左翼&共産主義

2017/02/09

岡正治 極左知識人の典型を見る


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以下のエントリは、2008/01/17、つまり9年以上前に書いたものだ。
が、それだけの時間が経過しても、我が国内における反日左翼の妄動は依然として衰えていない。
むしろ、沖縄の米軍普天間基地移設問題を奇貨として、在日朝鮮人や中国人まで抱き込んで、ますますひどくなっている。
そのことを再認識するために、あえて9年前の投稿を再掲したい。

なお、古い記事なのでリンク切れがあることはご容赦いただきたい!

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毎日新聞の記事で、長崎市西坂町に「岡まさはる記念長崎平和資料館」があるのを知った。

「日本人がしてきた事がとてもざんこくでひどかった!首を切って喜ぶなんて、おかしいと、とても思った!日本人がしてきた事にあたまがいたくなった!」(熊本県の11歳の女子)
「日本のした事にショックを受けたとしか言えない。見終えた後は言葉が出なかった。頭がボーッとしている。人を殺して笑顔でいられる日本兵に対しては怒りと悲しみしかわいてこなかった」(愛知県の17歳の女子)

記事が報じる観覧者のアンケート(感想)の内容だ。

毎日の記者は、岡正治氏を「朝鮮人被爆者の実態調査と救援に奔走した平和運動家」と紹介しているが、実際の岡氏は様々な顔を持っていた。
ルーテル教会の牧師であり、長崎市議会議員であり、長崎・在日朝鮮人の人権を守る会の代表であり、忠魂碑訴訟の原告であり・・・

で、私は38年前の岡氏の姿をよく覚えている。
牧師の装いで革共同・中核派の集会に頻繁に顔を出し、「侵略を内乱へ!」と絶叫していた。中核派の機関紙・前進に登場したこともある。
そう・・・
岡氏は極左テロ集団・中核派のお友達だったのだ。

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毎日の記者が言うところの「平和運動家」というのは仮面にすぎない。岡氏の実体は「革命家」、それも暴力革命を扇動する・・・
中核派の集会で「侵略を内乱へ!」と叫ぶ牧師のどこが「平和運動家」なのだ。

岡氏は、前出の11歳と17歳の少女の感想を読んで、さぞ喜んだことだろう。彼の狙いどおりだからだ。

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ところで、岡氏はなぜ中核派のお友達になったのか?
それは新左翼各派の中で、中核派が特異な歴史認識を持っていたためである。
新左翼(過激派)は、そのすべてが共産主義を信奉していた。だから彼らの歴史認識は、基本的に階級史観である。
ところが中核派は、そこに「抑圧民族」と「被抑圧民族」という捉え方を持ち込んだ。

つまり、日本人のすべてが「抑圧民族」であり、日本人は丸ごと中国人や韓国・朝鮮人に謝罪すべきである、というのが中核派の主張だった。
これに岡氏は共鳴したのだ。

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私は「岡まさはる記念長崎平和資料館」に展示されている写真や資料がすべて虚偽だとは思わない。事実のものも多いと思う。
が、日本軍・日本兵だけが残虐だったわけではない。私の父の話などを思い起こすと、むしろ日本軍は、当時の軍隊としては統制の取れた軍隊だったと思う。
ナチスの蛮行は論外だが、ドイツに侵攻したときのソ連軍の所業もひどいもんだ。米軍だって、洞窟にこもる日本兵を火炎放射器で軒並み焼き殺した。広島・長崎の原爆も東京大空襲も、今なら「戦争犯罪」として世界中の非難を浴びたことは間違いない。
負傷して逃げ遅れた日本兵を寄せ集め、油をかけて焼き殺す国民党軍は残虐じゃないのか???
敗戦直後の韓国・朝鮮人のわが国内における極悪非道は当たり前だというのか!!!
そうなのだ。
戦争そのものが残虐であり残酷なのだ。
そういう視点を意図的に無視して、旧・日本軍の行為だけを取り上げ糾弾する。若い世代を洗脳しようとする。
まさに自虐的・売国的な日本の左翼知識人の典型が岡氏なのである。

こんな人物を「平和運動家」と持ち上げる毎日新聞、その程度が知れる。

Oka_masaharu

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先月13日に南京でリニューアル・オープンした「南京大屠殺遭難同胞記念館」の展示内容をめぐり、在上海日本総領事館が16日、「日本人の残虐性が強調された描き方で、恨みや反感を引き起こす懸念がある」として記念館館長や南京市幹部に配慮を申し入れたそうだ。

