左翼&共産主義

2016/10/28

沖縄のヘリパッド反対派は土人なのか?論より証拠!


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沖縄のヘリパッド反対派は「土人」なのか?
論より証拠!
以下の画像をご覧ください!!!

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Okinawa_boukou

「市民」と言うより「過激派!」でしょう。

こういう連中に「平和」とか「反戦」を口にしてほしくない!

サルにも劣る!


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2016/10/20

気をつけよう!甘い言葉と共産党!


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日本共産党は不思議な政党でね。
1945年から1955年の六全協までの歴史が空白なんですよ。
なぜかと言えば、六全協までは武力革命を目指していたからで、「平和の党」になった今からすれば都合が悪い。 この時に見捨てられた学生細胞が、そののちに党(パルタイ)に対抗して同盟(ブント)を作り、私の大先輩になるわけです。
つまり、この六全協が共産党が「暴力集団」と非難する過激派の始まり。

1964年の中国の核実験について
「元来、社会主義国の核保有は帝国主義国のそれとは根本的にその性格を異にし、常に戦争に対する平和の力として大きく作用しているのであります」
と言っていたのに、いつの間にやら「あらゆる国の核実験に反対」になった。
これまた、ご都合主義の「平和の党」ですよね。

私が学生のころ(=左翼のころ)、共産党はプロレタリア独裁(労働者階級独裁)を捨てていなかった。
が、選挙で議席が伸びてくると、「プロレタリア執権」になり、それさえもいつの間にか消えて「民主主義の旗手」になった。
ここまでくると、ご都合主義ではなくて「いい加減」、言葉を変えれば「うそつき」ですよ。

平和とか民主主義とか力説するけど、1970年ごろまでは日米安保を破棄し自衛隊を解散した後は「対米従属ではない戦力としての自衛戦力」を作ると言っていたな。
それが、今や平和と民主主義の代表選手になり、安倍政権を「戦争ができる国にした」と言って批判している。
もともとが暴力肯定の組織なのによく言うよね。

そもそも共産党の組織原則は「民主集中制」と言って、典型的な上意下達、指導部が決めたことには絶対服従、異論・反論は「反党分子、裏切り者」として永久追放。
さすがに今は口汚く罵るだけだが、その昔はボコボコにされることもありましたから怖い政党ですね。

こういう政党が、先の参院選で601万6千票(得票率10・74%・比例代表)も得票したわけですから注意、注意、大注意。
投票した人の10人に一人が共産党支持なんだから。
自民一強、安倍一強などと浮かれてはなりません。

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気をつけよう!甘い言葉と共産党!
です!!!



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2016/08/14

SEALDsが15日解散するようだ。 感慨深いものがある


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SEALDsが15日(明日)解散するようだ。
感慨深いものがあるね。
2015年7月、自民党の本部関係の方が私のTweetをRTして、私と共に日刊ゲンダイに名指しで叩かれ、炎上して削除に追い込まれた。
私自身のTweetも、珍しく400RTを超えた。
でも、ネットでは私のTweetを支持する声が圧倒的だった...
「事実だ!」と。

~以下が私のTweet~

民青+過激派+在日+在日系チンピラの混成部隊、これがSEALDsの実態である。全労連(共産党)の街宣車をSEALDsが使っていることが判明した。SEALDs_KANSAIには、あの殺人者集団=中核派が参加していることが確認できた。

~リンクは日刊ゲンダイに叩かれたTweetそのもの(証拠写真付き)~



Nikan_gendai


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2016/08/13

なぜ、日本の左派は「反日」なのか?


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昨日のエントリに対し、読者の方から次のようなコメントをいただいた。

なぜ、日本の左派は「反日」なのか?以前からずっと疑問だったのですが、最近、山本七平の本「『常識』の非常識」の一節を読んで何となくその理由がわかったような気がします。

なぜ日本の野党は「反国家」なのか?~占領軍の検閲が残した影響とは~

ブログを拝見して、大変参考になったので、まずはお礼申し上げたい。
で、今日は、この「なぜ、日本の左派は『反日』なのか?」について、私なりの見解を述べてみたい。この疑問を解き明かすのは、元極左である私にとって、ふさわしい作業であると思うからだ。

昨日のエントリでも書いたが、欧米の左派は、国益を害する国家に共鳴したり同情したりしない。自国の安全保障をないがしろにするような主張をしない。
米国の左派はリベラルだが、星条旗(国旗)に忠誠を誓う。フランス社会党も英国労働党もドイツ社民党も同様である。もともとは共産党を母体とするイタリアの左翼民主党(現・民主党)ですらそうだった。

ところが、日本の左派は違う。昨日のエントリでも指摘したが、民主党の「リベラルの会」ごときは、「金正日マンセー」の議員が代表世話人を務めている。社民党は「北朝鮮による拉致事件はデッチアゲ」と長い間主張していた。共産党も北朝鮮には批判的だが、靖国神社参拝問題や従軍慰安婦問題では中国や韓国と歩調をそろえる。

