馬英九は盧武鉉とは違う、と思いたい
台湾の馬英九総統の支持率が5割まで急落し、早くも人気に陰りが出ていることが台湾メディアの世論調査で分かった。
馬総統が就任してからまだ1ヶ月だが、20日付の主要紙、聯合報によると、馬政権に「満足」するとしたのは就任時の66%から50%に急落。一方で「不満足」は10%から30%に増えた。
不満理由のトップは物価問題で、61%が「不満」と回答。が、今回の尖閣諸島近海での事故に対する対応でも「不満」が43%にのぼり、「満足」との回答35%を大きく上回った。
これについて朝日新聞は――領有権を主張する沖縄県・尖閣諸島海域での遊漁船沈没事故を巡って日本との間に緊張を招いたことや、物価・経済政策のまずさなどが不満の理由に挙がっている――と書いている。
台湾の民放テレビ「TVBS」の調査でも、馬政権の危機管理能力について51%が「不満」だと答えている。これも、台湾世論が事故処理を巡る馬政権の意思決定の混乱や、良好だった対日関係を損なう結果になったことを疑問視していることの表れであろう。
ここで、今回の尖閣諸島近海での事故をめぐる動きを時系列で整理してみよう。
6月10日、尖閣諸島・魚釣島付近の日本領海で台湾の遊漁船が日本の巡視船と接触し、沈没した。
第11管区海上保安本部(那覇)は、巡視船が船名確認のため接近したところ、台湾船がジクザグ航行をして接触・沈没したと発表。
12日、台湾立法院(国会)は、尖閣諸島周辺への軍艦派遣の要請書を国防部(国防省)に提出した。
12日、台湾の馬英九総統は、「釣魚台(尖閣の中国語名)は中華民国の領土である」と述べ、総統として日本に賠償などを要求する声明を発表した。
13日、台湾の劉兆玄・行政院長(首相)は、日台間の領有権争いに関する議会答弁で「最後の手段として開戦も排除しない」と発言した。
が、午後には「先ほどの発言を少し修正したい。私は一貫し、一戦も辞さずという言葉を使っていない」とトーンダウン。陳肇敏・国防部長(国防相)も「平和的手段が我々にとっても最もよい方法だ」と平和的な解決を希望した。
14日、石垣海上保安部は、巡視船の船長を業務上過失傷害と業務上過失往来危険の疑いで、遊漁船の船長を業務上過失往来危険の疑いで、それぞれ書類送検した。
14日、台湾外交部(外務省)は、台北駐日経済文化代表処の許世楷代表(駐日大使に相当)を召還すると発表した。台湾外交部の欧鴻錬部長(外相)は、外交部内に設置した日本専門部署の「日本事務会」の廃止を表明。
15日、第11管区海上保安本部の那須秀雄本部長は、記者会見で「巡視船が船名を確認しようと遊漁船に近づいた行為は正当だったが、接近の仕方に過失があった。結果として遊漁船を沈没させ、船長にけがをさせたことは遺憾だ」と述べた。また、台湾側から求めがあれば、賠償する考えがあることも明らかにした。
16日、遊漁船「全家福6号」と巡視船3隻が日本の領海内に侵入した。その後、別の巡視船6隻も侵入。遊漁船は6時50分ごろから7時半ごろまで、「日本は尖閣諸島から即刻出ていけ」と書かれた横断幕を掲げながら同島の周囲約1キロ沖を航行。
16日、台北駐日経済文化代表処の許代表は、与党・国民党の「許氏が日本寄りの発言を行った」との批判に反発し、「これ以上の屈辱を受けることはできない」として、台湾外交部の欧部長に辞職を申し出た。
17日朝、周辺海域への軍艦派遣を計画していた台湾は、派遣中止を発表した。
17日の記者会見で馬総統は、尖閣諸島の領有権を主張した上、巡視船と抗議船の(日本領海侵犯)行動を支持、称賛した。
18日、台湾の陳国防部長は、台湾も領有権を主張する尖閣諸島の日本領海内に、必要があれば軍艦を派遣する考えがあると表明した。
20日、日本側が遊漁船の何鴻義船長へ謝罪の手紙を手渡す。これに対し、台湾外交部の欧部長は「日本側の善意を歓迎、肯定する」とし、今回の問題は落着したとの見方を示した。