隈丸優次総領事が11日に同記念館の朱成山館長らと面談。
館内に掲示されている「30万人」の犠牲者数に研究者の間で異論があることや、日本人の残虐性を強調した写真の信頼性が疑問視されているなどと指摘した。
で、中共側の回答は「平和へのメッセージはしっかり出している。理性的な展示で日本側にも十分配慮している」というものだった。

新しい記念館は旧来のものの3倍の面積。初日は1時間待ち、押すな押すなの盛況だったという。
中共は、この記念館の「世界遺産登録」を目指している。
まさにプロパガンダのかたまり、これを中国内だけではなく世界にアピールしようとしているのだから、中共とその支配下にある中国の本質がよく解る。

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日本政府は、上海総領事館レベルではなく、政府として公式に抗議するべきである。
でなければ、「日中関係に春が来た」なんてマユツバ以外の何ものでもない。

そして、我々は、岡正治氏のような極左知識人と、それを「平和運動家」と持ち上げる毎日新聞のような偏向メディアを糾弾しなければならない。

参照1:平和をたずねて:二つの笑顔の間で/1 日本兵は怪物だったのか
参照2:南京大虐殺記念館の展示に配慮求める 上海日本総領事館
参照3:南京大虐殺記念館、改装オープン 「控えめ」で対日配慮も


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2017/02/08

文句があれば韓国なり北朝鮮に帰ればいい!


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在日朝鮮人が、沖縄で、辺野古への米軍基地移設の反対運動に参加し、逮捕されて問題になっているね。
しかも、辛 淑玉(シン スゴ、신숙옥)なんて、在日が基地反対運動に参加することを煽り、暴力を働いて逮捕されたら警察署に集団で押しかけるのだから悪質きわまる。

日韓地位協定で「特別に」在留許可を与えられているのだから、文句があれば韓国なり北朝鮮に帰ればいい。
外国人に、日本の安全保障にかかわる問題にかかわってほしくないね。
しかも抗議活動だとか暴力とか論外だよ!

さっさと母国に帰れ!!!

Zainichi


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2017/02/01

(続)黄昏の日本左翼 さようなら


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以下のエントリは、約10年前の2007年5月6日に書いたものだ。
読み返してみると、今でも十分に参考になる内容だと思う。
よって再掲載させていただく。

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今日も昨日の続きで、日本の左翼について言及したいと思う。

日本の左翼を理解していただくには、やはりその歴史を理解していただかなければならない。
日本の左翼の源流は、戦前の講座派と労農派にさかのぼる。
講座派は、日本の資本主義は半封建的地主制であるとし、まず絶対主義的天皇制を打倒するブルジョワ民主主義革命が必要と考えた。社会主義革命はその次という、いわゆる「二段階革命論」である。
他方、労農派は明治維新を「不徹底ながらブルジョワ革命である」とし、きたるべき革命は社会主義革命であると考えた。いわゆる「一段階革命論」である。

上記のうち、講座派の流れを引き継いだのが日本共産党であり、国際共産主義運動の中でも正統派とみなされた。共産党は、今でも反帝国主義・反独占の民主主義革命をおこない、国民の合意をへて社会主義的変革に至るとする「二段階革命論」をとっている。
他方、労農派は戦後、社会主義協会を名乗り、日本社会党に大きな影響力を及ぼすようになる。その後、社会主義協会は社会党の理論的支柱となり、中核を担うとともに末端の党活動も支えた。

つまり、戦後の日本人の多くが、共産党は共産主義であり、社会党は西欧的な社会民主主義であると考えていたが、それは大いなる錯覚だったということだ。実態は両方とも共産主義社会の実現をめざす政治勢力だったのである。
もちろん社会党の中には、江田三郎氏に代表される「改革を通して漸進的に社会主義を実現する」という構造改革派もいたが、これはついに主流派にはなれなかった。また、この構造改革派も「資本主義の枠内で改良を進める」という西欧的な社会民主主義ではなかった。
要するに、日本の左翼は、その方法論に違いはあっても、ほぼすべてがマルクス主義(共産主義)を基本にしており、社会民主主義勢力はほとんどその存在感がなかったということだ。

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まさに、この点にこそ日本の左翼の特殊性がある。
社会民主主義は「反体制」ではない。資本主義を前提として、その中で政治的な、経済的な、社会的な公正や平等を追求していくという立場である。だから、国家とか国益という考え方が理解できる。英国や北欧諸国を見ればわかるように、立憲君主制(王制)も尊重される。
が、共産主義は違う。体制の変革(革命)が第一義的目的であるから、そこには国家とか国益とかいう考えはない。むしろ反国家であり、現体制を打倒するためには国益に反することを当たり前のこととして実行する。

