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2017/08/08

ハンナン牛肉偽装事件と同和利権


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このところ過去記事の再エントリが続いておりますがご容赦ください。
ただ、PV(ページヴュー)の多いもの、且つお読みいただくだけの価値がある(と判断した)ものに限定しているつもりです。
本日のエントリも、2010/07/24(7年前)の投稿にもかかわらず、直近2年間で13,219PVを獲得しているエントリです。
過去にお読みになった方も多いかと思いますが、タブー視されてきた同和利権に真正面から切り込んだもので、「大丈夫ですか?」と当時は心配されました。

以下、再掲です↓

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今日は、昨日のお約束どおり、同和利権の最大の闇「ハンナン牛肉偽装事件」について書きたいと思います。

牛肉偽装事件とは、2001年9月に国内で初のBSE感染牛が確認され、その対策事業の一環として行われた「国産牛肉買い取り事業」を悪用し、複数の食肉卸業者が輸入牛肉を国産牛肉と偽り補助金を詐取した事件です。
中でも、その規模及び額において群を抜いていたのがハンナンによる偽装=搾取です。
ハンナンによる不正は、2001年から2002年にかけて行われました。
ハンナンの社長・浅田満は、全国同和食肉事業協同組合連合会(全同食)、大阪府食肉事業協同組合連合会(府肉連)など、彼が幹部を務める組織を通じ、輸入肉など事業対象外の牛肉434トンを含む牛肉の買い上げや処分費用などを申請し、助成金約50億4000万円を不正に受け取ったのです。

浅田はハンナングループを統括し、事件の舞台となった全同食でも、すべての業務は浅田の指示のもとに行われ、浅田が利益を独占する状態にありました。
そのような立場にあった浅田は、行政側から得た情報で、肉は最終的には焼却されるとの確信を持ち、焼却すれば証拠が残らないことになるので偽装牛肉で利益を得ようと思い立ったのです。

浅田は、部下にたいして「時間がないから、とにかくどんな肉でも集めろ」と指示。
これをうけて輸入牛肉などの対象外肉がかき集められ、書類も偽装するなどの工作が進められました。
検察側によると、これらの牛肉偽装で浅田被告が得た実質利益は計13億円を超えています。

では、国から50億円以上を騙し取った浅田満とはどういう人物なのか?
彼は、事件の舞台となった全同食の専務理事で府肉連の副会長を務めていました。
「食肉の帝王」あるいは「食肉業界のドン」と呼ばれ、業界に絶大な影響力を及ぼしてきたと言われています。

彼の経歴を追ってみます。

1938年12月6日、大阪府羽曳野市に生まれる。
1947年、実父が食肉卸「浅田商店」を設立。
中学を中退し、家業に励む。
日本ハム会長(当時)の大社義規に取り入り、1964年、日本ハムの子会社「日本ミート」(現在の日本マトラス)の専務に就任。
1967年、浅田商店を(株)阪南畜産浅田商店に改組、取締役に就任。
1970年、部落解放同盟(解同)大阪府連向野支部副支部長に就任。
同年、解同大阪府連の指導と協力の下に大阪同和食肉事業協同組合を設立、専務理事に就任。
1971年、映画「橋のない川」第二部の上映に携わっていたとして、羽曳野市職労副委員長を襲撃。
1976年、全国同和食肉事業協同組合連合会を設立、専務理事に就任。
その後は食肉事業を全国に展開。
建設(浅田建設)や金融(昭栄興業)の分野にも進出。
弟たち(山口組系白神組元幹部と山口組系浅田会元組長)をこれらのグループ企業の社長に据える。
山口組の威光を利用して中部国際空港建設事業に絡む利権の半分を独占する。
浅田が実質的に率いる企業群は、今では食肉からレストラン、建設、不動産、ゴルフ場、金融、美術品販売、清掃、廃棄物処理など、60社を越えると推計されている。

ちなみに、現在のハンナン本体は次のとおりです。

ハンナン株式会社
売上高 単独:1247億1600万円(連結:1868億円)
従業員数 単独:104名(連結:1,300名)

