A級戦犯&靖国問題

2015/05/21

坂 眞さんが安倍昭恵さんの投稿をシェアしました。

安倍昭恵さんが新しい写真2枚を追加しました

久しぶりに靖国神社参拝。
そして久しぶりに遊就館に入りました。

家族に宛てた手紙や遺書を読むと胸が苦しくなります。
どんな気持ちで戦火に散っていたのだろうか・・・
多くの遺影が語りかけてきます。

今、私達が平和で豊かな日本に暮らせることを感謝し、改めて世界平和のために私にできることをやっていきたい・・・と思いました。

戦後70年。
日本の役割は大きい・・・

Akie1 Akie2


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2014/01/09

誰かに批判されても靖国参拝はやめない 安倍首相力説

ユーミンの―「いちご白書」をもう一度―を聴きながらこのエントリを書いています。
「いちご白書」、実際に観たんですよ、映画館で...
少し甘ったるい感じがしましたね、当時は。
こっちは「革命だあ!」と言ってるのに、映画の中は青春の反乱、なんかレベルが違うんですよ。
でも、日本の運動みたいに暗くなくて、その点は羨ましかったのを覚えています、今でも。

ところで、我らの安倍首相、言ってくれました。
以下の記事を読んでください。

安倍晋三首相は8日夜のBSフジの番組で、靖国神社参拝について「たとえ批判されることがあったとしても(首相として)当然の役割、責任を果たしていくべきだろう」と述べ、在任中の再参拝に意欲を示した。首相は「その上において(真意を)説明していくべきだろう」と語り、米中韓各国などの理解を得るために努力していく方針を強調した。 

首相は、戦没者の冥福を祈り、不戦の誓いをするのは国のリーダーとして当然との考えを改めて説明。「今、私が言ったことはどこか間違っているか。間違っていないのであれば、誰かが批判するからそうしないということ自体が間違っている」と力説した。

一方、国立追悼施設に関して「たくさんお金を掛けて『今度はこっちですよ』ということが成り立つかどうかも含めて慎重に検討していくべきだ」と語り、否定的な立場を重ねて示した。

安倍首相、靖国再参拝に意欲=「批判あっても責任果たす」
(2014/01/08-21:44)

Yasukuni

私は、実は危惧していました。
米国の「失望している」という声明に安倍首相が怯むのではないかと。
十分にあり得ますよね、日本の首相なら...自らの信念や我が国の国益より米国の意向を優先するという事態が。
でも、安倍首相は、「今、私が言ったことはどこか間違っているか。間違っていないのであれば、誰かが批判するからそうしないということ自体が間違っている」と力説した、とのこと。
おっしゃる通り。
あんたはエライ。

もともと私は安倍晋三の熱烈な支持者で、前回の絶望的な辞め方には私の方が絶望しました。
が、よく甦りました、まるで不死鳥のように。
今は、前回見られたひ弱さもなく、周辺もずっと大人でたくましいメンバーが固めています。
この内閣は長続きします、そんな気が強くしますね。

最低でも3年間は頑張って、日本経済を復活させ、靖国にも毎年参拝してほしい。
憲法解釈の変更も妥協することなく果敢にやってもらいたいですね、それが国を守るためには必要です。

私は安倍内閣を全力を挙げて応援します。

Yasukuni_2

頼むぞ!

安倍晋三!


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2013/12/30

朝日の調査で靖国参拝賛成が60% TBSでは68%

今年も残すところあと1日。
相変わらず忙しい毎日でしたが、昨年よりはいくらか楽でしたね、精神的に。
その最大の理由が、参院選における自民圧勝。
そして、反日売国勢力の惨敗。
社民党1議席、生活の党0議席、この両党の消滅は時間の問題でしょう、間違いなく。
共産党は8議席獲得と健闘しましたが、これは民主党支持の左翼が同党に嫌気して共産党に流れただけ。
実際、共産党は党員数、赤旗購読者数ともに減少に歯止めがかからず、党の高齢化は進む一方。

安倍首相の靖国参拝も嬉しかったですね。
今年は諦めかけていただけになおさらです。
反日メディアは
日韓、日中関係の改善を絶望的なものにした...
とか
米国も懸念を示した...
とか
韓国や中国に攻撃材料を与えただけだ...
とか
言って非難しますが、どうして本質論を避けて通るのでしょうか?

英霊に尊崇の念を表すのは当たり前のことではありませんか?
その場所が靖国神社なのは、近代国家として歩み始めた明治時代以来の日本人の常識です。
「戦犯」は誰が決めたのですか?
日本国や日本国民ですか?
どうして戦勝国が一方的に下した非民主的、且つ独裁的な判決を守護しようとするのでしょう、反日メディアや反日日本人たちは。
国内法では、彼らは「公務死」ですよ、知らないのですか?
理解に苦しみます、私は常識人なので。

ところで、安倍首相のface bookに興味深い書き込みがなされています。

……年の瀬の…秘書です。

20代:賛成60、反対15
30代以上:賛成59、反対22

上記は本日の朝日新聞の朝刊に報じられた「世論調査」の「日本の首相が靖国神社に参拝することに賛成ですか。反対ですか。」という設問に対しての結果です。

また「安倍内閣を支持しますか。しませんか。」という設問の結果は
20代:支持53、不支持33
30代以上:支持55、反対33
という結果になりました。

他にも人生や恋愛観に関する様々な質問を設けた大々的な世論調査なのですが、紙面の扱いは何と、まさかの「30面」……。
靖国神社参拝に対する国民の賛否など大切な事項が多いのですから、目にとまるいつもの様に一面で報じた方が良かったのでは…。

《秘書アップ》

あなたと他19,011人が「いいね!」と言っています。

Abe_asahi

上記の調査結果は29日の朝日新聞に掲載されたものです。
私は、小泉首相が靖国に参拝した時、「支持する」が5割を超えていたので、今回も同じだろうと思っていましたが、やはりそうでした。

朝日だけではありません。
同じく反日メディアのTBSでも同じような結果が出ました。
28日、TBS系の情報番組内で、視聴者を対象にした「安倍首相の靖国参拝」緊急世論調査が行われました。
その結果、3万超の投票のうち68%が「安倍首相の靖国参拝」に賛意を示し、否定派の32%にダブルスコアで圧勝しました。

Tbs

朝日の調査によると、安倍内閣の支持率も40%台から50%台に10%近く上昇。
国民はよく見ているし、よく解っています、どちらに理があるのか、どちらが国益に適っているのかが。

ざまあみろ朝日、ふざけるなTBSと言ってやりたいですね(爆)

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2013/12/28

靖国はヒトラーの墓 日テレ おバカタレントに言わせる

TV局が番組経費を安くあげるため、おバカタレントを多用するのは解らぬでもないが、報道番組に起用するのはどうかと思う。
以下は、上智大学に在学中のタレント、春香クリスティーンというおバカタレントのニュースだが、本人の知的レベルとその認識を疑わざるを得ないし、こういうのに「壁の花」ならともかく、コメントをさせるなんて常識外と言うしかない。
と言うか、TV局が解っていて発言させた可能性もある。
意図的にね。
靖国参拝がヒトラーの墓参りと同じというのは、ナベツネの考え方だからね。
日テレのやりそうなことだ。

Haruka

12月26日、安倍首相が靖国神社に参拝した。このニュースをとりあつかった『ミヤネ屋』にて、出演していたスイス出身のタレント・春香クリスティーンさんがその靖国参拝をヒトラーの墓参りになぞらえ、ブログのコメント欄に批判が殺到するなどして現在炎上中のようである。

4か国語を駆使した物まねなどで注目のタレント父が日本人、母がスイス人。上智大学新聞学科在学中というテロップで紹介されていたクリスティーンさん、司会の宮根誠司さんに安倍首相の参拝問題について振られたところ、

「海外とこの問題で比べられるのが、もしもドイツの首相がヒトラーのお墓に墓参りをした場合他の国はどう思うのかという論点で議論されるわけですけど、まあ難しい問題ですよね」

と語った。

この発言で、『春香クリスティーン オフィシャルブログ』に現在批判コメントが殺到し炎上している模様。11月末にアップしていたエントリーに、放送前までには30ほどのコメントがついていたのだが、放送でのコメント後には約1時間で100以上の批判コメントが掲載されている。

発言部分の前後をキャプチャーした動画もネット上で拡散されており、炎上はしばらく続きそうである。

春香クリスティーンさん『ミヤネ屋』で安倍首相の靖国参拝をヒトラーの墓参りにたとえてブログ炎上中

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@harukachristine 靖国神社をヒトラーの墓との発言は日本人として絶対許せるもんじゃないぞ!