日本の左派は、日中友好、あるいは日韓友好を唱える。が、東シナ海のガス田問題では中国に対して沈黙し、竹島領有権問題では韓国に対して沈黙する。
いずれも国家主権と領土に絡む問題なのに、日本の左派はこれらの問題に極めて冷淡なのだ。こんなことは、他の国では考えられないことである。

なぜ、日本の左派はわが国の国益に対して冷淡で、逆に外国の日本批判に同調するのか?それは、山本七平氏も書いているが、日本の左派が「反政府」ではなく「反国家」だからである。そう認識すれば、左派が、わが国の国益を害する国家に共鳴したり同情したりすることも、自国の安全保障をないがしろにするような主張をすることも理解できる。

私も、日本の左派が「反政府」、つまり政府の政策を批判する―のではなく、国家のあり方そのものを否定するような「反国家」になったのは、山本七平氏が指摘するように戦後の米国による占領政策が大きく影響していると思う。
米国は、戦前の日本を、民主主義とは無縁の全体主義国家として捉えていた。そして、その全体主義体制を支えていたのが「狂信的右翼的超国家思想(山本氏)」であると考えていた。そこで、米国は、この超国家思想と超国家主義者を一掃することが日本の民主化のためには不可欠と考えたのだ。
で、米国が最初にやったことは、超国家思想の対極にある日本共産党の利用である。

当時、共産党は米占領軍を「解放軍」と規定していた。米占領軍も、日本の民主化のためには労働運動が欠かせないと考え、共産党にその役割を期待した。つまり、米占領軍と共産党は蜜月関係にあったのである。
結果、終戦翌年の1946年には国鉄労組が50万名、全逓信労組が40万名、民間の労組は合計70万名に達した。同年9月には全官公労が結成され、11月には260万人に膨れ上がった。そして、この多くが共産党とその指導下にあった産別会議の影響下におかれた。

わが国に、反国家思想が本格的に浸透したのはこの時期である。が、共産党と米占領軍の蜜月関係は長くは続かなかった。
共産党と産別会議は、1947年2月にゼネラル・ストライキ(ゼネスト)の実施を計画した。が、これが米占領軍の強制力によって中止に追い込まれるのである。理由は、ゼネストにより社会不安が高まることを恐れたためである。が、それは表向きで、実際は、冷戦の兆しを感じていた米国が、日本をアジアにおける共産化の防波堤にしようと考え始めていた事の方が大きい。
つまり、これ以上、共産党の影響力が拡大することを脅威に感じたのである。

1949年に中華人民共和国が成立すると、マッカーサー総司令官は共産党の非合法化を示唆するようになった。そして、5月に皇居前広場において起きた人民広場事件を契機に、徳田球一共産党書記長以下の幹部多数を公職追放し、機関紙「アカハタ」を停刊処分にした。
こうした流れのなかで、7月以降、官公庁や民間企業において、共産党員とその支持者とみなされた人びとが次々に退職させられたのである。その数は1万人を超えた(いわゆるレッド・パージ)。

米占領軍が行なったのは、それだけではない。共産党主導下の産別会議の中に、反共産党の産別民主化同盟(民同)を結成させ、レッド・パージなどで弱体化した共産党勢力から労働運動の主導権を奪取させたのである。
この民同が、日本労働組合総評議会(総評)の結成につながった。
が、米占領軍は、ここで大きな勘違いを起こしていた。民同と、その後継者である総評の中にも、そして総評が全面的に支えていた日本社会党の中にも共産主義者がいたのである。

~血のメーデー事件~May_day

以前のエントリでも書いたが、戦前の共産主義には2つの潮流があった。講座派と労農派である。で、この講座派と労農派は激しく対立した。
講座派と労農派の違いは、講座派がブルジョワ民主主義革命の後に社会主義革命が起こる(2段階革命論)としたのに対し、労農派は来るべき革命は社会主義革命であるとした点にある。そして、講座派は後の日本共産党であり、労農派は社会主義協会のルーツになった。
共産党は国際共産主義運動の一翼を担い、暴力革命を目指した。一方、社会主義協会は国際共産主義運動と距離をおき、議会を通じた平和革命を目指した。そして、社会主義協会のメンバーは日本社会党に入党し、その主流派になった(社会党の綱領的文書とされた「日本における社会主義への道」は社会主義協会の影響が大きい)。
つまり、米占領軍と日本政府は、共産党を排除し、その力を殺いだつもりになっていたが、実は野党第一党の主流派に、あるいは産別会議に取って代わった総評の中核に反日本共産党(反日共)の共産主義者が浸透していることを見逃していたのだ(いや、分かっていて、あえてそうしたのかもしれないが)。

