社会

2008/06/13

想像力の欠如が産んだ無差別大量殺人

茨城県土浦市のJR常磐線荒川沖駅構内で24歳の無職男が8人を次々と刺したのが3月23日。で、今度は秋葉原だ。
しかも、秋葉原では7人が死亡、10人が重軽傷。この無差別殺傷事件で逮捕された25歳の男は「生活に疲れた。殺すために秋葉原に来た。誰でもよかった」などと供述しているという。
不条理としか言いようのない事件だが、突然の凶行により未来への夢や希望を絶たれた方々の無念、そのご家族の心境を察すれば言葉に詰まる。

確かに昔から凶悪な犯罪は数多くあった。が、その犯人は、ほとんどがそれなりの犯罪性向の持ち主だった。
が、このところの無差別殺傷犯は違う。
高校生くらいまでは普通に育っていたのに、18歳くらいから落ちこぼれ始め、大人になって不安定な就業環境の中で孤立感を深め、閉塞感にさいなまされる。
ここで異常なのが、その孤独感や閉塞感が自らに向かうのではなく他者への憎しみ、環境への恨みに転化することだ。

まじめ、おとなしい、目立たない、荒川沖駅構内で事件を起こした24歳の無職男も今回の秋葉原の元派遣社員も、メディアでは似たような人物評が紹介されている。
が、表から見た印象とは隔絶したところで、常人には理解不能な妬み、嫉み、恨み、憎しみが怨念にまで昇華され、そしてその怨念が絶望に転化して爆発したのだろう。

荒川沖の無職男は高校時代、遅刻と欠席が3年間で1回ずつという勤勉な生徒だった。そして弓道部に所属し、2年生のときには全国大会に出場している。秋葉原の元派遣社員も成績優秀で青森県内では最難関の進学校に進んでいる。
このあたりまでは2人とも問題児ではなく、むしろまじめで優秀な生徒だったのだ。このような者が無差別殺人に走る。その心の闇は余りにも深くて想像を絶する。

もちろん、色んな事情や環境がこの者たちに精神的歪みをもたらしたのだろう。そして、彼ら自身の気質(きしつ)も関係していると思う。
が、やはり、家庭環境に大いなる原因があったと思えてならない。また、高度成長の過程で、家族の絆や地域社会における伝統的共同体意識が希薄になったことも大きな意味では影響を与えていると思う。

私たちは戦後の高度成長とともに、モノが豊かになるのと反比例するようにして大事なものをなくしていった。その昔、私たちの周りにあったもの――身近な自然、家族の結びつき、地域のふれあいと助け合い・・・
人間というものはどこまで行っても助け合っていかなければ生きていけない生き物なのに、どうしてこんなに自分のことしか考えられない人間が増えたのだろう。

私は、競争や格差が今回の事件を生み出したという見方には同意できない。これは、あくまでも彼個人の責任に属するものである。
が、思いやりを欠いた社会、お互いの絆を喪失した社会、額に汗して働くことを尊しとしない社会は、これからも、まじめで、おとなしくて、目立たなくて、それなりに優秀だった人間をモンスターに変身させる・・・そんな気がしてならない。

電車の中でひたすら携帯電話とにらめっこしている人たち、何がそんなに彼らを携帯電話に熱中させるのか?
今回の事件現場でも、被害者を携帯電話のカメラでひたすら撮り続ける人間がたくさんいた。目の前で、理不尽な死に直面している被害者を平然と撮影する人間たち。
無神経というより人間としての何かが欠けていると思う。

私たちは、もっと他者に対する想像力を働かせることができる人間を育てる努力をしなければならない。今、目の前にいる人にも、街ですれ違う人にも、海の向こうにいる人にも愛する家族がいて、将来の夢や希望がある。
このことを理解できる人間、相手の悲しみや心の痛みを理解できる人間、これが我々に与えられた想像力というものではないのか。

今回の事件で犠牲になられた方々に哀悼の意を表します。

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2008/04/26

瀬尾佳美・青山学院大学准教授の意見をどう思う?-2

続報です。

J-CAST、産経に続いて毎日新聞もこの件を取り上げました。

山口県光市の母子殺害事件を巡り、青山学院大の女性准教授が昨年9月の個人ブログで、「事件の死者数は1.5人で、無期懲役とした1、2審判断が妥当」などと記載したことに、広島高裁の死刑判決後に同大へ批判の電話などが相次いだ。同大の伊藤定良学長は25日、「記述が適切ではなく、関係者に多大な迷惑をかけた」と大学のホームページで謝罪した。

准教授は、事件の遺族が高裁で死刑を求める陳述をした翌日の昨年9月21日付ブログで「死刑は重すぎるように思えてならない。犯人が少年だからだ。子供を死刑にするのは正義感に合わない。最低でも永山基準くらいをラインにしてほしい。永山事件の死者は4人。この事件は1.5人だ」などと記した。

同大によると、判決翌日の23日に「子供の命を0.5人と数えている」と批判する電話が数件あった。24日以降は、「電話が鳴りっぱなし」(同大広報課)の状態になった。

伊藤学長は25日、「子供の命を0.5人と数えるのは社会通念上、適切ではない」と、本人に口頭で注意。准教授も26日、個人ブログで謝罪した。【川崎桂吾】

山口・光の母子殺害:青学大准教授「死者は1.5人」 ブログ記載、抗議殺到で謝罪
毎日新聞 2008年4月26日 東京夕刊

で、当事者の瀬尾佳美准教授は謝罪しましたが、本音はこれ!

これはわたくしの個人的な意見を表明したもので、学生には関係ありません。
学生への迷惑行為に関しましては何卒ご容赦をお願いします。
本体のほうに謝罪文が掲載されています。

追記:

ところで、本日付の毎日(夕刊)に私の記事が出ています。が、よくこんなものを書くと思います。

私は25日には学長にはお目にかかっておりません。それどころか私は今のところ学長と面識がないです。

この日は一日授業があり、授業後はゼミ生と夏合宿の打ち合わせをして帰宅しています。もちろん注意をうけた事実もないです。

書き方は悪かったと反省しておりますが、私は幼児を0.5と数えたわけではありません。もともとの記事を注意深く読んでいただければわかりますが、乳児については、殺人ではなく傷害致死の可能性を指摘しただけのことです。もし私が学長にお目にかかっておれば、当然ご説明をしたはずですので、このような発言を学長がなさるはずがない。新聞ってこんなのでしょうか。

このブログは、現在「パスワード認証」になっており、アクセス不可です。

いやあ、表向きは謝罪しても、本質は「ゆがんだ人間」そのもの、と痛感します。

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瀬尾佳美・青山学院大学准教授の意見をどう思う?

