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2018年11月

2018/11/29

10歳の少女が“ミニナッツ姫”と呼ばれる所以


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韓国の財閥って、どうしてこんなに娘の出来が悪いんだ?
“ナッツ姫”ことチョ・ヒョナ氏、“水かけ姫”ことチョ・ヒョンミン氏に次いで、今度はミニナッツ姫が登場(爆)。

フジテレビ系FNNが
>財閥一族のパワハラが問題化している韓国で、また新たな疑惑が浮上している<
と報じている。

元運転手:
シートベルトしておとなしく座って…。

ミニナッツ姫:
やだ!そのひどい顔、クズみたいな顔、マジ見たくない!
おい!何笑ってるのお前。今バカにしてんの!?

誰かを罵倒する、甲高い声。さらに声は続く。

ミニナッツ姫:
おじさん、クビにするわよ。
私は1位になる人よ?
死んだほうがいいよ、おじさんは。

この声の主は、まだ10歳の少女だ。
そしてその少女は今、韓国でこう呼ばれているという。

“ミニナッツ姫”

10歳の少女が“ミニナッツ姫”と呼ばれる所以

Mini_nuts_3

わずか10歳の少女が、“ミニナッツ姫”と呼ばれる理由は、彼女の家族が、韓国メディア業界に君臨する一族だからだ。
祖父は朝鮮日報の社長。
この朝鮮日報は、韓国で最も歴史が長い新聞社で、発行部数は韓国最大だ。
そして父親は、あの「崔順実ゲート事件」を最初に報じた朝鮮日報系のTV朝鮮の代表である。
これは、我が日本国で例えれば、祖父は読売新聞の、父は日本テレビの社長であるということだ。

つまり、暴言を放った少女は、韓国メディア界に君臨する“パン一家”の孫娘なのだ。

Mini_nuts_father

暴言はまだまだ続く。

ミニナッツ姫:
他の車は早く走っているのに、どうしておじさんはこんなに遅いの。
おじさん、おじさん。
なんで返事しないの、おじさん。
おじさん、おじさん、おじさん、おじさん、おじさん、おじさん、おじさん、おじさん、おじさん!
おじさん!(何かを蹴るような音)おじさん!おじさん!
なんで返事しないの?おじさん。

ミニナッツ姫:
おじさんって英語も知らないのに、なんで私たちと交わるの?
おじさん笑ってる?笑える暇あるの?バカ!
口臭い!歯は何でそんなにデコボコになってるの?

元運転手:
座りなさい、けがするから。シートベルトして。

ミニナッツ姫:
歯は何でこんなにデコボコしてるの? あーーーきもい。
「あーーー」とか「いーーー」とか言ってみないさいよ。
なぜ「いーーー」できないの?

~以下省略~

Mini_nuts_driver

50代の運転手は、その後、本当に解雇された。

“ミニナッツ姫”の聞くに堪えない暴言はまだまだ続く。
続きは、以下のリンクから↓

「死んで!」「クビにするわよ!」韓国メディア一家の“ミニナッツ姫”…10歳孫娘のパワハラ音声を入手

FNN PRIME とくダネ!
2018年11月28日 水曜 午前11:40

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山尾志桜里と望月衣塑子は中学・高校の先輩・後輩


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立憲民主党の山尾志桜里と東京新聞の望月衣塑子は、中学・高校の先輩・後輩だという(爆)

反日・売国・女権拡張主義--共通項は多い。
おまけに破廉恥(笑)


Yamao_mochiduki_3

反日売国奴に鉄槌を下せ!

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2018/11/28

大阪の政治を語る前に被差別部落を学べ!と言いたい


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かつての私は、部落解放同盟(解同)批判の急先鋒でね。
解同関係者から反論を受けたり、私の身を心配される読者もおられました。
最初に批判したのは、ブログを始めて2か月足らず、2005年5月3日のことでした。
正直に言えば、「怖かった」です。

私は、若いころ解同側にいた人間ですから、彼らの糾弾闘争を身をもって知っています。
もし、私が糾弾される側に立ったら「精神が持たない!」と本能が忠告するわけです。
それでも私は、解同を批判し、追求する記事を書き続けてきました。
当時、人気ランキングの上位に位置したブログで、ここまで解同と部落解放運動に言及してきたのは私だけだと思います。
逆に言うと、解同を語らずして日本の政治、とりわけ「大阪の政治」を語れるのか?と強く思います。

橋下徹氏が府知事や市長のころ、彼を批判する輩が結構いました。
しかし、大阪や橋下氏を語る上で解同問題は欠かせません。
にもかかわらず、そのことに無知で橋下批判を展開する輩がやたらと多かった。
もう「アホか!」と言うしかありませんでしたね。
ただ、さすがに、このブログのコメンターには、それを承知の上で橋下氏を批判する方々がおられて、それらについては評価していました。

Maruo3

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Maruo2

同和(解同)問題は難しくてね。
差別と貧困、暴力と理不尽が同居しています。
リベラルは差別と貧困を問題視し、保守は暴力と理不尽を批判する。
でも、差別と貧困はほぼ解消され、後に残った暴力と理不尽が現在の同和問題、と私は理解しています。
暴力と理不尽が同和利権の闇を生む、その典型が大阪です。
「同和」と言うだけで、「解同」と名乗るだけで特別扱いされる、こんな社会は異常です。

東日本に住む方には理解不能な現実が実際にあるのです。
今は正確には解りませんが、私が公務員だったころ、所属する職場でいちばん偉そうだったのは局長ではなく、その運転手でした。
たかだか指定都市の局長にすぎないのに専用車がある、これも問題ですが、運転手に被差別部落民を採用するため、と思えば納得がいきます。
で、その運転手が横柄なんですよ、サングラスをかけてふん反り返る、本庁舎内で。

私が働いていた指定都市では、解同の横暴を厳しく批判していた共産党推薦の市長候補が保守系の現職に肉薄し、それから方針が90度くらい変わりました。
「逆差別だ!」という訴えが市民の投票行動を変えたのです。
が、大阪市はそういうこともなく、解同が支配する労組と市当局が癒着して、二人三脚で大阪をむさぼってきた、これが事実です。
何しろ当時の大阪市は、職員の採用にまで労組とその背後にいる解同が影響力を行使していたのですから。
だから橋下氏が熱狂的に歓迎されるのも無理からぬところがあったのです。

私には忘れられない思い出があります。
当時の指定都市は9都市でした。
毎年1回、所属部署の担当者(係長以下)が集まる指定都市会議がありましてね。
で、その年は、横浜市の主催でした。
その時に、会議に出席した横浜市の担当局長の発言が未だに脳裏に残っています。
彼は、被差別部落を「横浜の寿町」と認識していたのです。
言うなれば、東京の山谷、大阪の釜ヶ崎です。
これには愕然としました。

東京に被差別部落はありません、横浜も同じ。
でも、西日本には被差別部落があり、解同という暴力団と見分けがつかない団体が存在するのです。
   当時の橋下氏は、その被差別部落出身にもかかわらず、解同が支配する労組と真正面から闘っていた。
私が彼を熱烈に支持したのは当然でした。

なお、その頃、橋下氏を、その出自で批判したのが朝日新聞(正確には週刊朝日)でした。
普段は「リベラル」を自認し、差別や排外主義を強く批判する朝日が、なんと「DNAや先祖を理由として人格を否定した記述を掲載した」のです。
理由は、橋下氏から慰安婦問題をめぐって「朝日の罪は大きすぎる」と猛批判を受けていたことへの意趣返しでした。
まさに朝日新聞のWスタンダード!
なお、橋下氏だけではなく世論からも猛批判を受けた朝日は、「不適切な表現が複数あった」として週刊誌の連載を打ち切りました。

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2018/11/26

やっぱり「反日」の原因は火病だった!


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韓国・朝鮮に関するブログやカキコで、「火病」という表現が数多く見られる。
特に「2ちゃんねる」上では頻繁に使われている。
「ファビョン」とか「ファビョる」とか......
が、私は、その使い方がイマイチしっくりこなかった。
それは、「火病」を以下のように解釈していたからである。


火病(かびょう、화병、ふぁっぴょん、ふおぴん、Hwabyung、Hwa-byung)は文化結合症候群のうち、朝鮮文化圏において発症しやすい精神疾患の一つとして名づけられた名称。
極度に怒りを抑える事によって強いストレス性の障害を起こす疾患とされている。
症状としては、胸が重苦しくなり、不眠症や拒食症・性機能障害などを併発する事が多い。
韓国では鬱火病ともいう。
アメリカ合衆国の精神科協会において、1996年に文化結合症候群の一つとして登録された。

日本語のインターネットの匿名掲示板、主に2ちゃんねる上では、一種の癇癪(かんしゃく)の意味で「火病」が使われる。
議論で反論に窮した場合などに冷静さを失って感情的になるという意味や韓国人を揶揄する目的で使われる事が多い。

ただし、本来の「火病」の症状は主に過呼吸であって「怒る」といった症状が見られるわけではない。

火病 出典:ウィキペディア(Wikipedia)

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ところが、韓国3大紙の一つである中央日報の記事をたまたま読んで、「なるほど」と納得した。
とりあえず、次の記事を読んでほしい。

韓国ならではの疾病があります。火病です。英語では「Hwabyung」と表記します。

1996年、米国精神医学会は火病を正式疾病の1つとして公認しました。火病はこれまで「恨(ハン)」を抱いて暮らしてきた韓民族特有の情緒から始まった疾病です。嫁と姑の対立や夫の浮気などでため息をついては胸を痛めている主婦たちの典型的事例です。

火病を拡大解釈すれば多様な症状として現れます。ご飯を食べればもたれてしまい消化不良を起こす人、胸がどきどきして冷や汗をかく人、下痢と便秘が交互に現れる人、夜に眠れなくて悩む人、頭がずきずきと痛くて苦労する人、のどに何やらひっかかったような異物感を訴える人・・・。

検査しても大部分正常だと出ます。身体の病気ではないからです。心にたまったしこりが原因です。この場合の処方は明らかです。どんなものであれしこりをほぐさなければなりません。それ以外のどんな薬も無効です。これを現代医学では排泄(catharsis)あるいは換気(ventilation)といいます。

ワールドカップの熱気でいっぱいです。ワールドカップは立派な排泄と換気の手段です。皆さんご記憶の2002年、ワールドカップ当時は、病院を訪れる疾患者が急減しました。数十年開院しているベテランの医師たちもこんなケースは生まれて初めてだというほどに疾患者がいませんでした。
4強神話で韓民族の恨がすっきり洗い流されたからです。今年も選手たちの善戦で我々国民の火病がすべて消えたらと思います。しかしワールドカップは4年ごとに開かれる制限的イベントです。結果も予測することはできません。

