徒然なるままに
みなさん、ご無沙汰いたしております。
相変わらずの忙しさですが、元気ですよ。
ただ、今までのように、目の前の政治や経済、あるいは社会的出来事などを分析し、自らの見解を主張するだけの余裕が精神的にも時間的にもありません。
これからは、スタイルを変えて、気になったことや思いついたことなどを徒然に書き綴っていきたいと思います。
まあ、いわゆる“ブログ本来の姿”に帰る、ということですね。
極めて個人的な感想や意見、あるいは感傷が多くなると思いますので、読者の皆様も肩の力を抜いて読んでください。
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私は四捨五入すると、もう60歳、あと何年か経つと還暦です。
光陰矢のごとし、と言いますが、ほんとうに時間が経つのは早いですね。
その時その時は必死だからものすごく長く感じますが、時間が経過して、あらためて振り返るとすごく短く感じます。
この50数年の人生、色んなことがあり、まさに波乱万丈でした。山あり谷あり、思い起こせば、楽しいことより苦しいことの方が多かったですね。
でも、「苦しい」経験は人間を成長させます。私はずいぶんと変わりました。性格とか気質は変わっていないのですが、価値観、特に人や社会を見る目、それから歴史認識や世界観が様変わりしました。
これも苦労したおかげでしょう。
社会に出て最初の仕事は、何かと批判の多い役人様(公務員)でしたが、そのまま年を経ていたら、今でも現体制に批判的なスタンスを取り続けていたと思います。
挫折して、それでも前向きに生きていこうとする中で、心身ともにもがき苦しむ中で、人や社会の本質が分かるのです。
そういう意味では、これまでの人生に悔いはありません。何とかこれまで生きてこれた。何があっても前向きに生きていくだけの度胸、そして、何事も相対的に捉えることができる眼力もついた。
私は、己の人生に誇りを持っていますし、これまでの経験に感謝しております。
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ところで、これまでの経験の中でもっとも辛かったこと、それは失恋ですね。会社が倒産した、これも大変な苦労でしたが、体力と意欲とそれなりの能力があれば何とか立ち直ることができます。が、心に負った深い痛手はなかなか癒すことができません。
人間は、何事も「忘れる」ことができる。が、「忘れる」ことができないこともあります。
「忘却とは忘れ去る事なり」
これはNHKの歴史的ラジオドラマ「君の名は」の冒頭のナレーションですが、このあとに
「忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」
と続きます。
このドラマ、その後に連綿と続くメロドラマの原型のようなものですが、ドラマといい歌といい、こういう設定のものが多いということは、そういう経験をした人、あるいは、そういう状況にあこがれる人が多いということの証明でしょう。
田口淑子さんが作詞して、吉田拓郎が歌ったヒット曲「春だったね」は、まさに当時の私の心情そのものでした。
僕を忘れた頃に
君を忘れられない
そんな僕の手紙がつく
くもりガラスの窓をたたいて
君の時計を止めてみたい
ああ 僕の時計はあの時のまま
風に吹き上げられたほこりの中
二人の声も消えてしまった
ああ あれは春だったね
僕が思い出になる頃
君を思い出に出来ない
そんな僕の手紙が着く
風に揺れるタンポポそえて
君の涙を拭いてあげたい
ああ 僕の涙はあの時のまま
広い河原の土手の上を
振り返りながら走った
ああ あれは春だったね
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でも、不思議なんですよね。
失恋した彼女よりず~っと美人の女性にめぐり合っても、より知的でセンスの良い女性にめぐり合っても私の心は少しも動かない。
そこにはセックスしか存在しない。
それで自分を癒そうとしたのだけれど、精神的にはますます荒んでしまいました。
私が失恋の痛手から立ち直ったのは、今のカミさんと知り合ってからです。そして子供が生まれて人生が楽しくなりました。
が、それでも、日々生きることに懸命の中で、記憶の彼方に霞んでいる30数年前の出来事が、ふとしたことで甦る。
思うに、私が失恋したのは「私のあこがれ」に対してだと思います。
彼女も私も高1のころからお互いを強く意識していた。で、卒業前にヒョンなことからそれが分かり付き合うようなったのです。
○○高校のマドンナだった彼女は私にとって高嶺の花、高校生なのに過激な政治的言動を繰り返し、学校の問題児だった私は彼女から見れば縁の遠い存在。
大学に進学した私は当たり前のように学生運動に身を投じ、一方の彼女はまったくのノンポリ。
恋愛までも理屈で語ろうとする私に段々と違和感を覚えるようになっていたようです。
で、彼女が発した言葉が「私と革命のどっちが大事なの?」
私の答えは「比較できる問題じゃない」「君は『恋に恋している』んであって、勘違いしてるんじゃないのか?」
二人を結び付けてくれた共通の友人によると、彼女は一晩中泣いたそうです。
で、出した答えが「やっぱり恋に恋していた」「もう卒業する」
当時の私は、女性の、というより人の心が分からない人間だったんですね。学生運動に参加しない学生はバカだと軽蔑していたし、自分を「カッコイイ」と思っていた。「女にもてる」と自惚れてもいた。
まったく、勘違いしているのは私だったのです。
そんな鼻持ちならない「自尊心」が、「絶対にふられることはない」と思い込んでいた彼女によって木っ端微塵に粉砕された。
だから立ち直れないほど落ち込んでしまった。
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彼女は普通の女性でした。
普通の社会で普通に生きていれば「革命」なんて何のことか解らなかったでしょう。
社会は年々豊かになり、個人の生活も急ピッチで充足されていく。テレビ、洗濯機、冷蔵庫の、いわゆる「3種の神器」はほとんどの家庭に普及し、カー、クーラー、カラーテレビの「新3種の神器」がある家庭も珍しくなくなりつつあった。
こんな状況下で「革命」???
私と彼女の心の隔絶感は半端じゃなかったと思います。
というか、私が「革命」という妄想に酔いしれていただけ。
この妄想が冷めた時期と彼女との関係が冷めた時期が重なってしまった。
ある意味、これは必然なんですが、当時の私にとっては受け入れがたい現実でした。
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「青春」は青い春。
そんなに「くさい言葉」だとは思いません。
自分は、いっぱしの「大人」になったつもりでいますが、十分に幼い。
つまり青い、そして希望に満ちた「春」でもある。
今の私は秋ですかね。
でも、まだまだ青いです。
だから、ふとしたことで「苦い青春」が甦るのだと思います。
が、これが過去の軌跡をたどれば、今の私の原点ですから忘れることはないと思います。
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でも、なつかしいなあ、あのころ、あの場所、あの時代。
まっ、今はもう、人生の仕上げの時ですから。
ここでコケるわけにはいきません。
過去をたまに振り返り、語るのもよいけれど、これからは「品格」にこだわって生きていきたいですね。
みなさん、よろしく。
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