米国

2006/08/13

人体実験だった広島・長崎の原爆

「後悔に1分たりとも時間を費やすな」は米大統領だったトルーマンの言葉だ。
実際、戦後何百回もたずねられた「原爆投下」について少しも後悔の念を見せなかった。難しい決断だったかと聞かれ「とんでもない、こんな調子で決めた」と指をパチンと
鳴らした。


これは、毎日新聞の8月6日付【余録】で紹介されている第33代米国大統領、ハリー・S.トルーマンの逸話である。
つまり、「指パッチン」で日本に対する原爆投下を決めた。後悔する必要なんて、これっぽっちもない、というわけだ。が、「後悔に1分たりとも時間を費やすな」という言葉を吐かざるをえなかったというところに、この人物の深層が表れているような気がする。

実際、非公式な場所では、良心の呵責に苦しめられていることを周囲の人や身内の人たちに洩らしていたと言われる。
【余録】氏も次のように書いている。
「妻や妹への手紙、内輪の会話、日記では、女性や子供の被害へのおののきや後悔を示している。(原爆の開発にかかわった)科学者らが自責の念を示すと、ひどく感情的に反発した」
やはり、大統領、そして国家に「過ち」はあってはならない、その思いが「後悔に1分たりとも時間を費やすな」という言葉と、「指パッチン」という態度につながったのだろう。

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私は昨年の8月6日、次のように書いた。(抜粋)


私は米国を、日本のかけがえのない同盟国だと思っている。しかし、毎年8月がくると
怒りがこみ上げてくる。
これは、もう理性を超越した、日本人としての血がなせる業だと思う。やはり、今日は、原爆と米軍の話を書かずにはいられない。

私は、広島の平和記念公園を二度訪れたことがある。もちろん、原爆死没者慰霊碑に首(こうべ)を垂れ、祈りを捧げた。そのときは、「過ちは繰り返しませぬから」という碑文の文言には、何の抵抗もなかった。しかし、今日、その碑文を読み直して強い違和感を覚えた。
原爆投下という過ちを犯したのは米国である。なのに「過ちは繰り返しませぬから」とは・・・・・・おそらく、この慰霊碑が建立された頃は、日本の誤った戦争が原爆の悲劇をもたらしたという認識が、我が国民に強かったということであろう。当時の私も、何の
抵抗も感じなかったのだから・・・

広島に原爆が投下されたことに対して、我が国及び我が国民に非は一切ない。史上
最大級の戦争犯罪を犯したのは米国である。したがって、原爆被害に遭われた方々に対して、「過ちは繰り返しませぬから」などと言うのはもう止めにしたい。
「原爆の悲惨さは永遠に忘れません。皆様の筆舌に尽くしがたい苦痛と無念を心の
奥底に深く刻み込みます」と誓いたい。

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しかし、誤解してほしくないのは、当時の米国が戦争犯罪を犯したと断罪し、反米感情を煽ることが私の目的ではない。なぜ広島や長崎に原爆が投下され、20万人以上もの命が一瞬にして奪われることになったのかの真実を知ってもらいたいのである。
したがって、私の立場は、先月の中旬に広島で開かれた「国際民衆法廷」とは明らかに違う。

「国際民衆法廷」は先月16日、原爆開発や投下に関与した米国のルーズベルト、トルーマン両元大統領や元軍人、科学者ら15人の「被告」を、国際法違反で「有罪」とする
判決要旨を発表した。また、米国政府に対し、被爆者や遺族への謝罪と賠償を求める
「勧告」も盛り込んだ。

が、この法廷の「設立趣意書」を読むと、この「法廷」が、特定の思想的立場に立った
ものであることが解る。
「設立趣意書」では「私たちは、憲法第9条の精神を単に形式上だけ維持するのでは
なく、積極的に世界に向けて拡大・活用させていく義務と責任があります」「原爆投下という大惨事を招いた当時の日本政府と昭和天皇にも被爆者の方々に対する責任の
一端があると私たちは考えます」と書かれている。

これは、「私は米国を、日本のかけがえのない同盟国だと思っている」「広島に原爆が投下されたことに対して、我が国及び我が国民に非は一切ない」という私の立場とは、対極にいる人たちの考え方だ。

ただ、この「国際民衆法廷」で明らかにされた「原爆投下に至る事実関係」には、米国
政府が公開した「保存記録」に基づく記述が多く、参考にはなる。

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米国の主張は、「原爆の投下がなかったら戦争は続き、原爆の犠牲者以上の死者が
出たであろう」というものだ。原爆は、逆に多くの人命を救ったのだ、だから原爆の投下は正しかったんだ・・・
これが、米国の論理である。が、これは真っ赤なウソである。
米国の狙いは、実際に原爆を使用することによって、核実験だけでは得られない、その効果を検証することであった。つまり、広島の原爆も長崎の原爆も「人体実験」だった
わけである。

1945年7月26日、米・英・中の3国は、我が国に対して降伏を勧告する、13条から成るポツダム宣言を発した。
宣言の骨子は以下のとおりである。

日本軍の無条件降伏 、及び日本国政府によるその保障(13条)
カイロ宣言 の履行(8条)
領土を本州、北海道、九州、四国及び諸小島に限定(8条)
戦争犯罪人 の処罰(10条)
日本を世界征服へと導いた勢力の除去(6条)
特に13条の最後は、「右以外の日本国の選択は迅速且(かつ)完全なる壊滅あるのみとす」という「殲滅宣言」とも受け取れる言葉で結ばれている。

ポツダム宣言の詳細は→ポツダム宣言(米、英、華三国宣言)

実は、このポツダム宣言と、それが成立する過程に、米国の日本に対する原爆投下の真実が隠されているのだ。

ポツダム宣言は、天皇制維持についてまったく言及していなかった。そのために、我が国政府の内部では、この宣言をめぐって激論が交わされた。が、出された結論は「宣言の黙殺」と「断固戦争完遂に邁進する」というものだった。
ところが、宣言の起草段階では、天皇制の維持が含まれていたのである(12条)。にもかかわらずトルーマンが12条を書き換えさせたため、明確な天皇制の保証は姿を消した。残ったのは「日本国国民の自由に表明せる意思に従い」「政府が樹立せらるる」という文句である。
我が国政府が後日、ポツダム宣言受諾を決定したとき、付けた条件が「天皇制の維持(国体の護持)」であったことを考えれば、12条を書き換えていなければ、我が国政府の最初の結論が違ったものになった可能性は高い。
もちろん、12条に「天皇制の維持」が含まれていたとしても、我が国が早い段階で宣言を受諾したか否かは分らない。が、トルーマンが、日本政府の宣言受諾を遅らせようと企図したことだけは間違いないのである。

以下に、原爆投下までの経緯を時系列的に整理してみる。

1942年8月13日、レスリー・グローブズ陸軍少将を最高指揮官に、オッペンハイマー
博士を原爆の設計・製造の総責任者として「マンハッタン計画」がスタートする。
1944年9月19日、、ルーズベルト米大統領とチャーチル英首相との間で交わされた
ハイド・パーク協定によって、原爆の投下対象をドイツから日本へ変更することが決定される。
1945年4月に、ルーズベルトから大統領職を引き継いだトルーマンの下、目標検討委員会では、初めから軍事目標にたいする精密爆撃ではなく人口の密集した都市地域が
爆撃目標とされる。
1945年4月の時点で、トルーマンは原爆の完成予定を知っていた。
1945年6月01日、ジェームズ・バーンズ国務長官の報告を聞き、トルーマンは原爆投下を決断した。
1945年7月16日、米国はニューメキシコ州で初の原爆実験に成功する。
1945年7月17日、ドイツのベルリン郊外・ポツダムで米・英・ソ3国首脳による会談(ポツダム会談)が始まる。ポツダム会談の期中に、トルーマンに原子爆弾の製造完了が
伝えられた。
1945年7月24日、トルーマンは、8月10日までに日本に対して原爆投下を繰り返し行うよう指示。
1945年7月25日、トルーマンは日本への原爆投下命令を出す。
1945年7月26日、ポツダム宣言が発せられる。
1945年8月06日、広島に原爆が投下される。
1945年8月08日、ソ連が深夜に日ソ中立条約の一方的な破棄を宣言。9日午前零時にソ連軍が対日参戦。
1945年8月09日、長崎に原爆が投下される。
1945年8月09日、我が国政府は、御前会議で「国体の護持」を条件にポツダム宣言の受諾を決定し、10日に連合国に伝達した。
1945年8月15日、 天皇自身によってポツダム宣言受諾の決定を日本国民に知らせる玉音放送(ラジオ)が行われる。