ロシア革命の指導者であるレーニンは「帝国主義戦争を革命へ」という戦略を提起した。つまり、国家が戦争状態にあることを利用してその体制を転覆させようという考えである。
言い換えれば「国家が困難に直面している時こそが革命のチャンス」「革命のためには国家が困窮する状態を作り出そう」というのが共産主義者の基本戦略なのである。
毛沢東が、政府軍(国民党軍)が日本軍と戦うことによって疲弊することを歓迎したのも同じ考えによる。

ここまで書けば、「やはり東アジア>>日本で対立軸を構築する方々の思考には理解が及びませぬ...」という読者の方の疑問もある程度は解消されるのではないか。
日本の左翼連中は、特定アジア3国の立場に立ってわが日本国を攻撃することによって自らがより多くの支持を獲得できると思い込んでいるのである。日本国を追いつめることが自らの利益になると...
愚かしい考え方だが、これが現実である。

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私は、象徴天皇制を尊重し、国益を第一に考え、それを前提として政治的な、経済的な、社会的な公正や平等を追求していくという政治勢力が、わが国政治の一方の軸として台頭することを熱望している。
その勢力こそ社会民主主義と呼ぶにふさわしい者たちではないか。
その勢力が、勤労者の生活と権利を擁護しつつ、わが国の国際競争力を維持するために市場原理を取り入れる立場に立ってくれれば言うことはない。
そうすれば、日本の民主主義はもう一歩前進する。
もちろん、今の私がそのような政治勢力を支持するかどうかは別問題であるが。

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とにかく、安全保障や国際関係で国論を分裂させるような政治勢力にはわが国の政治の舞台から退場してもらいたい。日・米・中の関係を「正三角形」にするなどという主張は論外である。

ヒトラーはかつて、「国家が生存発展に必要な資源を支配下に収めることは、成長する国家の正当な権利である」として、近隣諸国の併合を正当化したが、中共率いる今の中国はこれと全く同じである。だから原子力潜水艦を作りSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を装備する。航空母艦を建造する。
平和的発展を希求する国家になぜSLBMを装備した原潜や空母が必要なのだ。

中国は今、資源を確保するためになりふりかまわぬ姿勢を見せている。民族浄化が問題にされているスーダンに、石油を確保するために巨額の援助を行っている。まさに「国家が生存発展に必要な資源を支配下に収めることは、成長する国家の正当な権利である」を地で行く行為である。
東シナ海や南シナ海における横暴きわまりない行動も同じ線上にある。フィリピン近海の南沙諸島を軍事占領したり、EEZ(排他的経済水域 )の境界線も定まっていない東シナ海で平然とガス田の開発を行う。

このような国を米国と対等視し、米中と等距離の関係にわが国を置く???
中国がわが国の同盟国たりえるのか???友好国でありえるかどうかすら怪しいのに!!!
にもかかわらず、日本の左翼は米国を非難しても中国には沈黙する。
だから日本の左翼は「売国奴」と攻撃されるのだ。

フランス社会党の大統領候補であるロワイヤル元環境相は、全国にTV放映された討論会で、ダルフール問題(民族浄化)でスーダンへの制裁に消極的な中国に対し「北京五輪のボイコットを検討すべきだ」と主張した。
ところが日本の左翼は、東シナ海のガス田問題には沈黙。もちろん中国の人権問題などこの世に存在しないかのごとき態度である。
日ごろ人権問題にうるさい左翼な方々は、ロワイヤル女史を見習ったらどうか。それでこそ本物の左翼(社会民主主義者)なのだ。

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ほんとうに、一刻も早くわが国に本物の社会民主主義勢力が台頭してほしい。
そして保守勢力と切磋琢磨してもらいたい。

それが、日本国が健全に発展していくためには必要である。

辻元清美氏はかつて、「社民党は小さい。絶滅危惧種が国会にまだいると思うてはるかも知れへんけど」と宣ったが、こんな共産主義まがいのエセ社民主義政党など早く絶滅してほしい。
心からそう思う。

May_day_incident 画像は、当時の日本共産党員や在日朝鮮人が引き起こした「血のメーデー事件」(1952年)

【注1】
欧米の社会民主主義政党は、1962年のオスロ宣言で共産主義と完全に決別した。
この時点で、社会民主主義は完全に反体制ではなくなったと言える。
ところが日本社会党は、社会主義インターナショナルに加盟していたにもかかわらず、その採択に参加しなかった。
ここに、日本社会党が“共産主義まがい”の政党であったことが如実に示されている。