私は皆さんに排泄と換気のための自分なりのはけ口を用意してほしいと申し上げたい。宗教や運動、趣味など、どうせなら健全な手段が良いでしょう。しかしそれがだめなら適切な統制の下、お酒とタバコも少しなら悪くはないと思います。心の中のしこりを残しておく方がお酒やタバコより有害だと見るからです。
いくら毎日が大変でストレスも避けることができないといえども、自分がこれをする間だけは憂いや嘆きを忘れて楽になれる、その何かが必要です。それがまさに皆さんの健康と競争力の要諦だからです。

火病にはワールドカップが薬?
(中央日報 ホン・ヘゴル客員医学専門記者)

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「火病はこれまで『恨(ハン)』を抱いて暮らしてきた韓民族特有の情緒から始まった疾病です」
「検査しても大部分正常だと出ます。身体の病気ではないからです。心にたまったしこりが原因です」
「自分がこれをする間だけは憂いや嘆きを忘れて楽になれる、その何かが必要です」

つまり「火病」は、「恨」を抱いて暮らしてきた韓(朝鮮)民族特有の精神的病気であるから、心にたまった「しこり」=「憂いや嘆き」を忘れて楽になれる、そのための何かが必要であるということだ。
「火病」の別名「鬱火病(Wool-hwa-byung)」の「鬱」は、「憂鬱」などの意味ではなく、「鬱血」とか「鬱積」と同じで、「出口がふさがれてたまる」といった意味である。

ところで、「火病」の基にある「恨」とは、どういうものか。
これは、韓(朝鮮)民族特有の心理状態であり、異文化圏に暮らす我々日本人には理解しがたいものである。
言えることは、韓国・朝鮮人のメンタリティを示す概念であり、単純な「恨み」とはまったく違うものであるということだ。

それは、「苦しみ、悲哀、悲劇、剥奪、悲しみ、虚しさ、孤独、後悔、憎悪および復讐等と連関した、個人の感情的、ならびに認知的条件の非常に複雑な現象の総和」であり、「悲しみと喜び、悲嘆と希望、悲しみと幸福といった相反する二つの感情の混合状態のようなもの」だという。
度重なる戦争や侵略、政変などにさらされた経験から生れた韓国・朝鮮人特有のメンタリティといわれているもので、多くの韓国の専門家は、「恨」は単なる個人的な感情ではなく、韓国・朝鮮人に共有された集団的な感情状態であると信じている。

中央日報は、「(火病は)嫁と姑の対立や夫の浮気などでため息をついては胸を痛めている主婦たちの典型的事例」と書いている。
が、これは、韓国が未だに男尊女卑の風潮が強いから、主婦たちに典型的な症状として表れるのであって、特定の人、特定の層に限られているわけではない。
「2002年、ワールドカップ当時は、病院を訪れる疾患者が急減しました」という事実が、これを別の側面から証明している。
「4強神話で韓民族の恨がすっきり洗い流された」のである。

つまり、「恨」は単なる個人的な感情ではなく、韓国・朝鮮人に共有された集団的な感情状態であると捉えて間違いない。
その「恨」が「鬱積」して集団的な「火病」になる。
この「火病」を治すためには癒しが必要である。
その癒しは、個人的なレベルであれば、宗教や運動、趣味、あるいは酒などである程度はもたらされる。
が、「集団的な感情状態」である場合には、国家的・民族的自尊心を満たすだけの出来事が必要なのである。

韓国の異常なまでの「韓国最高!」という風潮、その裏返しとしての「反日」感情も、そう考えればよく解る。
この3月に行われたワールド・ベースボール・クラッシック(WBC)における韓国代表チームと韓国人観客の常軌を逸した行動も、「なるほど」ということになる。
なお、WBCは、韓国に言わせると「World's Best Corea」(世界最高!韓国)の略称ということらしい。
世界の野球もまた“韓流” になったのである。

参照:<WBC>「野球韓流」ホームラン…小さな敗北大きな勝利 (中央日報)

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↓画像は、清(≒中国)のホンタイジに三跪九叩頭の礼をする朝鮮王 仁祖
 Chijyokuhi2「三田渡の碑」

韓国は、「恨(ハン)」の文化の国と言われる。この文化は、韓国・朝鮮の歴史を抜きには語れない。

中世から近世~近代まで、韓国・朝鮮は、その歴史の大半を中華圏の一部として生きてきた。
世界の中心は常に中国だった。
この中国を中心とした体制を華夷秩序と呼び、具体的には冊封(さくほう)という形で成り立っていた。
冊封とは、中国皇帝がその周辺諸国の君主と君臣関係を結ぶことである。
冊封を受けた国の君主は、王や侯といった中国の爵号を授かり、これによって作られる国際秩序を冊封体制と呼ぶ。
経済的な側面から見れば、周辺諸国の夷狄(いてき)たちが、「中国皇帝の徳を慕って」朝貢を行い、これに対して皇帝が回賜を与えるという形式である。
この冊封体制の中で、韓国・朝鮮はその存在を維持してきた。
つまり歴代の韓国・朝鮮王朝は、中国から柵封を受けることによってその地位を承認され、国内において自己の権威を確立することができたのである。

この中国との君臣関係は、日本が日清戦争(1894~1895年)で清(中国)を破ったことで消滅する。宗主国であった中国が敗北した結果、韓国・朝鮮は大韓帝国として独立を果たすのである。
迎恩門や「恥辱碑」と言われる大清皇帝功徳碑を倒して独立門を立て独立を記念した。
この独立は日本のおかげであった。
ところが大韓帝国は、日本がロシア・フランス・ドイツによる三国干渉(1895年)に屈するのを見て、既に満州(中国東北部)を実質的支配下に置くなど、北東アジアにおける南下政策を推し進めていたロシアにすり寄っていく。
その結果、朝鮮半島を国土防衛上の生命線と位置づける日本は、ロシアと戦うことになる(日露戦争―1904~1905年)。
日露戦争に勝利した日本は、その後、1905年の第二次日韓協約で韓国を保護国とし、1910年の日韓併合条約の締結により日本に併合した。
つまり、韓国・朝鮮は、ようやく独立できたのに、自ら近代国家として脱皮できず、北東アジアを支配下に置こうとしていたロシアの力を借りようとして、結果的に日本の植民地になってしまったのである。

日本の植民地にされた韓国・朝鮮は、1945年に突然、日本の支配から解放される。
それは、日本が連合国(米国)に敗北したからである。
ところが解放されたはずの韓国・朝鮮は、南半分を米国に、北半分をソ連(ロシア)に占領支配されることになる。
そして1948年に、南に大韓民国(韓国)が、北に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が建国される。
この南北に分断された韓国・朝鮮国家は、1950年に朝鮮戦争と呼ばれる内戦を起こし、朝鮮全土を破壊した。
朝鮮戦争は1953年に休戦協定が結ばれ停戦に至るが、軍事境界線が制定されたことで韓国・朝鮮の分断が確定された。
韓国・朝鮮は現在も停戦状態のまま南北に分断されており、この状態が50年以上続いている。

なお、韓国は1960年代後半から80年代にかけて「漢江の奇跡」と呼ばれる驚異的な経済成長を果たした。
これは、李承晩政権時代における米国からの莫大な額の軍事的・経済的支援がその基礎的な条件としてある。
が、直接的には、朴正熙軍事独裁政権時代の1965年に締結された日韓基本条約に基づく、日本からの巨額のODA(政府開発援助)のおかげである。
この条約に基づき、日本は無償協力3億ドル、有償協力(円借款)2億ドル、民間借款3億ドル以上を韓国に提供した。
当時は、韓国の国家予算が3億5千万ドル、日本の外貨準備高が18億ドルの時代であった。
また、日本の企業による積極的な技術協力も韓国経済の格上げに大きく貢献した。

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要するに韓国は、中世から近代にかけて、ほとんどの期間、自主独立国家であったことがない。
特に、近代においては日・中(清)・露、あるいは米・ソ(露)の狭間で翻弄されてきた。
とりわけ、日本による植民地支配は、歴史的事実ではあっても受け入れがたい屈辱であろう。
「漢江の奇跡」も、日本の存在なしにはありえなかったということも認めたくない。
が、未だに韓国経済は日本に大きく依存しているのである(2005年の対日貿易赤字は、過去最高の243億ドル=約2兆8千430億円)。
つまり、韓国・朝鮮の歴史そのものが「恨」なのである。

今の韓国の姿勢は、「国防面では米国に頼り過ぎている。経済的には日本に依存し過ぎている」という盧武鉉くんの認識に基づいている。
したがって、その言動が「反米」「反日」に傾くのは当然のことである。
(もっとも、1965年の日韓交渉のときも、韓国は第二次大戦の「戦勝国」であると主張していたくらいであるから、その根は深い)
その根底には韓(朝鮮)民族の「恨」がある。
だから、韓国民はネチズンを中心にして、当初は盧武鉉くんに熱狂した(就任当初の支持率は約80%)。
が、今の韓国が「反米」「反日」でやっていけるわけがない。
安全保障も経済もガタガタになる。
それが一般国民にも分ってきたから盧武鉉くんの支持率は、今や10%台をウロウロしている。
「反日」カードを切ってもまるで効果がない。「反米」カードは米国から切り返されて右往左往。

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政治も外交も現実である。情緒に依存していてはやっていけない。
集団的な感情としての「恨」が「鬱積」して「火病」にかかり、それを癒すために「反日」「反米」に走る。
それは、もう、政治でもなければ外交でもない。亡国への道である。
盧武鉉政権をこのまま放置していると、韓国は、また「いつか来た道」を歩むことになる。「火病」という風土病を、政治の世界から根絶しない限り韓国に未来はない。

現実を直視する韓国に脱皮してほしい。それがお互いのためだ。

なお、これは、何も韓国に限ったことではない。
我が日本国も、やたらと謝罪を繰り返す「自虐」という精神的な病に罹患している。
この「自虐」体質は、かなり改善されてきたが、まだ克服しきれていない。
だから日・米・中の関係を「正三角形」にするなどという、非現実的な主張が野党第一党から出てくるのだ。
米国は日本の同盟国である。
中国が同盟国になりえるのか???
同盟国どころか、友好国でありうるかどうかも怪しい、それが中国ではないのか!!!