@harukachristine ヒトラーの墓=靖国神社というような発言はどういうこと?あんな独裁者と
同じにすんなや!!!

@harukachristine 台本があったのならきちんと皆に言ったほうが良いよ。そしたらミヤネ屋の
せいなんだから。

@harukachristine 大変な事を発言しちゃったね、左翼の吉田照美のラジオなんかに出てるから
左翼に洗脳されちゃうんだよ・・・・まったく・・・

@harukachristine キリスト教徒の方には理解が難しいと思いますが神道について概略でいい
から勉強してみて下さい。10月にフジTVの池上彰さん解説番組がよい出来でしたよ。

@harukachristine ミヤネ屋で靖国参拝をヒトラーの墓へ参るようなもの、と例えたって事だけ
ど、誰かに吹き込まれたのか、台本にあったのか、本で読んだのかわからないが、もう一度自分で
勉強してみることをお勧めします。その上でそれでもそうだと思うんならばもう何も言わない
けど。

@harukachristine 最近、政治について語られている様子をTVでよく拝見しますが、全て台本
なのですか?そういった売り方で芸能活動をされていらっしゃるならあなたのためにならない
と思いますが… 責めて自分の発言の真意くらい自分で確認した方が宜しいかと思います…

@harukachristine 貴方は日本人の心の奥底にあるものを踏みにじった。私の祖母の幼馴染の
お姉さんは、従軍看護師として戦地で没し、靖国神社に祀られている。祖母に良く参拝に連れ
ていってもらった。心無い発言に強い憤りを感じます。

@harukachristine 靖国神社とヒトラーの墓は同列にしちゃダメだよ。 テレビで発言するとき
は責任を問われてしまうからきをつけてね、

@harukachristine ミヤネ屋で「靖国神社はヒトラーの墓と一緒」と発言したみたいですが
何処が靖国神社とヒトラーの墓は一緒なんですか?A級戦犯の方以外の日本兵や当時捕虜だった
外国人、日本で亡くなったアメリカ兵もヒトラーと同等と考えているのでしょうか?

@harukachristine お願いです。本当に日本から出ていってください。お願いします。

@harukachristine 勉強もせず知識もないのに公共の電波で随分とふざけた事を言いましたね。
絶対に許せません。

@harukachristine 春香クリスティーンさん。発言は許される物では無い。麻生さんのナチス
発言とは全く意味合いが違う。あなたは戦没者を愚弄した。徹底的に追求される。靖国をヒト
ラーの墓呼ばわり。許せません。

@harukachristine 「ドイツの首相がヒトラーの墓に」云々はテレビで見ていたのですがマス
ゴミに言わされたのかなーと思ってました。言わされたのなら言わされたと言って欲しい。

@harukachristine 最低な発言でしたね。 中途半端な知識で物事を語るからですよ。 早く発言の
撤回と謝罪してください。 もちろん、それで許されることでは無いですが。

@harukachristine 靖国神社はヒトラーの墓という発言に対して釈明してください

@harukachristine 春香クリスティーンさんのコメントにはびっくりしました!

@harukachristine 春香クリスティーンの発言は許される物では無い。麻生さんのナチス発言と
は全く意味合いが違う。徹底的に追求すべき。靖国をヒトラーの墓呼ばわり。

@harukachristine 日本国民と日本の英霊に対して失礼だ。すぐに謝罪してもらいたい。

@harukachristine 外国人が靖国神社参拝問題を軽々しく語るな、他国の方に言われる筋合いの
問題では無い、日本人が靖国神社に参拝するのは当たり前な行為です、ヒトラーの墓と一緒なん
て浅はかな考えですね

日テレは放送免許を返上せよ!

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2013/12/27

靖国参拝 米国の懸念を利用する反日左翼のご都合主義

昨日も今朝も、テレビのトップニュースは安倍首相の靖国参拝だった。
どの局も、街頭インタビューは賛成、反対の両者を取り上げていて、一応公平を装っていた。
が、やはりTVメディアの反日体質は隠せない。
それは、在日米大使館が発した声明に対する姿勢に如実に示されていた。

在日米大使館は、「近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」という声明を出した。
これは、日本と中韓両国との関係悪化を懸念したものだろう、間違いなく。
が、この声明は米国の国益に基づく考え方の表明であって、我が国の国益と合致するものではない。

米国は、対北朝鮮や対中国を考えると、日韓の対立が深まることを歓迎しない。
そこでは、日韓のどちらに非があるかなど関係ない。
たとえ韓国に一方的に非があっても、とりあえず丸く収まればそれで良いのだ、米国は。
しかし我が国は、そうはいかない。
韓国の理不尽な反日政策に耐え忍ぶ必要性は、我が国には乏しい。
そうすることは、むしろ逆効果だ。
このままやられっぱなしを放置していると、国家の尊厳が傷つき、その信頼が失墜する。
それは、対中国でも同じことが言える。

Yasukuni

純粋に国内問題である戦死者に対する国家による慰霊を、外国にとやかく言われる筋合いはない。
にもかかわらず、歴代内閣は靖国参拝という当たり前の慰霊を自粛してきた。
これは、明らかに中韓に対する配慮だった。
が、中韓の反日姿勢は強まるばかりで、最近は理不尽を通り越して狂気とさえ言えるレベルに達している。
そこには「友好」という意志も姿勢も微塵もない。
意志も姿勢も微塵もない国に配慮して我が国は何を得るのだ。
米国の信頼か?

そうではないだろう。
そこで得られるのは、日本はやはり米国に従順な国―という誤解だけだ。
その誤解は米国にとってはプラスかも知れないが、我が国にとってはマイナス以外の何ものでもない。
ところが、この国のほとんどのメディアが、米国も懸念している...日米関係を損ねる...などと騒ぎ立て、靖国参拝は自重するべきだったと言いつのる。

日ごろはオスプレイの危険性を事実に反してまで誇大に発信し、沖縄の反米軍基地運動を実態以上に過大報道するくせに。
こんな時だけ米国を持ち上げ、米国を利用して自国政府を攻撃する。
ダブルスタンダードと言うか、ご都合主義と言うか、日本メディアの相変わらずの低レベルぶりが今回の騒動で如実に示された。

米国のアーリントン国立墓地には、奴隷制度を守るために戦った南軍将校も埋葬されている。
ここを米国の歴代大統領が訪れたというだけで、「奴隷制度を肯定した」ことにはならない。
同様に靖国参拝も、先の戦争の全面的肯定を意味しない。
先の戦争には反省すべき誤りもあったが、やむを得ない面も多々あった。
全肯定はできないが全否定もあり得ないし、あってはならない。
ましてや国のために命を捧げた英霊には何の責もない。
また、日本には「戦犯」は一人も存在しない。
それは4000万人の有権者が嘆願し、国会がほぼ全会一致で承認している。

私は、最低でも1年に一度は内閣総理大臣が参拝するべきだと思うし、天皇陛下も訪れてほしいと願う。

最後に、反日変態左翼のご都合主義を糾弾したい!
普段は反米のくせに、今回だけ「米国も懸念している」と利用する卑しい日本の反日メディア。
コイツラは許せない!

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2013/12/26

安倍首相の靖国参拝を断固支持する!

