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2016/06/23

先人に感謝!このすばらしい国を大事にしよう!


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私が、戦前の歴史を批判し、否定することは天に唾するようなものである、と書くのは、戦前の延長線上に今があるからです。
戦前と戦後は断絶しているわけではないのです。
にもかかわらず、敗戦により戦前の体制、戦前の価値観が否定されたから今がある、というような論調が多いし、そう思い込んでいる国民もたくさんいます。
私は、広島の原爆死没者慰霊碑の石室前面に刻まれた碑文にその典型を感じます。

Yasuraka                 「過ちは」の部分が破損された碑文

原爆死没者慰霊碑の石室前面には、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と刻まれています。
この碑文にある「過ち」を犯したのは誰か?
当時の浜井信三広島市長は、「主語は人類全体」と主張しています。
が、インド人法学者のラダ・ビノード・パール氏(極東国際軍事裁判の判事)は、慰霊碑を訪れた際、碑文の内容を聞いて、
「原爆を落としたのは日本人でないことは明瞭。落としたものの手はまだ清められていない。この過ちとは、もしも前の戦争を指しているのなら、それも日本の責任ではない。その戦争の種は西洋諸国が東洋侵略のために起こしたものであることも明瞭である」
と、日本人が日本人に謝罪していると解釈し痛烈に非難しました。
これに対し、碑文を撰文・揮毫した雑賀忠義広島大学教授(当時)は
―「原爆投下は広島市民の過ちではない」とは世界市民に通じない言葉だ。そんなせせこましい立場に立つときは過ちを繰返さぬことは不可能になり、霊前でものを言う資格はない―
との抗議文をバール氏に送り付けました。
碑文を撰文・揮毫した当人が「原爆投下は広島市民の過ち」、つまり「日本国民の過ち」と強く自覚しているのですから、やはり主語は「日本国民」なのです。

戦後の左翼や「進歩的文化人」と呼ばれる人たち、あるいはメディアの精神に根強く刷り込まれているのが、この意識です。
戦前の体制や価値観が日本を破滅に追いやった、いわゆる「自虐史観」というヤツです。
だから彼らは戦前を否定的に捉え、事あるごとに非難する。
その代表的な例が靖国神社に対する攻撃であり、「A級戦犯」への糾弾でしょう。

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今の我が国は、平均寿命の長さ、失業率の低さ、国民皆保険、高い教育水準、治安の良さ、強い経済力、個人資産の大きさなど、世界のトップクラスに位置しています。
はたして、この「今」があるのは、「過去」が否定されたおかげでしょうか?
答えは「否」です。
維新以降の近代化と、近代化の過程で確立された勤勉で謙虚で自己犠牲を厭わない国民性こそが、戦後の急速な復興と新たな挑戦を可能にしたのです。

確かに戦前の我が国は、民主主義社会と呼ぶには不十分な面がたくさんありました。
女性に参政権はありませんでしたし、思想・良心の自由と、それに基づく言論・表現の自由も十分に保障されていたとは言いがたい。
が、それは時代的制約であって、それを今の目で「間違っていた」というのは、それこそ間違いです。
アメリカ独立革命は1783年、フランス大革命は1789年、欧米諸国の民主主義の歴史は、明治維新(1868年)より80年以上前に始まっているのです。
産業革命が始まったのも1760年代で、維新より100年前。
この80~100年もの差を、維新以降のわずかな期間で縮められるわけがありません。
逆に言えば、その差を早く縮めるために富国強兵を掲げ、思想や言論をある程度統制し、国家一丸となる体制を目指した、そう理解する方が正解だと思います。

しかも当時の欧州列強には、アジアやアフリカ、中東などに広大な植民地があり、米国には黒人という(実質的に)選挙権もない最下層の低賃金労働者が大量にいましたし、中南米という裏庭もありました。
つまり欧米の自由と民主主義は、アジアやアフリカ、中東などの植民地や人権の保障されていない黒人、あるいは後進的な中南米の犠牲の上に成り立っていたのです。
これに対し我が国には、資源や土地の豊富な植民地もなく、極東の限られた範囲の中に存在しながら欧米列強に対抗することを強いられていました。

確かに我が日本は欧米列強に敗北しました。
が、当時の状況を見れば、欧米列強(連合国)が「善」で我が国が「悪」だったと言い切れるでしょうか?
しかも、フランスは日本軍撤退(降伏)後のインドシナを、オランダはインドネシアを再侵略し、合わせて100万人以上を殺害しています。

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極東国際軍事裁判の首席検察官であった米国人、ジョセフ・キーナンは、冒頭陳述で日本の戦争行為を「文明に対する挑戦」と位置づけ、「この裁判の原告は文明である」と大見得を切りました。
この「原告は文明である」という言葉に、彼らの独善と傲慢が如実に示されています。
これに対して、後に処刑された松井石根陸軍大将は、
―アジア、アラブ、アフリカを侵略し、植民地化した西欧帝国主義の戦争と、我々日本が戦った日清、日露戦争をはじめとする大東亜戦争は、同じ戦争といっても本質的に違う。欧米の侵略戦争は「文明に添った」戦争で、日本の戦った戦争は「文明への反逆」であるとでも言うのか―
と強く反駁します。