我が日本国も、現実を直視して生きていかなければならない。
現実を直視するとは、太平洋同盟に軸足を置き、そのうえで対アジア外交を考えていくということである。

参照:ファビョン(火病) Hwa-Byung (私家版・精神医学用語辞典)

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【追記】
※この投稿は、12年前の2006/09/01の再掲です。
12年前にこんな長文のエントリをアップしていたのか!と思うと、感慨深い...

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いつも「絶対的に正しい」共産主義者らしい死に様だ!


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以下に、戦後の日本共産党の指導者たちの歴史を書く。
印象的なのは、不破哲三の師であり、志位和夫の「政治の父」とも言える宮本顕治以外の哀れな末路だ。

いつも「絶対的に正しい」共産主義者らしい死に様だ!
どこが「平和を愛する党」だ(爆×∞)

徳田球一
1945年 府中刑務所を出獄、初代書記長に就任
1950年 中国に密航(亡命)
1950年 亡命先から「地下放送」を通じて武装闘争を指示
1953年 北京で病死
1955年 病死が公表される

野坂参三
1946年 中国から帰国
1950年 中国に亡命
1955年 帰国
1958年 共産党議長に就任
1992年 ソ連のスパイだったとして共産党名誉議長を解任される
1992年 100歳で除名処分、生活支援を打ち切られる
1993年 101歳で没

伊藤律
1945年 仮出獄
1946年 党書記局員、その後に政治局員、徳田球一の側近 
1950年 地下に潜行
1951年 中国に密航
1955年 スパイ容疑で党を除名され中国で拘禁生活を強いられる
1980年 29年ぶりに帰国、スパイ容疑は野坂参三による濡れ衣
1989年 病死

志田重男
1945年 出獄
1946年 党中央委員・書記局員、その後に政治局員
1950年 地下に潜行、非合法活動の責任者=軍事委員長に就任
1955年 地上に姿を現す
1956年 党の資金を浪費した容疑で追及され失踪
1957年 除名
1971年 金井貞吉という偽名のまま胃癌で死去

宮本顕治
1944年 不法監禁、傷害致死、死体遺棄などにより無期懲役
1945年 GHQの指令により出獄
1955年 中央指導部員に就任
1958年 党書記長に選出される。
1970年 党中央委員会幹部会委員長(最高指導者)に就任
1982年 中央委員会議長
1997年 名誉議長
2000年 名誉役員
2007年 老衰のため死去。享年98!

Tokukyu       画像は、日本共産党の歴史から消された戦後初代の書記長を務めた徳田球一


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【追記】
※この投稿は、2016/03/20の再掲です。

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2018/11/24

11歳で慰安婦にされた!17歳で強制連行された!
韓国人のウソは尽きることがない!


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日本と韓国の関係が常に後ろ向きなのは、韓国側の事情によるところが大きい。
私は、このブログで何度も指摘してきたが、韓国及び韓国人の主張は、その大半が虚偽である。
強制連行にしろ慰安婦にしろ、そのほとんどが、何らかの利益を得る目的で自らを犠牲者に仕立てあげたものだ。
つまり、彼らの主張は、ヒストリーではなくストーリーなのだ。
にもかかわらず韓国政府は、それが虚偽であると解っていながら、国内の世論対策上それを外交の場に持ち出してくる。

一方、日本政府の対応も、1990年代までは「情けない」の一言だった。
国内の左翼メディアや一部の知識人によるバッシングを恐れて、韓国の主張をウソだと突っぱねることができなかった。
それどころか、与党や政権内にも韓国側の主張に積極的に歩み寄る輩がいた。
両国の関係がギクシャクする背景には、そういう不条理とも言える二国間関係の過去がある。

安倍晋三首相が、韓国内で極右と非難され、日本国内でも一部から歴史修正主義者と批判されるのは、そういう二国間の過去が大いに影響している。
安倍首相は、過去の不正常な二国間関係を是正しようとしている。
だから「極右」だとか「歴史修正主義者」というレッテルを貼られる。
日韓関係においては、正しい事実を語るのが妄言とされ、虚偽にまみれたウソを受け入れるのが正義とされる。
これでは、いつまで経っても日韓関係は正常化しない。

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私が、在日韓国・朝鮮人の多いところで育ったということは既に何度も書いた。
左翼になった理由の一端がそこにある。
が、左翼だった当時の私の耳にも、強制連行されたという韓国・朝鮮人の話は、まったく聞こえてこなかった。
彼らの大半は、戦前、日本に渡ってきて国内で生活基盤を築いた者たちか、朝鮮戦争のころのどさくさに紛れて日本に密入国してきた者たちだった。
もちろん、その気になれば、韓国・朝鮮に帰ることができた。
普通、強制連行されたのなら国に帰りたがるのが当たり前だろう。
が、彼らには、その素振りさえ感じられなかった。
ほんとうに不思議でならない。

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Ianfu_3

2013年6月16日に、―「朝鮮人強制連行」と「従軍慰安婦」をめぐってPart2―というシンポジウムが、那覇市の沖縄大学で開かれた。
ここに参加したのが元「慰安婦」を名乗る李守山(イシュサン)さん(85)だ。
彼女は、旧日本軍による拷問で体中にやけどを負い、妊娠発覚後に子宮を摘出させられた過去を証言し、「これが私の人生です。皆さん、力を合わせて一緒に、『慰安婦』は強制だったと言ってほしい。そうしてくれれば、何も望まない」と声を張り上げた。

李さんは、海辺の村で暮らしていた17歳の時、警察官に「紡績工場に就職できる」とだまされ、少女7人で汽車に乗せられ、満州の牡丹江にあった旧日本軍の慰安所へ連れて来られた、と言う。
が、17歳の少女を、警察官が甘言を弄して誘拐するだろうか?
しかも、当時の半島の警察官には韓国・朝鮮人も多数いた。
満州の日本軍にも韓国・朝鮮人の兵士はいた。

慰安婦制度は敗戦とともに終わった。
慰安婦の年齢は、(半島の場合)下限が17歳だった。
ということは、「慰安婦だった」と名乗るには、1945年までにその職にあった者でなければならない。
そして年齢は17歳以上でなければならない。
この李さんは今85歳、つまり敗戦の年に17歳で慰安婦になったということだ。
どちらもギリギリである。
これは、たまたまなのだろうか?
なんとなく臭くてならない。

兵隊は毎日、列をなした。脱走した李さんを焼きごてによる拷問が待ち受けていた。妊娠して子宮を奪われた後も、慰安所に戻された―
涙ながらにこう証言する李さんに、会場も泣いた、というが、連行されてから敗戦までのほんの数か月間にこれだけのことが起こるだろうか?
フィクションとしか思えない、普通の人はそう思うだろう。
が、泣いた人もいるというから人それぞれ、と言うしかない。

5月18日に広島県福山市の集会で講演した吉元玉(キルウォノク)さん(84)は、なんと11歳だった1940年から旧日本軍の慰安所で兵士の相手をさせられたという。
100歩譲って、仮に旧日本軍が残虐だったとしても、11歳はありえない、これは間違いなくウソである。
信じる者がいるとしたら、その者は完全に歴史に盲目であり、犯罪者にも等しい。

韓国・朝鮮人のウソを、まともに聞いていたら日本は滅びる。
ウソにまみれた売春婦たちに鉄槌を下そう!

参照:焼きごて、子宮摘出… 元「慰安婦」李守山さん、シンポで証言
2013年6月17日 琉球新報

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実は、日本テレビ系列の「news every(2015/06/22)」には「中国でお金を稼げる募集があるというので『私も行きたい』と言ったら、知り合いの奥さんが『行きたいなら友人と一緒に行きなさい』と。軍隊が来て強制的に連れて行ったわけではない」と語る李守山さんが登場している.。

琉球新報の李守山とnews everyの李守山。
どちらが真実なのか???



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※この投稿は、2013/07/26の再掲です。

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2018/11/23

あの捏造記者=植村隆が裁判に負けて控訴=慰安婦報道


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あの捏造記者=植村隆が未だに自らの誤りを認めようとせず、櫻井よしこ氏にしつこく絡み続けている。
自らの請求を裁判所から棄却されたにもかかわらず。

 従軍慰安婦報道に関わった元朝日新聞記者の植村隆氏(60)が「捏造(ねつぞう)記事」などと指摘され名誉を傷つけられたとして、ジャーナリストの櫻井よしこ氏(73)と櫻井氏の記事を掲載した雑誌の発行元に損害賠償などを求めた訴訟で、植村氏側は22日、請求を棄却した札幌地裁判決を不服として札幌高裁に控訴した。
 植村氏は控訴後に会見し、「到底納得できず、逆転勝訴を目指して頑張りたい」と語った。弁護団によると、同日から50日以内に控訴理由書を高裁に提出する。
 札幌地裁は9日の判決で、櫻井氏が自身の取材などから記事を捏造と信じたことには「相当な理由がある」と判断していた。

元朝日記者が控訴=慰安婦報道訴訟-札幌
(2018/11/22) 時事通信社

以下は、私が2013年8月2日に書いた投稿の再掲である。

米カリフォルニア州・グレンデール市内に設置された「従軍慰安婦」の少女像の除幕式が、7月30日に行われた。
このニュースを聞いて思ったのは、嘘も百回言えば真実となる、という言葉だった。
捏造された歴史が、それを煽る者たちの勢いに押されて、ついに「歴史の真実」に化け、その象徴である少女像に結実した。

思い起こせば、出発点は、朝日新聞の植村隆記者が書いた「従軍慰安婦」を名乗る女性のインタビュー記事だった。
記事は、1991年8月11日付けで、そこに登場した慰安婦の名前は金学順と言う。
植村は記事中で、金学順について―「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうちの一人―と書いた。
ここから「従軍慰安婦神話」が始まる。

Uemura_soukanzu_3

なぜ植村は、事実確認もせずに、いきなり「従軍慰安婦」と書いたのか?
それは、彼の妻が韓国人であり、妻の母親は、日本に(戦争被害)補償を求める「太平洋戦争犠牲者遺族会」のリーダー的存在だったからだ。
つまり植村は、極めて私的な利害に基づいて「従軍慰安婦」をでっち上げたのだ。

1991年5月15日付けの韓国紙・ハンギョレ新聞は、「生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌のあるキーセン検番(日本でいう置屋)に売られていった。3年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れていかれた所が、華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった」という金学順の証言を報道している。
つまり植村が捏造記事を書く3か月前に、金学順は既に「義父に売られた」と韓国紙に語っているのだ。
また、「太平洋戦争犠牲者遺族会」の訴状にも、金額順は「親に40円でキーセンに売られた」と書かれている。
にもかかわらず植村は、韓国人妻とその母親のために日本を売った。
ちなみに植村の義母(韓国人妻の母)は、裁判費用を詐取したかどで逮捕されている。

植村は1958年生まれで、未だに現役の記者として朝日新聞で働いている。
私利私欲のためにウソの記事を書き、それが発端となって我が日本は、世界中でその名誉を貶められている。
この間に毀損された我が日本の国益は、数字では計りきれないほどに膨大なものになるだろう。
にもかかわらず、植村という卑しい売国奴は、高給を食みながら優雅な記者生活を送っている。
この男には鉄槌を下し、その存在を粉砕しなければならない。

上記の投稿は、植村隆によってNiftyに通報され、その結果、非表示の制限を受けた。
@niftyのBlogで既に8年近い蓄積があったので、この処分には困惑したと同時に怒りもこみあげてきた。
そこで、記事の正当性を詳細に書いてNiftyに送信したら、非表示は解除された。
このとき、植村隆という人物の矮小さ、その姑息さを痛感した。

植村隆は自らが発信した記事について真摯に反省するべきである。
当時、勤務していた朝日新聞も「女性が挺身隊の名で戦場に連行された事実はありません」と認めたではないか!