ご無沙汰しております。
相変わらず多忙な日常に身をすり減らし、心身ともにブログを更新する余裕がありません。

ただ、今日、見過ごすわけにはいかないニュースを発見しました。
山口県光市の母子殺害事件の判決にかかわるものです。

私は、この事件と、その裁判に強い関心を抱き続けてきました。
このブログでも何度も取りあげました。
そして先日、ついに死刑判決が出た。

この死刑判決に対する反応で、私が想像し得る極限のモノが今回発見したニュースで報じられています。
このニュースに対して、私は敢えてコメントしません。
皆さんが「どう感じるか」教えてください。

以下引用↓

「元少年殺されれば遺族は幸せ」 青学准教授ブログに集中砲火
4月24日21時15分配信 J-CASTニュース

山口県光市の母子殺害事件判決について、青山学院大学の准教授が自身のブログに、「判事はテレビに洗脳された妻から影響」「元少年が殺されれば遺族は幸せ」といった内容を書き込んでいたことが分かった。ネット上で、被害者側に失礼だなどと批判の集中砲火を浴びている。さらに大阪府知事や拉致被害者家族についても、関係者の心情を逆なでしかねない書き込みが波紋を呼んでいる。

■「国は復讐代行業になった感じ」

ブログを書いたのは、青学大国際政治経済学部の瀬尾佳美准教授(環境経済学など)。IT企業のSE、防災関係の研究員などを経て、同大で教えている。

瀬尾准教授は、ブログ「おいしいものが食べたい」で、2008年4月22日に被告の元少年を死刑とする差し戻し控訴審判決が出た光市事件について、長文で思いをつづった。もともと07年9月21日に書いた日記「光市母子殺害事件と死刑廃止論」に、判決を受けて08年4月23日に追記したものらしい。

その追記「元少年に死刑判決」で、瀬尾准教授は、日本の刑事裁判が被害者遺族の報復の手段になったという意味で、歴史的な判決になったと主張。この事件をきっかけに、「国は復讐代行業になった感じ」と述べた。

そのうえで、マスコミが前代未聞の騒ぎをしたことが量刑の背景にあるとして、次のように書き込んだ。

「差し戻した最高裁の判事の妻は、おそらく専業主婦で、TVばっかり見ていたため洗脳され、夫の仕事にも影響したのだろう(判事の判断は、思いのほか被告の外見とか、外野のヤジとかにかなり影響される、という実証研究がある)」

つまり、最高裁判事がテレビに影響され、無期懲役とした広島高裁に差し戻し審理を命じ、その影響が控訴審判決でも出たという意味らしい。そして、最後に、死刑判決が出たことに対してこう述べた。

「いずれにしても、元少年が殺されれば、報復が果せた遺族はさっぱり幸せな思いに浸るに違いない。自分の血を吸った蚊をパチンとたたき殺したときみたいにね。それだけは喜んであげたい」

■大阪府知事を中傷するような書き込みも

「青学の美人准教授」と話題にして祭り状態の2ちゃんねるでは、追記前の日記についても、疑問視するスレッドがいくつも立っている。

その日記で、瀬尾准教授は、選挙権もない少年への死刑には原則反対だとして、死刑にする場合には、4人射殺の少年事件(1968年)をきっかけにした永山基準をラインにしてほしいとした。そして、「赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまう」として、光市事件で殺された母子のうち幼児を1人と数えず、「永山事件の死者は4人。対してこの事件は1.5人だ」と書き込んだ。これに対し、「(幼児も)命には代わりが無い」などと批判が相次いでいるのだ。

ただ、日記では、幼児が傷害致死、殺人どちらで死んだか分からないとして、「ここでは1.5としておく」と釈明してはいる。

日記には、関係者に失礼ではないかとみられる書き込みも多い。例えば、次のようなものだ。

「『死刑廃止論者の言うことはなにからなにまで欺瞞なのだ』みたいな思考停止は、先進国人というより中国人に近い」
「夏の夜なんかに、日比谷公園で絞首刑の執行。そのぶら下がった屍骸の前で、稲川順二の怖い話ライブなんて結構いいかもしれない」

瀬尾准教授は、橋下徹大阪府知事が弁護士時代に光市事件の弁護人懲戒請求をテレビで呼び掛けていたことについても非難。07年12月19日の追記で、府知事を中傷するような書き込みまでした。

「大阪府知事なんかエロノックだって務まったくらいですから誰でもかまいません。ま、人間の廃物利用ってところでちょうどいいじゃないですか」。

■拉致被害者「めぐみさん」は幸せ?

ところが、この日記で終わりではない。瀬尾准教授が07年初めごろまで書いていたブログ「日々の気になるトピックス」でも、関係者を刺激しかねない書き込みが見つかったのだ。

それは、2006年12月25日付の日記「6ヵ国協議成果なし」。そこでは、北朝鮮の拉致問題を取り上げ、拉致は2か国の問題だとして、他国を巻き込むことに疑問を呈した。そして、拉致被害者の家族に対しても、「違和感」があると打ち明けたのだ。

「私は子供をなくした経験がありますが、『めぐみちゃん』はちゃんと育って、結婚までして、あまつさえ子供まで儲けています。私の目から見ると信じられないくらい幸福です。なのにその幸福に感謝もしないで、いつまでもいつまでも『めぐみっちゃん』とか不幸面してられるアンタが心底うらやましいよ、とTVを見るたびに思います」

ただ、瀬尾准教授は、日本にいることに不満を漏らして、拉致被害者と替わってあげたいともした。そして、「こんな限りない日常が終わりになるなら是非拉致されたい」と明かした。

一連のブログの書き込みについて、J-CASTニュースでは、青学大広報課を通じて瀬尾准教授に取材を申し込んだ。これに対し、広報課では、「取材についてはお引き受けできないとの回答でした。その理由については確認しておりません」と答えた。

大学のHPに掲載された本人の写真Seo_2











ニュースの源になった瀬尾准教授のブログ おいしいものが食べたい
個人のブログなので、敢えて転載しませんでした。
なお、当該エントリの最後に「この記事の全文はこちらに掲載しました」とありますが、今は「お探しのページは本日工事中であるか、もしくはお使いのプロバイダーは嵐氏が多いためアクセス禁止になっています」と表示されています。

非難が殺到する「青山学院大学掲示板

参考: 「光市事件死者は1.5人」 HPで青学准教授 (産経新聞)

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2008/03/31

根津教諭は“クビ”じゃなかった!

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

おいおい、1日早いエイプリルフールかよ。
あの、根津公子教諭がまたまた停職6ヶ月。
なんで2度続けて「停職6月」なの???
普通なら「懲戒免職」だろう???

東京都教委に何らかの政治的圧力?少なくとも政治的判断が働いた結果だろうな、残念、と言うよりオカシイよな絶対!

東京都教委は31日、今春の卒業式の「君が代」斉唱時に起立しなかったなどとして、都立南大沢学園養護学校(八王子市)の根津公子教諭(57)を停職6カ月の懲戒処分にした。不起立による根津教諭に対する懲戒処分は5回目。昨春も停職6カ月の懲戒処分だったため、今回は免職も危ぶまれていた。

根津教諭は3月24日に同校で開かれた卒業式の君が代斉唱時、校長の職務命令に従わず、起立しなかった。また、昨年10月には、「日の丸・君が代」に反対する趣旨が背中にプリントされたトレーナーやTシャツを着て勤務し、校長から着替えを命じられたが、着用を続けた。

根津教諭はこの日、「都教委は私をクビにはできなかった。これからも『日の丸・君が代』の強制におびえずに頑張っていきたい」と語った。

根津教諭は06年に、自由と人権の擁護に貢献した人々に贈られる「多田謡子反権力人権賞」を受賞。根津教諭の活動を追ったドキュメンタリー映画が制作され全国で上映されるなど、「日の丸・君が代」反対運動のシンボル的な存在となっている。【伊藤直孝】

<君が代・不起立>都立養護学校教諭に停職6カ月 免職回避
(毎日新聞)

一昨日のエントリ「ついに“クビ” 根津公子教諭」が見事にはずれてしまった。
でも、「停職6ヶ月」を受けた公務員が同じ事犯で再び処分されるとしたら「免職」しかない、と思うんだけどなあ・・・

多田謡子って、私に言わせれば、ただの「極左の弁護士」。社民党の福島党首と同列。
こんな人物の名を冠した賞を受賞したからといって、根津教諭が社会的に評価されていることの証明になるわけでも何でもない。

やはり都教委は、「日の丸」不起立で「初のクビ」に躊躇したんだろうな。
が、その見返りが「都教委は私をクビにはできなかった。これからも『日の丸・君が代』の強制におびえずに頑張っていきたい」だ。

いや、都教委の罪は大きいよ。

で、「多田謡子反権力人権賞」を受賞、って書き立てる毎日新聞。
国民の99.9%は、そんな「賞」など知らないって言うの!
何と言っても、あの松井やより(元朝日新聞編集委員・女性国際戦犯法廷国際実行委員会共同代表)が選考委員を務めていた賞だからね。
正体が知れている。

根津教諭は私より1歳上、全共闘運動のシンガリ。
また、来年も「不起立」だろう。
ここで“クビ”にしなかったら、また言われちゃうぞ、「都教委は私をクビにはできなかった。なぜなら国民が、生徒が私を支持しているから」と・・・

毅然としろ!
都教委!!!