私は、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」という言葉に同調する人たちに、キーナンと同じ価値観を感じます。
つまり、当時の我が国は非文明国であり、我が国が行った戦争は「文明に対する挑戦」と位置付けているのです。
が、私は松井大将の「反駁」の方が正しいと確信します。

そもそも戦争に「良い戦争」と「悪い戦争」があるはずもなく、戦争は戦争であり、それ自体は犯罪でも何でもありません。
それを、日本が行った先の戦争のみを「悪い戦争」として捉えるのは思考が歪んでいます。
戦争自体は「帝国主義列強間の市場争奪戦」であり、ある意味、歴史の必然でした。
どちらが良いとか悪いとかの問題ではありません。
実際、ドイツは、ナチスとナチスの行為については謝罪していますが、戦争そのものは謝罪していません。
その点、我が国は、戦争そのものを何度も謝罪しており、ここにも我が国特有の歴史観、戦争観の歪みが如実に表れています。

Iwane_matsui   「昭和の聖将」と呼ばれるほど軍規にうるさかった松井大将。南京事件の責任を問われ処刑。

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私が今日、こういうエントリを書いたのは、8月6日から15日にかけて、相変わらず先の戦争を「侵略戦争」と位置づけ、その行為が国民に塗炭の苦しみを与えた、という論調の報道が目立ったからです。
我が国の戦争は「侵略」だったかもしれません。
が、そういう捉え方を肯定するなら、米英の行為もソ連の行為もまぎれもない「侵略」です。
朝鮮半島や満州を支配したことが非難されるなら、欧米列強の数百年にわたる植民地主義は極悪非道として断罪されなければなりません。

ここで言いたいのは、日本の戦前は肯定的に評価されるのが当たり前で、一部の指導者による政治的・戦略的判断の誤りを批判することとは別次元の問題だということです。

今の私たちが、食うに困らず、着るに困らず、住むに困らず、多少の贅沢ができるのは、戦前も含めた先人たちの汗と血と努力の賜物です。

感謝の気持を無くさないようにしたいものです。

参照:中國新聞・ヒロシマ平和メディアセンター  「ヒロシマの記録1952 11月」


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これは2011/08/19のエントリの内容に加筆し、一部を訂正したものです。

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コメント

原爆死没者慰霊碑「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」は浜井信三広島市長以後も解釈を、「主語は人類全体」としています。

その証拠は現在も以下の様に広島市が記していることからも明白です。
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1111632890024/index.html

少し前米国オバマ大統領が広島訪問をし、原爆死没者慰霊碑の前に立ったということでさもその「主語が人類全体」と後付けで証明されたかに思えますが、そもそもその碑文を考えた雑賀忠義広島大学教授の考えこそ全てであり、以後この碑はその精神で現在まで来ているというものです。
ここでも書かれていますが、それを総じて『自虐史観』というものです。

そこで ―「原爆投下は広島市民の過ちではない」とは世界市民に通じない言葉だ。そんなせせこましい立場に立つ時は過ちを繰返さぬことは不可能になり、霊前でものをいう資格はない―
のソースをもう少し細かく教えて頂きたいと思います。

この碑文は日本の今の日本の異常さを象徴した言葉です。
本来非難すべき相手を反れ、当時の日本政府、軍部への批判に終始する異常さはやはり占領軍の占領政策が巧妙であり、上手くいった結果という事だと思います。

しかし、もう71年経つのであり今改めて日本の歴史認識を日本なりに主張しようと米国が非論理的に無理押しするような時代とも思えません。
そうなると自主規制ではありありませんが、日本自らが自らを縛るという「自縛史観」でもあると思えます。

なにも特別な事を言うのではなく、出来るだけ事実に基づいた客観的な歴史認識を日本として打ち出すことが必要だと思います。
であるのですが、それを妨害する中心が米国ではなく、日本の変態左翼であるという日本です。


投稿: Pin | 2016/06/23 17:30

Pinさん
いつも貴重なご意見、ありがとうございます。
ソースは中國新聞・ヒロシマ平和メディアセンター
「ヒロシマの記録1952 11月」
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=26353
です。

1952/11/10
雑賀忠義広島大教授がパール判事に抗議文...~以下略~

投稿: 坂 眞 | 2016/06/23 19:24

ラダ・ビノード・パール
インド、極東国際軍事裁判判事・法学博士

要するに彼ら(欧米諸国)は日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって、自分らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の一七年間(昭和3~20年、東京裁判の審理期間)の一切を罪悪と烙印する事が目的であったにちがいない。

私は1928年から1945年までの一七年間の歴史を二年七ヶ月かかって調べた。この中には、おそらく日本人の知らなかった問題もある。それを私は判決文の中に綴った。
その私の歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということがわかるはずだ。
それなのに、あなた方は自分らの子弟に、「日本は犯罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」を教えている。満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。
日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流されていくのを私は平然として見過ごすわけにはゆかない。
あやまられた彼らの宣伝の欺瞞を払拭せよ。あやまられた歴史は書き変えなければならない。
(昭和二十七年十一月五日、広島高等裁判所での講演)