「元慰安婦、初の証言」の記事について
「女子挺身隊」「連行」の記述訂正

「日中戦争や第2次大戦の際、『女子挺身(ていしん)隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、1人がソウル市内に生存していることがわかり……(91年8月11日付朝刊社会面〈大阪本社版〉
 これは、「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」との見出しで掲載した記事の前文部分です。記事は、韓国人の元慰安婦の一人が初めて、自らの過去を「韓国挺身隊問題対策協議会」に証言したことを、録音テープをもとに伝えました。
 しかし、同記事の本文はこの女性の話として「だまされて慰安婦にされた」と書いています。この女性が挺身隊の名で戦場に連行された事実はありません。
 前文の「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され」とした部分は誤りとして、おわびして訂正します。

~以下略~

記事を訂正、おわびしご説明します 朝日新聞社
慰安婦報道、第三者委報告書


植村隆は、自らの誤報、もとい虚報を潔く認めて日本国民に謝罪するべきである。


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2018/11/22

関東大震災における朝鮮人大虐殺のウソを暴く


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歴史を学ぶのは難しい。
それは、不明な部分が多く、時代とともに史実が変遷する古代史や中世史だけではない。
近代史や現代史でも、ある種のバイアス(bias)がかけられている場合がままある。
だから、その昔に刷り込まれた歴史的事実が覆されることもしばしばである。
それは、特に日韓関係史において顕著である。

このブログでも何度か言及したが、朝鮮人の強制連行、創氏改名の強制、“従軍”慰安婦、これらは歴史的事実に反する。
しかも悪質なのは、これらの歴史歪曲が日本側の働きかけで行われたということだ。
そして、メディアや歴史学者のみならず、政治家までもが絡んで国民にバイアスがかけられてきた。

で、最近になって、もう一つの歴史の捏造を知った。
それは、関東大震災時における在日朝鮮人虐殺である。
私は、これは事実である、と長い間信じていた。
ただ、一連の日韓関係史の歪曲に気付いてからは、その数には疑問を抱いていた。
が、今は、“流言飛語に基づく虐殺”そのものが虚偽だと思っている。

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私が、“流言飛語に基づく在日朝鮮人の虐殺”を事実と信じていたのには理由がある。
実際に、朝鮮人と誤認されて殺されそうになった日本人の話を聞いたことがあるからだ。
その人は、恐怖と緊張のあまり、自警団から促された「十円五十銭」という言葉が出てこなかった。
その結果、危うく殺されそうになったのである。
が、自警団以外の民衆の中に、たまたま知り合いがいて難を逃れた。
その話を聞いて、私は、“流言飛語に基づく虐殺”は事実であると確信していたのだ。
また、後に大阪市長となった中馬馨(当時早稲田大在学中)は、群集に取り囲まれた挙句、下富坂警察署に連行され「死を覚悟」する程の暴行を受けたと語っている。

なぜ日本人の自警団は、「十円五十銭」という言葉をその人に要求したのか?
朝鮮語は単語の語頭が濁らないから、朝鮮人であれば発音は「ちゅうえんこじゅっせん」となる。
つまり、朝鮮人か否かを判別するために「十円五十銭」という言葉を用いたのである。
この話は、極めてリアルで説得力があった。
なぜなら、生家の近くに住んでいた在日一世は、十円を「ちゅうえん」と言い、五円を「こえん」と言っていたからだ。
自警団は、こうして朝鮮人を選別し虐殺した、と私は思っていた。

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当時出回った“流言飛語”とは「朝鮮人が暴徒化した」「井戸に毒を入れ、また放火して回っている」という類いのものだ。
この噂を耳にした日本人市民が危機意識に駆られて「社会を防衛するため」に自警団を結成し、前述したように朝鮮人を摘発し殺害した。
これは事実である。

当時の内務省警保局の調査でも「朝鮮人231人、中国人3人、日本人59人」が大震災の混乱の中で殺されている。
ほかにも、東京帝大教授の吉野作造による調査では「朝鮮人の(虐殺)犠牲者は2711人」とされている。
左翼が、よく引用する朝鮮人(上海の大韓民国臨時政府)の調査では6415人とされているが、これはまったく信用できない。
彼ら一流のプロパガンダの臭いが芬芬である。

吉野作造は当時有名なリベラリストであり、朝鮮の独立運動家を擁護していた。
だから彼は、朝鮮人の証言をそのまま受け容れた可能性が高い。
一方、内務省警保局の数字は、裏づけの取れたもののみを集計している。
従って、「虐殺された証拠のある朝鮮人は231人」が、より正しいと思う。

ところで、「231人」とはいえ、虐殺された朝鮮人がいるのに、なぜ私は“流言飛語に基づく虐殺”そのものを虚偽と思うようになったのか?
それは、“流言飛語”が、あながちウソとは言えない事実を知ったからだ。

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下の画像を見てほしい。

                        画像をクリックすると拡大します。 Boudou2   政府による記事差止めが解除されたことを受けて事件の正体を報じる10月22日付東京時事新報

ここで注意してほしいのは、「10月22日付」という新聞の発行日である。
関東大震災が起きたのは1923年9月1日午前11時58分。
つまり、この記事は、震災発生後50日以上が経過した後のものなのだ。
実は、震災直後、“流言飛語”を新聞が記事にし、それが国民の不安を煽ったため、政府は報道管制を敷いていた。
が、この時点では、既に“流言飛語”も自警団による朝鮮人摘発も沈静化していた。

政府や警察は、当初は朝鮮人を取り締まる姿勢を見せていたが、自警団による朝鮮人摘発が先鋭化したため、そのことによる社会不安の発生を逆に恐れるようになった。
そこで朝鮮人に関わる各種噂(“流言飛語”)がデマであると積極的に広報し始めた。
そして、警察署や海軍施設などに避難してきた朝鮮人を収容し、自警団や先鋭化した民衆から保護したのだ。
さらに10月に入ると、警察は逆に日本人自警団を取り締まるようになった。
このように非常事態が収束に向かう中で、10月21日に記事差止めが解除され、翌22日から震災時に起きた朝鮮人による数々の事件が報道されるようになったのである。

つまり、上記の記事は、“流言飛語”でも反朝鮮人感情を煽るものでもない。
それまで政府によって伏せられていた事実を報道しただけのものだ。

①9月2日、朝鮮人が、榎本○○を棍棒で襲撃し負傷させた。
②9月2日、崔○○と金○○が、在郷軍人団に対し拳銃を発射した。
③9月2日、林○○が、6連発銃を持って群集に向け数発を発射した。
④9月2日、朝鮮人30余名が、バイクに乗った高橋克巳砲兵中尉を棍棒で襲撃した。
⑤9月2日、日本刀を持った朝鮮人が、自警団を装い被災民を襲撃しようとしたが取り押さえられた。
⑥9月2日、朝鮮人が、「津波が来る」と連呼して民心を撹乱しようとした。
⑦9月2日、朝鮮人が日本婦人を強姦した。
⑧9月2日、朝鮮人が、鉄棒を使って橋脚を破壊しようとしていたが、騎兵に発見され射殺された。
⑨9月3日、李○○は、被災民の唯一の給水所付近を毒(亜○酸)を所持して徘徊していたが、民衆に捕らえられ、毒を食塩と強弁していたが、それを飲まされて悶死。
⑩9月2日、呉○○は、荒川放水路の本田橋堤防上でダイナマイトを所持していて取り押さえられた。
⑪9月3日、朝鮮人が小学校脇で日本人を殺害した。

以上が、東京時事新報が報じた、大震災直後に朝鮮人が起こした犯罪である。
「火のないところに煙は立たぬ」という諺があるが、「朝鮮人が暴徒化した」「井戸に毒を入れ、また放火して回っている」という噂は、単なる“流言飛語”ではなかったのだ。

Chinjyufu2       戒厳司令部の命を受けて朝鮮人の避難場所となった旧・海軍横須賀鎮守府。
        大勢の朝鮮人が保護された。

--------------------------------------------------------------------

在郷軍人団に対し拳銃を発射、群集に向け拳銃を発射、軍人を集団で襲撃した、津波が来るとデマを流した、女性を強姦した、橋脚を破壊しようとしていた、給水所付近を毒を所持して徘徊していた、堤防上でダイナマイトを所持していた、日本人を殺害した、
これだけのことが大震災直後に起これば、その話はまたたく間に被災地全体に広がる。
そして、通信手段が壊滅状態のため伝聞に頼るしかない状況下においては、話は大きく膨らむ。
大地震と猛火で打ちひしがれた被災民たちが、朝鮮人に恐怖と敵意を抱いても不思議ではない。

つまり、“流言飛語”の源は朝鮮人自身にあったのだ。
新聞の記事中にはないが、その所業を見れば、混乱に乗じて「放火」を企てた朝鮮人がいても不思議ではない。
事実、記事が報道されたころには、警察は「朝鮮人による放火」の捜査に乗り出している。
これに対して日本人社会が自警団を結成し、自己防衛に走ったのは至極当然のことである。
もちろん、内務省警保局の調査にもあるように、朝鮮人と誤認されて殺害された日本人も相当数いることを見れば、自警団の行為が過剰防衛だったと非難することはできる。
が、当時の状況を考えれば、それを「過剰防衛」と断言できるだろうか?

