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2016/05/08

早く絶滅種になってほしい生きている化石=日本の左翼

私は、以前にも書きましたが、カール・マルクスの思想がすべて間違っているとは思っていません。
資本論は、資本主義の本質を理解する上でこの上ない教科書です。
また、マルクスが青年期に書いた経済学哲学手稿を読むと、人間にとって「生きる」とは何か?を考えさせられます。
私は、マルクスの誤りは、人間や社会や歴史を一面的に捉えすぎていたことにあると思います。
マルクスが考察した以上に人間も社会も歴史も複雑すぎた、そう思っています。

考えてみれば、マルクスの時代には、世界は欧州と北米しかないわけです。
アフリカは未開の地だし、中東やアジアは未知の世界、中南米は植民地から独立したばかり。
つまり、資本主義が発達し、知識人が啓蒙思想に感化されていたキリスト教世界がマルクスにとっての世界だったのです。
まあ、それも仕方のないことでしょう。
当時の資本主義国家は、欧州と北米にしか存在しなかったのですから。
要するにマルクスの共産主義思想は、欧州と北米、資本主義とキリスト教世界を前提にして生まれたのです。
だから、人間や社会や歴史の理解が一面的になり、その社会変革の方法論(革命論)は極めて偏ったものになったのです。

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実際、マルクスが考えていた社会主義革命が欧州の後進国(正教国)ロシアで起こり、その後、中国やベトナムなどのアジアの最貧国に拡大していったことは、彼にとっては想定外のことだったでしょう。
なぜなら、社会主義革命は、発展した資本主義社会の矛盾が深刻化して、その矛盾の相克が生み出す必然だったからです。
つまり、上部構造である国家(=体制)が下部構造である経済(=社会)の矛盾に耐え切れなくなり革命が起こる、これがマルクスの想定した歴史の法則でした。

マルクスが唱えた弁証法的唯物論、これも興味深いですね。
マルクスは、ヘーゲルの弁証法的観念論から弁証法を学びました。
弁証法というのは、社会の矛盾の相克が止揚され、質的により高次なものへと発展していくという理論です。
ただ、観念論というのは、神が存在していて神の観念の中で物が作られたという考えです。
つまり観念論者は、宗教的世界観を基に人間を理解しようとしているのです。
これに対しマルクスは、フォイエルバッハから唯物論を学びました。
唯物論者は、物質から生命が誕生し、それが人間となって観念が生まれたというように考えます。
要するにマルクスは、ヘーゲルの弁証法とフォイエルバッハの唯物論を批判的に統合し、まず物質から生命が誕生し、そして観念を持つ人間が生まれたと認識したのです。
そして、人間社会では、そこに存在する(生産力と生産関係の)矛盾の相克が変革を促進し、それによって社会が進歩・発展していくと考えたのです。
これが、私なりに理解している弁証法的唯物論です。

私は無神論者ですから、その点はマルクスに近いです。
ただし、お盆はお墓の前で南無阿弥陀仏と唱えますし、お正月は神社で1年の平穏無事を祈ります。

Karl_marx

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ところで、人間も社会も世界も、マルクスの時代からコペルニクス的に変化しました。
弁証法的唯物論を極めて俗っぽく表現すれば、「世の中変わっているんだよ~人の心も変わるのさ~」という日吉ミミの歌になります。
(俺も古いなぁ~爆)
マルクスに従えば、人間の社会的存在がその意識を規定します。
だから皆が豊かになり、世の中が変わるとともに人間の意識も変わったのです。
少なくとも我が日本においてはそうなりました。

あなたの周りに飢えに苦しんでいる人がいますか?
住む家がなく戦中の防空壕に住んでいる人がいますか?
電気がない家庭がありますか?
私が幼いころ(1950年代)は、まだそういう状況が現存していました。
が、今は日本人のほとんどが、食うに困らず、住むに困らず、着るに困らず、たまには贅沢もできる、という状態にあります。