安倍首相の靖国参拝を断固として支持する。

Abe_yasukuni_3

Abe_yasukuni2

Abe_yasukuni3

Abe_yasukuni1_3

英霊を慰霊する方法は、国によってそれぞれ違う。
我が国の場合、それは靖国神社に祀ることである。
これは、近代国家として成立して以来、まったく変わっていない。

我が国に「戦犯」など存在しない。
彼らは法的には「公務死」である。

1952年5月1日、木村篤太郎法務総裁から「戦犯」の国内法上の解釈についての変更が通達された。
この解釈変更により、「戦犯拘禁中の死者」はすべて「公務死」として、「戦犯逮捕者」は「抑留又は逮捕された者」として取り扱われる事となった。
また、1953年8月3日、「戦犯」とされた者を赦免し、名誉を回復させる「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が社会党(現・社民党)を含めて圧倒的多数で可決された。
この議決は前年(1952年)に、「戦犯」とされた者を即時に釈放すべしという国民運動が発生し、4千万人の日本国民の署名が集まった事に起因する。

にもかかわらず、日本の反日変態左翼たちは、靖国神社に「A級戦犯」が祀られている―と言って、日本国総理大臣の参拝を否定する。
これは、反戦とか平和とか、甘い幻想を振りまきながら、中国や韓国に同調して祖国を攻撃する売国奴の所業である。
私は、このような卑劣な輩をまったく許容できないし、断固として非難したい。

改めて言う。

安倍首相の靖国参拝を断固として支持する。

この国に「戦犯」など存在しない。

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2007/08/15

東條英機元首相 公的遺書 全文

今日は終戦記念日、わが国が米・英に敗北した日である。
だから、今日も第2次大戦(大東亜戦争)に関連したエントリを書く。

私は8月7日のエントリ「右と左の売国奴」で次のように書いた。

先の戦争が正しかったと思う人は少ないでしょう。が、誰もがわが日本にとって良かれと思って戦ったんです。戦争指導者は特にね。
で、その結果が間違っていた。
主観的に国のため、国民のためと思っても、結果が間違っていれば、これは責任を追及されても仕方がない。が、彼らを極悪人のごとく言うのはおかしい。

彼らは愛国者ですよ。

私は、以下の、A級戦犯として処刑され、遺骨を粉砕された上、太平洋に投棄された東條英機元首相の【遺書】を読んで、その思いをさらに強くした。

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Hideki_tojo
















                      遺 書

開戦当時の責任者として敗戦のあとをみると、実に断腸の思いがする。今回の刑死は個人的には慰(なぐさ)められておるが、国内的の自らの責任は死を以(もっ)て贖(あがな)えるものではない。
しかし国際的の犯罪としては無罪を主張した。今も同感である。ただ力の前に屈服した。自分としては国民に対する責任を負って満足して刑場に行く。ただこれにつき同僚に責任を及ぼしたこと、又下級者にまで刑が及んだことは実に残念である。

天皇陛下に対し、又国民に対しても申し訳ないことで深く謝罪する。

元来日本の軍隊は、陛下の仁慈(じんじ)[*1]の御志(おんこころざし)に依(よ)り行動すべきものであったが、一部過ちを犯し、世界の誤解を受けたのは遺憾であった。此度(このたび)の戦争に従事してたおれた人及び此等((これら)の人々の遺家族に対しては、実に相済まぬと思って居る。心から陳謝する。
[*1]仁慈(じんじ):いつくしみ

今回の裁判の是非に関しては、もとより歴史の批判を待つ。もしこれが永久平和のためということであったら、も少し大きな態度で事に臨 (のぞ) まなければならないのではないか。此の裁判は結局は政治的裁判で終わった。勝者の裁判たる性質を脱却せぬ。

天皇陛下の御地位(おんちい)は動かすべからざるものである。天皇存在の形式については敢えて言わぬ。存在そのものが絶対必要なのである。それは私だけではなく多くの者は同感と思う。空気や地面の如(ごと)く大きな恩(めぐみ)は忘れられぬものである。

東亜の諸民族は今回のことを忘れて、将来相(あい)協力すべきものである。東亜民族も亦(また)他の民族と同様に天地に生きる権利を有(も)つべきものであって、その有色たるを寧(むし)ろ神の恵みとして居る。印度(インド)の判事[*2]には尊敬の念を禁じ得ない。これを以(もっ)て東亜諸民族の誇りと感じた。
今回の戦争に因(よ)りて東亜民族の生存の権利が了解せられ始めたのであったら幸いである。列国も排他的の感情を忘れて共栄の心持ちを以て進むべきである。
[*2]パール判事のこと

現在日本の事実上の統治者である米国人に対して一言するが、どうか日本人の米人に対する心持ちを離れしめざるよう願いたい。又日本人が赤化しないように頼む。大東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにされねばならぬ。実は東亜の他民族の協力を得ることが出来なかったことが、今回の敗戦の原因であったと考えている。

今後日本は米国の保護の下に生きて行くであろうが、極東の大勢(たいせい)がどうあろうが、終戦後、僅か三年にして、亜細亜大陸赤化の形勢は斯(か)くの如くである。今後の事を考えれば、実に憂慮にたえぬ。もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上もないではないか。

今、日本は米国より食料の供給その他の援助につき感謝している。しかし、一般人がもしも自己に直接なる生活の困難やインフレや食料の不足などが、米軍が日本に在るが為 (ため)なりというような感想をもつようになったならば、それは危険である。依(よ)って米軍が日本人の心を失わぬよう希望する。

今次戦争の指導者たる米英側の指導者は大きな失敗を犯した。第一に日本という赤化の防壁を破壊し去ったことである。 第二には満州を赤化の根拠地たらしめた。第三は朝鮮を二分して東亜紛争の因(いん)たらしめた。米英の指導者は之(これ)を救済する責任を負うて居る。従ってトルーマン大統領が再選せられたことはこの点に関し有り難いと思う。

日本は米軍の指導に基づき武力を全面的に抛棄(ほうき)した。これは賢明であったと思う。しかし世界国家が全面的に武装を排除するならはよい。然(しか)らざれば、盗人が跋扈(ばっこ)する形となる。(泥棒がまだ居るのに警察をやめるようなものである)

私は戦争を根絶するためには慾心(よくしん)[*3]を人間から取り去らねばと思う。現に世界各国、何れも自国の存在や自衛権の確保を主として居る(これはお互い慾心を抛棄しておらぬ証拠である)。国家から慾心を除くということは不可能のことである。されば世界より今後も戦争を無くするということは不可能である。これでは結局は人類の自滅に陥るのであるかも判らぬが、事実は此(こ)の通りである。それ故(ゆえ)、第三次世界大戦は避けることが出来ない。

第三次世界大戦に於いて主なる立場にたつものは米国およびソ連である。第二次世界大戦に於いて日本と独乙 (ドイツ)というものが取り去られてしまった。それが為、米国とソ連というものが、直接に接触することとなった。米ソ二国の思想上の根本的相違は止むを得ぬ。この見地から見ても、第三次世界大戦は避けることは出来ぬ。

第三次世界大戦に於いては極東、即ち日本と支那、朝鮮が戦場となる。此の時に当たって米国は武力なき日本を守る策を立てねばならぬ。これは当然米国の責任である。日本を属領と考えるのであれば、また何をか言わんや。そうでなしとすれば、米国は何等 (なんら)かの考えがなければならぬ。米国は日本八千万国民の生きて行ける道を考えてくれなければならない。凡((およ)そ生物として自ら生きる生命は神の恵である。産児制限の如 (ごと)きは神意に反するもので行うべきでない。
[*3]慾心(よくしん):欲心

なお言いたき事は、公、教職追放や戦犯容疑者の逮捕の件である。今は既に戦後三年を経過して居るのではないか。従ってこれは速(すみ)やかに止めてほしい。日本国民が正業に安心して就くよう、米国は寛容の気持ちをもってやってもらいたい。

我々の処刑をもって一段落として、戦死傷者、戦災死者の霊は遺族の申し出あらば、これを靖国神社に合祀せられたし。出征地に在る戦死者の墓には保護を与えられたし。戦犯者の家族には保護をあたえられたし。

青少年男女の教育は注意を要する。将来大事な事である。近事(きんじ)[*4]、いかがわしき風潮あるは、占領軍の影響から来ているものが少くない。この点については、我が国の古来の美風を保つことが大切である。

今回の処刑を機として、敵、味方、中立国の国民罹災者(りさいしゃ)[*5]の一大追悼慰霊祭を行われたし。世界平和の精神的礎石としたいのである。勿論、日本軍人の一部に間違いを犯した者はあろう。此等については衷心(ちゅうしん)[*6]謝罪する。
然(しか)しこれと同時に無差別爆撃や原子爆弾の投下による悲惨な結果については、米軍側も大いに同情し憐憫(れんびん)[*7]して悔悟(かいご)あるべきである。
[*4]近事:近頃の出来事、[*5]罹災者 (りさいしゃ):被災者
[*6]衷心(ちゅうしん):まごころ、[*7]憐憫((れんびん):憐れむこと