※パール博士は、日本に送られたような書状(ハル・ノート)を受け取れば、ルクセンブルグ公国やモナコ公国のような小国でも戦うことを選んだであろうというふうに仰ったんですよね。我々の国は白人国の植民地にはされませんでした。民族の威信と国を守る為に戦われた先人方を誇りに思います。

投稿: | 2016/06/23 19:44

ありがとうございます。
歴史認識に厚みが増します。

敗戦後の日本の復興に頑張った多くのリーダーは大正生まれの方々である。敗戦の悔しさを胸に何するものぞの気概があったのでしょう。
そのリーダたちが徐々にいなくなり戦後教育洗脳世代が多くなるにしたがい日本が揺らいできたかに思える。
日本の歴史を語れない戦後育ちではいかんともしがたい。
F・ルーズベルト大統領の前のフーバー大統領が書いた回顧録はF・ルーズベルトを痛烈に批判している(狂人だと)。
回顧録の版権を得ることができないようだが、「日米戦争を起こしたのは誰か」(加瀬英明、藤井厳喜、稲村公望、茂木弘道)(勉誠出版)は米国という国を知るうえで興味深い書でもある。
戦前戦後の、米国政府・GHQは容共であった。
“新しい歴史教科書をつくる会”は、ユネスコ記憶遺産に「通州事件他」を申請するとのこと。記者会見をしても報道は一切なく日本のマスコミ軍は「報道しない自由」を堅持している。

投稿: ルンビニー | 2016/06/23 22:36

特亜犬(自称NHK)の沖縄慰霊の日に関するニュースで現地の老人が『戦争はどんなことがあってもしてはいけない。唯の殺し合いなのだから』という趣旨の発言をしていました。この老人は家族の多くを沖縄戦で亡くしたという説明でした。

この老人の気持ちは分かります。唯、日本国民が望まなくても戦争はやって来るのです。それが大東亜戦争から先の大戦に至る全ての戦争であり、我々の先人はその犠牲者なのです。日本国民は明治以来、戦争など望んでいませんでしたが戦争を避けられませんでした。

今現在はどうでしょうか?支那は海洋侵略の一環として尖閣・沖縄を狙っています。これこそ、やって来つつある戦争でなくて何でありましょうか?

結論としては、今を生きる我々が為すべきは、高齢者の感情論をなだめつつ、現実を直視し外国による侵略を未然に防ぐことです。その為に核武装でも何でもすればいいのです。パヨクの作った広島の碑文などには何の益も無いどころか有害ですらあります。

投稿: 素浪人 | 2016/06/23 22:45

戦争を嫌悪する老人は
子供のころのひもじかったみじめな生活がトラウマになって
脳ミソに刷り込まれているからでしょう。
幼少期に体験した、いわゆる厭戦気分が
ぱよちんたちの煽りでぶり返しているのです。

このご時世で、自ら戦争したいと考える日本人は限りなくゼロに近いでしょう。今のそこそこ豊かな生活を簡単に手放したくないから。
しかし、その生活を脅かそうとする者が現れれば話は別です。
しかも、そいつは話が通じず、腕力で自らの言い分だけを押し通そうとする。
ドラえもんのジャンアンなんかよりもっと凶暴で卑劣な族なのだから、黙って引き下がるわけにはいかない。
トラウマを抱えた老人に同情したところで何の役にも立たないのは明白だ。

投稿: やす | 2016/06/24 10:29

本ブログを拝読し、平成28年6月20日 産経新聞 石原慎太郎氏「日本人よ 醜い日本語の憲法」が重なり合いました。

石原慎太郎氏は、この文中で恫喝しながら押しつけた現憲法なるものには、日本語を愛しそれをたつきの元にしている物書きの一人としては、氏が過去に受けた肉体的屈辱(戦に敗れた者として我慢がは出来たが)以上に我慢が出来ないと述べられております。

 下記にそのほんの一部を抜粋して記します。

石原氏が議員としての最後の予算委員会での質問の一部です。

<日本人の卓抜な感性とそれを踏まえた我々の文化と文明の高さを誇りとするなら、誰しもが今もう一度「平和憲法」なるものを読み返してみたらいい。
あの日本語として醜悪な前文なるものには文章の要ともなる助詞の誤りが数多くあるのに気づくだろう。
一例として【憲法の総合理念なるべき導き出す前文の中の一行「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」を引用し、この「信義に」の「に」なる助詞はどう見てもおかしい。人が誰かに金を貸す時「君に」信頼してとは言いはしまい。あくまで「君を」してだろう】>
と述べられております。


このように日本語として醜悪なる「現憲法」を崇め奉る、ノーベル文学賞を受賞し文化勲章を断った大作家と原爆死没者慰霊碑「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」を建てた人は同根なのでしょうね。


投稿: 道産子爺 | 2016/06/28 17:58

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