※社会主義インターナショナルは社会民主主義政党の国際組織。

【注2】
中核派などの過激派左翼は、その多くが日本共産党の武装闘争放棄に反発した学生たちを中心に、1958年に結成された共産主義者同盟(ブント)を源流にしている。だから反日本共産党であるが、本質は変わらない。
当時の指導者の一人が、あの森田実氏。
なお、革共同革マル派は黒田寛一氏(昨年死去)が教祖様であり、他の過激派とは趣が異なる(まるで宗教)。
革労協(革命的者協会・社会党社青同解放派)は出自が社会党。これもレーニンよりローザ・ルクセンブルクの影響が強く、異色な面が多々あった。
なぜか、中核派より過激で、その内ゲバは凄惨そのもの。狂気の沙汰としか思えない。


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2017/01/31

竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記


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竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記
ハードカバー – 2013/7/11
レビュー総数:278件
★★★★★

本書は、米国で中学校の教材として採択されたのだが、在米韓国・朝鮮人が猛烈に反発。
なぜか?
本書は戦争の悲惨さを伝える実話だが、記事中に、引き上げ途中の日本人に襲いかかり傍若無人の蛮行を働く韓国・朝鮮人が出てくるからだ。
大勢の日本人女性が韓国・朝鮮人に強姦され、殺された。
あるいは堕胎を余儀なくされた。
「従軍」慰安婦に抗議するなら、引揚者に対する略奪や大量強姦を謝罪せよ!
韓国・朝鮮人!!!

竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記 ハードカバー – 2013/7/11

Bamboo


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2016/10/28

沖縄のヘリパッド反対派は土人なのか?論より証拠!


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沖縄のヘリパッド反対派は「土人」なのか?
論より証拠!
以下の画像をご覧ください!!!

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Okinawa_boukou

「市民」と言うより「過激派!」でしょう。

こういう連中に「平和」とか「反戦」を口にしてほしくない!

サルにも劣る!


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2016/10/20

気をつけよう!甘い言葉と共産党!


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日本共産党は不思議な政党でね。
1945年から1955年の六全協までの歴史が空白なんですよ。
なぜかと言えば、六全協までは武力革命を目指していたからで、「平和の党」になった今からすれば都合が悪い。 この時に見捨てられた学生細胞が、そののちに党(パルタイ)に対抗して同盟(ブント)を作り、私の大先輩になるわけです。
つまり、この六全協が共産党が「暴力集団」と非難する過激派の始まり。

1964年の中国の核実験について
「元来、社会主義国の核保有は帝国主義国のそれとは根本的にその性格を異にし、常に戦争に対する平和の力として大きく作用しているのであります」
と言っていたのに、いつの間にやら「あらゆる国の核実験に反対」になった。
これまた、ご都合主義の「平和の党」ですよね。

私が学生のころ(=左翼のころ)、共産党はプロレタリア独裁(労働者階級独裁)を捨てていなかった。
が、選挙で議席が伸びてくると、「プロレタリア執権」になり、それさえもいつの間にか消えて「民主主義の旗手」になった。
ここまでくると、ご都合主義ではなくて「いい加減」、言葉を変えれば「うそつき」ですよ。

平和とか民主主義とか力説するけど、1970年ごろまでは日米安保を破棄し自衛隊を解散した後は「対米従属ではない戦力としての自衛戦力」を作ると言っていたな。
それが、今や平和と民主主義の代表選手になり、安倍政権を「戦争ができる国にした」と言って批判している。
もともとが暴力肯定の組織なのによく言うよね。

そもそも共産党の組織原則は「民主集中制」と言って、典型的な上意下達、指導部が決めたことには絶対服従、異論・反論は「反党分子、裏切り者」として永久追放。
さすがに今は口汚く罵るだけだが、その昔はボコボコにされることもありましたから怖い政党ですね。

こういう政党が、先の参院選で601万6千票(得票率10・74%・比例代表)も得票したわけですから注意、注意、大注意。
投票した人の10人に一人が共産党支持なんだから。
自民一強、安倍一強などと浮かれてはなりません。

Kyosanto2_2

気をつけよう!甘い言葉と共産党!
です!!!



