政治(国内)

2008/03/30

導火線に自ら火をつけた福田首相

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

今、永田町では「福田内閣4月危機説」が現実味を持ってささやかれている。

中国毒ギョーザ事件、イージス艦衝突事件、チベット問題、日銀総裁選任問題、道路特定財源の延長問題―福田康夫首相は、いずれも主体性に欠ける対応に終始し、世論の支持は急落、野党のみならず与党からも強い批判を浴びている。

毒ギョーザ事件については、中国当局が自国での毒物混入を否定した2月28日、福田首相は「中国は非常に前向きだ。原因をしっかりと調査し、責任をはっきりさせたいという気持ちは十分に持っていると思う」と語った。
この発言は、国民感情から乖離しているばかりか、警察庁長官や閣僚である国家公安委員長からも反発を食らうという有様だった。

イージス艦の衝突事件についても、トップとしての責任ある言動はなく、石破防衛相に対応を任せきり。で、どうにもならなくなって、最後は自らが遺族宅を訪問するという苦し紛れのパフォーマンスで何とかしのいだ。

チベット騒乱に関する日本の対応については、首相は「早期に、かつ平和裏に問題が沈静化することを強く期待する」と表明し、中国政府とダライ・ラマ14世の直接対話を「歓迎する」との立場を示した。
が、中国政府の弾圧を直接的に批判する発言はなし。
これに対し、超党派の「チベット問題を考える議員連盟」(代表・枝野幸男元民主党政調会長)は3月19日、「状況が悪化するなら、胡主席の訪日を到底歓迎できない状況になりかねない」との声明を発表した。
それでも首相は、3月29日のインタビューで、中国でのチベット騒乱と北京五輪を結びつけることに否定的な見方を示した。

日銀総裁人事をめぐる一連の事態は、もう「迷走」としか言いようのないものだった。首相は、民主党の雰囲気を読み切れず、3連発で人事案をけられた。
結果、「戦後初めて日銀総裁の空白を招いた首相」という不名誉な名声を得た。
で、首相は武藤敏郎・前副総裁を推した理由を、「民主党の重鎮が『武藤で結構だ。党4役は責任を持って説得する』と言った」と弁明。
何と責任を「民主党の重鎮」にかぶせるという醜態をさらした。

道路特定財源に関しては、何ら新味のない延長案を提示して民主党に一蹴される。と、日ごろは「慎重居士」の首相、何を思ったか、3月27日午後に緊急記者会見を開き、「平成21年度から道路特定財源を一般財源にする」と表明。
この新提案、与党にも根回しなし。まさに小泉元首相も「びっくり」の独断だったが、暫定税率廃止を主張する民主党はあっさり拒否。「寝耳に水」だった自民党内からも「殿、ご乱心」と猛反発する声が噴出。
もはや政権末期の様相なのだ。

産経新聞によると、自民党のベテラン議員はこう突き放したという。
「確かに小泉氏が郵政民営化など党内抵抗勢力との対決構図を利用して、政権浮揚につなげてきた。しかし、同じことをしようとしても、信念のある小泉氏と何も信念のない福田首相とでは迫力が違う。また、小泉氏の場合、幹事長にイエスマンの武部勤氏を起用するなど、すくなくとも党執行部は味方にしていた。対して福田首相は執行部を敵に回した形で、これでは政権はもたない」
で、産経は「福田首相は政権爆破の導火線に自ら火をつけてしまったようだ」と書いた。

この道路特定財源の延長問題に関しては、首相は4月末以降に憲法の規定による衆院再議決で暫定税率維持を含んだ歳入関連法案を成立させるという、強行突破路線を考えているらしい。
が、それまでこの政権が持つのかどうかさえ疑わしい状況になってきた。

それでも福田首相は意気軒昂らしい。
讀賣新聞によれば、3月12日夜の報道関係者との会食の席で、「種まき、色々な仕掛けがようやく終わった。半年後、1年後を見てくれれば、『福田はやったな』ということが全部分かる」と胸を張ったそうだ。
讀賣は―首相は消費者行政、環境、社会保障、公文書管理などのテーマで次々に有識者会議を設置し、政策づくりを懸命に進めている。7月の洞爺湖サミット(主要国首脳会議)も成功させ、政権浮揚につなげるというのが首相の戦略だ。
しかし、与党内では、「『半年後、1年後』に成果をあげると言うが、政権が持つのか」との見方が出ている―と書いている。

福田首相擁立に動いた読売新聞の世論調査でさえ、発足時に60%近かった内閣支持率は、3月には33.9%にまで低下している。
やはり「道を歩いていて財布を拾ったようなもの」(首相経験者の一人)という福田首相の限界が、わずか半年で現実のものとして露呈されたということだ。

首相になる心構えも、政治家としての確たる信念もなく、そして戦うことなく神輿として担ぎ上げられただけの総理大臣。
この人物を圧倒的多数で総理総裁に選出した自民党の政治家たちの罪は重い。おかげで国民は限りなく不幸である。

一方、野党第一党の党首は衆院本会議にさえ満足に出席せず、裏で策謀をめぐらす前時代的政治家である。今や党内の求心力はほとんどない。
内外に難問が山積している中、今にも自爆しそうな首相と国民の支持も党内求心力もない野党第一党の党首が日本の政治を仕切る立場にいる。このような状況を放置していては、我々日本国民の民度が疑われる。

今のまま状況が推移すると、遠からず自民党総裁選という事態になりそうだ。で、そのあとは衆院総選挙。
今度こそ、真に国益を重視し、強い指導力と政治的信念・理想を持ったリーダーの出現を望む。

自民党も民主党も解党して出直せ!!!

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2008/03/10

政界再編の生贄?福田康夫

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福田内閣の支持率が急速に低下し、不支持率が5割を超えた。
産経新聞とFNNが1月13~14日に実施した合同世論調査では、福田内閣の支持率は36.6%、不支持は47.3%。
讀賣新聞が2月16~17日に実施した世論調査では、「支持する」38.7%に対して「支持しない」50.8%。
産経新聞とFNNが2月23~24日に実施した合同世論調査では、支持率は28.7%、不支持は52.2%。

ついに支持率が3割を切り、不支持が5割を超えた。このままいけば「死に体」内閣になるのも遠くはなかろう。
讀賣と産経の調査には1週間の開きしかない。で、不支持は微増だが、支持が10ポイントも減った。これは、調査主体の違いもあるが、やはりイージス艦の事故に対する政府の不手際が大きなマイナス要因になったと思われる。

なぜ、こんなに福田内閣は不人気なのか。その不支持の中身について、讀賣新聞の調査が詳しいので、その記事を参照したい。
讀賣新聞によれば、支持しない理由でもっとも多かったのが「政治姿勢が評価できない」の48%。「政治姿勢」ということは、福田康夫個人が「評価できない」と言われているのと同じである。

讀賣新聞が、福田首相の印象について聞いたところ、「政策について国民への説明が足りない」が80%に達した。さらに、「改革に取り組む姿勢が明確でない」と答えた人が75%に上ったほか、「信念や持論がはっきりしていない」は70%、「内閣や与党に対して指導力を発揮していない」も69%。
讀賣新聞は「否定的な印象の強さが目立った」と書いている。

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まあ「失敗しない最良の方法は何もしないことだ」(森田実氏)と言う御仁だから、国民の間からこういう評価が出ても不思議ではない。なにしろ、ある首相経験者に「(福田氏が首相になれたのは)道を歩いていて財布を拾ったようなもの」と評される方である。
一国の総理大臣になる準備も覚悟もなく、トコロテンが押し出されるようにしてその座に就いた男。問題が起これば、とにかく「波風を立てずに穏便に」、何事に対しても常に「他人事」。
自民党の有力者も「ほんとうに能力がないのかもしれない」と悔やんでいたそうだが、こんな人物を麻生派を除く全派閥が総理に担いだのだから、自民党は自業自得である。

私は、この政治家の言動を見ていると、不愉快を通り越して怒りを覚える。一政治家ならまだ解るが、この程度の人物が我が国の政治のトップに立っていることが許せないのだ。
「恥ずかしい」のは我慢できる。が、その存在が我が国に「マイナス」をもたらすことに耐えられない。

その典型が、中国当局がメタミドホスの中国内における混入を否定した会見に対する「中国捜査当局は、日本と共同して、しっかり調査したいと言ったのではないか。非常に前向きだ」というコメントである。
警察庁長官が記者会見で「看過できない」と反論しているのに、これはないだろう。首相の立場として中国側を刺激したくないのは当然だが、せめて「もう少し時間をかけて、よく調査してほしい」くらいは言うべきである。
担当閣僚の泉信也国家公安委員長が「信頼関係の上で情報交換してきただけに理解しがたい」「科学的に事実に基づいた解明をするのがお互いの警察当局の立場で、政治的な配慮とかそういうことはかかわるべき内容ではない」と強調しているのに、福田首相の発言は「理解しがたい」ほどに当事者意識が欠如している。