まあ、贅沢にも程度の差はあります。
バブルのころの私の贅沢は、銀座の並木通りや六本木の芋洗坂にある高級クラブで痛飲し、毎週ゴルフに行くことでした。
今は、それぞれの記念日に家族そろって銀座天一でてんぷらを食べる、そのくらいですかね。
ゴルフ?
これは、カネと体調がそれを許してくれません。
でも幸せですよ、収入に合わせて人の生活は変わる、それが当たり前と心得ていますから。

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でも、思うに、マルクスが唱えた弁証法的唯物論に最もそぐわないのは、彼を信仰している左翼ですね。
世の中変わっているのに、まるで化石みたいにマルクス主義を奉じている。
マルクスは、主義(ism)になった時点で自分の思想とは無縁だと言っているのに、彼らは主義者(ist)のままでいる、未だに。
いや、これもマルクスからすれば想定外でしょう。

19世紀の思想を未だに信奉しているなんて異常以外の何ものでもありません。
それが哲学ならまだしも、政治において実践しようなんて、もうキチガイ沙汰です。
マルクス主義は科学?
それを認めたとしても、実験上は失敗が証明されている。
にもかかわらず、インターナショナルやワルシャワ労働歌を歌いながらデモを繰り広げる人たちがいる。
この国はほんとうに幸せです。

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マルクスが今生きていたら、“革命”なんて叫ばないと思いますよ。
おそらく、西欧型の社民主義者でしょう。
社会改良派、つまり国家の存在や資本主義を前提とした平等志向です。
にもかかわらず、社民主義を名乗る日本の社民党は、今でも軍隊(自衛隊)敵視、大企業敵視、挙句に地球市民などとほざいています。

“生きている化石”=日本の左翼が、絶滅危惧種から絶滅種に移行することを願ってやみません。


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左翼&共産主義」カテゴリの記事

コメント

時に制約される事は万人逃れる事は出来ません。
マルクスもそういうことでは時代の制約の上での存在でしょう。
ただし、あの時代のひとつの扉を開けた先駆者とも言えるでしょうし、或いは後に世界中の大虐殺を巻き起こした大悪魔とも言えるでしょう。

だからそれはそれで過去の歴史的流れというものでしょう。
今マルクスが存在したら、資本主義と共産主義のアウフヘーベンをどう思考するのか。
結局修正資本主義という結論ではないかと思います。

ところで日本の現代的問題はいまだにマルクスの亡霊を拝む集団が存在し、一定の存在感を示しているということではないかと思います。
それが中核と成って目の前のちょっとした社会の歪などを疑似餌として抵抗力の無い若年層の取り込みという再生産活動をしているのではないかと考えるわけです。

その中核からSEALDsなどに至る濃淡、希薄化したグラデーションが日本の左翼の今の構造ではないかと思います。
完全絶滅の可否は分かりませんが、影響力を限りなく縮小させるには一つはどう若者の覚醒が鍵のように思います。

投稿: Pin | 2016/05/08 18:06

連投失礼いたします。

>今は日本人のほとんどが、食うに困らず、住むに困らず、着るに困らず、たまには贅沢もできる、という状態にあります。

「財政は火の車」のはずの共産党は、不破哲三氏は一線を退いた後も「赤い貴族」だと言われています。

生活に何一つ不自由していないように見える人たちが、「反ブラック企業」や「反貧困」、「反派遣法改悪」のデモに出ているところを良く見かけます。
村野瀬玲奈氏のブログでもこれらの話題を良く見ますが、実際に被害に遭ったのならまだしも、そうでないならうわべだけのものでしかないと思います。

実際、「反原発」や「反戦争法案」のデモを見ていても、「派遣法改悪反対」や「JAL不当解雇反対」などと全く無関係の主張のプラカードを見かけることがあります。
沖縄で「反基地運動」をしている人たちも、実際は他県の人たちとも言われています。
要は、運動やデモそれ自体を「生き甲斐」「趣味」をしている人たちではないかと思います。