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2016/08/14

SEALDsが15日解散するようだ。 感慨深いものがある


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SEALDsが15日(明日)解散するようだ。
感慨深いものがあるね。
2015年7月、自民党の本部関係の方が私のTweetをRTして、私と共に日刊ゲンダイに名指しで叩かれ、炎上して削除に追い込まれた。
私自身のTweetも、珍しく400RTを超えた。
でも、ネットでは私のTweetを支持する声が圧倒的だった...
「事実だ!」と。

~以下が私のTweet~

民青+過激派+在日+在日系チンピラの混成部隊、これがSEALDsの実態である。全労連(共産党)の街宣車をSEALDsが使っていることが判明した。SEALDs_KANSAIには、あの殺人者集団=中核派が参加していることが確認できた。

~リンクは日刊ゲンダイに叩かれたTweetそのもの(証拠写真付き)~



Nikan_gendai


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2016/08/13

なぜ、日本の左派は「反日」なのか?


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昨日のエントリに対し、読者の方から次のようなコメントをいただいた。

なぜ、日本の左派は「反日」なのか?以前からずっと疑問だったのですが、最近、山本七平の本「『常識』の非常識」の一節を読んで何となくその理由がわかったような気がします。

なぜ日本の野党は「反国家」なのか?~占領軍の検閲が残した影響とは~

ブログを拝見して、大変参考になったので、まずはお礼申し上げたい。
で、今日は、この「なぜ、日本の左派は『反日』なのか?」について、私なりの見解を述べてみたい。この疑問を解き明かすのは、元極左である私にとって、ふさわしい作業であると思うからだ。

昨日のエントリでも書いたが、欧米の左派は、国益を害する国家に共鳴したり同情したりしない。自国の安全保障をないがしろにするような主張をしない。
米国の左派はリベラルだが、星条旗(国旗)に忠誠を誓う。フランス社会党も英国労働党もドイツ社民党も同様である。もともとは共産党を母体とするイタリアの左翼民主党(現・民主党)ですらそうだった。

ところが、日本の左派は違う。昨日のエントリでも指摘したが、民主党の「リベラルの会」ごときは、「金正日マンセー」の議員が代表世話人を務めている。社民党は「北朝鮮による拉致事件はデッチアゲ」と長い間主張していた。共産党も北朝鮮には批判的だが、靖国神社参拝問題や従軍慰安婦問題では中国や韓国と歩調をそろえる。

日本の左派は、日中友好、あるいは日韓友好を唱える。が、東シナ海のガス田問題では中国に対して沈黙し、竹島領有権問題では韓国に対して沈黙する。
いずれも国家主権と領土に絡む問題なのに、日本の左派はこれらの問題に極めて冷淡なのだ。こんなことは、他の国では考えられないことである。

なぜ、日本の左派はわが国の国益に対して冷淡で、逆に外国の日本批判に同調するのか?それは、山本七平氏も書いているが、日本の左派が「反政府」ではなく「反国家」だからである。そう認識すれば、左派が、わが国の国益を害する国家に共鳴したり同情したりすることも、自国の安全保障をないがしろにするような主張をすることも理解できる。

私も、日本の左派が「反政府」、つまり政府の政策を批判する―のではなく、国家のあり方そのものを否定するような「反国家」になったのは、山本七平氏が指摘するように戦後の米国による占領政策が大きく影響していると思う。
米国は、戦前の日本を、民主主義とは無縁の全体主義国家として捉えていた。そして、その全体主義体制を支えていたのが「狂信的右翼的超国家思想(山本氏)」であると考えていた。そこで、米国は、この超国家思想と超国家主義者を一掃することが日本の民主化のためには不可欠と考えたのだ。
で、米国が最初にやったことは、超国家思想の対極にある日本共産党の利用である。

当時、共産党は米占領軍を「解放軍」と規定していた。米占領軍も、日本の民主化のためには労働運動が欠かせないと考え、共産党にその役割を期待した。つまり、米占領軍と共産党は蜜月関係にあったのである。
結果、終戦翌年の1946年には国鉄労組が50万名、全逓信労組が40万名、民間の労組は合計70万名に達した。同年9月には全官公労が結成され、11月には260万人に膨れ上がった。そして、この多くが共産党とその指導下にあった産別会議の影響下におかれた。

わが国に、反国家思想が本格的に浸透したのはこの時期である。が、共産党と米占領軍の蜜月関係は長くは続かなかった。
共産党と産別会議は、1947年2月にゼネラル・ストライキ(ゼネスト)の実施を計画した。が、これが米占領軍の強制力によって中止に追い込まれるのである。理由は、ゼネストにより社会不安が高まることを恐れたためである。が、それは表向きで、実際は、冷戦の兆しを感じていた米国が、日本をアジアにおける共産化の防波堤にしようと考え始めていた事の方が大きい。
つまり、これ以上、共産党の影響力が拡大することを脅威に感じたのである。