やはり「他人事」なのである。そこには、5歳の女児が一時は意識不明の重体に陥ったことに対する危機意識など微塵も感じられない。国民の安全を守ることに最高の責任を負う内閣総理大臣の言葉とは思えない。
私は、阪神大震災や地下鉄サリン事件などが続発した時、当時の首相・村山富市氏が「自分の時ばかり難問が起きる」と言って嘆いたという逸話を思い出す。
福田氏の能力や器量は、この村山氏と五十歩百歩ではないか。ただ、危機意識のなさ、総理としての自覚のなさは同じでも、村山氏の方がまだ正直である。その点、福田氏の鈍感力は並はずれている、悪い意味で。

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去る4日、NPO法人「政策過程研究機構」(PPI)が20、30代の男女に行ったインターネット調査で、福田内閣の支持率が22.1%、不支持率は77.9%に上ることが分かった。
つまり、若い世代の8割近くが福田不支持。
この数字、すごく納得がいく。

こんな上司、課長級でけっこういるタイプ。で、部下にバカにされる。
なぜ?
自ら方針を示さず、結果の責任も取ろうとしないからだ。
いわゆる「事なかれ主義者」である。何事も「他人事」。
若い人にもっとも嫌われるタイプだろう。
ちなみに、福田氏のサラリーマン時代の最後の役職は丸善石油(現コスモ石油)課長。

この福田氏、やはりリーダーの器ではないのだ、村山氏と同様に。
何が言いたいのか、何をしたいのか、何を考えているのかがさっぱり分からない。
ただ、村山氏が本人の意向ではなく、周りの状況から「やむを得ず首相を引き受けた」のに対し、福田氏は、たとえ「道を歩いていて財布を拾ったようなもの」とはいえ、明確に自らの意志で首相になった。
だから、なおさら質(たち)が悪いのだ。

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最近の私は、できるだけこの政治家に腹を立てないようにしている。
福田氏が首相になったのは「時代の要請」なのだと思うようにしている。
福田氏は、政治と自民党に対する国民の不信感をより一層高めるために登場したのだ。そして、もう一方には、同じように政治に対する不信感を高めてやまない小沢一郎氏がいる。
この福田と小沢は、政界再編を促進するために今、存在しているのではないか。これが目に見えない天の采配なのではないか、そう思うのである。

産経新聞とFNNが2月23~24日に実施した合同世論調査では、小沢氏を「評価する」のは26.5%に過ぎなかった。讀賣新聞の調査でも、次期衆院選(比例)で投票するのは自民党 30.1%に対し民主党は25.5%。
つまり、民主党は衆院選挙が行われれば、無党派層での得票率が高いことを考慮に入れても大勝はできないということだ。
福田氏が「顔」の自民党は敗北するが、民主党も小沢代表では過半数を制することはできない。

私が、かつて予測した、与党は過半数を割るが、民主党も200議席は超えても単独で過半数を制することはできないという可能性が高いのだ。で、民主党は、国民新党はともかくとして、社民党や共産党と連立できるのか?
それは「否」だろう。
では、どうするのか?
自・民大連立か、集団的自衛権行使の是非を軸とした政界再編、これしかないと思う。で、いずれの場合も、創価学会・公明党は排除される。

逆説的だが、福田氏と小沢氏が、それぞれに与野党のトップに立っていることは歓迎すべきことかもしれない。

災い転じて福となす。

そう思えば未来は明るい。

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2008/03/05

また一つ暴かれた歴史の虚偽-2

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

私は、2006年8月27日のエントリ「また一つ暴かれた歴史の虚偽」の中で、次のように書いた。

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~前略~

ところで、「南京大屠殺(南京大虐殺)」とともに、旧日本軍が極悪非道だったという代表的例の一つとして、沖縄県・渡嘉敷島で起きた村民の集団自決事件がよく採り上げられる。この集団自決は、これまで、旧日本軍が同じ日本人である渡嘉敷村民に「自決を強制した」とされてきた。
つまり、旧日本軍は、戦争のためなら同胞の命さえ平然と踏みにじる。女も子供も無差別に死に追いやる。そう語り継がれてきたのである。

確かに沖縄戦は悲惨を極めた。その悲惨さとともに語り継がれてきたのが、この「旧日本軍が渡嘉敷村民に自決を強制した」という虚偽である。そこには、本土人(ヤマトンチュウ)の沖縄県民(ウチナンチュウ)に対する差別意識に対する糾弾の意味も込められていた。
この話も、事実として歴史教科書に載せている出版社がある。

ただ、この「集団自決強制事件」については、かねてから作家の曽野綾子氏が、その著書「ある神話の背景」の中で、旧日本軍による命令説に対する疑問を呈していた。
また、各種の証言から、「日本軍による強制」というのは「信憑性が薄い」とする見方が有力になりつつあった。

ところが、ここに来て、その信憑性をくつがえす決定的な証言が現れたのである。
証言の主は、元琉球政府職員で、旧軍人軍属資格審査委員会委員の立場にあった照屋昇雄氏(82)。
照屋氏によれば、旧日本軍による「住民に告ぐ」とする自決命令はデッチ上げだったと言うのである。その理由は、戦傷病者戦没者遺族等援護法によって渡嘉敷村民が年金や弔慰金を受け取れるようにするためだった。
しかも、これは、自決命令を出したとされる赤松嘉次・元大尉も了承していたという。
照屋氏によれば、「赤松・元大尉が、戦後苦しい生活を送る島民の状況に同情し、自ら十字架を背負うことを受け入れた」ということらしい。

~後略~

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以上のような曽野氏などによる調査や照屋氏ほかの証言により、今では「日本軍による自決強制」というのは「信憑性が薄い」とする見方が強い。
にもかかわらず、この見方を声高に主張する者は、ネットの世界以外では少数派である。これは、沖縄の県民感情(被害感情)に対する配慮、あるいは在日米軍基地の75%が沖縄に集中しているということへの遠慮、これらが圧力になっているからである。
つまり、沖縄に対する「配慮と遠慮」が、歴史を歪曲させているのだ。

この、沖縄に対する「配慮と遠慮」という圧力は、今でも強烈な力を持っている。たとえば、昨年9月29日に開催された「教科書検定意見撤回を求める」沖縄県民大会である。この大会の翌日、主催者発表の「11万人」という数字が、新聞各紙の見出しに躍った。
で、さっそく、町村官房長官や渡海文部科学相が、県民の「気持ち」に配慮して、教科書の記述修正の働きかけに動いた。
が、航空写真を検証した結果、実際の参加人員は1万8179人であり、建物や木陰に隠れている人数を推定しても1万9000~2万人に過ぎないことが判明した。つまり、「沖縄県民の10人に1人が参加した」という驚異的なニュースはプロパガンダだったのだ。
このように、沖縄に対する「配慮と遠慮」は、メディアを誤った方向に動かし、政治家を簡単に踊らせるのである。

しかし、沖縄戦の悲惨さを認識し、当時の沖縄県民の悲劇性に同情することと、旧日本軍を「悪者」にすることは本質的に違う。
数多くの沖縄県民が犠牲になったのは旧日本軍のせいではない。米軍のせいである。20万人以上が犠牲になった広島・長崎の原爆、これと同じである。
この、広島・長崎の原爆でも「国が悪い」と主張し、「国を責める」人たちがいる。これは、もう「イデオロギー」である。同様に、沖縄戦における旧日本軍を「悪者」にすることも「イデオロギー」なのである。

このようなイデオロギーに基づいた主張に反論するには、事実をもって対抗するのがもっとも有効である。
以下は世界日報からの引用である。

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梅澤隊長「自決するな!」 住民救った“命令”

沖縄戦の座間味島における集団自決で、梅澤裕・海上挺進隊第一戦隊長(当時)が自決用の武器の供与を求めた村幹部に対して「決して自決してはならぬ」と厳しく自決を思いとどまるよう説得したという新たな証言が出た。この証言を裏付ける手記も発掘された。これまでの「日本軍命令・強制」説を根本的に覆すもので、教科書の記述や名誉毀損(きそん)裁判にも影響を及ぼすものとみられる。
(編集委員・鴨野守、写真も)