最後に、軍事的問題について一言する。我が国従来の統帥権独立の思想は確(たしか)に間違っている。あれでは陸海軍一本の行動は採れない。兵役制については、徴兵制によるか、傭雇(ようこ)兵制によるかは考えなければならない。我が国民性に鑑みて再建軍隊の際に考慮すべし。再建軍隊の教育は精神主義を採らねばならぬ。忠君愛国を基礎としなければならぬが、責任観念のないことは淋しさを感じた。この点については、大いに米軍に学ぶべきである。

学校教育は従前の質実剛健のみでは足らぬ。人として完成を図る教育が大切だ。言いかえれば、宗教教育である。欧米の風俗を知らす事も必要である。俘虜(ふりょ)[*8]のことについては研究して、国際間の俘虜の観念を徹底せしめる必要がある。
[*8]俘虜 (ふりょ):捕虜

       辞 世

我ゆくもまたこの土地にかへり来ん
国に報ゆることの足らねば

さらばなり苔の下にてわれ待たん
大和島根に花薫るとき


『祖父東條英機「一切語るなかれ」』 東條由布子 著 (文藝春秋) より

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以上の【遺書】について特にコメントすることはない。
感想は読んだとおりである。
極東国際軍事裁判とA級戦犯に対する私の見解は、過去のエントリである「再びA級戦犯について」(2005/10/21)に詳述してある。
極東国際軍事裁判の本質とA級戦犯の何たるかがよくご理解いただけると思う。

戦争は“悪”であると私は思う。が、国際法上は“犯罪”ではない。
なぜなら、戦争は常に“自衛”を御旗に遂行されるからだ。
で、勝者が“善”で、敗者が“悪”。
極東国際軍事裁判がその典型である。

ナチスのホロコースト(民族浄化)と大東亜戦争を同列に扱うなど、欧米列強の傲慢と偏見でしかない。
そして、その「傲慢と偏見」を肯定する日本人は限りなく愚かである。
歴史と事実の両方に盲目であると言わざるを得ない。

A級戦犯は、東條元首相の言うとおり、「国内的の自らの責任は死を以(もっ)て贖(あがな)えるものではない」が「国際的の犯罪としては無罪」である。

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※Red Foxさんの「東條英機元首相 公的遺書 全文」より転載させていただきました。

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2005/10/21

再びA級戦犯について

小泉首相が靖国神社を参拝してから4日が過ぎた。既にメディアがこの問題に触れる
ことは少なく、多くのブロガーたちも、この問題に関しては平常心に戻ったようだ。
が、私は違う。やはり、ここで問題の根本にある「極東国際軍事裁判」と「A級戦犯」に
ついて言及する必要があると考える。

首相の靖国参拝が問題視されるのは、主として「A級戦犯」が合祀されていることに
よる。しかし、A、B、Cは単なる分類であり、罪の軽重を指しているわけではない。
もっとも重い刑である「死刑」に処せられた「戦犯」は、A級よりもB、C級の方が圧倒的に多い。したがって刑の重さから見れば、A級のみが問題視され、B、C級は不問という
今の状況は「奇妙」極まりない。
A級は主要戦争犯罪人(major war criminals)であるから、ということであろうが、戦争
そのものは国際法上「犯罪」ではない。したがって、戦争の指導的立場にあったからといって、罪が重くなるわけではない。
であれば、「A級戦犯」の合祀のみが問題視されるのは、どう見てもおかしい。やはり、「A級戦犯」のみを切り離して非難するのは「特定の政治的意図」が作用した結果と
言わざるを得ない。

「極東国際軍事裁判」とは何か、「A級戦犯」とは何かを検証することで、この「特定の
政治的意図」の欺瞞性を明らかにしたい。
ちなみに、ナチスを裁いたニュルンベルク国際軍事裁判においては、もっとも罪が重いとされたのは、C級の「人道に対する罪」に問われた者たちである。

問題の本質をより正しく理解する上で、あのバール博士の言葉が非常に参考になる。
したがって、まず博士の言葉を引用する。博士は、極東国際軍事裁判において、日本が国際法に照らして無罪であると終始主張し続けたインド人判事である。
ぜひ読んでほしい。

また、私は、既に「極東国際軍事裁判」と「A級戦犯」についてエントリーを書いている。このエントリーは、私がこれまで書いたエントリーの中でも、アクセス数がベスト3に入る。
上梓してから5ヶ月が経つのに、未だにアクセスが絶えない。それだけ関心が強いテーマなのであろう。そこで今日は、そのエントリー【A級戦犯】を再掲する。既にお読みいただいた方も多いと思われるが、この際に再読してみてほしい。
バール博士の言葉と併読していただければ、より理解を深めていただけると思う。


ラダ・ビノード・バール博士は、極東国際軍事裁判所判事を務めた後、1952~67年の間、国連国際法委員会委員に任命された。1958年度および62年度には委員長に
就任。
1967年1月10日、カルカッタの自邸において逝去された。

以下は、1952年11月6日、広島高裁の歓迎レセプションにおける挨拶である。博士は、「子孫のため歴史を明確にせよ」と題して次のように述べられた。


1950年のイギリスの国際情報調査局の発表によると、「東京裁判の判決は結論だけで理由も証拠もない」と書いてある。
ニュルンベルクにおいては、裁判が終わって三か月目に裁判の全貌を明らかにし、
判決理由とその内容を発表した。しかるに東京裁判は、判決が終わって4年になるのにその発表がない。
他の判事は全部有罪と判定し、わたくし一人が無罪と判定した。わたくしはその無罪の理由と証拠を微細に説明した。しかるに他の判事らは、有罪の理由も証拠も何ら明確にしていない。おそらく明確にできないのではないか。
だから東京裁判の判決の全貌はいまだに発表されていない。これでは感情によって
裁いたといわれても何ら抗弁できまい。

要するに彼等(欧米)は、日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって自らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の過去18年間のすべてを罪悪であると烙印し罪の意識を日本人の心に植えつけることが目的であったに違いがない。
東京裁判の全貌が明らかにされぬ以上、後世の史家はいずれが真なりや迷うであろう。歴史を明確にする時が来た。そのためには東京裁判の全貌が明らかにされなくてはならぬ。・・・これが諸君の子孫に負うところの義務である。

わたしは1928年から45年までの18年間(東京裁判の審議期間)の歴史を2年8カ月
かかって調べた。各方面の貴重な資料を集めて研究した。この中にはおそらく日本人の知らなかった問題もある。それをわたくしは判決文の中に綴った。
このわたくしの歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であることがわかるはずだ。しかるに日本の多くの知識人は、ほとんどそれを読んでいない。そして自分らの子弟に「日本は国際犯罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」と教えている。
満州事変から大東亜戦争勃発にいたる事実の歴史を、どうかわたくしの判決文を通して充分研究していただきたい。日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って卑屈・頽廃に流されてゆくのを、わたくしは見過ごして平然たるわけにはゆかない。彼らの戦時宣伝の偽瞞を払拭せよ。誤れた歴史は書きかえられねばならない。


パール博士は東京弁護士会においても講演された。ここで博士は次のように述べている


日本人はこの裁判の正体を正しく批判し、彼らの戦時謀略にごまかされてはならぬ。
日本が過去の戦争において国際法上の罪を犯したという錯覚におちいることは、民族自尊の精神を失うものである。
自尊心と自国の名誉と誇りを失った民族は、強大国に迎合する卑屈なる植民地民族に転落する。日本よ!日本人は連合国から与えられた【戦犯】の観念を頭から一掃せよ。