以上を振り返って見ると、我が国のポツダム宣言受諾が、米国による原爆の投下や
ソ連の参戦に促されたことは間違いない。が、米国による原爆投下は、我が国のポツダム宣言への対応とは関係なしに実行されたことが解る。つまり、原爆を投下するまで
我が国を降伏させない、そしてソ連が参戦する前に原爆を投下する。これがトルーマン政権の基本的姿勢であった。

「ポツダム宣言」は、別名「米、英、華三国宣言」とも呼ばれる。これは、会談に加わっていたソビエト連邦(ソ連)が、我が国に対して(条約上)中立の立場をとっていたため、
宣言に加わらなかったからである。
また英国代表は、直前の総選挙の結果、ウィンストン・チャーチルからクレメント・アトリーに変わっており、アトリーは選挙後の後始末のために不在だった。中華民国代表の蒋介石もポツダムにはいなかった。
つまり、米、英、華(中)、3カ国代表のサインは、トルーマン一人によって書き上げられたのであった。

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米国は、日本の文化財に敬意を表して京都を爆撃しなかったというが、これも真っ赤な嘘である。

原爆の投下候補地は、
①直径3マイルを超える都市
②爆風により効果的に破壊できる地形を持つ都市
③8月までに通常爆弾による爆撃を実施していない都市
だった。
つまり、正確に原子爆弾の威力を測定するため、通常爆弾との被害の違いを区別できることが必要条件であったのだ。

これに適うのが京都、小倉(北九州市)、新潟、広島、長崎で、中でも盆地状の京都市街は申し分なかった。そこで、原爆投下の照準点は京都駅に近い梅小路機関車庫に
定められ、京都に対する通常爆撃の禁止命令が出された。おかげで、古都の街並は
原爆投下用に保存されたのである。
ところが、米陸軍長官ヘンリー・スチムソンが京都案に強硬に反対したため、最終段階で京都は第一候補からはずされたが、「日本の文化財に敬意を表したから京都を爆撃しなかった」というのは嘘なのである。
広島も爆撃されなかったし、小倉、新潟、長崎も、他の大都市に比べればほとんど無傷だった。ちなみに、長崎は第二候補だった。が、広島とともに第一候補にされた小倉
上空が曇りであったために、長崎が標的になったのである。

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以上からすれば、広島の平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に刻まれた「過ちは繰り返しませぬから」の主語は米国のはずである。いや、米国でなければならない。
にもかかわらず、「国際民衆法廷」の主催者のような「原爆投下という大惨事を招いた
当時の日本政府と昭和天皇にも被爆者の方々に対する責任の一端があると私たちは考えます」という輩が、未だに我が国には存在する。

私は米国を、日本のかけがえのない同盟国だと思っているから、いまさら米国を責める気持ちはない。「国際民衆法廷」のように、当時の米国指導者を糾弾するなんて、特定の政治的意図が込められているとしか思えない。
が、こと原爆投下に関して言えば、我が国及び我が国民に非は一切ない。史上最大級の戦争犯罪を犯したのは米国である、と思っている。

関連エントリー:残忍な人たち

参照1:ハリー・S・トルーマン (Wikipedia)
参照2:ポツダム宣言 (Wikipedia)
参照3:原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島
参照4:原爆投下、米元大統領らに「有罪」
参照5:「原爆神話」からの解放-「正義の戦争」とは何か-
参照6:原子爆弾
参照7:東京裁判(極東国際軍事裁判)開廷

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2006/05/28

ネオコンの影響力は低下したのか?

米ブッシュ政権に大きな影響力を持つとされるネオコン(ネオ・コンサーバティブ)の立場が、どうやら変化しつつあるようだ。ネオコンの論客として有名だったジョンズ・ホプキンス大学教授・フランシス・フクヤマ氏が、最近の著書で明らかにしている。
そしてフクヤマ氏は、その中でネオコンに決別を宣言している。

ところで、ネオコンは『新保守主義』と訳されるので、新しい保守思想と思われている方もいるかも知れないが、それはまったく違う。日本人の中には、安倍晋三氏などを「日本のネオコン」と呼ぶ人もいるが、これも大きな勘違いである。

ネオコンの源流は、米国に逃れてきたユダヤ系共産主義者(トロツキスト)である。
トロツキストの元祖であるトロツキー(ロシア革命の立役者でユダヤ人)はスターリンの最大の政敵だった。が、彼はスターリン率いるソ連は、「間違ってはいるが擁護すべきである」という立場だった。
したがって、ネオコンの源流にあたるトロツキストたちも、最初は反ソ連ではなく、反ヒトラー・反ナチスだった。ところが、ソ連は1939年にナチス・ドイツと独ソ不可侵条約を締結した。
このとき、ナチスと手を結ぶようなソ連を擁護することはできないという人たちが出てきたのである。彼らは、悪魔と手を結んだスターリン及びソ連に憎悪にも近い感情を抱いた。

そしてナチス・ドイツが敗れ、今度は冷戦(米ソ対立)が始まる。すると、スターリン及びソ連に憎悪にも近い感情を抱く人たちは、強烈な反スターリン主義者となり、その流れの中からネオコンが生まれてくるのである(今は、フクヤマ氏のように、トロツキズムと
縁のないネオコンもいる)。

もちろん、今のネオコンはトロツキストではない。ゴリゴリの反共主義者である。が、イデオロギーが左(トロツキズム)から右(ネオ・コンサーバティブ)に変わったからといって、その本質までは変わらない。
トロツキズムの『絶対正義』は『共産主義』だったが、ネオコンではそれが『民主主義』に変わった。
目的を武力で達成するという方法論は同じ。そして『絶対正義』を世界中に広めなければならないという国際主義も同じ。
このように、トロツキズムとネオコンはメダルの裏表のようなもので、実によく似ているのである。

このネオコンの立場に変化が見られるという。そして論客だったフクヤマ氏が決別を
宣言した。そのあたりの米政権内の事情を考察することは、極めて重要である。
幸い、昨日の讀賣新聞にフクヤマ氏のインタビュー記事が掲載されていたので、参考にしながら言及したい。


ブッシュ米政権の外交政策の基軸をなす新保守主義(ネオコンサーバティブ=ネオコン)の論客とみなされてきた著名な国際政治学者フランシス・フクヤマ氏が、近著「岐路に立つ米国」でネオコンに“決別宣言”し、話題を呼んでいる。ワシントンのジョンズ・ホプキンス大学の研究室でフクヤマ氏に考えを聞いた。(ワシントン 貞広貴志、写真も)

◆「イラク」判断誤った
――ネオコンはどのように変質し、米外交政策への影響力はどうなったのか。

ネオコンは、世界の問題を解決する上で軍事力ばかり過信する教理と化してしまった。三つの判断の誤りがあった。第一は(イラクで)核拡散疑惑に先制攻撃で対処してしまった。代償が大き過ぎるし、米国を国際社会で孤立させた。第二に世界における反米世論の強さを見誤った。第三に国家建設を巡る誤算。イラクを再建するのがどんなに困難か大きな誤認があった。

――著作ではイラク戦争は先制攻撃でなく、予防攻撃と位置づけている。

(3年前の)イラク、そして今のイランの核計画のように、脅威が差し迫っていない時、「予防戦争」となる。他の国がこんなことをすれば米国は決して受け入れない。米国は、「われわれは他国と違って慈悲深いから予防戦争も可能。信じてくれればいい」と言っているわけだが、欧州の同盟国に対してすらこんな理屈は通用しない。

――あなた自身、ネオコンとみなされてきた。

民主主義を重視し、(圧政かどうかといった)他国の性格を判断材料とするのは、今も
大切な考え方と思う。だが、私は考えを変えた。軍の力でできることとできないことがある。イラクのようなもろい国を武力で安定させるのは難しい。

◆外交政策へ影響力低下
――ウォルフォウィッツ前国防副長官が政権を去るなど、ネオコンの影響力は低下しているか。

低下した。ライス国務長官を見ても、より中道の政策に移行した。北朝鮮では6か国協議を重視し、イランへの対処でも多国主義で、武力の必要性に飛びついていない。国防総省が影響力を保持し、副大統領が強硬姿勢なのも事実だが、力の重心は明確に
移った。

――チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官もネオコンなのか。

ラムズフェルド氏は(ネオコンでなく)伝統的、ナショナリズムの保守主義者だろう。国家再建など意にも介していない。チェイニー氏は複雑でネオコンの考え方を反映している部分もある。