「野村村長は、忠魂碑前の階段の上から2番目のところで村民に解散を伝えた」と語る宮平秀幸氏Miyahira_2


















この証言をしたのは、座間味島在住の宮平秀幸氏(78)。昭和20年1月、防衛隊員となり、本部壕(ごう)にいた梅澤隊長の伝令役を務めた人物である。宮平氏によれば、米軍上陸の前夜、昭和20年3月25日午後10時ごろ、宮里盛秀助役、宮平正次郎収入役と国民学校の玉城盛助校長、宮城初枝・女子青年団長、村役場の宮平恵達さんが本部壕を訪問。野村正次郎村長は遅れて到着したという。

助役が梅澤隊長に「もういよいよ明日は米軍の上陸だと思います。間違いなく上陸ですから、私たち住民は生き残ってしまって鬼畜米英によって獣のように扱われ、最後に男も女も殺されるでしょう。同じ死ぬくらいなら、日本軍によって死んだ方がよい」と述べ、そのための武器弾薬を頂きたいと申し込んだ。

これに対して、梅澤隊長は村の幹部らの固い決意を翻そうと厳しく語ったという。

「何を言うか!戦うための武器弾薬もないのに、あなた方を自決させるような武器など全くありません」

「おれの言うことが聞けないのか!よく聞けよ。われわれは国土を守り、国民の生命財産を守るための軍隊であって、住民を自決させるためにここへ来たのではない!自決するな!武器弾薬や毒薬など渡すことはできない」

壕の入り口には火炎放射器の攻撃を避けるため、濡れた毛布が掛けてあった。その陰にいた宮平氏は、村の幹部とやりとりする梅澤氏のわずか2メートルそばで聞いたという。

さらに隊長は「われわれは、あなた方に頼まれても自決させるような命令を持っていない。あなた方は、畏(おそ)れ多くも天皇陛下の赤子(せきし)である。おれはそうした命令は絶対出さない。何で命を粗末にするんだ。早く(忠魂碑前に集合している)村民を解散しなさい。夜が明ければ、米軍の艦砲射撃が激しくなり、民間人の犠牲が出る。今のうちに食糧のある者は食糧を持って山の方へ避難させなさい」と語ると、村長らは忠魂碑に向かったという。

宮平氏は、宮里助役から別れ際に「君の家族も忠魂碑前に集まっている」と聞かされ、仰天。村の幹部の後から約500メートルほど離れた忠魂碑前に行った。そこで野村村長が集まっていた80人ほどの村人に向かい、解散の指示を伝える場面を目撃した。村長は次のように語ったという。

「ここに集合して自決すると皆さんを呼び、隊長のもとに玉砕用の武器弾薬をくれるよう頼んだ。だが、隊長は『敵と戦う武器もないのに、ましてや住民を自決させるような武器など渡せない。自決するな、避難させなさい』と言われた。隊長の命令により解散するから各自、山に行くなり谷に行くなり壕に行くなりしなさい」

宮平氏は昨年の教科書問題で地元メディアが事実を報じないことに憤りを覚えて今回、初めて証言することを決意。「梅澤隊長が『自決するな』という“命令”を発したが故に、多くの村民が生き残ることができ、その人々の手によって村が復興したのです。真相は、報道されていることとは全く逆なのです」と訴えた。

~後略~

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渡嘉敷島の照屋氏、座間味島の宮平氏、彼らの証言は事実だろう。沖縄に在住しながら「自決は軍命ではない」と証言するのは、とてつもない勇気を必要とする。よくて「村八分」、ヘタをすると社会的に抹消されかねない。
これは、韓国において「従軍慰安婦は売春婦」と主張するのに似ている。韓国で「従軍慰安婦」の真の姿を語ることは命をかける覚悟がいる。

照屋氏は、証言の動機として「赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂ける思い、胸に短刀を刺される思いだった」と述べている。
宮平氏は「教科書問題で地元メディアが事実を報じないことに憤りを覚え」「梅澤隊長が『自決するな』という“命令”を発したが故に、多くの村民が生き残ることができ、その人々の手によって村が復興したのです。真相は、報道されていることとは全く逆なのです」と訴えた。

韓国は「日帝36年の非道」を糾弾することで自らの「後進性」を正当化している。沖縄は「日本軍による自決強制」を声高に叫ぶことで同じく自らの「後進性」を正当化している。
韓国では偏狭な民族感情が「反日」を煽り、沖縄では鬱屈した県民感情が「反軍」を煽る。そして、イデオロギーがそれを利用する。

もう、ここでは「何が真実か」という客観的な検証など入り込む余地がない。

プロパガンダを粉砕せよ!

沖縄県民よ、目を醒ませ!

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【追記】
世界日報は統一教会系の新聞であり、時として偏った記事があるが、貴重なスクープや参考になるインタビューもけっこうある。
今回のニュースは「貴重なスクープ」であると認識している。

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2008/02/29

妄執の虜―加藤紘一

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

私は昨日、中国公安省(警察)幹部が――有機リン系農薬成分メタミドホスは包装の外側から染み込むという実験結果を公表。中国内で冷凍ギョーザにメタミドホスが混入した可能性は「極めて低い」と述べ、明言は避けたが、日本国内で混入したとの見方を強く示唆した――ことを激しく非難した。

この中国側の対応については、日本の当局幹部も強く反発している。

警察庁の吉村博人長官は、28日の記者会見で、中国側が「証拠要求に日本側が応ぜず説明もしないのは遺憾」とした点について「メタミドホスの分析結果や流通経路に関する資料など捜査に役立つものはすべて渡しており、遺憾とは理解できない」と反論。「日本側は浸透しないとする実験結果を提供した。(中国側にも)科学的なデータをいただきたい」とした。

また、泉信也国家公安委員長は29日の閣議後記者会見で、「信頼関係の上に捜査状況を交換してきた中で、理解し難い対応。警察当局は事実に基づき解明していくべきで、政治的配慮はかかわるべきではない」と不快感を示した。(時事通信)

ところが、この、傲岸不遜のかたまりのような中共、反省するどころか、今度はとんでもない世論操作をやっている。
昨日(28日)、国家品質監督検査検疫総局の魏伝忠副総局長が記者会見で、「日本人記者が2月15日、農薬メタミドホスを購入し、持ち出そうとしたため、地元の警察に摘発された」と発表した。
共同通信によれば、共同通信中国総局の記者は、発売禁止のはずの農薬が入手可能かどうかを確認するためにメタミドホスを河北省で購入したのだという。
ところが、魏局長の発表を受けて、新華社ネット版を始めとする中国のネットメディアは「毒が入れられたのは日本国内 日本人記者が取り調べを受ける」との見出しで、「日本人記者が農薬を日本へ持ちだそうとしたため逮捕された」と誤解を与えるような記事を掲載した。
で、中国の各ネット掲示板には日本を非難する書き込みが殺到。「河北省の警察はよくやった。ついにホシを挙げた」「毒ギョーザ事件は最初から日本人の自作自演だと思っていた」「日本人記者の動機と手口を含めて、徹底した真相究明を求める」といった内容がほとんどで、中国人の多くが「事件は解決した」と決めつけている。(参照:産経新聞

もう、あきれて何も言う気がなくなった。
この厚顔無恥な中国には、以下のニュースを捧げる。

中国製ギョーザ中毒事件を受け、北海道、東北、関東地方の19都道県で展開する生協4団体が中国製加工食品のカタログ販売を原則中止したり、中止する方針を決めたりしていることが28日、分かった。日本生活協同組合連合会が中国の工場を調査中で、各団体はその結果などを見て中止期間を判断する。(中日新聞:抜粋)

中日新聞の記事は「各団体はその結果などを見て中止期間を判断する」と書いているが、中止の理由が「消費者に不安を訴える声が多く」ということであるから、今の状況では「無期限販売中止」だろう。
中止は、カタログ販売だけではない。讀賣新聞によれば――生協の一部店舗は、中国製加工食品の撤去や国内産商品への置き換えを始めている。共同購入の商品については、3月末に国内産などに変更する――という。
JTを始めとする輸入や販売にかかわった業者も「原因究明されないと輸入再開はできない」としている。
つまり、中共の無責任な居直りと人命軽視の体質が、日本国内における中国製加工食品に対するボイコットの輪を大きく拡大させているということだ。

最近の世論調査では「今後、中国製食品は利用しない」という人が75.9%に達している。
まさに自業自得。
もう「勝手にしやがれ!中共!!!」というところか。
私も、これ以上は言及しない。

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28日の、中国当局とメディアが合作した「毒が入れられたのは日本国内」という許しがたい世論誘導がなければ、私は今日は別のエントリを書くつもりだった。