いずれにしても、“流言飛語”に惑わされた日本人が無辜の朝鮮人を大量虐殺した、という史実は事実ではない。
“流言飛語”の元は朝鮮人自身の暴挙によって作り出された。
それに対して、大震災で壊滅的打撃を受けた日本人社会が過剰に反応した、これが事実である。
そして、警察も軍も自警団の過剰防衛ぶりを見て、逆に朝鮮人保護に乗り出した。
その結果、犠牲者は「朝鮮人231人、中国人3人、日本人59人」で収束したのである。

長い間、“流言飛語”に惑わされた日本人によって6500人もの無辜の朝鮮人が虐殺された、とされてきたが、これも捏造された“左翼神話”だったのだ。

プロパガンダに騙されてはならない!

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※この投稿は、2011/06/17の再掲です。

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2018/11/21

卓袱台返しの反日ポピュリスト文在寅に鉄槌を下そう!


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また容共・反日のポピュリスト=文在寅が愚かな行為を実行しようとしている。

【ソウル時事】韓国女性家族省は21日、声明を発表し、2015年末の慰安婦問題に関する日韓政府間合意に基づいて設立され、元慰安婦らの支援事業を行ってきた「和解・癒やし財団」について「解散を進め、事業を終了することを決定した」と発表した。慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」をうたった合意の履行を担っていた財団の解散で、歴史問題をめぐる日韓の外交摩擦が一層深刻化するのは避けられない。

(後略)

慰安婦財団の解散決定=10億円処理、日本と協議-外交摩擦が深刻化・韓国
時事通信社 2018/11/21

この件について、安倍晋三首相は21日、財団の解散決定に関し、「国際約束が守られないのであれば、国と国の関係が成り立たなくなる。責任ある対応を望みたい」と記者団に述べた(時事通信社)
と言うが、当然の反応であり、絶対に許容するべきではない

こんなことをしても韓国には何の得もない。
北朝鮮の非核化をめぐって日米韓の足並みを揃えるべき時に、意図的に国民の反日感情をあおり、日韓の間に楔を打ち込もうとする。
これには米国も辟易しているだろう。
北朝鮮を利するだけで、米国にとってはマイナスでしかないからだ。
文在寅は、北朝鮮寄りの政策を進めて米国から疎んじられた廬武鉉の二の舞を演じるだけに終わるのではないか。
しょせん廬武鉉の弟子だから、それも覚悟の上かもしれないが、日米だけではなく韓国自身にとってもその所業は大いなるマイナスである。

左翼ポピュリストはどこにでもいる。
我が国の鳩山L.由紀夫や菅直人も同類だ。
が、鳩山や菅は、外交面では最後の一線を越えなかった。
師匠である廬武鉉もそうだ。
そういう意味では、文在寅は、東アジアにおいて他に類を見ない衆愚政治家であると断定せざるを得ない。

日米から離反し、北朝鮮にすり寄っても韓国には何のメリットもない、これは自明のことだ。
国民の反日感情を煽り、一時的に支持率は上昇しても、自国の国益を毀損する行為はやがて断罪されるだろう。
しかし、自らの思想的満足と目先の人気しか考えない文在寅に、その自覚を求めるのは絶望的であると言わざるを得ない。

実は、韓国経済には将来性がない。
しょせんは日本のコピーで成り立っている経済であり、もうすぐ中国に技術的に抜かれるのは間違いない。
唯一、半導体が韓国の強みだが、その半導体を支えているのは日本企業の機械や素材である。
つまり韓国は、日本に支えられて半導体を大量生産しているに過ぎない。
そういう韓国にとって重要な国家である日本に対し、子供じみた嫌がらせを繰り返す文在寅。
この国にも文在寅にも明るい未来はないだろう。

なお、解散することになった「和解・癒やし財団」は日本が拠出した10億円を財源とし、“元慰安婦”らへの現金支給事業を実施してきた。
これまでに、合意時点での生存者47人のうち34人に1人当たり1億ウォン(約1000万円)、死亡者199人のうち、58人の遺族に1人当たり2000万ウォン(約200万円)を支給済みである。
実に72%の“元慰安婦”が、日本が支出した資金を受け取っていることになる。
にもかかわらず、前政権の実績だから、あるいは自らのイデオロギーに合わないからと言って国家間の合意を覆そうとする。
まさにポピュリストの典型である。

卓袱台返しの反日ポピュリスト文在寅に鉄槌を下せ!

Ianfu

【追記】
文在寅が手をつなぐ“元慰安婦”の李容洙は1928年12月13日生まれとされる。
これが真実だとしても、終戦当時は16歳+α。
つまり連行された(とされる)時期は、遅くとも15~16歳くらい、もっと早ければさらに幼いということになる。
当時の女性は、今と比べて発育がかなり遅い。
こういう少女を“慰安婦”にするだろうか?
私は、朝鮮戦争の時に「第五種補給品」として韓国軍と共に米兵も利用した韓国軍慰安婦(特殊慰安隊)ではないかと疑っている。

本当に“元慰安婦”だろうか?


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徒然なるままに左翼時代の自分について語ろう


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私が「元左翼」であったことをご存知の方も多いと思います。
このBlogでも書いたことがあるし、FacebookやTwitterのプロフィール欄にも書いていましたから、多くの方がご承知のはずです。
Twitterでは、元赤軍派議長の塩見孝也さん(故人)と相互フォローの関係にありました。

なぜ左翼になったのか?
そもそもは高校生時代に遡ります。
私は学校の受験体制に大いなる不満を抱いておりました。
だから高三になると、ほとんど授業には顔を出さず、図書館で好みの本を読む毎日でした。
また、当時の米国によるベトナム侵略も許せませんでしたね。
そんな時、椎名麟三を知り、彼に強く惹かれました。
そして、その延長でカール・マルクスの思想と出会ったのです。
私は、マルクスの考え方や歴史観、そして資本主義に対する分析が正しいと確信しました。
目から鱗が落ちるとは、まさにこのことです。

「搾取も抑圧も差別もない、真に自由で平等な」社会。
「人間が疎外から解放され、もっとも人間らしく生きることのできる」社会。
「一人は万人のために、万人は一人のために生きる」社会。
「各人はその能力に応じて働き、必要に応じて与えられる」社会。
これってサイコーですよね。

しかし、一方で私は、日本の歴史と日本人であることに強い誇りを抱いていました。
なぜなら有色人種で唯一近代化を成し遂げ、欧米列強と肩を並べるまでになったからです。
だから他の左翼活動家のように戦前の歴史を否定的に捉え、中国や朝鮮に謝罪する気持ちにはなれませんでした、と言うか強い違和感がありました。
それより原爆を投下し、無差別に日本国民を大量殺戮した米国に対する怒りの方が強かったですね。
さらにソ連が大嫌いでした。
これは、父親がシベリアに抑留されたという事実が影響したと思います。

そんなちょっと変わった側面のある左翼活動家でしたから、左翼運動に違和感を覚えることもありましたね。
例えば、当時、「自己否定」という言葉がはやりました。
自国の歴史や国家体制を否定するだけではなく、自身の内面に残る小ブルジョア的考え、甘えや驕りを否定し、真のプロレタリア的精神を獲得する...
だから、みんな大学をやめました。
しかし私は、こういう求道者的思考、あるいは志向にはついていけませんでしたね。
俺たちは自由のために戦っているんじゃないのか?という思いが強かったからです。
しかし、そんな私も、つられて大学を退学しました(爆)

やっぱり当時の左翼って、なんか辛気臭いですよね。
あのころは全共闘ってかっこいいと思っていたし、自分たちは敗北しても闘いは未来に引き継がれる...なんて考えていたけど、「自己否定」なんて言い出したから誰もついてきません。
しかも、世の中は「一億総中流」の時代になっていて、ヘルメットにゲバ棒なんて限られた空間の革命ごっこになり果てました、残念ながら、と言うか当然ながら。
だからみんな足を洗って、洗脳されたカルトだけが内ゲバで殺し合いをするようになった。
その挙句が「連合赤軍事件」です。
でも、大学をやめて引きこもりになった後も、成田空港反対運動(闘争)で元仲間の赤ヘルが機動隊にボコボコにやられる姿を見ると、テレビ画面の向こうに飛び込んでいきたくなりましたから、一度染まった思想から脱却するのはなかなかむつかしいもんです。

Bund4
 

その後、大学に復学した私は、25歳で卒業し、地方公務員の上級職になりました。
しかし、共産党系の労組が跋扈する姿を見て、公務員が嫌になりましてね。
なぜか学生時代を思い出してしまったんです。
それに、公務員の仕事ってルーチンが多くて退屈なんですよね、私の性格からすると。
結局、私は公務員をやめ、独立の道を選びました。
しかし世の中、甘くはありません。
大学卒業に7年かかり、そのあとは公務員を5年、しかも頭の中は、まだ赤味がかかっている...
こんな人間が独立してもウマくいくはずがありません。

私は、公務員をやめた後、機会の平等はあっても結果の平等はあり得ない、と思うようになりました。
マルクスや左翼が言うような「能力に応じて働き、必要に応じて与えられる」社会なんてありえないし、それは人間の堕落であると思うようになったからです。
能力のある者が恵まれ、そうでない者はそこそこでしかない、この原則を崩したら社会は進歩しないし発展もありません。
もちろん、そうでない者も最低限の保障はされるべきだし、生きる権利は尊重されなければなりません。
実際のところ、20世紀半ばまで猛威を振るった共産主義が資本主義に敗北したのは、資本主義が「弱肉強食」から「富の再分配」や社会福祉重視という考えに舵を切ったからです。
弱者であってもその生存権は保障される、これは資本主義が共産主義から学んだ点であり、だからこそ資本主義が勝利したと言えるでしょう。

ソ連の最高指導者であるヨシフ・スターリンは、約80万人を粛清と称して処刑した。
中国の最高指導者である毛沢東は、少なくとも400万人を文化大革命で死に追いやった。
カンボジアのポルポトは、知識人を中心に120万人を殺害した。
この歴史的事実を日本共産党や社民党はどう総括しているのでしょうか?
資本主義は自らを修正したのに、共産主義はドグマから抜け出せず自滅の道を辿りました。
これは人類にとって幸せなことであったと確信します。

食うに困らず、住むに困らず、着るに困らず、たまに贅沢もできる 、そんな生活を享受しながら、その源にある歴史や日本の心を否定する、こういう連中を私は理解できません。

※「食うに困らず、住むに困らず、着るに困らず、たまに贅沢もできる」というフレーズを、あるジャーナリストがネット上でまるまるコピーしておりました。
これは、私が10年近く前に当ブログで生み出した言葉です。



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2018/11/20

低レベルの政治的パフォーマー=文在寅に鉄槌を下せ!