――著書で「2期目ブッシュ大統領はネオコン」と。

そう思う。民主化拡大についての物言いはネオコンそのものだ。

――ネオコンの対案は。

私は「多重の多国主義」と呼ぶ国際体制を提案している。国連がすべての問題に解決策を示せることはありえず、機能別、地域別の組織を通じて多重の国際協力を進める
必要がある。

――著書への反応は。

あまりの反応の大きさに少し驚いている。面白いのは、批判の多くが右(保守派)からでなく左(リベラル派)から来たこと。「どうしてもっと早く心を入れ替えなかったのか」といった指摘だ。

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ネオコン(新保守主義)

リベラルの系譜に連なる理想主義と米国の「力」信奉が合わさった政治思想。

フクヤマ氏は著書でネオコン原則として

(1)自由・民主主義への信念
(2)米国の力を倫理的な理由で行使できる信念
(3)国際法と国際機関の正当性と効率性への疑念

――などを挙げた。

ネオコンの牙城(がじょう)である雑誌がラムズフェルド国防長官の辞任を求めるなど、ブッシュ政権と距離が開きつつある。

米のネオコン「軍事力を過信」 F・フクヤマ氏が“決別宣言”
(2006. 05. 27 讀賣新聞・朝刊)

フクヤマ氏は「ネオコンは、世界の問題を解決する上で軍事力ばかり過信する教理と
化してしまった」というが、それがネオコンの本質なのである。
ルーツが違うフクヤマ氏は、それを理解できなかった。つまり、うわべの思想だけでネオコンに取り込まれたということだ。そして、それに気付いたということだろう。

「国家建設を巡る誤算。イラクを再建するのがどんなに困難か大きな誤認があった」と
いうが、これも最初から分りきったことだ。
ブッシュ政権は、非白人国家でアメリカ型の『自由と民主主義』が成功した例として、
よく我が日本国を挙げる。が、我が国は戦前から憲法があり、議会があり、普通選挙も実施されていた。女性に選挙権がないとか、主権在民が明確化されていないなど、
不十分な点はあったが、基本的には西欧型の立憲君主制国家だったのである。
民主主義の経験がまったくなく、イスラム的価値観に支配された多民族国家・イラクにおいて、我が国の例が参考になるわけがない。
アフガニスタンでの経験を踏まえれば、フセイン体制を打倒した後のイラクがどうなるかは、容易に予測できたはずだ。にもかかわらずブッシュ政権は、楽観論をばら撒きながら半ば強引に武力行使に踏み切った。
ここにも、現実よりもイデオロギー優先という、極左の裏返しとしてのネオコンの特徴がよく表れている。

「われわれは他国と違って慈悲深いから予防戦争も可能。信じてくれればいい」なんて、まったく笑わせる。

ウォルフォウィッツ前国防副長官(現・世界銀行総裁)だけではない。ネオコンの双璧・ボルトン前国務次官(現・国連大使)も政権中枢からはずされた。
私は、この人事が発表されたとき、世界銀行と国連を押さえるというネオコンの世界戦略の一環ではないかと疑ったが、フクヤマ氏の見方に立てば、やはり政権内部でも
ネオコン流のやり方に対する反省が出ているということだろう。
確かにライス国務長官は現実的だし、対北朝鮮も対イランも、武力を行使してでも解決するという雰囲気ではない。北朝鮮もイランも、このあたりの米国の事情を見透かして
いるのかもしれない。
つまり、現状では米国による軍事攻撃はないと・・・

ただ、「力の重心は明確に移った」とフクヤマ氏は言うが、「2期目ブッシュ大統領はネオコン」という言葉と矛盾しているような気がする。また、ネオコンに近いとされるチェイニー副大統領は、『陰の大統領』という話も聞いたことがある。
まだまだ、ネオコン流の「イデオロギー優先」の外交が復活する可能性は捨てきれないのではないか。ただ、イラクの泥沼から抜け出さない限り、次の一手(武力行使)は打てないだろうが。

なお、「ラムズフェルド氏は(ネオコンでなく)伝統的、ナショナリズムの保守主義者だろう。国家再建など意にも介していない」というフクヤマ氏の発言は参考になった。
ラムズフェルド国防長官は常々、石油産業や軍需産業と結びついていると指摘されてきた。そのためにイラク戦争を始めたとも言われる。フクヤマ氏の「(イラクの)国家再建など意にも介していない」という言葉でそれを確信した。
つまりイラク戦争は、ネオコンのイデオロギーと、ラムズフェルド国防長官に代表される『利権』が渾然一体となって実行されたということだ。

なお、今日はネオコンとブッシュ政権が実行したイラク戦争に批判的なエントリーになっている。では、それを支持した小泉内閣はどう評価するのか?という疑問が当然あると思う。

私は、小泉内閣による『イラク派兵(?)』を積極的には評価しない。「やむを得ない」という立場である。
理由の一つは、対中国や対北朝鮮を考えれば、日米同盟を最優先せざるをえないと
いう状況があること。
もう一つは、湾岸戦争における屈辱である。どこの国よりも多くの戦費を負担しながら、戦争終結後に出されたクウェートの『お礼広告』の中に、日本の国名はなかった。
この屈辱を繰り返さないためには、やはり今回は、『旗』を見せなければならなかったということだ。

なお、湾岸戦争当時、自民党幹事長だった小沢一郎現・民主党代表は「米国から要求される前に日本独自に方針を打ち出す必要がある。財政支援は最低で100億ドル。
戦争がどうなるか分らないし、頭金みたいなものだ」と言い放った。そして結局、我が国は総計135億ドルもの戦費を負担することになる。

こんな人物が代表を務める民主党に、小泉内閣の『イラク派兵(?)』を非難する資格などない。

関連エントリー1:ネオコンとブッシュ外交
関連エントリー2:ネオコン対アルカーイダ

【特記】
コメント及びTBを許可制にさせていただきました。
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2006/03/20

中国への警戒心を強める米国

米国は、中南米諸国を自らの“裏庭”とみなしてきた。1961年のキューバ侵攻、1973年のチリ・アジェンデ政権転覆、1983年のグラナダ侵攻、1989年のパナマ侵攻、ノリエガ将軍逮捕。
これらは総て、中南米で米国が犯した、相手国の主権を無視した事件である。

このように、“裏庭”において米国の存在は絶対的であった。
ところが、反(非)米・左派政権が中南米で続々と出現している。キューバのカストロ
政権のような、古典的反米・左派政権に目を奪われていると、中南米情勢を見誤る。
ブラジルのルーラ政権、アルゼンチンのキルチネル政権、ベネズエラのチャベス政権、ボリビアのモラレス政権。そしてチリでもバチェレ反米・左派政権が誕生した。
もはや、ラテンアメリカでは、「米国離れ」が大きなトレンドになっているのである。

反米・左派政権の誕生は、中南米諸国の経済的困窮と極端な社会的格差が大きく
影響している。この経済的困窮は、「冷戦」の終結で、米国による中南米諸国に対する「反共のための援助」が急減したことも原因の一つである。
この米国による援助の急減と経済的困窮が反米意識を醸成し、中南米諸国の米国離れを加速させている。もちろん、米国の、これまでの傲慢な態度も大きな原因になっていることは間違いない。

昨年11月にアルゼンチンで開かれた米州サミットでは、議場の内外に「反米の声」がコダマした。スペイン語が理解できないブッシュ大統領は、その「反米の声」を、その場では理解できなかったという(笑)

このような情勢の変化を突いて、中国が影響力を強めている。最初は、まず資源獲得。そして投資と経済援助。最後が軍事的支援。
中国は、ベネズエラに貧困者向けの住宅建設資金供与などの経済援助を実施。包括的な経済協力協定を締結して二つの油田操業権を獲得。
さらにベネズエラ東部の油田開発を中国の国営企業が全面的に請け負うことで合意。ベネズエラからの石油は、中国の石油輸入全体の20%にまで急増した。

中国は、チリに20億ドルを投入して、銅の独占的な調達権利を獲得。反米のモラレス大統領が登場したボリビアにも急接近して、天然ガス開発などのために35億ドルを投資。キューバにも新たにニッケル獲得のために4億ドルを投資した。