それは、次の記事についてである。

自民党の加藤紘一元幹事長は27日、TBSのラジオ番組で、山崎拓前副総裁、小泉純一郎元首相とのYKKトリオについて「もう終わった。いつまでも、いつまでもということではない」と述べ、事実上解散したとの認識を示した。

YKKトリオを振り返り「3人の楽しい関係から始まって、政治にある程度の意味を持った」としながらも、山崎、小泉両氏から26日夜の会合に誘われたが断ったと説明。「これからはお友達同士みたいな話より、この国をどうもっていくかや政策で仲間が集まったり、離れたりするのが筋ではないか」と、政策本位で行動していく考えを強調した。

「YKKは終わった」と加藤氏 (産経新聞)

加藤氏は、もう「一丁上がり」の政治家である。この政治家の自民党内における影響力は、かつての子分だった古賀誠選挙対策総局長よりはるかに小さい。
にもかかわらず、「これからはお友達同士みたいな話より、この国をどうもっていくかや政策で仲間が集まったり、離れたりするのが筋ではないか」という発言。
この「ギラギラ感」はどこから来るのか。

この発言から読み取れるのは、政界再編でもう一度「主役」の座を射止めたいという強烈な意志である。実際、加藤氏は、2月10日から2日間の日程で超党派の議員団を率い韓国を訪問した。この訪韓団には、民主党から小沢一郎代表と距離を置く仙谷由人、枝野幸男の両元政調会長ら5人が参加した。
これは「次期衆院選後の政界再編をにらんだ動き」(谷垣派幹部)であるのは間違いない。

加藤氏は民主党の菅直人代表代行と極めて近い。小沢一郎代表が自民党との大連立を志向しているのに対し、菅氏は加藤氏に代表される自民党左派との連携―政界再編を目指していると思われる。
おそらく菅氏と加藤氏は以心伝心だろう。だから、加藤氏は、元YKKの盟友でありながら、前原誠司前民主党代表と考え方が近い小泉氏との「26日夜の会合」を断ったのだ。

もちろん、加藤氏から、いつまで経っても「ギラギラ感」が抜けないのは、政界再編でもう一度「主役」の座を射止めたいという気持があるからだけではない。
かつて、「保守本流・宏池会のプリンス」と呼ばれ、「総理総裁に最も近い政治家」と言われた男の怨念というか妄執というか、短い言葉では表現しきれないドロドロとした魂の彷徨があるのだ。

以下は、私の2006年7月27日のエントリである。

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加藤紘一の嫉妬と妄執 (2006/07/27)

【はじめに】

皆さんは、権力闘争の根底にあるものは何だとお思いだろうか?

政治だから「主義・主張」があるのは当たり前である。もちろん「欲」もある。が、「嫉妬」もかなり大きな比重を占めるのである。その「嫉妬」は、時として「怨念」に転化することさえある。

この「嫉妬」が「怨念」にまで転化し、権力闘争の軸になったことは何度もある。有名な「角福戦争」などは、その典型だろう。
そして、「嫉妬」と「怨念」が、「主義・主張」の違いを超越した政権を生み出したこともある。いわゆる「自・社・さ」連立政権である。
小沢一郎に対する「嫉妬」と「怨念」が、何と自民党と社会党に「連立」を選択させたのである。

「憲法改正」を綱領に掲げ、「日米安保条約の護持」を党是とする政党と、「護憲と非武装中立」を党是とし、「日米安保条約の破棄」を主張する政党が連立しする。しかも、「護憲・安保破棄」の少数派から総理大臣を選ぶ。
日本の憲政史上でも稀有な出来事だが、権力闘争においては、こういうこともありうるのだ。

もちろん、自民党の場合は政権復帰願望も大きな動機であった。権力を奪回するためには、「主義・主張」になんかかまってはいられない。
が、社会党の場合は、小沢と、彼に追従した山花貞夫などの社会党右派に対する怨念が動機であったと言ってもよい。
それは、自民党との連立を主導したのが、反自民の急先鋒だったはずの社会党左派だったことが証明している。

(注-1)「角福戦争」
ポスト佐藤(栄作)の座を争った田中角栄と福田赳夫による、政治権力をめぐる激しい闘いを「戦争」に例えて呼んだもの。1970年ごろから田中が倒れる1985年まで続いた。
1979年の、いわゆる「四十日抗争」が、その頂点だった。

(注-2)「自・社・さ」連立政権
自民党、社会党、新党さきがけの三党による連立政権(1994年 ~1998年)。
この政権は、理念がまったく解らない。まさに、欲と嫉妬と怨念が生み出した政権だったとしか思えない。村山 富市(首相)と河野洋平(外相) と武村正義(大蔵相)の三党首がテレビに出て、「私たちはリベラルです」と連立の意義を強調していたが、そのうさん臭さは噴飯ものだった。

結果は、野党に転落していた自民党の復権を社会党が助けた。それだけである。

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なぜ、権力闘争の根底に「主義・主張」の違いや「欲」だけではなく、「嫉妬」や「怨念」があると【はじめに】で書いたのか。
それは、最近の加藤紘一の言動を見聞きしていると、そのことを痛感するからである。
したがって、そのことを書くことで、「政治の醜悪さ」と「政治家の憐れ」を皆さんに解ってもらいたい、そう思ったのである。

最初に、加藤のヒストリーを書いておこう。

加藤紘一。
昭和14年(1939年)生、67歳。山形県鶴岡市出身。東京大学法学部卒。大学時代は「60年安保闘争」に参加。卒業後は外務省のキャリア官僚(チャイナスクール組)になる。
父は衆議院議員の加藤精三だが、1965年に急逝した父の後継になることを、このときは断り、7年後の1972年に初出馬し当選。大平派(宏池会)に加入。

政治の表舞台に登場するのは、1978年の大平内閣で官房副長官を務めた時からである。1984年には45歳の若さで中曽根内閣の防衛庁長官に就任。
1987年のポスト中曽根をめぐる権力闘争では、宮澤派(宏池会)の事務総長として陣頭指揮をとる。が、派閥領袖の宮澤喜一は竹下登(経世会)に敗北。
このころから加藤は、「宏池会のプリンス」と呼ばれるようになる。

1991年に宮澤内閣の内閣官房長官に就任。
1992年に、いわゆる「従軍慰安婦」問題について、官房長官として「当時の政府の関与」があったことを認め、「お詫びと反省の気持ち」を表明した。
朝鮮半島出身者のいわゆる従軍慰安婦問題に関する加藤内閣官房長官発表
この談話が、翌1993年の河野洋平官房長官による「当時の軍が関与した強制連行」を認める「全面的謝罪」の伏線になるのである。
慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話

1994年の村山「自・社・さ」連立政権下では自民党政調会長に就任。
この政権を樹立する時、河野(当時自民党総裁)や野中広務、亀井静香らとともに、重要な役割を果たす。その結果、野中は自治大臣・国家公安委員長として、亀井は運輸大臣として初入閣。
つまり、全員がうまい汁を吸ったわけだ。ちなみに、その時の自民党幹事長は森喜朗(前首相)。

この年の8月、自民党政調会長として中国人民抗日戦争記念館を訪れた加藤は、「ここに来るのは長年の願望だった」「来年は終戦から50年。日本では、どう50年を迎えればよいか議論しており、日中戦争が本格的に始まるきっかけとなった盧溝橋を訪れることができたことは意義深い」と述べている。
この「日本では、どう50年を迎えればよいか(の)議論」が、1995年8月15日の「村山談話」として結実するのである。

1995年の自民党総裁選では、現職の総裁であり、同じ宮澤派に属する河野ではなく、竹下派(経世会)の橋本龍太郎を総裁に擁立する。これは、河野が、派閥内の最大のライバルだったからである。
このことが99年の宏池会分裂(河野派の独立)の遠因になる。
橋本内閣の下では、3期連続して幹事長を務める。このとき、幹事長代理の野中とコンビを組んで自民党の実権を握り、野中をして「魂の触れ合う 仲」と言わしめるようになった。

1998年に宮澤派を禅譲され、宏池会第6代会長(加藤派)に就任。派閥の後継争いに敗れた河野は、翌99年1月に麻生太郎(現外相)らとともに宏池会を離脱する。(宏池会の第一次分裂)

この年、自民党総裁選に盟友の小泉純一郎(現首相)が出馬する。
このころの加藤は、山崎拓(前副総裁)とともに小泉とは盟友関係にあった。いわゆる「YKK」であり、経世会(竹下派=竹下-金丸信-小沢)による自民党支配を打破することを目的に90年代初頭に結成された。
にもかかわらず、加藤は山崎とともに、盟友の小泉ではなく経世会の小渕恵三を全面的に支持、主流派を選択する。
結果は小泉84票。225票を獲得した小渕に惨敗した。