ところで、根津教諭、今回の処分は10回目なのだが、「不起立による懲戒処分は5回目」ということ・・・
・・・は、「不起立」以外で5回も処分を受けている。

何が「『日の丸・君が代』反対運動のシンボル」だ!
笑わせるな!!!

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2008/03/29

ついに“クビ” 根津公子教諭

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

私は、2006年5月27日のエントリ「教員免許更新制を急げ」で、根津公子という都立中学の教諭について言及した。
この教諭、家庭科の先生なのだが、なぜか授業で“従軍慰安婦”について教えていたという、極めて非常識で偏向した思想性の持ち主なのだ。

私が根津教諭を取り上げたのは、この年の卒業式で「君が代」を拒否し、都教育委員会から3ヶ月の停職処分を受けたというニュースに接したからである。そして、彼女について調べているうちに「家庭科の授業で“従軍慰安婦”について教えている」という事実を知った。
しかし、私の驚きはさらに続く。
停職処分を受けた根津教諭、何と「処分は不当だ」として学校への“出勤闘争”を始め、入校を拒否されると、次は校門前での座り込み活動に入ったのだ。
こんな教師が、まだ教育現場にいる、これは私にとって驚き以外の何ものでもなかった。まさに、20年以上前の極左系労働者の抗議活動を彷彿させた。

NezuNedu2




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この根津教諭、翌2007年の卒業式でも「君が代」を拒否し、今度は6ヶ月の停職処分を喰らう。が、当人は毎日“出勤”、困惑する校長に向かって「ここにいてはいけないことの根拠となる法令を示してください」と言って居座る。
これが、都立中学の教師の姿なのだ。

根津教諭は、このとき、旧社会党最左派の新社会党や過激派の中核派とも関係が深い「レーバーネット」において、「私は今日も起立はできません」と題して次のように書いている。

都・市教委が進める「日の丸・君が代」は教育行為に反し、教育を破壊することだと思います。「日の丸・君が代」について生徒が考え意見形成できる資料を提示せず、機会を提供せずに、起立・斉唱を指示することは、調教に他なりませんし、子どもたちを戦争に駆り立てた戦前の軍国主義教育と同じです。また不服従の教員を処分することで徹底させるこの強制の仕方は、生徒たちに「命令には考えずに従え」「長いものには巻かれよ」と教えるようなものです。私は生徒たちが自分の頭で考え判断できる人に、「真理と平和を希求する」(改定前の教育基本法)人になってほしいと願い、仕事に当たってきたつもりです。ですから、私はこうした都教委に加担できません。
(抜粋)

―「日の丸・君が代」に起立・斉唱を指示することは、調教に他なりませんし、子どもたちを戦争に駆り立てた戦前の軍国主義教育と同じです―
「日の丸・君が代」に起立・斉唱を指示する=軍国主義教育、こんな発想をする人間は、今ではごく少数であり、この根津教諭の展開する論理は飛躍しすぎている、と普通の人は思うだろう。
が、このような教師が、かなりの割合で公教育の現場に存在するのも事実なのだ。

根津教諭に訊きたいものだ。
「君が代」が奏でられる時、直立不動の姿勢で帽子を取ることを求める王貞治監督は軍国主義者か?と・・・

学習指導要領」には次のように書かれている。
―「国家間の相互の主権の尊重と協力」との関連で、国旗及び国歌の意義並びにそれらを相互に尊重することが国際的な儀礼であることを理解させ、それらを尊重する態度を育てるよう配慮すること。―
ここには、根津教諭が主張するような―「日の丸・君が代」について生徒が考え意見形成できる資料を提示し、機会を提供する―ように指導せよとは一言も書かれていない。
―国旗及び国歌の意義並びにそれらを相互に尊重することが国際的な儀礼であることを理解させ、それらを尊重する態度を育てる―という当然すぎることが書かれているだけだ。
そして、指導要領は以下のように続く。
―入学式や卒業式においては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。―
これに従うことのどこが“調教”なのだ、どこが“戦前の軍国主義教育”なのだ。

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で、「日の丸・君が代」に起立・斉唱することに反対してきた根津教諭。今年も勤務する都立養護学校の卒業式で不起立を貫いた。これまで9回、停職などの処分を受け、今回処分を受ければ懲戒免職となるのは確実視されている。
「君が代」不起立で初めて“クビ”という事例になるのだそうだが、当然だろう。

根津教諭は、前記のレーバーネットで「クビまであと1年か・・頭をよぎる」と書いている。つまり、2007年の処分を受けた時点で、もう今年の「『君が代』拒否」を固く決意していたのだ。
こんな教師は解雇する以外に方法がない。

自国の国旗・国歌に敬意を払い、他国のそれを尊重するように教えるのは国際的に見ても当たり前のことだ。
己の思想・信条から「日の丸・君が代」を認められないという人間がいても、それは自由である。が、公務員たる教師は「学習指導要領」に従う義務がある。「入学式や卒業式においては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導する」のは職務なのだ。

その職務を放棄した教師が処分される、何の不思議もない。しかも、根津教諭は過去に9回も処分を受けているのに反省のカケラもない。
むしろ解雇処分が遅いくらいだ。

最後に、「自国の国旗・国歌に敬意を払い、それを尊重する」ことに異議はないが、「日の丸・君が代」は認められないという人に以下の文章を捧げる。
これは、前出の「教員免許更新制を急げ」の中で、なぜ「日の丸・君が代」が国旗・国歌にふさわしいのかに言及した部分である。

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はっきり言って、『日の丸』と『君が代』がダメという人たちは歴史観がゆがんでいる。

そもそも我が日本国は、江戸末期においては極東(Far East)の極小国にすぎなかった。いつ欧米列強の餌食になってもおかしくなかった。それを、幕末から明治にかけての先人たちは、短期間で欧米列強に比肩する近代国家に変貌させた。
これは、ある意味では『奇跡』であった。
この『奇跡』を可能にしたのは、当時の我が国の文化水準の高さが大きく関係している。高い文化水準が、短期間で欧米の文化を吸収する土壌になった。
いわゆる『和魂洋才』である。

が、それだけでは『奇跡』は起こりえなかった。
やはり、俗世を超越した『天皇』という権威の存在が、この『奇跡』の最大の原動力であったと私は思う。

維新前の我が国は、『大名』と言う名の『諸侯』による連合国家であったとも言える。
この諸侯連合国家が維新によって一気に近代的な中央集権国家に生まれ変われたのは、やはり『天皇』の存在なくしては考えられない。
島津斉彬の系譜を引く『開国派』の薩摩藩と、吉田松陰の門下生が率いる『攘夷派』の長州藩が、『尊皇倒幕』で同盟できたのも『天皇』という存在があればこそだった。

『天皇』の下(もと)に『富国強兵』に励んだ我が国は、その後、日清、日露の両戦争に勝利し、アジアにおけるその存在を確固たるものにした。
『天皇』という存在がなければ、我が国は『開国派』と『攘夷派』、『尊皇派』と『佐幕派』が入り乱れて、大規模な内乱状態になっていた可能性もある。そして、その先は欧米列強による植民地化。清(中国)や李氏朝鮮と同じ運命である。
つまり、『天皇』という存在がなければ、そもそも今の我が国自体がありえなかったと
いうことだ。

『君が代』は、この『天皇』を象徴として戴く民主国家・日本が繁栄し、永遠に続くことを願う歌なのである。そのどこに問題があるのだ???