こうして、中南米諸国との経済関係を強めた中国は、ベネズエラ、ボリビア、ニカラグアなどに戦闘機や空対地ミサイルを供与し始めたという。

ラテンアメリカにおいて、中国は日々、そのプレゼンスを急速に増しているのである。
これに対して米国は、共和党だけではなく、民主党も含めて警戒心を強めている。


【ワシントン=松川貴】中国が中南米諸国へ軍事教練の機会を提供するなど、軍事ソフト面から、中南米地域への勢力拡大を図っていることが分かった。米国が“裏庭”とみる地域だが、ベネズエラなど反米色を強める国が増加中。一方で、国際刑事裁判所(ICC)の設立に絡み米国が同地域へ軍事支援を停止していることもあり、中国の影響力拡大に議会などから懸念が示されている。

米南方軍のクラドック司令官は14日の上院軍事委員会で、「以前は軍事教練を受けるために、米国に兵士を派遣していた国が、中国に兵士を送っている」と証言した。

司令官は、中南米での米軍の存在感低下の理由として、個人の戦争犯罪などを裁くICC設置に関連し、米国が米兵への訴追を免責しない国に対し国際軍事交換教訓などを3年前に停止したことを挙げた。

中南米で、米国と免責協定がないのはペルー、ブラジル、ボリビアなど11カ国。

中国の軍事的存在感について司令官は、「司令官、将校、下士官が軍事教育で中国に行っている。中南米に中国の軍人が日増しに多くなっている」と陳述した。

これに対して、ヒラリー・クリントン上院議員は「中国は(中南米諸国と)天然資源の長期契約だけでなく、サッカー場からリゾートホテル建設まで、関係強化のために支援している。これは米国が直面している最も深刻な問題の一つだ」と懸念を表明した。

中南米諸国に軍事教練 中国
(2006.03.18 東京新聞)

中南米において米国がその影響力を低下させているのは、自身の傲慢さと身勝手さが原因であり、自業自得ともいえる。
が、同地域における反米・左派政権の急増。その動きと重なるような、中国の政治的・経済的・軍事的影響力の増大。
米国にとって、これは、まさに背中に刃を突きつけられたのと同様の事態である。

クリントン政権からブッシュ政権に変わって、米国は中国に対する評価を「戦略的パートナー」から「戦略的競争相手」に変えた。
これは、北東アジアから中東~東欧にかけての「不安定の弧(arc of instability)」に
おける中国の台頭を意識してのものだ。
米国は、「不安定の弧」を次のように位置付けている。
①大規模な軍事衝突が起こりやすい ②力を伸ばす大国と衰退する大国が混在する
③豊富な資源をもつ軍事的な競争相手が出現する可能性がある ④アメリカの基地や中継施設の密度が他の地域とくらべ低い。

「力を伸ばす大国」「豊富な資源をもつ軍事的な競争相手」、これらの中に中国が含まれているのは間違いない。
しかし、米国に対する中国の脅威は、「不安定の弧」だけではなく、その“裏庭”にまで忍び寄ってきた。

今、米中の対立は、通商問題と為替問題に象徴的に表れている。が、今後は、世界的規模の政治的・経済的・軍事的対立に拡大していくのではないか。
中国が、「国家の生存発展に必要な資源を支配下に収めることは、成長する国家の
正当な権利である」とする限り、これは必然の道である。

我が国も「中国の脅威」に対する備えを強化しなければならない。

参照:中国、中南米・アフリカ進出 米安保の脅威

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2005/09/27

イラク人虐待はコンテスト

私は、イラク戦争については複雑な思いを抱いている。もちろん、暴虐のフセイン体制は許せない。が、アラブで、あるいは世界で圧制を敷いている国家は他にもたくさんある。
大量破壊兵器がある、という確証があれば別だが、それがあいまいな中で見切り発車的に攻撃を開始したことが釈然としないのだ。
それに、私は、フセイン体制はイラクとイラク人の問題という認識も強い。バスラでの
英兵拘束事件で、その思いを更に強くした。英兵はイラク警察が拘束したのだが、
その後、秘密裏にサドル師派武装勢力に引き渡されていた。
つまり、米英が再建した(と思っている)警察が、実は反米英の武装勢力と通じているのだ。

最近のイラクにおける自爆テロの頻発と米英による武装勢力への掃討。どこまで行っても出口が見えない、まさに泥沼に陥るのではないかとの危惧さえ抱く。
ブッシュ米大統領は先月30日、カリフォルニア州の海軍基地で対日戦勝60周年記念の演説をし、敗戦後の日本の民主化を引き合いにイラクの民主化も必ず成功し、米国の国益になると強調した(2005年8月31日 朝日新聞)らしいが、何か思い違いをしているような気がしてならない。やはり米国はイラクとイラク人を舐めすぎていた、そう思わざるを得ないのである。

「米国は、最強の軍事力と政治、経済的な影響力を自国のためのみに用いるのでは
なく、テロリストや独裁者の脅威から平和を守り、大国間の良好な関係を築き、自由で開かれた社会をすべての大陸に奨励することで、この平和を保ち、拡大させる」という
ネオコンの考え方は、本当に普遍性を持ち得るのだろうか?
という懐疑が私の中で強まっているところで、以下のニュースである。


【ワシントン和田浩明】バグダッドのアブグレイブ刑務所でイラク人拘束者を虐待した罪で訴追されていた女性米兵士、リンディー・イングランド上等兵(22)の軍法会議で、5人の男性陸軍士官で構成する陪審は26日、有罪の評決を言い渡した。量刑は27日にも決定されるが、最長10年の禁固刑となる。

軍法会議は米テキサス州のフォートフッド陸軍基地で開かれており、同上等兵は今年5月、虐待など7件の罪すべてについて有罪を認めていた。26日の評決は、虐待4件など計6件について有罪を認めた。

軍法会議で、被告側弁護士は「別の米兵の指示にしたがってやったこと」と主張したが、検察側は「自ら楽しんでいた」と述べていた。イングランド上等兵は、四つんばいで裸のイラク人男性の首にひもを付け「犬扱い」した写真などが米メディアにより全世界に報じられ、同虐待事件の象徴的存在となった。

米軍法会議:刑務所でイラク人虐待の女性兵士に有罪評決
(2005年9月27日 毎日新聞)

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このリンディー・イングランド上等兵は虐待行為について、当時ボーイフレンドだった上官のグレーナー技術兵(主犯格として禁固10年の判決)らの指示によるものだったと主張している。
収容者の性器を指さすなどの虐待行為について「最初は拒んだが、彼らにしつこく強要された」とも述べている。全裸の収容者たちをピラミッド状に重ね、「記念写真」を撮った経緯については「たぶん、彼(グレーナー技術兵)のおもしろ半分だった」と・・・
(参照:2005年5月4日 朝日新聞)

まったく反省がないというか、罪の意識がないというか・・・元々米国人が嫌いな私は、益々彼らが許せなくなる。実態は以下のとおりなのだ。


【ロサンゼルス國枝すみれ】米ロサンゼルス・タイムズ紙は23日、イラクのアブグレイブ刑務所内で、憲兵が何人のイラク人収容者を泣かすことができるかや、恐怖のあまり
失禁させることができるか
を競う「コンテスト」に興じていた、と報じた。

同紙は刑務所に勤める米兵や収容者へのインタビューを基に陸軍が作成した100ページの報告書を入手。それによれば、ある収容者は「歯ブラシで攻撃しようとした」と難癖をつけられて小部屋に連れ込まれ、他の収容者の尿が残る床に顔を押し付けられ、頭の上から足で踏まれたと証言した。

また、勤務中の憲兵が酒のにおいをさせていたことが何度もあったと証言する収容者もいた。

虐待に関与したとして軍法会議にかけられることが決まっているジャバル・デービス3等軍曹は、同僚のチャールズ・グレイナー技術兵が収容者を頭から壁にぶつけ、死亡させた証言した。またリンディー・イングランド上等兵も、グレイナー技術兵の発案で収容者を裸にしてピラミッドを作ったと証言した。

陸軍は今年1月、虐待写真入りの告発の手紙を受け取った後で、25人の米兵にアンケートを行った。7人が何らかの虐待を目撃したことを認め、1人が虐待写真を見たと答え、15人が虐待の話を聞いたことがあると回答していたという。

イラク人虐待:刑務所内でいじめ競うコンテスト 米紙報道
(2004年5月24日 毎日新聞)

米兵にとって、イラク人収容者を虐待することはゲームでありコンテストだった。何という感覚だろう。イラク人を同じ人間だと思っていない。しかも、収容者の大半が嫌疑不十分だったことが後に判明している。
要は、捕らえられた無実の(と思われる)イラク人を動物以下に扱って平然としていたのである。米国は人権にことさらうるさく、今回もフセインによる人権蹂躙が介入の一つの理由になっている。
にもかかわらず、このような信じがたい行為に及ぶ・・・
主犯格のチャールズ・グレイナー技術兵(36)にいたっては、判決後報道関係者に取り囲まれ、
"Bad things happen in war."
戦争にはひどいことがつきものだ」と述べている。

raner← Charles Graner Jr.