なお、このころの経世会は、既に金丸は議員辞職(1992年)し、小沢は離党(1993年)。実質的には、衆院は野中、参院は青木幹雄(現参院自民党議員会長)が仕切っていた。

このころから、「YKK」と呼ばれた山崎、加藤と、小泉の盟友関係に亀裂が生じ始める。

ところが1999年の自民党総裁選では、加藤は態度を一変させ、前回支持した小渕に対抗して山崎とともに出馬する。結果は加藤、山崎の敗北。小渕が再選される。
このときから、加藤には逆風が吹き始める。

この総裁選に際し、小泉は積極的な動きを見せなかった。もちろん加藤支持も山崎支持も表明しない。そして次のように言った。
「YKKは友情と打算の多重構造だ。権力闘争を勝ち抜くには友情だけではダメだが、打算だけでもむなしい」(1999年6月)。これに対して山崎は、「権力闘争が打算で何が悪い」と言い返した。
まさに権力闘争が、いかに非情なものであるかを物語るエピソードである。

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ここまでに書いた加藤の政治歴を見れば、このころ彼が、最有力の自民党総裁候補であったことがお分かりいただけたと思う。
45歳で国務大臣(防衛庁長官)に就任。その後は内閣官房長官、自民党政調会長、同幹事長(3期)を歴任した。しかも党内第二派閥(宏池会)の領袖である。加えて、政策に強く、外交にも通じている。
このころの加藤を評して、側近だった古賀誠(元幹事長)は次のように語っている。
「自民党の数多い有能な人材の中でピカ一。 宝と思っている」と・・・

この加藤が、なぜ失敗したのか?
世間も、永田町(自民党)も、加藤を自民党総裁の最有力候補とみなしていた。加藤自身も、自分が最有力候補だと思い込んでいた。実は、そこに一番の問題があった。
よく言えば「プライド」、率直に書けば「うぬぼれと自信過剰」。
加藤は「自分は近い将来絶対に総理になれる。それなら、自分の美学を通して総理になろう」、そう考えたのである。

橋本総裁時代、幹事長-幹事長代理として加藤とコンビを組み、「魂の触れ合う仲」と公言した野中や加藤の側近であった古賀らは、加藤が総理総裁になるための「線路」を敷いていた。
1998年の参院選敗北を受けて、任期途中で引責辞任した橋本の跡を継いだ小渕は、まだ1年余りしか総理・総裁を務めていない。ここは、あと一期(2年)だけ小渕にやらせるべきだ。そうしなければ、最大派閥である小渕派(経世会)が納得しない。
小渕が正規の総裁任期をまっとうしたのち、その跡を加藤に継がせる。そして経世会と宏池会で自民党を牛耳る。
これが野中や古賀が考えていた「線路」であった。

そこで野中と古賀は、「多少、あなたの美学からすれば外れるかもしれないが、この線路に乗れ」と勧めた。
ところが、加藤は、「いや、プロセスが大事だ」と拒否したのである。
野中たちは、「しかし、美学を通しても(総理に)なれなかったらどうするのか。総理になるプロセスは、多少見栄えが悪くても、総理になれば美学を通すことができる。まず、総理になることが大事なのだ」と説得した。が、当然、総理になれると思い込んでいた加藤は、そのプロセスを重要視して説得を拒んだ。
そして小渕に挑んだ加藤は惨敗、結果的に総理の座を棒に振ることになる。

加藤は、当時、米ニューヨーク・タイムズから「冷めた ピザ」と評され、国内でも「鈍牛」、「ボキャ貧」、「真空総理」などと揶揄されていた小渕に我慢がならなかったのであろう。
しかも国内では、バブル崩壊後の金融危機が表面化し、我が国は「国難」に直面していた。こういう状況を「真空総理」には任せておけない、加藤はそう思ったに違いない。
だが、当時、自民党の最大の実力者で、「魂の触れ合う仲」だった野中は、加藤に真正面から敵対した。

加藤はこのとき、「金丸さんが小沢さんを寵愛したように、野中さんも古賀さんを寵愛している」と述べて、自民党総裁選における自分の敗北が、まるで側近の古賀の裏切りであったかのような発言をしている。
が、加藤派の議員は、「加藤さんが113票も獲得できたのは、古賀さんのおかげだ」と、加藤の邪推を否定した。

加藤と山崎は、この総裁選の後、完全に干される。
が、事態はすぐに急変する。小渕が2000年4月2日に、脳梗塞で倒れたのだ。そこで急遽、後継の総理を選択する作業に自民党幹部は取り掛からざるをえない事態に追い込まれた。
まず名前が挙がったのが、自民党総裁経験者で唯一総理大臣に就任していない河野。宮澤や後藤田正晴などの重鎮が推薦した。が、最終的に選ばれたのは森だった。

内閣官房長官として小渕を支えていた青木は、「(小渕が意識不明の状態なのに)何かあれば万事よろしく頼むとの指示をいただいた」として首相臨時代理に就任。
赤坂プリンスホテルの一室に森幹事長、村上正邦参院自民党議員会長、野中幹事長代理、亀井政調会長(肩書はいずれも当時)を召集して、談合で森を後継総裁にすることに決めたのだ(いわゆる五人組による談合)。
加藤派の池田行彦総務会長(当時)にはお声がかからず、加藤もこの動きをまったく知らなかった。つまり、この時点で、加藤は完全に「番外地」とみなされていたのである。

ところが、この森首相が、誕生の経緯もあってか、国民から不評を買う。首相番記者からも「サメの脳ミソとノミ の心臓」と揶揄されるほどだった。メディアは、「森喜朗」の音読みにかけて「蜃気楼内閣」とまで呼んだ。
ここでまた、加藤の「うぬぼれと自信過剰」が頭をもたげてくる。
そして加藤は、山崎を連れ立って、野党が提出した森内閣に対する不信任決議案に賛成しようとするのだ。加藤派と山崎派が野党に同調すれば不信任決議案が可決される。つまり、内閣総辞職か解散しかない。

これが、いわゆる「加藤の乱」である。
が、野中幹事長(当時)の切り崩しや小泉(当時森派会長・現首相)の頑強な抵抗にあって、この反乱は鎮圧される。
特に加藤派は、側近と言われていた古賀を始め、宮澤喜一、池田行彦、丹羽雄哉、堀内光雄などの幹部を中心に半数以上が加藤から離反。(宏池会の第二次分裂)
これを機に、加藤は急速に党内影響力を失くす。

2002年には、加藤の金庫番と言われた佐藤三郎元秘書が、2億8,000万円の所得隠しと約1億円を脱税した疑いで逮捕され、加藤自身も政治資金の私的流用などが暴かれて3月に宏池会会長を辞任し、自民党を離党した。
が、国民の批判は収まらず、4月には衆院議員辞職に追い込まれる。

ところが加藤は、翌2003年11月の衆院総選挙に無所属で出馬、11期目の当選を果たす。そして、その後、自民党に復党。旧加藤派を引き継いだ小里派(現谷垣派)にも復帰。
しかし、2005年9月には、谷垣禎一(現財務大臣)が派閥の後継に決まると小里派を離脱する。

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ここまで読んで、皆さんは加藤のことを、どう思われたであろうか?

エリート、プライドが高い、うぬぼれ屋、政局音痴、ケンカの仕方を知らない、中道左派的思想、親中派、などは確実に読み取れる。
が、私はプライドやうぬぼれの裏に、小泉首相に対する嫉妬と怨念を感じるのである。
加藤が総裁選で小泉を支持しなかったのは1998年だけではない。95年に小泉が初出馬した時も、対立候補である経世会(竹下派)の橋本擁立の核になっている。

なぜか?
加藤の中では、YKKにおいて「総理総裁になる資格があるのは自分だけ」と思っていたからである。小泉は、それこそ論外。
山崎はそれを承知していて、まず加藤を総理総裁にする、そして自分は党幹事長として加藤を支える、と公言していた。
(当然、総理の座を加藤から禅譲してもらう、という前提付きだが)

ところが、「プライド」と「うぬぼれ」が裏目に出たうえ、元々が政局音痴でケンカべたときているからどうしようもない。
田中角栄元首相は「自分の努力で幹事長まではなれる。だが、総理総裁は努力だけではなれない。巡り合わせだよ」と初当選の挨拶に伺った額賀福志郎(現防衛長官)に語ったという。
が、加藤の場合は「巡り合わせ」ではなく、自業自得だと思う。