『君が代』を否定する人たちは、天皇制を否定する人たちとイコールと見てよい。また、「天皇に戦争責任あり」という人たちともイコールである。
要は天皇制を否定する、『天皇』を戦争犯罪人扱いする思想が根底にあるからこそ、『君が代』に拒絶反応を示すのだ。
これこそ「一つの価値観を押し付けること」になるのではないか???

そもそも『君が代』は、戦前から、「ごく自然な国家の平安を願う歌」として親しまれてきたのであって、何も『天皇』を崇める歌ではない。
私の母親は、84歳になる今でも、1月2日の新年参賀を欠かさない。その母親に聞いても、同じような言葉が返ってくる。

『日の丸』も同様である。
江戸末期に、開国によって日本国共通の船舶旗を制定する必要が生じた。そのとき、徳川幕府が『日の丸』をその旗とした。これが、『日の丸』が日本を象徴する旗として
公式に用いられた最初である。
時代が変わり、1870年(明治3年)制定の太政官布告第57号商船規則に基づき、『日の丸』は日本船の船印として正式に採用された。それ以来、『日の丸』は日本の独立を象徴する旗(国旗)として使用されてきたのである。

反対派は、『君が代』や『日の丸』を「軍国主義の象徴」「侵略と植民地支配に繋がるもの」などと的外れな批判を展開する。
『軍国主義』や『侵略と植民地支配』を認めたとしよう。が、『軍国主義』、つまり軍部が国を支配した時代がどれだけあったのか???最大に見ても1936年(昭和11年)から1945年(昭和20年)までの10年足らずではないか!!!
侵略はどうか???よほど考え方が偏向した者でなければ、日清、日露の両戦争を「侵略であった」などとは言わない。米・英・蘭を相手にした戦争も、植民地をめぐる争いであって、我が国が米・英・蘭を侵略したわけではない(それらの国々こそが典型的な帝国主義的侵略国家であった)。
つまり、『軍国主義』や『侵略』を認めたとしても、昭和のほんの一時期のものにすぎない。
植民地支配にしても、台湾は日清戦争の結果として割譲されたものであり、韓国併合は、当時においては国際的に承認された合法的なものであった。
なぜ、このような歴史的事実から、『君が代』や『日の丸』を「軍国主義の象徴」であり、「侵略と植民地支配に繋がるもの」とする結論が導き出されるのか???

まったく理解できない!!!
むしろ、『君が代』と『日の丸』は、我が日本国が、極東の極小国から短期間で欧米列強に比肩する近代国家に変貌した象徴ではないか!!!

世界の国々は、国の独立を示す象徴として国旗と国歌を持っており、各国は、お互いの国旗・国歌を尊重し合い、敬意を払う。これは、近代国家における常識であり、この常識を児童・生徒に教えることがなぜいけないのだ!!!なぜ、国旗や国歌の大切さを教えることが、「思想や良心の自由」を侵すことになるのだ!!!

~後略~

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報道によると、28日付の官報で告示された小中学校の改訂学習指導要領の総則に「我が国と郷土を愛し」という文言が入り、音楽の教育方針に「君が代を歌えるよう指導」と明記されたそうだ。

けっこうなことだが、「国民であれば国歌を歌える」という当たり前のことがなされていなかった今までの方がおかしい、と思う。

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2008/02/27

旧帝国陸軍軍人を誇りに思う

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

私は、過去のエントリ「A級戦犯」で、「昭和の聖将」と称えられた松井石根陸軍大将に対する極東国際軍事裁判(東京裁判)における判決の不当性と、その悲劇性について言及した。
で、――この悲劇的な人物の人となりを知ることが、この裁判がいかに独善と偏見に満ちた杜撰なものであったかの証明になる。
松井は「兵の罪は我が責なりとして下獄し、無畏(むい)を念じていささかも動ぜず、平常心のまま刑に服した」と云われる――と書いた。

私の父が北支戦線で、陸軍中尉として部隊を指揮し、最後はシベリアに抑留されたことは既に何度も述べた。そして、シベリアから帰還した父は、帝国陸軍軍人としての己に強い誇りを抱いていた。
私が「旧帝国陸軍は極悪非道だった」という説に強い違和感を覚えるのは、この父の存在がある。そして、『南京虐殺』の責任を問われて処刑された松井大将の実像を知るに及んで、その違和感はさらに大きくなった。

この、私の旧帝国陸軍に対する思いを、なおさら後押しするのが岡田資中将の存在である。

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朝日新聞が、「映画散歩」の「週末に観る映画はこれだ」で「明日への遺言」を推奨している。
朝日が、この映画を推奨する意図は不明だが、B級戦犯として処刑された岡田中将の東京裁判における態度、発言は我々日本人の誇りである。
この映画のプロデューサーである原正人氏は――自己中心の時代の風潮が、人々を蝕み、行政や企業のリーダーでさえ、責任や誇りや品格という人間としての美徳を失おうとしています。
戦争を見つめることで、平和を考え、逆境にあって、人間としての責任をまっとうする・・・・・・。この映画の主人公、B級戦犯、岡田資中将は、我々にこのことを教えてくれました――と書いている。

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以下は、岡田中将に関するとても参考になるサイト情報である。


Okada_2


















功二級岡田資中将は鳥取中学卒。歩兵科で陸士23期、陸大は34期(席次は13番)。陸大卒業後、イギリスに駐在した。また秩父宮殿下の御付武官も務めた。

佐官時代には木曜会のメンバーだった。会の主要メンバーである東條英機は極端に中学出身者、つまり非幼年学校卒業者を嫌っていたので、中学卒業の岡田が入っているのは不思議な気がするが、土橋勇逸は、やはり中学出身の鈴木貞一の推挙ではないかと書いている。

岡田が法華経と出会ったのは陸大1学年の時であった。その後独学を続けていたが、歩兵第八十聯隊長に補される直前に河合日応師 を知り、1日だけその教えを受けて朝鮮に渡った。

2年間の聯隊長職の後、大阪の第四師団参謀長に補された。第四師団は当時関東軍隷下で三江省にあったため、岡田は参謀長兼治安維持会委員長として、共産匪の覆滅に励みながら、日本移民の世話もしていた。

昭和13年、歩兵第八旅団長時代に転補され、東支、南満、京奉、津浦線を南下して進撃。途中、敵の黄河決壊作戦にも遭ったが、それも乗り越え、東久邇宮殿下率いる第二軍の挺進隊として10月12日には京漢線を乗り越え、26日には漢口の北に殺到する偉功を建てた。これにより岡田支隊は、感状を受けた。戦陣に於いて岡田は、大腸カタルに悩まされながらも、下腹部をつとめて日光に当てながら、結局医者の世話にならずに職務を全うした。

戦場にあること1年余りで陸軍戦車学校長に転補となり、戦車将校や少年戦車兵の育成に努め、更に相模造兵廠長として戦車製造に励んだ。

昭和17年9月、わが国初の戦車師団が編成されると、その戦車第二師団長に補され、再び満洲に渡った。切迫した状況から、従来の操典通りの教育ではとても間に合わない。装甲車輌500台、六輪自動車2000台から編成される戦車師団を以て、夜襲専門に近い訓練を徹底する必要があると考え、その決心を第一方面軍司令官であった山下奉文に訴えると、山下はそれを快く聞き入れてくれた。その後1年4ヶ月に渡りこの方針を徹底し、昭和18年冬、一面氷となった佳木斯に師団の全将校を集めて、近代都市への装甲兵団による襲撃要領を研究中に、飛電一本で名古屋に新設される軍需監理部長に転補となった。後任の岩仲義治に率いられた師団主力は、その後山下と共にフィリピンに渡り、ルソン島での決戦に参加した。