>にもかかわらず、社民主義を名乗る日本の社民党は、今でも軍隊(自衛隊)敵視、大企業敵視、挙句に地球市民などとほざいています。

自衛隊は今回の熊本の大地震でも、被災地の救済・復興に大きく貢献しています。
「消費税増税は大企業減税の裏返し」と良く騒がれますが、そう批判している彼らもモノやサービスで大企業の恩恵を被っています。
要は、今の日本と自分たちの幸福が何によって成り立っているかに思いを寄せずに、ただ不平不満だけを言っていると思います。

先程申し漏れたことですが、朝日やNHK、東京新聞などが「SEALDs」などその手の団体を最大限に持ち上げ、彼らの「寝言」を正当化していることも、「SEALDs」などその手の団体を増長させる原因だと思います。

投稿: 成田あいる | 2016/05/08 20:48

ぱよちんブサヨ(日本の左翼)の大好物は偽善。
コイツらが「善」と思い込み、追求する理想社会は幻に過ぎない。
つまり、集会にしろ、デモにしろ、その言動は現実逃避の表れだ。
偽善を語り合い、偽善に浸ることで自己満足を得る。
マルキシズムは偽善の経典であり、
日本のマルキストは集団催眠状態のぱよちんブサヨとしてしか生き残れない。

投稿: やす | 2016/05/09 12:31

このところ坂様が連日のようにかなり長文のエントリを上程されています。内容が濃く、あれこれ考えているうちにコメントが追いつかないで、こちらは嬉しい悲鳴を上げています。(笑)

それで一点だけ。お盆の際に先祖の墓の前で南無阿弥陀仏を唱え、新年に神社に詣で、靖国神社を拝礼する人を普通は「無神論者」とはいいませんですよ。(笑)
そもそも神道でいう「神」とは、目に見えない精神的な存在、霊的な存在をすべてそのように呼んだのです。哲学化された仏教はある意味では無神論に近いかもしれませんが。

西洋化された私たちは、日本人が古来から持っていたよりも、より西洋的・キリスト教的な神概念に近くなっているのではないでしょうか。その右代表が坂様の認識なのかも?

最初に日本にやって来たカトリックの宣教師たちは、日本の「神」概念を否定したがゆえに、「神」という言葉を避けて用いませんでした。最初は「大日」と呼んでいたらしいですが、仏教の仲間だと誤解されることに気がついて、以来Godはデウス、地獄はインヘルノなどそのままの単語をカタカナで使用しました。

もっとも、このデウスという言葉にも問題があります。もともとこのラテン語はギリシャ語でいうゼウス=オリンポスの神々のトップのことでしたので、これも本来は多神教的な概念ですね。ヨーロッパにキリスト教を拡げるに当たって、宣教師たちが謂わばギリシャ・ローマ世界の主神の権威を利用、悪く言えば、剽窃したわけです。やがてローマの多神教は廃絶してしまうので、苦情を言う人間もいなくなりましたが。

明治になって入ってきたアメリカ系の漢訳聖書がGodを「神」と訳したので、その後は主なるキリストが「神」とされたわけですが、致命的な誤訳です。キリスト教の為にもなりません。以来、日本でキリスト教は八百万の神の一つに成り下がった?と言うべきでしょう。アメリカ人プロテスタントの宣教師たちの教養よりも、戦国時代のカトリック宣教師たちのそれの方がはるかにマシでした。

そんなわけで、私たちは人口の1%もいないキリスト教徒に、「神」なる言葉=概念をくれてやる必要はないと思います。転びバテレンさん、すみません。

西洋のマルクス主義はまず一神教的な世界観を前提としています。共産主義者になることは、神の造りたもうた世界と秩序を否定することですからね。死の影の谷を一人歩む時も、神の救済をけっして求めない!西洋の人間にとっては大変なことです。

日本版左翼はもともと西洋の共産主義者たちと、根本的に成り立ちが違うのではないでしょうか?

投稿: レッドバロン | 2016/05/12 16:28

内容論議は別として、
ここのコメントは、「ごっつい」ですね。
重量感があります。

とりあえずの第三者的感想をお許しください。

ここでコメントを書かせてもらうとき、気合いが入ります。

投稿: EThos | 2016/05/12 22:06

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