犯行に及んだ兵士たちは、経歴を読む限り普通の若者である。
ジャバル・デービス3等軍曹 (26)は、高校時代は陸上競技のスター選手で敬虔なキリスト教徒と言われているし、リンディ・イングランド上等兵(21)は気象学者を志し、大学での育英資金を得るために志願入隊したと。

①「異教徒」は人間ではない
②イラク人は野蛮人と思っている
③敗者は屈辱的扱いを受けるのが当然
③米国人は傲慢である
④志願兵は規律が低い

というところが理由なのかとも思うのだが、皆さんはどう思われるであろうか?
今のように米軍に多数の死者が出ていれば多少感情的になるのも解らぬではないが、当時はイラク側に比べれば、米軍の犠牲者は微々たるものだった。

ところで、左翼というのは、いつもステレオタイプの発想しかできないんだね。
すべては戦争が悪い。彼ら(米兵)も犠牲者であると・・・?
こういう風にすべてを割り切れると楽でいいなあ(笑)


ところで5月20日付山陽新聞に、イラク人捕虜へのおぞましい虐待に加わった7人のアメリカ人兵士が、顔写真入りで紹介されています。
侵略者のおごりの上に立った卑劣な行為に憤りをおぼえながらも、一面では、戦争さえなかったら、まばゆいほどの才能と一途な向上心にあふれた、頼もしい若者として、
家族からも周囲からも、愛と誇りをもって遇されたはずの彼らが、いま、みじめな後悔に身を灼いていることに対して、内心、痛ましさをも禁じ得ないのです。
収容所からの連想で、映画「シンドラーのリスト」の中の、「戦争というものは、欠点ばかりを増幅させるものだ。」という言葉を思い浮かべずにはいられません。
子どもの健やかな発達という意味からも、子どもを戦場に、とりわけ侵略の戦場に送らない誓いを新たにしたいのであります。

岡山高教組執行委員長・山本和弘氏の執行委員長挨拶概要(第62回定期大会)より抜粋

高教祖は日本共産党の影響力が強い。

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2005/08/06

残忍な人たち

60年前の今日、広島に原爆が投下された。死者は約14万~15万人とされる。
私は米国を、日本のかけがえのない同盟国だと思っている。しかし、毎年8月がくると
怒りがこみ上げてくる。
これは、もう理性を超越した、日本人としての血がなせる業だと思う。やはり、今日は、原爆と米軍の話を書かずにはいられない。

私は、広島の平和記念公園を二度訪れたことがある。もちろん、原爆死没者慰霊碑に首(こうべ)を垂れ、祈りを捧げた。そのときは、「過ちは繰り返しませぬから」という碑文の文言には、何の抵抗もなかった。しかし、今日、その碑文を読み直して強い違和感を覚えた。
原爆投下という過ちを犯したのは米国である。なのに「過ちは繰り返しませぬから」とは・・・・・・おそらく、この慰霊碑が建立された頃は、日本の誤った戦争が原爆の悲劇をもたらしたという認識が、我が国民に強かったということであろう。当時の私も、何の
抵抗も感じなかったのだから・・・

広島に原爆が投下されたことに対して、我が国及び我が国民に非は一切ない。史上
最大級の戦争犯罪を犯したのは米国である。したがって、原爆被害に遭われた方々に対して、「過ちは繰り返しませぬから」などと言うのはもう止めにしたい。
「原爆の悲惨さは永遠に忘れません。皆様の筆舌に尽くしがたい苦痛と無念を心の
奥底に深く刻み込みます」と誓いたい。

読者の皆さんの中には、米軍は紳士的だったと思われている方もおられるかもしれないが、とんでもない。
以下の記事は、週刊新潮8月11・18日夏季特大号に掲載された帝京大学教授・高山正之氏の連載コラム「変見自在」に、私の持つ知識を加味したものである。

映画「パールハーバー」の中の、日本の艦載機が病院を銃爆撃し、患者や看護婦が
ばたばた殺されていく場面を見て、石原東京都知事は「嘘が多すぎる」と言って怒った
そうである。これは、明らかに米国の捏造である。
元JAL機長で、真珠湾攻撃にも参加した藤田怡与蔵氏は、「米軍のパイロットならいざ知らず、日本軍はそんなことを思いつきもしない」と言っている。

「米軍のパイロットならいざ知らず」とは、つまり米軍機は、非戦闘員や非軍事施設を
狙うのが常だったということだ。石原知事自身が「麦畑を走っていると米軍のP51がきて機銃掃射された」という。
また、知事は、二子玉川(東京)の床屋で、「橋を渡って東京側に逃げる若い女性を
米軍機が低空飛行で追跡し撃ち殺した。パイロットの顔が地上からも見えた」という話を聞いたとも語っている。
1942年東京に飛来したB25は、超低空で飛行し、必死で校舎に逃げ込もうとする国民学校高等科の14歳の少年を撃ち殺している。
高山正之氏によれば、米軍機が女子供を狙い撃ちした事例は数え切れないほどあるという。要するに、彼らは狩猟感覚で日本の市民を撃ち殺していたということである。

米軍が最初に進駐した神奈川県では、一ヶ月に2千件もの「大きい男」による婦女暴行事件が起きた。「大きい男」とは米兵のことである。GHQが、新聞検閲で米兵をそう表記するように命令したのだ。

米国は、日本の文化財に敬意を表して京都を爆撃しなかったというが、これも真っ赤な嘘である。
原爆の投下候補地は、
①直径3マイルを超える都市
②有効な損害を与えられる地形を持つ都市
③通常爆弾による爆撃を実施していない都市
であった。
これに適うのが京都、小倉、新潟、広島、長崎で、中でも盆地状の京都市街は申し分なかった。したがって、本土爆撃が始まってからも京都爆撃は一切行われなかった。
最終段階で、京都は第一候補からはずされたが、「日本の文化財に敬意を表したから京都を爆撃しなかった」というのは嘘なのである。
広島も爆撃されなかったし、小倉、新潟、長崎も、他の大都市に比べればほとんど無傷だった。ちなみに、長崎は第二候補だった。広島とともに第一候補にされた小倉上空が曇りであったために、長崎が標的になったのである。

一方において、東京や大阪は、一面焼け野原となるほどの爆撃を受けた。
特に、1945年(昭和20年)3月の東京大空襲は、1日で死者10万人以上を出す地獄を生み出した。1機平均6トン以上の焼夷弾を搭載した344機のB29が、低空飛行で東京の下町を襲ったのである。約100万発(2000トン)もの焼夷弾が無差別に投下されたのだ!
しかも、先発部隊が江東区・墨田区・台東区にまたがる40k㎡の周囲にナパーム製
高性能焼夷弾を投下して火の壁を作っていた。火の壁で市民の逃げ道を断ち、猛火の中に閉じ込めた状態での凶行だった。(怒りで頭痛がしてきた・・・)
要は、ジェノサイドだったのだ!!!!!!
逃げ惑う市民には超低空飛行のB29から機銃掃射が浴びせられ、なんとか隅田川に
逃げ延びた人たちも、川面をなめるように駆け抜けた焼夷弾の炎で焼き殺された。

幼子を背負ったまま焼かれた母親の背は白い、そして子供は・・・/浅草・花川戸
Ikaritonamida
涙が止まらない・・・私だけだろうか?