手紙は、巡視船を指揮していた第11管区海上保安本部の那須本部長から船長にあてられ、「船を沈没、負傷させてしまいあなたに対して心からおわびする」という文面となっている。
今回の事故で台湾側は謝罪を要求し、日本側は那須本部長から船長個人への「おわび」という形で決着を図った。また、事故調査の過程で巡視船に過失が認められたことから、この過失責任の範囲内で賠償にも応じることにした。
一方の台湾側も、台湾外交部の声明の中で「日本政府」という言葉は使わず、「本部長が心からのおわびを表した」との表現で日本側の対応に呼応。尖閣諸島の主権問題には触れず、議論が平行線をたどっている漁業交渉の再開を求めた。
20日、台湾の欧外交部長は、日本の在台代表機関・交流協会台北事務所の池田維代表と会談し、尖閣諸島沖で違法操業していた台湾の遊漁船が日本の巡視船と衝突、沈没した事故で、問題解決に向けた日本側の努力に謝意を示し、両者は「落着した」との認識で一致した。
以上が事件の大まかな経緯である。
台湾当局の初期の対応は、2006年4月の竹島周辺を含む海域で計画された日本の海洋調査をめぐる韓国・盧武鉉政権の姿勢を彷彿させる。
まったく、馬総統も国民党も8年ぶりの政権奪取に舞い上がり、偏狭な中華民族主義を振りかざすという点では盧武鉉くんや韓国と同レベルと言わざるを得ない。
が、韓国と今回の台湾の違いは、韓国が盧政権や与党のみならず、野党や世論までも一体となって「明白な領土侵犯行為だ」と憤っていたのに対し、台湾では野党が「(馬政権や国民党を)やりすぎだ」と非難し、世論も馬政権や国民党に一定の距離を置いていたという点だ。
朝日新聞も――良好だった対日関係を損なう結果になったとして、対応を疑問視する意見が強い――と書いている。
今回の日本側の対応を「屈服」と受け取るのか、台湾で多数派を占める親日派、親日世論を意識した上での「政治的配慮」と受けとめるのか、それは個人によって違うだろう。
が、私は、馬政権が「日本政府」の謝罪ではなく「本部長個人」による「船長個人」に対する謝罪で矛を収めたところに事の本質があると思う。
要は、米国と、日本の親台湾派(反中共派)、台湾の親日派、この三者の圧力に馬政権と国民党が抗し切れなかったということだ。
中共は未だに台湾の武力解放(統一)をあきらめていない。一方、台湾人は「統一せず、独立せず、武力行使を許さず」の現状維持派が多数派である。このような状況下で中華民族主義に走るのは台湾の国益を損ねるだけだ。馬総統もそれを自覚していたのではないか。
でなければ、北朝鮮が南鮮(韓国)の武力解放をあきらめていないのに、対北宥和策を取り、反日・反米民族主義に凝り固まった盧政権と五十歩百歩である。
「馬英九はそこまでバカではない」と思いたい。
実は、わが国は7月1日から「領海外国船舶航行法」を施行する。讀賣新聞は社説で、今回の事件を念頭において次のように書いている。
――これまで人命救助など正当な理由がなく領海内にとどまり、示威行動する外国船舶に適用できる明確な法令がなかった。今後は「立ち入り検査」や「退去命令」などが出せるようになる。違反者に対しては、刑事罰も適用される。
日本の領海を侵犯する外国船舶は、日本側の対応の変化を認識しておくべきだろう――
この讀賣新聞の主張は、実は日本政府の水面下での主張だったのではないか。
参照1:台湾・馬政権、支持率急落 「尖閣」対応などに不満 (朝日新聞)
参照2:台湾:馬政権1カ月 物価高騰や船舶事故対応で支持率下降 (毎日新聞)
参照3:尖閣諸島 台湾は冷静に問題処理を (6月18日付・読売社説)
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