田中正明著 「パール博士のことば 子孫のため、歴史を明確に正せ


田中正明氏は、「パール博士の日本無罪論」の著者として有名である。氏は、上記の「パール博士のことば」において次のように書いている。


東京裁判が終わって2年後の昭和25年10月15日マッカーサーはウェーキ島において
トルーマン大統領に「東京裁判は誤りであった」旨を告白して、すでにこの裁判の失敗を認めている。
その翌年の5月3日、アメリカ上院の軍事外交合同委員会の聴聞会で「日本が第二次大戦に赴いた目的は、そのほとんどが安全保障のためであった」と、東京裁判で裁いた日本の侵略戦争論を全面的に否定しているのである。
のちに、「この裁判の原告は文明である」と大見得を切ったキーナン主席検事も、あの傲慢なウエッブ裁判長も、この裁判は法に準拠しない間違った裁判であったことを認める発言をしている。現在名ある世界の国際法学者で、東京裁判をまともに認める学者など一人もいない。パール判事の立論こそが正論であるとし、パールの名声は国際的に高まった。

saiban
パール判事の日本無罪論
 小学館文庫
田中 正明 (著)





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バール博士が言うように、「極東国際軍事裁判」は、「日本の過去18年間のすべてを
罪悪であると烙印し罪の意識を日本人の心に植えつけることが目的であった」。
そして、この裁判の結果、「自尊心と自国の名誉と誇りを失った」民族感情が生まれた。
「特定アジアの国々」がそれを政治的に利用し、「自尊心と自国の名誉と誇りを失った」民族感情に侵された人々がそれに同調する。
「A級戦犯」の合祀や首相の靖国参拝が問題になるのは、そういう「特定の政治的
意図」が作用した結果ではないか。

「日本の多くの知識人は、自分らの子弟に『日本は国際犯罪を犯したのだ』『日本は
侵略の暴挙を敢えてしたのだ』と教えている」
「日本が過去の戦争において国際法上の罪を犯したという錯覚におちいることは、民族自尊の精神を失うものである」
「自尊心と自国の名誉と誇りを失った民族は、強大国に迎合する卑屈なる植民地民族に転落する。日本よ!日本人は連合国から与えられた【戦犯】の観念を頭から一掃せよ」
「日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って卑屈・頽廃に流されてゆくのを、わたくしは見過ごして平然たるわけにはゆかない」

以上のバール博士の言葉ほど、戦後の日本国及び日本人の卑屈さと精神的退廃を
言い当てたものはない。今回の小泉首相の靖国参拝をめぐる喧騒を見ても、それがよく分かる。
博士が警句を発してから既に50年以上が経つ。にもかかわらず、我が国民の中には
民族自尊の精神を失い、卑屈なる植民地民族に堕して改まることのない者たちがいる。
日本よ!日本人は連合国から与えられた【戦犯】の観念を頭から一掃せよ!

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A級戦犯 (Sunday, May 29, 2005)

森岡正宏厚生政務官は26日の自民党代議士会で、小泉首相の靖国神社参拝を「大変良いことだ」と支持する考えを示したうえで、「極東国際軍事裁判は、平和や人道に対する罪を勝手に占領軍が作った一方的な裁判だ。A級戦犯の遺族には年金をもらっていただいており、日本国内ではその人たち(A級戦犯)はもう罪人ではない」と述べた。(後略)
2005年5月26日(朝日新聞)

上記の発言が物議を醸している。
この発言を肯定する人もいれば、民主党の岡田代表のように「東京裁判を認めないと
なれば、戦争責任を負わないことになる。更迭を求めるのは当然だが、その前に政府がきちんと対応すべきだ」と罷免を求める意見もある。
もちろん、中国は猛烈に反発している。

発言のタイミングはともかくとして、その是非を問うには、まず、そもそも極東国際軍事裁判とは何か、戦犯とは何か、から考えてみる必要がある。
極東国際軍事裁判は、ポツダム宣言第10項の戦犯処罰規程を根拠に、11カ国の連合国名によって(イ)「平和ニ対スル罪」、(ロ)「通例ノ戦争犯罪」、(ハ)「人道ニ対スル罪」の3つに分類された55項目の訴因に基づいて行われた。英訳すると(イ)(ロ)(ハ)はa、b、cになる。
裁判所は、東京 市ヶ谷の旧陸軍士官学校講堂に設置された。

A級戦犯とは、極東国際軍事裁判所条例の第5条(イ)、つまりaに規定された「平和ニ対スル罪即チ、宣戦ヲ布告セル又ハ布告セザル侵略戦争、若ハ国際法、条約、協定又ハ誓約ニ違反セル戦争ノ計画、準備、開始、又ハ遂行、若ハ右諸行為ノ何レカヲ
達成スル為メノ共通ノ計画又ハ共同謀議ヘノ参加」を犯したとして、極東国際軍事裁判によって有罪判決を受けた人々のことである。
解りやすく言うと、侵略戦争を計画し、準備し、開始し、遂行した、もしくはそのための
共同謀議に参加したとして、a「平和に対する罪」に問われた指導的立場の人々がA級戦犯である。主要戦争犯罪人とも呼ばれる。
これに対し、B級戦犯とは、同条例第5条(ロ)=bの「通例の戦争犯罪」に問われた人々であり、占領地の人民に対する殺人、虐待、奴隷などが該当する。訴追されたのは、占領地の将校クラスが多い。
C級戦犯とは、第5条(ハ)=cの「人道に対する罪」に問われた人々であり、この罪の
対象は多岐にわたる。
戦争前か戦争中かは関係なく、占領地であるか否かも問わない。すべての人民に対して行われた行為が対象になる。
罪の範囲は、殺人、殲滅、奴隷的虐使、追放、その他の非人道的行為、そして政治的、人種的理由に基く迫害行為にまで及ぶ。訴追されたのは、占領地の下士官、兵隊クラスが多い。
このcは、本来、ナチスのユダヤ人に対するホロコーストを裁くために設けられたものであったと云ってよい。
なお、A級のAとは、同裁判所条例において「平和に対する罪」がaである事に由来する。a、b、cは単なる分類であり、罪の軽重を指しているわけではない。誤解しないで
ほしい。
ちなみに、ナチスを裁いたニュルンベルク国際軍事裁判においては、もっとも罪が重いとされたのは、cの「人道に対する罪」に問われた者たちである。。
ただ、b、cはaに関連するものであるから、A級戦犯はb、cの罪にも問われていると云える。事実、A級戦犯とされる松井石根陸軍大将は、aは無罪であったにもかかわらず、b、cにおいて有罪とされ絞首刑に処された。したがって、松井石根陸軍大将は、正確に云えばA級ではなくBC級戦犯である。
以上を踏まえた上で、極東国際軍事裁判がいかなるものであったかを検証したい。

極東国際軍事裁判には、その構成上及び制度上の問題と裁判そのものの正当性の
問題の両方がある。まず、構成上及び制度上の問題から述べてみよう。

①11人の判事中、中立国からは一人も選ばれなかった。
②仏・ソ2カ国の判事は、裁判の公用語である英語と日本語を理解できなかった。
③ソ連は中立条約を破って日本を一方的に攻撃した典型的な条例違反国なのに、罪を問われるどころか、この裁判で検事として、あるいは判事として、日本を訴追する権利まで与えられた。
④判事の中には、法曹経験の全くない者(中国の梅汝敖判事)もいた。
⑤民主主義にとっては当たり前の上告制度がなかった。
以上が構成上及び制度上の疑義である。

次に、最も重要な裁判そのものの正当性の問題について述べる。

①大東亜戦争は侵略戦争だったのか?
②戦争に対する共同謀議、平和に対する罪、人道に対する罪は、当時の国際法等に
規定があったのか?
③そもそも、このような戦勝国が敗戦国を裁く裁判は何を根拠にして成り立つのか?