米占領軍は、戦前の日本を全否定することに全力をあげた。大東亜戦争を「悪」と規定し、戦争指導者を罪人として裁いた。米国がもたらした民主主義の素晴らしさが強調される一方で、戦前の体制、価値観はことごとく否定された。
これに、有史以来、初めて敗戦し、外国の軍隊に国土を占領されて茫然自失の状態だった国民は、なすすべもなく洗脳されていく。

米占領軍の指令で結成された教員組合は、またたく間に共産党の支配下におかれる。そして教師たちは、米占領軍公認の下(もと)に、戦前の体制や価値観を否定することに励んだ。いったんはレッド・パージで共産党勢力が排除されたが、その跡を反日共の共産主義者が襲ったのであるから偏向教育は改められることはなかった。

米占領軍が終戦直後に共産党を重用した結果、日本社会に「反国家」「反体制」派が急増した。で、冷戦の兆候に危機感を抱いた米占領軍は、今度は逆に共産党排除に乗り出した。が、共産党排除のために後押しした民同=総評及び社会党の中核部分に反日共の共産主義者がいたのだ。
しかも、米占領軍が行なった「戦前の日本の否定」を教育現場で共産党が、共産党が衰退した後は、反日共の共産主義者たちが、さらに徹底して実践した。
その結果、日本人の3分の1近くが「反国家」「反体制」の社会党を支持するようになった。

ここにおいて、日本の左派(野党)は、「反政府」ではなく「反国家」がその主流になってしまったのである。
「反国家」「反体制」、つまり革命を目指しているのであるから「国益」なんて関係ない。国家の安全保障なんて何の意味も持たない。むしろ、国家を攻撃する勢力が頼もしい味方である。
だから日本の左派は、わが国の国益を害する国家に共鳴したり同情したりする。自国の安全保障をないがしろにするような主張を平然とする。

結局、日本の左派は、戦後一貫して共産党と反日共の共産主義者が主流だったのである。これは米占領軍が最初は共産党に、その後は反日共の共産主義者に肩入れしたことが大きく影響している。
結果、わが国では健全な左派=社会民主主義が育たなかった。おかげで、本来は保守であるべき自民党の中に社会民主主義的体質を持つ政治勢力が生まれるという現象も起きた。そして、この自民党内の社会民主主義的体質を持つ政治勢力も、また、米占領軍による洗脳から逃れられないでいるのである。
今の日本政治の混沌は、突き詰めればここにある。

戦後日本政治が、保守を中心とする勢力と、「反国家」「反体制」を標榜する政治勢力の対峙でしかなかったことは、わが国にとって大きな不幸だったと思う。


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このエントリは2008/10/12の再掲です。

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2016/08/12

石原ボケ老人の厚化粧発言は共産党に言ってほしかった


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石原ボケ老人が、小池さんを「厚化粧の大年増」と罵倒し、これで20万票が減ったと批判されています(爆) が、これは、日本共産党に向けてほしかったですね。
厚化粧も大年増も共産党にピッタリ。

日本共産党は、私が若いころ2段階革命論を唱えていました。
まず米帝国主義に従属する日本の独占資本を打倒して民族独立民主革命(民民革命)を実現する。
そして、その後に社会主義革命を目指すと。

ここでは、民主も民族も日本共産党の独善的定義であり、そこにはは「真の民主や民族」はありません。
要は、日本共産党が主導権を取るためのプロパガンダです。

そもそも共産党は「プロレタリア独裁」を「プロレタリア執権」と言い換えただけで、「独裁」を否定せず、天皇(制)の廃止と自衛隊解散、日米安保破棄を未だに掲げております。
こんなカルト政党と共闘する民主党は、もう未来がありません。

共産党は厚化粧をさらに上塗りし、弱者に取り入って勢力を伸ばしております。
曰く「平和憲法を守れ!」「立憲主義の破壊を許すな!」「弱者切り捨てのアベノミクス!」

反日変態左翼は二分法、あるいは白黒思考が好きです。
なぜなら誰だって「戦争より平和がいい」「不平等より平等がいい」からです。
が、平和や平等と最も遠いのが共産主義です。

そういう政党と共闘する民主党...
もうこの政党は終わっています。
今一度、仕切り直して、国益中心の政治に野党も含めて回帰してほしい...
そう念願いたします。

と書いたものの、蓮舫氏が本命で対抗が前原誠司氏では、「国益中心の政治」に回帰するなんて無理でしょうね。
腐っても鯛が自民党なら、駑馬と駄馬が合流したのが民進党。
カルト共産党の支援がなければ自立歩行もできません。

やはり、今の日本国は安倍総理に任せるほかありませんね。
これからも安倍内閣を応援しつつ、厚化粧の下に隠された日本共産党の危険な本質を暴いていきたいと思っております。

下の画像は、共産党の未来↓

Kyousanto6


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2016/08/03

権力の陰謀について語ろう


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私は、6月19日付の「陰謀論に踊る民主党」で、植草一秀氏の痴漢・逮捕事件や9.11同時テロを「陰謀」と叫ぶ者たちを一笑に付した。
それは、論拠があまりに荒唐無稽で、事実と乖離しているからである。
もちろん世に陰謀や謀略は数多く存在する。
が、それを見抜くには政治的実践に基づく経験と学習が必要である。
経験も学習もないから、チンケな陰謀論に踊らされるのだ。