ここまで読めば、浅田が「食肉の帝王」あるいは「食肉業界のドン」と呼ばれるまでに至った背景がよく解ると思います。
彼は解同と山口組という二つの闇権力をバックにしてのし上がってきたのです。
実際、浅田は山口組5代目組長の渡辺芳則とも親しく、渡辺を「ナベちゃん」と呼ぶ間柄です。

が、彼には政治家という、さらに強力な支援者がいました。
浅田に最初に目をかけたのは元日本共産党員で、その後、日本社会党に転じた上田卓三です。
上田は、浅田をバックアップし、大阪同和食肉事業協同組合を設立させました。
上田は、解同大阪府連書記長・委員長を歴任し、最後は中央本部委員長まで務めました。
そして、社会党内では、国際局長や党副委員長の要職を歴任しています。

ただ、浅田の賢いところは、その人脈が上田などの解同系政治家に止まらなかったところです。
浅田は、北海道に事業進出する際に、当時の北海道政界のドンで、農水族の実力者でもあった中川一郎に取り入ります。
そして農水省に影響力を持つようになり、輸入牛肉の割り当てを巡る利権を握ります。
全同食が業務委託の形で「国産牛肉買い取り事業」に加わることができたのも、農水族の政治家や農水官僚と太いパイプがあったからです。
「肉は最終的には焼却されるとの確信を持った」のも、これらのルートから得た情報が元になっています。
で、浅田ともっとも近しかった農水族の政治家とは?
それは鈴木宗男と野中広務です。

固い契の利権「義兄弟」
Hiromu_muneo

鈴木は中川一郎の秘書だったことが縁で浅田と結びつくようになりました。
鈴木と浅田は表裏一体の関係でした。
1983年に鈴木が衆院に初当選した時の選挙資金を負担したのが浅田。
1984年10月、若の富士(当時、九重部屋)と浅田の長女との結婚式で仲人を務めたのが鈴木。
2002年、鈴木が逮捕・収監される直前まで乗り回していたセルシオは、浅田が社長を務めるハンナンマトラスの所有車。
当時、鈴木の政治団体「大阪食品流通研究会」の大阪連絡所は、浅田が社長を務める南大阪食肉畜産荷受(羽曳野市)の中に置かれていました。
まさに表裏一体です。

野中広務との関係は二つの理由があります。
一つは、鈴木が師と仰ぐ政治家が野中であったこと。
もう一つは、野中が浅田と同じく被差別部落出身者であるということ。
野中は元日本共産党員で、その後、反共産党の急先鋒になりますが、金日成の信奉者で創価学会とも仲がよく、そして同和行政にも大きな影響力を有していました。
このような背景を持つ野中は、1983年当選という新参者にもかかわらず、1994年の村山内閣以降、橋本内閣、小渕内閣、森内閣と、歴代の内閣に大きな影響力を持つ超大物政治家として自民党内に君臨します。
浅田が政界や官界、そして経済界に影響力を強める尖兵が鈴木だったわけですが、鈴木がその役割を果たせたのは、鈴木の後ろに「超大物」=野中が存在したからです。

ところで、鈴木は2002年に「あっせん収賄罪」で逮捕されます。
野中は、2003年に突然、引退します。
そして2004年に浅田が詐欺の容疑で逮捕されます。
2 005年には、浅田が大阪地裁にて懲役7年の実刑判決を言い渡されます。

いっぽう、2001年には小泉純一郎が首相に就任します。
そして、野中を筆頭とする鈴木、古賀誠などの「抵抗勢力」との凄まじいまでの権力闘争が展開されます。
2003年には小泉が再選されます。
2005年には小泉率いる自民党が総選挙で圧勝します。
ここにおいて、自民党内に巣食う抵抗勢力、親同和勢力は完全に無力化されるのです。