東海軍監部長としては、空襲や地震に襲われながらも、航空機の増産に努力した。サイパン島の失陥は、当時名古屋の留守師団長であった同期の中山惇が態々教えてくれた。「今後海軍航空隊は全然当てにならん。本土決戦は陸軍の自力に頼むのみである」と云う中山の言葉に暗澹とし、更なる能率のアップに努めた。文武混在の軍需部門は中々難しいところがあるのだが、岡田は人使いに手腕があり、時にはヤクザ者までうまく使ったという。

20年2月、本土決戦を控えて第十三方面軍司令官兼東海軍管区司令官の重責を担い、その職で終戦を迎えた。

が、この人を有名にしたのは、むしろこれ以降の生き様であった。(以下主に田嶋隆純教誨師著作より)
東海軍司令官として敵飛行士処刑の責を一身に負った岡田は、十九名の旧部下を率いて立った横浜第一号法廷を、軍人生活最後の死場所と定め、自らこれを『法戦』と名づけていた。その証言台上一週間にわたる検事への論駁は正に日蓮の大獅子吼に彷彿たるものがあった。A級を含めた総ての戦争裁判に於て、戦勝国の非を飽くまで攻撃するだけの胆力を持った被告は殆どなかったといわれている。当然それは自分の首を堵けた自殺行為であり、仮に意気込む者があっても、弁護士がそうはさせなかったであろう。例えば横浜裁判で、長崎の或る海軍俘虜収容所付き兵曹長が虐待の全責任を負わせられてしまったのに業を煮やし、家族九人、全部殺されてしまった原爆の非を法廷で鳴らそうとして、忽ち判士長より中止を命ぜられたという例もある。しかし、岡田の場合は、それができた。というのが、彼は旧部下一同と米人弁護士団に初対面するや、開ロー番私個人の弁護は考えないで貰いたいと、挨拶した如く、捨身に徹底していたため、その心情に対し判士団も検事団も、深く敬意を表していたからである。

こんなエピソードかある。岡田は米国の無差別爆撃を鋭く論難し続けたのであるが、それに対し検事側は、処刑された九飛行士達の認識票たる金属の腕輪を法廷の机にズラリと並べた。並みいる判士連も傍聴の外人達もシャンデリヤの下に空しく並び光る腕輪の列に食い入る如き視線を注いだ。検事側は感情戦の成功に、ほくそ笑みながら、合衆国空軍将士の勇敢にして公正妥当なる戦略爆撃をたたえた。それに対し、法廷には老若男女十数名の日本人が、次々に現われ出た。白毛を束髪にした孤児院の園長さんは、銃撃の中に叫びをあげて倒れゆく幼童達の鮮血を(この目で見た)といった。「私の家の周辺には広く何の軍事施設もありませんでした」と、右の手にした証人用マイクヘ低い呟きを寄せる婦人は、片肘からスッポリと腕を失っていた。或る中年の女性が試問に答え、明らかなる違法銃撃の事実を述べ終ったとき、判士長は型の如く、「何かいうことはないか?」と問うた。「あります。私の夫を返して下さい!!」きっと眼をあげた婦人の視線から、判士席は一斉に顔を伏せた。かくして、遂に岡田中将はアメリカ国務省よりこの法廷に宛て「無差別爆撃を認める」旨の声明電報獲得に成功したのである。「裁判に勝って判決に負けた」とは、中将が常に語ったところであった。

ちなみに軍人としての岡田は、戦略爆撃を肯定する。「予をして米国航空総司令官たらしめば、矢張り日本本土爆撃を決行する」と書いている。今回の米軍の場合、やり方が良くないと岡田は続ける。何故、鉄道を狙わないのか?大工場を狙わず、片っ端から焼くのか?変電所やダムの位置がわからない米軍では有るまいに。人命を多く損せずして、目的を達する方法を考えることが、公法遵法の精神ではないか。彼はこういって、米軍の無差別爆撃を非難している。(岡田遺著『毒箭』)

軍司令官ただ一人の死刑に食いとめ得て、傍聴席の夫人に「本望だ」と言い棄てたまま死刑囚房に下った岡田は、「古来征戦幾人カ帰ル」と獄窓を飛びゆく白雲に悠々として吟じ始めた。その後も再審委員会に向け、今度は自分の助命策戦をとると思いきや、却って若い旧部下達の受命行為を有罪とした不当をなじる書類ばかり提出し、遂に間もなく彼ら多数の旧青年将校をして、唯一の異例たる執行停止処分に浴びさしめ、勇躍獄外の社会に赴かしめたのである。彼の死刑囚棟での明け暮れは、ただ仏道精進の一途に尽きていた。許された訪問時間は、悉く他の死刑囚への仏教解説に充てられた。

9月15日の夜10時、執行命令を宣告すべく独房より連れ出しに行った米軍将校の中には、房外に岡田の姿の現れるまで終始不動の姿勢をとっていた者さえあったという。所長が読んだ宣告文にも軽く頷いただけで、「何か食事の希望があるか?」との問いにもふだんの食事でよろしいといっただけであった。17日の処刑当日も終日平常と何の変りもなく、看守らとも冗談を飛ばし合い、或る米兵が「アメリカ煙草をあげようか」と、話しかけると「アイ、アム、グッドボーイ」と吸うのを断ったりしていた。最後の晩餐には、殊更の注文はなかったが、御馳走があって田嶋隆純師も相伴した。初めから瓶に三分の二程残っていた上等の葡萄酒が出た。「半分は最後の出発のとき飲むのに残して置いてくれ」と看視兵が田嶋師に囁いた。予定した時間が余ってしまったが、岡田は自分と向き合った厨子を眺めながら、「この阿側陀さんの光背は少し曲がっていますねえ」などと、実にのんびりしたものであった。

「9月17日午前0時半、彼の肉体のみが絞首台上に崩れた。」(田嶋隆純)

参照:岡田 資

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松井大将、岡田中将、そして、沖縄県の遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようにするために、自ら「住民たちに自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出」した赤松嘉次大尉。

ほんとうに旧帝国陸軍は“極悪非道”だったのか???

左翼のプロパガンダに、今さらながら激しい怒りを覚える。

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2008/02/21

「あたご」だけが悪いのか?

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

今回の、海自護衛艦と漁船の衝突事故、まずは行方不明になっている漁船の親子の無事と早期救出を祈りたい。

ところで、私は、今回の事件に対する報道のあり方にある種の違和感を感じる。ほとんどのニュースが「海自の護衛艦が悪い」という前提に立っているからだ。

では、ネットではどうか?
これについては、時事通信の「視認は衝突12分前=イージス艦、正面から乗り上げか」が参考になる。と言っても、記事そのものではなく、そこに寄せられたコメントの方だ。
20日22時01分に配信されたこのニュースに、コメントが殺到している。21日午前10時50分の時点で399件。

で、この399件の内訳を見ると、「自衛隊批判」が多い。やはり、自衛隊を否定的に捉えている連中が、ここぞとばかりに書き込んでいるのだろう。もちろん、中には「まっとうな批判」もある。が、かなりの数が自衛隊に敵意を持っているとしか思えないコメントである。

ところが、どのコメントが読者に支持されているかと言うと、それは以下の書き込みである。このコメントは453点を獲得しており、ダントツの第1位。

しかし、どうしてこうも自衛隊批判ばかりが多いかね。
護衛艦側にも当然責任はあるが、これは漁船側にも責任があるんじゃねーの?
あれだけ巨大な艦船だったら、それこそ漁船側だって12分前に見えてただろうに。
それなのに回避行動取らなかったって事は、漁船側にだって非はあるだろ。
大型トラックと軽自動車、どっちが小回りが利くかぐらいちょっと考えれば分かるでしょ。
自衛隊ばかり批判する前に、国民がもっと冷静に一番見つめ直すべきじゃねーの?

この指摘は正しい。過失責任は漁船側にもある。
20年前の海自潜水艦「なだしお」事故で釣り船側代理人を務めた田川俊一弁護士は「今回もあたごに主因があったと思われる。だが、追突でない限り一方に100%の過失があるということではない」と述べている。(産経新聞
確かに、漁船の親子が行方不明になっていることに心を痛めるのは当然である。が、一方の当事者が海自の護衛艦であるということで、一方的に海自の護衛艦が、あるいは自衛隊が悪いと批判するのは、どうかと思う。

以下は、朝日新聞からの抜粋である。

午前3時半ごろ、幸運丸のレーダーに、左舷前方約9キロから接近してくる船影が映った。12~13ノットで東京湾に向かっているようだった。

「なんの船だ」「タンカーか、フェリーか」

後続の漁船同士が無線などでやりとりを始めた。しかし、その中に清徳丸の吉清船長の声はなかったという。

幸運丸は、イージス艦から見て右舷から左舷に横切る形で前方を通り抜けた。清徳丸などの船団が後ろに続いていたが、イージス艦はそのまま直進してきた。

「危ない」

後続の船は無線で連絡しあい、衝突を回避するため、次々とかじを切った。イージス艦は、曲がったり止まったりする様子がなかったという。清徳丸はこのときも無線連絡に反応しなかった。幸運丸のレーダーには、直進している清徳丸の影が映っていた

つまり、仲間の船が無線で連絡しあっていたのに、清徳丸だけが反応しなかった。仲間の船は「衝突を回避するため、次々とかじを切った」のに、清徳丸だけは直進した。

「なだしお」事故で釣り船側船長の海事保佐人を務めた鈴木邦裕氏は、次のように述べている。

一方、漁船は小回りが利き、イージス艦が40メートル先に迫っていても、かじを切れば回避できる。視界は良好だったことを考えれば、漁船の2人が自動操縦にしたままだったり、周囲を警戒していなかったりして、衝突直前までイージス艦に気づかなかった可能性もある。(讀賣新聞より抜粋)

なぜ、漁船はかじを切って回避しようとしなかったのか。「漁船の2人が自動操縦にしたままだったり、周囲を警戒していなかったりして、衝突直前までイージス艦に気づかなかった可能性」が高いのではないか。

海上衝突予防法により、回避義務はイージス艦側にあったと断定されている。その点では、イージス艦側の責任がより大きい。が、鈴木氏によると、巨大なイージス艦は、相手の船が前方を横切る場合、少なくとも1000メートル以上の距離がないと、独力では衝突を回避できないという。
鈴木氏は「この場合は、漁船も針路を変えるなどして、イージス艦と協力して衝突を回避しなければならず、過失はゼロということはありえない」と述べている。

なぜ、こういう視点からの報道がほとんどないのだろうか?

前記の時事通信のコメント欄では、次のような書き込みが上位を占めている。

(第2位)
これをもって自衛隊を「人殺し集団!」とか言うやつ、頭大丈夫ですか?
自衛隊が今までに災害等でどれだけの人を救ってきたと思ってる?不発弾の処理は?犠牲を出しながらも航路の安全確保のために行ってきた掃海作業は?
そういったことを評価せずにこれだけで「人殺し集団」とか言うのはおかしい。そういった実績があるから大目に見ろと言ってるんじゃない、この事故を以って自衛隊の存在を否定することはおかしいと言ってるんです。
これは1つの衝突事故であってそれ以下でも以上でもない。過剰に反応し過ぎでは?

(第3位)
自衛隊を批判するならまず海上衝突予防法を勉強してきなさい。
「いかなる船舶も衝突を回避する最大限の努力をする」
12分前にイージス艦から漁船が見えてるなら、漁船からイージス艦が見えてないはずがない。その頃から漁船も回避行動をとっていれば全く問題ない。

漁船は1分前に視認しても十分避けれるはず。回避能力は格段に漁船のほうが高いから避けられなかったのは漁船のほうにも大いに責任がある。

・・・ってか、1分前に衝突コースにあるならもうイージス艦が進路変更することは不可能。漁船が避けるしかない。

自衛隊が悪くないわけではないが100%悪いわけでもない。漁船にも非があったことは明らかです。

衝突がどうこう言うなら海上衝突予防法を勉強してからいっちょ前に口を出しなさい。

やはり、メディアよりネットの住民の方が健全であるということだ。

私は、第4位の次のコメントがもっとも妥当だと思う。

事故が起きてしまったのは本当に残念!

双方が「真実」を出して一刻も早く原因を追究し今後この様な事故が起こさない事が大事、

マスコミも憶測での報道は慎むべきだ!

二人の一刻も早い発見を!

メディアや野党の「事故の政治利用」を許すな!!!

【追記】
今、時事通信のコメント欄を見たら、得点第1位のコメントが消えていた。おそらく「違反報告」の対象にされて削除されたのだろう。
確かに、漁船側関係者の神経を逆なでするコメントだが、削除するのは許せない。

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2008/02/15

黄昏の日本左翼 さようなら(再)

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

このところ時間がない。一方、新しい読者の方が増えている。
で、過去の人気エントリを紹介したいと思った次第。
以下は、2007/05/05のエントリである。

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読者の方から次のような要請があった。


我々若年層においてもっとも理解できないのが左翼やリベラリスト達の行動の先にある目的です。だから売国奴としか表現できないわけです。
かつて彼らと思想を共有した管理人氏には是非彼らの行動原理とその究極目的に関する考察を述べていただきたいなぁと思う次第なのです。

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まあ、これにお答えするのは簡単ではない。
左翼といっても千差万別だからである。
したがって、いくつかに分類して、可能な限りで言及してみたいと思う。

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今の左翼は、大雑把に分けると以下のようになると思う。

①革共同中核派のような、暴力による革命をめざす極左(本人たちは革命的左翼と自称している)勢力。
②日本共産党のような、議会で多数派を獲得することにより社会主義―共産主義社会を実現しようとする勢力。
③新社会党のような、議会で多数派を獲得することにより社会主義―共産主義社会を実現しようとする点では共産党と同じだが、北朝鮮や中共と連携しようとする勢力。
(旧・社会党最左派)
④社会民主党(社民党)のような、議会で多数派を獲得することにより資本主義をより社会主義に近い形に変えようとする勢力。
(旧・社会党左派)
⑤民主党左派のような、議会で多数派を獲得することにより資本主義をより平等な社会(結果の平等)に改良しようとする勢力。
(旧・社会党右派)
⑥特定の党派には属さないが、③④⑤の勢力にシンパシーを持つ勢力。
これらは無党派の市民団体を装っているケースが多いが、中核派などの極左がまぎれ込んでいることも多い。
共産党系の市民団体は党派色が強すぎて無党派でないことがすぐわかる。

①~⑥に共通するのは、まず「天皇制の否定」である。
次の共通点は「戦前の日本を“絶対悪”とみなし断罪する」こと。したがって“従軍”慰安婦や南京“大虐殺”、沖縄戦における“軍の自決強制”などは理屈抜きに事実として認定される。
事実であるか否かなんて関係がない。自らに都合のよい資料や証言だけを寄せ集めて事実のごとく喧伝する。まさに左翼お得意のプロパガンダを駆使する。