本土空襲の指揮を取っていたカーティス・E・ルメイ少将は、明かに非戦闘員を狙ったと
する批判に対して、戦後の回想録のなかで次の様に述べている。
「私は日本の民間人を殺したのではない。日本の軍需工場を破壊していたのだ。日本の都市の民家は全て軍需工場だった。ある家がボルトを作り、隣の家がナットを作り、向かいの家がワッシャを作っていた。木と紙でできた民家の一軒一軒が、全て我々を
攻撃する武器の工場になっていたのだ。これをやっつけて何が悪いのか…」

我が国と米国は今、政治、経済、軍事において密接な関係にある。冒頭で述べたように、米国は、かけがえのない同盟国でもある。
しかし、米国が我が国に対して犯した過去の戦争犯罪を忘れてはならない。いまさら
米国を声高に非難するつもりはないし、反米を煽る気もない(何のプラスもない)。が、
歴史の事実や相手を知った上で、初めて真の友好・同盟関係が生まれるのである。
エノラ・ゲイの機長は、90歳になった今も相変わらず、「連合軍が本土上陸作戦を決行していたら、日本人や連合軍の多くが犠牲になっていた」として原爆投下を正当化している。

しかし、ジョン・F・ケネディ政権で国防長官だったマクナマラ氏は、「勝ったから許されるのか?私もルメイも戦争犯罪を行ったんだ」と告白している。
マクナマラ氏は経営管理の理論を戦争に応用した。攻撃効率を高めるために統計を取り分析した。彼の報告書を基にして日本に無差別絨毯爆撃が行われた。彼の上司は、後に広島・長崎に原爆を落としたカーティス・E・ルメイ少将だった。
建前はともかく、本音の部分でそういう反省があればそれで許そう。

しかし、我々日本人は、間違っても「過ちは繰り返しませぬから」と言ってはならない。過ちもあれば、やむを得ないこともあれば、正当なこともある。加害者の面もあれば被害者の面もある。
「過ちは繰り返しませぬから」と言って懺悔しても、得るものは何もない。当時の国際情勢、極東情勢、国内事情等を総合的に勘案して反省するべきである。

(注):「小倉」は、現在の北九州市小倉北区・南区である。

参考資料:東京大空襲

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2005/08/05

日系米人強制収用の教訓

米国政府及び米国人の差別と偏見に屈することなく闘い抜いたFred Korematsu氏が、San Francisco Chronicle紙に寄稿した記事にめぐり合ったのでを転載する。
なお、直訳的な文章で読みづらいと思うが、ご容赦願いたい。
この一文を読んで、私が言うところの「偏狭なナショナリズム」について、多少なりとも
考えていただければ幸いである。

我々は、果たして日系アメリカ人強制収用の教訓を再び学ばなければならないのか?
Do we really need to relearn the lessons of Japanese American internment?

Fred Korematsu
Thursday,September 16,2004 San Francisco Chronicle

1942年、湾岸地区に住む私は、日系アメリカ人であるということで逮捕され、有罪を
宣告された。当時、私の逮捕を新聞は、大見出しで「ジャップのスパイ、サン・リアンドロで逮捕」と報じた。

もちろん、私はスパイではなかった。政府も私をスパイとして告訴したのではない。私は米国市民である。オークランドで生まれ育った。沿岸警備隊に志願したことすらあった(人種を理由に採用されなかったが)。しかし、私の市民権も忠誠心も、連邦政府にとって問題ではなかった。1942年2月19日、日本人の血を引く誰もが、西海岸から退去するよう命じられた。私は日系アメリカ人であるために告訴され、有罪宣告を受けた。私と
同じ地域に住んでいた日系人も全員が強制収容を命じられた。

私はそのとき、私の有罪宣告をめぐり闘った。私の事件は米最高裁まで持ち込まれたが、合衆国憲法の下での保護を求める私の努力は1944年に却下された。

1945年に釈放された後も、私の犯罪歴は人生に影響を与え続けた。仕事を見つける
ことも困難だった。私は犯罪者と受け止められた。事件の再審が認められるまで、ほぼ
40年の歳月と多くの人々の努力を要した。1983年、連邦裁判所判事は、米国政府が
証拠を隠蔽し、私の訴えに関して最高裁で偽証していたことを見出した。判事は、日系アメリカ人が、政府が公に主張したような脅威ではなかったことを理解した。私の犯罪歴は抹消された。

私の事件が裁判で再考されたことと、全国の多くの人々の再度の努力の結果、米国
議会は日系アメリカ人の排除と拘禁について調査する委員会を設置した。委員会は、日系アメリカ人による諜報活動や破壊行為が行われたことはなく、日系アメリカ人を
拘禁する軍事的必要性もなかったと判定した。委員会の調査結果と、戦史研究家による原文記録の再調査に基づき、議会は「1988年人権保護法」を採択し、日系アメリカ人の拘禁が不当であったと宣言した。ついに、両肩に圧し掛かっていた“敵性人種”という非難の重荷から、私達は解放されたように見えた。

しかし、今、過去の非難がよみがえっている。フォックス・ニュース(注-1)のパーソナリティ、ミッシェル・マルキン(注-2)は、第二次大戦中に何人かの日系アメリカ人はスパイだったと主張している。ミッシェル・マルキンは自らの疑念に基づき、全ての日系アメリカ人の強制収用は、結局悪い考えではなかったと主張する。彼女は、アラブ系アメリカ人を人種的に分別することはテロとの闘いの必要性において正当化されるとも主張している。マルキンによれば、少数民族に属する何人かの個人が怪しいのであれば、少数民族全体の市民権を剥奪することは問題なしというのである。マルキンは、古い罪の
概念を復活させることを唱えている。

第二次大戦中の、政府による日系アメリカ人拘留が正当かどうかについて、再び真剣に議論される様を目にするのは、痛ましいことだ。私は、私の事件や日系アメリカ人
強制収容事件が、人種や民族をスケープゴートにする危険性を想起させることを望む。

少数民族に対する恐怖や偏見は、あまりにも容易に想起され誇張される。そして、しばしば、恐怖を煽る人々の政治課題に貢献する。このようなスケープゴートの結末が、
どのようなものであるか、不当な容疑が政府により事実と承認された後、汚名を晴らすことがいかに困難であるかを、私は知っている。もし誰かがスパイやテロリストである
ならば、彼らはその行為によって告発されるべきである。単に同じ人種とか、民族とか、宗教とかを理由に、スパイやテロリストとして拘束してはならない。日系アメリカ人強制収容事件によって、そうした原理が学ばれていないなら、私達の民主主義にとって極めて危険な時代である。
(訳:坂 眞)

↓英語の得意な方は、以下の原文をお読みください。
Do we really need to relearn the lessons of Japanese American internment?

Fred Korematsu氏は本年3月30日に逝去された(享年86歳)。

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(注-1)Fox News
(注-2)Michelle Malkin
ちなみに彼女はフィリピン系米国人である。自身もマイノリティなのだ・・・アホか?

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2005/07/27

草の根のキリスト教右派

産経新聞の連載記事で「ルート66~保守のアメリカ」というのがある。ルート66は、
テキサスからオクラホマ、カンザス、ミズーリと「バイブル・ベルト(聖書地帯)」を貫いて走る。
産経新聞は、「バイブル・ベルト」を取材することによって、米国の白人社会に深く静かに浸透するキリスト教右派(原理主義=福音派)の草の根レベルの実態を明らかにしている。

私は、拙記事「ネオコンとブッシュ外交」の中で、ブッシュ政権に、ネオコンが大きな
影響力を及ぼしていると書いた。その少数の思想・戦略集団であるネオコンが基盤と
しているのがキリスト教右派であることも同時に説明した。

米国人の実に68パーセントが、悪魔がいることを信じているとの統計がある。ダーウィンの進化論を信じている人は、わずか28パーセントにすぎない。「神様が、聖書に書いてあるとおり、1週間で宇宙を創造した。われわれ人間はサルから進化したのではない。最初から特別な存在として神様が創造したのだ」と信じている人の方がはるかに多く、48パーセントにも達する。
このようなアメリカ人の宗教気質(かたぎ)が、米国内でキリスト教右派を伸張させる
背景になっている。
米国内におけるキリスト教右派は、既に7000万人前後に達するとされる。その政治団体「キリスト教徒連合」(クリスチャン・コアリション)の会員数は200万人と言われている。

キリスト教右派が伸張する理由は、悪化する治安、退廃した道徳、伝統的家族の価値
の崩壊、カネがすべてという風潮にたいする反発と危機感、、古き良き時代の米国への
回帰である。
アメリカのキリスト教右派の人たちの理想郷は、NHKで何度も放映されている「大草原の小さな家」であると云われる。私も子供が幼い頃によく見たTVドラマである。
ドラマの舞台は西部開拓時代。開拓地の貧しくもけなげに生きる家族の物語である。
敬虔なクリスチャンである夫婦。たくましくて優しい父親。働き者でどんな困難にも屈さない。厳しくも慈愛に満ちた母親。教育熱心で夫や子供を深く愛している。聡明な
長女、正義感が強く情に厚い次女、甘えん坊で泣き虫な三女。
私も見ながら感動を覚えた記憶がある。こんな「大草原の小さな家」のような家族に
戻ろうと言えば、かなりの数の人間が同調するはずである。