では、陰謀や謀略とはどういうものか?
今日は、私の身近にあった陰謀、謀略について書いてみたい。

私は高校生のころ、共産同赤軍派のシンパ、と言うよりファンだった。
その憧れの赤軍派は、1969年11月5日の大菩薩峠事件でほぼ壊滅した。
共産同からの分派、赤軍派結成から半年も経たずに。
この事件で、赤軍派は精鋭部隊のほとんどを逮捕されたのであるが、この時、公安警察を大菩薩峠に導いた者(内通者)が赤軍派の内部にいたのである。

私は、その後、「赤軍派に行きたいけど行けなかった」者たちの組織、共産同戦旗派に所属することになった。
が、この戦旗派も1972年5月13日の「御茶の水解放区闘争」で大量の逮捕者を出し、その後、四つに分裂、一気に勢いを失くした。
当時の戦旗派の最高指導者であった荒岱介(日向翔)氏は、この大量逮捕から四分裂に至る過程について
「私たちの組織の分裂劇の真相は新左翼運動の中でも謎とされている。このあたりは今でも多くを書けない暗闇の部分がある。私は病床にあったのでわからない部分も多い。その当時の人間が墓場まで持っていくべきことなのかもしれない」
と著書の中で書いている。
「今でも多くを書けない暗闇の部分」―
これは、戦旗派の上層部に「公安警察の内通者がいた」ということだ、と私は確信している。

19720513_meidaistreet 1972年5月13日の明大通り 私の最後の武闘

以上は、権力による「陰謀」と言うより「謀略」に近いものだが、「陰謀」と呼ぶにふさわしい出来事もある。
それは中核派と革マル派の革共同両派による内ゲバである。
この両派による内ゲバで、双方合わせて100名近い死者と数千人に及ぶ負傷者(廃人同様も多数)が出ている。
で、当時の私は、これを共産主義者に特有の暴力的党派闘争(テロ)と捉えていた。
が、立花隆氏の「中核vs革マル」(上下巻)を読んで完全に見方が変わった。
これは、当時、過激派で最大の勢力を誇っていた革共同両派に消耗戦を強いるための陰謀であると……
内ゲバを担っていたのは、中核派の革命軍、あるいは革マル派の全学連特別行動隊(JAC)であるが、その数はいずれも数百名(200~300名)に過ぎない。
非公然組織とはいえ、日本の公安警察がそのメンバーを特定できないはずがない。
にもかかわらず、警察は殺人の実行犯を一人も検挙しなかった。
そして、両派が秘かに手打ちすると、急に秘密アジトや非公然活動家を摘発、検挙するようになった。
革共同両派はこの内ゲバで急速に勢力を衰退させた。
中核派は今や四分五裂の状態だし、革マル派も党官僚(学生運動中心)と労働運動派(JR総連など)に事実上分裂している。
また、両派の内ゲバに嫌気して、数多くの極左シンパが戦線から離脱した。
まさに、権力側が狙っていた状況が実現したのである。

革共同両派による内ゲバが、別の角度から見ると「権力による陰謀」であったと認識できた私は、さらに大きな権力による陰謀を自覚することになる。
それは、1960年代後半から70年代初頭にかけての、私もその一員であった過激派による運動の高揚である。
当時の日本は、東京や大阪などの主要な地方自治体のほとんどで日本共産党が与党の座にあった。
また、大学の学生自治会の多くも、共産党の下部組織である民主青年同盟(民青)が執行部を掌握していた。
この民青から学生運動の主導権を奪取したのが過激派であり全共闘運動だった。
過激派も全共闘も反日本共産党で、それに対する敵意は対権力以上のものがあった。
つまり、東西冷戦下において、共産党の勢力をそぐ、そのために過激派を泳がせていたのである。
要は、私も含めて、過激派は権力の掌中で踊っていたに過ぎないのだ。

部落解放同盟(解同)も同様である。
1960年代、解同内は共産党系勢力がかなりの割合を占めていた。
特に青年部では共産党系が多数派だった。
これに対し権力は、解同分裂後、同和対策事業特別措置法(同対法)に基づく同和対策事業の窓口を解同主流派(反共産党)に一本化したのである。
つまり、権力による同和対策事業からの共産党勢力の強制排除が行われたのだ。
権力の後ろ盾を得たその後の解同は横暴を極め、一部は山口組などの闇勢力とも結託していく。
並行して、メディアに対する事実上の報道管制も敷かれた。
この解同の闇の部分が暴かれ、メディアが報道するようになったのは、共産圏が崩壊し、共産党の勢力が明らかに退潮し始めた後からである。