そんな加藤にとって、よりによって「格」がず~っと下のはずの小泉が総理大臣になった。しかも、自分のアドバイスには耳を傾けない。それどころかアドバイスと逆のことをやる。
にもかかわらず国民的人気が高い。
もう、小泉は許せない。後継総理は絶対に「反小泉」でなければならない。そう加藤は思っているのではないか。

加藤は、6月20日のテレビ番組で、自らの総裁選への出馬の意思を聞かれ、こんな“本音”をのぞかせている。
「私自身は過去5年間いろいろあり、傷も癒えていないので、今回は、そういうことはしません」
この「今回は、そういうことはしません」という発言を聞いて、加藤の元側近だった谷垣派議員は「『次回がある』と思っているのかなあ……あの人もギラギラ感が抜けないね」と苦笑した、という。

加藤が「非安倍」にこだわるのは、安倍晋三官房長官のアジア外交に対する姿勢を懸念するからだけではない。政界の急速な世代交代に待ったをかけ、もう一度、自らの活躍の場を確保したいという思惑もあるのだ。
もう1回だけ総理になる(もしくは総理に影響力を及ぼすことのできる)チャンスをくれ!本気でそう思っているのである。

加藤は今、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という心境にまで陥っている。
福田康夫不出馬が確定した今、加藤に政策が近い「ポスト小泉」候補は、かつての派閥の弟分、谷垣禎一財務相である。
が、加藤は谷垣について、「閣内にいて、小泉さんの庇護の下にいるイメージがある。靖国問題やアジア外交でも谷垣さんは(安倍や麻生と)ちょっと違うがはっきりしない」と評価する姿勢をまったく見せない。(06/07/24 讀賣新聞)
加藤は、谷垣が小泉内閣にいる=小泉に協力していることが、まず気に食わない。そして谷垣派は、本来は自分の派閥だ。谷垣は自分よりも格下だという思いをぬぐい切れないのである。

私は、加藤を「政界のはぐれ鴉」だと思っている。そして彼を見ていると、権力に対する妄執は、ここまで人間を醜悪な存在にさせるのか、と思うと同時に、「政治家の憐れ」を感じずにはいられない。

かつて、政界の策士と呼ばれ、今年5月に死去した松野頼三は、小泉首相の「政治の師」でもあった。
その小泉首相は、松野が亡くなった際に「政局の動き、権力闘争、自らやってきた人だから。派閥間の争い、派閥内の争い、人間の嫉妬。そういう点を実に詳しく教えてくれた」と語っている。

加藤にも松野のような「政治の師」がいれば、少しは彼の政治家人生も変わったものになったのであろうか???

(文中・敬称略)

(注)
「経世会」は、現在は「平成研究会」に改称されています。が、今でも「経世会」の方が
メディア、永田町とも通りがよい。

参照1:異才作家 『大下英治』 が書き下ろす迫真の政治ドラマ
参照2:第147回国会 決算行政監視委員会 第3号
参照3:佐藤三郎・加藤紘一議員元秘書の逮捕について
参照4:「ポスト小泉」への道(11)未練断ち切れぬ「YK」

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このエントリ、当時はかなりの人気を博した。「読み物としてもおもしろい」という評価もいただいた。
で、今、読み返してみて、「加藤氏はまったく変わっていない」ということが改めて分かる。
もう「妄執の虜」という表現がピッタリだ。

ちなみに「妄執」とは「成仏を妨げる虚妄の執念」(大辞泉)のこと。

こんな政治家が政界再編のイニシアチブを取る???

もう「いい加減にしてくれ!」と言いたい。

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2008/02/11

街宣右翼は公安が泳がせている?

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

一昨日、「プリンスホテルの言論・集会の自由封殺を許すな! 」というタイトルのエントリをアップしたが、これは誤解を招きやすい表現なので補足しておきたい。
コメント欄でも書いたが、「言論・集会の自由」を封殺したのは街宣右翼であってプリンスホテルではない。ただ、プリンスホテルの不手際は批判されてしかるべきである。

読者の方のご指摘にもあったが、グランドプリンスホテル新高輪の地理的環境を考えると、日教組の教研集会に抗議する街宣右翼がホテル周辺に集結すれば、一帯は警察によって封鎖された状態にならざるを得ず、ホテルの顧客や近隣住民に大きな迷惑をかけることになったと思う。
ホテル側がこれを恐れたというのは分かる。が、そうであれば、プリンスホテルは最初から断ればよかったのだ。営業に大きな支障が出るというのは正当な理由になる。
日教組に「言論・集会の自由」があるのは言うまでもないが、ホテル側にも顧客の安全を守り、快適な環境を提供する義務がある。この義務を果たせないと言うのであれば、やはり断るべきだった。

日教組は、最初から正式な組織名で申し込んでおり、例年、教研集会の会場周辺では右翼団体の街宣活動があり、警察に警備を要請していることもホテル側に伝えている。そして、ホテル側は後日、会場費の半額を受け取っている。
それを、半年以上経って突然、解約通知を送りつけるなんて非常識だし、非難されても仕方がない。だから東京地裁でも、高裁でも、プリンスホテル側の主張は退けられたのだ。私は、今回に限って言えば、最高裁に控訴しても負けたと思う。

まあ、ホテルの顧客や周辺の住民は結果的に救われた形だが、一流ホテルが裁判所の命令を無視した、あるいは街宣右翼の圧力に屈したと世間に受けとめられたのは極めて残念である。
これも、すべて、最初の段階でのプリンスホテル側の甘い判断がもたらした結果である。批判は甘んじて受けるしかない、そう思う。

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ところで、この街宣右翼、実体は暴力団(しかも、中には在日系もいる)なのだが、なぜのさばらせているのだろうか?

私が思い出すのは、警察が1960年代後半まで過激派を本気で取り締まらなかったということだ。過激派だった私が、そう思うのだから間違いない。
街頭において、集団で鉄パイプを振るい、火焔瓶を投げる。その気になれば、根こそぎ検挙できたはずだ。が、警察が本気になったのは、武装蜂起を主張する赤軍派が登場した69年以降である。

まだある。
部落解放同盟(解同)の暴力的糾弾に警察は目をつむっていた。解同の中に暴力団がもぐりこみ、同和対策事業において不正を働いていても摘発しなかった。
解同の暴力的糾弾に警察が動いたのは、教職員約60名が解同に襲撃され、48名が負傷、うち29名が重傷、1名が危篤となった1974年の「八鹿高校事件」など、極めて限られている。
同和対策がらみの犯罪が摘発されるようになったのも、大阪の飛鳥会事件など、最近になってからのことだ。

この、過激派を泳がせていたことと、解同に目をつむっていたことには共通点がある。それは、過激派も解同も「反日本共産党」であるということだ。
日本の公安警察の最大の標的は、戦後一貫して日本共産党である。共産党がいくら暴力革命を否定しても、公安警察はそれを認めていない。今でも「監視対象」である。
監視と言っても、普通の監視ではない。共産党組織内にスパイを作ったり、電話を盗聴したりする。現に、1985年には、神奈川県警による共産党に対する電話盗聴事件も発覚している。
つまり、過激派も解同も、公安警察にとって最大の標的である共産党に対する対抗策の一環として利用されていたのだ。

中核派と革マル派の内ゲバを放置していたのも同様である。私の知る限り、中核派の人民革命軍も革マル派の特別行動隊も、せいぜい200人かそこらの構成員しかいない。警察が本気になれば、メンバーを特定し、全員を殺人及び殺人未遂で検挙できたはずだ。
が、警察はそうしなかった。理由は、過激派が自ら消耗戦を展開していることと、中核派が革マル派の労働者を襲撃していることだった。特に、革マル派は動労(現・JR総連)や全逓(後のJPU)に浸透しており、これを中核派が襲撃してくれることは、公安警察にとって願ってもないことだったのだ。

中核、革マル両派とも、お互いに相手を「権力の手先」と罵倒していたが、何のことはない、両方とも権力の手のひらで踊らされていたのだ、ああ情けない。

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以上のことは、私は元過激派の視点から観察していたので、極めてよく理解できた。
けっして憶測ではない。実感である。

で、私は、街宣右翼をのさばらせているのも同じ理由ではないかと思うのだ。
日教組の中には過激派がもぐりこんでいる。チュチェ(主体)思想を信奉するグループもある。だから街宣右翼に日教組を牽制させる。
また、街宣右翼は日教組だけではなく共産党系の全日本教職員組合(全教)の集会も妨害している。つまり、街宣右翼は、公安警察の最大の標的である共産党に対する対抗勢力の役割も果たしているのだ。

刑事警察は暴対法で暴力団を厳しく取り締まっている。にもかかわらず、暴力団とメダルの裏表の関係にある街宣右翼は泳がせている。それは、街宣右翼の担当が刑事警察ではなく公安警察であることが大いに関係していると思う。

