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2016/06/04

「上を向いて歩こう」に激怒した永六輔さんの異常


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誰もが知っている歌に思いがけない秘話(裏話)がある。
今日はそういう話題を書きましょう。
きっと「えっ!そうだったの?」と皆が思うはずです。

「上を向「上を向いて歩こう」
ご存知の方も多いと思います。
そう、坂本九さんが歌った歴史に残る名曲です。
この歌、米国や欧州でも大ヒットしましたが、外国人はこの歌をスキヤキ(SUKIYAKI)と呼びます。
その理由は、この歌を気に入ったイギリスのレコード会社社長が「SUKIYAKI」と「SAYONARA」ぐらいしか日本語を知らなかったためと言われています。
その他、諸説ありますが、どれもほんとうのような気がします。

日本国内でレコードが発売されたのは1961年10月。
その後、11月から翌年1月までの3か月間にわたりレコード売上第1位を独走します。
当時の私は小学4年生でしたが、この歌をNHKのテレビ番組「夢であいましょう」で初めて聴いた時、すごく新鮮に感じました。
何しろ当時は歌謡曲全盛の時代。
そんな中、それまで聴いたことのないモダンで洗練された(と思えた)歌に触れ、その場で好きになりました。

この歌、米ビルボード(Billboard)誌で1963年6月15日に週間ランキング第1位を獲得。
ビルボード誌1963年年間ランキングでは第10位を記録しています。
この事実は日本人の多くをびっくりさせました。
当時、英語の歌が日本でヒットするのは既に当たり前になっていました。
が、逆に日本語の歌が米国でヒットするなんて無理、ましてや第1位になるなどありえない、と皆がそう思っていたからです。

実は、私も長い間、なぜこの歌が米国や欧州で大ヒットしたのかが解りませんでした。
しかし、長じて後、ブルースやR&Bを聴くようになってからその理由が理解できました。
この歌、R&Bなどのブラックミュージックが隠し味になっているんですね。
そして、坂本九さん自身もプレスリーやバディ・ホリーが好きだったからそれ風の歌い方になっている。
だから日本語が解らない米国人や欧州人にも受けたわけです。

下に貼りつけてあるベン・E・キングさんの歌を聴いてください。
それが実によく解ります。
なお、ベン・E・キングさんは、東日本大震災の悲報に強く胸を痛め、日本の人々を元気づけたいという思いを込めて「Dear Japan, 上を向いて歩こう」を制作したのだそうです。

この歌の隠し味がR&Bなどのブラックミュージックなのは、作曲がジャズピアニストの中村八大さんによるものだからです。
中村八大さんは戦後、ドラマーのジョージ川口さん率いるジャズカルテット「ビッグ4」のメンバーとして高い人気を得ていました。

作詞は永六輔さん。
で、永六輔さん、坂本九さんの歌い方が気に食わなくて、「何だその歌い方は!」と怒鳴りつけたそうです。
なぜ永六輔さんは坂本九さんの歌い方が気に食わなかったのか?
なぜ怒鳴りつけるほど激怒したのか?
その理由は後で書きます。
その前に坂本九さんの歌を聴いてください。
彼の透明感あふれる優しい声に癒されるはずです。

上を向いて 歩こう
涙が こぼれないように
思い出す 春の日
一人ぼっちの 夜

上を向いて 歩こう
にじんだ 星をかぞえて
思い出す 夏の日
一人ぼっちの 夜

幸せは 雲の上に
幸せは 空の上に

上を向いて 歩こう
涙が こぼれないように
泣きながら 歩く
一人ぼっちの 夜

口笛・・・・・・

思い出す 秋の日
一人ぼっちの 夜

悲しみは 星のかげに
悲しみは 月のかげに

上を向いて 歩こう
涙が こぼれないように
泣きながら 歩く
一人ぼっちの 夜
一人ぼっちの 夜

------------------------------------------------------------------

さて、ここからが今日のエントリの本旨です。
「上を向いて歩こう」を作詞した永六輔さんが去年、ラジオで語っていました。
確かニッポン放送(or TBS?)だったと思います。
夜、車を運転していた時でした。

彼は御年79歳です。
で、その彼が熱く語る、と言うよりまくし立てているわけです。
「上を向いて歩こう」は、60年安保闘争に敗北して帰途に就いた時の心情を書いた歌だと。
で、「坂本九がふざけた歌い方をするので怒鳴りつけた」と…
何がふざけていたかと言うと、「ウエヲムーイテ」が「ウヘホムフイテ」に聞こえたからだそうです。

永六輔さんにすれば、60年安保闘争に敗北した自分たちをバカにしていると感じたのでしょう。
レコードの発売が安保闘争直後の61年ですから、なおさらそういう気持ちになったのかもしれません。
ビックリしましたよ、「上を向いて歩こう」が60年安保がらみとはね、初めて知りました。
が、その時、それ以上に驚いたのは、80歳近くになっても当時の怒りを熱く語れるという点です。
引きずっている、と言えばよいのか、執念深い、という表現がピッタリなのか。
もう立派と言うしかありません。
こういう方は、生活が恵まれているせいなのか反省がないんですね。
左翼は、いや極左はカルトですから永遠です、いつまで経っても。

永六輔さんが60年安保闘争の闘士だったなど誰も知らないでしょう。
で、こういう輩がメディアで「反日」を発信する。
何しろ「上を向いて歩こう」の永六輔さんですから、そのおっしゃるところを大半の人は素直に受け止めますよね。
こういうのが危険なのです。

知識人には未だに「反日売国左翼」が多い。
彼らに対抗するには、私たちも勉強し、彼らに論理的、且つ実証的に反論していかなければならないと思います。


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【追記」
このエントリは2012/04/11の再掲です。

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コメント

初めまして。
いつも楽しく拝見させていただいております。
欧州の左翼と日本の左翼の違いは例えれば登山です。
同じ頂を目指すならば、右左のルート(方法、手段)は異なっても、山頂(自国の発展と自国民の幸福追求)は同じなので、時には妥協して、協力したりできますが、日本の左翼はルートどころか、そもそも登ろうとしている山が異なるので、協力自体が成立しないのだと思っています。

投稿: | 2016/06/05 03:48

その話は怪しいものです。記憶は自分に都合よく改変されますし、ましてあのトシでは改変されまくりでしょう。そもそも安保法案反対のために今さらながらの捏造とも考えられます。

投稿: 6.25バズーカ | 2016/06/19 00:50

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