彼らのもう一つの共通点は「憲法改正反対」である。が、現憲法が定めている天皇制(象徴天皇)は否定する。表向きは「護憲」で「象徴天皇制は護る」と言っているが、その本音は「反天皇」、つまり「反憲法」なのである。
彼らの言う護憲は、自衛隊の否定(非武装)、日米同盟の否定(集団的自衛権の否定)にすぎない。そこにあるのは米国は“帝国主義”という考え方であり、その米帝国主義に追随しているのがわが日本国という認識なのである。

中核派は暴力革命をめざしており、現に非公然の軍事組織「人民革命軍」を有している。また、共産党はかつて「政権を取れば憲法を改正し自衛軍を持つ」と主張していた。つまり、自衛隊は米帝国主義に追随しているから反対なのであって、革命が成功すれば「人民のための軍隊」を持つのは当然という理屈である。
まさに中核派は言うまでもなく、共産党の「護憲」も欺瞞以外の何ものでもないということだ。

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新社会党や社民党、民主党左派、無党派の市民団体は、押しなべて「親中共」であり「北朝鮮擁護派」である。
だから、わざわざ中国に出向いてまで靖国神社参拝非難や歴史教科書“歪曲”非難を煽ったりする。「北朝鮮による日本人拉致などありえない」と言い、事実が発覚すると「戦前の何百万人もの朝鮮人強制連行を考えれば、何十人かにすぎない拉致を非難する資格はない」などと開き直る。
朝鮮総連から政治献金をもらっていても平然としているのはそのためだ。
共産党も、かつて「社会主義国(中国)の核実験は帝国主義国のそれとは違う平和の力」などという偽善としか言いようのない主張をしていたが、さすがに最近はそんなバカなことは言わなくなった。
が、本音は変わっていないのではないか。

では、なぜ彼らは「親中共」であり「北朝鮮擁護派」であって、日本人でありながらわが日本国を攻撃するのか?
それは、彼らの考え方の根底に日本人は「抑圧民族」であり、中国人や韓国・朝鮮人は「被抑圧民族」であるという意識があるからだ。「戦前の日本を“絶対悪”とみなし断罪する」のも、この意識に関係している。
つまり「抑圧民族」=「加害者」=「悪」なのであり、日本人は反省し中国人や韓国・朝鮮人に謝罪しなければならないのだ。
これは、彼らが部落解放同盟(解同)に屈服している姿を見てもよくわかる。
解同は日本人を「差別する者」と「差別される者」に分けて考える。「差別する者」=「悪」なのであり、「差別される者」から糾弾されて当然なのである。解同にとって「差別される者」は被差別部落民であり「差別する者」はそれ以外の日本人である。
根本の考え方がまったく同じだから、日本の左翼は解同に頭が上がらない。

ただし、共産党は「民族」としてではなく「階級」として社会を捉えるので、それ以外の左翼とは少し違う。部落問題も「差別者」と「被差別者」ではなく階級間の矛盾として認識している。だから共産党だけは解同と“犬猿の仲”なのである。
が、共産党は米国を帝国主義と捉え、今の日本はそれに追従していると明確にしている点で、その反体制の度合いは他の左翼に負けず劣らずである。

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左翼が日本人でありながら日本国を攻撃するのは、日本は「抑圧者」であり「侵略者」であるという考えが根底にある。しかも「世界の抑圧者」であり「世界の侵略者」である米国に追従している。
だから米国はもちろん、いやそれ以上に日本国を糾弾し告発しなければ気が収まらないのだ。

だから、国家として当然のことである自衛力を保有しようとすると、それは「侵略のための準備」と見る。PKO(国連平和維持活動)に参加することも「自衛隊を海外に派兵するための実績作り」とみなす。
もう異常と言うしかないが、これを非難しても彼らは変わらない。その思想・信条はもう信仰の域にまで達している。もう客観的に物事を見ることができないのだ。
なぜか?
左翼の始祖とも言えるマルクスは、物事を対象化し相対的に捉えることによって近代資本主義を科学的に分析した。が、その弟子たちは反対に、自らの思想を絶対化することによってその正当性を確保しようとした。
そのマルクスの弟子たちの「悪しき遺伝子」を現代の日本左翼も引き継いでいるのだ。

なまじ正義感が強く、なまじ頭がよく、そのくせ生活者としての人生経験が乏しいから、観念の世界で妄想をふくらませるのである。
そこにある正義感は、青臭い、現実の人間社会のドロドロとした生き様とは無縁のものだ。だから現実の国際社会が理想ではなく、相互の利害関係、力関係によって動いていることも実感として理解できない。

------------------------------------------------------------------

ところでヨーロッパでは左翼が強い。
英国は労働党政権だし、ドイツも社民党が大連立政権の一翼を担っている。フランスでは社会党の大統領候補が決選投票に進出したし、イタリアでは左翼民主党(旧・共産党右派)が政権の中核を担っている。
では、わが国で左翼が政権を担うことがありえるのだろうか?
それは99%ない。

なぜか?

それは、西欧の左翼はわが国の左翼と決定的に違っているからである。
その第一が国家の安全保障に対する態度である。
上記に上げた先進西欧諸国はすべてNATO(米国との同盟)に参加している。英国やフランスは核兵器を持っているし、もちろんすべての国が軍隊を持っている。このことに反対する左翼政党(社民)はない。
また、これらの社民政党は反共産主義(反マルクス主義)である。
自国の過去に対する態度もわが国の左翼とはまったく違う。過去を反省することはあっても、懺悔などしない。ドイツのかつての首相や大統領が謝罪したとよく言われるが、それはユダヤ人に対するジェノサイドに対してであって、戦争そのものを詫びたわけではない。

それからすれば、わが国の左翼は異常である。
国家の安全保障は空理空論。戦前の歴史は全否定。先の戦争に対しても、全面的に「日本が悪い」の大合唱。戦後60年以上経っても謝罪を自らの国に強要する。米国が実行した東京大空襲や原爆についてまで日本国を訴えるほどだ。
まさに特殊な日本の左翼。世界に誇るべき珍種。
まあ、その根底には、戦前の日本的価値観を全否定した米国の洗脳に国を挙げて屈服したという過去がある。
が、時が流れるにつれて、現実の前に洗脳が解けてきた。
非武装中立でほんとうに国際社会で生きていけるのか?ほんとうに東京裁判が裁いたほど戦前の日本は“悪”だったのか?共産主義というのはほんとうに理想社会を実現してくれるのか?中国や韓国、北朝鮮の言い分、要求はすべてに正当な根拠があるのか?
戦後という時間の流れの中で様々なことが起こり、これらの出来事を前にしてこの疑問がふくらんでいった。

------------------------------------------------------------------

連合赤軍の大量リンチ殺人や革マル派と中核派の「血で血を洗う内ゲバ」が、まず若者を左翼幻想から解放した。 中共率いる中国や金王朝が支配する北朝鮮の実態が明らかになるにつれて、一般の左翼シンパもしらけ始めた。そしてソ連の崩壊がそれを決定づけた。
取り残された左翼には、もうなす術(すべ)がなかった。
ベトナム戦争は終わり、沖縄は返還され、三里塚(成田)の空港も開港した。水俣病に代表される公害問題も解決され、部落問題も同対法(同和対策事業特別措置法)によって権力に取り込まれた。

全国を席巻する勢いだった革新自治体は相次いで崩壊し、社会党と共産党の社共ブロックの支えだった国労(国鉄労働組合)も解体された。戦後の左派労働運動を支えた総評も右傾化し、社会党も共産党も凋落した。
一方で、日本経済は右肩上がりの成長を続け「1億総中流」という豊かな社会が出現した。
このような時代背景の中で登場してきたのが南京“大虐殺”や“従軍”慰安婦、あるいは靖国神社参拝の問題なのである。
衰退する一方で、これといった政治課題も見出せない日本の左翼にとって、これらは格好の日本攻撃の材料であった。
が、これは両刃の剣でもあった。
事の真相が明らかになってくるにつれて、ますます左翼はその信頼性をなくしていくことになる。

------------------------------------------------------------------

民主党が政権を取る可能性はゼロではない。が、この党の3分の1以上は自民党より自民党的な(憲法改正に賛成の)議員が占めている。
だから民主党が政権を取ったからといってわが国が大きく左傾化することはない。
もう、わが国において左翼の時代は終わったのだ。
これは自業自得である。
自らの主体性を確立できず、いつまで経っても政権批判、体制批判。しかも中共を始めとする外国勢力の応援を借りる。そして現実離れした空理空論を繰り広げる。
確かに政権党のチェック機能としての存在価値はあった。
が、これらの勢力にこの国を預けようなどという愚かな国民はごく少数しかいない。

ネットでも、左翼的論調のブログが支持を伸ばせないのは、ある意味、必然なのである。

黄昏の日本左翼  さようなら

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2008/02/14

「成年年齢引き下げ」は妥当か?