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このような公安警察のやり方を「是」とするのか、「否」とするのか。それが、我が国の治安維持に役立っているのであれば、当然「是」だろう。また、汚いかどうかは別として、彼らの存在が必要なのは言うまでもない。
公安(治安)警察はどの国でも同じような手を使う、というか使わざるを得ないのだ。やはり、その存在は、統治機構において不可欠な「汚れ役」なのかもしれない。
だから、けっして彼らを否定はしない。
が、私は現実の彼らを知っているから、あまりいい気分はしない。

ただ、彼らは名前も偽名を名乗らなければならないし、身分も偽らなければならない。警察内部でも、その存在は隠密である。また、家族にも仕事については秘密らしい。我が子に己が何をやっているかを話せない、やはり辛い仕事だとは思う。
だから、今は、がんばってほしいと思っている。

彼らは、仕事の辛さをエリート意識で支えている。「俺たちは他の警察官とは違うのだ」という。確かに、公安警察の身分は都道府県警の所属だが、実態は警察庁の直轄である。予算も特別だ。
が、だからと言って、刑事警察と張り合い、真相解明を不能にした国松警察庁長官銃撃事件のような失態は二度としてほしくない。

いずれにしても、中核派や革マル派のような「暴力革命」を公然と掲げる勢力や、暴力を持って相手を威圧・威嚇する街宣右翼はもっと厳しく取り締まってもらいたい。

なぜ中核派の非公然組織(人民革命軍)を壊滅させないのか?公安警察の思惑も分からぬではないが、彼らは社会の敵である。

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【追記】
共産党に対する電話盗聴は疑問に思う。今の共産党は、「暴力革命」など起こしたくても起こせない。マルクス・レーニン主義を放棄していないから「監視」する必要はあるだろうが、かつてのような危険性は既にない。
やはり、「通信の秘密」を侵すことは、慎重の上にも慎重でなければならない。
ただ、差し迫った危険があれば別だ。たとえば、テロリストとかオウム真理教、あるいは中国人マフィアなどは許されるのではないか。

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2008/02/09

プリンスホテルの言論・集会の自由封殺を許すな!

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       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

中国の毒ギョーザ―「容疑者が既に拘束された。複数の退職者」「解雇を通告されてから退職するまでのわずかな期間に家から持ってきた農薬を混入した。農民出身者」という報道も出始めている。
私が1月31日のエントリで書いたとおりの展開になって来ているわけだが、だからといって、これを個人の犯罪に貶めてはならない。

中国では、労働者を保護するための「労働契約法」が1月に施行された。実は、今回の天洋食品、この法律が施行される前に40歳以上の労働者(民工)10数名を「駆け込み解雇」した疑いが濃厚なのだ
この法律は、一定期間以上勤続した労働者を終身雇用するように求めている。で、国営企業である天洋食品がこれを知って、高年齢社員を施行前に解雇した―そういうことだ。

労働争議―共産主義を標榜する国ではあってはならないことだが、天洋食品は労働者との間にトラブルを抱えていたという。共産中国は、今や利益至上主義の拝金独裁国家だからこれも不思議ではない。
1日13時間労働、休日は月1回、月給は1万数千円、しかも無保険―こんな環境下にあって、いきなり「クビ」を通告されたら「怒り心頭に発する」のも解る。しかも相手は国営企業である。

が、だからといって、農薬を混入することは許されない。ただ、この事件の背景には、今の中国企業のコンプライアンスの欠如、中共体制の弱者蹂躙、人命軽視という本質があることを見逃してはならない。

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で、今日は「毒ギョーザ事件」はここまでにする。

少し前のニュースで恐縮だが、見逃せない出来事があった。
今月2日に開催されるはずだった日教組の教育研究全国集会の全体集会が、グランドプリンスホテル新高輪(東京都港区)に拒否された事件だ。
これを、「反日左翼の日教組の集会が阻止された」と喜んでいる人がいるとしたら、それはとんでもない思い違いである。この事件は、そんな単純なものではない。

ホテル側の拒否理由は、右翼団体の街宣活動などで宿泊客や周辺住民に迷惑がかかるというものだった。
が、日教組は昨年3月、グランドプリンスホテル新高輪に会場の使用を申し込んだ。その際、例年、教研集会の会場周辺では右翼団体の街宣活動があり、警察に警備を要請していることも伝えた。契約後、日教組は会場費の半額を支払った。ところが、11月になってホテル側が突然、解約を伝えた。
これが裁判所が認定した事実である。で、東京地裁、東京高裁は、「解約は無効で、使用させなければならない」と命じたが、ホテル側はこれに従わなかった。

言論・集会の自由は憲法で保障された権利である。ただ、ホテルには宿泊客の安全確保の責任がある。だから、「この集会はホテルにふさわしくない」と判断すれば断る権利がある。
しかし、グランドプリンスホテル新高輪は一旦は日教組の集会を受け入れたのだ。しかも、会場周辺では右翼団体の街宣活動があり、警察に警備を要請していることも伝えられている。
にもかかわらず、半年以上も経過してホテル側は突然、解約を通告した。そして裁判所の決定も無視したのだ。

国内で「一流」とされるホテルが、司法の判断に従わなくとも構わないという態度を平然と取る。
これは、何がしかの政治的圧力にホテル側が屈服したとしか考えられない。
こんなことを許してもいいのか!

これは「右」「左」の問題ではない。 1992年に、評論家の上坂冬子さんが月刊誌で憲法改正に言及したとする社会党(当時)などの抗議で、新潟市主催の憲法記念集会での講演が中止となった。97年には、ジャーナリストの櫻井よしこさんも、「従軍慰安婦」問題での発言を巡り、「人権」を掲げる団体の抗議で主催団体が講演を取りやめた。
今回の事件でホテル側を非難しないとしたら、前述の左翼側による言論・集会の封殺も非難できないことになる。だから、今回のグランドプリンスホテル新高輪の取った態度を許してはならないのだ。

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私が気になるのは「政治的圧力をかけた側」である。おそらく「街宣右翼の関係者」と見て間違いないだろう。
当日、日教組が使用する予定だったホテルの宴会場「飛天」では、夕方から「賀詞交換会」という名の会合が開かれていた。出席者たちに尋ねると、「プリンスホテルの取引先」などと名乗ったが、どんな会合か、ホテルの広報担当者は「答えられない」と言うだけだった。(参照:08/02/03 讀賣新聞)
何とも胡散臭い会合が、日教組の予約していた宴会場で開かれていた―これだけでも「政治的圧力をかけた側」の素性が知れる。

街宣右翼の実体は暴力団だ。で、こういうことは彼らにとって「お手の物」だ。企業の弱みを突き、要求を押し通す―これは彼らの生業(なりわい)の一つである。
つまり、グランドプリンスホテル新高輪は暴力団に屈服した―そういうことだと思う。

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ところで、なぜ一旦は受け入れた日教組の集会を、ホテル側が半年以上も経過してから拒否したのか?
これにはプリンスホテル側の表ざたにできない理由もあると思われる。
ご存知の方も多いと思うが、プリンスホテルは西武鉄道グループであり、その総帥は堤義明氏だった。その堤氏の下(もと)、2004年4月には西武鉄道が総会屋に利益供与をしていたことが発覚。2004年10月には有価証券報告書への虚偽記載が発覚。そして堤氏自身が、2005年3月、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載、インサイダー取引)の疑いで東京地検特捜部に逮捕された。

つまり、プリンスホテルが属する西武鉄道グループ、そしてその元オーナー堤義明氏には暗い過去があるのだ。おそらく、04年、05年の事件で明らかにされなかった闇の部分がまだある、私はそう思う。
そこを街宣右翼=暴力団に突かれたのだ。だから裁判所の決定を無視してまで日教組の集会を拒絶したのだ。でなければ、コンプライアンス(法令遵守義務)を高らかに掲げているプリンスホテルが、裁判所の決定を無視するという今回のような行動を取るわけがない。

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今回の事件で反「反日左翼」の側が受けたダメージは大きい。右=威圧や暴力を持って言論・集会の自由を封殺する、というイメージが増幅されたからだ。
ここにおいて、街宣右翼が犯した罪は大きい。

なぜ、街宣右翼はこんな「利敵行為」をやるのか?
私は、彼らの中に在日韓国・朝鮮人が多数存在することに関係がある―そう思う。

我々は、反日左翼だけでなく、反日右翼=街宣右翼も糾弾しなければならない。

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この事件、取り上げたかったのですが、「中国の毒ギョーザ」でいっぱいで(笑)遅くなってしまいました。でも、見逃してはならないと強く思います。
「反日右翼は許せない」と思う皆さん、応援よろしくお願いします。

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【追記】
米国のある保守派の論客(かなり前なので、名前は失念しました)がこう語っていました。
「私はネオナチも共産主義者も許せないが、彼らの集会を許さないのはもっと許せない」と。
これが民主主義です。

それから、「宿泊客や利用客の安全確保の責任上」と言うのであれば、解約を伝える前に、日教組にその旨を説明し、謝罪するべきです。相手が受け入れるかどうかは別として。
が、プリンスホテルはそれもやっていません。で、裁判の係争中に別の(胡散臭い)会合を予約に入れた。この態度も許しがたいと思います。

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2008/02/08

中国企業を起訴せよ!!!