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韓国大法院(最高裁)は10月30日、新日鉄住金に対して元徴用工を自称する連中への賠償支払いを命じた。
そして今度は、11月29日に、三菱重工業に賠償を求めた訴訟に判決を言い渡す予定だという。
背後には、強制動員被害者(元徴用工〕22万6千人が控えており、訴訟の対象になる日本企業は299社にのぼる。
仮に22万6千人全員が訴訟を起こせば、収拾がつかなくなるのは目に見えている。
にもかかわらず文在寅政権には危機意識が極めて薄いように見える。

もともと、今回の判決は文在寅が仕掛けたものだ。
彼は、思想的に自らに近い左派の地裁所長を大法院長官に抜擢し、さらに判決直前の27日に、徴用工裁判の判決を遅延させたとして大法院の前幹部を逮捕した。
まさに「政治的圧力」、と言うより「政治的介入」という言葉がふさわしい、民主主義国家ではありえない行動をこの大統領は取ったのだ。
日本政府が激怒するのは当然であり、韓国政府に対して厳しい態度を取るのは道理にかなっている。
実際、今月11日から開催されたASEAN関連会合では、日本政府は韓国大法院の判決を批判する英語の資料を配布し、安倍総理は文在寅と会場で2回顔を合わせたが、軽い握手と立ち話だけで終わった。

日本国政府は国際司法裁判所に提訴することも視野に入れているとされるが、おそらく韓国は応じないだろう。
応じなければ裁判そのものが成立しないからである。
そうやって時間稼ぎをする。
文在寅とはそんな人物なのだ。
大局に立って判断・行動するのではなく、自らの狭量な思想信条に従って発言し、行動する。
もともとの親分が、あの「欠陥商品」と呼ばれた廬武鉉元大統領だから推して知るべしである。

もちろん、それぞれ事情の異なる22万6千人が70年以上前の出来事について訴訟を起こすなんて物理的にも、政治的にも、制度的にも無理がある。
膨大な数に上る“便乗徴用工”が登場すれば、日本だけではなく世界中の笑い者になる。
それが解っていてもパフォーマンスしなければならない、それが文在寅の宿命であり、限界なのだ。
師匠である廬武鉉がそうだった。
彼は「反米だからどうだと言うのだ!」と豪語しながら、米ワシントンに行くと尻尾を振っていた。
そんな人物の子分だったのが文在寅である。

私には、現段階で、文在寅がどう動くかは見通せない。
と言うか、彼自身も何の展望も持っていないだろう、その場その場でパフォーマンスを繰り広げるのが彼の手法であり能力だから。
来年のことを言うと鬼が笑うかもしれないが、おそらく文在寅は雪隠詰めの状態に陥る、間違いない。

我が国は、この低レベルの政治的パフォーマーを厳しく批判するとともに、妥協することなく追い詰めていくべきだと思う。

文在寅と韓国に鉄槌を下せ!

Ahobrother           2007年5月、盧武鉉大統領(当時=右)と秘書室長時代の文在寅(左)


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2018/11/19

JR東日本に巣食う「革マル派」というカルト


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今日は、我々が思いもつかぬところに巣食う極左勢力について言及しよう。

一般国民の日常生活に絡むところに潜む「国家の破壊活動をたくらむ勢力」―その最大のものはJR総連である。JR総連は傘下組合員6万1000人を誇り、JR連合(組合員7万5000人・右派)と並ぶJR労組内の一大勢力である。特にJR東日本では、経営側のバックアップもあって労組員の約8割を占め、圧倒的影響力を持っている。

この、日本を代表する公共交通機関であるJRの巨大労組が、なぜ国家の破壊活動をたくらむ勢力なのか?
それはJR総連が革マル派によって完全支配されているからである。

JR総連の前身は国鉄動力車労働組合(動労)である。この動労、国鉄民営化前は順法闘争やスト権ストを繰り広げ、「鬼の動労」の異名を取っていた。
で、このJR総連を革マル派が支配するようになったのは、元動労委員長で現JR総連・JR東労組顧問の松崎明氏抜きには語れない。

松崎氏は、1936年生まれ。1955年、国鉄入社。日本共産党に入党。1958年、(革マル派の教祖)黒田寛一氏と出会う。1959年、共産党を離党。革命的共産主義者同盟(革共同)に加入。
この松崎氏が、左翼運動及び労働運動の中で大きな存在感を発揮するようになるきっかけは、1963年の革共同分裂である。革共同が中核派と革マル派に分かれた時、松崎氏は黒田氏率いる革マル派についた。そして副議長(組織名:倉川篤・愛称:クラさん)になった。

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私が左翼だったころ(38年前)、松崎氏は動労東京地本の書記長だった。が、このとき既に、松崎氏は「動労の最高実力者」と言われていた。
この松崎氏、敵であったが、その卓抜した指導力とカリスマ性は認めざるをえない。この松崎氏の秀でた能力と革マル派の組織力(組織論)が一つになって、革マル派による動労支配が確立されていくのである。

革マル派というのは、新左翼(過激派)の中では異端とも言える存在だった。ほかのセクト(党派)が大衆闘争(学園闘争や街頭闘争)に力を入れていたのに対し、革マル派だけは、組織の強化(前衛党建設)にひたすら励んでいた。
彼らにとって大衆闘争は、組織を拡大するための手段でしかない。だから、国家権力と対峙する局面を迎えると、闘争より「組織の温存」を選んだ。東大闘争がその典型である。彼らは、あの安田講堂攻防戦の時、与えられた持ち場からこっそり抜け出した(=逃げ出した)のである。
だから、全共闘にも入れてもらえず、他党派と常に衝突した(内ゲバ)。特に中核派とは近親憎悪もあってか、「血で血を洗う」抗争を繰り広げ、双方合わせて100名近い死者と無数の重傷者を生み出した。

私が左翼に絶望した直接の原因は、妙義山の山岳アジトにおける連合赤軍による大量リンチ殺人であるが、これはまだ、追い詰められた末の、閉鎖空間における極限的な状況が生み出した面もあるという言い逃れができた。
しかし、革共同両派の内ゲバは、もう「アイツは革命の敵だ!敵は殺せ!」という論理でしかなかった。かつては同志だった者たちが、鉄パイプや金属バットで相手を滅多打ちにしたり、バールで頭蓋骨を打ち砕いたりする。
「人間の真の解放」「人間の真の平等」を叫ぶ連中がこんなことをする。私は、このとき、はっきりと「共産主義」というイデオロギーが“狂気”であることを認識した。

特に革マル派は、その独善性、排他性、意見の異なる者への攻撃性という点で、もう「共産主義」という名のカルト集団にすぎないと確信した。そして私は、きっぱりと「共産主義」と縁を切った。

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Dourou_kakumaru

革マル派が動労を支配できたのは、共産主義者(レーニン主義者)特有の狡猾さによる。当時の動労は日本社会党と総評(現・連合)の影響下にあった。で、社会党と総評は、ベトナム戦争の泥沼化を見て、「日米安保条約反対・ベトナム侵略戦争反対」を掲げてそのための青年組織を傘下の労組の中に作った。
その名を「反戦青年委員会」と言うのだが、新左翼(過激派)各派がここぞとばかりにこの反戦青年委員会に対して加入戦術を取るのである。そして、ほどなく、反戦青年委員会は過激派の影響下に収められ、総評の「鬼っ子」になっていく。

この反戦青年委員会で勢力を誇ったのが、中核派と革マル派である(我がブントは運動論はあったが組織論がなかったのでダメだった)。で、そのころの中核派は過激な街頭闘争を運動の軸にしていた。当然、反戦青年委員会に所属する労働者にも動員がかかる。が、革マル派は組織の強化(前衛党建設)が第一であるから、労働者を街頭闘争に参加させるような真似はけっしてしなかった。
その結果、中核派系の反戦青年委員会は多数の検挙者を出し弱体化したが、革マル派系のそれはかえって勢力を増すことになるのである。

しっかりと理論武装(洗脳)された革マル派の活動家たちにとって、社会党や総評系の幹部(ダラ幹)など赤子と同じだった。彼らは、総評の青年部を確実に侵食していった。
何しろカルト集団であるから、その生存能力と繁殖力は環境に恵まれれば極めて高い。で、動労、全逓(後のJPU)、全電通(現NTT労組)、日教組などの官公労組にその勢力を広げていく。

結局、JPUやNTT、日教組などの革マル派は、中核派による度重なる襲撃などによりその勢力を衰退させた。が、動労(JR総連)の革マル派だけは、松崎氏というカリスマの存在もあってその勢力が衰えることはなかった(九州や長野県は離反したが)。

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JR総連(革マル派)の危険性は、国鉄民営化の時の対応を見ればよく解る。国鉄民営化は労働者の側からすれば、まさに大合理化そのものである。したがって、左翼党派であれば、当然反対せざるをえない。実際、当時の社会党や共産党、総評や国労は民営化に反対した。

ところが、である。最左派と目された「鬼の動労」が賛成に回ったのだ。しかも動労から見れば右翼とも言える鉄労と組んでまで。
しかも松崎氏は、このとき、運輸族のボスだった三塚博運輸大臣と手を結び、当時の自民党の実力者だったあの金丸信氏とも親交を深めた。

この、もっともネックになると目されていた動労(松崎氏)の転向によって、国鉄民営化は大した混乱もなく実現するのである。このときから、JR東日本の経営側はJR総連(というか松崎氏)の意向を無視できなくなったのだ。

このあと、動労は鉄労とともにJR総連を発足させる。が、やがてJR総連内の鉄労系組合員は、動労系のセクト主義、その攻撃性に愛想をつかして総連を脱退し、新組織を結成する。
この新組織を積極的に支援したのが、当時、JR東海の副社長だった葛西敬之氏である。で、この葛西氏、自らが非常勤講師を務める大学で革マル派に襲撃される。

JR東日本とJR東海が犬猿の仲なのは、こういう背景があるのである。

-------------------------------------------------------------------

当時、松崎氏はメディアに対して、「私は革マル派ではない」「(革マル派の教祖)黒田氏から思想的影響は受けたが、今は関係がない」と語っていた。そして、「労働者の雇用を守るために民営化に賛成した」とも語った。
が、これはウソだ。革マル派の論理に忠実に従ったにすぎない。

「戦後政治の総決算」を掲げた中曽根康弘首相(当時)は、国鉄民営化の目的を「国労を解体し、社会党・総評ブロックを消滅させ、新しい憲法を安置する」と語っている。この体制側の猛攻に、戦後政治の一方の軸であった当時の社会党・総評ブロックでさえ崩壊しかねないほどの危機に直面した。
そこで松崎氏は、勝ち目の薄い「抵抗」よりも「組織の温存」を選択したのだ。

ほんとうに転向したのなら、なぜ中核派が「松崎だけは絶対に殺す!」と言うのか?なぜ、JR総連内から意見が相違する者を暴力をもって排除しようとするのか?なぜ、護衛付きで複数のアジトを点々とするのか?

中核派によると、松崎氏は晩年の黒田氏(2006年死去)とは意見が対立していたようだ。党官僚や学生が黒田氏を支持し、労働者が松崎氏を支持するといった構図らしい。
中核派の機関紙「前進」によると、2000年の12月、松崎氏は「革マルと完全に手を切った」と公言し、一方の黒田氏率いる革マル派は「JR総連本部執行部を階級敵と断罪し、打倒する」との「戦闘宣言」を出したらしい。
が、革マル派はJR総連執行部を批判しても、松崎氏個人は批判しないのだ。
共産主義者を知っている人なら分かると思うが、彼らは裏切り者に容赦しない。松崎氏が転向したのなら、革マル派から壮絶とも言える罵詈雑言を浴びせられるはずだ。「裏切り者」「階級の敵」「反革命」「権力の手先」「ファシスト」「スパイ」―おそらくこれくらいは批判(罵倒)される。が、現実はそうではない。
革マル派はJR総連の労使協調路線を批判しても松崎氏には沈黙する。

これは、黒田氏の「組織現実論」を松崎氏が実践しているからではないのか?

松崎氏は、中核派が言うように「革マル派執行部」と路線対立を起こしているのかもしれない。が、除名されたわけでもない。
私は偽装転向だと思う。

革マル派、正式名称は日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派でございますが、同派は共産主義革命を起こすということを究極の目的としている極左暴力集団であります。約五千四百人の活動家等を擁しているというふうに見ております。

革マル派は、他の極左暴力集団と比較しても、非公然性が極めて強い組織であります。これまでにも、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反事件あるいは対立するセクトとの間での殺人事件等々、多数の刑事事件を引き起こしてきているところであります。

他方、革マル派は、現在、将来の共産主義革命に備えるため、その組織拡大に重点を置いて、周囲に警戒心を抱かせないよう、その党派性を隠して、基幹産業の労働組合等、各界各層への浸透を図っております。JR総連及びJR東労組への浸透もその一環というふうに見ているところであります。

平成18年10月25日 第165回国会 国土交通委員会 第3号(リンク切れ)

警察においては、平成8年以降、日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(以下「革マル派」という。)の非公然アジト15か所を摘発しているが、これらのアジトの一部から押収した資料を分析するなどした結果、全日本鉄道組合総連合会(以下「JR総連」という。)及び東日本旅客鉄道組合(以下「JR東労組」という。)内における革マル派組織の存在を確認するなど、革マル派がこれらの組織に相当浸透している実態を解明しているものと承知している。

平成15年3月18日 「政府答弁書」(リンク切れ)

やはり、松崎氏は「革マルと完全に手を切っていない」のだ。

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カルトと言ってもよい極左が、日本を代表する公共交通機関であるJR東日本に巣食っている。そしてJR東日本の経営陣がそれに屈服している。
異論を持つ職員や対立する労組に対して暴力さえ厭わない組織、これがJR東日本の労組員の約8割を握っている。そして―JR総連は、利益のみを追求する新自由主義的な競争社会に反対し、公平・公正な社会を築くために、「反グローバリズム運動」を掲げ、世界の仲間たちと連帯して闘っています―などと、もっともらしいメッセージを発信する。

彼らは労働運動をやっているのではない。平和(反戦)運動や人権擁護運動をやっているのではない。革命の準備運動をやっているのだ。
そして、JR総連の潤沢な資金が革マル派に流れていたのは間違いないと思う。昨年、横領容疑で警察の捜索が入ったので今は分からないが。

我々は、JR総連に代表される「普通の顔」を装う極左勢力を注視し、警戒を強めなければならない!

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今日のエントリのテーマは、一度は「書きたい」と思っていたものです。
かなりの時間を要しましたが、少しだけ満足感があります。

読者の皆さん、今後ともよろしくお願いします。


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※この投稿は、2008/02/04の再掲です。

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2018/11/18

中核派の英雄が公安のスパイだった、という笑い話


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中核派が揺れているそうだ。
理由はスパイ事件。
党中央の大幹部である荒川碩哉氏が公安(正確には内調と公調)のスパイだった、というのだから驚きと言えば驚き...
が、中核派は、以前にも関西の最高幹部による党資金の私的流用が発覚して中央派と関西派、九州派に分裂した過去があるから、そんなには驚かない。
要は、過激派の雄=中核派はもう腐っている、と言うより末期的なのだ。

今回も本当にスパイなのか、スパイと決めつけて反対派を排除したのか、どちらか分からない。
実際、中央派の機関紙=前進は、荒川氏と関西派を同列に置いて非難している。
まあ、目くそ鼻くその類だが、あの中核派が、いよいよ終末を迎えたかと思うと感慨深いものがある。
ちなみに、「公安のスパイ」とされた荒川氏は、1971年の渋谷暴動で機動隊員を殺害したとして25年近く刑務所(又は拘置所)に入っていた人物である。
中核派によると、荒川氏は2000年に満期出所したが、その時からスパイだったと言う。
つまり中核派は、スパイを“不屈の英雄”として組織の大幹部に据えていたことになる(爆)

Shibuya_boudo

元過激派として思うのだが、60歳を超えて過激派、もしくは極左というのは、私の想像の域を超えている。
荒川氏が事件を起こした1971年当時は、私もバリバリの過激派だったが、この日本で暴力革命なんてありえないとすぐに悟った。
1991年のソ連崩壊によって、共産主義そのものが人類には向いていないと心底から実感した。
1987年、米国に出発するとき、はじめて成田空港を利用し、どこか後ろめたい気がしたものだが、そんな安っぽい感傷は、ソ連の崩壊を見てきれいに払拭されたね。

私には、掲げた目標を50年以上経っても達成できない政治組織が存続していること自体が理解できない。
しかも勢力は衰退の一途なのに、そんな組織に加入して意気揚々と活動している感覚が異常としか思えない。
きっと私の思いは、大半の方が感じていることだと思う。
中核派や革マル派だけではない。
社民党や共産党も同じだ。
彼らが掲げる目標は何十年経っても達成できないどころか、年々勢力は後退し、今や極少派である。
支持率も、社民、共産、過激派を合計して2%程度にすぎない。
それでも「私たちは正しい」「国民大衆の理解が足りないだけ」ってか(爆)

だけど、まだまだ、こいつらを舐めてはいかんぜよ。
衆院選の時にデマが出回ったよね。
「徴兵制が導入される」とかね。
原発もそう。
もう原発のおかげで日本のお先は真っ暗。
こんなのは、すべて発信地は過激派です。
で、それを真に受けてネットで拡散するバカがけっこういる。
「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」ごときは、「中核派と無縁である」と宣言したが、ヘゲモニーを握っているのは四トロ(第4インター系)なのだから笑える。

まさに「気を付けよう!その市民団体は左翼過激派」です(爆×∞)
被害者意識は永遠なり(笑)


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※この投稿は、2013/09/27の再掲です。

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2018/11/17

オウムの無差別殺人は連合赤軍のリンチ殺人と相似形


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文春オンラインが
>オウム真理教 なぜ“普通の若者たち”が“無差別大量殺人集団”になったのか<
という江川 紹子氏の投稿を掲載しているが、これは笑止千万と言うしかない。

既に、連合赤軍による大量リンチ・殺人事件が1972年にあった。
オウム真理教が起こした事件は、私に言わせれば、この連合赤軍による事件と本質的には同じ、まさにメダルの裏表だった。
私は彼らと同じブントだったから、その精神構造がよく解る。

江川 紹子氏も元左翼なら、そういう視点でオウム真理教を語るべきだ。
「絶対的真理」なんてない!
真理は相対的だ!
この事実を、マインドコントロールされると忘却する。
そして追い込まれ、そこから脱却するために信じがたい行為を実行する。

このことを、左右を問わず明らかにするべきだと思う!

Sekigun


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L .由紀夫が我が国の総理大臣だったのは災難だった


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わざわざ韓国にまで出かけて、おまけに北朝鮮の高官に追従して「徴用工問題」を非難する鳩山 L.由紀夫。
このような人物が我が日本国の総理大臣だったなんて未だに受け入れられないし、「災難」だったと思うしかない。

 韓国京畿道(キョンギド)で16日、徴用工問題など日本による「戦争被害」をテーマにした国際シンポジウムが開かれた。北朝鮮から参加した朝鮮アジア太平洋平和委員会の李種革(リジョンヒョク)副委員長は「日本は謝罪や補償はおろか認めさえしていない」と批判。「北と南が手を握って日本の罪悪を暴き、不幸な歴史が繰り返されないよう努力すべきだ」と強調した。
 鳩山由紀夫元首相も講演し、韓国最高裁が日本企業に賠償を命じた徴用工判決について「日本企業や政府は厳しく受け止めなければならない」と指摘した。(ソウル 桜井紀雄)

鳩山元首相、徴用工に言及…韓国で戦争被害シンポ
2018.11.17 産経新聞

Hatoyamalyukio    北朝鮮の李種革・朝鮮アジア太平洋平和委員会副委員長(前列中央)、鳩山由紀夫元首相(左端)

L.由紀夫は「徴用工」の何たるかも知らないのだろう。
リベラルを気取り、自らの愚かさをさらけ出すことでメディアの注目を浴びることにご満悦なのだ。
まさにルーピー(Loopy=くるくるパー)の本領発揮。
おかげさまで自民党は政権に復帰し、民主党の系譜を継ぐ政党は奈落の底に落ちた。

そういう意味では、この L.由紀夫は恩人かもしれない。

合掌!


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2018/11/16

共産党は天皇を否定する政党。暴力革命もありえる!


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やっぱり文在寅≒日本共産党!!!

共産党の志位和夫委員長は12時日午後、韓国最高裁が新日鉄住金に賠償を命じた元徴用工訴訟の確定判決を受けて来日した原告の弁護士らと国会内で面会した。志位氏は「両国間の請求権の問題が解決されたことは個人の請求権の消滅を意味しない。これは日本政府の立場でもある。その一致点を大事にして前向きの解決ができるのではないか」と語った。

2018.11.12 15:52 産経新聞

>個人の請求権の消滅を意味しない。これは日本政府の立場でもある。<

公安の監視対象になっている政党の党首がよく言うよ。
破防法は日本共産党のためにある。
そんな政党が「請求権の消滅を意味しない。これは日本政府の立場でもある」などと力説しても何の説得力もない。
元徴用工訴訟の弁護士も、そういう革命政党と面会し、自らの主張を訴えても出自が知れ渡るだけだ。

「元徴用工訴訟の弁護士」=「北朝鮮の手先」
と自白しているようなもんだ(笑)
日本共産党も北朝鮮と兄弟だし。

Shii_choyo              共産・志位和夫委員長、元徴用工側弁護士と面会


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★徴用工判決★河野外相の非難発言に韓国が懸念表明


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史実を歪曲する国家・国民との友好はあり得ない!

【ソウル堀山明子】韓国外務省は15日、元徴用工訴訟で韓国最高裁が新日鉄住金に賠償を命じた確定判決を巡り「河野太郎外相が最高裁判決を非難する発言をしていることに失望を禁じ得ない」と懸念を改めて表明する報道官声明を発表した。

~後略~

<徴用工判決>河野外相の非難発言、韓国が懸念表明
11/15(木) 21:12配信  毎日新聞

朝鮮半島で国民徴用令が実施されたのは、1944年9月から翌1945年8月までの11ヶ月間である。
しかも、1945年3月には日本軍が制海権を喪失したため、下関-釜山間の連絡船の運航が困難になり、実質的には7ヶ月間という極めて短い時間だった。
当時の在日朝鮮人の9割が自然流入で、その他も大半が官斡旋や募集である。

朝日新聞は、戦後の在日朝鮮人について、以下のように報じている。

大半、自由意思で居住。外務省、在日朝鮮人で発表。戦時徴用は245人(1959年7月13日 朝日新聞)

Asahi_newspaper

強制動員企業299社、被害者(徴用工〕22万6千人というバカげた数字は何を根拠にしているのだろうか?
1944年9月から1945年3月までの僅か7ヶ月間で、22万6千人もの人間を当時の海上輸送力で連行できるのだろうか?
背後に、被害者づらしてカネをせびろうと言う卑しい乞食根性が透けて見える。

民族感情に基づいて判決が下される国家は法治国家ではない。
政権が変わるごとに約束を反故にする国家とは付き合えない。
我々は、この事実を肝に銘じなければならない!


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2018/11/15

自らの反日妄動に対して過剰な被害妄想を抱く韓国


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相変わらず被害妄想まる出し!

徴用工判決影響? BTSに続きTWICEも日本のテレビ出演に暗雲

防弾少年団(BTS)に続き、TWICE(トゥワイス)も日本のテレビ番組への出演が難しくなるのか。韓国の人気男性アイドルグループ防弾少年団のメンバーが原爆投下の場面がプリントされたTシャツを着用していたとの理由で、同グループの日本のテレビ番組への出演が中止となったのに続き、ガールズグループTWICEのNHKへの出演も不透明になっている、と日本メディアが報じた。日本を刺激する要因が何もない韓国のガールズグループまで出演中止になれば、これは韓国大法院(最高裁判所に相当)の強制徴用賠償判決を理由に日本が韓流全体の制限に乗り出すシグナルとも解釈できる。

~中略~

NHKは以前も、韓日関係の悪化を理由に出演者を「調整」したことがあった。2011年の紅白歌合戦には韓国の東方神起、KARA、少女時代が出演したが、12年に当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領が独島(日本名:竹島)を訪問して以降、5年間にわたり韓国の歌手に出演を要請しなかった。

2018/11/12 朝鮮日報日本語版

Twice

自ら犯した「反日妄動」に対する報い!
被害者意識は永遠なり(笑)



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2018/11/14

対韓国 我が国は妥協なき戦略的放置に徹するしかない


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日本政府、対韓国「戦略的放置」

きりがないね。
政権が変わると、あるいは世論の風向きが変わると、司法の判断までもが豹変する。
我が国は、妥協なき「戦略的放置」に徹するしかない。

文在寅政権は、間違いなく自壊する!

Choyoko

Choyoko2


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2018/11/13

中高年に多い左巻きの人たちにターゲットを絞ったのかな?


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通販雑誌だから読者(購買者)は、左だけではなく中道も右もいると思うのだが...
ネットに押されて、中高年に多い左巻きの人たちにターゲットを絞ったのかな?

Ochiai


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まさに成金の悪趣味。


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【AFP=時事】中国の裕福なインターネットユーザーの間で、自分が所有する高級品を道路にばらまき、それらと共に路上に伏せるように横たわる自身の姿をネットに投稿することが流行している。
2018/10/28 20:57

まさに成金の悪趣味。
文革で儒教を排斥した中国は、改革開放で共産主義からも逸脱した。
残されたのは拝金主義と言う名の怪物!


China_2


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2018/11/12

我が日本は新たなトレンドを生み出す国家であってほしい


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私はブロガーとして、かつてかなりの発信力を有していた。
一日の読者数が、ピーク時で2万人を超えていたからだ。
人気ブログランキングでも、政治部門で2年以上にわたって第一位だった。
今は、更新をあまりしないので、一日のアクセス数は2千弱しかない、残念ながら、と言うか、当然ながら。

ところで当時、私のブログが人気を博した理由の一つは、郵政民営化に「賛成」の論陣を張ったからだ。
そのころの郵政は「親方日の丸」で採算意識が欠如し、おまけに労組は革マル派に牛耳られていた。
この堕落しきった当時の郵政を、驚くことに一部の保守が強硬に擁護したのだ、郵政民営化は地方を崩壊させると。
それだけではない。
「米国のハゲタカファンドに食い物にされる」と言うアホな連中もいた。

振り返れば、地方は衰退しつつあるが、これは資本の論理であって郵政民営化のせいではない。
また、「第二の予算」と呼ばれた財政投融資への預託義務もなくなり、一部の自民党政治家による不合理な地方への利益誘導も余り目に付かなくなった。
つまり、金権政治の根っこが郵政民営化で断絶されたのだ。

私は、このころから、いわゆる「保守論壇」に跋扈する評論家を信じなくなった。
彼らは合理性に欠け、古き良き時代を懐古しているにすぎないからだ。
良きにつけ悪しきにつけ、世の中はグローバル化しており、この波は避けられないのだ。

我が日本国は波に流されることなく、かと言って過去にしがみつくわけでもなく、新たなトレンドを生み出す国家であってほしいと願っている。

Kakumaruha


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2018/11/10

プロフィール画像を変えました。


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久しぶりにプロフィール画像を変えました。
昨年、東武の特急スペーシアに乗って鬼怒川温泉に向かう途中の画像です。
場所は個室。

今月は那須温泉に行く予定です。

年が明けたら、もう67歳だもんね。
疲れるはずだよ。

このブログを始めてもうすぐ14年かあ...

でも、まだまだ、途切れながらも続けますよ!
ピーク時に1日20,000以上あったアクセス数も、今は1,000くらいだけど、チビチビと頑張ります。

総アクセス数が39,688,001だから、せめて40,000,000までは頑張りたい!

Ban_makoto_2


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2018/11/08

2年前の片山地方創生相の看板をあげつらう野党の愚


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攻めあぐねる野党。
モリ・カケは賞味期限が切れたので、今度は重箱の隅をつつき始めた。

片山さつき地方創生担当大臣の巨大看板(130cm×180cm)がメディアを賑わせている。
看板は、埼玉県のJR浦和駅近くにあり、2016年1月に設置されたという。
片山氏によれば、2015年12月に出版した自著の宣伝が目的だというが、2016年に行われた参院選の期間中にも掲示されており、野党は「公選法違反だ」と追及している。

片山氏は参院比例区なので看板が選挙に影響を与えたとは思えないし、さいたま市出身だから地元に自著を宣伝したいという気持ちもわかる。
テレビでは、某評論家が「撤去し忘れたのだろう」と言い、某弁護士は「形式的には公選法違反の疑いがあるが罪に問われることはないだろう」と宣っていた。

しかし、2015年12月に出版した本の宣伝看板を、しかも参院選が終わってから2年以上が経過するのにそのまま放置していたとは脇が甘いね。
ただ、それだけ「気に留めていなかった」ということの証でもある。
まあ、野党もケシ粒みたいな存在で、政策提案能力もないので「何でもいいからアラ探し」をするのだろうが、もう少し正面から来たらどうか!と思うね。

Katayama_2


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2018/11/04

坂本弁護士一家を警察が見捨てたからサリン事件が起きた


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坂本堤弁護士一家3人が、オウム真理教の複数の幹部に就寝中を襲われ、殺害されてから4日で29年の時が流れた。
一家の墓がある神奈川県鎌倉市の円覚寺松嶺院では、3日に法要が営まれた。
当時、坂本弁護士は33歳、妻の都子さんは29歳、そして長男の龍彦ちゃんは未だ1歳だった。

あのころ、この事件は迷宮入りになりそうだった。
事件現場にプルシャ(オウム真理教のバッジ)が落ちていたにもかかわらず、自宅から忽然と姿を消した坂本一家を、神奈川県警は「事件」ではなく「失踪」と判断したからだ。
「失踪」だから捜査が本格的に行われることもなかった。

その頃の坂本弁護士は「オウム真理教被害者の会」を組織し、信者家族とともにオウム真理教と厳しく対峙していた。
だから現場でプルシャ(オウム真理教のバッジ)を発見すれば、オウム真理教を疑うのが当然なのだ。

にもかかわらず神奈川県警は、事件を闇に葬ろうとした。
理由は、坂本弁護士が共産党系であり、当時の神奈川県警は「日本共産党国際部長に対する盗聴事件」をめぐって東京地検に告発されていたからだ。

真相は、元教団幹部で実行犯である岡﨑一明(2018年7月26日死刑執行)の自供で明らかになった。
坂本弁護士は新潟県、都子さんは富山県、龍彦ちゃんは長野県の山中深くに全裸姿で埋められていた。

当時の神奈川県警は万死に値する。

写真上
11月3日の法要の様子
写真下
坂本弁護士の遺体が発見された現場

Sakamoto_2

Sakamoto3_2

私は警察、特に公安警察を全面的に信頼してはおりません。
共産党や過激派、あるいは反戦平和団体などにとどまらず、恣意的、且つ超法規的にスパイを送り込んでいるからです。
目をつけられたら保守系団体だってやられます。
<間違いない!


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