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

鳩山邦夫法相が、「民法の定める成年年齢を18歳に引き下げるべきか否か」を法制審議会に諮問した。法制審は1年後をめどに答申するそうだ。

讀賣新聞によると「米英独仏などの欧米諸国はじめ、ロシア、中国などの主要国も、成年年齢は、18歳以上だ。これが世界の大勢であり、国際標準でもある。投票年齢も成年年齢とほぼ連動し、18歳以上とする国が約160か国にも及ぶ」とのこと。

ところで、讀賣新聞は「世界の大勢を見れば、成年年齢も投票年齢に合わせるのが、基本だろう」としながら、「選挙権年齢や成年年齢の18歳への引き下げには、社会的に『未熟な世代』だとして、疑問視する声もある」とも書いている。

ここで私が思い出すのが、豪州人の女性英会話教師の言葉である。20代の彼女は「日本の若い女性の自立心のなさ、社会に対する無関心には驚いた」と私に語った。
私はそのとおりだと思う。我が娘を見てもそう言える。私の下の娘は19歳のフリーターである。娘の友人(同級生)は6~7人いるのだが、高校を卒業して半年以内に全員が会社をやめ、やはり今はフリーターになっている。で、全員が親元にいる。
女性だけではない。若い男性も、我々のころからすれば、ずいぶんと幼く感じる。何が?その自立心と責任感のなさについてである。

最近、「ワーキングプアー」という言葉をよく聞くが、中高年はともかく、若者の場合は、この「自立心と責任感のなさ」が大いに影響しているのではないか。もちろん、バブル崩壊後の「失われた10年」において、「日本の企業が人件費を削るため、正社員の採用を抑えてきた」という事情が背景にあるのは否定しない。が、私は「それだけではない」と思う。

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では、私は「民法の定める成年年齢を18歳に引き下げるべき」に反対か、というとそうではない。今は「何とも言えない」というところが正直なところか。
なぜ?
それは、「社会的に未熟」か否かは個人差があるからだ。私と同じ年齢(50代後半)になっても「未熟」な人はけっこういる。自立や自己責任ではなく、「会社が悪い」「社会が悪い」「国が悪い」と権利ばかりを主張し、責任や義務は一顧だにしない。
そういう人からすれば、ず~っと「大人」の18歳もいる。だから「何とも言えない」のである。

で、私が18歳の時、「大人」だったのか?
ここで町村信孝官房長官の、この件にかかわる言葉を紹介しよう。
「十分、大人であるかのごとき錯覚を持っていた。振り返ってみると、誠に稚拙な18歳だった」
あのヤンキー先生、義家弘介自民党参院議員も次のようの述べている。
「18歳は驚くべき幼稚さを持っている。一律に『酒もたばこもいい』とするのは愚の骨頂だ。責任や義務を教えない土壌で、単純に引き下げるのは危険だ」(いずれも08/02/14 讀賣新聞:朝刊)

私も、まったく同感である。

私は、20歳のころ、亡き父と話し込んだことがある。左翼運動から身を引き、部落解放運動に身を投じるキッカケになった会話だった。
父と話して、父の若いころと自らを比べて、己の幼さを痛感した。父は25歳で陸軍中尉として部下を率い、命がけで戦っていた。それからすれば、「俺は革命に命を賭けているのか?」「俺の言う『革命』に大義はあるのか?」そう思ったのだ。で、父の勧めもあって、被差別部落で「高校進学のための講師(補充学級)」として活動するようになった。
そこで「現実」を知った。

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「責任や義務を教えない土壌」で私たちの世代は育った。「責任や義務」より「権利や自己主張」が大事という教育を受けて私たちは大人になった。
その私たちが育てた子供たちが、今の18歳である。
だから「18歳は驚くべき幼稚さを持っている」と言うヤンキー先生の指摘に「なるほど」と思うのだ。

文部科学省は道徳の教科化など、これからの道徳教育のあり方を検討する「子供の発達と徳育に関する研究会」(仮称)を近く設置することを決めたという。
やはり、「民法の定める成年年齢を18歳に引き下げる」前に、「責任や義務」「規範の大切さ」を教える教育を復活させるのが急務ではないか。

私も18歳のころは「大人であるかのごとき錯覚を持っていた」。が、「社会的に未熟」か否かは個人差がある。

だから私は「何とも言えない」のである。

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「道徳の教科化」と、その「血肉化」、それからだろう「成人年齢の引き下げ」は。
が、犯罪に関しては18歳以上を「成人」として扱うことには大賛成である。また、「国民投票法」が「投票年齢を原則18歳以上」としている絡みもある

やはり「悩ましい」、成人年齢の引き下げ。
皆さんは、どう思うだろうか?

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2008/02/12

「格差に不満83%」は良い傾向だ

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

8日の讀賣新聞の朝刊に興味深い記事が載っていました。

以下、引用(全文)

読売新聞社は英BBC放送と初の共同世論調査を実施した。経済的な格差に不満を感じる人は、日本では83%に達し、サミット(主要国首脳会議)参加8か国ではイタリアの84%に次ぐ高い数値だった。調査を行った34か国の中でも4番目に高く、格差問題の広がりに、国民が不満を募らせていることがわかった。

経済的格差について、調査では「国民の間に豊かさが十分に公平に行き渡っていると思うか」と聞いた。日本では「全く公平ではない」が33%で、「あまり公平ではない」を合わせると83%が不満を感じていた。「十分に公平に行き渡っている」は1%に過ぎず、「ある程度公平だ」との合計は12%だった。34か国の不満を感じる割合の平均は64%で、日本の83%は、これを大きく上回った。

不満を感じる人が最も多かったのは韓国の86%で、イタリアとポルトガルの84%に日本が続いた。主要国ではフランス78%、英国56%、米国52%などだった。

BBC・読売共同世論調査は昨年10月から今年1月にかけて行い、34か国の3万4528人から回答を得た。
〈BBC・読売共同世論調査〉

経済格差に「不満」…日本は83% (2008/02/08 讀賣新聞:朝刊)

この記事を読んで、意外というより不思議に思ったことがあります。

皆さんは、私が何を「不思議に思った」か分かりますか?
日本人の不満率が高すぎる?
いや、そうではありません。
私が不思議に思ったのは、主要国では格差が大きい国ほど不満を感じる割合が低いと言うことです。

不満を感じる人が米国52%、英国56%、フランス78%、これって、格差の大きさと完璧に反比例していますね。

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フランスにおいて大学は最高学府ではありません。その上のグランゼコール(高等専門教育機関)があり、そこの出身者が社会の中枢を握っています。また、グランゼコールの中でも政治家や官僚はENA(国立行政学院)出身者が独占し、企業も採用時から「カードル(幹部)」と一般職に分かれます。
フランス社会ではグランゼコール卒(上流)