ホテルですね。

戦前には満鉄の経営する超高級ホテルのチェーンとしてヤマトホテルが有名でしたから。それに重ねて、「大和」を揶揄する意味があったのかもしれません。


ホテルといえば旧ホテル・ニューオータニ最上階の旋回式展望レストランを起動する技術は戦艦「大和」の主砲搭を旋回するそれの応用と聞いたことがあります。
一基3千トンの主砲搭を左右に向けて自在に動かす技術ですから、展望レストランを片方に旋回させることぐらい、何ほどのことやあらん!?

坂様の仰せの通り、戦後の日本の各所で「大和」は、なお生きていたのですね。

投稿: レッドバロン | 2015/10/20 22:50

日本が大艦巨砲主義だったってのは
戦後広がったデマですけどね。

投稿: | 2015/10/21 08:06

日本の大和、アメリカのアイオワ、ドイツのビスマルクが先の大戦での三大戦艦でしょうか。
実はこの三つの戦艦は、作った国の国民性というますか、兵器に対する思想のようなものが透けて見えます。
まず大和ですが、諸元をいろいろと比較すると、アイオワの方がやや勝っているのでないかとも思われますが、大和はとにかく大砲がでかいのです。つまり、打撃力を最大にするというのが、伝統的日本の考え方のようです。古来から倭軍の弓は強弓なのです。一撃で貫通することを目論んでいます。
アメリカのアイオワは、とにかく速いのです。そのエンジンを大和と比較するとバカでかいのです。とにかくエンジンを大きくして機動性を高めるのがアメリカ人の発想です。
ドイツのビスマルクは、防御力を最高にするように作られています。とにかくガチガチに防御力を高めるのが、ドイツの国民性です。そのビスマルクが、なんと飛行機から発射された軽量の魚雷1発で舵をこわされ、作戦不能になったのは、悲劇というより喜劇に近いものがあります。
各国の戦艦をみていると、国民性があるように思われます。

投稿: 縄文人 | 2015/10/21 17:48

そもそも艦隊決戦は当時の海軍では、スタンダードな考え方で、そこから帝国海軍は空母機動艦隊による打撃といういち早く新機軸的な戦術運用を導入したわけで。

アメリカ海軍ですら、戦争末期まで艦隊決戦で海戦はけりが付くと唱えていた上層部連中がいるレベルですからね。

それにしても、当時の戦艦としては世界最強の戦艦を作った当事国が、新戦術を実行した結果、戦艦より空母が使い物になることを証明してしまったのはなんとも皮肉的な話でありますね。

投稿: D | 2015/10/29 23:55

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