このバナーは、2008年8月7日まで常にトップに表示されます。ボイコットに賛成の方はこちらまで。Bandeau_gb
       中国はジャーナリストにとって世界最大の監獄   国境なき記者団

今回の中国の毒ギョーザ事件、このブログの読者の方(複数)が指摘されているように、メディアも日本政府も腰が引けている。何か、事件の真相を究明する前に、「日中友好を損ねてはならない」という呪縛に囚われている、そんな気がする。

その典型が朝日新聞だ。
今日は、その朝日の【社説】を解析してみたいと思う。

以下、2008年2月5日付【社説】からの抜粋である。

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中国の調査団が来日し、日中の共同調査が始まった。互いの調査の結果を交換し、真相究明を急ぐことで一致した。

真相がわからないのでは、的確な対策をとれない。それだけでなく、日本では中国食品に対する不信感がさらに深まり、中国では一方的に非難されたという反発も出てくるだろう。日中関係への影響も心配だ。

日中両国は双方で約束した通り一日も早く事件を解明してもらいたい。そのためには協力態勢をきちんと築き、自らに不利な情報も包み隠さず出し合うことが大切だ。

中国側は「今回の工場で問題の農薬成分は使っていない」との調査結果を示した。だが、この農薬を日本で入手するのは困難なことなどから、中国内で混入したという見方が日本では強い。

製造、流通のどこで混入したのか。過ってなのか、あるいはだれかが故意に入れたのか。犯罪だとすれば、動機は何か。解明すべきことはたくさんある。

ここまでは、何となく「公平な見方」という印象を受ける。が、それでも「日本では中国食品に対する不信感がさらに深まり、中国では一方的に非難されたという反発も出てくるだろう。日中関係への影響も心配だ」という点に強い違和感を覚える。
たとえ真相が究明されても、「日本では中国食品に対する不信感がさらに深まり、中国では一方的に非難されたという反発も出てくる」状況は変わらないと思う。いや、むしろ、現段階で判明した事実を踏まえれば、真相が究明されれば、それこそ「日本では中国食品に対する不信感が」さらに深まるだろう。

にもかかわらず、それを牽制するための「ジャブ」を放つ、やはり朝日新聞!!!
本音は「真相究明」ではなく、「日中関係への影響」なのだ。

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朝日新聞の【社説】は次のように続く。

製造、流通のどこで混入したのか。過ってなのか、あるいはだれかが故意に入れたのか。犯罪だとすれば、動機は何か。解明すべきことはたくさんある。

中毒が起きたことが公表されると、日本では中国食品への不安の声が一気に高まった。中国製というだけで、今回のギョーザとは無関係の冷凍食品がスーパーから撤去されたり、外食産業でメニューからはずされたりする動きが出た。

中国では、この事件はあまり報道されていない。だが、インターネットでは情報が伝わり、様々な意見が飛び交っている。なかには、「中国製品を売れなくするための日本人の陰謀だ」という極端な意見まで流れている。

いまは原因が解明されていないため、不安や憶測、あるいは疑心暗鬼が広がっているということだろう。

ここまで来ると、もう「ふざけるな!」と言うしかない。
「今回のギョーザとは無関係の冷凍食品がスーパーから撤去されたり、外食産業でメニューからはずされたりする動きが出た」
これは当たり前だろう。が、朝日新聞の【社説】が与える印象は、それは「理不尽」と言っているような印象を受ける。

米国では「チャイナフリー(CHINA FREE)」=「中国産を使用していない」という商品が今、トレンドになっている。これは、中国産のペットフードにより数千頭の犬や猫が命を落としたことが直接的な原因になっている。
この事件では、中国企業が、化学添加物であるメラニンをペットフードの原料である小麦グルテンに違法に添加し、検査を逃れるために商品名を偽っていた。
これを受けて、米国社会は、中国製品に対して「一事が万事」と受けとめているのだ。それからすれば、今回の我が国の対応は「甘すぎる」と言わざるを得ない。

今回の毒ギョーザは、被害者が人間である。5歳の少女が意識不明の重体に陥った。我が国でも「チャイナフリー(CHINA FREE)」の動きが強まるのは当たり前ではないか。
「今回のギョーザとは無関係の冷凍食品がスーパーから撤去されたり、外食産業でメニューからはずされたりする動きが出た」のは当然すぎる動きである。
なぜ朝日新聞は、その動きを懸念するのか!なぜ「中国製品を売れなくするための日本人の陰謀だ」という中国内における「ふざけた主張」を非難しないのか!
両者を同列に扱うことなど、責任あるメディアであれば論外である!!!

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朝日新聞は以下のように結論付ける。

だが、日本人の食生活はいまや中国食品なしでは成り立たない。中国にとっても、輸出先として日本はなくてはならない存在だ。中国食品の安全は日中の共通の利益なのだ。中国人技術者を日本に招いて食品安全の研修をする構想があるのも、共通の利益があるからだろう。

小泉元首相の靖国参拝などで冷え込んだ数年前と違って、いまは共同調査を進めやすい状況にある。首相の相互訪問もあり、両国は信頼関係を少しずつ取り戻しつつある。

今回の事件は、長い間の停滞から再出発したばかりの日中両国にとって、大きな試金石といえる。冷静に協力し合って解決に導けば、中毒事件の打撃を減らし、成熟した関係への一歩ともなる。

朝日新聞に聞きたい!
「日本人の食生活はいまや中国食品なしでは成り立たない」
この根拠はなんだ???
確かに、今は中国食品に対する依存率は高い。が、それを他国に振り替えることは不可能なのか???
2000年以前は、そうではなかった。中国で作るとコストが安い、それが中国に流れた理由だ。
が、今、中国ではコストアップの要因がめじろ押しだ。
生産拠点を東南アジアに振り替える、あるいは多少コストがアップしても国産に切り替える、なぜそう主張しない。
現に、繊維や雑貨は東南アジアにシフトしつつあるではないか!

日本国民の命を犠牲にしてまで「中国との“成熟した関係”」が大事だと言うのか!!!
企業の「儲け」のために「国民の命」を犠牲にしろ!と言うのか!!!

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中国では、残留農薬や違法添加物による健康被害が続出している。命を落とした中国国民も珍しくない。毒菜、毒肉、毒酒―中国人でさえ、裕福な層は「市場では買い物をせず、高級スーパーを利用する」と言われている。
あの「ダンボール入り肉マン」も、毎日新聞の記者は「事実ではないかと疑いたくなる」旨の記事を書いている。
これは、もう中国の構造的問題なのだ。
こんなことは、メディアや政治家は百も承知なのではないのか???

米国では、連邦大陪審が6日、中国産原料を使ったペットフードから有害物質が検出された事件をめぐり、製造元の中国企業「徐州安営生物技術開発」と同社経営者や、中国の輸出業者、米国の輸入業者らを起訴した。食品医薬品局(FDA)犯罪捜査部が発表した(朝日新聞)という。
我が国も、「過失傷害」あるいは「未必の故意による殺人」事件として捜査を開始するのが筋ではないのか???

にもかかわらず、我が国が派遣した調査団には警察関係者は含まれていない。で、調査の結果「何も問題がなかった」と記者会見で発表する。
もう「バカじゃねえか!!!」と言いたい。

メディアによると、中国の公安当局は、製造元の天洋食品から人事管理簿などの資料を押収し、問題のあったギョーザの製造日に出勤していた従業員を中心に捜査を始めたという。
おそらく、今回の事件を「個人の責任」に貶める布石だろう。

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我が国は、最低限、今回の事件を「傷害罪」として起訴するくらいの意気込みが必要である。そして、事件が「個人の責任」」ではなく、「天洋食品の体質」、ひいては「中国の構造的問題」であることを明らかにするべきである。

「日本人の食生活はいまや中国食品なしでは成り立たない」
それは詭弁である!!!

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ほんとうに政府もメディアも腰が引けている。頭にきますよ(怒)

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