私が昨日書いた、2006年になって立て続けに解同がらみの不祥事が明らかにされた背景には、このような体制内における権力構造の地殻変動があったわけです。
もちろん小泉首相(当時)が鈴木を直接的に追い落としたわけではありません。
が、小泉内閣にならなければ鈴木の疑惑が表面化することはなかった。
また、同和利権の塊のような「ハンナン牛肉偽装事件」の内偵が進むこともなかった。
野中が2003年に突然引退したのは謎とされてきましたが、浅田の摘発が現実味を増してきた時期であることを考えれば納得がいきます。
そして、2005年総選挙において抵抗勢力は小泉に完敗した。
メディアは「ハンナン牛肉偽装事件」の時は、まだ恐る恐る報道していましたが、2006年ころになると、「同和」タブーがふっ切れたというわけです。

ただ、「同和」は報じられるようになりましたが、「解同」タブーは依然として存在します。
「次の内閣」のネクスト法務副大臣の息子が、大阪府下の自動車整備工場の金庫破りで逮捕されたのに、メディアは大きく取り上げませんでした。
これは松岡徹が、解同の中央本部書記長であるからとしか考えられません。
普通の議員であれば、ワイドショーも含めて、メディアは連日報道したことでしょう。

なお、浅田は、故郷の羽曳野市に2軒の豪邸を持っています。
3000坪以上の敷地に建坪471坪の住まいが新宅、総面積1185坪に延べ床面積が158坪の住まいが旧宅。
旧宅にはドラクロワなどの泰西名画の本物が飾ってあり、浅田の娘が小学生の時、美術の時間に教科書を見て「この絵、うちにある!」と叫んだという逸話が残っています。

2005年5月27日、浅田に対し、大阪地裁は懲役7年の実刑判決を言い渡しました。
これに先立つ2005年5月11日には、浅田の共犯として実弟の浅田暁ら5人が詐欺や補助金適正化法違反で執行猶予つきの有罪判決を受けています。
2008年3月4日、大阪高裁の控訴審でも懲役7年の実刑判決が支持された浅田は、現在、最高裁に上告中です。

今日のエントリを読んで驚かれた方もいれば、既に事実関係を知っていた方もいるでしょう。
いずれにしても、政・官・暴が解同という組織を媒介として癒着し、税金を理不尽なまでに貪るという構造を二度と許してはなりません。
また、この構造をメディアは「沈黙」という形で助長してきました。
私たちは、これを許してはなりません。
私たちブロガーの責務は、このようなメディアが黙殺する「悪」を暴きだすことにあると思っています。

闇に潜む悪徳勢力と悪徳政治家を糾弾しよう!

                 浅田満の超豪邸
Asada2_6

~文中敬称略~


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コメント

何時も乍、独自のソースを駆使しての記事、何処かの週刊誌を読んでいる様な気がしましたが、週刊誌では解同や暴力組織が怖くて、とても書けない記事でしょうね。

 然し、浅田がやって居た事は、狂牛病と云う日本で初めて事態に皆戸惑っている最中の不正行為ですが国民の口に入るかもしれない輸入牛肉で不正に私利を得ようとするのは、反社会的行為と謗られてもsからが無い。 然も、急に思いついたのではなく、永年組織の流通を見て熟知していたからこそ書けたシナリオだったと思います。

 それにしても、宗男と野中の関係とか浅田と鈴木の接点等、さらりと書いていますが、社会の裏側に情報源が無ければ、得られない情報でしょう。

 私が思うに、第二次安倍政権誕生迄の道のりは、日本正常化の歩みであったと私は思います。 そして、拿二次政権誕生後、安倍さんが取り付けていたロックフェラー没落後のアメリカの保守層からの支持で、安倍さんが一躍世界の外交界の期待の新人としてデビューしましたが、折しも、ロックフェラーの没落原因となったリーマンショックの後遺症で、欧州経済が立ち直って居ない、リーマンショックの原点である、米国に対する潜在的な非難が、渦巻いていた世界外交の舞台で、平和主義の他は無いもないオバマ政権を陰から支え、経済復興に最大限協力しました。

 日本は防衛力を他国に依存している身で、外交で国際的に重要な位置を占める様になりました。 後は国内に、殊にマスゴミ周辺に巣食う、反体制の時代遅れの共産主義者を国外に叩き出すダケでしょう。

投稿: ナポレオン・ソロ | 2017/09/19 14:14

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