妊娠中絶、同性婚、マイノリティー優遇、ジェンダーフリー、セックスの自由、違法移民、これらは、キリスト教右派からすれば悪である。そして彼らは、これらを助長してきたのがリベラル派とみなす。
リベラル派からすれば、キリスト教右派こそ科学を否定し、人類の進歩に反し、信教の自由を脅かす危険な勢力に映る。彼らの方が米国の精神に反していると・・・温厚な
リベラル派も、ネオコンの話になると、口を極めて罵るそうである。
最近、「分裂したアメリカ」が話題になるのも、以上のような背景があるのだ。

私たちは、リベラル派についてはある程度の知識はある。しかし、キリスト教右派、特に草の根レベルの人たちについては、ほとんど情報がない。ブッシュ政権に大きな影響力を及ぼし、今後も増え続けると思われるキリスト教右派の実態を知ることは極めて重要であると考える。
私が、産経の記事を3本、要約して下記に掲載するのは、そういう理由からである。
なお、記事は要約したが、エッセンスの部分は十分に伝わるようにまとめたつもりで
ある。


草の根のキリスト教右派

ミシシッピ川西岸のセントルイス中心部を貫くルート66を西に向けてさらに車を走らせると、鬱蒼とした木立の中に瀟洒な家並みが続く郊外の住宅地、ウェブスター・グローブがある。
2万3千人の人口の9割余を白人が占め、25歳以上の住民の56%が大学卒以上という高学歴の町だ。失業率は2.9%に過ぎない。

この町だけで実に30を超す教会がある。ウェブスター・ガーデンズ・ルーテル教会もその一つだ。
午前八時。礼拝開始。白い式服をまとった牧師が「さあ始めましょう」と呼びかけると、全員が一斉に立ち上がり、「おはよう」と言って握手を交わす。牧師が工事用のはしごを抱えて登場し、説教を始めた。

「上ることと下ることについてお話ししましょう。より高い地位、より大きな成功、より多くのおカネを求める生き方は、はしごを上るようなものですね。それはすばらしいことです。しかし、そうでない生き方もあります。その生き方もまたすばらしいのです」

ワインとパンが用意されて聖体拝領式に移る。「神を信じる者はみな、前に進みなさい」と牧師。参加者はそろって祭壇へ向かい、礼拝は最高潮を迎えた。

米国人はなぜ、こうも教会に引きつけられるのか。「サポート・チーム」の女性スタッフ、マリジ・ラングは、「つながりよ。ここにくれば、それがある」と言って説明しだした。

教会に、「スモール・グループ」と呼ばれる10人ほどの集まりがある。隣近所で構成されたり、離れて住みながらも教会での出会いだけでまとまったりする。「スモール・グループ」の単位で聖書講読などの勉強会も催せば、お互いの葬式や結婚式にも出席する。

「喜びも悲しみも分かち合うグループといったらいいかしら。グループを通じて人々はより強く結び付き合える」とマリジは語る。

礼拝者の大半は白人で、ピアス姿や髪の毛を派手に染めた若者もいない。まさに緊密に紡がれた「神のコミュニティー」なのだ。

その集団が2004年大統領選で存在感を示した。教会や教派が投票を指示したわけではなく、あくまで個々のキリスト教徒として投票所に向かったという。

「私たちは、教会での結び付きを通じて、自らがキリスト教徒であって、(聖書の名の下に建国された)米国の国民であることを確認できる。大統領選では、別個の教会の信者としてではなく、相互に一体となったキリスト教徒として投票し、私たち自身が米国の
進む道を決めていくんだ、ということを実感できた」
つながり、ここにはそれがある 「神のコミュニティー」(2005年6月27日 産経新聞)


進化論の否定

カンザス州は「道徳的価値観」を重視して昨秋の大統領選でブッシュ大統領を支持した保守州・「レッド・ステート」の代表格だ。それがこのところ、進化論をめぐる論争の舞台としても全米の注目を浴びている。

進化論は、聖書を字義通りに信じる福音派のキリスト教徒の目には信仰と矛盾するように映るから、保守のうねりと反進化論運動の高まりが重なり合っても不思議ではなかった。

話は6年前にさかのぼる。保守派が多数を占めていたカンザス州教育委員会は1999年、州学力テストの出題範囲から進化論に関する部分を除くなどの措置を決定した。2000年の州教委改選で保守派は少数派に転落、一連の措置はいったんは撤回された。

だが、昨秋の大統領選と同時に行われた改選で保守派は再び多数を制する。直後から教育基準の見直しが始まり、理科の授業では進化論批判も同時に教えるべきだとの
案が提出された。

提案をめぐる公聴会はこの五月、州都トピカで開かれ、進化論側は主に反進化論側の政治的・宗教的意図を批判、反進化論側は「人格攻撃だ」と反論した。
双方の溝が少しも埋まりそうにない中で、最終判断が今年八月に下される。

カンザス州のガレーナ高校の理科の教諭、スタン・カーター(54)の自宅には決まって
親たちからの電話がかかり続ける。
「人間がサルから進化しただって?」「子供に悪い影響を与える」
スタンは抗議を黙って聞くほかない。
人間はサルから進化した、だって? カンザスの論争(2005年7月4日 産経新聞)


ミニットマン・プロジェクト

米国を二分する論争を巻き起こした「ミニットマン・プロジェクト」というのがある。 ミニットマンというのは米独立戦争で活躍した民兵組織の名に由来している。
現代のミニットマンは、ヒスパニックの不法移民が押し寄せるアリゾナ州南部のメキシコとの国境地帯を活動舞台とし、越境者を見つけ次第、国境警備隊に通報、使用は自衛手段に限るとはいえ銃も携行する。

米国では1990年代初頭から、高級住宅街の周囲にフェンスを張り巡らして入り口もゲートで遮断する、「ゲーティッド・コミュニティー」が急増してきた。安全を確保し資産価値の維持を図る、裕福な白人のコミュニティーである。
「ミニットマン・プロジェクト」の主催者であるジム・ギルクリスト(56)は、南カリフォルニアのオレンジ郡アリソ・ビエホの中に点在する「ゲーティッド・コミュニティー」の一つに住んでいる。サンフランシスコで公認会計士を開業していたジムは、老後資金がたまった
数年前、事務所をたたみアリソ・ビエホに移り住んだ。

ジムの主催する「ミニットマン・プロジェクト」の根底にあるのは、金儲けを第一に置き、そのために安価な労働力になるヒスパニックの不法移民を許容する米国社会への異議申し立てである。
黒人の奴隷労働は、安価な労働力に依存し、特権階級の支配を可能にする南部経済を維持するために導入された。一方、現在の不法移民は、社会の底辺の単純労働を
あてがわれている。ジムの目には、ともに利益追求のために自主独立、自由平等と
いう米国の理念を犠牲にした結果だと映る。

ジムは語る。
「米国は金もうけだけを考えていていいのか。豊かな暮らしを手放したくないがために、奴隷制にまで手を染めた過去の過ちを、米国は今一度繰り返そうとしているのではないか。米国民は貧しくとも自らの手で耕し、ささやかな幸せで充足すべきではないのか」
移民問題の現状へのジムたちの異議申し立てであるミニットマン・プロジェクトは、この四月に実行に移された。
君にふりかかったら、どうする? 不法移民排除の論理(2005年7月25日 産経新聞)

「米国民は貧しくとも自らの手で耕し、ささやかな幸せで充足すべきではないのか」というジムの言葉こそ、「大草原の小さな家」が米国民のあるべき姿であるというキリスト教右派の考えを表している。(筆者)

※気楽にコメントしてください。「大草原の小さな家」を見た感想などあると思います。
きっと、私自身の勉強になる、と思っています※

関連記事1:ネオコンとブッシュ外交
関連記事2:ネオコン対アルカーイダ

参考資料:ブッシュ大統領を支えるキリスト教右派の正体

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2005/07/08

ネオコン対アルカーイダ

ロンドン警視庁当局者は8日の記者会見で、ロンドン中心部が標的となった同時爆破テロの死者は50人以上、負傷者は約700人に上ると発表した。警視庁は、犯行グループの一部が国外に逃亡したかどうかについては明言を避ける一方、次の攻撃を行う能力を有しているかもしれないとしてテロ再発に強い警戒感を示した。また、今のところ自爆テロを裏付ける証拠はないが、可能性は排除できないとした。

さらに、警視庁は「手口などがアルカーイダの犯行を示している」と指摘、国際テロ組織アルカーイダ系組織が入念に計画した犯行との見方を強め、地下鉄爆破直前に爆弾を置いて現場を立ち去ったとみられる実行犯や組織の特定に全力を挙げている。