1949年に中華人民共和国が成立すると、マッカーサー総司令官は共産党の非合法化を示唆するようになった。そして、5月に皇居前広場において起きた人民広場事件を契機に、徳田球一共産党書記長以下の幹部多数を公職追放し、機関紙「アカハタ」を停刊処分にした。
こうした流れのなかで、7月以降、官公庁や民間企業において、共産党員とその支持者とみなされた人びとが次々に退職させられたのである。その数は1万人を超えた(いわゆるレッド・パージ)。

米占領軍が行なったのは、それだけではない。共産党主導下の産別会議の中に、反共産党の産別民主化同盟(民同)を結成させ、レッド・パージなどで弱体化した共産党勢力から労働運動の主導権を奪取させたのである。
この民同が、日本労働組合総評議会(総評)の結成につながった。
が、米占領軍は、ここで大きな勘違いを起こしていた。民同と、その後継者である総評の中にも、そして総評が全面的に支えていた日本社会党の中にも共産主義者がいたのである。

~血のメーデー事件~May_day

以前のエントリでも書いたが、戦前の共産主義には2つの潮流があった。講座派と労農派である。で、この講座派と労農派は激しく対立した。
講座派と労農派の違いは、講座派がブルジョワ民主主義革命の後に社会主義革命が起こる(2段階革命論)としたのに対し、労農派は来るべき革命は社会主義革命であるとした点にある。そして、講座派は後の日本共産党であり、労農派は社会主義協会のルーツになった。
共産党は国際共産主義運動の一翼を担い、暴力革命を目指した。一方、社会主義協会は国際共産主義運動と距離をおき、議会を通じた平和革命を目指した。そして、社会主義協会のメンバーは日本社会党に入党し、その主流派になった(社会党の綱領的文書とされた「日本における社会主義への道」は社会主義協会の影響が大きい)。
つまり、米占領軍と日本政府は、共産党を排除し、その力を殺いだつもりになっていたが、実は野党第一党の主流派に、あるいは産別会議に取って代わった総評の中核に反日本共産党(反日共)の共産主義者が浸透していることを見逃していたのだ(いや、分かっていて、あえてそうしたのかもしれないが)。

米占領軍は、戦前の日本を全否定することに全力をあげた。大東亜戦争を「悪」と規定し、戦争指導者を罪人として裁いた。米国がもたらした民主主義の素晴らしさが強調される一方で、戦前の体制、価値観はことごとく否定された。
これに、有史以来、初めて敗戦し、外国の軍隊に国土を占領されて茫然自失の状態だった国民は、なすすべもなく洗脳されていく。

米占領軍の指令で結成された教員組合は、またたく間に共産党の支配下におかれる。そして教師たちは、米占領軍公認の下(もと)に、戦前の体制や価値観を否定することに励んだ。いったんはレッド・パージで共産党勢力が排除されたが、その跡を反日共の共産主義者が襲ったのであるから偏向教育は改められることはなかった。

米占領軍が終戦直後に共産党を重用した結果、日本社会に「反国家」「反体制」派が急増した。で、冷戦の兆候に危機感を抱いた米占領軍は、今度は逆に共産党排除に乗り出した。が、共産党排除のために後押しした民同=総評及び社会党の中核部分に反日共の共産主義者がいたのだ。
しかも、米占領軍が行なった「戦前の日本の否定」を教育現場で共産党が、共産党が衰退した後は、反日共の共産主義者たちが、さらに徹底して実践した。
その結果、日本人の3分の1近くが「反国家」「反体制」の社会党を支持するようになった。

ここにおいて、日本の左派(野党)は、「反政府」ではなく「反国家」がその主流になってしまったのである。
「反国家」「反体制」、つまり革命を目指しているのであるから「国益」なんて関係ない。国家の安全保障なんて何の意味も持たない。むしろ、国家を攻撃する勢力が頼もしい味方である。
だから日本の左派は、わが国の国益を害する国家に共鳴したり同情したりする。自国の安全保障をないがしろにするような主張を平然とする。

結局、日本の左派は、戦後一貫して共産党と反日共の共産主義者が主流だったのである。これは米占領軍が最初は共産党に、その後は反日共の共産主義者に肩入れしたことが大きく影響している。
結果、わが国では健全な左派=社会民主主義が育たなかった。おかげで、本来は保守であるべき自民党の中に社会民主主義的体質を持つ政治勢力が生まれるという現象も起きた。そして、この自民党内の社会民主主義的体質を持つ政治勢力も、また、米占領軍による洗脳から逃れられないでいるのである。
今の日本政治の混沌は、突き詰めればここにある。