冷戦下において、日本の最大の脅威は毛沢東率いる中共であり、他方ではソ連であった。
そして、国内において、公安警察の最大の敵は日本共産党だった。
オウム真理教に対する警察の捜査が後手に回ったのは、殺害された坂本堤弁護士が共産党系であったことが大きく影響している。
坂本弁護士が所属していた横浜法律事務所は、神奈川県警の公安部による「日本共産党幹部宅盗聴事件」を追及していたのである。
だから、現場にオウム真理教のバッジが落ちていたにもかかわらず、神奈川県警は「事件性なし」として、捜査を行わなかった。
この一件を見ても、いかに日本の公安警察が共産党を敵視しているかが解る。

以上が、私が身近に感じてきた権力の陰謀、あるいは謀略であるが、今の私は、坂本弁護士事件を除いて、権力側が取った行動は正しかったと思うし、少なくとも、当時の国際情勢や国内情勢を鑑みれば「仕方のないことだった」と考える。
やはり、当時の日本においては、国内の最大の脅威は日本共産党であった、ということは間違いない。

私は元極左であったことを自己批判しているし、既に左翼思想を完全に克服している。
したがって、今日のこのエントリは権力を批判するために書いたのではない。
権力とはこういうものだ、ということを知ってもらいたかっただけである。


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【追記】
このエントリは2010/06/23の再掲です。

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2016/07/25

JR東日本に巣食う「革マル派」というカルト


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今日は、我々が思いもつかぬところに巣食う極左勢力について言及しよう。
一般国民の日常生活に絡むところに潜む「国家の破壊活動をたくらむ勢力」―その最大のものはJR総連である。JR総連は傘下組合員6万1000人を誇り、JR連合(組合員7万5000人・右派)と並ぶJR労組内の一大勢力である。特にJR東日本では、経営側のバックアップもあって労組員の約8割を占め、圧倒的影響力を持っている。

この、日本を代表する公共交通機関であるJRの巨大労組が、なぜ国家の破壊活動をたくらむ勢力なのか?
それはJR総連が革マル派によって完全支配されているからである。

JR総連の前身は国鉄動力車労働組合(動労)である。この動労、国鉄民営化前は順法闘争やスト権ストを繰り広げ、「鬼の動労」の異名を取っていた。
で、このJR総連を革マル派が支配するようになったのは、元動労委員長で現JR総連・JR東労組顧問の松崎明氏抜きには語れない。

松崎氏は、1936年生まれ。1955年、国鉄入社。日本共産党に入党。1958年、(革マル派の教祖)黒田寛一氏と出会う。1959年、共産党を離党。革命的共産主義者同盟(革共同)に加入。
この松崎氏が、左翼運動及び労働運動の中で大きな存在感を発揮するようになるきっかけは、1963年の革共同分裂である。革共同が中核派と革マル派に分かれた時、松崎氏は黒田氏率いる革マル派についた。そして副議長(組織名:倉川篤・愛称:クラさん)になった。

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私が左翼だったころ(38年前)、松崎氏は動労東京地本の書記長だった。が、このとき既に、松崎氏は「動労の最高実力者」と言われていた。
この松崎氏、敵であったが、その卓抜した指導力とカリスマ性は認めざるをえない。この松崎氏の秀でた能力と革マル派の組織力(組織論)が一つになって、革マル派による動労支配が確立されていくのである。

革マル派というのは、新左翼(過激派)の中では異端とも言える存在だった。ほかのセクト(党派)が大衆闘争(学園闘争や街頭闘争)に力を入れていたのに対し、革マル派だけは、組織の強化(前衛党建設)にひたすら励んでいた。
彼らにとって大衆闘争は、組織を拡大するための手段でしかない。だから、国家権力と対峙する局面を迎えると、闘争より「組織の温存」を選んだ。東大闘争がその典型である。彼らは、あの安田講堂攻防戦の時、与えられた持ち場からこっそり抜け出した(=逃げ出した)のである。
だから、全共闘にも入れてもらえず、他党派と常に衝突した(内ゲバ)。特に中核派とは近親憎悪もあってか、「血で血を洗う」抗争を繰り広げ、双方合わせて100名近い死者と無数の重傷者を生み出した。

私が左翼に絶望した直接の原因は、妙義山の山岳アジトにおける連合赤軍による大量リンチ殺人であるが、これはまだ、追い詰められた末の、閉鎖空間における極限的な状況が生み出した面もあるという言い逃れができた。
しかし、革共同両派の内ゲバは、もう「アイツは革命の敵だ!敵は殺せ!」という論理でしかなかった。かつては同志だった者たちが、鉄パイプや金属バットで相手を滅多打ちにしたり、バールで頭蓋骨を打ち砕いたりする。
「人間の真の解放」「人間の真の平等」を叫ぶ連中がこんなことをする。私は、このとき、はっきりと「共産主義」というイデオロギーが“狂気”であることを認識した。

特に革マル派は、その独善性、排他性、意見の異なる者への攻撃性という点で、もう「共産主義」という名のカルト集団にすぎないと確信した。そして私は、きっぱりと「共産主義」と縁を切った。