①に関して云うと、1941年12月8日に開始された太平洋戦争は侵略戦争ではなかったと断言できる。これは、帝国主義国家間による植民地争奪戦争だった。
米国はフィリピンを、イギリスはインド、ビルマ、マレー半島を、フランスはインドシナを、オランダは東インド(現在のインドネシア)を植民地支配し、搾取と収奪をほしいままに
していた。
欧米列強は、本国は民主主義だったが、ほぼアジア全域で過酷な植民地支配を行っていたのだ。そこでは数々の弾圧と虐殺があった。フランスとオランダは、戦後も独立を
宣言した旧植民地を再侵略している。
このような国々と日本は戦ったのである。これのどこが侵略なのか?
1937年に始まった日中戦争は、確かに侵略戦争だったかもしれない。しかし、それは今だから云えることである。当時は「侵略」の定義さえ定かではない時代だった。
また、欧米列強も租界を初めとする数々の特権を中国に対して持っていた。イギリスに
至っては、歴史上最低の部類に属するアヘン戦争で香港を強奪していた。
注意してほしいのは、だからといって、日中戦争を肯定しているわけではないと云う事である。当時の欧米列強が正義で日本が悪だという構図は、勝者の論理に過ぎないと云いたいのだ。

②に関して云えば、事後(敗戦後)に裁判所条例により制定されたもので、当時の国際法等には何の規定もない。法治社会の鉄則である法の不遡及に反しており、罪刑法定主義からも逸脱している。

③に関して云えば、根拠などどこにもない。極東国際軍事裁判それ自体が、原則に
反する違法なものなのである。

これには、さすがに判事の間にも異論があった。11人の判事中、少数意見の判事が
5人いた。
そのうちの一人、オーストラリアのウエップ裁判長は、「どの日本人被告も、侵略戦争を遂行する謀議をしたこと、この戦争を計画及び準備したこと、開始したこと、または遂行したことについて、死刑を宣告されるべきでない」と判決文にしたため、フランスのベルナール判事は、「天皇が免責された以上共犯たる被告を裁くこができるのか」と述べた。
インドのラダ・ビノード・パール判事に至っては、「連合国は法を引用したのでもなければ、適用したのでもない。単に戦勝国の権力を誇示したにすぎない。戦争に勝ったが故に正義であり、負けたが故に罪悪であるとするのであれば、もはやそこには、正義も法も真理も存在しない。国際法、慣習法に照らして戦争は犯罪ではない。日本は無罪だ」と主張し、アメリカの原爆投下を非難した。
オランダのレーリング判事も「廣田弘毅元首相は無罪、他の死刑も減刑せよ。ドイツのナチスの処刑に比して重すぎる」と言い、フランスのベルナール判事は「この裁判は
法の適用および法手続きにおいても誤りがある」とし、「11人の判事が一堂に集まって
判決の一部または全部を協議したことは一度もない」と内部告発までした。
結局、米・英・ソ・中・カナダ・ニュージーランドの6カ国が、多数判決で、それ以外の5カ国を押し切ったのである。
ちなみに、少数意見5カ国のうち、フィリピンのジャラニフ判事のみが「判決が軽すぎる」とする立場からの反対だった。

※オランダのレーリング判事は、帰国後に著した「東京裁判とその後(ザ・トウキョウ・
トライアル・アンド・ビョンド)」の中で、次のように述懐している。
「われわれは日本にいる間中、東京や横浜をはじめとする都市に対する爆撃によって
市民を大量に焼殺したことが、念頭から離れなかった。
われわれは戦争法規を擁護するために裁判をしているはずだったのに、連合国が戦争法規を徹底的に踏みにじったことを、毎日見せつけられていたのだから、それはひどいものだった。
もちろん、勝者と敗者を一緒に裁くことは不可能だった。東條が東京裁判は勝者による復警劇だといったのは、まさに正しかった」と・・・

判決後弁護側は、連合国軍最高司令官へ再審査を申し立てるが却下され、直ちにアメリカ連邦最高裁に訴願するが、これも却下された。

A級戦犯とされた被告は東條英機以下27名。
精神異常による訴追免除及び病死を除く25名が起訴される。
絞首刑は、東條英機(軍人)、板垣征四郎(軍人)、木村兵太郎(軍人)、土肥原賢二(軍人)、松井石根(軍人)、武藤章(軍人)、廣田弘毅(第32代内閣総理大臣)の計7名。
昭和23年12月23日に巣鴨プリズンで処刑された7人の遺体は、まもなく横浜の久保山火葬場で荼毘に付された。遺骨は遺族に引き渡されることなく、米軍により砕かれて
東京湾に捨てられてしまった。

この裁判は、昭和天皇の誕生日(昭和21年4月29日)を選んで起訴され、 死刑執行は皇太子(現天皇)の誕生日である12月23日に執行された。

不起訴は、岸信介(後に首相)、児玉誉士夫(ロッキード事件の黒幕)、笹川良一(後に船舶振興会会長)、正力松太郎(後に読売新聞社長)。
A級戦犯として有罪判決を受け禁固7年とされた重光葵元外相は釈放後、鳩山内閣の副総理・外相となり国際舞台で活躍した功績で勲一等を授与され、終身刑とされた
賀屋興宣元蔵相は池田内閣の法相を務めた。

A級戦犯として絞首刑に処された人々は、1978年10月から靖国神社に“昭和受難者”として合祀された。また、国内法では「刑死」ではなく「公務死」の扱いになって
おり、1953年以降、遺族は、国内法による遺族年金または恩給の支給対象にもなっている。
それなりに名誉が回復されたわけである。

なお、B、C級戦犯として約5600人が、横浜以外に上海、シンガポール、ラバウル、マニラ、マヌス等々南方各地の50数カ所で逮捕、投獄され、裁判の体をなしていない軍事裁判にかけられて約1000名が戦犯の名のもとに処刑されjた。
横浜以外で行われた裁判は、私刑であったといっても過言ではない。

以上からして、極東国際軍事裁判は、構成上及び制度上の疑義と裁判そのものの
正当性の疑義の両面から認めることはできない。
百歩譲って裁判を認めたとしても、近代法の理念に基づけば、刑罰が終了した時点で受刑者の罪は消滅する。従って処刑されたA級戦犯は、現在では犯罪者ではない。
戦犯の名誉回復は日本の主権に属する問題である。また日本の国内法上において、そもそも「戦犯」という用語を用いた規定は存在しない。
したがって、靖国神社にA級戦犯とされた人々が合祀されていても、国内はもちろん
外国からもとやかく言われる所以は全くない。また、日本国総理大臣が参拝しても何の問題もない。

民主党の岡田代表には、極東国際軍事裁判を認めるか否かと、戦争責任を認めるか否かは別問題だ、とだけ云っておこう。日本やアジアの民を苦しめたという点で戦争責任はある。が、それは米英も同罪である。

最後に、米軍の無差別爆撃による日本の非戦闘員の被害は以下のとおりである。
東京大空襲の被害者は死者10万人(推定)
広島の原爆被害者は死者約14万人(誤差±1万人)
長崎の原爆被害者は死者7.5万人
その他の空襲による死者20万人

これに対して、ジョン・F・ケネディ政権で国防長官だったマクナマラは何と回顧しているか。
マクナマラは経営管理の理論を戦争に応用。攻撃効率を高めるため、統計を取り、分析する。だが彼の報告書を元に、日本に無差別絨毯爆撃が行われた。指揮官は後に
広島・長崎に原爆を落としたカーティス・E・ルメイ少将。
「勝ったから許されるのか?私もルメイも戦争犯罪を行ったんだ」
THE FOG OF WAR(マクナマラ元米国防長官の告白)

関連記事:なぜ終戦記念日なのか?

参考記事:1極東国際軍事裁判
参考記事:2極東国際軍事(東京)裁判
参考記事:3A級戦犯
参考記事:4東京裁判
参考記事:5極東国際軍事裁判
参考記事:6戦争犯罪
参考記事:7「ポツダム」共同宣言
参考記事:8中國新聞
参考記事:9激しい空襲

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2005/05/29

A級戦犯

森岡正宏厚生政務官は26日の自民党代議士会で、小泉首相の靖国神社参拝を「大変良いことだ」と支持する考えを示したうえで、「極東国際軍事裁判は、平和や人道に対する罪を勝手に占領軍が作った一方的な裁判だ。A級戦犯の遺族には年金をもらっていただいており、日本国内ではその人たち(A級戦犯)はもう罪人ではない」と述べた。(後略)
2005年5月26日(朝日新聞)

上記の発言が物議を醸している。
この発言を肯定する人もいれば、民主党の岡田代表のように「東京裁判を認めないと
なれば、戦争責任を負わないことになる。更迭を求めるのは当然だが、その前に政府がきちんと対応すべきだ」と罷免を求める意見もある。
もちろん、中国は猛烈に反発している。

発言のタイミングはともかくとして、その是非を問うには、まず、そもそも極東国際軍事裁判とは何か、戦犯とは何か、から考えてみる必要がある。
極東国際軍事裁判は、ポツダム宣言第10項の戦犯処罰規程を根拠に、11カ国の連合国名によって(イ)「平和ニ対スル罪」、(ロ)「通例ノ戦争犯罪」、(ハ)「人道ニ対スル罪」の3つに分類された55項目の訴因に基づいて行われた。英訳すると(イ)(ロ)(ハ)はa、b、cになる。
裁判所は、東京 市ヶ谷の旧陸軍士官学校講堂に設置された。

A級戦犯とは、極東国際軍事裁判所条例の第5条(イ)、つまりaに規定された「平和ニ対スル罪即チ、宣戦ヲ布告セル又ハ布告セザル侵略戦争、若ハ国際法、条約、協定又ハ誓約ニ違反セル戦争ノ計画、準備、開始、又ハ遂行、若ハ右諸行為ノ何レカヲ
達成スル為メノ共通ノ計画又ハ共同謀議ヘノ参加」を犯したとして、極東国際軍事裁判によって有罪判決を受けた人々のことである。
解りやすく言うと、侵略戦争を計画し、準備し、開始し、遂行した、もしくはそのための
共同謀議に参加したとして、a「平和に対する罪」に問われた指導的立場の人々がA級戦犯である。主要戦争犯罪人とも呼ばれる。
これに対し、B級戦犯とは、同条例第5条(ロ)=bの「通例の戦争犯罪」に問われた人々であり、占領地の人民に対する殺人、虐待、奴隷などが該当する。訴追されたのは、占領地の将校クラスが多い。
C級戦犯とは、第5条(ハ)=cの「人道に対する罪」に問われた人々であり、この罪の
対象は多岐にわたる。
戦争前か戦争中かは関係なく、占領地であるか否かも問わない。すべての人民に対して行われた行為が対象になる。
罪の範囲は、殺人、殲滅、奴隷的虐使、追放、その他の非人道的行為、そして政治的、人種的理由に基く迫害行為にまで及ぶ。訴追されたのは、占領地の下士官、兵隊クラスが多い。
このcは、本来、ナチスのユダヤ人に対するホロコーストを裁くために設けられたものであったと云ってよい。
なお、A級のAとは、同裁判所条例において「平和に対する罪」がaである事に由来する。a、b、cは単なる分類であり、罪の軽重を指しているわけではない。誤解しないで
ほしい。
ちなみに、ナチスを裁いたニュルンベルク国際軍事裁判においては、もっとも罪が重いとされたのは、cの「人道に対する罪」に問われた者たちである。。
ただ、b、cはaに関連するものであるから、A級戦犯はb、cの罪にも問われていると云える。事実、A級戦犯とされる松井石根陸軍大将は、aは無罪であったにもかかわらず、b、cにおいて有罪とされ絞首刑に処された。したがって、松井石根陸軍大将は、正確に云えばA級ではなくBC級戦犯である。
以上を踏まえた上で、極東国際軍事裁判がいかなるものであったかを検証したい。

極東国際軍事裁判には、その構成上及び制度上の問題と裁判そのものの正当性の
問題の両方がある。まず、構成上及び制度上の問題から述べてみよう。

①11人の判事中、中立国からは一人も選ばれなかった。
②仏・ソ2カ国の判事は、裁判の公用語である英語と日本語を理解できなかった。
③ソ連は中立条約を破って日本を一方的に攻撃した典型的な条例違反国なのに、罪を問われるどころか、この裁判で検事として、あるいは判事として、日本を訴追する権利まで与えられた。
④判事の中には、法曹経験の全くない者(中国の梅汝敖判事)もいた。
⑤民主主義にとっては当たり前の上告制度がなかった。
以上が構成上及び制度上の疑義である。

次に、最も重要な裁判そのものの正当性の問題について述べる。

①大東亜戦争は侵略戦争だったのか?
②戦争に対する共同謀議、平和に対する罪、人道に対する罪は、当時の国際法等に
規定があったのか?
③そもそも、このような戦勝国が敗戦国を裁く裁判は何を根拠にして成り立つのか?

①に関して云うと、1941年12月8日に開始された太平洋戦争は侵略戦争ではなかったと断言できる。これは、帝国主義国家間による植民地争奪戦争だった。
米国はフィリピンを、イギリスはインド、ビルマ、マレー半島を、フランスはインドシナを、オランダは東インド(現在のインドネシア)を植民地支配し、搾取と収奪をほしいままに
していた。
欧米列強は、本国は民主主義だったが、ほぼアジア全域で過酷な植民地支配を行っていたのだ。そこでは数々の弾圧と虐殺があった。フランスとオランダは、戦後も独立を
宣言した旧植民地を再侵略している。
このような国々と日本は戦ったのである。これのどこが侵略なのか?
1937年に始まった日中戦争は、確かに侵略戦争だったかもしれない。しかし、それは今だから云えることである。当時は「侵略」の定義さえ定かではない時代だった。
また、欧米列強も租界を初めとする数々の特権を中国に対して持っていた。イギリスに
至っては、歴史上最低の部類に属するアヘン戦争で香港を強奪していた。
注意してほしいのは、だからといって、日中戦争を肯定しているわけではないと云う事である。当時の欧米列強が正義で日本が悪だという構図は、勝者の論理に過ぎないと云いたいのだ。

②に関して云えば、事後(敗戦後)に裁判所条例により制定されたもので、当時の国際法等には何の規定もない。法治社会の鉄則である法の不遡及に反しており、罪刑法定主義からも逸脱している。

③に関して云えば、根拠などどこにもない。極東国際軍事裁判それ自体が、原則に
反する違法なものなのである。

これには、さすがに判事の間にも異論があった。11人の判事中、少数意見の判事が
5人いた。
そのうちの一人、オーストラリアのウエップ裁判長は、「どの日本人被告も、侵略戦争を遂行する謀議をしたこと、この戦争を計画及び準備したこと、開始したこと、または遂行したことについて、死刑を宣告されるべきでない」と判決文にしたため、フランスのベルナール判事は、「天皇が免責された以上共犯たる被告を裁くこができるのか」と述べた。
インドのラダ・ビノード・パール判事に至っては、「連合国は法を引用したのでもなければ、適用したのでもない。単に戦勝国の権力を誇示したにすぎない。戦争に勝ったが故に正義であり、負けたが故に罪悪であるとするのであれば、もはやそこには、正義も法も真理も存在しない。国際法、慣習法に照らして戦争は犯罪ではない。日本は無罪だ」と主張し、アメリカの原爆投下を非難した。
オランダのレーリング判事も「廣田弘毅元首相は無罪、他の死刑も減刑せよ。ドイツのナチスの処刑に比して重すぎる」と言い、フランスのベルナール判事は「この裁判は
法の適用および法手続きにおいても誤りがある」とし、「11人の判事が一堂に集まって
判決の一部または全部を協議したことは一度もない」と内部告発までした。
結局、米・英・ソ・中・カナダ・ニュージーランドの6カ国が、多数判決で、それ以外の5カ国を押し切ったのである。
ちなみに、少数意見5カ国のうち、フィリピンのジャラニフ判事のみが「判決が軽すぎる」とする立場からの反対だった。

※オランダのレーリング判事は、帰国後に著した「東京裁判とその後(ザ・トウキョウ・
トライアル・アンド・ビョンド)」の中で、次のように述懐している。
「われわれは日本にいる間中、東京や横浜をはじめとする都市に対する爆撃によって
市民を大量に焼殺したことが、念頭から離れなかった。
われわれは戦争法規を擁護するために裁判をしているはずだったのに、連合国が戦争法規を徹底的に踏みにじったことを、毎日見せつけられていたのだから、それはひどいものだった。
もちろん、勝者と敗者を一緒に裁くことは不可能だった。東條が東京裁判は勝者による復警劇だといったのは、まさに正しかった」と・・・

判決後弁護側は、連合国軍最高司令官へ再審査を申し立てるが却下され、直ちにアメリカ連邦最高裁に訴願するが、これも却下された。

A級戦犯とされた被告は東條英機以下27名。
精神異常による訴追免除及び病死を除く25名が起訴される。
絞首刑は、東條英機(軍人)、板垣征四郎(軍人)、木村兵太郎(軍人)、土肥原賢二(軍人)、松井石根(軍人)、武藤章(軍人)、廣田弘毅(第32代内閣総理大臣)の計7名。
昭和23年12月23日に巣鴨プリズンで処刑された7人の遺体は、まもなく横浜の久保山火葬場で荼毘に付された。遺骨は遺族に引き渡されることなく、米軍により砕かれて
東京湾に捨てられてしまった。