戦後日本政治が、保守を中心とする勢力と、「反国家」「反体制」を標榜する政治勢力の対峙でしかなかったことは、わが国にとって大きな不幸だったと思う。


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このエントリは2008/10/12の再掲です。

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2016/08/12

石原ボケ老人の厚化粧発言は共産党に言ってほしかった


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石原ボケ老人が、小池さんを「厚化粧の大年増」と罵倒し、これで20万票が減ったと批判されています(爆) が、これは、日本共産党に向けてほしかったですね。
厚化粧も大年増も共産党にピッタリ。

日本共産党は、私が若いころ2段階革命論を唱えていました。
まず米帝国主義に従属する日本の独占資本を打倒して民族独立民主革命(民民革命)を実現する。
そして、その後に社会主義革命を目指すと。

ここでは、民主も民族も日本共産党の独善的定義であり、そこにはは「真の民主や民族」はありません。
要は、日本共産党が主導権を取るためのプロパガンダです。

そもそも共産党は「プロレタリア独裁」を「プロレタリア執権」と言い換えただけで、「独裁」を否定せず、天皇(制)の廃止と自衛隊解散、日米安保破棄を未だに掲げております。
こんなカルト政党と共闘する民主党は、もう未来がありません。

共産党は厚化粧をさらに上塗りし、弱者に取り入って勢力を伸ばしております。
曰く「平和憲法を守れ!」「立憲主義の破壊を許すな!」「弱者切り捨てのアベノミクス!」

反日変態左翼は二分法、あるいは白黒思考が好きです。
なぜなら誰だって「戦争より平和がいい」「不平等より平等がいい」からです。
が、平和や平等と最も遠いのが共産主義です。

そういう政党と共闘する民主党...
もうこの政党は終わっています。
今一度、仕切り直して、国益中心の政治に野党も含めて回帰してほしい...
そう念願いたします。

と書いたものの、蓮舫氏が本命で対抗が前原誠司氏では、「国益中心の政治」に回帰するなんて無理でしょうね。
腐っても鯛が自民党なら、駑馬と駄馬が合流したのが民進党。
カルト共産党の支援がなければ自立歩行もできません。

やはり、今の日本国は安倍総理に任せるほかありませんね。
これからも安倍内閣を応援しつつ、厚化粧の下に隠された日本共産党の危険な本質を暴いていきたいと思っております。

下の画像は、共産党の未来↓

Kyousanto6


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2016/08/03

権力の陰謀について語ろう


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私は、6月19日付の「陰謀論に踊る民主党」で、植草一秀氏の痴漢・逮捕事件や9.11同時テロを「陰謀」と叫ぶ者たちを一笑に付した。
それは、論拠があまりに荒唐無稽で、事実と乖離しているからである。
もちろん世に陰謀や謀略は数多く存在する。
が、それを見抜くには政治的実践に基づく経験と学習が必要である。
経験も学習もないから、チンケな陰謀論に踊らされるのだ。

では、陰謀や謀略とはどういうものか?
今日は、私の身近にあった陰謀、謀略について書いてみたい。

私は高校生のころ、共産同赤軍派のシンパ、と言うよりファンだった。
その憧れの赤軍派は、1969年11月5日の大菩薩峠事件でほぼ壊滅した。
共産同からの分派、赤軍派結成から半年も経たずに。
この事件で、赤軍派は精鋭部隊のほとんどを逮捕されたのであるが、この時、公安警察を大菩薩峠に導いた者(内通者)が赤軍派の内部にいたのである。

私は、その後、「赤軍派に行きたいけど行けなかった」者たちの組織、共産同戦旗派に所属することになった。
が、この戦旗派も1972年5月13日の「御茶の水解放区闘争」で大量の逮捕者を出し、その後、四つに分裂、一気に勢いを失くした。
当時の戦旗派の最高指導者であった荒岱介(日向翔)氏は、この大量逮捕から四分裂に至る過程について
「私たちの組織の分裂劇の真相は新左翼運動の中でも謎とされている。このあたりは今でも多くを書けない暗闇の部分がある。私は病床にあったのでわからない部分も多い。その当時の人間が墓場まで持っていくべきことなのかもしれない」
と著書の中で書いている。
「今でも多くを書けない暗闇の部分」―
これは、戦旗派の上層部に「公安警察の内通者がいた」ということだ、と私は確信している。