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Dourou_kakumaru

革マル派が動労を支配できたのは、共産主義者(レーニン主義者)特有の狡猾さによる。当時の動労は日本社会党と総評(現・連合)の影響下にあった。で、社会党と総評は、ベトナム戦争の泥沼化を見て、「日米安保条約反対・ベトナム侵略戦争反対」を掲げてそのための青年組織を傘下の労組の中に作った。
その名を「反戦青年委員会」と言うのだが、新左翼(過激派)各派がここぞとばかりにこの反戦青年委員会に対して加入戦術を取るのである。そして、ほどなく、反戦青年委員会は過激派の影響下に収められ、総評の「鬼っ子」になっていく。

この反戦青年委員会で勢力を誇ったのが、中核派と革マル派である(我がブントは運動論はあったが組織論がなかったのでダメだった)。で、そのころの中核派は過激な街頭闘争を運動の軸にしていた。当然、反戦青年委員会に所属する労働者にも動員がかかる。が、革マル派は組織の強化(前衛党建設)が第一であるから、労働者を街頭闘争に参加させるような真似はけっしてしなかった。
その結果、中核派系の反戦青年委員会は多数の検挙者を出し弱体化したが、革マル派系のそれはかえって勢力を増すことになるのである。

しっかりと理論武装(洗脳)された革マル派の活動家たちにとって、社会党や総評系の幹部(ダラ幹)など赤子と同じだった。彼らは、総評の青年部を確実に侵食していった。
何しろカルト集団であるから、その生存能力と繁殖力は環境に恵まれれば極めて高い。で、動労、全逓(後のJPU)、全電通(現NTT労組)、日教組などの官公労組にその勢力を広げていく。

結局、JPUやNTT、日教組などの革マル派は、中核派による度重なる襲撃などによりその勢力を衰退させた。が、動労(JR総連)の革マル派だけは、松崎氏というカリスマの存在もあってその勢力が衰えることはなかった(九州や長野県は離反したが)。

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JR総連(革マル派)の危険性は、国鉄民営化の時の対応を見ればよく解る。国鉄民営化は労働者の側からすれば、まさに大合理化そのものである。したがって、左翼党派であれば、当然反対せざるをえない。実際、当時の社会党や共産党、総評や国労は民営化に反対した。

ところが、である。最左派と目された「鬼の動労」が賛成に回ったのだ。しかも動労から見れば右翼とも言える鉄労と組んでまで。
しかも松崎氏は、このとき、運輸族のボスだった三塚博運輸大臣と手を結び、当時の自民党の実力者だったあの金丸信氏とも親交を深めた。

この、もっともネックになると目されていた動労(松崎氏)の転向によって、国鉄民営化は大した混乱もなく実現するのである。このときから、JR東日本の経営側はJR総連(というか松崎氏)の意向を無視できなくなったのだ。

このあと、動労は鉄労とともにJR総連を発足させる。が、やがてJR総連内の鉄労系組合員は、動労系のセクト主義、その攻撃性に愛想をつかして総連を脱退し、新組織を結成する。
この新組織を積極的に支援したのが、当時、JR東海の副社長だった葛西敬之氏である。で、この葛西氏、自らが非常勤講師を務める大学で革マル派に襲撃される。

JR東日本とJR東海が犬猿の仲なのは、こういう背景があるのである。

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当時、松崎氏はメディアに対して、「私は革マル派ではない」「(革マル派の教祖)黒田氏から思想的影響は受けたが、今は関係がない」と語っていた。そして、「労働者の雇用を守るために民営化に賛成した」とも語った。
が、これはウソだ。革マル派の論理に忠実に従ったにすぎない。

「戦後政治の総決算」を掲げた中曽根康弘首相(当時)は、国鉄民営化の目的を「国労を解体し、社会党・総評ブロックを消滅させ、新しい憲法を安置する」と語っている。この体制側の猛攻に、戦後政治の一方の軸であった当時の社会党・総評ブロックでさえ崩壊しかねないほどの危機に直面した。
そこで松崎氏は、勝ち目の薄い「抵抗」よりも「組織の温存」を選択したのだ。

ほんとうに転向したのなら、なぜ中核派が「松崎だけは絶対に殺す!」と言うのか?なぜ、JR総連内から意見が相違する者を暴力をもって排除しようとするのか?なぜ、護衛付きで複数のアジトを点々とするのか?

中核派によると、松崎氏は晩年の黒田氏(2006年死去)とは意見が対立していたようだ。党官僚や学生が黒田氏を支持し、労働者が松崎氏を支持するといった構図らしい。
中核派の機関紙「前進」によると、2000年の12月、松崎氏は「革マルと完全に手を切った」と公言し、一方の黒田氏率いる革マル派は「JR総連本部執行部を階級敵と断罪し、打倒する」との「戦闘宣言」を出したらしい。
が、革マル派はJR総連執行部を批判しても、松崎氏個人は批判しないのだ。
共産主義者を知っている人なら分かると思うが、彼らは裏切り者に容赦しない。松崎氏が転向したのなら、革マル派から壮絶とも言える罵詈雑言を浴びせられるはずだ。「裏切り者」「階級の敵」「反革命」「権力の手先」「ファシスト」「スパイ」―おそらくこれくらいは批判(罵倒)される。が、現実はそうではない。
革マル派はJR総連の労使協調路線を批判しても松崎氏には沈黙する。

これは、黒田氏の「組織現実論」を松崎氏が実践しているからではないのか?

松崎氏は、中核派が言うように「革マル派執行部」と路線対立を起こしているのかもしれない。が、除名されたわけでもない。
私は偽装転向だと思う。

革マル派、正式名称は日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派でございますが、同派は共産主義革命を起こすということを究極の目的としている極左暴力集団であります。約五千四百人の活動家等を擁しているというふうに見ております。

革マル派は、他の極左暴力集団と比較しても、非公然性が極めて強い組織であります。これまでにも、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反事件あるいは対立するセクトとの間での殺人事件等々、多数の刑事事件を引き起こしてきているところであります。

他方、革マル派は、現在、将来の共産主義革命に備えるため、その組織拡大に重点を置いて、周囲に警戒心を抱かせないよう、その党派性を隠して、基幹産業の労働組合等、各界各層への浸透を図っております。JR総連及びJR東労組への浸透もその一環というふうに見ているところであります。

平成18年10月25日 第165回国会 国土交通委員会 第3号

警察においては、平成8年以降、日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(以下「革マル派」という。)の非公然アジト15か所を摘発しているが、これらのアジトの一部から押収した資料を分析するなどした結果、全日本鉄道組合総連合会(以下「JR総連」という。)及び東日本旅客鉄道組合(以下「JR東労組」という。)内における革マル派組織の存在を確認するなど、革マル派がこれらの組織に相当浸透している実態を解明しているものと承知している。

平成15年3月18日 「政府答弁書」(リンク切れ)

やはり、松崎氏は「革マルと完全に手を切っていない」のだ。

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カルトと言ってもよい極左が、日本を代表する公共交通機関であるJR東日本に巣食っている。そしてJR東日本の経営陣がそれに屈服している。
異論を持つ職員や対立する労組に対して暴力さえ厭わない組織、これがJR東日本の労組員の約8割を握っている。そして―JR総連は、利益のみを追求する新自由主義的な競争社会に反対し、公平・公正な社会を築くために、「反グローバリズム運動」を掲げ、世界の仲間たちと連帯して闘っています―などと、もっともらしいメッセージを発信する。

彼らは労働運動をやっているのではない。平和(反戦)運動や人権擁護運動をやっているのではない。革命の準備運動をやっているのだ。
そして、JR総連の潤沢な資金が革マル派に流れていたのは間違いないと思う。昨年、横領容疑で警察の捜索が入ったので今は分からないが。

我々は、JR総連に代表される「普通の顔」を装う極左勢力を注視し、警戒を強めなければならない!

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今日のエントリのテーマは、一度は「書きたい」と思っていたものです。
かなりの時間を要しましたが、少しだけ満足感があります。

読者の皆さん、今後ともよろしくお願いします。


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【追記】
このエントリは2008/02/04の再掲です。

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2016/07/12

反日左翼と鳥越俊太郎に鉄槌を下せ!


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すべてが芝居だったと思う。
振り返れば、臭い臭い...

候補選出が難航する。
石田純一の唐突の出馬表明も、
古賀茂明の登場も、
あえて言えば、共産党の言質なしに宇都宮健児が出馬表明したとは思えない。

最初から筋書きがあった。
究極の後出しじゃんけん...
公示日の2日前。

小池百合子には宇都宮の出馬会見をぶっつけ
増田寛也には、石田のアホまる出しだが話題性満点の出馬表明、
加えて古賀との出馬交渉をメディアに露出させる。

そして、野党候補はいったいどうなるのか?
とTVの前の視聴者に思案させた挙句
来たよ~鳥越俊太郎だ!

最後の最後まで固辞していた人物が一晩で心変わりするか?
昼間は怒り心頭だった宇都宮が、夕方には笑顔で「後援者と相談する」=「出馬を撤回する」だって(爆)

ボルシェビキ(共産党)の狡猾さを心底から痛感する。

反日左翼と鳥越俊太郎に鉄槌を下せ!

【追記】
ジャーナリストの鳥越俊太郎氏(76)が12日、都内で東京都知事選(14日告示)に立候補すると正式に表明した。
舛添要一前都知事の在任時に打ち出した韓国人学校増設のための都有地貸し出しについて「明確な答えを持ち合わせておりません」と明言しなかった。

~後略~

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160712-00000089-dal-ent

Torigoe3


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2016/07/11

媚韓派が想定外の出馬会見。 ネットの力を実感した。


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自民党東京都連が推す増田寛也が、韓国人学校のための都有地貸与について
「都庁内で十分議論されていないのではないかと見ている。白紙に戻してどのような利用方法があるか考えるべきだと思う」
と...