この裁判は、昭和天皇の誕生日(昭和21年4月29日)を選んで起訴され、 死刑執行は皇太子(現天皇)の誕生日である12月23日に執行された。

不起訴は、岸信介(後に首相)、児玉誉士夫(ロッキード事件の黒幕)、笹川良一(後に船舶振興会会長)、正力松太郎(後に読売新聞社長)。
A級戦犯として有罪判決を受け禁固7年とされた重光葵元外相は釈放後、鳩山内閣の副総理・外相となり国際舞台で活躍した功績で勲一等を授与され、終身刑とされた
賀屋興宣元蔵相は池田内閣の法相を務めた。

A級戦犯として絞首刑に処された人々は、1978年10月から靖国神社に“昭和受難者”として合祀された。また、国内法では「刑死」ではなく「公務死」の扱いになって
おり、1953年以降、遺族は、国内法による遺族年金または恩給の支給対象にもなっている。
それなりに名誉が回復されたわけである。

なお、B、C級戦犯として約5600人が、横浜以外に上海、シンガポール、ラバウル、マニラ、マヌス等々南方各地の50数カ所で逮捕、投獄され、裁判の体をなしていない軍事裁判にかけられて約1000名が戦犯の名のもとに処刑されjた。
横浜以外で行われた裁判は、私刑であったといっても過言ではない。

以上からして、極東国際軍事裁判は、構成上及び制度上の疑義と裁判そのものの
正当性の疑義の両面から認めることはできない。
百歩譲って裁判を認めたとしても、近代法の理念に基づけば、刑罰が終了した時点で受刑者の罪は消滅する。従って処刑されたA級戦犯は、現在では犯罪者ではない。
戦犯の名誉回復は日本の主権に属する問題である。また日本の国内法上において、そもそも「戦犯」という用語を用いた規定は存在しない。
したがって、靖国神社にA級戦犯とされた人々が合祀されていても、国内はもちろん
外国からもとやかく言われる所以は全くない。また、日本国総理大臣が参拝しても何の問題もない。

民主党の岡田代表には、極東国際軍事裁判を認めるか否かと、戦争責任を認めるか否かは別問題だ、とだけ云っておこう。日本やアジアの民を苦しめたという点で戦争責任はある。が、それは米英も同罪である。

最後に、米軍の無差別爆撃による日本の非戦闘員の被害は以下のとおりである。
東京大空襲の被害者は死者10万人(推定)
広島の原爆被害者は死者約14万人(誤差±1万人)
長崎の原爆被害者は死者7.5万人
その他の空襲による死者20万人

これに対して、ジョン・F・ケネディ政権で国防長官だったマクナマラは何と回顧しているか。
マクナマラは経営管理の理論を戦争に応用。攻撃効率を高めるため、統計を取り、分析する。だが彼の報告書を元に、日本に無差別絨毯爆撃が行われた。指揮官は後に
広島・長崎に原爆を落としたカーティス・E・ルメイ少将。
「勝ったから許されるのか?私もルメイも戦争犯罪を行ったんだ」
THE FOG OF WAR(マクナマラ元米国防長官の告白)

関連記事:なぜ終戦記念日なのか?

参考記事:1極東国際軍事裁判
参考記事:2極東国際軍事(東京)裁判
参考記事:3A級戦犯
参考記事:4東京裁判
参考記事:5極東国際軍事裁判
参考記事:6戦争犯罪
参考記事:7「ポツダム」共同宣言
参考記事:8中國新聞
参考記事:9激しい空襲

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(追記)
matsuiiwane南京虐殺の責任を取らされて絞首刑になった松井石根陸軍大将は、この裁判において、廣田弘毅元首相とともにもっとも悲劇的な人物の一人とされる。
この悲劇的な人物の人となりを知ることが、この裁判がいかに独善と偏見に満ちた杜撰なものであったかの証明になる。
松井は「兵の罪は我が責なりとして下獄し、無畏(むい)を念じて
いささかも動ぜず、平常心のまま刑に服した」と云われる。
この「昭和の聖将」について、この場でその真実の姿の一端をお伝えする。

裁判の首席検事キーナンの冒頭陳述は英文で4万字に及ぶぼう大なもので、キーナンは「この裁判の原告は文明である」と大見得を切った。
この「原告は文明である」という言葉に、彼らの独善と傲慢が如実に示されている。
これに対して松井は、アジア、アラブ、アフリカを侵略し、植民地化した西欧帝国主義の戦争と、我々日本が戦った日清、日露戦争をはじめとする大東亜戦争は、同じ戦争と
いっても本質的に違う。欧米の侵略戦争は「文明に添った」戦争で、日本の戦った戦争は「文明への反逆」であるとでも言うのか、と強く反駁する。
この松井の戦争に対する思いこそ、今の日本人に欠如している大東亜戦争観なので
はないか。
キーナンは「無警告に南京を攻撃した」として、日本軍が松井司令官の降伏勧告文を
散布し、24時間の停戦猶予を敵に与えた事実さえ無視した。まさに、最初から予断と
偏見に満ちた裁判だったのだ。

もともと松井は、孫文の唱えた日中提携による大アジア主義に深く共鳴していた。そして日中の親善提携と、アジアの復興を念願していた。戦火を交えながらも、松井の心底には常に孫文の「大アジア主義」があったのである。
だから孫文の後継者・蒋介石が北伐(1926~1928年)の途中大敗して、最大の危機に陥ったときも、松井はこの考えから蒋を支援している。

また、松井は、軍紀にうるさい将軍としても有名だった。
南京攻略に際し、
「南京は中国の首都である。これが攻略は世界的事件であるゆえに、慎重に研究して日本の名誉を一層発揮し、中国民衆の信頼を増すようにせよ。特に敵軍といえども抗戦意思を失いたる者および一般官民に対しては、寛容慈悲の態度を取り、これを宣撫
愛護せよ」
と全軍に命じている。
南京では、ドイツ人ラーベを委員長とする民間外国人の有志団体である国際委員会が、難民区という名の安全地帯を設けていた。南京攻略後ラーベは、松井率いる日本軍に、難民区の安全が保たれたことに対する謝意を表明している。
それほどまでに、松井は在留外国人や非戦闘員に被害が及ばないように配慮していたのだ。
南京攻略直後、(南京)城内を視察、看望した松井は、「概して城内は、ほとんど兵火をまぬがれ市内、安堵の色深し」と日記にしるしている。
その後、松井は上海に帰り、2回にわたり、内外記者団と記者会見を行っている。記者会見では、いわゆる“南京虐殺”に関する質問など全くなかった。

松井率いる日本軍は、上海における戦いから南京攻略までの間に、戦死者2万1300人、傷病者5万人余を出している。
松井は帰国後の昭和15年(1940年)2月に、日中両軍の戦没者の血が沁みた土を取り寄せ、静岡県熱海市伊豆山に興亜観音を建立した。
松井はその後、山麓の「無畏庵」と名乗る庵に居住して、毎朝約2キロの山道を登り、
シナ事変の犠牲者が東洋平和の礎石となる事を願って観音経をあげ菩提を弔った。
ところが昭和21年、極東国際軍事裁判が開かれ、松井はここから引き立てられて法廷に立たされることになる。そして、本人が聞いたこともない「南京での20万人以上の
虐殺」の責任者として絞首刑に処せられるのである。
無畏を念じていささかも動ぜず、平常心のままとはいえ、無念の思いを禁じ得なかったのではなかろうか。

以下の三首は、松井の辞世の句である。

天地も人もうらみずひとすじに無畏を念じて安らけく逝く

いきにえに尽くる命は惜かれど国に捧げて残りし身なれば

世の人にのこさばやと思ふ言の葉は自他平等誠(まこと)の心

なお「興亜観音」とは、白人の植民地支配からアジアが解放され、独立して繁栄する
時代が到来することを祈願する観音様である。

参考記事:1国際派日本人養成講座 人物探訪:松井石根大将
参考記事:2松井石根(まついいわね)大将
参考記事:3松井石根(いわね)大将と興亜観音
参考記事:4熱海・伊豆山 興亜観音

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