19720513_meidaistreet 1972年5月13日の明大通り 私の最後の武闘

以上は、権力による「陰謀」と言うより「謀略」に近いものだが、「陰謀」と呼ぶにふさわしい出来事もある。
それは中核派と革マル派の革共同両派による内ゲバである。
この両派による内ゲバで、双方合わせて100名近い死者と数千人に及ぶ負傷者(廃人同様も多数)が出ている。
で、当時の私は、これを共産主義者に特有の暴力的党派闘争(テロ)と捉えていた。
が、立花隆氏の「中核vs革マル」(上下巻)を読んで完全に見方が変わった。
これは、当時、過激派で最大の勢力を誇っていた革共同両派に消耗戦を強いるための陰謀であると……
内ゲバを担っていたのは、中核派の革命軍、あるいは革マル派の全学連特別行動隊(JAC)であるが、その数はいずれも数百名(200~300名)に過ぎない。
非公然組織とはいえ、日本の公安警察がそのメンバーを特定できないはずがない。
にもかかわらず、警察は殺人の実行犯を一人も検挙しなかった。
そして、両派が秘かに手打ちすると、急に秘密アジトや非公然活動家を摘発、検挙するようになった。
革共同両派はこの内ゲバで急速に勢力を衰退させた。
中核派は今や四分五裂の状態だし、革マル派も党官僚(学生運動中心)と労働運動派(JR総連など)に事実上分裂している。
また、両派の内ゲバに嫌気して、数多くの極左シンパが戦線から離脱した。
まさに、権力側が狙っていた状況が実現したのである。

革共同両派による内ゲバが、別の角度から見ると「権力による陰謀」であったと認識できた私は、さらに大きな権力による陰謀を自覚することになる。
それは、1960年代後半から70年代初頭にかけての、私もその一員であった過激派による運動の高揚である。
当時の日本は、東京や大阪などの主要な地方自治体のほとんどで日本共産党が与党の座にあった。
また、大学の学生自治会の多くも、共産党の下部組織である民主青年同盟(民青)が執行部を掌握していた。
この民青から学生運動の主導権を奪取したのが過激派であり全共闘運動だった。
過激派も全共闘も反日本共産党で、それに対する敵意は対権力以上のものがあった。
つまり、東西冷戦下において、共産党の勢力をそぐ、そのために過激派を泳がせていたのである。
要は、私も含めて、過激派は権力の掌中で踊っていたに過ぎないのだ。

部落解放同盟(解同)も同様である。
1960年代、解同内は共産党系勢力がかなりの割合を占めていた。
特に青年部では共産党系が多数派だった。
これに対し権力は、解同分裂後、同和対策事業特別措置法(同対法)に基づく同和対策事業の窓口を解同主流派(反共産党)に一本化したのである。
つまり、権力による同和対策事業からの共産党勢力の強制排除が行われたのだ。
権力の後ろ盾を得たその後の解同は横暴を極め、一部は山口組などの闇勢力とも結託していく。
並行して、メディアに対する事実上の報道管制も敷かれた。
この解同の闇の部分が暴かれ、メディアが報道するようになったのは、共産圏が崩壊し、共産党の勢力が明らかに退潮し始めた後からである。

冷戦下において、日本の最大の脅威は毛沢東率いる中共であり、他方ではソ連であった。
そして、国内において、公安警察の最大の敵は日本共産党だった。
オウム真理教に対する警察の捜査が後手に回ったのは、殺害された坂本堤弁護士が共産党系であったことが大きく影響している。
坂本弁護士が所属していた横浜法律事務所は、神奈川県警の公安部による「日本共産党幹部宅盗聴事件」を追及していたのである。
だから、現場にオウム真理教のバッジが落ちていたにもかかわらず、神奈川県警は「事件性なし」として、捜査を行わなかった。
この一件を見ても、いかに日本の公安警察が共産党を敵視しているかが解る。

以上が、私が身近に感じてきた権力の陰謀、あるいは謀略であるが、今の私は、坂本弁護士事件を除いて、権力側が取った行動は正しかったと思うし、少なくとも、当時の国際情勢や国内情勢を鑑みれば「仕方のないことだった」と考える。
やはり、当時の日本においては、国内の最大の脅威は日本共産党であった、ということは間違いない。

私は元極左であったことを自己批判しているし、既に左翼思想を完全に克服している。
したがって、今日のこのエントリは権力を批判するために書いたのではない。
権力とはこういうものだ、ということを知ってもらいたかっただけである。


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【追記】
このエントリは2010/06/23の再掲です。

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