媚韓派が想定外の出馬会見。
ネットの力を実感した。

官邸筋の意向も強く感じる。

Masuda5

増田を推す=自分たちに都合がいい。
都連のボス=内田茂
1939年03月15日生まれ。
77歳。


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2016/07/08

左翼先進地帯 極左が跋扈する沖縄と北海道


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北海道と沖縄、どちらも私の好きな土地柄なのだが、なぜか左翼が強い。
昔から国政選挙で左翼が自民党と対等に戦えるのは、この二つの道県だけである。
もともと北海道は社会党、沖縄は社大党が根強い支持基盤を誇っていた。

日本の最北端と最南端が左翼の牙城、これは偶然ではあるままい。
たぶん一人当たりの県民所得と関係しているのかもしれない。
沖縄は最下位(47位)で、北海道は百万都市を抱える都道府県では最も低い34位である(2008年度)。
ただ、それだけが原因とも思えない。

沖縄には米軍基地が集中しており、先の戦争に対する被害者意識も強い。
北海道は明治以降に開拓された地であり、道民には開拓民時代の反骨心が厳しい自然とともに残っているのだろう。
が、この両地域には、左翼性向が強くなる理由が他にある。
教育とメディアである。

北海道教職員組合(北教組)と沖縄県教職員組合(沖教組)は、極左・革マル派の影響下にある。
北海道新聞(道新)や「沖縄の2大紙」と呼ばれる琉球新報と沖縄タイムスについては、よく分らない。
が、道新は朝日新聞より「左」と評されているし、「沖縄の2大紙」は反米・反日-親中・親北朝鮮を隠そうともしない。
道新は道内の新聞購読世帯のシェアの大半を占め、圧倒的な影響力を持つ。
「沖縄の2大紙」は、併せて99%近いシェアを誇り、もう完全に世論を支配している。
教組が極左の影響下に置かれ、主要紙が反日・反国家では左翼性向が強くなるのは当たり前である。

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Kakumaruha               国外・県外移設 請願運動をのりこえ闘おう!-革マル派-

なぜ北教組や沖教組に革マル派が影響力を有しているのか?
それは大学に関係がある。
北教組は北海道教育大学(北教大)出身者が多いし、沖教組は琉球大学(琉大)出身者が多い。
で、北教大は革マル派の牙城だったし、琉大は革マル派の完全支配下にあった。

以下は、そんな極左の影響下にある教組がいかにデタラメであるかを報じる記事である。

公立小中学校の教職員の勤務実態について、会計検査院が4道県で抽出検査したところ、北海道と沖縄県の計191校、のべ855人が、学校の夏休み期間中に校外研修の届けを出しながら実際はしていなかったり、勤務中に教職員組合関連の活動をしていたりしたことが分かった。

こうした不適切な勤務は計4575時間に上っており、検査院では、文部科学省が給与の返還措置を取るべきだと、11月に公表する決算検査報告書に盛り込む方針。

関係者によると、検査は、北海道教職員組合(北教組)による政治資金規正法違反事件にからみ、教職員が勤務時間中に組合活動をしていたことが発覚し、実施。対象は、北海道内の小中学校209校と、石川、鳥取、沖縄3県の68校計277校で、出勤簿の記載状況などや、教職員からの聞き取りなどで調べた。

給与返還措置も…教職員855人が不適切勤務 2011/10/20 読売新聞

勤務中に組合活動?
のべ855人で計4575時間?
ふざけるな!と言いたい。
「給与の返還措置を取るべき」ではなく、「給与の返還と併せて懲戒処分を実施するべき」と書くのがほんとうだろう。
ただ、「懲戒処分」は検査院の権限ではないので、文科省はこの報告をしっかりと受け止め、厳正に対処しなければならない。

それにしても、沖教組は反米・反基地闘争に明け暮れ、北教組は「島根県などが竹島の領有権を求める行為は、日本の侵略・植民地支配を正当化する不当極まりないものである」と機関紙で主張するなど、教職員組合の域を完全に逸脱している。
しかも北教組は、議員辞職した小林千代美議員(41歳・民主党:当時)への闇献金事件(政治家個人に対しての企業・団体献金の禁止)で最高幹部3名が逮捕されて1年半しか経っていない。
もう反省などありえない、根っからの極左なのである。

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沖教組も北教組も国政選挙では民主党を支持している。
こういう組織から票とカネをもらって何とも思わないのか?民主党!

北海道や沖縄県民の皆さんには、もっと目覚めてもらいたい。
左翼の本質をよく見極めてほしい。

※京都も左翼が強いところだが、ここの左翼は日本共産党であって、北海道や沖縄のような極左絡みとは違う。


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【追記】
このエントリは2011/10/26の再掲です。

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