主要国(G8)首脳会議(グレンイーグルズ・サミット)期間中を狙ったテロでメンツをつぶされた形の秘密情報局(通称MI6)や情報局保安部(同MI5)も捜査に参加。クラーク
内相は、「欧州の聖戦アルカーイダ秘密組織」を名乗るグループの7日の犯行声明に
ついて、当局が深刻に受け止めていると述べた。

同時テロの死者数について、英紙タイムズ(電子版)は、地下鉄爆破の死者37人とは別に、バス爆破で15人が死亡したと報じた。

米紙ニューヨーク・タイムズ(同)によると、地下鉄爆破に使った爆弾は時限装置付きで携帯電話などによる遠隔操作とはみられていない。捜査当局は、爆弾の破片や遺体の一部を採取、かつて逮捕した容疑者から提供を受けた試料のDNA型との比較作業を
進めた。

ロンドンの日本大使館によると、8日朝(日本時間同日夕)までに、日本人が巻き込まれたとの情報はないという。

テロ直後から全面運休していた地下鉄の運行は8日朝、爆発のあった一部区間を除く大部分の路線で再開された。
死者50人以上と警察発表 2次攻撃を警戒 ロンドン同時テロ
(2005年7月8日 共同通信)

ご冥福をお祈りします。
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上記の事件をどう解釈するのか。今朝のニュースで、ある民放のキャスターが、この
事件を「憎悪の連鎖」と呼んでいたが、そうではない。多くのメディアが云うような「国際秩序への挑戦」と云うような単純なものでもない。

アルカーイダは、イスラム原理主義者の集団とされる。
イスラム原理主義運動は、コーランの無謬(むびゅう)を信じて厳密に字義どおり解釈し、預言者ムハンマドの時代のイスラム共同体を復興させようとするものである。
コーランは、「神は、モーゼに律法書を、イエスに福音書を与えた。しかし、彼らは、これらの啓典を改ざんし、ゆがめて解釈している」とする。
そして、「神の言葉をそのままの形で伝える啓典がコーランである」と・・・
改ざんし、ゆがめて解釈された律法書が旧約聖書であり、同じく福音書が新約聖書である。
イスラム原理主義者がコーランを厳密に字義通り解釈し、ムハンマドの時代のイスラム共同体の復興を目指しているのであれば、啓典を改ざんし、ゆがめて解釈しているユダヤ教徒やキリスト教徒との共存などあり得ない。
なお、アルカーイダの「アル」は、アラビア語の「定冠詞、「カーイダ」は「基地」を意味する。つまり、ユダヤ教徒と、その背後にいる米国と戦うための基地なのである。

キリスト教原理主義者(福音派)とは、「聖書は直接的な神の言葉である。神が、直接ある人に霊感を与えて書かせたものである。それはそのまま神の言葉なのだから、
一言たりと間違いはない」、そういう立場をとる人たちである。
一人一人が霊的に覚醒した経験を持ち、キリストを信じ生まれ変わったと自覚している。大人になってから、キリストが直接自分に呼びかける声を聞き、そこでこれまでの
生き方を変えて、神の福音のために生きていこうという「生まれ変わり」を経験した。そう自覚する人たちである。
キリスト教原理主義者(福音派)は、「聖書は、エルサレムがユダヤ人に与えられた
『約束の地』としている。米国のキリスト教徒は、この預言を実現させる責任がある」と信じている。
つまり、パレスチナはユダヤ人の「約束の地」であり、イスラム教徒と妥協することなどあり得ないのだ。

ブッシュ政権に、ネオコンが大きな影響力を及ぼしていることは既に述べた(ネオコンとブッシュ外交)。その少数の思想集団であるネオコンが基盤としているのがキリスト教原理主義(福音派)であることも同時に説明した。
ブッシュ大統領は、彼自身、大人になってから、神の存在とキリストの救いをリアルに
体験し、回心した人である。自分が、神の約束された聖なる国アメリカの大統領になり、世界の悪と闘うことが使命だと信じている人である。キリスト教原理主義(福音派)に極めて近い。
ブッシュ大統領は、9.11同時テロの直後(9月16日)に「テロに対する十字軍の戦い」と発言した。対イラク戦の前には、イラクを「Evil(邪悪)」と呼んだ。これらの言葉にはキリスト教原理主義的なニュアンスが強く感じられる。

ネオコンの主張は、「軍事力を積極的に行使し、自由や人権、民主主義、資本主義といった米国的価値観を世界に普及させる」ことである。
ブッシュ・ドクトリンは、「米国は、最強の軍事力と政治、経済的な影響力を自国のためのみに用いるのではなく、テロリストや独裁者の脅威から平和を守り、大国間の良好な関係を築き、自由で開かれた社会をすべての大陸に奨励することで、この平和を保ち、拡大させる」と云うものである。
云わんとするところは、まったく同じである。

なぜ、米国でキリスト教原理主義(福音派)が大きな影響力を持っているのか。
米国人の実に68パーセントが、悪魔がいることを信じているとの統計がある。ダーウィンの進化論を信じている人は、わずか28パーセントにすぎない。神様が、聖書に書いて
あるとおり、1週間で宇宙を創造した。われわれ人間はサルから進化したのではない。最初から特別な存在として神様が創造したのだ、と信じている人の方がはるかに多く、
48パーセントにも達する。
このようなアメリカ人の宗教気質が、米国内でキリスト教原理主義(福音派)を伸張させる背景になっている。

米国内におけるキリスト教原理主義者(福音派)は、7000万人前後とされる。その政治団体「キリスト教徒連合」(クリスチャン・コアリション)の会員数は200万人と言われている。
米国の人口が2億9千万人であるから、キリスト教原理主義者(福音派)は24~25%を占めることになる。ところが、この1/4の勢力が、政治においては極めて大きな力を持っているのである。
日本と違い、米国では本人が自ら有権者登録を行わない限り選挙権を得られない。
登録率は75%である。これに大統領選挙の投票率51.30%を掛けると、実際の投票率は38%強に過ぎない。日本の衆議院選挙などより、はるかに低いのである。
キリスト教原理主義者(福音派)は登録率も高く投票率も高い。したがって、人口の1/4の勢力が、実際の選挙では、より大きな威力を発揮することになるのである。投票率が低い選挙ほど、公明党=創価学会が力を発揮するのと同じ構図である。

ブッシュ政権の中枢を牛耳るネオコンは、トロツキスト(共産主義者)である東欧出身のユダヤ系移民を出自とする。もちろん今は、ユダヤ人でない者もいれば、左翼経験のない者の方が多い。しかし、根本に流れているのはトロツキズムを裏返しにした原理主義である。
ネオコンの狙いは、米国的価値観を世界に強制することと、イスラエルの中東支配成就の手伝いをアメリカにさせることでる。また、弱者を救済する立場であり、道徳に厳しい。
まさに、キリスト教原理主義(福音派)と相通じるのである。

こうして見ると、米国(ブッシュ政権)とアルカーイダの戦いは、ネオコン+キリスト教原理主義者(福音派)とイスラム原理主義者との戦いという構図になる。

もちろん、今回テロの舞台になった英国は、ネオコンでもなければキリスト教原理主義(福音派)でもない。ブレア政権は労働党(社民主義)である。しかし、「ブレアはブッシュのプードル」と英国内でも揶揄されるほどのブッシュ政権との一体ぶりが、今回の
テロを招いたのである。
もちろん、私はテロを肯定する立場ではない。日本が米国と同じ立場に立つのも、国益を考えれば当然である。
しかし、米国(ブッシュ政権)とアルカーイダの戦いが、ネオコン+キリスト教原理主義者(福音派)とイスラム原理主義者との戦いという色彩が強い以上、テロが収束することはない。
テロリストを生む温床とされる、中東の独裁・腐敗政権を打倒し、アラブの民を圧制と
貧困から解放することが重要なのではないか。

なお、「憎悪の連鎖」などと呼んで、ロシアにおけるチェチェン虐殺を同列においてはならない。チェチェン独立派のテロは、ロシアによる国家テロへの抵抗である。

関連記事1:ネオコンとブッシュ外交
関連記事2:米国はイランを攻撃するか
関連記事3:草の根のキリスト教右派

参考記事1:イスラム原理主義
参考記事2:ウンマ (イスラム)
参考記事3:クルアーン
参考記事4:ブッシュ・ドクトリン
参考記事5:ブッシュ大統領を支えるキリスト教右派の正体
参考記事6:ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記
参考記事7:アメリカ新世紀プロジェクト(PNAC)
参考記事8:米国の原理の下 今でも世界革命目指している
参考記事9: