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2018/11/21

徒然なるままに左翼時代の自分について語ろう


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私が「元左翼」であったことをご存知の方も多いと思います。
このBlogでも書いたことがあるし、FacebookやTwitterのプロフィール欄にも書いていましたから、多くの方がご承知のはずです。
Twitterでは、元赤軍派議長の塩見孝也さん(故人)と相互フォローの関係にありました。

なぜ左翼になったのか?
そもそもは高校生時代に遡ります。
私は学校の受験体制に大いなる不満を抱いておりました。
だから高三になると、ほとんど授業には顔を出さず、図書館で好みの本を読む毎日でした。
また、当時の米国によるベトナム侵略も許せませんでしたね。
そんな時、椎名麟三を知り、彼に強く惹かれました。
そして、その延長でカール・マルクスの思想と出会ったのです。
私は、マルクスの考え方や歴史観、そして資本主義に対する分析が正しいと確信しました。
目から鱗が落ちるとは、まさにこのことです。

「搾取も抑圧も差別もない、真に自由で平等な」社会。
「人間が疎外から解放され、もっとも人間らしく生きることのできる」社会。
「一人は万人のために、万人は一人のために生きる」社会。
「各人はその能力に応じて働き、必要に応じて与えられる」社会。
これってサイコーですよね。

しかし、一方で私は、日本の歴史と日本人であることに強い誇りを抱いていました。
なぜなら有色人種で唯一近代化を成し遂げ、欧米列強と肩を並べるまでになったからです。
だから他の左翼活動家のように戦前の歴史を否定的に捉え、中国や朝鮮に謝罪する気持ちにはなれませんでした、と言うか強い違和感がありました。
それより原爆を投下し、無差別に日本国民を大量殺戮した米国に対する怒りの方が強かったですね。
さらにソ連が大嫌いでした。
これは、父親がシベリアに抑留されたという事実が影響したと思います。

そんなちょっと変わった側面のある左翼活動家でしたから、左翼運動に違和感を覚えることもありましたね。
例えば、当時、「自己否定」という言葉がはやりました。
自国の歴史や国家体制を否定するだけではなく、自身の内面に残る小ブルジョア的考え、甘えや驕りを否定し、真のプロレタリア的精神を獲得する...
だから、みんな大学をやめました。
しかし私は、こういう求道者的思考、あるいは志向にはついていけませんでしたね。
俺たちは自由のために戦っているんじゃないのか?という思いが強かったからです。
しかし、そんな私も、つられて大学を退学しました(爆)

やっぱり当時の左翼って、なんか辛気臭いですよね。
あのころは全共闘ってかっこいいと思っていたし、自分たちは敗北しても闘いは未来に引き継がれる...なんて考えていたけど、「自己否定」なんて言い出したから誰もついてきません。
しかも、世の中は「一億総中流」の時代になっていて、ヘルメットにゲバ棒なんて限られた空間の革命ごっこになり果てました、残念ながら、と言うか当然ながら。
だからみんな足を洗って、洗脳されたカルトだけが内ゲバで殺し合いをするようになった。
その挙句が「連合赤軍事件」です。
でも、大学をやめて引きこもりになった後も、成田空港反対運動(闘争)で元仲間の赤ヘルが機動隊にボコボコにやられる姿を見ると、テレビ画面の向こうに飛び込んでいきたくなりましたから、一度染まった思想から脱却するのはなかなかむつかしいもんです。

Bund4
 

その後、大学に復学した私は、25歳で卒業し、地方公務員の上級職になりました。
しかし、共産党系の労組が跋扈する姿を見て、公務員が嫌になりましてね。
なぜか学生時代を思い出してしまったんです。
それに、公務員の仕事ってルーチンが多くて退屈なんですよね、私の性格からすると。
結局、私は公務員をやめ、独立の道を選びました。
しかし世の中、甘くはありません。
大学卒業に7年かかり、そのあとは公務員を5年、しかも頭の中は、まだ赤味がかかっている...
こんな人間が独立してもウマくいくはずがありません。

私は、公務員をやめた後、機会の平等はあっても結果の平等はあり得ない、と思うようになりました。
マルクスや左翼が言うような「能力に応じて働き、必要に応じて与えられる」社会なんてありえないし、それは人間の堕落であると思うようになったからです。
能力のある者が恵まれ、そうでない者はそこそこでしかない、この原則を崩したら社会は進歩しないし発展もありません。
もちろん、そうでない者も最低限の保障はされるべきだし、生きる権利は尊重されなければなりません。
実際のところ、20世紀半ばまで猛威を振るった共産主義が資本主義に敗北したのは、資本主義が「弱肉強食」から「富の再分配」や社会福祉重視という考えに舵を切ったからです。
弱者であってもその生存権は保障される、これは資本主義が共産主義から学んだ点であり、だからこそ資本主義が勝利したと言えるでしょう。

ソ連の最高指導者であるヨシフ・スターリンは、約80万人を粛清と称して処刑した。
中国の最高指導者である毛沢東は、少なくとも400万人を文化大革命で死に追いやった。
カンボジアのポルポトは、知識人を中心に120万人を殺害した。
この歴史的事実を日本共産党や社民党はどう総括しているのでしょうか?
資本主義は自らを修正したのに、共産主義はドグマから抜け出せず自滅の道を辿りました。
これは人類にとって幸せなことであったと確信します。

食うに困らず、住むに困らず、着るに困らず、たまに贅沢もできる 、そんな生活を享受しながら、その源にある歴史や日本の心を否定する、こういう連中を私は理解できません。

※「食うに困らず、住むに困らず、着るに困らず、たまに贅沢もできる」というフレーズを、あるジャーナリストがネット上でまるまるコピーしておりました。
これは、私が10年近く前に当ブログで生み出した言葉です。



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